2019年12月09日

米・中の新時代と日本の役割F

 ●日本はアジアで指導的立場に立てC
 1990年のバブル崩壊から2000年代の新自由主義の導入、2010年代のデフレ不況と、日本経済は、30年の長きにわたって低迷してきた。
 理由は、付加価値をうみだすことができなかったからである。
 この30年間の日本の経済成長率は平均0・7%(実質)で、先進35か国(OECD)の平均2%の3分の1、名目経済成長率にいたっては、OECDの平均4%にたいして0・1%という低さだった。
 そのころ、アメリカ経済も、変調をきたしていた。
 1990年代、グローバル化の名のもとで、国際資本が猛威をふるうようになると、アメリカ国内で、製造業が空洞化しはじめた。
 アメリカ人は、モノをつくるのをやめて、マクドナルドの売り子になったといわれたものだが、そのマクドナルド的な消費スタイルが世界規模で拡大していったのがグローバリゼーション=アメリカ化だった。
 つくらざる経済は、対外的には、ヘッジファンド型の国際金融へ、国内むけには、情報技術革命へとむかった。
 日本と中国に製造業の市場を引き渡して、このとき、アメリカが手に入れたのが、製造業中心のオールド・エコノミーに代わるIT産業中心のニュー・エコノミーだった。
 IT産業は、情報・通信技術のハードウェアからソフトウェア、インフラやサービスなどをふくむ巨大な企業群で、アメリカは、パイの大きさがきまっている製造業を捨てて、将来的な付加価値の大きいニュー・エコノミーをとったのである。
 IT産業の象徴的な存在がシリコンバレーで、現在、アップルやインテル、グーグルやヤフー、フェイスブックなどのソフトウェアやインターネット関連企業、IT企業の一大拠点となっている。

 日本も、1990年代まで、半導体などのエレクトロニクス分野で世界のトップを走っていた。
 そして、90年代後半以降、官民あげてIT革命をおしすすめ、インターネットを中心とする情報化投資もおこなわれた。
 任天堂やセガ、ソニーなどのゲーム機やゲームソフトは世界を席巻した。
 だが、インターネットのソフトウェアでは大きく立ち遅れた。
 スマートフォンやパソコンのソフト(OS)をつくるマイクロソフトやアップルのようなソフト系大企業がでてこなかったのである。
 それまで、日本は、デジカメ、薄型TV、DVDレコーダーなどの単品開発に力を注いできた。
 だが、時代がむかったのは、ハードとソフトの結合という思いもしなかった方向だった。
 デジカメというハードと、撮った写真でコミュニケーションしあうフェイスブックやインスタグラムというソフトがジョイントして、ハード=単品をはるかに上回る売上を上げる。
 それが、第4次産業革命である。
 その付加価値の延長線上にあるのが、AI(人工知能)や5G(次世代通信技術)、そして、あらゆるモノがインターネットに接続されるIoT(モノのインターネット)である。
 IT産業革命で、日本が負けたのは、ハード(機体)とソフト(サービス)をむすびつける新分野を開拓できなかったからだった。
 人工知能が2045年に人間脳をこえる(シンギュラリティ)といわれているなか「日本のデジタル活用は世界から3周遅れている(経済同友会小林喜光)」「日本のデジタル化は中国の足元にもおよばない(藤井保文)」などの悲観論が聞こえてくる。

 人工知能や5Gの技術開発に日・米・欧の協力が必要なのはいうまでもない。
 それ以上にもとめられるのは、中国に太刀打ちできる研究開発費と人材育成の意欲だが、いたずらに悲観的になることもない。
 付加価値の大きいITやデジタルは、経済成長の実弾だが、それが経済のすべてではむろんない。
 人工頭脳やインターネットの上にかかったクラウドは、なくてもそれほど不自由でもなく、社会が崩壊するわけでもない。
 生きてゆくために必要なのは、消費財と生産財であって、情報財ではない。
 高齢化と市場縮小にむかう日本は、今後、アセアン10国とインドを相手に経済活動をすすめてゆくことになるが、人口6億2千万人のアセアンと人口13億人をこえるインドと共存共栄をはかるのに、AIや5Gをもちだしたところでなんの意味もない。
 必要なのは、生産と消費、そして、雇用である。
 それには、なによりも、日本の経済力と伝統的な共栄圏思想がもとめられる。
 中国の「一帯一路」は、高利でカネを貸し付け、設計から労働力、資材までもちこみ、挙げ句に、返済できない貸付金のカタに、プロジェクトを根こそぎ略奪するギャング式である。
 パキスタン(グワーダル港)やスリランカ(ハンバントタ港)から、ミヤンマー、ラオス、モルディブからヨーロッパのモンテネグロ、アフリカのシブチまでが被害に遭っている。
 中国のこんなやり方(『債務のワナ』)が長続きするはずがなく、アジアばかりか、アフリカでも、日本方式を望む声が高まっている。
 日本の経済協力は、戦後賠償に端を発するODA(政府開発援助)を土台にしたもので、1970年以降、経済インフラ資金の95%がアンタイドである。
 アセアンとインドにたいする経済協力は、現地経済の振興と雇用拡大に重点をおかなければならない。
 目的が富裕化にあるからで、貧困と失業、犯罪を防ぐには、中国のAI監視システムを導入するのではなく、国と国民をゆたかにしなければならない。
 ものづくり大国、日本が、アセアンとインドの工業・産業の振興にはたす役割はけっして小さくない。
 日立金属やトヨタ自動車、小松製作所など、日本を代表する大メーカーと肩を並べるのが精密機器と工作機械で、この3分野は、日本が世界をリードしている。
 CNC装置(コンピュータ数値制御)付工作機械では、ファナック(山梨県)が国内シェア7割、世界シェア5割を占め、産業用ロボットでも、世界シェア2割である。
 これにつづく安川電機、ABBグループ(スイス)、クーカ(ドイツ)の4社で世界の産業用ロボット市場の8割をおさえている。
 小型切削加工機や超精密ナノ加工機でも、アイフォーンの部品(筐体)をつくるファナック以下、日本企業が目白押しで、この優位はかんたんにはゆるがない。
 モノづくり経済では、アセアン・インドとむすび、AIや5G、インターネット・ソフトウェアでは欧州とも協力しあう。
 アメリカべったり(アメリカ・スクール)、中国べったり(チャイナ・スクール)の外務省感覚では、新しい時代をのりきれないのである。
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2019年12月02日

米・中の新時代と日本の役割E

 ●日本はアジアで指導的立場に立てB
 日本経済は、この30年間、横ばいで、GDPも5兆ドル弱ラインをうろうろしている。
 GDPランキングは、一応、3位だが、ドイツやイギリス、フランスやインド、イタリア、ブラジル、カナダが、射程圏内で、後を追ってきている。
 アメリカの1位(20兆ドル弱)は、デジタル革命の覇者にしてインターネットインフラをつくりあげた国として、うなずける。
 驚くべきは、2009年まで3位だった中国が、わずか10年で、2位だった日本を追いこして、日本の3倍(12兆ドル強)までGDPをのばしてきたことである。
 スマートフォン(5G/通信システム)や人工頭脳(AI)の分野で、長足の進歩をとげた結果である。
 一方、日本のGDPが30年間も停滞した理由は、スマートフォンというハードとこれに関連する5GやAIというソフトの開発を怠ったからである。
 東芝やシャープ、ソニー、パナソニック、NEC、日立、富士通、三菱電機など、かつて、世界のトップ企業だった日本の電機大手が壊滅状態になったのは、スマートフォンをつくらなかった、否、つくれなかったからで、その理由は後段でのべよう。
 日本の電機大手が、通話やパソコン、デジカメ、オーディオ、ビデオなどの多機能がすっぽりおさまるスマートフォンをつくらなかったのは、登山にたとえるなら、九合目まで登って、頂上をきわめなかったようなものである。
 逆に、中国は、九合目まで日本企業の肩に乗って、そこから頂上まで単独で登攀して、現在、スマートフォンの世界市場をアップルやサムソンと分け合っている。
 需要創造が経済の原動力で、新製品の開発なくして、市場拡大や経済成長が実現するわけはない。
 事実、日本の高度経済成長や所得倍増計画、一億総中流意識は、三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)に代表される需要創造にささえられていた。
 ところが、日本経済が足踏みした1990年〜2020年までの「失われた30年」には、国民の需要を喚起するスマホのようなハード(新製品)がなに一つでてこなかった。
 このかん、GDPが停滞したのは、日本経済に新製品をつくる力がなかったのか、新製品をつくらなかったから日本経済が停滞したのか、おそらく、その両方だったろう。

 それでも、精密部品や工作機械の分野で、日本は、依然として、世界ナンバーワンで、村田製作所やTDKらの中堅企業、町工場クラスの中小企業がスマートフォンの部品などの精密機械を世界に送りだしている。
 ところが、スマートフォンというハードがなければ、5GやAIなどのソフトの開発も軌道にのらない。
 日本が、第四次産業革命に乗り遅れたのは、すべてがインターネットにつながったクラウドの形成に失敗したからだった。
 第四次産業革命の主軸をなすのは、AIや5Gの他、モノのインターネット(IoT)など日常化されたコンピュータのネットワークサービスで、これをクラウドと呼ぶのは、雲のように地上を覆っているが、正体がさっぱりつかめないからである。
 5GやAI、IoTは、スマートフォンというハードとインターネット上のソフトの結合で、両者が一体化しなければ、クラウドを形成することはできない。
 その役割を担うべきだったのは、日本の電機産業と電話ネットワークの上に君臨する東京電力とNTT(日本電信電話公社)でなければならなかった。
 ところが、東京電力もNTTも、既得権の上に成立している国家的企業で、この二社が手をむすんで、クラウド形成にうごくことがなかったのは、渋沢栄一のような先見の明をもった指導者がいなかったからだった。
 アメリカで、大企業間のハードとソフトが融合したのは、半導体やコンピュータ、ソフトやハイテクのエンジニアが集結したシリコンバレーがあったからで、デジタル革命や第四産業革命の波は、シリコンバレーから世界へおよんでいった。

 現在、第四次産業革命は、一企業、一業態、さらに、一国をこえ、国境横断的に発展、相互の連携をつよめている。
 日本にもとめられるには、欧米とのタイアップを強化して、ソフトの充実をはかる一方、国産スマホの開発と製造を急ぐことに尽きる。
 第四革命をのりきるには、国家支援のもと、採算や効率を度外視して思い切った手を打たなければ、日本は、5年以内のGDPランキング10位圏外へ放り出されることになる。
 ファーウェイやシャオミなど中国のスマートフォン大手は、総額20兆円の5G投資を背景に、フィンランドのノキア、スウェーデンのエリクソン、アメリカのクアルコムやインテルなど欧米企業と協力関係をむすんで、世界市場へのりだしている。
 NTTドコモも、NECや富士通など国内の通信機器メーカー8社とともに5Gの技術開発にとりくみ、インテルやクアルコムなどとも共同研究をおこなっている。
 だが、NTTドコモとKDDIの研究開発費は、ファーウェイの18年度の研究開発費1・7兆円にたいして、5年間で1兆円程度と桁違いに少ない。
 2018年のAIの開発予算も、アメリカの7兆5000億円、中国の1兆500億円にたいして、日本は6770億円で、政府予算にいたっては、米中の15%というお粗末さである。
 AIの監視技術でも、50か国に売り込んだ中国(ファーウェイ)がトップで、11か国のアメリカ(IBM)が後を追っているが、日本は、実績ゼロとあって、番外である。
 日本には、そもそも、AIや5G、IoTの研究・開発分野が存在しない。
 日本中の大学や研究所などから、第四次産業革命をリードする精鋭を集めて世界に恥じないシンクタンクをつくるべき時期を、日本は、迎えているのである。
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2019年11月25日

米・中の新時代と日本の役割D

 ●日本はアジアで指導的立場に立てA
 米・中の新時代もしくは5極(米・中・日・欧・ロ)時代、これにカナダやオセアニア、ブラジル、インド、アフリカ、中東などをくわえた多極化時代になっても、日本にもとめられるのは、国家の独自性であって、マスコミ知識人がバカの一つ覚えのように吹聴する国際化ではない。
 かつて、日本では、学識者やマスコミ知識人の言説に踊らされて、国際化を善としてきたが、それがまちがいだったことは、いまや、だれの目にも明らかだろう。
 国際主義が破綻してうまれたのが、米中対立や5極体制、多極化である。
 目下の国際情勢は、冷戦以前、大戦以前に近く、国家戦争がないのは、核の分散と主要国の軍事力強化で恐怖の均衡≠ェゆきわたって、どの国も戦争ができなくなってしまったという皮肉な作用の結果である。
 大事なのは、国際性や協調性ではなく、存在感(プレゼンス)で、無防備と侮りを買うふるまいほど平和を脅かすものはない。
 その論でいうと、日本の憲法第九条が平和を脅かす潜在的要因になっているのだが、日本人は、だれもそのことに気づいていない。
 国際派は、マルクス主義から社民主義、アメリカ主義、中華主義まで多様にわたるが、共通しているのは、反日と反伝統で、日本は、明治維新の西洋化と第二次大戦後のアメリカ化を筆頭に国際派が大手をふってきた。
 戦後、GHQの公職追放令の恩恵で、大学や公官庁にもぐりこんだマルクス主義者、渡部昇一が指摘した敗戦利得者もこのなかにふくまれる。
 かれらの言い分は、終始一貫、自己否定で、改革主義もここにふくまれる。
 改革主義の旗手が小泉純一郎元首相で、悠仁親王ご生誕によって万世一系を否定する皇室典範改悪(2005年)の危機はかろうじて免れた。
 だが、日本の資本主義を否定する新自由主義の導入は阻止できなかった。
 新自由主義が日本経済にあたえたデ・メリットを三つあげることができる。
 1、株主の利益を優先して、生産と消費の振興、市場と雇用の拡大、国富や国民のゆたかさを犠牲にした
 2、株主配当と株価の高値維持のため内部留保を優先して積極経営を捨てた
 3、企業を株主の利得構造として、研究開発費や設備投資を怠った
 その結果が、日本資本主義の停滞で、日本は、三つの段階をへて、沈没していった。
 それが空白の30年で、最初の10年がバブル崩壊、2つ目がデフレ不況だった。
 そして、最期の10年が新自由主義導入による沈滞で、バブル経済崩壊後の日本経済は、延々と30年もダメージをひきずってきたのだった。

 30年前、世界の企業の時価総額ランキングで、NTTやメガバンク、東京電力などの日本の企業がトップ20のほとんど占めていた。
 ところが、現在の世界の時価総額ランキングでは、アマゾンやマイクロソフト、フェイスブックなどのIT企業が上位を占め、日本企業は、42位にようやくトヨタがくいこんだだけというていたらくである。
 ものづくり中心の日本企業が、アメリカがつくったインターネットインフラの上に構築された世界マーケットから放逐されてしまったのである。
 日本経済が休眠状態にあったこの30年間で、世界でおきていたのが、AI(人工知能)や5G(次世代通信技術)の実用化などの新しい潮流だった。
 AIは、モノ同士がインターネットでつながる(IOT)システムの頭脳部で、一時、凋落したマイクロソフトが復活したのが、クラウドと呼ばれるAI開発だった。
 5G(第五世代移動通信システム)は、インターネット時代の中心的な技術で、AIとも深いかかわりがある。
 中国とアメリカ、欧州の企業は、AIや5Gをめぐって、激しい開発競争をくりひろげ、とりわけ、中国は、10年以上前から、ITやAI、5Gなどの分野で優秀な人材をヘッドハンティングして、国家ぐるみで育ててきた。
 5G関連の特許保有数で、中国が日米に大きく水をあけているのはその成果である。
 IT産業革命で負けた日本は、あらゆるモノがインターネットに接続される第4次産業革命に勝てる見込みが薄い。
 5Gの技術開発に、日米欧の協力が必要なのはいうまでもないが、それ以上に、日本という国家にもとめられているのは、米中に太刀打ちできるだけの研究費と人材育成の意欲であろう。
 2018年のAIの開発予算は、アメリカが7兆5000億円、中国が1兆500億円なのにたいして、日本は6770億円で、政府予算にいたっては米中の15%というお粗末さである。
 一方、日本企業の内部留保は460兆円で、それが、大企業に集中している。
 これは、未来という材木を捨てて、目先の木っ端を拾っているにひとしい愚行である。
 日本の企業の99・7%が中小企業(小企業が87%)で、製造業付加価値の半数を占める大企業は0・3%にすぎない。
 日本企業のつよさは、工作機械や部品、ロボットや設備をつくっている中小企業にあって、AIや5Gの時代にあっても、その地位はゆるがず、世界的なシェアも落ちていない
 日本経済が弱体化したのは、大企業が、内部留保に精を出して、研究開発や設備などの未来投資を怠ったからで、これこそが、株主資本主義といわれる新自由主義の最大欠点といえる。
 米・中・欧・ロなどの強国がつぎつぎと国家資本主義的な政策をくりだしてくるなか、日本がとるべき国家戦略は、次の2つであろう。
 1、AIやIOT(モノのインターネット)、5Gに特化した技術省庁の新設
 2、大企業の内部留保をターゲットにした法人特殊税の新設
 国家資本主義は、資本主義が、資本の論理だけではたちゆきならなくなった世界的な情勢を背景にしている。
 次回は、国家経済と国際協調、安全保障のかねあいについても考えてみたい。

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2019年11月11日

米・中の新時代と日本の役割C

 ●日本はアジアで指導的立場に立て@
 ソ連邦崩壊(1991年)から、10年以上もつづいてきたアメリカの一極支配体制が、2001年の同時多発テロ事件以後、ゆらぎはじめ、現在、五極体制のもとで、世界版図の再編がすすんでいる。
 五極といっても、アメリカの軍事予算は、中国とロシアを合わせた3倍近く(6028億ドル)あって、アメリカ海軍が、地球を6つに区割りした海域に最新鋭の大艦隊を送りこんでいる。
 五極の他の四つは、日本と中国、欧州とロシアである。
 これに、カナダやオセアニア、ブラジル、インド、アフリカ、中東をくわえると多極体制となるが、いずれも、一強プラスαの構造である。
 アメリカの一極支配体制がゆらいできたのは、中国の躍進と、中国式の国家資本主義が台頭してきたからで、国家が経済・社会に干渉して、強力に政策をすすめる中国モデルが、アジアやアフリカから中南米にまでおよんでいる。
 国家資本主義と「AI(人工知能)監視システム」を組み合わせたのが中国モデルで、コストのかかる民主主義や摩擦の大きい人権を避けて、全体主義で資本主義のゆたかさを手に入れようというのである。
 フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』で、民主主義と自由経済の勝利を宣言した1989年からわずか20年後、共産主義国家の中国が日本を抜いてGDP世界第2位に踊りでて、さらに、その20年後(2030年)にはアメリカを追い抜こうというのである。
 そうはさせまいというのがアメリカで、現在の五極体制は、米中二極の覇権争いの下で展開されているのである。
 ロシアも、ソ連崩壊後の混迷を脱して、軍事と資源を両輪に国家資本主義の路線をつきすすんでいる。
 2014年のウクライナ派兵(クリミア危機)の制裁で、ロシアは、G7の招待を取り消されたが、習近平は、その1か月後にひらかれた新興国首脳会議(BRICS/ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)にプーチンを招待している。
 このBRICSが国家資本主義を志向している国家群だが、イデオロギーや国家体制はそれぞれ異なっている。
 イデオロギーよりも安全保障や経済を重視したブロック化に安倍晋三首相が提案した「インド太平洋構想」がある。
 日本とアメリカ、オーストラリア、インドの4つの海洋国家が、インド洋と太平洋におけるシーラインをまもろうというのだが、中国の東シナ海、南シナ海への進出を抑止する狙いもある。
 尖閣の防衛や中東シーレーンの安全確保、さらに、「自由と繁栄の弧」という国家戦略の起点として、インド洋と太平洋は、日本にとっても、きわめて重要である。
 トランプ大統領も、2017年の東アジア訪問で、中国の一方的な海洋進出や「一帯一路」念頭に、安倍首相の提唱する「自由で開かれたインド太平洋」が新たなアジア太平洋戦略となったという認識をしめした。

 アメリカのペンス副大統領が、中国の途上国にたいする「債務漬け外交」をきびしく批判したのは、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」構想と、国際金融機関「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」にたいする警戒感からだった。
 習近平が「人類運命共同体」と称する一帯一路は、実利をとおして途上国をとりこむ戦略で、巨額融資の代償が開発物権の譲渡(永久貸与)という、高利貸しさながらのやり方だった。
 スリランカのハンバントタ港は、2010年、中国から約13億ドル(約1421億円)の融資をうけて、建設がはじまったが、年6・3%という金利の返済ができず、株式の80%を中国国営企業に譲渡(99年間貸与)せざるをえなかった。
 中国のグワーダル港(パキスタン)開発や「中パ経済回廊」の建設に脅威をかんじていたインドにとって、日米の「インド太平洋構想」は歓迎すべきことで、モディ首相は、これを外交戦略トップ(「アクト・イースト」)に掲げた。
 AIIBがうごきだす以前、世銀や日・米が主導権をもつアジア開発銀行がアジア諸国へ融資をおこなっていたが、そのポリシーに、人道・道義的考慮のほか、相互依存、環境の保全、自助努力の四つの理念(「ODA大綱」)が立てられた。
 安倍首相も、習主席から「一帯一路」とAIIBへの協力をもとめられた際、条件として、この四つの理念を挙げている。
 戦後賠償からはじまった日本のODAは、60〜70年代に拡大、80〜90年代には、供与額世界1位となった。
 日本政府は、ODAを国際貢献の柱の1つとして、タイドローンのほとんどをアンタイドローンにきりかえて、アジア経済に貢献してきた。
 アジアの日本にたいする信頼の根拠は、そこにあって、中国の侵略的援助とはまったく異質である。
 相互発展をめざす日本経済は、マレーシアのマハテヒール首相が「ルック・イースト」といったように、アジア経済のモデルで、近くに日本がいたらわれわれも、中国や韓国のように経済成長できたはずとのべる指導者もいる。
 中国の所得倍増計画(2012年/胡錦濤)は、池田勇人首相の所得倍増論の焼き直しで、高度経済成長もバブル処理(失敗例)も日本から学んだものである。
 習近平は、「旧ソ連の崩壊後、中国崩壊論が絶えたことはない。だが、中国は崩壊しないどころか、人民の生活水準は高まるばかりではないか」と豪語する。
 中国経済がバブルをのりこえてのびてきたのは、単純な話で、債務を国家が買い取ってしまうからで、これは、最近、話題になっている現代貨幣理論(MMT)につうじる。
 次回は、日本経済の共栄という本質、MMTと実体経済の関連についてのべよう。

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2019年11月05日

米・中の新時代と日本の役割B

 ●日本主義にもとづくグランドプラン
 米・中の新時代――といっても、米・中が手を取り合って新しい時代を切り拓いてゆくという話ではない。
 世界覇権の話で、近い将来、中国がアメリカを超えて世界一ゆたかでつよい国になるか、それとも、アメリカが、中国をおさえて、超大国の地位をまもることができるか、という未来展望である。
 米中の貿易戦争は、その一つのあらわれである。
 アメリカにとって、貿易の不均衡も、はねかえしておかねばならない中国の圧力なのである。
 といっても、中国の現在の経済発展をささえてきたのはアメリカと日本だった。
 とりわけ、アメリカは、ニクソン・キッシンジャーが訪中して、中国を資本主義の国際舞台へ迎えいれている。
 日本も「日中平和友好条約」(1978年)をむすんで、改革解放をすすめるケ小平を日本へ招いて、経済・貿易・技術における官民一体の協力を惜しんでいない。
 ニクソン・ショックには2つあって、一つは、ニクソン・キッシンジャーによる米中の接近(1971年7月発表/1972年2月訪中)である。
 そして、もう一つは、ドル・ショック(1771年8月)だった。
 ドル・ショックは、金とドルの交換停止で、これによって戦後の世界経済を支えてきたブレトンウッズ体制が崩壊した。
 ブレトンウッズ体制は、ドルを金とならぶ国際通貨とする金・ドル本位制のことで、国際通貨基金(IMF)や世界銀行、WTO(世界貿易機関)やGATT(「関税と貿易に関する一般協定」)がこの体制の下にあった。
 ブレトンウッズ体制が崩壊して、変動相場制へ移るが、以後も、ドルが基軸通貨の地位をたもってきたのは、アメリカの国力が、それだけ、つよかったからである。
 中国は、強国アメリカの後押しによって、自由主義経済の世界舞台へデビューしたわけで、ニクソン・キッシンジャーがはたした歴史的役割はじつに大きなものだった。
 それにしても、ニクソンは、中国が、半世紀後、アメリカをおびやかすほどの経済大国になっているとは想像もしなかったろう。
 ニクソンは、晩年、「われわれは(中国という)フランケンシュタインをつくってしまったかもしれない」と漏らしたが、中国を熱愛する95歳のキッシンジャーは、かくしゃくとしたもので、今年また、習近平と会って、米中摩擦の解消にとりくんでいる。
 キッシンジャーが日本を嫌ったのは、ナチスと組んでアメリカに歯向かったからで、かれは、大戦中、アメリカに帰化したドイツ系ユダヤ人だった。
 キッシンジャーは、1971年の周恩来首相との会談で、有名な「瓶の蓋」論を展開している。
「アメリカが日本から撤退すれば、日本は、核装備をすすめるでしょう。日本が軍事大国になったとき、中国とアメリカの伝統的な関係(第二次大戦時の同盟関係)が復活します」
 2008年、NHK出身の外交評論家日高義樹の「ワシントン・レポート」(テレビ東京)に登場したキッシンジャーは「日本はどういう進路をえらぶべきでしょう?」ともみ手でたずねた日高に「そんなことはじぶんで考えろ」と突き放している。
 日米関係にかぎらず、外交は、友情や運命共同体意識などの感情論にのっているわけではない。
 だが、日本では、親米や反米、親中や反中、親韓と嫌韓と、外交を感情論で論じる風潮で、冷静な外交議論がなりたたない。

 本稿のタイトルは、米・中の新時代と日本の役割と銘打ったが、外国の要人に、国家の外交について教えを請うような情けないことでは、日本は、外交上のどんな使命も責務もはたせそうにない。
 イデオロギーの時代が終わって、現代は、国家と国家が資本主義のありようをめぐって摩擦をひきおこし、対立し、争う時代となった。
 資本主義の構造や価値観、成熟度が問われているのである、
 日本では、15世紀半ばの楽市・楽座の時代から、商道のほか、技術立国の礎となる職人文化や衣食住の大衆化がゆきわたって、17世紀には「米相場(米の先物相場)」がはじまっている。
 ある意味で、日本は、資本主義発祥の国といえるのである。
 ヨーロッパには、産業革命がおこった18世紀後半まで、資本主義といえるような経済形態は存在せず、9歳以下の労働の禁止と16歳以下の労働時間を12時間に制限した工場法ができたのが1819年である。
 アメリカ経済が発展したのは、第一次世界大戦後、疲憊したヨーロッパから資金や技術、人材が流入してきた以後で、1920年代のアメリカは、軍需にもとづく重工業や自動車産業の振興、輸出増加などによって「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的好況のなかにあった。
 そして、おきたのが、株式市場の大暴落を契機としておこった1929年の大恐慌だった。
 オートメーションによる大量生産と労働者の大量解雇が、生産と消費の両面からなりたっている資本主義の構造を破壊したのである。
 これは、株主の利益だけを追求した新自由主義が、経済を縮小させて、格差社会をつくりだしたのと同じメカニズムである。
 ブッシュ大統領から新自由主義を吹きこまれた小泉純一郎は、格差社会への批判に「人生いろいろ」といってのけたものだが、日本の資本主義を破壊したのは、かつて、その小泉の右腕だった竹中平蔵である。
 竹中は、郵政民営化にからめて、資本主義の本質は、企業が利益をだすことと応えている。
 士農工商が支えた江戸の資本主義は、生産と消費、雇用や文化が一体となった社会制度で、金主(資本家)だけが儲かればよいという薄っぺらなものではなかった。
 日本が、米・中の新時代のなかで、プレゼンスを発揮してゆくには、江戸の資本主義から、明治のアジア主義(玄洋社・黒龍会)、大正の民族平等(パリ講和会議)、昭和の共存共栄(大東亜会議)に至る日本固有の思想を立てなければならない。
 ところが、日本では、明治維新の近代化と戦後のアメリカ化によって、国際派がハバを利かせるようになって、マスコミや論壇などから日本固有の思想や価値観が否定され、排除されてきた。
 国際派の筆頭がマルキストで、つぎが、前回、列挙した左翼インテリ女性に代表される反日グループである。
 反日は、自国を足蹴にして、西洋に憧れる性癖の持ち主で、反日派が世論をリードすると、国際社会で、指導的な役割をはたすどころか、自虐史観や日本悪玉論の前に沈没してしまいかねない。
 次回は、反日を排除して、日本主義にもとづくグランドプランをどう立てるか考えていこう。
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2019年10月28日

日・米・中・韓の新時代と日本の役割A

 ●GHQがつくった反日の構造≠ゥらどう脱却するか
 日本の大学やマスコミ、学会や論壇、公官庁などに、左翼・反日が巣食っているのは、戦後、本土を占領したGHQによって、21万人ものまともな日本人が、大学から教育、政・官界などの公職、いわゆる知識階級から追放されたからである。
 空いた席へとびこんできたのが、共産主義者で、当時、かれらは、愛国者を公職から追い出して、職場をあたえてくれたGHQを救世主や解放者と呼んだものである。
 1950年の朝鮮戦争や52年のサンフランシスコ講和によって、公職追放は、神道指令とともに消滅したが、人間は、そのまま、そっくり残った。
 日本の大学や学会、言論界や官界に、マルクス主義者が異常に多いのはそのせいで、自虐史観の歴史学会から人権一辺倒の法曹界、反国家の教育界、男女平等雇用法の公官庁にいたるまで、日本の中枢は、いまもなお、反日・左翼の手に握られている。
 左翼・反日が、今日、大勢力となったのは、1946年の公職追放令でのしあがってきたマルクス主義者の二代目、三代目が爆発的に自己増殖したせいである。
 左翼・反日は、一般国民の何倍も声が大きく、何十倍も自己主張がつよいので、マスコミや市民運動などを利用して、たちまち、オピニオン・リーダーとして躍り出てくる。
 日本破壊を企図したGHQの政策は、公職追放令だけではなかった。
 占領基本法だった戦後憲法もそっくり残って、共産主義者やリベラル、反日主義者のバイブルとなった。
 ケーディスやホイットニーらGHQ左翼が目論んだとおりで、謀略で日本を戦争にひきこんだルーズベルト大統領の子分の(ニューディーラー)の多くはスターリンを尊敬する共産主義者だったのである。
 1991年のソ連崩壊以降、マルクス主義者の多くは、反日主義へと転じたが、これが、左翼よりも、もっと始末がわるいものだった。
 目的が、政権奪取ではなく、日本という国の否定とあって、収拾のつかないアナーキズムが、毒ガスのように日本中を覆いつくすのである。
 なにしろ、国家の否定や国威の毀損、伝統破壊だけが目的なので、獅子身中の虫どころか、まるで、全身にまわったウイルスか猛毒である。
 従軍慰安婦問題は、日本の左翼・反日がつくって、韓国に伝染させたウイルスのようなもので、左翼反日には、祖国の尊厳や名誉、誇りを地に堕とすことが快感なのである。
 日本破壊というGHQの目的にそって、じぶんの国を貶めるほど、じぶんの立場がよくなる敗戦国特有のねじまがった現象を、渡部昇一は敗戦利得構造と称した。
 左翼・反日は、革命をもとめる情熱などではなく、わが身かわいさのあまり祖国を売る売国奴の思想≠セったのである。
 日本の歴史や文化、尊厳などの国体をまもってきたのは、敗戦利得者である日本のエリートではなく、一般の善良な国民だった。
 日本は、戦後から今日まで、60年安保をふくめて、敗戦利得者層と一般国民が、国体と国益、国家の安全保障をめぐって、水面下で、しのぎを削ってきたといってよい。
 優位に立ったのは、知的権威たる大学や論壇、教育や法曹、マスコミ報道を掌握する反日エリートで、言挙げしない一般国民は、終始、劣勢に立たされてきた。
 
 その反日エリートの一群に、インテリ女性の系譜があって、源流をたどると連合赤軍の永田洋子につきあたる。
 榛名山など山岳アジトで仲間12人を殺害した永田と、反日インテリ女性を同列に扱うのは短絡とみえようが、善や徳、文化を涵養する国家の伝統を悪の権化とするところは同根で、しかも、気ままで幼稚、自己中心的という大きな共通点がある。
 戦後、監獄から解放されて、日教組代表となったマルクス主義者の羽仁五郎は、反日主義の権化で「革命がおきたら反動はみなギロチンだ」などの過激な発言で、マスコミの寵児となった。
 その羽仁が、1972年の「あさま山荘事件」について「人民を追い込んだ全責任は権力にある」と連合赤軍を擁護した。
 この論理の上に立っているのが、反日の女性エリートで、反権力・反伝統を最大の善としている。
「生理的にイヤ、ああいうシステム、ああいう一族、ものすごく気持ち悪い」と皇室を侮蔑した辻本清美やNHKと組んで「女性国際戦犯法廷」なるものをでっち上げて、昭和天皇に有罪判決(「強姦と性奴隷制にたいする責任」)を下した松井やより(元朝日新聞編集委員)、「まったく論理必然ではない」と皇位の男系相続を否定した山尾志桜里(元検察官・衆院議員)らにあったのは、歴史や伝統、権威にたいする不遜さと道徳的なふしだらさだった。
 それが、むきだしになったのが、ありもしなかった従軍慰安婦を、あったといって騒ぎまわった慰安婦騒動である。
 従軍慰安婦問題で、福島瑞穂(社民党元党首)や田嶋陽子(元法政大学教授)は、韓国で、血眼で証拠や証言を集めたが、すべて、ガセだった。
 円より子(参議院財政金融委員長)は日本政府に謝罪をもとめ、岡崎トミ子(国家公安委員会委員長)は、韓国で慰安婦の反日デモに参加した。
 反日のデパートのような弁護士の千葉景子(元法務大臣)や東大教授で戦闘的フェミニストの上野千鶴子、原発推進派を「心の病気」と断じる精神分析の香山リカ(立教大学教授)、反安倍の最右翼で、一ドル50の円高を主張する国際経済学者の浜矩子ら、反日女性に共通するのは、未熟さと、それとは裏腹の傲慢さである。
 それが、左翼が変形した反日の特性で、本人は、インテリで頭がよいつもりであろうが、幼稚で、性格がわるいだけである。
 反日女性エリートのシンボル的存在となっているのが、奥平康弘東大教授が呼びかけ人となった「九条の会(大江健三郎ら9人)」である。
 世話人をつとめているのが、東大教授で、9・11テロを神風特攻隊になぞらえた小森陽一である。
 小森の盟友高橋哲哉(東大教授)は、松井やよりの「女性国際戦犯法廷」を高く評価する一方、辻元清美のピースボートの水先案内人をつとめた愚か者である。
 東大3ばか教授の一人、姜尚中は「横田めぐみの拉致をいうなら在日同胞も日本に拉致された。めぐみさんの両親の横田滋や横田早紀江が目の前にいても同じことをいう」といってのけた大ばか者である。
 次回以降、反日の構造をもっとつぶさにみていこう。
 反日という迷妄を払えば、日・米・中・韓の新時代と、日本の役割がもっとはっきり見えてくるはずである。
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2019年10月21日

日・米・中・韓の新時代と日本の役割@

 ●日本が種付けして、育成した中国資本主義
 日本の開国は、地政学的にも時代背景的にも、奇跡といってよいほどの立地条件に恵まれていた。
 地政学的には、中国大陸と朝鮮半島を海洋で封じて、アメリカとは、太平洋の西と東でむきあっている。
 イギリスと並ぶ堂々たる海洋国家の立ち位置で、海岸線の長さはアメリカを抜いて世界第六位、中国の約二倍である。
 日本が開国した1868年も絶妙のタイミングで、産業革命やアメリカ独立戦争、フランス革命から百年もたっていない。
 産業革命以前のヨーロッパからえるものはなにもなく、それ以後(19世紀末〜20世紀)であれば、帝国主義から世界戦争へむかう英仏独らの欧州列強や米ロにのみこまれていた可能性もあった。
 17世紀の江戸時代、日本は、世界に冠たる都市国家を成立させ、明治維新後の近代化のちからをたくわえていた。
 シルクロード文明の最終地点たるユーラシア大陸東岸の島国に、中華文明と異なる日本文明(『文明の衝突』ハンティントン)ができあがったのは、はやくから、単一民族による単一国家が成立していたからで、大和朝廷が成立したのは、中国で律令体制が完成した隋や唐の数百年前である。
 日本を独立国家たらしめた立地条件は、かつて、黄金の国ジパング(『東方見聞録』マルコ・ポーロ)呼ばれた金銀ではなく、四季と温暖な気候、四大海流などの天然資源だった。
 日本は、長い海岸線と河川、森林がつくりあげた良好な近海漁場と、広大な沖積平野がつくりあげたゆたかな穀倉地帯の上に、なにものも依存しない独立国家を建立したのである。
 中国や朝鮮との距離は絶妙で、交流や交易には近隣でも、遠征侵略には遠隔とあって、大陸から日本への侵攻は二度の元寇だけだった。
 日本は、海洋で、中国や朝鮮を封じる要塞国家でもあって、その象徴がかつて中・韓を苦しめた倭寇である。
 中・韓が日本を侵略国家とみるのは、倭寇が中国や朝鮮半島の沿岸を荒らしまわった遺伝子的記憶のせいで、朝鮮の高麗と中国の明が衰退したのは、倭寇の侵犯をうけたからだった。
 近代以降、日本は、日清・日露の両戦に勝って、朝鮮半島や台湾を支配下におき、蒋介石の中華民国とたたかった。
 第二次大戦に負けて、日本は、戦前の権益をすべて失ったが、戦後、短時日で復興して、ふたたび、大国の立場を回復した。
 大陸や半島には、日本帝国時代の有形無形の資産がそっくり残って、それが中国(満州)や韓国、北朝鮮のインフラの基礎となった。
 日本は、中国大陸を侵略、朝鮮半島を併合したが、帝国主義や戦争の時代において、軍事力にモノをいわせるのが国家正義で、侵略をうけるのは、国家をまもることができない負け犬でしかなかった。
 現在、中国や韓国、北朝鮮が戦勝国のようにふるまい、日本が卑屈になっているのは、WGIP(ウオー・ギルド・インフォメーション・プログラム)と憲法(前文・9条)の毒薬が利きすぎたのと、政治家が愚かだったせいである。
 日本が堂々とふるまっていれば、中・韓とも、いまほど増徴することはなかったのである。

 中国経済は、日本を抜き、世界第2位となって、目下、アメリカと貿易戦争をひきおこしている。
 その中国経済に種をつけたのは日本で、文化大革命を終えたばかりの当時の中国には、資本主義のシの字もなかった。
 毛沢東の死後、華国鋒政権の下で、1977年、劉少奇主席に次ぐ走資派として冷遇されていたケ小平が復権した。
 そして、78年に華国鋒を追い落として、資本主義を導入する改革開放路線をすすめた。
 ケ小平が資本主義のモデルにしたのが日本だった。
 1978年に「日中平和友好条約」を締結した直後、ケ小平は、中国の指導者としては戦後初となる日本への正式訪日をおこない、新日鉄・日産・松下の3社を見学した。
 新日鉄の君津製鉄所を見学したケ小平は、工場の設備や技術について詳しくたずね、日本の生産技術を中国に移入するための具体的な方法まで聞き出している。
 それが、新日鉄の支援で創業された上海宝鋼、のちの中国最大手の宝山鋼鉄である。
 ケ小平氏の訪日後、中国で「日本ブーム」がわきおこって、多くの視察団が日本にやってきて、日本人の専門家や研究者、技術者が中国に招かれた。
 政府のメンバーによる会議もさかんにおこなわれ、経済・貿易・技術における官民一体の協力体制は、当時、緊密なものだった。
 現在、中国で稼動している大工場の多くが、日本人が関与したものである。
 ケ小平の成功例が「経済特区」の創設で、これは、市場経済への移行するための踏み切り盤だった。
 外国資本や技術の導入、人民公社解体にともなう管理能力の育成を眼目に、広東省の深センや珠海、汕頭、福建省の厦門が指定されて、それぞれ高い実績をあげて、それが、全国へひろがっていた。
 そして、いまや、中国経済は、世界第2位となって、アメリカと貿易摩擦をひきおこしている。
 中国経済が、ここまでのびたことによって、自由と民主主義が勝利宣言した「歴史の終わり」(フランシス・フクヤマ)に疑問符が投げかけられたほどである。
 中国資本主義は、現在もなお、日本をモデルにしている。
 日本の1960年代の高度経済成長とバブル経済、バブル崩壊から不良債権処理、そして、デフレ脱却まで、日本経済の歩みが、そのまま、中国経済のテキストになっているのである。
 それにしても、中国経済は、なぜ、ここまでのびたのか。
 その謎解きとなるのが、最近、話題になっている現代貨幣理論(MMT)である。
 MMTのもっとも顕著な成功例が日本という指摘もある。
 次回、国家資本主義の台頭に重なりあうMMTについても言及しよう。
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2019年10月15日

一国主義に立つ世界と後れをとった日韓C

 ●ノーベル賞の日本の技術に依存して反日≠フちぐはぐ
 同じ反日でも、民族的反日の韓国よりも、政策的反日の中国のほうが、はるかに冷静で、中国人は、日本の製造業が世界一のレベルにあることや、中国経済が、その日本経済をモデルに成長してきたことも、内心で承知している。
 中国メディア(『今日頭条』)は、中国が日本に歯が立たない製造業の分野に「半導体材料」「スマホ材料・部品」「専門的生産技術」「ハイテク素材」「工業ロボット」「宇宙開発」次の6つをあげた。
 半導体材料は、中国や台湾でも生産できるが、精度や性能の面で、日本には遠くおよばない。
 この分野で、日本が市場を独占しているのは、市場は最高の品質をもとめるからで、二番手、三番手は、ほとんど、市場競争力をもたない。
 韓国政府は、半導体材料の国産化に、毎年1兆ウォンの予算をあてる構想を発表したが、付け焼刃で、製造業王国の日本に追いつけたら苦労はない。
 スマホについていえば、韓国のサムソンも中国のファーウェイも、材料や部品の大部分は、日本製で、韓国や中国は、組み立てて、商品化しているだけである。
 中国は「日本製の部品を排除したらスマホを生産できない」とみとめているが、韓国は、その事実に目をむけない。
 そして、半導体素材の輸出管理強化(ホワイト国から除外)に反発して、ビールやラーメン、化粧品、ユニクロなどの日本製品の不買運動や日本の旅行中止をもって、日本に一泡ふかしたと思いこんでいる。
 不買運動をやるなら、対日貿易赤字が240億ドルにたっする素材や部品の不買運動をやったらどうか。
 半導体製品が主力の韓国の製造業では、日本から輸入した素材・部品を完成品に組み立てて世界に輸出するという日韓の分業体制が確立していて、それが韓国経済を世界10位の経済大国におしあげてきた。
 東南アジアの国々が、日本を隣国にもつ韓国の立地条件をうらやむのはそのせいで、保守派も、韓国経済が日本に依存している事実を十分にわきまえている。
 だが、文在寅政権やマスコミ、親北派や民主労総傘下の労組は、反日有理の一辺倒で、国民の多くは、反日を煽る新聞に踊らされている。
 日本経済は、消費財ではなく、生産財(材料・部品)や資本財(道具や機械)の経済で、中国や韓国ばかりか、成長いちじるしいアジアの経済もその恩恵をうけている。
 ボーイング787の翼や機体の素材をつくっているのは日本企業で、世界の一流工場で稼動しているのも、多くは日本の工業ロボットや工作機械である。
 日本の科学技術力の高さを証明したのが、小惑星「イトカワ」から帰還した「はやぶさ」や、地球から2億8千万kmの小惑星「リュウグウ」に着陸して岩石標本を採取した探査機軌道「はやぶさ2」で、NASA(アメリカ航空宇宙局)でさえなしえなかった科学の一つの頂点である。

 日本経済が科学や技術の経済であることを証明したのが、吉野彰のノーベル化学賞受賞である。
 吉野彰ら3人のノーベル賞学者が開発したリチウムイオン電池は、世界的なインフラをつくりあげて、2026年には、約12兆億円の市場規模になると予想されている。
 リチウムイオン電池は、1991年に商用化されて以来、携帯電話やノートPC、デジタルカメラからEV(電気自動車)に使用されて、電子機器時代の申し子となった。
 リチウムイオン電池の原理を開発したのが、米テキサス大学のグッドイナフ教授(97)とニューヨーク州立大学のウィッティンガム教授(77)、そしてリチウムイオン電池を商品化したのが名城大学教授の吉野彰(71)である。
 欧米が基礎研究、日本が応用研究というパタンのもとで、特許数がほとんど同じというのがこの世界の熾烈さだが、この戦場に、中国や韓国は参戦していない。
 技術やソフトを盗用して、経済規模を拡大させてきただけだが、そんなやりかたでは、かならず、壁にぶつかる。
 技術革新は、基礎・応用研究の上に開花するもので、日米欧の企業がつねに新技術をつくりだしてゆくのにたいして、その技術をみようみまねで盗むだけの中・韓に、どんな展望もひらかれない。
 ローテクならそれで間に合っても、ハイテク、スーパーハイテクになったらそうはいかなくなる。
 中国から東南アジア、インド、アフリカ、中東、欧州へとつらなる習近平の「一帯一路」は、インフラ整備やカネ、軍事力による他国の領地化で、基礎となっているのはハードとローテクである。
 一方、日本の「自由と繁栄の弧(価値観外交)」は、地域こそ「一帯一路」と重なるものの、軸になっているのは、自由と民主主義、基本的人権と法の支配、市場経済というソフトと、科学や技術のハイテクで、一帯一路とは、思想も構造も異なる。
 今後、世界は、飢餓や戦争、貧困という負の因子と、文明や科学、豊かさという正の因子へ二極化して、経済や交易、安全保障も、そのなかでゆれうごくことになる。
 日・米・欧・豪のグループと、中・ロ・韓・印とアジア、アフリカ、南米のグループが共存する世界のなかで、キーとなるのは、科学と技術であろう。
 韓国のネットには、日本で、科学分野でのノーベル賞受賞が24人目となることを挙げ、「不買運動で日本をうちのめしても、韓国経済が日本の基礎科学や技術に依存している現実をみなければ、韓国に明日はない」「日本のビールなどを標的にした不買運動をするなら、リチウムイオン電池を使ったスマホやノートパソコンなどを捨てるべきではないか」などの書き込みがあったという。
 日本を仮想敵に仕立て、南北統一をめざしてきた韓国の親北派にも、そろそろ、ほころびがみえてきたのである。

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2019年10月04日

一国主義に立つ世界と後れをとった日韓B

 ●左右対決に代わる民主主義と全体主義の対決
 朝鮮半島の動揺が、日・米・中の関係国ばかりか、ロ・印・豪などの辺縁国をまきこみ、さらに、中東やアフリカ、ヨーロッパにまで影響をおよぼそうとしている。
 韓国が、経済・軍事とも、世界のトップ10に入る強国なら、北朝鮮も核をもつ軍事大国(総兵力120万人/韓国軍66万人)である。
 その両国が、核保有や南北統一、米中関係などをめぐって揺れ動いて、その余波が、アジアのみならず世界におよばないわけはない。
 さらに、日韓緊張という吹き出物もあって、朝鮮半島は、東アジアのトラブルメーカーにして、世界の火薬庫なのである。
 朝鮮半島の動向が、大きなインパクトをもつのは、世界版図を二分するパクス・アメリカーナと中国モデルの境界線が、朝鮮半島のド真ん中(38度線)をとおっているからである。
 この境界線(新アチソンライン)と連動しているのが第七艦隊で、同艦隊の母港が、アメリカ最大の海外基地である横須賀である。
 横須賀の第七艦隊と横田の第5空軍、沖縄の第3海兵遠征軍と自衛隊の編成軍が日米安保軍で、NATO(北大西洋条約機構)と並ぶアメリカ主導の世界集団防衛体制である。
 日米安保を拡張した防衛戦略が「インド太平洋構想(日本・アメリカ・インド・オーストラリア)」である。
 同構想が実現すれば、これまで、国内に限定されていた自衛隊の活動範囲が太平洋からインド洋にまでひろがる。
 安全保障と足並みを揃えて、第一次安倍内閣(麻生太郎外相)の産物だった経済圏構想(「自由と繁栄の弧(インド・中東・中央アジア・ヨーロッパ)」がふたたびうごきだした。
 かつて、日本は、「自由と繁栄の弧」が、中国包囲網とうけとられかねないとして、福田康夫内閣や民主党内閣がこれを封印するというばかな真似をした。
 親中派や親韓派がのさばっていた時代の話だが、逆に、中国や韓国から反日という冷や水を浴びせかけられて、第二次安倍内閣以降、すっかりおとなしくなった。
 安倍首相は、ベルギーのブリュッセルでひらかれたEUの関連会合で、基調講演をおこない、EUと積極的に経済協力をすすめる考えを明らかにした。
 具体的には、EUと協力して、東欧やアフリカでインフラ整備をすすめるというもので、これによって、自由や民主主義、人権や法の支配、市場経済などの普遍的な価値を共有する「自由と繁栄の弧」が最終ゴールに到達したことになる。
 EUとのタイアップによって、価値観外交(「自由と繁栄の弧」)が、中国の経済圏構想「一帯一路」と対抗する決定的な存在となった。
 日本とEUが、アフリカから東欧、イタリアにまで手をのばしてきた中国の経済覇権を阻止しようというのである。
 中国の「一帯一路」が他国の領土化≠セったことは「中国パキスタン経済回廊」にもとづくパキスタンのグワダル港開発をみれば明らかで、巨額借金のカタに港湾を奪われて、将来、同港が中国の軍港になるのは目に見えている。
 受けた援助が、巨額の借金に化けて、建設中のインフラ設備をまるごと奪われる――それが「一帯一路」の借金漬け領地略奪法で、典型的なケースがスリランカのハンバントタ港だろう。
 2010年、ハンバントタ港建設に際して、スリランカが中国から借入した13億ドル(約1421億円)は、年6・3%という高利で、インフラ整備によって、多少、生産性が上がっても、容易に返済できる金額ではない。
 中国の資金源になっているのがアジアインフラ投資銀行(AIIB)である。
 アジアには、1966年に設立されて以来、融資やグラント(無償支援)のほか、アジア地域の経済・技術協力、貧困の対策などに取り組んできたアジア開発銀行(ADB)があって、日本が主導してきた。
 これにたいして、中国の習近平主席の肝いりでうまれたのが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)で、これに、アジア諸国を中心に50か国がとびついたが、そのなかに、イギリス、フランス、ドイツがふくまれていた。
 これは、英仏独の誤りで、中国の「一帯一路」は、金融やインフラ整備などをとおして、地政学的なメリットをもとめる戦略であって、日・米・欧の技術型・科学型経済戦略とは、相容れない。
 日本の価値観外交には、自由や民主主義、基本的人権や法の支配、市場経済のほかに、技術や科学という要素がもりこまれている。
 日・米・欧は、技術と科学で、世界をリードする立場にあって、地下資源や安い労働力、旺盛な消費力に代わって、知力を経済の原動力にしている。
 かつて、共産主義と自由主義が牙を剥き合ったが、現在は、民主主義と全体主義の対立へと様相を変えた。
 パクス・アメリカーナと中国モデルが、世界版図を二分しているというのはその意味合いにおいてで、両者を分けているのが、技術力と科学力なのである。
 中国のメディア(『今日頭条』)は、日本の製造業を他の国と比較した記事を掲載して、そのなかで、「中国が日本にかなわない理由」を4つ上げている。
 日本は「生産効率」「高品質」「工作機械」「素材」の4分野で、米国を抜いて世界一だという。
 経済と軍事力、技術・科学が大国の条件になっていることは、この3分野で、アメリカが断トツの第一位であることからもわかろう。
 ■ノーベル賞受賞者数の国別ランキングトップ10
 1位アメリカ339/2位イギリス110/3位ドイツ82/4位フランス58/5位スウェーデン32/6位スイス27/7位日本22/8位ロシア(旧ソ連)20/9位オランダ16/10位カナダ14/10位イタリア14
 科学系の受賞者は、中国とインドが1、韓国は0で、欧米の合計678とは比較にならない。
 ところが、経済や軍事力では、中国やインド、韓国が上位にのぼってくる。
 ■軍事力の国別ランキングトップ15
 1位アメリカ/2位ロシア/3位中国/4位インド/5位フランス/6位日本/7位韓国/8位イギリス/9位トルコ/10位ドイツ/11位イタリア/12位エジプト/13位ブラジル/14位イラン/15位パキスタン
 以下インドネシア、イスラエル、北朝鮮、オーストラリア、スペイン、カナダ、台湾、ベトナム、ポーランド、サウジアラビア、タイとつづく。
 ■GDPのランキングベスト20
 1位アメリカ/2位中国/3位日本/4位ドイツ/5位イギリス/6位インド/7位フランス/8位ブラジル/9位イタリア/10位カナダ/11位ロシア/12位韓国/13位オーストラリア/14位スペイン/15位メキシコ/16位インドネシア/17位トルコ/18位オランダ/19位サウジアラビア/20位スイス
 今後、世界は、ハードウエア型の中国や韓国、ロシアと、ソフトウエア型のアメリカと日本、ヨーロッパがしのぎを削ってゆくことになる。
 次回以降、経済や技術、安全保障について、世界スケールで考えていこう。
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2019年09月27日

一国主義に立つ世界と後れをとった日韓A

 ●反国家に立つ韓国の反日種族主義と日本のリベラル紙
 現在の険悪な日韓関係を象徴しているのが文在寅大統領の盗人猛々しい(「賊反荷杖」)≠ニいうことばだろう。
 ホワイト国から除外された腹いせからだけではない。
 歴史認識として、韓国人は、かつて、朝鮮半島を植民地支配した日本をドロボーと見ているである。
 スイスの国連人権理事会で、「徴用工の強制連行や奴隷労働はなかった、賃金の民族的差別はなかった」と講演した李宇衍は、韓国で、歴史を歪曲してきた人々を反日種族主義者≠ニ呼んだ。
「日本は絶対悪、韓国は絶対善」とする反日教育の申し子で、今回、日本製品不買運動に走った人々もそのなかにふくまれるが、なんといっても代表は反日を煽る韓国の新聞マスコミだろう。
 李宇衍らが共同執筆した「反日種族主義」が、目下、ベストセラーになっているのは意外だが、韓国世論は、もともと、保守と左翼、中間派で三分されていて、マスコミがつたえるように、左翼・反日一色ではない。
 もっとも、反日が正義にして良心の韓国にあって、保守派も反日の例外ではない。
 かれらが、表立って反日を叫ばないのは、現在の韓国が、いわゆる、日帝36年を土台にしている歴史や、日本から素材や部品、技術が入ってこなければ経済が成り立たない事情を知っているからである。
「日本製品不買運動」や徴用工・慰安婦問題の「反日デモ」ばかり報道されるが、文在寅打倒のデモや集会も頻繁で、「光復節集会」では、左派(左派従北集会)を圧倒する20万人動員(「太極旗連合集会」)で気勢をあげた。
 右派勢力のなかには、文在寅を「與敵罪(死刑)」で告発するグループがあるほか、北朝鮮を仮想敵にしてきた韓国軍の一部の退役軍人会派にはクーデターやテロの可能性までささやかれている。

 韓国の国論を分けている分水嶺が、国家と民主主義である。
 国家を念頭におくのが保守主義で、財界や経営者らに支持されている。
 一方、民主主義をささえるのは、反国家の立場に立つ組合や新聞マスコミで、保守がつくった国家を悪とみる人々である。
 民主主義は、革命理論で、国家と民主主義は、もともと、敵対関係にある。
 民主主義が、人類が最後にゆきついた最高哲学であるかのようにいうひとがいるが、革命によって、伝統や文化、習俗を失って、残ったのが多数決のみというのが民主主義の実態である。
 したがって、民主主義の信奉者は、例外なく、国家を否定する。
 国家観や歴史観をもちあわせないのが、文在寅と反日種族主義者である。
 それがかつて、事大主義や両班の退廃をうみだし、現在、南北統一=革命を夢想する朝鮮半島の土着的精神で、国家を忘れた韓国儒教の後遺症といえる。
 李宇衍は、慰安婦問題も徴用問題も、日本の良心的知識人からはじまったと指摘した。
 李のいう良心的知識人というのは、朝日・毎日、岩波書店のことである。
 歴史歪曲と国家侮辱、歴史冒涜をもって、かれらは、日本の良心的知識人を自認してきた。
 文在寅と反日種族主義者、日本の朝毎ら左翼マスコミの三者に共通しているのが、国家観念と国家にたいする現実感覚の欠落である。
 平和主義と民主主義さえあればよい左翼にとって、国家も主権も、軍備も防衛も、夢うつつの観念論で、現実の問題ではない。
 文在寅が提唱する大国参与型のユートピア的安全保障や、憲法9条が戦後の平和をまもってきたとする夢想的平和主義がそれで、防衛や安全保障が切実な世界との落差はいかばかりか。
 現在、世界情勢は、空想どころか、あざとい現実主義が、緊迫の度をましている。
 国家資本主義(ステートキャピタリズム)や中国モデルの世界浸透、パクス・アメリカーナと中国覇権主義の対決が、世界版図を大幅に書きかえようとしているのである。
 かつて、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』によって、自由民主主義にもとづく欧米型資本主義が、いったんは、完全に勝利したかにみえた。
 だが、自由民主主義を否定する中国資本主義が、日本を抜いて世界第二位の経済に躍り出るや、中国モデルが世界中にひろがって、欧米型資本主義は後退を余儀なくされている。
 国家資本主義は、ロシアや中国からインドやブラジルへ、ヨーロッパでもハンガリーやポーランドへひろがって、世界を自由主義や民主主義だけで語ることができなくなりつつある。
 国家資本主義が台頭してくると、自由主義や民主主義などのイデオロギーや文化的価値観にかわって、経済が、国家運営や外交戦略の要となってくるだろう。
 国家資本と、資本の国際化のハザマのなかで、貿易摩擦から防衛問題までが大きな問題として浮上してくるはずだが、歴史が教えるところでは、経済問題は、戦争で決着をつけるしかない。
 今後、世界情勢は、中国覇権主義とパクス・アメリカーナの対決という構図のなかで、熾烈さをましてゆくはずである。
 次回以降、朝鮮半島を視野の一角にいれて、日・米・中の国家戦略を展望していこう。
posted by office YM at 13:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする