2019年06月21日

マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つD

 マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つD
 ●愛子さまが天皇になられない理由A
 BSフジの「プライムニュース(2019年5月21日)」で、衛藤晟一参院議員が、皇統問題にからめて、Y染色体の話をもちだすと、京都産業大の所功名誉教授は「生物学レベルまで下げて議論してはいけない」とたしなめた。
 皇統の男系相続は歴史の叡智と伝統で、たしかに、生物学レベルで語られるべきではないかもしれない。
 だが、歴史や伝統を破壊して、女系天皇を実現しようとしているのは、所ら女系天皇論者で、その根拠が、大衆迎合の男女平等や民主主義である。
 皇統問題を、ついこのあいだうまれたばかりの近代主義のレベルまで下げて議論してはいけない、といいたいいたくなる。
 皇統にかかるY染色体の議論は、あくまで、結果論である。
 そして、動機論が、皇統をまもる男系相続だったのは、いうまでもない。
 女系相続では、皇統をたもつことができない。
 皇位を簒奪しようという、道鏡や足利義満のような野心家がでてくるからである。
 女系天皇の夫になって子種をもうければ、子が天皇に、夫が上皇になれる。
 それが、X染色体の弱点で、代がかわるたび、男系の祖先が入れ替わる。
 神武天皇の血統をまもるために、女性天皇は、夫をもたず、子をもうけず、皇胤を男系に限定した。
 Y染色体は、男系の祖先から一系となるので、世襲によって、血統がまもられる。
 経験則にのっとった歴史の叡智というしかない。

 人類進化の学説としてよく知られているものに「ミトコンドリア・イブ」がある。
 人類の母系祖先をさかのぼっていくと、16万年前にアフリカにいた一人の女性にたどりつくとする説である。
 素人にはわからないが、母親から女の子どもに受け継がれるミトコンドリアDNAの塩基配列の解析結果という。
 遺伝にかかわる因子に、X染色体とY染色体、ミトコンドリアDNAの三つがある。
 X染色体を2本もつ女性の場合は、母親から受け継いだX染色体と父親から受け継いだX染色体のあいだで交叉と遺伝子の乗り換えがおこる。
 したがって、先祖を特定できず、血統の正統性がたもてない。
 一方、男性のY染色体と女性のミトコンドリアDNAは、交叉がおきないので、どこまでも、先祖をたどってゆける。
 女性のミトコンドリアDNAは、16万年前までさかのぼった。
 男性のY染色体は、日本の場合、途中で、神話に継ぎかえられた。
 神武天皇以前が神話で、神武天皇以降が実史である。
 皇紀2600年は、遺伝子のレベルで、検証が可能だったのである。

 衛藤議員のY染色体説を一蹴した所功は、一方で、こんな珍説をのべる。
「皇祖神として天照大神という女神を仰いでいるという事実を考えれば、男系や女系、男子や女子よりも、皇室の御祖先が大事」
 天照大神が女神なので、女性天皇でもよいというのは、田中卓や小林よしのりと同じ見解である。
 黄泉の国からもどった男神のイザナギが禊をおこなって、左目から生まれたのが天照大神で、このとき、右目から須佐之男命(スサノオノミコト)、鼻から月読命(ツクヨミノミコト)がうまれた。
 男であるイザナギの左の目から生まれた天照大神が、どうして女系なのか。
 そもそも、天照大神が女性という根拠はきわめて薄い。
 天照大神とスサノオによる誓約(うけひ/占い)によってうまれたのがアメノオシホミミ(天忍穂耳命)で、高天原から日向の高千穂峰へ天降ったニニギ(瓊瓊杵尊)の父である。
 ここまでが神話だが、どこに女系の根拠があるのか。
 男系女系がでてくるのは、木花開耶姫を娶ったニニギからである。
 火遠理命(山幸彦)と豊玉姫、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と玉依姫、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト=神武天皇)と吾平津姫と、ニニギ以後、神武まで、4代に亘って、男神が姫を娶っている。
 女系というのは、たとえば、木花開耶姫や豊玉姫、玉依姫、吾平津姫が天皇になるにとどまらず、女天皇の産んだ子が天皇(皇胤)になることである。
 そんなばかなことはおきていない。
 皇祖神の天照大神が女神だから、天皇が女系でいいというのはとんでもない暴論で、日本人が、天皇の男系相続をもって、権威と権力の二元論を発明した歴史的功績を忘れている。
 男系を世襲にすることによって、天皇の権威が磐石になった。
 その権威から、正統性をさずかって、権力に節度と施政力がそなわった。
 天皇の男系相続には、日本という国家ができあがった原理が隠されていたのである。
 ところが、戦後、日本の歴史学者は、皇国史観や古事記・日本書紀の否定に血眼になるばかりで、古代日本の国家や権力構造を明らかにする勉強や研究を怠ってきた。
 そして、記紀に書かれていない邪馬台国が大和国、卑弥呼が日巫女の蔑称であったことを棚上げして、記紀の編者が全員嘘つきだったと言い張ってきた。
 所功や田中卓らの暴論は、日本の歴史学者の愚かさを象徴していたのである。

posted by office YM at 11:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする