2019年01月18日

「天皇の地位」D

 国体・神道・祭祀
「天皇の地位」D
 古来、天皇の地位は、神域にあった。
 神域は、世俗をこえた領域にあるもので、神道の中心的な概念である。
 注連縄や拍手、紙垂や榊は、俗世と神域を隔てる象徴で、この象徴の向こう側が神域で、こちら側が俗世である。
 神道の用語では、現世(うつしよ)と常世(とこよ)である。
 現世と常世の二元論が日本神話や神道の世界観で、この世は、生活の場面である現世と現実や日常、現在性をこえた常世からできている。
 常世は、隠世・幽世(かくりよ)ともいって、神性をおびた無意識の領域である。
 一方、現世は意識界で、祭祀をとおして、現世をとびこえ、常世へ接近する。
 大嘗祭では、新天皇が天神地祇に新穀を供え、常世の皇祖皇宗と一体化して歴史上の存在となられる。
 御身は現世にあっても、皇統は常世のもので、万世一系のご身分が、歴史のなかに用意された玉座にお座りになって、神格をそなえた存在となられるのである。
 現世の事々は、祭祀をとおして、常世=永遠のものとなる。
 日本人が、天皇を「神のようなひと」と見るのは、元々、現世と常世という二つの視点をもっているからで、それが、日本の伝統宗教である神道の本質といえよう。
 祭ることによって、物事が神性をおびるのは、物事は、元々、聖俗二面性をもっているからで、そのきりかえが、神道の祈り=浄めである。
 神道では、常世と現世は、隣り合っているが、かんたんにのりこえることはできない。
 現世と常世は、表裏の関係にあるからで、のりこえるには、じぶんを常世になげだして、いわば、無の存在にならなければならない。
 それが神道の祈り=祭祀で、祭祀では、なにかを願ってはならない。
 神道では、すでに、願いが発せられているからである。
 それが、高天原信仰であり、天照大神と豊受大神がこの世の繁栄を約束した「幽契(かくれたるちぎり)」である。
 高天原も神域で、この世は、その高天原と「不老不死」や「神仙境」「穀霊」から「黄泉国」までをふくむ常世に重層的にささえられているのである。

 神道には、教義や経典、戒律もない。
 神道は、生活そのもので、存在するのは、生命や身体、日々の糧などの物質的にして即物的なものだけである。
 生きているのは、神とともにあるということで、それが神道の宗教観である。
 カミという絶対的な存在にたいしてできるのは、浄めと自然崇拝だけである。
 その浄めの頂点にあるのが祭祀で、人格神の下にある創唱宗教ではない神道には、神のことばを借りて、ひとを惑わす言挙げなどしない。
 神道は、多神教で、アニミズム(万物霊)やシャーマニズム(神霊交流)という縄文の遺伝子をひきついでいる。
 したがって、言語や論理、価値基準などから切り離されている。
 日本に善悪や正邪の基準や仁義礼智の教えがないのは、人格神がいなかったからである。
 いたら、理屈やこじつけ、ウソがまかりとおって、日本神話にみえる正直さはなかったろう。
 日本の神話には、神さまらしくない神さまが大勢登場してくる。
 性的にも奔放で「汝が身の成り合はざる処に刺し塞ぎて国土を生み成さむ」というイザナギ、イザナミの国づくり神話のほか、古事記には、性的な表現がすくなくない。
 現実は、身体や生命が活動する「生活の場」であって、観念や精神をとおしてあらわれる空想ではない。
 神道には、精神がなく、あるのは生活だけである。
 その生活が、裏と表のように、常世や現世に分かれている。
 神道以外の他の宗教には、常世や現世という考え方はない。
 あるのは、天国や涅槃、死後という観念の世界だけである。
 一神教の人々は、精神界を生きるので、現実も、観念的なものになる。
 そこに苦悩の源泉があるのだが、一神教は、だからこそ、神の救済が必要という。
 精神や観念は、ことばや意味、論理の世界で、一元論である。
 一方、日本は、多元論の国で、中江兆民が、詩歌や文学にはすぐれたものがあるのに、哲学や論理にみるべきものがないと嘆いたものである。
 神道に観念論がないのは、元々、自然崇拝だったからで、自然界に精神などというものは存在しない。
 存在するのは、八百万の神々だけで、唯一神も存在しない。
 唯一神は一元論で、ことばも、神のたまわりものなので、一元論である。
 言挙げしない神道は、多元論で、一元的な価値や意味、法則をもたない。
 われわれは、一元論に狎れているので、観念をとおして、世界をながめがちである。
 その世界も、先入観を捨てて、無心で見直すと、ちがった風景へ反転する。
 それが常世で、なにかを無心で見直すことが、祈り=祭祀である。
 挨拶からことば遣い、習慣や習俗、考え方にいたるまで、これらを祖先からうけついできた日本人は、だれもが神道的な心根をもっている。
 聖徳太子の「和の心」も神道的多元論で、聖徳太子は、同時に10人の話を聞いたという。
 多元論は、なにか一つをつきつめて考える一元論からみると、無や空という別天地につうじる。
 神道に死や苦悩、悲嘆がないのは、多元論だからで、悪しきことは、すべて考えという一元論から生じる。
 日本人は、太古の昔から、祈りをとおして、一元論の現世から多元論の常世へ移って、心を浄めてきたのである。
posted by office YM at 13:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月11日

「天皇の地位」C

 国体・神道・祭祀
「天皇の地位」C
 われわれは、唯心論と唯物論の二つの世界を生きている。
 唯物論は目に映る物質の世界で、唯心論は、目に見えない心の世界である。
 物心二元論といってもよいが、この両眼性が、日本人の国家観といえる。
 国家を、実体としての政体、属性としての国体に分けて、両眼でながめるのである。
 といっても、属性としての国体が、モノとして、どこかに存在するわけではない。
 国家が物的な存在なら、国体は心的な存在で、日本人は、歴史や伝統、文化や習俗などの文化概念をもって、これを国体とする。
 それが伝統国家の国民性で、日本人は、天皇を神として敬う唯心論と天皇を一人の人間としてみる唯物論の両方の視点を併せもっているのである。
 政体と国体と同様、権威と権力も二元論で、二元論に立たなければ、国家や権力構造の本当のすがたをとらえることはできない。
 二元論において、世界は、物中心の唯物論と心中心の唯心論から成り立っている。
 したがって、二元論をわきまえなければ、物事の表層しか見えない。
 われわれが、国家や権力の本質を見失うのは、一元論的にみるからである。
 戦前の国体は敗戦で消え、戦後、天皇に代わって、アメリカが新しい国体になったという論説や、古くは、天皇なきナショナリズムや憲法を新しい国体とする新保守主義がもちあげられた。
 これらの言説が的外れなのは、一元論に立っているからである。
 一元論は唯物論で、マルクス主義を挙げるまでもない
 唯物論に立つと、物質や現象、利害以外のものが見えなくなる。
 天皇や国体は、唯物論的なモノやかたちではなく、かたちのない唯心論である。
 したがって、目で見ることはできない。
 唯物論では、天皇や国体の本質は、見えてこないのである。
 天皇は唯心論の存在で、日本人の神道的世界観は、唯心論に拠って立つ。
 多神教や自然崇拝が唯心論で、心にもっとも深く根を下ろしている日本人の宗教心は、高天原信仰=神道といえるだろう。
 天皇主権が、戦後、アメリカ主権におきかえられたように見えるのは、一元論=唯物論に立つからである。
 しかし、天皇をささえてきたのは、神話や歴史、民族性にもとづく唯心論であって、制度や仕組み、機関のような一元論的な唯物論ではなかった。

 キリスト教やイスラム教などの一神教も唯物論である。
 かつて、ヨーロッパも多神教で、ギリシャ神話と日本の神話には、類似性が少なくない。
 ところが、一神教=キリスト教によって、唯心論がヨーロッパから一掃された。
 宗教だから唯心論と思うのは錯覚で、一元論である一神教は唯物論の原型となった。
 神の代わりに合理主義や科学、ことばがおかれて、それらが絶対化されたのである。
 それがロゴス主義で、世界の神的な秩序には、合理主義や科学からことばや理性、真理や論理、王権までがふくまれる。
 王権神授説も、キリスト教的な一元論で、キリスト教によって、唯心論的な宗教が失われて、神までが唯物的になった。
 神が科学や合理主義に入れ替わって、ロゴス主義から、ついに、革命国家がうまれて、西洋は、丸ごと、唯物論となった。
 西洋をとおして日本をみても、わからないのは、西洋の革命国家が唯物論に立っているからである。
 歴史や伝統、文化などの唯心論を断ち切ったからで、革命国家が信奉するのは、合理主義と科学、論理(イデオロギー)だけである。
 アメリカやロシア、中国は、革命国家で、そこで、資本主義がさかえているのは、資本主義もまた革命をうみだした唯物論だったからである。
 一神教が唯物論となるのは、キリスト教は、神との契約だからである。
 祈るのも、神との契約を確認することで、モーゼの十戒も、1から4までは神との契約である。
 一神教の西洋の祈りが契約となるのは、祈る対象が人格神だからである。
 これは、日本人の宗教観にはないもので、日本人の拝む対象は、人格をもたない自然神である。
 しかも、多神教で、アニミズム(万物霊)やシャーマニズム(神霊交流)という縄文の遺伝子をひきついでいる。
 宗教といっても、西洋と日本では、性格が百八十度ちがうのである。
 西洋の神は唯物論的なフィクションだが、日本の神は、唯心論的に実在する。
 神話や至高の理想としての高天原は、日本人にとって、心のなかに実在するもので、そこに、天皇の地位の問題がかかわっている。
 次回は、天皇の地位が、いかに、日本人の宗教観や歴史観、国体観に深く根ざしているかをみていこう。
posted by office YM at 00:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月04日

「天皇の地位」B

 国体・神道・祭祀
「天皇の地位」B
 秋篠宮殿下のご発言が、3つの意味合いで、大きな波紋を呼んだ。
 1つは、皇位継承にともなう大嘗祭の公費支出について疑問を示されたことである。
「宗教色のつよいもので、国費で賄うことが適当かどうか」「わたしはやはり内廷会計でおこなうべきだと思っています」「身の丈にあった儀式にすれば」などの一連のご発言がそれである。
 秋篠宮殿下のご発言が皇室を敬愛する多くの日本人とりわけ保守系の心胆を寒からしめたのは、大嘗祭などの宮中祭祀を矮小化して、天皇家の私事としたからである。
 宮中祭祀は、天皇家の私事ではなく、国民国家とりわけ国体に付属するもので、平成の大嘗祭にも、公費(宮廷費)が充てられて、憲法上の疑義を生じることはなかった。
 新天皇が五穀豊穣を祈る大嘗祭は、農耕民族である日本人にとって、重大な儀式で、伝統国家の国家的祭祀として、すでに、国民的合意をえている。
 宮中祭祀を皇室の私事とするのは、独善で、杓子定規な憲法解釈にもとづくものだろう。
 昭和22年、GHQの神道指令によって、皇室祭祀令が廃止された。
 神道指令は、52年講和条約発効とともに失効したが、これが日本国憲法にひきつがれて、現在に残っている。
 左翼や憲法学者が宮中祭祀を「天皇の私的儀式」と解釈するようになったのは、GHQが日本に滞在した7年間のあいだにおきた出来事で、これを数千年の神道祭祀の伝統に比することはできない。
 もともと、大嘗祭は、古来、皇位継承に伴う大切な伝統的儀式であり続けてきたという揺るぎない事実がある。
 戦後、新憲法下のもとで、宮中祭祀が天皇家の私事としておこなわれるようになったが、宮中祭祀は、かつての皇室祭祀令にもとづいておこなわれ、予算も皇室の内廷費によって処理されている。
 数千年の歴史は継承されているのである。
 政府は、憲法それ自体が皇位の世襲継承を要請しているかぎり、その継承にともなう伝統儀式の執行には公的責任を負うという判断に立つ。
 その立場から前回も公費を支出し、今回もそれを踏襲しようというのである。
 秋篠宮殿下の公費支出にかかるご異議には疑問が残るのである。

 もう一つの問題発言は、「身の丈にあった儀式」という表現である。
 宮中祭祀を憲法に規定された天皇家の私的な行事としたのが、身の丈という表現で、宮中祭祀が、日本古来の伝統ではなく、憲法に規定された法的行為になっているのである。
「身の丈にあった」という表現では、今上天皇の大嘗祭が「身の丈を越えた」ものであったかのような印象をあたえかねず、不穏当に響く。
 秋篠宮が、大嘗祭の費用は、国家ではなく、皇室が負担すべきものだと主張するのは、憲法原理主義に立っているからと思われる。
 そもそも、憲法が規定する戦後の民主化改革(神道指令)は、天皇や皇族を神道の神官とする国家神道の解体で、国家祭祀を天皇家の私的行事にすることにあった。
 しかし、これまで、この憲法の規定は、歴史的解釈によって、曖昧にされたまま、宗教性が明らかな大嘗祭でさえ、公的性格をもつとして、国費によって賄われてきた。
 秋篠宮殿下が指摘したのは、この矛盾で、殿下は、伝統よりも、戦後憲法を重んじられたのである。

 3つ目は、公人と私人の区別で、秋篠宮殿下は、今回、私人としての人格をあらわにされた。
 大嘗祭の在り方について、「宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ、聞く耳を持たなかった」などの発言をくり返された。
 宮内庁の山本信一郎長官にたいして「聞く耳を持たなかった」と非難されたのは、公人の品位を捨てた個人もしくは私人のもので、殿下の品位のためには望ましいことではなかった。
 宮内庁長官は大嘗祭費用の出どころを決定するような国政事項に関与すべき立場にはなく、政府の一員として、その方針に従っているに過ぎない。
 秋篠宮殿下は、大嘗祭を「内廷会計(内廷費)」で賄うべきだともおっしゃられた。
 だが、内廷費は、皇室経済法施行法で規定された定額が毎年、国庫から支出されており、その額はわずか3億2400万円に過ぎない。 
 この金額のどこから大嘗祭の費用を工面できるとお考えなのであろうか。
 秋篠宮殿下のご発言には乱脈がみられる。
 帝王学においては、私心をおさえることを第一義とする。
 私心をだすと敵をつくるからで、権威は、敵をつくらないことからうまれる。
 皇室には、今上天皇の皇太子(明仁親王)時代、帝王学を説いた小泉信三のような教育者が不在で、皇族をとりまいているのは、天下り官僚ばかりである。
 皇室は宮内庁の人材払底という内なる危機にもさらされているのである。

posted by office YM at 11:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする