●国力がチェチェンの60倍以上のウクライナに勝てるか
ロシアには勝てっこないので、ウクライナ4500万人国民は、降参するか祖国を捨てるべきだ。そして、10年経ったら帰ってきて、祖国を再建すればよいではないかなどいうノーテンキなことをいってのけたのが橋下徹(弁護士/元大阪市長)だった。
寺島実郎(多摩大学学長)は『サンデーモーニング(TBS)』で、ロシアのウクライナ侵攻について「ウクライナは一方的な被害者ではない」とロシアに理解をしめしたばかりか「ゼレンスキー大統領はコメディアンだったヒトですよ」と売りにしているインテリ風をふかせた。
杉山太蔵にいたっては「ロシアだけを悪者にして民主主義といえるか」などとわけのわからないことを口走っていたが、ウクライナ戦争の本質は、中国がロシア側に立ったように、最終的には、中国の台湾侵攻につうじる帝国主義の暴力性(=力の論理/軍事力・政治力・資金力)にある。
中国のチベット、ウイグル、内モンゴルの征服や弾圧、香港の中国化あるいは「一帯一路」における経済支配(インフラ回廊)がその力の論理で、中心にあるのが、ロシアの大ロシア主義と同様、大中華思想である。
橋下や寺島、杉山らの理屈では、敵が攻めてきたら白旗を掲げるべしということになるが現状変更≠ヘ、革命でもある。したがって、前体制の支配者は死刑台へ送られるばかりか、歴史や伝統、文化が根こそぎ破壊される。
チェチェンの国土も人口も、ウクライナの2・5%の小さな国だが、民族の自由と誇りのために、40万もの人命を犠牲にして、15年も戦い抜いた。
チェチェンの人口は、現在、80万人だが、内乱で、40万人が虐殺されている。殺されたのは、すべて独立派のチェチェン人だった。現在、プーチンの子分、カディロフが全土を掌握しているが、チェチェン人は、中国支配下のチベット人、ウイグル人以下の扱いをうけている。
ロシアがアフガニスタン戦争で負けたのは、チェチェンの60倍以上の国土を掌握できなかったからだった。アフガニスタンを軍事支配するなら、戦争に勝って、武装解除したのち、なお、100万の常備兵が必要となる。
そんなことができるわけはなく、旧ソ連は、10年間のアフガン戦争で国力を使いはたして、ついに、ソ連邦解体という墓穴を掘ったのだった。
日本のマスコミ論者たちは、なぜ、ロシアが、アフガニスタン以上の国土や人口、経済力をもったウクライナを、数日間で、降参させられると思ったのであろうか。
●敵が攻めてきたら白旗を掲げるのが「9条」の精神
チェチェン人がたたかったのは、あるいは、ウクライナ人がたたかっているのは、民族自決や自由、歴史や文化をまもるため、いわば反革命≠フためである。
ところが「多数決(民主主義)は絶対に正しい」や「武器を捨てると平和になる(憲法9条)」なるという教育をうけて育った平和ボケの日本人は、民族の独立や自由のためにたたかうという意味も価値もわからない。
「イノチがいちばん大事、戦争反対の声をあげましょう」というのが日本人の戦争にたいする感性で「戦争がおこったら国のためにたたかうか」というアンケート(「世界価値観調査」)にたいして、日本は、世界79か国中、最下位の13・2%だった。
ちなみに、台湾は、韓国の67・4%を上回る76・9%だった。
台湾の防衛意識が高いのは、中国本土とは異なるアイデンティティをもっているからで、対中接近をはかった馬英九(中国国民党総裁)が学生や若者らの「ひまわり学生運動」によって倒されると、2016年、民主進歩党の蔡英文総統が台湾主義を打ち出して政権を握った。
現在も、蔡英文女史の民主進歩党が、若者中心に高い支持率を維持しているが、キーワードは、台湾アイデンティティで、北京語の廃止と台湾語の普及も急速にすすんでいる。
対中警戒感を決定的にしたのが、2019年の「香港の大規模抗議行動」を鎮圧した中国政府の「香港国家安全維持法」だった。自由都市香港が、一夜にして、中国共産党の強権主義にのみこまれたのを見て、それまで、台湾独立を言いだせなかった蔡英文が堂々と「台湾の香港化を避ける」と公言するようになった。
●永遠につづく「攻める戦争」と「守る戦争」
これにたいして習近平政権は、馬英九時代の「平和的統一」路線を放棄して「軍事的統一」に切り替えた。台湾海峡や台湾東部沖の太平洋で、中国海軍の空母「遼寧」を中心に戦艦や戦闘機の軍事演習をおこない、ミサイル攻撃まで予告するという強硬ぶりだった。
これにたいして、台湾海軍は、地上および艦艇、戦闘機による対艦ミサイル(「雄風2」)の発射訓練を実施して、命中率が98%だったことを公表した。
そこにとびだしたのが、バイデン米大統領の電撃的発言だった。
日米首脳会談後、岸田首相との共同記者会見で、台湾有事の際にはアメリカが軍事介入すると明言したのである。女性記者から「台湾防衛のために軍事的に関与するのか?」と質問されて「イエスそれが、われわれのコミットメント(約束)だ」応えたのである。
台湾外交部(外務省)は、同日、歓迎と感謝の意を表明するとともに、日米と協力して「インド太平洋地域の平和と安定をまもっていく」とした。
インド太平洋地域というのは「日米豪印4か国戦略対話(クアッド)」のことである。自由陣営には、現在、クアッドのほかファイブ・アイズ(英米加豪ニュージーランド)とオーカス(英米豪)という3つの枠組みがあるが、有力なのが、クアッドで、安倍政権がすすめた「自由で開かれたインド太平洋」構想がいつのまにか中国包囲網の中心になっていた。
中国がいちばんおそれているのが、クアッドのNATO化である。
5月24日、総理官邸で開かれた「クアッド」首脳会合における共同声明が発表された。戦争による現状の変更をみとめず、地域の緊張を高める軍事的な行動につよく反対するとしたほか、4か国の首脳が自由で開かれたインド太平洋の安全と繁栄をもとめたこの声明は、中国を念頭においたもので、バイデンの電撃的な発言も、日米首脳会議という舞台でなければでてこなかったろう。
アメリカは、ゼレンスキー大統領が熱望してやまなかった「長距離・多連装ロケットシステム(MLRS)」や「高機動ロケット砲システム(HIMARS)の提供を決定したという。
この高性能ミサイルによって、膠着状態にあるウクライナの戦況は一変するとみられているが、アメリカは「台湾関係法」にもとづいて台湾にたいしても武器を提供できる。
ウクライナ戦争によって、習近平は、戦争が目的遂行の有効な手段ではないと知ったはずで、中台戦争は、常識的にも、理論的におこりえない。
おこるのは、軍拡競争と高性能武器の供与あるいは売買だけである。
帝国主義が戦争にゆきつくのは、戦争が最大の消費と生産≠もたらす経済活動だったからなのである。