2020年08月24日

 とりもどせ! 国家の主体性@

 ●日本はなぜ国家の主体性を失ったのか
 日本が、国家の主体性を失ったのは、戦争に負けたからである。
 それも、東京大空襲と広島・長崎への原爆投下で、30万人以上の非戦闘員を虐殺されるという酷い負け方であった。
 日本軍の戦死者は、230万人で、終戦当時、日本兵が、710万人だったことを思えば、じつに、3割以上が戦場で命を落としたことになる。
 すべて、甲種合格のりっぱな日本男子だった。
 日本は、戦後、指導的立場に立つべき230万人ものリーダーを失ったままアメリカ(GHQ)に占領されたのである。
 日本が、国家として、いまだ、主体性をもてない理由の一つに、甲種合格の日本男子230万人を失った歴史的な痛手をあげなければならない。
 そして、その代わりに、日本の中枢へ入りこんだのが、日本の敗戦を利得とした国際派やマルクス主義者、日本人の誇りを捨て去った卑しい人々の群れであった。
 GHQにしっぽをふった敗戦利得者については、のちに、詳しくふれる。
 戦後、軍国主義に代わって、猛威をふるったのが、GHQの思想改造だった。
 思想改造というのは、軍事制圧と上陸占領につづいて、戦勝国がとる第三の手段で、敗戦国の歴史や伝統、文化などの精神的価値を根こそぎ否定しようというのである。
 軍国主義の根絶やしから神道指令、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)にいたるGHQの文化侵略には、教科書の黒べた塗りから武道禁止、茶などの古典焚書などもふくまれる。
 なかでも、大きな効果を発揮したのが、新憲法と民主主義だった。
 憲法は、占領基本法の焼き直しで、国家主権の放棄と武装解除が宣言されている。
 戦勝国が、敗戦国の国家主権を奪って、武装解除するのは、戦争の大原則である。
 ただし、これは、戦争行為であって、平時には、通用しない。
 そこで、GHQは、占領政策を憲法に格上げすることにした。
 そうすれば、敗戦国=日本を、永遠に、戦勝国=連合国総司令部(GHQ)の支配下におくことができる。
 だが、占領下における法改正は、ハーグ陸戦条約で禁止されている。
 はなはだしく、被占領国に、不利益をもたらすからである。
 マッカーサー憲法は、国際法違反だったのである。

 護憲主義者は、武装解除(憲法9条)を平和主義などといって歓迎する。
 だが、自衛権の放棄は、平和とはなんの関係もないただの売国思想である。
 というのも、国家の主体性は、国家の防衛を土台にしているからである。
 国家でも人間でも、自己をまもる本能がはたらいて、はじめて、尊厳がたもたれる。
 国家の尊厳は、自国は自国でまもるという主体性にたいして、そなわるものなのである。
 日本は、憲法で交戦権が否定されているので、敵国が攻めてきたら降伏するしかないと主張する者たちがいる。
 とんでもない妄言で、国家の自衛権は、生存権で、おのずとそなわっている権利である。
 むしろ、交戦権の放棄を謳った憲法9条が、国際法や慣習法、国連憲章などと整合しない異端法で、じじつ、日本の安全保障は、慣習法と日米安保条約によってまもられている。
 日本が、国家としての主体性を危うくしている最大の理由は、国家をまもる気概を失ったことにある。
 その原因を4つあげることができる。
 @国家防衛をアメリカ任せにしたこと
 A政治を捨てて、経済主義に走ったこと
 B民主主義を全体主義と気づかなかったこと
 C自主憲法制定にふみきらなかったこと

 次回から、以上4つのテーマと、ワンマン宰相、吉田茂の功罪について順次のべていこう。
posted by office YM at 07:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする