2022年05月16日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊C

 ●ウクライナ戦争は「自由主義」と「帝国主義」の衝突
 自由陣営30数か国が熱烈にウクライナを支援して、現在、ロシアが守勢に立たされている。
 ウクライナへの自由陣営諸国からの武器支援が、ロシアの自給能力をこえているからである。
 自由陣営諸国がウクライナを熱烈に支援しているのは、ウクライナが自由のためにたたかっているからで、西側諸国にとって、自由は、命をかけてまもるべき価値なのである。
 プーチンが、民族の独立をもとめるチェチェン内乱を鎮圧するために要した年数は15年で、2万の兵を失った。チェチェンの人口は、現在、80万人だが、内乱で40万人が虐殺される以前、120万人だった。チェチェンの国土も人口も、ウクライナの2・5%の小さな国だが、自由をもとめて、40万もの人命を犠牲にして、15年も戦い抜いた。
 アフガニスタン戦争では、旧ソ連は、10年間で1・5万の兵を失って、戦争に負けただけではなく、ソ連邦解体という大きな痛手をうけた。
 ウクライナ戦争では、ロシアは、戦争開始後、わずか2か月で、すでに1・5万の兵を失った。損害は、戦車635台、装甲戦闘車342台、自走砲106台、多連装ロケット砲62台、地対空ミサイル58基、戦闘機26機、ヘリコプター41機、艦艇(旗艦モスクワなど10艦)とウクライナの損害をはるかにしのぐ。
 戦線も、兵站線がのびきって、停滞あるいは退却の一方で、戦死者の送還すらできずに兵士の死体が野ざらしになっている。
 チェチェン内乱では、プーチンの子分、カディロフが残虐の限りを尽くして全土を掌握したが、国土や人口がともチェチェンの60倍以上のウクライナをどうしてロシアが占領支配できるだろう。

 ●勇敢だった日本人の精神を蝕んだ憲法9条
 ミサイル攻撃をうけているさなか、ウクライナ人は、民間人までが「領土を奪われ、奴隷になるよりも戦争で死ぬほうをえらぶ」といって、英米などから支給された武器をもってロシア軍の戦車の前にたちはだかった。
 ウクライナ外務省が公式ツイッターで、アメリカ、イギリス、ドイツなど約30の国に国名をあげて謝辞(動画)を公開したが、日本の名はなかった。
 自由をもとめて、敵の戦車に立ち向かってゆく自由陣営の勇気と精神の高さを日本は理解できなかったからで、ウクライナ戦争勃発の折、日本では多くの識者が「ロシアを怒らせたウクライナにも責任がある」「国家より人命が大事。さっさと降参すべき」「ロシアに勝てるはずがない」と言いつのった。
 かつて、アメリカ、ロシアと死に物狂いで戦った日本の精神性が、戦後、戦勝国に洗脳されて「イノチ以上に大事なものはない、国を捨てて逃げるべきだ(橋本徹)」というレベルにまで劣化していたのである。
「憲法9条」は、ルソーのパロディである。「人間は自由なものとして生まれたが、いたるところ(国家やルール、経済)で鎖につながれている。自然に帰れ」というルソー主義が「人間は平和なものとしてうまれたが、いたるところで戦争がおこなわれている。武器を捨てよ」の憲法9条になったのである。
 ルソー主義が世界でいちばんさかんなのが日本で、ルソー的な平和なお花畑≠生きている。したがって、ホッブズが「自然状態では、万人の万人のための闘争がおきる」といった警句が耳にはいってこない。
 ルソーの民主主義は「歴史経験」と「人間感性」のバランスの上に成り立っているとするホッブズの国家を否定するための理屈で、国家そのものを否定する。
 日本は、平和が天から与えられた自然状態とする、ノーテンキなルソー主義ずっぽり漬かった、危機的な精神の貧困に瀕しているのである。

 ●自由主義と「権力の集中」をもとめる民主主義
 国連加盟193か国のなかで、自由主義陣営にふくまれる国は、82か国で過半数にみたない。
 残りの109国は、自由が制限された全体主義国家で、かつて、社会・共産主義をとった国もすくなくない。
 社会・共産主義は、ルソーの民主主義を土台にしている。
 そのルソー主義と、ユダヤの経典(タルムード)の合体させたのがマルクス主義で、唯物論ともいわれる。
 したがって、中国でさえ、堂々と、民主主義国家を名乗るのである。
 中国やロシアなどのイデオロギー国家には、民主があっても、自由はない。
 近代は、その自由にたいしる目覚めと渇望からはじまったといえるだろう。
 それまで、タミ(民)は、権力の奴隷にして、神のシモベでしかなかった。
 14〜16世紀のルネサンス、16世紀の宗教改革、17〜18世紀の啓蒙時代を体験して、自由に目覚めた民が、市民革命と産業革命をおこして近代がはじまったのである。
 そして、近現代にいたって、ソ連や中国などの共産主義国家が誕生した。
 共産主義がめざしたのは「自由」ではなく「権力の集中」だった。
 その手段となったのが、民主主義で、多数決で物事をきめる数の論理≠ェ全体主義や衆愚政治に陥ることは、ソクラテスの紀元前から予言されていた。
 共産主義は、自由よりも権力の集中を志向する体制で、多くが帝国主義的な政策をとった。
 その帝国主義をいまもなおひきずっているのがロシアと中国で、ウクライナ戦争は自由≠最大の価値とする自由陣営と権力の集中≠もとめる帝国主義国家群の衝突だったともいえるのである。
 帝国主義国家群というのは、そのなかに、台湾制圧をもくろむ中国もふくまれる。
 そして、国連加盟国の半数以上が、自由より権力や経済を重視する親中派である。
 ウクライナ戦争におけるロシアの敗北は、台湾征服を国家目標とする中国にとっても大きなダメージとなった。
 今後、世界の安全保障は「核の使用可能性」と「専守防衛の限界」という二点に絞られるはずである。
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2022年05月01日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊B

 ●国をまもる気がない憲法9条の日本
「世界価値観調査(WVS/電通総研)」がおこなった「もし戦争が起こったら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたのは、日本ではわずか13・2%で、調査対象国79か国中ダントツの最下位だった。
 ちなみに、下から2番目の78位は、独ソ不可侵条約(1939年)による西方侵攻であっけなくソ連の属国となったリトアニア(32・8%)で、このとき徹底抗戦して属国を免れたフィンランドでは大多数(74・8%)がたたかうと答えている。
 アンケート対象国の平均は、約75%、先進国では65%だった。先進国のなかでトップは5位の中国(88.6%)で、対象国全体の1位(96・4)はアメリカに戦争(ベトナム戦争)で勝ったベトナムだった。
 アメリカの属国となった日本(最下位)と、ソ連の属国となったリトアニア(下から二番目)が国のためにたたかわないと答えたのは、事大意識がつよいからで、リトアニアが独立まで50年(1939年〜1990年)かかったが、日本は、戦後から現在まで75年間、対米従属のままである。
 それが「戦争がおきてもたたかわない」「ウクライナはさっさと降伏しろ」という国民の意識で、戦後の平和教育、9条教育がいかに日本人の性根を腐らせてきたかがよくわかる。
「国民(4500万人)が国外脱出して、プーチンが死んだ10年後に帰ってくればいいだけの話じゃないですか」という橋本徹にウクライナ人の国際政治学者で本居宣長の研究者として知られるアンドリー・グレンコはこう反論する。
「家族を愛し、ウクライナの同胞を愛し、国を愛しているからそれらをまもるためにロシアとたたかっている。あたりまえのことです。アメリカやロシアとあれほど勇敢にたたかった日本人がなぜそんなあたりまえのことがわからなくなったのですか」

 ●日米戦争で殺された百万人以上の非戦闘員
 日本が戦後、国連中心と対米従属、憲法9条路線を歩んできたのは、敗戦によって、主権国家としての誇りと自信を失ったからである。
 その後遺症によって、日本は、いまだ自主憲法をつくれずにいる。
「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して」と戦勝国にへつらった前文と「武装解除命令(9条)」)からできた属国憲法を原爆を落としたアメリカからあたえられて、それを平和憲法などとふれまわっている。
 今回のロシアのウクライナ侵略に、橋下徹らが「勝ち目がない戦争で国民の生命を犠牲にしてはならない」とプーチンの代弁をくりだすかと思えば「ウクライナはとっとと降伏しろ」と発信するユーチューバ(呂布カルマ)が若者の人気を博している。
 戦後の日本人が、国家をまもることを悪と思っているのは「武器を捨てると平和になる」という憲法9条教育をうけてきたからで、武器を捨てて皆殺しになった世界の歴史には目をむけない。
 ウクライナでは、スターリンの圧政下で数百万人が餓死に追いやられた(ホロドモール)が、日本も、武器を捨てた57万5千人の日本兵がソ連によって厳冬のシベリアへ送られて、5万8千人が死亡している。
 東京裁判では被告28人のうち7人が死刑になったが、外地では5700人が裁かれて、確認されただけでも、934人が現地で処刑されている。
 サイパンや硫黄島など21の戦場で日本兵が玉砕、沖縄をふくめて死亡した日本兵は百万人をこえる。
 民間人では、広島・長崎の二発の原爆で50万人、都市大空襲で60万人がジェノサイドの犠牲になった。
 日本では合戦(いくさ)だが、西洋では、第一次世界大戦の死傷者3600万人と、戦争は、皆殺しの論理なのである。

 ●無条件降伏なら4分割統治で日本消滅
「独ソ不可侵条約」後のロシアの西方侵略≠ノたいして、リトアニアは戦うことなく50年の属国となったが、フィンランドは、二度にわたって徹底的に戦ってロシア軍を追い返した。
 それは、かつての日本の選択でもあって、日本は、上陸占領をはかる連合軍にたいして、徹底抗戦の構えをとった。
 多くの日本人は日本が連合国に無条件降伏したと思っている。
 無条件降伏しても、国が亡びるわけではない。命をたいせつにした方がいいという橋本徹らは、抵抗をやめて、白旗を掲げると、敵が、頭をなでてほめてくれると思っているからである。
 1795年、ポーランドは、隣接していたロシア、プロシア、オーストリアの3国に国土を分割されて、第一次世界大戦が終了する1918年に独立するまでの123年間、世界地図からすがたを消した。
 日本も、無条件降伏していたらペンタゴンの「統合戦争計画委員会(JWPC)」による4分割統治によって、世界地図から消えるところだった。
 分割統治案の内容は、アメリカが本州中央、イギリスが西日本と九州、中華民国が四国、ソ連が北海道と東北地方を分有するという案で、最近、ロシアが「北海道はロシアの領地」といいだした根拠がこれである。
 ちなみに、北海道まで自国領といいだしたロシアが北方4島を返還するわけはない。
 トルーマン大統領が無条件降伏を撤廃して「国体護持」の条件付き降伏まで譲歩したのは、サイパンや硫黄島、沖縄などにおける日本軍の死をおそれぬ戦い方を見て、条件付きでなければ日本は降伏しないと判断したからだった。

 ●徹底抗戦派がかちとった「条件付き降伏」
 本土上陸作戦を決行した場合、アメリカ将兵の30%以上が死傷するという試算があった。げんに、硫黄島の戦闘では、日本の死傷者が2万1000人だったのにたいしてアメリカの死傷者は2万8686人と日本軍を上回った。
 日本国内には、戦車や飛行機、弾薬大砲が大量に残されている。20万人のアメリカ兵が上陸を強行すれば、徹底抗戦派の反撃をうけて、10万人規模の死傷者がでる可能性があった。
 トルーマンが条件付き降伏案をとったもう一つの理由は、ソ連の参戦だった。
 スターリンとトルーマンは、ソ連の参戦日を1945年8月15日と約束していた。だが、ソ連は、原爆投下をみて、8月9日に参戦、満洲と樺太、千島列島にむけて総兵力147万人、戦車・自走砲5250輌、航空機5170機という総攻撃をかけてきた。
 トルーマンが極東委員会(FEC)をうごかして、JWPCの4分割統治案を白紙撤回させたのは、共同統治では日本に「国体護持」を約束した「ポツダム宣言」が消滅して、日本本土で、日本の徹底抗戦派とアメリカ、ソ連の三つ巴の大規模な内乱が生じる可能性が高かったからだった。
 トルーマンもマッカーサーも、北海道の東半分をよこせというスターリンの欲求をはねつけたが、ロシアは、不法に占拠した北方領土4島をふくめた千島列島を実効支配したままである。
 ウクライナはロシアに歯が立つわけはない、さっさと降参していのちをまもれという一部の日本人の見解に反して、ウクライナは善戦して、戦艦モスクワの撃沈など、ロシア側に大きな被害をあたえている。
 無条件降伏していたら、ウクライナは、国民の多くが殺されて、半数がシベリアへ送られていたろう。
 日本も、4分割統治が実現していたら、世界地図から消え、日本人の半分は、シベリアへ送られていたことだろう。
 忘れてならないのは、日本兵の死に物狂いの戦いが、現在の日本を、現在の日本たらしめたということである。
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2022年04月24日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊A

 ●常任理事国の「拒否権」濫用に歯止め 
 国連で、五大常任理事国(米・ロ・英・仏・中)がもつ拒否権行使に制限をかける協議がまとまって、近々、決議案にかけられる。
 この決議案は、常任理事国が拒否権を行使した場合、国連総会における理由説明を義務つけるもので、きっかけは、ウクライナ危機をめぐる常任理事国のロシアの非難決議案(ロシア軍の撤退)にたいする拒否権発動だったのはいうまでもない。
 拒否権抑止の提案は、リヒテンシュタインがおこない、アメリカや日本など40か国以上が共同提案国に名を連ねている。
 国連に拒否権≠ニいう特権がもちこまれのは、国連が、第二次世界大戦の戦勝国連合だったからである。米・ロ・英・仏・中の戦勝5か国が常任理事国の特権をえて、戦後の世界秩序が形成される一方、日本とドイツは、枢軸国として敵国条例≠適用されたままである。
 常任理事国の拒否権を発動によって、世界の平和が脅かされたのはロシアのウクライナ侵攻だけではない。中国のウイグルやチベット、内モンゴルにおける民族弾圧の調査団派遣や台湾の国連加盟などの議論が中国の拒否権によって封じられて、国連は、いまや、戦勝5か国のためだけに機能する既得権機関となっている。
 中国が、ロシアのウクライナ侵攻を容認する構えなのは、近い将来、台湾を攻めるつもりだからで、その場合、常任理事国のロシアの他、多くの国連加盟国が中国支援にまわるだろう。
 台湾防衛には、米軍が台湾に駐留させることが望ましいが、バイデンは中国の台湾侵攻に米軍を送らないと明言している。できることといえば台湾に国連監視団(英・米・独・仏・日)を駐留させるくらいだが、それも、中国やロシアら全体主義国家群が反対すれば不可能である。

 ●世界はミサイル戦争≠フ時代に突入
 国連は、世界平和のためのものではなく、5大国が弱小国を侵略するための機関になっているばかりか、その5大国が、国連の内部で争って、世界大戦がおきるなら国連がその舞台になるという、なんとも皮肉な事態をひきおこしている。
 国連加盟国193か国中、自由主義国家が少数派の87か国で、残りは独裁あるいは全体主義国家だが、そのなかに常任理事国である中国とロシアがふくまれている。
 ロシアのウクライナ侵攻は、その構図からうまれたもので、その延長線上に中国の台湾侵攻がある。
 台湾が上海までとどく巡航ミサイル雄昇(射程1200キロ)の量産体制にはいったのは、中国の台湾侵攻にそなえてのものだが、数年以内には、北京を射程(1500キロ)圏内におさめる雄昇改良型が配備されると予想される。
 第二のウクライナ危機といわれる中国と台湾の戦争がミサイルの撃ち合いになるとウクライナの悲劇をこえる惨事になる。
 一方、朝鮮半島では、北朝鮮が「極超音速ミサイル」の発射実験を成功させると、韓国はSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を実戦配備して、両国の緊張が高まっている。
 弾道ミサイルは、射程にかかわらず、すべて核弾頭を装備できる戦略兵器である。したがって、ミサイル戦となる今後の戦争にはつねに核戦争のリスクがともなう。
 フィンランドやスウェーデンで、NATO加盟の機運が急速に高まってきたのは、ロシアのウクライナ侵攻の危機感からだが、これにたいして、ロシアはフィンランド国境近くにミサイルシステム2基を移動して、両国をけん制している。
 フィンランドやスウェーデンがNATOに加盟すると、フィンランドらへの核攻撃が、第三次世界大戦へつながってゆく。NATOの任務は、加盟国への攻撃をNATO加盟国すべてへの攻撃とみなして「集団的自衛権」の行使する軍事同盟だからである。

 ●日本は「戦術核使用禁止」の声をあげるべき
 戦略核には、相互確証破壊のメカニズムがたらくので、米・ロ・英・仏・中ら国連常任理事国同士やインドとパキスタン、イスラエル、北朝鮮のあいだで核戦争がおこることはありえない。
 万が一、あるとすれば「地球破滅のシナリオ」なので、すでに、論じる意味も価値もない。
 問題となるのは、相互確証破壊のメカニズムがはたらかない非核兵器国への核攻撃および戦術核の行使である。小型核には、広島長崎に落とされた原爆の半分のものから2%ほどのものまであるが、世界には米ロを中心に数千基の小型核が備蓄されていて、ヨーロッパ諸国も約100基を配備している。
「軍備管理条約(軍備の開発や実験、生産や配備、使用などを規制する国際的合意)」で、戦術核や非戦略核などの小型の核弾頭を規制していないのは、政治的思惑がからんでいるからで、ロシアがウクライナに使用をちらつかせた核も小型核である。
 プリンストン大学の軍事シミュレーションによると、ロシアとNATOが小型の核を撃ち合うと、核戦争が誘発されて、数時間後に9000万人以上の死者がでるという。
 長期的には、地球滅亡のシナリオに沿って、餓死者をふくめて、10億人が核戦争の犠牲になる可能性があるが、国連には、これを防ぐ手立てがない。
 戦略核は、アメリカもロシアも、広島の1000〜3000倍の威力をもった核兵器(原爆・水爆・中性子爆弾)を5000発以上保有しているので、この戦略核をもちいた戦争はおこりえない。
 ありうるのが小型核の使用によって誘発される「世界核戦争」である。
 日本は、唯一の被爆国としての義務と使命感から、国連に「戦術核や非戦略核の放棄」を提案すべきではないか。
 1919年、第一次世界大戦後の「パリ講和会議」で、日本は、人種的差別撤廃提案をおこなった。日本案にフランスやイタリア、中華民国らが賛成して反対のアメリカ、イギリス、ブラジルらを上回ったが、議長のアメリカ大統領ウィルソンが、急きょ「議決は、全会一致、あるいは反対票なし」でなければならないという事実上の拒否権を行使して、日本案をつぶした。
 リヒテンシュタインは、世界で6番目に小さい美しい立憲君主制国家(人口4万人)である。そのリヒテンシュタインが、国連で、常任理事国の拒否権濫用に「ノー」の声をあげた。
 同じ立憲君主国である大国日本が国連に「戦術核や非戦略核の放棄」を提案するのは、世界で唯一の被爆国である日本という国家の使命ではなかろうか。
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2022年04月17日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊@

 ●北欧2国がNATO加盟ならロシアは核配備
 フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟するか否か、予断はゆるされないが、両国がNATOに加盟すれば、ロシアは、地政学的に致命的な劣勢に立たされる。
 モスクワとスウェーデンの首都ストックホルムまで、およそ1200kmである。日本の本州(青森〜山口)の距離である。その範囲内にスウェーデンとフィンランドのほか、国境をへだてて、バルト三国がロシアに迫る。
 さらに、ロシアが侵攻したウクライナに隣接して、西にポーランド、南にはチェコとスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコなどNATO加盟国がずらりと控えている。
 ロシアは、ウクライナのクリミア半島を併合して、ルガンスク州とドネツク州に親ロ政権を樹立した。その余勢を駆ってウクライナ本国を攻めたが、ウクライナの国土は日本の約1・6倍で、約4500万人の人口を擁する東欧の大国である。抵抗と反攻をうけて、ロシアが大きな痛手をこうむったのは当然だった。
 それどころか、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟という想定外の事態を招き、青くなったメドベージェフ前大統領は、スカンディナビア半島にむけて核兵器を配備すると脅しをかける始末だった。

 ●ウクライナ訪問の英首相への橋下徹の邪推
 フィンランドのマリン首相とスウェーデンのアンデション首相はともに女性で、34歳のマリン首相、美貌の持ち主として知られる。そのマリン首相とアンデション首相が会談して、ロシアの軍事的圧力には屈しないという声明を発表して、NATO加盟がいよいよ現実味をおびてきた。
 一方、日本では、橋下徹や鳩山由紀夫、テリー伊藤や玉川徹らがウクライナは降伏すべきと主張する。いのちがいちばん大事≠ニいう理屈で、国家など捨てて生命をまもれ、イノチあってのモノダネというのである。
 北欧の女性2首相に凛々しさに比べて、日本の男どものなんという情けなさであろう。
 敗戦と都市大空襲、二回の被爆、アメリカによる占領と「米ソ冷戦構造」のなかで、戦争のない状態と戦争放棄憲法≠ノ75年間も漬かってきて、とうとう、重症の平和ボケにかかってしまったのである。
 橋下は、イギリスのジョンソン首相のウクライナ訪問に違和感をおぼえるという。ジョンソン首相がウクライナに出向いたのは、ロシアのミサイル攻撃が止んで、身の危険がなくなったからという、恥知らずの邪推をはたらかせてのことである。
 愚かな話で、ジョンソン首相が危険に身をさらして、万が一のことがあったら、イギリスとロシアの戦争になる。そのときも、橋本は、イギリスに降伏をすすめる気か。
 ジョンソン首相が破壊されつくされたキーウを訪問したのは、ウクライナの国民やウクライナ兵士を励ますためだった。国家や防衛よりもスキャンダルのほうに関心がむく日本マスコミ界の寵児、口から先にうまれてきたような橋下には、それがまったく見えないのである。

 ●驕ったアメリカの凋落と中・ロ帝国主義の台頭
 1985年のベルリンの壁崩壊と90年の東西ドイツの統一、91年のソビエト連邦の消滅によって、世界はアメリカ一極体制≠ノ移行した。それから30年後、世界が帝国主義の時代に突入していったのは、アメリカ一極体制が崩れたからだった。
 冷戦の終結から1990年のイラク軍のクウェート侵攻、1991年の湾岸戦争をとおして完成したアメリカの一極支配がつまずいたのは、2003年のイラク戦争だった。
 イラク戦争は、米英ら連合国軍側の判断の誤りで、イラクが大量破壊兵器を保有(国連決議違反)していなかったにもかかわらず、フセインと50万人のイラク人を殺して、結果として、イスラム国をいうテロ国家をつくりだした。
 アメリカは、前大戦で、日本たいしておこなった民間人大虐殺をイラク戦争でもくり返した。
 この過ちがアメリカの国威を失墜させ、アメリカの一極体制の終焉の契機となったのである。
 アメリカ史上、もっとも愚かな大統領ブッシュの過ちは、イラク戦争だけではなかった。
 ブッシュがネオコン(新保守主義)やグローバリゼーション、小泉純一郎が惚れこんだ新自由主義をおしすすめて、世界秩序を破壊すると、世界は、帝国主義の時代に突入していくのである。
 アメリカ一極体制から中華思想、大ロシア主義、EU(欧州連合)、大英帝国連邦、イスラムやインド文化圏が競って一国主義をうちだしてくる帝国主義の流れのなかで、突出したのがロシアと中国だった。

 ●失敗に終わったプーチンの「ユーラシア連合」
 両国は、ソ連時代には国境紛争をかかえていたが、モスクワを訪れた中国の江沢民国家主席とプーチン大統領は「中ロ善隣友好協力条約(2001年)」に調印して「戦略的パートナーシップ」の強化へと舵を切った。中ロの協力関係は、旧ソ連・中央アジア諸国とともに設立した「上海協力機構(SCO)」を軸に広がって、これが、アメリカ一極体制に対抗する「多極的世界」へのすべりだしとなった。
 ロシアが、アメリカや中国、欧州連合(EU)、東南アジア諸国連合(ASEAN)などとともに、多極的世界の一極を担う基盤にしようとしたのが、CIS(旧ソ連諸国12か国による独立国家共同体)に代わる「ユーラシア連合(2011年)」だった。プーチンは、旧ソ連諸国の再統合、EUに比肩する経済同盟をつくろうとしたが、ウクライナの離反などで、期待した発展はみられなかった。
 理由は、明白で、農業国家から革命によって共産主義国家になったロシアには、資本の論理が根づいていなかったからで、ロシアを軸とした中央アジア地域の経済連合をつくろうにも、そもそも、経済計画のノウハウをもっていなかったのである。
 ロシアは、2000年代以降、欧州とアジアにむけて建設したパイプライン(天然ガス)を経済の背骨とする資源国家から脱皮できない一方、資源高で外貨を稼いだプーチンは、20年間、権力を独占して、12兆ルーブル(17兆円)の私財にくわえて1000億ルーブル(1400億円)の宮殿に住み、600億ルーブルの豪華クルーザーをもつ世界有数の金持ちになったが、ロシア経済は、沈滞したままである。

 ●経済力では中国の足元にもおよばないロシア
 中国も共産主義革命の国だが、政治は毛沢東、経済はケ小平という政経分離をおこなって、これをひきついだ習近平は、2013年に「一帯一路」という経済圏構想を打ち出した。
 かつて、中国と欧州をむすんでいたシルクロードから引用して、中央アジア経由の経済圏を「陸のシルクロード(一帯)」、インド洋経由の経済圏を「海のシルクロード」(一路)とするもので、経済活動とインフラ整備(鉄道や港湾など)をとりあわせた「一帯一路」は、これまで、途上国で、一応の成果をあげてきた。
 もともと、中国は、華僑の国である。華僑人口は約6000万人(2017年)で、資産規模は2兆5000億ドル(約280兆円)以上といわれる。
 中国資本主義の原型に、ケ小平の「経済特区」や日本の援助の他に、華僑経済にあったのは疑いがないところで、天然ガスなどの地下資源を売るだけのロシア経済と中国経済の格差には大きなものがある。
 次回から、長期戦の様相をみせはじめたウクライナ戦争を、中国とロシアという二つの帝国主義とNATO諸国、日本との関係性をとおしてみていこう。
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2022年04月10日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?D

 ●核の傘≠ニいう幻想に踊る政治家たち
 ウクライナ戦争以前、核の実戦配備など考えられもしなかった。
 だが、プーチンが核攻撃をちらつかせ、北朝鮮が、韓国に核攻撃の可能性を口にするにいたって、それまでの戦争概念ががらりと変わった。
 安全保障が、バランスオブパワーから「核攻撃を自国の核でまもる」という概念へ変容して、ヨーロッパ諸国がこぞって防衛費をGDP比2%へ増額するなど、核をふくめた国家の防衛思想に大転換がおきたのである。
 そのなかで、日本だけが「唯一の核被爆国として核廃絶の理想、夢を絶対に捨ててはいけない(自民党国防部/宮沢博行)」などという乙女チックなことをいっている。
 自民党国防部は「核をもつと核攻撃の対象になる。したがって、日本が核をもつとかえって危険」とするが、これは核を核で抑止する≠ニいう世界の常識に逆行する。
 日米の「拡大抑止」の合意に「核をもっていると敵の攻撃目標になる」などという項目でもあったのか。
 拡大抑止は、自国の抑止力を、他国にも提供する思想および構造である。
 同盟国が攻撃をうけた場合にも反撃する姿勢をしめすことによって、同盟国への攻撃を思いとどまらせるというのだが、そんなまやかしの論理は、とっくの昔に破綻している。
 松野博一官房長官は、米国防総省の「核態勢の見直し」(NPR)に核抑止力と拡大抑止力の両方が維持されているとして絶賛したが、そんなものはことばの遊びにすぎない。
 アメリカは、日本や韓国に、核をふくむ「拡大抑止」を約束している。
「基本抑止」が、自国の国民や領土にたいする核抑止である。
 そして「拡大抑止」は同盟国への核・通常攻撃を抑止する。
 拡大抑止は一般的に核の傘≠ニも呼ばれる。
 この核の傘≠ヘ「ニュークリア・シェアリング」とちがって、核抑止力がそなわっていない。
核の傘≠ニ「ニュークリア・シェアリング」はどうちがうのか。
 核兵器を国内に保持するのが「ニュークリア・シェアリング」で、核兵器を保有せず、核報復を他国に依存するのが核の傘≠ナある。
 核を保有せずに核防衛ができるという、一人よがりで、インチキな理屈が核の傘§_なのである。

 ●使われないからこそ抑止力になる核兵器
 冷戦期にフランスで「アメリカはパリをまもるためにニューヨークを犠牲にするか」という議論がわきあがって、結局、アメリカの核の傘≠ゥら離れて核保有国になった。
 フランスが核分裂の理論を確立したのは、日本とほほ同時期の1939年である。第二次大戦終了後の1945年にはフランス原子力庁が設立され、1954年には原爆製造部を設置された。1959年に当時のドゴール将軍が、核戦力の開発を宣言して、1960年にフランス領サハラ砂漠で最初の原爆実験がおこなわれた。
 ドゴールの核武装論は、ボーフル陸軍の「抑止と戦略」論にもとづくものだった。
 ボーフルは「核大国が敵資源の95%を破壊できるが、核をもたない小国の通常兵器は最大限15%程度にとどまる。これでは戦争抑止力にならない」とドゴールに進言した。
 これが、フランスが核保有国になった切実な理由で「核廃絶の理想や夢」を追う日本とは、思想が根本的に異なるのである。
 立憲民主党の泉健太代表は、アメリカの核兵器を日本国内に配備する核共有(ニュークリア・シェアリング)の抑止力を否定した。「持っていても使えない核兵器は抑止力にならない」というのだが、泉は、使われないからこそ最大の抑止力となる核の本質のイロハがわかっていないのである。
 共産党の穀田恵二(国対委員長)は、自民党の安倍晋三元首相や日本維新の会の松井一郎代表を念頭において「ニュークリア・シェアリングを議論せよというのは、世界の流れに逆行する犯罪的な発言だ」と批判したが、世界の流れを読みちがえているのは日本共産党のほうである。

 ●核抑止力があるから使える通常兵器
「非核三原則」の日本がウクライナの二の舞にならないのは、実質世界5位の軍事力をもっているからで、中国は、日本が「潜在的核保有国」であることをみとめている。中国メディア(人民日報)が「日本は7日間で原爆をつくれるばかりか、原子物理学やロケット工学で欧米以上の技術をもっている。日本を侮るとひどいめに遭う」などという論文をしばしば載せる。
 これが、日中の戦争抑止力になっているのは、じつに皮肉なことである。
 航空機や潜水艦をふくめた日中海洋戦のシミュレーションもおこなわれているが、いずれも日本側の圧勝で、中国が、尖閣諸島に手がだせないのはそのせいである。
 ロシアの専門家が分析した「ロシアと日本がもういちど日本海海戦(第二次日露戦争)を戦ったらなら」という詳細なレポートも存在する。
 結果からいえば、航空戦では互角だが、戦艦と潜水艦戦では日本が圧勝して日本の戦勝が予測されている。
 中国は沖縄占有、ロシアが北海道侵略の野心をもっているが、日本の現在の軍事力をもって、沖縄も北海道も、完全に防衛できる。
 その前提となるのは「核共有(ニュークリア・シェアリング)」である。
 通常兵器の戦闘が可能になるのは、核をもつことによって、敵の核が封じられるからである。使えない核が敵の核を封じる。「もっていても使えない核兵器は抑止力にならない(立憲民主・泉)」というのは完全な事実誤認だったのである。

 ●右手に核″カ手に国連≠フ五大強国
 核をもった大国が核をもたない小国を徹底的に叩いたのが、ベトナム戦争や湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などのアメリカの戦争だった。
 ジェノサイト(民族大虐殺)をおこなったのもアメリカで、大都市の空襲や広島長崎への原爆投下で、アメリカは40万人の日本の民間人を殺戮した。
 核は、報復をうける可能性がゼロで、最大の攻撃効果が期待される場合のみに使用される。
 したがって、イラクが核をもっていたら、フセインと50万人のイラク人が殺されたイラク戦争はおきなかった。
 イラクがアメリカに国家をつぶされたのは、イスラエル空軍に核施設を破壊されたからである。今回のウクライナの悲劇は、核をもっていなかったばかりにアメリカから一方的に攻撃をうけた18年前のイラク戦争の再現だったのである。
 当時、バクダッドでイラクのラマダン副首相を取材中だったわたしは、大国エゴの戦争リアリズムを痛切にかんじた一人である。ラマダンは「アメリカは攻めてこない、わが国を攻める理由がないからだ」といってフセインと面談をとりつけてくれた。
 だが、日本大使館は「今夜の最終便(ヨルダン行)の逃すと取り残される」とわたしにつよく同行をもとめた。その日、大使と二人で、インド人のコックがつくったカレーを食べたあとで、しぶしぶ飛行機に乗ってヨルダンについた直後、アメリカの空爆がはじまった。
 ラマダン副大統領は、フセインが絞首刑になった3か月後(2007年3月20日)、バグダッドで死刑が執行された。
 アメリカがイラクを攻撃した理由は、生物・化学兵器や原爆をつくる準備をしていたというものだったが、戦後、そんな痕跡はなにもみつからなかった。
 ロシアもウクライナが核開発をしていたといういいがかりをつけたが、むろんそんな事実はなかった。
 今回のロシアのウクライナ侵略もイラク戦争も、核の威をかさにきた大国のエゴで、冷戦構造崩壊後、世界は、帝国主義の時代に突入していった。
 アメリカ一極体制から中華思想、大ロシア主義、EU(欧州連合)、大英帝国連邦、イスラムやインド文化圏がそれぞれ一国主義をうちだす帝国主義乱立の時代に突入したわけで、時代も世界も、混沌としてきた。
 次回以降よみがえってきた帝国主義の亡霊≠ニ題して、世界情勢にも目をむけていこう。
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2022年04月04日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?C

 ●非核≠ニ非NATO″痩ニへの圧力
 核兵器を搭載したロシアの軍用機(スホーイ24)がスウェーデンの領空を侵犯した。NATO加盟に舵を切るとみて、脅しをかけたのである。
 かと思えば、フィンランドの調査機関が「国民の多くがNATO参加をもとめている」というアンケート結果を公表するや、NATOに加盟すれば深刻な軍事的、政治的影響をうけると警告を発した。
 そして、デンマークにたいしては、NATOのミサイル防衛(MD)計画に参加すれば、ロシアの核ミサイルの標的になると恫喝をくわえた。
 スウェーデンやフィンランド、デンマークなどの大国におどしをかけてくるようでは、ウクライナと隣接するモルドバ、ロシアとの国境線上に領土紛争をかかえるジョージアなどの弱小国の危機感はいかばかりであろうか。
 スウェーデンやフィンランド、モルドバやジョージアが軍事的な危機にさらされているのは、ウクライナと同様、NATOに加盟していないからである。
 一方、ロシアからの軍事侵攻が危ぶまれてきたバルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)が、外交官追放という処分にとどまって、軍事的侵略を免れているのは、NATO加盟国だからである。
 ロシアがNATOに手をだせないのは、NATO主要国の英仏が核をもっているほか、ニュークリア・シェアリング協定にもとづいて、アメリカが、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコの5か国におよそ100個の戦術核(B61)を貸与しているからである。

 ●事後処理の「核報復」と事前装備の「核防衛」
核の傘≠ニ「ニュークリア・シェアリング」のちがいは決定的である。
 ニュークリア・シェアリングが、事前の防衛≠ネのにたいして、核の傘は事後の報復≠ナ、そのときは、すでに、核の傘は破れているのである。
 核の保持と運搬方法の確保ができている「ニュークリア・シェアリング」に防衛力がそなわるのは、たとえ、核作動の暗号コードをアメリカがもっていたとしても、たとえ、0・1%であっても、被爆国から核報復をうける可能性があるからで、そのリスクがあるかぎり核抑止力がはたらく。
 ところが、事後にはたらく核の傘≠ノは、事前の防衛原則が機能しない。
 そこが、事後と事前のちがいで「ニュークリア・シェアリング」は、核防衛に有効だが核の傘≠ヘ核防衛に無効なのである。
核の傘≠ヘ、核攻撃がおこなわれた事後の処理で、アメリカが日本のために核で報復してくれるだろうという期待にすぎない。
 そんな夢想的なものを国家の安全保障の基盤において、はたして、日本は、一人前の国家といえるだろうか。
 同盟は、戦術であって、運命共同体ではない。同盟に義理立てして、自国や自国民を危機にさらすような愚かな国家指導者がどこにいるだろう。
 中国や北朝鮮が東京に原爆を撃ちこんで、アメリカが、ニューヨーク市民の生命を犠牲にして、北京や平城に報復核を撃ちこむ可能性はゼロである。
「非核三原則」や他国に核報復を期待する核の傘を、ただちに断ち切って、現実に目覚めなければならない。

 ●夢想的すぎる核の傘≠ノよる安全保障
 松野博一官房長官は米国防総省の「核態勢の見直し」(NPR)に核抑止力と拡大抑止の維持がもりこまれたとして「盟国として強く支持する」と表明した。
 本来なら、日本も、アメリカに「ニュークリア・シェアリング」をもとめるべきであったが、核抑止力のない核の傘≠ノ甘んじて、日本は平然としている。
 木原誠二官房副長官も「ニュークリア・シェアリング」などのオプションをしっかり考えていくとのべたものの、核を自国内に受け入れるドイツのような対応は不可能(「なかなか難しい」)とまるで他人事である。
 そして、岸田文雄首相は「国是として非核三原則を堅持する」「アメリカとの核共有は非核三原則とは相いれない」と国会でぺらぺらと喋っている。これでは、中国やロシア、北朝鮮に、核を撃ちこんでも、わが国は、核の報復能力をもちませんのでご安心を、といっているようなものである。
 国会答弁では「国防上の機密なので答弁できない」とつっぱねておかなければならない。
 もともと核の傘≠ヘ、日本が核攻撃をうけた事後処理で、最初の被害者は日本になる。
核の傘≠ヘ日本の被爆を前提にしたおそるべき思想だったのである。
 核防衛するには、自前の核を保有して、日本を核攻撃すれば核報復をうけるという「倍返しの論理(佐藤正久/自民党外交部会長)」を打ち立てるほかない。
 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼やら核の傘≠竄逕核三原則やらという腰抜けの理屈を吐き散らすのはやめたほうがよいのである。

 ●ノーベル賞の日本は核の先進国≠セった
 核が最大の防衛になるのは、核をこえる兵器が存在しないからである。
 だが、攻撃には使えない兵器で、報復をうけると攻撃の利点が帳消しになるどころか、敵国にあたえたのと同等の甚大な被害をうけることになる。
 それが核の相互確証破壊≠ナ、核保有国のあいだでは、抑止力がはたらいて、戦争がおきない。
 だが、非核保有国が核保有国にたいして、いかに無力であったか、ロシアのウクライナ侵攻で、それが、白日の下にさらされた。
 にもかかわらず、日本で核武装論がもちあがってこないのは、世界で唯一の被爆国という意識があるからだが、アメリカが、広島と長崎に原爆を落としたのは、アメリカはすべてをえて、なにも失わないからで、日本が、原子爆弾を完成させていたら、あの悲劇はおきなかった。
 わたしが、加瀬英明氏から、直接、聞いた話だが、トルーマンが原爆投下をきめたホワイトハウスの会議に出席したジョン・マクロイ元陸軍長官が加瀬の質問に「日本が原爆を一発でももっていたら、原爆使用はありえなかった」と答えている。
 日本が、終戦前に、原爆を完成させる寸前だったことは、ほとんど知られていない。原爆製造の中心的な人物は、ノーベル賞の朝永振一郎、南部陽一郎の師にして、湯川秀樹を指導した日本物理学会の雄、仁科芳雄である。原爆製造に王手をかけながら完成にいたらなかったのは、ウラン鉱石が手に入らなかったからで、中国山地の人形峠で、ウラン鉱床が発見される(1955年)のは、それから10年以上もあとのことだった。
 ちなみに、湯川秀樹が熱心な平和運動家になったのは、破壊力が原爆の百倍にもなる中性子爆弾、その中性子の発見者だったからで、湯川は、だれよりも核戦争をおそれていた。

 ●自国の安全を度外視した「非核三原則」
 佐藤栄作は「非核三原則」でノーベル平和賞をもらって、以後、日本はアメリカの核の傘≠ヨの依存(1972年10月9日閣議決定)国是としてきた。
 ウクライナも核放棄にあたって、仲介にあたった中国の核の傘≠ノ入ったが、中国は、ウクライナを侵攻したロシアにたいする国連の非難決議で棄権にまわって、核の傘どころか、ウクライナを見殺しにした。
 日本には、中国がロシアとウクライナの仲介に入るという甘い観測をのべる識者がいるが、尖閣諸島を奪い、台湾を併合して、沖縄にまで手をのばそうという中国が、ロシアのウクライナ侵略を諫める可能性があるとでも思っているのであろうか。
 ウクライナも、1990年に「非核三原則」をうちだして、平和主義路線をつきすすんできた。それが裏目にでたのは、国際認識が甘かったからで、ヤヌコビッチ大統領時代、ロシア国籍の人物が国防大臣をつとめても、ウクライナ国民は不審をいだかなかった。
 ウクライナが、1994年、核兵器(核弾頭1240発/大陸間弾道ミサイル176発)を放棄していなかったら、ロシアのウクライナ侵攻はなかったであろうことはいまさらいうまでもない。
 ウクライナの核放棄をおこなったのは、2013年、失脚してロシアに亡命したヤヌコーヴィチ元大統領だが、ヤヌコーヴィチは、10兆円の国費を私物化したような男で、核の放棄は、自国の安全を度外視して、ロシアへ迎合した売国行為以外のなにものでもなかった。
核の傘≠笏核三原則は、政治家個人の主義や思想、観念であって、国家の防衛や安全保障にはいささかの益もないことは、これをいくら強調しても強調しすぎることはない。
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2022年03月27日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?B

 ●民主主義を叫ぶ日本人が理解できない祖国愛
 ゼレンスキー大統領の国会演説のあと、橋下徹はこう吼えた。
「ウクライナ国民が生命をかけてたたかうこの戦争に合理性はあるのか」
 どこかで聞いたセリフである。
「男系男子のみが皇位を継承できる皇室典範に合理性(論理必然)があるのか」
 山尾志桜里元衆議院議員(民進党政調会長)が放った一言だった。
 テレビ(「サンデー・ジャポン」)は杉村太蔵に「片方の国(ウクライナ)に加担するのは日本の外交として正しいのか」といわせたが、この男は、母子を死なせた池袋の交通事故で、被告飯塚幸三(旧通産省幹部)に同調して「無罪を主張するのは民主主義のイロハ」といってのけている。
 かと思えば、身障者を国会に送りこむことが民主主義と思いこんでいる衆議院議員の山本太郎は、ゼレンスキー大統領の国会演説に「違和感がある」とのべた。幼児性のつよいかれらには、愛国心や祖国愛、同胞愛、命をかけて国をまもろうとするウクライナ人の合理性をこえた精神や文化を理解できないのである。
 多くの識者が、10倍の軍事力と核弾頭を六千発もつロシアにウクライナが勝てるわけはないと語った。首都キエフの陥落も3日もあれば十分と断言した軍事専門家もいた。
 ところが、ウクライナは、数千人の民間人を虐殺されながら、死に物狂いに闘って、開戦の一か月後、ロシア軍を首都キエフの東35キロの地点まで押し返すなど、各戦線で、ロシア軍を撃破しつつある。
 ウクライナ人もウクライナ兵も「われわれはいくら同胞が殺されても、町を破壊されても負けない」と決意をのべ、キエフのクリチコ市長は「(ロシア兵を)キエフには入れさせない。服従して奴隷になるなら死をえらぶ」と宣言した。
 ウクライナは、合理性や論理必然をこえて、ロシアの侵略から祖国をまもるために命がけでたたかっているのである。
 
 ●ウクライナ人の士気に敗北したロシア軍
 一方、ロシア兵の士気の低下がいちじるしい。ぬかるみにハマった数百台の戦車を捨てて逃亡したのは、動けなくった戦車にイギリスから補給された対戦車砲が浴びせかけられるからである。
 5000人の住民がロシアに連行されたマリウポリでは、ロシアの攻勢がつたえられるが、キエフやマカリフ、イルピンでは、ウクライナ軍が、ほぼ全域を取り返したほか、ロシア海軍がおさえたベルジャンシク港ではウクライナ軍がロシアの揚陸艦を完全破壊して、他のロシア軍艦を敗走させた。
 ロシア軍の戦死者は、1万2千人をこえ、戦車損失400台以上、航空機も100機以上、撃墜されている。ウクライナのスティンガー地対空ミサイルの命中率は抜群で、ウクライナは、同ミサイルをまだ1000基ももっている。
 ロシアの全将校20人余のうち7人が戦死したのは、米英の特殊部隊による作戦で、10回をこえる「ゼレンスキー暗殺隊」の襲撃を予知して撃退したのもこのチームだった。
 
 ●ウクライナとNATO、ロシアと中国という構図
 ウクライナが優勢に立ったといっても、世界で2番目の軍事大国、ロシアがかんたんに敗退すると見るのも早計である。ベラルーシ軍(2万)が参戦してくるとキエフがふたたび危機に陥る。
 NATOは、2014年のロシアによるクリミア併合を機に、バルト三国やポーランドに多国籍部隊を常設している。これにくわえ、今回、新たに、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアの4か国にNATO戦闘部隊を配置した。
 ウクライナに隣接する8か国の兵力の合計は、ポーランドの12万を筆頭にルーマニア7万などの合計30万余で、兵力数ではNATOがロシアの優位に立った。
 だが、第三次世界大戦への懸念から、ポーランドがもとめているウクライナ派兵までは踏み切れていない。
 したがって、経済制裁に重点を置かざるをえないが、ここで問題になるのがロシアを支援する中国のスタンスである。
 ロシアの国家予算は35兆円で、ウクライナ戦争で、1日2兆円以上という巨額の戦費がかかっている。このペースで戦争をすすめてゆくと一か月後にはロシアがなくなっている(木村太郎)計算だが、そうならないのは、バックに中国がついているからである。
 中国国務院の朱鳳蓮報道官が「台湾は、自国に利益のために対ロシア制裁にくわわっている」と批判したのは、台湾がロシアへの電子部品の輸出をとめているからである。朱がこのとき民主進歩党(台湾の与党)を名指しして批判した。そこから、おのずと中国のハラが読める。
 中国がロシアを支援しているのは、台湾侵攻の際、ロシアを後ろ盾とするためで、中国は、ウクライナ戦争の和平仲介に入る気などさらさらないのである。
 
 ●勝敗の決め手となる精密誘導などの電子機器
 ちなみに、ロシアは、GPSや精密誘導などの電子部品を中国と台湾からの輸入に頼っている。台湾が精密機器の輸出を拒否したことで、ロシアは、精密機器の輸入を中国一本に絞らざるをえなくなったが、これは、中国への屈服を意味する。
 精密誘導は、レーザーや全地球測位システム(GPS)を利用してミサイルを目標まで正確に誘導する電子部品で、これがなければ、北朝鮮が発射実験に成功した極超音速ミサイル≠熕サ造できない。
 精密誘導型ミサイルはきわめて高価で、ロシアの戦費が一日2兆円かかるのは、これを一日何百発も撃つからで、ウクライナへの侵攻が停滞しはじめたのは、精密誘導ミサイルの在庫が減ってきたからである。
 精密誘導の電子機器がなければ、敵の射程外から発射できる誘導ミサイルが製造できない。誘導ミサイルを使用しない市街戦では、ウクライナ兵の士気が高く、戦車ばかりか、機関砲付きの軍用車両が1500台以上、破壊されている。

 ●核の傘は存在しない〜「安定と不安定の逆説」
 ロシアに残された手段は、生物・化学兵器と核だけである。
 だが、これらの兵器を使うと、人類は、これまで体験したことがない新しい戦争へひきこまれる。
 エドワード・ルトワック(『ルトワックの日本改造論』)が「核は使われない限り有効」といったように、核は使われると、抑止力を失って、核を保有する本来の意味を失ってしまう。
「使われない核は最大の抑止力となる」という「安定・不安定の逆説」は、アメリカとロシア、インドとパキスタンのような二国間のあいだに通用する論理で、多国間や同盟関係ではではまったく機能しない。
 それどころか、二国間以外の国が核攻撃をうけても、二国間の核抑止力がはたらくため、これを報復できないというジレンマがうみだされる。
 日本が、中国や北朝鮮から核ミサイルを撃ちこまれても、アメリカが反撃しないのは、日本のために、ニューヨークやロスアンゼルスに住んでいるアメリカ人の生命を犠牲にできないからである。
 しかも、それが国家のリーダーの正しい判断ということになれば、同盟は、せいぜい、共同作戦ほどの意味しかなくなってしまう。
 核を保有する二国間同士の同士の核抑止力は、核の非保有国の犠牲によって、却って、強力になる。
 この事実から、原理的にも現象的にも「核の傘は存在しない」ということになる。
 したがって、ロシアは、ウクライナ戦争で、核を使用する可能性があるのである。
 次回は、ウクライナ戦争から日本の核武装、第三次世界大戦の可能性についてのべよう
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2022年03月20日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?A

 ●日本人が忘れている都市大空襲と硫黄島玉砕
 ロシアのウクライナ侵攻について「ロシアに譲歩して市民の犠牲を最小限にすべき」とのべるマスコミ人、有名人が少なくない。
 橋下徹やテレビ朝日の玉川徹、テリー伊藤、ロシア・リーグでプレーしていたサッカーの本田圭佑らである。テリー伊藤などは「イノチがいちばん大事と思うんです、ね、ね、そーでしょ、みなさん」と軽口を叩く調子である。
 だが、当のウクライナやバルト三国などの隣接国、ウクライナ支援に136億ドル(1兆6千億円)の緊急予算を組んだアメリカや防空システム『スカイセイバー』をポーランドに配備したイギリスらNATO、ウクライナへの武器輸出にふみきったEUから、そんなふやけた声は聞こえてこない。
 ロシアに主権を奪われた国がどんな運命をたどったか、フィンランドやリトアニア、ハンガリーの歴史をみればわかるが、チェチェンやクリミアでは住民の大虐殺がおこなわれ、現在、ウクライナでその悪夢が再現されている。
 フィンランドとスウェーデンがNATOに参加できないのは、ロシアがゆるさないからで、英米が軍事的に無力だったら、フィンランドとスウェーデンが第二のウクライナ、否、第4、第5のチェチェンになっていたかもしれなかった。
 鈴木宗男は、ロシアのウクライナ侵略に「ウクライナ側にも手落ちがあった」とのべた。鈴木は、北方2島返還にからめて「ロシアにも民主主義がある」とも発言した前歴もある。
 共産党時代のソ連とはちがうといいたかったのであれば、現在のプーチン体制はそれ以下である。

 ●KGBと新財閥、武闘派がプーチン三大人脈
 プーチンのとりまきは、KGB人脈と大財閥、私兵集団をもつ武闘派の三つに分けられるが、合わせても50人にもならない。
 だが、このとりまきを使って集めた私財が12兆ルーブル(17兆円)にものぼって、住んでいる「プーチン宮殿」には、1000億ルーブル(1400億円)の巨費が投じられた。
 国防関係をになっているのがKGB人脈である。ショイグ国防相やパトルシェフ安保会議書記、ナルイシキン対外情報局長官、ボルトニコフ連邦保安局長官ら国防関係者らは、KGB時代の同僚や部下で、プーチンに盾つく者は一人もいない。
 財閥は、ロシア資本主義化の過程でうまれた新興財閥(オリガルヒ)にくわえ、献金と利権のバーターで育成した新財閥の合体で、アメリカの資産の半分が数十人の大金持ちに握られているように、ロシアの富と利権もかれらに独占されている。
 三つ目の武闘集団にあたるのが、チェチェン共和国の独裁者カディロフ首長らプーチンを崇拝する有力者で、クリミア半島やウクライナ東部のドネツクとルガンスクの二州をおさえる親ロシア派武装勢力のリーダーらも、プーチンの子分である。
 ソ連時代は、腐敗していたとはいえ、ソ連共産党というイデオロギー的規範のもとにあって、一応、理想を掲げていた。だが、現在のロシアは、プーチンというギャングの親玉が牛耳る暗黒街のようなもので、50人余のとりまきが軍部と政治機構、経済を一手に掌握して、プーチン親分に忠誠を誓っている。
 ロシア通の鈴木宗男やロシア圧勝を期待する佐藤優らは、この事情を知っていながらプーチンにテコ入れしているのだから、プーチンファミリーの一員というほかない。

 ●連合国からチェチェン以下の扱いをうけた日本
 かつて、日本は「ABCD(アメリカ・イギリス・中国・オランダ)包囲網」と呼ばれた経済封鎖(石油禁輸など)に苦しみ、インドネシアのパレンバン油田からわが国に石油を輸送するオイルロードをまもるべく、ハワイの海軍基地に奇襲攻撃をかけた。
 日米戦争はこうしてはじまったが、アメリカは、徹底した民間人殺戮に勝機をもとめた。その結果、日本全国の都市が米軍機(B29)の空爆によって焦土と化して、民間人の死者が41万人におよんだ。
 原爆投下による広島(14万人以上)と長崎(7万人以上)だけで、死者が20万人をこえる。そして、東京大空襲で10万人、その他の都市で10万人が犠牲になった。
 悲劇はそれだけでは終わらなかった。戦勝4か国(米英中ソ)による4分割統治である。4分割は、アメリカが関東、信越、東海、北陸、近畿を、イギリスが中国と九州を、ソ連が北海道と東北地方を、中華民国が四国を領有するというもので、東京は四か国共同占領で話し合いがついた。
 もっとも、占領には組織的抵抗が予想されるため、占領開始時はアメリカが23個師団(85万)を投入して全土を一年間で掌握してのち、3か月後から各国軍に占領させるというとりきめだった。

 ●なぜ連合国は日本に条件つき″~伏をもとめたか
 だが、この約束を破ったのが、広島へ原爆が投下された直後、参戦してきたソ連だった。ソ連は、ポツダム会議には参加しているが、戦争当事国ではなかったため、ポツダム宣言にはくわわっていない。
 だが、スターリンは、この時点ではすでに死んでいたルーズベルトと密約を交わしていた。対日参戦した段階で、ソ連に満州と千島列島(北方四島以北)をゆずりわたすというものだった。この謀略を察知したイギリスは、当時、世界各国に「わが国はクリミア会談(ヤルタ密約)に関与していない」という緊急公電を打っている。
 1956年には、アイゼンハワー政権が「ヤルタ協定はルーズベルト個人の密約であり、米政府の公式文書でなく無効」とする国務省声明を発表、ソ連の領土占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にした。
 ルーズベルトの後任、トルーマンは「連合国軍が日本領土内に諸地点≠占領する」とあるポツダム宣言7条に国名を挙げなかったことから、戦勝4か国(米英中ソ)の分割統治とアメリカ軍による一年間の支配を撤回して、マッカーサーにその旨をつたえた。「ポツダム宣言にそって、帝王にようにふるまいたまえ」
 ポツダム宣言は、13条から成る条件つきの降伏布告(ディクラレイション)で、第5条に「これは条項(条件)である」とはっきり明記している。
 無条件降伏という文字があるのは13条で「われわれは日本政府に日本軍隊の無条件降伏≠フ宣言を要求する」とある一個所だけである。日本が無条件降伏したのなら、連合国軍が、どうして、日本政府に要求をつきつけることができたろう。

 ●チェチェン以上に徹底抗戦した旧日本軍
「日本はアメリカに無条件降伏した」と枉げてつたわったのは、吉田茂の国会答弁(昭和24年11月26日/衆議院予算委員会)および最高裁判所の判断(昭和28年4月8日/最高裁判所大法廷大法廷)にもとづく。
 吉田は「日本国は無条件降伏をしたのである」とのべ、最高裁判決にはこうある。「わが国はポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印して、連合国に対して無条件降伏をした」
 これに左翼は「降伏条件を無条件に受諾して降伏したので無条件降伏だ」と屁理屈をつけて、日本に革命がおきた「八月革命(宮沢俊義)」といって騒いだ。
 だが、トルーマンもマッカーサーも、無条件降伏とは思っていない。
 したがって、降伏13条をまもって、天皇を裁判にもかけなかった。
 トルーマンはおそれていた。サイパン島、硫黄島、沖縄で日本軍は死をおそれぬ戦いで米軍に大損害をあたえた。本土決戦になれば、兵力ばかりか航空機や戦車、大砲などの数が圧倒的優位にあった日本に勝てるはずはなかった。
 ポツダム宣言が国体護持という条件つき降伏≠ニなったのは、日本にたいする譲歩であった。
 日本を破滅から救ったのは、日本人の不屈の敢闘精神だったのである。
 千島列島のソ連軍は、日本軍に圧倒(占守島の戦い)されて、中国大陸では、日本が負けている戦線は一つもなかった。
 アメリカやソ連、中国には天皇の命令≠ノよって、日本軍を武装解除する以外、戦争を終わらせる手段をもっていなかったのである。
 原爆を落とされてなお、日本人は、民間人の殺戮に狂奔するアメリカと戦おうとしていた。
 チェチェンの人々は、日本人から国をまもる勇敢さを学んで、ロシアに立ちむかったのである。
「イノチがいちばん大事と思うんです、そーでしょ、みなさん」というようなふぬけたやからは一人もいなかった。
 次回以降、日本人がいかに国家をまもってきたか、これから、どうまもってゆくべきかについてのべよう。

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2022年03月13日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?@

 ●かつて世界第3位の核大国だったウクライナ
 ウクライナが核弾頭およびモスクワに届くミサイルをもっていたら、今回のウクライナ侵攻はあったろうか?
 なかったろう。核保有国への武力攻撃は、ありえないからで、核保有国への攻撃は、みずから核の報復をうける立場へまわる愚行で、一片の合理性もない。
 かつて、ウクライナは、世界第3位の核保有国(核弾頭1240発/ICBM176発)だったが、1991のソビエト連邦の崩壊によって、アメリカと中国の手によって、核の撤去がなされた。このとき、安全保障の問題について中国と、そして、財政支援についてアメリカと合意がなされた。
 現在、ウクライナの軍事力は、カナダの一つ上の世界22位だが、ロシアと10対1の差があって、核も長距離ミサイルももっていない。一気にふみつぶして、ゼレンスキー大統領以下、閣僚と軍人を処罰したのち、武装解除をおこなって、ウクライナをロシアとヨーロッパの緩衝地帯することなどプーチンには朝飯前に思えたろう。
 ウクライナは、かつて、ソ連の一部だったが、ソ連崩壊後、西側に寝返ってNATO(北大西洋条約機構)やEC(欧州共同体)にくわわろうとした。ウクライナは、地政学的には、ロシアと欧州の中間にあって、NATOにとっては願ってもない攻撃的な前衛地帯となる。
 プーチンがウクライナを踏みつぶしたくなる気持ちもわからないではない。
 事実、アメリカは、日本に、二発の原爆を落としてのちそれをおこなった。
 日本は、中国の利権を一人占めしたばかりか、アメリカの勢力圏だった太平洋に南洋諸島(マリアナ諸島、カロリング諸島、パラオ諸島、マーシャル諸島など)をもって、ハワイの真珠湾に奇襲をかけて大損害をあたえた。
 アメリカが日本に原爆を投下して、武装解除したのは、二度と白人に歯向かわせないためだった。
 戦勝国がおこなった武装解除をヘーワケンポー≠ニ崇めているのが日本の護憲派で、原爆を落とされて、腰が抜けてしまったのである。

 ●アメリカと同じことをやっているだけだ
 ロシアがウクライナでやったことは、イラクの核保有を主張して、フセインおよび十万人のイラク兵を殺した(イラク戦争)とどこがちがうのか。
 プーチンが「ウクライナは核兵器を取得して核保有国の地位を得ようとしている。見過ごすわけにはいかない」といいだしたのは、アメリカと同じことをやっているのだというアッピールで、案の定、アメリカは一言もない。
 アメリカとちがうのは、核攻撃をしていないことだが、プーチンは、核兵器のオペレーションチームにスタンバイを命じている。
 プーチンが核のボタンを押すことはないだろいうというのは楽観論である。
 プーチンは政治家ではなく、KGB出身の軍人で、ソ連崩壊後、2次にわたるチェチェン紛争の指揮をとったが、その残虐非道な指揮ぶりが20年経った現在でも語り草になっている。
 プーチンは「グロズヌイ総攻撃」で、市民20万人の全員を殺戮したばかりか、チェチェン共和国人口120万人のうち4分の1を殺害して、親露政権ができた後も、チェチェンにたいする弾圧、虐殺をやめようとしなかった。
 プーチンを後任に指名したエリツィン大統領が見込んだのもその冷血漢ぶりで、大ロシアを背負って西側陣営に立ちむかえるのは、血も涙もないプーチンしかいないと思ったのである。
 そのプーチンにとって、ウクライナは第二のチェチェンで、原爆で落としたところで良心の呵責などない。

 ●ウクライナと中国がむすんでいる「核の防衛協定」
 ウクライナは、10世紀以前、ドニェプル川沿いに南下して建国したキエフ公国が原点である。ロシア(モスクワ公国)は、そのキエフから分離した国である。キエフ公国は、13世紀にモンゴルに滅ぼされたのち、数奇な運命をたどってソ連にのみこまれたが、その後も、スターリンの棄民政策で1000万人が餓死、第二次大戦では、ナチスとソ連軍の両方から攻撃をうけて国民の5人に1人、1000万が戦死するという悲惨な体験をもっている。
 そのウクライナが、キエフが陥落したくらいで、かんたんに白旗をかかげるはずはない。
 チェチェンは、人口約120万人で、日本の四国ほどの小さな国だったが、停戦まで15年も抵抗しつづけた。
 ウクライナは、面積が日本の1・6倍、人口4300万人余りで、1991年から完全に独立して、総兵力は20万人、世界22位の軍事力をもち、戦闘可能な予備役兵も90万人いる。兵力数では、侵攻したロシア軍(15万人)の7倍以上になる。
 ロシアが、中東諸国やシリア出身の外国人志願兵16000人を受けいれたのは、6000人が死亡(CNN)したロシア軍歩兵を補給するためで、チェチェンやアフガンを見ても、この戦争が、1週間や10日で終わる短期決戦ではないことは明らかだろう。
 仲介者が必要となるが、停戦調停をおこなっているトルコがNATOのメンバーでは、おのずと、限界がある。
 なんの貢献もできない西側に代わって、中国がのりだすことが大事で、中国とウクライナのあいだには、核の防衛協定である「ヤヌコビッチ大統領(ウクライナ)と習近平国家主席の合意書(「ウクライナへの安全保証の提供に関する声明」)」が存在する。
 中央アジアから東アジアにいたる習近平の「一帯一路」と、プーチンの大ロシア主義は利害が対立する。
 まして、ロシアがウクライナに核攻撃をおこなえば、中国との蜜月が破れて、中ソ対立が決定的になる。
 次回は、ウクライナ戦争における中国と日本のはたすべき役割にふれよう。
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2022年03月06日

