2017年08月09日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」E

 ●宗教的宇宙観が異なる儒教と仏教、神道
 儒教の背後にある観念論を漢意(からごころ)≠ニして徹底的に批判したのが本居宣長である。
「中国には仁や義、礼など立派な教えがあるが、人々は憎みあい、戦争ばかりしているではないか」というのである。
「物の理(ことわり)は、仕舞いにみな不可思議なところに落ちこんでいくもので、陰陽も太極無極も阿字真如も、なんの役にも立たないただのお喋りにすぎない」
 儒教は、壮大なる観念論で、物事の善悪や是非、物の道理(原理・原則)をとうとうとのべ立てるが、現実や身体、日常性からは大きくかけ離れている。
 宣長は、その空理空論を漢意と称して、排除したのである。
 儒教の世界では、中国が父(大中華)で、朝鮮が兄(小中華)、そして日本は中華思想の外にある夷狄で、侮蔑の対象となる。
 韓国が日本に侮蔑と敵愾心をむきだしにするのは儒教国家だからで、日本にたいして、弟分のくせにという小中華の思い上がりが隠れている。
 韓国の未熟さ、後進性は、儒教の自己中心性によってもたらされたといってよい。
 儒教は、道徳と宗教が背中合わせの構造になっている。
 五常(仁・義・礼・智・信)にたいする五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)がそれである。
 儒教の父子関係は、祖先から末代に連続する生命の一つの局面で、一つの生命が親から子、長から幼、君から臣などの関係へひろがって、社会全体が硬直した年功階層におしこめられる。
 それもまた中華思想で、その頂点が入れ替わるのが易姓革命である。
 父子や君臣、長幼の絶対秩序によって争いがなくなるというのは、空想的な観念論で、中国は、孔子がうまれた覇権主義の春秋時代からやがて群雄割拠の戦国時代へと突入してゆく。

 儒教の生命観は魂魄≠ノつきるだろう。
 死は「魂は天へ昇って魄は地へ帰る」現象だが、儒教には、天国や地獄という考え方も輪廻転生という思想もない。
 いったん天に昇った魂は、空に漂ったあと、地にある魄(白骨/墓)へ舞い戻ってくる。
 それが招魂で、墓を参ることによって、先祖と子、孫が再会する。
 生命は先祖から末代まで直線的につながっているので、墓は、生者と死者の面会所なのである。
 仏教は、輪廻転生なので、生命が連続するという思想も、死者の墓をつくる習俗も、むろん、先祖の墓に参るなどの習慣もない。
 日本の入ってきた仏教は、仏儒習合したのちの中国仏教なので、本尊のほかの先祖霊を祀る。
 それが墓や仏壇で、仏壇のなかでは本尊と父母の位牌が並んでいる。

 儒教と仏教、神道では、死生観や宗教的宇宙観がそれぞれ異なる。
 儒教は天上と地上、地下が一体となった一元的世界で、あるのは時間の連続性だけである。
 仏教は輪廻転生がおこる多元的世界で、六道(天界・人間界・修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界)のほか、六道を超越した浄土までが用意されている。
 神道は高天原と葦原中国、黄泉国の三次元、海の向こうの常世国を入れると四次元のように思えるが、実際には、高天原と中つ国(葦原中国)の二次元である。
 中つ国は高天原の反映で、高天原のようにあれかしというのが神道の理想である。
 これは、プラトンのイデア論に似ている。
 この世のことは、すべて、本質にたいする影のようなもので、見えないところに現象(影)をつくりだす大元があるというのがイデア論である。
 高天原のあるのが、実体なのかイメージなのか、それともエネルギーなのかわからないが、高天原の運動によって、中つ国(この世)でさまざまな出来事がおきる。
 天照大御神は、この世を高天原のようなところにしようと思って、ニニギノミコトを天降らせた(天孫降臨)が、実際にはそうならなかった。
 地上には、大国主命らの国つ神や災いをひきおこす荒魂、祟りなどの悪霊が跋扈していたからである。
 神道で、荒魂や悪霊(祟り)を畏れるのは、いかに神さまでも手に負えないからで、それが、神道が仏教を受容した理由の一つである。

 鎮護国家に蕃神(ばんしん/となりのくにのかみ)を借りてきたのである。
 東大寺大仏がその代表だが、8世紀後半には、こんどは、寺院が神を鎮守や守護神にするようになった。
 興福寺における春日大社がそれで、東大寺も宇佐八幡神を勧請して鎮守(手向山八幡宮)とした。
 ちなみに、七福神も蕃神で、最古の仏教説話集『日本霊異記』では、蕃神が「隣国の客神」とされている。
 神が仏(蕃神)の助けを借りたのが神仏習合で、互いにささえあっている。
 神道には絶対神がいない反面、太陽(天照大御神)はすべてを平等に照らし出すので、異神(蕃神)を寛容にうけいれる。
 仏教には荒魂(天災)や悪霊(祟り)という概念がなく、浄土は完成された世界なので、神は仏に、疫病や天災、飢饉などの災いから逃れるための法力をたのんだのである。
 ちなみに、日本では、儒教の宗教性は仏教に吸収されて、鎌倉時代以降、観念だけが支配階級にうけいれられてゆく。
 大義名分論(名称にもとづく秩序)や朱子学(天の思想や理の自己純化)、陽明学(知行合一)などがそれだが、それがやがて、武士道から尊皇攘夷思想へつながってゆく。
 次回以降、神道と仏教、儒教それぞれの発展過程をみていこう。

posted by office YM at 06:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする