2016年08月26日

 グローバリズムの崩壊と全方位外交A

 ●失敗に終わったグローバリズム
 価値観や文化、資金力の軍事力の世界化をグローバリズムというなら、大航海時代の海外侵略やキリスト教者による非キリスト教者の虐殺、植民地政策や大国による小国群の支配、米ソ冷戦構造とその後のアメリカに一極支配にいたるまでグローバリズムといえる。
 旧ソ連の連邦国家も中華思想もグローバリズムの一つで、南シナ海をめぐる米中の緊張は、国益の衝突ではなく、グローバニズムにおける摩擦である。
 戦後、米ソ冷戦・冷戦後をふくめて、グローバニズムは惨憺たる結果をまねいた。
 1979年、ソ連のブレジネフ政権がイスラム原理主義ゲリラを抑えるためアフガニスタンに侵攻、ベトナム戦争と同様、10年にわたる泥沼の戦争に国力を消耗して、ソ連崩壊の原因をつくった。
 ソ連が崩壊した1991年、イラクのクウェート侵攻をきっかけに第一次湾岸戦争が勃発、このとき、アメリカを中心とする多国籍軍(連合軍)がイラクを空爆している。
 アメリカで同時多発テロがおきるのは、その10年後の2001年である。
 以後、アメリカの一極支配は翳りをみせはじめ、孤立主義を主張する大統領候補(トランプ)が出現する事態となった。
 イギリスもEUから脱退するなど、大国が徐々に一国主義をとりはじめたのは、グローバリズムがあらゆる意味で合理性を失いつつあるからである。
 帝国主義の遺伝子をもつグローバリズムは、IT情報化された現在の情勢において、すでに時代遅れになっている。
 軍事的優位を背景に自国の文化や価値観をおしつけるのは、侵略以外のなにものでもなく、世界の軍事費の約半分を占めるアメリカがグローバリズムという帝国主義をふりまわす体制がいつまでも安泰というわけにはいかない。

 アメリカがグローバリズムを捨てられない理由は二つあるだろう。
 一つは、軍産共同体というアメリカ資本主義の宿命的体質である。
 アメリカは、建国以来235年のうち220年近くを他国と戦火を交わしてきた戦争国家で、戦後になっておこした戦争も、朝鮮戦争からベトナム戦争、湾岸戦争をふくめて20以上もある。
 アメリカにとって、戦争と軍事装備の輸出は、いわばメシのタネで、かつての冷戦や現在のイスラム過激派とのテロ戦争、ロシアや中国、北朝鮮の脅威も、皮肉なことだが、アメリカ経済をささえる基礎条件になっている。
 航空機や宇宙工学、兵器製造・輸出にささえられているアメリカにとって、緊張や紛争、戦争こそが望ましい状態で、アメリカのこれまでの一連の軍事行動は、平和をもとめてのことではなかった。
 アメリカが関与した戦争が、ことごとく、最悪の事態をまねいてきたのは、国益とりわけ軍産共同体資本の利益のためだけだったからである。
 アメリカの論理は、つまるところ、資本の論理で、アメリカの正義は、資本の正義にほかならない。
 日本を倒して中国というフランケンシュタインをつくりだしたアメリカは、朝鮮戦争で北朝鮮という鬼っ子をうみだし、フセインを処刑してイスラム国という怪物を出現させた。
 戦争や世界戦略に哲学がなかったというよりも、結果として、アメリカは、新たな強敵をつくりだすことによって、超軍事国家としての存在感を高めたのである。

 アメリカ経済は、軍産共同体と国際金融の二本足で立っている。
 国際金融も謀略で、世界をドル支配したアメリカ資本が、日本のバブル崩壊から通貨危機、リーマンショックなどの経済・通貨崩壊や世界的な構造不況をつくりだし、金融商品に手をだしたヨーロッパの銀行などはその痛手からいまだ立ち直っていない。
 金融を中心としてきたアメリカ型資本主義は、勝者と敗者を分かっただけで、結局、創造的・生産的価値をうむことはなかった。
 現在の世界不況の原因は、そこにあって、つくらざる経済や投資経済、貧富格差の拡大が万人にゆたかさをもたらすわけはない。
 アメリカに次ぐ大国であるロシアと中国の経済が比較的順調なのは、ロシアは地下資源、中国が安価な労働力および購買力という経済的実体をもっているからである。
 といっても、地下資源も安価な労働力も、経済の国際化(グローバリゼーション)と国際市場なくして成り立たない。
 ロシアも中国も、自国だけでは自立できない他国依存型の経済なのである。

 日本経済は、金融の自由化から市場開放、TPPとアメリカの要求にそってグローバリゼーションをすすめてきたが、本来、一国主義経済で、輸出や輸入もそれほど多くない。
 食糧自給率が低いのは、輸入飼料による国内畜肉まで輸入品に算入しているからで、霞ヶ関が、米国に依存しなければやっていけないというという世論をつくりだしているのである。
 足りないのは、エネルギー資源だけだが、現在、日本では、純粋な国産エネルギーである原発再稼動反対の声が依然としてつよい。
 一国主義において、要請されるのは、国益主義と愛国心だが、新聞マスコミは、相変わらず、他国では美徳とされる愛国心やナショナリズムを最大の悪徳であるかのように吹聴している。
 次回は、そのあたりから、全方位外交を米・中・ロに絞って、議論をすすめていこう。
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2016年08月19日

グローバリズムの崩壊と全方位外交@

 ●対米追従から全方位外交へ
 米ソ冷戦構造の崩壊(1991年)から同時多発テロ(2001年)までの10年間、アメリカの一極支配構造がつづいた。
 クールウオー(米ソ冷戦)とホットウオー(第一次湾岸戦争)に勝利したアメリカは、経済的にも、父ブッシュの後に登場したクリントン大統領によって双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)が解消へむかい、好況へ転じた。
 レーガンや父ブッシュの「小さな政府」(新自由主義)を「大きな政府」(国家型経済)へ転換して、雇用の創出や経済競争力の強化に成功したほか、ゴア副大統領がすすめた情報スーパーハイウェイ構想などIT産業が軌道にのったためだった。
 クリントンが軌道にのせた国家国民型の経済をぶち壊したのが子ブッシュ大統領だった。
 新自由主義と「資本の論理」へ時計の針を逆戻りさせ、富の偏在や福祉の後退、雇用の縮減、保護的政策の後退などの格差社会をつくって、経済を減速させたのである。
 これをそっくり真似たのが小泉改革で、竹中平蔵が音頭をとったブッシュ式新自由主義は、不良債権を処理し終え、上向きになりかけた日本経済を一気に格差社会へ転落させた。
 アメリカの一極支配構造をゆさぶったのがこの新自由主義で、アメリカのみならず、西側諸国がいっせいに新自由主義の毒牙にかかって、経済を弱体化させていった。
 新自由主義は、勝者と敗者をつくりだす経済メカニズムなので、少数の富者と多数の貧者をつくりだす。
 購買力を失った貧者が大挙して出現する社会で、経済がうまくいくわけはないが、ブッシュ親子や小泉元首相は、資本主義は競争原理によって発展するという古い迷信にとらわれたままだった。
 冷戦崩壊後、共産主義は死んだが、資本主義も新自由主義という毒が回って重態に陥ったのである。

 一方、ロシアや中国は、一国主義と社会主義的な資本主義をとって、徐々に経済力を高めていった。
 資本が、投資家や株主ではなく、国家のものとする社会主義的な政策が功を奏したのである。
 1999年、ヨーロッパでユーロ経済圏が誕生すると、アメリカの一極支配体制はさらにゆらぎ、世界は、アメリカ中心の金融経済から資源や製造などに重点をおく本来の経済体制へシフトしはじめた。
 日本でも、第二次安倍政権が、デフレ政策をインフレ政策へ転換するなど、新自由主義を大幅に是正して、経済が上向きになった。
 グローバリゼーション=国境なき経済は後退することはない。
 だが、事実上のアメリカナイゼーションであるグローバニズムは、アメリカ一極支配体制の終焉とともに葬り去られたのである。

 アメリカの存在感は、世界の軍事費の約半分を占める圧倒的な軍事力にある。
 憲法9条で交戦権や集団的自衛権を禁止されている日本の安全保障も、アメリカの軍事力と日米安全保障に依存している。
 アメリカが、ミサイル反攻のリスクを冒して日本をまもるか否かは別問題として、日米安保がなかったら、日本は、自国防衛の法的な根拠を失い、護憲論・反安保論者が望むように、中国の軍事制圧圏内にのみこまれる。
 第9条が、戦勝国によって日本国憲法に書きこまれた武装解除条項≠セったからで、国連憲章の敵国条項によれば、戦勝国の中国は、敗戦国である日本の主権行使にたいして、無条件に軍事制圧できる特権を有している。
 先の安保法制は、中国の拒否権行使で撤廃できない敵国条項を無効にするもので、日本は、日米安保体制において、独立国家たりえている。
 日米安保は、軍事的グローバニズムで、地球上のすべての制海権をにぎって軍事的一極体制を維持したいアメリカにとって、日本の基地は、アジア戦略上、きわめて重要な要衝である。
 だが、アメリカがグローバリズムから孤立主義に転換すれば、日米安保条約は、トランプがいったように用なしになってしまう。
 日米安保の破棄や日本から米軍撤退の前に憲法を改正しておかなければ、尖閣列島や沖縄が風前の灯となるのである。
 
 日本が自主憲法を制定して、自力で安全保障体制を確立すれば、当然、日米安保の質や内容が変わってくる。
 自主防衛にくわえて日米安保、日ロ平和条約とアジア共同防衛が可能になるのが多極化された世界の安全保障体制で、冷戦時代のような対米追従以外に選択肢がなかった時代とは異なる。
 アメリカ一極支配から多極化という時代の潮流を読まなければ、日本は、大きな誤りをおかすことになる。
 多極体制は、米・ロ・中の三大強国に下に日本とインド、EUとイギリスとインドの4か国がかまえる形になるだろう。
 大国による多極化は、軍事力のほかに、経済力と技術力が大きなウエイトを占める。
 アメリカは圧倒的な軍事力と基礎研究、ロシアは地下資源、中国は巨大市場が大きな土台になっている。
 だが、アメリカでは生産力が空洞化し、中国には基礎技術がなく、ロシアには産業力とりわけIT関連分野に弱点をかかえている。
 一方、日本は、軍事力で米・ロ・中におよばないものの、応用技術や生産性、金融資本などの経済力で3大強国に勝る。
 欧米の大企業の多くが日本の銀行に長期借り入れを申し込んできている。
 欧米の銀行が、リーマン・ショックや債券の証券化によって世界中にばらまかれた不良債権の処理に苦しんでいるのにたいして、日本の銀行が長い時間をかけて不良債権を処理し終えたからで、巨額の長期借り入れを対応できるのは日本の銀行だけである。
 多極化構造は、軍事のみならずあらゆる分野で、国家観の利害が相補的となる関係で、そこから全方位外交という戦略がひらけてくる。
 次回は、日本の全方位外交のあるべきすがたを展望してみよう。
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2016年08月12日

 天皇の「生前退位」が広げた波紋C

 ●天皇陛下のご発言は大御心だったのか
 安倍首相は、天皇陛下がビデオメッセージで生前退位のご意向をしめされた問題について、ご年齢とご公務の負担など陛下の心労を重くうけとめるとしながらも、生前退位の法制化などの具体的な政府の方針は示さなかった。
 菅官房長官も「公務の円滑な遂行が困難になることを懸念されたお気持ちを述べられたもので、国政に影響を及ぼす発言ではない」として、天皇が政治に影響力をもたない憲法上の限界をしめした。
 天皇が政治的影響力を有さないのは、権威と権力の二元化というわが国の伝統で、かならずしも、憲法の規定にもとづくものではない。
 天皇の地位を憲法で規定すれば、天皇を国家元首とした明治憲法の二の舞となり、天皇の政治利用という道をひらくことになる。
 象徴天皇を憲法の規定とする菅発言からもうかがえるように、憲法改正案に天皇元首を謳った自民党には、天皇が憲法ではなく、国体にもとづく存在という認識が乏しい。
 天皇の象徴性は、市民革命によって権力者としての地位を失ったヨーロッパ王制の象徴ではなく、権威と権力の二元化にもとづく非政治化であって、古来より、天皇は、権力者ではなく、象徴的存在だった。
 改憲案に天皇元首を謳った自民党に猛省と再考を促したい。

 天皇の政治的影響力は、失われたのではなく、隠されているだけで、それが表にあらわられたのが、歴史上、三度しめされた御聖断である。
 一つは、東條首相が「陛下は戦争に反対であらせられる」と閣議報告した対米開戦準備の白紙撤回で、二つ目はみずから鎮圧を申し出られた「二・二六事件」、そして、三つ目が終戦の御聖断である。
「二・二六事件の鎮圧」と「終戦の御聖断」はうけいれられたが、「対米開戦準備の白紙撤回」は、戦わずに事実上の敗戦となるハルノートの過酷さと軍部の抵抗のため実現されることはなかった。
 日米開戦を回避できたはずの御聖断が封印されたのは、御聖断が権力による政治利用だった証左で、明治政府の王政復古が国体という歴史を裏切る暴挙だったのである。
 国体は、歴史の反映で、天皇の地位も、歴史が用意した座にほからない。
 男系男子を継承する皇統のどなたが玉座に就かれても、それが万世一系なのであって、これを憲法の規定にゆだねることはゆるされない。

 国家や法、制度は、現在的にして唯物的である。
 したがって、万人が敬意をいだく権威はそなわらない。
 権威は、歴史という時間的連続性に宿るものだからである。
 天皇が権威たりうるのは皇祖皇宗と一体化した歴史の体現者だからで、憲法上の象徴天皇として歴史から切り離されると権力構造の一部にすぎなくなってしまう。
 天皇陛下の今回のおことばやお気持ちが、はたして、皇祖皇宗の大御心に添っていたであろうか。
 陛下のお考えやおことばが大御心に反していたなら、葦津珍彦がいったように「聞いてはいけない」ということになる。
 天皇陛下が皇太子時代、家庭教師をつとめたヴァイニング夫人は、クエーカー教の正式会員で、アメリカ民主主義の信奉者であった。
 皇太子徳仁親王も、数年間、オックスフォード大学に留学されている。
 天皇陛下や皇太子殿下の個人的なお考えは、女系天皇容認とつたえられるが、皇位継承について、陛下や皇太子殿下からおことばをいただく必要はない。
 耳を傾けるべきは、日本書紀などの正史にもとづいて、先人がくり返してきた不変の原理で、それが大御心である。
 皇祖皇宗は、女系天皇や皇位継承を法にゆだねる現行憲法をけっしておゆるしにならない。
 戦後、占領軍によって臣籍降下させられた11宮家をいまだ皇籍復帰論させられない現状を深く憂いてもおられる。
 それが、民を思い国の行く末を案じる大御心で、天皇陛下のおことばは、皇祖皇宗のご遺志でなければならない。

 大御心の添うことによって、一過性の権力に正統性がそなわる。
 それが、権威と権力の二元論で、国体護持は、権力者が負うべき最大の義務である。
 国体をまもるというということは、大御心をまもるということであって、政治家は、国体護持の義務を最大限に負わなければならない。
 ところが、現在、政治家は、天皇は憲法上の存在と言い放って、恥じるところがない。
 権威と権力は、並び立っているのではなく、大御心の下に幕府が開かれたことからわかるように、上下の関係にある。
 いくさの勝者、選挙の多数派にすぎない権力には、権威という正統性がそなわらず、権力が権力たりえない。
 戦国時代の群雄割拠は、そのためで、武田信玄や織田信長が京をめざしたのは、天皇拝謁をもとめてのことだった。
 武田信玄が、上洛途上、病死して、天皇拝謁を実現した織田信長が、天下統一の号令を発して、100年以上にわたった戦国時代の幕が下ろされた。

 信長が天皇にとってかわろうとしたという俗説があるが、権力が権威に寄り添って立つ原理を知っていた信長が、そんな愚かなことをするはずはなかった。
 皇位を簒奪しようとした人物には、歴史上、弓削道鏡や平将門(桓武天皇の玄孫)、以仁王(後白河法皇の子)、足利義満らがあげられるが、崇神・応神・継体の新王朝と同様、平将門や以仁王は、皇統の男系男子相続者で、皇位簒奪にはあたらない。
 万世一系を危うくしたのが、道鏡と義満で、かれらが新天皇や上皇(新天皇=足利義嗣)になっていれば、皇室の起源が神武天皇ではなくなっていた。
 明朝皇帝から「日本国王」として冊封を受けた義満は、皇位を簒奪することによって自身の国王の地位をあげ、明の属国になろうとしたわけで、義満急死は、四代将軍となった足利義持と公卿らによる暗殺だった可能性が高く、のちに、義嗣も義持によって殺されている。
 皇位簒奪に失敗した道鏡が左遷(下野薬師寺造寺別当)されたのも、和気清麻呂の機転(宇佐八幡宮神託事件)によるもので、天皇の権威は、万世一系の維持という形でまもられてきたのである。
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2016年08月04日

 天皇の「生前退位」が広げた波紋B

 ●政体ではなく国体に殉じた楠木正成
 東京都知事選で政党の支援を受けなかった小池百合子が、政党の推薦をうけた増田寛也(自民、公明、こころ)と鳥越俊太郎(民進、共産、社民、生活)の両氏に大差をつけて当選した。
 小池氏の勝因は、増田氏と鳥越氏が権力をバックにしたのにたいして、権力から距離をおき、民意によりそったからだろう。
 数の論理に立つ政党は、権力構造の一部で、民主主義においては、多数決が権力奪取の唯一の手段となる。
 その象徴が選挙で、選挙における多数決は、戦場における戦闘能力のようなもので、血を流さないいくさにほかならない。
 民主主義を文化的概念でととらえる論者もいるが、民主主義には、普通選挙法と多数決のほかに有意義な価値などそなわっていない。
 普通選挙法も多数決も、剣や銃が投票用紙に代わっただけで、民主主義は、もともと、野蛮な制度なのである。
 民主主義が政治の主役に躍り出たのは、西洋では、政治が権力の操作で、選挙が権力の争奪戦だったからである。
 都知事選をひきあいにだせば、落選した2候補が訴えたのが都政刷新などの権力的な政策で、たとえ戦術だったにせよ、小池氏がもちだしたは、待機児童問題や高齢者施設などの非権力的なテーマだった。
 政策の内容に大きなちがいがなかったとすれば、当落の差は、落選2候補から権力臭が漂ってきたのにたいして、小池氏にはそれがなかったということだろう。
 すると、政治は、権力の操作にすぎず、選挙は権力を奪い合う戦場というのは、誤った認識だったことになる。
 今回の都知事選は、はからずも、政治=権力ではなかったことを明らかにしたわけで、除名などの処分をおこなって、小池291万票を敵に回そうという石原伸晃や下村博文の発想は、権力的であるがゆえに権力を失う、愚者のふるまいといわねばならない。

 大学で教わる政治学は、プラトンやアリストテレスからマキャべりやホッブズ、ルソーやロックなどヨーロッパのものばかりで、日本の政治学者のなかに、ヨーロッパよりはるかに高度だった天皇の政治を知る者が一人でもいるだろうか。
 ヨーロッパの政治は、権力闘争そのもので、政治の延長線上にあるのが戦争(クラウゼヴィッツ)という荒々しさである。
 市民革命の引き金となったのが、恐怖政治や圧政、人民を貧困と飢えにさらした身分社会や特権階級の専横で、革命のスローガンになったのが、民主主義だった。
 日本にも、君民一体や君臣一体、相身互いという民主主義の精神があったというより、そもそも、日本には、歴史上、民主主義を必要とする暗黒社会が存在しなかった。
 政治家は、ほとんど大卒なので、日本の歴史からではなく、西洋の歴史から政治を学んでくる。
 そして、ルソーに染まって左翼になるか、石原伸晃のように、政治が権力とイコールであるかのような錯覚に陥って、日本的な政治感覚を見失う。
 日本的政治を知っていたのが、大卒ではなく、したがって、西洋の政治学を知らなかった田中角栄だけで、角栄の政治は、コンピュータ付きブルドーザーといわれるほどダイナミックだった。
 日本的な政治を西洋式に変質させたのが、天皇を国家元首に担ぎ上げ、帝国主義へつきすすんだ明治政府だった。
 西洋の真似だった明治の日本の近代化は、踏み出しから誤っていたのである。

 政治を権力行為ととらえるのは、ヨーロッパから政治学を学んだインテリの錯覚で、日本において、権力は、歴史や文化、民族や共同体の下位にあるものでしかなかった。
 権力は、一過性の現象であって、歴史という時間軸から切り離されている。
 それが政体で、空間軸には、権力や富、法や制度などの世俗的なものしかない。
 国家が永続性をもつのは、歴史や文化という時間軸にささえられているからで、これが国体である。
 権力しかないヨーロッパの国家との決定的な相違点がそこで、とりわけ英仏や米ロ中などのような革命国家は、歴史をみずから断ち切っているので、国家=政体となって、国体という伝統的な価値や文化構造は過去の遺跡でしかない。
 あるのは民主主義だけで、イギリスのEU離脱のように、国家の進路までが国民投票できめられる。
 そこには、伝統や歴史の叡智、先人の知恵が欠落して、国家自体が目の前の利害だけしか目に入らないガリガリ亡者の集団となるのである。

「建武の新政」で足利尊氏らと後醍醐天皇を助け、尊氏が叛旗を翻したあとは南朝軍を統率、湊川の戦いで700人の小勢で数万の尊氏の軍勢に挑み、破れた楠木正成は「七生報国」を誓って、弟正季とともに自害した。
 七生報国の国は、空間的・世俗的な国家ではない。
 正成の国家は、歴史という時間軸と神性からなっている国体のことである。
 尊氏は、武家時代の到来を念頭に、正成を家臣に迎えようとしたが、正成は一顧だにしなかった。
 正成が七生報国を誓った国は、権力構造としての国家ではなく、神性をおびた国体だったからである。
 水戸黄門こと徳川光圀は、正成終焉の地・湊川に墓石を建立、そこに自筆で「嗚呼忠臣楠子之墓」と記した。
 封土や俸禄の代償として忠勤奉仕に励む武士の論理は、打算で、俗世の利害に左右される。
 光圀公は、権力の走狗となる粗雑な武士に失望して、国体に殉じた楠木正成に武士の理想をもとめた。
 幕府や主君のあいだにあるのは契約で、建武の新政が失敗したのは、武士が恩賞に不満をもったからだった。
 利害や個人的栄達に心をうごかされる武士は、身命を捨てて、国体=神州をまもることはできない。
 楠木正成に日本精神を見た光圀の思想は、やがて、幕末の尊皇攘夷へと発展していく。
 次回は、権力欲に駆られて皇位を奪おうとした亡者たちの顛末を見ていこう。
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