2021年01月25日

 天皇と民主主義 その1

 ●皇族は国民ではあらせられない
 秋篠宮さまが長女眞子さまと小室圭さんのご婚儀について「憲法にも結婚は両性の合意のみにもとづいてとある」とされたうえで、これをおみとめになられた。
「状況が整わなければ納采の儀(ご婚約)をおこなうことはできないとのべてこられたことから、世間的には、方針の転換とうけとめられた。
 秋篠宮さまのご発言には、皇室のありかたをゆるがしかねない瑕疵がみえている。
 皇族は、国民のご身分ではあらせられないので、憲法による規定をおうけにならないのはいうまでもない。
 日本国の戸籍をおもちにならないというよりも、人権および人格、個人たる諸条件をすべて超越しておられるからで、日本人が、天皇やご皇族を敬愛してやまないのは、そのおすがたの神々しさゆえである。
 そのやんごとなき皇族が、国民を規制する権力の体系である憲法にみずからすすんで従われようとされるのは、国体や国家伝統、皇族の歴史的なありようからみて、奇異にして不自然で、違和感をかんじざるをえない。
 まして、天皇の正統性たる万世一系≠ノふれかねない皇族のご婚儀という国体上の事柄に憲法をもちだされるご見識については、言語道断と申し上げるほかない。

 日本と中国、ヨーロッパの権力や権威は、それぞれ、なりたちが異なる。
 易姓革命の中国では、徳ある者に王位を付与して、徳を失った王から王位を奪うという「天命運動」がおこなわれた。4王朝(「遼・金・元・清」)による異民族支配は天命≠ニいう支配イデオロギーが、民族や歴史、文化をこえていた証左といえよう。
 ヨーロッパの王朝は、家門による権力主義で、ローマ教皇庁と並ぶ勢力を誇ったハプスブルグ家をはじめ、スチュアート家(イギリス)、ブルボン家(フランス)、メディチ家(イタリア)などの名門が跋扈して、のちのヨーロッパ国家形成の母体となった。
 日本は、神武天皇の建国神話にもとづいて、天皇の権威を歴史的にうけつぐ皇統保持で、その象徴が「万世一系」である。
 権力や権威の正統性は、ヨーロッパにおいては家門で、中国は天命、日本は歴史にある。
 権力や権威を、法で規定したケースは、近代以降の革命国家のほかにはみることができない。
 天皇の正統性は、ヨーロッパの「家門」や中国の「天命」のように、血筋や徳にあるのではない。
 歴史そのもののなかにあって、天皇の地位は、歴史上の地位である。
 歴史が、天皇の玉座を用意して、万世一系のどなたかがその玉座におつきになって、天皇陛下になられる。
 この構造は、血筋をたどってその地位をひきつぐ血縁的相続とは、根本的に異なる。
 万世一系というのは、神武天皇の血統を継いでいるか否かだけで、親等とはかかわりがない。
 女性がX染色体を2つもっているのにたいして、男性はXとYの2種の染色体をもっている。Y染色体をうけつぐ男系相続では、X染色体が混じることがないので、親等を問う必要がない。
 第26代継体天皇は、先代の武烈天皇と血縁性がなく、第15代応神天皇の5世孫である。大連の大伴金村、物部麁鹿火、大臣の巨勢男人ら豪族の推戴をうけて、天皇になったが、武烈天皇も応神天皇も、神武天皇のY染色体をうけついでいる。

 それが、万世一系にもとづく皇統で、男系相続が絶対条件となる。
 大昔でも、男系・女系が混じる血縁相続では、皇祖が神武天皇ではなくなることはわかっていたのである。
 皇位が「万世一系」になることによって、天皇は、歴史からうまれることになった。葦津珍彦は「天皇は歴史をつらぬく真実」といった。天皇は、門閥や血縁、権力や人徳、法や制度からうまれるものではなく、歴史そのものだったのである。
 したがって、無人格となる。「神に祈る神」である天皇は、神道の最高神官にして、最高権威の聖なる存在だからで、日夜、日本国の弥栄と日本人の平安を天照大御神に祈っておられる。
 権威である聖なる天皇と、権力を行使する俗なる権力者とは、一線が画される。
 天皇は、権力者ではないのみならず、権利も基本的人権ももっておられない「神のような人」で、日本という国が一つにまとまっているのは、その中心に無私の天皇がおられるからである。
 第59代宇多天皇は「寛平御遺誡」という帝王学を遺された。
 そこには「愛憎や好悪、惑溺や喜怒をおもてにだしてはならない」とある。
 貞観政要などの帝王学にも「じぶんの意見を安易にのべるべきではない」とある。
 意見を発すれば、かならず敵をつくるからで、皇族が政見をのべ、選挙権をもったら、天皇中心の日本の国体は、崩れ去ってゆくであろう。
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2021年01月18日

 反官僚の菅政権に期待するO

 ●新たなる「日英同盟」とシックスアイズ
 日本の護憲派は「九条の会」を創立した9人のうちの1人、大江健三郎のつよい影響下にある。
「日本がわるいから原爆を落とされた。わたしは日本がきらいだ。わたしは日本人ではないので、文化勲章は断ったが、ノーベル賞はもらった」というのが大江イズム≠ナ、東大や京大、論壇や学会に信奉者が多い。
 日本学術会議も「自由と平和のための京大有志の会」も、コロナ特措法に抗議声明をだしたマスコミ労組(MIC)も同じ穴のムジナで、左翼というより、GHQの「日本滅亡化戦略」をうけついだ反日・抗日¥W団といったほうがわかりよい。
 国家に巣食って、利敵・売国・破壊行為をはたらく反日・抗日は、権力でおさえこむことができる左翼よりも始末がわるい。
 多くが、体制内エリートのインテリとあって、MIC支配下のマスコミで叩く大口やホラ、デマ、扇動の悪質さには半端ないものがある。
 反日・抗日が、メディアで幅を利かせるのは、MICの後押しがあるからで、コロナ特措法をゆるさない、自民党を打倒しようと叫ぶマスコミ労組の影響下にあるメディアに、国を挙げてのコロナ対策の応援、支援などできるはずはない。

 反日・抗日はカッコいい、国を売ることはよいことだという風潮のなかで懸念されるのが「国家・防衛情報」の国外漏洩とマスコミによる「情報操作(デマゴギーによる政治工作と騒擾)」である。
 日本を代表するメディアである朝日新聞は、教科書や慰安婦などの情報を外国にリークして国家にダメージをあたえたが、NHKも、天皇を強姦罪で有罪とする「女性国際戦犯法廷」を放送(「問われる戦時性暴力」)するなど反日報道をくり返してきた。
 法務省(公安審査委員会)は、オウム真理教にたいする破壊活動防止法の適用を棄却(1997年)するなど、国家や国民よりも、自由や人権などのイデオロギーを重視する姿勢をつらぬいてきたが、法案提出権を握っている内閣法制局も、憲法9条の信奉者で、集団的自衛権や有事法制、日米安保にたいして、否定的である。
 国家機能が丸ごとGHQ体制にある日本では、国をまもるという最低限の国家主権すら、その根拠を、憲法ではなく、日米安保条約に根拠をもとめている有様である。
 国家防衛法や秘密保持法、国家緊急権すらつくれない状態で、スパイ防止法など望むべくもなく、げんに、国家秘密の管理体制を強化する「秘密保全法」の国会提出が、2011年、内閣法制局から拒絶されている。

 日米安保を抜くと丸腰≠ニなる日本に戦前(1902年〜1923年)の同盟国だったイギリスから「UKUSA協定(「ファイブアイズ」日本をふくめて「シックスアイズ」)へ加盟の呼びかけがあった。
「UKUSA協定」は、アメリカとイギリス連邦(イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)による機密情報共有の枠組みで、事実上の軍事情報同盟である。
 ファイブアイズは、ナチスドイツの暗号エニグマと日本の外務、陸・海軍の暗号を解読して、第二次大戦の勝利に貢献した情報機関が母体で、現在、高度に電子化された国際情報戦をリードしている。
 日本が「UKUSA協定」に参入して「シックスアイズ」になると、スパイ天国といわれた日本の甘すぎた諜報体制が一変する。同盟6国が共有する機密情報をまもるために、きびしい国際法(「UKUSA協定」法)がはたらくようになるからである。
 これまで、アメリカは、日米安保体制をとおして、米軍の軍事機密がもれる懸念をしめしてきたが、日本政府には、打つ手がなかった。
 だが、スパイ行為が条約∴癆スということになれば、話はべつである。
 わが国では、条約が国内法と同等の効力をもっている(憲法98条2項)が、通例では、条約が法律に優位する。
 これまで、スパイは、窃盗容疑で片づけられてきたが、日本が「シックスアイズ」の一員になれば、条約(国際法)違反として、堂々と、捜査や摘発、公表、立件ができる。

 中国への頭脳流出(「千人計画」)については、アメリカで、ノーベル化学賞候補だったチャールズ・リーバー、W・バージニア大学のジェームズ・ルイス物理学教授ら大物が続々と逮捕されているが、日本では、マスコミが、成功話として、うれしげにもちあげている。
 日本が「シックスアイズ」に参入するには、スパイ防止法や秘密保全法などの制定が前提になると多くの識者が指摘する。日米安保をむすぶには、憲法9条の撤廃が必要というのと同じ論理なのだが、見当ちがいもはなはだしい。
 世界第6位の日本の軍事力が依拠しているのは、日米安保条約であって、憲法9条ではない。
 憲法で国をまもれないので、代わって、日米安保という外交条約が代行して、国をまもっているのである。
 スパイ法という国内法がないので「シックスアイズ」条約をもってスパイを摘発する。
 同じ論理である。護憲派が、必死になってまもっている日本国憲法は、なんの役にも立たない前世紀の遺物なので、事実上、廃棄して「シックスアイズ」条約に代行させるのである。
 憲法などいらない。憲法をもたないイギリスと同様、条約と国際法、国内の慣例法だけで、日本は、十分にやっていけるのである。


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2021年01月12日

 反官僚の菅政権に期待するN

 ●「日・米・英」同盟で米にかかる同調圧力
 EU(欧州連合)から離脱して、大英帝国としてのアイデンティティを強めつつあるイギリスと日本が、ここにきて、急接近している。
 戦後の日米安保に匹敵するのが戦前の日英同盟で、日本とイギリスはともに伝統的な海洋国家(島国)にして、それぞれ、天皇と女王を戴く立憲君主国という共通点をもっている。
 第二次大戦で、日本はアメリカに負けたが、イギリスには勝っている。
 戦艦プリンス・オブ・ウェールズなどを撃沈したマレー沖海戦とパーシバル大将が13万の兵士と共に降伏したシンガポール陥落である。
 イギリスには、日本を敵国と見る意識はあっても、ジェノサイト(大都市空襲/広島・長崎原爆投下)ののちに本土を占領して、憲法を書き直すなど日本の主権を土足でふみにじったアメリカの傲慢さはない。
 アメリカ次期大統領バイデンの「日本の憲法は核をもたせない目的でわれわれが書いた」という発言は、日本を見下した姿勢のあらわれで、バイデンが、今後、日本軽視、中国・韓国重視の政権をとるであろうことは、民主党の伝統でもあって、疑いえない。
 その歯止めとなるのが、新日英同盟≠ナある。イギリスの監視がきいていれば、バイデンは、極東政策において、中国にたいして、迎合的な政策をとることはできない。
 バイデンが、中国共産党と裏でつながっていて、中国に利権をもっていることは、半ば公然たる事実だが、アメリカのマスコミが、これを報じないのは、反トランプ=民主党支持だからである。
 
 現在、アメリカは、トランプ支持の保守系(共和党)と反トランプの革新系(民主党)が62万人の戦死者を出した南北戦争さながらのにらみあいをつづけている。
 そして、錯乱したトランプが核ミサイルのボタンをおしかねないという危機感がひろがっている。発信源は、むろん、民主党である。ペロシ下院議長は、トランプ大統領の核攻撃命令に応じないよう国防総省のトップであるミリー統合参謀本部議長と合意したという。
 このことからも、国防省や国務省、CIAらアメリカの中枢がトランプを見捨てたとわかる。
 アメリカ大統領選挙に不正があったことは、各投票場に一台8千ドルもの投票マシーンが使用されたことで半ば明らかである。操作の必要がないのであれば、日本の総選挙のように、なんの混乱もなく、翌日には結果と数字が明らかになっていたはずである。
 投票マシーン管理者同士の銃撃戦、監視カメラの隠蔽、不正選挙に怒ったトランプ支持者による米連邦議会議事堂への乱入事件と今回のアメリカの大統領選は、首を傾げたくなることばかりおきた。
 アメリカは、周到な計画にもとづくケネディ大統領の暗殺がオズワルドの動機なき£P独犯とされたように、真実が大きな力によって闇に葬られる風土にある。
 ニクソンの電撃的な米中和解(1972年/米中共同宣言)の前例があるように、バイデンが、個人的な打算から、中国に迎合する可能性を否定することはできない。
 その場合、危機に瀕するのは、シーレーンである。中国が、南シナ海から台湾沖(バシー海峡)、尖閣列島周辺まで制海権をひろげても、バイデンはなんの危機感も抱かないだろう。
 そこに、イギリスが、日米のアジア防衛にくわわるメリットがある。
 大英帝国は、カナダとオーストラリア、ニュージーランド、インドとマレーシア、シンガポールの宗主国である。日本が、豪州やインド、アセアンをまきこんですすめてきた「自由で開かれたインド太平洋」構想と、大英帝国のアジア進出が地政学的にぴったり一致するのである。

 英海軍は、2021年には、最新鋭空母「クイーン・エリザベス」をインド太平洋でおこなわれる日米合同軍事演習に参加させる。
 クイーン・エリザベスを中心とする空母打撃群は、最新鋭のステルス艦載機F35Bを24機、23型フリゲート2隻、45型駆逐艦2隻、原子力潜水艦1隻で編成される欧州最強の艦隊で、近々、空母プリンス・オブ・ウェールズもこれにくわわる。
 太平洋とインド洋、アラビア海を日・米・英の海軍力でまもろうという構想で、中国の覇権主義にまっこうから対決しようというのである。日英軍事同盟は「空対空ミサイル(12億円)」や「高機能レーダー技術(41億円)」などの共同研究部門も順調で、これから、ミサイルやミサイル防衛も課題に入ってくるだろう。
イギリスは、今後10年の展望のもとで「統合運用コンセプト2025」という長期軍事計画を立て、クラウド接続や人工知能(AI)、ロボットや量子コンピュータ、IoT(物のインターネット)化をすすめるという。
 とりわけめざましいのはロボット技術で、武器のロボット化からロボットが操縦する戦車、空挺部隊が、ドローンにまもられながら戦場をかけぬけるシミュレーションもできあがっている。
日本の防衛がめざすのも、同様に、AI化やロボット化で、日本の科学者が中国に媚びて、日本の防衛には協力しない(日本学術会議)というならイギリスと組むだけである。
 次回は、イギリスが日本に加入をもとめ、入ると科学やマスコミにも大きな影響がおよぶであろう「シックスアイズ」についてもふれよう。
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2021年01月04日

 反官僚の菅政権に期待するM

 ●国家防衛なき経済繁栄はない
 平和主義を掲げて、科学や文化から経済にまで難癖をつけてきた学術団体の正体が暴かれて、国民の批判を浴びたのは「日本学術会議」の任命拒否問題がきっかけだった。
 なにしろ、日本の科学技術には協力しないが、日本の学者を招聘する中国の軍事産業には協力するというのだから、あいた口がふさがらない。
 マスコミや論壇、立憲民主党ら、いわゆる平和勢力が菅政権批判を展開したが、ネット世論の反発に押されて、沈黙した。マスコミが煽って世論形成する時代は、ネット社会の到来で、すでに終わっていたのである。
 マスコミはふれないが、そのかん、日本の防衛は、新たな段階に入った。
 これまでの専守防衛から敵基地攻撃へ、方向転換を明確にしたのである。
 平和勢力がこれを批判しないのは、中国や北朝鮮、韓国のミサイルが日本の都市や原発を標的にしているなか、専守防衛を唱えても、国民の支持がえられないと読んだからであろう。
 安倍前首相は、退任直前、敵基地攻撃能力の保有を宣言して、菅義偉政権にバトンタッチした。連立を組む公明党までが敵基地攻撃能力の保有に否定的とあって、これを退任の置き土産にしたのである。
 日本をまもるには、専守防衛だけではなく、敵基地攻撃能力をもたなければならない。
「迎撃能力をいくら向上させても国家防衛は不可能」というのが日米国防筋の常識で、日米がコンピューター上でおこなう日米共同統合指揮所演習「キーンエッジ(鋭い刃)」でも、アメリカは敵の拠点を攻撃しなかった。
 ニューヨークにミサイルを撃ちこまれるリスクを冒して、アメリカが日本のために敵基地に報復ミサイルを撃ちこむ可能性はゼロだったのである。
 したがって、ミサイルを撃ちこまれた場合、日本は、自前で報復しなければならない。その準備がいままでできなかった理由は、ミサイルを撃ちこまれて日本中が火だるまになっても、憲法9条をまもれという日本流「平和主義」が大手をふっていたからだった。
 核戦争がおこる可能性は、かぎりなくゼロに近いが、通常兵器による紛争の可能性はけっしてゼロではない。
 交戦の可能性を措いても、軍事的優劣は、国家関係に多大の影響をおよぼす。
 中国や韓国が、日本にたいして強気なのは、日本の大都市や原発にいつでもミサイルと撃ちこめるからである、
 日米とも、空から降ってくる多数のミサイルを百発百中で迎撃できる能力をもっていない。専守防衛の論理はここで破綻する。残った手段は、ミサイルを発射した敵国へ報復ミサイルを撃ちこむだけである。
 このミサイルに核弾頭が装備されている必要はない。
 先制攻撃を思いとどまらせるに足る報復的な軍事効果をそなえているだけで十分で、相互確証破壊のメカニズムがはたらけばよいのである。

 防衛省の来年度予算要求は、過去最高の5兆4898億円だが、そのなかに敵基地の攻撃に必要な装備群(ストライク・パッケージ)が多く盛りこまれている。
 戦闘機や巡航ミサイルが中心の打撃力(敵基地攻撃能力)や事前に敵基地のレーダー網や迎撃態勢を無力化して、制空権を確保する電子戦能力、ミサイル発射の兆候をつかみ、発射装置の位置を特定する情報収集能力などである。
 日本は、すでにアメリからF35ステルス戦闘機105機を調達する方針をきめているが、来年度は、そのうちの6機分、666億円を盛りこむ。
 そして、F35に格納する射程500キロのノルウェー製の巡航ミサイルに172億円、射程900キロの巡航ミサイル(米国製)を搭載するF15戦闘機の機体改修費213億円を要求した。
 防衛庁は、発射したミサイルの迎撃を防ぐため、敵レーダーを無力化できる電子戦機の開発費153億円も要求したが、今後は、多数の小型衛星を使って攻撃目標をとらえる能力を強化して、さらに完全なストライク・パッケージをめざす。
 中国や韓国、北朝鮮が日本の都市にミサイルをむけても、日本からの報復が確実なら、軍事バランスの不均衡はおきない。
 それでも、通常兵器による軍事衝突のリスクがなくなったわけではない。
 とりわけ重要なのは、海洋国家日本の生命線であるシーレーン防衛である。
 日本は、大型タンカーが、毎日、3隻入らないと経済がなりたたない。
 日中が戦争状態になって、中国海軍が、ペルシャ湾からインド洋、マラッカ海峡、南シナ海、台湾海峡を封鎖すると、日本は、たたかわずにして、白旗をあげなければならなくなる。
 親中派のバイデン大統領が、中国共産党と蜜月状態になる可能性を否定することはできない。ルーズベルト以来、アメリカ民主党にとって、中国は盟友のようなもので、トランプの反動もあって、アメリカでは、親中・左傾化の流れがはなはだしい。
 日米関係は、今後、危うい関係になってゆくが、救いは、イギリスである。
 日本は、戦前、イギリスと組んで、世界に躍進して、戦後、アメリカと組んで経済大国になった。
 そして、現在、日本に、ふたたび、イギリスと組む機運がめぐってきた。
 EUを離脱したイギリスが、日本と経済連携協定(EPA)むすび、中国を日英共通の敵とみなして、近々、空母打撃群を極東へ展開するという。
 イギリスはインド太平洋の西端、日本は東端に位置する同じ島国という世界観に立ってのことで、日本にたいして、イギリス連邦(英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)とアメリカが安全保障情報を共有するUKUSA協定(シックスアイズ)への参加ももとめている。
 日米体制から、日米+イギリス連邦体制へ、新しい時代がはじまろうとしているのである。
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2020年12月21日

 反官僚の菅政権に期待するL

 ●<敵基地攻撃能力>だけが国家をまもれる
 民主党のバイデンが、アメリカの次期大統領になると、日米関係は、クリントン時代のように冷えこむだろう。
 なにしろ、クリントンは、中国を訪問した後、同盟国の日本に立ち寄ることなく帰国して、バッシングならぬパッシング・ジャパン(日本無視)の風潮をつくった大統領なのだ。
 民主党のオバマ大統領が、中国にべったりだったクリントンを名指しして「あの男が中国をのさばらせた」と公言したのは有名な話で、中国をWTO(世界貿易機関)に招き入れた(2001年)のは民主党のクリントンであった。
 そのオバマも、南シナ海の要塞化やウイグル問題、北朝鮮の核武装化、韓国の対日敵視政策には手をこまねくだけで、バイデンは、そのオバマ時代の副大統領だった男である。
 日本敵視政策は、ルーズベルト大統領以来、民主党の伝統で、対日経済封鎖や隔離声明(中国保護と対日制裁)から、第二次世界大戦、トルーマンの原爆投下、GHQによる日本占領までつづいた。
 日米関係が好転したのは、フーバーから20年を経過して、アイゼンハワーが大統領になった1953年以後で、ルーズベルトの謀略を告発したフーバーも、日米安保のアイゼンハワーも共和党だった。
 バイデンになんの期待もできないのは、民主党には、日本を、中国や韓国の下位におく侮日観が根強いからで、副大統領時代から日本をこばかにしてきたバイデンに追従すると、安倍前首相が築きあげて日本の国際的地位はたちまち地に墜ちる。
 日本の憲法は、日本の核武装を防ぐ目的で、アメリカがつくったというバイデン発言が、日本を軽視する姿勢のあらわれで、この一言に、戦勝国が、戦後秩序(ヤルタ・ポツダム体制=戦後レジーム)をつくったという思い上がりがみえている。
 いまこそ対米従属≠ゥら距離をおくタイミングで、バイデンのアメリカにつきあっていると、アメリカの属国扱いされて、国際社会における日本独自の地位など夢のまた夢となる。

 問題は、経済防衛と国家防衛、シーレーン防衛の3つの防衛である。
 ちなみに、日米安保は、アメリカ国防総省と日本防衛庁の軍事同盟で、民主党政権が、たとえ、日本に冷淡であっても、同盟関係の効力に影響はない。
 経済防衛の要点が、EPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)の強化にあるのはいうまでもない。
 資源のない日本は、かつて、経済封鎖(ABCD包囲網)によって、対米英戦争へふみださざるをえない状況へ追いこまれた。
 この危機の構造は、現在も変わっておらず、地下資源の輸入をとめられたら日本経済のみならず国民生活が破綻する。
 日本は、TPPの実質的リーダーで、RCEPの主要メンバーである。
「インド太平洋」構想の主要プレイヤーとしても、重要な地位を占めている。
 とりわけ、RCEP(2020年11月署名)は、わが国の貿易総額の約5割を占める経済連携協定で、日本経済の柱となるべき国際的とりきめである。
 これらのとりきめが、安全保障上の目処となるのは、平和的な通商・交易を可能にする条件こそが安全保障だからである。
 APEC首脳会談で、RCEPを締結したばかりの中国の習近平国家主席が「TPPへの参加を積極的に検討する」と表明したのは、バイデンが大統領になって、アメリカがTPPに復帰すると、アメリカがTPPの主導権をにぎる可能性がでてくるからである。
 いずれにせよ、RCEPとTPPを舞台に、日本と中国が、今後、アジアにおける主導権を争うことになる。
 2つ目の防衛は、国家防衛で、中国の核ミサイルが日本の大都市に、韓国の玄武ミサイルが日本中の原発に照準をむけ、北朝鮮の核ミサイルが日本全土を射程圏内におさめているとき、日本がとるべき防衛策は、日本をミサイル攻撃した国の首都へ、報復のミサイルを撃ち込む打撃力の保有である。
 核の先制攻撃も核戦争も、ミサイル戦争もおこりえないが、核やミサイルの保有や攻撃能力が外交力を左右する現実がある以上、専守防衛などの空想論は通用しない。
 国家にもとめられているのは専守防衛ではなく、防衛的打撃力で、打撃力というのは<敵基地攻撃能力>のことである。
 安倍前首相は、退任直前、日本の安全保障にかかる重大な談話を発表した。
「迎撃能力を向上させるだけで、国民の命と平和な暮らしをまもりぬくことができるのか」
 飛来する大量の弾道ミサイルを、自衛隊と米軍が協力して迎撃するが、すべてを防ぐことは不可能で、日本列島に次々と着弾する。
 自衛隊は敵の攻撃地点を攻撃することをアメリカに期待するが、アメリカは撃たない。
 専守防衛は、まったく、役に立たない机上の空論だったのである。
 次回以降、敵基地攻撃能力について、論をすすめていこう。
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2020年12月14日

 反官僚の菅政権に期待するK

 ●アメリカのエージェントだった日本の官僚
 75年前、日本は、戦争に負けて、日本という国のアイデンティティをすべて失った。
 日本が、戦前の日本ではなくなったわけだが、その政変劇の主役を演じたのが、官僚と左翼、経済人だった。
 天皇は残ったが、歴史の実在者から憲法上の存在になって、国体は消えた。
 結局、戦後日本は、官僚と左翼、経済人、そして、憲法天皇の4者に仕切られる奇妙な国となった。
 この4者は、いずれも、国家的原理や歴史的ルーツをもっていない。
 天皇の官僚だった霞が関は、GHQのエージェントとなって、解体を免れたが、1951年のサンフランシスコ講和後、GHQという親分を失って、権限と利権、自己保身だけの機関になった。
 左翼は、旧ソ連のエージェントとなって革命風を吹かせたが、旧ソ連崩壊によって、共産主義革命という目標を失って、政府に吠えかかるだけのノラ犬のような存在となった。
 経済界は、高度経済成長をへて、世界第3位の経済大国となったが、半導体やIT(情報技術)、G5(第5世代通信)やAI(人工知能)の分野で後れをとって、独・仏・英、韓国や台湾にいつ追い抜かれてもおかしくない情勢下にある。
 天皇の地位も、秋篠宮さまが眞子さまと小室さんのご結婚について、憲法の規定をもちだされたように、憲法の下にあって、天皇みずから、皇紀2600年の伝統を捨てられた。
 戦後日本は、官僚や左翼、財界、そして、皇室の4者が、国家の原理原則を捨て、未来の展望を失っているありさまなのである。
 そのなかで、唯一、この国らしさをまもっているのが、一般国民である。
 天皇をささえているのも、伝統国家の誇りをもっている国民で、ハイデンが日本を核武装させないためにつくった≠ニ言い放った憲法を無視して、世界第6位の軍事力のもとで国家防衛にあたる自衛隊を支持している
 日本という国は、エリートや裕福層、マスコミ・労組など、国家を食い物にして、政府に悪態をついてばかりの上級国民と、全企業中99・7%を占める中小企業の従業員に代表される一般国民とにきっぱりと二分されている。

 それを象徴するのが、世界で初めて小惑星の物質を持ち帰ることに成功した小惑星探査機「はやぶさ・はやぶさ2」で、同探査機には、町工場(中小企業)の技術が多く採用されている。
 防衛庁など国家の研究開発には協力しないが、中国の軍事開発には手を貸す日本学術会議とはやぶさを成功させた宇宙航空研究開発機構(JAXA)とのちがいは、前者が特権者意識をもった上級国民で、後者が、日本の歴史を生きてきた一般国民ということにつきる。
 GHQ体制からうまれた上級国民の宗主国は、アメリカで、任命拒否された立命館大学の松宮孝明教授が「(日本学術会議)に手を出すと内閣が倒れる」と恫喝をくわえたのは、じぶんたちの親分がアメリカだからである。
 日本学術会議の「日本弱体化」という戦略は、アメリカの対日戦略にそったもので、日本の上級国民には、GHQの洗脳がまだ効いているのである。
 戦後、外務省がアメリカ(アメリカン・スクール)と中国(チャイナ・スクール)の出先機関だったのは<戦後外交史>がしめすところで、アメリカの謀略だったことが明らかになっているロッキード事件では、日本の検察庁ばかりか司法までがアメリカの手下となって、アメリカを敵に回した田中角栄元首相を抹殺した。
 安倍前首相の功績は、外交の主導権を外務省から奪って<自主外交>の道筋をつくったことで、安倍路線をひきつぐ菅内閣も、当然、この路線を踏襲する。
 安倍・菅の基本ラインは「戦後レジーム」からの脱却で、国内的にはGHQ体制に安住する上級国民をおさえつけることで、その象徴が、河野行革大臣の「縦割り110番」設置や押印廃止で、その他、多くの改革案の一つに、日本学術会議の任命拒否があった。
 そして、対外的には、対米従属からの離脱で、これには、憲法問題が微妙にからんでくる。
 というのは、日本がアメリカから距離をおいて、独自の路線をすすめてゆくには、安全保障の独立性がもとめられからで、これには、戦闘機やミサイルを使って敵の作戦拠点をたたく<敵基地攻撃能力>がもとめられる。
 アメリカは、これまで、日本の敵基地攻撃能力をみとめてこなかった。
 それでは、日本がミサイル攻撃をうけた場合、アメリカが、日本に代わって報復ミサイル撃ってくれるだろうか。
 アメリカは報復ミサイルを撃たないという演習(シミレーション)が、10年前、すでにでている。
 次回は、日本が独自路線をとった場合、どんな展望がみえてくるか、それを検証しよう。
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2020年12月06日

 反官僚の菅政権に期待するJ

 ●民主党アメリカは日本のパートナーたりえるか
 アメリカとの関係がよかった中曽根、小泉、安倍政権時代、アメリカ大統領は、レーガン、ブッシュ、トランプと、みな、共和党だった。
 一方、日米関係が冷えたのは、田中角栄失脚後のカーター、日本パッシング(日本軽視)と斜陽日本のきっかけをつくった「スーパー301条」のクリントン、日本に冷淡で、中国の軍事・経済拡張や北朝鮮の核軍備に手をこまねいたオバマと、いずれも、民主党大統領の時代だった。
 民主党のバイデン次期大統領は、オバマ時代の副大統領(8年)で、民主党の「親中・親韓・反日」を骨の髄までしみこませている男である。
 副大統領時代、韓国の朴槿恵大統領(当時)と「日米韓協定」の話し合いをすすめた2013年、バイデンは、パク・クネと以下の合意をなしている。
 1、戦争謝罪をおこなった村山談話(1995年)、従軍慰安婦の旧日本軍関与をみとめた河野談話(1991年)を後退させてはならない
 2、安倍首相(当時)や麻生前副首相(当時)の歴史認識を評価しない
 3、日本首脳の靖国神社参拝を容認しない
 そして、バイデンが仲介になる形で慰安婦問題の「日韓合意(2015年)」が発表されたが、現在の文在寅政権は、これを一方的に破棄した。
 それでも、バイデンから文句がでないのは、民主党は、日本を同盟国として尊重する気がないからである。
 駐留米軍の費用負担率も、インド・太平洋構想における貢献度も、韓国とは桁違いの日本を、韓国の下位におくのが、民主党の伝統的な日本観である。
 日本に原爆を投下したトルーマン以下、ケネディやジョンソン、カーターやオバマが、いちどでも日本を重視したことがあったろうか。
 1971年、ニクソン大統領の使者に立ったキッシンジャー(国務長官)が周恩来と会談した際、日米安全保障条約は、日本を封じ込めるための「ビンのふた」という論理を展開した。
 この論理をひきついだのが、ニクソンの共和党ではなく、5代あとの民主党クリントン大統領だった。
 トランプばかりか、オバマまで「こうなった(中国経済の脅威)のはすべてクリントンのせいだ」と叫んだのは、クリントンが、競争相手の中国を豊かにすることによって、アメリカも利益をえるとして、中国をWTO(世界棒貿易機関)に加盟させたからである。
 クリントンは、1998年に北京を訪問したが、このとき、同盟国の日本に立ち寄らずに帰国している。
 以来、日本車や日本製品を大ハンマーで叩き壊した「ジャパン・バッシング(日本叩き)」に代わって「ジャパン・パッシング(日本無視)」が、民主党の代名詞になった。

 アメリカの反日思想は「黄禍論」などの感情論ではなく、地政学的な理由にもとづく。アメリカの勢力圏内にある太平洋と中国大陸のあいだに割り入ってきた日本を、邪魔者として、叩こうというのである。
 日清戦争で中国を、日露戦争でロシアを負かした日本は、中国・満州、朝鮮半島の利権を奪ったばかりか、第一次世界大戦にも勝って、ドイツ東洋艦隊の根拠地だった青島と南洋諸島(マリアナ諸島、カロリン諸島、マーシャル諸島)を占有した。
 このとき、アメリカは、将来、手にするはずのアメリカの権益を、日本が奪ったと見た。
 アメリカには、1920年代から、将来おこりうる日本との戦争に対処するための戦争計画(「オレンジ計画」アメリカ海軍)を立てている。
 オレンジ計画は「日本が先制攻撃にでて、消耗戦を経て、アメリカが反攻に移って、海上を封鎖された日本が敗北する」というシナリオで、実際の太平洋戦争もこれに近い経緯をたどった。
 アメリカは、日本を攻撃するためのアメリカ艦隊の太平洋横断が、きわめて困難で、途中で、潜水艦、空母機動部隊、駆逐艦や巡洋艦などから波状攻撃をうけるとひとたまりもないと読んでいた。
 日本も、東郷平八郎ら重鎮がこの作戦(「漸減邀撃(ざんげんようげき)」)を支持したが、海軍が本土防衛を捨てて、南方作戦をとった結果、サイパン島を奪われて、本土空襲と原爆投下によって、日本は敗れた。
 浦賀来航前、沖縄に立ち寄ったペリー提督は、日本本土を占領するには、沖縄を前線基地とすべししと報告して、太平洋戦争では、これの戦術が採用された。
 アメリカ軍が、中部太平洋の島嶼を攻略しながら、日本本土に迫った「飛石作戦」もペリーのアイデアだった。
 一方、日本は、真珠湾攻撃によって、アメリカが日本を見直すだろうというおそるべき楽観論に立って、アメリカの対日戦略をなめてかかった。
 戦後、75年、日本は、この亡国的楽観論から脱却できたであろうか。
 否である。それどころか、バイデンが「日本が核兵器をもてないようにしてやった」と公言する日本憲法を、平和教の経典として、拝んでいる。
 そして、マスコミは、民主主義と人道主義、人権主義を謳う民主党を、平和の使徒のように称えて、トランプ落選の報道に小躍りした。
 日本にとって、最悪なのは、日本を、アメリカと中国の利権構造の妨害者と見る民主党の世界観である。
 バイデンの息子、バイデン・ハンター(弁護士)が投資会社をつうじて中国から10億ドルの報酬を受け取り、一方、副大統領マラ・ハリスの夫、ダグラス・エムホフは、中国企業のアメリカ参入を仲介する法律事務所のパートナーを30年間もつとめてきた。
 中国共産党とずぶずぶの関係にあるバイデン一族が、かつて、中国やスターリンにいれこんだルーズベルトのように、日本敵視政策をとらないという保証はない。
 次回以降、日本の「脱アメリカ」と日本独自の「世界戦略」を展望していこう。
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2020年11月27日

 反官僚の菅政権に期待するI

 ●民主党大統領で急がれる脱アメリカ
 メイフラワー号に乗って、イギリスから渡ってきた(1620年)102人の清教徒は、400年をかけて、アメリカという超大国をつくりだした。
 イギリスとの独立(革命)戦争に勝利して独立宣言(1776年)を建てたあとのアメリカは戦争と征服≠国是として、つぎつぎに領土・権益拡張の政策を実行に移してゆく。
 1000万人以上の先住民を殺害したインディアン戦争やメキシコからテキサスを奪った米墨戦争(1846年)をへて、アメリカは、ついに、太平洋へのりだしてゆく。
 カメハメハ大王のハワイ王国を収奪して、米西戦争(ともに1898年)に勝って、フィリピンやグアム島を獲得したアメリカは、すでに、東インド艦隊を率いるペリー提督が日本を開国(黒船来航/1853年)させ、環太平洋の覇権は、目前に迫っていた。
 アメリカの最終目的が、世界最古の大国、中国にあったのはいうまでもない。
 西へ西へとすすんできたアメリカの拡張政策は、世界最大の巨大市場≠ナある中国を支配下におさめて、一応、最終段階を迎えるはずであった。
 ところが、ペリー率いる東インド艦隊が開国させた日本が、そのわずか半世紀後に、日清戦争に勝って、朝鮮半島をふくめた大陸へ進出してきた。
 それどころか、ロシアを打ち破って、五大強国にのしあがって、英米と肩を並べるに至った。
 アメリの神経を逆なでしたのが日英同盟(1902年)だった。
 イギリスと手をむすんだ日本が、日露戦争(1904年)や第一次世界大戦(1914〜1918年)に勝利して、アメリカをおびやかすほどに国際的な地位を高めてきたのである。
 警戒したアメリカが、イギリスに迫って、ワシントン会議(1921年)をへて、ついに、日英同盟が破棄される。
 ここから、アメリカの対日報復政策が開始されて、やがて、日米戦争に至る。
 ちなみに、対日敵対政策をとった第32代大統領フランクリン・ルーズベルトは、日露戦争で日本とロシアの調停をつとめた第26代大統領セオドア・ルーズベルト(ポーツマス条約の和平交渉に尽力した功績からノーベル平和賞を受賞)の縁戚にあたる。
 セオドア・ルーズベルトが保守的な共和党で、フランクリン・ルーズベルトがリベラルな民主党というちがいもあるが、それ以上、大きなちがいは、軍人や作家、ハンター、探検家の顔ももつセオドアが、カウボーイ的な男性らしさで、国家の利益や発展に貢献したのにたいして、フランクリンは、女々しく、嘘つきで、なによりも、スターリンにぞっこんの共産主義者だった。
 
 フランクリンの母親サラは、少女時代、香港に滞在して、中国を第二の故郷と思うような女性だった。
 フランクリンの祖父(サラの父)は、清朝末期に、阿片貿易で巨富を築いて香港に豪邸を所有していたからで、フランクリンも、祖父が中国から略奪してきた絵画や屏風、象牙や陶器などの美術品に囲まれて育ち、中国に深い愛着をもっていた。
 アメリカが、当時、中国に親しみをかんじていたのは、中国が、アメリカの巨大な市場で、中国人は、アメリカから多くのキリスト教宣教師をうけいれた従順な羊のような人種と思っていたからである。
 一方、五大強国にのしあがった日本は、伝統をまもって、キリスト教文明をうけいれないばかりか、西洋に媚びない、アジアでは異質な国で、アメリカが太平洋をこえて最終目的とする中国の市場を奪う、憎き仮想敵国だった。
 ルーズベルト大統領が中国を愛して、日本を疎んじていたことが日米戦争の最大の原因だったのは、いうまでもない。
 そして、その思想をうけついでいるのが、リベラルの民主党で、日本がかつて敵国で、日米戦争に負けて、アメリカに占領された敗戦国というほどの認識しかもっていない。
 それが端なくもあらわれたのが、バイデンの「日本憲法アメリカ起草論」である。
 2016年、バイデン副大統領(オバマ大統領)は「われわれが(日本を)核武装させないための日本国憲法を書いた」と発言している。
 バイデンから、日本を、パートナーとして尊重する気持ちをかんじることはできないが、それが、日本に原爆を落とした民主党大統領の(32代ルーズベルト、33代トルーマン)の日本観である。
 民主党の大統領は、日本になんの関心ももたなかったカーター(39代)から「スーパー301条(不公正な貿易への報復と制裁)」を発しただけだったクリントン(42代)、中国の南シナ海要塞化や北朝鮮の核武装化をゆるしたオバマ(44代)まで、日本無視がつづき、対米関係重視の日本に逆風が吹いた。
 マスコミは、バイデン支持で、トランプ叩きに余念がないが、日本の国際的な地位を高めた米大統領は、レーガン(40代/中曽根)、ブッシュ(43代/小泉)、トランプ(45代/安倍)ら共和党の大統領だったことを忘れてはならないだろう。

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2020年11月19日

 反官僚の菅政権に期待するH

 ●GHQ民主主義からの脱却
 日本人は民主主義が一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の産物であることを知らない。
 一神教は、正しいものが一つしかないとする一元論で、正しいほうが正統で、悪いほうが異端となる。
 中世の宗教戦争では、カトリックとプロテスタントが凄惨な殺し合いをくり広げ、異端裁判では、おびただしい人数の罪なき女性が火刑に処された。
 一神教においては、異端は、完全に滅ぼされなくてはならない。
 異端を滅ぼすことによって、正統が成りたつ構造に立っているので、正統は、異端を皆殺しにする。
 だが、その正統から新たな異端がうまれて、ふたたび、血みどろの争いがはじまる。
 この悪循環にくさびをうちこんだのが、市民革命の原理となった多数決≠セった。
 多数決なら、永遠につづくであろう正統と異端の争いに終止符を打つことができる。
 古代ギリシャでうまれた多数決(民主政)を批判したのがソクラテスで、多数決政治では衆愚政治になるとした。
 民主裁判で、死刑を宣告されたソクラテスは、毒をのんで自殺するが、弟子のプラトンは、哲人政治を唱える。
 政治をゆだねるなら、気まぐれで無知な大衆ではなく、英知をもった哲人のほうがましというのである。
 17世紀に、ルソーがよみがえらせた多数決の原理は、フランス革命の原動力となったが、一方、プラトンの哲人政治は、ヒトラーやスターリンの独裁に悪用された。
 現在、世界の国々は、多数決を採用して、これを民主主義と称している。
 だが、デモクラシーは、大衆による支配という方法論で、主義でも思想でもなく、まして、理想でもない。
 それどころか、民主主義は、窮余の策で、チャーチルではないが、独裁よりはマシという代物にすぎない。
 人類最大の難問が「個と全体の矛盾」で、いまのところ、民主主義が唯一の処方箋である。
 だが、49%の少数派が切り捨てられる「数の暴力」が最良の政治形態であるわけはない。

 キリスト教を正統と異端の一元論でみてきた西洋では、すべてを対立概念≠ナとらえる。
 国会は、与党と野党が対立している状態で、与野党の対立がなくなると、国会ではなくなってしまう。
 世界は、善と悪がたたかっている場所で、善あるいは悪だけの世界はありえないのである。
 一方、多元論、二元論の日本は分立概念≠ナある。
 八百万の神々がいて、民に幸をもたらす和魂(にきたま)がいれば、民を苦しめる荒魂(あらたま)もいる。
 対立概念の西洋では、一つのなかに、正統と異端、善と悪などの概念が対立的に存在している。
 裁判所も、検事と弁護士が、有罪と無罪を論争する場所で、裁判官は行司にすぎない。
 ところが、分立概念の日本では、すべてが、善玉か悪玉で、一つのなかに、善と悪が対立的に存在する状態はありえない。
 司法は神聖なる正義で、検察の起訴有罪率99・9%とあって、司法も検察も、非の打ちどころがない善玉である。
 憲法は、不磨の大典で、民主主義や国民主権は、天から授かった絶対無比の真理である。
 池袋暴走事故で、母子2人の死亡をふくめて11人を死傷させた飯塚幸三の無罪の主張にたいして、杉村太蔵は「民主主義において裁判で被告がじぶんの正当性を主張するのは基本的人権の一丁目一番地」と擁護論をのべ、慶応大学名誉教授の金子勝は、菅首相が日本学術会議の新会員候補6人の任命を拒否すると「反民主主義の体質を露呈」と騒ぎ立てた。
 西洋人が、他に選択肢がないので、やむなく採用した民主主義が、日本の民主主義者にとって、西洋からやってきた後光がさす有り難い真理なのである。
 民主主義と基本的人権、憲法9条を信仰するかれらは、当然、日本の歴史観にもとづく価値観や社会通念、習慣や習俗、日本人としての常識や道理、義理人情などにうとい。
 歴史や国体、天皇への尊敬心も薄いが、伝統もまもることは、改革を叫ぶことよりよほど知的努力がもとめられる。
 戦後のGHQ革命によって、日本の国是が、歴史に根差した伝統文化から、アメリカ民主主義へきりかわった。
 そして、民主主義や自由平等、基本的人権、平和主義が、戦後日本の唯一のルールとなった。
 大統領就任が確実なジョー・バイデンは、2016年、ヒラリー・クリントンの応援演説で、日本の核武装を匂わせたトランプを批判して「(トランプは)われわれが日本を核武装させないために憲法を書いたと学校で習わなかったのか」と発言している。
 日本人は、GHQがわずか10日で書きあげた「占領基本法」を神棚にあげていまもなお拝んでいる。
 いい加減に目をさまして、わが国の伝統的な価値や文化に立ち返らなければ、日本は、アメリカの精神的植民地になってしまうのである。

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2020年11月08日

 反官僚の菅政権に期待するG

 ●既得権益にメスを入れる菅行政
 日本の世論は真っ二つに割れている。
 一つは、民主主義や基本的人権、自由や平等を信奉するリベラル派である。
 もう一つは、伝統的価値観や一般常識、社会通念を重んじる保守派である。
 国論二分の現象が劇的にあらわれたのが「60年安保」で、当時、日本中のマスコミが民主主義をまもれ≠ニ、連日、叫びつづけた。
 強行採決が、民主主義的ではないというのだが、民主主義は多数決のことであって、清瀬一郎議長を負傷させた野党議員の採決妨害の暴力的抵抗のほうがよほど民主主義に反している。
 一方、保守派は、岸首相が「声なき声」といった一般国民のことで、反安保の声の大きさとはくらべようもなかったが、それでも、戦後、世論の多数派を占めてきた。
 保守派は、歴史や伝統をふまえているので、文化的な奥行きがもつが、リベラル派は、民主主や人権をまもれの一辺倒で、民主主義や人権がなんたるかという議論にふみこんできたことはいちどもない。
 思考停止に陥っているのは、リベラル派にとって、啓蒙思想が、宗教だったからで、自由も民主主義も、有り難く拝んでいればよいものだった。
 その風潮は、マスコミが、安保条約が旧安保(51年)の画期的改正だったことに一言もふれなかった60年から「学問の自由をまもれ」の現在にいたるまで、すこしもかわっていない。
 伊吹文明元衆院議長が、日本学術会議の会員任命を見送ったことにたいするマスコミや野党、各種学会の政府批判について「学問の自由という水戸黄門の印籠にみなひれ伏さないといけないのか」と苦言を呈したが、リベラル派には馬の耳に念仏だった。

 現在の日本では、民主主義と学歴、マスコミが三大善≠ナ、その上に左翼と上級国民、国際派があぐらをかいている。
 わが世の春を謳歌しているのは、マスコミ労組(MIC)と上級国民である高級官僚、国際派の有識者(学者・文化人)、内部留保450兆円をためこんだの大企業とその社員らである。
 その下で、個人所得が世界2位(1988年)から26位(2018年)にまで転落した大方の日本国民が、低所得と格差社会にあえいでいる。
 かつて、労組や野党ら左翼は、労働者の味方だったが、新自由主義によって社会の格差化がすすみ、正社員の4割もの非正規社員が組合から追いだされる事態になって、様相が一変した。
 労働組合が、組合員の身分保護とひきかえに、内部留保にむかう企業方針に同調するようになったのである。
 そして、野党も、かつての社会党のような労働者の党ではなく、反日・反国家の権力集団になってしまった。
 そもそも、組合費や闘争積立金など膨大な内部留保をにぎって労働貴族化≠オている大手の労働組合には、賃金闘争をやる気などさらさらない。
 見捨てられたのは、日本企業の99・7%を占める中小零細企業の従業員と非正規雇用の社員で、日本は、既得権者のグループと非既得権者のグループに二分されて、前者だけが恩恵をうける偏向した国家になってしまったのである。
 そこに、菅首相が、所信表明演説で「役所の縦割り、既得権益、前例主義を打倒して規制改革をすすめ、国民のためにはたらく内閣をつくる」と既得権益をあえて名指しした根拠がある。
 インターネットの「ウィキペディア」で既得権益≠検索して、プリントしてもらうと以下の項目があった。
 ※既得権益の例示として頻出される事象
「国家権力で保護されている公務員」「批判や対抗組織がない警察」「天下りや利権構造をもった特定の企業や団体」「莫大な資金で市場操作して利益を獲得する金融機関」「通貨発行権をもつ団体」「価格操作が可能なほど寡占化している業界や企業」「著作権管理など独占的な営利団体」「中小企業を支配して有利に物事をすすめる大企業」「解雇規制に守られた正社員」「正社員の雇用しか守らない労働組合」「全国に票田をもち、コメの流通を支配する農協」「参入障壁に保護されているマスメディア」「株式買収から保護されている新聞社」「放送法によって寡占状態にある放送局(テレビ局・ラジオ局)」新規参入が困難な報道機関」「権限を有する芸能団体」「組織票が見込める業界団体」など
 ※代表的な既得権益
 官僚制/水利権/天下り/記者クラブ/原子力発電/NHK受信料
 菅首相が、マスコミや学会ら左翼インテリから叩かれるとわかっていながら日本学術会議の会員任命の見送ったのは、既得権益への政治介入で、うごきはじめた菅行革の露払いだった可能性が高いのである。

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