2020年07月05日

官僚国家ニッポンの悲劇C

 ●社会保険事務局の犯罪/静和病院冤罪事件A
 伊豆半島で最大級の病床数(307床)を有していた静和病院(熱川市)は6階建て2棟の大病院で、当時、多額納税の病院として知られていた。
 施設や設備も充実していて、日経新聞(2004年3月8日)に発表された「経営充実度」病院ランキングで、静和病院は、聖路加国際病院ら名門と肩を並べて、全国8位(関東3位)という高い評価をえている。
 その静和病院の院長と事務長に、それぞれ、6年6月と5年6月の懲役刑が科せられた。
 看護師数を規定する健康保険法の違反から診療報酬の不正受給と詐欺罪を推認されたのである。
 看護師が足りないというどこの病院もかかえている問題から、なぜ、そんな重刑がとびだしてきたのか。
 今回は、そのミステリーを解いてみよう。
 ところで、実際に看護師は足りなかったのか。
 源泉徴収簿兼賃金台帳によれば、静和病院では、1日平均60人の看護師が勤務についていた。
 若い看護師助手も約50人以上在籍していた。
 源泉徴収簿兼賃金台帳によると、当時、静和病院には、約82人の看護師が登録されていた。
 看護師の出勤日数は、平均22日なので、1日当たり出勤者数は55人強となる。
 源泉徴収簿兼賃金台帳には、健康保険料、厚生年金、所得税、住民税などの控除額が記載されている。
 給与のほか、勤務日数を記録した給与元帳もついている。
 源泉徴収簿兼賃金台帳をみるかぎり、静和病院に看護師数の不足はみとめられない。
 たとえ、看護師が、多少、少なくても、それが刑事事件に発展したケースは日本の医学史上、前例がない。
 しかも、科せられたのは、殺人罪並みの重刑である。
 背景にあったのが、県や医療行政との摩擦であった。
 医療費の不正受給については、通常、社会保険事務所と医療機関のあいだで手続きがおこなわれ、返済や課徴金などで行政処理される。
 げんに20億円に上る診療報酬を不正受給していた静岡県の熱海温泉病院や50億円をこえる不正受給が発覚した愛知県の医療法人「豊岡会グループ」ですら、責任者の逮捕、起訴にはいたっていない。
 院長と事務長に重刑が科されたこの静和病院事件で、不正受給したとされる診療報酬金額は8700万円である。
 豊岡会グループ50億円の57分の1である。
 にもかかわらず、院長と事務長に重刑が科された。
  静岡県にとって、静和病院は、もともと、厄介な存在だった。
 静岡県は、静和病院の療養病棟252床を老人ホームにきりかえるようもとめた。
 入院患者のほぼ全員が県外からの移入者であるにもかかわらず、静和病院が保有する307床によって、静岡県が、病床数の制限(基準病床数制度/厚生労働省)をうけるからだった。
 吉田晃はこれを拒絶した。
 静和病院に、静岡県警と静岡社会保険事務所、県の医療課による合同捜査が入ったのは、その数か月後である。

 平成13年、吉田晃は、元県知事の秘書を介して、民主党の木下厚に、熱川温泉病院の補助金問題を国会(第153回衆議院厚生労働委員会)で取り上げさせた。
 そして、熱川温泉病院から補助金6億円を返還させた。
 このとき、木下代議士はこんな質問をおこなっている。
「もう一つ。この熱川温泉病院を経営している健育会は、全国に九つの病院やクリニック、特別養護老人ホームをもっています。このグループにはさまざまなうわさがあります。先代の理事長は茨城県出身です。そこから、茨城県出身の厚生族の大物国会議員がバックにいるということで、かつて、何回も問題になったことがあります。今回の案件について、政治力がはたらいたのではないかという指摘がありますが、その辺はどうですか」
 茨城県出身の大物国会議員というのが、熱川温泉病院と顧問関係をむすんでいた厚労族のドン丹羽雄哉(第75・83・84代厚生大臣)である。
 補助金を取り上げられた熱川温泉病院の遺恨は深かった。
 それ以上に腹を立てたのは丹羽雄哉だった。
 顔をつぶされた上、国会で難癖までつけられたのだ。
 さらに吉田晃は、静岡空港(平成21年開設)の反対運動を支援して、計画をすすめていた石川嘉延知事を激怒させている。
 石川知事は、熱川温泉病院の民事訴訟で、保健衛生部医務課長とともに被告席に座らされてもいる。
「静和病院をつぶしてやる」
 元静岡県山本敬三郎知事の秘書で、熱川温泉病院の補助金問題で国会質問をしかけた吉田院長のパートナー、飯田忠雄は、石川知事の呪詛のことばを耳にしている。
 決定的だったのは、静岡県とやりあって、税金(所得税)の納付先を大阪にきりかえたことだった。
 県に逆らい、県の利益になんら貢献しない静和病院など、静岡県から消えてくれたほうがよかった。
 静岡県にとって、静和病院は、怨恨の対象でしかなかったのである。
 ちなみに、飯田元秘書は、その後、自殺をとげている。
 静和病院が強制捜査をうけたのが、平成20年4月である。
 社会保険庁が、連発する不祥事のため、廃止されたのは平成21年で、同庁の業務は、翌年、特殊法人「日本年金機構」にひきつがれている。
 社会保険庁(社会保険事務所)が、はたして、健康保険法の正しい適用法を指導しえただろうか。
 次回は、社会保険庁に静和病院の健康保険法違反を告発する資格があったか否かを問おう。

posted by office YM at 21:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする