2021年01月25日

 天皇と民主主義 その1

 ●皇族は国民ではあらせられない
 秋篠宮さまが長女眞子さまと小室圭さんのご婚儀について「憲法にも結婚は両性の合意のみにもとづいてとある」とされたうえで、これをおみとめになられた。
「状況が整わなければ納采の儀(ご婚約)をおこなうことはできないとのべてこられたことから、世間的には、方針の転換とうけとめられた。
 秋篠宮さまのご発言には、皇室のありかたをゆるがしかねない瑕疵がみえている。
 皇族は、国民のご身分ではあらせられないので、憲法による規定をおうけにならないのはいうまでもない。
 日本国の戸籍をおもちにならないというよりも、人権および人格、個人たる諸条件をすべて超越しておられるからで、日本人が、天皇やご皇族を敬愛してやまないのは、そのおすがたの神々しさゆえである。
 そのやんごとなき皇族が、国民を規制する権力の体系である憲法にみずからすすんで従われようとされるのは、国体や国家伝統、皇族の歴史的なありようからみて、奇異にして不自然で、違和感をかんじざるをえない。
 まして、天皇の正統性たる万世一系≠ノふれかねない皇族のご婚儀という国体上の事柄に憲法をもちだされるご見識については、言語道断と申し上げるほかない。

 日本と中国、ヨーロッパの権力や権威は、それぞれ、なりたちが異なる。
 易姓革命の中国では、徳ある者に王位を付与して、徳を失った王から王位を奪うという「天命運動」がおこなわれた。4王朝(「遼・金・元・清」)による異民族支配は天命≠ニいう支配イデオロギーが、民族や歴史、文化をこえていた証左といえよう。
 ヨーロッパの王朝は、家門による権力主義で、ローマ教皇庁と並ぶ勢力を誇ったハプスブルグ家をはじめ、スチュアート家(イギリス)、ブルボン家(フランス)、メディチ家(イタリア)などの名門が跋扈して、のちのヨーロッパ国家形成の母体となった。
 日本は、神武天皇の建国神話にもとづいて、天皇の権威を歴史的にうけつぐ皇統保持で、その象徴が「万世一系」である。
 権力や権威の正統性は、ヨーロッパにおいては家門で、中国は天命、日本は歴史にある。
 権力や権威を、法で規定したケースは、近代以降の革命国家のほかにはみることができない。
 天皇の正統性は、ヨーロッパの「家門(血族)」や中国の「天命(徳)」とは異なり、神武天皇の皇統(男系血統)にある。
 歴史そのもののなかにあって、天皇の地位は、歴史上の地位である。
 歴史が、天皇の玉座を用意して、万世一系のどなたかがその玉座におつきになって、天皇陛下になられる。
 この構造は、血筋をたどってその地位をひきつぐ血縁的相続とは、根本的に異なる。
 万世一系というのは、神武天皇の血統を継いでいるか否かだけで、親等とはかかわりがない。
 女性がX染色体を2つもっているのにたいして、男性はXとYの2種の染色体をもっている。Y染色体をうけつぐ男系相続では、Y染色体は交差しないので、親等を問う必要がない。

 第26代継体天皇は、先代の武烈天皇と血縁性がなく、第15代応神天皇の5世孫である。大連の大伴金村、物部麁鹿火、大臣の巨勢男人ら豪族の推戴をうけて、天皇になったが、武烈天皇も応神天皇も、神武天皇のY染色体をうけついでいる。

 それが、万世一系にもとづく皇統で、男系相続が絶対条件となる。
 大昔でも、男系・女系が混じる血縁相続では、皇祖が神武天皇ではなくなることはわかっていたのである。
 皇位が「万世一系」になることによって、天皇は、歴史からうまれることになった。葦津珍彦は「天皇は歴史をつらぬく真実」といった。天皇は、門閥や血縁、権力や人徳、法や制度からうまれるものではなく、歴史そのものだったのである。
 したがって、無人格となる。「神に祈る神」である天皇は、神道の最高神官にして、最高権威の聖なる存在だからで、日夜、日本国の弥栄と日本人の平安を天照大御神に祈っておられる。
 権威である聖なる天皇と、権力を行使する俗なる権力者とは、一線が画される。
 天皇は、権力者ではないのみならず、権利も基本的人権ももっておられない「神のような人」で、日本という国が一つにまとまっているのは、その中心に無私の天皇がおられるからである。
 第59代宇多天皇は「寛平御遺誡」という帝王学を遺された。
 そこには「愛憎や好悪、惑溺や喜怒をおもてにだしてはならない」とある。
 貞観政要などの帝王学にも「じぶんの意見を安易にのべるべきではない」とある。
 意見を発すれば、かならず敵をつくるからで、皇族が政見をのべ、選挙権をもったら、天皇中心の日本の国体は、崩れ去ってゆくであろう。
posted by office YM at 04:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする