2016年11月29日

 トランプ大統領とアメリカ一国支配の終焉A

 ●日本は対米従属から一国主義へ転回できるか
 一国主義の台頭や孤立主義をとるトランプの登場によって、グローバリズムや軍事的拡張主義が国際緊張を高めた時代は、終わりを告げようとしている。
 現在、国家および国際的危機の原因になりうる要因は、イデオロギーの対立でもパワー・オブ・バランスの歪みでも、まして軍事衝突でもなく、唯一、経済だけである。
 その経済も、最大の問題は、中間層の没落と貧富の格差で、消費の担い手である中産階級の貧困化という資本主義の構造的危機が、いまや、世界的な現象になりつつある。
 生産と消費、貯蓄から成る経済のうち、金融経済として拡張したストックがバブルをつくり、実体経済を破壊する。
 それが不良債権や消費を担う中間層の貧困化である。
 実体経済から奪われたマネーが、一握りの富裕層に独占されるメカニズムが格差社会で、これをささえる理論が新自由主義である。
 世界構造がグローバリズムから一国主義へ移り変わってゆく背景にあったのが、新自由主義の破綻だったのは、だれの目にも明らかだろう。

 例外が中国で、かつての高成長は影をひそめたものの、中国が世界第二位の経済大国たりえている条件の一つに、購買力が旺盛な中間層の存在をあげることができる。
 理由は、管理型の資本主義では、無制限な富の偏在や資産所得の独占などがおこりにくいからで、国家の管理が、皮肉にも、資本主義の欠陥である通貨の不安定性や中間層の没落を防いでいたのである。
 ロシアも同様で、経済制裁やルーブル不安、過剰な輸出依存(地下資源・穀物)などによって低迷していたロシア経済が徐々に安定してきたのは、ロシア型の資本主義が国家管理のもとにあるからで、アメリカのような極端な富の偏在も貧富の格差もうまれていない。

 1980年代以降、新自由主義に傾倒したアメリカ経済は、上位1%が富を独占して、99%が豊かさを享受できない極端な格差社会をつくりだした。
 上位0.1%や0.01%(メガリッチ)が占有する資産が中間層全体(下位90%)の総資産に匹敵するといわれるほどで、アメリカでは、国民総資産の半分以上が1%の富裕層に握られている。
 富裕層が独占する金融資産は実体経済に循環してくることがないので、実体経済が縮小して、中間層が没落する。
 それが世界不況の原因で、リーマン・ショックで失われた資金が、経済活動を鈍化させ、マーケットの資金を枯渇させている。
 現在、欧米の大企業が日本に大規模融資を打診しているのは、大型長期貸付ができるのが、不良債権処理を済ませた日本の銀行だけだからである。
 といっても、日本も、雇用を中心に、いまなお、新自由主義の痛手をひきずっている
 株価が上がっても、実体経済に反映されないのは、アベノミクスが小泉・竹中コンビの新自由主義をひきついだものだからで、金融経済と実体経済の区別がつかない安倍首相が頭をきりかえないかぎり、日本は、中間層の没落と貧富の格差拡大というアメリカ的な荒廃からいつまでたっても抜け出せないだろう。

 米大統領選におけるトランプの勝利は、予想を裏切るものだったが、歴史的な必然性からみれば、むしろ順当で、ロシアのプーチン、中国の習近平が強力な国家主導型資本主義をすすめてゆくなか、新自由主義の毒にあたって死の床にあるアメリカを救えるのは、アメリカ・ファーストのトランプだけだったかもしれない。
 今後、世界情勢は、アメリカの一国支配から米・ロ・中の協調路線へ変わってゆくはずで、第二ブロックを形成するのが日本とドイツ、インドであろう。
 これまでのパラダイムと異なるのは、日本がアメリカに従属する関係にはないことで、戦後70年を経て、日本は、アメリカから離れて、一国主義という未知の領域に足をふみいれる。
 日本がアメリカに従属的だったのは、米ソ、米中が冷戦あるいは対立関係にあったからで、安全保障というフレームのなかでは、日本は、アメリカの極東戦略に組み込まれてしまわざるをえなかった。
 日本の防衛費は5兆円弱で、在日米軍支出が6〜7千億円程度、そのうち思いやり予算が2千億円前後である。
 日本における国家防衛の本隊は、予算5兆円弱の自衛隊ではなく、6〜7千億円のコストがかかる在日米軍である。
 日本が国家防衛を在日米軍に依存せざるをえないのは、核装備をもっていないどころか、敵国への反撃や先制攻撃ができず、軍事衛星システムもアメリカに依存しているからである。
 日本は、約7千億円の支出で、核をふくめた制限のない攻撃がおこなえ、前線に150機の航空機と原子力空母、原子力潜水艦や数隻のイージス艦、5万人の兵力をおしたてた極東米軍を味方につけているわけだが、アメリカの総軍事費は、日本の在日米軍支出の100倍にあたる70兆円である。
 中国や北朝鮮、ロシアが日本に手をだせない理由は、自衛隊がつよいからではなく、日本のバックに軍事費70兆円のアメリカがついているからである。
 トランプが、日本はもっと在日米軍にもっとカネを払うか、自前で核をもてというのは正論で、日本には、在日米軍支出を増額するか、9条を撤廃して核をもち、自衛隊に専守防衛をこえた攻撃能力をもたせる以外の選択肢はない。
 民主党時代、鳩山は、米国と合意した普天間移設を白紙にもどし、防衛大臣は「在日米軍は迷惑施設」と言い放った。
 トランプの「在日米軍撤退」発言の根にあるのが日本不信で、安倍首相がイのいちばんにトランプを訪問したのは、中国の脅威にさらされているアジア防衛にアメリカの存在が欠かせないからである。
 次回以降、日本およびアジアの安全保障と日米と日ロ、日中の新しい関係を展望しよう。


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2016年11月22日

トランプ大統領とアメリカ一国支配の終焉@

 ●「中間層没落」とグローバリズムの破綻
 アメリカを訪問中だった安倍首相が、次期米大統領に決定したドナルド・トランプ氏と会談した。
 90分間におよんだ会談の詳しい内容は明らかにされていないが、世界のメディアは、安倍首相の「トランプ氏は信頼できるリーダー」という発言を大きく報じた。
 一方、トランプ氏もフェイスブックに「偉大なる友情の第一歩がはじまった」と投稿するなど安倍首相が機先を制した新しい日米関係はいまのところ順調な滑り出しを見せている。
 大統領選挙前、トランプの評判は、日米とも最悪だった。
 とりわけ日本では、クリントンとトランプのどちらが日本にとって都合がいいかという視点で語られたため、トランプの過激な発言が警戒され、テレビなどでは反トランプ一色となった。
 専門家も、駐日米軍が撤退して安保体制が崩壊する、日米共同ですすめてきた自由貿易(TPP)が破綻するなどと危機感を煽って、トランプ優勢がつたえられると、一時、株価が下落するありさまだった。
 アメリカでは、メキシコとの国境に壁をつくる、移民を国外に追放するなどの暴言がリベラル派の猛反発を買って、マスコミを中心に反トランプ旋風が吹き荒れた。
 にもかかわらず、優勢をつたえられたクリントンを破って、トランプが悠々と勝利した。
 勝因は「中間層(中産階級)」の没落と「グローバリズムの破綻」という世界的危機が背景にあったからで、過激な発言や極論も、現状打破を望む有権者にはかえって頼もしく聞こえたのである。

 トランプの主張が孤立主義のように聞こえるのは、自国の産業や経済をまもるためで、外交や防衛にかんしては、IS(イスラム国)壊滅のためマイケル・フリン(元国防情報局長官)を大統領補佐官に起用するなど、むしろ対外的には、民主党以上の積極策をとっていく姿勢がみてとれる。
 中国にたいしても、東シナ海と南シナ海における米軍の存在感を高めると明言していることから、現在のアジア安保体制から退却という事態は考えにくい。
 但し、トランプは、政治には素人の経済人なので、政治や外交、防衛の問題を経済の局面から切り込んでくる狡猾さがある。
 駐日米軍の撤退云々も、結局、コストの問題で、中国にたいする外交姿勢も同様である。
 人民元切り下げや知的財産権侵害、環境基準や労働基準、ハッキングにいたるまで、トランプにいわせると「アメリカの雇用とカネをかすめ取っている」という話なのである。
 為替問題についても、中国や日本、メキシコやアジア諸国が通貨を切り下げ、米国の利益を略奪しているという論法をくりだして、アメリカの産業をまもるため防衛的関税を設けるという。
 トランプ流が端的にあらわれたのが税制である。
 年収300万円にみたない低所得者の所得税を免除するほか、税制を段階的に設定して、富裕層にたいしては、税控除や租税回避を減らして、これを実質的な富裕税にしようという構えである。
 法人税を15%に引き下げる一方、最低賃金の引き上げに消極的なのは、労働コストの低い海外に移転した製造業を米国に引き戻すためで、今後10年間で2500万人の雇用を創出するという。
 グローバリズムと孤立主義のいいとこ取り≠狙うのは政治の素人だからだが、その簡明さや大胆さが、今回、有権者の支持をえた最大のポイントとなった。
 というのも、現在、世界を危機に陥れている「中間層の没落」と「グローバリズムの破綻」は、トランプの素人流のやりかたでしか解決できそうにないからである。

 恐慌と過去の2つの大戦は「中間層の没落」から生じたといってよい。
 産業革命やオートメーション化、経営の合理化などによって、少数の富裕層と大多数の中間層のあいだに格差が生じ、富裕層の富の蓄積がすすむほど中間層が貧困化してゆく。
 富の極端な偏在と消費構造の空洞化によって、経済活動が停滞してしまうのが恐慌で、この構造矛盾を解消するため、戦争という大消費と兵役という失業の救済がおこなわれた。
 この悪の構造は、避けることができない資本主義の業で、日本は、官民一体の高度経済成長からや財民一体の所得倍増計画≠るいは法的規制など中間層の没落を回避する工夫をこらしてきた。
 ところが、掠奪型の西洋の経済には「中間層の没落」を防ぐ考え方や仕組みがない。
 あるのは、自由競争や自然淘汰、弱肉強食の論理だけなので、最終的に富が一部に偏在して、中間層の貧困化がすすむ。
 拍車をかけたのが金融経済で、欧米から韓国、ブラジルなどにひろがる中間層の没落は、国際金融が荒れ狂った爪痕といってよい。

 生産と消費にもとづく実体経済は、おのずと限度がある。
 ところが、生産も消費もしない金融経済は、金庫のなかで金利をうみながら無限に拡大してゆく。
 金本位制を離れた金融経済は、実体経済の何倍、何十倍にも膨れ上がってゆくが、実体の裏づけがあるわけではない。
 リーマン・ブラザーズがサブプライムローンなどの空証券を売りまくったあと倒産したリーマン・ショックでは、空証券を買ったヨーロッパなどの銀行が何百兆円もの不良債権をかかえこみ、世界を不況のただなかに叩きこんだ。
 この事件による損失額は、世界大戦の被害に匹敵するともいわれる。
 何百兆円もの損失がうまれたということは、どこかで同額の利得が発生したということだが、ゴールドマン・サックス証券など一握りのグループに独占されて、市場には還ってこない。
 国際金融資本が富裕層の資産まで食って、焼け野原で唯一人の勝者となるのがグローバリズムの正体で、戦争と本質的にはかわらない。
 トランプは、国際金融資本が海外にためこんだ膨大なマネーを低税率(10%)で国内に還流させるという。
 1985年のプラザ合意による円高・ドル安是正によって、日本経済は、円高+金融緩和がうみだしたバブル経済へ突入するが、のちにソロモン・ブラザーズなど米証券に売り浴びせられて、数百兆円もの不良債権をつかまされた。
 トランプと付き合うには、意気投合する前に、アメリカが謀略国家であることを肝に銘じておかなければならない。
 次回以降、アメリカ一国支配から米・ロ・中の三頭支配となるであろう世界情勢と日本がとるべきスタンスについて考えてみよう。
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2016年11月11日

 自主憲法制定と憲法改正C

 ●YP体制の指図書だった日本国憲法
 YPは「ヤルタ協定」「ポツダム宣言」の略で、俗にいうYP体制は、戦勝国が世界の支配者となった大戦後の世界秩序をさしている。
 象徴するのが国連(戦勝国連合)で、戦争に負けた枢軸国の日本とドイツには、いまなお敵国条項が適用されている。
 YP体制は、戦勝国が、戦勝権益を保持しようという体制で、米ソ冷戦から中国革命、朝鮮戦争、ベトナム戦争その他の世界紛争は、国家の支配権や権益、国益をめぐる戦勝国同士の内輪もめである。
 敗戦国の日本とドイツが経済・技術大国になることができたのは、国家権力が競い合う世界版図から除外されていたからで、日独とも非政治・非軍事分野に活路を見出さざるをえなかったのである。
 護憲論者は、戦後、日本が平和だったのは、憲法9条があったからという。
 だが、実際は、国家主権がないため戦争当事国になれなかっただけである。
 戦勝国と紛争がおき、先制攻撃をうけ、領土を奪われても、日本は交戦権を行使できず、敵国条項を掲げる国連の支援もうけられない。
 国益を競い合う主権国家群から除外された半人前の国家が平和主義を謳っているのが戦後日本のすがたで、幼稚園の子どもは大人のゲームに参加できないのである。

 ヤルタ会談は、昭和20年2月、米(ルーズベルト)・英(チャーチル)・ソ(スターリン)の三首脳が降伏後のドイツの管理、国際連合の創設、わが国の領土分割などについて話しあった会談で、このとき、ルーズベルトとスターリンのあいだで、ソ連の対日参戦と日本領土の取得などについて秘密協定がむすばれている。
 ポツダム会談は、ドイツ降伏後の昭和20年7月、米英ソの首脳が対日降伏宣言を発表した会談で、同宣言では、日本が「世界征服」を試みたとして「全日本軍の無条件降伏」「戦争犯罪人の処罰」「民主主義的傾向の復活強化」などが宣せられた。
 これが「東京裁判史観」の土台となるもので、その上にのっかっているのがYP体制である。
 といっても、同体制は、国際的な認知をうけたものではなく、重視している国もない。
 中国や韓国が日本を敗戦国扱いするのは筋違いで、当時、中華人民共和国や大韓民国という国家は存在せず、日本の一部だった韓国にいたっては、多くが日本軍にくわわっていた。

 YB体制なるものの世界的認知が存在しないのは、カイロからヤルタ、ポツダムにいたる会談は、日本封じ込めるためのルーズベルトの個人的策略だったからで、アメリカ政府も国家的決定とみとめていない。
 50年以降、ジョセフ・マッカーシーの赤狩り≠ェ猛威をふるい、ルーズベルト側近の多くが共産主義者として槍玉に上がった。
 ヤルタ会談で大統領顧問として出席したアルジャー・ヒス、ハル・ノートの原案をつくったハリー・ホワイト、日本国憲法の起草や公職追放令に独裁的な権力をふるったGHQ民生局のケーディスや上司のホイットニーらが標的になったが、マッカーシーがいちばんの摘発したかったのは、終戦直前、謎の死をとげたルーズベルトだったはずである。
GHQのスタッフは、軍人のマッカーサー以外、すべてルーズベルトの息がかかったニューディーラーで、かれらは、アメリカで失敗したニューディール政策なる共産主義革命を日本で成功させようという野望を抱いていた。
 そのときに使われたキャッチフレーズが民主化≠ナ、これが国民主権から人民政府へ移行すると議会内で共産主義革命が成立する。
 日本国憲法はそのマニュアルで、ケーディスやホイットニーらが夢見た共産主義革命の道筋が隠語にように書きつづられている。
 主権国家である日本がなすべきは、この革命憲法を破棄することで、憲法を改正することではない。
 改正なら革命憲法の手直しとなって、GHQの占領体制=YP体制をさらにひきずることになる。
 現在の憲法改正は、憲法9条を削除して国家主権=交戦権を回復させようというものだが、国家の自衛権は、国際法(日米安保条約・国連憲章)によって担保されているので、憲法九条は飾り文≠ノすぎない。
 したがって9条改憲論者は、事実上、護憲論者と同じ主張をしていることになる。

 YB体制は、日本嫌いのルーズベルトが共産主義による世界制覇をもくろむスターリンと日本と交戦中の蒋介石をまきこんだ日本封じ込め戦略で、これがソ連の超大国化と中国の共産化をまねき、北朝鮮をうんだことから、アメリカの謀略というよりは、ルーズベルトの愚かさに帰されるべきである。
 ルーズベルトは、ヤルタ・ポツダムにおいて、スターリンや蒋介石に常軌を逸した迎合を重ねている。
 ソ連の参戦および樺太南部の返還と千島列島の引き渡しは、ルーズベルトとスターリンの個人的な約束だったとして、アメリカは、国家の関与をみとめておらず、事実、米国務省も軍も、ソ連の動向をつかんでいなかった。
 ポツダム宣言に「カイロ宣言の条項は履行される」とある同宣言(ルーズベルト、チャーチル、蒋介石)に日付や署名がないのは、ルーズベルトと蒋介石の謀略だったからで、チャーチルは、国会答弁で、ルーズベルトに騙されたと証言している。
 カイロ宣言では、満州や台湾、澎湖島に中国への帰属、1914年以後獲得した太平洋上のすべての日本領島嶼の放棄、朝鮮の独立が謳われ、これがポツダム宣言にひきつがれた。
 日本憎しにこりかたまったルーズベルトは、明治以後、日本が獲得した領土や権益をすべてスターリンと蒋介石にただでくれてやったのである。
 YP体制は、畢竟、スターリンの野望とルーズベルトの愚かさがもたらしたものだが、戦後70年がたち、その歴史的影響力は完全に消滅している。
 にもかかわらず、日本でYP体制が維持されているのは、敗戦とGHQ体制を利得とした日本人がみずからつくりあげたものだからである。
 GHQの公職追放令によって、大学や論壇、教育界や歴史学会、マスコミや法曹界、官界など日本の知的階級がケーディスやホイットニー好みの共産主義者に占領されることになった。
 YP体制を構築し、内側からささえているのは、護憲と議会内革命の立場に立つ日本の左翼インテリ層で、YP体制打破をいうなら、その標的となるものは、日本国内で大手をふっている敗戦利得者なのである。
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2016年11月04日

 自主憲法制定と憲法改正B

 ●ハル・ノートからポツダム宣言、憲法へつながる点と線
 現憲法とハル・ノート、ポツダム宣言は一本の線でつながっている。
 根底に流れているのが白人優位の思想で、とりわけ日露戦争以後、5大国の一つにのしあがってきた日本をねじ伏せようというアングロサクソンの意思がはたらいている。
 アングロサクソンと日本の対立関係は、日本が人種的差別撤廃提案を出したパリ講話会議(1919年)に端を発し、ルーズベルトとチャーチルによって調印された大西洋憲章(1941年)をへて、米英首脳が日本への原爆投下と工業施設の全破壊、武装解除を約した「ハイドパーク協定」(1944年)にいたって、いよいよ熾烈になってゆく。
 大西洋憲章は、表向きはナチス・ドイツにたいする共同戦線だが、実際には白人国家中心の世界再編で、有色人種はこのプランから除外されていた。
 これに対抗して、日本が提唱したのが大東亜共同宣言(1943年)だった。
 日本は、有色人種国家が白人国家と同等であることを堂々と世界に宣言したのである。
 その意味で、大東亜戦争は、白人と大和民族の決戦だったといえる。

 日米戦争は真珠湾攻撃(1941年)からはじまったのではない。
 盧溝橋事件(1937年)直後からの蒋介石への武器援助(援蒋ルート)や米退役軍人を中心とする義勇軍「フライング・タイガース」派遣(1941年)によって、日米のたたかいはすでに開始されていた。
 一方、ルーズベルトは、ヒットラーの脅威にさらされていたヨーロッパ戦線への参戦をもとめるチャーチルの要請を、表向き、大統領選挙の公約を口実に退けている。
 アジアで秘密裏に戦争をすすめ、口先で平和主義を唱えたのである。
 三期目(1940年)の選挙戦で、ルーズベルトはこんな演説をしている。
「わたしは皆さんにお約束をいたします。あなた方の息子さんたちは、いかなる理由があろうとも、けっして戦場に送られることはないのです」
 このとき、イギリスに航空機2万6000機をふくむ大量の武器援助をおこなう計画を発表したルーズベルトは、1941年にレンドリース法を成立させ、中華民国やイギリス、ソ連、フランスなどの連合国にたいして武器や弾薬、戦闘機、軍需物資など終戦までに巨額(現在価格7000億ドル)の軍事援助をおこなっている。

 そのうち22パーセントがソ連向けで、当初、事実上の英米同盟だった連合国は、いつのまにか米ソ同盟へと変貌していたのである。
 革命国家が伝統国家を打ち破ったのが、第二次大戦の本質で、戦争に勝ったのは、米ソの二大大国と中華民国を台湾に追い払った中国だけだった。
 ルーズベルトは大統領に就任(1933年)すると共和党などの反対をおしきってソ連を承認している。
 ニューディール計画をとおして共産主義の影響をうけたルーズベルトのソ連びいきと生来の中国好きは度外れたもので、ルーズベルトの盟友は、チャーチルからスターリン、蒋介石へと移っていった。
 ルーズベルトの中国好きは、阿片戦争の時代からアヘンをふくむ中国貿易をおこなっていた祖父の影響で、一方、その中国を侵略している日本にたいして、つよい嫌悪感をもっていた。
 中国を過大評価していたルーズベルトは、米英の支援をうけた蒋介石の国民党軍をダミーにして、海と空から日本を攻撃する計画を立てていた。
 日本軍を撃破した国民党軍が朝鮮半島から日本本土に侵攻する一方、中国に駐留する米軍のB29が日本本土へ空襲をかけるというもので、その計画にもとづいてつくられたのが焼痍爆弾である。
 だが、日本軍のビルマ侵攻(1942年)によって援蒋ルートを断たれただけではなく、大陸打通作戦(1944年)で大打撃を受けた国民党軍は、日本軍を撃破するどころか連戦連敗で、蒋介石も大陸内部(重慶)へ逃亡したままだった。

 ルーズベルトが蒋介石を支援したのは、蒋介石政権が弱体化すれば、日本と単独講和をする可能性があったからである。
 そうなれば、日本を戦争にまきこんで、中国と満州の利権を奪い、太平洋の西半分を勢力範囲とする日本を無力化するという構想が根こそぎ崩れ去ってしまう。
 ルーズベルトが、蒋介石に巨額の軍事援助や借款、カイロ会談出席や台湾の返還、沖縄領有、四大強国扱いを約束したのは、対日戦線から離脱させないためだったが、ルーズベルトのこの個人的執念は、米国務省にまったく知らされていなかった。
 ルーズベルトに批判的だったのがチャーチルで、中国を対日軍事拠点とすることや蒋介石のカイロ会談への出席、台湾の中国返還、スターリンにたいしてと同様、45年に設立される国連の常任理事国入りにも反対した。
 だが、チャーチルは、英国内の選挙に負けて、ポツダム会議のさなか急きょ帰国、以後、国際政治の表舞台からすがたを消す。
 戦後、植民地を失ったヨーロッパは凋落し、世界の主役は、米ソ二大強国と中国となった。
 その構図がそっくり反映されているのが戦後日本で、東京裁判史観のなかで、親米派と親中派・親ソ派が政権を争っている。
 それがYP(ヤルタ・ポツダム)体制で、その象徴が、GHQによって国体と国家主権を廃棄させられた憲法である。
 次回はYP体制と憲法を重ね合わせて論じよう。


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