●核の傘≠ニいう幻想に踊る政治家たち
ウクライナ戦争以前、核の実戦配備など考えられもしなかった。
だが、プーチンが核攻撃をちらつかせ、北朝鮮が、韓国に核攻撃の可能性を口にするにいたって、それまでの戦争概念ががらりと変わった。
安全保障が、バランスオブパワーから「核攻撃を自国の核でまもる」という概念へ変容して、ヨーロッパ諸国がこぞって防衛費をGDP比2%へ増額するなど、核をふくめた国家の防衛思想に大転換がおきたのである。
そのなかで、日本だけが「唯一の核被爆国として核廃絶の理想、夢を絶対に捨ててはいけない(自民党国防部/宮沢博行)」などという乙女チックなことをいっている。
自民党国防部は「核をもつと核攻撃の対象になる。したがって、日本が核をもつとかえって危険」とするが、これは核を核で抑止する≠ニいう世界の常識に逆行する。
日米の「拡大抑止」の合意に「核をもっていると敵の攻撃目標になる」などという項目でもあったのか。
拡大抑止は、自国の抑止力を、他国にも提供する思想および構造である。
同盟国が攻撃をうけた場合にも反撃する姿勢をしめすことによって、同盟国への攻撃を思いとどまらせるというのだが、そんなまやかしの論理は、とっくの昔に破綻している。
松野博一官房長官は、米国防総省の「核態勢の見直し」(NPR)に核抑止力と拡大抑止力の両方が維持されているとして絶賛したが、そんなものはことばの遊びにすぎない。
アメリカは、日本や韓国に、核をふくむ「拡大抑止」を約束している。
「基本抑止」が、自国の国民や領土にたいする核抑止である。
そして「拡大抑止」は同盟国への核・通常攻撃を抑止する。
拡大抑止は一般的に核の傘≠ニも呼ばれる。
この核の傘≠ヘ「ニュークリア・シェアリング」とちがって、核抑止力がそなわっていない。
核の傘≠ニ「ニュークリア・シェアリング」はどうちがうのか。
核兵器を国内に保持するのが「ニュークリア・シェアリング」で、核兵器を保有せず、核報復を他国に依存するのが核の傘≠ナある。
核を保有せずに核防衛ができるという、一人よがりで、インチキな理屈が核の傘§_なのである。
●使われないからこそ抑止力になる核兵器
冷戦期にフランスで「アメリカはパリをまもるためにニューヨークを犠牲にするか」という議論がわきあがって、結局、アメリカの核の傘≠ゥら離れて核保有国になった。
フランスが核分裂の理論を確立したのは、日本とほほ同時期の1939年である。第二次大戦終了後の1945年にはフランス原子力庁が設立され、1954年には原爆製造部を設置された。1959年に当時のドゴール将軍が、核戦力の開発を宣言して、1960年にフランス領サハラ砂漠で最初の原爆実験がおこなわれた。
ドゴールの核武装論は、ボーフル陸軍の「抑止と戦略」論にもとづくものだった。
ボーフルは「核大国が敵資源の95%を破壊できるが、核をもたない小国の通常兵器は最大限15%程度にとどまる。これでは戦争抑止力にならない」とドゴールに進言した。
これが、フランスが核保有国になった切実な理由で「核廃絶の理想や夢」を追う日本とは、思想が根本的に異なるのである。
立憲民主党の泉健太代表は、アメリカの核兵器を日本国内に配備する核共有(ニュークリア・シェアリング)の抑止力を否定した。「持っていても使えない核兵器は抑止力にならない」というのだが、泉は、使われないからこそ最大の抑止力となる核の本質のイロハがわかっていないのである。
共産党の穀田恵二(国対委員長)は、自民党の安倍晋三元首相や日本維新の会の松井一郎代表を念頭において「ニュークリア・シェアリングを議論せよというのは、世界の流れに逆行する犯罪的な発言だ」と批判したが、世界の流れを読みちがえているのは日本共産党のほうである。
●核抑止力があるから使える通常兵器
「非核三原則」の日本がウクライナの二の舞にならないのは、実質世界5位の軍事力をもっているからで、中国は、日本が「潜在的核保有国」であることをみとめている。中国メディア(人民日報)が「日本は7日間で原爆をつくれるばかりか、原子物理学やロケット工学で欧米以上の技術をもっている。日本を侮るとひどいめに遭う」などという論文をしばしば載せる。
これが、日中の戦争抑止力になっているのは、じつに皮肉なことである。
航空機や潜水艦をふくめた日中海洋戦のシミュレーションもおこなわれているが、いずれも日本側の圧勝で、中国が、尖閣諸島に手がだせないのはそのせいである。
ロシアの専門家が分析した「ロシアと日本がもういちど日本海海戦(第二次日露戦争)を戦ったらなら」という詳細なレポートも存在する。
結果からいえば、航空戦では互角だが、戦艦と潜水艦戦では日本が圧勝して日本の戦勝が予測されている。
中国は沖縄占有、ロシアが北海道侵略の野心をもっているが、日本の現在の軍事力をもって、沖縄も北海道も、完全に防衛できる。
その前提となるのは「核共有(ニュークリア・シェアリング)」である。
通常兵器の戦闘が可能になるのは、核をもつことによって、敵の核が封じられるからである。使えない核が敵の核を封じる。「もっていても使えない核兵器は抑止力にならない(立憲民主・泉)」というのは完全な事実誤認だったのである。
●右手に核″カ手に国連≠フ五大強国
核をもった大国が核をもたない小国を徹底的に叩いたのが、ベトナム戦争や湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などのアメリカの戦争だった。
ジェノサイト(民族大虐殺)をおこなったのもアメリカで、大都市の空襲や広島長崎への原爆投下で、アメリカは40万人の日本の民間人を殺戮した。
核は、報復をうける可能性がゼロで、最大の攻撃効果が期待される場合のみに使用される。
したがって、イラクが核をもっていたら、フセインと50万人のイラク人が殺されたイラク戦争はおきなかった。
イラクがアメリカに国家をつぶされたのは、イスラエル空軍に核施設を破壊されたからである。今回のウクライナの悲劇は、核をもっていなかったばかりにアメリカから一方的に攻撃をうけた18年前のイラク戦争の再現だったのである。
当時、バクダッドでイラクのラマダン副首相を取材中だったわたしは、大国エゴの戦争リアリズムを痛切にかんじた一人である。ラマダンは「アメリカは攻めてこない、わが国を攻める理由がないからだ」といってフセインと面談をとりつけてくれた。
だが、日本大使館は「今夜の最終便(ヨルダン行)の逃すと取り残される」とわたしにつよく同行をもとめた。その日、大使と二人で、インド人のコックがつくったカレーを食べたあとで、しぶしぶ飛行機に乗ってヨルダンについた直後、アメリカの空爆がはじまった。
ラマダン副大統領は、フセインが絞首刑になった3か月後(2007年3月20日)、バグダッドで死刑が執行された。
アメリカがイラクを攻撃した理由は、生物・化学兵器や原爆をつくる準備をしていたというものだったが、戦後、そんな痕跡はなにもみつからなかった。
ロシアもウクライナが核開発をしていたといういいがかりをつけたが、むろんそんな事実はなかった。
今回のロシアのウクライナ侵略もイラク戦争も、核の威をかさにきた大国のエゴで、冷戦構造崩壊後、世界は、帝国主義の時代に突入していった。
アメリカ一極体制から中華思想、大ロシア主義、EU(欧州連合)、大英帝国連邦、イスラムやインド文化圏がそれぞれ一国主義をうちだす帝国主義乱立の時代に突入したわけで、時代も世界も、混沌としてきた。
次回以降よみがえってきた帝国主義の亡霊≠ニ題して、世界情勢にも目をむけていこう。