●経済を「新自由主義」型から「信用創造」型へきりかえよ
1955年以降の高度経済成長と池田勇人の所得倍増計画(1960年)によって、日本経済は、大躍進をとげた。
だが、70年代のニクソンショックと石油ショック、85年のプラザ合意が契機となったバブル経済とその崩壊(91年)、新自由主義に立った小泉改革をへて、日本経済は「失われた30年」という長い沈滞期へ突入していった。
1990年、大蔵省は、バブル経済を沈静化させると称して総量規制という禁じ手を使っている。
その結果、地価や株価が暴落して、日本経済は、もののみごとに崩壊した。
あたりまえである。1兆円が10兆円として機能している信用創造に制限をかければ、金融経済全体が縮小して、国家や国民が貧困化しないわけはない。
総量規制は、真珠湾攻撃のようなもので、バブル沈静の特効薬になった。
げんに、真珠湾攻撃に喝采を送るヒトがいるように、あのとき、総量規制が必然だったという経済学者や論者も少なくない。バブルはいつか崩壊するのではやく手を打ったほうが傷も浅いという理屈である。
だが、オランダのチューリップバブルの崩壊は単品投機で、1930年代の世界不況については、いまだ原因がわかっていないが、原因の一つに生産力と購買力の構造的落差があるので、一過性のバブルやバブル崩壊と同列に論じることはできない。
「失われた30年」というダメージを負っておいて、総量規制が深手を避けるためのものだったといっても言い訳にもならない。
1990年代前半に一人当たりGDP世界第一位を記録するなど世界有数の富裕国だった日本は、現在、アメリカ、中国に次ぐ世界第3位だが、実数では、アメリカの20%強、中国の28%にとどまって、4位のドイツとは僅差である。
1人当たりGDPにいたっては世界27位で、ドイツなどヨーロッパ諸国に水をあけられているほか、国連の幸福度ランキングでは世界56位という後進国並みのレベルに転落している。
●日本の商道の「ヒト・モノ・カネ」の哲学
経済は、需要と供給、資産と負債などの二元論で語ることができない。
生きている人間とかかわる多元論で、その象徴が信用創造≠ナある。
信用創造は、貨幣経済のことでもあって、西洋の初期の資本主義にも日本の商道にも、ヒトとモノ、カネにまつわる哲学があったのである。
経済が生産、貨幣と資産の二元論なら、アメリカの好況や、勢いがとまらない中国経済、ウクライナ戦争で一日数兆円の戦費を使っているロシア経済が破産しない理由に説明がつかない。
米中ロなどの大国の国家経済がつぶれないのは貨幣発行権という信用創造の能力を行使しているからで、評論家の木村太郎が「夏までにロシアは経済破綻をおこして消滅する」と誤った予言をおこなったのは、信用創造という局面が見えなかったからだった。
この信用創造をぶち壊したのがバブル崩壊時の日本の総量規制(ハードランディング)だった。
その一方、現在、中国でおきている行政区単位のバブル崩壊が表面化しないのは、権力がこれをおさえこんでいる(ソフトランディング)からである。
中国も、日本のように総量規制をかけるとパニックがひろがって中国経済も危機に陥るはずである。1929〜36年のアメリカ発大恐慌は、ウォール街の株式が大暴落(「暗黒の木曜日」)からはじまったが、直接的には株価暴落にともなう取り付け騒ぎで銀行が破綻、融資をとめられた企業も倒産して失業者が町にあふれだしたからだった。
当時の共和党がなに一つ対策を打ちだせなかったのは経済を知らなかったからで、フーバー大統領以下、政府首脳は、需要と供給が自動的にバランスをとりあうというアダム・スミスの「神の見えざる手」を素朴に信じているだけだった。
●所得倍増計画の「アニマルスピリット(生命力と創造力)」
経済は、自由放任主義や市場原理、資本の論理にまかせてしまうと創造性やモラル、信用などの価値観を失って、破綻へむかう。
恐慌や富の独占、戦争へむかうのが資本主義の負の局面で、経済は、政治と同じように、善や法、秩序など、全体の利益をもとめる国家という大きな枠でとらえなければならない。経済も、国民主権のルソー型と、国家主権のホッブズ型の2つのパターンに分けられるのである。
浜矩子(同志社大学大学院教授)はMTT理論を批判して「国家に永続性はない」とのべた。
浜らのマルキストがもとめるのは、ホッブズ的な国家ではなく、ルソー的な人民政府で、国家資本主義の発展をめざすホッブズ型経済(ケインズ主義)はかれらの敵なのである。
池田勇人の所得倍増計画がケインズ主義の「アニマルスピリット(生命力と創造力)」にもとづくものだったことは、池田のブレーンだった大蔵官僚で経済学者だった下村治がケインジアンだったことからもわかる。
ケインズ主義の対極にあるのが新自由主義で、市場の原理を「神の見えざる手」にたとえ、自由放任を主張したアダム・スミスの上をゆくリバタリアニズム(超自由主義)である。
主唱したのは、シカゴ大学のフリードマン教授で、これを日本に移入したのが市場主義や規制緩和、民営化を主軸とする「聖域なき構造改革」をすすめた小泉純一郎と竹中平蔵だった。
「小泉改革」が失敗に終わったのは、経済停滞が構造の問題≠ナはなく、下村が指摘したように人間の問題≠セったからで、小泉・竹中が民営化をすすめた郵政は、アメリカの食い物にされただけだった。
●「効率化」の自由主義と「生産性」のケインズ主義
日本は得意の「ものづくり」でも醜態をさらした。IBMの産業スパイ事件(1982年)で日本製パソコンにソフト上の縛りがかかって、IBMの拘束をうけないコンパック(米製)に敗退したほか、市場では自治労などの労組がパソコンの使用が労働強化にあたるとして敵対視したため、学校でのパソコン教育が大幅に遅れて、日本は世界で最悪のIT・パソコン後進国になってしまった。
社会保険庁が約5000万件もの年金記録(年金番号)を紛失したのはパソコン業務を外注に回したからだった。
パソコン作業の外注以外、これまで日本企業は「丸投げ」という外注思想によってみずからの首をしめてきた。
マイクロソフトが開発してインターネット社会の牽引車となったウインドウズ95も、日本メーカーは、経済効率を考えてこれをサムスン電子に製造委託をおこなって、ITやパソコン部門、携帯電話で韓国におくれをとったばかりか、つくるものがなくなった日本の電器メーカーは軒並みに凋落した。
効率だけを考えると製品リスク≠負わない部品製造のほうが、はるかに安全で、儲かるのである。
原子力発電所の建設も、価格の安い韓国に依存して、東京電力などは韓国の原子力業界から感謝状をもらったほどだった。そのせいで、日本の原子力業界は衰弱の一途をたどって、東日本大震災のおける福島原発事故では、日本の原子力業界の非力は目に余った。部品がすべて韓国製なので、日本の技術者の手に負えなかったという話もささやかれた。
日本経済や産業界、製造業がこれほど自信と誇り、能力を失ってしまったのは効率化≠ホかりに目をむけて生産性≠かえりみることがなかったからである。
効率をいうなら新自由主義がチャンピオンだが、新自由主義が行き着く先は弱肉強食と格差、不平等と不公平のジャングルである。「自然に帰れ」のルソーはこれを自然状態としたが、ホッブズはこれを野蛮と見て、強力な国家を構想した。
次回から「効率化」と「生産性向上」の比較論をとおして日本経済に将来を展望しよう。