2024年03月02日

 山本峯章チャンネル 苦言直言第15回

 アメリカの核の傘≠ニいう幻想を捨てなければ、日本は世界の防衛戦略のレベルから大きく立ち後れる
 加瀬英明はトルーマンの原爆投下の決定に参画したジョン・マックロイに「日本が核兵器をもっていたら日本に原爆を投下したか」とたずねた。マックロイの返事はNOだった。「日本が原爆を持っていたらアメリカは原爆の使用をあきらめた」
 加瀬さんから直接うかがった話である。
 核の抑止力は「相互確証破壊」にある。
核の傘≠ノ相互確証破壊は通用しない。
 したがって核の傘≠ヘ破れ傘なのである。、
 戦後日本は日米安保条約のなかでずっと核の傘ということばをつかってきた。冷戦構造が解けて、東西対立の時代が終わった。日米新時代になって、日米安保条約のかねあいからアメリカの核の傘≠ニいうことばが日常的に使われるようになった。
 宏池会は外交や政治面の期待はできない。そのなかで小野寺五典は宮沢派にいながら防衛問題とよく勉強している。その小野寺さんがテレビでわが国はアメリカの核の傘の下にあるというような話をしていた。
 ちょっとちがうぞ。核の傘などというものはない。
 中国と日本が戦争になって、中国が日本に核を使った場合、同盟国のアメリカが中国に核で報復してくれるかといえばそれはありえない。
 アメリカが核を北京に撃ち込んだら、北京はワシントンに核を撃ちこむ。
 アメリカが同盟国日本のために何百万人の自国民を犠牲にするだろうか?
 米中とも核保有国なので相互確証破壊≠ニいう論理がはたらく。
 ということは、米中間で核戦争はおこらないということである。
 日本をまもる「核の傘」の論理はすでに破綻していたのである。
 日本のためどころから、世界戦争になっても、アメリカは核を使わない。
 核の傘という幻想をふりまいているのは日本の政治家だけである。イギリスの外相は「同盟国は最後まで運命をともにしない」とのべたというが、それが同盟の本質で、政治は、あくまで、国民と国家をまもるためのものである。
 他国のために核を使って、自国や自国民が多大な犠牲をこうむるというありえない話がすでに政治の原則から外れているのである。
 フランスのドゴールは、フランスの核保有にアメリカが反対したとき、ロシア(当時はソ連)がフランスに核を撃ち込んできたときアメリカは報復としてロシアに核を撃ってくれるのかとたずねている。アメリカは黙ってしまった。そのやりとりのあとフランスは核武装したのである。
 小野寺さんは運命共同体ということばを使ったが、認識が甘すぎる。
 トランプはコストの問題からアメリカはNATOから抜けるなどの発言をしている。アメリカの経済的負担を軽減させようというハラで日本にも同じ姿勢をむけてくるだろう。
 それが政治で、政治とはエゴイズムのかたまりのようなものである。
 日本は、運命共同体と称する対米従属の姿勢で、核の傘に頼りきっていいものだろうか?
 アメリカが日本のために核を使用することなどありえない。
 ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコがニュークリア・シェアリングして、アメリカの核兵器を受け入れている。
 ロシアが核を使ったら撃ち返すぞというわけだが、実際に使用できるわけではない。
 持っているだけで抑止力になる〜それが核抑止力である。
 対米従属の根本にあるのが1951年の日米安全保障条約である。
 吉田茂がサンフランシスコ条約と同時に署名した旧安保条約では、日本のどこにでも米軍基地をつくれるばかりか、アメリカは、日本を防衛する義務すら負っていなかった。
 岸の60年安保によって、対米従属から相互防衛と日本の主権尊重の現在の日米安保条約へ更新された。
 日本が対米従属から脱皮するには「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を緩和すべきだろう。
 具体的には、持ち込ませずをゆるめて、核兵器を搭載したアメリカの原潜がつねに日本近海にいて、核装備した空母がいつでも日本の港に立ち寄れるような軍事的環境をつくることである。

 戦略としても戦術としても、アメリカが同盟国のために原爆をつかうことはありえない。
 核の傘の下で安全を保っているという日本の政治家はウソをやめるがよい。
 核は二国間の抑止力としてはたらくが核の傘≠ニいう集団安保には機能しない。
 アメリカは、世界のどの国にも核を使わせないというポリシーをもっている。
 ウクライナ戦争でも核は使われなかったが、今後、使われる可能性もない。
 ウクライナ戦争は、ウクライナのなかの戦争で、ウクライナはロシア本土を攻撃できない。
 アメリカが止めているからで、世界戦争に歯止めをかけるためである。
 ウクライナ人が、ウクライナをまもるためにウクライナ国内で死んでゆくのがウクライナ戦争で、ロシアの国内ではいかなる戦闘もおこなわれていない。
 ウクライナの戦争は専守防衛の戦争だったのである。
 ウクライナが敵基地攻撃能力をもっていれば様相はかわっていた?
 専守防衛を叫ぶ日本が戦争をすればウクライナの二の舞になるのである。
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2024年02月25日

 山本峯章チャンネル 苦言直言第14回

 ●河野は記者会見をひらいて強制連行はなかったと明言して従軍慰安婦問題にカタをつけるべきだ
 河野洋平がテレビで、政治とカネの問題にからめて、1994年の「政治改革」は失敗だったとふり返った。政治改革は、細川護熙首相と野党だった自民党の河野洋平総裁の合意によって30年前に成立した「政治改革四法(小選挙区制や政党助成金など)」のことだが、同法をふくめて、河野ほど日本の政治を誤らせてきた政治家はいない。
 河野一郎はいったいどういう政治家なのか。
 アメリカの友人によると在米韓国人から在米日本人が従軍慰安婦や強制連行の問題で非難されつづけているという。
 歴史的事実として、強制連行がなく、従軍慰安婦もいなかったことはすでに証明されている。
 従軍慰安婦は、兵隊を相手にした職業的売春婦ことである。
 ところが、国際社会では、従軍慰安婦の管理や強制連行に日本という国家が関与したという河野談話が一人歩きしている。河野談話によって「政府がみとめているじゃないか」という話になってしまっているのである。
 河野は官房長官時代、記者会見で「強制連行はあったのですね」という質問にたいして「そういう事実があったと。結構です」と肯定的な返答をしている。
 たしかに、河野は「強制連行があった」と正式に明言したわけではない。
 河野も「わたしが強制連行をみとめたというのは事実ではない」と否定している。
 だが、国際社会には、河野談話をもって、戦場慰安婦や強制連行があったという歴史認識が浸透している。
 河野は、じぶんの談話によって、日本が、国際社会で悪者されているという事実に目をむけていない。
「強制連行はあったのですね!」という記者の質問に誘導されて「そういう事実があったと。結構です」と軽はずみに答えた河野洋平は、いったいどういう考えに立った政治家なのか。
 強制連行が事実なら謝るしかないが、事実でないのなら国辱的な歴史歪曲である。
 その責任をつゆほどもかんじていない河野は、国家をまもる気がない売国的な政治家と疑わざるをえない。
 朝日新聞は謝罪(吉田清治虚言)しているが、河野洋平には謝る気もない。
「強制連行があった」といっていないという一方、強制連行の事実を補強するためいろんなことをいっている。安倍元首相が訪米の際、政府見解として河野談話をもちだすと、安倍さんもみとめたと自説を補強する。
 じぶんの誤った発言を否定ながら補強するという矛盾したことを河野は平気でやっている。
 インドネシアからオランダを追い出した日本兵のなかでオランダ女性を売春婦のようにあつかった事件があった。この日本兵は軍から処罰されて、戦後、犯罪者として死刑になった。
 河野はこの事件も日本軍の犯罪とした。
 河野さんあなたはなにを言いたいの?
 売春は国がみとめた職業だった。事実、昭和31年に「売春禁止法」ができるまで大勢の売春婦がいた。錦糸町や浅草、新宿二丁目などでみごとな売春街ができていた。
 社会が貧しかったという事情があったが、売春は自由意思にもとづくもので強制性はなかった。
 売春婦は韓国だけではなかった。日本人売春婦も少なくなかった。日本人が韓国人を強制的に売春婦にしたという歴史事実に反することをふれまわってもらっては困る。
 河野は、じぶんの発言のまちがいに気づかないはずない。
 ところが、まちがいを修正するふりをして、宮沢さんも知っていたなどと、逆にそのまちがいを補強する。
 河野は、日本を貶めることに情熱を傾けているとしか思えない。
 強制連行は記者たちの誤解で、わたしは言っていないという。そんなことを弁解するヒマがあったら記者会見をひらいて、強制連行はなかったと明言して従軍慰安婦問題にカタをつけるべきだ。
 日本の記者クラブも外人記者クラブもある。
 河野は、内外に正式にむかって、じぶんの発言を訂正して、謝罪すべきだ。
 
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2024年02月19日

  山本峯章チャンネル 苦言直言第13回

 ●「政治のカネ」の問題を解決するには「収支報告書」に政治家と会計担当者を連記する連座制を導入するほかない
 政治家が「政治のカネ」の問題に本気で取り組んでこなかったのは結果責任≠負うシステムが機能していなかったからである。
 政治資金規正法に連座制をとりいれて、政治不信と政治の無責任性に歯止めをかけなければならない。
 いま国会で「政治のカネ」の問題が紛糾している。野党はここぞとばかりに攻め立てて、予算の審議はおろか、岸田首相が国民に約束した憲法や皇室典範の改正の議論もストップしたままである。だが、たいした結果をえることはできまい。東京地検特捜部が在宅起訴した政治資金規正法違反(キックバック不記載/安倍派の池田佳隆議員と秘書が逮捕)もそれほど大きな事件にはなりそうにない。
 わたしが政治評論家になった昭和50年代には、大きな政治事件があった。ロッキード事件、グラマン事件、俗にいう日商岩井事件などだが、グラマン事件の海部メモ(日商岩井の海部八郎)はわたしが世に出した。日韓疑惑事件では、大蔵省メモが中心になったが、この真相究明も、わたしが社会党の大出俊議員を国会質疑に立たせた。ほかにリクルート事件や東京佐川急便の巨額債務保証(4395億円の)などの大きな事件があったが、これらはすべて刑事事件になった。
 94年の政治改革(小選挙区と政党交付金)にもとづく「政治とカネ」の問題は、たいした結論はでてきそうにない。臨時審査会(「政治倫理審査会」「令和臨調」)は証人喚問ではない。出てもいいがでなくてもよい任意の会で、強制性も刑罰もないところで、じぶんの不利益になる発言をする政治家がいるはずはない。
 河野洋平は、じぶんが自民党総裁だったときにおこなわれた94年の「政治改革」は失敗だったとみずから白状している。このとき、企業や団体からの献金が禁止されただけではなく、選挙区も中選挙区から小選挙区へとかわった。
 二大政党体制のための小選挙区と謳ったこの選挙改革も、政党助成金で台なしになった。
 政党助成金は国民の負担金250円の合計300億円が政党に分配される。
 最低5人で、政党助成金が支給される仕組みだが、この政党助成金が、二大政党どころか多党化の流れをつくる結果となってしまった。
 昔は、同志が5人集まってもカネがないので政党がつくれなかった。
 その代わりに派閥という政策団体ができた。派閥に反発したのが小沢一郎で、二大政党制をうったえて小選挙区制つくったが、抱き合わせの政党助成金によって、真反対の多党化を招いて、日本の政治をポピュリズムへと堕落させた。
 そのポピュリズムの象徴が「政治とカネ」の問題で、政治や経済、外交の問題そっちのけで、政治家の金銭問題だけがスキャンダラスに扱われるようになった。そしてその一方、マスコミ世論は、政治や経済、外交の問題に目をむけなくなってしまった。
「政治とカネ」の問題に決着をつけるには、収支報告書に政治家と会計責任者を連記させる連座制を採用するしかない。テレビにでてきた政治家が連座制について問われて、秘書との信頼度の問題があると応えていたが、これには異議がある。
 昔は、秘書を見れば政治家が有能かどうかわかるといわれた。
 有能な政治家には有能な秘書がいる。その信頼が連座制によってゆらぐという理屈はとおらない。じぶんの秘書さえ使えないようでは有能な政治家ということはできない。
 いちばんの問題は、政治家がどんな責任をとるのかということ。
 いままでのように秘書や会計責任者に責任をかぶせてゆくのか。
 それとも、政治家も、ともに責任を負うのか。
 会社の決算も、社長が責任者で、決算書をつくった経理部長ではない。
 決算報告書は、代表者と会計責任者の連記にして、政治家が責任を負う仕組みにしておけば、秘書にまかせっきりという政治家の言い訳は通用しなくなる。
 政治は政治家、カネは秘書や会計責任者というのでは、政治家がカネに無頓着になるのは当然である。
「政治のカネ」の問題は、罰則がないかぎり、なにをやっても解決しない。
最大の問題は、結果責任をどうとるのか、政治資金規正法をどう改正するのかである。
 規正法に連座制を明記すべきである。
 連座制を設けて、政治家に責任をもたせよ。
 これ以外に「政治とカネの問題」を解決する方法はない。
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2024年02月12日

 山本峯章チャンネル 苦言直言第12回

 ●韓国尹政権≠ニともに日米韓同盟の戦略的外交政策を打ち立てよ
 これまで、日韓関係が外交的にうまくいっていなかったのは、左翼が政権をとっていたからで、韓国が一方的に反日という感情論をふりまわして日韓関係がうまくゆくはずはなかった。
 保守のユン・ソンニョル(尹錫悦)が政権をとって、停滞していた日韓の政治の流れが一挙にかわった。この潮流の変化をとらえて、日韓の新時代を築き上げるために日本にもとめられるのは戦略的外交で、その先に見えるのが日米韓の三国でむすぶ安全保障条約である。
 
 これまでの日韓関係は、戦場売春婦(従軍慰安婦は存在しない)問題や徴用工問題に足をひっぱられて前向きな外交が語られることがなかった。
 戦場売春婦問題や徴用工問題は、韓国の政府が財団をつくって、そこで保障問題を処理することになった。
 ところが、韓国の最高裁が、個人の補償金を日本の企業が払えという新しい判決をだした。
 韓国の司法が、日本と新しい時代をつくろうとしているユン(尹)新政権にノーとイチャモンをつけたのである。
 徴用工問題で抵抗しているのは左翼で、 これに司法が加担した。
 おかしな国だネこの国は! なにをきめてもひっくり返る。
 韓国人の最大の欠点は感情に走りやすいことである。
 かつて、記者会見の場で、東亜日報の記者から鉛筆を投げつけられたことがあった。
 現在、ユン(尹)政権と日本の関係がわるくないのは、感情がおさえられているからである。
 ユン政権が親日的というわけではない。なかには反日派もいるが、ユン政権には感情をおさえる理性の力があって、国家理性を政治の根幹にすえることができる。
 どうすれば韓国がよくなるか。韓国国民のためになるか。日本とどのようにつきあえばよいのかを考える理性の力がある。
 感情むきだしだった前政権は、左翼によるコドモの政治で、北朝鮮ともつながっていた。
 だが、理性の力で感情をおさえることができるユン政権にはオトナの政治が期待できる。
 ユン政権は、任期残りのあと2年のあいだに保守政権の基盤を固める必要がある。
 日本は、韓国に戦略的な外交をすすめて、ユン政権を積極的にささえるべきだろう。
 内政干渉にならなければどんな積極外交もゆるされる。
 韓国の逆戻りを避けるためのも、思い切った外交戦略を打ち出すべきだ。
 次期も保守が政権をとれば、延べ10年である。10年ひと昔、10歳の子が20歳になる。教育による反日感情もうすれてゆくだろう。
 だが、次の5年間、感情でしかモノがいえない左翼が政権をとったら、韓国は、反日で国家まとめる過去に逆もどり。
 日本に外交戦略というものがあるならこういう場面でこそそれを発揮すべきだろう。
 韓国という国は軍事大国で、来年は、世界の第4位にはいってくる。
 経済力も10位に入って、一方、日本は落ちるだけである。
 韓国は、安全保障上のパートナーとして大事な国で、地政学的にも、中国大陸と朝鮮半島、日本列島は隣接している。
 日米安保を、将来、日米韓の三国同盟にもってゆくようなハラをもった政治家がでてこなければダメだ。
 感情むきだしだった韓国から理性ももった新しい韓国への脱皮させるために日本も戦略的な外交政策を考えなければならない。
 日本は、保守がもう一回政権をとれるような効果を念頭に入れた外交政策をとるべきなのである。
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2024年02月04日

 山本峯章チャンネル 苦言直言第11回

 ●台湾新総統 頼清徳にもとめられる独立と現状維持のバランス感覚
 世界で、今年、注目されている3つの大選挙〜台湾の総統選挙とアメリカ大統領選挙、ロシアの大統領選挙のうち、ロシアの選挙は、なるひと(プーチン)がなるだけで、これは、既成事実みたいなもの。
 注目された台湾総統選では、民主進歩党の頼清徳が当選、民主進歩党政権は蔡英文(2期)につづいて3期目に入ることになる。
 民主進歩党が掲げる台湾独立には、歴史的に複雑な事情、紆余曲折がある。1947年、外省人の蒋介石軍(国民党軍)が中国本土から台湾に入ってきた。抵抗したのが本省人と呼ばれる台湾人だった。蒋介石の国民党軍と台湾人が衝突した2・28事件。この白昼テロで台湾人が3万人殺された。
 台湾独立は国民党軍の大陸反攻のスローガンだったが、人口の70%を占める台湾人(本省人)にとって大事なのは、台湾独立よりも現状維持ではないか。
 頼総統はつよい独立運動の意思をもっている。
 だが、うかつな独立運動は中国の軍事行動を誘発しかねない。
 いずれにせよ、アメリカ大統領選次第で、台湾海峡に波風が立つことになる。

 昭和42年、明治大学の王育徳という教授から台湾の独立運動に手を貸してほしいとたのまれた。
 当時、日本には5万人ほどの台湾人がいた。台湾人による台湾〜台湾の自治という旗を挙げて、台湾青年独立連盟が発足した。わたしは、日比谷公会堂でおこなわれた第一回目の大会に同志を集めて参加した。
 このあと、防共挺身隊という右翼団体の長である福田進がやってきた。
「これから台湾に入れないゾ 何応欣将軍が怒っているゾ」
 何応欣は、蒋介石の片腕といわれた人物で、日本に太い人脈をもっていた。
 わたしも、何応欣には、それまでいろいろ世話になってきた。何応欣にしてみれば、これまで、面倒を見てきた山本が、なぜ台湾の独立運動に加担するのかと腹立たしかったのであろう。
 以後、台湾には行かなくなったが、台湾青年独立連盟には王育徳の娘さんが深くかかわっておられる。
 そういう経緯もあって、わたしが政治する政党は民進党。
 アメリカは、72年のニクソン、キッシンジャー訪中で「中国は一つ(台湾は中国の一部)」という論にとりこまれた。田中角栄も、周恩来との日中共同声明で、台湾が中国の一部であるとみとめた。日米とも台湾を裏切ったのである。
 それではなぜ台湾問題がおきたのか。
 力による現状変更はダメ、という国際世論が、中国の軍事行動にブレーキをかけているからである
 台湾が中国の一部であることをみとめておきながら軍事行動はゆるさないという危うい論法である。
 日本政府もアメリカも中国に力による変更はノーといっている。
 だが、台湾をまもるとはいっていない。
 台湾海峡の平和をまもれというのは、力による現状変更はダメという意味である。
「統一は必然」という習近平も「軍事力でカタをつける」とはいっていない。
 現状維持によって、台湾の実質的な独立はまもれる。
 現状維持は台湾にとって有効な戦略なのである。
 台湾を軍事力でまもるのなら、アメリカは台湾に基地をおけばよい。
 だがそれはできない。
 それでも、顧問団や武器専門家は台湾で軍事指導をおこなっている。
 台湾がとるべき戦略は現状維持〜現状維持を積極的な政策にすべき。
 台湾にとって独立より大事なのは中国の軍事的暴走を抑止すること。
 独立は内政でうったえて、外交では裏に隠す。
 現状維持でおしとおすと中国も手が出せない。
 現状維持のなかで、大国としての存在感を高めて、しっかりとじぶんの国をつくってゆく。
 半導体の世界シェアの約60%を台湾が握っている。21世紀の産業の米といわれる半導体のシェアをたもってゆく。経済力や経済的影響力も国家防衛の大きな要素なのである。
 台湾防衛のカギを握るのはアメリカ。
 アメリカに本気で台湾をまもる気があるのか。
 中国が攻めてきても武器だけ出して兵はださないという可能性が高い。
 ウクライナ戦争では武器を提供しただけだった。トランプはわたしが大統領になったら一日でウクライナ戦争をやめさせられるといっている。ということは、手を引くということである。
 孤立主義やアメリカ・ファーストはアメリカの伝統的な国是。
 かつて、ウイルソン大統領も国際連合をつくっておきながら議会に押し切られて孤立主義をとった。
 台湾防衛のウエイトは、大きくアメリカにかかっている。
 台湾の軍事力上がっても下がっても大きな問題ではない。
 アメリカと中国は深い関係にある。資本も相当に入っている。キッシンジャー、ニクソン訪中以来、香港などをとおして資本が移動してきた経緯もある。
 アメリカが中国とまっこうから対立しているというのは大きなまちがいなのである。
 どの国も国益主義に立っている。
 その国益主義が外交政策に反映される。
 台湾問題でも、アメリカ大統領選挙が大きな影響をあたえることになるのである。

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2024年01月28日

 山本峯章チャンネル 苦言直言第10回

 ●マスコミの保守潰しと、日本を支えてきた自民党の派閥政治
 自民党派閥のパーティ券問題で、未申告を裏金といって、マスコミが騒いでいる。
 裏金ではなく、ただの未申告なのだが、マスコミは、悪いのは派閥構造で、したがって、派閥を解消するのが先決というムードを演出している。
 自民党政治が派閥化されたのは、自民単独政権が確立された55年体制からである。
 吉田茂の自由党と鳩山一郎の民主党がいっしょになって自由民主党になった。
 自民党の吉田系のちの池田系と鳩山系の系列、岸信介の系列などがうまれた。
 大野伴睦や川島正次郎、河野一郎などの派閥もあった。その派閥のなかで、しばしば、権力抗争がおきた。その政権交代が疑似政権交代≠ニなった。
 自民党派閥の疑似政権交代によって、実際に政権交代がおこなわれたような効果があった。
 自民党は、左翼から右翼にいたる幅広い政党で、厳密な意味では、保守党ではない。その自民党が長期政権を維持できたのは、思想に幅のある派閥が機能していたからだった。政権内の派閥が代わることによって、国民は、政権交代がおこなわれたように錯覚したのである。
 派閥がわるい、というのがマスコミ世論だが、わるいのは派閥ではなく、政治家である。
 政治家が政治資金規正法のルールをまもらなかったからで、政治資金規正法でゆるされているキックバックも、申告しなければ、同法違法になる。
 キックバックに違法性があったのではない。未申告だったから問題化しただけである。
 すでに3つの派閥が解体されて、残る3つの派閥も存続が危うい。
 だが、派閥に責任はない。それどころか、派閥交代という疑似政権交代によって、これまで、自民党は幾度も難局をのりこえてきた。
 政治には流れがある。吉田学校の流れでは、池田勇人の宏池会や佐藤栄作、田中角栄の系列。岸信介の流れでは、福田赳夫から清和会、河野一郎、中曽根康弘の系列。政策や考え方が似ている政治家が集まってグループをつくる。
 主義主張をともにする政治家が政策集団をつくるのは、ごく自然な現象である。
 悪いのは派閥というのは論点のすりかえで、政治の本質を見ていない。
 衆院参院あわせて400人の大集団、左から右まで幅の広い人材で構成された自民党が、政治や政党で一本化できるはずはない。
 政策が一致する党員同士が集まって、勉強会などをおこなうのは、ごく自然なことで、わたしも椎名悦三郎の派閥の勉強会に参加させてもらったことがある。衆議院選挙でわたしを後継に指名された菊池義郎先生が属する川島正二郎の派閥が椎名悦三郎にひきつがれたからだった。
 田中角栄の新政策総合研究会に正式会員としてくわわったこともある。
 ホテルオータニで、朝8時から勉強会があった。その折、山下元利元防衛相らと懇意になった。派閥の勉強会で、政治や政策の勉強ができ、人脈をつくるという貴重な体験をさせてもらったのである。
 問題があるのは、派閥を利用して、総理大臣がもっている人事権に手をのばすことで、じぶんの派閥に大臣の椅子をいくつまわせ、というゴリ押しをして大臣以下、役職を派閥の力できまってしまう。
 その結果、不適切な大臣がつぎつぎに出てくる。
 それも、権力の集中化と並ぶ派閥政治の一大欠陥である。
 政治家のパーティはたかがしれている。
 だが、派閥のパーティではケタ外れに金額が大きくなる。 
 パーティの金額が大きくなると、未申告の金額も大きくなる。
 集め方に問題があったわけではない。集金したカネを申告しなかったことが問題で、責任は、申告しなかった政治家個人に帰される。
 派閥問題は、政治家のモラルの問題だったのである。
 派閥は今後もなくならない。たとえ一時、なくなっても、勉強会として復活してくるだろう。
 自民党は、右から左まで、幅の広い政党である。その自民党内で、政権担当派閥が変わることによって、疑似政権交代がおきた。
 たとえば、田中角栄のあとに三木武夫という真反対の政治家が首相になった。
 自民党のなかで、対立関係にある政治家のあいだで政権が移動してゆく。
 このとき、国民は、政権交代がおこなわれたかのような錯覚に陥る。
 そのメカニズムのなかで、自由民主党の派閥政治は、この70年間で、のべ64年間にわたって政権を担当してきた。
 今回の事件の責任は、派閥の問題ではなく、派閥を担う政治家個人にある。
 派閥政治の否定は、自民党政治の否定で、残るのは、独裁か、人民民主主義だけになる。
 政治家個人のモラルの問題を派閥に転嫁してはダメだ。
 まず、政治とカネの問題にけじめをつけて、マスコミにつけいるスキをあたえないことである。
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2024年01月21日

 山本峯章チャンネル 苦言直言第9回

 ●北方領土は領土ドロボー、それをゆるす2島返還論
 北方領土問題は、ソ連による領土掠奪、不法占拠から生じた国家犯罪である。
 その責任の一端を負うのが、サンフランシスコ条約で日本に千島列島返還を命じたアメリカである。
「島は還らない(ジミー・カーターヘの手紙)」という本を出版して、アメリカにでかけて、民主党大会でカーター大統領に会ってきた。
 アメリカは、北方四島にどれほどの歴史的な認識をもっているのか、それを知りたかったからである。
 大会で、上院議員2人を紹介されたが、かれらは、北方領土についてなにも知らなかった。
 終戦後、ソ連政府は、軍隊にクリルアイランドに進駐すべしと指令をだした。
 占守島では、いちどは武器を捨てた日本軍がソ連軍と戦って、優位に立ったが、結局、武装解除に応じた。
 このとき、ソ連軍は中千島まできて、ひきあげている。
 日本の北方領土4島に、米軍がいると思ったのである。
 択捉・国後・色丹・歯舞の北方4島は 歴史上、いちども他国の領土になったことはない
 1855年の日魯通好条約で、日本とロシアとの境界線が、クリル列島の最南端 ウルップ島と北方4島最北端 択捉島とのあいだにひかれた。
 この条約で、北四島、中千島の18島はソ連に、南千島の4島は日本に帰属することが国際法的に確定した。
 この南千島4島が、択捉島、国後島、色丹島、歯舞の北方領土である。
 1875年の「樺太千島交換条約」で、日本は、ソ連から千島列島18島を譲り受けた。その代わりにソ連と共有していたカラフト全島の権利を放棄してソ連にゆずった。
 日本は北千島、中千島18島を戦争で奪ったわけではない。条約という外交手段をとおして手に入れたのである。
 その意味で、日本共産党が 北方4島にくわえて、千島列島全体18島が日本領土というのは正論である
 鈴木宗男の北方2島返還論は、歴史的根拠のない迎合論でしかない。
 鈴木宗男 中川一郎の秘書だった。わたしは、中川一郎が主催していた「国民討論会」をひきついだ。したがって、多少、縁があることになるが、鈴木の2島論は断じてがえんじられない。
 二島返還は、1956年の「日ソ共同宣言」におけるソ連側の主張で、日本側がいいだしたことではない。
 これにたいする警告が「ダレスの恫喝」だった。
 日本がソ連の二島返還に応じたら、アメリカは沖縄を返還しないというのである。
 4島返還は 歴史的な根拠にもとづく正当な権利だが、2島返還は、ソ連への迎合論であって、日本の国是に反する。
 日本が返還をもとめてきた北方領土は、エリツィンと橋本首相の「東京宣言」も、プーチンと森首相の「日露共通の認識」も、すべて、4島一括だった。
 日本が「ポツダム宣言」を受諾したのが1945年8月14日で、重光外相が降伏文書に調印したのが1945年9月2日である。
 ソ連軍は、日本が「ポツダム宣言」を受諾したのちの8月28日から、降伏文書に調印したあとになる9月5日までのわずか一週間で北方4島の占領している。北方領土が、戦争の成果というのは歴史の歪曲で、ソ連のやったことは火事場ドロボーでしかない。
 わたしは「島は還らない」という本を書いて、みんなが返せ、返せといっているのに還らないというのはケシカランじゃないかと菊池芳郎議員から叱られた。
 だが、5年、10年かかっても、北方領土返還はむずかしい。
 たとえ、百年かかってもいい。
 4島返還という原則をつらぬきとおすのが国是である。
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2024年01月14日

 山本峯章チャンネル 苦言直言第8回から

 ●民主主義と自由、規制そしてテロリズム
 民主主義は、紀元前の大昔からあった。
 民主主義に自由主義がくわえられて、現代の自由民主主義ができあがったといってよい。
 その自由民主主義にも重大な欠陥があった。
 テロリズムを内包することだった。
 民主主義だからテロリズムがゆるされないのではない。
 民主主義だからテロがおきるのである。
 制限や規制のない自由〜リバタリアニズムは、自由ではなく、暴力である。
 自由民主主義をまもるのは、規制という、制限された自由である。
 規制は、交通信号のようなもので、ヒトも車も、交通ルールによってまもられている。
 現代は、自由民主主義を一つのイデオロギー、ルールとして成立している。
 
 中国も、われわれも民主主義をもっているといっている。
 90年代の中国で、民主主義を口にする学生はいなかった。
 ところが、現在、中国人は、だれもが、中国にも民主主義があるという。 
 中国やロシアに民主主義はあっても自由はない。
 立候補する政治的自由も、自由に発言できる基本的自由もない。
 自由のつかない民主主義は、統治における一つの政治的手法でしかない。
 多数決や選挙、議会をもつのが自由世界における民主主義である。
 中国に選挙があっても立候補する自由がない。
 自由のない民主主義は近代的な思想になりえない。
 自由のない民主主義は、人民民主主義や社会民主主義、共産主義とイコールで、歴史的には、前近代的なシステムでしかない。
 メイフラワー号に乗って、清教徒たちが新大陸にむかった。
 かれらがもとめたのは、民主主義ではなく 自由だった。
 政治的な自由ではなく、宗教の自由をもとめたのである。
 自由のつかない民主主義は、メイフラワー号以前の前近代的な民主主義である。
 自由と民主主義は、一体になって、いわば両翼の関係にある。
 中国やロシアの民主主義は、自由がない片翼飛行で、いずれ、墜落する。
 プーチンがかつての盟友プリゴジンの暗殺を指令して、乗っていた飛行機を爆破した。
 もともと、民主主義は、古代ギリシャからルソーまで、多数派独裁の野蛮な政治形態で、近代において、民主主義がすぐれているとされてきたのは、 自由主義とセットになっているからだった。
 中国の民主主義で、決定的に欠けているのは、自由である。
 ウイグル チベット 内モンゴルは、海外に亡命政府をもっている。
 中国が自由を容認したら民族独立運動がおきて、収拾がつかなくなる。
 中国が、一見、平穏に見えるのは、弾圧政策をとっているからである。
 中国をツブすのに武器などいらない。
 国民や民族に自由をあたえればよい。
 自由民主主義をあたえればよい。
 国民や民族に自由があたえられて、民主化や民族の独立運動が活発になれば中国はツブれる。

 民主主義だからテロは許されない?
 おおまちがいで、民主主義だからテロがおきるのである。
 独裁国家は、秘密警察と強制収容所をつくって、予防拘束する。
 予防拘束や人権侵害といわれかねない警戒態勢でしかテロを防ぐことができないのである。
 無警戒と油断が民主主義の本質である。
 安倍元首相のテロ事件をふり返ればそのことがわかる。
 民主主義では予防拘束ができない。
 したがって、民主主義はつねにテロの危険性をおびる。
 民主主義だから安全というのは幻想や錯覚でしかない。
 民主主義だからテロはおきない、民主主義だからテロは許されない、というのはノンキな思いこみで、民主主義ほど危険な体制はない。
 かといって、法律でがんじがらめにすると、自由民主主義の心が害われる。
 自由は野放しにすると、個人主義から、自分勝手主義へ流れてゆく。
 規制のなかにこそ安全な自由がある。
 社会の安全や福祉をまもるためにあるのが「六法全書」である。
 さらに立法府があたらしい法=規制をつくってゆく。
 規制には緩和すべきものと強化されるべきものがある。
 規制なき自由は野蛮で、規制のなかにこそ安全がある。
 自由にも規制が必要である。
 そのことは、じぶんの自由が他人にどんな価値があるかを考えるだけで、すぐわかる。
 自由は、集団のなかの倫理でもあって、じぶんと他人の自由は、つねに、同格である。
 規制が自由を阻む束縛のように思っているヒトがいる。
 政治家までが、規制緩和が自由であるかのように騒ぎたてる。
 規制は国民や弱者のためのものである。
 したがって、規制なき自由は暴力にひとしい。
 そんなかんたんなことがわからないヒトが多いのである。

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2024年01月08日

 山本峯章チャンネル 苦言直言7から

 ●ポピュリズム自民党は真の保守党たりうるか
 若い頃から、保守政党としての自民党を支持して今日に至った。
 ところが、パーティ券問題などの些末な問題をおこして、自民党の基本的な課題である憲法改正と皇室典範改正などの本格的な政治議論ができなくなっている。
 パーティ券など下らないことで足をとられているが、法律さえまもっていればなにも問題はおきなかったはずだ。
 結局、ポピュリストの岸田は、安倍政治を継承できなかった。
 伊吹文明(京都1区12選)は、自民党のなかに、真の保守といえる政治家はほんの一握りしかいないと嘆いた。
「日本保守党(百田尚樹)」が若者に人気があるのは日本の歴史や文化をに誇りをもっているからだ。
 日本の伝統文化、歴史を大事にしようという姿勢が若者の心までうごかしている。
 自民党が、国民の党にもどりたいなら、保守の精神にたちかえるほかない。
 選挙とマスコミ世論ばかり気にして、ポピュリズム政党へ転落してしまった自民党、歴史や伝統、文化を捨て 却って、国民からバカにされている自民党に言っておきたい。
 愚かな迎合主義を捨てなさい!
 自民党のなかにリベラルを自称するひとがいる。
 リベラル派、平和主義者といいたがるのは、マスコミ受けを狙ってのことだろう。
 昔は、自民党に右派と左派があって、リベラルといえば左翼だった。
 
 岸田さんには、安倍政権以来、課せられた課題があったはずである。
 ところが、基本的な問題がいまだなにもできていない。
 そんなところで、公明党代表の山口那津男代表が「同じ穴のムジナではない」と自民党をムジナ呼ばわりにした。
 いっしょに連立を組んでいる自民党をムジナとまで言うか!
 公明党は自民党と手を切るつもりか?
 自民と連立を組んでいるから、あの小さな政党でも一人の大臣をもらえる。
 公明の場合、福祉などの法案が多いが、小さな政党では政策もとおらない。
 ところが、自民党が公明の予算をとおしてくれる。
 これでは、公明党も、権力の座から離れられない。
 もともと、公明党の本来のすがたは平和の党である。
 平和部隊の婦人部の考えと自民党では大きな差がある。
 安倍さんの政策に婦人部が相当に反対したといわれる。
政権病≠ノかかっている公明党と、公明党の票に依存している自民党。
 自民と公明はお互いさまの関係にある。
 かつて、亀井静香が、池田大作を国会喚問して、宗教と政治の問題について池田の語らせようとした。
 この計画を知って、創価学会がパニクった。
 なんとしても、池田大作の国会喚問を避けたい。
 ことばに詰まったりしどろもどろになったら大変! 
 なにしろ神様ですから。
 その最悪の事態を防ぐために自民党にすり寄って与党になった。
 自民党にも公明との連立で政権を安定させたいという考えがあった。
 公明党はどんな選挙区でも1万や2万の票をもっている。
 自民党の一部党員は、その1万や2万の票をもらって当選してくる。
 その公明党の山口さんが、今回のパーティ券問題で、自民党をムジナと言い放った。
 池田大作が亡くなったので、政権に固執する必要がもうなくなった?
 あるいは、自民党が維新の会や国民民主に接近とみてシットしたか。
 山口さんのムジナ発言には驚かされたが、自民と公明は別れられない。
 公明党は権力病、自民党が公明党病にかかっているからである。
 自民党が真の保守党になる道は険しいといわざるをえない。

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2024年01月04日

 山本峯章チャンネル/苦言直言4

 ●山本峯章チャンネルを6本アップロード、ブログアクセス 50万超
 昨年末に開始した山本峯章チャンネル/苦言直言(YOU-TUBE動画)が2024年1月3月現在、6本目をアップロード、月内にさらに数本更新する予定です。
 ブログへのアクセス数も好調のようで、今後、動画とブログのタイアップで内容を充実させてゆきます。
 これまでアップロードした動画は以下のとおりです。
 山本峯章チャンネル/苦言直言1〜6

 1 過去の共産主義革命と現在の文化革命
 2 性の多様性とヨーロッパの一神教文化
 3 政治改革と自民党パーティ券問題
 4 日本の保守を貧しくさせた吉田政治と宏池会
 5 日本の政党をダメにした政党助成金
 6 日本の伝統を破壊するlGBT法


 7本目以降は、岸田ごかまし内閣の限界、自民党が保守になれない公明との腐れ縁、自民党は保守政党たりうるか、民主主義と自由主義は1セット、北方領土は不法占拠されている 民主主義とテロリズム…です
 今後、これに、時事問題や話題のテーマをおりまぜて、発信しつづけてゆきます。

 60年安保から「むつ小川原開発」問題、グラマン事件や日韓疑惑、金丸ら政治家のスキャンダルなど多くの事件で渦中に身をおいてきました。北方領土問題では、カーター大統領に手紙をだして実際に会ってきました。湾岸戦争では、ラマダン副首相に会って、フセインとの面談の約束をとりました。ところが、直後、多国籍軍の空爆がはじまって、日本大使とともにバグダッド空港からヨルダンの最終便にのらざるをえませんでした。
 わたしにも、多少、武勇伝があって、北方領土がらみの「レポ船」の取材やフィリピンで三井物産支店長が誘拐された「若王子事件」、マルコス独裁政権を倒したホナサン中佐とエンリレ国防相、ラモス副参謀長のフィリピン二月革命や来日してわたしの事務所を訪れたホナサン大佐の「クーデタ事件未遂」などでは、わたしも現地取材で、体を張った仕事になりました。
 雑誌や週刊誌、TV局がらみの仕事でしたが、単行本にもなりました。
 国内の事件でとくに記憶に残るのが「ダグラス・グラマン事件」です。わたしが「海部メモ」を表に出したことから、わたしの事務所が記者たちのたまり場になるというハプニングもありましたが、ダグラス・グラマン事件が時効の壁にかかって政界に波及しなかったことに、わたしはいまも疑問の念をもっています。
 今後、これらの問題をふり返って、過去から現在、現在から未来をみすえてゆく姿勢で、動画とブログを作成してゆくつもりです。

 山本峯章チャンネル/苦言直言(YOU-TUBE動画)は、開始して1か月ほどなので、山本峯章のみでは、一発検索ができません。
1 本ブログの上部「山本峯章のグローバルアイはこちら→」をクリック
  あるいはトップページ「山本峯章 政治評論家〜情報宝石箱」をクリック
2 山本峯章のYOU-TUBE動画のページを選択、各チャンネルのアドレスをクリック
3 動画がでたら画面下、アイコン横の山本峯章の文字をクリック
4 YOU-TUBE山本峯章HP チャンネル登録 あるいは「お気に入り」登録
 
 ※チャンネル登録あるいは「お気に入り」登録をよろしくおねがいしたします!
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2023年12月17日

 山本峯章チャンネル/苦言直言3

 ●政治改革と自民党派閥の政治資金パーティ問題
 政治資金パーティの問題と政治資金の問題は分けて考えなくてはならない。
 パーティ券問題は、販売ノルマの超過分を個人にキックバックするシステムで、申告さえしていれば大きな問題にはならなかった。
 清和会(旧安倍派)志公会(麻生派)宏池会(岸田派)志帥会(二階派)平成研究会(茂木派)の自民党の5派閥は、ひとしく、この問題をかかえている。
 1994年に成立した政治改革では、小選挙区比例代表並立制/政治資金規正法改正案/政党助成法案が大きな柱で、このなかに、自民党派閥のパーティ問題はふくまれていない。
 国民1人当たり250円、約320億円を政党の活動資金として、各政党に頭数でふりわけるのが政党助成金で、一方、派閥や個人の勉強会や食事会などのパーティ収入は、個人や派閥が必要経費を集めるための予備費のようなもので、昨年度は、820億円程度だった。
 これが問題になったのは、派閥が集めた資金をおのおの派閥に所属する代議士に割り当てるシステムが違法ではないかというものだが、違法でもなんでもない。
 力にある代議士は、割り当てられた数以上のパーティ券を売る。予定以上に売った場合、一種の割り戻し、キックバックがおこなわれる。申告をしておけばなんの問題もない。政治資金規正法によってきめられているやり方で税金がかかるわけじゃない。
 無申告だったとしても、よくあることで、申告していなかった、申し訳ないと政治家が謝罪するシーンをこれまで何度みてきたことか。
 今回、大問題になったのは、派閥がらみだったからで、個人が集めるカネはせいぜい800〜1000万円だが、派閥単位では億の単位になる。
 だが、パーティ券の割り戻しは、それ自体、許容範囲内にあることを忘れてはならない。
 森友学園や加計学園、桜を見る会で、安倍首相を取り逃がした検察が、その安倍派の根絶を狙ったのが、今回の自民党派閥の政治資金パーティ問題だったといわれるが、これで逮捕者がでなかったら、今回の騒ぎは、検察のうさばらしだったことになる。
 無申告を横領事件であるかにようにミスリードしてきたマスコミは、情けない話だが、検察へ媚びているようにしか見えない。
 
 わたしにいわせると、政党助成金がらみで、政治家が、国民を騙しつづけているもっと大きな問題がある。
 政治家は、財界からカネをとらないと国民に約束したが、その約束がまもられていない。
 政治改革は、小沢が黒幕的な存在だった94年の細川内閣できめられたことで、自民党総裁だった河野洋平も、いっしょになって、小選挙区比例代表並立制と政治資金規正法改正、政党助成法案の改革をすすめた。
 当時、リクルート事件などのスキャンダルや財界との癒着が頻発していた。
 5当3落といって、5億円使えば当選だが3億円なら落選という金権政治も横行していて、国民から批判を浴びてもいた。
 95年の改正政治資金規正法の補則事項では、今後、企業や団体から献金をうけない、五年以内にやめますと政府は国民に約束している。
 国民1人当たり250円程度の負担をしてもらい、合計320億円で政党の運営や活動をまかなう。
 経費や維持費が必要なので、政治家個人や派閥のパーティはみとめる。
 だが、癒着の温床となる企業や団体の献金はみとめないとしたのである。
 ところが、どの政党も、この約束を反故にして、すずしい顔をしている。
 若手の国会議員6人との食事会があったので、この話をした。
 国民との約束はまもらなければならない。自民党総裁だった河野洋平も首相だった細川護熙も、これをまもらなければまずいとマスコミ発言をしている。
 だが、いっしょに食事をした国会議員は、だれもこの法律を知らなかった。
 政治家になって5年10年の国会議員にとって、30年前の法律は古い話なのかもしれないが、現在の政治にまで深い影響をあたえている悪名高き4政治改正である。
 知らなかったですむ話ではないだろう。
 そういう状況のなかで、自民党派閥の政治資金パーティの問題がでてきた。
 ところで、わたしは、選挙改革とりわけ小選挙区制には反対である。
 現在の小選挙区制のなかでは、政治家がじぶんの意見をいえない、じぶんの主張ができない。
 自民党の政党助成金は、170億円ほどあるが、資金を握った党本部がこれを支部にふりわける。公認権も党本部が握っている。
 公認権から資金まで党本部が握って、党員に縛りをかける。これでは党員は自由にモノがいえなくなる。
 昔は、派閥があって、派閥の親分がカネを集めて、公認権から大臣や次官の役職まで、親分が子分の面倒をみた。
 各派閥によって、多少、政策がちがう。わたしも、小沢一郎らと田中角栄の新政策総合研究会というところに所属していたので、朝八時半、ホテルオータニで勉強会にくわわった。自民党には派閥ごとの勉強会があって、当時、一人ひとりが自由にじぶんの意見がいえた。
 現在の党本部体制は、当時にくらべて、事情が一変してしまった。
 党本部とちがった意見や主張をもつと、公認をうけられなくなってしまうという一種の恐怖政治がまかりとおっているのである。
 いまの自民党には、党の意向に反して、じぶんの意見をおしとおそうとする党員はいない。
 中選挙区制のころは、派閥間の議論もあったが、いまは党議拘束がかかって党内の自由な議論が封殺される。
 今回のLGBT法案でも、党議拘束がかかって、保守派も牙を抜かれた。
 公認権や資金を党本部が握って、政治信条まで一本化してしまおうとするのが現在の自民党の体質である。
 だから、わたしは、小選挙区体制はダメだというのである。

 次回予告
 山本峯章チャンネル/苦言直言4
 ●日本の保守を骨抜きにした吉田政治と池田宏池会

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2023年12月10日

 山本峯章チャンネル(YOU-TUBE)を開設しました

 ●山本峯章チャンネル(YOU-TUBE)を開設しました
 ブログと並行して、今後、YOU-TUBEの動画配信をおこないます。
 本ブログと同様、ご気軽にご訪問くださいますようおねがいいたします。
 ブログページ上段の「山本峯章のグローバルアイはこちら」をクリックすると
「山本峯章のYOU-TUBEの動画」のページに移動します。
 中段の「山本峯章の苦言直言」のアドレスをクリックしてください。
 あるいは検索ページで「山本峯章動画」と入力してください。
 移動ページのトップに「山本峯章のYOU-TUBEの動画」が表記されます。
 回を重ねると山本峯章と入力するだけで動画ページにアクセスできるようになるはずですが、すこし、時間がかかるでしょう。
 ご参考までに、これから、山本峯章チャンネルであつかう予定のテーマをノートから書きだしてみました。(順不同)。
【政治】
●「政治改革四法」と形骸化された政治資金規正法〜政治家は約束をまもれ
●「宏池会」の5人の宰相が引きずってきた霞が関経済と政治的無能の系譜
●創価学会、旧統一教会、神道政治連盟〜自民党が「宗教で票集め」の現実
【経済】
●「日本の借金1000兆円」のうそ〜経済は資産と債務のイコールバランス
●ナノインプリント技術の導入で日本が半導体王国≠フ座を奪還する日
●日本のインターネットソフト「トロン」〜国産OSが世界標準になる日
●地下資源に乏しい日本は付加価値¢n造にもとづく経済大国をめざせ
●日本主導のTPPにイギリスが参加して日本式交易が世界ルールになった
●時価総額ランキングで米国の巨大IT企業(GAFA)に完敗した日本企業
●経済法則やルールが存在しない中国資本主義が破綻すれば世界経済も共倒れ
【天皇/皇室】
●旧宮家の男系男子に皇族復帰していただいて立憲君主国の体制を整えよ
●皇室や皇族に尊敬心をもたない皇宮警察に伝統国家の格式をまもれるか
●遺伝子DNAは男系〜ミトコンドリアDNAの女系は次世代に相続されない
●歴史や伝統よりも戦後のGHQ憲法を重視する秋篠宮殿下にあえて提言する
【国家】
●スパイ防止法や破壊活動防止法、国家反逆罪がないのは国家主権がないから
●スパイ罪や国家転覆罪にたいして、死刑が適用される外患誘致罪を援用せよ
●人民と市民、国民〜国民は国家の恩恵をうけ、国家に義務を負う存在である
●法は国家をもたない〜「全国弁護士連合会」が反日・反体制を叫ぶ理由
●独立国はすべて建国記念日と「建国神話(日本では皇国史観)」をもっている
【防衛】
●核ミサイル搭載のSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)の装備を急げ
●アメリカの核の傘≠ニいう幻想をふりまく自民党リベラル派の妄言
●世界最強だったイスラエルのミサイル防衛網がテロ集団に破られた教訓
●自衛隊を国軍に昇格させて、軍隊・軍人としての地位と名誉をあたえよ
●敵基地攻撃能力のポテンシャルをもってこそ現実のものとなる専守防衛
●1000キロの長距離ミサイルJASSMで中国のすべての基地が射程内に
●国産にむけてうごきだした〜F35戦闘機に搭載される長距離巡航ミサイル
●対中安全保障になっている「日本は七日間で核兵器をつくれる」という神話
【北方領土】
●講和条約で放棄した千島列島に北方四島をふくめた旧ソ連の火事場泥棒
●日本共産党の北方領土認識と「樺太・千島交換条約」の千島列島の範囲
●サンフランシスコ会議で「択捉と国後を『千島南部』と口走った吉田茂
【歴史】
●ケンペル日本誌がひきおこした日本ブームと薩長の西洋コンプレックス
●天皇と豪族の関係/権威と権力の分離/「君臣共治」と「君民一体」
●日本の天皇制「君民共冶」は社会契約論のルソーが理想とした国家だった
●いちども他国に侵犯されたことがない国の国号〜倭国から大和国、日本
●戦争の痕跡がない古墳時代350年と大和朝廷、4700基の前方後円墳
【文化】
●ジェンダーフリーは人間を労働力としてしか見なかったマルクス史観
●夫婦や親子、家系や係属の断絶をはかる夫婦別姓の目的は家族解体
●稲作文化との農本主義、麦の文化と商業主義、大航海時代と重商主義
●学習院を中韓への属国思想・反天皇・左翼に染めこんだ諏訪哲郎と佐藤学
●日本考古学協会は世界最古の縄文文化と三内丸山遺跡になぜ冷淡なのか
●神道が土台の日本の心(文化)〜キリスト教が土台の西洋の精神(文明)
●男女共同参画社会基本法と夫婦別姓は「家族解体基本法」というべき悪法
●なぜ「日本学術会議」は日本の安全を脅かす危険で有害な存在になったのか
●島田洋一教授「日本学術会議は虚飾の肩書と小銭が欲しい古い学者のもの」
【戦後の思想】
●「ウォー・ギルト・プルラム」に洗脳されつづけている日本の平和主義
●吉田茂につぶされた木村篤太郎の「反共抜刀隊構想」と共産主義への危機感
●公職追放によって消えた21万人にとって代わった共産主義者=敗戦利得者
●目的は戦前日本の完全否定〜NHK「真相箱」に見るGHQの対日洗脳工作
●アメリカ左翼の実験台だったGHQによる「日本改造計画」と「八月革命」
●条件つき降伏だったポツダム宣言を左翼が無条件降伏≠ニ強弁する理由
●反代々木系と三派全学連、革共同、赤軍と日本共産党は戦術がちがうだけ
●終戦直後、天皇制支持が95%にたっしてGHQが度肝を抜かれた理由
●「憲法9条信奉」「空想的平和主義」の代用語になった日本のリベラル派
●賃金闘争から文化闘争へ転換して賃金据え置きの日本の労働運動は健全か?
●地下鉄サリン事件のオウム真理教への破防法適用を拒否した公安審査委員会
●「表現の自由」という権利が存在すると思いこんでいる日本人の頭のお粗末
【マスコミ】
●ロッキード事件で大騒ぎした新聞がダグラス・グラマン事件で沈黙した理由
●なぜ反日・反国家に狂奔するのか〜体制内革命団体としてマスコミ文化労連
●「放送法4条」に反対するマスコミの左翼人たちが陥った自己矛盾
●橋下徹の「ウクライナ降伏」やら「パレスチナ勝利」やらの口からでまかせ
●新聞労連(マスコミ労連)はなぜ平和主義と憲法教条主義に陥ったか
●南京大虐殺から教科書、従軍慰安婦とウソばかり書いてきた朝日の良心?
●日本のメディアがくり返す「だから日本はダメなのだ」という自虐の呪詛
●世論を形成している日本マスコミ文化情報労組会議という巨大な左翼集団
●日本を貶めることがマスコミの良心≠ニいう反国家主義=民主主義
●「権力とたたかうため」に記者になった者に欠落している公平な視点
●日本新聞労働組合連合/なぜ日本の新聞は左翼の応援団になったのか
【世界情勢】
●「IPEF=インド太平洋経済枠組み」と日本がリードするアジア安保
●「経済」と「安保」が表裏一体の関係になっている多層的な世界情勢
●クアッドがNATOのような軍事同盟になって歯止めがかかる中国の軍拡
●バイデンの台湾侵攻に軍事介入明言〜ハマスのイスラエル攻撃との関連
●国連改革〜戦勝国連合の内ゲバで機能停止となった国連に存在価値はない
●新「日英同盟」の時代〜日本と英国の連携〜日英同盟はなぜ成功したか
●太平洋を巡る新たな協力枠組み、米主導で創設へ〜日豪英仏など参加
●台湾海峡の平和と安定〜軍事のバランスと積極的な現状維持が唯一の選択肢
●日英の急接近で現実味を帯びてきた「シックスアイズ」への加盟と付帯義務
【アメリカ】
●アメリカの民主主義が壊れはじめた〜リベラリズムという左翼風
●核共有〜日本の核保有をいちばんこわがっているのはアメリカだ
●ヤルタ協定でソ連の対日参戦と戦果を約束したアメリカの大失態
●安保条約とロッキード事件、バブル崩壊〜アメリカ発の三大国難
●日本人が知らない二つのアメリカ/リベラリズムとキリスト原理主義
【民主主義】
●民主主義にテロがゆるされない、ではなく、民主主義だからテロがおきる
●日本の「国体の本義」から民主主義と伝統主義のバランスを読みとる
●輸入品の「民主主義」を日本の「君民一体」「君民共冶」に馴染ませる
●全体主義の「民主」と個人主義の「自由」の区別がつかない日本人
【中国/韓国】
●「中国を恐れない」韓国・尹政権とのあいだに日韓のきずなを築け
●「白村江の戦」「元寇」からはじまっていた中韓との摩擦と緊張関係
●中華思想にどっぷりの中国人〜いまだに李朝の世界観にある韓国人
●共存共栄の大東亜共栄圏と拡張主義にもとづく中国の一帯一路のちがい
●韓国が日本を侮る二つの根拠〜儒教の事大主義と小中華思想の華夷秩序
●従軍慰安婦を戦場売春婦≠ニ断じたハーバード大学教授の世界的常識
●負債総額9700兆円〜個人債務と失業、勤労意欲の欠如に悩む中国
●中国の人材招致プロジェクト「千人計画」に馳せ参じた日本の学者たち
●経済崩壊を政治で処理するしかなくなった習近平が真似る毛沢東の文化革命
●経済思想や人間観が異なる中国の「AIIB」と日本が主導する「ADB」
●「情の日本」と「恨の韓国」〜文化がちがう韓国とは永遠にわかりあえない


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2023年12月04日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和32

 ●一神教の西洋と多神教の日本では真逆のセックス観
 西洋は一神教で、日本は多神教である。
 キリスト教とユダヤ教はヤハウェ、イスラム教ではアッラーを唯一神とする一神教で、この3つ宗教は同じ教典(旧約聖書)から生まれたので、基本的に同じ神を信仰していることになる。
 西洋では、一神教、唯一神、絶対神信仰が、一元論の根本理念となっている。
 一方、日本は、多神教で、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教の啓示宗教にたいして、自然宗教と呼ばれる。
 多神教には、神話(古事記)信仰や祖霊信仰、すべてものに精霊がやどるとするアニミズムや八百万信仰、神道があるが、自然がゆたかな日本では、縄文時代から、自然崇拝が主たる宗教観だった。
 自然崇拝は、おしべとめしべ、雄(オス)と雌(メス)、男と女の組み合わせでもあって、生殖や繁栄、子孫繁栄を弥栄とする、自然の摂理に合致した宗教といえる。
 そこが啓示宗教と異なるところで、自然宗教が、生命や人間、自然や生活と一体化しているのにたいして、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教では、神が人間と断絶している。
 イエス・キリストは「神の子」である。人類が「原罪」を背負わされているのは、アダムとイブが「エデンの園」で(禁断の実=セックス)を食べて子孫を残す汚れた存在だからで、イエス・キリストは、そんな汚れた罪人の人間を救うために神より遣わされた救世主とされる。
 マリアの処女懐胎は、神の子であるイエスが、セックスという性欲(原罪)をとおして生まれた「人間」ではないという根拠からで、キリスト教は、性を徹底的に害悪視するのである。

 ●日本の自然主義が西洋の理性主義にくつがえされた
 西洋で精神がとくに重視されるようになったのは、神を発見した精神が神とつながっていたからである。神と手をむすんだ自我や意識、思考がたどったのが、ルネサンスから宗教革命、啓蒙主義、市民革命、合理主義、科学主義へとむかった理性主義だった。
 神の恩恵たるその理性主義が、牙をむいて襲いかかったのが、自然だった。
 自然や理性をもたない動物は、神が人間にあたえたもう糧なので、どう料理しようと人間の勝手というのがキリスト教の理屈で、自然崇拝の日本とは、世界観において天と地の隔たりがある。
 明治時代、日本では、この西洋思想の影響をうけて、文化革命がおきた。
 鎮守の森の90%が破壊されて、さらに、廃仏棄釈令(神仏分離令/1868年)によって、上野東照宮本地塔や久能山東照宮のほか北野天満宮多宝塔や鶴岡八幡宮大塔など全国でおびただしい数の歴史的名刹が廃墟と化した。
 そして、夜な夜な鹿鳴館なる西洋館で、西洋式の舞踏会がひらかれた。
 この狂気≠ェ文化革命の本質で、鎖国という文化防衛政策でまもってきた日本の伝統的な価値観や世界観、歴史観がこのとき180度転回する。
 それが西洋をマネた帝国主義だった。ロシア脅威論のセオドア・ルーズベルトの仲介がなく、日露戦争で、国力ではるかにロシア以下だった日本が、下馬評のとおりに負けていれば日本は、ロシアの一部、ロシア邦ニッポンになっていたはずである。
 その後も、日本は、薄氷を踏むような西洋化のみちを歩んで、1945年の第二次世界大戦の敗戦にいたって、ついに、日本は国体の危機を迎える。
 このときも、神風がふいて、国体がまもられた。
「ポツダム宣言」が国体護持の条件つきだったことと、マッカーサーが天皇の処罰をきらったこと、中国革命や北朝鮮や独立によって、アメリカが対日政策を「逆コース(保守勢力の復活)」へきりかえたことで、戦争にまけたにもかかわらず日本は伝統国家としての地位をまもることができた。

 ●反伝統に立つ左翼反日、国際主義者、法関係者
 これにたいして、左翼反日、国際主義者、法関係者ら反伝統主義が、異議を申し立てて、わが国を共和制国家や社会主義・共産主義国家、無政府共同体に変更しようとして、さかんにイチャモンをつけている。
 伝統国家である日本で、人権や民主、自由や平等が侵害されているというのだが、それは、西洋の価値観に立つからで、普遍的な見方に立てばお門ちがいもいいとこである。
「ジェンダーギャップ調査(ダボス会議)」で、日本の男女格差は、フィリピンシンガポールやベトナム、タイやインドネシア、韓国や中国より大きい(ランキング最下位125位)とされて、左翼は「日本は女性差別の国だ」と騒いでいるが、日本は、4つの調査項目「政治」「経済」「教育」「健康」のうち教育と健康の2つについては世界のトップである。
 日本の女性は、十分に教育を受けて、健康にもなんの問題もないのである。
 だが、政治と経済については、世界最低である。世界には、日本の専業主婦という概念がないからである。したがって、代議士に立候補しない勤労女性をふくめて、専業主婦は「政治」「経済」の分野で、世界最低にランクされている。
 世界の女性が工場や売り場、事務所で働いているあいだ、日本の主婦は家庭で主婦業に精を出し、趣味や習い事などの文化活動をおこなう。
 そのような日本の女性が、工場で油まみれになって、あるいは、政治活動に走りまわる女性より下位におかれるのがヨーロッパ思想のエッセンスたるダボス会議の精神で、そんなものを相手にしても仕方がない。
 その西洋思想の代表が「ジェンダー(社会的・文化的性差)」で、ジェンダーフリーというのは、女が男のように働き、男が女にようにふるまうことで、男女の性別や性差がないことが西洋人の理想なのである。
 性の否定は「エデンの園」や「マリアの処女懐妊」以来、キリスト教の伝統で、キリスト教の本にも禁断の実≠ェ性行為をさすと書かれていない。
 自然を克服すべきものとしたキリスト教=理性主義では、おしべとめしべや男と女の組み合わせ、性や性行為が悪魔(「エデンの園ではヘビ)にそそのかされた邪悪な行為になってしまうのである。

 ●究極の目的は性差なきアダムとイブ≠フ創出
 日本の自然崇拝は、西洋の啓示宗教とは真逆で、性や性行為は、自然現象の花形である。
 花が咲き、タネをもって、新芽をふく、その自然の原理が信仰の対象で、啓示宗教が唯一神に手を合わせるように、自然崇拝では、太陽に手を合わせるのである。
 アダムとイブの「禁断の実」の実体がなにをさして、聖マリアの夫がだれであったかが隠されているのは、性行為が悪魔の邪悪な誘惑で、キリスト教最大の禁忌だったからだった。
 一方、日本で、性におおらかなのは、自然崇拝・宗教では、性は、隠し立てするものではなかったからで、ギリシャ神話でも、神々の像は男性器や乳房をまる出しにして、男根の神や生殖の女神も存在する。
 日本の建国神話でも、天の高天原より降った男神イザナギと女神イザナミが「わたしの余っている部分(男根)で、あなたの足りていない部分(女陰)を刺し塞いで(性交して)国土を生み出しましょう」と語りあって、天の御柱の周囲を回ったのちに寝所で交わりをおこなっている。
 日本神話の最高神、女神アマテラスが、弟のスサノオの乱暴のせいで岩屋に籠って世界が暗闇につつまれたとき、アマテラスを外に引き出すために重要な役割を果たしたのが女神アメノウズメだった。
 アメノウズメが衣をはだけて踊りだすと、それを見ていた神々が一斉に笑いだす。その声を聞いて、天照大神が岩戸をあけたその瞬間、岩戸のかげで待ち構えていた天手力雄命が渾身の力を込めて岩戸を引き開けて、天照大神を岩屋から外へ引き出す。
『古事記』ではアメノウズメの踊りをつぎのように記述している。「槽伏の台の上に乗り、背をそって胸乳をあらわにし、裳の紐を女陰まで押したれて、低く腰を落として足を踏みとどろかし」
 女神アメノウズメがストリップショーをやったのである。
 だが、性がタブーになっていない自然崇拝の日本では、神話における大事なシーンで、性が神的な領域まで高められている。
 だが、性がタブーの西洋なら、これは、神的領域どころか、悪魔のしわざということになる。
 そこで、西洋では、性の否定(性の無化)という新たな教条主義をつくって人々の目を性からそらそうとした。
 それがジェンダーフリー(「性差なき社会」)というドグマで、LGBT法というのは第二の「マリア処女懐妊」なのである。
 岸田首相は「オカマ(LGBT)法」を性や性差にたいする多様性といったが、実際は、その逆で、キリスト教的な視野狭窄である。
 LGBT法は、現代によみがえった「エデンの園」で、人間は、禁断の実を食べる前のアダムとイブにもどって、性差なき人間になれというのである。
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2023年11月27日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和31

 ●文化大革命のこわさを知らない日本人
 革命と聞くと、だれもが「市民(ブルジョア)革命」や「共産主義革命」を思いうかべる。
 レーニンは、ブルジョア革命がプロレタリアート(労働者階級)革命へ発展する二段階革命論≠唱えたが、実際には、革命軍と反革命軍(保守派)による権力闘争であって、歴史上、労働者階級の蜂起による革命(階級闘争)がおきたためしはいちどもない。
 政治や経済は、制度や社会現象で、これだけを変更しても、人生まで左右されることはない。
 人生は、社会活動であって、そこに精神性や人間性の文化が深くかかわっているからである。
 政治や経済は、社会活動の一部であって、人生は、歴史や習俗、真善美などの価値観、ことばやコミュニケーションなど政治や経済以外のものにささえられている。
 これらの精神性を総じて文化といい、その意味で、人間は、文化的な動物ということができる。
 市民革命も共産主義革命も、政治と経済における革命で、フランス革命では王政が、ロシア革命では王政と経済の仕組みが、アメリカ革命では、宗主国と従属国の権威的なつながりが否定された。
 フランス革命やロシア革命、アメリカ革命とまったく異なるのが、毛沢東の文化大革命とポルポトのクメール・ルージュ(赤いクメール)革命である。
 毛沢東とポルポトが標的にしたのは、政治や経済ではなく、精神や価値観という文化で、そのために、革命者は、文化の担い手である精神性の高い人間を抹殺するというとんでもない悪魔的なふるまいにでた。
 文化大革命では2000万人以上、ポルポト革命では、人口の四分の一にもたっする200万人が虐殺された(キリングフィールド)が、文化大革命ではそのほかに数千万人もの餓死者がでている。
 歴史や伝統、習俗を否定すれば、人間が死に、社会が滅びるのは、共同体が文化に依存しているからで、だからこそ、未来にとって有益なのは、改革でもなく革命でもなく、歴史や文化をまもる保守主義なのである。

 ●一神教=一元論の世界がなぜ地獄になるのか
 田島洋子(元法政大学教授・参院議員)は「変えようよ!この国を」といいつづけて、リベラル派や改革を訴える保守政治家から「日本維新の会」までがこれを真似するようになったが、改革主義の原点が毛沢東やポルポトにあったことをだれも知らない。
 いうまでもないが、国家や共同体、歴史やモラル、よき習慣や人間の品性をまもっているのは保守主義である。
 ヨーロッパの保守主義は、フランス革命への反省から生まれたといってよい。
 バークは「最大の悪徳は智恵や美徳を欠いた自由だ」といい、エリオットは「伝統を相続する努力を払わぬ者が革命をもとめる」といったが、ホッブズは「自然状態において、人間は利己的で、自己利益のために互いに闘争する」ととっくの昔に喝破していた。
 毛沢東は、人間の本性のなかに、悪なる非合理的なものがあるとした。その根拠としたのが歴史と伝統だった。歴史や伝統、習俗に培われた悪弊が革命の進行を妨げているというのである。
 毛沢東主義を極端化したのがポルポト主義で、社会的、歴史的存在としての人間そのものを否定した。
 ポルポトは、通貨や教育制度、文化的習俗や家族までを廃止して、親と子が一緒に住むことすら禁止した。医者や教師、学歴者を皆殺しにしたのは過去の有害なものをひきずっている「資本主義の手先」という理由からだった。
 すべての国民を農村部に追いやって農業に従事させ、ポルポト革命に従順でないものは即刻逮捕されて、その日の内につるし首か拷問による刑死となった。
 毛沢東とポルポトのスローガンが「変えよう!この国を」だった。
 中世ヨーロッパで「異端審問」で数百万人もの異教徒や悪魔(魔女)狩りがおこなわれたのも、純正たるキリスト教国家へ「変えようよこの国を」という運動で、マルクス主義(毛沢東やポルポト)やキリスト教がこのような極端なふるまいにでるのは一神教=一元論の世界観に立っているからである。

 ●正統と異端≠フ一元論がうんだ革命思想
 一神教世界では、並立や共立、共存という考え方はなりたたない。
 神が唯一の存在の一元論だからで、正統は神だけで、異端は悪魔である。
 異端裁判で有罪になれば、悪魔の判定をうけたことになって火刑である。
 一神教の国では、唯一神、絶対神に収斂されて、一元化されるので、すべてが正統と異端に分別される。
 中世ヨーロッパを支配していたのは、古典復興のルネサンスからキリスト教の呪縛を解いた宗教革命、人間解放の啓蒙思想や合理主義の近代まで一神教を土台とした一元論で、モダニズム(近代主義)も、キリスト教が唯物論や科学主義にきりかわっただけの一元論である。
 その一元論の頂点が革命思想で、正統と異端の思想がゆきついたヨーロッパ精神の終着点である。
 したがって、すべて、YESとNOで決着がつける二進法で、中間色やあいまいの価値や文化がない。
 一方、日本のような多神教世界では、正しいものはいくつもあるので共存共栄≠フ論理がはたらく。
 人間の社会は、一元論や二進法、正統と異端の論理で片がつくほど単純でも割り切りやすくもないからで、むしろ、複雑に錯綜していて、とうてい、一筋縄ではいかない。
 日本は、多神教、アニミズムの国なので正統と異端≠ニいう一元論の論理は通用しない。
 多くのものがそれぞれの持ち味を生かして、バランスをとって共存しているのが多元論の文化で、千差万別、すべてがばらばらになっているように見えても、それが多神教世界の多様性と多次元性、奥行きというものある。

 ●政治や経済ではなく、文化を破壊して、国家の解体をはかる
 現在、日本が直面しているのが日本的な文化構造の危機で、西洋の一元論の毒された人々が、日本の伝統的な価値観の破壊をもくろんで、文化革命をおしすすめている。
 この文化革命の争点は、西洋の一元論と日本の多元論で、それが端的にあらわれているのが、人間観で、西洋の個人主義にたいして、日本は、集団主義である。
 個人主義が誕生したのは、啓蒙時代以降、近代になってからで、その歴史は浅く、アメリカ民主主義が定着する20世紀まで、個人主義は、身勝手という悪い意味しかなかった。
 個人主義がアメリカに根をおろしたのは、聖書をとおして神と信仰契約するプロテスタンティズムにとって、個人が基礎単位となるからで、親子や家族の関係、集団主義や地縁は、没個性として、排除される。
 日本で、輪廻転生の小乗仏教がうけいれられず、すべてのひとびとの救済をめざす大乗仏教が定着したのは、一人で輪廻転生をくり返して、解脱する個人主義が日本人の性に合わなかったからで、日本人は、アメリカ人とは異なった人間観をもっているのである。
 その人間観や歴史観、価値観を破壊しようというのが、現在すすめられている文化革命で、男と女からできている人間の世界の最大の関心事であるセックスの価値観を転換させて、伝統的な世界を転覆させようというのである。
 かつて、革命運動は、労使紛争や政治問題にかぎられていた。
 だが、現在は、男女雇用機会均等法から夫婦別姓、LGBT(性的少数者)問題や性同一性障害特例法、同性婚など個人の領域が革命の道具立てにされている。
 日本では、個人は、単独で存在するものではなく、社会的存在で、共同体や親子、家族の一員である。
 したがって、その集団的人格が、性差すら否定された個体になってしまえば社会がばらばらに分解してしまうことになる。
 それが文化革命の真の狙いで、性という文化の破壊が政治や経済にあたえるダメージよりもはるかに大きい。
 革命者の狙いが最終的に男系相続の皇位継承にあるのは疑いえない。
 次回は、このセックス革命のさらなる恐怖についてのべよう。
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2023年11月19日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和30

  ●原爆投下は本土決戦のためのものだった
 敗戦によって、日本でも革命がおきたという学説があって、その代表が丸山眞男や宮沢俊義の「八月革命論」である。
 レーニンの敗戦革命論を下敷きにしたもので、具体的には、ポツダム宣言の受諾によって、天皇主権から国民主権に移って、それが革命だったというのである。
 GHQの神道指令や公職追放、容共主義、軍国主義や封建的制度破棄、労働組合強化などによって、たしかに、革命的事態が進行していたが、レーニンの敗戦革命論と決定的にちがうのは、政府が転覆していなかったことである。
 マスコミ左翼や学会、知識階級が無条件降伏≠主張するのは、敗戦革命論の前提が国家転覆だったからで、日本が無条件降伏していなければ、革命がおきたことにはならない。
 とはいえ、当時、日本は、革命前夜というべき政治的状況で、天皇の廃位や立法・行政・司法の停止が実行に移されていれば、革命がおきていた可能性はきわめて高かった。
 大戦末期、日本政府はポツダム宣言を受諾するに際して、天皇大権を害する項目がふくまれるか否かについて連合国にたいして回答をもとめている。
 この照会にたいして、連合国側は、明確な返答しなかった。
 天皇を処罰しないと返答して、日本が降伏すれば、日本を軍事支配するために必要だった原爆投下の機会が永久に失われてしまうからだった。
 バーンズ(国務長官)回答には「日本の最終的な政治形態は日本国民の自由意思によって確立される」となっていた。
 日本政府は、日本国民の自由意思に天皇の大権維持がふくまれると解釈して1945年8月14日、ポツダム宣言の受諾を通告した。
 ポツダム宣言の受諾が、8月6日(広島)、8月9日(長崎)のあとになったのは、原爆投下は本土決戦のためのものだったからで、トルーマンはポツダム宣言の前のすでに原爆投下の命令書に署名していた。
 日本が本土決戦という選択肢をもっているかぎり、無条件降伏は、論理的に成り立たない。進駐軍30万人の生命は、本土守備隊(陸軍315万人、海軍150万人)と十隻の軍艦、5000機の戦闘機、1000両以上の戦車車隊(5個機甲師団)の前ではひとたまりもなかったからで、しかも、本土守備隊にはカミカゼ攻撃≠フ訓示が下されていた。
 硫黄島と沖縄の戦闘で、2万人の兵士を失ったアメリカは、進駐米軍の全滅を防ぐため、日本本土に原爆を投下して、日本人のタマシイを骨抜きにしなければならなかったのである。

 ●平和主義と命乞い≠フ区別がつかなくなった
 原爆によって50万人の非戦闘員を虐殺されるという世界史上、最悪のジェノサイドによって、日本人は完全に肝っ玉を抜かれた。
 広島の原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちはくり返しませぬから」とあるのを読んでインドのパール判事は激怒したが、敗戦トラーマと戦争恐怖症に陥っていた日本人は、平和と命乞いの区別がつかなくなっていたのである。
 かつて野坂昭如は「戦争がおきたら白旗をあげるべき」といったが、これをひきついだのが瀬戸内寂聴や橋下徹らの生命唯物論≠ナ、日本の平和主義は命乞い主義といってよい。
「世界価値観調査(WVS/電通総研)」がおこなった「もし戦争が起こったら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたのは、日本ではわずか13・2%で、調査対象国79か国中ダントツの最下位だった。
 ちなみに、下から2番目の78位は、独ソ不可侵条約(1939年)による西方侵攻でソ連の属国となったリトアニア(32・8%)だが、それでも国をまもろうとする若者の数は日本の倍以上である。
 日本人のタマシイが抜かれた証しは憲法で、国のかたちを定める国家軌範が日本人の生命保証書≠ノなって、日教組は、日本人の生命をまもるために憲法がつくられたと生徒に教えている。
 日本の憲法は、占領中につくられたので、国家主権がうたわれていない。
 したがって、世界の国々がもっている緊急事態条項が日本国憲法にはない。
 緊急事態条項とは、政府の通常の運用では対処することがむずかしい事態が発生した場合、権力分立や人権を制限できるとした国家法で、国権は、私権にすぎない人権の上位にあるとした国家主権の宣言である。
 GHQ憲法で、緊急事態条項が謳われなかったのは、日本という国家の主権者がGHQだったからで、このGUQ体制のなかで、戦後、最初に宰相になったのが、英米派の吉田茂だった。
 国家として、緊急事態条項をもたないのは異常だが、吉田は平気だった。
「アメリカがまもってくれるならこれにこしたことはない」といって、吉田は憲法改正や国家防衛にはまったく無関心で、ひそかに、護憲派の旧社会党を応援した。

 ●なぜ日本の政治はかくも貧しくなったのか
 そこに戦後日本の保守政治の貧しさの根源がひそんでいる。
 生命が大事というのは、宗教であって、政治ではない。
 カネや物質的ゆたかさ、個人の欲望ばかりをもとめて、国家や国体、全体的な視野を失って、どうして、国家の政治が成熟するだろう。
 日本の戦後政治の貧しさは、安倍晋三以外、政治的なポリシーをもった政治家が登場してこなかったことで、保守政治では、池田勇人(「宏池会」)や佐藤栄作(「周山会」)ら吉田学校と呼ばれた官僚出身者が多数を占めてきた。
 官僚から首相になった政治家は、外務省の吉田茂を筆頭に岸信介(商工省)や池田勇人(大蔵省)、佐藤栄作(鉄道省)、福田赳夫(大蔵省)、大平正芳(大蔵省)、宮澤喜一(大蔵省)、中曽根康弘(内務省)らがいるが、政治家としての気骨をもっていたのは岸信介だけだった。
 宏池会は、創立者の池田勇人以来、大平正芳と鈴木善幸、宮澤喜一、現在の岸田文雄と5人の総理大臣を輩出したほか河野洋平と谷垣禎一の2人の総裁をだしているが、政治的には見るべきものはなかった。
 岸田首相は「核兵器ない世界へ機運を高めたい」などと語っているが、平和主義とリベラリズム(市民革命思想)が宏池会の唯一最大の主張で、それでは宗教・思想団体となにもかわらない。
 岸田の最大の失敗は、支持率低下の原因ともなった「オカマ法案(「LGBT平等法」)をとおしたことで、LGBTは、政治からもっとも遠くにある究極の個人主義だった。
 日本は昔から国家が性の問題≠ノふれない社会風潮だったが、これに火をつけたのがリベラリズム(市民革命志向)で、政治や経済ではなく、性という究極の個人主義をもって、国家(全体)や国体(天皇)を否定、転覆させようというのである。

 ●政治の矛盾に目をつむって夢想的平和を語る宏池会
 最高裁が、性別変更にかんして、生殖能力をなくす手術を必要とした現行の「性同一性障害特例法」は差別的とする弁論をおこない、いよいよ、特例法を違憲と判断する可能性が濃厚となってきた。
 よろこんだのが朝日や毎日、中日や日経で、第81条にしたがって特例法の改正を急ぐようもとめた。
 すでに、LGBT理解増進法が成立しているが、女性を自称する男性が女性専用のスペースに立ち入るなどの女性にたいする加害行為がふえていることには知らぬ存ぜぬである。表現の自由が被害者への配慮を欠いているのと同じ話で、LGBT理解法も表現の自由も、しょせん片手落ちなのである。
 憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則または処分が憲法に適合するかしないかを決定する終審審である』とあるのは、三権分立の否定にほかならない。
 国会で成立させた法律を、15人の裁判官が否定して、無効にできるという制度は民主主義や国家主権を否定する司法ファッショで、この司法改正にとりくんでいたのが安倍晋三元首相だった。
 だが、安倍さんは、マザコンの元海上自衛隊員の銃撃に斃れた。
 日本の保守政治にとってこれ以上の悲劇は考えられもしないが、岸田はその間隙をぬってLGBT理解法とおして、一方、核兵器ない世界へなどの空語を発している。
 この政治的な不毛が原爆を落とされた国の精神的外傷で、日本は、いつまでたっても、政治の現実を直視できず、空想の世界をさまよっているのである。
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2023年11月12日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和29

 ●人類の歴史を転換させた18世紀の啓蒙思想
 かつて人類は伝統的な社会を生きていた。
 伝統というのは、習慣や習俗、風習やならわし、常識や不文律である。
 それが知恵で、知恵は、歴史という死者が残してくれた文化や文明の集積であって、現在を生きる者は、すべて、死者の恩恵をうけているといえる。
 この伝統を破壊したのが17世紀後半から18世紀にかけて生じた啓蒙思想で、代表的な人物が、ジョン・ロックとジャン=ジャック・ルソーである。
 人民は政府に自然権を託していると考えたトマス・ホッブズにたいしてその50年後、ロックは、主権者である人民に抵抗権や革命権があると唱え、さらにその80年後、ルソーは、人民の集合体である一般意志(人民主権)が国家に代わって共同体をつくるとした。
 ホッブズが伝統主義で、ロックやルソー、そのルソーを継承したマルクスが啓蒙主義だが、現在は、革新や左翼、リベラルなどとも呼ばれる。
 ロックはアメリカ革命(独立戦争)、ルソーはフランス革命、マルクスはロシア革命の思想的な母体となって、革命の嵐が吹き荒れた近代を経て、世界には伝統国家がほとんど残っていない。
 伝統国家が、知恵の国家だったとすれば、啓蒙国家(=革命国家)は知識の国家で、歴史の叡智と比べて、人間が頭で考えた知識は、すべて、浅知恵にすぎない。
 自由や平等、権利や主権などは、頭で考えた理屈で、自然界や生命の世界にそんなものはない。だが、18世紀の啓蒙時代以降、自由や平等、権利や主権などの人工物が産まれながらにそなわっている天賦のものという話になった。
 白井聡(『主権者のいない国』講談社)は「日本人が自由や平等、権利を行使しないのは主権意識が低いからだ」などとバカなことをいっているが、人類が自由や平等、権利を発明したのは、わずか250年前のことで、それが普遍的な価値とされたのは、第二次大戦後で、それからたかだか80年ほどしかたっていない。

 ●西部邁が喝破した「知識人革命」という文化革命
 かつて、権力は、軍属や政治家、財閥や地主、事業家のものだった。
 ところが、戦後、民主主義の世の中になって、権力は、知識人のものになった。
 30年近くも昔になるが、銀座などでご一緒したとき西部邁さんはなんどか「知識人革命」ということばを口にされた。『知識人の生態(PHP研究所)』を世に問う頃のことで、西部さんは、世界を変えるのは、政治や経済、法律や制度ではなく、それらの根幹にある知識そのものだというのである。
 文化概念としての天皇を論じた三島由紀夫の『文化防衛論』は文化大革命のさなかの著作だが、毛沢東の革命が、政治革命ではなく、文化革命だったことの根拠が西部さんのことばからもうかがえた。
 西部さんが副委員長をつとめた全学連の「60年安保」が終わると、時代は政治から経済へと地殻変動をおこして、70年代には、3C(クーラー・カー・カラーテレビ)の高度経済成長が実現して、労働者が団結して革命をおこすという政治風土がなくなった。
『文化防衛論』はそのころ書かれたもので「6全協」以前に軍事方針をとってきた日本共産党や全学連、過激派や赤軍が勢力を失ったとき、革命勢力が標的にしたのが文化だったことは、毛沢東の文化大革命をみるまでもなかった。
 戦後のアメリカ化と民主主義一辺倒、マルクス主義や唯物論などが蔓延するなかで、日本文化の根源を天皇にもとめた『文化防衛論』は秀逸で、左翼一色だった当時の論壇に旋風をまきおこした。
 三島のいう文化の根源は、男女のちがいで、モラルや道徳観念は、すべて、性差から生じたといっても過言ではない。
「LGBT理解増進法」をとりまとめた稲田朋美は、政調会長や防衛相などの大任をまかせた「安倍さんを裏切った」といわれるが、そんななまやさしいものではない。
 稲田は、夫婦別姓主義者どころか、伝統的家族思想の反対者で、いま流行りの自称保守主義≠フ左翼、アナーキスト、反天皇主義者である。

 ●国家の原型である『伝統的家族』を否定する稲田
 左翼評論家の青木理との対談で、稲田はこういっている。
 青木「夫婦別姓が導入されれば家制度や家父長制の破綻につながり、究極的には男系男子によって継承される天皇制をもゆるがしかねない」
 稲田「わたしは皇室について男系を維持すべきだと思いますが、家制度には全くこだわりがありません。家制度は憲法でも否定されていますし、民放でも否定されています。家督相続もなくなりました。『伝統的家族』というのもことばの魔力であって、つきつめていくと具体的に何を意味するかよくわかりません。むしろ、家族が多様化するなかで『伝統的家族』という形式をまもることが、それに合わない人々を排除する、たとえば、LGBTや未婚のひとり親が切り捨てられるなら、それに賛同することはできません」
 稲田の発言は、完全に左翼のもので、左翼が大事にするのが、イデオロギーと法だけである。
 かれらには、国家や国体、歴史も伝統などの文化のカテゴリーにあるものが目にはいらない。
 それが文化革命の要諦で、文化をすべて否定すると、残るのはイデオロギーと法だけになって、たちまち、暗黒社会が出現する。
 左翼や革新は、リベラル派を名乗るようになったが、最近、このリベラルの訳語を自由主義から平和主義や正義≠ヨ変えようという意見が出てきた。
 リベラルが伝統主義や守旧派の対義語として、マスコミなどで好意的にもちいられるようになったからで、野党ばかりか、自民党の一部までが、われこそはリベラルと世論にうったえている。
 愚の骨頂で、リベラルは、政治ではなく、反政治にあたる革命勢力である。
 本来、政治は伝統主義で、その伝統を破壊しようとするのが、左翼だった。
 右翼と左翼の由来は、議長席の右側に立憲君主派、左側にロベスピエールのジャコバン派が陣取ったフランス革命期の国民議会である。
 以来、革命勢力や革新派、マルクス主義者をさして左翼と呼ぶようになったが、日本では、社会主義や共産主義の聞こえがよくないので、個人の自由から社会的弱者の救済、戦争反対や平和主義、護憲から反核、LGBT保護法までをふくめて、リベラルと呼ぶようになった。

 ●男女格差指数が最悪の日本こそ世界一の女性尊重国家
 日米で共に進行しているのが「ポリコレ(政治的妥当性)」というリベラルな風潮で、これは人種や性別、国籍、宗教、肌の色や容貌、身体的な特徴などを根拠とした差別的な表現を正すという考え方である。
 日本では女性差別にあたるという理由から「看護婦」「保母」「スチュワーデス」などのことばが消えたが、このことば狩り≠フ延長線上にあるのがジェンダー(女らしさや男らしさという文化的・社会的につくられた意識)平等の思想である。
 ジェンダー平等は、女性蔑視の西洋の思想の裏返しで、中世ヨーロッパでは数百万人の女性(未亡人)が魔女狩りの犠牲になって、啓蒙思想家は、女性を人間としてみとめなかった。フランス革命の『人権宣言』から女性が除外されているのは、女性が奴隷と同じ身分だったからである。
 その負い目があって、西洋では、ことさらに女性をもちあげるが、日本では女性は女神(山の神/古事記や日本書紀のイザナミノミコトが原像)である。
 一神教の西洋の唯一神(ヤハウェ)は男性だが、多神教の日本では、八百万の神々を統べる天照大神は女性で、天皇の祖神である。
 日本には、女性を蔑視する思想や価値観はなく、女性をさす名称が女性蔑視にあたる(看護婦)というのは西洋流の解釈で、日本では、看護婦は「白衣の天使」だった。
 世界各国の男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(世界経済フォーラム)で、日本は、146か国中の116位だったと左翼マスコミは大騒ぎしているが、調査対象は「政治参加」「経済参加」「教育」「健康」だけで「文化」という項目がない。
 日本は「教育」「健康」とも世界一だが「経済参加」と「政治参加」が極端に低い。総合でアジアでも下位の116位になった理由は、日本では、世界的に認知されていない(辞書にすら載っていない)専業主婦が圧倒的に多いからである。
 日本の既婚女性は、家事や育児、手芸や趣味に専念して、経済や政治などの世俗には関与しない。
 そんな下らないものは男どもに任せて、家庭中心に生きるのが日本の女性(山の神)なのである。
 日本の女性の地位は、低いのではなく、圧倒的な高いのだが、西洋人や西洋かぶれの日本人にはそれがわからず、稲田のようなバカがジェンダーフリーの言説に惑わされて、LGBT法案などをつくって、ようやく西洋に追いついたなどといっている。
 次回は、日本の文化革命の契機となった「八月革命」から戦後の思想がどう変遷していったかみていこう。
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2023年11月05日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和28

 ●「ポツダム宣言」がもとめたのは条件つき降伏
 1945年8月14日、日本が「ポツダム宣言」をうけいれて、第二次世界大戦は終結した。ポツダム宣言は、イギリス、アメリカ、中華民国(蒋介石)の3国が日本にたいして武装解除を迫った全13か条の宣言で、正式な名称は「対日降伏要求の最終宣言」あるいは「米英支三国宣言」だが、のちにこれにソビエトがくわわって、事実上の「4国宣言」となった。
 ポツダム宣言は、アメリカとイギリス、中華民国ら連合国が、ドイツを完全に壊滅したように、日本にたいしても最後の一撃をくわえる体制が整っているという脅し文句からはじまる。そして、以下、縷々と甘言と脅迫的言辞を並び立てて、条件からの逸脱や代替、遅延はいっさいみとめないとする。
 内容の概要はこうである。
 日本の戦争遂行能力が壊滅するまで、連合国軍が日本本土を占領する。
 捕虜虐待をふくめてすべての戦争犯罪人にたいして厳重なる処罰をおこなう。
 日本の主権は本州、北海道、九州、四国および周辺小諸島に限定される。
 日本の軍隊は、武装解除されてのちに帰還して、平和で生産的な生活を営む機会があたえられる。
 言論、宗教、思想の自由および基本的人権の尊重は保証される。
 産業工業の維持を許される。そして、経済を持続してこれを戦争賠償の取り立てに充当する。
 産業目的の原材料の入手など、世界貿易取引関係への日本の事実上の参加を許容する。
 連合国占領軍は、平和的で責任ある政府が樹立される限りにおいて、直ちに日本より撤退する。
 そして、最後(13条)にいたってようやく「日本政府にたいして日本軍の無条件降伏の宣言を要求する」という文面がでてくる。そこでふたたび脅しがくりかえされる「もし拒否すれば、日本は即座にかつ徹底して撃滅される」
 戦後、日本は、ポツダム宣言を受諾して、アメリカに無条件降伏したという話がまかりとおってきた。
 だが、この13条の宣言を読むかぎり、完全なる条件つき降伏要求で、無条件降伏ということばは陸海軍にたいして使用されているだけである。

 ●本土決戦≠ナ勝ち目がなかった連合軍
 ポツダム宣言がもとめていたのは、日本政府が陸海軍の解体を命じることであって、陸海軍は無条件降伏したが、日本という国は、政府も国会も、役所も機能していた。
 日本政府が無条件に降伏していたら、政府は、陸海軍に解体を命じることはできない。
 GHQに日本の陸海軍を解体させる力などはなかった。
 米軍は、硫黄島で7000人もの戦死者をだしているが、沖縄戦にいたっては戦死者が1万2500人にもたっした。史上最大の作戦といわれるノルマンディー上陸作戦で、米軍が失った兵力は2000人前後だったことを考えると日本上陸作戦がいかに危険な作戦だったかアメリカは十分にわかっていた。
 終戦時、日本には、400万兵士と十分な弾薬、5000機の航空機、1000台の戦車、数千台の装甲車が残っており、沖縄戦とは比較にならないほど日本軍は優勢に立っていた。
 当時、アメリカは、宮崎海岸と鹿児島の志布志湾と吹上浜の3地点から上陸して、南九州に航空機の基地を確保するオリンピック作戦と千葉九十九里浜と神奈川相模湾から関東平野に上陸して、東京の制圧をめざすコロネット作戦の二本立てを考えていた。
 だが、それには大きな障害があることがわかった。南九州の港湾にも東京湾の外側地域にも接岸する艦船から積み荷を移し替える大型の港湾設備がすべて破壊されていることだった。
 おびただしい輸送船やタンカーは、港湾に接岸できなければただ洋上にうかんでいるだけでなんの役にも立たない。
 兵士の上陸も、輸送船ではなく、上陸用舟艇になるが、これは迎え撃つ方に圧倒的有利で、日本軍の陸兵がまちかまえて、上陸してくる米兵を狙撃すれば死体の山ができあがる。
 アメリカの航空戦力にも限界があった。日本のレーダーは万全で、高射砲の数量も十分だった。零戦や飛燕、疾風、屠龍らが撃墜したB‐29は485機にのぼって戦死者がゆうに3000人をこえて(USSBS/米国戦略爆撃調査団)いて、B‐29には空飛ぶ棺桶≠フ異名がつけられていた。
 5000機にのぼる日本の戦闘機はほぼ半数が、偵察機や練習機で戦闘力は低かったが、爆弾を積んで体当たり(カミカゼ)をすれば洋上の輸送船も上陸用舟艇も一網打尽にでき、たとえ、一部が上陸できても、本土防衛用に温存されていた5個機甲師団の1000両以上の戦車車隊が迎え撃つ。
 硫黄島や沖縄は離島だったので勝てたが、本土となれば、アメリカが勝てる確立はゼロに近いばかりか、米兵の死者が30万人にたっするおそれがあった。

 ●原爆投下とGHQの日本改造計画
 トルーマンとチャーチルが密議をかさねて二つの結論をえた。
 一つは、原爆を投下して、日本人のおよび日本軍人の士気を挫くこと。
 もう一つは、天皇を戦犯対象から外して、敗戦宣言(武装解除)させることであった。
 かかる理由から、ポツダム宣言をだす前に、トルーマンが原爆投下のサインに署名したのである。
 戦後、アメリカに洗脳された人々は、日本の武器は竹ヤリしかなかったとやら高射砲の高度がB29まで届かなかったとやら、アメリカは、足腰が立たなくなった日本に原爆を落としたとやら、ポツダムの返事が遅れたから原爆を落とされたとやらといいちらしてきたが、すべて、デタラメだった。
 そのデタラメの最大級が「日本はアメリカに無条件降伏した」というものでアメリカにとってこれほど都合のよいデマゴギーはなかったろう。
 アメリカには、本土決戦で、日本に勝つ自信も勝算もなかった。原爆投下と天皇の玉音放送(「大東亜戦争終結ノ詔書」)をもって、マッカーサーはやっと厚木飛行場に降り立つことができたのである。
 原爆投下の約20日後、玉音放送の15日後のことで、本土決戦の中心人物だった阿南惟幾陸軍大将が割腹して果てたのが、天皇から本土決戦を断念するようのさとされた翌未明、玉音放送の当日だった。
 陸軍の反対を押し切ってポツダム宣言を受諾して、大戦を終戦へ導いたのが鈴木貫太郎首相で、GHQ指令は、その後の東久邇宮稔彦や幣原喜重郎、吉田茂、片山哲内閣がうけた。
 陸海軍解体指令や公職追放令、戦犯容疑者逮捕、財閥解体、農地解放、教育基本法改正(教育勅語廃棄)、神道指令(皇国史観廃棄)のほか、治安法や特高廃止、政治犯釈放、労働組合結成奨励、共産党合法化は、GHQの指令にもとづいて日本国内閣がおこなったもので、GHQは、日本の立法司法行政および天皇の権威を利用して、戦後日本を治めたのである。
 これが、ポツダム宣言にもとづく条件つき降伏で、アメリカは、日本を直接支配したのではなかった。
 
 ●天皇の存在が日本の共産主義化を防いだ
 日本が無条件降伏して、ドイツのように国家が解体していたら、日本国憲法をつくったGHQケーディスがのちにのべたように、GHQは日本を統治することができなかったろう。
 無条件降伏したドイツは国家が解体して、アメリカとソ連に分割統治されたが、日本は、ポツダム宣言受諾後も、役所や郵便、病院、交通機関は機能していて、新聞や放送も活動していた。
 左翼は、ポツダム宣言を無条件に受諾したので、無条件降伏だという詭弁を弄するが、アメリカは、ポツダム宣言で約束したとおりに、日本から撤退したのち、日本を支援する友邦国家となった。
 左翼が無条件降伏と言い張るのは、レーニンの「敗戦革命論」にのっかっているからである。
 たしかに、敗戦は、革命の絶好の機会で、アメリカやソ連は革命国家だった。
 戦後、革命の機運がさかんになったのは、戦勝国アメリカの支配下にあったのみならず、ソ連が新時代の希望の星として、左翼の目には燦然と輝いていたからだった。
 事実として、戦後のGHQ改革で、革命は、実際におきており、日本は、すでにかつての日本ではなくなっていた。
 革命が現実のものとして、表面にあらわれなかったのは、天皇がおられたからで、万が一、天皇が廃位になっていれば、日本は、まちがいなく共産主義国家になっていた。
 アメリカが日本の憲法に植えつけた共産化(属国化)の仕掛けは3つある。
 一、天皇の地位を憲法で規定する(憲法改正で廃位が可能)
 二、占領基本法の武装解除条項を憲法に継承させる(九条)
 三、憲法で国家主権を謳わない(日本の主権はアメリカが代行)
 これにのったのが「無条件降伏論」と東大憲法の権威丸山眞男や宮沢俊義らの「八月革命説」で、土台にあるのがレーニンの「敗戦革命論」である。
「八月革命説」では、主権が天皇から国民に移ったことが根拠というが、それ以前に、GHQ憲法がすでに革命だった。英文の憲法原案で、国民(ナショナルやネーション)ではなく、人民(ピープル)ということばが使われていたのがその証左であろう。
 次回は戦後、日本はいかの共産化の危機を免れたかについてのべよう。

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2023年10月29日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和27

 ●左翼がもくろむ常識や習慣、社会通念の破壊
 2023年10月26日、最高裁は「戸籍上の性別を変更するには性転換手術が必要」とした特例法を違憲とする判決を下した。
 トランスジェンダー女性(じっさいは男性)がおこしていた裁判にたいする判決で、2004年に施行された「性同一性障害特例法」をひっくり返すものだった。
 生殖能力がない(生殖腺がないあるいは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある/第三条2)ことという特例法の条件が否定されたわけで、どういうことかといえば、勃起能力のあるおチンチンをもっていても本人が望めば、法的に女性とみとめられるというのである。
 女風呂で、おチンチンを勃起させて女体をながめても、じぶんは女性と主張すれば、これがゆるされる。女性の入浴客が騒いで、風呂屋がこの男性を追っ払っても、裁判に訴えられると、最高裁の判例にしたがって、この男性に慰謝料を支払わなくてはならなくなる。
 まるでマンガである。マンガは、現実や常識、習慣、社会通念から逸脱した不条理を笑うが、不条理があたりまえになってくると、笑い話というだけではすまなくなる。
「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由」展では、天皇の肖像を燃やして踏みつけることまで表現の自由≠ニされた。当然、反発があって、第三者の異議や抗議、訴えもあったが、すべて却下(名古屋地裁)された。法廷が関与した結果、表現の自由が、権威や他者の誇りや感情をいくら傷つけてもかまわないという暴力的なものに変質してしまったのである。
 マンガのようなバカな話でも、法律化されると、キバをむいて襲いかかってくる。
 これが社会的な狂気で、ニーチェは、狂気は個人においてまれでも、集団にあっては通例であると名言を残した。
 レズやゲイ、両刀づかいは、個人において、ただの性癖である。
 男女の性別や結婚、出産や育児、教育から成り立っている社会制度や文化にとって、LGBTは、例外的な少数派で、社会になにか生産的な意味や価値があるわけではない。
 だが、LGBT法として法案化されると、社会的な狂気となる。

 ●女性蔑視の西洋が女性尊敬の日本に男女平等をいうな
 好例が男女共同参画法で、男女差別は、必要な場合もあれば逆差別にあたる場合もあって、それぞれ、習慣や常識、社会通念によって使い分けされてきた。
 ところが法制化されると、性差の文化に代わって、機械的な制度が登場してきてエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』のような規範になってしまう。
 この書は、マルクスが、モーガンというアメリカの学者の『古代社会』から抜き書いたノートが土台で、マルクスは、古代の社会が男女平等だったことに驚いたという。
 西洋の歴史では、女性蔑視があたりまえで、フランス革命の「人権宣言」でさえ女性が除外されている。
 西洋が、近代になって、ことさらに男女平等をいうのは、女性蔑視の歴史をひきずってきたからで、中世では、魔女狩りにかこつけて、おびただしい数の未亡人が殺害されている。
 マルクス・エンゲルスの「男女平等論」は、西洋の女性観にもとづいたものだが、これを奉っているのが日本共産党委員長の志位和夫である。
 志位はこういう。「わたしたちは、資本主義から社会主義・共産主義社会へとすすんだときに、ジェンダー平等が全面的に実現する社会になるという展望をもっています」
 こうとものべている。「『家族・私有財産・国家の起源』のなかでエンゲルスが明らかにした女性解放の展望を4点にまとめることができます。第一は社会的な平等、第二は公的産業への復帰、第三は家事義務からの解放、第四は経済的基盤の男女平等です。わたしは、資本主義をのりこえた社会主義・共産主義の社会にすすんでこそ、両性の真の平等が実現するという大展望をもっています」
 現在、日本で、ジェンダー平等や女性解放の名を借りて、体制破壊がすすめられている。LGBT法から最高裁のトランスジェンダー(身体と心が別性)判決、同性結婚から夫婦別姓まで、左翼が狙っているのは、男女や家族、親と子、祖先や子孫という歴史的なつながりや観念を断ち切って、社会を根こそぎ崩壊させることである。
 これが左翼のすすめている性革命≠ナ、毛沢東並みの文化大革命である。

 ●折り合わない個人主義の一神教と多神教と集団主義
 西洋が個人主義的なのは、一神教だからで、ヒトは、死ねば、一人で天国へ行くか地獄に落ちる。
 ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、父なる神は、ヤハウェ(イスラムではアッラー)だけで、神と個人の信仰契約の一神教では、夫婦や親子、家族や祖先、同族や地縁のつながりが断たれている。
 小乗仏教も、生まれ変わりをくり返す輪廻転生で、ヒトは、すべて、孤独な個人である。
 神道(自然崇拝やアニミズム、大乗仏教)の日本と西洋では宗教的背景がまったく異なる。
 日本では、個人が祖先や親子、異性や地縁などでつながっている。
 したがって、神との信仰契約も輪廻転生も、天国も地獄もない。
 日本という国(国体)は、一神教と個人主義の西洋の国(領地)とちがって多神教と集団主義にささえられている。
 それが、祖先や親子、夫婦や地縁という関係で、その大元にいるのが天皇である。
 日本人が、親切で善良、町を汚さないのは、個人ではなく、集団として生きているからで、日本が西洋流の個人主義をとれば、夫婦や家族、地縁が空洞化して、国の骨組みが解体してゆく。
 LGBT法や生物学的性差の否定、同性婚や夫婦別姓は、西洋の宗教習俗であって、日本の文化構造とまっこうから対立する。
 ジェンダー平等は、日本共産党の志位委員長がいうとおり、革命がおきたら実現するだろうが、そのときは、日本は、日本ではなくなって、パレスチナのガザ地区のような生活区(人間部落)にすぎないものになっている。
 女性は、解放されているだろうか。とんでもない。男性と無差別化されて、子を産む労働力という社会的機能にすぎないものになっている。
 次回は、日本が、戦後、なぜ、歴史伝統を捨てて西洋化に走ったのか、その経緯をふり返ってみよう。

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2023年10月22日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和26

 ●殉教思想やテロリズムの本質を知らない日本人
 イスラエル・ハマス戦争について、マスコミやネット上で、マスコミ論者の言いたい放題が洪水のようあふれている。
 ガザ地区のパレスチナ側から見て、ハマス側の攻撃にも、一応、理があるという善悪論≠ェさかんで、たとえば、橋下徹はハマスの片をもち、重信メイ(重信房子の娘)に至っては、ハマスの代弁者となって、テレビ(TBS『報道1930』)で、4分間の大演説をぶちあげて、怒り心頭に発したイスラエルのギラッド・コーヘン駐日大使が、外国特派員協会で、TBSを非難する記者会見をおこなったほどだった。
 こういう偏向報道がまかりとおるのは、日本のマスコミは、左右対決という古い図式でしか世界を見られないからで、イスラエルとハマスの戦争に、日本人が得意とする善玉・悪玉論をもちこんでも話にならない。
 かつて、山本七平は、日本人と西欧人、ユダヤ人、アラブ人の思考の差異を峻別した(『比較文化論の試み(1982年)』が、そのなかで、正統と異端という考え方を示している。
 自然信仰の日本人は、物事を悪玉と善玉にわけるが、唯一神(ヤハウェ)を信仰するユダヤ教、キリスト教、イスラム教の世界では、善悪ではなく、正統と異端と分ける。
 そして、異端は、滅ぼされなければならないとする。善玉と悪玉が両立するのではなく、悪魔と天使を分けて、悪魔を滅ぼそうとするのである。
 中世ヨーロッパでは、十字軍の遠征から異端審判や魔女狩り、宗教戦争から近代のホロコーストにいたるまで、残虐な大殺戮がおこなわれて、ドイツ30年戦争では、人口が三分の二にまで減少した。
 善玉と悪玉なら、攻守所をかえることもあるが、正統と異端では、片一方が滅ぼされて、生き残ることはできない。
 これが、正統をまもるためなら殺戮や自死をえらぶ殉教文化≠ナ一神教の最大の特徴である。
 そのことがわからず、日本人が、世界を悪玉と善玉でとらえるのは、改革=善、守旧=悪とするマルクス主義にとらわれているからで、これは、思想的な幼児にひとしい。

 ●爆弾テロリストのシンパだったTBS報道部長
 TBS報道部は、過激派顔負けの極左報道をおこなってきて、数々の前科もある。
 役員の大半が全共闘世代で、現役のなかに、核マル・中核派の出身者もいるなど、TBS(毎日新聞系)報道部じたいが極左そのものなのである。
 日本の3大テロ事件は、乗客や駅員ら14人が死亡、負傷者数が約6300人にのぼったオウム真理教の地下鉄サリン事件、警察官2人と民間人1人が死亡、27人が負傷したほか12人がリンチで殺された連合赤軍のあさま山荘事件、8人が死亡、376人が怪我をした「東アジア反日武装戦線(大道寺将司)」の三菱重工業本社爆破事件であろう。
 TBS報道部長だった金平茂紀は、2017年、病死した大道寺将司を悼んで、東京拘置所まで足を運んで献花している。金平が大道寺につよいシンパシーを抱いたのは、三菱重工業の爆破に使われた高性能爆弾が天皇陛下のお召し列車を爆発するためにつくられたものだったからで、TBS報道部長の金平は反天皇テロリストのシンパだったのである。
 左翼TVキャスター5人衆(鳥越俊太郎、田原総一朗、金平茂紀、大谷昭宏、青木理)のなかで、金平はとりわけ極左だが、この5人に死亡した筑紫哲也や岸井成格らをくわえた朝日新聞(テレビ朝日)や毎日新聞(TBS)系の人脈が日本の世論をリードしてきた。
社会の公器≠ニいわれるマスコミが左翼の巣となったのは、スポンサー料と視聴率さえ獲得できればなにをやってもOKだからで、ジャニーズ問題からテロのハマス応援、反日工作までのやりたい放題である。
 かつて、TBSは、オウム真理教の「坂本弁護士一家殺害事件」の片棒を担いで日本中から非難を浴びたが、日本の左翼・反日マスコミは、テロと戦争の時代になって、ますます、危険水域に近づきつつある。

 ●劣勢の自由陣営に襲いかかる非民主国家群
 ガザ地区を支配するハマスが音楽フェスティバルの会場を襲って、数百人を虐殺、拉致したのは、音楽フェスティバルが、かれらにとって、悪魔(異教徒)の饗宴だったからで、いくら殺してもハマスは罪意識をかんじない。
 イラン革命によって、西洋的で開明的だったイランが闇黒のイスラム国家に変貌して、女性は、ミニスカートから、全身を黒い布で覆うチャド姿に着かえさせられた。
 そのイランで、マフラーを巻いて外出した女性が逮捕されて死亡した。これもジハード(=聖戦)というわけだろうが、コーランという男性中心の戒律によって殺されたのは、女性の人権や文化だけではない。
 イスラム原理主義が憎むのは、神の預言であるコーランにしたがわない西洋文明そのもので、この西洋文明のなかには、自由や平等、個人主義や民主主義のほか、性的な奔放から音楽、喜劇までがふくまれる。
 イランとパレスチナのハマス、レバノンのヒズボラがやろうとしているのは宗教戦争で、かれらの目的は、異教徒であるイスラエルの滅亡と、背後にいるアメリカへの決定的な打撃である。
 手段は、テロリズムで、スターリンの粛清やヒトラーのホロコースト、毛沢東の文化大革命、ポルポトの民族虐殺、アルカイダの「9・11事件」と同様の大ジェノサイドである。
 第三次世界大戦がおきるなら、集団的殺戮だけを目的とする大惨事となって数億人の犠牲がでるだろうが、これまで、共産主義やファシズム、戦争や民族紛争によって数億人がすでに生命を失っている。
 スウェーデンの研究所が「公正な選挙」「基本的人権の尊重」「言論の自由」「女性の社会進出」を基準に世界179か国を分類した結果、自由主義陣営に入った国は60にとどまる一方、非民主的な国がその2倍の119にのぼった。
 ロシアと中国、北朝鮮が、イランと連携して、ハマスやヒズボラ、イスラム国やタリバン、アルカイダのようなテロ組織を動員して、自由で民主主義的なアメリカやヨーロッパ、日本に攻撃を仕掛けてこないとはかぎらない。
 日本で、LGBT理解増進法をとおして、よろこんでいるが、こんな法律が通用しているのは、個人主義の北欧と、アメリカ文明の影響下にある国々だけである
 非民主主義の119か国は、同性婚をみとめていないどころか、同性愛が死刑になる国もあるが、自由主義陣営でも、半数以上は、同性婚をみとめていない。
 マスコミが、同性婚をみとめない日本は遅れていると騒いでいるうち、性的放埓さを神への冒涜とするイスラム過激派からロケット弾を撃ち込まれかねないのである。
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2023年10月15日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和25

 ●日本への原爆投下と都市空襲を謝罪した次期大統領候補
 ケネディ元大統領の甥(ロバート・ケネディ・ジュニア)も出馬が予定されている2024年の米大統領選に元イリノイ大学教授で、東アジア研究家として名高いエマニュエル・パストリッチも参戦する。
 そのエマニュエル博士のネット配信(ユーチューブ動画/日本語)が、現在、日米で物議をかもしている。
 話題になったのは、荻生徂徠の翻訳者として知られる同博士がアメリカ人として、広島・長崎への原爆投下と、日本の都市への空襲について謝罪しているからで、発言中、深々と頭を下げる博士の目には涙さえうかんでいるように見える。同博士は同配信でこうのべる。
「(日本に)勝利したアメリカは、永遠の戦争への道にのりだしました。朝鮮やベトナム、イラン・イラク、アフガニスタン、シリア、そして、ウクライナとアメリカはこれまで必要のない戦争をくり返してきました。現在も、アメリカ国防総省は、ロシアや中国との核戦争の準備をしています。その伝統は、戦時中のマンハッタン計画=核兵器を開発からはじまりました」
「広島と長崎への原爆投下は、必要のない実験的で残酷な犯罪でした。原爆の投下だけでなく、アメリカは、戦争の後半の3年半に2000回以上の空爆をおこないました。そして、日本の木造家屋を燃やすために開発したナパーム弾(焼夷弾)を2040万発も使って、300万人以上の日本の民間人を殺しました。日本の皆様、誠に申し訳ございませんでした」
「これまでアメリカは『戦争を早期に終結させるため』『アメリカ人兵士の命をまもるため』といった口実のもとに原爆投下や都市空襲を正当化してきましたが、すべて、ウソです。いかなる理由も厳然たる事実の前では無効です。事実というのは、数百万人におよぶ無辜の人々の命を奪ったことです。ウソというのは、その事実にたいする理由づけや合理化、言い訳のすべてです」
「アメリカが永遠の戦争≠ニいう連鎖から逃れるには、いかなる釈明も捨てて、日本と日本人に、原爆投下と都市空襲を謝罪しなければなりません」

 ●反ウクライナ、反イスラエルを叫ぶ橋下徹の幼稚な「因果論」
 自民党と太いパイプをもつ政治評論家の加藤清隆とコメンテータの橋下徹のイスラエル・ハマス戦争をめぐるネット上のバトルがちょっとした話題になっている。
 結果を重視する現実主義の加藤にたいして、動機や因果を重く見る理念主義の橋下が食ってかかる、いわば、結果論と動機論の衝突だが、法律家や官僚、左翼には、橋下のような理念主義がじつに多い。
 橋下は「ウクライナ人は祖国のために戦っている。祖国のために命をかけることは尊いと言っている者は、パレスチナ人が命をかけて祖国をまもる行為を尊いとは言わない」とのべた。ロシアのウクライナ侵攻にたいして、4000万人ウクライナ人は、国を捨てて難民になれといった論理の延長で、親ロシア・親パレスチナの感情がほとばしりでたものであろう。
 これにたいして、加藤は「ハマスは、野外音楽会を急襲し、250人以上を殺害し、100人以上を拉致した。母親や乳幼児もふくめて50人以上が惨殺されたキブツもある。これが『祖国をまもる尊い行為』なのか」とやり返した。
 激高した橋下は「イスラエルがパレスチナにやってきたことをすこし調べてから言え」「徹底報復の権利を主張できるのは、じぶんに徹底報復を受けるだけの非がない者だけや。そんなことも分からんのか」と食ってかかった。
 橋下の理屈は、中学生レベルの因果論で、原爆投下や都市空襲を正当化するアメリカと同一の論理である。
 加藤は、ジェノサイドや原爆投下のような残虐行為は、理由の如何を問わずノーという絶対論である。
 一方、残虐行為にも動機や因果があるので、よく勉強してからモノをいえというのは相対論で、橋下は、政治や経済から社会一般、ジャニーズ問題にまでくちばしをつっこんで舌先で相手を丸めこむ相対論者である。
 弁護士は、強盗殺人や強姦殺人でも、カネさえもらえば、無罪や執行猶予をもとめる職業とあって、常識や一般的な価値観、人間的な感覚がまったく通用しない。

 ●現実から目をそらせて永遠の平和を唱える日本の平和主義
 ノーベル文学賞をもらって、日本の文化勲章を拒否した大江健三郎は「真珠湾を攻撃した日本には原爆を投下されても文句を言う資格などない」といってのけた。
 一方、東京裁判で判事を務めたインドのパール判事は広島慰霊碑銘の「安らかに眠って下さい 過ちはくり返しませぬから」いう文言について怒った。原爆投下という過ちを犯したのはアメリカではないか。それなのに、なぜ、日本人は過ちをくり返しませんから≠ニいって謝るのかというのである。
 大江健三郎も橋下徹も、原爆慰霊碑銘を書いた雑賀忠義(広島大英文学教授)も、結果と原因をむすびつけて考える因果論者、相対論者である。
 因果論や相対論というのは、キリスト教の神学や原罪論、仏教の因果応報のことである。
 戦争は、人類共同の罪なので、原爆を落としたほうにも落とされたほうにも罪があるというのは高邁な理想論だが、これは、現実や事実よりも理念や思想を重んじる法律家や官僚、左翼の独特の思考法である。
 戦後日本は、吉田茂以来、霞が関(官僚)主導の政治がおこなわれてきた。
 その結果、日本の政治から現実主義や絶対論が抜け落ちて、理念主義や相対論ばかりになって、日本人も、頭がお花畑の平和主義者ばかりになった。
「基地のない沖縄を実現」「憲法9条で平和な日本を」「原発ゼロの会(発起人河野太郎ら)」などと喧しいが、沖縄は、地政学的に基地の宿命を逃れることができず、日米軍がでてゆけば、代わりに中国が基地をつくるだけである。
 中国やロシアや北朝鮮などの軍事大国に囲まれて、憲法9条の軍事力放棄をいうのも、イランを後ろ盾にしたハマスのイスラエル奇襲攻撃を見て危機感を抱かないのも、平和主義ではなく、危機感喪失の痴呆状態で、平和ボケの度が過ぎているだけである。

 ●官僚に依存してきた日本が陥った政治的不能
 日本の政治は、霞が関にべったり依存してきた。外交は、外務省の米中二元主義(アメリカンスクール/チャイナスクール)で、政治はマスコミの顔色をうかがってばかりのポピュリズム、経済は、財務省・日銀のいいなりとあって、日本の政治は、議員を養う公的機関にすぎなくなっていた。
 岸田政権の支持率が下がったのは、国民に不人気のLGBT法案をとおして統一教会の解散命令にもたついたからで、マスコミ世論に媚びて、官僚主導とリベラルに傾いた宏池会の政治的非力が丸出しになったともいえよう。
 とくに大きな問題は、宏池会が苦手の外交と防衛で、イスラエルとハマスの戦争拡大で、日本は、エネルギーと防衛の二面において窮地に追いやられる。
 日本は、ハマスを支援しているイランから原油を輸入していないが、中東への依存度は92%で、イスラエルとハマスの戦争がペルシャ湾危機に拡大した場合、石油輸入がピンチに陥りかねない。
 だが、中東一辺倒の外務省に策はない。埋蔵量が世界一のベネズエラの石油(オリノコタール)は、米系海外資本が撤退後、ほとんど採掘されていないのは、精製に必要な技術がないからだが、日本が本腰をいれればベネズエラの石油が日本のエネルギー事業の救世主になりうる。
 日本とベネズエラの資源外交の突破口を開いたのが安倍晋三元総理大臣だったが、外務省にも政界にも、安倍の路線を継ぐ者はいない。
 宏池会が政治に弱いのは、池田勇人の下、前尾繁三郎や大平正芳、鈴木善幸や宮澤喜一ら官僚出身者が主流を固めたからで、官僚を使うハラの座った政治家は一人もいなかった。
 日本の税収は3年連続で70兆円をこえて、岸田首相が2〜30兆円規模の減税(消費・所得)と給付金を打ち出せば、いつ解散しても、現議席は保てるが、宏池会で宮沢の子分だった岸田はきりだせない。
 日銀はインフレ、財務省は減税の恐怖症だからで、岸田には日銀や財務省につめよるハラはない。
 次回以降、イスラエルとハマスの戦争と複雑きわまりない中東情勢、米軍が中東へシフトしたのち、単独で、ロシアと北朝鮮、中国と対峙しなければならなくなる日本の立ち位置についてものべよう。
posted by office YM at 20:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする