2019年12月09日

米・中の新時代と日本の役割F

 ●日本はアジアで指導的立場に立てC
 1990年のバブル崩壊から2000年代の新自由主義の導入、2010年代のデフレ不況と、日本経済は、30年の長きにわたって低迷してきた。
 理由は、付加価値をうみだすことができなかったからである。
 この30年間の日本の経済成長率は平均0・7%(実質)で、先進35か国(OECD)の平均2%の3分の1、名目経済成長率にいたっては、OECDの平均4%にたいして0・1%という低さだった。
 そのころ、アメリカ経済も、変調をきたしていた。
 1990年代、グローバル化の名のもとで、国際資本が猛威をふるうようになると、アメリカ国内で、製造業が空洞化しはじめた。
 アメリカ人は、モノをつくるのをやめて、マクドナルドの売り子になったといわれたものだが、そのマクドナルド的な消費スタイルが世界規模で拡大していったのがグローバリゼーション=アメリカ化だった。
 つくらざる経済は、対外的には、ヘッジファンド型の国際金融へ、国内むけには、情報技術革命へとむかった。
 日本と中国に製造業の市場を引き渡して、このとき、アメリカが手に入れたのが、製造業中心のオールド・エコノミーに代わるIT産業中心のニュー・エコノミーだった。
 IT産業は、情報・通信技術のハードウェアからソフトウェア、インフラやサービスなどをふくむ巨大な企業群で、アメリカは、パイの大きさがきまっている製造業を捨てて、将来的な付加価値の大きいニュー・エコノミーをとったのである。
 IT産業の象徴的な存在がシリコンバレーで、現在、アップルやインテル、グーグルやヤフー、フェイスブックなどのソフトウェアやインターネット関連企業、IT企業の一大拠点となっている。

 日本も、1990年代まで、半導体などのエレクトロニクス分野で世界のトップを走っていた。
 そして、90年代後半以降、官民あげてIT革命をおしすすめ、インターネットを中心とする情報化投資もおこなわれた。
 任天堂やセガ、ソニーなどのゲーム機やゲームソフトは世界を席巻した。
 だが、インターネットのソフトウェアでは大きく立ち遅れた。
 スマートフォンやパソコンのソフト(OS)をつくるマイクロソフトやアップルのようなソフト系大企業がでてこなかったのである。
 それまで、日本は、デジカメ、薄型TV、DVDレコーダーなどの単品開発に力を注いできた。
 だが、時代がむかったのは、ハードとソフトの結合という思いもしなかった方向だった。
 デジカメというハードと、撮った写真でコミュニケーションしあうフェイスブックやインスタグラムというソフトがジョイントして、ハード=単品をはるかに上回る売上を上げる。
 それが、第4次産業革命である。
 その付加価値の延長線上にあるのが、AI(人工知能)や5G(次世代通信技術)、そして、あらゆるモノがインターネットに接続されるIoT(モノのインターネット)である。
 IT産業革命で、日本が負けたのは、ハード(機体)とソフト(サービス)をむすびつける新分野を開拓できなかったからだった。
 人工知能が2045年に人間脳をこえる(シンギュラリティ)といわれているなか「日本のデジタル活用は世界から3周遅れている(経済同友会小林喜光)」「日本のデジタル化は中国の足元にもおよばない(藤井保文)」などの悲観論が聞こえてくる。

 人工知能や5Gの技術開発に日・米・欧の協力が必要なのはいうまでもない。
 それ以上にもとめられるのは、中国に太刀打ちできる研究開発費と人材育成の意欲だが、いたずらに悲観的になることもない。
 付加価値の大きいITやデジタルは、経済成長の実弾だが、それが経済のすべてではむろんない。
 人工頭脳やインターネットの上にかかったクラウドは、なくてもそれほど不自由でもなく、社会が崩壊するわけでもない。
 生きてゆくために必要なのは、消費財と生産財であって、情報財ではない。
 高齢化と市場縮小にむかう日本は、今後、アセアン10国とインドを相手に経済活動をすすめてゆくことになるが、人口6億2千万人のアセアンと人口13億人をこえるインドと共存共栄をはかるのに、AIや5Gをもちだしたところでなんの意味もない。
 必要なのは、生産と消費、そして、雇用である。
 それには、なによりも、日本の経済力と伝統的な共栄圏思想がもとめられる。
 中国の「一帯一路」は、高利でカネを貸し付け、設計から労働力、資材までもちこみ、挙げ句に、返済できない貸付金のカタに、プロジェクトを根こそぎ略奪するギャング式である。
 パキスタン(グワーダル港)やスリランカ(ハンバントタ港)から、ミヤンマー、ラオス、モルディブからヨーロッパのモンテネグロ、アフリカのシブチまでが被害に遭っている。
 中国のこんなやり方(『債務のワナ』)が長続きするはずがなく、アジアばかりか、アフリカでも、日本方式を望む声が高まっている。
 日本の経済協力は、戦後賠償に端を発するODA(政府開発援助)を土台にしたもので、1970年以降、経済インフラ資金の95%がアンタイドである。
 アセアンとインドにたいする経済協力は、現地経済の振興と雇用拡大に重点をおかなければならない。
 目的が富裕化にあるからで、貧困と失業、犯罪を防ぐには、中国のAI監視システムを導入するのではなく、国と国民をゆたかにしなければならない。
 ものづくり大国、日本が、アセアンとインドの工業・産業の振興にはたす役割はけっして小さくない。
 日立金属やトヨタ自動車、小松製作所など、日本を代表する大メーカーと肩を並べるのが精密機器と工作機械で、この3分野は、日本が世界をリードしている。
 CNC装置(コンピュータ数値制御)付工作機械では、ファナック(山梨県)が国内シェア7割、世界シェア5割を占め、産業用ロボットでも、世界シェア2割である。
 これにつづく安川電機、ABBグループ(スイス)、クーカ(ドイツ)の4社で世界の産業用ロボット市場の8割をおさえている。
 小型切削加工機や超精密ナノ加工機でも、アイフォーンの部品(筐体)をつくるファナック以下、日本企業が目白押しで、この優位はかんたんにはゆるがない。
 モノづくり経済では、アセアン・インドとむすび、AIや5G、インターネット・ソフトウェアでは欧州とも協力しあう。
 アメリカべったり(アメリカ・スクール)、中国べったり(チャイナ・スクール)の外務省感覚では、新しい時代をのりきれないのである。
posted by office YM at 12:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする