2020年03月22日

右翼とはなにか、左翼とはなにか@

 ●政権をもとめる左翼、国体をまもる右翼
 日本で、保守思想や国粋主義が右翼と呼ばれるようになったのは、フランス革命時の議事場で、議長の右側に「保守、穏健派」、左側に「共和、革新派」が配置された故事からである。
 西洋から政治学を学んだ学者らが、これを引用して、右翼と左翼の呼び名が定着したが、フランス革命は、231年前の1789年の出来事である。
 田沼意次が老中をつとめた江戸時代後期にあたるが、当時の日本に、国体という概念はあっても、右翼や左翼などということばも観念もなかった。
 したがって、日本古来の国粋思想や皇国思想を右翼というのはあたらない。
 そもそも、右翼や左翼は、権力の用語で、権力が保守派と革新派に分かれて争った18世紀ヨーロッパの市民革命からうまれたモダニズム(近代主義)の概念である。
 西洋では、権力によって、国家がつくられた。
 それを補佐したのが宗教で、王権神授説のキリスト教国家も、国家が宗教の道具にすぎなかったイスラム教国家も、国家が権力構造そのものであった。
 国家が一神教と合体して、政体(権力)だけがあって、国体(権威)が不在の一元論に陥っているのである。
 一神教も権力も、他との共存をゆるさない一元論である。
 したがって、周囲をすべて敵と見立てて、徹底的に殲滅しようとする。
 それが十字軍やジハードなどの聖戦思想で、その一元論的な世界観が、異端審判や宗教戦争をへて、ルネサンスや啓蒙思想から市民革命と産業革命、科学主義や近代主義、そして、侵略や世界大戦へ一直線にすすんできた。
 戦争と差別、飢餓と貧困、憎悪と恐怖などの世界悪の根本にあるのが一神教文化=権力主義で、新コロナウイルスで世界中が震え上がっているなか、アフリカでは、1日8000人の幼児が餓死している。
 キリスト教文明がアフリカを侵略した傷跡がまだ癒えていないのである。
 インカ・マヤ・アステカの三大古代文明を滅ぼした西洋文明も、後進国から略奪のかぎりをつくした植民地主義や帝国主義も、源流はキリスト教である。
 ユダヤ教やキリスト教、イスラム教が、排他的にして独善的、好戦的なのは唯一神ヤハウェを信じる一神教だからで、戦争や自然破壊など、現在、世界が直面している災禍は、すべて、一神教(文明)によってもたらされたといって過言ではないだろう。

 北畠親房の『神皇正統記』の冒頭に「大日本は神国なり」とある。
 日本という国家をつくりあげているのは、神意で、権力ではないと宣言しているのである。
 神意というのは、神話からうけつがれてきた多神教的な文化構造で、国体がこれにあたる。
 国体は、歴史や伝統、価値や秩序の体系で、これが、権威である。
 権力がつくりあげるのが政体で、権威のもとにあるのが国体である。
 日本の右翼は、権威と権力、国体と政体をわけたときの権威、国体の防人である。
 世俗の権力をもとめて、選挙に打ってでるヨーロッパの右翼と日本の右翼は思想が異なるのである。
 西洋に権威(=国体)がないのは、権力(=政体)の一元論だからである。
 くわえて、近世・近代にいたって、先進国のすべが革命国家となった。
 革命というのは、市民革命のことで、伝統的な秩序や価値観を捨てて、民主主義をとったのである。
 民主主義に慣れている戦後の日本人は、国家と聞けば、ヨーロッパ的な権力国家を連想するだろう。
 だが、日本は、世俗の権力ではなく、聖なる権威によって拓かれた神の国である。
 弥生時代から古墳時代、飛鳥時代にわたる日本の古代(大和時代)が、権力ではなく、権威によって統一されていたことは、当時、4800基にものぼる前方後円墳がつくられたことからも明らかである。
 このかん、領土戦争はほとんどおきていない。
 権力同士がつぶしあったのではなく、多神教的な権威の下で、国造りがすすめられていったのである。
 中東からキリスト教が入ってくる以前のヨーロッパも多神教で、豊穣多産の女神信仰やケルト人の精霊信仰、ギリシャ神話などが知られる。
 その頃、ヨーロッパも、日本と同様、神話的な世界で、宗教的権威と世俗的権力が切り離されていたはずである。
「クフ王ピラミッド」と「秦の始皇帝陵」、「仁徳天皇陵」が世界の三大墓陵といわれるが、いずれも、多神教的な権威のもとにおける大事業だった。
 エジプトは、太陽神ラーを中心とする多神教、焚書坑儒の始皇帝は法治主義(法家)、そして、日本は神道の自然崇拝で、絶対神(ヤハウェ)を崇める一神教とは宗教観が根本的に異なっている。
 唯物史観から見る世界史は、革命や戦争、征服などの権力の歴史で、文化史や生活史、人類史がみえてこない。
 したがって、大和朝廷の成立過程や古墳の文化的・文明的意義、源氏物語の歴史的背景、日本経済をささえてきた農本主義の構造などの歴史の謎は、なに一つ明らかにされていない。
 日本の歴史学会はマルクス史観、歴史実証主義一辺倒で、戦前の皇国史観を否定するためだけに存在しているようなものなのである。
 一神教や一元論、権力主義のどこからも、共存という考え方はでてこない。
 したがって、日本人の「和の精神」や「共栄思想」が西洋人にはわからない。
 個人と神が信仰契約する一神教では、じぶん以外は、すべて、敵となるからである。
 現在、世界が直面しているのは、キリスト教的な闘争史観や近代主義のゆきづまりで、突破口となるのは、日本の多神教的文化(=日本主義)であろう。
 次回以降も、神の国をテーマに、日本のおける右翼と左翼の衝突をみていこう。


posted by office YM at 22:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする