2017年06月26日

 万世一系と「女系天皇・女性宮家」A

 ●易姓革命を防いだ聖俗%元体制
 皇位や皇統は神事で、世俗の政治や制度と同列に語ることができない。
 皇統の男系相続も、神事のしきたりで、俗説をもって、聖域を論じることができないのは、神を合理で語ることができないのと同じ話である。
 東大法卒でハーバード大学留学、検察官だった民進党の山尾志桜里が皇統の男系男子を「合理的な根拠がない」とのべたのは、俗論以下の暴言というしかない。
 秘書に暴言を浴びせかけ、暴力をふるい、自民党を離党した豊田真由子議員も、東大法卒でハーバード大学留学、厚労省高級官僚という同じような経歴をもっている。
 このことから、合理が俗説や暴論の範疇にあることが容易にみてとれる。
 合理の結晶が革命で、共産主義が虐殺と腐敗、圧政などの暗黒性しかもたらさなかったことはだれもが知っている。
 科学も合理だが、現代文明をつくりあげたのは、数学や技術の数千年におよぶ歴史的蓄積で、同じ合理でも、歴史を破壊した上に成り立つ革命とは、むいている方向が逆である。
 合理と伝統は、裏と表の関係で、おおよそ物事は、合理で説明のつくものとつかないものが渾然一体となって成り立っている。
 ところが、東大卒やハーバード留学などのインテリ馬鹿は、すべて、合理で説明がつくと思っている。
 天皇や皇統をめぐる議論は、歴史的価値を尊重する人々と合理しか見えない者たちたちの争いで、世界最古の木造建築である法隆寺を壊して、近代建築に建て替えろという合理主義者にたいして、伝統や歴史の価値を説いたところでラチが明かない。
 男系相続という、合理を超えた伝統的価値を理解することができないからである。

 共同体(国家)も、科学と同様、伝統という合理を超えた土台をもっている。
 それが祭祀で、宗教的結束からできあがった祭祀国家の形態を維持しているのが伝統国家である。
 祭祀を司る天皇の下で、摂政や関白、征夷大将軍、幕府、政府と権力構造が移ろってきたのがわが国の歴史で、日本は、世界最古の宗教国家でもある。
 戦後、キリスト教などの一神教のみを宗教として、日本を無宗教国家、日本人を無神論者ときめつける風潮がはびこったが、とんでもない話である。
 人口にたいする宗教施設(神社や仏閣)は世界一で、初詣や七五三、供養や法事など国民生活に密着する宗教的行事の多さも比類がない。
 キリスト教などの一神教は啓示宗教で、神話やアニミズム、汎神論にもとづく神道は自然宗教(崇拝)である。
 そして、神道と習合した大乗仏教は、集団宗教である神道にたいして、個人宗教で、釈迦の死生観は、西洋哲学に大きな影響をあたえた。
 日本人の素朴な信仰心にもとづく国体の上に、政体という権力構造がのっているのが、伝統国家・日本の国の形である。
 日本を無神論国家という強弁は、祭祀(国体)を無視して、権力構造(政体)だけに目をむけさせようという魂胆で、国体の破壊をもくろむ左翼の論法である。
 政体をひっくり返すのが革命で、中国の易姓革命も西洋の市民革命も、そのたびに、王や皇帝ともども、一族や前政権をささえた人々が皆殺しにされた。
 日本が祭祀国家の形態をとって、国体と政体を切り離したのは、易姓革命を避けるためで、日本で政変がおきても、権力構造が代わるだけで、祭祀国家の頂点にいる天皇になんの動揺もなかった。

 そこに、皇統が男系相続となった最大の理由がある。
 男系相続であれば、父から父へたどる系図が一本道なので、争いがおきない。
 ところが、母から母へたどる系図では、入り婿という形で、権力者が入ってくる可能性がある。
 女系相続では、女帝の孝謙天皇(重祚して称徳天皇)に仕えた道鏡や次男の義嗣を天皇にして治天の君(上皇)になろうとした足利義満のような野心家を、皇統の純血性から排除できないのである。
 古代から皇統の男系相続を貫いてきたのは、天皇の血統に他の男系の血統を入れないためで、その智恵が、結果として、神武天皇のY遺伝子が純粋な形で今上天皇まで引き継がれた。
 女系相続では父親由来のY遺伝子、男系相続では母親由来のミトコンドリアが、それぞれ途切れる。
 ミトコンドリアにそって、女系遺伝をたどっていけば人類の始祖というべき一人の女性(「ミトコンドリア・イブ」)にゆきつくという仮説に科学的根拠があたえられたのが2000年(ネイチャー・ジェネティクス誌)である。
 同じ論理で、Y遺伝子にそって、男系遺伝をたどっていけば、天皇の始祖である神武天皇にゆきつく。
 といっても、二六七七年の伝統国家をささえてきたのは、皇統維持に男系を選択して、その原則をまもりとおしてきた日本人の叡智と宗教的信念で、科学的な根拠は、現代人があとから付けた理屈にすぎない。
「皇位の男系男子継承は女性差別である(小林よしのり)」や「女性尊重の時代に天皇陛下だけ例外というのはおかしい(二階俊博幹事長)」というのは、現在の価値観をもって歴史をながめる態度で、ノーテンキもはなはだしい。
 現在は過去の積み重ねで、過去の出来事や価値観も現在にひきつがれている。
 平安時代に成立した能(能楽)が古いからといって、現代風なジャズをとりいれるのは、改革ではなく、ただの伝統破壊である。
 次回は、皇統や男系の血統に歴史的実証性や科学的根拠がないという愚論を批判しよう。
posted by office YM at 14:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする