2017年01月26日

 伝統と西洋合理主義A

 ●民主主義よって破壊された伝統的価値
 戦後、日本では、民主主義が最大の価値となった。
 民主主義は、紀元前、プラトンから衆愚政治として退けられて以後、ソクラテスからプラトン、アリストテレスへとつづく西洋思想史から完全にすがたを消した代物である。
 復活したのは、18世紀になって、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』が登場してからである。
 ルソーの主権在民論がフランス革命の精神的支柱となり、マルクスの資本論に援用されたことはすでに知られている。
 民主主義が衆愚政治に堕すのは、古代ギリシャからの常識だが、ルソーはそこで名案を思いついた。
 民衆の代表者(民)を独裁者(主)に仕立て上げれば衆愚政治を免れるというアイデアである。
 古代ギリシャの民主主義は直接民主主義で、民衆全員が議事堂に入りきらない以上、もともと、現実性をそなえたものではなかった。
 だが、民衆の意思を一人の独裁者にゆだねるルソーの間接民主主義は、実現が可能である。
 このときルソーが使った論法が「民衆の総意にもとづく」という一般化理論である。
 日本国憲法の「日本国民の総意に基づく」(第一条天皇)がこの論法である。
 国民一人ひとりを民衆≠ニ一般化して、なおかつ総意≠ニいうゴマカシをもちいて、独裁者が君臨する近代民主主義を考案したのである。
 この論法からできあがったのが、フランス革命の恐怖政治(ジャコバン派)やナポレオン帝政、ロシア革命、ヒトラー独裁で、絶対権力者が人民代表の名の下で強権をふるったのである。

 ルソーの民主主義がうけいれられたのは、絶対王政から専制政治、独裁政治とすすんできた伝統的な政治が腐敗したからで、ここから、主権在民論が革命を正当化する論理として浮上してきた。
 日本国憲法でも国民主権が堂々と謳われている。
 ニューディーラーだったGHQが共産主義のシンパだったからである。
 先進国も、革命国家である以上、主権在民を謳っているが、当然、国家主権が優先されるので、有名無実となっている。
 ところが、日本国憲法では、国家主権(交戦権)が否定(9条)されているので、国民が唯一の主権者になっている。
 そして、民主主義が唯一の真実としてもちあげられる。
 現行憲法は、事実上、革命憲法で、日本共産党が六全協(1955年)で暴力革命路線を体制内革命路線へと転換したのは、憲法護持がそのまま革命運動になりうるからだった。
 戦後、日本人が人類の最高英知であるかのように考えてきた民主主義は、ただの革命理論で、徳や歴史の英知、まして、伝統的精神を宿してはいない。
 しかも、民主主義は、だれが真の権力者かを問うているだけで、政治はどうあるべきかという肝心なことには一言もふれていない。
 戦後日本人は、なにをもって、民主主義を信奉してきたのであろうか。

 民主主義を排除したプラトンが国家論で主張したのは、哲人政治で、高潔な人格者による政治であった。
 古代ギリシャでは、民主主義のアテナイ同盟と軍国主義のスパルタ同盟がたたかい、ともに疲弊して、マケドニアに滅ぼされている。
 民主主義と武闘主義が競った古代ギリシャにあったのは権力争奪だけで、政治がなかったのである。
 ちょうどその時代、日本では天皇政治(祭祀国家)が開始された。
 大和朝廷は、幾多の豪族を統一して、永遠の国体をつくりあげた。
 プラトンが理想とした国家は、日本において、実現されていたのである。
 プラトンの思想(イデア論)は本質の不変性で、伝統につうじる。
 プラトンは、真理は天上にあって、この世はその反映であると考えた。
 この考え方は、真実は高天原にあって、この世はその恩恵であるという日本の神話信仰とつうじる。
 大日本帝国憲法第3条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とある。
 これが伝統的価値で、新憲法では「日本国民の総意に基づく」から「天皇はわが国の伝統である」へ変更されなければならない。

 戦後、伝統的価値観を捨て、民主主義へ走った日本人は、信じるべきものをすべて失い、それでも、なんでも多数決できめられると思いこんでいる。
 教育勅語を悪の権化のようにいい、道徳教育に反対するのは、民主主義に反するというわけで、朝日新聞は判でおしたように「軍靴の音が聞こえてくる」とくり返す。
 伝統をまもるのは英知である。
 一方、民主主義が相手にしているのは感情である。
 戦後の日本人が民主主義を後生大事にしてきたのは、自分勝手な感情の捌け口になるからだったのである。
 民主主義とは感情に支配される政治で、それがポピュリズムである。
 衆愚政治は、有権者が愚かであるがゆえに、低レベルの政治がおこなわれることで、ポピュリズムは、その愚かさにつけこんだ政治や政策のことである。
 衆愚政治とポピュリズムの下で、道州制導入の国民投票や首相公選制がおこなわれると、ファシズム並みの悲惨な政治状況がうまれるだろう。
 伝統という絶対価値を失えば、行く先にあるのは、革命や国家崩壊だけである。
 次回は、革命と伝統の本質的ちがいを歴史をとおしてみてみよう。
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2017年01月20日

 伝統と西洋合理主義@

 ●反日主義の土台となった西洋合理主義
 日本は、戦後、西洋合理主義によって、国家改造がはかられた。
 戦勝国による敗戦国にたいする文化破壊である。
 伝統国家である日本の文化構造が、連合国の西洋合理主義の前で風前の灯となったのである。
 その危機の構造を見抜いたのが三島由紀夫の「文化防衛論」だった。
 戦争に勝ったのは、中華民国(辛亥革命)をふくめて、すべて、革命国家である。
 戦争に負けた日本は、革命を経験していない伝統国家で、大東亜戦争・日米戦争は、革命国家と伝統国家のたたかいだったといえる。
 革命は、西洋合理主義の一つの帰結で、伝統を破壊した上に成立する。
 革命国家にとって伝統国家は、合理主義に目覚めていない野蛮な体制ということになる。
 かつて列強が非キリスト教圏を未開の地と見たのと同じ発想で、白人が現地人に暴虐のかぎりをつくした理由がそこにある。
 前大戦において連合国側は、民主主義という西洋合理主義を立て、日・独のファシズム打倒をスローガンに掲げた。
 連合国側には、ワイマール憲法がうんだ独裁者と伝統国家の天皇の区別がついていなかったのである。
 これにたいして日本は、大東亜共栄思想を立て、資源確保のほか、植民地の解放や人種差別の撤廃をめざした。
 革命や海外侵略など西洋の「力の論理」にたいして、日本は、平等や共栄という東洋の徳を立てたのである。

 日本は、海軍が真珠湾奇襲と南洋進出いう愚かな戦術をとって、アメリカの参戦をまねき、敗戦した。
 本土防衛を手薄にして、サイパン島などの島嶼基地を失い、本土空爆をゆるしたのが敗因だった。
 武力戦に勝ったのち、敵地占領から武装解除、思想戦へとすすむのが近代の戦争である。
 旧敵国が二度と立ち向かえないようにするためで、その筆頭が、武装解除である。
 神道指令や公職追放令などの一過性の軍令は、占領が終了してGHQが撤退すれば失効する。
 ところが、武装解除(9条)を盛り込んだ憲法や教育基本法、労働組合法、財閥解体、農地改革、あるいは教育勅語の廃棄などは、占領が終わっても、恒久的な法や制度、構造として残り、主権が回復されたあとでも、国家と国民を拘束しつづける。
 昭和27年にサンフランシスコ講和条約が締結された時点で、日本は、最低限、占領憲法の廃棄と皇室典範の憲法からの分離を実現させておくべきだった。
 ところが、戦前から親英米派だった吉田茂にその気はなく、公職追放されていた鳩山一郎が政界に復帰したときは、護憲派が議席の三分の一を握ったあとだった。
 講和が成立して、独立をはたしたあとでも、日本は、敗戦構造をひきずったままで、戦後体制(戦後レジーム)から脱却の機運がうまれてきたのは、第二次安倍内閣にいたってからである。
 そのかん日本中に吹き荒れていたのは、濃淡の差こそあれ、反日主義という敗戦国特有の風で、戦後、戦勝国から植えつけられた西洋合理主義が、左翼から進歩主義、反伝統、自虐史観、売国思想に化けて、日本中に摩擦をひきおこしていたのである。
 西洋合理主義で伝統を論じることはできない。
 女性天皇(女系天皇)をみとめた皇室典範に関する有識者会議(平成17年)の吉川弘之座長(元東京大学総長)が「伝統は無視した」とのべたことからもわかるように西洋(近代)合理主義の下では、伝統は異物としか映らないからである。

 西洋合理主義を次の四つのキーワードで読み解いてみよう。
 @キリスト教
 A民主主義
 B科学万能主義
 C革命思想(相対主義)
 西洋の価値観の根底にあるのがキリスト教である。
 西洋の一元論は、唯一神であるキリスト教の影響で、正義も真理も、正しいものは一つしか存在しない。
 近代になって、絶対的なものが神から科学に移り変わった。
 といっても、神と科学がそっくり入れ替わったのではなく、科学もまた神の思し召しの一つとなったのである。
 四つ目の革命思想は、啓蒙思想のジャン・J・ルソーやJ・ロックから共産主義のマルクスへつながる進歩主義の系譜で、フランス革命やイギリスのピューリタン革命、アメリカ独立戦争、ロシア革命のイデオロギーとなった。
 西洋合理主義にたいして日本の伝統主義は――。
 @道徳主義
 A神道 
 B歴史主義
 C国体思想(絶対主義)
 に根ざしている。
 次回以降、日本と西洋とりわけアメリカとの文化比較をとおして、伝統国家日本の復活について、論をすすめていこう。
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2017年01月11日

 三極時代における日本の外交戦略C

 ●軍事から経済へ方向転換するグローバリズム
 これまで、軍事力を中心に展開されてきたグローバリズムは、今後、経済を中心とする世界のブロック化へと様相を変えてゆくだろう。
 世界大国アメリカの一極支配から地域大国となる米・ロ・中の多極支配へとパラダイムが変更されるのである。
 大国による軍事制圧は、イラク戦争がIS(イスラム国)という怪物をうんだだけだったように、テロの報復や敵対勢力の拡散、新たな紛争、難民流出をまねくだけで、支配の決定的な力にならず、今後、なることもない。
 大国による軍事衝突の可能性も消滅したといってよい。
 かつての大戦は、すべて、独裁政権と国民の無知のもとでおこなわれた。
 情報ネットワークの発達によって、仮想敵という観念が希薄になりつつあるのにくわえ、全世界がネット情報を共有する環境の下で、大規模な国家戦争はおこなわれないとみるのが妥当だろう。
 実戦の代用となっているのが、米ソ冷戦に片をつけたシミュレーション戦争で、大国による軍拡競争は、データによる仮想戦争といってよい。
 仮想戦争で、軍事力と並んで大きな要素となるのが経済力と地政学的条件である。
 米ソ冷戦でアメリカが勝利した理由の一つが、日本の基地の威力で、旧ソ連は、太平洋方面の劣勢を最後まで覆すことができなかった。

 軍事力と地政学的力学にもとづく仮想戦争が終わると、残るのは経済戦争だけである。
 現在、国家あるいは国際社会において、軍事的な緊張をこえる混乱や摩擦のタネになっているのが経済である。
 といっても、自由貿易や資本の自由化の下にある実体経済は、経済制裁などのケースを除いて、大きな問題になる可能性はほとんどない。
 問題は、国際金融資本と新自由主義で、実体経済を破壊する金融経済と富が少数の資本家に独占される新自由主義によって、資本主義体制が根底からゆらぎはじめている。
 バブルとその崩壊、巨額の不良債権処理、経済規模の縮小や中間層の貧困化、雇用問題などの尻拭い(「国家と市場の戦い」)をさせられる国家が危機に瀕するのである。
 トランプの登場の背後にあったのは、1911年のウオール街の叛乱≠ノ端を発した新自由主義への反抗で、他の先進国も同様の事情をかかえている。
 ヨーロッパ金融界をのみこんだサブプライムローン問題やギリシャを筆頭とする欧州財政危機が国家のみならずEU全体をゆるがしたのである。

 世界大国主義から地域大国主義への移行も経済問題と無縁ではない。
 トランプの一国主義宣言やイギリスのEU離脱の背景にあったのは、経済の建て直しで、国際金融資本と新自由主義の暴風が吹き荒れた後、新たな経済体制をつくりあげなければ国家も国際関係も立ち行きならなくなったのである。
 米ロ接近は、対テロ戦争で手を組み、それぞれ、自国の経済建て直しに全力を尽くそうというわけで、今後、国際関係は、軍事力ではなく、経済が中心になっていかざるをえない。
 軍事力で仕切られてきた世界構造が、産業や資本、技術、雇用という非軍事部門に左右されはじめるのである。
 大きな役割を担うのが日本である。
 中心になるのが産業技術の分野で、日本の外交は、米・ロの二元外交を軸にして、インドや東南アジア諸国にたいして、積極的にすすめられるべきである。
 これは、大東亜共栄圏の再現で、再び、共存共栄のスローガンが謳われる。

 かつて英米は、大東亜共栄圏が西洋への敵対思想だとして、経済封鎖や軍事挑発をおこなって、日本を第二次大戦へひきずりこんだ。
 日本にとってトランプが望ましいのは、無能で日本嫌いだったルーズベルトとは異なるタイプだからで、日本は、欧米の妨害をうけることなく、開国以来の国是である対米・対ロ・対亜の三方外交を展開できる。
 日本外交の要諦は、覇権でも領土的野心でも、まして植民地化でもない。
 中・韓が日本外交の重点から除外されるのは、特アには、大東亜共栄思想が通用しないからである。
 中・韓は、かつてのルーズベルトのようなもので、交渉をかさねるほど溝が深くなる。
 日本が対米交渉を中止して「ハルノート」を無視していたら、大東亜戦争はあっても、日米開戦はありえなかった。
 平和的交渉が不可能な国には、沈黙して、防衛を万全にしていることが最善の外交なのである。

 当時の日本にゼロ戦や戦艦大和があったように、現在の日本には先端技術と工業技術がある。
 スーパーコンピューターをはるかにしのぐ量子コンピューターもノーベル賞レベルで世界をリードし、国産ステルス戦闘機「心神」は米軍「F―35」を凌駕する能力をもっている。
 中国は基礎研究と軍事技術での敗北をみとめたが、これが、研究技術分野で実現できる安全保障である。
 対ロ・対米・対亜にたいしても、日本は、技術面で平和外交を展開できる。
 ロシアには技術提供と民間資本導入にもとづくシベリア開発が有望で、とりわけ要求されているのがIT分野の技術である。
 工業技術や基礎研究がない中国や韓国には手がだせない分野で、シェア世界一のサムソンのスマートフォンの部品はほとんど日本製である。
 日本の新幹線を導入するインドや製造業のインフラ設備が整っていない東南アジアへの技術導入には、経済成長にともなって、巨大な市場が誕生するメリットもある。

 アメリカではローテク製造業が不振で、それが高い失業率につながっている。
 アメリカでは第二次世界大戦後につくられた道路や橋などのインフラ施設の老朽化が問題化しており、トランプは、大型インフラ投資の方針を掲げている。
 トランプが選挙期間中にコマツを名指しで批判したことにたいして、同社の大橋徹二社長は「米国のコマツ工場は全体で約6000人を雇用している」と切り返している。
 空洞化しているアメリカの製造業に日本のメーカーがのりこんで技術移出と雇用をひきうければ、アメリカ経済は復活し、日本にとっても、中国以上の大市場となる。
 資源関連も同様で、日本は、技術力で、潜在的資源国家になりうる。
 地下のシェール層に約5000億ドル(約49兆億円)の原油が埋蔵されている米オハイオ州東部の油田開発が、コスト高が原因で打ち切られたという。
 原油の資源量は、経済的に採算がとれる埋蔵量や確認埋蔵量(重質油・超重質油)の数倍といわれる。
 原油の重質留分分解技術は、日本が世界一で、原油の残渣物を10%下げることによって、その分、新たに原油を掘り当てたにひとしい。
 日本は軍事面でアメリカに依存しているが、技術ではアメリカと肩を並べるかそれ以上である。
 政治家である以上に経済人であるトランプの登場によって、日本は、技術によって、米・ロ・亜と共存共栄の路線を堂々と選択できる。
 大東亜共栄圏と耳にしただけで、拒絶反応をおこす者もいる。
 ルーズベルトやスターリンの「日本滅亡」思想に毒されているのである。
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2017年01月06日

三極時代における日本の外交戦略B

 ●米・ロとの二極外交と日本の自主独立
 日本は、かつて、三つの大戦をたたかった。
 日清戦争と日露戦争、大東亜戦争である。
 中国(中華民国)とロシアには勝ち、アメリカには負けた。
 現在、日本外交の重点が米・ロ・中の3国に絞られているのは、過去のこの三つの大戦とけっして無縁ではない。
 日本がアメリカとロシア、中国と深い因縁をもつ理由は三つあるだろう。
 1、海を隔てた隣国同士で、日本は、米・ロ・中の中間地点に位置している
 2、革命国家(米・ロ・中)と伝統国家の確執がある
 3、米・ロ・中と日本は文明圏が異なり、価値観に大きな相違がある
 米・ロ・中と戦争したのは、利害が対立あるいは競合したからである。
 地政学的には太平洋をめぐる確執で、かつて、西太平洋を勢力圏とした日本が、米・ロ・中には、いまなお、利害対立者として立ちはだかっているのである。
 戦後、戦争当事国のあいだで和平が成立したのは、戦勝国によって新秩序が打ち立てられたからで、それが「YP(ヤルタ・ポツダム)体制である。
 対等だった立場が、戦争の勝敗によって、上下の関係におかれる。
 日本とドイツは、現在も、国連憲章の敵国条項(53条・107条・77条)に指定されたままで、同憲章には、戦勝国による一方的な軍事的制裁を容認する不平等が謳われている。
 米・ロ・中の日本にたいする高圧的な外交姿勢は戦勝国のもので、とりわけ中国は、国家のアイデンティティを対日勝利≠ノおいているほどである。
 米・ロ・中との外交の難しさは、この三大国が戦勝国で、国連の常任理事国というところにあるといってよい。

 グローバリズムは、戦勝国によってつくられた世界版図あるいは勢力争いのことで、その埒外におかれた枢軸国(日・独)は、経済や技術に活路を見出すほかなかった。
 敗戦国である日本が短時日で復興と経済成長をなしとげ、一流国の仲間入りをはたすことができたのは、アメリカとの同盟に負うところが大きい。
 戦後、日本は、アメリカの軍事力に依存する一方、極東の島国という絶好の地政学的ポジションを基地として提供することによって、アメリカの世界戦略に加担してきた。
 その意味で、日米安保は、かならずしも、片務的ということはできない。
 外交・防衛について、日本がアメリカに追従してきたのは、戦争に負けたというより、戦後、自主的な世界戦略を放棄してきたからである。
 そして、武器を捨てると平和になるという平和観念論(憲法前文・九条)に立てこもって、外交・防衛という現実路線をべったりアメリカに依存してきた。
 YP体制を肯定する護憲的改憲ではなく、自主憲法の制定が望まれる所以である。
 憲法で国家主権を否定し、スパイ防止法も国家反逆罪ももたず、大使館には情報官も駐在していないのは、潜在主権を戦勝国アメリカに置いた戦後体制をひきずっているからで、その象徴がほかならぬ現行憲法なのである。
 YP体制は、戦勝国が強制したというよりも、日本がみずから選択した敗北主義で、戦後レジームを否定するなら憲法以下、法制や政令、制度を独立国家のものにきりかえなければならない。

 トランプの登場によって、戦勝国支配という世界体制に変化が生じる可能性がでてきた。
 反グローバリズムは、戦勝国みずからによるYP体制の否定で、強国(戦勝国)支配から地域大国によるブロック支配へ移ってゆこうというのである。
 その象徴がトランプが示唆するNATOや極東からの米軍撤退、自由貿易や移民の制限である。
 地殻変動の前触れがイギリスのEU離脱で、初動が米・ロ接近である。
 これに、ロシアとEU、ロシアと日本の接近がつづくだろう。
 日米関係もタテ型から横型へ変化してゆく。
 日本とアメリカは、敗戦国と戦勝国の関係から、太平洋の東と西に位置する同盟国として、新たな関係へ移ってゆく。
 パラダイムの変更によって、外交・防衛をアメリカに頼ってきた日本のこれまでの外交・安全保障の概念が根本から崩れ落ちたのである。
 日本が米・ロ・中と確乎たる外交関係をむすばなければならないのは、敵対関係になることを避けるためでる。
 外交とは、戦争を防ぐための交渉であって、交流や友好、通商は二の次三の次の問題である。
 戦争を防ぐための要点は、交戦力・情報収集力・相互不干渉の三つである。
 交戦力や情報力をもち、なおかつ一定の距離を保つところに外交という高等技術が展開される。
 日本は憲法で交戦力を否定し、情報・諜報機関をもたず、親米や親中という無節操な外交に終始して、米・ロ・中、韓との自主外交を台無しにしてきた。
 日本の平和外交は、摩擦や紛争の種をまきちらす火遊びだったのである。
 次回は、米・ロ・中を中心にした日本の外交戦略を展望してゆこう。
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