2008年11月17日

日本は世界経済をリードできるB

 ●自由主義・リベラリズム・新自由主義
 自由主義の四文字ほど、日本人に、誤解されてきたことばはない。
 そもそも、自由ということばが、曲解されている。
 日本で、自由といえば、何をするのも勝手というふうに理解されている。
 だが、自由には、そんな意味はない。
 自由には「個人的自由」と「社会的自由」があり、一方の自由が拡大されると、一方の自由が縮小するので、手放しで、片一方の自由を謳歌するわけにはゆかないのである。
 権力者に生命や財産を奪われない自由、というのが自由の原義で、それに、自然権がくわわる。
 自然権というのは、国家からあたえられる以前にそなわっている本能的・文化的・社会的自由で、生存権がこれにあたる。
 基本的人権や国民の諸権利、思想・投票・言論・信教の自由は、国家が保証するものなので、自然権とはいわない。 
 そうすると、自由は、生命と生存、財産を何ものからも奪われない自由に限定される。 
 自由の枠が小さいのは、個人的自由と社会的自由が、対立するからである。
 個人の自由が拡大すると、社会に混乱が生じる。これは、社会的自由の束縛にあたるので、個人の自由が制限される。逆また然りで、法や条例などで社会的自由を拡大すると、個人的自由が束縛される。
 ところが、日本では、制限つき自由=自由主義を「何をするのも勝手」という意味にねじ曲げられている。
 共産党のデマゴギーである。
 個人の自由領域をひろげるほど社会的自由の領域が狭まるので、個人の自由が制限をうける。それを逆手にとって「自由を奪われた人民の怒り」や「もっと自由を」というスローガンを立て、革命前夜の危機的な情況をつくりだそうというのである。
 自由主義が個人の自由を制限する内容をふくんでいることは、自由主義の英訳であるリベラリズム(リベラル)が、社会主義的な傾向をはらんでいることからも、明らかであろう。
 リベラルは、個人的自由よりも、社会的自由(平等や公正、公共性)を優先させる。
 この社会的自由という観点が、日本の自由観から、すっぽり、抜け落ちている。
 たとえば、国益は、最終的に、国民の利益につながるので、リベラルの立場に立つと善である。
 ところが、日本の自由主義では、国益や公共性が視野にはいっていないため、国家は個人の自由を束縛する悪となる。そこから、憲法は、政府を監視するものという、本末転倒な考え方がでてくる。
 自由にたいする無知と錯覚が、日本人の政治意識を十八世紀のアダム・スミスのレベルにおしとどめているのである。
 それが、もろに反映されたのが、新自由主義をふりかざした小泉改革だった。
 新自由主義は、反(非)リベラリズムで、アダム・スミスへの先祖返りである。
 法的・制度的・政治的制約を取り去って、自己責任のもとで、好き放題に何をやってよろしい、というのは、個人的自由から社会的自由へ洗練されてきた自由観念の後退である。
 新自由主義における民営化や規制緩和、自己責任、放任主義は、資本(企業)の自由を担保する一方、国民・消費者・勤労者の社会的自由を阻害する。
 社会の競争が激しく、自殺者が三万人もでるのは、社会的自由が乏しいからである。
 ちなみに、新自由主義では、民主主義や平等も破壊される。
 民主主義や平等は、自然権ではなく、人為的につくられた制度なので、法や規制が弱まった弱肉強食の世では、有名無実となるのである。
 自由主義やリベラリズム、新自由主義は、もともと、経済用語で、自由主義はアダム・スミスの自由放任(個の自由)、リベラリズムは規制主義(社会的自由)、新自由主義は規制撤廃(個の自由)の揺り返しである。
 そこで、現在の不況についていえば、世界中に蔓延した新自由主義の弊害である。
 これには、1929年の大恐慌というモデルがある。
 大恐慌の原因は、第一次大戦後、アメリカで爆発的ブームになったオートメーション化だった。工場で、機械化と流れ作業による大量生産が可能になり、企業の利益は増大したが、多くの労働者がリストラで職を失った。
 資本(企業)が太っても、国民・消費者・勤労者が、貧困化すれば、商品が売れなくなって、経済活動は、広範囲にわたって、停滞する。
 同じことが、現在、世界中でおきている。
 リストラや規制緩和、合理化や効率化で、資本(企業)の環境がよくなったが、弱者である国民・消費者・勤労者が貧困化したため、実体経済のスケールが縮小してしまったのである。
 恐慌は、犯罪と同様、ゆきすぎた自由主義から生じるのである。
 資本・企業といえども、個である。個の自由を拡大したため、社会的自由(国民の貧困からの自由)が阻害されて、日本もまた、出口のない不況に立ちすくんでいる。
 自由主義・リベラリズム・新自由主義にたいする無知が、社会的混乱ばかりか、経済にまで悪影響をおよぼしているのである。
 
  
posted by office YM at 20:35 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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