●マスコミの保守潰しと、日本を支えてきた自民党の派閥政治
自民党派閥のパーティ券問題で、未申告を裏金といって、マスコミが騒いでいる。
裏金ではなく、ただの未申告なのだが、マスコミは、悪いのは派閥構造で、したがって、派閥を解消するのが先決というムードを演出している。
自民党政治が派閥化されたのは、自民単独政権が確立された55年体制からである。
吉田茂の自由党と鳩山一郎の民主党がいっしょになって自由民主党になった。
自民党の吉田系のちの池田系と鳩山系の系列、岸信介の系列などがうまれた。
大野伴睦や川島正次郎、河野一郎などの派閥もあった。その派閥のなかで、しばしば、権力抗争がおきた。その政権交代が疑似政権交代≠ニなった。
自民党派閥の疑似政権交代によって、実際に政権交代がおこなわれたような効果があった。
自民党は、左翼から右翼にいたる幅広い政党で、厳密な意味では、保守党ではない。その自民党が長期政権を維持できたのは、思想に幅のある派閥が機能していたからだった。政権内の派閥が代わることによって、国民は、政権交代がおこなわれたように錯覚したのである。
派閥がわるい、というのがマスコミ世論だが、わるいのは派閥ではなく、政治家である。
政治家が政治資金規正法のルールをまもらなかったからで、政治資金規正法でゆるされているキックバックも、申告しなければ、同法違法になる。
キックバックに違法性があったのではない。未申告だったから問題化しただけである。
すでに3つの派閥が解体されて、残る3つの派閥も存続が危うい。
だが、派閥に責任はない。それどころか、派閥交代という疑似政権交代によって、これまで、自民党は幾度も難局をのりこえてきた。
政治には流れがある。吉田学校の流れでは、池田勇人の宏池会や佐藤栄作、田中角栄の系列。岸信介の流れでは、福田赳夫から清和会、河野一郎、中曽根康弘の系列。政策や考え方が似ている政治家が集まってグループをつくる。
主義主張をともにする政治家が政策集団をつくるのは、ごく自然な現象である。
悪いのは派閥というのは論点のすりかえで、政治の本質を見ていない。
衆院参院あわせて400人の大集団、左から右まで幅の広い人材で構成された自民党が、政治や政党で一本化できるはずはない。
政策が一致する党員同士が集まって、勉強会などをおこなうのは、ごく自然なことで、わたしも椎名悦三郎の派閥の勉強会に参加させてもらったことがある。衆議院選挙でわたしを後継に指名された菊池義郎先生が属する川島正二郎の派閥が椎名悦三郎にひきつがれたからだった。
田中角栄の新政策総合研究会に正式会員としてくわわったこともある。
ホテルオータニで、朝8時から勉強会があった。その折、山下元利元防衛相らと懇意になった。派閥の勉強会で、政治や政策の勉強ができ、人脈をつくるという貴重な体験をさせてもらったのである。
問題があるのは、派閥を利用して、総理大臣がもっている人事権に手をのばすことで、じぶんの派閥に大臣の椅子をいくつまわせ、というゴリ押しをして大臣以下、役職を派閥の力できまってしまう。
その結果、不適切な大臣がつぎつぎに出てくる。
それも、権力の集中化と並ぶ派閥政治の一大欠陥である。
政治家のパーティはたかがしれている。
だが、派閥のパーティではケタ外れに金額が大きくなる。
パーティの金額が大きくなると、未申告の金額も大きくなる。
集め方に問題があったわけではない。集金したカネを申告しなかったことが問題で、責任は、申告しなかった政治家個人に帰される。
派閥問題は、政治家のモラルの問題だったのである。
派閥は今後もなくならない。たとえ一時、なくなっても、勉強会として復活してくるだろう。
自民党は、右から左まで、幅の広い政党である。その自民党内で、政権担当派閥が変わることによって、疑似政権交代がおきた。
たとえば、田中角栄のあとに三木武夫という真反対の政治家が首相になった。
自民党のなかで、対立関係にある政治家のあいだで政権が移動してゆく。
このとき、国民は、政権交代がおこなわれたかのような錯覚に陥る。
そのメカニズムのなかで、自由民主党の派閥政治は、この70年間で、のべ64年間にわたって政権を担当してきた。
今回の事件の責任は、派閥の問題ではなく、派閥を担う政治家個人にある。
派閥政治の否定は、自民党政治の否定で、残るのは、独裁か、人民民主主義だけになる。
政治家個人のモラルの問題を派閥に転嫁してはダメだ。
まず、政治とカネの問題にけじめをつけて、マスコミにつけいるスキをあたえないことである。