2019年10月21日

日・米・中・韓の新時代と日本の役割@

 ●日本が種付けして、育成した中国資本主義
 日本の開国は、地政学的にも時代背景的にも、奇跡といってよいほどの立地条件に恵まれていた。
 地政学的には、中国大陸と朝鮮半島を海洋で封じて、アメリカとは、太平洋の西と東でむきあっている。
 イギリスと並ぶ堂々たる海洋国家の立ち位置で、海岸線の長さはアメリカを抜いて世界第六位、中国の約二倍である。
 日本が開国した1868年も絶妙のタイミングで、産業革命やアメリカ独立戦争、フランス革命から百年もたっていない。
 産業革命以前のヨーロッパからえるものはなにもなく、それ以後(19世紀末〜20世紀)であれば、帝国主義から世界戦争へむかう英仏独らの欧州列強や米ロにのみこまれていた可能性もあった。
 17世紀の江戸時代、日本は、世界に冠たる都市国家を成立させ、明治維新後の近代化のちからをたくわえていた。
 シルクロード文明の最終地点たるユーラシア大陸東岸の島国に、中華文明と異なる日本文明(『文明の衝突』ハンティントン)ができあがったのは、はやくから、単一民族による単一国家が成立していたからで、大和朝廷が成立したのは、中国で律令体制が完成した隋や唐の数百年前である。
 日本を独立国家たらしめた立地条件は、かつて、黄金の国ジパング(『東方見聞録』マルコ・ポーロ)呼ばれた金銀ではなく、四季と温暖な気候、四大海流などの天然資源だった。
 日本は、長い海岸線と河川、森林がつくりあげた良好な近海漁場と、広大な沖積平野がつくりあげたゆたかな穀倉地帯の上に、なにものも依存しない独立国家を建立したのである。
 中国や朝鮮との距離は絶妙で、交流や交易には近隣でも、遠征侵略には遠隔とあって、大陸から日本への侵攻は二度の元寇だけだった。
 日本は、海洋で、中国や朝鮮を封じる要塞国家でもあって、その象徴がかつて中・韓を苦しめた倭寇である。
 中・韓が日本を侵略国家とみるのは、倭寇が中国や朝鮮半島の沿岸を荒らしまわった遺伝子的記憶のせいで、朝鮮の高麗と中国の明が衰退したのは、倭寇の侵犯をうけたからだった。
 近代以降、日本は、日清・日露の両戦に勝って、朝鮮半島や台湾を支配下におき、蒋介石の中華民国とたたかった。
 第二次大戦に負けて、日本は、戦前の権益をすべて失ったが、戦後、短時日で復興して、ふたたび、大国の立場を回復した。
 大陸や半島には、日本帝国時代の有形無形の資産がそっくり残って、それが中国(満州)や韓国、北朝鮮のインフラの基礎となった。
 日本は、中国大陸を侵略、朝鮮半島を併合したが、帝国主義や戦争の時代において、軍事力にモノをいわせるのが国家正義で、侵略をうけるのは、国家をまもることができない負け犬でしかなかった。
 現在、中国や韓国、北朝鮮が戦勝国のようにふるまい、日本が卑屈になっているのは、WGIP(ウオー・ギルド・インフォメーション・プログラム)と憲法(前文・9条)の毒薬が利きすぎたのと、政治家が愚かだったせいである。
 日本が堂々とふるまっていれば、中・韓とも、いまほど増徴することはなかったのである。

 中国経済は、日本を抜き、世界第2位となって、目下、アメリカと貿易戦争をひきおこしている。
 その中国経済に種をつけたのは日本で、文化大革命を終えたばかりの当時の中国には、資本主義のシの字もなかった。
 毛沢東の死後、華国鋒政権の下で、1977年、劉少奇主席に次ぐ走資派として冷遇されていたケ小平が復権した。
 そして、78年に華国鋒を追い落として、資本主義を導入する改革開放路線をすすめた。
 ケ小平が資本主義のモデルにしたのが日本だった。
 1978年に「日中平和友好条約」を締結した直後、ケ小平は、中国の指導者としては戦後初となる日本への正式訪日をおこない、新日鉄・日産・松下の3社を見学した。
 新日鉄の君津製鉄所を見学したケ小平は、工場の設備や技術について詳しくたずね、日本の生産技術を中国に移入するための具体的な方法まで聞き出している。
 それが、新日鉄の支援で創業された上海宝鋼、のちの中国最大手の宝山鋼鉄である。
 ケ小平氏の訪日後、中国で「日本ブーム」がわきおこって、多くの視察団が日本にやってきて、日本人の専門家や研究者、技術者が中国に招かれた。
 政府のメンバーによる会議もさかんにおこなわれ、経済・貿易・技術における官民一体の協力体制は、当時、緊密なものだった。
 現在、中国で稼動している大工場の多くが、日本人が関与したものである。
 ケ小平の成功例が「経済特区」の創設で、これは、市場経済への移行するための踏み切り盤だった。
 外国資本や技術の導入、人民公社解体にともなう管理能力の育成を眼目に、広東省の深センや珠海、汕頭、福建省の厦門が指定されて、それぞれ高い実績をあげて、それが、全国へひろがっていた。
 そして、いまや、中国経済は、世界第2位となって、アメリカと貿易摩擦をひきおこしている。
 中国経済が、ここまでのびたことによって、自由と民主主義が勝利宣言した「歴史の終わり」(フランシス・フクヤマ)に疑問符が投げかけられたほどである。
 中国資本主義は、現在もなお、日本をモデルにしている。
 日本の1960年代の高度経済成長とバブル経済、バブル崩壊から不良債権処理、そして、デフレ脱却まで、日本経済の歩みが、そのまま、中国経済のテキストになっているのである。
 それにしても、中国経済は、なぜ、ここまでのびたのか。
 その謎解きとなるのが、最近、話題になっている現代貨幣理論(MMT)である。
 MMTのもっとも顕著な成功例が日本という指摘もある。
 次回、国家資本主義の台頭に重なりあうMMTについても言及しよう。
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2019年10月15日

一国主義に立つ世界と後れをとった日韓C

 ●ノーベル賞の日本の技術に依存して反日≠フちぐはぐ
 同じ反日でも、民族的反日の韓国よりも、政策的反日の中国のほうが、はるかに冷静で、中国人は、日本の製造業が世界一のレベルにあることや、中国経済が、その日本経済をモデルに成長してきたことも、内心で承知している。
 中国メディア(『今日頭条』)は、中国が日本に歯が立たない製造業の分野に「半導体材料」「スマホ材料・部品」「専門的生産技術」「ハイテク素材」「工業ロボット」「宇宙開発」次の6つをあげた。
 半導体材料は、中国や台湾でも生産できるが、精度や性能の面で、日本には遠くおよばない。
 この分野で、日本が市場を独占しているのは、市場は最高の品質をもとめるからで、二番手、三番手は、ほとんど、市場競争力をもたない。
 韓国政府は、半導体材料の国産化に、毎年1兆ウォンの予算をあてる構想を発表したが、付け焼刃で、製造業王国の日本に追いつけたら苦労はない。
 スマホについていえば、韓国のサムソンも中国のファーウェイも、材料や部品の大部分は、日本製で、韓国や中国は、組み立てて、商品化しているだけである。
 中国は「日本製の部品を排除したらスマホを生産できない」とみとめているが、韓国は、その事実に目をむけない。
 そして、半導体素材の輸出管理強化(ホワイト国から除外)に反発して、ビールやラーメン、化粧品、ユニクロなどの日本製品の不買運動や日本の旅行中止をもって、日本に一泡ふかしたと思いこんでいる。
 不買運動をやるなら、対日貿易赤字が240億ドルにたっする素材や部品の不買運動をやったらどうか。
 半導体製品が主力の韓国の製造業では、日本から輸入した素材・部品を完成品に組み立てて世界に輸出するという日韓の分業体制が確立していて、それが韓国経済を世界10位の経済大国におしあげてきた。
 東南アジアの国々が、日本を隣国にもつ韓国の立地条件をうらやむのはそのせいで、保守派も、韓国経済が日本に依存している事実を十分にわきまえている。
 だが、文在寅政権やマスコミ、親北派や民主労総傘下の労組は、反日有理の一辺倒で、国民の多くは、反日を煽る新聞に踊らされている。
 日本経済は、消費財ではなく、生産財(材料・部品)や資本財(道具や機械)の経済で、中国や韓国ばかりか、成長いちじるしいアジアの経済もその恩恵をうけている。
 ボーイング787の翼や機体の素材をつくっているのは日本企業で、世界の一流工場で稼動しているのも、多くは日本の工業ロボットや工作機械である。
 日本の科学技術力の高さを証明したのが、小惑星「イトカワ」から帰還した「はやぶさ」や、地球から2億8千万kmの小惑星「リュウグウ」に着陸して岩石標本を採取した探査機軌道「はやぶさ2」で、NASA(アメリカ航空宇宙局)でさえなしえなかった科学の一つの頂点である。

 日本経済が科学や技術の経済であることを証明したのが、吉野彰のノーベル化学賞受賞である。
 吉野彰ら3人のノーベル賞学者が開発したリチウムイオン電池は、世界的なインフラをつくりあげて、2026年には、約12兆億円の市場規模になると予想されている。
 リチウムイオン電池は、1991年に商用化されて以来、携帯電話やノートPC、デジタルカメラからEV(電気自動車)に使用されて、電子機器時代の申し子となった。
 リチウムイオン電池の原理を開発したのが、米テキサス大学のグッドイナフ教授(97)とニューヨーク州立大学のウィッティンガム教授(77)、そしてリチウムイオン電池を商品化したのが名城大学教授の吉野彰(71)である。
 欧米が基礎研究、日本が応用研究というパタンのもとで、特許数がほとんど同じというのがこの世界の熾烈さだが、この戦場に、中国や韓国は参戦していない。
 技術やソフトを盗用して、経済規模を拡大させてきただけだが、そんなやりかたでは、かならず、壁にぶつかる。
 技術革新は、基礎・応用研究の上に開花するもので、日米欧の企業がつねに新技術をつくりだしてゆくのにたいして、その技術をみようみまねで盗むだけの中・韓に、どんな展望もひらかれない。
 ローテクならそれで間に合っても、ハイテク、スーパーハイテクになったらそうはいかなくなる。
 中国から東南アジア、インド、アフリカ、中東、欧州へとつらなる習近平の「一帯一路」は、インフラ整備やカネ、軍事力による他国の領地化で、基礎となっているのはハードとローテクである。
 一方、日本の「自由と繁栄の弧(価値観外交)」は、地域こそ「一帯一路」と重なるものの、軸になっているのは、自由と民主主義、基本的人権と法の支配、市場経済というソフトと、科学や技術のハイテクで、一帯一路とは、思想も構造も異なる。
 今後、世界は、飢餓や戦争、貧困という負の因子と、文明や科学、豊かさという正の因子へ二極化して、経済や交易、安全保障も、そのなかでゆれうごくことになる。
 日・米・欧・豪のグループと、中・ロ・韓・印とアジア、アフリカ、南米のグループが共存する世界のなかで、キーとなるのは、科学と技術であろう。
 韓国のネットには、日本で、科学分野でのノーベル賞受賞が24人目となることを挙げ、「不買運動で日本をうちのめしても、韓国経済が日本の基礎科学や技術に依存している現実をみなければ、韓国に明日はない」「日本のビールなどを標的にした不買運動をするなら、リチウムイオン電池を使ったスマホやノートパソコンなどを捨てるべきではないか」などの書き込みがあったという。
 日本を仮想敵に仕立て、南北統一をめざしてきた韓国の親北派にも、そろそろ、ほころびがみえてきたのである。

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2019年10月04日

一国主義に立つ世界と後れをとった日韓B

 ●左右対決に代わる民主主義と全体主義の対決
 朝鮮半島の動揺が、日・米・中の関係国ばかりか、ロ・印・豪などの辺縁国をまきこみ、さらに、中東やアフリカ、ヨーロッパにまで影響をおよぼそうとしている。
 韓国が、経済・軍事とも、世界のトップ10に入る強国なら、北朝鮮も核をもつ軍事大国(総兵力120万人/韓国軍66万人)である。
 その両国が、核保有や南北統一、米中関係などをめぐって揺れ動いて、その余波が、アジアのみならず世界におよばないわけはない。
 さらに、日韓緊張という吹き出物もあって、朝鮮半島は、東アジアのトラブルメーカーにして、世界の火薬庫なのである。
 朝鮮半島の動向が、大きなインパクトをもつのは、世界版図を二分するパクス・アメリカーナと中国モデルの境界線が、朝鮮半島のド真ん中(38度線)をとおっているからである。
 この境界線(新アチソンライン)と連動しているのが第七艦隊で、同艦隊の母港が、アメリカ最大の海外基地である横須賀である。
 横須賀の第七艦隊と横田の第5空軍、沖縄の第3海兵遠征軍と自衛隊の編成軍が日米安保軍で、NATO(北大西洋条約機構)と並ぶアメリカ主導の世界集団防衛体制である。
 日米安保を拡張した防衛戦略が「インド太平洋構想(日本・アメリカ・インド・オーストラリア)」である。
 同構想が実現すれば、これまで、国内に限定されていた自衛隊の活動範囲が太平洋からインド洋にまでひろがる。
 安全保障と足並みを揃えて、第一次安倍内閣(麻生太郎外相)の産物だった経済圏構想(「自由と繁栄の弧(インド・中東・中央アジア・ヨーロッパ)」がふたたびうごきだした。
 かつて、日本は、「自由と繁栄の弧」が、中国包囲網とうけとられかねないとして、福田康夫内閣や民主党内閣がこれを封印するというばかな真似をした。
 親中派や親韓派がのさばっていた時代の話だが、逆に、中国や韓国から反日という冷や水を浴びせかけられて、第二次安倍内閣以降、すっかりおとなしくなった。
 安倍首相は、ベルギーのブリュッセルでひらかれたEUの関連会合で、基調講演をおこない、EUと積極的に経済協力をすすめる考えを明らかにした。
 具体的には、EUと協力して、東欧やアフリカでインフラ整備をすすめるというもので、これによって、自由や民主主義、人権や法の支配、市場経済などの普遍的な価値を共有する「自由と繁栄の弧」が最終ゴールに到達したことになる。
 EUとのタイアップによって、価値観外交(「自由と繁栄の弧」)が、中国の経済圏構想「一帯一路」と対抗する決定的な存在となった。
 日本とEUが、アフリカから東欧、イタリアにまで手をのばしてきた中国の経済覇権を阻止しようというのである。
 中国の「一帯一路」が他国の領土化≠セったことは「中国パキスタン経済回廊」にもとづくパキスタンのグワダル港開発をみれば明らかで、巨額借金のカタに港湾を奪われて、将来、同港が中国の軍港になるのは目に見えている。
 受けた援助が、巨額の借金に化けて、建設中のインフラ設備をまるごと奪われる――それが「一帯一路」の借金漬け領地略奪法で、典型的なケースがスリランカのハンバントタ港だろう。
 2010年、ハンバントタ港建設に際して、スリランカが中国から借入した13億ドル(約1421億円)は、年6・3%という高利で、インフラ整備によって、多少、生産性が上がっても、容易に返済できる金額ではない。
 中国の資金源になっているのがアジアインフラ投資銀行(AIIB)である。
 アジアには、1966年に設立されて以来、融資やグラント(無償支援)のほか、アジア地域の経済・技術協力、貧困の対策などに取り組んできたアジア開発銀行(ADB)があって、日本が主導してきた。
 これにたいして、中国の習近平主席の肝いりでうまれたのが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)で、これに、アジア諸国を中心に50か国がとびついたが、そのなかに、イギリス、フランス、ドイツがふくまれていた。
 これは、英仏独の誤りで、中国の「一帯一路」は、金融やインフラ整備などをとおして、地政学的なメリットをもとめる戦略であって、日・米・欧の技術型・科学型経済戦略とは、相容れない。
 日本の価値観外交には、自由や民主主義、基本的人権や法の支配、市場経済のほかに、技術や科学という要素がもりこまれている。
 日・米・欧は、技術と科学で、世界をリードする立場にあって、地下資源や安い労働力、旺盛な消費力に代わって、知力を経済の原動力にしている。
 かつて、共産主義と自由主義が牙を剥き合ったが、現在は、民主主義と全体主義の対立へと様相を変えた。
 パクス・アメリカーナと中国モデルが、世界版図を二分しているというのはその意味合いにおいてで、両者を分けているのが、技術力と科学力なのである。
 中国のメディア(『今日頭条』)は、日本の製造業を他の国と比較した記事を掲載して、そのなかで、「中国が日本にかなわない理由」を4つ上げている。
 日本は「生産効率」「高品質」「工作機械」「素材」の4分野で、米国を抜いて世界一だという。
 経済と軍事力、技術・科学が大国の条件になっていることは、この3分野で、アメリカが断トツの第一位であることからもわかろう。
 ■ノーベル賞受賞者数の国別ランキングトップ10
 1位アメリカ339/2位イギリス110/3位ドイツ82/4位フランス58/5位スウェーデン32/6位スイス27/7位日本22/8位ロシア(旧ソ連)20/9位オランダ16/10位カナダ14/10位イタリア14
 科学系の受賞者は、中国とインドが1、韓国は0で、欧米の合計678とは比較にならない。
 ところが、経済や軍事力では、中国やインド、韓国が上位にのぼってくる。
 ■軍事力の国別ランキングトップ15
 1位アメリカ/2位ロシア/3位中国/4位インド/5位フランス/6位日本/7位韓国/8位イギリス/9位トルコ/10位ドイツ/11位イタリア/12位エジプト/13位ブラジル/14位イラン/15位パキスタン
 以下インドネシア、イスラエル、北朝鮮、オーストラリア、スペイン、カナダ、台湾、ベトナム、ポーランド、サウジアラビア、タイとつづく。
 ■GDPのランキングベスト20
 1位アメリカ/2位中国/3位日本/4位ドイツ/5位イギリス/6位インド/7位フランス/8位ブラジル/9位イタリア/10位カナダ/11位ロシア/12位韓国/13位オーストラリア/14位スペイン/15位メキシコ/16位インドネシア/17位トルコ/18位オランダ/19位サウジアラビア/20位スイス
 今後、世界は、ハードウエア型の中国や韓国、ロシアと、ソフトウエア型のアメリカと日本、ヨーロッパがしのぎを削ってゆくことになる。
 次回以降、経済や技術、安全保障について、世界スケールで考えていこう。
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2019年09月27日

一国主義に立つ世界と後れをとった日韓A

 ●反国家に立つ韓国の反日種族主義と日本のリベラル紙
 現在の険悪な日韓関係を象徴しているのが文在寅大統領の盗人猛々しい(「賊反荷杖」)≠ニいうことばだろう。
 ホワイト国から除外された腹いせからだけではない。
 歴史認識として、韓国人は、かつて、朝鮮半島を植民地支配した日本をドロボーと見ているである。
 スイスの国連人権理事会で、「徴用工の強制連行や奴隷労働はなかった、賃金の民族的差別はなかった」と講演した李宇衍は、韓国で、歴史を歪曲してきた人々を反日種族主義者≠ニ呼んだ。
「日本は絶対悪、韓国は絶対善」とする反日教育の申し子で、今回、日本製品不買運動に走った人々もそのなかにふくまれるが、なんといっても代表は反日を煽る韓国の新聞マスコミだろう。
 李宇衍らが共同執筆した「反日種族主義」が、目下、ベストセラーになっているのは意外だが、韓国世論は、もともと、保守と左翼、中間派で三分されていて、マスコミがつたえるように、左翼・反日一色ではない。
 もっとも、反日が正義にして良心の韓国にあって、保守派も反日の例外ではない。
 かれらが、表立って反日を叫ばないのは、現在の韓国が、いわゆる、日帝36年を土台にしている歴史や、日本から素材や部品、技術が入ってこなければ経済が成り立たない事情を知っているからである。
「日本製品不買運動」や徴用工・慰安婦問題の「反日デモ」ばかり報道されるが、文在寅打倒のデモや集会も頻繁で、「光復節集会」では、左派(左派従北集会)を圧倒する20万人動員(「太極旗連合集会」)で気勢をあげた。
 右派勢力のなかには、文在寅を「與敵罪(死刑)」で告発するグループがあるほか、北朝鮮を仮想敵にしてきた韓国軍の一部の退役軍人会派にはクーデターやテロの可能性までささやかれている。

 韓国の国論を分けている分水嶺が、国家と民主主義である。
 国家を念頭におくのが保守主義で、財界や経営者らに支持されている。
 一方、民主主義をささえるのは、反国家の立場に立つ組合や新聞マスコミで、保守がつくった国家を悪とみる人々である。
 民主主義は、革命理論で、国家と民主主義は、もともと、敵対関係にある。
 民主主義が、人類が最後にゆきついた最高哲学であるかのようにいうひとがいるが、革命によって、伝統や文化、習俗を失って、残ったのが多数決のみというのが民主主義の実態である。
 したがって、民主主義の信奉者は、例外なく、国家を否定する。
 国家観や歴史観をもちあわせないのが、文在寅と反日種族主義者である。
 それがかつて、事大主義や両班の退廃をうみだし、現在、南北統一=革命を夢想する朝鮮半島の土着的精神で、国家を忘れた韓国儒教の後遺症といえる。
 李宇衍は、慰安婦問題も徴用問題も、日本の良心的知識人からはじまったと指摘した。
 李のいう良心的知識人というのは、朝日・毎日、岩波書店のことである。
 歴史歪曲と国家侮辱、歴史冒涜をもって、かれらは、日本の良心的知識人を自認してきた。
 文在寅と反日種族主義者、日本の朝毎ら左翼マスコミの三者に共通しているのが、国家観念と国家にたいする現実感覚の欠落である。
 平和主義と民主主義さえあればよい左翼にとって、国家も主権も、軍備も防衛も、夢うつつの観念論で、現実の問題ではない。
 文在寅が提唱する大国参与型のユートピア的安全保障や、憲法9条が戦後の平和をまもってきたとする夢想的平和主義がそれで、防衛や安全保障が切実な世界との落差はいかばかりか。
 現在、世界情勢は、空想どころか、あざとい現実主義が、緊迫の度をましている。
 国家資本主義(ステートキャピタリズム)や中国モデルの世界浸透、パクス・アメリカーナと中国覇権主義の対決が、世界版図を大幅に書きかえようとしているのである。
 かつて、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』によって、自由民主主義にもとづく欧米型資本主義が、いったんは、完全に勝利したかにみえた。
 だが、自由民主主義を否定する中国資本主義が、日本を抜いて世界第二位の経済に躍り出るや、中国モデルが世界中にひろがって、欧米型資本主義は後退を余儀なくされている。
 国家資本主義は、ロシアや中国からインドやブラジルへ、ヨーロッパでもハンガリーやポーランドへひろがって、世界を自由主義や民主主義だけで語ることができなくなりつつある。
 国家資本主義が台頭してくると、自由主義や民主主義などのイデオロギーや文化的価値観にかわって、経済が、国家運営や外交戦略の要となってくるだろう。
 国家資本と、資本の国際化のハザマのなかで、貿易摩擦から防衛問題までが大きな問題として浮上してくるはずだが、歴史が教えるところでは、経済問題は、戦争で決着をつけるしかない。
 今後、世界情勢は、中国覇権主義とパクス・アメリカーナの対決という構図のなかで、熾烈さをましてゆくはずである。
 次回以降、朝鮮半島を視野の一角にいれて、日・米・中の国家戦略を展望していこう。
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2019年09月20日

一国主義に立つ世界と後れをとった日韓@

 ●「反日」とリベラルという日韓に吹く左翼風
 韓国の文在寅大統領が、不透明な資産運用など数々の疑惑の渦中あった側近のチョ・グクを法相に任命して、日本のテレビも、一時、その話題でもちきりだった。
 といっても、スキャンダルの扱いで、通称タマネギ男≠フ身辺をさぐっておもしろがっただけだった。
 これはメディアの重大なミスリードで、日本を敵性国家にすえ、南北統一と国家の社会主義化をめざす文政権の脅威も、文在寅の後継者で、文に勝るとも劣らない反日主義者チョ・グクの正体をつたえることもなかった。
 文政権が革命政権であることは、前政権がむすんだ条約や外交上の約束事を平然とふみにじるところにあらわれているが、さらに際立っているのが、文が希代の空想家という点である。
 マルクス主義が、かつて、空想的社会主義と呼ばれたように、左翼の根本にあるのが空想で、文在寅が、非現実的で支離滅裂、虚言家なのは、根っからの左翼だからである。
 文は、保守派と親日派がつくったものだとして、現在の韓国をみとめない。
 8月15日の光復節には、2つの意味があって、一つは、植民地支配からの解放(1945年)で、もう一つは、大韓民国の建国(1948年)である。
 歴代大統領は、この日、式典で、民族解放と国家建国の両方を祝賀してきたが、文在寅は、今年の光復節で、大韓民国建国に一言も触れなかった。
 韓国には国家としての正統性はなく、北朝鮮こそが朝鮮民族の真の国家だとする歴史観に立っているからで、この現実離れが、文政権の本質である。
 なぜ、韓国人は、文のような風変わりな夢想家を支持するのか。
 韓国国民の3割が左派で、3割が保守、3割が浮動票といわれる。
 そのなかで、文政権を支持しているのは3分の1以下で、与野党の差も拮抗している。
 それでも、文の支持率が40%台を維持しているのは、民労総がメディアの個別労組をうごかして、報道や世論調査を操作しているからという。
 くわえて、韓国では、日本悪玉論が国民的常識および良心で、政権が反日を叫ぶほど支持率が上がる独特の風土にある。
 日本人は、大統領制を民主主義政体と思っているが、実際は、議会や憲法をこえる権力をもつ独裁体制である。
 とくに、李承晩がつくった韓国の大統領制は、ヒトラーをうみだしたナチス独裁とかわるところがない。
 韓国大統領は国家元首で、三軍(陸・海・空)の統帥権をもつほか、三権の長や長官・大臣の任命権を有し、立法や司法にたいしても憲法で一定の権限をみとめられている。
 韓国の大統領独裁は、北朝鮮の金正恩の地位に似てなくもなく、文が政府の中枢をすべて腹心で固めたら、北の金王朝に対抗する南の文王朝ができあがる。
 文は、保守派・親日派の粛清と企業の国有化という大手術を施して、韓国を社会主義化したのち、北との統一を実現しようというのであろうが、夢想的というしかない。
 げんに、現実主義者の金正恩は、トランプだけに顔をむけて、文には罵倒を浴びせた。
 そのトランプは、中長距離弾道ミサイルさえ放棄すれば米朝間に問題はないとして、強硬派のボルトン補佐官を解任して、金に大甘なところをみせた。
 混沌としているのは、南北問題やアジアの安全保障、米中貿易摩擦だけではない。
 冷戦構造崩壊後、米ロ中から欧州までが一国主義に走って、集団安保や相互防衛、バランス・オブ・パワーから核の傘(相互確証破壊)の論理に至るまでがかつての有効性を失いつつある。
 そして、数十億ドルを費やした最新鋭の防空システムをくぐって、おもちゃのような小型無人機(ドローン)が、サウジアラビアの巨大な石油産業施設を壊滅的に破壊する事件がおきた。
 地殻変動がおきているのは、防衛や安全保障、国際関係だけではない。
 中国やロシア、インド、ブラジルなど、資本主義と国家主義が合体した国家資本主義の台頭が著しく、米ソ貿易摩擦は、欧米型資本主義と国家資本主義のたたかいということもできる。
 中国経済は約600兆元(約9700兆円)の負債をかかえ、若者は平均で年収の1・5倍の借金(消費者金融)を負っている。
 金融バブルだが、中国政府が人民元を刷りまくって、帳尻を合わせている。
 アメリカ経済も、国家が救済しなければ、リーマンショックをひきおこしたサブプライムローンのような問題がいつおきるかわかったものではない。
 世界の動向は、安全保障も経済も、一国主義へむかいつつあって、日米安保も、けっして、磐石ということはできない。
 ところが日本では、武器を捨てると平和になる、憲法9条が平和をまもってきたという夢想的平和主義がまかりとおって、世界を覆っている一国主義のリアリズムから遠く隔たっている。
 どこかの国と似ていないだろうか?
 反日を叫ぶ新聞世論に引きずられて、左傾化へとむかう韓国と、平和を叫ぶリベラル派にひきずられて、憲法9条の廃棄や核ミサイル配備をふくめた自主防衛の議論ができない日本は、じつは、似た者同士なのである。
 韓国は反日主義に、日本は平和主義に足をひっぱられて、それぞれ、現実を見失っている。
 防衛や経済などの分野で、世界が直面しているリアリズムと、日本や韓国が浸っている空想論とのちがいはいかばかりか。
 次回から、世界へ目を転じて、反日へ走る日本と韓国の空想的左翼の病根をさぐってゆこう。

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2019年09月09日

恨(ハン)と反日をうんだ朝鮮半島の地政学的悲劇C

 ●反日をバネに南北統一をめざす文在寅の野望
 韓国の反日は、複合的な民族感情で、一筋縄ではゆかない。
 小中華思想にもとづく対日蔑視、中国の属国だった事大主義と恨(ハン)という情念、儒教の後進性と李王朝の腐敗と貧困、日本の属国になった負い目が重なって、反日という日本憎しの民族感情がうまれた。
 その反日感情を政策化したのが、戦後の初代大統領、李承晩だった。
 当時、日本から分断された韓国は、世界の最貧国へと没落して、日本時代を懐かしむ声が国中にあふれていた。
 独裁者として、最高権力を握った李承晩は、この声を封殺すべく、新聞社や教育機関を総動員して、日本時代が地獄だったとするデマゴギーをふりまいた。
 韓国の三大紙が、いまなお反日の宣伝塔となっているのは、その名残である。
 李承晩は、李承晩ラインを敷いて、日本の漁民3929人を抑留、29人を殺して、さらに、竹島を奪っている。
 李承晩は、民間人6万人余を虐殺した済州島「四・三事件」(1948年)の責任者で、1960年の退陣要求デモでは、警官隊に発砲を命じて186人の命を奪った。
 史上最悪の大統領、李承晩の反日は、独裁から目を逸らさせ、自国民の大量虐殺という惨事を隠蔽するためだった。
 この政策的反日を再現したのが、李承晩失脚から43年後、李承晩とは正反対の左翼政権だった。
 盧武鉉大統領と文在寅大統領秘書室長コンビによる「反日法」(親日派財産を没収する特別法)の公布と日本の原発を標的とした巡航ミサイル「玄武3」の配備がそれである。
 中央日報によると、盧武鉉は米韓安保協議会(SCM)で日本を米韓共通の仮想敵国にするように提案して、当時のラムズフェルド国防長官に深い不信感を抱かせている。
 日韓GSOMIAの破棄につづく竹島での軍事演習、日本を仮想敵国とする軍事予算の拡大(4兆円/日本5兆円)は、盧武鉉から文在寅へひきつがれた反日戦略の一環で、この段階で、日本は、韓国の仮想敵ではなく、正敵と位置づけられた。
 その先にあるのは、自由主義陣営からの離反で、文在寅は、保守派と親日勢力の一掃と大企業の国営化という社会主義化の方向へ舵を切ったのである。
 韓国経済を牽引してきたサムスングループの李在鎔副会長を逮捕起訴したのは、国有化の布石で、サムソンは、すでに、生産拠点をベトナムへ移し、他の有力企業も、いくつか、本社機能の移転を検討している。
 とくに、親日派企業は、反日法や司法につよい影響力をもつ国民情緒(法)によって、いつ、権力から摘発されてもおかしくない危機にさらされている。

 国家元首と行政府の首班を兼ねる韓国の大統領は、警察・検察・司法をふくめたすべての国家権力機関の長を任命できる絶大な権限をもっている。
 それが、李承晩がつくった青瓦台(大統領府)の独裁体制である。
 文在寅は、すでに、政府や官僚組織、軍隊にまで手をのばして、要職を左翼陣営で固めた。
 その仕上げが、゙国(チョ・グク)元大統領府首席秘書官の法務大臣起用である。
 文在寅は、゙国を使って、韓国で圧倒的な力をもつ検察を掌握、その゙国を次期大統領に据えるはらづもりである。
 検察をふくめたすべての権力を掌握して、文在寅後も、゙国を次期大統領にすえて、じっくりと韓国の社会主義化をすすめようというのである。
 
 盧武鉉から文在寅、゙国ら韓国左翼は、朝鮮半島の国家の正統性を北におく特有の歴史観、価値観の上に立っている。
 本来、北の社会主義者とともに、祖国統一をめざさなければならなかったのに、保守派が親日派と手を握ったために、分裂国家になってしまったというのである。
 したがって、国家を分断した親日派・保守派を真っ先に清算しなければならない。
 韓国左翼にとって、朴正煕の「漢江の奇跡」も日本の経済援助も、南北統一の妨害でしかなかったのである。
 文政権(青瓦台)の周辺には、共産主義者や北朝鮮の主体思想にカブれた極左や「日本は絶対悪、韓国は絶対善」を信奉する反日原理主義がごろごろしている。
 文大統領は、「光復節」で「2045年までに南北統一を実現させ、8千万人の単一市場と日本をおいこす平和経済を構築する」と謳いあげた。
 かつて、金日成が提案した高麗連邦構想の二番煎じだが、妄想である。
 韓国と北朝鮮の体制上のちがいは、資本主義と共産主義だけにとどまらない。。
 決定的なのは、近代国家と前近代社会のちがいで、北朝鮮は、金正恩の私物国家である。
 金正恩は、民主主義も自由主義も、人権も法の下の平等も、議会などの近代的制度もうけいれない。
 最大の問題は、独裁と普通選挙法の相違で、これは永遠に解決がつかない。
 現体制のまま、南北統一すれば、粛清によって、南の保守系が皆殺しになるか、それとも、金正恩以下、金一族が刑務所に送りこまれるかどちらかになる。
 そもそも、原爆やミサイルの共同管理がかんたんにゆくわけはない。
 米韓軍事訓練をきっかけに、突如、金正恩が、文在寅を罵倒しはじめた理由がそこにある。
 南北統一は、金正恩にとって、原爆を使って、南を屈服させることで、民主化でも自由化でも、まして、金王朝を否定する高麗連邦共和国でもなかったのである。
 金正恩が生きているかぎり、南北統一は100%実現しないと断言できる。
 それより可能性が高いのは、韓国の中国化で、文在寅の社会主義化がすすんでゆけば、韓国は、中国の一部となる可能性がでてくる。
 統一新羅から高麗、李王朝にいたるまで、朝鮮は、みずからすすんで中国の属国となってきた千年の歴史があり、小中華思想は、韓民族の誇りでもある。
 韓国が中国の一部なれば、朝鮮半島は、二国二体制で、南北が共存できる。
 文在寅が、金正恩から罵倒されても、韓国の社会主義化という方針にぶれがなかったのは、中国の一部になるという小中華へのノスタルジーがはたらいていたせいだったろう。
 韓国の「反日・離米」がつづけば、トランプの公約どおり、近い将来、アメリカは半島から撤退する。
 すると、東アジアの勢力版図は、劇的に、ダイナミックに変化してゆく。
 1950年にアチソン米国務長官が「共産主義を封じ込める」ために、宗谷海峡から日本海、対馬海峡、台湾東部、フィリピンへ抜けるアチソンラインという防衛線を設定した。
 北朝鮮が南朝鮮へ攻め入ったのは、当初、朝鮮半島がアチソンラインの外側にあったからで、北は、アメリカが朝鮮半島に介入しないと読みちがえたのである。
 アチソンラインがふたたび朝鮮半島の外側に引かれると、東アジアは、日清戦争以前の混沌とした状態になる。
 そうなると、日本は、赤化朝鮮や共産党独裁の中国と、直接、対峙しなければならなくなる。
 日米同盟の強化が望まれるが、中国と朝鮮半島、ロシアの3国に対抗するには、それだけでは、不十分である。
 安倍首相が提唱して、トランプ大統領やマンモハン・シン印首相が賛同する日米印同盟(インド太平洋構想)がその対抗軸として浮上してくる。
 太古の昔から日本を悩ませてきた半島問題には、大きな視野をもってあたらねばならないのである。
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2019年09月04日

恨(ハン)と反日をうんだ朝鮮半島の地政学的悲劇B

 ●事大主義と小中華思想に回帰する文在寅
 韓国の反日には、2つの要素が重ね合わさっている。
 一つは、歴史や宗教、民族性など、両国の文化的差異である。
 海洋国家と内陸国家、神道と儒教、単一民族と複合民族など、両国には多くのちがいがあるが、なかでも、とりわけ、韓国が、日本と異なるのは、周囲を中国や北方民族、ロシアら強国にとりまかれている地政学的な特殊性である。
 そこから、小中華主義や事大主義、そして、恨(ハン)という文化が生じた。
 朝鮮半島の恨(ハン)文化は、恩や感謝、和などの日本人の価値観の対極にあって、水に流す文化と恨み500年では、とうてい、わかりあえない。
 反日や嫌韓の前に、日韓には、そもそも、相互理解の土壌がなかったのである。
 それならば、条約や法、外交手続きだけのクールな付き合いしかないということになる。
 ところが、韓国は、時別扱い(ホワイト国)をやめると激昂、国をあげての反日運動に走って、謝罪は永遠にくり返せ、外交上の合意はいつでもひっくり返せる(文在寅大統領)などといいだす始末で、手に負えない。
 二つ目が、文大統領の個人的野心で、来年の国政選挙で勝ち、2021年の大統領選挙で後継者に政権をゆずるまで、現在の左翼政権をまもろうというのである。
 保守つぶしと北の金王朝への接近をはかる文政権が、切々とうったえているのが、反日で、反日教育が徹底している韓国では、反日をうったえるだけで、南朝鮮(韓国)の北朝鮮化にドライブがかかる。
 識者の多くは、日韓併合が反日の原因というが、韓国の反日は、朝鮮民族の遺伝子というべき恨(ハン)からにじみでてくるもので、根っこにあるものはもっと深い。
 韓国人は、日本人を劣等民族として蔑視する特有の世界観をもっている。
 それが、小中華思想で、日本人は、かれらにとって、夷狄や禽獣(東夷)のたぐいで、蔑視の対象だった。
 反日の根拠は、そこにあって、東夷として蔑んできた日本に支配され、援助をうけてきたコンプレックスがねじれ曲がって、日本憎しの感情を増幅させている。
 これは、朝鮮が、夷狄とする清の属国となったのと同じ構造で、朝鮮王の仁祖は、清の太宗の足下で「三跪九叩頭(額を地面に9回も打ちつける)の礼」をもって、屈辱の服従をしいられている。
 朝鮮は、紀元前3世紀、衛氏朝鮮が冊封されて以来、日清戦争で日本が清を破って、朝鮮を独立させる(下関条約)まで、中国の属国だった。
 七世紀、日本と百済、高句麗が接近すると、新羅は、唐と同盟関係をむすんで、朝鮮半島の大部分を奪い取る。
 その最後の決戦が、白村江の戦い(663年)で、日本・百済遺民の連合軍が、唐・新羅連合軍に破れた6年後、高句麗も滅ぼされる。
 統一新羅から高麗へ政権が移っても、属国関係はつづき、モンゴル帝国(元朝)の支配下にあった高麗は、二度にわたって日本侵攻(元寇)にくわわっている。
 高麗王位を簒奪した李成桂は、1392年、李氏朝鮮の初代国王に即位して明の洪武帝から朝鮮という国号と権知朝鮮国事(明の属国)の称号を授かった。
 属国関係は、清の時代へひきつがれて、結局、朝鮮は、660年の唐・新羅の同盟から、1910年の日韓併合まで1250年にわたって、中国の属国だったことになる。
 小国が大国に事(つか)える事大主義が、強大国にとりかこまれた弱小国が生きのびる方策の一つだったとはいえ、朝鮮半島は、そのために大きなツケを払わなければならなかった。
 それが、モラルの崩壊で、事大主義は卑屈と依存心を、小中華思想が傲慢と独善を、かつて、儒教は、両班の身分主義や勤労蔑視をうみだした。
 裏切りやウソ、恩知らずなど、精神文化が荒廃したなかで、決定的だったのが独立心の欠落だった。
 ソウル市にある「独立門」は、日本が日清戦争に勝って、韓国を独立させたことを記念する建物だが、文大統領は、これを韓国独立のモニュメントとカン違いして、2018年、独立門でおこなわれた式典に参列して万歳している。
 韓国が独立したのは、米軍統治下にあった1948年で、以後、朝鮮戦争とベトナム戦争において、韓国軍は米軍(国連軍)や米韓連合司令部の指揮下にあって、いまなお、韓国の戦時作戦統制権は米軍が握っている。
 これが「日・米・韓」と「中・朝」が、38度線を挟んでたもってきた軍事バランスで、その象徴がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)だった。
 文大統領が、GSOMIAを破棄したのは、「日・米・韓」の枠組みを勝手に破った裏切りで、韓国は、アメリカにも牙をむいたのである。
 アジア安全保障は、ヨーロッパにおけるNATOのような多国間の集団安全保障体制ではなく、アメリカを軸とした二国間同盟の連結体で、アメリカは、アジア安保に中心(ハブ)的な役割をはたしてきた。
 それが、日米安全保障条約や米韓相互防衛条約、米比相互防衛条約、米豪の太平洋安全保障条約、台湾の防衛義務を定めた台湾関係法などで、アメリカを抜き去ると、アジアは、安保にかんして、無条約地帯になってしまう。
 よろこぶのは、核を保有する中国と北朝鮮で、アメリカという背骨を失った韓国は、中・朝の餌食になるだけである。
 ちなみに、日韓には、同盟関係はなく、PKO活動でも、日韓共同の作戦は韓国が拒絶するので、友軍関係にもない。
 文大統領がめざしているのは、南北統一と中国への属国化で、そのためなら日米を敵に回してでもよいというハラである。
 これは、小中華思想や事大主義への回帰で、恨(ハン)の思想が転化して、反日になったといえよう。
 次回は、文大統領の野望と反日で燃えたぎる韓国の行く末、東アジアの軍事バランスを検証してみよう。

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2019年08月30日

恨(ハン)と反日をつくりだした地政学的悲劇A

 ●なぜ韓国はモラルなき国家になったのか
 現在の韓国の繁栄が、日韓併合36年の延長線上にあるのは、世界史的事実である。
 そして、戦後、韓国は、日本の経済援助によって「漢江の奇跡」といわれる経済発展をとげ、ついに、世界の十指に入る経済大国になった。
 ところが、今年、小学校の教科書から、「漢江の奇跡」という文言が消えた。
 日韓併合が、悪らつな日帝の侵略だったとして、歴史から消されたのにつづく歴史の改ざんで、世界の最貧国だった李朝が、百年かけて、独力で、近代化と経済発展をなしとげたといっているのである。
 恨(ハン)はあるが、恩を知らないのが韓国で、その好例が、日本の資金と技術でつくられたソウル地下鉄(1974年)だろう。
 開通日を日本の終戦記念日(8月15日)に設定して、工事完成を急がせたが、開通式に一人の日本人も招待せず、式典で、日本への謝辞もなかった。
 駅建物から車両、運行システム、整備、運営方法まで、日本の指導をうけたにもかかわらず、である。
 歴史を失った民族は滅びるといわれるが、韓国にとって、歴史は、記憶するものではなく、ねつ造するものなのである。
 李朝末期の朝鮮は、国家的破産状態にあって、防衛や政治などの国家機能も失われて、民衆は、極度の貧困と飢餓、不潔と疫病、無秩序に苦しんでいた。
 そして、労働を蔑視する貴族や官吏、両班(ヤンバン)の搾取に喘いでいた。
 当時、朝鮮にいたイギリス人旅行家、イザベラ・バードはこう書いている。
「朝鮮には、盗む側(王族・両班)と盗まれる側(平民・奴隷)の二つの階級しか存在しない」
 日本が韓国を併合したのは、そのタイミングで、まっさきに、両班の廃止と奴隷の解放をおこなったのは、それが、朝鮮の近代化を阻んでいる元凶だったからだった。
 日本が、巨額の予算と多くの人材を投入して、朝鮮を近代化したのは、朝鮮半島の安定が、日本の安全保障に必要だったからだが、韓国に窮状に同情した伊藤博文らの建国の熱意があったことも否定できない。
 だが、その同情や朝鮮半島を立て直そうとする熱意は、報われなかった。
 それどころか、日韓併合から徴用工、慰安婦から福島原発に至るまで日本に文句をつけまくって、一方、ソウル地下鉄にように、えられた利益にたいする謝辞は一言もないのである。

 韓国では、乙巳五賊や丁未七賊、庚戌国賊などと称して、李完用ら親日的政治家を売国奴リストにのせる墓あばき≠笂韓併合時代の財産を子孫から没収する反日法、そして、文政権下では、日韓併合を賞賛すると2年の懲役刑が科せられる「歴史歪曲禁止法」までが発議される事態になっている。
 過日、「従軍慰安婦は本人にその意志があった」と発言した大学教授が免職の上、懲役6か月の実刑判決をうけたというが、現在、韓国では、親日的発言にたいするリンチ的な刑罰が堂々とまかりとおっている。
 反日法は事後法で、時効や人格権が無視されたが、反日どころか、日本敵視が政策化、法制化されている現在の韓国では、言論の自由や基本的人権、民主主義や法治主義などの近代主義が後退して、一〇〇〇年前からひきずってきたの恨(ハン)という怨念だけがうごめいている。
 恨(ハン)の文化は、内陸を中国や北方民族、ロシアに包囲されて、外洋を日本に封じられた朝鮮半島特有の地政学的、歴史的所産で、そこから生じたのが、小中華思想や事大主義などの特殊な民族性だった。
 小中華思想は、明が清に滅ぼされた(1644年)後、朝鮮が、中華思想を継承したとするもので、清は夷狄で、日本は倭夷、西洋は洋夷とされた。
 清を夷狄としながら、みずからすすんで、清の属国になるのは矛盾だろう。
 ところが、韓国には、へつらう、ウソをいう、裏切る、約束を破る、などの反道徳的な悪をゆるす民族的な感情論がある。
 仕方がなかったといえば、なんでもとおる自己弁護で、これも恨(ハン)の文化である。
 韓国の『中央日報』がこれを国民情緒法と呼んで、論陣(「憲法の上に国民情緒法がある」2002年 2月2日付社説)を張ったが、韓国では、大衆世論が、法律や条例、条約、大韓民国憲法さえも超越する。
 法の支配や時効や法の不遡及などの近代法の原則すら無視されるのは、そのためで、文大統領は、一回の謝罪や合意が、永遠につづくと思うのはおおまちがいだといってのけた。
 国民情緒法は、究極の大衆迎合だが、下級の地方法院から高等法院、大法院(最高裁)にいたるまで、判決の多くが、法よりも情緒、感情論というありさまで、韓国司法のモラル崩壊はとどまるところを知らない。
 モラルの崩壊が、恨(ハン)の文化の一つの側面でもあって、恥や美意識、体裁という観念が払底している。
 それが、世界の都市で問題になっている韓国の売春である。
 これは、朝鮮が中国にたいしておこなった「貢女(コンニョ)」の因習で、当時、朝鮮には、貢女を選別する役所のほか、早期の婚姻を禁止する制度まであった。
 貢女は、奴隷ではなく、エリートで、彼女たちは、身一つで、極貧の朝鮮から中国の上流階級へのしあがっていった。
 韓国で、売春が蔑視されるというのはウソで、最近まで、妓生 (キーセン)制度が残っていたように、韓国では、売春が、おおっぴらにおこなわれてきた公的取引だったのである。
 次回も、恨(ハン)の文化を詳しくみていこう
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2019年08月23日

頭≠ヘ全体主義胴体≠ヘ資本主義の怪物@

 ●反日を煽って南北統一をめざす文在寅
 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、反日運動を煽るのは、政治的な思惑があってのことである。
 来年の「国会議員総選挙」と2022年の「大統領選挙」である。
 それまで、国民の支持を与党の「共に民主党」へひきつけておこうというのである。
 その武器が反日で、韓国では、反日を叫んでいれば、国民の支持が集まる。
 教育とプロパガンダで反日が絶対善≠ノなって韓国では、反日ほど国民の支持をえやすい政策はないのである。
 なにしろ、「歴史を反省しない日本」「盗っ人猛々しい」と日本を罵っただけで、過半数にみたない与党の「共に民主党」と文大統領の支持率が、たちまち50%を超えてしまう。
 文大統領が、反日を叫ぶ目的は、最終的に、南北統一である。
 中国が抗日を建国のスローガンにしたように、朝鮮半島も、反日という旗を押し立てて、南北を統一しようというのである。
 ところが、与党も文大統領も、安定的な基盤にのっているわけではない。
 与党の「共に民主党」が128議席、最大野党の自由韓国党が113議席という僅差では、野党5党が結束すれば、与野党の逆転をゆるすことになる。
 次回の総選挙で、保守系に大差をつけて勝たなければ、政権を失うどころか大統領も保守系に奪われて、南北統一という恩師の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領以来の夢が遠のいてしまう。
 文大統領の南北統一の構想は、韓国を社会民主主義に変えて、北朝鮮に資本主義を導入しようというものである。
頭≠ヘ全体主義で胴体≠ヘ資本主義という化け物は、革命にほかならない。
 革命をとおして、南を北に接近させようというプランは、左翼政権以外では実行に移せない。
 文大統領は、なにがなんでも、国民の支持をとりつけて、南北統一へむかいたいのである。

 韓国の保守は、日韓併合と戦後の日本の経済援助が、現在の韓国をつくったという基本認識をもち、その上での反日なので、それほど深刻ではない。
 ところが、左翼の反日は、日韓併合を侵略とみる被害者史観に立っている。
 その上に、恨(ハン)や火病(ファビョン)などの民族感情、周辺緒民族を夷狄や禽獣とみる小中華意識、大国に媚びへつらう事大主義などが複雑からみあって、論理や理性、合理性では説明がつかない反日病≠ニいうべき様相がつくりあげられる。
 朴正煕(パク・チョンヒ)以来、反日を売り物にした最初の大統領が、文在寅の師である盧武鉉だった。
 日本の左翼政党が、じぶんの国家を目の敵にするように、韓国の左翼政党は日本と現在の韓国をつくりあげた自国の恩人たちを目の敵にする。
 日韓併合を悪とする史観に立っているので、あらゆる価値観がねじまがっているのである。
 退任後、自殺に追い込まれた盧武鉉は、葬儀にかけつけたブッシュ大統領と盟友の関係で、米韓関係にはいささかのゆるぎもなかった。
 ところが、日韓関係は、盧武鉉時代に決定的に悪化した。
 政権地盤が弱かったため、日本統治時代の「親日派」の子孫を排斥弾圧する反日法をつくるなど、つぎつぎと反日政策をうちだして、国民の支持をえた。
 盧武鉉が歴代第一位の人気を誇っているのは、もっとも過激な反日派だったからで、韓国が日本全土とりわけ原発を標的とした巡航ミサイル「玄武3」を配備したのは盧武鉉政権のときだった。
「日米韓同盟」などとのんきなことをいっているのは、日本だけで、とりわけ日韓議員連盟は、友好親善をタテマエに、いまなお、韓国の利益代表を自認している。

 文大統領の反日が危険水域≠こえたのは、視野のなかに南北統一があるからで、「北朝鮮と経済協力して日本を追い抜く」というのは、なかば本気なのである。
 それが、いま韓国に漂っている奇妙な高揚感で、曰く、「南北統一が実現すれば核戦力と安い労働力が手に入る」「軍事と経済で日本を圧倒する」という。
 頭のなかで、南北統一という妄想と文在寅の支離滅裂がごちゃまぜになっているのである。
 もともと、韓国の左翼は、反日の延長で、妄想というしかないものである。
 盧武鉉から文在寅にいたる民主党系政権に左翼色がつよいのは、韓国労総がくわわっているからで、政権のまわりを左翼マスコミや韓教組、市民運動などの極左・反日グループがとりまいている。
 韓国では、左翼系と保守系、中間派によって3分割されているといってよい。
 文大統領の南北統一派は、約三分の一にすぎないが、これが、世論の大勢となっている理由は、反日の優等生といわれる朝鮮日報と東亜日報、中央日報の三大紙(これに呼応するのが日本の朝日新聞)が、中間派をまきこんで、南北統一派をバックアップしているからである。
 文政権が、感情論やイデオロギー、洗脳や扇動で、国民を反日にむかわせているのは、自国の体制を北朝鮮・中国側に近づけるためで、もとめているのは共産主義的・全体主義体制の構築である。
 元徴用工や慰安婦、福島第1原発事故に焦点をあてた放射性物質検査などの難問などを日本につきつける「官製反日」の目的は、反日を旗印に韓国国民を南北統一へむかわせるためである。
 韓国では、反日の叫ぶと、内閣の支持率が上がるという方程式が成立している。
 ところが、文大統領の思惑は、もののみごとに外れた。
 金正恩が米韓合同軍事演習に腹を立てて、文大統領の対話呼びかけ拒否したのである。
 すると、文大統領は、日米韓同盟のシンボルというべき軍事情報共有協定(GSOMIA)の破棄を日本に通告してきた。
 金正恩のご機嫌をとるために、同盟国アメリカや友邦の日本を裏切ったのである。
 文在寅の迷走を凝視しているのが、中国で、その背後にロシアが控えている。
 朝鮮半島情勢は、やがて、日米印と中ロのより大きな対立構図へ移ってゆくだろう

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2019年08月09日

タテマエ政治から脱却せよD

 ●韓国の恨(ハン)はどこからきたのか
 日帝36年の植民地支配によって、恨み500年の恨(ハン)や反日の情念が生じたとする識者がすくなくない。
 そうなら、50年も日帝の植民地支配をうけた台湾、戦中、日帝の支配下に置かれたインドネシアなど南アジアの国々が、いまなお、親日的なことにどう説明がつくのか。
 韓国人の恨(ハン)には3つのルーツがあるように思われる。
 1、儒教(朱子学)
 2、小中華思想
 3、建国の歴史
 これに、朝鮮民族特有の精神疾患といわれている「火病(ファッピョン)」をくわえてもよいだろう。
 韓国の恨≠笏ス日は、この3つもしくは4つの要素がからみあった特殊な構造で、両班や科挙、宦官と同様、日本人には永遠に理解できない異文化なのである。
 中国の反日は、あくまで、政策で、一過性的なものである。
 したがって、中国政府が、反日政策をやめて、親日政策をとれば、かつての田中角栄の時代のように、親日パンダ外交となる。
 ところが、韓国の反日は、歴史や文化、民族感情というもっと深いところで生じた溝なので、そうはいかない。
 竹島や4千人の漁民拿捕と50人以上の犠牲者をだした李承晩ライン、韓国人の売春業を日本軍にすりかえた従軍慰安婦問題をみてわかるように、韓国の反日は、理不尽で、合理性のかけらもみあたらない。
 怨念や感情論による反日なので、反日デモでは、異様なことに、キジやブタが虐殺される。
 恨(ハン)が、優越感や傲慢の裏返しだったことを見落としてならない。
 他者を侮っているからこそ、それが、ひっくり返されたとき、悲や怒、憤をとびこえて、一足飛びに、恨というより深い感情があらわれる。
 ニーチェのいうルサンチマンで、弱い者は、強者を悪と見る(=呪う)ことによって、みずからを慰める。
 恨(ハン)こそ、強者を悪として呪うルサンチマンで、韓国にとって、まさしく、日本は、恨の対象だった。
 三韓征伐から豊臣秀吉の朝鮮出兵、実力で李朝に開国を迫って日朝修好条規をむすばせた江華島事件、日清・日露戦争、日韓併合――朝鮮半島は、アジアへ勇躍せんとする日本のいわば主戦場であった。
 小中華思想という固定観念のなかで、日本を蔑視していた韓国が、その日本から逆ねじをくわされて、逆上したのが、反日主義という国民的感情論だったのである。

 恨の韓国には、義理や人情、恩や公の精神≠ェない。
 義理や人情、恩や公の精神≠フ日本には、恨はない。
 このちがいは、歴史のちがいで、民族の心は歴史によってつくられる。
 三国時代の韓国は、中国の地理書『山海経』や『三国志魏志東夷伝』などに穏健にして自尊、武勇、快活さに富むと書かれている。
 当時、朝鮮半島に住んでいた三国人は、日本人に似た気質をもっていたのである。
 とりわけ、半島沿岸部の百済人は、中部の新羅人、北東部の高句麗人と比べて、日本人に近かったとつたえられる。
 中国大陸についてもいえるが、半島の沿岸部は海洋国家的で、大陸や半島の一部が列島とつながっていた時代から、日本と深い交流があって、百済に隣り合っていた任那には日本府があった。
 百済は、仏教のほか千字文(漢字の教本)や『論語』(十巻)がつたえられるなど、日本にとって、兄弟国であった。
 だが、高い徳と文化を誇った三国時代は、新羅による朝鮮半島の統一という予期せぬ出来事によってあっけなく幕を閉じる。
 新羅による朝鮮統一は、外勢である唐と結託して、当時、アジアで最高級の文化と芸術性を誇った百済と軍事的大国だった高句麗を滅亡させるというもので、百済の滅亡(660年)と高句麗の滅亡(668年)は朝鮮半島にとってはかりしれない損失であった。
 このとき、長い歴史を誇った百済と高句麗の文化財は、すべて、灰になった。
 王朝や官僚は、日本に亡命した以外、虐殺されて、民族もちりぢりになった。
 これが、恨(ハン)の構造で、この悲劇は、高麗王朝でもくり返される。
 すすんで、唐や明の属国になることによって、卑怯、利己主義、卑屈、日和見主義をはびこらせ、韓民族を転落させたのだった。
 9世紀にはいって、唐の衰退にともなって、新羅も衰退すると、王建が高麗王朝を建国して、朝鮮半島を統一する。
 高麗は、宋や契丹、金、モンゴルに服従しつつ、5百年近く王朝を維持する。
 二度目の悲劇がおきたのは、1388年、高麗軍の明攻撃のさなかだった。
 高麗の司令官だった李成桂は、敵前逃亡して、鴨緑江から3万8000人の軍勢を平壌に引き返させ、クーデターをおこなうのである。
 高麗500年は、李成桂の裏切りによって、滅びたのである。
 1392年に李朝を創設した李成桂は、明に臣下の礼をとって、属国に成り下がったが、さらに、李朝は、1637年、こんどは、清に服従する。
 事大主義は、孟子の「以小事大」(=小を以って大に事える)の一節で、長いものには巻かれろほどの意味だが、これが、国家と国家の関係では、亡国思想となる。
 主権を放棄して、相手国に媚びることは、相互尊重が基本の国家関係において、あってはならないことである。
 そんなことがおきれば、国家のみならず、国民のモラルまで崩壊してゆく。
 モラルの第一義が国家をまもることで、人間のモラルは、その上に成立している。
 韓国で、国家的・国民的モラルハザードがおきている理由が、これで明らかだろう。
 国家の独立をもとめず、民族的モラルを放棄した結果、韓国は、国家としても民族としても、たちゆかなくなってしまったのである。
 日韓関係は、韓国側の精神疾患的な欠陥が改善されないかぎり、いかなる展望も見出せないのである。
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2019年08月06日

タテマエ政治から脱却せよC

 ●韓国の恨(ハン)はどこからくるのか
 儒教の教えといえば「仁」と「礼」である。
 仁は、ヒトの道で、礼は、社会規範である。
 その2つがかみ合って、はじめて、儒教が理想とする世界ができあがる。
 ところが、そうかんたんに理想社会は実現しない。
 ヒトの道(仁)と社会規範(礼)は、昔も今も、折り合いがよくない。
 個と全体の利害は矛盾するからである。
 儒教では、儒教5常「仁・義・礼・智・信」をめぐって、数千年にわたって喧々諤々と議論がかさねられてきた。
 百家争鳴というのは、古代の中国で、儒家、道家、墨家、名家、法家などの学派が議論をたたかわしたことをさすが、百家争鳴が、なにかをうんだという話はついぞ聞かない。
 賀茂真淵や本居宣長は、空語を並び立てただけの空しい学問として、儒教を退けた。
 やがて、朱子学があらわれて、これが中国で主流になって、朝鮮半島や日本にもつたわった。
 この朱子学が曲者で、朝鮮半島に勤労蔑視や両班特権、事大主義、恨(ハン)などの退廃をもたらしたのは、この朱子学だった。
 儒教は、なにもうまなかっただけではなく、観念論という害毒を垂れ流したのである。
 日帝36年の韓民族支配が恨(ハン)をうんだなどという言説がまかりとおっている。
 それが、韓国の反日の根拠だというのである。
 日本は、安全保障上、朝鮮に能う限りの予算と人材をつぎこんで、朝鮮を日本並みの国にしただけである。
 教育やハングル普及、衛生や文化、産業や産業インフラ、農業や植林などに力を注いで、結果、人口は960万人から2500万人へ、平均寿命は二十四歳から四十八歳(日本並み)にのび、小学校が百校から5千数百校になって、両班や奴婢の身分制度も廃止された。
 町の景観や人々の暮らしもガラリと変わって、朝鮮人は、だれもが、本物の日本人になりたがった。
 ところが、日本が戦争に負けると、手のひらを返して、ロシアや中国、アメリカにすがりついて、血を血で洗う朝鮮戦争になだれこんでいった。
 日帝36年の恨などといわれるくらいなら、半島を軍事基地化して、朝鮮を世界最貧国のままにしておけばよかったのである。

 朝鮮半島の堕落は、日帝36年の韓民族支配となんの関係もない。
 朝鮮半島が退廃したのは、中国から、科挙や宦官、朱子学をうけいれたからである。
 朝鮮半島に多大な害毒を垂れ流した朱子学は、宇宙万物の形成を、理と気の一致とみる世界観である。
 この理気二元論が、科挙試験に採用されたことから、一挙に、学問的発展をとげた。
 人間は、理において、善であるが、気において、善にも悪にもなる。
 そこで、「居敬(平常心)」をたもち、読書や「静坐(瞑想)」や「格物(心の陶冶)」などによって、本来の理に立ちもどらなければならないとする。
 この陳腐な精神主義と合体したのが小中華思想だった。
 朝鮮半島の中華思想は、みずからを小中華と位置づけて、漢民族の優越性を継承しただけではなかった。
 韓国特有の風水的迷信に立って、周辺諸民族を夷狄(野蛮人)や禽獣(畜生)と蔑んだ。
 韓国の国旗は風水の護符をデザインしたもので、韓国では、巷間「日帝風水謀略説」がささやかれた時期がある。
 中国王朝は、歴史上、四度、征服王朝(遼・金・元・清)に支配されている。
 ところが、朝鮮半島は、四夷と呼ばれる異民族の支配に入ったことがない。
 例外が、日韓併合で、韓国人は、これを民族の屈辱として、いまもなお、恨み骨髄なのである。
 韓国人のプライドは、日本人の目から見て、常軌を逸したものである。
 韓国人が日本にたいして、傲岸不遜で、礼儀知らずなのはそのせいである。
 あろうことか、東夷しかも海のむこうの夷(蛮族)が、小中華である韓国にたいして、かつて、支配的な立場に立ち、現在、対等の立場に立とうとしている。
 それだけで、かれらには、我慢ならないことなのである。
 人種差別の意識がつよい朝鮮民族は、いまもなお、四夷や夷狄を劣等民族とみなす優越感に浸っている。
 それがひっくり返されると、民族的コンプレックスという集団ヒステリーに陥るのは、火病という民族の病で、利害も合理もない。
 かれらは、ひたすら、日本を恨むが、これを責めても仕方がないだろう。
 日本人は、恩や公という心をもち、水に流す文化をもっている。
 韓国人は、恩や公という心を知らず、水に流す文化ではなく、恨(ハン)の文化しかもっていない。
 日韓のあいだには、日本海以上、遠く深い溝があるのである。
 悲劇的だったのは、中国から、科挙や宦官がはいってきたことだった。
 これに、勤労蔑視や両班特権、事大主義、恨(ハン)の精神がからんで、朝鮮半島は、物の怪がバッコするような不気味な国になった
 くわえて、16世紀の李氏朝鮮では、李退渓と李栗谷の二大家があらわれて理気二元論の花盛りとなった。
 朱子学では「聖人学んで至るべし」とあるように、学問の究極的な目標は「理」を体得し「聖人」となることとされた。
 李氏朝鮮は、こうして、中国以上の儒教国家となった。
 ちなみに、韓国の国旗(太極旗)は、朱子学の世界観を図解化したものである。
 朱子学と同時に興ったのが、知行合一の陽明学だった。
 朝鮮半島で、陽明学が異端視されたのは、朱子学が礼(秩序)なら陽明学が仁(人道)だったからだった。
 朱子学が観念主義の守旧主義なら、陽明学は知行合一の革命主義である。
 幕末の維新運動は、多分に、陽明学の影響を受けている。
 陽明学の信奉者には、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、河井継之助、佐久間象山、古くは、大塩平八郎がいる。
 明治維新で、江戸300藩は、薩長土肥に歯向かうことができなかった。
 幕府の官学が朱子学だったからである。
 朱子学は、仁(人道)をおさえこんで礼(秩序)を重んじる。
 理屈をのべたてるが、結局、行動にうつすことができない。
 幕府は、その穏便さを見越して、朱子学を官学としたのだった。
 それでは、朝鮮の事大主義はどこからでてきたのか。
 それには、三国時代(百済・新羅・高句麗)から歴史を紐解かなければならない。
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2019年07月31日

タテマエ政治から脱却せよB

 ●韓国は近くてもっとも遠い国
 和田春樹東京大学名誉教授ら、日本の知識人77人が、韓国にたいする輸出規制措置の中止をうったえて、署名運動を開始した。
 左翼反日の知識人グループが、安倍政権を攻撃するためにとびついたものであろうが、レベルが低くて、話にならない。
 声明に「韓国は敵なのか」とあって、みずからを「昨今の日韓関係の悪化を憂慮する有志」と名乗っている。
 そして、「日本の市民(国民ではない)に賛同をもとめる」とうったえている。
「韓国は敵なのか」という呼びかけについては、敵と断言するほかない。
 この期におよんでも、まだ、韓国を敵とみなすことができないのが、愚かな日本の平和ボケ、左翼反日インテリなのである。
 韓国の防衛費は、この十数年で急伸して43、2兆ウォン(約4兆1840億円)にたっした。
 3倍ほどあった日韓の軍事支出差は、いまや1・2倍で、GDPで比較すると、韓国2・6%、日本0・9%と逆に日本を圧倒している。
 韓国人の30%が原爆保有支持で、南北統一後、統一朝鮮が9番目の核保有国になることをかれらは心待ちにしているのである。
 南北の融和がすすみ、北朝鮮と韓国が戦火を交える可能性はなくなった。
 米軍が駐留している以上、韓国が軍事費を加速度的にふやす理由はない。
 にもかかわらず、韓国がハイペースで軍事予算をふやしているのは、唯一つ日本に対抗するためである。
 韓国海軍レーダー照射問題は、韓国の対日敵視政策を反映したもので、友好国であれば、日本EEZ(排他的経済水域)内で、射撃予告とうけとめられるレーザーの照射などするはずはない。
 和田春樹ら韓国を善意の隣国のようにいう知識人77人は、この署名運動でも、得意の論法をもちだす。
「日本と韓国の場合は、慎重な配慮が必要になります。かつて日本がこの国を侵略し、植民地支配をした歴史があるからです」というのである。
 ばかも休み休みいうもので、知識人を自称しながら、和田らは「乙巳五賊(いっしごぞく)」や「庚戌国賊(こうじゅつこくぞく)」という韓国の歴史用語を勉強していないのか。
 乙巳五賊は、日本による韓国の保護国化を定めた第二次日韓協約(1905年)に賛同した大韓帝国5名の閣僚で、庚戌国賊は、日韓併合条約締結(1910年)をすすめた8人の閣僚のことである。
 李完用(大韓帝国内閣総理大臣)ら12人の愛国的な政治家は、韓国の人名事典に李朝末期の売国奴としか書かれていないが、すぐれた政治家だったことは、日韓併合が、世界の最貧国だった朝鮮を、現在の韓国に発展させる原動力になったことからも明らかだろう。
 日韓併合が侵略だったのなら、韓国は被害者で、したがって、五賊も国賊も存在するはずはない。
 日韓併合が、国会議決をもって、韓国の閣僚が申請したものだったからこそ五賊だの国賊だのといって、騒ぐのではないか。
 日韓併合が日本の侵略だったというなら、まっさきに、五賊・国賊の名誉が回復されるべきだろう。
 そして、民族一体となって、わるいのは、侵略してきた日本で、われわれは被害者だったのだと主張すればよいのである。

 テレビで、しばしば、日韓併合の違法論や無効論が取りざたされる。
 村山談話や菅談話をひっぱりだしてきて、謝罪や賠償までいいだす輩もいる。
「乙巳五賊」「庚戌国賊」に並ぶ用語に「丁未七賊(ていびしちぞく)」という用語がある。
 ハーグ密使事件(1907年)の後、高宗(李氏朝鮮第26代国王)の退位に関与した七人の閣僚のことで、かれらが親日派・知日派(チニルパ)だったことから、韓国では、いまだに憎悪の対象となっている。
 ハーグ密使事件は、1907年、高宗がオランダのハーグで開催されていた万国平和会議に3人の密使を送って、大日本帝国に奪われていた外交権回復をうったえようとした事件である。
 だが、会議に出席していた列強は、大韓帝国の外交権が大日本帝国にあるとして、3人の密使の会議出席を拒絶した。
 当時は、帝国主義の時代で、世界の秩序は、国力によって定められていた。
 列強は、韓国が自主外交の能力を有していない負け犬の国と見限られていたのである。
 日本の軍艦が朝鮮半島の江華島で砲撃されて応戦した江華島事件(1875年)を契機にむすんだ江華島条約において、朝鮮が、清朝の冊封から独立した独立国であることが宣言された。
 日清戦争(1895年)の勝利による下関条約においても、第一条で、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることと明記された。
 日本にとって、朝鮮国の独立が、悲願だったのである。
 ところが、朝鮮国は、独立国家をつくる気などなどなかった。
 清国になびき、日清戦争後はロシアに接近して、ロシアは朝鮮半島に食指をうごかす始末だった。
 朝鮮国の独立をあきらめた日本は、日露戦争に勝利したのち、ソウルに統監府置き、李完用らの請願にもとづいて、韓国を併合した。
 植民地化する以外、韓国を再建して、極東の安全をまもる方法がなかったのである。
 これをみて、アメリカは、日本にフィリピン支配の許諾をもとめてきた。
 日本の韓国支配を容認する代わりに、アメリカのフィリピン支配をみとめろというもので、これが「桂・タフト協定」である。
 ロシアも日露戦争後のポーツマス条約によって、日本による韓国保護国化をみとめざるをえなかった。
 そもそも、1907年の万国平和会議では、主要47か国が韓国のうったえを退けている。
 当時、世界を支配していたのは、日英同盟・日露協約・英露協商・日仏協約など帝国主義列強による世界分割協定で、アフリカもアジアも、列強の支配にのみこまれていた。
 帝国主義という大局観・歴史観に立たなければ、当時の世界秩序を理解することはできないのである。
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2019年07月26日

タテマエ政治から脱却せよA

 ●危険水域に近づきつつある日韓外交
 日本は、中国には一目置くが、朝鮮にたいしては、対等もしくは弟分とみるところがある。
 中国は、漢字文明やシルクロードの要衝で、隋や唐との交流もあった。
 一方、朝鮮は、中国の属国で、中国ほどの存在感はない。
 百済や高句麗、新羅ら古代朝鮮との連続性も明らかではなく、近代の開国にあたって、朝鮮は、日本にたいして、かならずしも、友好的ではなかった。
 朝鮮問題が、最終的に、日清・日露戦争および日韓併合という歴史的事件に発展したのは、日本列島に近すぎるという地政学的な事情にあって、かならずしも、朝鮮という国家の存在感にあったわけではなかった。
 二度にわたる元寇では、元(中国)と元の属国だった高麗(朝鮮)が対馬の住人を虐殺、日本本土に上陸して、肥前や松浦、鷹島などで鎌倉武士と壮絶にたたかった。
 神風によって、元と高麗の5千艘の船が沈没して、日本は侵略を免れた。
 だが、元寇は、歴史上、明治維新や敗戦と並ぶ大事件で、7世紀の白村江の戦い以後、朝鮮半島は、日本の鬼門として、たちはだかっている。
 朝鮮半島も中国と同様、大陸国家で、海洋国家たる日本とは、元々、反りがあわない。
 近代化以降、日本の悲願が朝鮮半島の安定にあったのは、朝鮮半島が中国やロシアの手に落ちたら、日本の安全保障は、風前の灯となるからだった。
 西郷隆盛の征韓論は、朝鮮半島と日本の共同安全保障で、近代化に後れをとった弟分の朝鮮を援けて、東アジアの安定を図ろうというものだった。
 もっとも、これは、日本の一人相撲で、日本を下位にみている朝鮮にそんな気はなかった。
 根拠は、中華思想だが、これは、日本人にぜんぜん馴染みがない。
 だが、中華思想を理解しておかなければ、韓国人や朝鮮人が永遠にわからない。
 中華思想は、世界の中心は中国、という思想である。
 朝鮮半島は中国でも中国の一部でもないが、韓国人や朝鮮人は、じぶんたちこそ本物の中華という自負をもっている。
 中国は、歴史上、四度、征服王朝(遼・金・元・清)に支配されている。
 ところが、朝鮮半島は、四夷と呼ばれる異民族の支配に入ったことがない。
 四夷というのは――
 東夷(とうい/日本などの東方諸国)
 西戎(せいじゅう/西域諸国)
 北狄(ほくてき/契丹・韃靼・蒙古などの北方諸国)
 南蛮(なんばん/ベトナムなど東南アジア諸国や西洋人)
 のことで、中華世界において、四夷は、野蛮な劣等民族なのである。
 朝鮮半島が小中華といわれるのは、本家の中国より、四夷や夷狄を侮蔑する意識がつよいからである。
 夷狄から支配をうけたことがなく、人種差別の意識がつよい朝鮮民族は、いまもなお、四夷や夷狄を劣等民族とみなして優越感に浸っている。
 それが、韓国人や朝鮮人の世界観で、かれらの傲慢さの根拠である。
 ちなみに、日本は、東夷で、朝鮮よりはるかに地位が低い。
 韓国が日本に激高するのは、東夷のくせになまいきというわけである。
 これに、両班意識、事大主義、儒教の三つがからみあって、「恨(ハン)」という異様きわまりない気質がつくりあげられた。
 韓国には、高麗王朝の忠臣たちがモンゴルの李成柱(朝鮮王朝始祖)を恨む「恨五百年」という民謡があって、朴槿恵前大統領も、日韓併合をあてつけて「加害者と被害者の歴史的な立場は1000年たってもかわらない」とのべたものである。
 これが恨(ハン)文化だが、これまで、恨文化の実体が明らかにされたことはなかった。
 恨の思想に、両班意識と事大主義、勤労を害悪視するエリート意識があったことを見逃すことはできない。
 高麗や李氏朝鮮の官僚階級だった両班(ヤンパン)は、特権階級で、給料がない代わりに、民からの略奪や搾取をゆるされて、それで懐を潤した。
 朝鮮半島で、民が働かないのは、いくら働いても、すべて、両班に奪われるからだった。
 一方、国は、さらってきた美女や奪った地方の産物を中国に朝貢して褒美をもらい、宮廷を維持した。
 こうして、朝鮮半島に、極端に生産性の低い国家ができあがった。
 儒教的観念論や迷信、風水の一つが四夷思想で、東夷・西戎・北狄・南蛮をばかにして、人々は、地べたに座り込んで、一日、無為に過ごす。
 経済原理や合理的精神が死に、朝鮮半島は退廃のきわみにたっして、打つ手がなくなった。
 それが、日韓併合直前の朝鮮半島で、世界一の最貧国家だったのは、生産や繁殖、創造が停止したからだった。
 朝鮮半島の恨は、痛恨や悲哀、無常観で、なんの見返りもないまま呪うだけだった。
恨≠フ対義語が恩≠ナある。
 朝鮮半島と同じように日本の支配をうけた台湾が、恨ではなく、日本に恩をかんじた理由は、台湾には、生産や繁殖、創造の手段があったからである。
 ところが、朝鮮半島にあったのは、両班意識と事大主義、儒教と四夷意識の観念だけだった。
 生産や繁殖、創造性が決定的に欠けて、それが、朝鮮半島に危機を致命的なもたらした。
 これが象徴的と思われるのは、現在、日韓のあいだで、問題になっているのが、半導体製造に欠かせないフッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の3品目だったからである。
 半導体の世界的トップメーカーである韓国が、この3品目を製造する能力をもっていなかった。
 であれば、日本と友好的な関係をつくって、日本からの補給が絶えないように配慮すべきだろう。
 ところが、韓国は、それができない。
 なぜなら、日本は、仮想敵国だからである。
 自国産業の血液というべき資本財の輸入元の国を仮想敵国にして、牙を剥く。
 それが韓国のわけのわからないところだが、以上、縷々述べてきた事情から深層構造にすこし察しがついたはずである。
 次回以降、歴史的経緯や貿易摩擦を視野にいれながら、さらに、日韓関係を検証していこう。

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2019年07月18日

タテマエ政治から脱却せよ@

 ●丸山議員問題と日韓外交危機
 北方領土返還で「戦争」に言及した丸山穂高衆院議員をめぐって、ドタバタ劇がくりひろげられた。
 日本維新の会の除名から国会の「糾弾決議」、自民・公明の「譴責決議案」、野党6党派の「辞職勧告決議案」に至るまで、丸山議員叩きは、すべてタテマエ論で、ホンネの現実感覚ゼロという空虚さであった。
 テレビ朝日コメンテーターの玉川徹は「羽鳥慎一モーニングショー」でこう叫んだ。
「戦争しないっていうのは国是なんです。日本は戦争をしないと決めた国なんですよ。『戦争という手段しかないんじゃないですか』というような発言をする人間には国会議員の資格はないと思います」
 日本が戦争をしないと決めた国なら、他国が日本の領土を奪おうと、日本人をいくら殺そうと、遠慮はいらないということになる。
 国家には自衛権があって、それはゆるさないというのなら、二枚舌で、そうなら、日本は戦争をしない国などというタテマエはいわぬがよい。
 丸山議員は「北方領土を不法占拠しているロシアに糾弾決議を出すなら分かるが、わたしに出すというのは遺憾だ。任期をまっとうしていきたい」とのべた。
 除名、糾弾、譴責、辞職勧告でつるし上げられた丸山のホンネのほうがよほど正気ではないか。
 丸山発言は、ロシアの「北方領土は戦争でとった」にたいする売りことばの買いことばで、丸山が悪いというのなら、ロシアの言い分、ロシアの言い分を垂れ流してきたメディアに落ち度はないのか。
 ロシア外務省のザハロワ情報局長が丸山議員をさして「言語道断だ。一人の政治家の極端な意見なのか、日本のエリート(丸山は東大卒)の感覚を反映したものかどうか調べる」と恫喝した。
 この脅しを耳にしたのかどうか、維新の会がソ連大使館へのこのこと謝罪にでかけた。
 百田尚樹は怒り心頭に発してこうのべる。
「旧ソ連が(北方領土を)強盗したのだ。被害者が強盗に『すいませんでした』って言うのはおかしいだろ」
 ネットはもっと過激で、「言語道断は、お前らロシアだ! お前らが、大東亜戦争終結後、日ソ中立条約を一方的に破って、火事場泥棒で日本の北方領土を占領、略奪、強姦、殺人のかぎりをつくし、極寒のシベリアに60万人の日本人を抑留して殺した。ふざけるな! 」という調子である。
 ネットウヨが悪評紛々なのは、タテマエを忘れて、このようにホンネを吐くからである。
 ちなみに、「丸山穂高議員の議員辞職は必要ですか?」という質問には90パーセント近くがノーと答えている。
 投票総数6053票/議員辞職の必要ない88%/議員辞職するべき12%
 頭に血がのぼった日本の政界・マスコミ・TVタレントの対応にたいして、ウクライナ気鋭の政治学者アンドリー・グレンコの観察は冷静なもので、日本の「二島返還」に反対論を展開しただけのことはある。
「丸山議員の発言は、戦争が不可能なら返還も不可能、というロシアにとって有利な論理をひきだした。失敗だ。ロシア経済には好材料がない。日ロ交渉のタイミングは、将来、日本とロシアの立場が逆転して、ロシアが日本に援助をもとめてきたときだ」
 これまで日本には、現実的なスタンスに立って、ストレートにホンネを吐くグレンコのような識者は皆無だった。
 もって回った口ぶりで、きれいごとのタテマエを並び立て、ホンネを隠すのがこれまでの日本人のやりかただった。
 その悪癖によって、日本は、いままで、どれほど、損をしてきたことか。
 大義名分やタテマエを立て、前大戦では、世界を敵に回して、原爆まで落とされた。
 日本人は、タテマエとホンネの両方を使い分けているつもりでも、外国人にとっては、ただの嘘か二枚舌でしかない。
 タテマエには、世界から理解をえる真実も普遍性もないのである。
 アメリカは、韓国抜きで北朝鮮と交渉でき、中国とは四つに組んで、貿易摩擦という相撲をとっている。
 韓国も日韓同盟も、いまや無用というわけで、これが、アメリカのホンネである。
 ちなみに、ロシアの「北方領土は戦利品」というのもホンネである。
 日本人は嘘つきといった外国人外交官がいたというが、タテマエは、ウソよりも罪が深い。
 ウソは個人の出来心だが、タテマエは、全体主義で、中国や北朝鮮は、タテマエだけでできている国である。
 ファシズムも民主主義も、全体主義も官僚主義も、儒教とりわけ朱子学の大義名分論も国家スローガンも、赤信号みなで渡ればこわくないジョークも戦争放棄も、すべて、タテマエである。
 日本が、外交で失策をかさねてきた原因が、このタテマエ主義だった。
 タテマエを捨てて、ホンネをずけずけいう政治家が丸山議員である。
 レーザー照射問題では岩屋防衛相にこう注文をつけている。
「うそでも百回言っていったらこれが正しいみたいなことになりかねませんので、しっかりこれは主張していただきたい」
 北方領土問題では、河野太郎外相への質問をこうしめくくっている。
「領土が戦争や武力以外で返ってきたというのは稀なケースと思います。その稀なケースに挑戦しなければなりません。外相や総理の手腕にも期待しております」
 そのほか、国会議員の「国籍条項」や生活保護法の「国民条項」など、これまで、馴れ合いですまされてきた問題についても鋭いつっこみをいれている。
 一連の丸山バッシングにのっかったタレントにもホンネをぶつけた。
「上西小百合氏の末期症状に酷似」と丸山議員を批判した東国原英夫にたいしては、「『おまゆう(おまえがいうか)』に思わず大爆笑」「暴行容疑の現行犯で逮捕、傷害容疑で書類送検、淫行関係で事情聴取されたことのある芸人にえらそーに言われてもねぇ」と一蹴。
 フジTVバイキングへの出演を誘った坂上忍には「飲酒運転で器物破損逃亡劇の件をやるなら検討しますけど、残念」とこばかにした風情。
 顔も見たくないと丸山を批判した和田アキ子にたいしても「わたしも和田さんが出たらチャンネル変えます。一緒で光栄です。最近はテレビで姿を見ません。紅白すら出てないようですね」と揶揄している。
 それだけではない。フジテレビには、人気番組「志村けんのバカ殿様」を「肉布団番組(水着の女性たちが布団代わり)」と批判した上で、「そのほか、持ち株会社の税金無駄遣いクールジャパン機構出資とか放送法上の問題にからめて言うべきことが数多くある」とフジテレビ上層部にゆさぶりをかけた。
 日本人は、頭でっかちに、意味や価値、原理などの抽象論ばかりいって、現実的なモノやコト、具体的な事象には目をむけてこなかった。
 それがタテマエ主義で、タテマエが横行すると、現実機能や現実にたいする適応力が害われる。
 観念論的なタテマエ主義から脱するには、丸山議員のような実在論的個人主義者の登場が必要なのである。
 次回以降、タテマエ外交で、泥沼化した日韓関係をふりかえってみよう。

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2019年07月05日

マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つF

 マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つF
 ●愛子さまが天皇になられない理由C
 女性天皇論者は、愛子さまが天皇になられないのはおかわいそうという。
 皇位の男系相続にたいして、女性差別や男尊女卑、悪しき因習という反発が国民レベルにまで高まっているのである。
 日本は、かつて、8人10代の女性天皇をいただいた。
 それが、男女平等で、因習に縛られない美風だったというつもりであろうか。
 8人の女帝には、すべて、未亡人か、生涯独身だった。
 子をもうけて、その子が天皇になると、皇統が絶えてしまうからである。
 皇統とは、神武天皇の男系の血統で、それが、2700年つづいてきた神武王朝である。
 女性天皇が結婚して、子をもうけると、権力とともに皇室の血統が夫側へ移ってしまう。
 天命ではなく、血統による易姓革命がおきてしまうのである。
 それを避けるために、8人の女帝は一代限りの皇位をまもって、その皇位を神武天皇の血をひく男系天皇にひき継いできた。
 女帝は、権力抗争の渦にまきこまれて、女性として、きびしく、不幸な生き方をしいられてきたといってよい。
 天皇になれない愛子さまがおかわいそう、という感情論で語ってよい話ではないのである。
 未亡人で、再婚されなかった女帝は、推古、皇極(後の斉明天皇)、持統、元明の四方である。
 そして、生涯、独身をとおされたのが、元正、孝謙(後の称徳天皇)、明正、後桜町の四方である。
 最初の女帝・推古天皇は、欽明天皇の皇女で、敏達天皇の皇后だった。
 推古天皇が天皇に即位した経緯には、悲劇的な要素が大きい。
 夫の敏達天皇とその弟の用明天皇が相次いで崩御すると、その後に即位した末弟の崇峻天皇も、蘇我馬子が放った刺客(東漢直駒)に暗殺される。
 用明天皇の皇子で、推古天皇の摂政だった聖徳太子も、没後、子の山背大兄王が、蝦夷入鹿の襲撃を受けて、斑鳩宮で一族もろとも自害、上宮王家が断絶するという悲劇に見舞われる。
 山背大兄王が、田村皇子(舒明天皇)との皇位争いに敗れた末のことだったが、山背大兄王を倒したその入鹿にも、悲劇がまちうけていると、入鹿は知る由もない。
 推古天皇を介して、欽明から敏達、用明、舒明へとつながれた男系も、そののち、けっして、安泰ではなかった。
 舒明天皇とのあいだに天智天皇、天武天皇らをもうけた2番目の女帝、皇極天皇が49歳で即位したのは、継嗣となる皇子が定まらなかったからだった。
 その皇極天皇の目の前で、中大兄皇子と中臣の鎌足が、蘇我入鹿を暗殺するという前代未聞のクーデターを起こす。
 この乙巳の変(大化の改新)の翌日、皇極天皇は同母弟の軽皇子(後の孝徳天皇)に皇位を譲った。
 政治の実権は皇太子の中大兄皇子がもっていたが、皇位にはつかなかった。
 中大兄皇子が天智天皇として即位して、同母弟の大海人皇子(のちの天武天皇)を皇太弟とするのが、それから20数年後のことである。
 のちに、第1皇子・大友皇子(のちの弘文天皇)を太政大臣とし、辞退した大海人皇子の代わりに大友皇子を皇太子とするのだが、それが、古代史上、最大となる乱の前触れだった。
 天智天皇の没後に、大友皇子と大海人皇子とのあいだで争い(壬申の乱)がおき、敗れた大友皇子は自害する。
 勝った大海人皇子は、即位して、天武天皇となった。
 三番目の女帝となった持統天皇は、天武天皇の妻だが、事情が前例とはやや異なる。
 天武天皇の政治をひきついで、飛鳥浄御原令の施行など、律令政治の基礎を固める一方、子の草壁皇子を即位させるため腹ちがいの子大津皇子を処刑するなど、持統天皇は、鬼子母神的な女帝でもあった。
 草壁皇子が若くして亡くなると、持統天皇が即位して、皇子の子の珂瑠皇子(文武天皇)の成長を待つ。
 四番目の女帝、元明天皇(草壁皇子の妃)も事情は似ている。
 即位したのは、子の文武天皇が25歳の若さで崩御し、遺児・首皇子(聖武天皇)がわずか7歳だったからである。
 持統天皇同様、皇位をあずかって、孫の成長をまったのである。
 五番目の女帝、元正天皇は、草壁皇子と元明天皇の皇女で、母の元明天皇の遺志をうけついだ聖武天皇へのつなぎ役であった。
 六番目の女帝、孝謙・称徳天皇は、女性天皇・女系天皇を考えるのに示唆的な特異な天皇だった。
 父は聖武天皇、母は藤原氏出身で、史上初めて、人臣から皇后となった光明皇后(光明子)である。
 第46代孝謙天皇は、第47代淳仁天皇に譲位するまでは、つなぎ役の女性天皇にすぎなかった。
 ところが、孝謙上皇となって、道鏡を寵愛して淳仁天皇と不和となり、淳仁天皇を廃して、皇統に危機が襲ってくる。
 重祚して第48代称徳天皇となって、太政大臣禅師、法王へとのぼり詰めた道鏡は、ついに、皇位を望む。
「道鏡を天皇にせよ」という宇佐八幡神からのお告げは、和気清麻呂によって退けられるが、道鏡の怒りを買った清麻呂も大隅に流罪になる。
 称徳天皇が没して、道鏡の失脚後、天智天皇の孫である第49代光仁天皇が即位、このとき、皇位は、天武系から天智の系統へと移っている。
 道鏡を下野に流して、綱紀や政教を立てなおした光仁天皇は、和気清麻呂を召還するが、皇統の危機を救った和気清麻呂は、桓武天皇からも厚く迎えられ、平安遷都に尽力する。
 七番目の女帝・明正天皇は、幕府と対立した後水尾天皇の対抗策で、7歳の内親王を即位させて幕府をケムにまき、本人は、もっぱら、院政を敷いた。
 最後の女帝となった八番目の後桜町天皇は、若くして崩じた弟の桃園天皇の皇子(後桃園)の成長を待ったもので、そのために、一生を捧げた。
 女性天皇が、はたして、天皇になれない愛子さまがおかわいそうという甘い地位だったろうか。
 女性天皇論者は、愛子天皇を望むが、愛子さまが天皇になる可能性は、万に一つもない。
 愛子さまが、皇祖皇宗が2700年間まもってきた皇統の男系継承の伝統を破って、称徳天皇と道鏡ができなかった万世一系を否定するだろうか。
 あえて、神武天皇に反逆して、みずから、歴史の永遠の汚名を着るだろうか。
 明仁上皇、上皇后美智子も、女性天皇をお望みではなかった。
 百二十五代にわたって男系継承であったものが、ご自身の御代においてその原理が変更されては、皇祖皇宗に申し訳が立たないからである。
 ェ仁親王の長女、彬子女王も「男系継承の伝統を大事にするべき」とのべておられるとおり、皇室内には、宮内庁を別にして、女性天皇をみとめる空気はない。
 皇統は神武天皇以来、男系で継承されてきた血筋のことで、直系に該当者がおられない場合は、つねに、傍系から皇胤を得てきた。
 今日、この傍系に当たるのは、戦後まもなく皇籍を離脱された旧十一宮家で、そこには、かなりの人数の男系男子がおられる。
 その方々のなかから、何人かが皇籍に復帰できる方法を考え、男系の宮家の数を増やす。
 皇室をまもるには、それが、だれが考えても、いちばんあたりまえの方法だろう。
 必要なのは、歴史上、前例のない女性宮家ではなく、前例のある男性宮家なのである。
 旧皇族が「皇統に属する皇族」にもどることができず、二千年間、けっして「皇統に属する皇族」になれなかった一般男性の子どもが皇統に属することができるという女系天皇論者の理屈はいったいどこからくるのだろう。

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2019年06月28日

マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つE

 マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つE
 ●愛子さまが天皇になられない理由B
 日本共産党は反天皇の綱領をもっている。
 その綱領に「一つの家族が国民統合の象徴となる天皇制は民主主義と人間の平等の原則に反する」とある。
「一つの家系が日本を象徴する制度が未来永劫つづくのは不合理(日本共産党小池晃書記局長)」というのである。
 天皇の地位が、親から子への直系相続にあると思っているのは、共産党や女系天皇論者だけではない。
 一般国民も、多くが、民法的な感覚で、直系長子相続が自然と考えている。
 そこから、女性宮家の創設や女性天皇という考え方がでてくる。
 天皇が男子に恵まれなかったら、女子が新天皇になってもよいではないかというのである。
 皇位の継承を男系男子に限っている「皇室典範第1条」を改定するうごきもある。
 すでになんどものべてきたように、女系では、先祖の血筋を継承できない。
 男性のY染色体は、世代を重ねても、純粋な形で男子に継承される。
 ところが、女性X染色体は、世代がかわるたび、交叉して、系統が変化する。
 女系男子が皇位を継承した場合、新天皇は、神武天皇ではなく、母方の夫側の染色体をひきついでしまうのである。
 家族や家系なら、直系長子相続でよいだろう。
 だが、天皇は、一系の王朝であって、家族でも家系でもない。
 直系長子相続では、神武王朝ではなく、天皇一家の家系になってしまう。
 現在、日本では、天皇が王朝であることが、まったく理解されていない。
 日本が世界から一目おかれる伝統国家で、それが日本の国際的地位を高めているのは、天皇が数千年の歴史を有する王朝だからで、天皇が、憲法によって国民統合の象徴とされているからではない。

 日本が数千年にわたってまもってきたのは、天皇一家ではなく、万世一系の神武王朝だった。
 それを象徴するのが、神武天皇の血統を大幹とする系統樹である。
 神武天皇の血統という幹から男系宮家という枝が四方へのびている。
 その一本の枝が第119代光格天皇から今上天皇(第126代徳仁)へつらなる閑院宮家で、8代にわたって、皇統として、神武王朝を継承してきた。
 第118代後桃園天皇が22歳で急逝して、直系の皇族に男子がいなかったため、1780年、光格上皇が、傍系の閑院宮家から9歳で即位した。
 光格天皇と先代の後桃園天皇とは8親等の隔たりがあって、直系長子相続の感覚からいえば、限りなく他人に近い遠い親戚だった。
 閑院宮家は、光格上皇から6代さかのぼった東山天皇の第6皇子が創設した宮家で、皇統の断絶を危惧した新井白石が将軍徳川家宣に建言して設けられた男系宮家である。
 一つの家系や家族あるいは直系では、皇統をまもることはできない。
 皇統が、神武天皇の血統をひく男系宮家という枝によって、まもられてきたのは、今上天皇が閑院宮家系だったことからも明らかだろう。
 かつて、皇位の傍系相続が三度おこなわれた。
(1)第25代武烈天皇から第26代継体天皇(9親等の隔たり)
(2)101代称光天皇から第102代後花園天皇(9親等の隔たり)
(3)第118代後桃園天皇から第119代・光格天皇(8親等の隔たり)
 親等は、直系長子相続を基準とする家族や家系の遠近の度合いをしめす。
 だが、祖先の系統をまもる王朝では、親族の遠近をしめす親等は問題にならない。
 問題になるのは男系宮家という枝で、王朝は、直系長子相続ではなく、男性宮家の世襲によって維持されてきた。
 王朝が男系相続となったのは、女系相続では、閨閥政治や政権抗争、独裁をうみ、内紛や政争、摩擦を避けられなかったからである。
 日本で、一つの王朝(皇統)が2000年以上、維持されてきたのは、古代国家の大連・大臣から律令体制における二官八省、摂関政治や院政、武家政治にいたるまで、天皇と権力の二元論が成立したからだった。
 権力が天皇を立てて、その下で、自律的に権力を操作したのである。
 社会も人間も、物と心、合理と不合理、聖と俗の両面をもっている。
 権威と権力、国体と政体、文化と軍事の二元論は、そういった二元的、多元的な世界に対応するもので、神武王朝=日本国家は、天皇と将軍の二人がおられたことによって、2700年の長きにわたって、体制を維持できたのである。
 ヨーロッパや中国、中東やアジアにおいて、権力や宗教は、一元的だった。
 その結果、圧政や恐怖政治、宗教弾圧、奴隷制度などが横行して、人々は塗炭の苦しみをなめた。
 民主主義や人権は、数千年におよぶ暗黒時代の反動で、チャーチルではないが、ファシズムよりはましという代物にすぎない。
 神武王朝は、古事記や日本書紀がつくりだしたフィクションだったかもしれない。
 だが、日本は、そのフィクションにどっかり腰をすえて、天皇と近代国家を運営してきた。
 日本は、民主主義や平等が人類の理想であるような不幸で貧しい歴史をもっていないのである。

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2019年06月21日

マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つD

 マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つD
 ●愛子さまが天皇になられない理由A
 BSフジの「プライムニュース(2019年5月21日)」で、衛藤晟一参院議員が、皇統問題にからめて、Y染色体の話をもちだすと、京都産業大の所功名誉教授は「生物学レベルまで下げて議論してはいけない」とたしなめた。
 皇統の男系相続は歴史の叡智と伝統で、たしかに、生物学レベルで語られるべきではないかもしれない。
 だが、歴史や伝統を破壊して、女系天皇を実現しようとしているのは、所ら女系天皇論者で、その根拠が、大衆迎合の男女平等や民主主義である。
 皇統問題を、ついこのあいだうまれたばかりの近代主義のレベルまで下げて議論してはいけない、といいたいいたくなる。
 皇統にかかるY染色体の議論は、あくまで、結果論である。
 そして、動機論が、皇統をまもる男系相続だったのは、いうまでもない。
 女系相続では、皇統をたもつことができない。
 皇位を簒奪しようという、道鏡や足利義満のような野心家がでてくるからである。
 女系天皇の夫になって子種をもうければ、子が天皇に、夫が上皇になれる。
 それが、X染色体の弱点で、代がかわるたび、男系の祖先が入れ替わる。
 神武天皇の血統をまもるために、女性天皇は、夫をもたず、子をもうけず、皇胤を男系に限定した。
 Y染色体は、男系の祖先から一系となるので、世襲によって、血統がまもられる。
 経験則にのっとった歴史の叡智というしかない。

 人類進化の学説としてよく知られているものに「ミトコンドリア・イブ」がある。
 人類の母系祖先をさかのぼっていくと、16万年前にアフリカにいた一人の女性にたどりつくとする説である。
 素人にはわからないが、母親から女の子どもに受け継がれるミトコンドリアDNAの塩基配列の解析結果という。
 遺伝にかかわる因子に、X染色体とY染色体、ミトコンドリアDNAの三つがある。
 X染色体を2本もつ女性の場合は、母親から受け継いだX染色体と父親から受け継いだX染色体のあいだで交叉と遺伝子の乗り換えがおこる。
 したがって、先祖を特定できず、血統の正統性がたもてない。
 一方、男性のY染色体と女性のミトコンドリアDNAは、交叉がおきないので、どこまでも、先祖をたどってゆける。
 女性のミトコンドリアDNAは、16万年前までさかのぼった。
 男性のY染色体は、日本の場合、途中で、神話に継ぎかえられた。
 神武天皇以前が神話で、神武天皇以降が実史である。
 皇紀2600年は、遺伝子のレベルで、検証が可能だったのである。

 衛藤議員のY染色体説を一蹴した所功は、一方で、こんな珍説をのべる。
「皇祖神として天照大神という女神を仰いでいるという事実を考えれば、男系や女系、男子や女子よりも、皇室の御祖先が大事」
 天照大神が女神なので、女性天皇でもよいというのは、田中卓や小林よしのりと同じ見解である。
 黄泉の国からもどった男神のイザナギが禊をおこなって、左目から生まれたのが天照大神で、このとき、右目から須佐之男命(スサノオノミコト)、鼻から月読命(ツクヨミノミコト)がうまれた。
 男であるイザナギの左の目から生まれた天照大神が、どうして女系なのか。
 そもそも、天照大神が女性という根拠はきわめて薄い。
 天照大神とスサノオによる誓約(うけひ/占い)によってうまれたのがアメノオシホミミ(天忍穂耳命)で、高天原から日向の高千穂峰へ天降ったニニギ(瓊瓊杵尊)の父である。
 ここまでが神話だが、どこに女系の根拠があるのか。
 男系女系がでてくるのは、木花開耶姫を娶ったニニギからである。
 火遠理命(山幸彦)と豊玉姫、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と玉依姫、神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレヒコノミコト=神武天皇)と吾平津姫と、ニニギ以後、神武まで、4代に亘って、男神が姫を娶っている。
 女系というのは、たとえば、木花開耶姫や豊玉姫、玉依姫、吾平津姫が天皇になるにとどまらず、女天皇の産んだ子が天皇(皇胤)になることである。
 そんなばかなことはおきていない。
 皇祖神の天照大神が女神だから、天皇が女系でいいというのはとんでもない暴論で、日本人が、天皇の男系相続をもって、権威と権力の二元論を発明した歴史的功績を忘れている。
 男系を世襲にすることによって、天皇の権威が磐石になった。
 その権威から、正統性をさずかって、権力に節度と施政力がそなわった。
 天皇の男系相続には、日本という国家ができあがった原理が隠されていたのである。
 ところが、戦後、日本の歴史学者は、皇国史観や古事記・日本書紀の否定に血眼になるばかりで、古代日本の国家や権力構造を明らかにする勉強や研究を怠ってきた。
 そして、記紀に書かれていない邪馬台国が大和国、卑弥呼が日巫女の蔑称であったことを棚上げして、記紀の編者が全員嘘つきだったと言い張ってきた。
 所功や田中卓らの暴論は、日本の歴史学者の愚かさを象徴していたのである。

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2019年06月14日

マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つC

 マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つC
 ●愛子さまが天皇になられない理由@
 京都産業大の所功名誉教授はこうのべる。
「男系男子を重んずる風習は軽視できないが、それに固執してはなりません。皇室典範第9条『養子の禁止』と同第12条『皇族女子の結婚による皇籍離脱』を改正すれば、減少傾向にある皇族を維持し、さらに永続できる可能性がでてきます」
 そして、こう駄目を押す。
「史上に実例のある男系の女性天皇を例外的にみとめておくことです」
 男系の女性天皇以後をどうするのか。
 令和元年、共同通信の緊急世論調査では、女性天皇の賛成が79.6%で、反対の13.3%を大きく上回った。
 愛子天皇が誕生すれば、直系への皇位継承が100%に近くなるだろう。
 所はそれを見込んでいるのである。
 だが、それは、万世一系と神武王朝の終焉である。
 皇統は、その時点で、愛子天皇の夫側の祖先へ移る。
 祖先は、10代も遡れば、大抵、不明になってしまう。
 それでは、日本の皇室は、皇祖が不明ということになる。
 それで、はたして、天皇の権威や国体の永遠性、国家の背骨、国民のアイデンティティはまもられるか。
 皇室典範で、皇嗣は、悠仁親王殿下ときまっている。
 それなのになぜ、くり返し、女性天皇論がでてくるのか。
 悠仁親王殿下と愛子内親王殿下の対立を煽っているのである。
 BSフジ【プライムニュース】(2019年5月21日)で、衛藤晟一参院議員が所功に「悠仁さまが世継ぎではないか」と問うと、所はこう応えた。
「皇室典範3条で直系にもどせます」
 これは問題発言である。第三条にこうある。
「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる」
 悠仁親王殿下と愛子内親王の皇位継承順序を変えるにあたって、皇嗣の不治の重患や重大な事故を想定する第三条をもちだすのは、不敬にして不謹慎きわまりない。
 皇室ジャーナリストによると愛子天皇§_が浮上してくるのは、令和3年という。
 令和3年の12月には、愛子さまが20歳の成年になられて、公務の活動をおはじめになるからである。
「成年を迎えたあとは、一般参賀のお手ふりや公務に参加するようになります」(宮内庁関係者)
 所は、皇室典範を変えて、愛子天皇の道を開けという。
 悠仁親王殿下がおられるのにそんなことができるわけはない。
 万が一、愛子天皇が実現しても、愛子さまのお子は天皇になれない。
 過去、8人の女帝は、全員、生涯独身か未亡人で、子をもうけていない。
 女帝の配偶者に権力を握らせないためで、父系が入れ替わる女系天皇は、歴史上、一人もいなかった。
 愛子さまのお子に皇位が継承されるのは、愛子さまが、旧宮家の男子と結婚されて、男子を主産された場合にかぎられる。
 それなら、悠仁天皇が男子に恵まれなかった場合、皇位を継ぐことができるばかりか、皇位の継承者がふえる。
 旧皇族の竹田恒泰(慶応大講師)が、皇位継承問題について、旧皇族20人以上と意見交換した結果を月刊誌(「正論」)に発表した。
 終戦後、皇籍離脱した旧皇族の多くが、皇籍復帰を要請された場合「一族として要望に応える覚悟を決めておかなければならない」と考えているというのである。
 主に現在の宮家と養子縁組することで、男系を継承することを想定しているといい、大多数が、男系の皇統は維持されるべきだと考えていて、女性・女系天皇を容認するひとは一人もいなかった。
 旧宮家をはじめとする男系男子の血統をもつ人々の皇籍復帰や養子縁組案については従来、「長年民間で暮らしていることから国民の理解は得られない」という指摘が有識者や政府、マスコミらから出ていた。
 ところが、国民の意識はそうではなかった。
 産経新聞・FNN合同世論調査結で、「男系男子の皇族を増やすため、戦後に皇籍離脱した旧宮家の復帰をみとめてもよいか」との質問にたいして「みとめてもよい」(42・3%)が「みとめない方がよい」(39・6%)を上回った。
 所功や小林よしのり、園部逸男、田中卓、高森明勅ら女系天皇論者は、愛子内親王が、悠仁親王を退けて、皇位につくべきと主張する。
 そんなことができるわけはない。
 万世一系が皇室の原理で、民間の男性は、完全に排除される。
 仮に愛子内親王殿下が民間人の男性とご結婚されたとしよう。
 その民間人が皇族、そして天皇になれば道鏡そのものである。
 愛子さまが、男系相続を否定して、孝謙上皇(後の称徳天皇)の道鏡スキャンダルの二の舞を演じるであろうか。
 皇祖皇宗の大御心を裏切って、2600年の万世一系を破った女帝として、歴史に永遠の汚名を残す役割を、愛子さまがひきうけるだろうか。
 愛子内親王は、一生、独身をまもるのは、100%まちがいない。
 女帝は生涯独身か未亡人の不文法が、踏襲されるのである。
 そうなれば、皇統に、真の危機が襲いかかる。
 寛仁親王殿下の長女、彬子さまが毎日新聞のインタビューで、女性宮家創設だけが議論される現状に違和感を表明された。
「男系でつづいている旧皇族におもどりいただくとか、現在ある宮家をご養子として継承していただくとか、他に選択肢もあるのではないかと思います」ときっぱりご発言されたのである。
 女系天皇論者は、役人や左翼、反日と結託している。
 旧宮家の皇籍復帰運動をもっと積極的にすすめるべきだろう。
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2019年06月07日

マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つB

 マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つB
 ●女系天皇論者が知らない歴史の叡智
 女系天皇論者の主張には3つの共通点がある。
 @天皇の地位や皇統の根拠を憲法にもとめる
 A男女平等などの近代主義に立って、伝統を無視する
 B旧皇族の皇籍復帰に反対する
 天皇は、憲法に規定された存在で、近代主義の下にある。
 したがって、血統にもとづく旧皇族の皇籍復帰には、断固、反対する。
 それが、所功(京都産業大学名誉教授)や小林よしのり、池上彰ら女系天皇論者の主張である。
 憲法条文や近代用語を丸暗記して、先生から頭をなでなでされる中学生並みの知的レベルで、伝統的価値や歴史の叡智、合理性の懐疑などの大人の知恵には遠くおよばない。
 終戦直後、GHQの最大の関心事は、国体の破壊で、そのための政策が神道指令や皇室の財産没収、臣籍降下だった。
 昭和天皇は、政治利用するとしても、GHQにとって、皇室は、帝国主義の土台となった頑迷固陋なる旧体制でしかなかった。
 皇室は、自然消滅すべきもので、GHQには、皇室をまもる気などさらさらなかった。
 女系天皇論者がのっているのは、その論理で、GHQの目をとおして日本の伝統や歴史、民族をながめている。
 かれらが、アメリカ民主主義にとびついたのは、70数年前、日本で、敗戦革命がおきたからだった。
 左翼憲法学の重鎮、宮沢俊義らは、これを八月革命と呼んだ。
 この革命から、渡部昇一や小堀桂一郎らがいう敗戦利得が生じた。
 戦後、GHQの反日政策に加担した左翼・反日勢力は、公職追放令で空席になった社会的地位を独占して、日本が独立を回復したのちもそこに居座った。
 そして、憲法擁護や民主主義、国民主権や人権を叫んだ。
 かれらが反日なのは、宗主たるGHQの政策が反日だったからである。
 受け皿となったのが、大学やマスコミ、官公庁や労組だった。
 いまなお、この四つが、反日の牙城になっている。
 その一派が、女系天皇論者で、みな、敗戦革命に洗脳された人々である。
 そうでなければ、2600年の伝統を捨てて、たかだか、130年前の明治憲法、わずか、70年前のGHQ憲法をとるなどの愚かな真似ができるはずはない。

 かれらは、科学や合理主義をもちだして、万世一系を否定する。
 2000年もたてば、神武天皇の遺伝子も変質している、染色体の遺伝性は科学的に証明されていないというのである。
 だが、問題は、そんなところにあるのではない。
 人々が、長年、そう信じてきた事実が大事で、それが、歴史である。
 歴史は、過去がどうあったかではなく、人々がどう信じてきたかであって、だれも、過去を見たことがない。
 武烈天皇が、506年、後嗣を定めずに崩御したのち、大伴金村や物部麁鹿火、巨勢男人ら有力豪族が、越前にいた応神天皇の5世孫にあたる男大迹王を継体天皇として迎えた。
 その根拠が万世一系で、血統は、大伴金村らのつよい信念であって、血液検査の結果ではなかった。
 特攻隊の遺書にこうある。
「日本の国体は美しいものです。神代の有無よりも、私は、それを信じてきた祖先の純真そのものの歴史の姿を愛します。美しいと思います。国体とは祖先の一番美しかったものの蓄積です。実在では、わが国民の最善至高なるものが皇室だと信じます。私はその美しく尊いものを、身をもって守ることを光栄としなければなりません」(ベルナール・ミロー/神風)。
 本居宣長も、古人が理解したように、古事記を理解すべしといった。
 歴史は、人々が信じてきたフィクションで、伝統の価値や歴史の叡智は、そのフィクションのなかにある。
 テレビの討論番組で、首相補佐官で自民党参議院議員の衛藤晟一が染色体の話をもちだすと、所功は「生物学の問題ではない」と一蹴した。
 衛藤は、このとき、昔のひとが、Y遺伝子の存在を知っていたかのようだといったのだが、これには、すこし、説明が必要だろう。
 古代の日本人が男系相続をえらんだのは、Y遺伝子の存在を知っていたからではなく、女系相続では、権力抗争がおきるからだった。
 男系は世襲で、女系は閨閥である。
 しかも、閨閥では、権力の正統性となる祖先が定まらない。
 したがって、つねに、覇権を争っていなければ、権力を維持できない。
 このとき、日本人は、男系を立てて、これを世襲とする権力構造を発明した。
 女系においては、武力で覇権を握ることができるが、男系には、血統の壁があるので、手も足もでない。
 そこで、男系を権威として、その下で、権力を系列化することにした。
 すると、戦争がやみ、体制が安定した。
 これが、権威(国体)と権力(政体・幕府)の二元論である。
 女系閨閥を捨て、男系世襲をとった結果論がY染色体だった。
 昔のひとがY染色体を知っていたのではなく、男系の世襲がY染色体の相続経路と一致していたのである。
 これは、大発明で、男系による権威の世襲によって、日本は、たたかうことなく、弥生時代の末期から古墳時代、飛鳥時代の1000年余をかけて、のちに大和朝廷となる統一国家を築きあげる。
 圧巻なのが、3〜7世紀の古墳時代で、日本全土で、4000基以上の前方後円墳がつくられた。
 争うことなく、大和朝廷のモニュメントだった前方後円墳を、日本全土から朝鮮半島南部にまでひろげたのである。
 女性天皇論者は、伝統的精神や神道、神話を否定する。
 ところが、所功や小林よしのりらは、天照大神をもちだしてくる。
 天照大神が皇祖神なので、女系天皇に正統性があるというのである。
 次回は、話を神話へ転じて、女性天皇論を論じよう。
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2019年05月31日

マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つA

 マスコミ世論&タレント識者の俗論を撃つA
 ●池上彰が説く「女系宮家」のゴマカシ論法A
 現在、皇統をめぐって、日本の世論は、男系男子派と女系女性派の真二つに分かれて、水面下で、はげしく、争っている。
 男系男子派の学者は、小堀桂一郎(東京大学名誉教授)、新田均(皇學館大学教授)、百地章(法学者/日本大学名誉教授)、八木秀次(法学者/麗澤大学経済学部教授)、大原康男(國學院大学教授)、竹田恒泰(明治天皇の玄孫/慶応大学院講師)、松浦光修(皇學館大学教授)らで、論客として、谷田川惣や八幡和郎らがいる。
 女系女性派の学者は、田中卓(皇學館大学元学長)、所功(京都産業大学名誉教授)、高森明勅(神道学者)、西修(駒澤大学名誉教授)、園部逸夫(元最高裁判所判事)らで、論客として、高橋紘、橋本明、山下晋司らがいる。
 女系女性派が優勢なのは、マスコミや官僚、有識者会議につらなる学識者がついているからで、漫画家の小林よしのりやニュース解説の池上彰のほか、テレビの人気者や女性タレントも、メディアで、男女平等を挙げて、女系女性を支持している。
 その効果はてきめんで、世論調査で、目下、愛子天皇待望論というべき状況がうまれている。
「女系・女性天皇に賛成7割」(時事通信)
「女性天皇『容認』76%」(朝日新聞)
 現在、皇位継承順位第2位に悠仁親王殿下がおられる。
 男系男子が皇位を継承すると定めた皇室典範にもとづく皇位継承順位は――
【1】秋篠宮文仁皇嗣殿下【2】悠仁親王【3】常陸宮正仁殿下
 である。
 女性天皇が容認されると、皇位継承順位はこう変わる。
【1】愛子内親王【2】秋篠宮文仁皇嗣殿下【3】眞子内親王【4】佳子内親王【5】悠仁親王【6】常陸宮正仁殿下【7】彬子女王【8】瑶子女王【9】承子女王
 女性天皇が容認されると、皇位継承順位第2位の悠仁親王が5位に下がる。
 この場合、皇位が、愛子天皇から悠仁親王もしくはその男性嗣子に継がれるという確たるルールができていなければ、歴史上、推古天皇など8人の前例がある女性天皇は、そのまま、前例のない女系天皇へ移ってゆくことになる。
 皇胤の男子相続者がおられる現在でさえ、愛子天皇待望論が沸騰している。
 これを思えば、将来、愛子天皇の直系への譲位が世論の大勢となるのは目に見えている。
 皇統は世論に左右されてはならないが、天皇の地位が憲法に規定されているかのような風潮のなか、世論に抗うことはむずかしい。

 愛子天皇の子が皇位を継承した場合、たとえ、その子が男性であっても、女系天皇となって、2700年にわたって、男系男子で貫いてきた万世一系の伝統に終止符が打たれる。
 愛子天皇の長男が天皇に即位した瞬間、民間人である夫側の家系図に天皇が出現して、一方、神武以来の天皇家の皇統が断たれるのである。
 池上彰はこういう。
 女性天皇をみとめるように法を改正すれば、愛子さま、眞子さま、佳子さまも、皇位継承権をもつことができます。
 それからこう畳みかける。
 女性天皇をみとめても、愛子さま、眞子さま、佳子さまのお子さまは女系になるため、皇位継承権はありません。
 そして、こうしめくくる。
 将来、「女系天皇」をみとめるかどうか、という議論をしなければならないでしょう。
 問題を先送りして、遠くない将来、女系天皇がうまれることに期待を寄せるのである。
 これは、ごまかしとすりかえの論理で、万世一系を残す方法があるのに、民間人の天皇をもとめるのは、魂胆があるのである。
 その魂胆というのが、女性天皇から女系天皇へのなしくずしの移行で、万世一系をひっくり返そうというのである。
 伝統を破壊すれば、日本は、民主主義共和国になるほかない。
 池上は、万世一系の牙城たる旧宮家の皇籍復帰の可能性を否定する。
 女性天皇、女系天皇の容認や女性宮家の創設以外の方法として、旧宮家の皇籍復帰を唱える論者もいますが、旧宮家は戦後皇籍から離脱していますから、あらためて皇籍に復帰することは、現実的には難しいのではないでしょうか。
 世論調査でも、旧宮家の皇籍復帰にたいしては、7割前後が反対しています。
 女性天皇とは違って、国民感情としても、認めがたいのが現実です。
 ウソである。
 産経・FNN合同世論調査(2019年5月)によると、男系男子の皇族を増やすため、戦後に皇籍離脱した旧宮家の復帰を認めてもよいかという質問にたいして、「認めてもよい」(42・3%/自民支持50・7%)が「認めない方がよい」(39・6%/自民支持31・3%)を上回った。
 旧宮家の皇籍復帰や男系男子の血統を持つ人々養子縁組案については、これまで、有識者や政府、マスコミなどは「長年、民間で暮らしていることから国民の理解は得られない」といいつづけてぃた。
 ところが、とんだ思いちがいで、国民は、戦後、臣籍降下させられた11宮家にたいして、敬意と愛着をもっていたのである。
「女系・女性天皇に賛成7割」(時事通信)「過半数が女性天皇と女系天皇の違いを理解せず」「11宮家の皇籍復帰賛成派が反対派をこえる」(産経・FNN)とアンケート調査の結果はまちまちである。
 マスコミや政府・権力の一部が世論を操作してきた結果、バラツキが生じたのである。
 皇統をめぐる男系男子派と女系女性派の衝突は、日本人の魂とマスコミ世論のたたかいといえる。
 そのたたかいは、はじまったばかりなのである。
posted by office YM at 12:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする