2018年02月21日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」33

 ●天皇と国家「勅と法」(4)
 権力は、正統性(レジテマシー)をえて、はじめて、権力たりうる。
 レジテマシーをもたない権力は、暴力装置で、盗賊とかわらない。
 民主党政権時代、自衛隊を暴力装置と発言した官房長官(仙石由人)がいたが、防衛大臣を何度も経験している自民党の石破茂も、自衛隊を軍隊と位置づけた上で、暴力装置と表現したことがある。
 レジテマシーのなんたるかをわかっていないのである。
 戦国時代、武田信玄や織田信長ら戦国武将が、上洛して、天皇謁見を望んだのは、権力のレジテマシーをもとめてのことで、天皇から征夷大将軍などの官位を戴かなければ、他の武将を従える天下人になることも、幕府をひらくこともできなかった。
 中国がいまなお毛沢東を称えるのは、権力は、カリスマというレジテマシーを必要とするからである。
 中国共産党人民解放軍といえども、中国共産党主席と中央軍事委員会主席を務めた毛沢東のカリスマ性なくしては、権力を維持できないのである。
 戦争や死刑執行が殺人罪にあたらないのも、国家には主権というレジテマシーがそなわっているからで、この超越性の上に成立しているのが国家である。

 主権は、なにものからも干渉をうけない絶対的な権利である。
 この主権は、歴史上、戦前まで、天皇=国体に属するものだった。
 主権が、政体たる幕府・政府ではなく、歴史や文化たる国体におかれていたのである。
 権力に権威というレジテマシーがそなわって、政体と国体が合一した国家という共同体ができあがる。
 ところが、戦後、歴史的存在であった天皇の地位と権威が憲法という文字を綴ったにすぎないものへ移しかえられた。
 その結果、権威が空洞化した。
 一方、憲法から、国家主権が抜け落ちている。
 日本では、現憲法の下、国家主権も、国家主権のレジテマシーたる権威も宙に浮いたままなのである。
 それが、天皇を無力化して、形だけを残したGHQ憲法のからくりである。
 日本国憲法は、日本をアメリカの都合のよい国につくりかえるための占領基本法である。
 憲法から日本の国家主権が抜け落ちているのは、占領中、日本の国家主権をもっていたのがアメリカだったからである。
 占領基本法である憲法には、歴史や権威にかんする記述が一つもない。
 交戦権を放棄した9条にいたっては、自然権や習慣法である国家防衛までを否定している。
 したがって、サンフランシスコ講和条約が締結されて、主権者だったGHQが去ったあと、日本は主権なき国家になった。
 国家主権のない憲法などさっさと捨ててしまうべきだが、日本は、いまから70年前、アメリカが日本を庇護下においた占領基本法を、いまもなお国家の基本法=憲法として重んじている。

 保守論陣のなかにも、憲法が権威だという論調がなきにしもあらずである。
 それが、憲法は第二の国体という主張で、その根拠が国民主権である。
 戦後、国家主権にとって代って、国民主権となったが、国民主権などというものは、そもそも、存在しない。
 国民には、なにものからも干渉をうけない絶対的な権利がそなわっていないからである。
 国民主権は、革命の産物で、旧体制を否定する口実にほかならなかった。
 共産主義や共和制における国民主権はタテマエで、国民の名を借りて奪った権力を為政者が横取りする。
 それが独裁で、民主主義は、衆愚による独裁ということである。
 米ロ英仏中ら国連常任理事国は、革命国家で、中国以外は、かつて、列強と呼ばれた。
 その列強が、散々、食い散らかしたのがアジアである。
 インドや東南アジアが列強の餌食になったのは、国家としての体裁が整っていなかったからだった。
 あったのは、国土ではなく領土で、国家としての統一性も同一性もなかった。
 そもそも、国家という概念が未熟だったので、国家意識が完成していた列強に歯が立つはずがなかった。
 どんな国も、神話や信仰、言語や習俗、民族の自立や誇りなどの共同体意識をもっている。
 それが国家のレジテマシーで、国家独立の条件である。
 インドや東南アジアが英仏蘭の餌食になったのは、領主が乱立して、争っていたからである。
 あったのは、広大な領地だけで、国家も国家主権も、国権をささえるレジテマシーもなかった。
 タイが唯一アジアで独立を保つことができたのは、英仏を相手の外交手腕もさることながら、王国だったからで、国家は、王という超越的な存在があってはじめて、国家という観念をもつことができる。
 領主が支配するところは領土にすぎないが、国権が支配するところは国土となる。
 国権をささえるレジテマシーの下で、権威と権力の二元論を形成するのが伝統国家で、そのレジテマシーにイデオロギーや法をもちこむのが革命国家である。
 日本が、薩長には動揺があったものの、列強の侵略をうけることがなかったのは、天皇がおられたからで、幕府や藩にとって、外国の侵略から天皇をまもることが最大の使命だった。
 次回は、今上天皇の譲位における「勅と法」について考えてみよう。
posted by office YM at 13:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする