2016年03月28日

 日本文明としての神道と天皇A

 ●日本は天皇を最高神官とする祭祀国家
 神道には、開祖も宗祖も、教義も経典もない。
 天国も浄土もなく、拝むべき偶像もない。
 祈願や救済がなく、神の代理人たる大司教や修行をつんだ大僧正もいない。
 にもかかわらず、日本には、お寺を上回る8万(未登録をふくめて10万)の神社が存在し、日本人の三分の二が初詣へでかける。
 日本人が、無神論といわれるのは、一神教のような偶像崇拝がなく、宗教的行為が日常化されているため、信仰を認識することも自覚することもできないからである。
 日本人ほど宗教体験がふるまいにあらわれている民族は他に例がない。
 日本人の礼儀や義理、親切や善意、清潔は、神道祭祀の影響で、キリスト者の愛や仏教徒の悟り(成仏)と同様、根源にあるのは宗教感覚である。
 キリストの愛も仏教の悟りも、絵に描いた餅で、実際には存在しない。
 ところが、日本人の精神性は、画餅でも空想でもなく、現実のものである。
 世界でいちばん敬虔な民族は、無神論といわれる日本人だったのである。

 日本および日本人の根底にあるのが神道で、天皇は、社格や神号をあたえる神社神道の最高神官でもあった。
 東照大権現(徳川家康)や豊国大明神(豊臣秀吉)は天皇から賜った神号で、住吉大明神や伊勢大明神、春日大明神は、天皇によって授けられた位階(社格)である。
 8万以上ある日本の神社は、稲荷神社(祭神/宇迦之御魂神)、八幡神社(祭神/応神天皇)、天神神社(祭神/菅原道真)、諏訪神社(祭神/建御名方神)、神明神社(祭神/天照大神/伊勢神宮内宮)、熊野神社(祭神/素戔嗚尊)、春日神社(祭神/天児屋根命、武甕槌命、経津主命、比売神)、八坂神社(祭神/素戔嗚尊命)、白山神社(祭神/イザナギ、イザナミ、白山比盗_)、住吉神社(祭神/住吉三神)、山王神社(祭神/大山咋神、大物主神、大国主神)、金毘羅神社(祭神/大物主神)などの勧請型神社で大半を占めるが、すべて、朝廷における社格制度のもとにおかれていた。
 古代律令制は、神祇官と八省を束ねる太政官による二官八省制だが、全国の神社を束ねる神祇官は、太政官をしのぐ諸官の最上位とされた。
 日本は、律令制で全国を統一した祭祀国家だったのである。

 一神教(啓示宗教)では、救済者としての絶対神が、信仰をつうじて人々を来世(天国)へ誘う。
 その前提にあるのが、この世を苦悩と汚濁の穢土とする世界観である。
 人々は、神の愛や仏の慈悲に救済されるが、それも、死んだ後のことである。
 しかも、信仰が不十分なら、死後、地獄で永遠に苦しまなければならない。
 キリスト教が、中世、王にまさる権力を握ったのは、人民の精神を搾取したからで、王権神授説によって、唯一神は、絶対王権の後ろ盾にもなった。
 日本人を無神論というのは、一神教の宗教観に立ってのことである。
 だが、日本人の信仰心は、唯一神信仰よりもはるかに大きな宗教観に立っている。

 神道では、この世は、仏教でいう穢土ではなく、浄土である。
 日本の国土は、イザナギとイザナミという二柱の神によってつくられたからである。
 神がつくった国が苦悩と汚濁の地であるわけはない。
 国産み神話は、後に、神産み神話へとひきつがれる。
 伊勢神道では、内宮祭神の天照大神(イザナギとイザナミの子)と外宮祭神の豊受大神(最初にあらわれた天之御中主神や国常立尊の別名)とのあいだで幽契(かくれたるちぎり)がむすばれて、国の形がきまったとされる。
 幽契の内容は、この世を高天原のような理想郷にするというもので、現在を神代の延長としてとらえたのが中今≠ニいう神道特有の思想である。
 神道においては、地上は、神の愛や仏の慈悲にすがらなければならないような穢土でも苦悩の地でもなかったのである。

 キリスト教でも、創造主は、この世を理想の地としてつくったはずである。
 その地が穢れたのは、人間が罪を犯したからというのが、キリスト教の原罪で、そこから、神に許しを乞うという信仰構造と神に選ばれた者だけが天国へいけるという救済思想がうまれた。
 そこに神道との決定的ちがいがある。
 キリスト教は、禁断の実を食べたアダムとイブがエデンの園から追放される寓話や堕落した人類が神の怒りにふれて洪水によって滅ぼされるノアの箱舟という物語をつくって、天地創造の矛盾を解消した。
 そして、原罪という足鎖を用意して、人々を宗教の奴隷にした。
 人為宗教は、神話を捏造して、不都合な部分を人々のせいにしたばかりか、それを教団の利益にむすびつけたのである。

 神道では、この世は高天原の延長(中今)で、清浄なままである。
 しかも、人間の罪は、禊によって水に流される。
 宗教が、日本では、神のものではなく、人間のものになっているのである。
 これが、神道唯一の教えである清浄正直=惟神(かんながら)の道である。
 惟神の道を神の摂理とするのは、一つの解釈で、もともと神道には、真理や真実などの理念はない。
 葦原の瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国
 かんながらの道とは、ひともこの世も、神がつくったものだから、汚さずにまもっていこうとする実直にして素朴な心根である。
 理屈をのべたてることは、漢意(からごころ)で、解読不能だった古事記を読み解いて復古神道(国学)の基礎を築いた本居宣は、漢意を排して、記紀に残る古意(いにしえごころ)のなかに日本人の心(大和心)を見た。
 それが清浄正直(セイチョク)で、穢れを祓って、まっすぐに物事(モノコト)にあたれば、奇異(くすしあやしさ)のなかに畏(かしこ)きもの=神をみいだすことができるというのである。
 八百万の神々は、清浄正直からあらわれるもので、教義や律法などの人為や崇拝や感謝などの心の動きはかえって邪魔になる。
 神道の祈りは、無心になることで、それが、浄めと祓い、祭祀という形で現在にうけつがれている。

 仏教では、修行した僧が人々を導き、キリスト教では、神の代理人が叙階によってきめられる。
 人間の浅智恵が神意を創作するのである。
 神道では、拝殿で、祈願や祈祷ではなく、祝詞を上げて、神々を讃える。
 この世が八百万の神々にまもられているので、人々は、それを正直にうけとめるだけでよいのである。
 産土神や氏神をお迎えする祭祀が神社のお祭りである。
 お祭りは政(マツリゴト)で、古代祭祀は、この世を高天原のように平安であれとねがう神々に出遭う場面で、為政者は天皇に善政を誓った。
 神道に救済思想がないのは、この世が、神につくられた中今≠ナ、幽契によって、すでに救済がおこなわれているからである。
 神道では、思慮という心の動きが穢れで、清浄正直に立ち返る儀式が浄めと祓いである。
 神道の祈りは、浄めと正直だけで、無垢で素朴な心こそが真の祈りである。
 救世主の姿かたちがないのは、神が人間の形をした人為宗教ではなく、無形の精霊がはたらく自然宗教だからで、偶像にあたるのが記紀に残されている神話である。
 天国や浄土がないのは、ひとの幸は、死後ではなく、中今にあるからである。
 天皇を最高神官とする祭祀国家日本は、国民的道徳と歴史の叡智にささえられているのである。
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2016年03月22日

 日本文明としての神道と天皇@

 ●日本は縄文文化の国家
『文明の衝突』のハンティントン教授は、宗教観や伝統的価値観にもとづいて世界を8つの文明圏に分けた。
 西欧文明、中華文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、日本文明、東方正教会文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明である。
 八大文明論の注目すべき点は、日本文明を中華文明から切り離したところにある。
 一部の日本人がこれに反発しているのは、戦後、日本では、左翼・反日主義の歴史学会と日教組から、日本が中国や朝鮮半島から影響をうけてきたという歴史観を吹き込まれてきたからである。
 日本列島はアジアの辺境で、ユーラシア大陸の吹き溜まりにすぎないという自己卑下が歴史学会や歴史学者らの歴史観で、これに唯物史観や反皇国史観がくわわって、日本の現近代史は、ついに、自虐史観にまでゆきついた。
 南京大虐殺や従軍慰安婦の旗を振っている歴史学会が目の敵にしているのが、皇国史観と民族主義で、日本の歴史教科書からとうとう神話や大和朝廷や仁徳天皇陵の名称、現近代史から東郷平八郎ら英雄のまでが消えてしまった。

 ハンティントンの八大文明の根底にあるのが宗教で、西欧文明がキリスト教なら中華文明圏は仏教と儒教、道教の三宗教、ヒンドゥーもイスラムも文明と宗教が直結している。
 仏教と儒教、道教は、日本にも入ってきたが、国風化という日本特有の文化現象がはたらき、やがて、神道の一部に吸収されてゆく。
 日本文明の基礎は、のちに神道へ発展する自然崇拝である。
 自然崇拝は、宗教以前の情緒で、神道は、ワビ・サビや「もののあはれ」と同様、日本文化の心なのである。
 自然崇拝の起源は、縄文時代にまでさかのぼる。
 縄文時代の集落跡として知られる三内丸山遺跡(青森県)は、紀元前5000年頃のもので、紀元前3000年前後にうまれた世界四大文明(メソポタミア・エジプト・インダス・黄河)よりはるかに古い。
 三内丸山遺跡から、大型竪穴住居(10棟以上)、住居(780戸)、高床式倉庫群などのほか、祭祀に使用されたと思われる3層の大型掘立柱建物や土坑墓がみつかっている。
 縄文時代中期には、日本列島に、自然崇拝にもとづく初期的な祭祀共同体ができあがっていたのである。

 縄文時代の精霊信仰・太陽信仰が、弥生時代になって穀霊信仰や祖霊信仰をくわえ、のちに高天原神話や八百万信仰へ発展してゆき、やがて、天武天皇の代になって、伊勢神宮の昇格や大嘗祭など宮中祭祀がさだめられたが、中心となったのは祭祀だった。
 歴史学者のなかには、大嘗祭が、中国古代王朝の祭祀制度の模倣という者もいるが、大嘗祭は、縄文以来の祭祀の伝統形式であって、皇帝祭祀をもちだすのは、わが国の歴史を軽視した下司の勘ぐりというしかない。
 諸国の神社が整備され、正月や節句、祭りが行事となったのもこの時代からで、祭祀を中心に形成されてきた神道文明は、ユーラシア大陸や南アジアから横軸を移動してきたものではなく、時間軸に沿って、タテ軸に発展してきたのである。

 日本列島に固有の文明がうまれたのは、海に鎖された島国だったろう。
 縄文時代からつづく文化の純潔性が何ものにも侵されず維持されてきたのである。
 民族的にも、日本人は、弥生人と混血した縄文人の末裔で、現在の中国人や韓国人と血縁関係がないことがわかっている。
 日本人のY染色体(男性)の3割を占めるハプログループD2(縄文系)が北方民族や漢民族、東南アジアでまったくみつかっていないからである。
 独自の発展をとげた民族は、他民族にはみられない固有の文化や習俗、生活様式をもつ。
 根底にあるのが、民族の素朴な信仰心や土着宗教で、神道は、ゴッド(絶対神)を崇拝する一神教や個人の成仏をねがう仏教、天の法則を以って奇跡や栄達をもとめる道教や儒教と本質が異なる。

 神道には、教祖や聖典、御神体が存在せず、祭祀があるだけである。
 したがって、一般的にいわれる宗教ではない。
 拝礼や拍手、作法が宗教なら、日常のお辞儀や挨拶、礼儀までが宗教にくくられてしまう。
 高天原は、あくまで、神話だが、その神話をまもってきた先祖たちの真心は実史である。
 そこで、神話と実史が溶け合って、日本民族の精神性が成立した。
 現在の日本の原型をつくったのは、皇親政治をとって、強権をふるった天武天皇である。
 天武天皇は、日本の国号や天皇の称号をさだめ、伊勢神宮の昇格、諸国の神社を整備し、『日本書紀』や『古事記』の編纂を命じ、神道を確立する一方、道教や仏教を保護し、律令制定(大宝律令)を発令して、国家の基盤を固めた。

 神道は、浄明正直を唯一の徳目とする。
 浄明は祭祀、正直は神代を継承する中今(なかいま/現在)の心で、高天原という絶対境地へ近づく道筋である。
 神道が、仏教や道教をかかえこんだのは、宗教ではなく、文化の形だったからで、天地開闢の造化三神や太陽の神格である天照大神によってつくりだされる宇宙観のなかで、個人の成仏や栄達と調和したからである。
 伊勢神道では、内宮の祭神である天照大神と外宮の祭神である豊受大神(造化三神の異名)の幽契(かくれたるちぎり)によって世界の形がさだめられたとする。
 幽契は、国の弥栄や民の幸の実現で、天照大神と豊受大神のあいだで、すでに契りが交わされていたのである。
 神道の祈りは、幽契を言祝ぐ(祝詞)ことで、拝殿には、個人の願いを聞く神体は存在しない。
 祭祀は、浄明正直になって、高天原に近づく儀式で、我執を神々に祈願することではないのである。
 浄明正直によって、我執を落ちると中今があらわれて、神々の息吹がかんじられる。
 天皇が神に祈る神≠ニなるのは、祭祀によって、中今のさいわいをひらく幽契に出会うからで、このとき、天皇は、この世と幽界の境界に座す半神半人となられる。

 神社は、氏子と神職者の祭祀施設で、参詣(初詣・初宮参り・七五三など)して、参拝やお祓い(浄明正直)をうけることによって、守護神である氏神(血縁)と産土神(地縁)に接近することができる。
 神職者は、修験者ではなく、祭祀王たる天皇に仕える神官で、ここで、宮中と神社が接する。
 先祖霊や地祇に願をかけるのむ、日本人の伝統的習俗たる祭祀であって、宗教行為ではない。
 憲法20条、89条は政教分離を規定している。
 神道を宗教とすると、国体と政体の不一致が憲法によって規定されることになる。
 国体をもたない革命国家アメリカが、伝統国家の憲法をつくった結果であるが、政教分離をさだめたアメリカでも、聖書に手を置いて神に宣誓する大統領宣誓は、宗教行為ではなく、良心(道徳観)とみなされている。
 政教分離は、宗教的特権をもちこんで政治的利益をもとめる行為で、良心にもとづく信仰を排除することではない。
 神道は、自然や祖先、神話にたいする国民的情緒の歴史的集成で、これを宗教とするなら、国民道徳や愛国心、結婚式や葬式などの伝統的習俗まで宗教にくくられてしまう。
 宗教とは、自然を超越した絶対神に心をゆずりわたすことで、自然や歴史、習俗をまもってきた祭祀は、むしろ、神聖な非宗教なのである。
 政教分離の規定によって憲法第7条十号(儀式を行ふこと)から宮中祭祀を外したのであれば、思い違いもはなはだしいといわねばならない。
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2016年03月13日

 憲法論議は戦後最大の思想戦C

 ●国連の反日攻勢にさらされる日本の文化と伝統
 国連の女子差別撤廃委員会が、男系男子による皇位継承を定めた日本の皇室典範が女性差別にあたるとして、見直しをもとめる報告書案を作成していたという。
 国連の一委員会が世界の王室・皇室制度を批判的に取り上げるのは不適切と日本政府が抗議して、最終的には削除されたが、民主党政権だったらさっさと受け入れていたろう。
 女子差別撤廃委員会は、1981年に発効した女子差別撤廃条約の監視団体で、同条約の締約国から選出された23人の委員から構成されている。
 日本政府は「司法権の独立を侵す可能性がある」として、同条約を批准していないが、男女共同参画社会基本法(1999年)など一連の人権法案はその影響下にある。
 同委員会は、慰安婦問題でも、反日・左派団体の主張を鵜呑み(外務省筋)にして、日本政府の慰安婦問題への対応や日韓合意についても批判している。
 国連の左傾化や反日姿勢の背後にあるのが、中国や韓国、北朝鮮ら反日国家のロビー活動や情報工作である。

 慰安婦を性奴隷≠ニ認定した国連人権委員会の「クマラスワミ報告書」(1996年)では「慰安婦の雇用契約は日本軍でなく民間業者との間でむすばれた」とした秦郁彦の発言(取材者クマラスワミ本人)が、「慰安婦が日本陸軍と契約を交わした」と180度、逆の表現に歪曲されている。
 国連事務次長や「子供と武力紛争事務総長時別代表」、国連特別報告官として活動するクマラスワミの周囲には、中・韓のほか日本の人権屋≠ェ群がって反日活動を展開している。
 その一つが日本弁護士連合会(日弁連)で、代表の戸塚悦朗(海外調査特別委員)は、ロビー活動をつうじて、朝鮮人強制連行問題と従軍慰安婦問題を国連人権委員会にうったえ、日本軍従軍慰安婦を性奴隷≠ニする国際認識を広めるのに一役買った。
 国連の人権委員会は、左翼と人権屋の巣窟で、沖縄県の翁長雄志知事は、スイス・ジュネーブの国連人権理事会で『沖縄県民は日本人ではなく先住民族』『沖縄は植民地』『沖縄には日本から独立する権利がある』と演説して、日本に「琉球独立」という民族問題が存在するかのような誤ったメッセージを海外へ発信した。
 日本の新聞は『自己決定権』という表現をもちいたが、海外メディアは翁長発言を『日本本土からの分離・独立』とうけとめている。

 異文化が混在し、歴史や価値観、文明レベルが異なる国連内部では、個人に委託される委員会が、これまで、しばしば暴走してきた。
 オランダの法律家、マオド・ド・ブーア=ブキッキオ(国連特別報告官)の報告書(児童の性的搾取状況視察)によると日本の女子高生の13%が援助交際(金銭授受にもとづく性的交渉)をしているとされたが、これでは、日本が世界一の児童買春王国ということになってしまう。
 日本を性虐待国家として決定的に印象づけた事件が「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」だった。
 松井やより( 元・朝日新聞記者)や尹貞玉(韓国挺身隊問題対策協議会)、本田雅和(朝日新聞記者)、長井暁(NHKチーフプロデューサー)、池田恵理子(NHKエンタープライズ21プロデューサー)らが共同代表・実行委員となったこの模擬法廷は、旧ユーゴ・ルワンダ国際刑事法廷ジェンダー犯罪法律顧問から北朝鮮工作員までが検事役をつとめる国際的反日工作だった。

 この模擬裁判では、「第二次世界大戦中、旧日本軍が組織的に強姦・性奴隷制・人身売買・拷問などをおこなったとして、昭和天皇のほか9名が戦争犯罪人として裁かれ、オランダでの最終判決では、全員有罪とされた。
 驚くべき低レベルで開いた口がふさがらないが、朝日新聞記者やNHKプロデューサーが主催者だったことにくわえ、韓国政府が同模擬法廷を慰安婦問題の賠償請求の根拠としてきたことを考えると、けっして、看過できる問題ではない。
 しかも、主催側は、この醜悪なる模擬法廷をNHKの番組(ETV2001)でオンエアし、国民から抗議が殺到して、局側が偏向をチェックするとこんどは朝日新聞が「NHK、戦時検証及び腰、右翼の抗議殺到/相次ぐ削除、幹部が試写・企画案、骨抜きに」と報じ、一般国民までを右翼呼ばわりする始末であった。
 この模擬法廷にも、クマラスワミら国連人権委員会が関与しており、性奴隷プロパガンダは、ここから、国連や米議会、全世界へ広がっていったのである。

 国連のような国際機関において、異文化にたいする相互尊重が土台になっていなければ、国家の尊厳や民族の誇りをまもることができない。
 そもそも、伝統的価値にたいする敬意や歴史の尊重、神話や聖なるものへの敬重の念は、高度な精神文化で、狂信者や人品の卑しい者たちには永遠に理解がおよばない。
 天皇の権威は、権力の座や社会的地位のように、後天的に個人にそなわるものではなく、歴史をつらぬく伝統的な価値の継承で、天皇とは、歴史や国体の象徴にほかならない。
 伝統は形式の継承で、ジェンダーフリーなどという1980年代にうまれたフェミニズム思想などを寄せ付けるものではないが、現在の日本には、文化防衛にたいする危機意識がきわめて乏しい。
 かつて、GHQは、寿司を見て、「生魚を手づかみで食う野蛮な風習」として禁止令をだし、漢字が日本人を文盲にしていると思いこんで日本語をローマ字に変えようとした。
 現在、国連人権委員会がやっているのは、かつてGHQが犯した過ちのくり返しで、これに左翼や朝日ら反日グループが相乗りしようというのも、GHQを解放軍と見た当時の左翼と同根の売国奴の性根である。
 国連のような低能児集団からさっさと脱会したほうが、日本の国際的地位は向上するのである。
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2016年03月08日

 憲法論議は戦後最大の思想戦B

 ●天皇の国事行為と宮中祭祀
 現在、日本は憲法の枠内≠ナ語ることができない憲法上の二つの問題に直面している。
 憲法9条「戦争の放棄・軍備および交戦権の否認」と憲法7条「天皇の国事行為」である。
 現在の法解釈では、憲法9条の制約によって、日本は、国家を防衛することができない。
 GHQが日本に国家防衛を禁じる憲法をあたえたのは、二度と連合国に立ち向かうことができない弱小国にするためで、ルーズベルトは日本を自力防衛が不能な属国に、チャーチルは日本をアジアの一農業国に、スターリンは日本を分割して、北海道を領有しようとした。
 アメリカが、日本の弱体化戦略の誤りに気づいたのは、中国革命や朝鮮戦争後のことで、以後、米政府首脳は、日本に憲法の改正を望んだが、経済復興を優先させた吉田茂首相は消極的だった。
 日本の安全保障や戦力保持は、「サンフランシスコ平和条約第5条(C)」と日米安全保障条約、国連憲章51条の「個別的及び集団的自衛権」にもとづくもので、憲法では国をまもれない日本は、安全保障を国際条約にもとめざるをえなかったのである。
 朝鮮戦争が勃発した一九五○年、マッカーサーは「九条は自衛のための戦力(軍隊)を禁止するものではない」として、吉田茂首相に警察予備隊の設置を指示した。
 もともと、9条は、軍事行動を全面的に禁じる性格のものではなかった。
 昭和21年、憲法改正小委員会において、委員長の芦田均が第九条二項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を挿入する修正をおこなったからである。
 前項の目的とは、「国際紛争を解決する手段」としての国権発動で、具体的には軍事的侵攻(侵略戦争)をさす。
 芦田修正によって、「国際紛争を解決する手段」から国家防衛が除外された。
 九条は、自衛権の保持や国土防衛を禁じてはいなかったのである。

 国家自衛の戦争すらも放棄する、自国防衛のためですら陸海空軍を保持しない、攻撃をうけても交戦権を行使しないというのは、左翼陣営の解釈改憲で、9条の解釈は、マッカーサーの指摘が正しかったのである。
 国家防衛は、憲法に規定されていなくとも、おのずとそなわっている国家原理にもとづくで、アメリカ憲法には、主権や国権、軍備、軍事などの字句すらない。
 共同体の防衛(前文/正義や秩序などと併記・8節/徴税)という語句があるのは2箇所だけで、それも、戦争や軍隊などの用語と同様、法の適用基準を定めてあるにすぎない。
 アメリカ憲法が、主権や国家(共同体)防衛について、条文を記していないのは、防衛や国家主権は、憲法の上位にある不文法だからである。
 国家原理が憲法の上位にあるのは、交戦権が、法治の範囲をこえていることからも明らかで、イギリスには、不文法のコモンロー(慣例法)があるだけである。
 英米並みに、日本も憲法の上位法をみとめていれば、芦田修正をあげるまでもなく、憲法九条にもとづく自衛権には何の制約もなかったのである。

 日本が、世界で常識となっている上位法をみとめてこなかったのは、内閣法制局が憲法解釈権を独占して、本来、解釈と運用を担うべき内閣・政府が、その任務から逃げてきたどころか、「行政府における法の番人」といわれる内閣法制局の見解に一方的な服従してきたからだった。
 内閣法制局の憲法解釈は、条文主義に立っている。
 条文主義は、字面の解釈のみに拘泥して、背景や諸条件、法が本来めざすべき目的や意図を排除することで、官僚主義の欠陥の一つである。
 集団的自衛権や安保法制を憲法6条違反としか読めない一種の法律バカでもあって、日本の法曹界には、国家主権や権威のような上位法をみとめる英米の聡明さは存在しない。
 日本共産党や左翼、反日グループは、GHQの日本弱体化政策と内閣法制局の誤読をわがものとして、憲法9条にノーベル平和賞をなどと雄叫びを上げている。
 国権を制限する憲法が、国家防衛という上位法の下にあることにいまも気がついていないのである。

 国家防衛と同様、「天皇の国事行為」(憲法7条)も、成文法を超えている。
 戦前までの法体系では、法律・勅令などから構成される「国務法」と皇室令・宮内省令などから構成される「宮務法」が豁然と分かたれて、国体と政体が二元化されていた。
 戦後、GHQが「皇室典範」を憲法のなかに組み込んだのは、国体の消滅を見込んだ亡国戦略で、直系以外の皇族を臣籍降下させ、皇室の財産を没収したうえ、高率の税金だけを課したのは、法の名において、天皇の存続を不可能にするためだった。
 国体(天皇)が、にわかづくりのGHQ憲法上の存在ではないことは多くの国民の知るところで、その意味で、国民に認知されている国体は、伝統という憲法を超える上位法といえる。

 国事行為を定めた憲法7条は、1〜9項まで、具体的に内容が記されているが、10項(儀式を行ふこと)については内容の記載がない。
 したがって、10項に宮中祭祀がふくまれるとみるのが国民的理解である。
 ところが、多くの憲法学者は、宮中祭祀を「天皇が私的に執り行う儀式」と解釈して、憲法では、国事行為から切り離された。
 宮中祭祀は、天皇が大御宝とする国民の安寧を祈念する儀式で、これを国事行為とすることによって、はじめて、国体と政体のきりわかれが明瞭になる。
 天皇の国事行為は、形式的・儀礼的・名目的なものであって、英国のウェストミンスター憲章(1931年)でもちいられ、マッカーサーが引用した象徴ということばには、権威という意味合いがふくまれている。
 象徴天皇は、権威上の存在という意味で、非権力でありながら、権力以上の重さをもっているのである。

 日本の憲法学者や左翼が権威を象徴にすぎないというのは、権力の側からの見解で、歴史や文化の蓄積である国体からは、象徴こそが、政体における権力以上のものなのである。
 世界各国が天皇を国家元首と見るのも、日本国の象徴だからで、象徴ということばには、元首以上の重さがある。
 憲法で天皇を元首に定めると、天皇は法制上の存在となって、カンボジアやタイ、ブータン王国の下位に置かれてしまうだろう。
 権威は、法や権力を超越しているからこそ権威なのである。
 権威を法の枠内におしこめたのが、憲法の天皇条項(一〜八条)で、法を根拠に権威を論じると、聖域が、第20条「信教の自由」や第89条「公の財産の支出や利用についての制限」、第99条「憲法遵守義務」などの条項によって世俗のレベルまでひきずりおろされる。
 天皇の権威をまもっているのが、日本人が共有する神的感情で、祭祀国家の伝統において、天皇は祭祀王で、国民は氏子である。
 天皇にたいする民族的感情の源泉は、「国安かれ、民安かれ」と国家・国民の安寧慶福を祈ってこられた天皇にたいする敬慕の念で、天皇が法や政治、権力の上に立った存在であられたら、民族の心が荒び、世界から尊敬される品性の高さは失われていたろう。
 国事行為が、儀礼や形式にとどまらず、日本の伝統や精神文化のいしずえになっている。
 宮中祭祀を国事行為としてしてこそ、憲法に、日本の国のかたちがあらわれるのである。
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