2020年11月27日

 反官僚の菅政権に期待するI

 ●民主党大統領で急がれる脱アメリカ
 メイフラワー号に乗って、イギリスから渡ってきた(1620年)102人の清教徒は、400年をかけて、アメリカという超大国をつくりだした。
 イギリスとの独立(革命)戦争に勝利して独立宣言(1776年)を建てたあとのアメリカは戦争と征服≠国是として、つぎつぎに領土・権益拡張の政策を実行に移してゆく。
 1000万人以上の先住民を殺害したインディアン戦争やメキシコからテキサスを奪った米墨戦争(1846年)をへて、アメリカは、ついに、太平洋へのりだしてゆく。
 カメハメハ大王のハワイ王国を収奪して、米西戦争(ともに1898年)に勝って、フィリピンやグアム島を獲得したアメリカは、すでに、東インド艦隊を率いるペリー提督が日本を開国(黒船来航/1853年)させ、環太平洋の覇権は、目前に迫っていた。
 アメリカの最終目的が、世界最古の大国、中国にあったのはいうまでもない。
 西へ西へとすすんできたアメリカの拡張政策は、世界最大の巨大市場≠ナある中国を支配下におさめて、一応、最終段階を迎えるはずであった。
 ところが、ペリー率いる東インド艦隊が開国させた日本が、そのわずか半世紀後に、日清戦争に勝って、朝鮮半島をふくめた大陸へ進出してきた。
 それどころか、ロシアを打ち破って、五大強国にのしあがって、英米と肩を並べるに至った。
 アメリの神経を逆なでしたのが日英同盟(1902年)だった。
 イギリスと手をむすんだ日本が、日露戦争(1904年)や第一次世界大戦(1914〜1918年)に勝利して、アメリカをおびやかすほどに国際的な地位を高めてきたのである。
 警戒したアメリカが、イギリスに迫って、ワシントン会議(1921年)をへて、ついに、日英同盟が破棄される。
 ここから、アメリカの対日報復政策が開始されて、やがて、日米戦争に至る。
 ちなみに、対日敵対政策をとった第32代大統領フランクリン・ルーズベルトは、日露戦争で日本とロシアの調停をつとめた第26代大統領セオドア・ルーズベルト(ポーツマス条約の和平交渉に尽力した功績からノーベル平和賞を受賞)の縁戚にあたる。
 セオドア・ルーズベルトが保守的な共和党で、フランクリン・ルーズベルトがリベラルな民主党というちがいもあるが、それ以上、大きなちがいは、軍人や作家、ハンター、探検家の顔ももつセオドアが、カウボーイ的な男性らしさで、国家の利益や発展に貢献したのにたいして、フランクリンは、女々しく、嘘つきで、なによりも、スターリンにぞっこんの共産主義者だった。
 
 フランクリンの母親サラは、少女時代、香港に滞在して、中国を第二の故郷と思うような女性だった。
 フランクリンの祖父(サラの父)は、清朝末期に、阿片貿易で巨富を築いて香港に豪邸を所有していたからで、フランクリンも、祖父が中国から略奪してきた絵画や屏風、象牙や陶器などの美術品に囲まれて育ち、中国に深い愛着をもっていた。
 アメリカが、当時、中国に親しみをかんじていたのは、中国が、アメリカの巨大な市場で、中国人は、アメリカから多くのキリスト教宣教師をうけいれた従順な羊のような人種と思っていたからである。
 一方、五大強国にのしあがった日本は、伝統をまもって、キリスト教文明をうけいれないばかりか、西洋に媚びない、アジアでは異質な国で、アメリカが太平洋をこえて最終目的とする中国の市場を奪う、憎き仮想敵国だった。
 ルーズベルト大統領が中国を愛して、日本を疎んじていたことが日米戦争の最大の原因だったのは、いうまでもない。
 そして、その思想をうけついでいるのが、リベラルの民主党で、日本がかつて敵国で、日米戦争に負けて、アメリカに占領された敗戦国というほどの認識しかもっていない。
 それが端なくもあらわれたのが、バイデンの「日本憲法アメリカ起草論」である。
 2016年、バイデン副大統領(オバマ大統領)は「われわれが(日本を)核武装させないための日本国憲法を書いた」と発言している。
 バイデンから、日本を、パートナーとして尊重する気持ちをかんじることはできないが、それが、日本に原爆を落とした民主党大統領の(32代ルーズベルト、33代トルーマン)の日本観である。
 民主党の大統領は、日本になんの関心ももたなかったカーター(39代)から「スーパー301条(不公正な貿易への報復と制裁)」を発しただけだったクリントン(42代)、中国の南シナ海要塞化や北朝鮮の核武装化をゆるしたオバマ(44代)まで、日本無視がつづき、対米関係重視の日本に逆風が吹いた。
 マスコミは、バイデン支持で、トランプ叩きに余念がないが、日本の国際的な地位を高めた米大統領は、レーガン(40代/中曽根)、ブッシュ(43代/小泉)、トランプ(45代/安倍)ら共和党の大統領だったことを忘れてはならないだろう。

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2020年11月19日

 反官僚の菅政権に期待するH

 ●GHQ民主主義からの脱却
 日本人は民主主義が一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の産物であることを知らない。
 一神教は、正しいものが一つしかないとする一元論で、正しいほうが正統で、悪いほうが異端となる。
 中世の宗教戦争では、カトリックとプロテスタントが凄惨な殺し合いをくり広げ、異端裁判では、おびただしい人数の罪なき女性が火刑に処された。
 一神教においては、異端は、完全に滅ぼされなくてはならない。
 異端を滅ぼすことによって、正統が成りたつ構造に立っているので、正統は、異端を皆殺しにする。
 だが、その正統から新たな異端がうまれて、ふたたび、血みどろの争いがはじまる。
 この悪循環にくさびをうちこんだのが、市民革命の原理となった多数決≠セった。
 多数決なら、永遠につづくであろう正統と異端の争いに終止符を打つことができる。
 古代ギリシャでうまれた多数決(民主政)を批判したのがソクラテスで、多数決政治では衆愚政治になるとした。
 民主裁判で、死刑を宣告されたソクラテスは、毒をのんで自殺するが、弟子のプラトンは、哲人政治を唱える。
 政治をゆだねるなら、気まぐれで無知な大衆ではなく、英知をもった哲人のほうがましというのである。
 17世紀に、ルソーがよみがえらせた多数決の原理は、フランス革命の原動力となったが、一方、プラトンの哲人政治は、ヒトラーやスターリンの独裁に悪用された。
 現在、世界の国々は、多数決を採用して、これを民主主義と称している。
 だが、デモクラシーは、大衆による支配という方法論で、主義でも思想でもなく、まして、理想でもない。
 それどころか、民主主義は、窮余の策で、チャーチルではないが、独裁よりはマシという代物にすぎない。
 人類最大の難問が「個と全体の矛盾」で、いまのところ、民主主義が唯一の処方箋である。
 だが、49%の少数派が切り捨てられる「数の暴力」が最良の政治形態であるわけはない。

 キリスト教を正統と異端の一元論でみてきた西洋では、すべてを対立概念≠ナとらえる。
 国会は、与党と野党が対立している状態で、与野党の対立がなくなると、国会ではなくなってしまう。
 世界は、善と悪がたたかっている場所で、善あるいは悪だけの世界はありえないのである。
 一方、多元論、二元論の日本は分立概念≠ナある。
 八百万の神々がいて、民に幸をもたらす和魂(にきたま)がいれば、民を苦しめる荒魂(あらたま)もいる。
 対立概念の西洋では、一つのなかに、正統と異端、善と悪などの概念が対立的に存在している。
 裁判所も、検事と弁護士が、有罪と無罪を論争する場所で、裁判官は行司にすぎない。
 ところが、分立概念の日本では、すべてが、善玉か悪玉で、一つのなかに、善と悪が対立的に存在する状態はありえない。
 司法は神聖なる正義で、検察の起訴有罪率99・9%とあって、司法も検察も、非の打ちどころがない善玉である。
 憲法は、不磨の大典で、民主主義や国民主権は、天から授かった絶対無比の真理である。
 池袋暴走事故で、母子2人の死亡をふくめて11人を死傷させた飯塚幸三の無罪の主張にたいして、杉村太蔵は「民主主義において裁判で被告がじぶんの正当性を主張するのは基本的人権の一丁目一番地」と擁護論をのべ、慶応大学名誉教授の金子勝は、菅首相が日本学術会議の新会員候補6人の任命を拒否すると「反民主主義の体質を露呈」と騒ぎ立てた。
 西洋人が、他に選択肢がないので、やむなく採用した民主主義が、日本の民主主義者にとって、西洋からやってきた後光がさす有り難い真理なのである。
 民主主義と基本的人権、憲法9条を信仰するかれらは、当然、日本の歴史観にもとづく価値観や社会通念、習慣や習俗、日本人としての常識や道理、義理人情などにうとい。
 歴史や国体、天皇への尊敬心も薄いが、伝統もまもることは、改革を叫ぶことよりよほど知的努力がもとめられる。
 戦後のGHQ革命によって、日本の国是が、歴史に根差した伝統文化から、アメリカ民主主義へきりかわった。
 そして、民主主義や自由平等、基本的人権、平和主義が、戦後日本の唯一のルールとなった。
 大統領就任が確実なジョー・バイデンは、2016年、ヒラリー・クリントンの応援演説で、日本の核武装を匂わせたトランプを批判して「(トランプは)われわれが日本を核武装させないために憲法を書いたと学校で習わなかったのか」と発言している。
 日本人は、GHQがわずか10日で書きあげた「占領基本法」を神棚にあげていまもなお拝んでいる。
 いい加減に目をさまして、わが国の伝統的な価値や文化に立ち返らなければ、日本は、アメリカの精神的植民地になってしまうのである。

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2020年11月08日

 反官僚の菅政権に期待するG

 ●既得権益にメスを入れる菅行政
 日本の世論は真っ二つに割れている。
 一つは、民主主義や基本的人権、自由や平等を信奉するリベラル派である。
 もう一つは、伝統的価値観や一般常識、社会通念を重んじる保守派である。
 国論二分の現象が劇的にあらわれたのが「60年安保」で、当時、日本中のマスコミが民主主義をまもれ≠ニ、連日、叫びつづけた。
 強行採決が、民主主義的ではないというのだが、民主主義は多数決のことであって、清瀬一郎議長を負傷させた野党議員の採決妨害の暴力的抵抗のほうがよほど民主主義に反している。
 一方、保守派は、岸首相が「声なき声」といった一般国民のことで、反安保の声の大きさとはくらべようもなかったが、それでも、戦後、世論の多数派を占めてきた。
 保守派は、歴史や伝統をふまえているので、文化的な奥行きがもつが、リベラル派は、民主主や人権をまもれの一辺倒で、民主主義や人権がなんたるかという議論にふみこんできたことはいちどもない。
 思考停止に陥っているのは、リベラル派にとって、啓蒙思想が、宗教だったからで、自由も民主主義も、有り難く拝んでいればよいものだった。
 その風潮は、マスコミが、安保条約が旧安保(51年)の画期的改正だったことに一言もふれなかった60年から「学問の自由をまもれ」の現在にいたるまで、すこしもかわっていない。
 伊吹文明元衆院議長が、日本学術会議の会員任命を見送ったことにたいするマスコミや野党、各種学会の政府批判について「学問の自由という水戸黄門の印籠にみなひれ伏さないといけないのか」と苦言を呈したが、リベラル派には馬の耳に念仏だった。

 現在の日本では、民主主義と学歴、マスコミが三大善≠ナ、その上に左翼と上級国民、国際派があぐらをかいている。
 わが世の春を謳歌しているのは、マスコミ労組(MIC)と上級国民である高級官僚、国際派の有識者(学者・文化人)、内部留保450兆円をためこんだの大企業とその社員らである。
 その下で、個人所得が世界2位(1988年)から26位(2018年)にまで転落した大方の日本国民が、低所得と格差社会にあえいでいる。
 かつて、労組や野党ら左翼は、労働者の味方だったが、新自由主義によって社会の格差化がすすみ、正社員の4割もの非正規社員が組合から追いだされる事態になって、様相が一変した。
 労働組合が、組合員の身分保護とひきかえに、内部留保にむかう企業方針に同調するようになったのである。
 そして、野党も、かつての社会党のような労働者の党ではなく、反日・反国家の権力集団になってしまった。
 そもそも、組合費や闘争積立金など膨大な内部留保をにぎって労働貴族化≠オている大手の労働組合には、賃金闘争をやる気などさらさらない。
 見捨てられたのは、日本企業の99・7%を占める中小零細企業の従業員と非正規雇用の社員で、日本は、既得権者のグループと非既得権者のグループに二分されて、前者だけが恩恵をうける偏向した国家になってしまったのである。
 そこに、菅首相が、所信表明演説で「役所の縦割り、既得権益、前例主義を打倒して規制改革をすすめ、国民のためにはたらく内閣をつくる」と既得権益をあえて名指しした根拠がある。
 インターネットの「ウィキペディア」で既得権益≠検索して、プリントしてもらうと以下の項目があった。
 ※既得権益の例示として頻出される事象
「国家権力で保護されている公務員」「批判や対抗組織がない警察」「天下りや利権構造をもった特定の企業や団体」「莫大な資金で市場操作して利益を獲得する金融機関」「通貨発行権をもつ団体」「価格操作が可能なほど寡占化している業界や企業」「著作権管理など独占的な営利団体」「中小企業を支配して有利に物事をすすめる大企業」「解雇規制に守られた正社員」「正社員の雇用しか守らない労働組合」「全国に票田をもち、コメの流通を支配する農協」「参入障壁に保護されているマスメディア」「株式買収から保護されている新聞社」「放送法によって寡占状態にある放送局(テレビ局・ラジオ局)」新規参入が困難な報道機関」「権限を有する芸能団体」「組織票が見込める業界団体」など
 ※代表的な既得権益
 官僚制/水利権/天下り/記者クラブ/原子力発電/NHK受信料
 菅首相が、マスコミや学会ら左翼インテリから叩かれるとわかっていながら日本学術会議の会員任命の見送ったのは、既得権益への政治介入で、うごきはじめた菅行革の露払いだった可能性が高いのである。

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2020年11月02日

 反官僚の菅政権に期待するF

 ●「高学歴者」はいるがプロがいない日本
 日本には、学歴と民主主義、マスコミ芸能の3つが是で、政治や伝統、歴史的習慣の3つが非という奇妙な風習が根づいている。
 戦後の風潮ではなく、明治維新からそうで、日本は、科挙社会にして、西洋主義、戦前の天皇主権から戦後のマスコミ主権と、薩長がつくった明治政府の構造が、そのまま現在にひきつがれている。
 その印象を深くしたのは、日本学術会議の会員の45%が東大など旧帝国大に所属しているという菅首相の指摘にたいするマスコミ世論の猛反発だった。
 日本学術会議に批判的なネット世論まで、学者が旧帝国大学に属しているのは当然で、菅首相の批判には根拠がないと騒ぎ立てた。
 菅首相によると、旧7帝大以外の会員は、国公立大が17%、私立大は24%で、産業界に所属している会員や49歳以下の会員は、それぞれ、3%に過ぎない。
 問題なのは、産業界に所属している会員の少なさである。
 米中がトップを競ってきたスーパーコンピュータで首位(「計算速度世界ランキング」)を獲得した富士通(富岳)や小惑星探査機「はやぶさ」や月周回衛星「かぐや」の宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、民間あるいは日本学術会議が協力を拒否している国立である。
 国から補助金や公務員の手当てをもらっておきながら、防衛庁の研究を妨害して、中国の軍事研究には協力する旧7帝大系の左翼学者を、高学歴がすきな日本人は支持するのである。
 テレビでは、クイズ番組が大人気で、日夜、東大軍団、インテリ軍団と連呼している。
 東大は、テレビの有名ブランドで、日本中に、東大神話が浸透している。
 東大(法)は、もともと、高級官僚の登竜門で、霞が関でエラくなるための専用エスカレーターだった。
 日本の学問は、明治以来、西洋に学ぶ欧化主義で、刀剣や建築、繊維や工芸などの分野で日本独自の技術もあったが、旧帝大は、もっぱら、西洋の文物のコピーで、これが、じつは、クイズに似ている。
 クイズは、答えが用意されているので、永遠に、出題者を超えることができない。
 同様に、いくら、西洋のマネをしても、先生である西洋を超えることはできない。
 鹿鳴館で、洋装で着飾って、西洋ダンスを踊っても、日本舞踊の文化的深みはでてこないのである。
 そもそも、日本の近代化がサル真似で、国体二千年の伝統を破って、天皇を元首(元帥)にすえた明治憲法が、プロイセン(ドイツ)憲法をお手本にしたものだった。
 西洋化が日本近代化の背骨となって、西洋を学ぶ大学が、体制維持の基準となった。
 儒教を国家のルールとした中国(隋から清まで1300年間)や朝鮮(高麗から李王朝/両班)で科挙制度が国家をささえたように、日本では、7旧帝大を中心に陸軍士官学校や海軍兵学校をふくめた官立・私立大学が科挙の代用となって、壮大な学歴社会をつくりあげた。
 戦後、民主主義と基本的人権が、国家の唯一のルールとなって、伝統国家としての価値観や常識、習慣や社会通念が消えてしまった。
 これでは、科挙制度によって、国を滅ぼしてきた中国や朝鮮の二の舞である。
 学歴社会が滅びるのは、自己利益しか頭にない高学歴者が国家を私物化するからである。

 日本の中枢機関も、いるのは、高学歴者ばかりで、プロがいない。
 官僚ばかりか、入社試験と書類審査で、高学歴者ばかりを採用した大企業もその例にもれない。
 東芝やシャープ、NEC、ソニー、パナソニック以下、かつての一流企業が台湾や韓国の下請けクラスに転落していったのは、社員が、偏差値が高いだけのアマチュアだったからである。
 それでも、日本経済がもちこたえているのは、全企業の99・7%をしめる中小企業が、愛国心や愛社精神をもった仕事のプロだからである。
 前大戦では、旧日本軍が、エリートを重要ポストにつけ、それが敗戦という最悪の結果を招いた。
 ハンモック・ナンバー(海軍)のトップと恩賜の軍刀、銀時計組(陸軍)がちやほやされた旧日本軍はおそるべき学歴社会で、連合艦隊参謀長の宇垣纏は海軍兵学校や海軍大学校の卒業順次がじぶんより下の者へ敬礼も返さなかったという。
 ミッドウェー海戦における最適任者は、マレー沖海戦で英国艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズと戦艦レパルスを撃沈した小沢治三郎と海軍のだれもがみとめていた。
 だが、司令官になったのは、機動部隊を創設した小沢ではなく、飛行機の素人だった南雲忠一だった。
 南雲は、決定的な作戦ミスをくり返して、勝てるはずのミッドウェー海戦を無惨な負け戦にして、それが、日本敗戦の引き金となった
 学歴主義(軍令承行令)によって、司令官が、小沢ではなく、南雲に回ってきただけの話だった。
 日露戦争では、元老院の西郷従道と海軍大臣の山本権兵衛が、連合艦隊司令長官に東郷平八郎を抜擢、東郷は、日本海海戦で、ロシアのバルチック艦隊を全滅させた。
 日米開戦の永野修身と真珠湾攻撃の山本五十六、ミッドウェー海戦のあとも指揮をとりつづけた南雲忠一と参謀長の草鹿龍之介。ノモンハン事件の服部卓四郎と辻政信。重慶空爆とガダルカナル島の戦いなど島嶼作戦を指導した海軍の米内光政と井上成美。盧溝橋事件、インパール作戦など、二度、三度、失敗をくり返した河辺正一と牟田口廉也、みな、旧日本軍の超学歴エリートたちであった。
 情けないことに、大方の日本人は、旧帝国大がのさばる「日本学術会議」を改革しようという菅首相の真意が読めないのである。
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