2018年08月12日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」56

 ●天皇と国家「古代史のなかのオオキミ」(14)
 神武天皇の末裔である天皇は祭祀王で、今上天皇は、いまなお、五穀豊穣と国の弥栄、民の幸を高天原に祈っておられる。
 それが神道あるべき姿で、神道は、宗教ではなく、祈りの儀式なのである。
 聖徳太子が、仏教を宗教、儒教を道徳、神道を政治に仕分けたのは、賢明な判断で、祭祀国家である日本の政治は、高天原の理想(幽契=天照大神と豊受大神の約束)の実現を祈る儀式で、天皇の祈りは高天原の祈りなのである。
 アニミズムの最高頂点が高天原なら、シャーマニズムが、卑弥呼や草薙剣を授けて日本武尊の難を救った倭姫命らの系統で、シャーマンが男性天皇にうけつがれたのは、万世一系という歴史的伝統によってだった。
 世襲においては、神武の血統へとたどりつく男系が絶対で、女系では、代がかわるごとに男系の祖がかわって、伝統を維持できない。
 壬申の乱ののちに皇親政治を敷いた天武天皇を除いて、天皇が絶対権力者ではなかったのは、天皇の権威は、神武の血統継承者にして神道の最高神官という二点にあったからである。
 大王家と大和豪族の連立政権は、葛城や蘇我、物部、中臣らの豪族が大王に統一されたのではなく、豪族らが統一の象徴として、大王を立てたというのが実際のところで、天皇の権威は、豪族や太政官、摂関家、上皇ら権力構造との微妙なバランスの上に成立していた。
 穴穂部皇子(欽明天皇の皇子)や崇峻天皇が蘇我馬子に殺されたのは、その力関係のあらわれで、天皇は、大和朝廷という政(マツリゴト)の御みこしのような存在だったのである。
 道鏡の皇位簒奪事件では、弓削道鏡を寵愛する孝謙上皇が、道鏡排除の乱をおこした藤原仲麻呂にたいして、仲麻呂の専制に不満を持つ貴族を結集させて仲麻呂を滅ぼし、さらに、仲麻呂の推挙で天皇に立てられた淳仁天皇を廃位に追いこみ、淡路国に流刑途上、ひそかに殺害している。
 重祚復位した称徳天皇のもとで、太政大臣から法王にまでのしあがった道鏡は、みずからを天皇にという宇佐八幡神のお告げを工作するが、和気清麻呂に破られて、称徳天皇の病没後、失脚する。
 そのかんの度重なる政変で、多くの親王・皇子・天皇が粛清され、藤原仲麻呂の乱では、淳仁天皇以下、15人の皇族が流刑になっている。
 天皇や皇族にたいする最高刑が流刑なのは、死刑にすると祟られるからで、配流は事実上の死刑だった。

 歴史上、天皇が絶対者や現人神だったことは一度もなく、江戸時代は、禁中公家諸法度によって、権力からきびしく遠ざけられていた。
 天皇を権力者にしたのは明治維新の薩長政府で、天皇を担いで、武家政治を転覆させた。
 薩長や倒幕公家(岩倉具視・三条実美)に担がれた天皇が、権力の後ろ盾となったのが明治維新の基本構造で、その思想的背景に、国学という文化の範疇にあった神道(神ながらの道)の宗教化があった。
 神道を絶対化すれば、天皇を元首に戴く維新政府の天皇ファシズムが万全になって、明治政府は、戦争遂行をふくめた帝国主義政策を強力におしすすめることができる。
 明治憲法を萌芽として、昭和初期の軍国主義にむかって、天皇ファシズムがすすんでいった背景に、神道を国家神道に仕立て、国家自体を神がかりにして政治を思うままにすすめようという薩長の企てがあったのである。
 皇室の儀式だった神道が、江戸時代に脚光を浴びた理由は、国学者の契沖や荷田春満、賀茂真淵、本居宣長が、古事記や万葉集、古今和歌集の研究をとおして、神道のなかに日本精神を見出したからだった。
 江戸時代の学問は、漢学(四書五経)と国学に大別される。
 国学者たちの神道は、あくまで、古典研究の範囲でとどまっていた。
 ところが、本居宣長の死後、平田篤胤という人物があらわれて、神道のオカルト化をはかる。
 平田は驚くべき勉強家で、仏教・儒教・道教・キリスト教のほか西洋医学やラテン語、暦学・易学・軍学などにも精通していた。
 本居宣長の弟子を自称していたにもかかわらず、宣長がきらった漢意(からごころ)の大家だったのである。

 平田が試みたのは、神道のキリスト教への大改造だった。
 キリスト教は一神教で、多神教・汎神論の神道と折り合いがつくはずがない。
 天皇が「神に祈る神(のようなひと)」で、歴史上、現人神だったことが一度もなかったのは、日本が多神教世界だったからである。
 平田神道の一神教は、天皇の神格化で、天皇がキリストに仕立てられた。
 ゴッド(全能の創造神)は、天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神の三神で、キリスト教の三位一体になぞらえられている。
 世の悪を人間の責任に帰しているのが原罪思想なら、最後の審判で、死後の人間を裁くのが、天孫降臨以後、国土を天皇の祖神に譲って幽世に移り住んだとされる大国主神である。
 なにからなにまでがキリスト教的なのである。
 平田神道のきわめつけが「黄泉の国」である。
 死者の世界(異界)は現世のあらゆる場所にあって、神々が神社に鎮座しているように、死者の魂は、この世にとどまって、永遠に家族や友人をみまもるという。
 平田神道に、下級武士から神職、地主、在郷商人まで千人以上が門人として殺到したのは、キリスト教的な合理性をもっていたからだが、平田神道(復古神道)とラジカルな水戸学がむすびついたのが「尊王攘夷」論だった。
 儒教的秩序・歴史観にもとづく水戸学の尊皇攘夷と異国の文物を汚らわしいものとみなす平田神道の排他性が共鳴したわけだが、そこから、現人神という思想がでてくる。
 君民の秩序として天皇を重んじる水戸学と天皇をキリストとみる平田神道が合体して、理性を失った天皇崇拝がでてくるわけだが、日本史上、天皇が神となったのは、これがはじめてである。
 平田神道は、神社の神官につよく支持されるが、この神官たちが政府に登用(神祇官)されて、廃仏毀釈運動(神仏分離令)という日本史上最悪の文化破壊がおこなわれる。
 この狂信性が、国体破壊であって、元凶は、天皇の政治利用である。
 そして、対米戦争というとんでもない方向へ日本をひっぱってゆく。
 そのときに悪用されたのが「承詔必謹(天皇のみことのりには必ず従え)」という観念である。
 小林よしのりは皇后陛下の「謹んでこれを承りました」というおことばをとらえて、これを見習えという。
 そして、こう悪態をつく。
 皇后陛下のおことばが産経新聞の愛読者である「男系血脈派」に届くのか?
 自民党の国会議員に届くのか?
 竹田恒泰を奉じる日本会議系の国会議員に届くのか?
 安倍政権に届くのか?
 有識者会議に届くのか?
 答えは風に舞っている。
「承詔必謹」に一片の批判精神ももちあわせない小林という男はなんという愚かな男であろうか。
posted by office YM at 16:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする