2019年11月05日

米・中の新時代と日本の役割B

 ●日本主義にもとづくグランドプラン
 米・中の新時代――といっても、米・中が手を取り合って新しい時代を切り拓いてゆくという話ではない。
 世界覇権の話で、近い将来、中国がアメリカを超えて世界一ゆたかでつよい国になるか、それとも、アメリカが、中国をおさえて、超大国の地位をまもることができるか、という未来展望である。
 米中の貿易戦争は、その一つのあらわれである。
 アメリカにとって、貿易の不均衡も、はねかえしておかねばならない中国の圧力なのである。
 といっても、中国の現在の経済発展をささえてきたのはアメリカと日本だった。
 とりわけ、アメリカは、ニクソン・キッシンジャーが訪中して、中国を資本主義の国際舞台へ迎えいれている。
 日本も「日中平和友好条約」(1978年)をむすんで、改革解放をすすめるケ小平を日本へ招いて、経済・貿易・技術における官民一体の協力を惜しんでいない。
 ニクソン・ショックには2つあって、一つは、ニクソン・キッシンジャーによる米中の接近(1971年7月発表/1972年2月訪中)である。
 そして、もう一つは、ドル・ショック(1771年8月)だった。
 ドル・ショックは、金とドルの交換停止で、これによって戦後の世界経済を支えてきたブレトンウッズ体制が崩壊した。
 ブレトンウッズ体制は、ドルを金とならぶ国際通貨とする金・ドル本位制のことで、国際通貨基金(IMF)や世界銀行、WTO(世界貿易機関)やGATT(「関税と貿易に関する一般協定」)がこの体制の下にあった。
 ブレトンウッズ体制が崩壊して、変動相場制へ移るが、以後も、ドルが基軸通貨の地位をたもってきたのは、アメリカの国力が、それだけ、つよかったからである。
 中国は、強国アメリカの後押しによって、自由主義経済の世界舞台へデビューしたわけで、ニクソン・キッシンジャーがはたした歴史的役割はじつに大きなものだった。
 それにしても、ニクソンは、中国が、半世紀後、アメリカをおびやかすほどの経済大国になっているとは想像もしなかったろう。
 ニクソンは、晩年、「われわれは(中国という)フランケンシュタインをつくってしまったかもしれない」と漏らしたが、中国を熱愛する95歳のキッシンジャーは、かくしゃくとしたもので、今年また、習近平と会って、米中摩擦の解消にとりくんでいる。
 キッシンジャーが日本を嫌ったのは、ナチスと組んでアメリカに歯向かったからで、かれは、大戦中、アメリカに帰化したドイツ系ユダヤ人だった。
 キッシンジャーは、1971年の周恩来首相との会談で、有名な「瓶の蓋」論を展開している。
「アメリカが日本から撤退すれば、日本は、核装備をすすめるでしょう。日本が軍事大国になったとき、中国とアメリカの伝統的な関係(第二次大戦時の同盟関係)が復活します」
 2008年、NHK出身の外交評論家日高義樹の「ワシントン・レポート」(テレビ東京)に登場したキッシンジャーは「日本はどういう進路をえらぶべきでしょう?」ともみ手でたずねた日高に「そんなことはじぶんで考えろ」と突き放している。
 日米関係にかぎらず、外交は、友情や運命共同体意識などの感情論にのっているわけではない。
 だが、日本では、親米や反米、親中や反中、親韓と嫌韓と、外交を感情論で論じる風潮で、冷静な外交議論がなりたたない。

 本稿のタイトルは、米・中の新時代と日本の役割と銘打ったが、外国の要人に、国家の外交について教えを請うような情けないことでは、日本は、外交上のどんな使命も責務もはたせそうにない。
 イデオロギーの時代が終わって、現代は、国家と国家が資本主義のありようをめぐって摩擦をひきおこし、対立し、争う時代となった。
 資本主義の構造や価値観、成熟度が問われているのである、
 日本では、15世紀半ばの楽市・楽座の時代から、商道のほか、技術立国の礎となる職人文化や衣食住の大衆化がゆきわたって、17世紀には「米相場(米の先物相場)」がはじまっている。
 ある意味で、日本は、資本主義発祥の国といえるのである。
 ヨーロッパには、産業革命がおこった18世紀後半まで、資本主義といえるような経済形態は存在せず、9歳以下の労働の禁止と16歳以下の労働時間を12時間に制限した工場法ができたのが1819年である。
 アメリカ経済が発展したのは、第一次世界大戦後、疲憊したヨーロッパから資金や技術、人材が流入してきた以後で、1920年代のアメリカは、軍需にもとづく重工業や自動車産業の振興、輸出増加などによって「永遠の繁栄」と呼ばれる経済的好況のなかにあった。
 そして、おきたのが、株式市場の大暴落を契機としておこった1929年の大恐慌だった。
 オートメーションによる大量生産と労働者の大量解雇が、生産と消費の両面からなりたっている資本主義の構造を破壊したのである。
 これは、株主の利益だけを追求した新自由主義が、経済を縮小させて、格差社会をつくりだしたのと同じメカニズムである。
 ブッシュ大統領から新自由主義を吹きこまれた小泉純一郎は、格差社会への批判に「人生いろいろ」といってのけたものだが、日本の資本主義を破壊したのは、かつて、その小泉の右腕だった竹中平蔵である。
 竹中は、郵政民営化にからめて、資本主義の本質は、企業が利益をだすことと応えている。
 士農工商が支えた江戸の資本主義は、生産と消費、雇用や文化が一体となった社会制度で、金主(資本家)だけが儲かればよいという薄っぺらなものではなかった。
 日本が、米・中の新時代のなかで、プレゼンスを発揮してゆくには、江戸の資本主義から、明治のアジア主義(玄洋社・黒龍会)、大正の民族平等(パリ講和会議)、昭和の共存共栄(大東亜会議)に至る日本固有の思想を立てなければならない。
 ところが、日本では、明治維新の近代化と戦後のアメリカ化によって、国際派がハバを利かせるようになって、マスコミや論壇などから日本固有の思想や価値観が否定され、排除されてきた。
 国際派の筆頭がマルキストで、つぎが、前回、列挙した左翼インテリ女性に代表される反日グループである。
 反日は、自国を足蹴にして、西洋に憧れる性癖の持ち主で、反日派が世論をリードすると、国際社会で、指導的な役割をはたすどころか、自虐史観や日本悪玉論の前に沈没してしまいかねない。
 次回は、反日を排除して、日本主義にもとづくグランドプランをどう立てるか考えていこう。
posted by office YM at 02:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする