●国葬問題からひきおこされた分裂国家≠フ危機
安倍晋三元首相の国葬問題で、日本の国論がまっぷたつに割れている。
世論が分裂しているのではない。同じ日本人が右と左、伝統と革新、権威と権力、民族派や国際派などへ二分されて、水と油の関係になっているのである。
出席拒否をしるした国葬招待状をSNSに投稿して嘲る人々と、国家に尽くした指導者に哀惜の意をもって手を合わせる人々のちがいは、思想や信条ではなく、感性や価値観、人間性のちがいなので、永遠にわかりあうことはできない。
日本は、単一民族の伝統国家ではあるが、かならずしも、心一つというわけではない。じじつ、戦後、日本は、左右両陣営にわかれて、熾烈な闘争をくりひろげてきた。
そもそも、日本は、明治維新後、文化的に独立した独自の伝統国家ではなくなっている。明治維新は、国家改造クーデターで、薩長の下級武士がめざしたのは、西洋の専制国家で、大日本帝国憲法のモデルも、君主権が強かったプロイセン憲法だった。
ヨーロッパ化と帝国主義化によって、日本は、国際連盟体制において、世界五大強国の一つにのしあがった。
その一方、歴史や伝統にもとづいた日本独自の国体や文化や精神、習俗などが変質、形骸化、あるいは廃止された。
それが、ヨーロッパを真似た天皇の王制化や華族制度、武士階級廃止などの鹿鳴館文化で、当時、浮世絵の版木や刀剣、美術品などの伝統的な文化をただ同然で外国人に売り払うという自己否定的、自虐的風潮がはびこった。
第二次世界大戦の敗戦後も、同じことがおきた。日本は、皇国史観や神道をかなぐり捨て、アメリカ民主主義やGHQ憲法、ソ連共産主義を崇めたばかりか、敵性条項を掲げる「国際連合(戦勝国連合)」を政治の中心におこうという流れさえ生じた。
●日本の共産化を防いだ多元論的なあいまいさ
戦後、日本の国家構造は、左翼と中道右派という対立する二つの勢力にささえられてきた。
左翼は、ルソーやマルクス、ロックらの崇拝者で、かれらがもとめていたのは、革命のイデオロギーと共和制という人工国家だった。
共和制は、人民が国家を支配する政体で、直接民主主義の体制である。
ところが、共和制では、人民がつくったその政府が人民の上に君臨する。
国民主権をあずかった為政者が、国民主権の名目の下で国民を奴隷のようにあつかうからで、プーチンのロシアや習近平の中国を見れば、共和制がどんな体制かわかるだろう。
右派というのは、君主制の自由保守主義で、中道右派のことである。
政治手法として間接民主主義を採用する体制で、政党として、自由民主党のほか日本維新の会や国民民主党もふくまれる。
ちなみに、戦前の右翼が国家を構成する勢力にならなかったのは、GHQや左翼陣営の圧力によって、皇国史観や国家神道とともに潰されてしまったからだった。
それでも、日本が共産化しなかったのは、国体が護持されたからで、日本の歴史や伝統、政治体制は、天皇によってまもられたといってよい。
もともと、日本は、多元論の国で、あらゆるものに精霊をみいだすアニミズム的な心根をもっている。自然崇拝や八百万の神々への信仰、多様性と奥深さが日本人の心性で、それが和歌や俳句に反映されている。
それが日本特有のあいまい≠ウで、これが未定、未確定とうけとめられるのは、西洋の価値観が一神教的、一元論的だからである。
イデオロギーも、一元論で、元をただせば、一神教のキリスト教である。
一元論は正しいものが一つしかないので、革命と独裁の構図がうまれる。
左翼の根本思想は、暴力革命で、一元論である。かつての中核・核マル、赤軍や全共闘のような過激派から日本共産党、立憲民主党や社会民主党まで、憎悪をむきだしにするのは、敵を倒すことしか念頭にない闘争主義だからである。
じじつ、野党連合を志向する日本共産党は、昭和30年の六全協で武装闘争路線を放棄するまでは、殺人や放火をふくむ武装闘争路線をとっていた。
●愛国心というモラルからなりたっている政治
革命も民主主義も、政治理念ではなく、あくまで、方法論で、それがどんな政治的効果や意味、展望をもつか、一顧だにされない。
60年安保闘争の際、全メディアが、改正安保条約の内容には一言もふれることなく、連日、民主主義をまもれと叫んだのがその好例だろう。
中曽根康弘元首相は「政治家は歴史という法廷の被告人である」と明言を吐いたが、マスコミや世論は、その場かぎりの利害やスキャンダルを追うばかりで、政治家の歴史的な真価を問おうとしない。
安倍元首相の真価を問うならば、戦後、日本を独立国としてリードした最初の首相ということができるだろう。
その政治姿勢をしめしたことばが「戦後レジュームからの脱却」で、アメリカ依存から独立国日本へのたしかな足取りが「安保法制」「TPP」「自由で開かれたインド太平洋構想」だった。
安保法制は、独立国家としての体制を整えた独立宣言で、インド太平洋構想にまっ先にとびついたトランプ大統領が「二度とあらわれない指導者」と敬意を表したゆえんである。
TPPも、アメリカが離脱後、アメリカに右へ倣いの関係を破って、日本が主導権を握ったもので、現在では、中国までがTPPに歩み寄っている。
最大の功績が安倍元首相が提唱した「インド太平洋構想」で、日本が中心となった世界戦略にアメリカやオセアニア、インドなど13か国が参加したほか、イギリスなどヨーロッパの国々も高い関心を寄せて、日本の国際的地位を劇的に高めた。
多くの日本人が安倍の首相を不慮の死を悼むのは、日本を対米従属から脱却させ、日本を世界に誇れる国にしてくれた以上に、すぐれた愛国者だったからである。
国葬に反対している人々の共通点は、日本人としての心情や愛国心をもっていないことである。
左翼の目的は、国家転覆で、その武器は、国を愛する心ではなく、国家への憎悪である。
したがって、安倍元首相の愛国心や功績は、そのまま、憎悪の対象となる。
左翼反日にとって、安倍首相ほど憎悪を掻き立てる存在はないのである。
国家の指導者に必要なのは、国家や民族、同胞への憎悪ではなく、愛や情であることを、一人でも多くの多くの日本人に知ってもらいたいのである。
2022年09月25日
2022年09月12日
「うたのこころ」と日本人B
●名誉や誇り、分別や謙遜を否定する民主主義
安倍晋三元首相の国葬に反対する国民が半数をこえた。
反対理由の多くが「葬式を出せないヒトもいるのに16億円の国費を使って葬儀をおこなうのは不公平」「貧困に苦しむ子どもたちがいるのに税金をこんなことに使ってほしくない」などの個人的な感情論で、日本人の心が、ここまで貧しく、あさましくなってしまったのかと、驚きと悲嘆を禁じえなかった。
立憲民主党の辻元清美と蓮舫がSNSで、国葬の案内状に「欠席します」と記入した画像を載せ、支持者の喝采を浴びたが、義理と人情、道義の日本人の品性も堕ちたものである。
辻元も蓮舫も、戦後のアメリカ民主主義を最高価値と思いこんでいるファンダメンタリスト(原理主義者)で、歴史や伝統、習慣や常識、義理や人情に無関心などころか、そもそも、人間の心をもちあわせているのかどうかさえも疑わしい。
大方の日本人も、民主主義を叫んでいるうち、辻元や蓮舫のように、名誉や誇り、分別や謙遜を忘れ果て、個人的な欲望や権利、我執につきうごかされるちっぽけな人間になってしまったように思われる。
「女子と小人は養い難し(論語)」ということばがある。女性差別とされて評判はわるいが、ちっぽけな人間というのは、女性ではなく、小人のことである。
小人は、大人(たいじん)の対義語で、大人が名誉心や誇り、徳などの普遍的な価値をおもんじるのにたいして、小人は、生命や感情、目先の利益など個人的な価値にしか関心を寄せない。
●女性の生命感と男の使命感をむすぶうたのこころ
小人とは「うたのこころ」を知らないことで、人間や人生、そして、世界の構造を直観できなければ、うたを詠むことはできない。
女性が、個人的で個別的、私的な価値を大事にするのは、子を産む性として当然で、女性にとって、生命は、最大の価値である。
一方、男が、集団的にして全体的、公的な価値を大事にするのは、家や共同体をまもる性として当然で、それが「命より名をとる」という武士道の精神につながっている。
女性の生命感や個人主義的な感性と、男の名誉心や誇り、徳などの普遍的な価値観という異質なものを一つにむすびつけるのが、うたのこころで、日本の古人(いにしえびと)は、人生やこの世のこと、自然や恋愛を、すべてうたに託して、いわば、うたの世界を生きてきた。
万葉集や二十一代におよんだ勅撰和歌集、宮中歌会始や庶民の歌集や句集をあげるまでもなく、日本人がうたを愛してきたのは、この世も人生も「うたのこころ」にみちているからで、根本にあるのが自然崇拝やアニムズム、神話や神道などの多神教的な世界観である。
日本人が、他人にやさしく親切で、礼儀正しく人情に厚いのは、うたというゆたかな心性をもっているからで、日本人の心の機微や叡智、和の心の根っこに「うたのこころ」があることは、これまで、保田與重郎ら多くの文人歌人が指摘してきたとおりである。
●西洋はイデオロギー、日本は「うたのこころ」
一方、一神教、一元論の西洋は、二元論や多元論を、神と悪魔、理性と獣性の対比のなかでとらえて、一方を徹底的に殲滅しようとする。
それが十字軍の遠征から南米マヤ、アステカ、インカ帝国、アメリカインディアンにたいするジェノサイド(民族殲滅)で、一神教において、自然や他の生命は、絶対神ヤハウェが、神を信仰する人間にあたえ給うたただの生活材でしかなかった。
だが、日本の自然崇拝やアニミズム、神話や神道という多神教的な世界観においては、万物はわけ隔てなく存在して、その一つひとつが、ヒトの心をとおしてたちあらわれる。
それが、物と心、私と公、名と命をむすびつける唯心論で、うたは、矛盾や不条理にみちたこの世や人生を、二元論、多元論的に詠むのである。
大伴家持は、天皇の命令によって任務につく東男の防人を讃え、家で無事を祈り待つ妻の気持ちを推し量ってこう詠んだ。
「鶏が鳴く 東男の 妻別れ 悲しくありけむ 年の緒長み(万葉集/防人の歌)」
うたは、個人と集団、主観と客観、特殊と普遍などの「全体と個」の矛盾を詠むもので、防人と妻恋は、人生の宿命的矛盾である。
国をまもることと妻と離れることは、個と全体の矛盾だが、うたうことによって、その矛盾が人情や国土愛、文化という普遍的なものに昇華してゆく。
一方、西洋の一元論は、ロゴス主義で、モーゼの「十戒」に書かれているのは絶対神を絶対的に信仰せよ」とあるだけで、ほかは、刑法や民法の条文のようなものである。
そこに、一片の詩情も例外もないので、キリスト信者は、すべて、ファンダメンタリストにならざるをえない。この一元的な論理にのっているのが、辻元や蓮舫を筆頭とする国葬反対派で、かれらの単純な頭では、防人のさだめや悲しさが、軍国主義ハンターイのイデオロギーでしかない。
●橋本徹の「いのちを惜しんで祖国を捨てるべき」という愚論
ロシアのウクライナ侵攻に橋下徹はこういった。「4000万人国民は国家を捨てて難民になったほうが賢明である。そして、10年後、戦火のおさまったウクライナへ帰還運動を展開すればよいではないか」
橋下のこの愚論に世界中が呆れ返って、論評の対象にさえならなかった。
だがいのちと民主主義≠フ日本では、橋本の見解に賛同が集まった。
「世界価値観調査(WVS/電通総研)」がおこなった「もし戦争が起こったら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたのは、日本ではわずか13・2%で、調査対象国79か国中ダントツの最下位だった(下から2番目の78位=32・8%はたたかわずにソ連の属国となったリトアニア)。
世界は呆れたが、日本人は「日本が平和なのは憲法9条のおかげ」とおつにすましている。
国葬に反対するも同じ論理で、マスコミが国葬反対の音頭をとるのは、国葬によって、安倍神話ができると、安保法制が定着するからである。
日本を一人前の国家に仕立てた安倍首相が、民主主義の信奉者の天敵となるのは、かれらにとって、国家は「いのちと民主主義」の敵対者だからである。
それが橋本の「いのちを惜しんでウクライナ人は祖国を捨てるべき」という論理だが、いのちと民主主義を人質にとられると、人間は、名誉や誇り、愛や信義という社会性や普遍性を失った、仏教でいう餓鬼道の亡者になってしまう。
それでも、命あっての物種というのが、令和日本の風潮で、国家の功労者にたいする敬意よりも、じぶんのいのちや民主主義のほうが大事とあって、国家に尽くした安部元首相の国葬に反対するのである。
安倍晋三元首相の国葬に反対する国民が半数をこえた。
反対理由の多くが「葬式を出せないヒトもいるのに16億円の国費を使って葬儀をおこなうのは不公平」「貧困に苦しむ子どもたちがいるのに税金をこんなことに使ってほしくない」などの個人的な感情論で、日本人の心が、ここまで貧しく、あさましくなってしまったのかと、驚きと悲嘆を禁じえなかった。
立憲民主党の辻元清美と蓮舫がSNSで、国葬の案内状に「欠席します」と記入した画像を載せ、支持者の喝采を浴びたが、義理と人情、道義の日本人の品性も堕ちたものである。
辻元も蓮舫も、戦後のアメリカ民主主義を最高価値と思いこんでいるファンダメンタリスト(原理主義者)で、歴史や伝統、習慣や常識、義理や人情に無関心などころか、そもそも、人間の心をもちあわせているのかどうかさえも疑わしい。
大方の日本人も、民主主義を叫んでいるうち、辻元や蓮舫のように、名誉や誇り、分別や謙遜を忘れ果て、個人的な欲望や権利、我執につきうごかされるちっぽけな人間になってしまったように思われる。
「女子と小人は養い難し(論語)」ということばがある。女性差別とされて評判はわるいが、ちっぽけな人間というのは、女性ではなく、小人のことである。
小人は、大人(たいじん)の対義語で、大人が名誉心や誇り、徳などの普遍的な価値をおもんじるのにたいして、小人は、生命や感情、目先の利益など個人的な価値にしか関心を寄せない。
●女性の生命感と男の使命感をむすぶうたのこころ
小人とは「うたのこころ」を知らないことで、人間や人生、そして、世界の構造を直観できなければ、うたを詠むことはできない。
女性が、個人的で個別的、私的な価値を大事にするのは、子を産む性として当然で、女性にとって、生命は、最大の価値である。
一方、男が、集団的にして全体的、公的な価値を大事にするのは、家や共同体をまもる性として当然で、それが「命より名をとる」という武士道の精神につながっている。
女性の生命感や個人主義的な感性と、男の名誉心や誇り、徳などの普遍的な価値観という異質なものを一つにむすびつけるのが、うたのこころで、日本の古人(いにしえびと)は、人生やこの世のこと、自然や恋愛を、すべてうたに託して、いわば、うたの世界を生きてきた。
万葉集や二十一代におよんだ勅撰和歌集、宮中歌会始や庶民の歌集や句集をあげるまでもなく、日本人がうたを愛してきたのは、この世も人生も「うたのこころ」にみちているからで、根本にあるのが自然崇拝やアニムズム、神話や神道などの多神教的な世界観である。
日本人が、他人にやさしく親切で、礼儀正しく人情に厚いのは、うたというゆたかな心性をもっているからで、日本人の心の機微や叡智、和の心の根っこに「うたのこころ」があることは、これまで、保田與重郎ら多くの文人歌人が指摘してきたとおりである。
●西洋はイデオロギー、日本は「うたのこころ」
一方、一神教、一元論の西洋は、二元論や多元論を、神と悪魔、理性と獣性の対比のなかでとらえて、一方を徹底的に殲滅しようとする。
それが十字軍の遠征から南米マヤ、アステカ、インカ帝国、アメリカインディアンにたいするジェノサイド(民族殲滅)で、一神教において、自然や他の生命は、絶対神ヤハウェが、神を信仰する人間にあたえ給うたただの生活材でしかなかった。
だが、日本の自然崇拝やアニミズム、神話や神道という多神教的な世界観においては、万物はわけ隔てなく存在して、その一つひとつが、ヒトの心をとおしてたちあらわれる。
それが、物と心、私と公、名と命をむすびつける唯心論で、うたは、矛盾や不条理にみちたこの世や人生を、二元論、多元論的に詠むのである。
大伴家持は、天皇の命令によって任務につく東男の防人を讃え、家で無事を祈り待つ妻の気持ちを推し量ってこう詠んだ。
「鶏が鳴く 東男の 妻別れ 悲しくありけむ 年の緒長み(万葉集/防人の歌)」
うたは、個人と集団、主観と客観、特殊と普遍などの「全体と個」の矛盾を詠むもので、防人と妻恋は、人生の宿命的矛盾である。
国をまもることと妻と離れることは、個と全体の矛盾だが、うたうことによって、その矛盾が人情や国土愛、文化という普遍的なものに昇華してゆく。
一方、西洋の一元論は、ロゴス主義で、モーゼの「十戒」に書かれているのは絶対神を絶対的に信仰せよ」とあるだけで、ほかは、刑法や民法の条文のようなものである。
そこに、一片の詩情も例外もないので、キリスト信者は、すべて、ファンダメンタリストにならざるをえない。この一元的な論理にのっているのが、辻元や蓮舫を筆頭とする国葬反対派で、かれらの単純な頭では、防人のさだめや悲しさが、軍国主義ハンターイのイデオロギーでしかない。
●橋本徹の「いのちを惜しんで祖国を捨てるべき」という愚論
ロシアのウクライナ侵攻に橋下徹はこういった。「4000万人国民は国家を捨てて難民になったほうが賢明である。そして、10年後、戦火のおさまったウクライナへ帰還運動を展開すればよいではないか」
橋下のこの愚論に世界中が呆れ返って、論評の対象にさえならなかった。
だがいのちと民主主義≠フ日本では、橋本の見解に賛同が集まった。
「世界価値観調査(WVS/電通総研)」がおこなった「もし戦争が起こったら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたのは、日本ではわずか13・2%で、調査対象国79か国中ダントツの最下位だった(下から2番目の78位=32・8%はたたかわずにソ連の属国となったリトアニア)。
世界は呆れたが、日本人は「日本が平和なのは憲法9条のおかげ」とおつにすましている。
国葬に反対するも同じ論理で、マスコミが国葬反対の音頭をとるのは、国葬によって、安倍神話ができると、安保法制が定着するからである。
日本を一人前の国家に仕立てた安倍首相が、民主主義の信奉者の天敵となるのは、かれらにとって、国家は「いのちと民主主義」の敵対者だからである。
それが橋本の「いのちを惜しんでウクライナ人は祖国を捨てるべき」という論理だが、いのちと民主主義を人質にとられると、人間は、名誉や誇り、愛や信義という社会性や普遍性を失った、仏教でいう餓鬼道の亡者になってしまう。
それでも、命あっての物種というのが、令和日本の風潮で、国家の功労者にたいする敬意よりも、じぶんのいのちや民主主義のほうが大事とあって、国家に尽くした安部元首相の国葬に反対するのである。
2022年09月01日
「うたのこころ」と日本人A
●「うたのこころ」からつくられた日本の国体
万葉集や「勅撰和歌集(二十一代集)」には天皇や貴族から僧侶や防人、農民や遊女、読み人しらずまで、あらゆる階層の人々のおびただしい数のうたが載せられている。
世界史的にも例のないことで、その特性は、大きく三つに集約される。
一、天皇や貴族以下、各階層の人々のあいだに分け隔てがない
二、天皇から平民までが文字を使いこなしているばかりか、高いうたの素養をもっている
三、天皇や貴族が、武器をもっていくさをする代わりにうたを詠み、うたの選者となっている
この三つの要素が日本という国家のいしずえ(国体)をつくりあげているのはいうまでもない。
絶対王政がとられていた西洋では考えられないことで、かつて日本の政治が「君民共治」「君臣一体」であったことのあかしである。
日本が祭祀国家であったことは、古代から室町時代中期にいたる千年以上にわたって、権力抗争はあったものの、体制を転覆させるような戦争がなかったことからも明らかで、そのかん天皇の地位がゆらぐことはなかった。
古墳時代(250〜600年頃)ののちの飛鳥時代(592〜710年)と奈良時代(710年〜794年)にかけて万葉集が編纂されて、勅撰和歌集は、平安時代(「古今和歌集(905年)」にはじまって鎌倉時代、室町時代の初期「新続古今和歌集(1439年)まで延々と「二十一代集」にまでおよんだ。
「うたのこころ」が政治や権力をのりこえた稀有な例で、西洋のロゴスが神のことばで唯物論なら、日本のうた(和歌)は心のことばで、血がかよっている唯心論である。
唯物論や合理主義などの一元論が破綻するのは、内部にふくんでいる矛盾や不条理を解消できないからである。
ところが、人情や情緒をふくんでいるうたのこころは、矛盾や不条理をのみこんでしまう。
高き屋に 登りて見れば 煙立つ 民のかまどは にぎはひにけり(『新古今集』)
仁徳天皇のこの和歌が、ロゴス(理)ではなく、うたのこころ(情)だったからこそ、天皇がやまとの国をまとめる国父たりえたのである。
●人工的な権力は一元論、自然的な権威は多元論
識字率や文化レベルの高さと政治形態、国のかたちには密接な関係がある。
国民の識字率や文化の水準が高いのは、政治がすぐれているあかしである。
国民をいたぶって搾取する権力的な体制なら、国民は、獣のような生き方をしいられる。
うたをつくるどころか、生きることだけで精いっぱいだった中世ヨーロッパでは、庶民や貴族の多くが、読み書きどころか、じぶんの名前すらも書けない文盲だった。
ところが「うたのこころ」で天皇と民がむすばれていた日本では、民が権力から虐げられることがなく、農民や遊女までが天皇と並んでうたを詠んだ。
その背景にあったのが神話や自然崇拝、アニミズムで、それが「うたのこころ」に反映されて、江戸の俳句にまでひきつがれた。
日本が、神話と伝統、文化の歴史的循環をくり返す自然国家なら、ヨーロッパは、人工国家で、その象徴が、キリスト教や啓蒙主義、市民革命だった。
これらがすべて一元論なのは、人工的なものはすべて、一元論だからである。
ちなみに、自然的なものは、すべて多元論で、日本の自然観や宗教観、そして「うたのこころ」は多元論である。
絶対王政をうんだ「王権神授説」も人工的で、王権の正統性を神にもとめたヨーロッパの王室は、権力の系譜である。
そもそも、権力は人工的で、いくさや多数決、軍事力や財力、そして家柄も一元論である。
一方、権威は自然発生的で、権威の下ですべてが安定するのは、多元論的な自然はすべてを呑みこんで泰然としているからである。
矛盾がふきだして、混乱がもたらされるのは、一元論だからである。
一神教や啓蒙思想、改革や革命がことごとく失敗、あるいは決裂して争いがひきおこされるのは、矛盾や不条理をつつみこむふところの深さをもっていないからである。
社会保障を厚くすれば、勤労意欲が失われて、社会が衰弱する。社会をよくしようという努力がすべて裏目にでるのは、一元論だからである。
一方、自由な自然状態におかれると、社会が活気づく。
自然状態が、不公平や不平等、矛盾や不条理をのみこんでしまうからである。
この自然状態を語ることばが「うたごころ」で、たとえ、正義や真理はなくとも、自然状態には、忍耐や努力の報酬としてのよろこびや生の歓喜があるのである。
●「うたのこころ」が失われた日本の中世と近代
この日本的秩序が崩れだしたのが後醍醐天皇による「建武の新政(1334年)」からだった。以後、金閣寺の足利義満の悪政(1378年)から南北朝の合一(1392年)、「応仁の乱(1467年)」そして戦国時代と、日本の暗黒の中世も250年の長きにわたる。
「建武の新政」から南北朝の時代精神は「うたのこころ」ではなく、儒教的な大義名分論と君臣論であった。足利尊氏は逆賊で、南朝の楠正成や新田義貞が忠臣となって、のちに水戸学の尊皇攘夷運動や昭和軍国主義に援用されたのは周知のとおりである。
江戸時代は儒教(朱子学)一辺倒だったが「うたのこころ」をよみがえらせたのが賀茂真淵と本居宣長だった。
国学は馬淵の「万葉集」研究から興って宣長の「古事記」研究と源氏物語のもののあはれ≠ナ本格化した。
解読不能だった万葉集や古事記が現代人でも読めるようになったのは真淵や宣長の功績で、万葉集の賀茂真淵が「ますら(益荒男)をぶり」を、古事記や源氏物語の本居宣長が「たをやめ(手弱女)ぶり」を「うたのこころ」の神髄とした。
さらに、本居宣長は「からごころ(外国の心)」を排して「やまとごころ」をもとめて多くのすぐれた和歌を残した。
しきしまの 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花
だが、真淵や宣長の「うたのこころ」は、明治維新の文明開化によって空中分解する。江戸文化も国学も、西洋化ブームの前には形無しで、脚光を浴びたのは自由民権運動の板垣退助や「民約論」の中江兆民、脱亜入欧の福沢諭吉らだった。
17世紀、ケンペルの『日本誌』によってヨーロッパで日本ブームがおきたが、19世紀の日本は、鹿鳴館文化の西洋化一本やりで、天皇は、祭祀王でも勅撰和歌集の主宰者でもなく、ヨーロッパ的な君主となった。
ケンペルが、権力の幕府にたいして、権威とした天皇がヨーロッパ的な絶対君主になって、それが、昭和軍国主義までひきずられてゆく。
次回は血盟団事件の井上日召と決別した大東塾の景山正治が三浦義一とともに「うたのこころ」をとおして文化維新をもとめていった経緯をふり返りたい。
万葉集や「勅撰和歌集(二十一代集)」には天皇や貴族から僧侶や防人、農民や遊女、読み人しらずまで、あらゆる階層の人々のおびただしい数のうたが載せられている。
世界史的にも例のないことで、その特性は、大きく三つに集約される。
一、天皇や貴族以下、各階層の人々のあいだに分け隔てがない
二、天皇から平民までが文字を使いこなしているばかりか、高いうたの素養をもっている
三、天皇や貴族が、武器をもっていくさをする代わりにうたを詠み、うたの選者となっている
この三つの要素が日本という国家のいしずえ(国体)をつくりあげているのはいうまでもない。
絶対王政がとられていた西洋では考えられないことで、かつて日本の政治が「君民共治」「君臣一体」であったことのあかしである。
日本が祭祀国家であったことは、古代から室町時代中期にいたる千年以上にわたって、権力抗争はあったものの、体制を転覆させるような戦争がなかったことからも明らかで、そのかん天皇の地位がゆらぐことはなかった。
古墳時代(250〜600年頃)ののちの飛鳥時代(592〜710年)と奈良時代(710年〜794年)にかけて万葉集が編纂されて、勅撰和歌集は、平安時代(「古今和歌集(905年)」にはじまって鎌倉時代、室町時代の初期「新続古今和歌集(1439年)まで延々と「二十一代集」にまでおよんだ。
「うたのこころ」が政治や権力をのりこえた稀有な例で、西洋のロゴスが神のことばで唯物論なら、日本のうた(和歌)は心のことばで、血がかよっている唯心論である。
唯物論や合理主義などの一元論が破綻するのは、内部にふくんでいる矛盾や不条理を解消できないからである。
ところが、人情や情緒をふくんでいるうたのこころは、矛盾や不条理をのみこんでしまう。
高き屋に 登りて見れば 煙立つ 民のかまどは にぎはひにけり(『新古今集』)
仁徳天皇のこの和歌が、ロゴス(理)ではなく、うたのこころ(情)だったからこそ、天皇がやまとの国をまとめる国父たりえたのである。
●人工的な権力は一元論、自然的な権威は多元論
識字率や文化レベルの高さと政治形態、国のかたちには密接な関係がある。
国民の識字率や文化の水準が高いのは、政治がすぐれているあかしである。
国民をいたぶって搾取する権力的な体制なら、国民は、獣のような生き方をしいられる。
うたをつくるどころか、生きることだけで精いっぱいだった中世ヨーロッパでは、庶民や貴族の多くが、読み書きどころか、じぶんの名前すらも書けない文盲だった。
ところが「うたのこころ」で天皇と民がむすばれていた日本では、民が権力から虐げられることがなく、農民や遊女までが天皇と並んでうたを詠んだ。
その背景にあったのが神話や自然崇拝、アニミズムで、それが「うたのこころ」に反映されて、江戸の俳句にまでひきつがれた。
日本が、神話と伝統、文化の歴史的循環をくり返す自然国家なら、ヨーロッパは、人工国家で、その象徴が、キリスト教や啓蒙主義、市民革命だった。
これらがすべて一元論なのは、人工的なものはすべて、一元論だからである。
ちなみに、自然的なものは、すべて多元論で、日本の自然観や宗教観、そして「うたのこころ」は多元論である。
絶対王政をうんだ「王権神授説」も人工的で、王権の正統性を神にもとめたヨーロッパの王室は、権力の系譜である。
そもそも、権力は人工的で、いくさや多数決、軍事力や財力、そして家柄も一元論である。
一方、権威は自然発生的で、権威の下ですべてが安定するのは、多元論的な自然はすべてを呑みこんで泰然としているからである。
矛盾がふきだして、混乱がもたらされるのは、一元論だからである。
一神教や啓蒙思想、改革や革命がことごとく失敗、あるいは決裂して争いがひきおこされるのは、矛盾や不条理をつつみこむふところの深さをもっていないからである。
社会保障を厚くすれば、勤労意欲が失われて、社会が衰弱する。社会をよくしようという努力がすべて裏目にでるのは、一元論だからである。
一方、自由な自然状態におかれると、社会が活気づく。
自然状態が、不公平や不平等、矛盾や不条理をのみこんでしまうからである。
この自然状態を語ることばが「うたごころ」で、たとえ、正義や真理はなくとも、自然状態には、忍耐や努力の報酬としてのよろこびや生の歓喜があるのである。
●「うたのこころ」が失われた日本の中世と近代
この日本的秩序が崩れだしたのが後醍醐天皇による「建武の新政(1334年)」からだった。以後、金閣寺の足利義満の悪政(1378年)から南北朝の合一(1392年)、「応仁の乱(1467年)」そして戦国時代と、日本の暗黒の中世も250年の長きにわたる。
「建武の新政」から南北朝の時代精神は「うたのこころ」ではなく、儒教的な大義名分論と君臣論であった。足利尊氏は逆賊で、南朝の楠正成や新田義貞が忠臣となって、のちに水戸学の尊皇攘夷運動や昭和軍国主義に援用されたのは周知のとおりである。
江戸時代は儒教(朱子学)一辺倒だったが「うたのこころ」をよみがえらせたのが賀茂真淵と本居宣長だった。
国学は馬淵の「万葉集」研究から興って宣長の「古事記」研究と源氏物語のもののあはれ≠ナ本格化した。
解読不能だった万葉集や古事記が現代人でも読めるようになったのは真淵や宣長の功績で、万葉集の賀茂真淵が「ますら(益荒男)をぶり」を、古事記や源氏物語の本居宣長が「たをやめ(手弱女)ぶり」を「うたのこころ」の神髄とした。
さらに、本居宣長は「からごころ(外国の心)」を排して「やまとごころ」をもとめて多くのすぐれた和歌を残した。
しきしまの 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花
だが、真淵や宣長の「うたのこころ」は、明治維新の文明開化によって空中分解する。江戸文化も国学も、西洋化ブームの前には形無しで、脚光を浴びたのは自由民権運動の板垣退助や「民約論」の中江兆民、脱亜入欧の福沢諭吉らだった。
17世紀、ケンペルの『日本誌』によってヨーロッパで日本ブームがおきたが、19世紀の日本は、鹿鳴館文化の西洋化一本やりで、天皇は、祭祀王でも勅撰和歌集の主宰者でもなく、ヨーロッパ的な君主となった。
ケンペルが、権力の幕府にたいして、権威とした天皇がヨーロッパ的な絶対君主になって、それが、昭和軍国主義までひきずられてゆく。
次回は血盟団事件の井上日召と決別した大東塾の景山正治が三浦義一とともに「うたのこころ」をとおして文化維新をもとめていった経緯をふり返りたい。