2020年07月31日

コロナ後の世界展望と民主主義A

 ●一国主義≠フなかで立ち枯れる日本
 コロナ以降の世界情勢が反グローバリズムの一国主義≠ヨむかっているのはだれの目にも明らかだろう。
 といっても、ブロック経済や欧米が地球上の土地の84%を支配した20世紀はじめの植民地・帝国主義とは異なる。
 国家の支配イデオロギーが、民主主義や自由・平等、平和主義などの空想的な観念論から、国益や自国優位の国家主義や国家理性、あるいは他国敵視政策へ移り変わってきたのである。
 一国主義の兆候は、すでに、コロナ以前からあらわれていた。
 イギリスの「EU離脱」がその一つで、約20兆ドルと世界GDPの約25%を占める欧州連合の一角が崩れると、その一方で、英仏独など欧州の10か国が移民反対をうちだし、欧州ナショナリズムというべきものの存在をみせつけた。
 イスラム圏7か国の入国規制を打ち出したトランプがメキシコからの不法移民を防ぐため国境に3000Kmの壁を建設するなどはばかげた構想に思えるが、中国総領事館(テキサス州ヒューストン)の閉鎖命令と同様、まぎれもない現実である。
 米中貿易摩擦は、将来、米中のどっちが将来的な世界覇権を握るかというテーマでもあって、対立軸が、経済から科学や技術、軍事面にまでひろがっている。
 いちはやく一国主義を打ち出したのは、アメリカのトランプ、中国の習近平、ロシアのプーチンだが、リードしたのは「一帯一路」の習近平だった。
 といっても、アメリカは、ヘッジファンドを主とした国際金融資本を操作して、国際金融危機とりわけ日本のバブル崩壊やアジア通貨危機をつくりだして、アジアから天文学的な利益を貪った、一国主義の先駆者である。
 グローバリゼーションは、かつて、自由主義経済をリードする思想としてもてはやされたが、文化的にはアメリカ化、経済としてはアメリカ金融資本への隷属以外のなにものでもなかった。
 グローバリゼーションが、実際は、アメリカナイぜーションで、これが一国主義の端緒で、これにつづいたのが、中国の元経済圏構想(一帯一路)だったとといえる。

 米中冷戦が、かつての米ソ冷戦と決定的に異なるのは、東西両陣営という対立軸をつくりださなかったことである。
 米ソ冷戦時代は、アメリカが、NATO(北大西洋条約機構)と日米安保体制の盟主として、ソ連に対抗したが、米中冷戦では、このような対立的な陣営化は生じていない。
 世界には、アメリカと中国の二大大国のほかに、日本やロシア、EU諸国や英国、カナダや豪州、ブラジルやインド、台湾や韓国、トルコやイスラエル、UAE(アラブ首長国連邦)やサウジアラビアなどの強国がひしめきあって、各国がそれぞれ相応の軍事力をもっている。
 核保有国は、NPT(核兵器の不拡散条約)を批准しているアメリカとロシア、イギリス、フランス、中国の5大強国と、NPTを批准していないインドとパキスタン、北朝鮮、イスラエルのあわせて9か国あるが、核は、事実上、使用不可とあって、2大強国をふくめて、各国とも独自の安全保障・防衛構想を立てている。
 かつて核の傘≠ニいう考え方があったが、日本を核攻撃した中国にアメリカが核ミサイルで反撃するということはありえない。
 報復の報復によって、アメリカ国民の生命や国家経済や文化が危機にさらされるからである。
 その意味で相互確証破壊の論理は破綻しているが、原爆使用の報復として、経済その他の制裁をうければ、核の被害は、自国にもおよぶのである。
 韓国は、日本の原発を標的にした巡航ミサイル(玄武3B/3C)を配備しているが、日本も、F-35などに搭載できる国産巡航ミサイルで敵射程外から報復(敵基地攻撃)できる体制をすすめている。

 一国主義において、国家の防衛や安全、繁栄をまもるには、確乎たる信念や自信、使命感がなくてはならないが、その背景にあるのが愛国心や同胞愛、民族や歴史にたいする誇りである。
 それが国をまもる気概で、戦後、日本が失ってしまったのが、自国は自国でまもるというモラルや独立心、自尊心だった。
 自国防衛のモラルを捨て、国防をアメリカに依存する腑抜けた姿勢を平和主義と呼んできたが、実際は、平和ボケで、精神の退廃である。
 この精神のゆるみが、新コロナウイルス対策にもあらわれて、日本はコロナ第二波≠フ脅威にさらされておる。
 日本は、協力要請だけで、これまで、コロナ防衛で、いちども命令を発令していない。
 命令という強権をふるうには、国家や国民を思うつよい決意や情熱がはたらかなければならない。
 安倍首相は、マスクの2回目の給付をきめて不評を買い、二階幹事長は「GOTOキャンペーン」で墓穴を掘った。
 命がけで国家をまもる気がないので、強権を発動することができず、一方、利権や既得権の確保には気がむくのである。
 世界が一国主義という戦国時代にむかうなか日本だけが平和ボケ≠ニいうぬるま湯に浸ったままなのである
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2020年07月20日

コロナ後の世界展望と民主主義@

 ●国を挙げてコロナと戦えない脆弱さ
 大阪府警は、売春防止法違反(周旋)の疑いで、大阪・ミナミのホストクラブ経営者、田中雅秀ら3人を逮捕した。
 田中らは、クラブの遊興代金を支払わせるため、女性客に売春させたもので、被害女性が府警に駆け込んで事件が発覚した。
 府警保安課によると、女性は18年10月から1年2カ月にわたって愛知県内のビジネスホテルに監禁状態で、1日10万円の売春ノルマを課せられていたという。
 女性は約2200回にわたって売春させられ、田中らは、売春の代金約2900万円の大半をとりあげていた。
 女性は「たびたびホストクラブに連れて行かれ、じぶんのツケがいくらかわからないまま売春させられた」という。
 ホストクラブ女性客に高額なツケの代金を請求して、売春を強要するケースは、ホスト業界では、日常茶飯事である。
 ホストとのセックスを目的に来店する女性客の90パーセントはホステスで、売春に抵抗がない風俗関係者もすくなくない。
 ホストの志願者は、女性とセックスができる、高収入が期待できるとあって、人気業種だというが、このホスト業界が、現在、第二次コロナ流行の最大の汚染源になりつつある。
 ホストからコロナに感染した客のホステスが、じぶんが勤務している店だけではなく、コンビニやスーパー、美容院などでコロナウイルスをまきちらすのである。
 新型コロナの1日当たり新規感染数を更新している東京都で、感染者290人(7月18日)のうち感染経路不明者が158人にもたっしたが、国立国際医療研究センターによると、積極的な対策を講じなければ、2か月後には100倍以上、2万人近くにのぼるという。
 欧米並みのパンディミックが、恥ずかしい話しながら、歌舞伎町のホストクラブからうまれようとしている。
 3711人の乗客・乗務員のうち712人が感染、13人が死亡した豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号の第一波コロナ流行は自衛隊らの献身的な船内防疫活動で、事なきをえた。
 ところが、今回の歌舞伎町ホストクラブの第二波コロナ流行は、船内感染とちがって、感染者が野放しの市中感染状態で手の打ちようがない。
 クラスター(集団感染)封じは、閉店命令と客や従業員らの隔離しかないが、セックス産業とあって、顧客の把握はむずかしい。
 歌舞伎町にあるホストクラブ約240店のうち、1割を超える約30店で感染者がでているばかりか、10数店で、感染者が5人以上のクラスターが発生しているが、国も都も手をこまねくばかりである。
 東京都新宿区がおこなったPCR検査で、ホストクラブなど夜の街で働く接客業者の陽性率が一般(4%)の8倍の31%にたっしたというが、ホストクラブは、相変わらず営業をつづけている。
 本来なら、国民の健康をまもるため、国や都は、営業禁止命令などの強制的措置をとるべきだろう。
 だが、国も都も、ホストクラブを聖域化して、クラスターをおこした店名すら公表しない。
 人権侵害の汚名を着ても国民の命や健康をまもろうという気概がないのである。
 ふしぎな話だが、マスコミは、全面的にホストクラブ擁護論である。
 読売新聞(7月17日)は、ホストクラブなど16店を所有する経営者(手塚マキ)を好意的にとりあげて「ホストを差別しないで」という彼女の言い分をそのまま記事のタイトルに掲げている。
「ホストクラブがPCR検査を積極的に受けた結果、感染者数が増えているだけ」「都が『夜の街』への注意をうながしたためホストクラブへの風当たりがつよまった」「特定の場所や業種を取り上げて、分断をあおらないでほしい」というのだが、読売は、コロナの危機や国民の健康よりも反差別≠ニいうねじまがった正義のほうが大事なのである。

 和田アキ子が「アッコにおまかせ!」(TBS)で、カリスマホストのROLAND(27)が運営する歌舞伎町のホストクラブの閉店に同情して「がんばって」と熱っぽいエールを連発した。
 個人的にも親しいとみえ、再開まで、移転先の空家賃を払いつづける金満家ぶりに「カッコイイ」と手放しだが、すべてホストクラブで客のホステスからまきあげたカネである。
 和田アキ子は芸能界のドンだが、在日朝鮮人で、時折、日本の成功や発展をよろこばない反日発言をくりだす。
 和田アキ子は大のパチンコファンで、パチンコ「マルハン」のCMに起用されたが、「マルハン」の創業者、在日韓国人の韓昌祐会長は日本の植民地支配に批判的な発言をくり返す反日家で、日本で築きあげた資産(資産ランキング国内22位)の半分を韓国に還元すると明言している。
 韓昌祐がもっていて、日本人がもっていないのが、国家や民族にたいする愛着や敬慕、身びいきの心情である。
 グローバリズムの終焉後、世界は、国家や民族、独自の歴史や文化を軸とする一国主義にむかいはじめた。
 その流れに拍車をかけたのが新型コロナウイルスの大流行で、国家は一国主義とナショナリズムのもとでコロナ防衛にこれ努めた。
 ところが、日本だけ様相がちがった。
 国家や民族などの実体よりも、民主主義や自由、平等や人権、ヒューマニズムなどの観念を大事にするのである。
 国民の命や国家の安全に比べると、女性を食いモノにしているホストの差別など屁のようなものに思えるが、日本で最大の発行部数を誇る読売新聞は、逆で、ホストの人権が大事で、国民の命や国家の安全のほうが屁なのである。
 日本が、コロナ対策で、禁止や強制、罰則のをうちだせないのも、国家概念が風化しているからで、世界の国家が国家が掲げる国家主権や国家理性、国益主義が、日本では、害悪とうけとめられる。
 そして、民主主義や人権、自由、平等がもちあげられる。
 日本人の愚かさは、民主主義や人権、自由、平等をまもっているのが国家だということに思いおよんでいないところにある。
 朝日新聞が半世紀にわたって叫んできた「偏狭なナショナリズム」というスローガンが浸透した結果、若者から社会的に大きな影響力をもつTVタレントまでがコスモポリタン(世界市民主義者)になって、太田光や中居正広ら人気タレントは、憲法9条を信奉する平和主義者である。
 国家などいらない、平和憲法と民主主義だけがあればよいという狂気がこの国を覆って、久しい。
 次回も、この亡国思想とコロナ以後の世界情勢を展望してゆこう。

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2020年07月08日

官僚国家ニッポンの悲劇D

 ●社会保険事務局が工作した静和病院冤罪事件
 2010年3月10日、静岡地方裁判所は、静和病院の吉田晃元院長と水谷信子元事務長に、健康保険法違反と詐欺罪の有罪判決を下した。
 それぞれ、懲役6年6月、5年6月という殺人罪並みの重刑だった。
 だが、この判決で、健康保険法(「15対1入院基本料の施設基準」)違反の具体的事実や違反した数値、証拠や根拠が明らかにされることはなかった。
 それどころか、このとき、静岡地裁は、静和病院一般病棟(55床)の適正看護師数を19人と誤った上で、有罪を宣するという、司法史上、前例のない醜態を演じた。
 適正看護師数は、静岡社会保険事務所が静岡県警に陳述したとおり、9人である。
 なぜ、静岡地裁と静岡地検は、適正看護師数を19人とする致命的なミスを犯したのか。
 平成18年4月以降、新法(15対1入院基本料の施設基準)を適用させるべきところを、旧法(3対1)を適用させたからである。
「3対1基準(旧法)」と「15対1基準(新法)」では、数値が異なる。

 ●新法「15対1入院基本料の施設基準」の適正看護師数=9人
   計算/55床÷15×3(8時間3交代)=10・999…(11人時間)
   ※夜勤2人は16時間勤務のため実質9人
 ●旧法「3対1基準」の適正看護師数=19人
   計算/55床÷3=18・333…(19人)


 本来なら、法令誤認の事実が判明した時点で、原判決破棄の差し戻しとならねばならない。
 だが、司法は、みずからの誤りをみとめようとせず、再審請求は却下された。

 静和病院事件の共犯者で、元院長と元事務長を主犯と告発、執行猶予処分をうけた木口崇は、公判で、静和病院一般病棟55床の必要看護師数を19人と証言している(木口レポート)。
 検察や裁判所が、必要看護師数を19人と誤認したのは、木口証言を真実としたからである。
 木口の第三回公判調書(平成20年〈わ〉第533号)にこうある。
 松枝検察官「15対1の基準というのは、平成18年4月の改正までの基準だと、3対1に相当するわけですよね」 
 木口「はい」
 吉田・水谷裁判の判決文でも「従来の3対1基準に相当する『15対1入院基本料の施設基準』」という文言が幾度となくくり返されている。
 木口は、強制捜査直前、静和病院を退職して、西伊豆病院に転職している。
 西伊豆病院は、吉田晃が、補助金の不正受給があったとして、国会で問題にさせた熱川温泉病院と同系列(社団健育会)の病院である。
 木口が、なぜ、吉田院長と敵対関係にあった健育会系の西伊豆病院へ移ったのか。
 西伊豆病院が木口をとりこみ、静岡県警に協力させて、静和病院院長の吉田晃を陥れたとみるのが自然だろう。

 看護師不足は、行政指導の範疇にあって、ほとんどの行政が放置していた。
 看護師が不足している病院は、山ほどあって、行政指導が追いつかないのである。
 ところが、静和病院事件では、静岡社会保険事務局と県医務室が静岡県警の強制捜査にくわわった。
 理由は、生活法で刑罰のない健康保険法違反を根拠に、強制捜査をおこなうことはできなかったからである。
 強制捜査には、刑法上の犯罪である詐欺容疑が立っていなければならない。
 詐欺罪の前提となるのが健康保険法違反だった。
 健康保険法違反にもとづいて診療報酬の不正受給がおこなわれ、なおかつ、同不正受給が、欺罔(だまし)や計画性にもとづくと判定されて、はじめて、詐欺容疑が成り立つ。
 静岡県警が、強制捜査前に、詐欺容疑を立てることができたのは、静岡社会保険事務局が静和病院の健康保険法違反を認定、告発したからだったのである。
 静岡県警は、看護師数が足りないとする健康保険法違反と、診療報酬の不正受給、詐欺容疑を三重につなぎあわせて、静和病院の吉田院長と水谷事務長を送検、静岡地検は、健康保険法違反を誤認したまま起訴、静岡地裁は、必要な看護師9人を19人と錯誤して、院長と事務長に殺人犯並みの重刑を科したのである。

 でためな判決がまかりとおった理由は、強制捜査に、静岡社会保険事務所がくわわったからだった。
 旧社会保険事務所は、厚生労働省の外局だった旧社会保険庁の傘下にあって、保険料の徴収や保険給付、保険給付裁定、被保険者資格得喪の認定など、国や厚生労働省の健康保険事業を代行する専門機関として、もっとも権威をもっていた。
 社会保険事業の権威である静岡社会保険事務局が、強制捜査にくわわったことによって、健康保険法違反が既成事実とされた。
 静和病院の健康保険法違反は、静岡県警と静岡社会保険事務局の談合だったのである。

 静和病院が強制捜査をうけたのが、平成20年4月である。
 社会保険庁が廃止されたのは平成21年で、同庁の業務は、翌22年、特殊法人「日本年金機構」にひきつがれている。
 年金記録問題などの不祥事や、社会保険庁のオンライン化(平成19年)にともなうコンピュータ入力のミスや不備が多いことなどずさんな管理が国会やマスコミで批判されて、自民党政権が倒れる騒ぎにまで発展した。
 社会保険庁のオンライン化計画にたいして、社会保険職員労働組合が「独占資本のための合理化である」として反対したばかりか、労働強化反対と称して集団サボタージュを正当化させる覚書を取り交わしていたことまでが明らかになった。
 社会保険庁(社会保険事務所)が、当時、健康保険法の正しい適用法を管轄しえただろうか。
 社会保険事務所は、静岡県警の事情聴取にたいして「15対1入院基本料の施設基準」の看護師数が9人であると陳述している。
 ところが、静岡社会保険庁も静岡県警も、検察や司法の法令誤認を見て見ぬふりをして、世紀の大誤審を誘導した。
 静和病院冤罪の原因は、健康保険法を私物化して、静和病院を潰し、無実の吉田元院長と水谷元事務長に殺人罪並みの重刑を誘導した厚生省・旧社会保険庁にあったのである。
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2020年07月05日

官僚国家ニッポンの悲劇C

 ●社会保険事務局の犯罪/静和病院冤罪事件A
 伊豆半島で最大級の病床数(307床)を有していた静和病院(熱川市)は6階建て2棟の大病院で、当時、多額納税の病院として知られていた。
 施設や設備も充実していて、日経新聞(2004年3月8日)に発表された「経営充実度」病院ランキングで、静和病院は、聖路加国際病院ら名門と肩を並べて、全国8位(関東3位)という高い評価をえている。
 その静和病院の院長と事務長に、それぞれ、6年6月と5年6月の懲役刑が科せられた。
 看護師数を規定する健康保険法の違反から診療報酬の不正受給と詐欺罪を推認されたのである。
 看護師が足りないというどこの病院もかかえている問題から、なぜ、そんな重刑がとびだしてきたのか。
 今回は、そのミステリーを解いてみよう。
 ところで、実際に看護師は足りなかったのか。
 源泉徴収簿兼賃金台帳によれば、静和病院では、1日平均60人の看護師が勤務についていた。
 若い看護師助手も約50人以上在籍していた。
 源泉徴収簿兼賃金台帳によると、当時、静和病院には、約82人の看護師が登録されていた。
 看護師の出勤日数は、平均22日なので、1日当たり出勤者数は55人強となる。
 源泉徴収簿兼賃金台帳には、健康保険料、厚生年金、所得税、住民税などの控除額が記載されている。
 給与のほか、勤務日数を記録した給与元帳もついている。
 源泉徴収簿兼賃金台帳をみるかぎり、静和病院に看護師数の不足はみとめられない。
 たとえ、看護師が、多少、少なくても、それが刑事事件に発展したケースは日本の医学史上、前例がない。
 しかも、科せられたのは、殺人罪並みの重刑である。
 背景にあったのが、県や医療行政との摩擦であった。
 医療費の不正受給については、通常、社会保険事務所と医療機関のあいだで手続きがおこなわれ、返済や課徴金などで行政処理される。
 げんに20億円に上る診療報酬を不正受給していた静岡県の熱海温泉病院や50億円をこえる不正受給が発覚した愛知県の医療法人「豊岡会グループ」ですら、責任者の逮捕、起訴にはいたっていない。
 院長と事務長に重刑が科されたこの静和病院事件で、不正受給したとされる診療報酬金額は8700万円である。
 豊岡会グループ50億円の57分の1である。
 にもかかわらず、院長と事務長に重刑が科された。
  静岡県にとって、静和病院は、もともと、厄介な存在だった。
 静岡県は、静和病院の療養病棟252床を老人ホームにきりかえるようもとめた。
 入院患者のほぼ全員が県外からの移入者であるにもかかわらず、静和病院が保有する307床によって、静岡県が、病床数の制限(基準病床数制度/厚生労働省)をうけるからだった。
 吉田晃はこれを拒絶した。
 静和病院に、静岡県警と静岡社会保険事務所、県の医療課による合同捜査が入ったのは、その数か月後である。

 平成13年、吉田晃は、元県知事の秘書を介して、民主党の木下厚に、熱川温泉病院の補助金問題を国会(第153回衆議院厚生労働委員会)で取り上げさせた。
 そして、熱川温泉病院から補助金6億円を返還させた。
 このとき、木下代議士はこんな質問をおこなっている。
「もう一つ。この熱川温泉病院を経営している健育会は、全国に九つの病院やクリニック、特別養護老人ホームをもっています。このグループにはさまざまなうわさがあります。先代の理事長は茨城県出身です。そこから、茨城県出身の厚生族の大物国会議員がバックにいるということで、かつて、何回も問題になったことがあります。今回の案件について、政治力がはたらいたのではないかという指摘がありますが、その辺はどうですか」
 茨城県出身の大物国会議員というのが、熱川温泉病院と顧問関係をむすんでいた厚労族のドン丹羽雄哉(第75・83・84代厚生大臣)である。
 補助金を取り上げられた熱川温泉病院の遺恨は深かった。
 それ以上に腹を立てたのは丹羽雄哉だった。
 顔をつぶされた上、国会で難癖までつけられたのだ。
 さらに吉田晃は、静岡空港(平成21年開設)の反対運動を支援して、計画をすすめていた石川嘉延知事を激怒させている。
 石川知事は、熱川温泉病院の民事訴訟で、保健衛生部医務課長とともに被告席に座らされてもいる。
「静和病院をつぶしてやる」
 元静岡県山本敬三郎知事の秘書で、熱川温泉病院の補助金問題で国会質問をしかけた吉田院長のパートナー、飯田忠雄は、石川知事の呪詛のことばを耳にしている。
 決定的だったのは、静岡県とやりあって、税金(所得税)の納付先を大阪にきりかえたことだった。
 県に逆らい、県の利益になんら貢献しない静和病院など、静岡県から消えてくれたほうがよかった。
 静岡県にとって、静和病院は、怨恨の対象でしかなかったのである。
 ちなみに、飯田元秘書は、その後、自殺をとげている。
 静和病院が強制捜査をうけたのが、平成20年4月である。
 社会保険庁が、連発する不祥事のため、廃止されたのは平成21年で、同庁の業務は、翌年、特殊法人「日本年金機構」にひきつがれている。
 社会保険庁(社会保険事務所)が、はたして、健康保険法の正しい適用法を指導しえただろうか。
 次回は、社会保険庁に静和病院の健康保険法違反を告発する資格があったか否かを問おう。

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2020年07月01日

官僚国家ニッポンの悲劇B

 ●社会保険事務局の犯罪/静和病院冤罪事件
 伊豆半島で最大級の規模と設備を誇った静和病院(307床)が静岡県警や県医療室、社会保険事務局による強制捜査(100人規模)をうけたのは平成20年(2008年)4月23日のことである。
 数台のトラックがのりつけて、カルテなどの医療や医務、保険関係の資料を根こそぎ押収して、その後の診療や医療業務に支障をきたしたほどだった。
 容疑は、2年前の平成18年4月に改正された健康保険法の違反と同違反にもとづく詐欺罪だった。
 改正された健康保険法(「15対1入院基本料の施設基準」)は、看護師数の規定で、静和病院一般病棟(55床)では、看護師の員数がこの基準に足りていなかったというのである。
 そして、新健康保険法違反にもとづく診療報酬の不正受給が計画的だったとして、詐欺容疑が適用された。
 源泉徴収簿兼賃金台帳によると、当時、静和病院には、約82人の看護師が登録されていた。
 看護師の出勤日数は、平均22日なので、1日当たり出勤者数は60人強ということになる。
 源泉徴収簿兼賃金台帳には、健康保険料、厚生年金、所得税、住民税などの納付額や控除額が記載されている。
 給与明細のほか、勤務日数などの基礎データも記録されている。
 看護師の勤務実態を知るにあたって、源泉徴収簿兼賃金台帳以上に信憑性がある資料はない。
 源泉徴収簿兼賃金台帳をみるかぎり、静和病院において、全病棟にわたって看護師の不足はまったくみとめられない。
 ところが、吉田晃院長と水谷信子事務長に、有罪判決が判決が下された。
 罪状は、看護師が足りなかったとする健康保険法違反、および、同法違反にもとづく詐欺罪である。
 しかも、殺人罪並みの重刑で、吉田晃は懲役6年6月、水谷信子は懲役5月6月で、静和病院は、その後、廃院となって、巨大な廃墟が野ざらしになっている。
 看護師数が足りなかったかもしれないという、どこの病院でもかかえている容疑でこの仕打ちである。
 ちなみに、再審請求(榎本哲也弁護士)においては、看護師数が足りていたことが完全に証明されている。
 驚くべきことだが、本裁判では、看護師の勤務実態を示す唯一の公的資料というべき源泉徴収簿兼賃金台帳が証拠提出されていない。
 源泉徴収簿兼賃金台帳を証拠提出すれば、静和病院に健康保険法違反がなかったと一発でバレてしまうからである。
 有罪にするには、社会保険事務局から、健康保険法違反を宣告してものらうほかない。
 かかる経緯から、静岡県警の強制捜査に、社会保険事務局がくわわることになった。
 健康保険法違反があったか否かを判断できるのは、社会保険庁の地方機関である社会保険事務所だけである。
 健康保険法は、社会保険事務所の専管事項で、違反の判断から処分方法まで国から一任されているからである。
 健康保険法は、解釈や適用、手続きなどが複雑で、社会保険庁の判断に拠るしかない。
 強制捜査に社会保険事務所がくわわったのは、静和病院の健康保険法違反を既成事実とするためで、静岡社会保険事務所は、こうして、静岡県警の下請けとなった。
 なぜ、静岡県警が静和病院つぶしにまわったか、その事情や背景については、次回、詳説しよう。
 
 健康保険法のような社会法を根拠に、強制捜査をかけることはできない。
 警察が強制捜査をかけるには、詐欺罪のような刑法にもとづかなければならない。
 事実、静岡県警は、強制捜査に際して、詐欺容疑を立てている。
 詐欺罪を成立させるのは、健康保険法違反が確定していなければならない。
 健康保険法違反にもとづく診療報酬の不正受給が計画的だったことが明らかになって、はじめて、詐欺容疑が立つ。
 静岡社会保険事務所は、静岡県警に、静和病院が健康保険法に違反していることを担保するために強制捜査にくわわったのである。

 強制捜査の2か月前、静岡社会保険事務局は、静和病院の看護師数が足りている旨、静岡県警に報告している。
 静岡社会保険事務局が、平成20年2月26日、静岡県警の「捜査関係事項照会書(下田警察署長小林達視)」にたいして、回答した文書に、つぎのような数値が記載されている。

 看護要員の数:看護師35人、准看護師40人、看護補助者78人

 静和病院の看護師数が足りていると知っていた静岡社会保険事務局は、いかなる根拠、経緯から、強制捜査にくわわったのであろうか。
 ちなみに、平成20年2月26日以降、強制捜査に入った4月23日までの2か月間に、静岡社会保険事務局が静和病院に査察に入った形跡はない。
 それでは、静岡社会保険事務局は、いかなる根拠をもって、静和病院の健康保険法違反を判断したのであろうか。
 わたしは、令和2年2月10日、静和病院元院長吉田晃と同院元事務長水谷信子と連名のもと、加藤勝信厚生労働大臣へ質問状を送付した。
 内容は以下である。

 1、静岡社会保険事務局は、静和病院にたいする静岡県警の強制捜査(平成20年4月23日)にくわわったか否か
 2、静岡社会保険事務局は、捜査関係事項照会書に、静和病院の看護師数を75人と回答した平成20年2月26日以降、静岡県警の強制捜査(平成20年4月23日)までの間に、静和病院へ立ち入り検査をおこなったか否か
 3、強制捜査の段階(平成20年4月23日)で、静和病院(一般病棟55床)に健康保険法違反があると判断した根拠はなにか

 
 イエスかノーか、あるいは、箇条書きですむ回答だが、返事はまだない。
 次回は、静和病院がらみで、政と官が癒着して、日本の政治を歪めていったか、その経緯をもういちどながめてみよう。
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