2017年08月07日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」D

 ●日本独自の歴史観をつくれない悲劇
 三内丸山遺跡は、縄文都市で、縄文人は太平洋を股にかける海洋国際人でもあった。
 毛皮を身にまとい、森で小動物を追いまわしていたとする縄文人観は一日もはやく払拭したほうがよい。
「縄文時代」以前を「石器時代」、縄文時代以後を「弥生時代」と呼ぶのは旧い常識だが、三内丸山遺跡は、この常識をも覆した。
 縄文時代は、たんなる時代区分ではなく、世界四大文明を凌駕する人類最古の文明だったのである。
 ところが、膨大な予算と組織をもつ文化審議会(文化財分科会)は、縄文文化が世界四大文明に先駆ける古代文明のであることをみとめようとしない。
 世界文化遺産登録をめざす「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、4年連続で国内推薦を見送られたのはそのせいで、縄文人を原始人とみなす文化審議会の石頭が引退しないかぎり、三内丸山遺跡の世界文化遺産登録は、関係者のかなわぬ夢で終わるだろう。
 さて、その縄文人はどこからきたのか。
 歴史教科書は、日本が大陸と陸続きだった時代、大陸からやってきた人々が日本人の祖先になったと説明する。
 そして、中国が父で、朝鮮が兄、日本が末子という固定観念を捨てることができない日本の歴史家は、文明が、中国から朝鮮半島を経て日本へつたわったという自虐史観をふりまわす。
 日本独自の歴史観がうまれてこないのは、韓国や中国の歴史観とすりあわせるのに懸命で、日本の縄文文明の核心を見ようとしないからである。
 それどころか、韓国や中国の歴史ねつ造につきあい、あっちこちで辻褄の合わないことになって、貝のように沈黙するだけである。

 日本の歴史学者は、稲作が、弥生時代、朝鮮半島からつたわったと主張してきたが、実際は、その逆だったことは、本ブログBですでに指摘した。
 そして、こんどは任那の存在について、韓国と日本の歴史家の大嘘がバレた。
 戦前の日本の歴史教科書には、朝鮮半島南部の地域が任那と記され、日本が半島の一部を支配していたという歴史観が明治時代から60年間つづいてきた。
 ところが、この記述は、韓国側からのクレームで見直されて、任那があった伽耶地方は「小さな国に分かれていた」という意味不明な表記に変更された。
 むろん日本の支配下にあったなど一言も触れられていない。
 日本が朝鮮半島を支配した事実を否定する韓国の歴史ねつ造に日本が従ったのである。
 1990年以降、朝鮮半島の南部で13の前方後円墳が発見されている。
 韓国の歴史学会やマスコミは、一時、日本の前方後円墳のオリジナルは朝鮮半島にあったと大騒ぎしたが、これらの古墳が、五世紀末から6世紀につくられたものとわかって、調査を中断、なかには古墳を破壊してしまったケースもあったという。
 日本に4800基ある前方後円墳は、3世紀からはじまって、6世紀末にはつくられていない。
 大和朝廷の全国統一が完了したからである。
 このことから、前方後円墳が、大和朝廷の勢力範囲を示すモニュメント的な建造物だったとわかる。
 大和朝廷に服する意思表示として、あるいは、大和朝廷の一員であることを内外に示す証として、大和朝廷の高官や豪族、支配権を与った首長などが判で押したように前方後円墳をつくったのである。
 韓国南部で前方後円墳がみつかったのは、日本府があった任那で、この地に前方後円墳があったということは、大和朝廷の勢力範囲が半島南部(伽耶)の全域におよんでいた何よりの証拠である。
 日本の歴史学者はこれを何と説明するおつもりか。
 日本が、伽耶地方の任那に日本府をおき、百済と同盟関係をむすんだ理由の一つに中国南朝 (宋・斉・梁・陳)とその後の隋との関係をあげることができる。
 日本と南朝、隋との外交関係に欠かせなかったのが、海洋経路の途中にある伽耶と百済だった。
 当時、南朝や隋、百済は、大国で軍事国家だった高句麗の脅威にさらされており、日本も高句麗と戦火を交えている。

 聖徳太子が隋の煬帝に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」(607年)という国書を小野妹子にもたせ、怒りを買った(帝覧之不悦)といわれるが、卑屈な憶測にすぎない。
 隋にとって日本は、ともに高句麗を敵とする同盟国であって、そんなことに腹を立てる余裕などなかったはずで、事実、隋は、10年後、唐に滅ぼされて(618年)いる。
 唐・新羅連合軍は白村江の戦いで百済復興を目指す百済遺民と日本の連合軍を破る(663年)と668年には高句麗を滅ぼしている。
 日本が朝鮮半島に領土をもっていなければ、国境を破って、新羅の朝貢国にしたり、高句麗と戦ったりできるはずはないが、日本の歴史家は、伽耶地方の日本統治や任那の日本府をいまなお否定しいる。
 韓国側から「申し入れがあったから」というのだが、そこに、本ブログの第二のテーマである「神道・仏教・儒教」の葛藤がある。
 中国を父、朝鮮を兄としてみる日本の卑屈な態度の根底にあるのが儒教である。
 次回以降、「神道・仏教・儒教」の葛藤へと論旨をふりかえていこう。

posted by office YM at 07:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする