2017年05月10日

 北朝鮮危機と米中の新時代C

 ●ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代が幕開け
 かつて、日本は、米・中・ロを相手に大東亜戦争をたたかった。
 このときの欧米とりわけアメリカの日本にたいする敵愾心は尋常なものではなかった。
 人類史上、最悪の大量虐殺である原爆投下が、ルーズベルト、トルーマンという二人の大統領によって計画され、実行に移されたことからも、アメリカの日本にたいする憎悪の深さが測れよう。
 その理由の一つに、アジアの東端、太平洋の西端に位置する日本の地政学的な特殊性をあげることができる。
 アメリカにとって、日本は、太平洋の権益を争うライバルで、中国進出への最大の妨害者だった。
 ロシアや中国にとっても、日本列島は、太平洋進出を妨げる障害である。
 一方、海洋国家である日本は、海を隔てて隣接する中・朝や海路をとおして東南アジアや西太平洋に大きな影響力をもちうる。
 それが大東亜・日米戦争の原因で、日本は、第一次大戦後、西太平洋を支配下におさめ、満州国を建国後、支那で主導権を握り、東南アジアからインドにまで手をのばしつつあった。
 これに猛烈な嫉妬心を燃やしたのがルーズベルトで、石油の禁輸を軸とする「ABCD包囲網」をつくりあげ、蒋介石やスターリンに接近して、日本壊滅戦争を画策する。
 真珠湾攻撃以前に中国から日本への都市を空襲しようとした「フライイングタイガー作戦」や日本から開戦以外の選択肢を奪った「ハルノート」はルーズベルトの謀略で、米議会は、戦後まで、この事実を知らされていなかった。

 日本は、中国を侵略したされるが、辛亥革命(1911年)で清朝を倒した孫文や後を継いだ袁世凱の死後、支那は、軍閥内戦、国民党内戦、国共内戦が熾烈をきわめる内乱状態にあった。
 北洋軍閥(北京政府)や南方革命派(広東政府)の攻防のほか各省で軍閥や匪賊が争うなか、台頭してきたのがコミンテルンの支援をうけた毛沢東らの共産勢力で、これが現在の北京政府にひきつがれた。
 日本は、孫文の二人の後継者のうち、親米派の蒋介石(重慶政府)ではなく親日派の汪兆銘(南京政府)を支援して、軍事介入する。
 その背景にあったのが、列強を排して、アジアの独立自営をめざす大東亜共栄思想だった。
 日本が石油の禁輸に苦しむのも、アジア全域の貧困も、列強の掠奪や圧力によるものだが、アジアには、日本をふくめて、アジア全体を豊かにする資源や生産能力、文明がそなわっている。
 この考え方がアジア主義で、のちのアジア独立運動につながっていく。
 植民地解放や独立には、武力闘争以外に方法がないが、武士の国だった日本には、アジア解放を実現できるゼロ戦や戦艦大和の技術力と神風特攻隊の戦意があった。
 東南アジアの人々は、日本人の勇気と智恵に学んで、独立を勝ち取ったのである。

 現在も、当時の地政学的、文明的な条件は、当時と変わってはいない。
 変わったのは、日・米・中・ロの力関係だけで、中国の躍進に貢献したアメリカが、中国革命と米ソ冷戦、朝鮮戦争ののち、手の平を返して、日本と同盟関係(日米安保条約)をむすんだ。
 この軍事同盟は、日米のみならず、アジアの安定にも有効で、日米安保がなかったら、アメリカは米ソ冷戦に勝つことができず、中国の覇権主義に歯止めをかけることができなかったろう。
 日本の地政学的ポジションと国家的なプレゼンスは、敵に回すと脅威である一方、味方にすれば大きな戦力になる性質のもので、日米安保は、アメリカにとって世界戦略の重要な要になっている。
 かといって、日米関係が、米英関係のような強固な盟友関係になりうるかといえば、かならずしもそうではない。
 ニクソン大統領の訪中準備のために訪中したキッシンジャー大統領特別補佐官は、中国の周恩来首相(1971年)との極秘会談で、「日米安保条約は日本の軍事大国化を防ぐためのものという瓶のふた論≠展開した。
 このときキッシンジャーは「日本が再軍備拡張計画をすすめるなら伝統的な米中関係が再びものをいうだろう」とも発言している。
 この発言の意味するところは、日米安保条約は便宜上のもので、アメリカにとって、中国こそがアジアの盟友だという宣言で、それが伝統というのである。
 公開されたキッシンジャーの発言は、日本に衝撃をあたえたが、大きな示唆をふくんでもいる。
 それは、アメリカを敵に回してはならないということである。
 中国やロシアにたいしても同様で、日本が戦争にふみきれば、米・ロ・中が一丸となって襲いかかってくる。
 日本を属国化することのメリットがはかりしれないからで、日米安保条約が失効したら、尖閣列島・沖縄海域の南シナ海化≠ェ目に見えている。
 日本にとって、アメリカを盟友にしてロシア・中国を牽制するのがもっともすぐれた戦略で、他の選択肢はない。
 安倍首相が、1項と2項を残したまま、憲法9条に自衛隊の存在を明記する提案(3項)をおこなったという。
「戦力不保持」「交戦権の否定」(二項)は自衛隊明記との整合性を欠き、国家主権の否定につながるので論外だが、「戦争放棄」(一項)については、残したままでよい。
 その代わりに「日本国政府は国民の生命と領土をまもる無制限の権利をもつ」という一項(4項で)を追加すべきだろう。
 無制限のなかに核報復≠ェふくまれるのはいうまでもない。
 日本には戦争という選択肢はないが、報復までを放棄したわけではない。
 戦争を放棄するが、報復戦力に制限がないとすれば、、平和主義と戦力保持のあいだに矛盾が生じない。
 日本が核をもったとき、ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代が幕開けするのである。

posted by office YM at 14:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする