2021年02月01日

 天皇と民主主義 その2

 ●天皇の象徴性と民主主義の具象性
 世界の国々は、現在、王朝国家か、かつて、王朝国家だった歴史もっている。
 多くが、近代になって、王朝を倒し、または離反して、革命国家となった。
 革命国家の代表として、フランスとアメリカ、ロシアと中国があげられる。
 一方、王朝を残している伝統国家も、日本やイギリスなど、すくなくない。
 同じ王朝国家といっても、日本とヨーロッパでは、基本的な構造が異なる。
 日本は、紀元前に成立して、古墳時代に基礎を固めた「大和朝廷」が国家の始原で、すめらみこと(皇尊)が国を治めた。
 エジプトのピラミッドや中国の始皇帝陵に並ぶ世界3大墳墓として知られる前方後円墳が、当時、大和朝廷が国家を統べていたあかしである。
 仁徳天皇をはじめ、85基の天皇陵、4800基の一般陵が前方後円≠ニいう統一された造形形式をとっていることから、古墳時代に、天皇にたいしてなんらかの象徴観念や共通認識ができあがっていたと思われる。
 神武天皇(かむやまといわれびこのすめらみこと)を初代とする大和朝廷が現在まで126代にわたってまもられてきたのは、皇祖が神武天皇となる父系相続=皇統だったからである。
 それが宮家で、皇統をひきつぐ皇族男子のみに宮号があたえられる。
 宮家は、神武天皇にはじまる皇統という大樹からのびた枝である。
 そして、現在の皇室は、第113代東山天皇の第六皇子直仁親王がひらかれた閑院宮という枝である。
 皇統という考え方は、中国の「天命」や西洋の「家門」とは異なる日本特有のものである。

 ヨーロッパの王室と日本の皇室がちがうのは、そもそも、国家の成り立ちが異なるからである。
 地中海のカルタゴを滅亡させてうまれたローマ帝国、その後のフランク王国や神聖ローマ帝国をへて、現在の国家形態をとるのは、17世紀(ウェストファリア条約/1648年)以降である。
 主導権を握ったのが家門で、ヨーロッパの国々は、家門をひきついだ王室を中心につくりあげられてゆく。
 イギリス王国のノルマン朝から現在のウィンザー朝、フランク王国のカロリング朝やブルボン朝、神聖ローマ帝国のハプスブルグ朝など多くの有力家門が複雑に血縁関係をむすび、ヨーロッパの王室は、王位継承権をもちあう巨大な家族的集団となった。
 門閥であるヨーロッパの王室では、血族が、男系と女系の両方へひろがってゆくリゾーム(根)型である。
 一方、男系相続の日本の皇室は、女系という横にのびてゆく系列がない男系一本のツリー(樹木)型となる。
 そこで、皇胤を拡充するために、宮家という横にのびる枝が必要となる。
 皇統という大樹からのびた枝をとおして、宮家は神武天皇の直系となる。
 戦後、11宮家が皇籍離脱させられたが、そのうち、5宮家(賀陽宮、久邇宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮)は男子に恵まれて、総数で20人をこえる。
 皇族と旧皇族の親交団体(「菊栄親睦会」)を発起された昭和天皇の念頭には皇位継承権を広げる意図もおありだったという。
 そのことが意味するところは、旧皇族が隠然と存在して、男子の皇胤がおられるかぎり、女系天皇による皇統の消滅は避けられるということである。

 王朝国家が、市民革命と産業革命にうねりにのみこまれて、形骸化あるいは消滅してゆくなかで、日本は、古代より、軍部に政治利用された近代の一時期をふくめてではあるが、現在にいたるまで、ゆるぎなく、存続してきた。
 市民革命によって、民主主義が唯一の基準になったのは、伝統的な価値観をすべて失ったからだった。
 民主主義は、多数決と多数派支配のことで、唯物論である。
 政治とは、個と全体を調和させることだが、どんな哲人も政治家も、これを実現させた者はいなかった。封建主義も専制独裁も、共産主義も、個と全体の矛盾を解消させるどころか、却って、ふくれあがらせただけだった。。
 例外があった。日本である。個と全体の衝突を回避して、効率のよい政治をおこなっていたのは、世界で、天皇と将軍を両立させている日本だけだった。
 権威と権力、国体と政体の二元論で、この二元論だけが、個と全体の矛盾を解消できる。
 権威は唯心論で、権力は唯物論だが、一方だけでは片手落ちである。
 カネや権力も必要だが、やさしさや安心をあたえるのも政治である。
 日本がその政治をおこなえたのは、権力を監視する権威の目がはたらいていたからであった。
 イギリスは、カナダやオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなど旧植民地の自治権をみとめる「ウェストミンスター憲章(1931年)」に署名して、イギリス連邦の権力者から、権威の座へ移られた。
 同憲章はこのとき象徴≠ニいうことばをつかった。
 日本において、天皇は、2000年前から象徴で、権力たる具象と二元論を構成してきた。
 わたしは、天皇の象徴性と民主主義の具象性も二元論ではないかと考える。
 次回以降、天皇と民主主義について、さらに、議論を深めていこう。


posted by office YM at 10:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする