マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つE
●愛子さまが天皇になられない理由B
日本共産党は反天皇の綱領をもっている。
その綱領に「一つの家族が国民統合の象徴となる天皇制は民主主義と人間の平等の原則に反する」とある。
「一つの家系が日本を象徴する制度が未来永劫つづくのは不合理(日本共産党小池晃書記局長)」というのである。
天皇の地位が、親から子への直系相続にあると思っているのは、共産党や女系天皇論者だけではない。
一般国民も、多くが、民法的な感覚で、直系長子相続が自然と考えている。
そこから、女性宮家の創設や女性天皇という考え方がでてくる。
天皇が男子に恵まれなかったら、女子が新天皇になってもよいではないかというのである。
皇位の継承を男系男子に限っている「皇室典範第1条」を改定するうごきもある。
すでになんどものべてきたように、女系では、先祖の血筋を継承できない。
男性のY染色体は、世代を重ねても、純粋な形で男子に継承される。
ところが、女性X染色体は、世代がかわるたび、交叉して、系統が変化する。
女系男子が皇位を継承した場合、新天皇は、神武天皇ではなく、母方の夫側の染色体をひきついでしまうのである。
家族や家系なら、直系長子相続でよいだろう。
だが、天皇は、一系の王朝であって、家族でも家系でもない。
直系長子相続では、神武王朝ではなく、天皇一家の家系になってしまう。
現在、日本では、天皇が王朝であることが、まったく理解されていない。
日本が世界から一目おかれる伝統国家で、それが日本の国際的地位を高めているのは、天皇が数千年の歴史を有する王朝だからで、天皇が、憲法によって国民統合の象徴とされているからではない。
日本が数千年にわたってまもってきたのは、天皇一家ではなく、万世一系の神武王朝だった。
それを象徴するのが、神武天皇の血統を大幹とする系統樹である。
神武天皇の血統という幹から男系宮家という枝が四方へのびている。
その一本の枝が第119代光格天皇から今上天皇(第126代徳仁)へつらなる閑院宮家で、8代にわたって、皇統として、神武王朝を継承してきた。
第118代後桃園天皇が22歳で急逝して、直系の皇族に男子がいなかったため、1780年、光格上皇が、傍系の閑院宮家から9歳で即位した。
光格天皇と先代の後桃園天皇とは8親等の隔たりがあって、直系長子相続の感覚からいえば、限りなく他人に近い遠い親戚だった。
閑院宮家は、光格上皇から6代さかのぼった東山天皇の第6皇子が創設した宮家で、皇統の断絶を危惧した新井白石が将軍徳川家宣に建言して設けられた男系宮家である。
一つの家系や家族あるいは直系では、皇統をまもることはできない。
皇統が、神武天皇の血統をひく男系宮家という枝によって、まもられてきたのは、今上天皇が閑院宮家系だったことからも明らかだろう。
かつて、皇位の傍系相続が三度おこなわれた。
(1)第25代武烈天皇から第26代継体天皇(9親等の隔たり)
(2)101代称光天皇から第102代後花園天皇(9親等の隔たり)
(3)第118代後桃園天皇から第119代・光格天皇(8親等の隔たり)
親等は、直系長子相続を基準とする家族や家系の遠近の度合いをしめす。
だが、祖先の系統をまもる王朝では、親族の遠近をしめす親等は問題にならない。
問題になるのは男系宮家という枝で、王朝は、直系長子相続ではなく、男性宮家の世襲によって維持されてきた。
王朝が男系相続となったのは、女系相続では、閨閥政治や政権抗争、独裁をうみ、内紛や政争、摩擦を避けられなかったからである。
日本で、一つの王朝(皇統)が2000年以上、維持されてきたのは、古代国家の大連・大臣から律令体制における二官八省、摂関政治や院政、武家政治にいたるまで、天皇と権力の二元論が成立したからだった。
権力が天皇を立てて、その下で、自律的に権力を操作したのである。
社会も人間も、物と心、合理と不合理、聖と俗の両面をもっている。
権威と権力、国体と政体、文化と軍事の二元論は、そういった二元的、多元的な世界に対応するもので、神武王朝=日本国家は、天皇と将軍の二人がおられたことによって、2700年の長きにわたって、体制を維持できたのである。
ヨーロッパや中国、中東やアジアにおいて、権力や宗教は、一元的だった。
その結果、圧政や恐怖政治、宗教弾圧、奴隷制度などが横行して、人々は塗炭の苦しみをなめた。
民主主義や人権は、数千年におよぶ暗黒時代の反動で、チャーチルではないが、ファシズムよりはましという代物にすぎない。
神武王朝は、古事記や日本書紀がつくりだしたフィクションだったかもしれない。
だが、日本は、そのフィクションにどっかり腰をすえて、天皇と近代国家を運営してきた。
日本は、民主主義や平等が人類の理想であるような不幸で貧しい歴史をもっていないのである。
2019年06月28日
2019年06月21日
マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つD
マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つD
●愛子さまが天皇になられない理由A
BSフジの「プライムニュース(2019年5月21日)」で、衛藤晟一参院議員が、皇統問題にからめて、Y染色体の話をもちだすと、京都産業大の所功名誉教授は「生物学レベルまで下げて議論してはいけない」とたしなめた。
皇統の男系相続は歴史の叡智と伝統で、たしかに、生物学レベルで語られるべきではないかもしれない。
だが、歴史や伝統を破壊して、女系天皇を実現しようとしているのは、所ら女系天皇論者で、その根拠が、大衆迎合の男女平等や民主主義である。
皇統問題を、ついこのあいだうまれたばかりの近代主義のレベルまで下げて議論してはいけない、といいたいいたくなる。
皇統にかかるY染色体の議論は、あくまで、結果論である。
そして、動機論が、皇統をまもる男系相続だったのは、いうまでもない。
女系相続では、皇統をたもつことができない。
皇位を簒奪しようという、道鏡や足利義満のような野心家がでてくるからである。
女系天皇の夫になって子種をもうければ、子が天皇に、夫が上皇になれる。
それが、X染色体の弱点で、代がかわるたび、男系の祖先が入れ替わる。
神武天皇の血統をまもるために、女性天皇は、夫をもたず、子をもうけず、皇胤を男系に限定した。
Y染色体は、男系の祖先から一系となるので、世襲によって、血統がまもられる。
経験則にのっとった歴史の叡智というしかない。
人類進化の学説としてよく知られているものに「ミトコンドリア・イブ」がある。
人類の母系祖先をさかのぼっていくと、16万年前にアフリカにいた一人の女性にたどりつくとする説である。
素人にはわからないが、母親から女の子どもに受け継がれるミトコンドリアDNAの塩基配列の解析結果という。
遺伝にかかわる因子に、X染色体とY染色体、ミトコンドリアDNAの三つがある。
X染色体を2本もつ女性の場合は、母親から受け継いだX染色体と父親から受け継いだX染色体のあいだで交叉と遺伝子の乗り換えがおこる。
したがって、先祖を特定できず、血統の正統性がたもてない。
一方、男性のY染色体と女性のミトコンドリアDNAは、交叉がおきないので、どこまでも、先祖をたどってゆける。
女性のミトコンドリアDNAは、16万年前までさかのぼった。
男性のY染色体は、日本の場合、途中で、神話に継ぎかえられた。
神武天皇以前が神話で、神武天皇以降が実史である。
皇紀2600年は、遺伝子のレベルで、検証が可能だったのである。
衛藤議員のY染色体説を一蹴した所功は、一方で、こんな珍説をのべる。
「皇祖神として天照大神という女神を仰いでいるという事実を考えれば、男系や女系、男子や女子よりも、皇室の御祖先が大事」
天照大神が女神なので、女性天皇でもよいというのは、田中卓や小林よしのりと同じ見解である。
黄泉の国からもどった男神のイザナギが禊をおこなって、左目から生まれたのが天照大神で、このとき、右目から須佐之男命(スサノオノミコト)、鼻から月読命(ツクヨミノミコト)がうまれた。
男であるイザナギの左の目から生まれた天照大神が、どうして女系なのか。
そもそも、天照大神が女性という根拠はきわめて薄い。
天照大神とスサノオによる誓約(うけひ/占い)によってうまれたのがアメノオシホミミ(天忍穂耳命)で、高天原から日向の高千穂峰へ天降ったニニギ(瓊瓊杵尊)の父である。
ここまでが神話だが、どこに女系の根拠があるのか。
男系女系がでてくるのは、木花開耶姫を娶ったニニギからである。
火遠理命(山幸彦)と豊玉姫、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と玉依姫、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト=神武天皇)と吾平津姫と、ニニギ以後、神武まで、4代に亘って、男神が姫を娶っている。
女系というのは、たとえば、木花開耶姫や豊玉姫、玉依姫、吾平津姫が天皇になるにとどまらず、女天皇の産んだ子が天皇(皇胤)になることである。
そんなばかなことはおきていない。
皇祖神の天照大神が女神だから、天皇が女系でいいというのはとんでもない暴論で、日本人が、天皇の男系相続をもって、権威と権力の二元論を発明した歴史的功績を忘れている。
男系を世襲にすることによって、天皇の権威が磐石になった。
その権威から、正統性をさずかって、権力に節度と施政力がそなわった。
天皇の男系相続には、日本という国家ができあがった原理が隠されていたのである。
ところが、戦後、日本の歴史学者は、皇国史観や古事記・日本書紀の否定に血眼になるばかりで、古代日本の国家や権力構造を明らかにする勉強や研究を怠ってきた。
そして、記紀に書かれていない邪馬台国が大和国、卑弥呼が日巫女の蔑称であったことを棚上げして、記紀の編者が全員嘘つきだったと言い張ってきた。
所功や田中卓らの暴論は、日本の歴史学者の愚かさを象徴していたのである。
●愛子さまが天皇になられない理由A
BSフジの「プライムニュース(2019年5月21日)」で、衛藤晟一参院議員が、皇統問題にからめて、Y染色体の話をもちだすと、京都産業大の所功名誉教授は「生物学レベルまで下げて議論してはいけない」とたしなめた。
皇統の男系相続は歴史の叡智と伝統で、たしかに、生物学レベルで語られるべきではないかもしれない。
だが、歴史や伝統を破壊して、女系天皇を実現しようとしているのは、所ら女系天皇論者で、その根拠が、大衆迎合の男女平等や民主主義である。
皇統問題を、ついこのあいだうまれたばかりの近代主義のレベルまで下げて議論してはいけない、といいたいいたくなる。
皇統にかかるY染色体の議論は、あくまで、結果論である。
そして、動機論が、皇統をまもる男系相続だったのは、いうまでもない。
女系相続では、皇統をたもつことができない。
皇位を簒奪しようという、道鏡や足利義満のような野心家がでてくるからである。
女系天皇の夫になって子種をもうければ、子が天皇に、夫が上皇になれる。
それが、X染色体の弱点で、代がかわるたび、男系の祖先が入れ替わる。
神武天皇の血統をまもるために、女性天皇は、夫をもたず、子をもうけず、皇胤を男系に限定した。
Y染色体は、男系の祖先から一系となるので、世襲によって、血統がまもられる。
経験則にのっとった歴史の叡智というしかない。
人類進化の学説としてよく知られているものに「ミトコンドリア・イブ」がある。
人類の母系祖先をさかのぼっていくと、16万年前にアフリカにいた一人の女性にたどりつくとする説である。
素人にはわからないが、母親から女の子どもに受け継がれるミトコンドリアDNAの塩基配列の解析結果という。
遺伝にかかわる因子に、X染色体とY染色体、ミトコンドリアDNAの三つがある。
X染色体を2本もつ女性の場合は、母親から受け継いだX染色体と父親から受け継いだX染色体のあいだで交叉と遺伝子の乗り換えがおこる。
したがって、先祖を特定できず、血統の正統性がたもてない。
一方、男性のY染色体と女性のミトコンドリアDNAは、交叉がおきないので、どこまでも、先祖をたどってゆける。
女性のミトコンドリアDNAは、16万年前までさかのぼった。
男性のY染色体は、日本の場合、途中で、神話に継ぎかえられた。
神武天皇以前が神話で、神武天皇以降が実史である。
皇紀2600年は、遺伝子のレベルで、検証が可能だったのである。
衛藤議員のY染色体説を一蹴した所功は、一方で、こんな珍説をのべる。
「皇祖神として天照大神という女神を仰いでいるという事実を考えれば、男系や女系、男子や女子よりも、皇室の御祖先が大事」
天照大神が女神なので、女性天皇でもよいというのは、田中卓や小林よしのりと同じ見解である。
黄泉の国からもどった男神のイザナギが禊をおこなって、左目から生まれたのが天照大神で、このとき、右目から須佐之男命(スサノオノミコト)、鼻から月読命(ツクヨミノミコト)がうまれた。
男であるイザナギの左の目から生まれた天照大神が、どうして女系なのか。
そもそも、天照大神が女性という根拠はきわめて薄い。
天照大神とスサノオによる誓約(うけひ/占い)によってうまれたのがアメノオシホミミ(天忍穂耳命)で、高天原から日向の高千穂峰へ天降ったニニギ(瓊瓊杵尊)の父である。
ここまでが神話だが、どこに女系の根拠があるのか。
男系女系がでてくるのは、木花開耶姫を娶ったニニギからである。
火遠理命(山幸彦)と豊玉姫、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と玉依姫、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト=神武天皇)と吾平津姫と、ニニギ以後、神武まで、4代に亘って、男神が姫を娶っている。
女系というのは、たとえば、木花開耶姫や豊玉姫、玉依姫、吾平津姫が天皇になるにとどまらず、女天皇の産んだ子が天皇(皇胤)になることである。
そんなばかなことはおきていない。
皇祖神の天照大神が女神だから、天皇が女系でいいというのはとんでもない暴論で、日本人が、天皇の男系相続をもって、権威と権力の二元論を発明した歴史的功績を忘れている。
男系を世襲にすることによって、天皇の権威が磐石になった。
その権威から、正統性をさずかって、権力に節度と施政力がそなわった。
天皇の男系相続には、日本という国家ができあがった原理が隠されていたのである。
ところが、戦後、日本の歴史学者は、皇国史観や古事記・日本書紀の否定に血眼になるばかりで、古代日本の国家や権力構造を明らかにする勉強や研究を怠ってきた。
そして、記紀に書かれていない邪馬台国が大和国、卑弥呼が日巫女の蔑称であったことを棚上げして、記紀の編者が全員嘘つきだったと言い張ってきた。
所功や田中卓らの暴論は、日本の歴史学者の愚かさを象徴していたのである。
2019年06月14日
マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つC
マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つC
●愛子さまが天皇になられない理由@
京都産業大の所功名誉教授はこうのべる。
「男系男子を重んずる風習は軽視できないが、それに固執してはなりません。皇室典範第9条『養子の禁止』と同第12条『皇族女子の結婚による皇籍離脱』を改正すれば、減少傾向にある皇族を維持し、さらに永続できる可能性がでてきます」
そして、こう駄目を押す。
「史上に実例のある男系の女性天皇を例外的にみとめておくことです」
男系の女性天皇以後をどうするのか。
令和元年、共同通信の緊急世論調査では、女性天皇の賛成が79.6%で、反対の13.3%を大きく上回った。
愛子天皇が誕生すれば、直系への皇位継承が100%に近くなるだろう。
所はそれを見込んでいるのである。
だが、それは、万世一系と神武王朝の終焉である。
皇統は、その時点で、愛子天皇の夫側の祖先へ移る。
祖先は、10代も遡れば、大抵、不明になってしまう。
それでは、日本の皇室は、皇祖が不明ということになる。
それで、はたして、天皇の権威や国体の永遠性、国家の背骨、国民のアイデンティティはまもられるか。
皇室典範で、皇嗣は、悠仁親王殿下ときまっている。
それなのになぜ、くり返し、女性天皇論がでてくるのか。
悠仁親王殿下と愛子内親王殿下の対立を煽っているのである。
BSフジ【プライムニュース】(2019年5月21日)で、衛藤晟一参院議員が所功に「悠仁さまが世継ぎではないか」と問うと、所はこう応えた。
「皇室典範3条で直系にもどせます」
これは問題発言である。第三条にこうある。
「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる」
悠仁親王殿下と愛子内親王の皇位継承順序を変えるにあたって、皇嗣の不治の重患や重大な事故を想定する第三条をもちだすのは、不敬にして不謹慎きわまりない。
皇室ジャーナリストによると愛子天皇§_が浮上してくるのは、令和3年という。
令和3年の12月には、愛子さまが20歳の成年になられて、公務の活動をおはじめになるからである。
「成年を迎えたあとは、一般参賀のお手ふりや公務に参加するようになります」(宮内庁関係者)
所は、皇室典範を変えて、愛子天皇の道を開けという。
悠仁親王殿下がおられるのにそんなことができるわけはない。
万が一、愛子天皇が実現しても、愛子さまのお子は天皇になれない。
過去、8人の女帝は、全員、生涯独身か未亡人で、子をもうけていない。
女帝の配偶者に権力を握らせないためで、父系が入れ替わる女系天皇は、歴史上、一人もいなかった。
愛子さまのお子に皇位が継承されるのは、愛子さまが、旧宮家の男子と結婚されて、男子を主産された場合にかぎられる。
それなら、悠仁天皇が男子に恵まれなかった場合、皇位を継ぐことができるばかりか、皇位の継承者がふえる。
旧皇族の竹田恒泰(慶応大講師)が、皇位継承問題について、旧皇族20人以上と意見交換した結果を月刊誌(「正論」)に発表した。
終戦後、皇籍離脱した旧皇族の多くが、皇籍復帰を要請された場合「一族として要望に応える覚悟を決めておかなければならない」と考えているというのである。
主に現在の宮家と養子縁組することで、男系を継承することを想定しているといい、大多数が、男系の皇統は維持されるべきだと考えていて、女性・女系天皇を容認するひとは一人もいなかった。
旧宮家をはじめとする男系男子の血統をもつ人々の皇籍復帰や養子縁組案については従来、「長年民間で暮らしていることから国民の理解は得られない」という指摘が有識者や政府、マスコミらから出ていた。
ところが、国民の意識はそうではなかった。
産経新聞・FNN合同世論調査結で、「男系男子の皇族を増やすため、戦後に皇籍離脱した旧宮家の復帰をみとめてもよいか」との質問にたいして「みとめてもよい」(42・3%)が「みとめない方がよい」(39・6%)を上回った。
所功や小林よしのり、園部逸男、田中卓、高森明勅ら女系天皇論者は、愛子内親王が、悠仁親王を退けて、皇位につくべきと主張する。
そんなことができるわけはない。
万世一系が皇室の原理で、民間の男性は、完全に排除される。
仮に愛子内親王殿下が民間人の男性とご結婚されたとしよう。
その民間人が皇族、そして天皇になれば道鏡そのものである。
愛子さまが、男系相続を否定して、孝謙上皇(後の称徳天皇)の道鏡スキャンダルの二の舞を演じるであろうか。
皇祖皇宗の大御心を裏切って、2600年の万世一系を破った女帝として、歴史に永遠の汚名を残す役割を、愛子さまがひきうけるだろうか。
愛子内親王は、一生、独身をまもるのは、100%まちがいない。
女帝は生涯独身か未亡人の不文法が、踏襲されるのである。
そうなれば、皇統に、真の危機が襲いかかる。
寛仁親王殿下の長女、彬子さまが毎日新聞のインタビューで、女性宮家創設だけが議論される現状に違和感を表明された。
「男系でつづいている旧皇族におもどりいただくとか、現在ある宮家をご養子として継承していただくとか、他に選択肢もあるのではないかと思います」ときっぱりご発言されたのである。
女系天皇論者は、役人や左翼、反日と結託している。
旧宮家の皇籍復帰運動をもっと積極的にすすめるべきだろう。
●愛子さまが天皇になられない理由@
京都産業大の所功名誉教授はこうのべる。
「男系男子を重んずる風習は軽視できないが、それに固執してはなりません。皇室典範第9条『養子の禁止』と同第12条『皇族女子の結婚による皇籍離脱』を改正すれば、減少傾向にある皇族を維持し、さらに永続できる可能性がでてきます」
そして、こう駄目を押す。
「史上に実例のある男系の女性天皇を例外的にみとめておくことです」
男系の女性天皇以後をどうするのか。
令和元年、共同通信の緊急世論調査では、女性天皇の賛成が79.6%で、反対の13.3%を大きく上回った。
愛子天皇が誕生すれば、直系への皇位継承が100%に近くなるだろう。
所はそれを見込んでいるのである。
だが、それは、万世一系と神武王朝の終焉である。
皇統は、その時点で、愛子天皇の夫側の祖先へ移る。
祖先は、10代も遡れば、大抵、不明になってしまう。
それでは、日本の皇室は、皇祖が不明ということになる。
それで、はたして、天皇の権威や国体の永遠性、国家の背骨、国民のアイデンティティはまもられるか。
皇室典範で、皇嗣は、悠仁親王殿下ときまっている。
それなのになぜ、くり返し、女性天皇論がでてくるのか。
悠仁親王殿下と愛子内親王殿下の対立を煽っているのである。
BSフジ【プライムニュース】(2019年5月21日)で、衛藤晟一参院議員が所功に「悠仁さまが世継ぎではないか」と問うと、所はこう応えた。
「皇室典範3条で直系にもどせます」
これは問題発言である。第三条にこうある。
「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる」
悠仁親王殿下と愛子内親王の皇位継承順序を変えるにあたって、皇嗣の不治の重患や重大な事故を想定する第三条をもちだすのは、不敬にして不謹慎きわまりない。
皇室ジャーナリストによると愛子天皇§_が浮上してくるのは、令和3年という。
令和3年の12月には、愛子さまが20歳の成年になられて、公務の活動をおはじめになるからである。
「成年を迎えたあとは、一般参賀のお手ふりや公務に参加するようになります」(宮内庁関係者)
所は、皇室典範を変えて、愛子天皇の道を開けという。
悠仁親王殿下がおられるのにそんなことができるわけはない。
万が一、愛子天皇が実現しても、愛子さまのお子は天皇になれない。
過去、8人の女帝は、全員、生涯独身か未亡人で、子をもうけていない。
女帝の配偶者に権力を握らせないためで、父系が入れ替わる女系天皇は、歴史上、一人もいなかった。
愛子さまのお子に皇位が継承されるのは、愛子さまが、旧宮家の男子と結婚されて、男子を主産された場合にかぎられる。
それなら、悠仁天皇が男子に恵まれなかった場合、皇位を継ぐことができるばかりか、皇位の継承者がふえる。
旧皇族の竹田恒泰(慶応大講師)が、皇位継承問題について、旧皇族20人以上と意見交換した結果を月刊誌(「正論」)に発表した。
終戦後、皇籍離脱した旧皇族の多くが、皇籍復帰を要請された場合「一族として要望に応える覚悟を決めておかなければならない」と考えているというのである。
主に現在の宮家と養子縁組することで、男系を継承することを想定しているといい、大多数が、男系の皇統は維持されるべきだと考えていて、女性・女系天皇を容認するひとは一人もいなかった。
旧宮家をはじめとする男系男子の血統をもつ人々の皇籍復帰や養子縁組案については従来、「長年民間で暮らしていることから国民の理解は得られない」という指摘が有識者や政府、マスコミらから出ていた。
ところが、国民の意識はそうではなかった。
産経新聞・FNN合同世論調査結で、「男系男子の皇族を増やすため、戦後に皇籍離脱した旧宮家の復帰をみとめてもよいか」との質問にたいして「みとめてもよい」(42・3%)が「みとめない方がよい」(39・6%)を上回った。
所功や小林よしのり、園部逸男、田中卓、高森明勅ら女系天皇論者は、愛子内親王が、悠仁親王を退けて、皇位につくべきと主張する。
そんなことができるわけはない。
万世一系が皇室の原理で、民間の男性は、完全に排除される。
仮に愛子内親王殿下が民間人の男性とご結婚されたとしよう。
その民間人が皇族、そして天皇になれば道鏡そのものである。
愛子さまが、男系相続を否定して、孝謙上皇(後の称徳天皇)の道鏡スキャンダルの二の舞を演じるであろうか。
皇祖皇宗の大御心を裏切って、2600年の万世一系を破った女帝として、歴史に永遠の汚名を残す役割を、愛子さまがひきうけるだろうか。
愛子内親王は、一生、独身をまもるのは、100%まちがいない。
女帝は生涯独身か未亡人の不文法が、踏襲されるのである。
そうなれば、皇統に、真の危機が襲いかかる。
寛仁親王殿下の長女、彬子さまが毎日新聞のインタビューで、女性宮家創設だけが議論される現状に違和感を表明された。
「男系でつづいている旧皇族におもどりいただくとか、現在ある宮家をご養子として継承していただくとか、他に選択肢もあるのではないかと思います」ときっぱりご発言されたのである。
女系天皇論者は、役人や左翼、反日と結託している。
旧宮家の皇籍復帰運動をもっと積極的にすすめるべきだろう。
2019年06月07日
マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つB
マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つB
●女系天皇論者が知らない歴史の叡智
女系天皇論者の主張には3つの共通点がある。
@天皇の地位や皇統の根拠を憲法にもとめる
A男女平等などの近代主義に立って、伝統を無視する
B旧皇族の皇籍復帰に反対する
天皇は、憲法に規定された存在で、近代主義の下にある。
したがって、血統にもとづく旧皇族の皇籍復帰には、断固、反対する。
それが、所功(京都産業大学名誉教授)や小林よしのり、池上彰ら女系天皇論者の主張である。
憲法条文や近代用語を丸暗記して、先生から頭をなでなでされる中学生並みの知的レベルで、伝統的価値や歴史の叡智、合理性の懐疑などの大人の知恵には遠くおよばない。
終戦直後、GHQの最大の関心事は、国体の破壊で、そのための政策が神道指令や皇室の財産没収、臣籍降下だった。
昭和天皇は、政治利用するとしても、GHQにとって、皇室は、帝国主義の土台となった頑迷固陋なる旧体制でしかなかった。
皇室は、自然消滅すべきもので、GHQには、皇室をまもる気などさらさらなかった。
女系天皇論者がのっているのは、その論理で、GHQの目をとおして日本の伝統や歴史、民族をながめている。
かれらが、アメリカ民主主義にとびついたのは、70数年前、日本で、敗戦革命がおきたからだった。
左翼憲法学の重鎮、宮沢俊義らは、これを八月革命と呼んだ。
この革命から、渡部昇一や小堀桂一郎らがいう敗戦利得が生じた。
戦後、GHQの反日政策に加担した左翼・反日勢力は、公職追放令で空席になった社会的地位を独占して、日本が独立を回復したのちもそこに居座った。
そして、憲法擁護や民主主義、国民主権や人権を叫んだ。
かれらが反日なのは、宗主たるGHQの政策が反日だったからである。
受け皿となったのが、大学やマスコミ、官公庁や労組だった。
いまなお、この四つが、反日の牙城になっている。
その一派が、女系天皇論者で、みな、敗戦革命に洗脳された人々である。
そうでなければ、2600年の伝統を捨てて、たかだか、130年前の明治憲法、わずか、70年前のGHQ憲法をとるなどの愚かな真似ができるはずはない。
かれらは、科学や合理主義をもちだして、万世一系を否定する。
2000年もたてば、神武天皇の遺伝子も変質している、染色体の遺伝性は科学的に証明されていないというのである。
だが、問題は、そんなところにあるのではない。
人々が、長年、そう信じてきた事実が大事で、それが、歴史である。
歴史は、過去がどうあったかではなく、人々がどう信じてきたかであって、だれも、過去を見たことがない。
武烈天皇が、506年、後嗣を定めずに崩御したのち、大伴金村や物部麁鹿火、巨勢男人ら有力豪族が、越前にいた応神天皇の5世孫にあたる男大迹王を継体天皇として迎えた。
その根拠が万世一系で、血統は、大伴金村らのつよい信念であって、血液検査の結果ではなかった。
特攻隊の遺書にこうある。
「日本の国体は美しいものです。神代の有無よりも、私は、それを信じてきた祖先の純真そのものの歴史の姿を愛します。美しいと思います。国体とは祖先の一番美しかったものの蓄積です。実在では、わが国民の最善至高なるものが皇室だと信じます。私はその美しく尊いものを、身をもって守ることを光栄としなければなりません」(ベルナール・ミロー/神風)。
本居宣長も、古人が理解したように、古事記を理解すべしといった。
歴史は、人々が信じてきたフィクションで、伝統の価値や歴史の叡智は、そのフィクションのなかにある。
テレビの討論番組で、首相補佐官で自民党参議院議員の衛藤晟一が染色体の話をもちだすと、所功は「生物学の問題ではない」と一蹴した。
衛藤は、このとき、昔のひとが、Y遺伝子の存在を知っていたかのようだといったのだが、これには、すこし、説明が必要だろう。
古代の日本人が男系相続をえらんだのは、Y遺伝子の存在を知っていたからではなく、女系相続では、権力抗争がおきるからだった。
男系は世襲で、女系は閨閥である。
しかも、閨閥では、権力の正統性となる祖先が定まらない。
したがって、つねに、覇権を争っていなければ、権力を維持できない。
このとき、日本人は、男系を立てて、これを世襲とする権力構造を発明した。
女系においては、武力で覇権を握ることができるが、男系には、血統の壁があるので、手も足もでない。
そこで、男系を権威として、その下で、権力を系列化することにした。
すると、戦争がやみ、体制が安定した。
これが、権威(国体)と権力(政体・幕府)の二元論である。
女系閨閥を捨て、男系世襲をとった結果論がY染色体だった。
昔のひとがY染色体を知っていたのではなく、男系の世襲がY染色体の相続経路と一致していたのである。
これは、大発明で、男系による権威の世襲によって、日本は、たたかうことなく、弥生時代の末期から古墳時代、飛鳥時代の1000年余をかけて、のちに大和朝廷となる統一国家を築きあげる。
圧巻なのが、3〜7世紀の古墳時代で、日本全土で、4000基以上の前方後円墳がつくられた。
争うことなく、大和朝廷のモニュメントだった前方後円墳を、日本全土から朝鮮半島南部にまでひろげたのである。
女性天皇論者は、伝統的精神や神道、神話を否定する。
ところが、所功や小林よしのりらは、天照大神をもちだしてくる。
天照大神が皇祖神なので、女系天皇に正統性があるというのである。
次回は、話を神話へ転じて、女性天皇論を論じよう。
●女系天皇論者が知らない歴史の叡智
女系天皇論者の主張には3つの共通点がある。
@天皇の地位や皇統の根拠を憲法にもとめる
A男女平等などの近代主義に立って、伝統を無視する
B旧皇族の皇籍復帰に反対する
天皇は、憲法に規定された存在で、近代主義の下にある。
したがって、血統にもとづく旧皇族の皇籍復帰には、断固、反対する。
それが、所功(京都産業大学名誉教授)や小林よしのり、池上彰ら女系天皇論者の主張である。
憲法条文や近代用語を丸暗記して、先生から頭をなでなでされる中学生並みの知的レベルで、伝統的価値や歴史の叡智、合理性の懐疑などの大人の知恵には遠くおよばない。
終戦直後、GHQの最大の関心事は、国体の破壊で、そのための政策が神道指令や皇室の財産没収、臣籍降下だった。
昭和天皇は、政治利用するとしても、GHQにとって、皇室は、帝国主義の土台となった頑迷固陋なる旧体制でしかなかった。
皇室は、自然消滅すべきもので、GHQには、皇室をまもる気などさらさらなかった。
女系天皇論者がのっているのは、その論理で、GHQの目をとおして日本の伝統や歴史、民族をながめている。
かれらが、アメリカ民主主義にとびついたのは、70数年前、日本で、敗戦革命がおきたからだった。
左翼憲法学の重鎮、宮沢俊義らは、これを八月革命と呼んだ。
この革命から、渡部昇一や小堀桂一郎らがいう敗戦利得が生じた。
戦後、GHQの反日政策に加担した左翼・反日勢力は、公職追放令で空席になった社会的地位を独占して、日本が独立を回復したのちもそこに居座った。
そして、憲法擁護や民主主義、国民主権や人権を叫んだ。
かれらが反日なのは、宗主たるGHQの政策が反日だったからである。
受け皿となったのが、大学やマスコミ、官公庁や労組だった。
いまなお、この四つが、反日の牙城になっている。
その一派が、女系天皇論者で、みな、敗戦革命に洗脳された人々である。
そうでなければ、2600年の伝統を捨てて、たかだか、130年前の明治憲法、わずか、70年前のGHQ憲法をとるなどの愚かな真似ができるはずはない。
かれらは、科学や合理主義をもちだして、万世一系を否定する。
2000年もたてば、神武天皇の遺伝子も変質している、染色体の遺伝性は科学的に証明されていないというのである。
だが、問題は、そんなところにあるのではない。
人々が、長年、そう信じてきた事実が大事で、それが、歴史である。
歴史は、過去がどうあったかではなく、人々がどう信じてきたかであって、だれも、過去を見たことがない。
武烈天皇が、506年、後嗣を定めずに崩御したのち、大伴金村や物部麁鹿火、巨勢男人ら有力豪族が、越前にいた応神天皇の5世孫にあたる男大迹王を継体天皇として迎えた。
その根拠が万世一系で、血統は、大伴金村らのつよい信念であって、血液検査の結果ではなかった。
特攻隊の遺書にこうある。
「日本の国体は美しいものです。神代の有無よりも、私は、それを信じてきた祖先の純真そのものの歴史の姿を愛します。美しいと思います。国体とは祖先の一番美しかったものの蓄積です。実在では、わが国民の最善至高なるものが皇室だと信じます。私はその美しく尊いものを、身をもって守ることを光栄としなければなりません」(ベルナール・ミロー/神風)。
本居宣長も、古人が理解したように、古事記を理解すべしといった。
歴史は、人々が信じてきたフィクションで、伝統の価値や歴史の叡智は、そのフィクションのなかにある。
テレビの討論番組で、首相補佐官で自民党参議院議員の衛藤晟一が染色体の話をもちだすと、所功は「生物学の問題ではない」と一蹴した。
衛藤は、このとき、昔のひとが、Y遺伝子の存在を知っていたかのようだといったのだが、これには、すこし、説明が必要だろう。
古代の日本人が男系相続をえらんだのは、Y遺伝子の存在を知っていたからではなく、女系相続では、権力抗争がおきるからだった。
男系は世襲で、女系は閨閥である。
しかも、閨閥では、権力の正統性となる祖先が定まらない。
したがって、つねに、覇権を争っていなければ、権力を維持できない。
このとき、日本人は、男系を立てて、これを世襲とする権力構造を発明した。
女系においては、武力で覇権を握ることができるが、男系には、血統の壁があるので、手も足もでない。
そこで、男系を権威として、その下で、権力を系列化することにした。
すると、戦争がやみ、体制が安定した。
これが、権威(国体)と権力(政体・幕府)の二元論である。
女系閨閥を捨て、男系世襲をとった結果論がY染色体だった。
昔のひとがY染色体を知っていたのではなく、男系の世襲がY染色体の相続経路と一致していたのである。
これは、大発明で、男系による権威の世襲によって、日本は、たたかうことなく、弥生時代の末期から古墳時代、飛鳥時代の1000年余をかけて、のちに大和朝廷となる統一国家を築きあげる。
圧巻なのが、3〜7世紀の古墳時代で、日本全土で、4000基以上の前方後円墳がつくられた。
争うことなく、大和朝廷のモニュメントだった前方後円墳を、日本全土から朝鮮半島南部にまでひろげたのである。
女性天皇論者は、伝統的精神や神道、神話を否定する。
ところが、所功や小林よしのりらは、天照大神をもちだしてくる。
天照大神が皇祖神なので、女系天皇に正統性があるというのである。
次回は、話を神話へ転じて、女性天皇論を論じよう。