 天皇と日本の民主主義8

 ●敵対関係にある「民主主義」と「自由主義」
 バイデン大統領がロシア軍のウクライナ侵攻と防衛戦を「民主主義と独裁の戦い」と位置づけた上で、独裁者に侵略の代償を払わせると宣言した。
 連想されるのが、昨年のゴルバチョフのインタビューである。30年前、15の共和国で構成されたソ連の解体を宣言した最初にして最後の大統領だったゴルバチョフは、インタビューにこう応えた。「ロシアの将来をひらくみちは民主主義しかない」
 バイデンもゴルバチョフも、反独裁という意味で、民主主義ということばをもちいたと思われる。だが、中国も堂々と民主主義を名乗って、鈴木宗男も北方領土の2島返還にからめて「ロシアも民主主義国家」と発言したことがある。
 民主主義は、国民主権の権力者への委託なので、選挙という民主的手続きをふめば、ファシズムも共産党の一党独裁も民主主義になる。
 げんにルソーの民主主義は、古代ローマの「民会」をモデルにした直接民主主義で「国民すべてを収容する議事堂は存在しない」として、議会や選挙すらも否定している。
 私有財産制を諸悪の根源とするルソーの『社会契約論』は、マルクスの『共産党宣言』と並ぶ共産主義思想の入門書で、ルソーを偉人扱いしているのは、世界広しといえども、日本の教職員組合(日教組)や法曹界、マルクス系論壇や文壇、左翼マスコミなどの偏向グループだけである。
 ●制度≠フ民主主義と文化≠フ自由主義
 欧米や中ロが、口を揃えて、民主主義を謳っているのは、民主主義が制度だからで、多数決の原理も、国民主権も、全体主義にくくられた政治の一部にほかならない。
 政治からかぎりなく遠いのが、唯心論の個人主義や自由主義で、それが文化である。
「個と全体の矛盾」が永遠に解消できないのと同様、唯心論と唯物論、文化と政治、自由主義と民主主義、個人主義と全体主義も、互いに否定しあう。
 原理が異なるので、一元論では、衝突してしまうのである。
 したがって、二元論をとって、衝突を回避しなければならない。
 日本は、古来、神話や自然神の多元論の国で、一神教=一元論とは無縁だった。
 信仰も、荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)の二元論で、それが日本人の昔からの考え方、価値観だった。
 その二元論が、権威と権力、天皇と幕府、国体と政体、文化と文明などへとすそ野を広げて、日本という国柄ができあがった。
 日本では、浮世絵や錦絵、琴や三味線、和歌や文芸など、西洋では貴族だけのものだった文化が、庶民のあいだに広がった。
 その文化性をつちかったのが、歴史や伝統を重く見る保守思想で、それが、唯物論の政体にたいする唯心論の国体である。
 政体が、非文化の唯物論というのは、政治は、物理的な力を行使するからである。
 国体が唯心論なのは、個人主義や自由主義、保守思想などは、個人の心情に根ざした文化だからである。
 したがって、バイデンもゴルバチョフも、民主主義の本質を理解していなかったといわざるをえない。
 独裁や全体主義とたたかっているのは、同じ穴のムジナの民主主義ではなく、自由主義や保守思想、保守思想だったからである。
 ●伝統的な「国体」と近代的な「政体」
 日本が、伝統国家にして、同時に、先進的な国家システムをもっているのは、国家が、伝統的な国体と近代的な政体の二元構造≠ノなっているからである。
 葦津珍彦は著作(『日本の君主制』)でGHQにこう問うた。
 諸君は「天皇はヒトであって神(ゴッド)ではない」という啓蒙運動をはじめた。無知軽薄な日本人は追従したが、大方の日本人は諸君のプロパガンダを冷笑したのみである。日本人は、はじめから、裕仁命を生理的人間と知っていたからである。問題は、天皇という民族の伝統的な地位が神聖であるという思想にある。大御心(天皇の意志)が神聖なものであるという日本人の思想にある。大御心というのは、裕仁命の後天的思慮や教養から生じてくる意思ではない。天皇の地位が世襲的なものである以上、天皇の意思も世襲的なものでなければならない。それはアメリカ人が解している裕仁命個人の意思よりもはるかに高い所にある。それは、わかりやすくいえば、日本民族の一般意思とでもいうべきものである
 それは万世不易の民族の一般意思である。日本人は、この民族の一般意思を神聖不可侵と信じているのである。
 ここでいう一般意思という表現を、わたしはルッソーの社会契約論から借りてきた。
 イギリスにもアメリカにも国家の一般意思があるはずである。日本人は、超歴史的な民族の一般意思、大御心を篤く尊重する。ここに、皇祖皇宗の遺訓たる大御心を、神意と解し、天皇を現津御神と申し上げる根源があるのである。
 葦津が引用したルソーの『社会契約論』のなかには「一般意思」ということばのほかに「特殊意思」と「全体意思」ということばがある。

 ▼一般意思=集団に共通する意思。国民主権や民主主義。法や制度。唯物論
 ▼特殊意思=個人それぞれがもっている意思。個人主義や自由主義。唯心論
 ▼全体意思=特殊意志の総和。世論や多数決(選挙)をとおして一般意思へ


 葦津のことばを補足すれば、皇祖皇宗の大御心が一般意思で、今上天皇の御心は、特殊意思である。天皇は、歴史上の存在なので、現津御神であらせられるが、一般参賀で、皇居宮殿のベランダにお立ちになるのは、国家の象徴たる存在なので、天皇陛下とお呼びするのである。
 ●「国家主権」というルソーのインチキ論法
 自然状態において、個人の利害は対立する。この対立関係を国家が調停するとしたのがホッブズの『社会契約説』だった。個人は身勝手なので、国家をつくって法で規制しなければ「万人による万人の戦争がおきる」というのである。
 これにたいして、ルソーは「人間は生まれながらにして自由だったが、至る所で鉄鎖に繋がれている」「自然は人間を善良、自由、幸福なものとしてつくったが、社会が人間を堕落させ、奴隷とし、悲惨にした」「自然に帰れ」とホッブズの国家論をひっくり返した。
 そして、一般意思(=民主主義)を立てて、特殊意思(=自由主義/個人主義)を排除したしたのである。
 バーリン(『自由論』)はルソーの一般意思を「歴史上もっとも邪悪な思想」といったが、シュミット(『友・敵理論』)も「国民主権(治者と被治者が同一)という名目で国民から自由を奪った」とルソーの民主主義を頭から否定した。
 民主主義は、個人たる国民を国民全体へ一般化して、個人を消した上に成立する全体主義といえる。
 一方、選挙や議会、思想や言論の自由は、民主主義ではなく、体系が異なる個人主義と自由主義である。
 したがって、自由民主主義は、唯心論の個人の自由と、唯物論の民主主義が合体した二元論で、それが、現在、考えうる最善の国家形態なのである。
 ●二元論に収斂された民主主義と自由主義
 バーリンは、自由を「消極的自由」と「積極的自由」に分けて、制限なき自由(リバタリアニズム)から区別した。
 天皇の肖像画を燃やして踏みつけるなどの内容が不穏当として国民から批判をうけた愛知県の「表現の不自由展」について、主宰者の大村秀章知事は「表現の自由は民主主義の根幹」とのべたが、表現の自由と民主主義はなんの関係もない。
「表現の不自由展」はただのリバタリアニズムでバーリンの自由≠ゥら逸脱したファシズム思想である。
 根本原理が異なる民主主義と、自由主義を峻別して考えなければ、近代政治を理解することはできない。
 民主主義(国民主権)を批判したシュミットは、民主主義を排除すべしといったわけではない。
 民主主義の多数決と国家が国民の主権をあずかる国民主権は、得がたい政治手法だからである。
 かといって、民主主義と自由主義を組み合わせるべしといったのでもない。
 無理にむすびつけるのではなく、切離して考えるべきといっただけである。
 シュミットもバーリンも、民主主義と自由主義をどう組み合わせるべきか、妙案をもっていなかった。
 ところが、日本は「権威と権力」「国体と政体」などの二元論を同時にはたらかせる歴史をもっている。
 自由主義が、国体という文化の領域に、そして一方、民主主義は、政体という権力の領域に該当する。
 日本は、自由主義と民主主義を二元論化することによって、二つの西洋思想を国風化できるのである。
 それが「天皇と日本の民主主義」の要諦で、民主主義バンザイではなく、バーリン流の節度ある自由とバランスをとることによって、日本の国風にあった「自由民主主義」ができあがるのである。

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