2019年08月30日

恨(ハン)と反日をつくりだした地政学的悲劇A

 ●なぜ韓国はモラルなき国家になったのか
 現在の韓国の繁栄が、日韓併合36年の延長線上にあるのは、世界史的事実である。
 そして、戦後、韓国は、日本の経済援助によって「漢江の奇跡」といわれる経済発展をとげ、ついに、世界の十指に入る経済大国になった。
 ところが、今年、小学校の教科書から、「漢江の奇跡」という文言が消えた。
 日韓併合が、悪らつな日帝の侵略だったとして、歴史から消されたのにつづく歴史の改ざんで、世界の最貧国だった李朝が、百年かけて、独力で、近代化と経済発展をなしとげたといっているのである。
 恨(ハン)はあるが、恩を知らないのが韓国で、その好例が、日本の資金と技術でつくられたソウル地下鉄(1974年)だろう。
 開通日を日本の終戦記念日(8月15日)に設定して、工事完成を急がせたが、開通式に一人の日本人も招待せず、式典で、日本への謝辞もなかった。
 駅建物から車両、運行システム、整備、運営方法まで、日本の指導をうけたにもかかわらず、である。
 歴史を失った民族は滅びるといわれるが、韓国にとって、歴史は、記憶するものではなく、ねつ造するものなのである。
 李朝末期の朝鮮は、国家的破産状態にあって、防衛や政治などの国家機能も失われて、民衆は、極度の貧困と飢餓、不潔と疫病、無秩序に苦しんでいた。
 そして、労働を蔑視する貴族や官吏、両班(ヤンバン)の搾取に喘いでいた。
 当時、朝鮮にいたイギリス人旅行家、イザベラ・バードはこう書いている。
「朝鮮には、盗む側(王族・両班)と盗まれる側(平民・奴隷)の二つの階級しか存在しない」
 日本が韓国を併合したのは、そのタイミングで、まっさきに、両班の廃止と奴隷の解放をおこなったのは、それが、朝鮮の近代化を阻んでいる元凶だったからだった。
 日本が、巨額の予算と多くの人材を投入して、朝鮮を近代化したのは、朝鮮半島の安定が、日本の安全保障に必要だったからだが、韓国に窮状に同情した伊藤博文らの建国の熱意があったことも否定できない。
 だが、その同情や朝鮮半島を立て直そうとする熱意は、報われなかった。
 それどころか、日韓併合から徴用工、慰安婦から福島原発に至るまで日本に文句をつけまくって、一方、ソウル地下鉄にように、えられた利益にたいする謝辞は一言もないのである。

 韓国では、乙巳五賊や丁未七賊、庚戌国賊などと称して、李完用ら親日的政治家を売国奴リストにのせる墓あばき≠笂韓併合時代の財産を子孫から没収する反日法、そして、文政権下では、日韓併合を賞賛すると2年の懲役刑が科せられる「歴史歪曲禁止法」までが発議される事態になっている。
 過日、「従軍慰安婦は本人にその意志があった」と発言した大学教授が免職の上、懲役6か月の実刑判決をうけたというが、現在、韓国では、親日的発言にたいするリンチ的な刑罰が堂々とまかりとおっている。
 反日法は事後法で、時効や人格権が無視されたが、反日どころか、日本敵視が政策化、法制化されている現在の韓国では、言論の自由や基本的人権、民主主義や法治主義などの近代主義が後退して、一〇〇〇年前からひきずってきたの恨(ハン)という怨念だけがうごめいている。
 恨(ハン)の文化は、内陸を中国や北方民族、ロシアに包囲されて、外洋を日本に封じられた朝鮮半島特有の地政学的、歴史的所産で、そこから生じたのが、小中華思想や事大主義などの特殊な民族性だった。
 小中華思想は、明が清に滅ぼされた(1644年)後、朝鮮が、中華思想を継承したとするもので、清は夷狄で、日本は倭夷、西洋は洋夷とされた。
 清を夷狄としながら、みずからすすんで、清の属国になるのは矛盾だろう。
 ところが、韓国には、へつらう、ウソをいう、裏切る、約束を破る、などの反道徳的な悪をゆるす民族的な感情論がある。
 仕方がなかったといえば、なんでもとおる自己弁護で、これも恨(ハン)の文化である。
 韓国の『中央日報』がこれを国民情緒法と呼んで、論陣(「憲法の上に国民情緒法がある」2002年 2月2日付社説)を張ったが、韓国では、大衆世論が、法律や条例、条約、大韓民国憲法さえも超越する。
 法の支配や時効や法の不遡及などの近代法の原則すら無視されるのは、そのためで、文大統領は、一回の謝罪や合意が、永遠につづくと思うのはおおまちがいだといってのけた。
 国民情緒法は、究極の大衆迎合だが、下級の地方法院から高等法院、大法院(最高裁)にいたるまで、判決の多くが、法よりも情緒、感情論というありさまで、韓国司法のモラル崩壊はとどまるところを知らない。
 モラルの崩壊が、恨(ハン)の文化の一つの側面でもあって、恥や美意識、体裁という観念が払底している。
 それが、世界の都市で問題になっている韓国の売春である。
 これは、朝鮮が中国にたいしておこなった「貢女(コンニョ)」の因習で、当時、朝鮮には、貢女を選別する役所のほか、早期の婚姻を禁止する制度まであった。
 貢女は、奴隷ではなく、エリートで、彼女たちは、身一つで、極貧の朝鮮から中国の上流階級へのしあがっていった。
 韓国で、売春が蔑視されるというのはウソで、最近まで、妓生 (キーセン)制度が残っていたように、韓国では、売春が、おおっぴらにおこなわれてきた公的取引だったのである。
 次回も、恨(ハン)の文化を詳しくみていこう
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2019年08月23日

頭≠ヘ全体主義胴体≠ヘ資本主義の怪物@

 ●反日を煽って南北統一をめざす文在寅
 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、反日運動を煽るのは、政治的な思惑があってのことである。
 来年の「国会議員総選挙」と2022年の「大統領選挙」である。
 それまで、国民の支持を与党の「共に民主党」へひきつけておこうというのである。
 その武器が反日で、韓国では、反日を叫んでいれば、国民の支持が集まる。
 教育とプロパガンダで反日が絶対善≠ノなって韓国では、反日ほど国民の支持をえやすい政策はないのである。
 なにしろ、「歴史を反省しない日本」「盗っ人猛々しい」と日本を罵っただけで、過半数にみたない与党の「共に民主党」と文大統領の支持率が、たちまち50%を超えてしまう。
 文大統領が、反日を叫ぶ目的は、最終的に、南北統一である。
 中国が抗日を建国のスローガンにしたように、朝鮮半島も、反日という旗を押し立てて、南北を統一しようというのである。
 ところが、与党も文大統領も、安定的な基盤にのっているわけではない。
 与党の「共に民主党」が128議席、最大野党の自由韓国党が113議席という僅差では、野党5党が結束すれば、与野党の逆転をゆるすことになる。
 次回の総選挙で、保守系に大差をつけて勝たなければ、政権を失うどころか大統領も保守系に奪われて、南北統一という恩師の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領以来の夢が遠のいてしまう。
 文大統領の南北統一の構想は、韓国を社会民主主義に変えて、北朝鮮に資本主義を導入しようというものである。
頭≠ヘ全体主義で胴体≠ヘ資本主義という化け物は、革命にほかならない。
 革命をとおして、南を北に接近させようというプランは、左翼政権以外では実行に移せない。
 文大統領は、なにがなんでも、国民の支持をとりつけて、南北統一へむかいたいのである。

 韓国の保守は、日韓併合と戦後の日本の経済援助が、現在の韓国をつくったという基本認識をもち、その上での反日なので、それほど深刻ではない。
 ところが、左翼の反日は、日韓併合を侵略とみる被害者史観に立っている。
 その上に、恨(ハン)や火病(ファビョン)などの民族感情、周辺緒民族を夷狄や禽獣とみる小中華意識、大国に媚びへつらう事大主義などが複雑からみあって、論理や理性、合理性では説明がつかない反日病≠ニいうべき様相がつくりあげられる。
 朴正煕(パク・チョンヒ)以来、反日を売り物にした最初の大統領が、文在寅の師である盧武鉉だった。
 日本の左翼政党が、じぶんの国家を目の敵にするように、韓国の左翼政党は日本と現在の韓国をつくりあげた自国の恩人たちを目の敵にする。
 日韓併合を悪とする史観に立っているので、あらゆる価値観がねじまがっているのである。
 退任後、自殺に追い込まれた盧武鉉は、葬儀にかけつけたブッシュ大統領と盟友の関係で、米韓関係にはいささかのゆるぎもなかった。
 ところが、日韓関係は、盧武鉉時代に決定的に悪化した。
 政権地盤が弱かったため、日本統治時代の「親日派」の子孫を排斥弾圧する反日法をつくるなど、つぎつぎと反日政策をうちだして、国民の支持をえた。
 盧武鉉が歴代第一位の人気を誇っているのは、もっとも過激な反日派だったからで、韓国が日本全土とりわけ原発を標的とした巡航ミサイル「玄武3」を配備したのは盧武鉉政権のときだった。
「日米韓同盟」などとのんきなことをいっているのは、日本だけで、とりわけ日韓議員連盟は、友好親善をタテマエに、いまなお、韓国の利益代表を自認している。

 文大統領の反日が危険水域≠こえたのは、視野のなかに南北統一があるからで、「北朝鮮と経済協力して日本を追い抜く」というのは、なかば本気なのである。
 それが、いま韓国に漂っている奇妙な高揚感で、曰く、「南北統一が実現すれば核戦力と安い労働力が手に入る」「軍事と経済で日本を圧倒する」という。
 頭のなかで、南北統一という妄想と文在寅の支離滅裂がごちゃまぜになっているのである。
 もともと、韓国の左翼は、反日の延長で、妄想というしかないものである。
 盧武鉉から文在寅にいたる民主党系政権に左翼色がつよいのは、韓国労総がくわわっているからで、政権のまわりを左翼マスコミや韓教組、市民運動などの極左・反日グループがとりまいている。
 韓国では、左翼系と保守系、中間派によって3分割されているといってよい。
 文大統領の南北統一派は、約三分の一にすぎないが、これが、世論の大勢となっている理由は、反日の優等生といわれる朝鮮日報と東亜日報、中央日報の三大紙(これに呼応するのが日本の朝日新聞)が、中間派をまきこんで、南北統一派をバックアップしているからである。
 文政権が、感情論やイデオロギー、洗脳や扇動で、国民を反日にむかわせているのは、自国の体制を北朝鮮・中国側に近づけるためで、もとめているのは共産主義的・全体主義体制の構築である。
 元徴用工や慰安婦、福島第1原発事故に焦点をあてた放射性物質検査などの難問などを日本につきつける「官製反日」の目的は、反日を旗印に韓国国民を南北統一へむかわせるためである。
 韓国では、反日の叫ぶと、内閣の支持率が上がるという方程式が成立している。
 ところが、文大統領の思惑は、もののみごとに外れた。
 金正恩が米韓合同軍事演習に腹を立てて、文大統領の対話呼びかけ拒否したのである。
 すると、文大統領は、日米韓同盟のシンボルというべき軍事情報共有協定(GSOMIA)の破棄を日本に通告してきた。
 金正恩のご機嫌をとるために、同盟国アメリカや友邦の日本を裏切ったのである。
 文在寅の迷走を凝視しているのが、中国で、その背後にロシアが控えている。
 朝鮮半島情勢は、やがて、日米印と中ロのより大きな対立構図へ移ってゆくだろう

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2019年08月09日

タテマエ政治から脱却せよD

 ●韓国の恨(ハン)はどこからきたのか
 日帝36年の植民地支配によって、恨み500年の恨(ハン)や反日の情念が生じたとする識者がすくなくない。
 そうなら、50年も日帝の植民地支配をうけた台湾、戦中、日帝の支配下に置かれたインドネシアなど南アジアの国々が、いまなお、親日的なことにどう説明がつくのか。
 韓国人の恨(ハン)には3つのルーツがあるように思われる。
 1、儒教(朱子学)
 2、小中華思想
 3、建国の歴史
 これに、朝鮮民族特有の精神疾患といわれている「火病(ファッピョン)」をくわえてもよいだろう。
 韓国の恨≠笏ス日は、この3つもしくは4つの要素がからみあった特殊な構造で、両班や科挙、宦官と同様、日本人には永遠に理解できない異文化なのである。
 中国の反日は、あくまで、政策で、一過性的なものである。
 したがって、中国政府が、反日政策をやめて、親日政策をとれば、かつての田中角栄の時代のように、親日パンダ外交となる。
 ところが、韓国の反日は、歴史や文化、民族感情というもっと深いところで生じた溝なので、そうはいかない。
 竹島や4千人の漁民拿捕と50人以上の犠牲者をだした李承晩ライン、韓国人の売春業を日本軍にすりかえた従軍慰安婦問題をみてわかるように、韓国の反日は、理不尽で、合理性のかけらもみあたらない。
 怨念や感情論による反日なので、反日デモでは、異様なことに、キジやブタが虐殺される。
 恨(ハン)が、優越感や傲慢の裏返しだったことを見落としてならない。
 他者を侮っているからこそ、それが、ひっくり返されたとき、悲や怒、憤をとびこえて、一足飛びに、恨というより深い感情があらわれる。
 ニーチェのいうルサンチマンで、弱い者は、強者を悪と見る(=呪う)ことによって、みずからを慰める。
 恨(ハン)こそ、強者を悪として呪うルサンチマンで、韓国にとって、まさしく、日本は、恨の対象だった。
 三韓征伐から豊臣秀吉の朝鮮出兵、実力で李朝に開国を迫って日朝修好条規をむすばせた江華島事件、日清・日露戦争、日韓併合――朝鮮半島は、アジアへ勇躍せんとする日本のいわば主戦場であった。
 小中華思想という固定観念のなかで、日本を蔑視していた韓国が、その日本から逆ねじをくわされて、逆上したのが、反日主義という国民的感情論だったのである。

 恨の韓国には、義理や人情、恩や公の精神≠ェない。
 義理や人情、恩や公の精神≠フ日本には、恨はない。
 このちがいは、歴史のちがいで、民族の心は歴史によってつくられる。
 三国時代の韓国は、中国の地理書『山海経』や『三国志魏志東夷伝』などに穏健にして自尊、武勇、快活さに富むと書かれている。
 当時、朝鮮半島に住んでいた三国人は、日本人に似た気質をもっていたのである。
 とりわけ、半島沿岸部の百済人は、中部の新羅人、北東部の高句麗人と比べて、日本人に近かったとつたえられる。
 中国大陸についてもいえるが、半島の沿岸部は海洋国家的で、大陸や半島の一部が列島とつながっていた時代から、日本と深い交流があって、百済に隣り合っていた任那には日本府があった。
 百済は、仏教のほか千字文(漢字の教本)や『論語』(十巻)がつたえられるなど、日本にとって、兄弟国であった。
 だが、高い徳と文化を誇った三国時代は、新羅による朝鮮半島の統一という予期せぬ出来事によってあっけなく幕を閉じる。
 新羅による朝鮮統一は、外勢である唐と結託して、当時、アジアで最高級の文化と芸術性を誇った百済と軍事的大国だった高句麗を滅亡させるというもので、百済の滅亡(660年)と高句麗の滅亡(668年)は朝鮮半島にとってはかりしれない損失であった。
 このとき、長い歴史を誇った百済と高句麗の文化財は、すべて、灰になった。
 王朝や官僚は、日本に亡命した以外、虐殺されて、民族もちりぢりになった。
 これが、恨(ハン)の構造で、この悲劇は、高麗王朝でもくり返される。
 すすんで、唐や明の属国になることによって、卑怯、利己主義、卑屈、日和見主義をはびこらせ、韓民族を転落させたのだった。
 9世紀にはいって、唐の衰退にともなって、新羅も衰退すると、王建が高麗王朝を建国して、朝鮮半島を統一する。
 高麗は、宋や契丹、金、モンゴルに服従しつつ、5百年近く王朝を維持する。
 二度目の悲劇がおきたのは、1388年、高麗軍の明攻撃のさなかだった。
 高麗の司令官だった李成桂は、敵前逃亡して、鴨緑江から3万8000人の軍勢を平壌に引き返させ、クーデターをおこなうのである。
 高麗500年は、李成桂の裏切りによって、滅びたのである。
 1392年に李朝を創設した李成桂は、明に臣下の礼をとって、属国に成り下がったが、さらに、李朝は、1637年、こんどは、清に服従する。
 事大主義は、孟子の「以小事大」(=小を以って大に事える)の一節で、長いものには巻かれろほどの意味だが、これが、国家と国家の関係では、亡国思想となる。
 主権を放棄して、相手国に媚びることは、相互尊重が基本の国家関係において、あってはならないことである。
 そんなことがおきれば、国家のみならず、国民のモラルまで崩壊してゆく。
 モラルの第一義が国家をまもることで、人間のモラルは、その上に成立している。
 韓国で、国家的・国民的モラルハザードがおきている理由が、これで明らかだろう。
 国家の独立をもとめず、民族的モラルを放棄した結果、韓国は、国家としても民族としても、たちゆかなくなってしまったのである。
 日韓関係は、韓国側の精神疾患的な欠陥が改善されないかぎり、いかなる展望も見出せないのである。
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2019年08月06日

タテマエ政治から脱却せよC

 ●韓国の恨(ハン)はどこからくるのか
 儒教の教えといえば「仁」と「礼」である。
 仁は、ヒトの道で、礼は、社会規範である。
 その2つがかみ合って、はじめて、儒教が理想とする世界ができあがる。
 ところが、そうかんたんに理想社会は実現しない。
 ヒトの道(仁)と社会規範(礼)は、昔も今も、折り合いがよくない。
 個と全体の利害は矛盾するからである。
 儒教では、儒教5常「仁・義・礼・智・信」をめぐって、数千年にわたって喧々諤々と議論がかさねられてきた。
 百家争鳴というのは、古代の中国で、儒家、道家、墨家、名家、法家などの学派が議論をたたかわしたことをさすが、百家争鳴が、なにかをうんだという話はついぞ聞かない。
 賀茂真淵や本居宣長は、空語を並び立てただけの空しい学問として、儒教を退けた。
 やがて、朱子学があらわれて、これが中国で主流になって、朝鮮半島や日本にもつたわった。
 この朱子学が曲者で、朝鮮半島に勤労蔑視や両班特権、事大主義、恨(ハン)などの退廃をもたらしたのは、この朱子学だった。
 儒教は、なにもうまなかっただけではなく、観念論という害毒を垂れ流したのである。
 日帝36年の韓民族支配が恨(ハン)をうんだなどという言説がまかりとおっている。
 それが、韓国の反日の根拠だというのである。
 日本は、安全保障上、朝鮮に能う限りの予算と人材をつぎこんで、朝鮮を日本並みの国にしただけである。
 教育やハングル普及、衛生や文化、産業や産業インフラ、農業や植林などに力を注いで、結果、人口は960万人から2500万人へ、平均寿命は二十四歳から四十八歳(日本並み)にのび、小学校が百校から5千数百校になって、両班や奴婢の身分制度も廃止された。
 町の景観や人々の暮らしもガラリと変わって、朝鮮人は、だれもが、本物の日本人になりたがった。
 ところが、日本が戦争に負けると、手のひらを返して、ロシアや中国、アメリカにすがりついて、血を血で洗う朝鮮戦争になだれこんでいった。
 日帝36年の恨などといわれるくらいなら、半島を軍事基地化して、朝鮮を世界最貧国のままにしておけばよかったのである。

 朝鮮半島の堕落は、日帝36年の韓民族支配となんの関係もない。
 朝鮮半島が退廃したのは、中国から、科挙や宦官、朱子学をうけいれたからである。
 朝鮮半島に多大な害毒を垂れ流した朱子学は、宇宙万物の形成を、理と気の一致とみる世界観である。
 この理気二元論が、科挙試験に採用されたことから、一挙に、学問的発展をとげた。
 人間は、理において、善であるが、気において、善にも悪にもなる。
 そこで、「居敬(平常心)」をたもち、読書や「静坐(瞑想)」や「格物(心の陶冶)」などによって、本来の理に立ちもどらなければならないとする。
 この陳腐な精神主義と合体したのが小中華思想だった。
 朝鮮半島の中華思想は、みずからを小中華と位置づけて、漢民族の優越性を継承しただけではなかった。
 韓国特有の風水的迷信に立って、周辺諸民族を夷狄(野蛮人)や禽獣(畜生)と蔑んだ。
 韓国の国旗は風水の護符をデザインしたもので、韓国では、巷間「日帝風水謀略説」がささやかれた時期がある。
 中国王朝は、歴史上、四度、征服王朝(遼・金・元・清)に支配されている。
 ところが、朝鮮半島は、四夷と呼ばれる異民族の支配に入ったことがない。
 例外が、日韓併合で、韓国人は、これを民族の屈辱として、いまもなお、恨み骨髄なのである。
 韓国人のプライドは、日本人の目から見て、常軌を逸したものである。
 韓国人が日本にたいして、傲岸不遜で、礼儀知らずなのはそのせいである。
 あろうことか、東夷しかも海のむこうの夷(蛮族)が、小中華である韓国にたいして、かつて、支配的な立場に立ち、現在、対等の立場に立とうとしている。
 それだけで、かれらには、我慢ならないことなのである。
 人種差別の意識がつよい朝鮮民族は、いまもなお、四夷や夷狄を劣等民族とみなす優越感に浸っている。
 それがひっくり返されると、民族的コンプレックスという集団ヒステリーに陥るのは、火病という民族の病で、利害も合理もない。
 かれらは、ひたすら、日本を恨むが、これを責めても仕方がないだろう。
 日本人は、恩や公という心をもち、水に流す文化をもっている。
 韓国人は、恩や公という心を知らず、水に流す文化ではなく、恨(ハン)の文化しかもっていない。
 日韓のあいだには、日本海以上、遠く深い溝があるのである。
 悲劇的だったのは、中国から、科挙や宦官がはいってきたことだった。
 これに、勤労蔑視や両班特権、事大主義、恨(ハン)の精神がからんで、朝鮮半島は、物の怪がバッコするような不気味な国になった
 くわえて、16世紀の李氏朝鮮では、李退渓と李栗谷の二大家があらわれて理気二元論の花盛りとなった。
 朱子学では「聖人学んで至るべし」とあるように、学問の究極的な目標は「理」を体得し「聖人」となることとされた。
 李氏朝鮮は、こうして、中国以上の儒教国家となった。
 ちなみに、韓国の国旗(太極旗)は、朱子学の世界観を図解化したものである。
 朱子学と同時に興ったのが、知行合一の陽明学だった。
 朝鮮半島で、陽明学が異端視されたのは、朱子学が礼(秩序)なら陽明学が仁(人道)だったからだった。
 朱子学が観念主義の守旧主義なら、陽明学は知行合一の革命主義である。
 幕末の維新運動は、多分に、陽明学の影響を受けている。
 陽明学の信奉者には、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、河井継之助、佐久間象山、古くは、大塩平八郎がいる。
 明治維新で、江戸300藩は、薩長土肥に歯向かうことができなかった。
 幕府の官学が朱子学だったからである。
 朱子学は、仁(人道)をおさえこんで礼(秩序)を重んじる。
 理屈をのべたてるが、結局、行動にうつすことができない。
 幕府は、その穏便さを見越して、朱子学を官学としたのだった。
 それでは、朝鮮の事大主義はどこからでてきたのか。
 それには、三国時代(百済・新羅・高句麗)から歴史を紐解かなければならない。
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