2021年02月07日

 天皇と民主主義 その3

 ●天皇(権威)と民主主義(権力)の二元性
 ソクラテスやプラトンが紀元前4世紀に捨てた民主主義を18世紀のルソーが拾ってきて、これを啓蒙思想の主柱にすえ、ヨーロッパ全土に革命の嵐が吹き荒れた。
 そして、世界の主たる国はみな革命国家となった。
 原点が「人間は生まれながらに自由」や「自然に帰れ」などのルソー主義にあって、フランス革命の「人権宣言」にも「人間は生まれながらにして自由かつ平等である」(1条)とうたわれている。
 ルソーは、5人のわが子を孤児院へ捨てる一方で、教育論(『エミール』)を出版、『懺悔録』では自己弁護を並び立て、ホッブズの『社会契約説』を主旨が一八〇度反対の『社会契約論』へリライトして世にだした世紀の詐話師である。
 ところが、日本では、フランス革命の理論的支柱で、近代でもっとも偉大な思想家としてほめたたえられている。
 ルソーのことばは『社会契約論』の翻訳者でもあった中江兆民らをとおして神の声≠フようにつたえられた。日本では、マルクスやルソーら啓蒙主義や民主主義の思想家がすべて神格化されて、西洋の思想の研究が博士号取得の条件となっているほどである。
 その一方で、日本古来の伝統的な価値観や政治形態はふり返られない。
 西洋の革命思想はありがたいが、わが国をささえてきた保守思想には関心がないのである。
 だが、革命の成果は、散々で、イギリスやフランス、そしてロシアも、革命政府を取り消して、議会制や共和制をとった。共産主義をとっているのは中國と北朝鮮だけだが、マルクス経済などとっくに捨てられて、とられている経済体制は国家資本主義である。
 革命は、結局、貴族や地主ら特権階級を倒して、封建体制や歴史的価値観を破壊しただけだった。
 そして、平民・農民が手にしたのが民主主義だった。
 その民主主義というのは、多数決の原理と普通選挙法のことである。
 西洋人が民主主義を称えるのは、庶民を虫けら同然にあつかった絶対王政や暗黒の宗教支配、奴隷制度が、民主主義を謳う市民革命によって倒されたからであった。

 日本には、絶対王政も恐怖の宗教支配も、奴隷市場もなかった。
 天皇がいたからである。民の神格たる天皇が、民を支配する権力を監視する権威と権力の二元論≠ノよって、日本はヨーロッパのような政治の暗黒性をまぬがれてきた。
 ところが、戦後、日本も、西洋のような絶対主義だったという歴史改ざんがおこなわれて、ついに「自虐史観」に立った歴史教科書が出回るまでになった。
 GHQの「宣伝刊行物の没収覚書」によって皇国史観や神道から「茶の湯」にいたる日本の歴史や伝統、文化を語ったおびただしい書物が没収、焚書されている。協力したのが、GHQによって解放されたマルキストで、そのなかに、旧東京帝国大学教授の牧野英一や尾高邦雄、金子武蔵ら著名な学者もいる。かれらの指導をうけた日教組が叫んだスローガンが「日本は戦争に負けて民主主義のよい国になりました」だった。
 それでは、数千年にわたって積み上げられてきた日本の歴史的蓄積や民族の知恵、善や徳、文化は、多数決より劣るというのか。
 まちがってもらっては困るのは、西洋人が民主主義を称えるのは、市民革命以前まで、西洋では、絶対主義の下で、民が家畜同然の生活を強いられてきたからで、多数決がりっぱな制度だったからではない。

「市民革命」によって、民は、王権や地主、教会の権力から逃れて、ようやく人間としての権利を主張することができるようになった。
 ヨーロッパの民にとって、市民革命は、福音だったのである。
 日本では死刑の執行にも幕府の許可が必要だった。罪状を記した書面を幕府へ送って許可をとるまで数年を要したという。30年戦争で、ドイツの人口が1600万人から1000万人まで減少したヨーロッパとは精神構造がちがうのである。
 中江兆民が唱えた「君民共治之説」は、ルソーの『社会契約論』からとったものである。ルソーはそこで「君民共治が理想であるが、そのような国があるはずはないので、やむをえず民主主義をえらぶ」という主旨のことばをのべている。
 君民共治の一つのケースが石山一向一揆≠フ劇的な退却であろう。10年間にわたって織田信長と衝突してきた一向一揆も、天皇(正親町)の仲裁によって、突如、石山を去る。信長も一揆衆も天皇には逆らえなかったのである。一揆の指導者だった顕如はのちに本願寺の基礎を確立する。
 日本人は、民主主義の世の中にテロリズムが横行するのは嘆かわしいという。
 とんでもない思いちがいで、テロリズムを許容するのが民主主義である。
 ロックの社会契約説をとったアメリカ憲法は「革命権」までみとめている。
「民主主義と天皇は相容れない」という論者もいるが、これも誤りである。
 天皇は権威、民主主義は権力で、権力は、権威の支えがなければ成立しないのである。
 次回以降、天皇と民主主義に関係について、議論を深めていこう。

posted by office YM at 21:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする