2016年07月29日

 天皇の「生前退位」が広げた波紋A

●「天皇の地位」と「皇位の世襲」
 天皇は、国体がみずから継承する位で、天皇家が相続する地位ではない。
 万世一系(神武天皇の嫡流)の相続者が天皇で、天皇は、あくまで、歴史上の地位である。
 天皇の位が先に継承されて、万世一系の系統を引き継ぐどなたが天皇の位を世襲されるのかは、万世一系の原則に従う、それが伝統国家としてのわが国の歴史である。
 天皇の御意志は、したがって、天皇の個人的なお考えを超えた歴史の意志でなければならず、国家や民を思う大御心は、歴史をつらぬく皇祖皇宗の遺訓に他ならない。
 日米開戦に反対した葦津珍彦が「天皇が大御心に反することを仰せになったら聞いてはならぬ」といったのは、天皇が歴史上の地位であって、今上天皇がひきつがれたのは、現世的権力ではなく、歴史的権威という意味である。
 日本という国家ができあがったのは、歴史の叡智であって、天皇は、つねにその中心におられた。
 日本は「天皇中心の国」という真意はそこにある。

 日本が国家としての体裁を整えたのは、7世紀の天武天皇(40代)の時代である。
 土台をつくったのは、推古天皇(33代)の摂政・聖徳太子で、「日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す(隋書)」とする国書は、わが国が大帝国の隋と対等の地位にあること、冊封体制に入らない独立国であることを宣言したものだった。
 ドイツ・フランス・イタリア3国の起源となるフランク王国建国が8世紀の半ばだったことを考えると、日本は、驚くべき早い時期に、中央集権的な独立国家(律令国家)を発足させていたことになる。
 大和朝廷の原型となった国家形態(祭祀国家)が紀元前に形成されていたのは明らかだが、左翼・反日(歴史学関係16団体など)に牛耳られている歴史学会は、有史以前の大和朝廷や神武天皇の存在をみとめようとしない。
 当時の日本はまだ原始社会で、氏族共同体の成立など思いもおよばず、天皇中心史観=皇国史観はファシズムによる国家的な創作だというのである。

 日本の歴史学会が敵とするのは、皇国史観というよりむしろ日本という国家で、朝日新聞が従軍慰安婦の誤報をみとめたのちでも、日本の歴史学者(6900人)が「従軍慰安婦問題は解決されていない」という声明をだして、韓国外交部や韓国の反日新聞(中央日報など)をよろこばせている。
 憲法学者や全国の弁護士会が憲法9条死守≠ネら、歴史学会は皇国史観排除≠ェモットーで、日本では、憲法学者が外国からおしつけられた武装放棄法≠信奉し、歴史学者が、正史たる古事記や日本書記を否定するのである。

 縄文時代の日本(紀元前5000年前後)に高度な共同体と世界四大文明に匹敵する文明(縄文遺跡「三内丸山遺跡/青森県」)が存在したことが明らかになっている。
 すると、中国や朝鮮半島から稲作がつたえられた2400年前(紀元前400年)まで、日本人は、定住することなく、貝や木の実を拾って移動する猿人のような生活をしていたというかれらの主張とのあいだに大きな矛盾が出てくる。
 三内丸山遺跡から出土した「赤漆塗りの木製皿」は現代の漆技術とかわるところがなく、大型掘立柱建物跡や倉庫群・共同墓地などから、当時、高度な建築土木の技術や生活文明・精神文化が存在したことがうかがえる。
 日本が中国や朝鮮半島に比べて文明・文化的に劣った辺境の地だったという歴史学会の主張はいったいどこからでてきたのか。

 日本の歴史学会は「皇国史観」を潰すために嘘八百を並べるのである。
 皇国史観は、天皇を中心に記述されたわが国の固有の史観で、原典になっているのが古事記や日本書記である。
 歴史学会が記紀にもとづく皇紀2600年を嘲罵するのは、かれらの計算では、ちょうどその頃、中国や朝鮮半島から水稲が入ってきて、定住生活がはじまったばかりなので、神武朝の創設などとんでもないというのである。
 ところが、日本でみつかった最古の水稲遺跡(板付・菜畑)は、紀元前930年頃(放射性炭素14の較正年代)のもので、朝鮮半島の水稲遺跡よりはるかに古い。
 水稲は、3000年も昔、戦乱の中国南部(長江の中・下流域や江南地域)から海に逃れた難民の集団が日本にもたらしたもので、黒潮にのれば揚子江の河口から玄界灘沿岸や有明海に2〜3日で到着する。
 日本の水稲は、朝鮮半島からつたわったのではなく、逆に、朝鮮に水稲技術をつたえたのは日本で、しかも、朝鮮半島の水稲遺跡は、日本の勢力範囲からしかみつかっていない。
 日本の歴史学会は、従軍慰安婦声明からもわかるとおり、韓国史学会に隷属する売国奴集団だったわけで、かれらが皇国史観を目の敵にするのは、反日・媚中・親韓の材料にしているのである。

 三内丸山遺跡が5000年前、水稲の伝来が3000年前なら、2600年前の神武朝創設は、歴史的類推から、十分ありうるどころか、むしろ、必然だろう。
 歴史学会は、証拠がないとして、神武天皇から聖徳太子、仁徳天皇、天武天皇まで、次々と存在を否定して、宋書倭国伝など歴史書に記載されている任那日本府までなかったことにしてしまった。
 かれらが歴史から抹殺しようとしているのは、日本という国家を立ち上げた偉人で、古代史において、天皇以外、国家観をもった指導者は、一人もでてきていない。
 左翼の皇国史観打倒は反天皇≠フ戦術だったのである。

 国家観があって、はじめて、国家ができる。世界の後進的地域が、一足先に国家をつくった列強の餌食になったのは、国家観がなく、したがって、国家をつくれなかったからで、イギリスやオランダの食い物になったインドやインドネシアは、領主群が勢力を競いあう広大なる未開の地でしかなかった。
 日本が列強をよせつけなかったのは、体裁としても機能としても国家だったからで、その中心にいたのが天皇だった。
 現代人にピンとこないだろうが、古代において、国家は、超越的空想でしかなかった。
 国家は、もともと、戦争からうまれるもので、中国大陸で、秦(始皇帝)や漢王朝が誕生したのは、紀元前770年から500年間もつづいた春秋・戦国時代のあとのことだった。
 戦争は武人による権力・勢力争いだが、その先の国づくりをひきうけるのは政治家である。
 戦場(武)と国家(政)をつなげるのが国家観で、中国は、そのために500年をついやしたのである。
 日本が、紀元前という早い時代に国家概念をもつことができたのは、天皇という超越的な存在があったからで、日本の神話も、国産み、神産み、国譲りの物語である。

 富や領土を奪い、まもるためにたたかう権力者が生死を賭すのは、いくさの勝敗だけで、クニやタミのことなどは二の次、三の次である。
 したがって、いつまでたっても、国家ができてこない。
 天皇のゆるしをえなければ国家の総領になれなかった理由がそこにある。
 いくさに勝った覇者というだけでは、統治権をあたえられず、天皇から権力の正統性を授からなければ徴税ができない。
 太政大臣にまでなった平清盛や太閤秀吉がもとめて得られず、源頼朝や足利尊氏、徳川家康が長期政権の土台とした征夷大将軍の官位は、権力(幕府)の背後に権威(天皇)がひかえているという証で、覇者は、国家概念の上に立つ天皇の親任をえて、はじめて、幕府をひらくことができたのである。
 戦場の覇者、世俗の権力者には、もともと、国家をつくる構想力も統治力もそなわっていない。
 天皇が国家を構想しえたのは、歴史上の存在だったからで、歴史という時間軸に立って、はじめて、国家が見えてくる。
 天武天皇は、皇親政治をとって独裁体制を敷き、大宝律令の前身である飛鳥浄御原令の制定、新しい都(藤原京)の造営、『日本書紀』『古事記』の編纂と着々と国家的事業をすすめる一方、天皇の称号と日本の国号を定めた。
 武将が国家運営に成功したのは、天皇を後ろ盾にしたというより、天皇から国家観を学んだ結果である。
 日本の権力機構は、歴史上、権威と権力の二人三脚だったのである。
 次回は、権威と権力の二元論が、どんな経緯をたどって、現在の象徴天皇に至ったのかをみていこう。
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2016年07月22日

 天皇の「生前退位」が広げた波紋@

 ●もっとも望ましい皇太子の摂政宮就任
 報道によると、今上天皇が生前に皇太子に皇位を譲る「生前退位」の意向をおもちという。
 ご高齢が理由であれば、憲法(第5条)及び皇室典範(第16条)の規定にしたがって、皇太子が摂政をつとめられるのが順当と思われる。
 事実、陛下が前立腺がん(2003年)や心臓冠動脈のバイパス手術(2012年)でご静養中だった時期、皇太子殿下や秋篠宮殿下が公務を代行されておられる。
 皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)が、大正天皇のご療養から崩御にいたる5年間(1921年から1926年/大正10年から大正15年)にわたって摂政(摂政宮)をつとめられた歴史的前例も存在する。
 皇太子摂政であれば、皇室会議だけで手続きがすみ、元号を変更する必要もない。
 昭和天皇が摂政となられた5年間、元号は大正のままで、昭和へ改元されたのは、大正天皇の崩御後、昭和天皇が践祚されて第124代天皇となられたのち(大正15年/1926年)のことであった。
 摂政という選択肢がある以上、二百年前の光格天皇(119代)以後、絶えて久しい生前退位の復活には、歴史的必然性が乏しいといわざるをえない。
 大日本帝国憲法や旧皇室典範においても、生前退位(譲位)の議論はあったものの、結局、見送られ、条文に盛り込まれることはなかった。
 現皇室典範も同様で、1984年4月、80歳を超えた昭和天皇の生前退位について国会で質問があった際、山本悟・宮内庁次長(当時)が、皇室典範に生前退位の規定がない理由について@上皇や法皇などの存在が弊害を生じかねないA政治的意図や強制による退位が生じかねないB退位や譲位が天皇の恣意に左右されかねない、などと答弁している。

 生前退位を可能にするには皇室典範の改正で十分という意見がある。
 憲法に組み込まれた皇室典範は、法律の一つにすぎず、国会の承認があれば改正は可能というのである。
 だが、これには、二つ問題がある。
 今上天皇が生前退位なされるとすれば、大日本帝国憲法や旧皇室典範をとびこえ、江戸時代後期の光格天皇の前例にまでさかのぼらなければならない。
 現行憲法や現皇室典範は、大日本帝国憲法や旧皇室典範の改定である。
 江戸時代の前例を適用して生前退位を法制化すると、明治以来の法体系との連続性や整合性が失われて、恣意的な法改正によって、天皇や皇室のあり方を変えることが無制限に可能ということになってしまう。
 天皇陛下の御意思にもとづいて「生前退位」の法改正がおこなわれるとすれば、憲法第四条の1(天皇は国政に関する権能を有しない)に抵触するのみならず、天皇がお望みになれば、法の名の下で、皇位の女系相続といった伝統に反した皇室制度の変更までが可能になって、歴史や国体との連続性や整合性が失われかねない。
 もう一つの問題点は「生前退位」を法制化によって定めると、国体の象徴であるある天皇が、国体の下部構造である国家によって規定されるという矛盾が生じてしまうことである。
 天皇が法を超越した存在だったことは、飛鳥浄御原令や大宝律令などの古代法に天皇に地位について記述がなく、しばしばおこなわれた生前譲位に権力が関与しなかったことからも明らかである。
 万が一、「生前退位」が実現すれば、新天皇は、法律が定めた史上初の天皇ということになって、国体と国家(政体)の二元性および歴史や伝統が根本からゆらぐだろう。

 天皇や国王が世襲なのは、血統による正統性がもっとも安定した伝統の継承形式だからで、それ以外の方法では、権力が介入して、政争や乱をまねかずにいない。
 皇位の世襲を謳った皇室典範が、改廃可能な法体系(憲法)にとりこまれているところに、GHQがつくった戦後体制の矛盾がある。
 永遠の国体が、変動する権力構造や一過性の政体の下位におかれて、国家の屋台骨が不安定にならないわけはない。
 戦後、日本人が国体観念を喪失したのは、左翼の工作による。
 連合軍との終戦交渉にあたって、最大の難関となったのが国体護持であったが、日本側は、国体護持の確信のもとで、ポツダム宣言を受諾した。
 事実、ポツダム文書およびマッカーサーの意向は、国体と政体、軍部軍閥を分離した上で、軍部の解体や戦犯の処罰だけをもとめ、国体(天皇)や国民(政府)については、なんら強制的な措置をとらなかった。

 ところが、戦後、日本の中枢を握った左翼は、国体が護持された事実をひた隠しにして、「ポツダム宣言の受諾をひきのばしたので原爆を投下された」「日本の敗戦は無条件降伏」というデマゴギーをふり回して、いわゆる「八月革命」のプロパガンダに狂奔した。
 原爆投下はトルーマンの個人的意志(アイゼンハワー)で、ポツダム宣言の前日、トルーマンが原爆投下の命令書にサインしていたことも、ポツダム宣言が降服条件であったことも、周知の歴史的事実である。
 戦後、日本人が、国体観念を見失ってしまったのは、無条件降伏のデマゴギーによって、国体護持がポツダム宣言の受諾と引き換えだった事実が隠蔽されたためといってよいだろう。
 戦後教育で、国体が護持された事実がそのままつたえられていたら、日本人の国体観は、現在とはちがったものになっていたはずだが、左翼一辺倒となった歴史・憲法学会、大学・教育界が国体なき法治国家(共和国家)≠叫んだため、戦後日本人は、国体の意味すらわからなくなってしまっている。
 左翼は、戦前の日本人が命をかけて守り抜き、連合国が尊重した国体をないがしろにして、日本という国家が、憲法という紙っぺらの上の存在であるかのような思想工作を成功させたのである。

 天皇は、歴史や伝統、文化、民族の足跡たる国体の象徴であって、憲法条文に規定される議決条項ではない。
 現在、マスコミや識者は、憲法や皇室典範の兼ね合いから生前退位を論じている。
 この議論が脱線すると、小泉政権の皇室典範改定のような焦点がずれた話になって、これに反日や左翼、マスコミがとびつき、国体の根幹をゆるがすデマゴギー合戦がはじまらないともかぎらない。
 日本人が忘れかけている国体について、三つの常識を提示しておきたい。
 1、天皇の地位は歴史(国体)上の地位である。
 2、天皇の地位を継承するのは万世一系である。
 3、皇位継承問題は権力や法から断絶している。
 天皇は、歴史上の地位で、永遠なのは、その地位である。
 万世一系の男系男子が、その地位につくのがわが国の伝統で、天皇の嫡嗣が皇位を継がれるのは、その一形態であって、天皇家に男系男子が絶えた場合、他系統に皇統をもとめなければならない。
 したがって、永遠なる国体を維持するには、その地位につく万世一系の男系男子の幅を大きくとっておく必要がある。
 現皇室は、世襲親王家の一つで、118代天皇後桃園天皇とは家系的つながりの薄い閑院宮の119代光格天皇を祖としている。
 閑院宮は、皇統の断絶を懸念した新井白石と東山天皇(113代)が創設した世襲親王家の一つで、114代中御門天皇の系列で男系男子が絶えても、皇統が保たれたのは、新井白石の智恵のたまものである。
 一方、現在、GHQが、皇室の自然消滅を図った11宮家の臣籍降下にたいして、これを復元させようといううごきはなきにひとしい。
 宮家復活の動きを封じているのが、左翼・反日で、GHQの謀略にこっそり背乗りしているのである。
 次回は、国家の中心軸として機能してきた天皇が、歴史上、いかにしてまもられてきたかについてのべよう。
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2016年07月13日

 日米関係の重大な曲がり角C

 ●グローバリゼーションの失敗と共同防衛の幻想
 イギリスの独立調査委員会(チルコット委員会)が、イラク戦争に参戦したブレア政権を批判する報告書を発表して、英国内のみならず、世界的な論議をまきおこしている。
 同報告書は、イギリス政府が、大量破壊兵器に関する不十分な情報をもとにアメリカとともにイラク戦争に参戦したと結論付け、当時、イラクのフセイン大統領(06年12月処刑)は差し迫った脅威ではなく、国連安保理も、査察と監視を支持していたと付記している。
 ブッシュ前米大統領は、広報担当をつうじて「サダム・フセインが倒された現在のほうが世界にとって幸運だった」とのべ、ブレア元首相も、記者会見で同様の発言をくり返したが、自国の利益のために、数千、数万の人命を犠牲にして、他国の指導者を倒すなどということがゆるされてよいわけはない。
 同報告書は「イラク戦争はひどい結果をもたらした海外介入で、その失敗は現在の世界情勢に深刻な影響をおよぼした」とも指摘している。
 フセインやカダフィらの独裁者を倒した結果、過激派組織「イスラム国(ISIL)」がうまれ、世界中の都市がテロの脅威に晒されるようになったというのである。

 中東のテロリズム(宗教戦争)が封印されてきたのは、フセインやカダフィらの独裁者が力でおさえこんでいたからで、軍事独裁政権が中東的秩序だったことは、イラクやリビアの民主化(ブッシュ大統領開戦演説)が武器と弾薬の民主化、テロ自由化の引き金になったことからも明らかだろう。
 現在、シリアのアサド政権がアメリカと敵対しているが、アメリカがシリアを攻撃すれば、結果として、反政府軍=テロ集団やISILの支援につながるところに中東情勢の複雑さがある。
 民主主義はテロリズムの温床なので、イスラムの自爆テロは、世界が民主化されるほど拡散して、やがて、世界中の民主的地域や施設がテロリストの標的になるだろう。
 共和党の大統領候補トランプは、イラクを不安定化させるべきではなかったとアメリカの中東政策を批判、テロリストへ厳しい対応をとったサダム・フセイン元大統領を評価したが、中東のみならず、世界の混乱が、アメリカのグローバリズム(アメリカイズムの世界化)によってもたらされたことをはからずも言い当てている。

 アメリカが、世界一の軍事力を背景に、民主化と新自由主義を絶対善とする世界戦略(グローバリズム)をおしすすめてきたのは、あくまで、自国の利益のためであって、フセインやカダフィを倒したのは、二人の独裁者が異教徒にして反米だったからである。
 それがグローバリズムの正体で、ヒト・モノ・カネの自由化や政治や経済の国家間障壁を撤廃するグローバリゼーションとは別物である。
 アメリカ・グローバリズムの原型は、帝国主義で、侵略主義・覇権主義でもある。
 米ソ冷戦構造は、共産主義を輸出しようというソ連と世界のマーケット化をはかるアメリカ資本主義が、世界覇権を争ったグローバリズムの衝突で、日本は、両大国の顔色を見て、ウロウロしているだけだった。
 ソ連のソユーズの打ち上げ成功で、一時、親ソ派左翼が勢いをえたが、日本は、サンフランシスコ講和条約以降、親米派が政権を握って、アメリカ・グローバリズムのライン上に経済政策や安全保障を打ち立ててきた。
 日本が、主権をもった独立国家としての憲法と国軍、政治機構をもっていたなら、その選択は、国策として評価できたろう。
 
 ところが、日本は、国軍(自衛隊)を違憲とする属国憲法をひきずり、核の防衛(相互確証破壊)をアメリカに依存する半人前国家である。
 そんな国家が、アメリカ・グローバリズムに組みこまれて、一人前の国家としてふるまえるわけはない。
 日本は、湾岸戦争の折り、アメリカにもとめられるまま135億ドル(1兆7千億円)の軍事援助費を拠出したが、このうちどれだけ戦費として使われたか不明で、クエートの感謝公告に日本の国名はなかった。
 ドイツは、総戦費が、公称(610億ドル)の半分だったことをつきとめて追加支払いを拒否しているが、日本は、命じられたまま支払っている。
 アメリカの戦争は、世界のアメリカ化(グローバリズム)という途方もないイデオロギーにもとづくもので、背後にロッキード事件で田中角栄を抹殺した軍産複合体(経済・軍事・政治の連合体)と国際金融財閥という怪物が控えている。
 アメリカにとって戦争や安全保障は、経済活動の一部で、国家防衛が経済と切り離されている日本からは遠く想像もおよばない怪物国家なのである。

 アメリカは、戦後、20回以上、中規模以上の軍事行動をおこし、1000万人以上を殺戮しているが、9割が空爆による民間人の死者である。
 戦略的に成功した軍事行動は、戦後の日本占領(1945年)だけで、朝鮮戦争(1950年)とベトナム戦争(1961年)では敗北を喫し、アジアに対米敵対勢力をつくりあげただけだった。
 アメリカのグローバリズムが失敗したのは、国際交易や通商はグローバル化できても、文化や歴史、民族のグローバル化が不可能なことに気づかなかったか、非アメリカ(西洋)的な価値は、ビキニ環礁の珊瑚礁にように、絶滅させても痛痒がないからである。
 アメリカの戦争は、西ヨーロッパのキリスト教諸国がイスラム教諸国に謀略のかぎりをつくした十字軍と本質的にかわるところがない。
 湾岸戦争(1991年)、アフガニスタン戦争(2001年)、イラク戦争(2003年)は、近代兵器の壮大なる実験場で、湾岸戦争では、イラク側の戦死者数15万人にたいして、アメリカ側の戦死者は、0、07パーセントの114人にすぎなかった。

 日本は、アメリカの核の傘≠ノまもられているという説があるが、妄想のきわみである。
 日本が中国や北朝鮮から核ミサイルを打ち込まれた場合、アメリカが、自国被爆のリスクを冒して、中・韓に報復的核攻撃をおこなう可能性は万に一つもない。
 核の「相互確証破壊」は、当事国同士の共倒れ≠フ論理で、第三国がこれに首をつっこむという仮定はもともとありえないのだ。
 核の抑止力は、報復をうけるからではなく、世界核戦争のリスクが、自国の確証破壊となるからで、核で崩壊した世界に勝利の栄光などない。
 71年のキッシンジャーと周恩来会談では「米国の真の友人は中国」「日本の経済大国化は米国の失策」「日本の核不所持は米中共同の利益」「日米安保条約は日本を封じこめるビンのフタのようなもの」などの発言が外交文書に残っているが、72年のニクソンと周恩来会談でも同様の確認をおこない、のちにニクソンは「米国は中国というフランケンシュタインをつくってしまった」と回顧している。
 アメリカは、国益以外になんの価値もみとめず、日米安保条約は、日本をまもるためではなく、極東米軍基地を日本においたというだけの話で、中国に接近したのも、ソ連を牽制するためのものだった。
 71年ジョンソン国務次官がニクソン大統領へ宛てた文書で日米関係をこう定義づけている。
「在日米軍は日本本土を防衛するためではなく、韓国・台湾・アセアンの戦略的防衛のため日本に駐留している」
 ところが日本では、国防や国益、国家意識さえアメリカ任せで、いい大人までが、アメリカ様がつくってくれた憲法9条のおかげで日本は平和という幼稚園児なみのことばをまきちらかしてヘラヘラしている。
「日本の防衛は日本の責任」「日本も核をもつべき」というトランプの発言は、じつは、暴論ではなく、現在の日本にとって、きわめてまっとうな正論だったのである。
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2016年07月08日

 日米関係の重大な曲がり角B

 ●100年遅れている日本の資本主義
 冷戦構造崩壊後、世界経済に2つの潮流がうまれた。
 一つは、アメリカを中心とするグローバリゼーションである。
 そして、もう一つは、中国やロシアを中心とする国家管理型の一国経済である。
 世界戦略と軌を一にする経済のグローバル化も国家管理型で、経済や金融が、外交や安全保障と同様、国家の管轄下におかれている。
 アメリカは、基軸通貨ドルによる国際金融資本の形成と世界スケールの経済展開で世界一の富裕国家の地位を維持し、中国は、共産党独裁にもとづく国家管理型の資本主義を完成させ、アメリカに次ぐ経済大国になった。
 ロシアも豊かな地下資源の輸出を中心に国家管理型の資本主義を強化させている。
 グローバリゼーションと一国主義のちがいがあるものの、米中ロが、経済に一応の成功を収めているのは、経済と国家戦略がリンクしているからで、それを端的にいいあらわしたことばが国益である。
 グローバリゼーションも一国主義も、安全保障と深くかかわってくるので後述することとして、ここでとりあげておきたいのは、国家と経済の関係である。

 政治と経済は二元論で、これを一体化させた共産主義が破綻したのは、権威と権力が一体化したファシズムが自壊したのと同じ話である。
 かといって、両者を切断すれば、相補性が失われて、ともに漂流することになる。
 国家がない経済も経済がない国家も、かつてのアジア諸国のように、列強の餌食になるだけである。
 日本経済がかつて順調だったのは商道≠フ伝統で、商が道徳律や公共性の上に打ち立てられていた。
 一方、資本家の利益に最大の価値をおく古典的資本主義は力の論理≠ェ銃から紙幣や商品に代わっただけの話で、掠奪や侵略、権力とむすびついた植民地政策が帝国主義へと拡大していき、戦争の火種となった。
 侵略や戦争と表裏の関係にある経済は、国家の管理の下におかれるべきとしたのが、21世紀の新資本主義で、米中ロは、ハイエク(市場重視)とケインズ(公共投資)、フリードマン(マネーサプライ)を適宜に織り交ぜて、国家経済という形態をつくりだした。
 それが、アメリカのグローバリズムであり、中ロの国家保護的な一国主義だが、両方とも、国家政策なので、一夜で様相をガラリと変える。
 普遍的なのは、国家や国益だけで、いかなる経済理論も、国益確保の手段にすぎないからである。
 その流動性が政治的局面としてあらわれたのが、トランプの躍進とイギリスのEU離脱の可能性で、世界は、一寸先が闇なのである。
 この地殻変動についてゆけないのが、日本の政治で、武器を捨てると平和になるという中学生レベルの平和主義をふりまわし、70年前の戦争を謝罪して悦に入ってきた。
 決定的に欠落していたのが国益思想で、国益などといおうものなら、右翼や国家主義者と罵詈雑言を浴びせかけられる始末である。
 思考がGHQ時代に貼りついたままで、国際問題が山積するなか、100年前の日韓併合や戦時中の従軍慰安婦問題を詫びてみせるなどの仕業は、寝ぼけた浦島太郎のようなものである。
 国際情勢の激変に驚く前に、世界から大きく立ち遅れた現在の日本の惨状を振り返ったほうがいい。

 日本の資本主義がうまくいかないのは、マルクス経済学が大手を振っているからで、資本主義の破綻を理論化したマルクス経済では、経済の発展が不況や帝国主義戦争をうむことになっている。
 日本の大学で大勢を占めるのがマルクス経済で、学生は赤旗を振り、教師が教壇で資本主義の欠点をあげつらうのが日本的風景である。
 これで、資本主義がうまく機能したら奇跡である。
 独立性をタテに日銀が十年以上にわたって、政府の金融政策を拒んできたのが好例で、インフレ恐怖症の日銀のデフレ政策が長期不況をうみだし、現在も消費や投資の萎縮が日本経済を沈滞させている。
 財政赤字がふえるとハイパーインフレがおこると警告する識者が少なくないが、中央銀行を国有化して紙幣を刷りまくったヒトラーや生産工場が壊滅して食べ物もなくなった日本の終戦直後をひきあいに現在の経済を語るのは、江戸時代の飢饉をおそれて米や小麦粉を備蓄するようなもので、ただの笑い話である。

 とくに問題なのが「借金1000兆円の嘘」で、日本人は「増税しなければ財政破綻をおこす」「子孫に巨額財政赤字背負わせていいのか」という財務省やマスコミの脅しにのって、消費を手控え、老後の蓄えに余念がない。
 財政赤字1000兆円も、日銀と政府のバランスシートを連結すれば数分の一に縮小され、有利子の国債から無利子の日銀券に転換してゆけば、通貨発行益(シニョリッジ)によって、国債の総額が徐々に減額してゆく。
 金利負担も、紙幣を刷って補えば、インフレターゲットとなって、金回りもよくなる。

 国の借金は国民の金融資産で、ともに国富である。日本を超える財政赤字をかかえるアメリカで、これまでいちども財政赤字が問題にされてこなかったのは、経済をバランスシート(複式簿記)でとらえているからである。
 ところが、日本は、社会主義国家のような単式簿記なので、カネ(予算)が国家からのあてがいブチの一方、国家がどれだけの資産をもっているか見当もつかない。
 グローバル経済も一国経済も、一応の成功をみているのは、複式簿記にもとづく国家主導という骨組みができているからで、日本経済がいつまでも離陸できないのは、財務省が旧ソ連における経済部のつもりだからである。
 思想的にも、徴税しか頭にない社会主義型で、消費とカネをふやすことで発展する資本主義の立場に立っていないのだ。
 アメリカが、巨額の財政赤字をかかえながら好況を維持しているのは、どんどんカネを使い、足りなくなったら刷っているからで、経済スケールとマネーサプライがほぼ足並みを揃えている。
 これが資本主義の原理で、米中ロは、資本主義を効率よく運用させている。
 それまで、分離していた政治(権力)と経済(民間)が国家指導の下で一体化して国家経済となったのが現在の資本主義の流れで、遅ればせながら、安倍政権の脱デフレ≠烽サの一つに数えられる。
 経済が国益のスタンスからとらえられるようになって、前世紀的な資本主義にようやく修正がくわえられたのである。

 日本経済が30年以上、停滞しているのは、マルクス経済を学んできた日本の経済官僚や経済学者が、資本主義と反対の方向に経済政策の舵を切ってきたからで、マルクス主義では、カネの流通増と消費の拡大が、資本主義の活性化ではなく、インフレと不況、帝国主義にむかうことになっている。
 単式簿記のマルクス経済では、財政赤字は借金で、緊縮財政で政府の備蓄をふやすことが善なのである。
 日本の政治経済が世界から大きく立ち遅れているのは、西洋の書物から学ぶこと以外に何もできない東大が日本の支配階級を独占しているからである。
 デフレ脱却や憲法改正という自主路線に反対するのは、欧米や中韓にたいする手下根性≠ェ骨がらみになっているからで、東大系インテリ左翼にとってアメリカの属国だったGHQ時代が黄金の日々なのである。
 激変する世界の潮流と向き合う前に、現実にたいして創造的に対応することも、自主的な戦略を立てることができない東大人脈というガン細胞をなんとかしなければならないだろう。
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2016年07月01日

 日米関係の重大な曲がり角A

 ●イギリスの「EU離脱」とトランプ旋風
 国民投票でEU離脱を決めたイギリスが「国家分裂(イングランド・ウェールズ・スコットランド・ 北アイルランド)」の危機に見舞われている。
 小差でも、多数派が国民の総意となる国民投票では、国民的コンセンサスが崩壊して、国民主権に依存している国家主権が、液状化現象をおこしてしまいかねないのである。
 そうなる事態を避けるため、民主主義は議会をおき、代議員の多数決による表決を最小限のルールとしてきた。
 これが間接民主主義(議会制民主主義)だが、一方、国民投票などの直接民主主義では、国家の進路が、素人判断と気まぐれにあずけられる。
 直接民主主義をもとめたルソーは、人民代表に国民主権を委ねるべきとしたが、その人民代表が、ヒトラーであり、人民政府のスターリンだった。
 日本では、二言目には国民投票(首相公選制など)という風潮だが、これが民主主義に品位と良識をもとめた議会制の否定にあたることにだれも気がついていない。

 そもそも多数決は、剣ならぬ投票用紙の暴力で、正しい判断に必要な知識や情報、利益の調整などのメカニズムがいっさい担保されていない。
 民主主義は三つの欠陥をもつ。
 ファシズム化の危険性とテロリズムにたいする脆弱性、衆愚政治である。
 君主制を打倒、あるいは形骸化させて樹立された民主主義政権が、これまで大過なくやってこられたのは、議会をあわせもったからで、民主主義は、普通選挙法と議会のことといってよいくらいである。
 議会民主主義のお膝下であるイギリスで、国家の進路を国民投票にかけるというバカなことをやらかしたのは、現在、国王や議会の権威が低下して、国民の気まぐれが最大の価値になってしまうほど、ポピュリズムが猛威をふるっているからであろう。

 アメリカでも同じようなことがおきている。
「不法移民の強制送還」や移民流入阻止のためにメキシコとの国境に「万里の長城」を築くなどの公約を打ち出したトランプが、2015年以来、共和党の支持率トップを維持して、ライバルが次々に脱落するなか、ついに、事実上の大統領候補となったのである。
 日韓の原爆保持、極東米軍の撤退、TPP打ち切りどころかNAFTA(北米自由貿易協定)の見直しまで視野に入れるトランプの反グローバリズム的な姿勢は、共和党の政策どころかそれまでのアメリカの国策を根こそぎひっくり返しかねない。
 ところが、現在のアメリカでは、だれも、トランプの勢いをとめられない。
 イギリス以上にポピュリズムが蔓延しているアメリカでは、正論に耳を貸す理性が失せて、ウケがいい暴論・俗論にのって、大統領選挙が大衆の鬱憤ばらしにされているのである。
 イギリスの次期首相と目されていたボリス・ジョンソン(前ロンドン市長)がイギリスのトランプ≠ニ呼ばれたのも、事情は同じで、過激な表現で移民政策を批判してきたボリスは、大英帝国の復活を訴え、社会保険などの福祉基金が移民によって食いつぶされるなどと煽って、EU離脱の世論をリードしてきた。

 アメリカ・ファーストも大英帝国復活も、一国主義だが、現在のグローバリゼーションの基礎をつくったのは米英で、その恩恵を享受してきたのが、英語という世界公用語をもち、西洋文明のリーダー役をつとめてきた米英だった。
 その英米が、揃って、一国主義へ舵を切ろうとしている。
 理由は明らかである。
 グローバリゼーションや新自由主義が中間層の貧困化≠ニいう落とし穴にはまりこんだからである。
 トランプやボリスは、第一次大戦の敗戦後、ヒトラーが賠償金負担や領土の一部を失った危機を過剰に宣伝して、民主的な手続き(国民投票)で独裁者になったように、ナショナリズムを鼓舞して、ロシアのプーチンや中国の集近平のような強いリーダーになろうとしているのである。
 戦後、世界は、良くも悪しくも、西洋文明化とアメリカ化という道筋をたどってきた。
 とりわけ、アメリカは、国際金融と軍産複合体経済を世界に展開して、国際社会の盟主として君臨してきた。
 グローバリゼーションに拍車をかけたのが、サッチャー政権によるサッチャリズム、レーガン政権によるレーガノミクスで、民営化や規制緩和、大幅減税のほか金融ビッグバンや外資導入をおこない、一方で、社会保障制度や被雇用者の利益をまもる諸制度を後退させた。

 今回、英米でおきているのは、中間者層の叛乱で、グローバリゼーションと新自由主義が「ノー」をつきつけられている。
 いまさら、経済のグローバル化に歯止めはかからない。
 その一方、ナショナリズムが過激の一途をたどってゆくはずである。
 経済が世界サイズになって、後戻りができない一方、中間層の復活をめざす社会保障の充実や被雇用者の保護政策や規制強化は、一国(孤立)主義に依存せざるをえないからである。
 だが、これは、ないものねだりでもあって、国際化された金融資本やグローバル化された経済を国内に還流させることは不可能に近い。
 世界経済は、国際化と孤立主義のジレンマのなかで、当分、ジタバタしつづけなければならないのである。
 かつて日本は、護送船団方式で産業界を保護し、一方、自社協定で労働者の賃金を上げ、世界に類のない経済復興・高度経済成長をはたした。
 池田勇人の「所得倍増計画」とドゴールにトランジスタのセールスマンと揶揄されたモノづくり経済≠ェ日本経済の真骨頂だったのである。
 日本経済を破綻させたのが、アメリカの圧力と国際金融への参入で、プラザ合意とバブル経済・バブル崩壊、日米構造協議、そして、新自由主義の導入によって、日本は、長いあいだ混乱と低迷を余儀なくされた。
 検察が日本の伝統的な商習慣だった談合をつぎつぎに摘発して、新聞紙面を賑わせたのは、アメリカへの迎合だったわけだが、今後、アメリカが孤立主義にはいるようなことになれば、かつての日本の護送船団方式や談合がアメリカの新しいルールにならないともかぎらない。

 イギリスのEU離脱とアメリカのグローバル経済からの撤退(トランプ・クリントンともTPP不参加を表明)によって、世界経済は、今後、孤立主義の方向にむかうだろう。
 フランスやオーストリアで右翼の台頭が著しいのも、グローバリゼーションへの反動で、今後、世界経済は、保護的な政策が大手を振る閉鎖型になる可能性もある。
 しかも世界は、リーマン・ショックで、グローバリゼーションや国際金融がいかに不安定な代物であるか知った。
 残された道は、ロシアや中国のような国家管理型でなければ、国内で多くを生産し、多くを消費する自己完結型の経済であろうが、それこそが、日本経済のお家芸である。
 小泉・竹中の新自由主義をひきずっているアベノミクスが、金融資本の操作からかつてのつくる経済≠ヨ立ち返ったとき、日本経済は、ふたたび世界をリードできるのである。
 日本は、戦後70年、アメリカに追従することを唯一の善としてきた。
 その結果、霞ヶ関が対米追従一色となって、自主性や独創性が失われた。
 アメリカは、日本の盟主でも指導者でも、まして教師でもない。
 トランプであろうとクリントンであろうと、新大統領が誕生したときこそ、日本が対米独立の好機なのである。
 次回は安全保障と流動化しはじめた世界情勢とりわけ英米、ロシアと欧州、中国とアセアン諸国の関係についてのべよう。
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