2020年06月01日

国益は正義である――という大原則B

 ●伝統派と国際派に分断された日本
 新聞労連や民放労連、出版労連などをかかえる「日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)」は、2020年3月10日、市民の自由や集会・報道の自由を脅かすとして「新型コロナ対策特別措置法に反対する声明」をだしている。
 もっとも、これは、マスコミに公表されていない。
 万が一、この事実が報道されていたら、マスコミが、新型コロナウイルスとたたかう日本人の敵であることが明らかになって、マスコミと国民のあいだに大きな摩擦や軋轢がうまれたはずである。
 いうまでもなく、緊急事態宣言は、コロナ特措法にもとづいている。
「新型コロナ対策特別措置法」が成立していなかったら、日本は、西浦教授が懸念したように、パンディミックが発生して、日本中、死体の山ができていたかもしれなかった。
 WHO以下、欧米は、安倍内閣が、新型コロナウイルスの防衛に成功したとしぶしぶみとめたが、首をひねっているのが、内閣支持率の低さである。
 欧米では、コロナ禍によって、国家と国民のむすびつきがつよまって、政権支持率が軒並み大幅上昇している。
 日本で内閣支持率が低迷している理由は、表立って、政府の緊急事態宣言に反対できないマスコミ(MIC)が、PCR検査不足から医療崩壊、給付金や支援金、マスク給付にいたるまで、安倍内閣に批判や非難の集中攻撃をくわえたからである。
 ニュースキャスターやタレント、評論家が、「呆れはてた」「開いた口がふさがらない」と、連日、安倍首相に罵詈雑言を浴びせかけ、立川談四楼などは「ブン殴ってやりたい」とまで息巻いた。
 そして「敬意や感謝、きずなの力があれば、かならず、ウイルスに打ち勝つことができます」という首相の真摯なことばをせせらわらって「安倍のどこに危機管理能力があるのだ」と毒づいて、マスコミは、これを立川師匠の苦言としてもちあげた。
 このコロナ禍で、マスコミ関係者は、MICにシナリオどおり、安倍批判に走って、多くの日本人もその尻馬にのって、安倍首相や政府を罵った。
 そして、世界がコロナで甚大な被害をこうむったなか、最小の被害ですんだ功績にたいする評価や感謝どころか、安堵や無事をよろこぶ声すらなかった。

 こんどのコロナ禍で、日本人は、文明論的に、伝統派と国際派に分断されていることがはっきりした。
 自粛と我慢で、コロナ禍をのりきった大方の日本人は、伝統派である。
 かれらは、歴史や伝統、良識や和の心をたずさえた昔ながらの日本人である。
 これにたいして、国際派は、マルクス主義とアナキズム、啓蒙主義の3つにくくられる西洋化された人々で、日本人としての魂をもっていない。
 マスコミ人(MIC)やタレント、評論家や学者、弁護士らがそうで、かれらの価値観やアイデンティティ=心の故郷は、日本ではなく、西洋にある。
 伝統派と国際派は、社会契約説の3人の思想家ホッブズ、ロック、ルソーにそれぞれふりわけることができる。
 伝統派は、自然状態では「万人による万人の戦争」がおこるとしたホッブズの考え方に近い人々で、ホッブズは、必要悪としての国家や君主をみとめた。
 英国も日本も、ホッブズ型の伝統国家である。
 国際派の筆頭にあげられるのは、人間は、うまれながらにして自由で平等としたルソーである。
 だが、民主主義のルソーには、国家観がなく、万民の一般意志をひきうける万人のため人民政府は、フランス革命において、ロベスピエールの恐怖政治をつくりだしただけだった。
 2つ目はマルクス主義インターナショナル(コミンテルン)である。
 マルクス主義は、ルソー主義にユダヤ経典(タルムード)をくっつけただけの代物で、ソ連のコミンテルン日本支部から発展した日本共産党が、天皇制と資本主義の打破を二大テーゼとするのは、日本の歴史や国体が眼中にない国際主義だからである。
 3つ目のロックの社会契約説は、革命権(抵抗権)を容認する間接民主主義(選挙/多数決)で、ロック主義のアメリカ民主主義は、歴史的・伝統的価値をもたない。
 日本国憲法をつくったGHQのニューディーラーが、その典型で、かれらの多くが、伝統を旧弊としか考えられない共産主義者であった。
 国際派の正体が徐々にわかってきた。
 一つは、マルクス主義者で、日本共産党と大学の教職に残存している。
 2つめは、ルソー主義で、民主主義や表現の自由、人権などを叫ぶが、国家や全体性との整合性をもたないので、秩序や全体の利益を害い、他人へ多大な害をおよぼす。
 ルソー主義には、アナキズムやフランクフルト学派(批判理論)がくわわる。
 アナキズムは、革命を忘れた反体制運動で、すべての権威や権力を否定した革命前夜のなかに、人間性の解放をみる。
 フランクフルト学派は、人類を苦しめてきた政治体制を批判することだけが目的で、否定がゆくつく果てに、否定しえない理想郷があるとする。
 3つ目は「八月革命説」の宮沢俊義(東大法学部教授)で、宮沢はGHQがつくった憲法を徹底的に擁護して、左翼でなければ司法試験に合格しない仕組みまでつくって、議会内左翼革命の準備をすすめた。
 以上3つが、日本の国際派だが、かれらには、おそるべき欠陥がある。
 日本を敵視するばかりか、日本を貶めることを善と考えるのである。
 それが露骨にあらわれたのが、今回のコロナ騒動で、マスコミは、海外の情報を根拠に日本のPCR検査や医療体制を非難する一方、成功したわが国のコロナ対策について一言も報じなかった。
 西洋の基準に立って、自国を嘲るのが、国際派で、かれらが金科玉条にするのが、MICも掲げた「言論の自由」「表現の自由」と「男女平等」である。
 次回は、この自由が、いかに野蛮な自由であったかについてのべよう。
posted by office YM at 08:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする