2018年12月27日

「天皇の地位」A

 国体・神道・祭祀
「天皇の地位」A
 前大戦で、日本は、連合国に降伏して、敗戦国になった。
 たちまち、国体が危機に瀕した。
 国体は、国家を建造物とするなら、設計図のようなものである。
 歴史や伝統、文化などが国体で、国家は、国体の上に成り立っている。
 したがって、国体という設計図が失われると国家という建造物が瓦解する。
 葦津珍彦は、国体を体質といった。
 国家が実体のある身体なら、国体は、目に見えない体質というのである。
 国体も体質も、目に見えなくても、根底で、国家や身体性をささえている。
 国体の危機というのは、国家という実体ではなく、設計図がおびやかされることで、戦後、伝統的な価値観や国民的信条、歴史観が、GHQの思想改造にさらされた。
 なかでも、衝撃的だったのが、天皇の人間宣言であった。
 1946年1月1日の詔勅のなかで、天皇は、みずからの神格を否定された。
 この詔書は、国家神道を廃止した神道指令につづいて、天皇にたいする思想改革をはかったもので、GHQの民間情報教育局が中心となって、宮内省関係者や幣原首相らが関与、天皇の発意で、五箇条の誓文がくわえられた。
 天皇の人間宣言によって、日本人は、大きなショックをうけたであろうか。
 否で、日本人は、天皇が人間宣言されても、動揺することがなかった。
 国民は、明治維新が捏造した現人神など信じていなかったのである。
 それでは、日本人は、なにをもって、天皇への敬意と敬愛の根拠としたのであろうか。
 私心を有さない天皇の公的な存在にたいしてである。
 日本では、私心をもたないことが、尊敬の対象で、権威となる。
 GHQ民間情報教育局は、天皇が現人神ではないことを日本人に教えるために、ダーウインの進化論をテキストにしようとしたという。
 だが、日本人は、天皇が神であるなどと思っていなかった。
 人間であると知っていて、それでもなお、天皇の神性を信じた。
 天皇は、無私の存在で、天皇の宗教である神道も、天皇の祈りである祭祀も無私という神聖なる地平にある。
 日本の精神風土において、無私は、神域にあって、たとえば、偉人は死して祀られて神になる。
 死ぬことによって、私心が消滅して、神的な存在となるという神道的な哲学なのである。

 無私ということは、公ということで、日本では、私的なものと公的なものがはっきりと区別される。
 区別されるのは、公と私だけではない。
 国体と国家、設計図と建造物、抽象と具体も表裏の関係で、二元論である。
 天皇の神性はこの二元論からでてくる。
 かつて昭和天皇は、大元帥として、軍服を召されて、軍馬に跨れた。
 だが、それは、世俗的権力を有する天皇陛下であって、歴史上の存在である天皇ではなかった。
 天皇陛下は個人でもあって、2・26事件では「朕自ら近衛師団を率い、これが鎮定に当たらん」(本庄繁侍従武官長日記)とのべられた。
 考えや感情をもち、いわゆる御聖断も、天皇陛下のお考えにもとづくものであった。
 国民は、天皇陛下のお考えやふるまい、お人柄などに畏敬の念を抱いているのではない。
 国民が畏敬しているのは、御心をおもちの天皇陛下ではなく、私心をおもちにならない天皇のほうで、天皇の神性はそこにある。
 天皇は、基本的人権や選挙権、憲法が保障する国民的諸権利や自由をもっておられない。
 天皇が世俗におられないからで、天皇がおられるのは、国家という世俗ではなく、国体という聖域である。
 そこは、歴史や文化、国体という抽象の世界で、目に見える具体的世界ではない。
 憲法第1条に「天皇は、日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意にもとづく」とある。
 憲法前文および1条では国民主権が謳われている。
 国民統合や国民主権は、抽象観念で、しかも、矛盾にみちている。
 民主主義において、国民統合は不可能で、国民主権は、実体を有さない。
 ところが、天皇が、国民統合や国民主権という目に見えないものをみずから象徴することによって、国民統合や国民主権が正統性をおびる。
 目に見えない抽象的な観念が、天皇という目に見えるおすがたに象徴される。
 それが、世俗や私、個からの超越している天皇の神性なのである。
 次回は、秋篠宮さまの 大嘗祭「異例発言」についてのべよう。

posted by office YM at 23:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする