2017年06月29日

 万世一系と「女系天皇・女性宮家」B

●混乱している「皇統」と「家系」
 歴史学者ですら「皇統」と「家系」の区別がつかない者が少なくない。
 嫡子がいなかった武烈天皇(25代)のあとを継いだ継体天皇(26代)が、応神天皇(15代)の5代末裔であることをもって、王朝交替があったなどというのがそれである。
 同一王朝なら、桓武天皇(50代)から5代末裔の平将門が天皇になるようなもので、ありえない話というのである。
「皇統」と「家系」を混同して、代を重ねるごとに血統の純粋性が失われると思っているのであろう。
 便宜上、X染色体とY染色体を例にとって話をすすめよう。
 男性の染色体がYXで、女性がXXである。
 Y染色体を継承するのが皇統で、X染色体をひきつぐのが家系である。
 Y染色体は男性だけに継承されるので、父方をさかのぼっていけば、祖先の男性にゆきつく。
 ところが、X染色体の母方をさかのぼっていっても、無限数の女性の祖先があらわれるだけで、祖を特定することはできない。
 男性も女性もX染色体をもっているからで、代をかさねるごとに男女両方のX染色体が累々と混交して、いわゆる「血が薄くなる」という現象がおきる。
 Y染色体がいくら代をかさねても、他のY染色体と混交しないのは、女性がY染色体をもっていないからである。
 神武天皇のY染色体は、継体天皇にも平将門にも、純粋な形でひきつがれていたのである。

 応神天皇から継体天皇までは、若野毛二派皇子〜意富富等王〜乎非王〜彦主人王とすべて男性だが、桓武天皇と平将門の5代のあいだに女系(入り婿)が混じっていれば、将門には皇位の継承権がなかったことになる。
 神武天皇のY染色体が入り婿のY染色体にすりかわってしまったからである。

 皇統は一本の樹木にたとえることができる。
 傍系が枝で、どの枝(系列)も、神武天皇のY染色体を継承している。
 今上天皇の系列は、光格から仁孝、孝明、明治、大正、昭和の各天皇へつらなる閑院宮家(東山天皇の第六皇子閑院宮直仁親王が創設)という枝である。
 この枝は、後桃園天皇(118代)に直系男子がいなかったため、閑院宮家二代目典仁親王の皇子が光格天皇として即位したのがはじまりである。
 閑院宮家の創設(1710年)にうごいたのが、皇統存続に危機感を抱いた新井白石で、傍系が皇籍離脱(出家)するしきたりを枉げ、皇位継承ができる世襲親王家(伏見宮・桂宮・有栖川宮)に閑院宮をくわえた。
 閑院宮家という枝を折っていたら、皇統が絶えかねなかったところに皇室の危うさがあり、徳川家も、家康直系の尾張と紀州、水戸の御三家があったために、七代将軍家継が8歳で死去して本家が断絶しても、紀州の徳川吉宗が八代将軍に立って、血統がまもられた。
 メディチ家やハプスブルク家など名家・名門から成るヨーロッパの王位継承順位が、他国の王室までまきこんで、驚くほどの数にのぼっているのは、内乱や戦乱が多かった名残で、血統をまもるため幾重にも保険をかけたのである。
 世襲による血統の維持、とりわけ男系相続はきわめて困難で、男子が生まれなければ、日本の皇室の場合、たちまち、皇統断絶の危機にさらされる。

 戦後の日本統治に天皇を利用したGHQが、皇室の将来的な廃絶を意図していたことは、11宮家の臣籍離脱を強要し、皇室の財産を没収したことからも明らかであろう。
 象徴天皇は、天皇を憲法上の存在へ変質させ、皇室典範を憲法に組み込むことだったのである。
 11宮家が廃止となって、51人が皇籍を離脱したのち、皇統維持に必要な皇族は、昭和天皇の直宮3宮家(秩父宮・高松宮・三笠宮)だけとなった。
 重臣会議の席上、鈴木貫太郎首相が「皇統が絶える懸念はないか」たずねると、加藤宮内次官は「国民がみとめるなら、かつての皇族のなかにふさわしいかたがおられる」「(旧皇族には)皇位を継ぐべきときがくるかもしれないとの自覚のもとで身をお慎みになっていただきたい』と返答している。
 また、赤坂離宮でのお別れ晩餐会では、昭和天皇から「身分は変わるようになったけれども、わたしは今までとまったく同じ気持ちをもっている」というおことばがあった。
 皇室と11宮家の交流は、菊栄親睦会をつうじていまもつづき、ェ仁親王は「わたしのなかには皇族と元皇族の垣根はありません」と語ってもおられる。

 皇室典範第二条(「皇位は左の順序により皇族にこれを伝える」)のなかに「前項各号の皇族がないときは、皇位は、最近親の系統の皇族にこれを伝える」とある。
 この文章を「皇族もしくは旧皇族」と書き換えることで、皇統の継嗣問題は一挙に解決する。
 臣籍降下した11宮家を皇統維持の枠から除外している条項はこの一行だけある。
 女性天皇などもちださずとももしくは旧皇族≠フ7文字をくわえるだけで皇統の男系男子はまもられるのである。
 旧皇族の皇籍復帰が望ましいが、それには野党やマスコミ(日本マスコミ文化情報労組会議)が猛烈に反対するであろうし、保守系のなかにも、一般人になったひとが天皇になることには違和感があるという意見が少なくない。
 そこから、天皇の内親王が天皇になる「女性天皇」論が浮上してくる。
 女性天皇から、その皇子が新たな天皇になる女系天皇へは一本道である。
 そのとき、神武天皇の血統が絶え、天皇の祖先が別の樹木に移る易姓革命がおきる。
 神武天皇の男系直系である旧皇族の皇籍復帰には違和感があって、Y染色体をひきつがない女性、女性宮家の入り婿になった一般人男性が天皇になるのに違和感がないというのはとおる話ではない。
 次回は、女性天皇を中継ぎにしながら男系相続がまもられてきた歴史を振り返ってみよう。
posted by office YM at 09:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする