2006年12月11日

筋をとおした平沼と中川幹事長の支離滅裂

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 筋をとおした平沼赳夫と筋がとおらない中川秀直

 郵政造反組の自民党への「復党問題」は、平沼赳夫元経済産業相を除く11人が党にもどることで一応の決着がついた。
 11人は、中川幹事長がもとめた誓約書を提出して復党をみとめられたが、同書の提出を拒絶した平沼の復党は、見送りとなった。
 誓約書の内容は、表向きは@郵政民営化をふくむ政権公約の順守と安倍政権への支持A党則順守と党員義務の忠実な履行B反党行為への反省、の三つだが、実際には「違反した場合、議員を辞職する」という項目があった。
 平沼はこれに反発した。当然である。議員選出は、代議士と有権者のあいだでおこなわれる政治行為であり、自民党という政党への所属とは、次元が異なる。議員の辞職というのは、有権者や後援会にかかる問題であって、所属政党がいえるのは、離党勧告か、せいぜい、除名までであろう。
 中川は、なにか、カンちがいをしているのではないか。かれが、自民党の党規や党則をもって、議員資格まで問うことまでできると思っているなら、政治と選挙のなんたるかを知らない者が、安倍政権の幹事長をつとめていることになり、じつに、心もとない。
 そもそも、法案に反対する党の候補者を公認せず、「刺客」をぶつけるという前代未聞の郵政総選挙は、小泉前首相のファシスト的手法だったのであり、その主がいなくなったところで、元にもどらなければ、自民党は、本当のファシスト政党になってしまう。
 復党というのも、おかしな話で、無所属で当選したら、本来、次の選挙で「公認候補」として当選するまで、鞍替えはゆるされない。復党願の提出をもとめ、離党議員が応じ、自民党がこれを受理すること自体、ご都合主義である。
 無所属のままでは、政治資金規正法の定めで企業・団体献金を受けられず、政党交付金も(十一人分、二億五千万円)はいってこないのにくわえ、全国二十九の一人区のうち、五つの選挙区に造反議員(八人)をかかえていれば、来夏の参院選挙に不利という判断がが、党や復党議員にはたらいたのも、同様に、ご都合主義である。
 ご都合主義でも、筋さえとおっていれば、かまわない。かつての自民党は、ふところの深さで支持を集めた。共産党のような教条主義では、国民が不幸になるが、ご都合主義が国益や国民のためになれば、それが、ふところの深さである。
 ただ、それも、筋がとおっていなければ、腐る。
 造反議員の復党という、選挙民に甘えた安易な方法をとる一方、中川が、小泉のファシスト的手法を真似て、議員辞職まで口にしては、筋がとおらない。
 もともと、平沼とライバル関係にある。といっても、中川のやり方は、支離滅裂である。小泉が、ファシスト的な手法をとることができたのは、背景に、カリスマ的な人気があったからだが、中川には、その筋さえ、わかっていない。
 一方、平沼は、最後まで筋をとおした。郵政民営化の反対はともかく、自民党からの離党や復党について、そのつど、地元で説明をおこない、あるいは、地方後援会の代表者を呼んで、協議をかさねている。
 その上で、11人の説得をうけいれて復党願を提出したが、筋のとおらない誓約書は、拒んだ。平沼は「みなさん(造反組議員)との付き合いもあるので復党願は提出したが、屈辱的な誓約書は書けない。おそらく受理されないでしょう」とのべたが、それが、筋をとおすということである。
 郵政民営化の是非が唯一の争点だった先の総選挙で、十二人は「反対」を掲げて当選した。ところが選挙後、十一人は、民営化法案賛成に転じ、誓約書を書いて復党した。自民党からつき離されたのは、平沼だけだが、最後まで政治信条をつらぬいた政治家としてのふるまいは、もっと評価されてよい。
 安倍政権の支持率が、急速にしぼんできたのは、安倍の影が薄く、中川という不人気な人物が幹事長をつとめているからであろう。
 小泉のファシスト選挙によって、安倍首相と平沼幹事長、という、最強コンビが水泡に帰したことが、かえすがえすも、惜しまれる。
posted by office YM at 13:56 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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