【緊急問題提起/北方領土】
●旧ソ連の不法占領から河野密約説まで(1)
安倍首相が北方領土返還「2島+α」へ舵を切ったようだ。
1956年の「日ソ共同宣言」へもどって、歯舞と色丹の2島返還を条件に平和条約をむすぼうというのである。
従来の4島一括返済からの後退で、これでは、この60年余つみあげてきた努力が水の泡である
これまで政府は「4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する」ことを基本方針に掲げてきた。
したがって、4島返還に応じる気がないロシアとの協議に進展がなかった。
日ソ共同宣言にもとづいた交渉もすすんでこなかった。
4島返還と平和条約が見合いになって、身動きならなかったのである。
そこで、安倍首相は、方針を転換した。
2島返還を「基礎」として、平和条約を急ごうというのである。
今年の9月、プーチン大統領が、ロシア極東ウラジオストクで開かれていた東方経済フォーラムで、突如、「前提条件なしの平和条約締結」を提案した。
前提条件なしとは、ふざけた話である。
領土問題抜きで、平和条約を締結できるはずはない。
ところが、安倍首相は、プーチンの発言に反発するどころか、これを前向きに受け止めた。
そして、日ロ交渉を一気に進展させる大きなチャンスととらえ、首脳会談に臨んだ。
安倍首相は、外遊先のシンガポールで、ロシアのプーチン大統領と会談したあと次のようにのべた。
「領土問題を解決して平和条約を締結する。1956年共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることでプーチン大統領と合意した」
拙速もいいとこで、平和条約が先走って、肝心な領土問題が大きく後退している。
そもそも、北方領土は、旧ソ連の不法占領で、法的にも、歴史的にも根拠はない。
戦利品というが、樺太南部と千島列島をソ連に引き渡すとされたヤルタ協定に、歯舞・色丹・国後・択捉ははいっていない。
アメリカもみとめていない。
それが「ダレスの恫喝」で、ダレス国務長官は、日ソ交渉に臨んでいる重光葵外相に「二島返還(歯舞・色丹)で、日ソ交渉をむすんだ場合、アメリカは沖縄を返還しない」という圧力をかけている。
ソ連が4島を奪ったのは、どさくさまぎれで、当時、4島に米軍が進駐していなかったからだった。
安倍首相は、1956年共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させるとのべた。
なぜ、62年も遡って、北方領土問題の振り出しにもどるのか。
1956年の日ソ共同宣言には、平和条約締結後、歯舞と色丹を引き渡すとあるだけである。
国後・択捉には一言もふれていない。
なぜ、そんなことになってしまったのか。
日本が漁業交渉とのかけひきで、国後・択捉を放棄したからである。
むろんこれは、裏取引で、表立って、あらわれたものではない。
だが、これがネックとなって、日本は、日ソ交渉において、つねに、不利な立場に追い込まれてきた。
日ソ交渉に臨んだ全権重光葵は、日本政府へこんな請訓電を発している。
「涙をのんで国家百年のため、妥結すべきと思う。この期を逸すれば、将来、歯舞・色丹さえ失うことあるべし…」
秘書官・吉岡羽一によると、松葉杖で身体を支えてクレムリンの長い廊下を歩いてきた重光は、このとき、腹の底から絞り出すような声でこういったという。
「畜生め、やはりそうだったか」
河野一郎の日ソ漁業交渉は、1956年5月である。
日ソ共同宣言の重光全権団のモスクワ入りが1956年7月だった。
わずかに先行した河野一郎は、重光の知らぬまま、ソ連側と密約をむすんでいたのである。
ソ連が、領土問題は解決済みで、平和条約締結後、2島(歯舞・色丹)だけを引き渡すとする根拠もそこにある。
このあたりの細部については、次回以降、のべよう。
2島返還を現実的とみるムキもある。
色丹、歯舞は四島の面積のうち7%でも、えられる200カイリの排他的経済水域は大きいというのである。
だが、ロシアは、歯舞・色丹の主権を返すとまではいっていない。
日本の主権を認める返還ではなく、2島を利用できるだけの引き渡しなのであれば、日本が期待している歯舞・色丹の排他的経済水域は望むべくもない。
日本は、あくまで、4島返還をもとめるべきである。
根拠は、ロシアの不法占拠で、北方四島は、戦利品ではなく、カイロ宣言で禁じた領土拡大に該当する略奪にあたる。
当時、日本は、ポツダム宣言を受諾して、連合国と戦争状態にはなかった。
戦争状態になかったのに、なぜ、領土略奪が戦利品なのか。
次回以降、北方4島の概略や日ソ交渉の経緯をみていこう。
そうすれば、2島返還論が河野・ブルガーニン密約説≠ふくめて、いかにでたらめな経緯をたどったかがわかるのである。