●宮家の皇籍復帰を拒んで女性宮家の入り婿へ皇籍付与
野田内閣の下で、女性皇族が、結婚後も皇族にとどまる「女性宮家創設」にむけた作業がすすめられている。
今回、有識者会議を設けないのは、小泉内閣の「皇室典範に関する有識者会議」の報告を土台に議論をすすめる(藤村修官房長官)からだという。
事実、野田内閣が、とりまとめ役として、内閣官房参与に任命した園部逸夫・元最高裁判事は、同有識者会議の座長代理を務めていた。
女性・女系天皇を容認した小泉内閣の皇室典範改定案は、悠仁親王のご誕生によって、棚上げになった。
にもかかわらず、なぜ、羽毛田信吾宮内庁長官は、女性宮家創設という奇策をもちだしたのか。
小泉内閣の「皇室典範に関する有識者会議」の結論をテコに、女系女性天皇の道筋をつくり、十一宮家の皇籍復帰を断とうという魂胆からである。
そして、女性宮家の創設にあたって、天皇の娘や女性の孫にあたる内親王と結婚した夫を皇族にくわえる――。
それが、羽毛田宮内庁長官や野田内閣の腹積もりである。
これは、天皇の正統性である万世一系を否定して、そののちに、天皇=国体の転覆を容易にしようという戦略にほかならない。
問題なのは、旧大蔵官僚「ノーパンしゃぶしゃぶ店(楼蘭)」接待で世間の批判を浴びた羽毛田信吾長官(厚生省)と風岡典之宮内庁次長(国土省)、この二人の意のままになっている坂根東宮侍従(建設省)が、皇室とは何のかかわりもない天下り役人であるのにくわえて、創価学会との関係も指摘されている反皇室の人物と目されていることである。
自民党の安倍晋三元首相は、宮内庁から、唐突に「女性宮家の創設」がでてきたことについて、十一宮家復活や宮家への養子などの排除に主眼におかれているとして、つよい不信感を表明したが、同感である。
かれらの目的は、万世一系の破壊であって、皇室の継嗣問題は、そのだしに使われているにすぎない。
●女性宮家創設の狙いは「旧皇族皇籍復帰」の阻止
悠仁親王の誕生によって、現在、皇室の継嗣問題は、一段落している。
悠仁親王が成人されて、ご結婚後、男子がご誕生になれば、少なくも、二世代は、継嗣にかかる問題は存在せず、さらに、旧皇族の男系男子が皇籍に復帰されれば、万全の体制となる。
にもかかわらず、女性宮家を創設して、女系女性天皇を容認した有識者会議の報告をひっぱりだしてきたのは、下心があるからである。
現在、女性宮家を創設して、女性宮家に婿入りした民間人に皇籍をあたえねばならない理由など、露ほどもない。
皇室の継嗣問題を審議するのであれば、筆頭に、十一宮家復活や旧皇族男系男子の宮家への養子を挙げねばならない。
その二つが、国民感情にそぐわないというのは、女系女性天皇が、男女平等の現代の風潮にマッチしているという論理の裏返しで、これほど、危険な思想はない。
一方で、女性宮家へ婿入りした民間人を皇族とするという。
このことから、かれらの狙いが、世論を味方につけつつ、万世一系を形骸化させることにあるとわかる。
皇統をひきつぐ旧皇族の皇籍復帰をみとめずに、民間人に皇籍をあたえるというのは、皇室の秩序破壊で、血統である皇族を政治的に付与し、一代限りという枠を設けることは、皇籍を世俗的身分に貶める万世一系にたいする攻撃にほかならない。
●万世一系に直系も傍系も存在しない
旧皇族の皇籍復帰にたいして、保守系論者でさえ、旧皇族は、戦後60余年の世俗に塗れていると指摘する者がすくなくない。
だが、昨日までサラリーマンをやっていたひとが、明日、天皇になるのではない。
皇太子徳仁親王(51歳)、秋篠宮文仁親王(46歳)悠仁親王(5歳)の後の御世の話であって、実際に、継嗣問題に関与してくるとしても、皇籍復帰される旧皇族の子や孫、曾孫である。
旧皇族に、いまのうちに皇族復帰していただき、世俗から離れて、子や孫に帝王学を学んでいただくという将来的な展望にたいして、世俗に塗れた云々というのは、言いがかりである。
旧皇族の復帰に反対する人々は、天皇家と十一宮家は、600年20世代、40数親等の隔絶があると言い立てる。
家系と皇統を混同させているのである。
一般の家系にとって、40数親等も離れると、たしかに、血縁が薄れた傍系となる。
だが、皇統は、神武天皇以来の男系男子の血筋、万世一系であって、はからずも、男性のY染色体は、何世代へようと、親等がどれほど離れようと、交差(染色体間の部分的交換)することなく、そのまま、うけつがれる。
したがって、傍系などというものはない。
神武天皇の血のひいた男系男子は、歴代天皇も今上天皇も、皇太子も旧皇族も、万世一系における直系で、これまで、天皇の男性第一子が、皇統を継いできたのは、皇位継承における歴史上の習慣にすぎない。
●孝明天皇や明治天皇が容認された伏見宮家への譲位
天皇の実子を直系とし、天皇との血縁が薄い系列を傍系と呼ぶのは、家系の観念であって、万世一系のもとでは、男系男子であるかぎりにおいて、皇統の系統であることと、天皇の実子であることは、同位にある。
この肝心なところを見ないから、歴史家は、先代である武烈天皇の血をひいていない継体天皇(応神天皇5世)を新王朝とあげつらい、後花園天皇(102代/伏見宮家出身)や後西天皇(111代/閉院宮家出身)、光格天皇(119代/有楢川宮家出身)を傍系と呼ぶ。
近代においても、孝明天皇が、伏見宮と有栖川宮に譲位を提案された史実があり、明治天皇も、皇子がお一人(大正天皇)たったことから、四人の皇女を伏見宮系の宮家に嫁がせになられた。
幕末、明治時代において、孝明天皇や明治天皇が、伏見宮や有栖川宮に譲位を考えておられたという歴然たる事実があり、戦時占領下において、GHQの強制がなければ、旧皇族が、皇位継承順位に名をつらねておられたことを考え合わせてみても、傍系天皇はみとめられないとする政府・宮内庁の見解がいかに筋違いのものか、明白であろう。
しかも、歴史上、例のない女性宮家を創設して、民間人を皇族にするという。
皇族の身分や皇位継承を、権力の下におき、女系天皇の道をひらこうというのは、万世一系を蔑ろにする謀略で、孝明天皇や明治天皇の御心をふみにじる大罪である。
2012年01月17日
2012年01月10日
女性宮家の創設と万世一系E
●女性宮家を女系天皇への突破口にしてはならない
宮内庁の羽毛田信吾長官が、野田佳彦首相に申し入れた「女性宮家」の創設は、平成17年に小泉純一郎首相のもとですすめられた皇室典範改定の延長線上にある。
というのも、羽毛田長官は、もともと、女系・女性天皇容認論者で、「皇位継承資格を女子や女系の皇族に拡大することが必要」とした「皇室典範に関する有識者会議」の同調者だからである。
それどころか、有識者会議が結論を出す前に、内閣府で作成された「女系女性天皇容認論文」にもかかわっていたともいわれる。
羽毛田は、第1条で男系男子の皇位継承を定めた皇室典範を改定する突破口として、女性宮家創設をもちだした可能性が高い。
同長官が、民主党政権に「女性宮家」の創設を提起したのは、かつて、民主党は、女系・女性天皇の容認を党是として、これをマニフェストに盛り込んだ政党だからである。
民主党の反万世一系をみこんで、民主党政権下で、皇室典範の改定という実をとうというのが、羽毛田の魂胆であろう。
厚生省キャリアから宮内庁に天下った羽毛田は、策略家で、2009年、今上天皇と中国の習近平国家副主席の会見の際、陛下の政治的利用につながるという異例の苦言を呈したのも、政治的な演出で、本来であれば、会見申し入れを最後まで拒否するか、小沢に押し切られたのであれば、責任をとって辞任すべきであった。
後継問題についても、歴史を重んじるべきという寛仁親王殿下に、異例の批判をおこなった。
秋篠宮家に悠仁さまが誕生されて、皇室典範改定の議論が棚上げになったのちも、同典範の改定を主張するなど、確信犯的な万世一系反対論者なのである。
寛仁親王殿下を批判したのは、羽毛田長官だけではない。
風岡典之次長も「(寛仁親王殿下の見解は)私的な考えにすぎない」「天皇陛下や皇族方は政治的な事柄について対外的に発言されるお立場ではない」という発言をくり返した。
皇統をまもるべき宮内庁が、万世一系を否定して、皇室典範改定という政治的な行動をとっているのである。
本来、皇室のお世話をする宮内庁は、政治的な発言や行動を控えるべき立場にある。
にもかかわらず、政治的な発言をおこなうのは、下心があるからである。
獅子身中の虫というのは、まさしく、このことであろう。
●皇室をまもる品位や品格、意志をもっていない
羽毛田長官も風岡宮内庁次長も、官僚時代、ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」の常連客だったことが発覚して、世間から批判を浴びた人物である。
羽毛田にいたっては、厚生省にはいった動機が弱者救済という左翼思想の持ち主で、およそ、宮内庁の長官や次長を資格も品格もそなわっていない。
うがった見方をすれば、かれらの宮内庁入りは、革マル派の松崎明がJR東日本の経営委員会にくわわったケースように、当時、左翼戦略の一つだった体制内革命だった可能性さえある。
事、国体にかかわることだけに、過剰なほどの警戒が必要だろう。
後継問題については、羽毛田と風岡が批判した寛仁親王殿下の見解がすべてである。
寛仁親王殿下は、こうのべられた。
「わが国固有の歴史と伝統を平成の御代でいとも簡単に変更してよいものか。陛下や皇太子様は、御自身の家系のことですから御自身で、発言されることはおできになりませんから、民主主義の世であるならば、国民一人一人が、わが国を形成する民草の一員として、二六六五年の歴史と伝統にたいして、正しい意見をもち、発言をしていただかなければ、日本国という国体の変更にむかうことになりましょうし、いつの日か、天皇はいらないという議論にまですすむことになるでしょう」
そして、万世一系、一二五代の皇統が、神話時代の初代・神武天皇から連綿として、一度の例外もなく、男系でつづいてきたという厳然たる事実をのべられ、皇位継承については、以下の三点を挙げられた。
〈1〉皇籍離脱した元皇族の皇統復帰
〈2〉女性皇族(内親王)と元皇族(男系)の養子
〈3〉廃絶になった秩父宮や高松宮などの宮家を再興
自民党の安倍晋三元首相は、自身が会長を務める議員連盟「創生『日本』」の総会で、政府が検討を始めた「女性宮家」創設について「縦糸を男系で紡いできた皇室の長い歴史と伝統の根本原理が崩れていく危険性がある。安易にきめられたのでは大変なことになる」と反対を表明した。
そのなかに、旧皇族や戦後廃止された11宮家の復活、旧宮家から現宮家への養子など、男系天皇継承のための方策がふくまれている。
寛仁親王殿下のお考えと安倍構想を広めてゆく必要があるだろう。
だが、保守勢力の声は、左翼系が牛耳るマスコミに、なかなか、とりあげられない。
一方、国体を危うくする工作や論理、言論は、堰を切ったように流れだす。
政府は、皇室典範改正について、皇位継承議論と切り離し、女性宮家を一代限りとすると一方、女性宮家に入籍した一般男性に皇族の身分を付与する方向で検討するという。
これもなし崩しの論理で、いったんこういうルールができると、今度は、一代限りという条件を撤廃するだけで、女系天皇の道筋ができあがってしまう。
日本経済新聞が、社説で「将来は、一般の男性が結婚して皇室の一員になるということも想定される。そういった形で皇室を支える覚悟が、国民にももとめられる」と女性宮家創設へエールを送っている。
愚論で、そうなると、日本人は、神武天皇以来の万世一系ではなく、一民間人にすぎない者の血筋を、天皇として称えばならなくなる。
これが、皇室の崩壊の序で、そこから、天皇廃止までは、一直線であろう。
女性宮家という蟻の一穴から、左翼が狙う国体崩壊が生じかねないことを肝に銘じるべきだろう。
宮内庁の羽毛田信吾長官が、野田佳彦首相に申し入れた「女性宮家」の創設は、平成17年に小泉純一郎首相のもとですすめられた皇室典範改定の延長線上にある。
というのも、羽毛田長官は、もともと、女系・女性天皇容認論者で、「皇位継承資格を女子や女系の皇族に拡大することが必要」とした「皇室典範に関する有識者会議」の同調者だからである。
それどころか、有識者会議が結論を出す前に、内閣府で作成された「女系女性天皇容認論文」にもかかわっていたともいわれる。
羽毛田は、第1条で男系男子の皇位継承を定めた皇室典範を改定する突破口として、女性宮家創設をもちだした可能性が高い。
同長官が、民主党政権に「女性宮家」の創設を提起したのは、かつて、民主党は、女系・女性天皇の容認を党是として、これをマニフェストに盛り込んだ政党だからである。
民主党の反万世一系をみこんで、民主党政権下で、皇室典範の改定という実をとうというのが、羽毛田の魂胆であろう。
厚生省キャリアから宮内庁に天下った羽毛田は、策略家で、2009年、今上天皇と中国の習近平国家副主席の会見の際、陛下の政治的利用につながるという異例の苦言を呈したのも、政治的な演出で、本来であれば、会見申し入れを最後まで拒否するか、小沢に押し切られたのであれば、責任をとって辞任すべきであった。
後継問題についても、歴史を重んじるべきという寛仁親王殿下に、異例の批判をおこなった。
秋篠宮家に悠仁さまが誕生されて、皇室典範改定の議論が棚上げになったのちも、同典範の改定を主張するなど、確信犯的な万世一系反対論者なのである。
寛仁親王殿下を批判したのは、羽毛田長官だけではない。
風岡典之次長も「(寛仁親王殿下の見解は)私的な考えにすぎない」「天皇陛下や皇族方は政治的な事柄について対外的に発言されるお立場ではない」という発言をくり返した。
皇統をまもるべき宮内庁が、万世一系を否定して、皇室典範改定という政治的な行動をとっているのである。
本来、皇室のお世話をする宮内庁は、政治的な発言や行動を控えるべき立場にある。
にもかかわらず、政治的な発言をおこなうのは、下心があるからである。
獅子身中の虫というのは、まさしく、このことであろう。
●皇室をまもる品位や品格、意志をもっていない
羽毛田長官も風岡宮内庁次長も、官僚時代、ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」の常連客だったことが発覚して、世間から批判を浴びた人物である。
羽毛田にいたっては、厚生省にはいった動機が弱者救済という左翼思想の持ち主で、およそ、宮内庁の長官や次長を資格も品格もそなわっていない。
うがった見方をすれば、かれらの宮内庁入りは、革マル派の松崎明がJR東日本の経営委員会にくわわったケースように、当時、左翼戦略の一つだった体制内革命だった可能性さえある。
事、国体にかかわることだけに、過剰なほどの警戒が必要だろう。
後継問題については、羽毛田と風岡が批判した寛仁親王殿下の見解がすべてである。
寛仁親王殿下は、こうのべられた。
「わが国固有の歴史と伝統を平成の御代でいとも簡単に変更してよいものか。陛下や皇太子様は、御自身の家系のことですから御自身で、発言されることはおできになりませんから、民主主義の世であるならば、国民一人一人が、わが国を形成する民草の一員として、二六六五年の歴史と伝統にたいして、正しい意見をもち、発言をしていただかなければ、日本国という国体の変更にむかうことになりましょうし、いつの日か、天皇はいらないという議論にまですすむことになるでしょう」
そして、万世一系、一二五代の皇統が、神話時代の初代・神武天皇から連綿として、一度の例外もなく、男系でつづいてきたという厳然たる事実をのべられ、皇位継承については、以下の三点を挙げられた。
〈1〉皇籍離脱した元皇族の皇統復帰
〈2〉女性皇族(内親王)と元皇族(男系)の養子
〈3〉廃絶になった秩父宮や高松宮などの宮家を再興
自民党の安倍晋三元首相は、自身が会長を務める議員連盟「創生『日本』」の総会で、政府が検討を始めた「女性宮家」創設について「縦糸を男系で紡いできた皇室の長い歴史と伝統の根本原理が崩れていく危険性がある。安易にきめられたのでは大変なことになる」と反対を表明した。
そのなかに、旧皇族や戦後廃止された11宮家の復活、旧宮家から現宮家への養子など、男系天皇継承のための方策がふくまれている。
寛仁親王殿下のお考えと安倍構想を広めてゆく必要があるだろう。
だが、保守勢力の声は、左翼系が牛耳るマスコミに、なかなか、とりあげられない。
一方、国体を危うくする工作や論理、言論は、堰を切ったように流れだす。
政府は、皇室典範改正について、皇位継承議論と切り離し、女性宮家を一代限りとすると一方、女性宮家に入籍した一般男性に皇族の身分を付与する方向で検討するという。
これもなし崩しの論理で、いったんこういうルールができると、今度は、一代限りという条件を撤廃するだけで、女系天皇の道筋ができあがってしまう。
日本経済新聞が、社説で「将来は、一般の男性が結婚して皇室の一員になるということも想定される。そういった形で皇室を支える覚悟が、国民にももとめられる」と女性宮家創設へエールを送っている。
愚論で、そうなると、日本人は、神武天皇以来の万世一系ではなく、一民間人にすぎない者の血筋を、天皇として称えばならなくなる。
これが、皇室の崩壊の序で、そこから、天皇廃止までは、一直線であろう。
女性宮家という蟻の一穴から、左翼が狙う国体崩壊が生じかねないことを肝に銘じるべきだろう。
2011年12月28日
女性宮家の創設と万世一系D
●歴史と断絶している憲法の天皇
天皇は、主権者であるか否かという議論は、新憲法発布の当時からおこなわれてきた。
明治憲法では、天皇主権が謳われ、新憲法では、国民主権が明記されている。
主権者が天皇から国民に移った、という解釈のもとで、天皇は主権者ではなくなったとする意見と、主権者たる国民の象徴が天皇なので、依然として、天皇に主権があるという意見が対立した。
この二つの意見は、ともに、誤っている。
主権という観念は、西洋のもので、価値観がちがう日本には、あてはまらないからである。
新憲法は、西洋の観念でつくられているので、主権が謳われるのは、当然で、その主権が、国民にあたえられたのも、GHQが、日本の民主化をめざしていたことから、必然のなりゆきだった。
主権ということば自体は、西洋ですら、定義がはっきり定まっていない。
本来の意味の主権は、王権(ソブリンティ)のことで、これを国権へ拡大させたのが、魔女狩りを推奨した悪名高きジョン・ボダンと「国家理性」を唱えたトーマス・ホッブスである。
主権は、王権や国権のことで、当時、ヨーロッパには、国民主権という考え方は、なかった。
国民主権ということばを編み出したのは、フランス革命における革命理論をつくりあげたジャン・J・ルソーである。
主権を王や国からもぎとって、主権を国民にあたえると、天地をひっくり返すように、革命が成るというのが、ルソーの考えで、このルソー流は、共産主義革命にまで援用された。
したがって、ヨーロッパでは、いまもなお、国民主権が、左翼のイデオロギーとしてあつかわれている。
日本国憲法に、その国民主権がもりこまれたのは、GHQのスタッフが、ニューディーラーと呼ばれる共産主義のシンパだったからである。
日本国憲法が、歴史と断絶しているといわれるのは、王と民が争ったヨーロッパの主権思想やルソーの革命理論だった国民主権がもちこまれているからなのである。
●天皇は元首ではなく歴史上の存在
ルソーの国民主権には、もう一つ、重大なウソが隠されている。
国民は、個人ではなく、全体をさすというのだが、そのような途方もないものは、どこにも存在せず、存在したとしても、とうてい、把握できない。
そこで、ルソーは、一般化された国民の代表を立てて、王に代わる元首にするという。
この理論を借りたのが、スターリンであり、ヒトラーだった。
国民主権は、独裁者をつくりだす巧妙な仕掛けだったのである。
明治憲法下において、天皇は、元首とされた。
現行憲法では、天皇は、国家元首と明記されていないが、対外的にも国会答弁においても、天皇は、元首とみなされている。
昭和48年6月28日の参議院内閣委員会で、吉國一郎内閣法制局長官が、「わが国は立憲君主制といってさしつかえない」と明言したほか、昭和63年10月11日の参議院内閣委員会で、大出峻郎内閣法制局第一部長も「現行憲法のもとにおいても天皇は元首であるといってさしつかえないと考えております』と答弁している。
元首の正統性には、二通りあり、一つは、いくさや選挙に勝ち抜いた勝者が就く世俗的元首、もう一つは、血統による伝統的元首である。
前者は、大統領で、後者は、王や天皇である。
同じ伝統的元首でも、王と天皇では、本質が異なる。
王は、覇者の系譜で、権力につらなっている。
一方、天皇は、神話にもとづく神官の系譜で、権威である。
権威というのは、歴史上の存在ということで、それが、国体である。
国家は、現在という一過性の存在で、状況によって、刻々と変化する。
一方の国体は、歴史という永遠の存在で、不滅である。
国家は、統治権力や主権、憲法や政体から成り立っているもので、それ以外の何ものでもない。
万世一系の天皇は、歴史をつらぬいている真実である。
歴史的真実である天皇が、どうして、国家元首になれるだろう。
●天皇に優先する万世一系
世界の国々のなかで、国体という概念をもつのは、日本だけがある。
国体は、歴史から立ち上がってくるもので、国家の奥にあって、国家を裏からささえている。
したがって、憲法改正や政変によって、政体が変化しても、国体は、なんら変化しない。
国体は、日本の基本的本質であって、古代より、その中心に、天皇がおられ、現在もおられ、未来においてもおられる。
それが、万世一系であり、日本の国柄である。
天皇を元首とすることへの違和感が、そこにある。
天皇は、過去から現在、未来へと連続する歴史上の存在で、古代から日本人がまもってきたのは、天皇個人より、むしろ、万世一系のほうであった。
万世一系という歴史の霊性が先にあり、そこへ、神武天皇以来、男系男子でうけつがれてこられた皇胤のどなたかが、天皇の地位にお就きになる。
それが、お世継ぎ問題の本質で、天皇家の一族であれば、男女を問わずに天皇になるというのは、国体のあり方から逸脱している。
女性宮家創設が、過去に例がないのは、女系天皇を想定しなかったからで、今回の宮内庁の提言も、旧皇族・男系男子の皇族復帰への道をひらくものでなければ意味がない。
臣籍降下された旧皇族の皇族復帰が、女性宮家の創設に優先されるべきなのは、いうまでもない。
天皇は、主権者であるか否かという議論は、新憲法発布の当時からおこなわれてきた。
明治憲法では、天皇主権が謳われ、新憲法では、国民主権が明記されている。
主権者が天皇から国民に移った、という解釈のもとで、天皇は主権者ではなくなったとする意見と、主権者たる国民の象徴が天皇なので、依然として、天皇に主権があるという意見が対立した。
この二つの意見は、ともに、誤っている。
主権という観念は、西洋のもので、価値観がちがう日本には、あてはまらないからである。
新憲法は、西洋の観念でつくられているので、主権が謳われるのは、当然で、その主権が、国民にあたえられたのも、GHQが、日本の民主化をめざしていたことから、必然のなりゆきだった。
主権ということば自体は、西洋ですら、定義がはっきり定まっていない。
本来の意味の主権は、王権(ソブリンティ)のことで、これを国権へ拡大させたのが、魔女狩りを推奨した悪名高きジョン・ボダンと「国家理性」を唱えたトーマス・ホッブスである。
主権は、王権や国権のことで、当時、ヨーロッパには、国民主権という考え方は、なかった。
国民主権ということばを編み出したのは、フランス革命における革命理論をつくりあげたジャン・J・ルソーである。
主権を王や国からもぎとって、主権を国民にあたえると、天地をひっくり返すように、革命が成るというのが、ルソーの考えで、このルソー流は、共産主義革命にまで援用された。
したがって、ヨーロッパでは、いまもなお、国民主権が、左翼のイデオロギーとしてあつかわれている。
日本国憲法に、その国民主権がもりこまれたのは、GHQのスタッフが、ニューディーラーと呼ばれる共産主義のシンパだったからである。
日本国憲法が、歴史と断絶しているといわれるのは、王と民が争ったヨーロッパの主権思想やルソーの革命理論だった国民主権がもちこまれているからなのである。
●天皇は元首ではなく歴史上の存在
ルソーの国民主権には、もう一つ、重大なウソが隠されている。
国民は、個人ではなく、全体をさすというのだが、そのような途方もないものは、どこにも存在せず、存在したとしても、とうてい、把握できない。
そこで、ルソーは、一般化された国民の代表を立てて、王に代わる元首にするという。
この理論を借りたのが、スターリンであり、ヒトラーだった。
国民主権は、独裁者をつくりだす巧妙な仕掛けだったのである。
明治憲法下において、天皇は、元首とされた。
現行憲法では、天皇は、国家元首と明記されていないが、対外的にも国会答弁においても、天皇は、元首とみなされている。
昭和48年6月28日の参議院内閣委員会で、吉國一郎内閣法制局長官が、「わが国は立憲君主制といってさしつかえない」と明言したほか、昭和63年10月11日の参議院内閣委員会で、大出峻郎内閣法制局第一部長も「現行憲法のもとにおいても天皇は元首であるといってさしつかえないと考えております』と答弁している。
元首の正統性には、二通りあり、一つは、いくさや選挙に勝ち抜いた勝者が就く世俗的元首、もう一つは、血統による伝統的元首である。
前者は、大統領で、後者は、王や天皇である。
同じ伝統的元首でも、王と天皇では、本質が異なる。
王は、覇者の系譜で、権力につらなっている。
一方、天皇は、神話にもとづく神官の系譜で、権威である。
権威というのは、歴史上の存在ということで、それが、国体である。
国家は、現在という一過性の存在で、状況によって、刻々と変化する。
一方の国体は、歴史という永遠の存在で、不滅である。
国家は、統治権力や主権、憲法や政体から成り立っているもので、それ以外の何ものでもない。
万世一系の天皇は、歴史をつらぬいている真実である。
歴史的真実である天皇が、どうして、国家元首になれるだろう。
●天皇に優先する万世一系
世界の国々のなかで、国体という概念をもつのは、日本だけがある。
国体は、歴史から立ち上がってくるもので、国家の奥にあって、国家を裏からささえている。
したがって、憲法改正や政変によって、政体が変化しても、国体は、なんら変化しない。
国体は、日本の基本的本質であって、古代より、その中心に、天皇がおられ、現在もおられ、未来においてもおられる。
それが、万世一系であり、日本の国柄である。
天皇を元首とすることへの違和感が、そこにある。
天皇は、過去から現在、未来へと連続する歴史上の存在で、古代から日本人がまもってきたのは、天皇個人より、むしろ、万世一系のほうであった。
万世一系という歴史の霊性が先にあり、そこへ、神武天皇以来、男系男子でうけつがれてこられた皇胤のどなたかが、天皇の地位にお就きになる。
それが、お世継ぎ問題の本質で、天皇家の一族であれば、男女を問わずに天皇になるというのは、国体のあり方から逸脱している。
女性宮家創設が、過去に例がないのは、女系天皇を想定しなかったからで、今回の宮内庁の提言も、旧皇族・男系男子の皇族復帰への道をひらくものでなければ意味がない。
臣籍降下された旧皇族の皇族復帰が、女性宮家の創設に優先されるべきなのは、いうまでもない。
2011年12月22日
女性宮家の創設と万世一系C
●権威と権力が混血する女系相続
天皇が、神武以来、皇統を男系男子としてきたのは、神々と共にある権威と武力による世俗的な権力を分離させるためである。
女系では、権力者が女性天皇を娶って、実子を次代の天皇に就かせることができる。
そのとき、皇太子の父となる権力者は、上皇と同等の地位と名誉をえる。
権力と権威がむすびつくと、権威は地に堕ち、権力は怪物化する。
滅亡した王朝は、例外なく、その道筋をたどっている。
女系において、権威が権力にとりこまれるのは、男性である権力者との婚姻によって、権威の血筋に権力の血筋が流れこむからである。
古代において、国家は、すべて、王朝であった。
その王朝が滅びたのは、権威と権力が混血する王位の女系継続をおこなったからである。
女系継続においては、婚姻や養子などをつうじて、王位に、武力や富などの世俗の権力がからみつき、しかも、その権力に限界がないため、絶えることのない抗争が生じる。
女系では、王位の相続が、伝統ではなく、家単位になる。
家は、富や権力とむすびついて、名家名門をつくりだす。
中国およびヨーロッパの一部で、王政が滅びたのは、富と権力をもった名家名門が抗争をくりかえしたからで、権威の継承が家単位になると、伝統の正統性が、お家騒動にとって代えられるのである。
現在、ヨーロッパの一部に残っている王政も、名家名門の「○○朝」にすぎない。
●天皇の権威をまもってきた「姓(かばね)制度」
権力者が皇統を乗っ取ると、皇室の系統が、神話や日本という国を開闢した皇祖皇宗ではなく、権力者にすぎない者の家系へ移る。
男系男子による万世一系の放棄は、高天原と天照大御神、天孫降臨の神話を捨てるということにほかならない。
その事態を避けるため、歴史上、皇統は、男系男子をまもってきた。
貞明皇后(大正天皇の皇后)は、当時、皇太子だった昭和天皇に、「天皇という地位は、皇祖皇宗から預かったもので、私物ではないと、諄々とお諭しになったとつたえられる。
これが、天皇の在りかたで、家などというものは、問題にならない。
現在、日本が、世界最古の王朝国家を継承させているのは、男系相続だったからで、男系相続において重んじられるのは、「家」という私的な制度ではなく、伝統という歴史的制度である。
日本で、権威と権力が分離されてきたのは、奈良時代に律令制が導入されても、なお、権力者が天皇から官位を授かる「姓(かばね)制度」がはたらいていた。
臣(おみ)と連(むらじ)が最高位で、朝臣の姓を賜った藤原(中臣)鎌足の一族がその代表である。
武家社会になっても、征夷大将軍が官位を賜って幕府をひらく「姓制度」にかわりはなく、権威は、権力をよせつけなかった。
●暗黒の中世をまねいた後醍醐天皇の権力争奪
姓制度が崩壊したのは、後醍醐天皇が権力をもとめた「建武新政」によってである。
建武新政から南北朝、室町、戦国時代が終結するまでの330年間、日本が暗黒の中世となったのは、権威が不在になったからで、柵封体制のもとで日本国王を名乗った足利義満は、太上天皇の尊号のもとで、天皇の祭祀権を奪ったほか、次男の義嗣を立てて、皇位簒奪をはかった。
官位を拒否して、京で軍事パレード(馬ぞろえ)をおこない、正親町天皇を脅かした織田信長も、存命していれば、皇位簒奪を実現させたはずである。
秀吉と家康が、朝廷を立てたのは、権威なくして、権力を安定させることができないと悟ったからで、徹底して、朝廷を敬い、権力から遠ざけた徳川幕府は、世界一の長期政権となった。
徳川幕府も、継承を男系男子に限定して、江戸のほか、尾張や三河、紀州や水戸藩にまで、後胤の枠を広げた。
権力闘争をまねく女系相続を避けるためである。
独立自治体である藩を統べるには、徳川家が、武力をもちいずに鎮定する権威とならなければならなかったのである。
徳川が朝廷を立て、200以上の藩がその徳川を立てる構造が男系で、徳川幕府が女系をとらなかったのは、女系では、伝統と権力の継承が不可能だったからである。
●天皇と皇室は神武天皇という大木の枝
左翼や一部の識者は、欠史八代・十代、継体天皇の新王朝説、歴史上、例が少なくない傍系天皇をもって、万世一系を否定しようとする。
愚論というしかない。
万世一系は、皇胤を男子のみにもとめてきた古人の努力、歴史的事実に負うもので、欠史八代・十代、継体天皇においても、その原則がつらぬかれてきたことに疑いはない。
歴史的記述が残っていなくても、男系男子の系統は、厳然とまもられてきたのである。
女系では、自動的に皇統が絶えるので、もともと、まもるべきものがない。
皇統をまもってきたという歴史的事実の前に、現代の歴史家の邪推などとるにたらない。
傍系の疑義についても、皇統の何たるかを心得ない俗説である。
世俗の家系においては、男子長子が家督を受け継ぐ。
これは、たんなる経済問題で、田畑や家財は、家の所有物である。
この原理を皇統にあてはめると、天皇の実子、実孫以外、傍系となる。
だが、皇統において、現在の天皇家は、神武天皇という幹から分かれた枝の枝にすぎない。
その枝に、男系男子が授からなかった場合、元へたどって、別の枝に皇胤をもとめるのは、当然で、皇紀2600年の永きにわたって、万世一系がたもたれてきたのは、その思想が脈々とうけつがれてきたからである。
女系になると、幹が失われて、枝から落ちた実から、新王朝がうまれる。
はなはだしいケースは、易姓革命で、王政を別の幹にもとめて、歴史、伝統文化、言語までを放棄する。
日本語は、世界最古の言語で、英語は、11世紀の英仏「百年戦争」の終結後、イギリスが再編、統一したもので、中国に至っては、いまだ、統一言語が存在しない。
日本語が、漢字の導入を経て、紀元前の言語を継承しているのは、易姓革命がおこなわれなかった証拠で、世界で、稀有な例である。
男系男子による万世一系は、歴史の知恵と伝統の結晶で、万世一系をまもるために、男系と定めたのではない。
厳然たる事実は、日本が、「世界最古の王朝国家」として現存していることで、三種の神器もY遺伝子も、その傍証でしかない。
次回は、女性宮家の問題点と臣籍降下された旧宮家の本質についてのべよう。
天皇が、神武以来、皇統を男系男子としてきたのは、神々と共にある権威と武力による世俗的な権力を分離させるためである。
女系では、権力者が女性天皇を娶って、実子を次代の天皇に就かせることができる。
そのとき、皇太子の父となる権力者は、上皇と同等の地位と名誉をえる。
権力と権威がむすびつくと、権威は地に堕ち、権力は怪物化する。
滅亡した王朝は、例外なく、その道筋をたどっている。
女系において、権威が権力にとりこまれるのは、男性である権力者との婚姻によって、権威の血筋に権力の血筋が流れこむからである。
古代において、国家は、すべて、王朝であった。
その王朝が滅びたのは、権威と権力が混血する王位の女系継続をおこなったからである。
女系継続においては、婚姻や養子などをつうじて、王位に、武力や富などの世俗の権力がからみつき、しかも、その権力に限界がないため、絶えることのない抗争が生じる。
女系では、王位の相続が、伝統ではなく、家単位になる。
家は、富や権力とむすびついて、名家名門をつくりだす。
中国およびヨーロッパの一部で、王政が滅びたのは、富と権力をもった名家名門が抗争をくりかえしたからで、権威の継承が家単位になると、伝統の正統性が、お家騒動にとって代えられるのである。
現在、ヨーロッパの一部に残っている王政も、名家名門の「○○朝」にすぎない。
●天皇の権威をまもってきた「姓(かばね)制度」
権力者が皇統を乗っ取ると、皇室の系統が、神話や日本という国を開闢した皇祖皇宗ではなく、権力者にすぎない者の家系へ移る。
男系男子による万世一系の放棄は、高天原と天照大御神、天孫降臨の神話を捨てるということにほかならない。
その事態を避けるため、歴史上、皇統は、男系男子をまもってきた。
貞明皇后(大正天皇の皇后)は、当時、皇太子だった昭和天皇に、「天皇という地位は、皇祖皇宗から預かったもので、私物ではないと、諄々とお諭しになったとつたえられる。
これが、天皇の在りかたで、家などというものは、問題にならない。
現在、日本が、世界最古の王朝国家を継承させているのは、男系相続だったからで、男系相続において重んじられるのは、「家」という私的な制度ではなく、伝統という歴史的制度である。
日本で、権威と権力が分離されてきたのは、奈良時代に律令制が導入されても、なお、権力者が天皇から官位を授かる「姓(かばね)制度」がはたらいていた。
臣(おみ)と連(むらじ)が最高位で、朝臣の姓を賜った藤原(中臣)鎌足の一族がその代表である。
武家社会になっても、征夷大将軍が官位を賜って幕府をひらく「姓制度」にかわりはなく、権威は、権力をよせつけなかった。
●暗黒の中世をまねいた後醍醐天皇の権力争奪
姓制度が崩壊したのは、後醍醐天皇が権力をもとめた「建武新政」によってである。
建武新政から南北朝、室町、戦国時代が終結するまでの330年間、日本が暗黒の中世となったのは、権威が不在になったからで、柵封体制のもとで日本国王を名乗った足利義満は、太上天皇の尊号のもとで、天皇の祭祀権を奪ったほか、次男の義嗣を立てて、皇位簒奪をはかった。
官位を拒否して、京で軍事パレード(馬ぞろえ)をおこない、正親町天皇を脅かした織田信長も、存命していれば、皇位簒奪を実現させたはずである。
秀吉と家康が、朝廷を立てたのは、権威なくして、権力を安定させることができないと悟ったからで、徹底して、朝廷を敬い、権力から遠ざけた徳川幕府は、世界一の長期政権となった。
徳川幕府も、継承を男系男子に限定して、江戸のほか、尾張や三河、紀州や水戸藩にまで、後胤の枠を広げた。
権力闘争をまねく女系相続を避けるためである。
独立自治体である藩を統べるには、徳川家が、武力をもちいずに鎮定する権威とならなければならなかったのである。
徳川が朝廷を立て、200以上の藩がその徳川を立てる構造が男系で、徳川幕府が女系をとらなかったのは、女系では、伝統と権力の継承が不可能だったからである。
●天皇と皇室は神武天皇という大木の枝
左翼や一部の識者は、欠史八代・十代、継体天皇の新王朝説、歴史上、例が少なくない傍系天皇をもって、万世一系を否定しようとする。
愚論というしかない。
万世一系は、皇胤を男子のみにもとめてきた古人の努力、歴史的事実に負うもので、欠史八代・十代、継体天皇においても、その原則がつらぬかれてきたことに疑いはない。
歴史的記述が残っていなくても、男系男子の系統は、厳然とまもられてきたのである。
女系では、自動的に皇統が絶えるので、もともと、まもるべきものがない。
皇統をまもってきたという歴史的事実の前に、現代の歴史家の邪推などとるにたらない。
傍系の疑義についても、皇統の何たるかを心得ない俗説である。
世俗の家系においては、男子長子が家督を受け継ぐ。
これは、たんなる経済問題で、田畑や家財は、家の所有物である。
この原理を皇統にあてはめると、天皇の実子、実孫以外、傍系となる。
だが、皇統において、現在の天皇家は、神武天皇という幹から分かれた枝の枝にすぎない。
その枝に、男系男子が授からなかった場合、元へたどって、別の枝に皇胤をもとめるのは、当然で、皇紀2600年の永きにわたって、万世一系がたもたれてきたのは、その思想が脈々とうけつがれてきたからである。
女系になると、幹が失われて、枝から落ちた実から、新王朝がうまれる。
はなはだしいケースは、易姓革命で、王政を別の幹にもとめて、歴史、伝統文化、言語までを放棄する。
日本語は、世界最古の言語で、英語は、11世紀の英仏「百年戦争」の終結後、イギリスが再編、統一したもので、中国に至っては、いまだ、統一言語が存在しない。
日本語が、漢字の導入を経て、紀元前の言語を継承しているのは、易姓革命がおこなわれなかった証拠で、世界で、稀有な例である。
男系男子による万世一系は、歴史の知恵と伝統の結晶で、万世一系をまもるために、男系と定めたのではない。
厳然たる事実は、日本が、「世界最古の王朝国家」として現存していることで、三種の神器もY遺伝子も、その傍証でしかない。
次回は、女性宮家の問題点と臣籍降下された旧宮家の本質についてのべよう。
2011年12月16日
女性宮家の創設と万世一系B
●野田政権下における皇室存続の危うさ
国会の記念式典で、天皇皇后両陛下の御臨席を待っておられた秋篠宮ご夫妻にたいして「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と暴言を吐いた中井洽衆院予算委員長が、民主党の「皇室の伝統・文化を守る議員連盟」の会長に就任した。
中井の皇室不敬発言を咎めて然るべき同連盟のトップに、その中井が、ふんぞり返っているのである。
ドロボーが、町の防犯協会の会長になったようなものだが、くわえて、中井には、銀座ホステスとの派手な夜遊びのほか、遊興費の国費流用の疑いがもたれている。
皇室の後継問題を語るに、この男ほど、不適切な人物はいないだろう。
この人事で、野田政権が、いかに皇室をなめきっているか、よくわかる。
藤村修官房長官によると、政府は、宮内庁の「女性宮家創設」の申し入れにたいして、同連盟に、宮内庁にたいするヒアリングを依頼したという。
皇室にたいして、一片の尊敬心もない中井が、宮内庁にたいして、居丈高に物言う光景は、想像するだけで、不快になる。
民主党は、皇国史観を悪の根源とする自虐史観の政党である。
とくに、中井は、韓国で皇室を侮辱してきた小沢一郎の側近で、皇室軽視が骨がらみになっている。
野田が中井を優遇するのは、輿石東幹事長や一川保夫防衛大臣、山岡賢次国務大臣のケースと同様、小沢への気遣いで、日本の皇室は、野田ドジョー政権の延命のダシにされているのである。
●世界最古の王朝国家であることの誇り
日本が、世界最古の王朝国家であることを誇りに思っている日本人が、どれほどいるであろうか。
戦後、日教組教育をうけたひとは、そのことすら、念頭にないのではないか。
日本を誇りに思うどころか、現在では、政権党の民主党から保守と思われてきた自民党の一部までが、自虐史観をふりまわしている。
自虐史観は、皇国史観を逆転させた左翼の情報戦略で、もともと、日本共産党のプロパガンダ(「赤旗」)だったものが、左翼陣営へひろがったものだ。
皇国史観を目の敵にしたのが、GHQと左翼・日教組だった。
皇国史観は、日本の歴史を天皇中心にとらえた歴史観で、戦前までの唯一の国史だった。
どの国も、独自の民族性や宗教観を反映させた国史をもっている。
独立国家として、国史を有することは、あたりまえのことである。
革命国家である米・ロ・中などの新興国家も、革命論や唯物論の国史を唯一の歴史書として、公式に採用している。
GHQと左翼陣営が、皇国史観を排除したのは、日本を独立国家として容認したくなかったからである。
革命にとって、国史が、最大の障害となるのである。
国史には、歴史文化や民族の伝統、宗教観が色濃く反映される。
日本の場合、それが、天照大御神を祖とする神国神話と神武天皇を日本開闢の祖とする皇紀伝承=皇国史観だった。
戦後、日本人が、世界最古の王朝国家であることを誇りに思わなくなったのは、皇国史観が、左翼ばかりか、教育界やマスコミ、政界から、忌むべきものとして扱われてきたためである。
●世界の首脳が公認する皇国史観
だが、世界は、そう思ってはいない。
1971年、ニクソン大統領は、昭和天皇が立ち寄られたアンカレッジ空港まで出向き、1975年には、フォード大統領が空港に赴き、米軍5軍による観閲儀仗をもって、訪米した天皇を出迎えた。
アメリカが、5軍による観閲儀仗をもって出迎えるのは、天皇陛下とローマ法王、英国君主の三人だけである。
英国君主も、公式の席では、天皇陛下に上座を譲り、外国訪問の際、元首の訪問をうけるのが慣例のローマ法王(ヨハネ・パウロ二世)も、1981年の訪日では、みずから、皇居に出向いている。
コール大統領など、ヨーロッパ元首やオバマ大統領、次期主席となる習国家も、陛下への謁見には、最敬礼をしている。
世界の元首が、天皇を最高権威とみなし、天皇との謁見を最大の名誉とするのは、天皇が、世界最古の王朝国家のエンペラーだからである。
日本が、世界最古の王朝国家であり、天皇が紀元前660年に即位した神武天皇の子孫であることは、日本の最大の誇りである。
だが、皇国史観=悪と教育されてきた日本人には、その自覚はない。
識者のなかにさえ、天皇の代わりに国民投票でえらんだ大統領を国民統合の象徴にという者がいるほどである。
ワシントンの核安保サミットで、胡錦濤国家主席ら各国首脳と正式会談したオバマ大統領は、鳩山首相とは、日本側の懇願に応じて、食堂の片隅で、十分ほど時間を割いただけだった。
選挙でえらばれた者などは、それほどの軽い存在なのである。
日本が世界最古の王朝国家という栄誉と権威を失ったとき、正装による観閲儀仗ではなく、食堂の片隅の扱いになるのである。
●異なる王室と皇室の「血の正統性」
国家・国体は、伝統という歯止めによって、国家・国体たりえている。
天皇についていえば、男系・男子の万世一系が、歯止めである。
イギリスは、11世紀の「ノルマンの征服」によって、王室の血筋が絶えたばかりか、言語や文化までがノルマン化され、それが、英仏王朝がたたかった「百年戦争」の終結までつづいた。
ヨーロッパの王室が民主化されたのは、血の正統性という歯止めを失ったことと無縁ではない。
男系・男子の断絶によって、王統が家柄になったヨーロッパでは、現在でも、厳然たる身分社会である。
国家と名家名門(王朝)がかさなりあっているため、名家同士の結合である王族の結婚では、平民の血が混じることはない。
皇室の血筋と王室の血筋の正統性は、歴史的背景や構造が根本的に異なっていたのである。
日本では、皇族と平民のあいだで、子がもうけられる。
継嗣をえるための側室制度もあった。
皇統が、男系・男子にある場合、母親が平民でもかまわない。
男子がうけつぐのは、父系列のY染色体だからである。
げんに、明治・大正・昭和天皇の母親は、側室である。
等身数や傍系も、問題にならない。
世代を経るごとに、先祖の血が薄まってゆく女系は、天皇にならないからである。
臣籍降下された11宮家は、南北朝時代に創設された伏見宮の系統で、当時から600年(20世代)、40数親等、離れている。
これをもって、皇位継承の資格がないというのは、母系列X染色体に立った論理である。
20世代後、母系列X染色体は、交差を重ねて、百万分の一に薄まる。
だが、コピーによってうけつがれるY染色は、1=1のままである。
後花園天皇(102代/伏見宮家出身)、後宮天皇(111代/閑院宮家出身)光格天皇(119代/有栖川家出身)は、傍系天皇といわれるが、皇統の系統は、天皇の血縁ではなく、神武天皇以来の万世一系(男系・男子)の系統にあるのである。
●天皇の個人的威信ではなく万世一系の神話
万世一系の批判者は、古事記に、2代綏靖天皇から9代開化まで8人(欠史八代)と24代仁賢から33代推古天皇までの10人(欠史十代)の天皇記に説話がないことをもって、捏造という。
継体天皇とそれ以前のヤマト王権との血縁関係についても、疑問視するひとが少なくない。
だが、歴史は、神話をふくめて、2700年にわたって、連綿として皇室がつづいてきた事実の解釈にすぎない。
解釈をもって、事実を否定することはできない。
歴史の古さからいえば、中国は、中華文明四千年を誇り、ヨーロッパ文明はそれ以上、古い。
エジプト王国やバビロン王朝は、中国最古の国家だった殷よりも古く、古代ギリシアや古代ローマも、発祥は、紀元のはるか以前である。
だが、ヨーロッパや中国の王朝は、遺跡にすぎない。
日本が、皇室が世界から尊敬されているのは、神代から現代まで、万世一系という血統がつづいているからである。
万世一系だから、世界最古の王朝国家なのではない。
確固たる歴史的事実の傍証として、万世一系がある。
事実があるから歴史がつくられるのであって、歴史から事実がうまれるのではない。
厳然たる事実は、皇室と万世一系の天皇がおられることである。
GHQは、天皇が人間宣言すれば天皇体制が崩れる思いこみ、小沢は、古墳を掘り返すと天皇制が崩壊する(韓国での講演)と嘲笑したが、愚かである。
日本人が信じているのは、天皇個人の威信ではなく、神武以来の万世一系という神話なのである。
国会の記念式典で、天皇皇后両陛下の御臨席を待っておられた秋篠宮ご夫妻にたいして「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と暴言を吐いた中井洽衆院予算委員長が、民主党の「皇室の伝統・文化を守る議員連盟」の会長に就任した。
中井の皇室不敬発言を咎めて然るべき同連盟のトップに、その中井が、ふんぞり返っているのである。
ドロボーが、町の防犯協会の会長になったようなものだが、くわえて、中井には、銀座ホステスとの派手な夜遊びのほか、遊興費の国費流用の疑いがもたれている。
皇室の後継問題を語るに、この男ほど、不適切な人物はいないだろう。
この人事で、野田政権が、いかに皇室をなめきっているか、よくわかる。
藤村修官房長官によると、政府は、宮内庁の「女性宮家創設」の申し入れにたいして、同連盟に、宮内庁にたいするヒアリングを依頼したという。
皇室にたいして、一片の尊敬心もない中井が、宮内庁にたいして、居丈高に物言う光景は、想像するだけで、不快になる。
民主党は、皇国史観を悪の根源とする自虐史観の政党である。
とくに、中井は、韓国で皇室を侮辱してきた小沢一郎の側近で、皇室軽視が骨がらみになっている。
野田が中井を優遇するのは、輿石東幹事長や一川保夫防衛大臣、山岡賢次国務大臣のケースと同様、小沢への気遣いで、日本の皇室は、野田ドジョー政権の延命のダシにされているのである。
●世界最古の王朝国家であることの誇り
日本が、世界最古の王朝国家であることを誇りに思っている日本人が、どれほどいるであろうか。
戦後、日教組教育をうけたひとは、そのことすら、念頭にないのではないか。
日本を誇りに思うどころか、現在では、政権党の民主党から保守と思われてきた自民党の一部までが、自虐史観をふりまわしている。
自虐史観は、皇国史観を逆転させた左翼の情報戦略で、もともと、日本共産党のプロパガンダ(「赤旗」)だったものが、左翼陣営へひろがったものだ。
皇国史観を目の敵にしたのが、GHQと左翼・日教組だった。
皇国史観は、日本の歴史を天皇中心にとらえた歴史観で、戦前までの唯一の国史だった。
どの国も、独自の民族性や宗教観を反映させた国史をもっている。
独立国家として、国史を有することは、あたりまえのことである。
革命国家である米・ロ・中などの新興国家も、革命論や唯物論の国史を唯一の歴史書として、公式に採用している。
GHQと左翼陣営が、皇国史観を排除したのは、日本を独立国家として容認したくなかったからである。
革命にとって、国史が、最大の障害となるのである。
国史には、歴史文化や民族の伝統、宗教観が色濃く反映される。
日本の場合、それが、天照大御神を祖とする神国神話と神武天皇を日本開闢の祖とする皇紀伝承=皇国史観だった。
戦後、日本人が、世界最古の王朝国家であることを誇りに思わなくなったのは、皇国史観が、左翼ばかりか、教育界やマスコミ、政界から、忌むべきものとして扱われてきたためである。
●世界の首脳が公認する皇国史観
だが、世界は、そう思ってはいない。
1971年、ニクソン大統領は、昭和天皇が立ち寄られたアンカレッジ空港まで出向き、1975年には、フォード大統領が空港に赴き、米軍5軍による観閲儀仗をもって、訪米した天皇を出迎えた。
アメリカが、5軍による観閲儀仗をもって出迎えるのは、天皇陛下とローマ法王、英国君主の三人だけである。
英国君主も、公式の席では、天皇陛下に上座を譲り、外国訪問の際、元首の訪問をうけるのが慣例のローマ法王(ヨハネ・パウロ二世)も、1981年の訪日では、みずから、皇居に出向いている。
コール大統領など、ヨーロッパ元首やオバマ大統領、次期主席となる習国家も、陛下への謁見には、最敬礼をしている。
世界の元首が、天皇を最高権威とみなし、天皇との謁見を最大の名誉とするのは、天皇が、世界最古の王朝国家のエンペラーだからである。
日本が、世界最古の王朝国家であり、天皇が紀元前660年に即位した神武天皇の子孫であることは、日本の最大の誇りである。
だが、皇国史観=悪と教育されてきた日本人には、その自覚はない。
識者のなかにさえ、天皇の代わりに国民投票でえらんだ大統領を国民統合の象徴にという者がいるほどである。
ワシントンの核安保サミットで、胡錦濤国家主席ら各国首脳と正式会談したオバマ大統領は、鳩山首相とは、日本側の懇願に応じて、食堂の片隅で、十分ほど時間を割いただけだった。
選挙でえらばれた者などは、それほどの軽い存在なのである。
日本が世界最古の王朝国家という栄誉と権威を失ったとき、正装による観閲儀仗ではなく、食堂の片隅の扱いになるのである。
●異なる王室と皇室の「血の正統性」
国家・国体は、伝統という歯止めによって、国家・国体たりえている。
天皇についていえば、男系・男子の万世一系が、歯止めである。
イギリスは、11世紀の「ノルマンの征服」によって、王室の血筋が絶えたばかりか、言語や文化までがノルマン化され、それが、英仏王朝がたたかった「百年戦争」の終結までつづいた。
ヨーロッパの王室が民主化されたのは、血の正統性という歯止めを失ったことと無縁ではない。
男系・男子の断絶によって、王統が家柄になったヨーロッパでは、現在でも、厳然たる身分社会である。
国家と名家名門(王朝)がかさなりあっているため、名家同士の結合である王族の結婚では、平民の血が混じることはない。
皇室の血筋と王室の血筋の正統性は、歴史的背景や構造が根本的に異なっていたのである。
日本では、皇族と平民のあいだで、子がもうけられる。
継嗣をえるための側室制度もあった。
皇統が、男系・男子にある場合、母親が平民でもかまわない。
男子がうけつぐのは、父系列のY染色体だからである。
げんに、明治・大正・昭和天皇の母親は、側室である。
等身数や傍系も、問題にならない。
世代を経るごとに、先祖の血が薄まってゆく女系は、天皇にならないからである。
臣籍降下された11宮家は、南北朝時代に創設された伏見宮の系統で、当時から600年(20世代)、40数親等、離れている。
これをもって、皇位継承の資格がないというのは、母系列X染色体に立った論理である。
20世代後、母系列X染色体は、交差を重ねて、百万分の一に薄まる。
だが、コピーによってうけつがれるY染色は、1=1のままである。
後花園天皇(102代/伏見宮家出身)、後宮天皇(111代/閑院宮家出身)光格天皇(119代/有栖川家出身)は、傍系天皇といわれるが、皇統の系統は、天皇の血縁ではなく、神武天皇以来の万世一系(男系・男子)の系統にあるのである。
●天皇の個人的威信ではなく万世一系の神話
万世一系の批判者は、古事記に、2代綏靖天皇から9代開化まで8人(欠史八代)と24代仁賢から33代推古天皇までの10人(欠史十代)の天皇記に説話がないことをもって、捏造という。
継体天皇とそれ以前のヤマト王権との血縁関係についても、疑問視するひとが少なくない。
だが、歴史は、神話をふくめて、2700年にわたって、連綿として皇室がつづいてきた事実の解釈にすぎない。
解釈をもって、事実を否定することはできない。
歴史の古さからいえば、中国は、中華文明四千年を誇り、ヨーロッパ文明はそれ以上、古い。
エジプト王国やバビロン王朝は、中国最古の国家だった殷よりも古く、古代ギリシアや古代ローマも、発祥は、紀元のはるか以前である。
だが、ヨーロッパや中国の王朝は、遺跡にすぎない。
日本が、皇室が世界から尊敬されているのは、神代から現代まで、万世一系という血統がつづいているからである。
万世一系だから、世界最古の王朝国家なのではない。
確固たる歴史的事実の傍証として、万世一系がある。
事実があるから歴史がつくられるのであって、歴史から事実がうまれるのではない。
厳然たる事実は、皇室と万世一系の天皇がおられることである。
GHQは、天皇が人間宣言すれば天皇体制が崩れる思いこみ、小沢は、古墳を掘り返すと天皇制が崩壊する(韓国での講演)と嘲笑したが、愚かである。
日本人が信じているのは、天皇個人の威信ではなく、神武以来の万世一系という神話なのである。
2011年12月13日
女性宮家の創設と万世一系A
●女性宮家創設と女系・女性天皇の容認は別物
読売新聞が「宮内庁が女性宮家創設を首相に要請」と報じた11月25日の前日、超党派の国会議員による勉強会で、「皇統継承」について議論された。
講師は、京都大学の市村真一名誉教授で、「皇室典範を改正しなければ宮家が無くなる」というテーマをとおして、新聞報道に先立って、女性宮家創設の必要性を説かれた。
現在、天皇家と皇族は、22人しかおられない。
皇族のうち、女性は15人で、未婚の女性皇族8人だが、結婚後、皇籍から離れるため、残る皇族の人数は、わずか、14人になる。
皇位継承権をもつ男系・男性も、秋篠宮ご夫妻の御長男である五歳の悠仁親王お一人だけである。
宮内庁が、女性宮家の創設を申し入れた背景には、今上天皇の血筋だけでは十全に皇統をたもてないという切羽詰った事情があったのある。
市村先生は、女性宮家の創設に、女系・女性天皇の容認をふくめるお考えである。
女性皇族の皇籍離脱がつづくと、皇室の存続が危うくなるという危機感から、女系・女性天皇の容認をやむなしとされる。
これにたいして、わたしは、異議を申し上げた。
伊吹文明議員と下村博文議員も、女性宮家の創設や旧宮家の皇族復帰、皇室典範の改正は、男系・男子による皇統の継承が前提になるという考えを述べた。
女性宮家の創設は、焦眉の急である。
しかし、それには、天皇・皇族の養子を禁じた皇室典範を改正して、旧皇族男系・男子の皇族復帰という条件が付かなければ、女系・女性天皇容認論へとすりかえられる。
●GHQによる歴史の断絶を修復しなかったツケ
男系・男子による皇統は、数千年にわたって、側室制度と皇族係累によってまもられてきた。
その体制を破壊したのが、昭和22年、GHQの命令によっておこなわれた11宮家の臣籍降下と皇室典範の改定だった。
この改革によって、皇室の財産が没収されるとともに、皇室の維持が、国家予算でまかなわれるようになった。
憲法外にあった皇室典範も、憲法に組みこまれ、このとき、皇族が大挙して皇籍を離れた。
GHQによる皇室の民主化は、皇室の存続を根底から危うくするものだったのである。
皇室典範には、「天皇及び皇族以外の者と婚姻した皇族女子は皇族の身分を離れる」(第12条)および、「天皇及び皇族は養子をすることができない」(第9条)という条項がある。
旧皇室典範でも、皇族の養子はみとめられていなかった。
だが、それは、側室制度があり、宮家の数が多かったからである。
したがって、11宮家の臣籍降下にたいしては、皇室や皇族の養子を禁じた9条の撤回が不可欠だった。
11宮家の臣籍降下によって、お世継ぎが不在になった場合、皇統を継ぐ男系・男子の養子以外に、皇室を維持する方法がないからである。
GHQに、皇室の安泰やお世継ぎ問題への配慮がなかったのは、国体・皇室の維持に否定的だったからである。
昭和27年のサンフランシスコ平和条約締結時に、属国解除の名分で、憲法改正をおこない、皇室典範の位置づけを正して、11宮家の復帰を実現すべきであった。
現在の皇室の危機は、GHQの属国条項を破棄しなかったツケといってよい。
GHQによる歴史の断絶を修復していれば、小泉内閣の皇室典範改悪における伝統の否定という醜態を世界にさらすこともなかったろう。
●名家名門の閨閥にすぎないヨーロッパ王室
有識者会議の吉川弘之議長は、答申をだすにあたって、伝統には配慮を払わなかったとのべた。
会議では、男女平等をうちだしたイギリスの王室に倣うべきと発言した者もいたとつたえられる。
皇室問題は、伝統の継承であって、民主主義などの近代的な観念で語られるべきものではない。
ヨーロッパの王室は、ローマ時代からの権力者の系譜で、女系・女王がみとめられているのは、正統性が、歴史ではなく、ローマ帝国以来の家柄にあるからである。
ヨーロッパの王室は、すべて、ハプスブルグ家やブルボン家など数十系統にのぼる名家名門の閨閥で、万世一系とは、その本質が、水と油ほど異なる。
現在のエリザベス朝は、ドイツ貴族の家柄で、祖先は、ドイツ人である。
それでも、イギリス国王になれるのは、家柄がつながっているからである。
ヨーロッパがEU共同体となったのは、名家名門が、一つのグループとして全ヨーロッパに散っているからである。
名門同士の結婚では、女系であっても、門家としての血は薄まらない。
したがって、女系が問題にならず、長子相続にも抵抗がない。
この考え方を日本にもちこんだのが、女性・女系天皇である。
だが、ヨーロッパ王室にも、名家以外の王や女王を戴かないという鉄則がある。
イギリス王室が男女平等だから、日本も倣えというのは、日本の伝統を顧みない愚論なのである。
●時間軸のY染色体と空間軸のX染色体
遺伝には、常染色体やX染色体による母系遺伝とY染色体による父性遺伝の二種類がある。
常染色体やX染色体は、対になった染色体が交差して、次世代では、二分の一になる。
子は、母親のXX染色体と父親XY染色体の二分の一をうけつぎ、女の子はXX型、男の子はXY型となる。
常染色体やX染色体の遺伝は、世代を経るたび、二分割されて、十世代には四千分の一になる。
一方、Y染色体の遺伝は、単体なので、染色体交差をおこさず、世代を重ねても、そのままの形で、次世代へとうけつがれる。
男性のY染色体は、父親の系統を数万年さかのぼった祖先のものと同一なのである。
女性は、Y染色体をもっていないため、世代を経るたび、他系統の血とまじりあって、祖先から限りなく遠ざかる。
Y染色体は時間をつらぬき、X染色体は空間に広がってゆく遺伝子なのである。
●万世一系の「歴史的霊性」が天皇の権威
皇室、皇族の男系男子は、神武天皇のY染色体をそのままもっている。
しかし、Y染色体をもたない女系・女子の皇族は、神武天皇の血をうけついでいないだけではなく、皇族以外の男性と結婚した場合、お子は、皇族としての血も半分しかうけつぐことができず、世代を経るごとに、皇族の血も、徐々に薄まってゆく。
女系・女性天皇では、万世一系という歴史の霊性と皇室の伝統をまもることはできない。
女性天皇のお子が天皇となられる女系天皇においては、皇室の血筋が新天皇の父方の系統へ移り、神武天皇以来の万世一系が絶えてしまうからである。
皇統を失うということは、皇室が、日本の神話から切り離されるということにほかならない。
天皇の権威は、神話や神武以来の皇統の正統性にある。
神話と無縁の天皇に、万世一系の歴史的霊性や権威がそなわるであろうか。
女性宮家の創設にまして、旧皇族の男系・男子の皇族への復帰が熱望される所以がそこにある。
男性・男子の万世一系こそが、本来の天皇のすがたであって、世俗的な人気や身分制度、天皇個人の資質にあるのではない。
天皇をまもることこそ、日本の歴史と伝統をまもることなのである。
読売新聞が「宮内庁が女性宮家創設を首相に要請」と報じた11月25日の前日、超党派の国会議員による勉強会で、「皇統継承」について議論された。
講師は、京都大学の市村真一名誉教授で、「皇室典範を改正しなければ宮家が無くなる」というテーマをとおして、新聞報道に先立って、女性宮家創設の必要性を説かれた。
現在、天皇家と皇族は、22人しかおられない。
皇族のうち、女性は15人で、未婚の女性皇族8人だが、結婚後、皇籍から離れるため、残る皇族の人数は、わずか、14人になる。
皇位継承権をもつ男系・男性も、秋篠宮ご夫妻の御長男である五歳の悠仁親王お一人だけである。
宮内庁が、女性宮家の創設を申し入れた背景には、今上天皇の血筋だけでは十全に皇統をたもてないという切羽詰った事情があったのある。
市村先生は、女性宮家の創設に、女系・女性天皇の容認をふくめるお考えである。
女性皇族の皇籍離脱がつづくと、皇室の存続が危うくなるという危機感から、女系・女性天皇の容認をやむなしとされる。
これにたいして、わたしは、異議を申し上げた。
伊吹文明議員と下村博文議員も、女性宮家の創設や旧宮家の皇族復帰、皇室典範の改正は、男系・男子による皇統の継承が前提になるという考えを述べた。
女性宮家の創設は、焦眉の急である。
しかし、それには、天皇・皇族の養子を禁じた皇室典範を改正して、旧皇族男系・男子の皇族復帰という条件が付かなければ、女系・女性天皇容認論へとすりかえられる。
●GHQによる歴史の断絶を修復しなかったツケ
男系・男子による皇統は、数千年にわたって、側室制度と皇族係累によってまもられてきた。
その体制を破壊したのが、昭和22年、GHQの命令によっておこなわれた11宮家の臣籍降下と皇室典範の改定だった。
この改革によって、皇室の財産が没収されるとともに、皇室の維持が、国家予算でまかなわれるようになった。
憲法外にあった皇室典範も、憲法に組みこまれ、このとき、皇族が大挙して皇籍を離れた。
GHQによる皇室の民主化は、皇室の存続を根底から危うくするものだったのである。
皇室典範には、「天皇及び皇族以外の者と婚姻した皇族女子は皇族の身分を離れる」(第12条)および、「天皇及び皇族は養子をすることができない」(第9条)という条項がある。
旧皇室典範でも、皇族の養子はみとめられていなかった。
だが、それは、側室制度があり、宮家の数が多かったからである。
したがって、11宮家の臣籍降下にたいしては、皇室や皇族の養子を禁じた9条の撤回が不可欠だった。
11宮家の臣籍降下によって、お世継ぎが不在になった場合、皇統を継ぐ男系・男子の養子以外に、皇室を維持する方法がないからである。
GHQに、皇室の安泰やお世継ぎ問題への配慮がなかったのは、国体・皇室の維持に否定的だったからである。
昭和27年のサンフランシスコ平和条約締結時に、属国解除の名分で、憲法改正をおこない、皇室典範の位置づけを正して、11宮家の復帰を実現すべきであった。
現在の皇室の危機は、GHQの属国条項を破棄しなかったツケといってよい。
GHQによる歴史の断絶を修復していれば、小泉内閣の皇室典範改悪における伝統の否定という醜態を世界にさらすこともなかったろう。
●名家名門の閨閥にすぎないヨーロッパ王室
有識者会議の吉川弘之議長は、答申をだすにあたって、伝統には配慮を払わなかったとのべた。
会議では、男女平等をうちだしたイギリスの王室に倣うべきと発言した者もいたとつたえられる。
皇室問題は、伝統の継承であって、民主主義などの近代的な観念で語られるべきものではない。
ヨーロッパの王室は、ローマ時代からの権力者の系譜で、女系・女王がみとめられているのは、正統性が、歴史ではなく、ローマ帝国以来の家柄にあるからである。
ヨーロッパの王室は、すべて、ハプスブルグ家やブルボン家など数十系統にのぼる名家名門の閨閥で、万世一系とは、その本質が、水と油ほど異なる。
現在のエリザベス朝は、ドイツ貴族の家柄で、祖先は、ドイツ人である。
それでも、イギリス国王になれるのは、家柄がつながっているからである。
ヨーロッパがEU共同体となったのは、名家名門が、一つのグループとして全ヨーロッパに散っているからである。
名門同士の結婚では、女系であっても、門家としての血は薄まらない。
したがって、女系が問題にならず、長子相続にも抵抗がない。
この考え方を日本にもちこんだのが、女性・女系天皇である。
だが、ヨーロッパ王室にも、名家以外の王や女王を戴かないという鉄則がある。
イギリス王室が男女平等だから、日本も倣えというのは、日本の伝統を顧みない愚論なのである。
●時間軸のY染色体と空間軸のX染色体
遺伝には、常染色体やX染色体による母系遺伝とY染色体による父性遺伝の二種類がある。
常染色体やX染色体は、対になった染色体が交差して、次世代では、二分の一になる。
子は、母親のXX染色体と父親XY染色体の二分の一をうけつぎ、女の子はXX型、男の子はXY型となる。
常染色体やX染色体の遺伝は、世代を経るたび、二分割されて、十世代には四千分の一になる。
一方、Y染色体の遺伝は、単体なので、染色体交差をおこさず、世代を重ねても、そのままの形で、次世代へとうけつがれる。
男性のY染色体は、父親の系統を数万年さかのぼった祖先のものと同一なのである。
女性は、Y染色体をもっていないため、世代を経るたび、他系統の血とまじりあって、祖先から限りなく遠ざかる。
Y染色体は時間をつらぬき、X染色体は空間に広がってゆく遺伝子なのである。
●万世一系の「歴史的霊性」が天皇の権威
皇室、皇族の男系男子は、神武天皇のY染色体をそのままもっている。
しかし、Y染色体をもたない女系・女子の皇族は、神武天皇の血をうけついでいないだけではなく、皇族以外の男性と結婚した場合、お子は、皇族としての血も半分しかうけつぐことができず、世代を経るごとに、皇族の血も、徐々に薄まってゆく。
女系・女性天皇では、万世一系という歴史の霊性と皇室の伝統をまもることはできない。
女性天皇のお子が天皇となられる女系天皇においては、皇室の血筋が新天皇の父方の系統へ移り、神武天皇以来の万世一系が絶えてしまうからである。
皇統を失うということは、皇室が、日本の神話から切り離されるということにほかならない。
天皇の権威は、神話や神武以来の皇統の正統性にある。
神話と無縁の天皇に、万世一系の歴史的霊性や権威がそなわるであろうか。
女性宮家の創設にまして、旧皇族の男系・男子の皇族への復帰が熱望される所以がそこにある。
男性・男子の万世一系こそが、本来の天皇のすがたであって、世俗的な人気や身分制度、天皇個人の資質にあるのではない。
天皇をまもることこそ、日本の歴史と伝統をまもることなのである。
2011年12月01日
女性宮家の創設と万世一系@
●GHQ占領政策がもたらした皇室の危機
読売新聞によると、宮内庁の羽毛田信吾長官が、女性皇族による宮家創設の検討を野田首相にもとめたという。
皇室典範には、女性皇族が一般人と結婚した場合、皇族の身分から離れなければならないとある。
現在、皇室を構成しているのは、天皇と皇族のわずか22人である。
皇族のうち、男性は7人、女性は15人で、未婚の女性が8人おられるが、女性皇族は、結婚されると皇族から離れるため、皇族の人数は、減少の一途をたどらざるをえない。
皇位継承権をもつ男性も、天皇の系統では、秋篠宮ご夫妻の息子である五歳の悠仁親王お一人だけである。
宮内庁が、女性宮家の創設を申し入れたのは、今上天皇の血筋だけでは、皇統をたてもてなくなりかねないという危機感からであろう。
昭和22年、GHQの指令によって、それまで、憲法から分離されていた皇室典範が、日本国憲法に組み込まれた。
同時に、皇室財産の没収と皇室費用の国家管理化(予算化)が定められて、11宮家51名の臣籍降下がおこなわれた。
旧宮家の臣籍降下と皇室典範の改定は、皇室存続に否定的なGHQの命令によるもので、少なくも、昭和27年のサンフランシスコ条約締結時には、敗戦条項の撤廃の名目で、旧宮家の復活と皇族の養子を禁じた新皇室典範の破棄が決議されなければならなかった。
現在の皇室の危機は、敗戦条項を撤廃しなかった怠慢にあったのである。
●「臣籍降下」と「養子禁止」の不整合
日本の皇室の安泰は、側室制度と皇族の層の厚さによってまもられてきた。
明治・大正・昭和の三人の天皇は、側室の子で、万が一、皇后や側室に男子がなかった場合は、他の皇族の男子が皇位を相続できる体制になっていた。
側室制度がなく、皇族が大挙して臣籍降下した現在の状況では、皇統の継承が困難になるのは、当然である。
側室制度が望めない以上、皇統の維持には、旧皇族の復帰か、皇族の養子を容認する以外、手立てがない。
旧皇室典範で、皇族の養子が「得ず」とされたのは、皇位を継承する宮家の数が多く、皇統の断絶という不安がなかったからである。
しかし、旧皇族が、大挙して臣籍降下してしまった現在、皇室典範における養子の禁止条項を撤廃しなければ、かつて、GHQが意図したとおり、皇室の存続が危うくなる。
「臣籍降下」という予想だにできなかった事態の下では、「養子禁止」が、致命的に、皇統の維持を困難にするのである。
皇統をまもるには、皇族の養子を禁止した皇室典範第九条を廃棄する以外にない。
国体の危機に瀕して、GHQの意図を尊重して、皇室典範を金科玉条とするのは、愚の骨頂であろう。
●女性宮家の創設と女系・女性天皇容認は別物
女性宮家の創設は、宮内庁が「火急の案件」と表現したとおり、一刻の猶予もゆるされない。
女性皇族が結婚を機に皇籍を相次いで離脱されれば、女性宮家の創設自体が不可能になるからである。
「天皇及び皇族以外の者と婚姻した皇族女子は皇族の身分を離れる」とされている皇室典範第12条の改正が急務である。
だが、それは、「天皇及び皇族は養子をすることができない」とされている皇室典範第9条を廃棄が前提である。
第12条の条文に「旧皇族」をくわえて、「天皇及び皇族、旧皇族以外」とすれば、臣籍降下した旧皇族との婚姻によって、皇籍離脱の必要はなくなる。
皇室会議を開いて、臣籍降下された11宮家のなかから、男系男子を、天皇家、あるいは、皇族の養子として迎えるという方法もありうる。
女性宮家の創設は、小泉内閣が設置した「皇室典範に関する有識者会議」がまとめた2005年の報告書にも盛り込まれていた。
しかし、同報告書では、皇位の安定的な継承が目的だったはずの女性宮家の創設が、女性天皇・女系天皇への道を開く方策として記載された。
否、女性天皇・女系天皇の実現のために、女性宮家の創設が謳われた。
同報告書は、男女平等という近代的観念を、男系男子による万世一系という伝統に優先させるもので、日本の家族制度の根幹である男系相続までが否定された。
有識者会議による女性宮家の創設案は、万世一系の存続を検討するものではなく、皇室に、男女平等と長子相続を導入させるためのフェニズム運動だったのである。
今回の女性宮家創設にかんする報道でも、女系・女性天皇と同列にとらえる姿勢が少なくなかった。
一方、ネットには、「時代にそぐわないという理由から、女系を容認するのは短絡的」「皇位継承を安定させるため、旧皇族から養子をむかえるべき」「旧皇族を復活させるべき」という意見が多いという。
皇室典範第12条及び第9条の改正に、大多数の国民は、支持を寄せるはずである。
●天皇の権威は「万世一系」という歴史的神性
女性宮家を創設するには、皇室典範を改正しなければならない。
だが、皇室典範の改正を女系・女性天皇へ短絡させると、かえって、皇室の危機につながる。
女系・女性天皇では、万世一系が絶えて、皇室の血筋が、夫方の血筋となるからである。
天皇の尊厳は、神武天皇以来、男系が相続してきた血の権威で、天皇個人や天皇の身分にあるのではない。
歴史的神性を帯びているのは、畢竟、男系・男性によってうけつがれてきた万世一系であって、それが、天皇の本質である。
天皇が女性でもよいということになれば、万世一系が絶えて、天皇個人あるいは天皇という身分しか残らない。
これでは、ヨーロッパ王政とかわるところがない。
イギリスでは、男女平等の観点から、男性優位の王位継承権を改正するうごきがあるという。
ヨーロッパ王政は、征服王の伝統で、神聖ローマ帝国の閨閥であるハプスブルグ家やブルボン家などとの婚姻関係によってつくりあげられた世俗的権力である。
一方、日本の皇室は、世俗的権力から断絶している。
神話時代からの国体そのもので、伝統文化、民族的宗教観にもとづいた権威である。
皇室の危機は、権威の根源たる万世一系の継承が、皇族の皇籍離脱によって困難になっているところにある。
そこが最大の問題点で、女系・女性天皇を容認して、片がつく問題ではない。
女系・女性天皇の容認は、皇室の世俗化で、万世一系の否定となる。
秋篠宮ご夫妻にご長男、悠仁さまが誕生されて、女性・女系天皇を容認する皇室典範改悪案の国会提出が見送られた。
今回、宮内庁が野田内閣に申し入れた女性宮家の創設は、有識者会議のものとは主旨が異なる。
だが、マスコミなどによって、女性・女系天皇の容認という俗説へねじまげられる危険性をはらんでいる。
今後、十分に監視してゆく必要があるだろう。
読売新聞によると、宮内庁の羽毛田信吾長官が、女性皇族による宮家創設の検討を野田首相にもとめたという。
皇室典範には、女性皇族が一般人と結婚した場合、皇族の身分から離れなければならないとある。
現在、皇室を構成しているのは、天皇と皇族のわずか22人である。
皇族のうち、男性は7人、女性は15人で、未婚の女性が8人おられるが、女性皇族は、結婚されると皇族から離れるため、皇族の人数は、減少の一途をたどらざるをえない。
皇位継承権をもつ男性も、天皇の系統では、秋篠宮ご夫妻の息子である五歳の悠仁親王お一人だけである。
宮内庁が、女性宮家の創設を申し入れたのは、今上天皇の血筋だけでは、皇統をたてもてなくなりかねないという危機感からであろう。
昭和22年、GHQの指令によって、それまで、憲法から分離されていた皇室典範が、日本国憲法に組み込まれた。
同時に、皇室財産の没収と皇室費用の国家管理化(予算化)が定められて、11宮家51名の臣籍降下がおこなわれた。
旧宮家の臣籍降下と皇室典範の改定は、皇室存続に否定的なGHQの命令によるもので、少なくも、昭和27年のサンフランシスコ条約締結時には、敗戦条項の撤廃の名目で、旧宮家の復活と皇族の養子を禁じた新皇室典範の破棄が決議されなければならなかった。
現在の皇室の危機は、敗戦条項を撤廃しなかった怠慢にあったのである。
●「臣籍降下」と「養子禁止」の不整合
日本の皇室の安泰は、側室制度と皇族の層の厚さによってまもられてきた。
明治・大正・昭和の三人の天皇は、側室の子で、万が一、皇后や側室に男子がなかった場合は、他の皇族の男子が皇位を相続できる体制になっていた。
側室制度がなく、皇族が大挙して臣籍降下した現在の状況では、皇統の継承が困難になるのは、当然である。
側室制度が望めない以上、皇統の維持には、旧皇族の復帰か、皇族の養子を容認する以外、手立てがない。
旧皇室典範で、皇族の養子が「得ず」とされたのは、皇位を継承する宮家の数が多く、皇統の断絶という不安がなかったからである。
しかし、旧皇族が、大挙して臣籍降下してしまった現在、皇室典範における養子の禁止条項を撤廃しなければ、かつて、GHQが意図したとおり、皇室の存続が危うくなる。
「臣籍降下」という予想だにできなかった事態の下では、「養子禁止」が、致命的に、皇統の維持を困難にするのである。
皇統をまもるには、皇族の養子を禁止した皇室典範第九条を廃棄する以外にない。
国体の危機に瀕して、GHQの意図を尊重して、皇室典範を金科玉条とするのは、愚の骨頂であろう。
●女性宮家の創設と女系・女性天皇容認は別物
女性宮家の創設は、宮内庁が「火急の案件」と表現したとおり、一刻の猶予もゆるされない。
女性皇族が結婚を機に皇籍を相次いで離脱されれば、女性宮家の創設自体が不可能になるからである。
「天皇及び皇族以外の者と婚姻した皇族女子は皇族の身分を離れる」とされている皇室典範第12条の改正が急務である。
だが、それは、「天皇及び皇族は養子をすることができない」とされている皇室典範第9条を廃棄が前提である。
第12条の条文に「旧皇族」をくわえて、「天皇及び皇族、旧皇族以外」とすれば、臣籍降下した旧皇族との婚姻によって、皇籍離脱の必要はなくなる。
皇室会議を開いて、臣籍降下された11宮家のなかから、男系男子を、天皇家、あるいは、皇族の養子として迎えるという方法もありうる。
女性宮家の創設は、小泉内閣が設置した「皇室典範に関する有識者会議」がまとめた2005年の報告書にも盛り込まれていた。
しかし、同報告書では、皇位の安定的な継承が目的だったはずの女性宮家の創設が、女性天皇・女系天皇への道を開く方策として記載された。
否、女性天皇・女系天皇の実現のために、女性宮家の創設が謳われた。
同報告書は、男女平等という近代的観念を、男系男子による万世一系という伝統に優先させるもので、日本の家族制度の根幹である男系相続までが否定された。
有識者会議による女性宮家の創設案は、万世一系の存続を検討するものではなく、皇室に、男女平等と長子相続を導入させるためのフェニズム運動だったのである。
今回の女性宮家創設にかんする報道でも、女系・女性天皇と同列にとらえる姿勢が少なくなかった。
一方、ネットには、「時代にそぐわないという理由から、女系を容認するのは短絡的」「皇位継承を安定させるため、旧皇族から養子をむかえるべき」「旧皇族を復活させるべき」という意見が多いという。
皇室典範第12条及び第9条の改正に、大多数の国民は、支持を寄せるはずである。
●天皇の権威は「万世一系」という歴史的神性
女性宮家を創設するには、皇室典範を改正しなければならない。
だが、皇室典範の改正を女系・女性天皇へ短絡させると、かえって、皇室の危機につながる。
女系・女性天皇では、万世一系が絶えて、皇室の血筋が、夫方の血筋となるからである。
天皇の尊厳は、神武天皇以来、男系が相続してきた血の権威で、天皇個人や天皇の身分にあるのではない。
歴史的神性を帯びているのは、畢竟、男系・男性によってうけつがれてきた万世一系であって、それが、天皇の本質である。
天皇が女性でもよいということになれば、万世一系が絶えて、天皇個人あるいは天皇という身分しか残らない。
これでは、ヨーロッパ王政とかわるところがない。
イギリスでは、男女平等の観点から、男性優位の王位継承権を改正するうごきがあるという。
ヨーロッパ王政は、征服王の伝統で、神聖ローマ帝国の閨閥であるハプスブルグ家やブルボン家などとの婚姻関係によってつくりあげられた世俗的権力である。
一方、日本の皇室は、世俗的権力から断絶している。
神話時代からの国体そのもので、伝統文化、民族的宗教観にもとづいた権威である。
皇室の危機は、権威の根源たる万世一系の継承が、皇族の皇籍離脱によって困難になっているところにある。
そこが最大の問題点で、女系・女性天皇を容認して、片がつく問題ではない。
女系・女性天皇の容認は、皇室の世俗化で、万世一系の否定となる。
秋篠宮ご夫妻にご長男、悠仁さまが誕生されて、女性・女系天皇を容認する皇室典範改悪案の国会提出が見送られた。
今回、宮内庁が野田内閣に申し入れた女性宮家の創設は、有識者会議のものとは主旨が異なる。
だが、マスコミなどによって、女性・女系天皇の容認という俗説へねじまげられる危険性をはらんでいる。
今後、十分に監視してゆく必要があるだろう。
2011年11月22日
国益と経済政策J
●参加の選択肢しかないTPP交渉
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、内部にたいして、開放的で自由主義的だが、外部にたいして、逆に、閉鎖的になる。
それが、ブロック経済の特徴で、WTO(世界貿易機関)体制からの後退という見方もできる。
TPPの賛否は、ブロックのなかにはいるか、外にでるかの選択である。
なかにはいると、自由化の荒波に洗われ、外にでると、関税障壁に孤立化を余儀なくされる。
ブロック経済が、第二次世界大戦の原因になったのは、強国が、高い関税をかけてブロック内への輸入を阻止し、ブロック外へは、自国の通貨を価値切り下げるなどして輸出をふやそうとしたからで、各ブロックの強国が同じ戦略をもちいれば、戦争以外では解決できない深刻な摩擦が生じる。
戦後、ブロック経済の反省からGATT(関税と貿易に関する一般協定)がうまれた。
日本は、GATTやGATTが発展的に解消されたのちのWTO(世界貿易機関)の恩恵にあずかって、経済大国の道を歩んできた。
そのWTOが、01年のドーハ・ラウンドで、暗礁にのりあげた。
農業大国と農産物の輸入国、産業大国と産業製品の輸入国の利害対立が複雑にからみあって、世界規模の同意が得られなくなったところで、二国間、あるいはグループで、FTA(自由貿易協定)、これに、知的財産権や労働移動などの項目をくわえたEPA(経済連携協定)をむすぶ流れが生じた。
その環太平洋版が、アメリカの主導権の下ですすめられているTPPである。
WTOが機能停止になった以上、日本は、TPPに参加せざるをえない。
反対なら、日本は、ブロック経済の外側におしだされて、戦前の日本のように孤立せざるをえないからである。
TPPの反対や賛成は、議論しても、仕方がない。
WTOは消滅、アメリカとの二国間FTAは不可能、EUや中国とのFTAもTPP参入が前提とあって、世界の孤児になるのでなければ、TPP参加の選択肢しかないからである。
●血を流さなければできない農業改革
TPP参加が、やむをえないのであれば、国内体制を整備して、国際競争をつけるしかない。
それが、現実論で、ブロック外で孤立して、高い関税障壁のなかで窒息してよいわけはない。
TPPには、問題点が、二つある。
一つが農業で、二つ目が「内国民待遇」「市場アクセス権」である。
農業が自由化されれば、日本の農業は壊滅的なるという。
農水省は、11・6兆円の損失と雇用340万人(廃業農家)を失うという。
だが、それは、保護政策と補償、補助金漬けになっている現在の農業を放置した場合で、日本の農業は、いずれ、国際競争に耐えうる構造へきりかえなければならない。
かつて、農産物の自由化を謳ったウルグアイ・ラウンド対策に、農業の生産性の向上のため、6兆円が支出された。
だが、日本の農業は、何一つ改善されなかった。
巨大な建物をつくって、日本中に温泉を掘ったが、日本農業の生産性を向上させるシンク・タンクさえつくられず、太ったのは、農協など関連の団体だけだった。
農業改革は、農地解放と同様、革命でもおこすつもりでなければ現実のものとはならない。
昭和22年の「農地所有制度改革」も、GHQの強権がなかったら、うまく運ばなかったろう。
日本は、輸入米に700%の関税をかけ、国内で余剰米がでないように減反をおこなってきた。
だが、米が自由化になっても、日本の旨いコシヒカリが消えて、食卓にタイ米やアメリカ産の陸稲米がのぼるわけではない。
その逆で、関税がなくなったら、日本の旨い米が、世界マーケットにとびだしてゆくだろう。
げんに、中国人の金持ちは、飛行機にのって、和牛と日本の米を食べにやってくる。
小麦や大豆、トウモロコシは、すでに、大半が外国産である。
産業化された大農場と小さな畑を耕す家族農業では、勝負にならない。
米や生鮮野菜、果実のほかは、むしろ、外国産を買い分けて、供給の安定をはかるべきであろう。
●TPPの外圧で日本改造という逆説
農業関係者が、TPPに反対するのは、利権をまもるためである。
日本の農地が外国資本の手に渡るというが、土地は、本国にもって帰るわけにゆかない。
日本の農業に外資がはいって、国際競争力がそなわれば、かえって、日本に有利な状況がうまれる。
日本の資本も参入して、産業化しなければ、日本の農業に未来はない。
TPPに参加による農民補償に、一兆2千億円が必要という試算がある。
たとえそうでも、政府が計上している農家の個別所得補償が8千億円あるので、これを転用すれば、差額は4千億円ですむ。
「内国民待遇」「市場アクセス権」は、対米従属条項で、外資が、不公平な法的扱いや差別をうけた場合、日本は、国内法ではなく、TPP法というべきものに則って、損害補填をおこなわなければならない。
TPPには、24の分野があり、農業や農協共済への資本参入、弁護士や看護士などの活動規制の緩和、政府調達や直接投資での内国民待遇化、労働条件や環境の見直しがふくまれている。
これらの分野でTPP法が適用されると、日本は劇的な構造改革を迫られる。
その前に、日本は、改革をすすめて、国際競争力をつけておくべきだった。
ところが、逆に、日本は、規制と許認可、補助金などの国内制度によって、社会全体を特殊化させてしまった。
その結果、国際競争力を壊滅的に失って、技術以外、売るものがなくなった。
バカ高い人件費のため、どの分野も、海外にはでてゆけず、許認可や規制でまもられている国内だけで、利益をむさぼる。
人件費が高いということは、雇用数が少ないということである。
十人分の人件費が五人に食われるので、残り五人が職を失う。
国際競争力の低下が、国内経済にまで、ダメージをあたえているのである。
このままでは、日本の輸出がますます減って、やがて、10%を切ることになる。
そして、肥満した社会が、海外からの安い労働力や製品に、おしつぶされる。
この危機を救うのは、日本がみずからおこなう構造改革だけである。
だが、それは、望むべくもない。
痛みをともなう改革は、けっして、おこなわれないからである。
日本社会と国際社会の落差が広がれば、TPPに賛成、反対のいかんにかかわらず、利権国家日本は、立ち行きならなくなる。
ならば、TPPをうけいれて、日本を国際競争力に勝てる社会に鍛え上げたほうが、将来的に、光明が見えてくる。
TPPを語るには、その逆説を読みきる度量が必要だろう。
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)は、内部にたいして、開放的で自由主義的だが、外部にたいして、逆に、閉鎖的になる。
それが、ブロック経済の特徴で、WTO(世界貿易機関)体制からの後退という見方もできる。
TPPの賛否は、ブロックのなかにはいるか、外にでるかの選択である。
なかにはいると、自由化の荒波に洗われ、外にでると、関税障壁に孤立化を余儀なくされる。
ブロック経済が、第二次世界大戦の原因になったのは、強国が、高い関税をかけてブロック内への輸入を阻止し、ブロック外へは、自国の通貨を価値切り下げるなどして輸出をふやそうとしたからで、各ブロックの強国が同じ戦略をもちいれば、戦争以外では解決できない深刻な摩擦が生じる。
戦後、ブロック経済の反省からGATT(関税と貿易に関する一般協定)がうまれた。
日本は、GATTやGATTが発展的に解消されたのちのWTO(世界貿易機関)の恩恵にあずかって、経済大国の道を歩んできた。
そのWTOが、01年のドーハ・ラウンドで、暗礁にのりあげた。
農業大国と農産物の輸入国、産業大国と産業製品の輸入国の利害対立が複雑にからみあって、世界規模の同意が得られなくなったところで、二国間、あるいはグループで、FTA(自由貿易協定)、これに、知的財産権や労働移動などの項目をくわえたEPA(経済連携協定)をむすぶ流れが生じた。
その環太平洋版が、アメリカの主導権の下ですすめられているTPPである。
WTOが機能停止になった以上、日本は、TPPに参加せざるをえない。
反対なら、日本は、ブロック経済の外側におしだされて、戦前の日本のように孤立せざるをえないからである。
TPPの反対や賛成は、議論しても、仕方がない。
WTOは消滅、アメリカとの二国間FTAは不可能、EUや中国とのFTAもTPP参入が前提とあって、世界の孤児になるのでなければ、TPP参加の選択肢しかないからである。
●血を流さなければできない農業改革
TPP参加が、やむをえないのであれば、国内体制を整備して、国際競争をつけるしかない。
それが、現実論で、ブロック外で孤立して、高い関税障壁のなかで窒息してよいわけはない。
TPPには、問題点が、二つある。
一つが農業で、二つ目が「内国民待遇」「市場アクセス権」である。
農業が自由化されれば、日本の農業は壊滅的なるという。
農水省は、11・6兆円の損失と雇用340万人(廃業農家)を失うという。
だが、それは、保護政策と補償、補助金漬けになっている現在の農業を放置した場合で、日本の農業は、いずれ、国際競争に耐えうる構造へきりかえなければならない。
かつて、農産物の自由化を謳ったウルグアイ・ラウンド対策に、農業の生産性の向上のため、6兆円が支出された。
だが、日本の農業は、何一つ改善されなかった。
巨大な建物をつくって、日本中に温泉を掘ったが、日本農業の生産性を向上させるシンク・タンクさえつくられず、太ったのは、農協など関連の団体だけだった。
農業改革は、農地解放と同様、革命でもおこすつもりでなければ現実のものとはならない。
昭和22年の「農地所有制度改革」も、GHQの強権がなかったら、うまく運ばなかったろう。
日本は、輸入米に700%の関税をかけ、国内で余剰米がでないように減反をおこなってきた。
だが、米が自由化になっても、日本の旨いコシヒカリが消えて、食卓にタイ米やアメリカ産の陸稲米がのぼるわけではない。
その逆で、関税がなくなったら、日本の旨い米が、世界マーケットにとびだしてゆくだろう。
げんに、中国人の金持ちは、飛行機にのって、和牛と日本の米を食べにやってくる。
小麦や大豆、トウモロコシは、すでに、大半が外国産である。
産業化された大農場と小さな畑を耕す家族農業では、勝負にならない。
米や生鮮野菜、果実のほかは、むしろ、外国産を買い分けて、供給の安定をはかるべきであろう。
●TPPの外圧で日本改造という逆説
農業関係者が、TPPに反対するのは、利権をまもるためである。
日本の農地が外国資本の手に渡るというが、土地は、本国にもって帰るわけにゆかない。
日本の農業に外資がはいって、国際競争力がそなわれば、かえって、日本に有利な状況がうまれる。
日本の資本も参入して、産業化しなければ、日本の農業に未来はない。
TPPに参加による農民補償に、一兆2千億円が必要という試算がある。
たとえそうでも、政府が計上している農家の個別所得補償が8千億円あるので、これを転用すれば、差額は4千億円ですむ。
「内国民待遇」「市場アクセス権」は、対米従属条項で、外資が、不公平な法的扱いや差別をうけた場合、日本は、国内法ではなく、TPP法というべきものに則って、損害補填をおこなわなければならない。
TPPには、24の分野があり、農業や農協共済への資本参入、弁護士や看護士などの活動規制の緩和、政府調達や直接投資での内国民待遇化、労働条件や環境の見直しがふくまれている。
これらの分野でTPP法が適用されると、日本は劇的な構造改革を迫られる。
その前に、日本は、改革をすすめて、国際競争力をつけておくべきだった。
ところが、逆に、日本は、規制と許認可、補助金などの国内制度によって、社会全体を特殊化させてしまった。
その結果、国際競争力を壊滅的に失って、技術以外、売るものがなくなった。
バカ高い人件費のため、どの分野も、海外にはでてゆけず、許認可や規制でまもられている国内だけで、利益をむさぼる。
人件費が高いということは、雇用数が少ないということである。
十人分の人件費が五人に食われるので、残り五人が職を失う。
国際競争力の低下が、国内経済にまで、ダメージをあたえているのである。
このままでは、日本の輸出がますます減って、やがて、10%を切ることになる。
そして、肥満した社会が、海外からの安い労働力や製品に、おしつぶされる。
この危機を救うのは、日本がみずからおこなう構造改革だけである。
だが、それは、望むべくもない。
痛みをともなう改革は、けっして、おこなわれないからである。
日本社会と国際社会の落差が広がれば、TPPに賛成、反対のいかんにかかわらず、利権国家日本は、立ち行きならなくなる。
ならば、TPPをうけいれて、日本を国際競争力に勝てる社会に鍛え上げたほうが、将来的に、光明が見えてくる。
TPPを語るには、その逆説を読みきる度量が必要だろう。
2011年11月16日
国益と経済政策I
●TPPは第二の「ハルノート」「プラザ合意」か
論議を尽くさぬまま、何の説明もおこなわないまま、野田首相がAPECで、TPPの交渉参加を表明した。
これが、日本の悪い癖で、戦前の「ハルノート」は秘密交渉で、1985年の「プラザ合意」は抜き打ちだった。
外国との交渉事は、内容を明瞭な形で公開し、政府見解を明らかにし、広く議論を尽くさなければ、結果が、凶とでる。
議論を尽くせば、欠陥が明るみにでるだろうし、対策に万全を期すこともできる。
TPPにかんしていえば、農業や金融・労働・サービスなど、規制や補助金などで甘やかされている分野がダメージをうける。
つまり、日本の高コスト構造が、自由化の大波にさらされる。
であれば、構造改革をおこなって、国際化に対応しなければならない。
だが、何の説明もおこなわず、APECで、交渉参加を表明した野田首相のやりかたでは、TPP参加後、日本は、どのような対応策をとるべきか、皆目、見当がつかず、構造改革の機運もうまれない。
反対か賛成かという次元をとびこえて、国際化の試練に耐えうる国づくりをするのが、政府の仕事で、それには、まず、十分な説明をおこない、議論を喚起しなければならない。
ハルノートも、秘密交渉でなかったら、あれほど酷い内容になっていなかったであろうし、支那からでていけという要求を呑んだところで、日本に、それほど大きなダメージはなかった。
むしろ、支那の日本軍を満州に移して、旧ソ連の南下を防いだほうが、大陸の消耗戦で国力を減じるよりも、すぐれた戦略だったであろう。
満州は、孫文の辛亥革命で支那を追われた清朝の皇帝・溥儀が建国した国で、日本軍がここに移動しても、他国は文句をいえず、ハルノートも、満州や朝鮮半島からでていけとはいっていない。
だが、日本は、中国から撤退するという選択肢をとらずに、経済封鎖をまねき、ヒステリーをおこして、戦争に突入していった。
TPPは、現代のハルノートやプラザ合意である。
広く議論を尽くせば、解決策がえられるどころか、よい結果も期待できるというのに、内容をひた隠しにして、議論を封じた。。
そして、その結果、日本は、パールハーバーから原爆と敗戦、バブル経済からバブル崩壊という悲劇をまねいた。
●悲劇を招いたのは外圧ではなく内政の失敗
プラザ合意によって、バブル経済がおき、日本経済が破壊されたというひとがいる。
だが、バブル経済は、過剰流動性という特殊な環境下で、日銀が超低金利という反対の政策をとったからで、バブルが崩壊したのは、総量規制にくわえて、金利を上げるというハードランディングを選択したからである。
ハルノートは一部の軍人、プラザ合意は一部の金融官僚が裁量権を独占して、悲劇をまねいた。
わたしは、TPPに反対でも賛成でもない。
だが、FTA(自由貿易協定)、これに知的財産権や金融・労働移動などの項目をくわえたEPA(経済連携協定)を軸としたブロック経済化は、世界の現実で、これに抗うと、戦前の日本のように、世界化から孤立する。
日本のFTA比率は、先進諸国のなかで最低である。
主要国のFTA比率は以下のとおり。
メキシコ93・5% 独72・8% 仏72・5% シンガポール69・6% 英64・2% 米45・5% 中24・2% 日15・6
それまで、日本と並んで、FTA比率が低かった韓国も、米・EUとFTAをむすんで40・2%へはねあがった。
ブロック経済化がすすむ国際情勢のなかで、日本は、孤児になりつつあるのである。
日本は、そう遠くない将来、EUや中・韓とFTAをむすぶことになるだろう。
ところが、アメリカには、日本と個別的にFTAをむすぶ意思はない。
そうなると、日本は、同盟国であるアメリカと通商上の非同盟関係となって、日米安保条約との整合性が崩れる。
アメリカが熱烈に日本の参加をもとめているTPPは、事実上の日米EPAであり、これを拒絶すれば、日米関係にヒビがはいる。
反米なら、それでいいが、日本が、アメリカと手をむすばずに、中国やEU、ロシアと渡り合えると思うのは、幻想である。
ブロック経済化は、ロシアや南ア、ブラジルなどでもすすんでいる。
いずれ、日本は、EUをはじめ、各ブロックと経済協力をすすめなければならない。
その一歩が、TPPで、そこから、世界的FTA戦略の展望がひらける。
げんに、EUは、TPPへの交渉参加を表明した日本とのFTA交渉にうごきだしたとの情報もある。
●既得権をまもるために硬直しはじめた日本経済
日本が、これまで、FTAに及び腰だったのは、補助金や規制でガードされている農業や既得権層をまもるためである。
日本が、高コスト構造から脱却できない最大の理由がそこにある。
業界保護の名目で、既得権が大手をふる一方、日本の国際競争力は、ガタ落ちとなった。
世界一の技術をもつ土木建築が、世界に飛躍できないのは、業界価格がバカ高いからである。
日本は、輸出大国と思っているひとが少なくないが、現在、日本は、先進国中、アメリカと並んで、もっとも輸出の少ない国になっている。
ちなみに、主要国の輸出の対GDP比は以下のとおり。
米7・5% 日11・5% 英16・4% 仏17・9% 伊19・2% インドネシア22・2% 加23・5% 中24・1% 独33・6% 韓43・4%
アメリカの輸出が少ないのは、産業の75%が金融・サービスという、つくらざる経済に陥っているだからだが、日本の場合は、高コストが最大の原因である。
規制や許認可のもとで、ぬくぬくと利益をあげている企業に、国際競争力がそなわるわけはない。
日本企業がためこんだ200兆円以上の内部留保は、リストラと高コスト構造の恩恵で、その分、国際競争力が低下しているということなのである。
TPPへの参加やEU、その他のブロックとのFTAによって、日本の高コスト構造が最大のネックとなる。
現在のままなら、農業や金融・労働・サービスばかりか、日本経済は、丸ごと国際化の大波の前に沈没しかねない。
国会議員の大半が、TPP反対するのは、規制や行政にガードされた既得権者をまもらなければ、選挙に勝てないからである。
だが、国際化は、避けてとおることができない道である。
であれば、日本は、高コスト構造を改善して、国際化にそなえなければならない。
それができたら、製造業は、日本の得意分野なので、TPPも大国との二国間FTAも恐れるに足らない。
これまで、TPPにたいして、十分な議論がなされてこなかった。
そして、賛成か反対かという感情論ばかりが先行してきた。
その意味で、わたしは、TPPは、現代のハルノート、第二のプラザ合意といったのである。
次回以降、TPPの利点、懸案の対米従属条項、「内国民待遇」「市場アクセス権」などを検討し、さらに日本経済の国際化という視点に立って、私論をのべよう。
論議を尽くさぬまま、何の説明もおこなわないまま、野田首相がAPECで、TPPの交渉参加を表明した。
これが、日本の悪い癖で、戦前の「ハルノート」は秘密交渉で、1985年の「プラザ合意」は抜き打ちだった。
外国との交渉事は、内容を明瞭な形で公開し、政府見解を明らかにし、広く議論を尽くさなければ、結果が、凶とでる。
議論を尽くせば、欠陥が明るみにでるだろうし、対策に万全を期すこともできる。
TPPにかんしていえば、農業や金融・労働・サービスなど、規制や補助金などで甘やかされている分野がダメージをうける。
つまり、日本の高コスト構造が、自由化の大波にさらされる。
であれば、構造改革をおこなって、国際化に対応しなければならない。
だが、何の説明もおこなわず、APECで、交渉参加を表明した野田首相のやりかたでは、TPP参加後、日本は、どのような対応策をとるべきか、皆目、見当がつかず、構造改革の機運もうまれない。
反対か賛成かという次元をとびこえて、国際化の試練に耐えうる国づくりをするのが、政府の仕事で、それには、まず、十分な説明をおこない、議論を喚起しなければならない。
ハルノートも、秘密交渉でなかったら、あれほど酷い内容になっていなかったであろうし、支那からでていけという要求を呑んだところで、日本に、それほど大きなダメージはなかった。
むしろ、支那の日本軍を満州に移して、旧ソ連の南下を防いだほうが、大陸の消耗戦で国力を減じるよりも、すぐれた戦略だったであろう。
満州は、孫文の辛亥革命で支那を追われた清朝の皇帝・溥儀が建国した国で、日本軍がここに移動しても、他国は文句をいえず、ハルノートも、満州や朝鮮半島からでていけとはいっていない。
だが、日本は、中国から撤退するという選択肢をとらずに、経済封鎖をまねき、ヒステリーをおこして、戦争に突入していった。
TPPは、現代のハルノートやプラザ合意である。
広く議論を尽くせば、解決策がえられるどころか、よい結果も期待できるというのに、内容をひた隠しにして、議論を封じた。。
そして、その結果、日本は、パールハーバーから原爆と敗戦、バブル経済からバブル崩壊という悲劇をまねいた。
●悲劇を招いたのは外圧ではなく内政の失敗
プラザ合意によって、バブル経済がおき、日本経済が破壊されたというひとがいる。
だが、バブル経済は、過剰流動性という特殊な環境下で、日銀が超低金利という反対の政策をとったからで、バブルが崩壊したのは、総量規制にくわえて、金利を上げるというハードランディングを選択したからである。
ハルノートは一部の軍人、プラザ合意は一部の金融官僚が裁量権を独占して、悲劇をまねいた。
わたしは、TPPに反対でも賛成でもない。
だが、FTA(自由貿易協定)、これに知的財産権や金融・労働移動などの項目をくわえたEPA(経済連携協定)を軸としたブロック経済化は、世界の現実で、これに抗うと、戦前の日本のように、世界化から孤立する。
日本のFTA比率は、先進諸国のなかで最低である。
主要国のFTA比率は以下のとおり。
メキシコ93・5% 独72・8% 仏72・5% シンガポール69・6% 英64・2% 米45・5% 中24・2% 日15・6
それまで、日本と並んで、FTA比率が低かった韓国も、米・EUとFTAをむすんで40・2%へはねあがった。
ブロック経済化がすすむ国際情勢のなかで、日本は、孤児になりつつあるのである。
日本は、そう遠くない将来、EUや中・韓とFTAをむすぶことになるだろう。
ところが、アメリカには、日本と個別的にFTAをむすぶ意思はない。
そうなると、日本は、同盟国であるアメリカと通商上の非同盟関係となって、日米安保条約との整合性が崩れる。
アメリカが熱烈に日本の参加をもとめているTPPは、事実上の日米EPAであり、これを拒絶すれば、日米関係にヒビがはいる。
反米なら、それでいいが、日本が、アメリカと手をむすばずに、中国やEU、ロシアと渡り合えると思うのは、幻想である。
ブロック経済化は、ロシアや南ア、ブラジルなどでもすすんでいる。
いずれ、日本は、EUをはじめ、各ブロックと経済協力をすすめなければならない。
その一歩が、TPPで、そこから、世界的FTA戦略の展望がひらける。
げんに、EUは、TPPへの交渉参加を表明した日本とのFTA交渉にうごきだしたとの情報もある。
●既得権をまもるために硬直しはじめた日本経済
日本が、これまで、FTAに及び腰だったのは、補助金や規制でガードされている農業や既得権層をまもるためである。
日本が、高コスト構造から脱却できない最大の理由がそこにある。
業界保護の名目で、既得権が大手をふる一方、日本の国際競争力は、ガタ落ちとなった。
世界一の技術をもつ土木建築が、世界に飛躍できないのは、業界価格がバカ高いからである。
日本は、輸出大国と思っているひとが少なくないが、現在、日本は、先進国中、アメリカと並んで、もっとも輸出の少ない国になっている。
ちなみに、主要国の輸出の対GDP比は以下のとおり。
米7・5% 日11・5% 英16・4% 仏17・9% 伊19・2% インドネシア22・2% 加23・5% 中24・1% 独33・6% 韓43・4%
アメリカの輸出が少ないのは、産業の75%が金融・サービスという、つくらざる経済に陥っているだからだが、日本の場合は、高コストが最大の原因である。
規制や許認可のもとで、ぬくぬくと利益をあげている企業に、国際競争力がそなわるわけはない。
日本企業がためこんだ200兆円以上の内部留保は、リストラと高コスト構造の恩恵で、その分、国際競争力が低下しているということなのである。
TPPへの参加やEU、その他のブロックとのFTAによって、日本の高コスト構造が最大のネックとなる。
現在のままなら、農業や金融・労働・サービスばかりか、日本経済は、丸ごと国際化の大波の前に沈没しかねない。
国会議員の大半が、TPP反対するのは、規制や行政にガードされた既得権者をまもらなければ、選挙に勝てないからである。
だが、国際化は、避けてとおることができない道である。
であれば、日本は、高コスト構造を改善して、国際化にそなえなければならない。
それができたら、製造業は、日本の得意分野なので、TPPも大国との二国間FTAも恐れるに足らない。
これまで、TPPにたいして、十分な議論がなされてこなかった。
そして、賛成か反対かという感情論ばかりが先行してきた。
その意味で、わたしは、TPPは、現代のハルノート、第二のプラザ合意といったのである。
次回以降、TPPの利点、懸案の対米従属条項、「内国民待遇」「市場アクセス権」などを検討し、さらに日本経済の国際化という視点に立って、私論をのべよう。
2011年11月07日
国益と経済政策H
●「増税」より税収が上がる「景気対策」
村上正邦事務所で開かれた経済勉強会で、植草一秀講師の話をうかがった。
わたしの関心は、テーマの一つ、TPPにあったが、その前に、いくつか、日本経済の浮上を示唆する指摘があった。
日本の財政赤字は、894兆円だが、このうち、201兆円が地方自治体債務、251兆円が建設国債で、この二つは、償還にまったく問題が生じないという。
問題なのは、赤字国債391兆円だが、政府は、帳簿上で、694兆円の資産を保有している。
政府は、復興対策の財源を増税でまかなう方針だが、植草氏は、これを批判する。
短兵急に増税をおこなえば、経済が停滞して、増税分以上に、一般税収が落ち込んで、虻蜂取らずになる。
トータルで、税収がマイナスになるどころか、経済が縮小した分、実質的に、逆効果になるというのである。
これは、かねてから、わたしが本ブログでも主張してきたことで、植草氏が示されたデータによると、2003年から2007年の四年間で、経済成長が微々たるものだったにもかかわらず、年間税収が7兆円も増加している。
クリントン政権も、1993年から2000年の8年間、経済振興政策をとって、年間30兆円の財政赤字を年間20兆円の財政黒字に転換させている。
増税路線ではなく、成長路線を選択すれば、消費税アップをはるかにしのぐ税収をえることができる証左である。
増税で、経済を好転させたケースはほとんどない。
だが、野田首相は、増税以外、頭にない。
増税もTPPも、はじめに結論ありきが野田政治で、熟考しているふりをして、時間が熟するのを待っているだけである。
●世界で高まる「日本再評価」論
日本は、15兆円の震災復興対策が実行に移されるこの二年間、好況にむかう可能性があるという。
欧州の政府債務危機をはじめ、世界経済が落ち着きをとりもどせば、大幅な割安水準にある株価が反発して、日本経済を牽引してゆくという観測である。
もともと、日本経済には、他国が抱える欠陥や悪材料が少ない。
そのせいか、最近、世界で、「日本再評価」論が高まっている。
大震災に見舞われても、びくともしない日本経済のつよさを学ぼうというのである。
日本経済の弱点は、外圧、とくにアメリカの圧力に弱いことで、バブル経済からバブル崩壊、巨額財政赤字も、アメリカの言いなりになってきたしっぺ返しで、アメリカの横槍がはいらなければ、日本は、とうに、アジアで、円経済圏を形成していたろう。
アメリカの言いなりの最新版が、TPPで、わたしが、この日、植草氏の勉強会に参加したのは、氏のTPPにたいする見解を聞くためでもあった。
植草氏は、むろん、TPP参加には反対である。
日本の関税率は、国際的に見て、十分に低く、市場もひらかれており、さらに関税率を引き下げるTPPに参加しなければならない理由はないという。
氏は、TPPのデ・メリットを三つあげる。
第一は、例外のない関税即時撤廃という原理主義に貫かれていること。
第二は、医療、金融、政府調達など24分野にわたる制度変更、規制改革がふくまれていること。
第三は、紛争解決の場が国外に設定される可能性があり、この場合、治外法権が生じる可能性があること――である。
●TPPにある「対米従属条項」
TPPは、日本が参加した場合、日米のGDPが全体の90%を占めることからもわかるとおり、実質的には、日米二国間の自由貿易協定となる。
アメリカが、執拗に、日本に参入をもとめるのは、CAFTA(中国+アセアン)に対抗しうるブロック経済を形成しようという腹づもりもあるだろうが、究極的には、日本のとりこみと思われる。
日本は、民主党政権以前、日米構造協議の延長線上にある「年次改革要望書」によって、事実上の内政干渉をうけ、同要望書には、郵政民営化が明文化されてもいた。
わたしは、TPPに、対米従属条項がはいっていることに、危惧を抱いている。
TPPは、年次要望書を格上げした対日要望で、一種の不平等条約といってさしつかえない。
TPPのネックは、じつは、例外のない関税即時撤廃より、むしろ、24分野における制度変更要求にある。
しかも、違反すると、国外で裁かれる可能性が生じる。
これは、主権の危機で、TPPに参加すると、日本は、アメリカの属国になりかねない。
WTO(世界貿易機関)では、国内法が優先され、関税撤廃も、原理主義に立ってはいない。
日本が、最大の恩恵をうけてきたWTO体制を捨てて、TPP体制にとびつかなければならない理由は、みあたらない。
●TPPは第二の「プラザ合意」
アメリカは、イラクが大量破壊兵器を密造しているとして、戦争を仕掛け、フセイン大統領を捕らえ、間接的な方法で、死刑にした。
それが、アメリカのやり方で、他国の主権など眼中にない。
勉強会の締めくくりは、植草講師、村上正邦先生、わたしの三者の討論となった。
三者の結論は、アメリカが、日本の利益のために、TPP参加をもとめるはずはなく、アメリカがもとめるということは、とりもなおさず、日本に不利益という一点であった。
おそらく、野田首相は、民主党、唯一の取り柄だった対米独立のポリシーを捨てて、TPP参加をきめるだろう。
思いうかぶのが、プラザ合意をむすんだ竹下登である。
ともに、気配りだけで首相になった人物で、対米従属のとりきめも、自身の保身につながれば是という、田舎政治家である。
竹下のプラザ合意を見て、経済通の宮沢喜一は「シロートはこわいね」とつぶやいた。
現在、野田のTPPに苦言を呈する政治家は、一人もいない。
1989年のプラザ合意は、バブル崩壊を挟んで、20年の禍根を残した。
TPPによる対米従属の不平等条約によって、日本は、今後、何十年も、アメリカに頭が上がらなくなってしまうのである。
村上正邦事務所で開かれた経済勉強会で、植草一秀講師の話をうかがった。
わたしの関心は、テーマの一つ、TPPにあったが、その前に、いくつか、日本経済の浮上を示唆する指摘があった。
日本の財政赤字は、894兆円だが、このうち、201兆円が地方自治体債務、251兆円が建設国債で、この二つは、償還にまったく問題が生じないという。
問題なのは、赤字国債391兆円だが、政府は、帳簿上で、694兆円の資産を保有している。
政府は、復興対策の財源を増税でまかなう方針だが、植草氏は、これを批判する。
短兵急に増税をおこなえば、経済が停滞して、増税分以上に、一般税収が落ち込んで、虻蜂取らずになる。
トータルで、税収がマイナスになるどころか、経済が縮小した分、実質的に、逆効果になるというのである。
これは、かねてから、わたしが本ブログでも主張してきたことで、植草氏が示されたデータによると、2003年から2007年の四年間で、経済成長が微々たるものだったにもかかわらず、年間税収が7兆円も増加している。
クリントン政権も、1993年から2000年の8年間、経済振興政策をとって、年間30兆円の財政赤字を年間20兆円の財政黒字に転換させている。
増税路線ではなく、成長路線を選択すれば、消費税アップをはるかにしのぐ税収をえることができる証左である。
増税で、経済を好転させたケースはほとんどない。
だが、野田首相は、増税以外、頭にない。
増税もTPPも、はじめに結論ありきが野田政治で、熟考しているふりをして、時間が熟するのを待っているだけである。
●世界で高まる「日本再評価」論
日本は、15兆円の震災復興対策が実行に移されるこの二年間、好況にむかう可能性があるという。
欧州の政府債務危機をはじめ、世界経済が落ち着きをとりもどせば、大幅な割安水準にある株価が反発して、日本経済を牽引してゆくという観測である。
もともと、日本経済には、他国が抱える欠陥や悪材料が少ない。
そのせいか、最近、世界で、「日本再評価」論が高まっている。
大震災に見舞われても、びくともしない日本経済のつよさを学ぼうというのである。
日本経済の弱点は、外圧、とくにアメリカの圧力に弱いことで、バブル経済からバブル崩壊、巨額財政赤字も、アメリカの言いなりになってきたしっぺ返しで、アメリカの横槍がはいらなければ、日本は、とうに、アジアで、円経済圏を形成していたろう。
アメリカの言いなりの最新版が、TPPで、わたしが、この日、植草氏の勉強会に参加したのは、氏のTPPにたいする見解を聞くためでもあった。
植草氏は、むろん、TPP参加には反対である。
日本の関税率は、国際的に見て、十分に低く、市場もひらかれており、さらに関税率を引き下げるTPPに参加しなければならない理由はないという。
氏は、TPPのデ・メリットを三つあげる。
第一は、例外のない関税即時撤廃という原理主義に貫かれていること。
第二は、医療、金融、政府調達など24分野にわたる制度変更、規制改革がふくまれていること。
第三は、紛争解決の場が国外に設定される可能性があり、この場合、治外法権が生じる可能性があること――である。
●TPPにある「対米従属条項」
TPPは、日本が参加した場合、日米のGDPが全体の90%を占めることからもわかるとおり、実質的には、日米二国間の自由貿易協定となる。
アメリカが、執拗に、日本に参入をもとめるのは、CAFTA(中国+アセアン)に対抗しうるブロック経済を形成しようという腹づもりもあるだろうが、究極的には、日本のとりこみと思われる。
日本は、民主党政権以前、日米構造協議の延長線上にある「年次改革要望書」によって、事実上の内政干渉をうけ、同要望書には、郵政民営化が明文化されてもいた。
わたしは、TPPに、対米従属条項がはいっていることに、危惧を抱いている。
TPPは、年次要望書を格上げした対日要望で、一種の不平等条約といってさしつかえない。
TPPのネックは、じつは、例外のない関税即時撤廃より、むしろ、24分野における制度変更要求にある。
しかも、違反すると、国外で裁かれる可能性が生じる。
これは、主権の危機で、TPPに参加すると、日本は、アメリカの属国になりかねない。
WTO(世界貿易機関)では、国内法が優先され、関税撤廃も、原理主義に立ってはいない。
日本が、最大の恩恵をうけてきたWTO体制を捨てて、TPP体制にとびつかなければならない理由は、みあたらない。
●TPPは第二の「プラザ合意」
アメリカは、イラクが大量破壊兵器を密造しているとして、戦争を仕掛け、フセイン大統領を捕らえ、間接的な方法で、死刑にした。
それが、アメリカのやり方で、他国の主権など眼中にない。
勉強会の締めくくりは、植草講師、村上正邦先生、わたしの三者の討論となった。
三者の結論は、アメリカが、日本の利益のために、TPP参加をもとめるはずはなく、アメリカがもとめるということは、とりもなおさず、日本に不利益という一点であった。
おそらく、野田首相は、民主党、唯一の取り柄だった対米独立のポリシーを捨てて、TPP参加をきめるだろう。
思いうかぶのが、プラザ合意をむすんだ竹下登である。
ともに、気配りだけで首相になった人物で、対米従属のとりきめも、自身の保身につながれば是という、田舎政治家である。
竹下のプラザ合意を見て、経済通の宮沢喜一は「シロートはこわいね」とつぶやいた。
現在、野田のTPPに苦言を呈する政治家は、一人もいない。
1989年のプラザ合意は、バブル崩壊を挟んで、20年の禍根を残した。
TPPによる対米従属の不平等条約によって、日本は、今後、何十年も、アメリカに頭が上がらなくなってしまうのである。



