2023年11月27日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和31

 ●文化大革命のこわさを知らない日本人
 革命と聞くと、だれもが「市民(ブルジョア)革命」や「共産主義革命」を思いうかべる。
 レーニンは、ブルジョア革命がプロレタリアート(労働者階級)革命へ発展する二段階革命論≠唱えたが、実際には、革命軍と反革命軍(保守派)による権力闘争であって、歴史上、労働者階級の蜂起による革命(階級闘争)がおきたためしはいちどもない。
 政治や経済は、制度や社会現象で、これだけを変更しても、人生まで左右されることはない。
 人生は、社会活動であって、そこに精神性や人間性の文化が深くかかわっているからである。
 政治や経済は、社会活動の一部であって、人生は、歴史や習俗、真善美などの価値観、ことばやコミュニケーションなど政治や経済以外のものにささえられている。
 これらの精神性を総じて文化といい、その意味で、人間は、文化的な動物ということができる。
 市民革命も共産主義革命も、政治と経済における革命で、フランス革命では王政が、ロシア革命では王政と経済の仕組みが、アメリカ革命では、宗主国と従属国の権威的なつながりが否定された。
 フランス革命やロシア革命、アメリカ革命とまったく異なるのが、毛沢東の文化大革命とポルポトのクメール・ルージュ(赤いクメール)革命である。
 毛沢東とポルポトが標的にしたのは、政治や経済ではなく、精神や価値観という文化で、そのために、革命者は、文化の担い手である精神性の高い人間を抹殺するというとんでもない悪魔的なふるまいにでた。
 文化大革命では2000万人以上、ポルポト革命では、人口の四分の一にもたっする200万人が虐殺された(キリングフィールド)が、文化大革命ではそのほかに数千万人もの餓死者がでている。
 歴史や伝統、習俗を否定すれば、人間が死に、社会が滅びるのは、共同体が文化に依存しているからで、だからこそ、未来にとって有益なのは、改革でもなく革命でもなく、歴史や文化をまもる保守主義なのである。

 ●一神教=一元論の世界がなぜ地獄になるのか
 田島洋子(元法政大学教授・参院議員)は「変えようよ!この国を」といいつづけて、リベラル派や改革を訴える保守政治家から「日本維新の会」までがこれを真似するようになったが、改革主義の原点が毛沢東やポルポトにあったことをだれも知らない。
 いうまでもないが、国家や共同体、歴史やモラル、よき習慣や人間の品性をまもっているのは保守主義である。
 ヨーロッパの保守主義は、フランス革命への反省から生まれたといってよい。
 バークは「最大の悪徳は智恵や美徳を欠いた自由だ」といい、エリオットは「伝統を相続する努力を払わぬ者が革命をもとめる」といったが、ホッブズは「自然状態において、人間は利己的で、自己利益のために互いに闘争する」ととっくの昔に喝破していた。
 毛沢東は、人間の本性のなかに、悪なる非合理的なものがあるとした。その根拠としたのが歴史と伝統だった。歴史や伝統、習俗に培われた悪弊が革命の進行を妨げているというのである。
 毛沢東主義を極端化したのがポルポト主義で、社会的、歴史的存在としての人間そのものを否定した。
 ポルポトは、通貨や教育制度、文化的習俗や家族までを廃止して、親と子が一緒に住むことすら禁止した。医者や教師、学歴者を皆殺しにしたのは過去の有害なものをひきずっている「資本主義の手先」という理由からだった。
 すべての国民を農村部に追いやって農業に従事させ、ポルポト革命に従順でないものは即刻逮捕されて、その日の内につるし首か拷問による刑死となった。
 毛沢東とポルポトのスローガンが「変えよう!この国を」だった。
 中世ヨーロッパで「異端審問」で数百万人もの異教徒や悪魔(魔女)狩りがおこなわれたのも、純正たるキリスト教国家へ「変えようよこの国を」という運動で、マルクス主義(毛沢東やポルポト)やキリスト教がこのような極端なふるまいにでるのは一神教=一元論の世界観に立っているからである。

 ●正統と異端≠フ一元論がうんだ革命思想
 一神教世界では、並立や共立、共存という考え方はなりたたない。
 神が唯一の存在の一元論だからで、正統は神だけで、異端は悪魔である。
 異端裁判で有罪になれば、悪魔の判定をうけたことになって火刑である。
 一神教の国では、唯一神、絶対神に収斂されて、一元化されるので、すべてが正統と異端に分別される。
 中世ヨーロッパを支配していたのは、古典復興のルネサンスからキリスト教の呪縛を解いた宗教革命、人間解放の啓蒙思想や合理主義の近代まで一神教を土台とした一元論で、モダニズム(近代主義)も、キリスト教が唯物論や科学主義にきりかわっただけの一元論である。
 その一元論の頂点が革命思想で、正統と異端の思想がゆきついたヨーロッパ精神の終着点である。
 したがって、すべて、YESとNOで決着がつける二進法で、中間色やあいまいの価値や文化がない。
 一方、日本のような多神教世界では、正しいものはいくつもあるので共存共栄≠フ論理がはたらく。
 人間の社会は、一元論や二進法、正統と異端の論理で片がつくほど単純でも割り切りやすくもないからで、むしろ、複雑に錯綜していて、とうてい、一筋縄ではいかない。
 日本は、多神教、アニミズムの国なので正統と異端≠ニいう一元論の論理は通用しない。
 多くのものがそれぞれの持ち味を生かして、バランスをとって共存しているのが多元論の文化で、千差万別、すべてがばらばらになっているように見えても、それが多神教世界の多様性と多次元性、奥行きというものある。

 ●政治や経済ではなく、文化を破壊して、国家の解体をはかる
 現在、日本が直面しているのが日本的な文化構造の危機で、西洋の一元論の毒された人々が、日本の伝統的な価値観の破壊をもくろんで、文化革命をおしすすめている。
 この文化革命の争点は、西洋の一元論と日本の多元論で、それが端的にあらわれているのが、人間観で、西洋の個人主義にたいして、日本は、集団主義である。
 個人主義が誕生したのは、啓蒙時代以降、近代になってからで、その歴史は浅く、アメリカ民主主義が定着する20世紀まで、個人主義は、身勝手という悪い意味しかなかった。
 個人主義がアメリカに根をおろしたのは、聖書をとおして神と信仰契約するプロテスタンティズムにとって、個人が基礎単位となるからで、親子や家族の関係、集団主義や地縁は、没個性として、排除される。
 日本で、輪廻転生の小乗仏教がうけいれられず、すべてのひとびとの救済をめざす大乗仏教が定着したのは、一人で輪廻転生をくり返して、解脱する個人主義が日本人の性に合わなかったからで、日本人は、アメリカ人とは異なった人間観をもっているのである。
 その人間観や歴史観、価値観を破壊しようというのが、現在すすめられている文化革命で、男と女からできている人間の世界の最大の関心事であるセックスの価値観を転換させて、伝統的な世界を転覆させようというのである。
 かつて、革命運動は、労使紛争や政治問題にかぎられていた。
 だが、現在は、男女雇用機会均等法から夫婦別姓、LGBT(性的少数者)問題や性同一性障害特例法、同性婚など個人の領域が革命の道具立てにされている。
 日本では、個人は、単独で存在するものではなく、社会的存在で、共同体や親子、家族の一員である。
 したがって、その集団的人格が、性差すら否定された個体になってしまえば社会がばらばらに分解してしまうことになる。
 それが文化革命の真の狙いで、性という文化の破壊が政治や経済にあたえるダメージよりもはるかに大きい。
 革命者の狙いが最終的に男系相続の皇位継承にあるのは疑いえない。
 次回は、このセックス革命のさらなる恐怖についてのべよう。
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2023年11月19日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和30

  ●原爆投下は本土決戦のためのものだった
 敗戦によって、日本でも革命がおきたという学説があって、その代表が丸山眞男や宮沢俊義の「八月革命論」である。
 レーニンの敗戦革命論を下敷きにしたもので、具体的には、ポツダム宣言の受諾によって、天皇主権から国民主権に移って、それが革命だったというのである。
 GHQの神道指令や公職追放、容共主義、軍国主義や封建的制度破棄、労働組合強化などによって、たしかに、革命的事態が進行していたが、レーニンの敗戦革命論と決定的にちがうのは、政府が転覆していなかったことである。
 マスコミ左翼や学会、知識階級が無条件降伏≠主張するのは、敗戦革命論の前提が国家転覆だったからで、日本が無条件降伏していなければ、革命がおきたことにはならない。
 とはいえ、当時、日本は、革命前夜というべき政治的状況で、天皇の廃位や立法・行政・司法の停止が実行に移されていれば、革命がおきていた可能性はきわめて高かった。
 大戦末期、日本政府はポツダム宣言を受諾するに際して、天皇大権を害する項目がふくまれるか否かについて連合国にたいして回答をもとめている。
 この照会にたいして、連合国側は、明確な返答しなかった。
 天皇を処罰しないと返答して、日本が降伏すれば、日本を軍事支配するために必要だった原爆投下の機会が永久に失われてしまうからだった。
 バーンズ(国務長官)回答には「日本の最終的な政治形態は日本国民の自由意思によって確立される」となっていた。
 日本政府は、日本国民の自由意思に天皇の大権維持がふくまれると解釈して1945年8月14日、ポツダム宣言の受諾を通告した。
 ポツダム宣言の受諾が、8月6日(広島)、8月9日(長崎)のあとになったのは、原爆投下は本土決戦のためのものだったからで、トルーマンはポツダム宣言の前のすでに原爆投下の命令書に署名していた。
 日本が本土決戦という選択肢をもっているかぎり、無条件降伏は、論理的に成り立たない。進駐軍30万人の生命は、本土守備隊(陸軍315万人、海軍150万人)と十隻の軍艦、5000機の戦闘機、1000両以上の戦車車隊(5個機甲師団)の前ではひとたまりもなかったからで、しかも、本土守備隊にはカミカゼ攻撃≠フ訓示が下されていた。
 硫黄島と沖縄の戦闘で、2万人の兵士を失ったアメリカは、進駐米軍の全滅を防ぐため、日本本土に原爆を投下して、日本人のタマシイを骨抜きにしなければならなかったのである。

 ●平和主義と命乞い≠フ区別がつかなくなった
 原爆によって50万人の非戦闘員を虐殺されるという世界史上、最悪のジェノサイドによって、日本人は完全に肝っ玉を抜かれた。
 広島の原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちはくり返しませぬから」とあるのを読んでインドのパール判事は激怒したが、敗戦トラーマと戦争恐怖症に陥っていた日本人は、平和と命乞いの区別がつかなくなっていたのである。
 かつて野坂昭如は「戦争がおきたら白旗をあげるべき」といったが、これをひきついだのが瀬戸内寂聴や橋下徹らの生命唯物論≠ナ、日本の平和主義は命乞い主義といってよい。
「世界価値観調査(WVS/電通総研)」がおこなった「もし戦争が起こったら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたのは、日本ではわずか13・2%で、調査対象国79か国中ダントツの最下位だった。
 ちなみに、下から2番目の78位は、独ソ不可侵条約(1939年)による西方侵攻でソ連の属国となったリトアニア(32・8%)だが、それでも国をまもろうとする若者の数は日本の倍以上である。
 日本人のタマシイが抜かれた証しは憲法で、国のかたちを定める国家軌範が日本人の生命保証書≠ノなって、日教組は、日本人の生命をまもるために憲法がつくられたと生徒に教えている。
 日本の憲法は、占領中につくられたので、国家主権がうたわれていない。
 したがって、世界の国々がもっている緊急事態条項が日本国憲法にはない。
 緊急事態条項とは、政府の通常の運用では対処することがむずかしい事態が発生した場合、権力分立や人権を制限できるとした国家法で、国権は、私権にすぎない人権の上位にあるとした国家主権の宣言である。
 GHQ憲法で、緊急事態条項が謳われなかったのは、日本という国家の主権者がGHQだったからで、このGUQ体制のなかで、戦後、最初に宰相になったのが、英米派の吉田茂だった。
 国家として、緊急事態条項をもたないのは異常だが、吉田は平気だった。
「アメリカがまもってくれるならこれにこしたことはない」といって、吉田は憲法改正や国家防衛にはまったく無関心で、ひそかに、護憲派の旧社会党を応援した。

 ●なぜ日本の政治はかくも貧しくなったのか
 そこに戦後日本の保守政治の貧しさの根源がひそんでいる。
 生命が大事というのは、宗教であって、政治ではない。
 カネや物質的ゆたかさ、個人の欲望ばかりをもとめて、国家や国体、全体的な視野を失って、どうして、国家の政治が成熟するだろう。
 日本の戦後政治の貧しさは、安倍晋三以外、政治的なポリシーをもった政治家が登場してこなかったことで、保守政治では、池田勇人(「宏池会」)や佐藤栄作(「周山会」)ら吉田学校と呼ばれた官僚出身者が多数を占めてきた。
 官僚から首相になった政治家は、外務省の吉田茂を筆頭に岸信介(商工省)や池田勇人(大蔵省)、佐藤栄作(鉄道省)、福田赳夫(大蔵省)、大平正芳(大蔵省)、宮澤喜一(大蔵省)、中曽根康弘(内務省)らがいるが、政治家としての気骨をもっていたのは岸信介だけだった。
 宏池会は、創立者の池田勇人以来、大平正芳と鈴木善幸、宮澤喜一、現在の岸田文雄と5人の総理大臣を輩出したほか河野洋平と谷垣禎一の2人の総裁をだしているが、政治的には見るべきものはなかった。
 岸田首相は「核兵器ない世界へ機運を高めたい」などと語っているが、平和主義とリベラリズム(市民革命思想)が宏池会の唯一最大の主張で、それでは宗教・思想団体となにもかわらない。
 岸田の最大の失敗は、支持率低下の原因ともなった「オカマ法案(「LGBT平等法」)をとおしたことで、LGBTは、政治からもっとも遠くにある究極の個人主義だった。
 日本は昔から国家が性の問題≠ノふれない社会風潮だったが、これに火をつけたのがリベラリズム(市民革命志向)で、政治や経済ではなく、性という究極の個人主義をもって、国家(全体)や国体(天皇)を否定、転覆させようというのである。

 ●政治の矛盾に目をつむって夢想的平和を語る宏池会
 最高裁が、性別変更にかんして、生殖能力をなくす手術を必要とした現行の「性同一性障害特例法」は差別的とする弁論をおこない、いよいよ、特例法を違憲と判断する可能性が濃厚となってきた。
 よろこんだのが朝日や毎日、中日や日経で、第81条にしたがって特例法の改正を急ぐようもとめた。
 すでに、LGBT理解増進法が成立しているが、女性を自称する男性が女性専用のスペースに立ち入るなどの女性にたいする加害行為がふえていることには知らぬ存ぜぬである。表現の自由が被害者への配慮を欠いているのと同じ話で、LGBT理解法も表現の自由も、しょせん片手落ちなのである。
 憲法81条に「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則または処分が憲法に適合するかしないかを決定する終審審である』とあるのは、三権分立の否定にほかならない。
 国会で成立させた法律を、15人の裁判官が否定して、無効にできるという制度は民主主義や国家主権を否定する司法ファッショで、この司法改正にとりくんでいたのが安倍晋三元首相だった。
 だが、安倍さんは、マザコンの元海上自衛隊員の銃撃に斃れた。
 日本の保守政治にとってこれ以上の悲劇は考えられもしないが、岸田はその間隙をぬってLGBT理解法とおして、一方、核兵器ない世界へなどの空語を発している。
 この政治的な不毛が原爆を落とされた国の精神的外傷で、日本は、いつまでたっても、政治の現実を直視できず、空想の世界をさまよっているのである。
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2023年11月12日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和29

 ●人類の歴史を転換させた18世紀の啓蒙思想
 かつて人類は伝統的な社会を生きていた。
 伝統というのは、習慣や習俗、風習やならわし、常識や不文律である。
 それが知恵で、知恵は、歴史という死者が残してくれた文化や文明の集積であって、現在を生きる者は、すべて、死者の恩恵をうけているといえる。
 この伝統を破壊したのが17世紀後半から18世紀にかけて生じた啓蒙思想で、代表的な人物が、ジョン・ロックとジャン=ジャック・ルソーである。
 人民は政府に自然権を託していると考えたトマス・ホッブズにたいしてその50年後、ロックは、主権者である人民に抵抗権や革命権があると唱え、さらにその80年後、ルソーは、人民の集合体である一般意志(人民主権)が国家に代わって共同体をつくるとした。
 ホッブズが伝統主義で、ロックやルソー、そのルソーを継承したマルクスが啓蒙主義だが、現在は、革新や左翼、リベラルなどとも呼ばれる。
 ロックはアメリカ革命(独立戦争)、ルソーはフランス革命、マルクスはロシア革命の思想的な母体となって、革命の嵐が吹き荒れた近代を経て、世界には伝統国家がほとんど残っていない。
 伝統国家が、知恵の国家だったとすれば、啓蒙国家(=革命国家)は知識の国家で、歴史の叡智と比べて、人間が頭で考えた知識は、すべて、浅知恵にすぎない。
 自由や平等、権利や主権などは、頭で考えた理屈で、自然界や生命の世界にそんなものはない。だが、18世紀の啓蒙時代以降、自由や平等、権利や主権などの人工物が産まれながらにそなわっている天賦のものという話になった。
 白井聡(『主権者のいない国』講談社)は「日本人が自由や平等、権利を行使しないのは主権意識が低いからだ」などとバカなことをいっているが、人類が自由や平等、権利を発明したのは、わずか250年前のことで、それが普遍的な価値とされたのは、第二次大戦後で、それからたかだか80年ほどしかたっていない。

 ●西部邁が喝破した「知識人革命」という文化革命
 かつて、権力は、軍属や政治家、財閥や地主、事業家のものだった。
 ところが、戦後、民主主義の世の中になって、権力は、知識人のものになった。
 30年近くも昔になるが、銀座などでご一緒したとき西部邁さんはなんどか「知識人革命」ということばを口にされた。『知識人の生態(PHP研究所)』を世に問う頃のことで、西部さんは、世界を変えるのは、政治や経済、法律や制度ではなく、それらの根幹にある知識そのものだというのである。
 文化概念としての天皇を論じた三島由紀夫の『文化防衛論』は文化大革命のさなかの著作だが、毛沢東の革命が、政治革命ではなく、文化革命だったことの根拠が西部さんのことばからもうかがえた。
 西部さんが副委員長をつとめた全学連の「60年安保」が終わると、時代は政治から経済へと地殻変動をおこして、70年代には、3C(クーラー・カー・カラーテレビ)の高度経済成長が実現して、労働者が団結して革命をおこすという政治風土がなくなった。
『文化防衛論』はそのころ書かれたもので「6全協」以前に軍事方針をとってきた日本共産党や全学連、過激派や赤軍が勢力を失ったとき、革命勢力が標的にしたのが文化だったことは、毛沢東の文化大革命をみるまでもなかった。
 戦後のアメリカ化と民主主義一辺倒、マルクス主義や唯物論などが蔓延するなかで、日本文化の根源を天皇にもとめた『文化防衛論』は秀逸で、左翼一色だった当時の論壇に旋風をまきおこした。
 三島のいう文化の根源は、男女のちがいで、モラルや道徳観念は、すべて、性差から生じたといっても過言ではない。
「LGBT理解増進法」をとりまとめた稲田朋美は、政調会長や防衛相などの大任をまかせた「安倍さんを裏切った」といわれるが、そんななまやさしいものではない。
 稲田は、夫婦別姓主義者どころか、伝統的家族思想の反対者で、いま流行りの自称保守主義≠フ左翼、アナーキスト、反天皇主義者である。

 ●国家の原型である『伝統的家族』を否定する稲田
 左翼評論家の青木理との対談で、稲田はこういっている。
 青木「夫婦別姓が導入されれば家制度や家父長制の破綻につながり、究極的には男系男子によって継承される天皇制をもゆるがしかねない」
 稲田「わたしは皇室について男系を維持すべきだと思いますが、家制度には全くこだわりがありません。家制度は憲法でも否定されていますし、民放でも否定されています。家督相続もなくなりました。『伝統的家族』というのもことばの魔力であって、つきつめていくと具体的に何を意味するかよくわかりません。むしろ、家族が多様化するなかで『伝統的家族』という形式をまもることが、それに合わない人々を排除する、たとえば、LGBTや未婚のひとり親が切り捨てられるなら、それに賛同することはできません」
 稲田の発言は、完全に左翼のもので、左翼が大事にするのが、イデオロギーと法だけである。
 かれらには、国家や国体、歴史も伝統などの文化のカテゴリーにあるものが目にはいらない。
 それが文化革命の要諦で、文化をすべて否定すると、残るのはイデオロギーと法だけになって、たちまち、暗黒社会が出現する。
 左翼や革新は、リベラル派を名乗るようになったが、最近、このリベラルの訳語を自由主義から平和主義や正義≠ヨ変えようという意見が出てきた。
 リベラルが伝統主義や守旧派の対義語として、マスコミなどで好意的にもちいられるようになったからで、野党ばかりか、自民党の一部までが、われこそはリベラルと世論にうったえている。
 愚の骨頂で、リベラルは、政治ではなく、反政治にあたる革命勢力である。
 本来、政治は伝統主義で、その伝統を破壊しようとするのが、左翼だった。
 右翼と左翼の由来は、議長席の右側に立憲君主派、左側にロベスピエールのジャコバン派が陣取ったフランス革命期の国民議会である。
 以来、革命勢力や革新派、マルクス主義者をさして左翼と呼ぶようになったが、日本では、社会主義や共産主義の聞こえがよくないので、個人の自由から社会的弱者の救済、戦争反対や平和主義、護憲から反核、LGBT保護法までをふくめて、リベラルと呼ぶようになった。

 ●男女格差指数が最悪の日本こそ世界一の女性尊重国家
 日米で共に進行しているのが「ポリコレ(政治的妥当性)」というリベラルな風潮で、これは人種や性別、国籍、宗教、肌の色や容貌、身体的な特徴などを根拠とした差別的な表現を正すという考え方である。
 日本では女性差別にあたるという理由から「看護婦」「保母」「スチュワーデス」などのことばが消えたが、このことば狩り≠フ延長線上にあるのがジェンダー(女らしさや男らしさという文化的・社会的につくられた意識)平等の思想である。
 ジェンダー平等は、女性蔑視の西洋の思想の裏返しで、中世ヨーロッパでは数百万人の女性(未亡人)が魔女狩りの犠牲になって、啓蒙思想家は、女性を人間としてみとめなかった。フランス革命の『人権宣言』から女性が除外されているのは、女性が奴隷と同じ身分だったからである。
 その負い目があって、西洋では、ことさらに女性をもちあげるが、日本では女性は女神(山の神/古事記や日本書紀のイザナミノミコトが原像)である。
 一神教の西洋の唯一神(ヤハウェ)は男性だが、多神教の日本では、八百万の神々を統べる天照大神は女性で、天皇の祖神である。
 日本には、女性を蔑視する思想や価値観はなく、女性をさす名称が女性蔑視にあたる(看護婦)というのは西洋流の解釈で、日本では、看護婦は「白衣の天使」だった。
 世界各国の男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数(世界経済フォーラム)で、日本は、146か国中の116位だったと左翼マスコミは大騒ぎしているが、調査対象は「政治参加」「経済参加」「教育」「健康」だけで「文化」という項目がない。
 日本は「教育」「健康」とも世界一だが「経済参加」と「政治参加」が極端に低い。総合でアジアでも下位の116位になった理由は、日本では、世界的に認知されていない(辞書にすら載っていない)専業主婦が圧倒的に多いからである。
 日本の既婚女性は、家事や育児、手芸や趣味に専念して、経済や政治などの世俗には関与しない。
 そんな下らないものは男どもに任せて、家庭中心に生きるのが日本の女性(山の神)なのである。
 日本の女性の地位は、低いのではなく、圧倒的な高いのだが、西洋人や西洋かぶれの日本人にはそれがわからず、稲田のようなバカがジェンダーフリーの言説に惑わされて、LGBT法案などをつくって、ようやく西洋に追いついたなどといっている。
 次回は、日本の文化革命の契機となった「八月革命」から戦後の思想がどう変遷していったかみていこう。
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2023年11月05日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和28

 ●「ポツダム宣言」がもとめたのは条件つき降伏
 1945年8月14日、日本が「ポツダム宣言」をうけいれて、第二次世界大戦は終結した。ポツダム宣言は、イギリス、アメリカ、中華民国(蒋介石)の3国が日本にたいして武装解除を迫った全13か条の宣言で、正式な名称は「対日降伏要求の最終宣言」あるいは「米英支三国宣言」だが、のちにこれにソビエトがくわわって、事実上の「4国宣言」となった。
 ポツダム宣言は、アメリカとイギリス、中華民国ら連合国が、ドイツを完全に壊滅したように、日本にたいしても最後の一撃をくわえる体制が整っているという脅し文句からはじまる。そして、以下、縷々と甘言と脅迫的言辞を並び立てて、条件からの逸脱や代替、遅延はいっさいみとめないとする。
 内容の概要はこうである。
 日本の戦争遂行能力が壊滅するまで、連合国軍が日本本土を占領する。
 捕虜虐待をふくめてすべての戦争犯罪人にたいして厳重なる処罰をおこなう。
 日本の主権は本州、北海道、九州、四国および周辺小諸島に限定される。
 日本の軍隊は、武装解除されてのちに帰還して、平和で生産的な生活を営む機会があたえられる。
 言論、宗教、思想の自由および基本的人権の尊重は保証される。
 産業工業の維持を許される。そして、経済を持続してこれを戦争賠償の取り立てに充当する。
 産業目的の原材料の入手など、世界貿易取引関係への日本の事実上の参加を許容する。
 連合国占領軍は、平和的で責任ある政府が樹立される限りにおいて、直ちに日本より撤退する。
 そして、最後(13条)にいたってようやく「日本政府にたいして日本軍の無条件降伏の宣言を要求する」という文面がでてくる。そこでふたたび脅しがくりかえされる「もし拒否すれば、日本は即座にかつ徹底して撃滅される」
 戦後、日本は、ポツダム宣言を受諾して、アメリカに無条件降伏したという話がまかりとおってきた。
 だが、この13条の宣言を読むかぎり、完全なる条件つき降伏要求で、無条件降伏ということばは陸海軍にたいして使用されているだけである。

 ●本土決戦≠ナ勝ち目がなかった連合軍
 ポツダム宣言がもとめていたのは、日本政府が陸海軍の解体を命じることであって、陸海軍は無条件降伏したが、日本という国は、政府も国会も、役所も機能していた。
 日本政府が無条件に降伏していたら、政府は、陸海軍に解体を命じることはできない。
 GHQに日本の陸海軍を解体させる力などはなかった。
 米軍は、硫黄島で7000人もの戦死者をだしているが、沖縄戦にいたっては戦死者が1万2500人にもたっした。史上最大の作戦といわれるノルマンディー上陸作戦で、米軍が失った兵力は2000人前後だったことを考えると日本上陸作戦がいかに危険な作戦だったかアメリカは十分にわかっていた。
 終戦時、日本には、400万兵士と十分な弾薬、5000機の航空機、1000台の戦車、数千台の装甲車が残っており、沖縄戦とは比較にならないほど日本軍は優勢に立っていた。
 当時、アメリカは、宮崎海岸と鹿児島の志布志湾と吹上浜の3地点から上陸して、南九州に航空機の基地を確保するオリンピック作戦と千葉九十九里浜と神奈川相模湾から関東平野に上陸して、東京の制圧をめざすコロネット作戦の二本立てを考えていた。
 だが、それには大きな障害があることがわかった。南九州の港湾にも東京湾の外側地域にも接岸する艦船から積み荷を移し替える大型の港湾設備がすべて破壊されていることだった。
 おびただしい輸送船やタンカーは、港湾に接岸できなければただ洋上にうかんでいるだけでなんの役にも立たない。
 兵士の上陸も、輸送船ではなく、上陸用舟艇になるが、これは迎え撃つ方に圧倒的有利で、日本軍の陸兵がまちかまえて、上陸してくる米兵を狙撃すれば死体の山ができあがる。
 アメリカの航空戦力にも限界があった。日本のレーダーは万全で、高射砲の数量も十分だった。零戦や飛燕、疾風、屠龍らが撃墜したB‐29は485機にのぼって戦死者がゆうに3000人をこえて(USSBS/米国戦略爆撃調査団)いて、B‐29には空飛ぶ棺桶≠フ異名がつけられていた。
 5000機にのぼる日本の戦闘機はほぼ半数が、偵察機や練習機で戦闘力は低かったが、爆弾を積んで体当たり(カミカゼ)をすれば洋上の輸送船も上陸用舟艇も一網打尽にでき、たとえ、一部が上陸できても、本土防衛用に温存されていた5個機甲師団の1000両以上の戦車車隊が迎え撃つ。
 硫黄島や沖縄は離島だったので勝てたが、本土となれば、アメリカが勝てる確立はゼロに近いばかりか、米兵の死者が30万人にたっするおそれがあった。

 ●原爆投下とGHQの日本改造計画
 トルーマンとチャーチルが密議をかさねて二つの結論をえた。
 一つは、原爆を投下して、日本人のおよび日本軍人の士気を挫くこと。
 もう一つは、天皇を戦犯対象から外して、敗戦宣言(武装解除)させることであった。
 かかる理由から、ポツダム宣言をだす前に、トルーマンが原爆投下のサインに署名したのである。
 戦後、アメリカに洗脳された人々は、日本の武器は竹ヤリしかなかったとやら高射砲の高度がB29まで届かなかったとやら、アメリカは、足腰が立たなくなった日本に原爆を落としたとやら、ポツダムの返事が遅れたから原爆を落とされたとやらといいちらしてきたが、すべて、デタラメだった。
 そのデタラメの最大級が「日本はアメリカに無条件降伏した」というものでアメリカにとってこれほど都合のよいデマゴギーはなかったろう。
 アメリカには、本土決戦で、日本に勝つ自信も勝算もなかった。原爆投下と天皇の玉音放送(「大東亜戦争終結ノ詔書」)をもって、マッカーサーはやっと厚木飛行場に降り立つことができたのである。
 原爆投下の約20日後、玉音放送の15日後のことで、本土決戦の中心人物だった阿南惟幾陸軍大将が割腹して果てたのが、天皇から本土決戦を断念するようのさとされた翌未明、玉音放送の当日だった。
 陸軍の反対を押し切ってポツダム宣言を受諾して、大戦を終戦へ導いたのが鈴木貫太郎首相で、GHQ指令は、その後の東久邇宮稔彦や幣原喜重郎、吉田茂、片山哲内閣がうけた。
 陸海軍解体指令や公職追放令、戦犯容疑者逮捕、財閥解体、農地解放、教育基本法改正(教育勅語廃棄)、神道指令(皇国史観廃棄)のほか、治安法や特高廃止、政治犯釈放、労働組合結成奨励、共産党合法化は、GHQの指令にもとづいて日本国内閣がおこなったもので、GHQは、日本の立法司法行政および天皇の権威を利用して、戦後日本を治めたのである。
 これが、ポツダム宣言にもとづく条件つき降伏で、アメリカは、日本を直接支配したのではなかった。
 
 ●天皇の存在が日本の共産主義化を防いだ
 日本が無条件降伏して、ドイツのように国家が解体していたら、日本国憲法をつくったGHQケーディスがのちにのべたように、GHQは日本を統治することができなかったろう。
 無条件降伏したドイツは国家が解体して、アメリカとソ連に分割統治されたが、日本は、ポツダム宣言受諾後も、役所や郵便、病院、交通機関は機能していて、新聞や放送も活動していた。
 左翼は、ポツダム宣言を無条件に受諾したので、無条件降伏だという詭弁を弄するが、アメリカは、ポツダム宣言で約束したとおりに、日本から撤退したのち、日本を支援する友邦国家となった。
 左翼が無条件降伏と言い張るのは、レーニンの「敗戦革命論」にのっかっているからである。
 たしかに、敗戦は、革命の絶好の機会で、アメリカやソ連は革命国家だった。
 戦後、革命の機運がさかんになったのは、戦勝国アメリカの支配下にあったのみならず、ソ連が新時代の希望の星として、左翼の目には燦然と輝いていたからだった。
 事実として、戦後のGHQ改革で、革命は、実際におきており、日本は、すでにかつての日本ではなくなっていた。
 革命が現実のものとして、表面にあらわれなかったのは、天皇がおられたからで、万が一、天皇が廃位になっていれば、日本は、まちがいなく共産主義国家になっていた。
 アメリカが日本の憲法に植えつけた共産化(属国化)の仕掛けは3つある。
 一、天皇の地位を憲法で規定する(憲法改正で廃位が可能)
 二、占領基本法の武装解除条項を憲法に継承させる(九条)
 三、憲法で国家主権を謳わない(日本の主権はアメリカが代行)
 これにのったのが「無条件降伏論」と東大憲法の権威丸山眞男や宮沢俊義らの「八月革命説」で、土台にあるのがレーニンの「敗戦革命論」である。
「八月革命説」では、主権が天皇から国民に移ったことが根拠というが、それ以前に、GHQ憲法がすでに革命だった。英文の憲法原案で、国民(ナショナルやネーション)ではなく、人民(ピープル)ということばが使われていたのがその証左であろう。
 次回は戦後、日本はいかの共産化の危機を免れたかについてのべよう。

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2023年10月29日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和27

 ●左翼がもくろむ常識や習慣、社会通念の破壊
 2023年10月26日、最高裁は「戸籍上の性別を変更するには性転換手術が必要」とした特例法を違憲とする判決を下した。
 トランスジェンダー女性(じっさいは男性)がおこしていた裁判にたいする判決で、2004年に施行された「性同一性障害特例法」をひっくり返すものだった。
 生殖能力がない(生殖腺がないあるいは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある/第三条2)ことという特例法の条件が否定されたわけで、どういうことかといえば、勃起能力のあるおチンチンをもっていても本人が望めば、法的に女性とみとめられるというのである。
 女風呂で、おチンチンを勃起させて女体をながめても、じぶんは女性と主張すれば、これがゆるされる。女性の入浴客が騒いで、風呂屋がこの男性を追っ払っても、裁判に訴えられると、最高裁の判例にしたがって、この男性に慰謝料を支払わなくてはならなくなる。
 まるでマンガである。マンガは、現実や常識、習慣、社会通念から逸脱した不条理を笑うが、不条理があたりまえになってくると、笑い話というだけではすまなくなる。
「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由」展では、天皇の肖像を燃やして踏みつけることまで表現の自由≠ニされた。当然、反発があって、第三者の異議や抗議、訴えもあったが、すべて却下(名古屋地裁)された。法廷が関与した結果、表現の自由が、権威や他者の誇りや感情をいくら傷つけてもかまわないという暴力的なものに変質してしまったのである。
 マンガのようなバカな話でも、法律化されると、キバをむいて襲いかかってくる。
 これが社会的な狂気で、ニーチェは、狂気は個人においてまれでも、集団にあっては通例であると名言を残した。
 レズやゲイ、両刀づかいは、個人において、ただの性癖である。
 男女の性別や結婚、出産や育児、教育から成り立っている社会制度や文化にとって、LGBTは、例外的な少数派で、社会になにか生産的な意味や価値があるわけではない。
 だが、LGBT法として法案化されると、社会的な狂気となる。

 ●女性蔑視の西洋が女性尊敬の日本に男女平等をいうな
 好例が男女共同参画法で、男女差別は、必要な場合もあれば逆差別にあたる場合もあって、それぞれ、習慣や常識、社会通念によって使い分けされてきた。
 ところが法制化されると、性差の文化に代わって、機械的な制度が登場してきてエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』のような規範になってしまう。
 この書は、マルクスが、モーガンというアメリカの学者の『古代社会』から抜き書いたノートが土台で、マルクスは、古代の社会が男女平等だったことに驚いたという。
 西洋の歴史では、女性蔑視があたりまえで、フランス革命の「人権宣言」でさえ女性が除外されている。
 西洋が、近代になって、ことさらに男女平等をいうのは、女性蔑視の歴史をひきずってきたからで、中世では、魔女狩りにかこつけて、おびただしい数の未亡人が殺害されている。
 マルクス・エンゲルスの「男女平等論」は、西洋の女性観にもとづいたものだが、これを奉っているのが日本共産党委員長の志位和夫である。
 志位はこういう。「わたしたちは、資本主義から社会主義・共産主義社会へとすすんだときに、ジェンダー平等が全面的に実現する社会になるという展望をもっています」
 こうとものべている。「『家族・私有財産・国家の起源』のなかでエンゲルスが明らかにした女性解放の展望を4点にまとめることができます。第一は社会的な平等、第二は公的産業への復帰、第三は家事義務からの解放、第四は経済的基盤の男女平等です。わたしは、資本主義をのりこえた社会主義・共産主義の社会にすすんでこそ、両性の真の平等が実現するという大展望をもっています」
 現在、日本で、ジェンダー平等や女性解放の名を借りて、体制破壊がすすめられている。LGBT法から最高裁のトランスジェンダー(身体と心が別性)判決、同性結婚から夫婦別姓まで、左翼が狙っているのは、男女や家族、親と子、祖先や子孫という歴史的なつながりや観念を断ち切って、社会を根こそぎ崩壊させることである。
 これが左翼のすすめている性革命≠ナ、毛沢東並みの文化大革命である。

 ●折り合わない個人主義の一神教と多神教と集団主義
 西洋が個人主義的なのは、一神教だからで、ヒトは、死ねば、一人で天国へ行くか地獄に落ちる。
 ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、父なる神は、ヤハウェ(イスラムではアッラー)だけで、神と個人の信仰契約の一神教では、夫婦や親子、家族や祖先、同族や地縁のつながりが断たれている。
 小乗仏教も、生まれ変わりをくり返す輪廻転生で、ヒトは、すべて、孤独な個人である。
 神道(自然崇拝やアニミズム、大乗仏教)の日本と西洋では宗教的背景がまったく異なる。
 日本では、個人が祖先や親子、異性や地縁などでつながっている。
 したがって、神との信仰契約も輪廻転生も、天国も地獄もない。
 日本という国(国体)は、一神教と個人主義の西洋の国(領地)とちがって多神教と集団主義にささえられている。
 それが、祖先や親子、夫婦や地縁という関係で、その大元にいるのが天皇である。
 日本人が、親切で善良、町を汚さないのは、個人ではなく、集団として生きているからで、日本が西洋流の個人主義をとれば、夫婦や家族、地縁が空洞化して、国の骨組みが解体してゆく。
 LGBT法や生物学的性差の否定、同性婚や夫婦別姓は、西洋の宗教習俗であって、日本の文化構造とまっこうから対立する。
 ジェンダー平等は、日本共産党の志位委員長がいうとおり、革命がおきたら実現するだろうが、そのときは、日本は、日本ではなくなって、パレスチナのガザ地区のような生活区(人間部落)にすぎないものになっている。
 女性は、解放されているだろうか。とんでもない。男性と無差別化されて、子を産む労働力という社会的機能にすぎないものになっている。
 次回は、日本が、戦後、なぜ、歴史伝統を捨てて西洋化に走ったのか、その経緯をふり返ってみよう。

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2023年10月22日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和26

 ●殉教思想やテロリズムの本質を知らない日本人
 イスラエル・ハマス戦争について、マスコミやネット上で、マスコミ論者の言いたい放題が洪水のようあふれている。
 ガザ地区のパレスチナ側から見て、ハマス側の攻撃にも、一応、理があるという善悪論≠ェさかんで、たとえば、橋下徹はハマスの片をもち、重信メイ(重信房子の娘)に至っては、ハマスの代弁者となって、テレビ(TBS『報道1930』)で、4分間の大演説をぶちあげて、怒り心頭に発したイスラエルのギラッド・コーヘン駐日大使が、外国特派員協会で、TBSを非難する記者会見をおこなったほどだった。
 こういう偏向報道がまかりとおるのは、日本のマスコミは、左右対決という古い図式でしか世界を見られないからで、イスラエルとハマスの戦争に、日本人が得意とする善玉・悪玉論をもちこんでも話にならない。
 かつて、山本七平は、日本人と西欧人、ユダヤ人、アラブ人の思考の差異を峻別した(『比較文化論の試み(1982年)』が、そのなかで、正統と異端という考え方を示している。
 自然信仰の日本人は、物事を悪玉と善玉にわけるが、唯一神(ヤハウェ)を信仰するユダヤ教、キリスト教、イスラム教の世界では、善悪ではなく、正統と異端と分ける。
 そして、異端は、滅ぼされなければならないとする。善玉と悪玉が両立するのではなく、悪魔と天使を分けて、悪魔を滅ぼそうとするのである。
 中世ヨーロッパでは、十字軍の遠征から異端審判や魔女狩り、宗教戦争から近代のホロコーストにいたるまで、残虐な大殺戮がおこなわれて、ドイツ30年戦争では、人口が三分の二にまで減少した。
 善玉と悪玉なら、攻守所をかえることもあるが、正統と異端では、片一方が滅ぼされて、生き残ることはできない。
 これが、正統をまもるためなら殺戮や自死をえらぶ殉教文化≠ナ一神教の最大の特徴である。
 そのことがわからず、日本人が、世界を悪玉と善玉でとらえるのは、改革=善、守旧=悪とするマルクス主義にとらわれているからで、これは、思想的な幼児にひとしい。

 ●爆弾テロリストのシンパだったTBS報道部長
 TBS報道部は、過激派顔負けの極左報道をおこなってきて、数々の前科もある。
 役員の大半が全共闘世代で、現役のなかに、核マル・中核派の出身者もいるなど、TBS(毎日新聞系)報道部じたいが極左そのものなのである。
 日本の3大テロ事件は、乗客や駅員ら14人が死亡、負傷者数が約6300人にのぼったオウム真理教の地下鉄サリン事件、警察官2人と民間人1人が死亡、27人が負傷したほか12人がリンチで殺された連合赤軍のあさま山荘事件、8人が死亡、376人が怪我をした「東アジア反日武装戦線(大道寺将司)」の三菱重工業本社爆破事件であろう。
 TBS報道部長だった金平茂紀は、2017年、病死した大道寺将司を悼んで、東京拘置所まで足を運んで献花している。金平が大道寺につよいシンパシーを抱いたのは、三菱重工業の爆破に使われた高性能爆弾が天皇陛下のお召し列車を爆発するためにつくられたものだったからで、TBS報道部長の金平は反天皇テロリストのシンパだったのである。
 左翼TVキャスター5人衆(鳥越俊太郎、田原総一朗、金平茂紀、大谷昭宏、青木理)のなかで、金平はとりわけ極左だが、この5人に死亡した筑紫哲也や岸井成格らをくわえた朝日新聞(テレビ朝日)や毎日新聞(TBS)系の人脈が日本の世論をリードしてきた。
社会の公器≠ニいわれるマスコミが左翼の巣となったのは、スポンサー料と視聴率さえ獲得できればなにをやってもOKだからで、ジャニーズ問題からテロのハマス応援、反日工作までのやりたい放題である。
 かつて、TBSは、オウム真理教の「坂本弁護士一家殺害事件」の片棒を担いで日本中から非難を浴びたが、日本の左翼・反日マスコミは、テロと戦争の時代になって、ますます、危険水域に近づきつつある。

 ●劣勢の自由陣営に襲いかかる非民主国家群
 ガザ地区を支配するハマスが音楽フェスティバルの会場を襲って、数百人を虐殺、拉致したのは、音楽フェスティバルが、かれらにとって、悪魔(異教徒)の饗宴だったからで、いくら殺してもハマスは罪意識をかんじない。
 イラン革命によって、西洋的で開明的だったイランが闇黒のイスラム国家に変貌して、女性は、ミニスカートから、全身を黒い布で覆うチャド姿に着かえさせられた。
 そのイランで、マフラーを巻いて外出した女性が逮捕されて死亡した。これもジハード(=聖戦)というわけだろうが、コーランという男性中心の戒律によって殺されたのは、女性の人権や文化だけではない。
 イスラム原理主義が憎むのは、神の預言であるコーランにしたがわない西洋文明そのもので、この西洋文明のなかには、自由や平等、個人主義や民主主義のほか、性的な奔放から音楽、喜劇までがふくまれる。
 イランとパレスチナのハマス、レバノンのヒズボラがやろうとしているのは宗教戦争で、かれらの目的は、異教徒であるイスラエルの滅亡と、背後にいるアメリカへの決定的な打撃である。
 手段は、テロリズムで、スターリンの粛清やヒトラーのホロコースト、毛沢東の文化大革命、ポルポトの民族虐殺、アルカイダの「9・11事件」と同様の大ジェノサイドである。
 第三次世界大戦がおきるなら、集団的殺戮だけを目的とする大惨事となって数億人の犠牲がでるだろうが、これまで、共産主義やファシズム、戦争や民族紛争によって数億人がすでに生命を失っている。
 スウェーデンの研究所が「公正な選挙」「基本的人権の尊重」「言論の自由」「女性の社会進出」を基準に世界179か国を分類した結果、自由主義陣営に入った国は60にとどまる一方、非民主的な国がその2倍の119にのぼった。
 ロシアと中国、北朝鮮が、イランと連携して、ハマスやヒズボラ、イスラム国やタリバン、アルカイダのようなテロ組織を動員して、自由で民主主義的なアメリカやヨーロッパ、日本に攻撃を仕掛けてこないとはかぎらない。
 日本で、LGBT理解増進法をとおして、よろこんでいるが、こんな法律が通用しているのは、個人主義の北欧と、アメリカ文明の影響下にある国々だけである
 非民主主義の119か国は、同性婚をみとめていないどころか、同性愛が死刑になる国もあるが、自由主義陣営でも、半数以上は、同性婚をみとめていない。
 マスコミが、同性婚をみとめない日本は遅れていると騒いでいるうち、性的放埓さを神への冒涜とするイスラム過激派からロケット弾を撃ち込まれかねないのである。
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2023年10月15日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和25

 ●日本への原爆投下と都市空襲を謝罪した次期大統領候補
 ケネディ元大統領の甥(ロバート・ケネディ・ジュニア)も出馬が予定されている2024年の米大統領選に元イリノイ大学教授で、東アジア研究家として名高いエマニュエル・パストリッチも参戦する。
 そのエマニュエル博士のネット配信(ユーチューブ動画/日本語)が、現在、日米で物議をかもしている。
 話題になったのは、荻生徂徠の翻訳者として知られる同博士がアメリカ人として、広島・長崎への原爆投下と、日本の都市への空襲について謝罪しているからで、発言中、深々と頭を下げる博士の目には涙さえうかんでいるように見える。同博士は同配信でこうのべる。
「(日本に)勝利したアメリカは、永遠の戦争への道にのりだしました。朝鮮やベトナム、イラン・イラク、アフガニスタン、シリア、そして、ウクライナとアメリカはこれまで必要のない戦争をくり返してきました。現在も、アメリカ国防総省は、ロシアや中国との核戦争の準備をしています。その伝統は、戦時中のマンハッタン計画=核兵器を開発からはじまりました」
「広島と長崎への原爆投下は、必要のない実験的で残酷な犯罪でした。原爆の投下だけでなく、アメリカは、戦争の後半の3年半に2000回以上の空爆をおこないました。そして、日本の木造家屋を燃やすために開発したナパーム弾(焼夷弾)を2040万発も使って、300万人以上の日本の民間人を殺しました。日本の皆様、誠に申し訳ございませんでした」
「これまでアメリカは『戦争を早期に終結させるため』『アメリカ人兵士の命をまもるため』といった口実のもとに原爆投下や都市空襲を正当化してきましたが、すべて、ウソです。いかなる理由も厳然たる事実の前では無効です。事実というのは、数百万人におよぶ無辜の人々の命を奪ったことです。ウソというのは、その事実にたいする理由づけや合理化、言い訳のすべてです」
「アメリカが永遠の戦争≠ニいう連鎖から逃れるには、いかなる釈明も捨てて、日本と日本人に、原爆投下と都市空襲を謝罪しなければなりません」

 ●反ウクライナ、反イスラエルを叫ぶ橋下徹の幼稚な「因果論」
 自民党と太いパイプをもつ政治評論家の加藤清隆とコメンテータの橋下徹のイスラエル・ハマス戦争をめぐるネット上のバトルがちょっとした話題になっている。
 結果を重視する現実主義の加藤にたいして、動機や因果を重く見る理念主義の橋下が食ってかかる、いわば、結果論と動機論の衝突だが、法律家や官僚、左翼には、橋下のような理念主義がじつに多い。
 橋下は「ウクライナ人は祖国のために戦っている。祖国のために命をかけることは尊いと言っている者は、パレスチナ人が命をかけて祖国をまもる行為を尊いとは言わない」とのべた。ロシアのウクライナ侵攻にたいして、4000万人ウクライナ人は、国を捨てて難民になれといった論理の延長で、親ロシア・親パレスチナの感情がほとばしりでたものであろう。
 これにたいして、加藤は「ハマスは、野外音楽会を急襲し、250人以上を殺害し、100人以上を拉致した。母親や乳幼児もふくめて50人以上が惨殺されたキブツもある。これが『祖国をまもる尊い行為』なのか」とやり返した。
 激高した橋下は「イスラエルがパレスチナにやってきたことをすこし調べてから言え」「徹底報復の権利を主張できるのは、じぶんに徹底報復を受けるだけの非がない者だけや。そんなことも分からんのか」と食ってかかった。
 橋下の理屈は、中学生レベルの因果論で、原爆投下や都市空襲を正当化するアメリカと同一の論理である。
 加藤は、ジェノサイドや原爆投下のような残虐行為は、理由の如何を問わずノーという絶対論である。
 一方、残虐行為にも動機や因果があるので、よく勉強してからモノをいえというのは相対論で、橋下は、政治や経済から社会一般、ジャニーズ問題にまでくちばしをつっこんで舌先で相手を丸めこむ相対論者である。
 弁護士は、強盗殺人や強姦殺人でも、カネさえもらえば、無罪や執行猶予をもとめる職業とあって、常識や一般的な価値観、人間的な感覚がまったく通用しない。

 ●現実から目をそらせて永遠の平和を唱える日本の平和主義
 ノーベル文学賞をもらって、日本の文化勲章を拒否した大江健三郎は「真珠湾を攻撃した日本には原爆を投下されても文句を言う資格などない」といってのけた。
 一方、東京裁判で判事を務めたインドのパール判事は広島慰霊碑銘の「安らかに眠って下さい 過ちはくり返しませぬから」いう文言について怒った。原爆投下という過ちを犯したのはアメリカではないか。それなのに、なぜ、日本人は過ちをくり返しませんから≠ニいって謝るのかというのである。
 大江健三郎も橋下徹も、原爆慰霊碑銘を書いた雑賀忠義(広島大英文学教授)も、結果と原因をむすびつけて考える因果論者、相対論者である。
 因果論や相対論というのは、キリスト教の神学や原罪論、仏教の因果応報のことである。
 戦争は、人類共同の罪なので、原爆を落としたほうにも落とされたほうにも罪があるというのは高邁な理想論だが、これは、現実や事実よりも理念や思想を重んじる法律家や官僚、左翼の独特の思考法である。
 戦後日本は、吉田茂以来、霞が関(官僚)主導の政治がおこなわれてきた。
 その結果、日本の政治から現実主義や絶対論が抜け落ちて、理念主義や相対論ばかりになって、日本人も、頭がお花畑の平和主義者ばかりになった。
「基地のない沖縄を実現」「憲法9条で平和な日本を」「原発ゼロの会(発起人河野太郎ら)」などと喧しいが、沖縄は、地政学的に基地の宿命を逃れることができず、日米軍がでてゆけば、代わりに中国が基地をつくるだけである。
 中国やロシアや北朝鮮などの軍事大国に囲まれて、憲法9条の軍事力放棄をいうのも、イランを後ろ盾にしたハマスのイスラエル奇襲攻撃を見て危機感を抱かないのも、平和主義ではなく、危機感喪失の痴呆状態で、平和ボケの度が過ぎているだけである。

 ●官僚に依存してきた日本が陥った政治的不能
 日本の政治は、霞が関にべったり依存してきた。外交は、外務省の米中二元主義(アメリカンスクール/チャイナスクール)で、政治はマスコミの顔色をうかがってばかりのポピュリズム、経済は、財務省・日銀のいいなりとあって、日本の政治は、議員を養う公的機関にすぎなくなっていた。
 岸田政権の支持率が下がったのは、国民に不人気のLGBT法案をとおして統一教会の解散命令にもたついたからで、マスコミ世論に媚びて、官僚主導とリベラルに傾いた宏池会の政治的非力が丸出しになったともいえよう。
 とくに大きな問題は、宏池会が苦手の外交と防衛で、イスラエルとハマスの戦争拡大で、日本は、エネルギーと防衛の二面において窮地に追いやられる。
 日本は、ハマスを支援しているイランから原油を輸入していないが、中東への依存度は92%で、イスラエルとハマスの戦争がペルシャ湾危機に拡大した場合、石油輸入がピンチに陥りかねない。
 だが、中東一辺倒の外務省に策はない。埋蔵量が世界一のベネズエラの石油(オリノコタール)は、米系海外資本が撤退後、ほとんど採掘されていないのは、精製に必要な技術がないからだが、日本が本腰をいれればベネズエラの石油が日本のエネルギー事業の救世主になりうる。
 日本とベネズエラの資源外交の突破口を開いたのが安倍晋三元総理大臣だったが、外務省にも政界にも、安倍の路線を継ぐ者はいない。
 宏池会が政治に弱いのは、池田勇人の下、前尾繁三郎や大平正芳、鈴木善幸や宮澤喜一ら官僚出身者が主流を固めたからで、官僚を使うハラの座った政治家は一人もいなかった。
 日本の税収は3年連続で70兆円をこえて、岸田首相が2〜30兆円規模の減税(消費・所得)と給付金を打ち出せば、いつ解散しても、現議席は保てるが、宏池会で宮沢の子分だった岸田はきりだせない。
 日銀はインフレ、財務省は減税の恐怖症だからで、岸田には日銀や財務省につめよるハラはない。
 次回以降、イスラエルとハマスの戦争と複雑きわまりない中東情勢、米軍が中東へシフトしたのち、単独で、ロシアと北朝鮮、中国と対峙しなければならなくなる日本の立ち位置についてものべよう。
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2023年10月11日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和24

 ●領土感覚が狂っている鈴木宗男と玉城沖縄知事
 岸田文雄首相と鈴木宗男がとんでもないアホをやらかした。
 先に鈴木についてふれよう。鈴木がロシアにでかけて、ルデンコ外務次官に「100%ロシアが勝つ」と激励して「維新の会」から脱会させられるはめになったのは、ロシアにとりこまれた売国政治家のなれのはてだが、見逃しにできないもう一つ重大なチョンボがある。
「クリミア半島は住民投票をしてロシア派住民が過半数を占めたので、ロシアのもの」という発言である。
 この一言によって、鈴木は、政界から永久追放されてよい。
 国家の三要素が「領土」「国民」「主権」であることは中学生も知っている。
 しかもこの三つには「恒久的に属し、一時の好悪で脱したり復したりすることができない」という大原則がある。「国民」の意思(住民投票など)によって「領土」や「主権」がかんたんに移動しないのが国際法のとりきめで、これがなかったら移民国家は、つねに国家転覆の危機にさらされる。
 沖縄の玉城デニー知事は、これまで終始一貫、沖縄の日本やアメリカからの独立を訴えてきた。
 その一方、中国にすりよる危険な政治家で、その玉城が、沖縄や尖閣ついてなんといっているか。
「琉球は明や清の時代に中国の属国だった」「琉球は日本に奪われた」「尖閣諸島も古来より中国の領土だった」という中国の主張にとことん同調しているのである。
 県議会で、中国からそういう指摘をうけた場合、どう返答するかという質問(自民党・大浜一郎県議)についても、玉城知事は「即答しないことも一つの対応」と返答、口が腐っても日本の領土とこたえる気はないというのである。
 げんに、河野洋平とともに中国を訪問した玉城沖縄知事は、中国ナンバー2の李強首相と面談した際、中国の度重なる尖閣諸島への領海侵犯に一言もふれなかった。
 鈴木宗男の論理でいえば、玉城沖縄県知事が、沖縄の日本からの独立を宣言して、国民投票で過半数をとれば、沖縄は日本ではなくなるということになる。
 したがって、自衛隊や米軍が沖縄から退却せざるをえなくなるが、そのとき中国海軍が尖閣と沖縄をふくむ南西諸島を丸ごと占領するだろう。
 そして、丸腰となった台湾を中国の陸・海・空軍があっさり奪うことになる。

 ●ハマスとイスラエルを同列にあつかう岸田のアホ
 ロシアべったりの鈴木宗男、中国べったりの玉城デニーにまして愚かだったのが、イスラム原理主義のテロ組織ハマスのイスラエル攻撃にたいして「すべての当事者に最大限の自制を求めます」という声明をだした岸田首相である。
 フランス、ドイツ、イタリア、英国、米国は、これとはまったく反対の共同声明を発表している。
「わたしたち、フランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相、イタリアのメローニ首相、英国のスナク首相、米国のバイデン大統領は、イスラエルにたいして、断固とした支持を表明し、ハマスとその恐ろしいテロ行為を明確に非難する」
 ハマスとイスラエルにそれぞれ最大限の自制をもとめた岸田首相のとんちんかんな声明とはいかなるちがいか。
 しかも、岸田首相は「ハマス等パレスチナ武装勢力」とハマスをパレスチナ武装勢力と呼んだ。
 パレスチナ武装勢力などというものは存在しない。存在するのは、パレスチナ自治政府とこれに対立するテロ集団ハマスだけで、かつて、ハマスと連合を組んだ「ファタハ」も現在は消滅している。
 ハマスは、パレスチナを軍事支配しているテロ集団で、パレスチナ人の敵でもある。
「ハマス等パレスチナ武装勢力」というのはいったいどこをさしているのか。
 岸田声明を作成した外務省は、中東情勢の理解に乏しいのでなければ、テロ集団ハマスに親和感をもち、イスラエルにたいして敵愾心をもっているとしか考えられない。
「当事者に最大限の自制を求めます」とは何事か。イスラエルに国家の防衛をさしひかえろということなのか。なぜ、岸田首相は、一方的な殺戮をくりひろげるテロ集団ハマスの片をもつのか。

 ●イスラエル危機で激変した世界防衛版図
 たしかに、日本には、パレスチナ同情論が多いが、パレスチナとテロ集団をいっしょにしてはならない。5か国声明にこうある。
「わたしたちはみな、パレスチナ人の正当な願望を認識して、イスラエル人とパレスチナ人にたいする平等な正義と自由を支持します。しかし、誤解しないでください。ハマスはそうした願望を代表するものではなく、さらなる恐怖と流血以外、パレスチナ人になにもあたえません」
 外務省や岸田首相は、パレスチナとハマスの区別がつかないのか。あえて、ミスリードを誘っている可能性もあるが、ハナからわけがわかっていない可能性のほうが高い。
 こんなわけのわからないことをいっていて、日本は、動乱するこの世界をのりきってゆけるのか。
 現在、世界は、ロシアとウクライナ、そして、イスラエルとハマス(イスラム原理主義テロ集団)の二つの戦争をかかえることになって、世界の力関係が大きく揺らいでいる。
 イスラエルとアメリカは兄弟なので、アメリカはもうウクライナにかまってなどいられない。
 アメリカが抜けると、ウクライナを支援するのは、イギリスとドイツだけになってしまうが、ロシアも、親ハマスのイランなどからの支援が減って最大の援助国が北朝鮮だけになる。
 中東へシフトしはじめた米海軍を見込んで、中国は、さっそく、台湾侵攻の手ぐすねを引くだろう。
 韓国は北朝鮮の対応が精一杯で、したがって、台湾をまもるのは、日本だけということになる。
 そこで、マスコミ左翼が反戦平和と騒ぎに騒いで、自衛隊出兵を妨害する。
 したがって、中国は、なんの妨害もうけず台湾を手に入れることができる。
 おおわらいするのが、親中反米・反日左翼と沖縄の玉城デニー知事である。
 ハマスのイスラエル襲撃を画策したのはいったいどこの国だったのだろう?
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2023年10月08日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和23

 ●節度ある自由≠ェささえてきた先進国の経済
 かつてゆたかだったが、現在、極貧国となった10か国のリストがある。
 アンゴラやギリシャ、カンボジア、フィリピン、キューバ、イラク、ラトビア、ナウル、ベネズエラ、アルゼンチンの10国である。
 共通点は、資源国家か独裁国家、企業の国有化、あるいは、ポピュリズムに走った国で、このことからも、資本主義の発展には、自由と民主主義、節度の3つが必要だったとわかる。
 地下資源やコーヒーなどの産出でゆたかだったアンゴラは、企業の国有化と内戦で、国中に地雷が埋まった貧しい紛争国になり、シアヌーク殿下のもとでゆたかな生活を享受していたカンボジアはポルポト革命で2百万の善男善女が殺されて(キリングフィールド)極貧国に転落した。
 フィリピンやイラク、キューバは、独裁と非民主義化によって、資本主義が息絶えて貧困化したが、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の雄だったラトビアもソ連に呑みこまれてかつての栄華を失った。
 地上の楽園と呼ばれたナウルは、国家経済を支えていた世界一のリン鉱石が枯渇して貧困化したが、石油埋蔵量が世界一のベネズエラも、ポピュリズムによって、現在、国民の4分の3が食うか食わずの飢餓状態にある。
 ポピュリズムによって貧困化したのは、かつて高度成長を誇ったギリシャや南米最大の富める国アルゼンチンも同様で、経済の発展には、自由と民主主義にくわえて、大衆迎合を制御するモラル、規制が必要だったとわかる。
 資本には「資本の論理」というものがあって、これは、資本の自己増殖運動ということができる。
 資本主義とは、資本を投下し、そのうえで、投下資本以上の資本を回収するメカニズムで、その過程において、製品・商品の製造、雇用や設備投資、価格安定などが図られる。
 その全体のバランスをたもつのが近代経済学で、そこに、ケインズ経済学もふくまれる。
 これにたいして、マルクス経済学は、近代経済学における利潤を労働価値の収奪(ドロボー)と見て、そこから、人民から労働価値を盗むドロボー(資本家)を倒せという革命思想がうまれる。
 新自由主義や市場原理主義、小沢・小泉改革もマルクス主義の亜流で、これが失敗したのは、政治や経済の一局面しか見ないからで、その視野狭窄こそが唯物論=マルクス主義の一大欠陥である。

 ●均衡とバランスから成り立つ経済原理と保守主義
 政治も経済も均衡とバランスによって成り立っている。
 このバランスが保守主義で、このバランスを壊そうというのがマルクス主義に立つ左翼やリベラルである。かれらの革新や改革が不毛なのは、革新や改革が、保守という土台の上にあることに気がついていないからである。
 保守政治の根幹をゆさぶった30年前の小沢の政治改革や自民党をぶっつぶせ≠フ小泉改革、鳩山の民主党政権が壮大なる失敗だったことは「失われた30年」が如実に物語っている。
 この30年間、日本がとってきた政治経済はマルクス主義にのっとったもので、政治は、徹頭徹尾、改革主義、そして、経済はマルクス経済一辺倒だった。
 新聞マスコミは、円高になると円高によって日本はつぶれる、円安になると日本は破産すると騒ぎ、1200兆円の財政赤字によって、日本に未来がないと吹聴してまわる。
 これがバランス感覚を失ったマルクス経済の論法である。マルクス経済には為替レートも貸借対照表(バランスシート)も、マネタリーベース(資金供給量)も金利政策も、インフレやデフも、雇用と失業に関する知識さえろくにもちあわせない。
 あるのは、労働価値説と賃金論、独占資本論と帝国主義論だけで、これが革命のマルクス主義につながって、資本主義を倒せという理屈がうみだされる。
 日本の大学では、90%がマルクス経済なので、財務省や日銀に入った東大出身の高級官僚は、近代経済学に転向するのに3年以上かかるという。
 円高や円安によって日本はつぶれる、財政赤字によって日本に未来がないというのは、為替レートを知らないマルクス経済の言いぐさで、アメリカが金融の引き締めでドル高になれば、日米のマネタリーベースは、為替レートでバランスをとりあうため、円安にふれて、輸出が好調になって、好況になる。
 そんなかんたんな仕組みさえわからないのがマルクス経済学なのである。
 
 ●絶好調だった日本経済を潰したマルクス経済の霞が関
 この好況がつづいたのが30年前の日本経済で、当時、税法の不備で不動産高になった以外、経済状態はきわめて良好だった。
 これに腹を立てたのが、霞が関に巣食うマルクス主義者たちで、マルクスの予言どおりに経済破綻しないのは、なにかのまちがいだといって、総量規制という暴力的な金融引き締めに走って、日本経済をつぶした。
 そして、日銀・財務省は、その後、マルクス経済のデフレ政策をとりつづけて「失われた30年」をつくりあげた。
 円安になるとインフレになって、国富が失われるというのは、マルクス経済(帝国主義論)の最大の誤りで、為替レートによって、国がゆたかになったり貧しくなったりするはずなどない。まして、円安が高じてハイパーインフレになるなどというのは言語道断である。
 ハイパーインフレは、貨幣価値が下がることではなく、生産能力が壊滅して価格が高騰、金銭でモノが買えなくなることで、為替とはなんの関係もない。
 だが、日銀のマルクス主義者たちは、ハイパーインフレをおそれて、過剰なインフレ防衛(デフレ政策)をとりつづけて日本経済の息の根をとめた(「失われた30年」)。
 それまで、世界のトップに君臨していた半導体などを中心としたIT企業(NTT、NEC、日立、東芝、富士通、三菱電機、SONY、SHARP、京セラ、パナソニック、ソフトバンクなど)が凋落したのは円高(デフレ)で国際競争力を失ったからで、競争相手がいなかった半導体の材料(半導体製造装置/半導体ウェハー)の分野において、日本がいまだに世界のトップの座にあるのがその証左である。
 
 ●アベノミクスをささえた二人のノーベル経済学者
 巨額の財政赤字で、日本に未来がないというのもマルクス学者の無知によるもので、マルクス経済学には、貸借対照表の観念がないので、1200兆円の財政赤字で日本経済の首がまわらなくなったなどの俗説をふりまく。
 一般会計の複式簿記では「貸借平均の原理」がはたらくので、借方の合計と貸方の合計がつねに一致する(貸借対照表/損益計算書)。したがって、借方(資産+費用)=貸方(負債+資本+収益)となって、経済の規模が大きくなるほど、借方・貸方とも額が大きくなる。
 日本の場合、国と地方の借金(国債の発行残高)は1200兆円といわれるが、国債の引き受け手の45%は、政府の子会社である日銀である。日銀への金利はすべて国庫納付金(日本銀行法第53条)として返ってくるので、政府は腹が痛まない。
 残りの国債をもっているのも、保険・年金基金(35%)なので、売りとばされたり価格が暴落したりする懸念はない。
 国債を借金と考え、デフレ政策をとって「失われた30年」をつくったのがマルクス主義経済しか知らない霞が関の役人で、これを断ち切ったのがアベノミクスだった。
 だが、残念なことに、コロナと消費税で、アベノミクスにブレーキがかかってしまった。
 アベノミクスの根幹をつくったベン・バーナンキ(「デフレ退治」)とポール・クルーグマン(「インフレ目標理論)」は二人ともノーベル経済学賞を受賞しているが、高橋洋一以外、マルクス主義にこりかたまっている日本の経済学者と交流がない。
 現在、アベノミクスで脱デフレに成功した日本は、半導体の8社連合(トヨタ自動車、デンソー、ソニー、NTT、NEC、ソフトバンク、東芝系列キオクシア、三菱UFJ銀行)で世界に挑戦するが、もはや、円高という最大の壁はとりはらわれている。
 日本のマルクス経済学者らは「失われた30年」の原因が円高だったことをみとめないが、世界の近代経済学の学者は、多くが、円高(デフレ)から脱出しつつある日本の躍進を予言している。
 次回は、日本経済の展望と、マルクス主義に縛られたままの中国とロシアの経済の行く末をながめてみよう。
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2023年10月01日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和22

 ●ロシア苦戦を読めなかった日本の識者たち
 ロシアがウクライナへ侵攻した当時、多くの識者は、小国ウクライナは大国ロシアに歯が立つわけはないので、さっさと降参すべきと口を揃えた。
 ロシアとウクライナの国力差は、経済力で10〜15倍、軍事力で5〜10倍の較差があるので、ウクライナの首都キーウ(キエフ)を陥落させるには3日もあれば十分というプーチンのことばを多くの日本人は真にうけた。
 だが、実際は、1年半たっても戦線は膠着したままで、ロシアでは、多くの高級将校を失ったばかりか、侵攻した4州とクリミア半島で苦戦を強いられている。
 そのうえ、ウクライナは、アメリカの最強戦車「エイブラムス」やF16戦闘機(61機)、長距離地対地ミサイルATACMSを供給される予定なので、それでなくとも劣勢のロシアがさらに追いこまれる可能性が高い。
 日本人がロシア圧勝と読んだのは、総合力から判断したからで、日米戦争で日本に勝ち目がなかったというのと同じ発想である。日米戦争で日本が負けたのは、ミッドウエー海戦で大敗してサイパン島や硫黄島をとられたからで、それ以上の理由はない。
 日露戦争と日米戦争当時の両国の国力の差は、似たようなもので、ハワイやフィリピンをとられると、旅順をとられて降参したロシアのように、アメリカは、白旗をあげるしかなかった。はじめから日本に勝ち目がなかったというのは、勝ち馬にのった結果論で、ムードで語っているだけである。
 戦争は、すべて、局地戦なので、総合戦力が勝っていても戦争に勝てるとはかぎらない。局地戦でモノをいうのは、作戦にくわえて個人の戦闘力と武器の破壊力で、たとえ世界2位の軍事力をもっていても、6000発の核をもっていても、局地戦にはなんの役にも立たない。
 核を使えば勝負がつくというのは短絡で、核を使えば、地球共存者としての資格を失って、すべての国から国交を断たれる。世界は複雑な関係の上になりたっているので、交易から通貨、文化や人的な交流までの国際関係を断たれると、たとえ、戦争に勝っても、国家は亡びる。

 ●総合戦と局地戦の仕分けができない戦争評論家
 総論がすきな日本人は、中国は世界第2位の経済大国で、日本は世界第3位の経済大国といいたがる。
 だが、経済大国だからといって、経済戦争に勝てるわけではない。半導体やパソコン、スマホ、太陽電池といったデジタル分野の局地戦で、日本が韓国や中国、台湾に負けつづけてきたのは、技術で優先していながら、生産や資金の局面で後れをとったからである。
 GDPは人口と付加価値(儲け)を掛け算した総額で、決定的にモノをいうのは、人口である。
 したがって、人口の多い国のGDPが大きいのは当然である。
 世界の人口比を見てみよう。
 1位 中国 約14・4億人
 2位 インド 約14・1億人
 3位 アメリカ 約3・4億人
 4位 インドネシア 約2・8億人
 5位 パキスタン 約2・3億人
 6位 ナイジェリア 約2・2億万人
 7位 ブラジル 役2・2億万人
 8位 バングラデシュ 約1・7億人
 9位 ロシア 1・5億人
 10位 メキシコ1・3億人
 ちなみに日本は1・2億人で11位である。
 つぎに国別GDPに目をむけよう。
 1位 アメリカ 約25・5兆億ドル
 2位 中国 約18・1兆億ドル−
 3位 日本 約4・2兆億ドル
 4位 ドイツ 約4・1兆億ドル
 5位 インド 約3・4兆億ドル
 6位 イギリス 約3・1兆億ドル
 7位 フランス 約2・8兆億ドル
 8位 ロシア 約2・2兆億ドル
 9位 カナダ 約2・1兆億ドル
 10位 イタリア約2・0兆億ドル
 人口と国別GDPがほぼ一致しているのはアメリカと中国、日本だけである。
 人口の多い国にもかかわらずGDPが低いのは、民主化・自由化がすすんでいないからでそれを如実にあらわしているのが一人当たりGDPである。
 国別GDPで2位の中国と5位のインド、11位のロシアが一人当たりGDPでは50位にすら入っていない。ロシアが63位、中国が68位、インドにいたっては、国家破産したベネズエラやスリランカよりも低い147位である。
 たとえ、IT先進国であろうと、カースト制が足をひっぱって、資本主義の健全な発展を妨げているわけだが、イスラム教の大国も、宗教的戒律によって資本主義の水と空気≠ナある民主主義と自由が封じこまれている。

 ●人間の戦闘力と文明力が戦争の勝敗を決する
 日本の一人当たりGDPは30位で英独仏伊のやや下位である。
 日本のGDP3位は、一人当たり30位のGDPに世界11位の人口を掛けた数字で、いわば、幻の経済大国なのである。
 日本の新聞は、日本のGDPは世界3位と吹聴するが、国力は、人間の数Χ付加価値ではなく、人間の能力Χ付加価値である。そのことに気がつけば、GDP世界第3位などと威張っているわけにはいかなくなる。
 世界の一人当たりGDPのトップ30を見るとおもしろいことに気がつく。
 1位のルクセンブルクからノルウェー、アイルランド、スイス、カタール、シンガポール、アメリカ、アイスランド、デンマーク、オーストラリア、オランダ、スウェーデン、カナダ、イスラエル、オーストリア、アラブ首長国連邦、フィンランド、ベルギー、サンマリノ、香港まで、アメリカとカナダ、オーストラリアを除いて人口が少ない先進的な小国ばかりで、したがって一人当たりの所得は、当然、高い。
 このなかに中立国家(スイス・ベルギー・オーストリア)やタックス・ヘイブン(ルクセンブルク)がふくまれているのは、多国籍企業や富裕層が膨大な資金をもちこむからだが、これもまた国際資本主義の一側面である。
 20位以下は、ドイツからニュージーランド、イギリス、フランス、イタリア、日本、台湾、韓国などがつづく。
 これが正しいGDPで、国の大きさと経済力はかならずしも一致しない。
 軍事力も同様で、国が大きいからといって、戦争に勝つとはかぎらない。
 戦争が、核戦争以外、すべて局地戦で、勝敗を決するのは、人間の戦闘力と文明力である。
 そのことは、今回のウクライナ戦争によって、イヤというほど思い知らされたはずである。
 日本の評論家は、総合力から判断して、台湾は中国の比ではないというのだが、かれらは、ウクライナ戦争で犯した見とおしの甘さをふたたびくり返している。
 こういう識者にかぎって、日米安保や「核の傘」「核共有(ニュークリア・シェアリング)」などについて、不毛な議論をふっかけてくる。
 アメリカは、日本に代わって敵と戦ってくれないというのだが、当たり前である。
 アメリカはアテにならず、日本もみずから戦う気がさらさらない。中国に攻められて、かなうわけはなく、イノチも惜しいので中国の属国になる(玉城デニー沖縄知事)というのが総論(=結果論)というもので、これが橋下徹らを中心に日本中に蔓延する敗北主義である。

 ●すぐれていた安倍元首相のアジア防衛論
『自由で開かれたインド太平洋』の安倍晋三元首相が唱えた「戦後レジームからの脱却」は、日本がアジア安保の中心軸になるという構想で、アメリカ(2015年4月29日連邦議会演説)をはじめ欧豪印らからつよい支持をうけた反面、中国をはじめ日本の反日左翼、親中派、新聞マスコミから猛烈な反発を買った。
 安倍構想は、自衛隊を国家公務員から軍人に昇格させ、日米のほか、日英や日豪とも軍事同盟をむすんでオーカス(アメリカ、イギリス、オーストラリア)の関係を密にする。そして、クワット(日米豪印)への連結を固めて、ファイブ・アイズ(アメリカ/カナダ/イギリス/オーストラリア/ニュージーランド)にくわわって最終的にはNATO(北大西洋条約機構)に参入、東京にNATO事務局を置くというものだった。
 これにたいして中国は「ブリックス(南アフリカ、ブラジル、インド、ロシアなど)」や「グローバルサウス」をひきいれて日本に対抗しようとしているが、そんなものはほうっておけばよい。
 グローバルサウスは、1955年の「アジア・アフリカ会議」の延長線上にあって、原点は、大東亜共栄圏である。AA会議で、インドのネルー、エジプトのナセル、インドネシアのスカルノ、ビルマのウー=ヌーらが、第三世界の結束は、日本の大東亜共栄思想が土台になったとのべている。
 戦後からはじまったODA(政府開発援助)も、1970〜2000年代まで日本がアメリカをおさえて世界一(アンタイド率約90%)で、これを高く評価するグローバルサウスの対日感情がわるいはずはない。
 グローバルサウスのなかで対日感情がわるいのは、中国の資金注入をうけた国々ばかりで、日本をきらっているのは、中国とロシア、北朝鮮、韓国野党と日本の工作員(左翼と平和主義派)だけだが、かれらの狙いは日本の軍事力の弱体化にある。
 左翼化したドイツ(ショルツ首相/社会民主党)すらウクライナ戦争をみて防衛費を倍増させたが、日本の反日左翼や平和主義者は、防衛費増強によって日本が中国・台湾戦争にまきこまれると主張している。
 次回以降、中国・台湾戦争と、これをとりまく国内および世界情勢についてのべよう。

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2023年09月25日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和21

  ●国際派はなぜウクライナ情勢が読めないのか?
 ウクライナ軍は「竜の歯」と呼ばれるロシアの戦車防御網を突破して、ロシア軍が占領している南東部ザポロジエ州からアゾフ海(黒海に隣接)へいたる要衝を分断する当初の戦略目標を達成しつつある。
 ウクライナ軍がザポロジエの一部を奪還できれば、そこからロシア軍が占領する4州や黒海艦隊がいるクリミア半島にミサイル弾を撃ちこむこともできるようになる。
 ウクライナ軍の目標は、クリミア大橋とクリミア半島の西端セバストポリを攻略して、ロシアの黒海艦隊やS400ミサイル防空ミサイル網を無力化することにあったが、配備されていたS400ミサイル5基のうち、ウクライナの国産ミサイルネプチューンや自爆ドローンによって、すでに3基が破壊されている。残っているのは2基だけだが、くわえて、黒海艦隊も、母港(クリミア半島セバストボリ)や司令本部、燃料タンクがウクライナ軍の攻撃にさらされている。
「世界軍事費ランキング」でロシア(2位)に大差をつけられていたウクライナ(36位)が善戦している理由は、投入できる軍事力が限られる局地戦では軍備よりも兵士の士気がモノをいうからである。
 くわえて、ウクライナの軍事力は、この数年で6倍にのびて、36位から日韓に肉薄する11位まで上昇している。
 鈴木宗男や橋本徹、左翼陣営や国際派は、ウクライナは偉大なロシアに歯が立つわけはないのでさっさと白旗を捧げろと主張したが、事態は、まったく逆の方向へすすんでいる。
 国際派らがまちがえたのは、世界版図を大国小国や陣営主義、強国従属や合従同盟、グループ化などの旧来の固定観念でとらえたからで、現在は、ソロモンのような小さな国でさえ、米中豪などの大国と堂々とわたりあっている。
 一方、日本の国際派は、強烈な西洋コンプレックスの持ち主なので、欧米から相手にされない、バカにされる、あるいは、反発を買うといって、日本の外交の足をひっぱっている。

 ●日本の針路と思考を誤らせてきた国際派
 日本では「世界にみとめられた」というのが最高のほめことばだが、こんな愚かで、恥ずかしい物言いがあるだろうか。
 外国にみとめられて一人前という考え方は、明治の鹿鳴館時代のもので、西洋コンプレックスの極みである。
 日本の歴史家が縄文時代にふれないのは、西洋史が、縄文時代から5千年もあとのメソポタミア文明からはじまるからで、当然、歴史学的・考古学的な史料は皆無である。
 当時の西洋は、石器時代というよりもほとんど原始時代で、西洋の石器時代から三内丸山遺跡に代表される縄文時代の文明がわかるはずはない。
 日本の歴史家は、じぶんの頭で考えることができないので、中国の書物に日本の記述がないといって、古墳時代をふくむ大和時代を「空白の4世紀」と呼んで、名称ごと消してしまった。
 だが、この時代は、記紀や風土記などの歴史書のほか、16万基もの古墳やおびただしい出土品(銅鏡や銅鐸、埴輪や武具など)があってこれほど研究のしがいがある時代はなかったはずである。
 戦後、マルクス主義者にのっとられた歴史学会の使命は、皇国史観の否定であった。
 それには、天皇中心に形成された大和朝廷を歴史から抹殺しなければならなかった。
 そのために利用されたのが3世紀末の中国史「三国志」に登場する邪馬台国と卑弥呼だった。
 膨大な文書のわずか数ページを割いただけの「魏志倭人伝(倭人の条)」の撰者は陳寿とされるが、陳寿は、倭の国に行ったことがなく、すべて伝聞なのであてにならないとみずから書き残している。
 裏づける他の史料が一点もなく、里や歩、水行や陸行と距離の単位もばらばらで、陳寿が噂話と告白したとおり倭人伝はただの見聞で、第一級史料というにはほど遠い。
 邪馬台国と卑弥呼の文字は、記紀や風土記などに記述がなく、全国13万の神社に邪馬台国と卑弥呼を名乗ったものは一つもない。3万社あるお稲荷さんでさえすべて名乗りがあるというのに、古代日本の誉れある名称である邪馬台国、その女王だった卑弥呼をまつった神社が一社もないのは奇異な話だが、地方に残っている建国伝説や神話にも邪≠竍卑≠ニいう卑しい漢字を使った文字はみあたらない。
 マルクス歴史学者は、大和朝廷、大和時代という名称を抹殺して、日本史を皇国史観から唯物史観に書き直したと大満足だが、その手法が「外国から見た目線」で、外国から日本古来の縄文文化や大和朝廷、大和時代が見えるわけはない。
 けれども、国際派は、わが国の歴史からは見えない邪馬台国や卑弥呼を実際にあったことにしてしまったのである。

 ●知恵ではなく、知識をふりまわす国際派
 外国の目線で世界を見るという悪癖をもっているのが日本の国際派で、かれらには、西洋を基準にモノを考え、日本を恥ずべき存在と見ていながら、臆面もなく愛国者を自称するという特徴がある。
 寺島実男ら国際派から、ユーチューブ評論家の西村博之や中田敦彦、成田悠輔、渡瀬裕哉らの発言が空疎で無内容なのは、学歴や知識がゆたかでも、日本人としての芯がないからで偏狭なナショナリズム≠批判してきた朝日新聞を読んで育った連中とすぐわかる。
 したがって、世界情勢がまったく読めない。憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼」を盲信しているらしく「われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」という調子で、世界各国がエゴイズムのかたまりであることにとうてい思いいたっていない。
 ウクライナ戦争で苦戦しているロシアは、支援国だったトルコやイランとの関係がうまくいかなくなって、急きょ、北朝鮮に接近した。旧ソ連製の武器を使っている北朝鮮から砲弾を支給してもらおうと思ったのだろうが、このときプーチンは、派兵まで要請したとつたえられる。
 トルコとの関係がギクシャクしているというのは、トルコがスウェーデンにつづいて、ウクライナのNATO加盟を支持したからで、トルコは、ロシアのウクライナ4州併合が国際法の重大な違反だったとしている。
 NATO加盟国で、EU加盟をめざすトルコは、ウクライナ戦争以来、外交的なバランスに配慮して、ロシアともウクライナとも良好な関係を保ち、西側の対ロ制裁に反対する一方、ウクライナに武装ドローン(無人機)を提供してきた。
 ロシアがトルコに反発できない理由は、ウクライナ戦争以降、経済的にトルコに大きく依存しているからである。
 トルコとロシアが手をむすんだのは、20世紀末以降、ともに、欧米主導の国際秩序に反発してきたからで、共通に利害は経済だけだった。
 ロシアとトルコが良好な関係にあったこの15年は、両国の歴史からみれば例外的な時期で、ロシアは、黒海とエーゲ海をつなぐダーダネルス海峡、マルマラ海、ボスポラス海峡をトルコから手に入れることに執着して、スターリンは、トルコで共産主義革命をおこそうと画策したほか、その後もクルド労働者党(PKK)を支援してトルコの政情不安をはかってきた。
 クリミア編入によって、トルコも、ウクライナ同様、ロシアに大きな脅威をかんじているのである。

 ●世界をリードする日本の足をひっぱる国際派
 同盟関係にあると思われていたロシアとイランだが、イランのモハマド国防相が「国内で戦闘機を生産できる」としてスホーイ35の購入計画を破棄して「ロシアと戦略的な同盟関係にはない」と明言するなど両国にあいだに冷ややかな空気が流れている。
 また、ペルシャ湾の3つのイラン領の島々をめぐる紛争で、ロシアがUAE(アラブ首長国連邦)側を支持したことに反発して、イランが日本の北方領土への支持を表明するなど感情的なしこりも生じている。
 もともと、ロシアとイランの蜜月関係は、共通する反米感情から生じたもので、両国にきずななどない
 一方、ポーランドのモラウィエツキ首相は、穀物の輸入規制をめぐる交渉が決裂して「ウクライナへの武器供与をやめる」とのべ、ウクライナのゼレンスキー大統領は「ポーランドは、連帯しているように見えるが、実際はロシアを手助けしている」と非難した。
 このもめ事は、ポーランドのドゥダ大統領はなかに入って収拾がつけられたが、これら一連の出来事からわかるのは、国家関係はご都合主義で、法則などないということである。
 かつて、安倍元首相がウクライナ戦争の仲裁者として、世界から期待をよせられたとき、日本の国際派は「百年はやい」「日本の恥さらし」「世界からバカにされると」と言い立てた。
 国際派というのは、結局、劣等感のかたまりなので、じぶんの頭で考えるのではなく、世界や他国の顔色を見て、へつらうだけである。
 そのとき、動員されるのは、知恵ではなく、知識や学識、教養である。
 日本では、西洋から学んだインテリが大きな顔をする奇妙な国である。
 世界が愛国心と一国主義、打算でうごいていることを忘れてはならない。
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2023年09月19日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和20

 ●「大東亜共栄圏」と「皇国史観」への拒絶反応
「大東亜共栄思想」と「皇国史観」にたいするマスコミとインテリ集団(日本弁護士連合会・学術団体・教員組合など)の拒絶反応には、すさまじいものがある。
 朝毎読は、親の仇にでも出遭ったかのように憎悪むきだしだが、産経新聞も社説で「皇国史観などもってのほかだが…」と書いて平然としている。
 大東亜共栄思想や皇国史観にたいする攻撃は、大手新聞よりもNHKのほうが、過激にして執拗で、大東亜共栄思想は日本のアジア侵略の口実だったという偏向番組をつくって、戦後から現在にいたるまで、延々と流しつづけている。
 GHQには対日工作の部局が三つあって、諜報活動の元締め「参謀第二部」と日本のFBIといわれた「民間諜報局」そして日本民主化の中枢「民政局」である。
 そして、日本政府やマスコミ、インテリ集団は、戦後から1951年のサンフランシスコ講和条約までの6年間、ひたすら、GHQにひれ伏してきた。
 講和条約締結によって、GHQが日本から引き揚げて、マスコミがGHQの諜報や保安、検閲などから自由になったとするのは早計である。プレスコード(日本新聞紙法)と公職追放が相まって、左翼の巣窟と化していた日本のマスコミは、GHQの「日本弱体化戦略(「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」)を踏襲して、GHQよりも過激な自主規制と反日報道をくり広げるのである。
 左翼革命をおこすには、暴力で国家を転覆させるよりも、反日教育で国民を洗脳して、国家を貶め、侮蔑させ、嫌悪させるほうが得策だからで、たとえ、革命が実現できなくとも、そのかん、マスコミは、反体制のヒーローとして、世間の耳目を集めることができる。
 それがマスコミ左翼の正体で、かれらは、GHQの謀略にのって国を売ってきたのである。
 
 ●大東亜共栄思想になぜ罪意識をもつのか
 左翼インテリや野党、リベラルは、日本はアジアに謝罪すべきと声を揃えるが、当のアジアに、日本にたいする怨恨などない。
 ビルマ外相ウ・ヌー「高い理想と目的の高潔さをつらぬいた唯一の国がある。その国は、アジアの独立と民衆の開放に命と資産のすべてを犠牲にした日本という極東の島国だ」
 ビルマ首相バー・モウ「われわれを白人支配から救い出してくれたのは日本だった。われわれは大戦の終盤に日本を見限ったが、その恩を忘れない。日本ほどアジアに貢献した国はない」
 ビルマ独立の父オン・サン「日本の軍事訓練はきびしすぎた。しかし、ラングーンが落ちたとき、われわれは、日本にしたがってきたことがまちがいではなかったことを知った」
 タイ副首相T・クーマン「日本の指導から、戦後、アジアで新しい独立国が不死鳥のようにあらわれました。だれに感謝をささげるべきか、あまりにも明白です」
 タイ首相プラモート「日本というお母さんは、母体を壊して、アジア諸国という子を産んでくれました。今日、アジア諸国が欧米と対等に話ができるのはだれのおかげか、みずからを殺して生んでくれた日本というお母さんがいたからです」
 インド首相ネルー「日本はわれわれに謝罪しなければならないことをなにもしていない。それゆえインドはサンフランシスコ講和会議には参加しない。講和条約にも調印しない」
 インド弁護士会会長グラバイ・デサイ「インドの独立は日本のおかげで30年早まった。この恩は忘れてはならない」
 スリランカ大統領ジャヤ・ワルデオ「アジア諸国が日本の復興を望む理由はアジアにとって日本が唯一、信頼できる国だからだ」
 元インド軍大尉ヤダブ「インパールの戦争で、6万の日本兵士がわれわれのために犠牲となってくれた。われわれインド人は子々孫々まで日本軍の献身的行為を忘れてはならない。そして感謝しなければなりません」
 日英激戦地マニプール州2026高地(インド)の現住民「日本兵はわたしたちを戦場から逃がして戦ってくれました。いまこうしてわたしたちが生きていられるのは、みんな、日本の兵隊さんのおかげです」
 インパール作戦慰霊碑のある村の村長「日本の兵隊さんたちは、飢餓のなか勇敢に戦い、死んでいきました。絶望的な状態にあって、勇敢さを忘れなかった日本兵の魂がインド独立の糧となりました。この慰霊碑は、独立インドの象徴でもあるのです」
 フィリピン大統領ホセ・ラウレル「日本はかならず立ち直る。日本民族とともに歩め(戦後、収監されていた巣鴨に面会に来た三男のサルバドールに)」
 マレーシア外相シェフェー「なぜ日本が謝るのでしょうか。あの大戦でマレーシア人と同じ小さな体の日本人が大きな体のイギリス人を追い払ってくれたのです。日本が払った尊い犠牲を否定することは、アジアの今日の繁栄を否定することです」
 マレーシア元首相マハティール「日本の責任を問うならば非人間的な支配と収奪をつづけた欧米の責任はどうなるのだ」
 シンガポール首相ゴーチョクトン「日本の統治は過酷だった。しかし、日本軍によって、戦後、アジアの植民地はすべて独立することができた。アジアに不屈の精神を植えつけた日本統治がアジアに自信をもたらして、欧米のアジア支配を粉砕したのだ」

 ●日本悪玉論をリードしてきた朝日毎日とNHK
 NHK(アーカイブス)は現在でもこんな放送を流している。
 太平洋戦争で東南アジアを武力で占領した日本は「大東亜共栄圏」の建設を掲げました。大東亜は、東アジアから東南アジアにかけて資源が豊富な一帯をさします。東條英機総理大臣は、欧米に占領されて、経済や文化が遅れているこの地域に、日本を中心とした道義にもとづいた共存共栄の秩序を確立すると約束しました(1943年「大東亜会議」)
 しかし、日本が東南アジアに侵攻したのは、石油や鉱物などの資源の獲得が目的だったのです。日本軍は現地住民を「土民」と呼び、独立に時期も日本が判断することが前提となっていました。
 イギリス、アメリカ、オランダ、フランスとの交易で経済圏が成立していた植民地に日本軍が侵入してきたため、住民は食料や生活物資の不足に苦しんだばかりか、多くの人々が鉄道や道路建設などの場所で働かされて、過酷な労働や食料不足のために亡くなりました。
 インドネシアのある住民は、当時をふり返ってこういます。「日本人はバゲロー(馬鹿野郎)と言って頭を叩くのです。インドネシア人にとって頭は神聖で敬うべきものなのです」
 憲兵隊に捕まって拘禁された男性もこう述懐しています。「憲兵隊は、乱暴で残酷でした。日本人はどうしてこんなことをするのか本当に理解に苦しみました」
 ビルマ独立軍のアウンサンについてかつてNHK(アーカイブ/1991年10月9日)はこういうナレーションと映像を流した。
「ビルマ独立軍にとって思いがけないできごとがおきます。ラングーン近くのモールメンを攻略した日本軍が、突如、軍政を敷いたのです。アウンサンは激怒しました。日本軍はビルマ独立の約束を反故にするのではないかと」
 NHKは、アウンサンを純情青年のように描くが、アウンサンは、24歳の若さでビルマ共産党の初代書記長に就任した天才的政治家で、イギリスのアトリー首相やマウントバッテン司令官までが手玉に取られている。アウンサンは日本軍がアジア独立よりも「援蔣ルート(ビルマライン)」の破壊を優先させていたことは百も承知で、日本を裏切ってイギリス側についたのは、インパール作戦で日本がイギリスに負けたからである。
 日本軍と共に戦って、1942年3月にラングーンを陥落させ、同年7月にビルマからイギリス軍を駆逐することに成功したビルマ独立軍のアウンサンは1943年、日本に招かれて弱冠28歳の若さで旭日章を受章、同年、バー・モウを首相とするビルマの国防相になっている。
 だが、海南島で、独立のため日本軍から苛酷な軍事訓練をうけたアウンサン(日本名面田紋次)にとって、日本は、ビルマ独立のために利用すべき道具でしかなかった。そのアウンサンも、1947年7月19日には、ビルマ独立を見ることなく6人の閣僚とともに暗殺されている。
 次回以降、旧大東亜共栄圏の旧主宰者だった日本がグローバルサウスなどとどう提携して、ロシア・ウクライナ戦争や台湾危機などの火種をかかえた世界とどうむきあってゆくべきかについて考えたい。
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2023年09月11日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和19

 ●なぜ「日本学術会議」は処理水問題に沈黙するのか
 旧民主党から自民党にくら替えした細野豪志がネットでこうつぶやいている。
「日本学術会議が福島原発処理水について科学的見解を出せば国民の見る目も変わってくると思うが…」
 日本学術会議は「東日本大震災復興支援委員会」の時代から原発の処理水を汚染水と呼びつづけてきた。
 日本政府に設置されている「日本学術会議」が汚染水≠ニ呼んでいる原発処理水を中国や韓国が汚染水と呼んで、日本がこれに文句をつけてどこに説得性があるだろう。
 東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)外相会議で中国外交のトップといわれる王毅共産党政治局員は、福島の原発処理水を「汚染水」と表現して挑発、林芳正外相は、科学的根拠にもとづいて反論したが、王毅からはせせら笑いが返ってきただけだった。
 処理水は科学的根拠に基づく安全な方法で放出されている。国際原子力機関(IAEA)も報告書で「国際的な安全基準に合致する」と結論づけている。
 ところが中国は、科学的根拠もあげずに処理水に「汚染水」とのレッテルを貼って「海洋環境の安全と人類の生命、健康にかかわる重大問題」と批判している。中国のこの政治的プロパガンダに、日本の漁業者らは風評被害に悩まされ、大きな被害をこうむっている。
 にもかかわらず、福島の処理水の海洋放出について、日本学術会議が提言や見解を出していないのはどういうわけか。
 この深層構造をさぐるには、話はすこし飛躍するが、戦後のGHQ支配体制をふり返る必要がある。

 ●GHQが産みの親だった「日本弁護士連合会」と「日本学術会議」
 終戦翌年の昭和21年、総選挙で自由党が勝利して、首相になる予定だった党首の鳩山一郎が、GHQの公職追放令によって、突如、政界から追放されるという衝撃的な事件がおきた。
 鳩山に代わって、首相になったのが親米派の吉田茂で、戦後日本は、防衛はアメリカまかせにして、経済大国をめざすという「吉田ドクトリン」のもとですすめられてゆくことになる。
 公職追放令を発した3年後の1949年、GHQは、公職追放や神道指令で壊滅させた日本精神を根絶やしにするべく「日本弁護士連合会」と「日本学術会議」の2団体を設立させた。
 GHQの目的は、日本の軍事力を徹底的に排除して、2度とアメリカら自由主義陣営の国に歯向かう気概のない国にすることで、それには、マスコミなどへの検閲機関を強化するほか、世論形成に大きな力をもつ学者や弁護士などの知的機関をGHQの影響下におくことだった。
 それが4000人の日本人が勤務していたGHQの検閲機関「CCD」(民間検閲支隊)とハリー・ケリー(GHQ科学技術課部長)がつくった「科学渉外連絡会」である。
 戦後日本の思想環境は、すべてGHQによってつくりあげられたのである。
 日本学術会議は、物理学者だったケリー博士の功績をたたえるが、ケリーは軍人でもあって、軍務に従って、学士院、学術研究会議(日本学術会議)、日本学術振興会の3団体をGHQの左翼路線に従わせただけである。
 事実、日本学術会議法は、(科学技術行政協議会要綱)は、日本共産党系列の民主主義科学者協会と人文科学有志、科学渉外連絡会三者の折衷案で、日本国家のためには働かないという売国的テーゼはこのときすでにできあがっていたのである。
 1949年の中華人民共和国成立以前、GHQがとっていたのは、占領政策というよりも事実上の共産化政策で、その最大の成果が憲法だった。
 占領基本法だったGHQ憲法と教育勅語に代わる教育基本法、新聞マスコミの売国思想、そして「日本弁護士連合会」と「日本学術会議」の反日・反国家的な綱領が戦後日本の精神となったが、これらはすべて、GHQの日本弱体化戦略≠ゥらでてきたものだったのである。

 ●反日活動家をリベラルともちあげる日本のメディア
 ところが、GHQによる日本赤化計画は、突如、終焉を迎える。
 中国革命や朝鮮戦争の勃発で、日本の民主化・非軍事化をすすめていたアメリカが左翼路線(民主化)から防共路線(保守化)へと逆コース≠ヨ転じるのである。
 日本の民主化・非軍事化を進めていたGHQも再軍備や共産主義パージへと舵を切ることになったが、この方針転換によって、占領政策が覆い隠していた民主主義と共産主義の対立があらかさまになった。
 中華人民共和国成立(1949年)と朝鮮戦争(1950年)を目の当たりにしたアメリカでマッカーシー旋風(「赤狩り」)が吹き荒れたのは当然のなりゆきで、アメリカは、共和党の反共運動によって、民主主義と共産主義が別物であることを思い知らされたのである。
 ところが、日本では、現在にいたるまで、民主主義と共産主義が混同されたままで、日本共産党らの野党は、民主主義によるブルジョワ革命と共産主義による暴力革命の二段階革命論≠奉っている。
 ブルジョワ革命(市民革命)派がリベラルで、暴力革命(人民独裁)派が共産主義である。
 福島原発のALPS処理水の海洋放出について、日本国内でも「処理水」を「汚染水」と表現して、放出に反対する日本共産党の小池晃書記局長のような人々がいる。一部メディアがかれらを『リベラル』と表現するが、まちがえてはならないのは、かれらは、風評被害をまきちらす扇動家であって、リベラルではない。さらに「汚染水」という表現を使う連中は、リベラルでも左派でもなく、悪質な反日主義者でしかない。
 反日活動家をリベラルともちあげる一部メディアは、無知のきわみで、アメリカの民主党と共和党をたとえにあげるなら、民主党がリベラルなら共和党はリパブリカンで、ともに、社会自由主義を志向する思想である。リベラルにもリパブリカンにも祖国を貶めて他国の利益に与しようなどという汚い根性はみじんもない。

 ●4兆円の研究開発費を牛耳る日本学術会議
 日本のマスコミや一部の高級官僚、日本学術会議や日本弁護士連合会が反日的なのは、GHQの「日本弱体化政策」の産物だったからで、かれらの脳ミソのなかに祖国や国体、同胞という観念はほとんどゼロである。
 日本弁護士連合会は、オウム真理教が、史上最悪の犯罪集団と判明したのちにも、破防法適用棄却決定にたいして「破防法適用が回避されたことを心から歓迎する/1997年/日本弁護士連合会会長/鬼追明夫」という声明をだしている。
 犯罪者や犯罪の弁護を職業とする弁護士連合会は反社(反社会的勢力)≠セったことがこのことからも明らかだが、日本学術会議と同様、社会の木鐸のような顔をしてふんぞりかえっている。
 ちなみに、日本弁護士会は、福島原発の処理水を汚染水≠ニ呼称しており岸田首相への意見書では処理水といいかえているが、海洋放出にはつよく反対している。
 80万人といわれる日本の研究者(大学教員55万人)のうち4兆円の研究予算配分に影響力(「マスタープラン」の策定など)をもっているのは、ほんの一握りで、それが会員210人で任期6年の日本学術会議である。
 10億円の維持費がついているが、そんなものは屁のようなもので、狙っているのは予算4兆円の管理で、左翼が多い文部科学省は、ほとんど、日本学術会議の言いなりである。
 元政府高官はこう嘆く。「日本学術会議は安全保障分野への予算配分についてきわめて慎重で、それが、防衛装備の技術開発で中国に後れを取っている最大の要因になっている」

 ●祖国の防衛に反対して、中韓の軍産複合体に貢献
 菅義偉前首相は、2020年、6人の反日的学者「日本学術会議」の任命を拒否して、日本中のマスコミが狂ったように大騒ぎしたが、その数年前、日本学術会議は、中韓に接近して「合意書」や「協力覚書」に署名している。
 2014年、日本学術会議は、韓国行政研究院と科学協力に関する合意書に署名したのにつづいて、2015年、中国科学技術協会と協力関係をつよめることを目的とした覚書を交わしている。
 軍産複合体は、銃器や航空機、戦車、艦船にかぎった話ではなく、それらに関連する科学技術分野や建築、家電機器、自動車、医薬品・食料品など多岐にわたる。
 アメリカのみならず中韓も軍産複合体で、したがって、技術協力をおこなえばそれが軍備・防衛産業につながることは目に見えている。
 日本学術会議は、昭和25年と42年に「戦争を目的とする科学研究は絶対におこなわない」とする声明をまとめ、平成29年には、声明継承を宣言している。
 日本学術会議のこの姿勢が日本の基礎研究にまでおよんで、若手の研究者の起訴研究が中止させられたという日本の学界に山ほどある。将来、軍事産業に転用されるおそれがあるという理由からで、それが、防衛力にかんする研究や日本の科学研究の大きな障害になっている。
 その日本学術会議が中韓の軍産複合体に協力するということは、日本列島にむけられる極超音速ミサイルに日本の科学技術が利用されかねないということでもあって、任命拒否や民営化どころか、解散命令をだしても当然である。
 福島原発処理水の問題から、戦後、アメリカが植えこんでいった日本弱体化政策の害毒が、各分野から、一気にあふれだしてきた観があるのである。
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2023年09月03日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和18

 ●日本の数十倍の核処理水を放流している中国と韓国
 福島第一原発処理水の海洋放出にたいして、中国政府と韓国の野党が激しく反発している。
 中国も韓国も、一応、近代科学力を有する文明国家なので、福島第一原発の処理水が放射性物質の国際基準値を大きく下回っているという事実を認識できないはずはない。
 福島第一原発の場合、事故後、放射性物質の基準値が10倍にはねあがって約22兆ベクレルになったが、それでも、中国の五分の一、韓国の半分以下でしかない。中国や韓国が日本の数字に騒ぎまわっては、かえって、じぶんたちの墓穴をほることにならないか。
 中韓は、日本が、ALPUSで処理する以前の汚染水をいっしょに流しているという非難をくり返すが、かれらは、どうやら、ALPUSを機械や設備などと思っているようだ。ALPUSは、放射性物質を除去するシステムのことで、ALPUS(アドバンスド リクイド プロセッシング システム)は、そのシステムの名称の頭文字である。
 ALPUS処理水は、放射性物質がふくまれる汚染水を薬液による沈殿処理や吸着材による吸着など化学的・物理的性質を利用した処理方法で、トリチウムを除く62種類の放射性物質を規制基準以下まで浄化処理した水のことである。
 トリチウム(三重水素)が除去できないのは、無害な自然物質に還元されてしまうからで、自然界で、三重水素は一般的な物質である。日本で除去技術がほぼ完成しているが、国が補助金をださなかったのは、除去の必要がないからだった。
 それでも日本は、トリチウムの安全基準の40分の1(WHO飲料水基準の約7分の1)まで海水で薄めて放出している。
 日本の福島第一原発で検出された数値は約22兆ベクレルだが、各国の原発関連施設から排出される処理水のベクレルは以下のとおりである。
 英国・セラフィールド原発 約1624兆ベクレル
 カナダ・ブルース原発 約756兆ベクレル
 カナダ・ダーリントン原発 495兆ベクレル
 英国・ヘイシャム原発 約396兆ベクレル
 中国・泰山第三原発 約143兆ベクレル
 中国・陽江原発 約112兆ベクレル
 中国・寧徳原発 約102兆ベクレル
 中国・紅沿河原発 約90兆ベクレル
 米国・ディアプロ原発 約82兆ベクレル
 韓国・ウォルソン原発 約71兆ベクレル
 中国・福清原発 約52兆ベクレル
 韓国・古里原発 約50兆ベクトル
 仏国・トリカスタン原発 約42兆ベクレル
 原発のトリチウム排出量は大きくないが、再処理施設ではケタ違いで、フランスのラ・アーグ再処理施設では、1京1624兆ベクレルものトリチウムが空中放出あるいは海洋放流されている。
 これまで、トリチウム排出が大きな問題になってこなかったのは、人体への影響が確認されなかったからで、原子力施設から排出されるトリチウムと自然界に存在する放射性物質とのあいだに構造的なちがいはない。
 したがって、中国や韓国も、これまで、トリチウムの有害性を語ったことはいちどもなかった。
 
 ●中・韓の論理破綻と妄想、狂気の沙汰
 中国や韓国が福島第一原発の処理水を非難するのは、日本政府が国際原子力機関(IAEA)をダマして、高濃度の放射能汚染水を海に流しているというデマを信じているからで、日本でも、共産党の小池晃書記局長や山本太郎のほか立憲民主党の一部がこのデマの発信元になっている。
 中国は、日本海産物の全面禁輸をきめたが、たちまち、塩の買い占め騒動がおきたほか、中国の水産業も壊滅状態に陥った。
 塩を買い占めしたのは、猛毒の日本の原発処理水が海流に乗って中国近海へ侵入してくると中国の塩まで汚染されると信じこんでいるからで、この論理に従えば、中国沿岸・近海での漁業は不可能になる。
 中国政府は、中国人は韓国人とちがって理性的なので、こんなばかな話は信じてはならないとアナウンスしているが、日本海産物の全面禁輸をしておいてそれはないだろう。
 一方、韓国では、野党やマスコミ、学会こぞってこのばかばかしい話を、連日、吹聴してまわっている。
 韓国与党「国民の力」は「日本の処理水を飲むよりうんちを食べたほうがマシ」などと発言した「共に民主党」の3人の国会議員を品位維持義務に違反したとして、国会倫理特別委員会に提訴した。
「共に民主党」の支持率が急落したのは当然だが、一方、日本の処理水放流に理解をしめした尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領(「国民の力」)の支持率に変化はなかった。
 韓国の最大野党「共に民主党」や労組、新聞マスコミは、親北朝鮮で、与党「国民の力」の打倒に血眼だが、韓国地検は「共に民主党」の李在明代表が北朝鮮への不正送金にかかわっていたとして出頭命令をだしている。北朝鮮とツーカーの仲で、ほとんど一心同体の韓国左派が、検察に叩かれて、衰退すれば、韓国も付き合いやすくなるのである。
 韓国もようやく国家理性にめざめて、反日感情と現実政治の仕分けができるようになりかけているが、日本政府は、この流れをささえてゆくべきだろう。
 
 ●中国共産党幹部1200兆円の不正蓄積問題と日本の処理水の関連
 中国の処理水放流への反発は、韓国とはちがって、政治目的がはっきりしている。
 国内に50基以上あって、現在、30基近く建造中の原発は、いずれも100兆ベクレル以上のトリチウム垂れ流し構造である。
 いったいどんな神経で22兆ベクレルの日本の処理水放流を非難するのか。
 しかも、福島沖の太平洋に海流が日本海や南シナ海、東シナ海の合流するのは3〜10年後で、そのとき、日本の処理水の濃度は、ゼロに下がっている。
 中国政府(中国共産党)がそんなことを知らないはずはないが、中国共産党にとって、じつは、日本の処理水放流は、国民の目を内政から逸らさせるネタでしかなかった。
 というのも、中国経済は、現在、建国以来の国家的危機に瀕しているからである。
 中国不動産大手の恒大集団や碧桂園のデフォルトが象徴する不動産バブルの崩壊は、日本でいう総量規制である「三条紅線」が原因といわれる。
 だが、その根本原因は、そんななまやさしいものではない。
 もっと根が深く、中国のバブル崩壊の原因となったのは、いままで隠されてきた浮財(中国共産党幹部の蓄積資産)*竭閧ノある。
 中国は、革命をおこして、土地をすべて中国共産党が地主からとりあげた。
 それが1200兆円あって、すべて、共産党幹部(100人)に着服されてスイス銀行に預けられている。
 永世中立国のスイスがこの情報をアメリカに流したのは、反中国という旗幟を鮮明にしたからで、共産党員の氏名が公表されると、中国政府の実体である中国共産党は大パニックに陥る。
 日本のバブル崩壊は100兆円レベルだったが、中国のバブル崩壊は日本の十倍以上で、これは、中国共産党幹部が盗んだ1200兆円にほぼ匹敵する。
 この事実が中国国内で公になれば、共産党批判がおきるのはまちがいないので、中国共産党は、その火消しのために、日本の処理水放流への反発を国民に煽っているのである。
 中国経済がバブル崩壊しなかったのは、事実上、MMT(現代貨幣理論)にのってきたからで、ロシアが経済破綻もせずにウクライナ戦争を続けられるのも同じ原理である。
 MMT理論は、国家が存続するかぎり無限に自国通貨を発行でき、インフレ率を見て自由に支出をおこなえるというもので、税は、財源ではなく、通貨を流通させる仕組みにすぎない。
 中国の一帯一路は、MMT理論そのもので、無尽蔵に元紙幣を刷りまくっても、経済成長すれば、マネーサプライと経済力、購買力がささえあって経済は永続的に発展する。
 その中国経済がつまずいたのが、資金枯渇と実体経済(雇用)の衰弱だった。
 中国のバブル崩壊は、日本のバブル崩壊の比ではなく、この危機をのりこえるために中国共産党は、台湾侵攻という劇薬に手をのばすだろう。
 次回は、この問題をさらに煮詰めて、台湾危機や、中国と韓国野党の対日謀略の実態を暴いていこう。
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2023年08月27日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和17 

 ●LGBTブームに冷や水を浴びせた猟奇殺人事件
 札幌・すすきのホテルで首なしの死体がみつかった事件は、近年まれにみる猟奇殺人事件としてテレビで大騒ぎになったが、被害者が女装趣味のLGBTの男性と分かって、以後、テレビはピタリと報道をやめてしまった。
 これまでテレビは、LGBTに同情的、共感的だったが、LGBTがらみの殺人事件となれば、そうともいかなくなる。LGBTの醜い部分や反社会的な要素にもふれなければならなくなるが、マスコミにそんな覚悟はなかったのである。
 もう一つ不都合なことは、一部識者が危惧して、マスコミがデマとしてきた女性トイレのLGBTへの解放が、事件に小さからぬ影響をもっていたことがわかったからで、これも、マスコミが事件の黙殺する理由の一つとなっているだろう。
 会員制バーなどの常連だった被害者が、女子トイレへ居座ったのは、悪酔いした女性を介抱して、そのままラブホテルつつれこむためだった。女子トイレでの居座りを従業員から注意されると『ここはジェンダーを差別する店なのか!』と食ってかかる始末で、従業員は、女装して来店するジェンダー客への配慮もあって、対応に苦慮したという。
 マスコミは右翼や保守論客が「トイレで女性が襲われる」などの差別デマを吹聴しているとして批判してきたが、今回の事件によって、その保守論客が心配していたとおりのことがおきていたことがわかったわけで、マスコミはぐうの音もでない。
 トランスジェンダーの経産省職員が、女性用トイレの使用を制限されていた件で、最高裁が「トイレの使用制限をみとめた国の対応は違法」という判決を下して、これを、八木秀次や百田尚樹、門田隆将らが批判したのは、日本人の常識をふまえれば当然のことである。
 これにくってかかったのが元SM嬢にして作家の泉美木蘭で、小林よしのりライジングというメルマガで、八木秀次や百田尚樹、門田隆将らに罵声を浴びせかけて、多くのメディアやSNSがこれにやんやの喝采を送った。
 現在の風潮は、差別される被害者のLGBTに同情的、共感的であることが善で、毛嫌いする者は、時代遅れの悪となっている。したがって、多くの日本人は先を争うようにLGBTびいきになって、百田尚樹にような古いタイプの日本人を化石扱いにして得意になっている。

 ●アメリカ民主党の気候危機説とLGBT革命
 世界的なLGBTブームをひきおこしたのは、地球温暖化対策や脱炭素をうったえてきたアメリカ民主党で、一方、共和党はLGBTなどにはまったく関心がない。
 アメリカは、共和党と民主党で、国論が真っ二つに割れていて、とても一つの国など思えない。バイデン率いる民主党は「気候危機説」を唱え、脱炭素に熱心だが、共和党は「人類が絶滅する」という調子の民主党の気候危機説などぜんぜん信じていない。
 経済や安全保障を犠牲にする極端な脱炭素政策にも反対している。
「気候危機説」は、北極・南極の氷河の半分が解けて海面が上昇、多くの国や地域が水没するとうったえるが、淡水は、地球上の水の3%で、半分が氷河である。1・5%の氷河が半分解けてもわずか0・7%増で、海面にほとんど変化があらわれない。
 気候危機説をめぐって、欧米で過激な自然保護団体がテロ活動をおこなっているが、かれらの主張は、大半が極端な誇張で、虚偽や誤認も少なくない。
 典型がゴア元副大統領の「地球温暖化問題(ノーベル平和賞)」だが、トランプは「地球温暖化は嘘っぱち」と叫んで、大統領に当選した。
 ところで、なぜ、民主党は、共和党が同調できない争点を次々ともちだしてくるのであろうか。
 民主党が共和党に比べて、立脚基盤がぜい弱なのにくわえ、支持者が革命的でセンセーショナルな訴求に敏感なリベラル派だからで、今回のLGBTでも騒いでいるのは一部の民主党支持者だけである。
 一方、共和党を支持しているのは「保守派」と呼ばれる人たちで、アメリカ西部の農業地帯や南部の州に支持者が多く、奴隷解放の初代大統領リンカーンがシンボル的な存在である。
 共和党の支持者は、白人や敬虔なキリスト教徒をはじめ、石油産業、自動車産業、軍事産業などの軍産複合体や大企業、全米ライフル協会、ウォール街の金融業などに多く、いわば、アメリカ魂につらぬかれた政党といえる。
 決定的な支持基盤をもたない民主党は、共和党の失政に乗じて政権をとってきた経緯があって、その代表が、1929年の大恐慌のあとに登場したルーズベルトだった。
 民主党を支持しているのは、ニューヨークやロサンゼルス、サンフランシスコなど海岸部や都市部在住の「リベラル派」と呼ばれる人々で、IT企業従事者やインテリ層、女性などのほか、性的マイノリティや労働者階級、環境保護団体、公民権運動団体、有色人種などが多い。
 民主党支持者に「リベラルな風潮を好む」「多様性を尊重する」などの共通点があって、これが限りなく社会主義に接近して、保守主義との溝を深めているのは、ルーズベルト以来の伝統である。

 ●日本を敵対視してきたアメリカ民主党
 アメリカ民主党が日本を敵視あるいは蔑視してきたことを日本人は知らない。
 議会をとおさない対日最後通牒(「ハルノート」)をつきつけ、12万人もの日系人を強制収容所に拘束したルーズベルトは「ポツダム宣言」を日本につきつける前にすでに原爆投下の書類にサインしていた。
 そして、後任のトルーマンは原爆投下を命じるのにまったく躊躇がなかったという。
 2人とも中国びいきのばりばりの民主党員で、朝鮮戦争の折、原爆の使用を提案したGHQ(連合国軍総司令部)最高司令官マッカーサーを解任している。
 日本人の大量虐殺はよいが、中国人の大量虐殺はノーという論理である。
 パリ講和会議(1919年)で、日本は「国際連盟規約」に人種差別撤廃を明記するべきと発議して、多数決で日本案がとおったが、議長をつとめていたアメリカ大統領のウィルソンは「全員一致が条件」と難癖をつけて、日本案を否決した。
 ウィルソンも民主党で、国際連盟の創設に尽力してノーベル平和賞をうけた国際派とあって、日本には冷淡そのものだった。
 民主党のクリントンも「日米包括経済協議」「ジャパン・パッシング」(日本無視政策)で知られる反日的な政治家で、2016年のアメリカ大統領選挙で夫人のヒラリー・クリントンがトランプに勝っていたら、日本は、窮地に追いこまれていたはずである。
 大統領就任後の初のアジア訪問は、中国と韓国で、日本は入っていなかったからで、両クリントンにとって、日本は、中韓に次ぐ第三の国で「東アジアの緊張を高める存在であってはならない」くらいの認識しかもっていなかった。
 民主党が反日的なのは、革命政党にとって、伝統国家は嫌悪と侮蔑の対象でしかなかったからだった。

 ●民主党のリベラル・デモクラシーとLGBT革命
 反日的な民主党にたいして、共和党は、ペリー提督を日本に派遣したフィルモア大統領から、日露戦争の講和を日本に有利に斡旋して、ノーベル平和賞をもらったセオドア・ルーズベルトまで親日的で、マッカーサーも共和党寄りでなかったら占領政策はもっと過酷なものになっていたはずである。
 日本のメディアが、ニューヨークタイムズと提携関係にある朝日新聞を筆頭にして、こぞって民主党寄りなのは、日本に冷淡で批判的だからで、じぶんの国をわるく書くことが身上の大新聞にとって、引用しやすい情報源なのである。
 日本のメディアがCNNやニューヨークタイムズばかりとりあげるのは左翼的だからで、大方の日本人は、フォックスニュース、ブライトバートなど共和党寄りのメディアの名前すら知らない。
 日本の大手メディアは、民主党寄りのメディアの情報を垂れ流しているだけなので、日本人が知ることができるのは、つねに、アメリカという国の半分に限られる。
 アメリカ民主党が「現在のままでは人類が絶滅する」として、気候危機説を唱え、脱炭素に熱心なのは、民主党の考え方に現状を変える≠ニいう過激な革命思想があるからで、これに、LGBTがくっついて、LGBT革命というべき風潮がつくりだされた。
 性の自己同一性を、じぶんの意志で変更することは、生物にとって、究極の革命で、出産や育児、教育が放棄された世界は、希望なき暗黒社会というほかない。
 だが、性差や性役割をうけいれらない人々にとって、天国である。
 民主党は、性の自己決定ができない社会は、革命をおこして、変えるべきだというが、アメリカ民主党の目的は、性の解放ではなく、あくまで革命にある。
 革命政党である民主党は、伝統的な価値観をみとめることができないばかりか、これを悪として断罪しようとする。
 日本のLGBT騒ぎを煽ったエマニュエル駐日大使もシカゴ市長からオバマ大統領の首席補佐官などを歴任した民主党員で、バイデン大統領の肝いりで駐日アメリカ大使に就任した。
 そして、リベラル・デモクラシーやLGBT革命を叫ぶが、アメリカよりも文化的な日本で、アメリカ民主党の言辞にダマされるのは、アメリカに洗脳されているおばかさんたちだけである。

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2023年08月20日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和16

 ●シルクロード文明の終着駅だった日本
 日本が、伝統や習俗、習慣や常識をかなぐり捨てて、海のむこうから入ってくる新奇なものにとびつく習性は、昨日や今日、はじまったことではない。
 日本人の多くは、明治維新の廃藩置県や秩禄処分(武士階級の廃止)あるいは鹿鳴館文明(西洋かぶれ)を、案外、平気でうけいれて散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする≠ネどとのんきに都々逸をうなっていたのである。
 日本人が海のむこうのものをやたらに有難がるのは、日本がシルクロードの終着点だったからで、アジア東端の島国だった日本にとって、海のむこうのものはすべてが物珍しく、有益なものだった。
 日本は、ユーラシア文明を移入、あるいはこれを国風文化に変えて、独自の文化をつくりだしてきた(ハンチントン『文明の衝突』)が、その一方で、しばしば、鹿鳴館文明のようなかぶれ現象≠ひきおこしてきた。
 近代になってそれがおきたのが、明治維新の文明開化や大正デモクラシーのリベラル・デモクラシー、敗戦後のコミュニズム・デモクラシーで、かぶれるのは、もともと、土着にはなかった異文明が移入される際に生じる過反応である。
 明治維新以降、日本は、わずか20数年で、鉄道や電話、郵便などのインフラを整備して、綿糸や生糸の大量生産・大量輸出を開始している。
 日本が短期間で産業革命を実現できたのは、江戸時代に高度な技術力を培っていたからだった。
 アメリカのペリー提督は、日米和親条約を結んだ際、日本にアメリカの武器や電信機、蒸気機関車の模型を贈ったが、その数年後、佐賀藩や伊予宇和島藩は、独力で蒸気機関車を建造している。
 そのうえ、佐賀藩は、イギリスが試作に成功したものの実戦化にてまどっていたアームストロング砲をさっさと建造してイギリスの度肝を抜いたが、これはさして驚くほどのことではなかった。

 ●戦国末期、日本は、世界一の火器保有国だった
 日本に鉄砲が伝来したのは、1543年だが、関が原の戦い(1600年)で使用された鉄砲は、約二万五千丁で、当時、日本には、五、六万丁の鉄砲があったといわれる。
 ちなみに、当時、全ヨーロッパにあった鉄砲は、約三万丁で、火砲が中心となる西洋との戦争で、日本は、襲ってくる敵を集中砲火でつぶす火力をもっていたのである。
 これがハンチントンのいう日本文明のユニークさで、アヘン戦争では中国が英海軍の火砲に歯が立たなかったが、日本では、薩英戦争で、イギリス艦隊を徹底的にやっつけている。
 イギリス艦隊の損害は、大破1隻・中破2隻の他、死傷者は63人(旗艦の艦長と副長を含む死者20人)におよんだが、日本の被害は流れ弾に当たった戦死一人のほか艦砲射撃で市街地の一部失っただけだった。
 日本は、シルクロード文明を吸収して、国風文化を磨き、世界大国になっていったが、一方、日本には、西洋コンプレックスがつよい連中が権力をにぎる傾向があって、明治維新以降、日本を西洋の下位に置いて、西洋崇拝者であるじぶんを売り出すやからが幅をきかせてきた。
 卑屈に西洋にはいつくばって、その西洋と気脈がつうじていることを武器にじぶんを売りだそうというわけだが、そういう連中がもちいるのが反日侮日と西洋崇拝の宣伝(プロパガンダ)だった。
 日本には、数万の格言やことわざがあって、そのどれも、自由や平等、権利などの啓蒙思想と人間社会のルール、生活感情をあわせた生きた人生教訓で、これにくらべると、杓子定規な西洋の思想など幼稚すぎて、お話にならない。
 ことわざには「情けは人の為ならず」や「武士は相身互い」など民主主義の本質をつくものが数限りなくあるが、西洋にあるのは、デモクラシーとリベラル、コミュニズムだけで、その土台に自由と平等、権利などの啓蒙主義があるだけである。
 せいぜい10個ほどの観念をふりまわしているのが西洋だが、日本の学者連中はこれを延々とこねくりまわして、西洋通の知識人としてふんぞり返っている。
 
 ●「日本弁護士連合会」は日本で最悪の反日集団
 インテリバカがふんぞり返っているなかでとりわけ悪質な害毒を垂れ流しているのが日本弁護士連合会で、犯罪者の片棒を担ぐのが身上の弁護士が、反国家の先兵となって、言論テロをくりひろげている。
 その代表が小林節という狂信的なアジテーターで、弁護士というより特殊なイデオロギーをもった極左扇動家である。
 左翼はマルクス主義者だが、法律家は法理主義者で、マルクス主義者は革命をとおして、一方、法理主義者はその法理をとおして、国家を倒そうとする。
 国家は、歴史や習俗、文化や権力などの多様性からできている複合的にして壮大な生きものということができるが、法律屋は、国家を法理という一局面からしかみることができない。
 弁護士で、大阪府知事、大阪市長をつとめた橋本徹は『実行力』『交渉力』『決断力』などのベストセラーを連発しているが、そのどれも、法理を土台にした机上論で、人間の心が宿っていない。
 橋本は、ロシアのウクライナ侵攻にかんして、4000万のウクライナ人は、生命をまもるために祖国を捨てて難民になるべきとのべて、世界から呆れられたが、それでも、日本では、橋下イズムが圧倒的な支持をえている。
 そこで、気がつくのが、日本では、すでに、人間の心や正気が失われているという事実である。
 西洋バカに学者バカ、偏差値バカ、法律バカ、さらにここにLGBTバカがくわわって、日本では、一般的な社会通念や常識、人情などの歴史的価値観が崩壊した知的ゾンビの国になっている。

 ●じぶんの頭でモノを考えられない現代の日本人 
 それが文化革命の恐怖で、昨日まで善だったものを一夜で悪にかえて、その価値の逆転をもって、大勢の罪なき無垢の人々をみな殺しにする。
 貴族4万人の首をハネたフランス革命、ロマノフ王朝の残党125万を酷寒のバイカル湖に沈めたロシア革命、犠牲者数が6500万人にものぼる毛沢東の文化大革命(ステファン・クルトワ『共産主義黒書』)、200万人の父母を殺したポルポトのカンボジア革命と、革命は血も凍るふるまいだが、日本でも、12人の仲間をリンチ殺人した連合赤軍や死者が100人をこえる中核・核マルの内ゲバ事件などがある。
 テロ事件では、オウム真理教がサリンをつかって14人を殺害(負傷者6300人)したが、日本では「民主主義と国民の人権を侵害する(「日本弁護士連合会」)という理由からオウム真理教への破防法適用が見送られて、オウム真理教の後継3団体(アフレなど)の約2000人の信者が息をひそめて次のテロ機会をうかがっている。
 このことからも、弁護士会は国民の敵≠ニわかるはずだが、高学歴者が社会の中枢を握っている日本では、医者や弁護士、高級官僚、大学教授らが上級国民のセンセー様で、テレビでも、視聴者である一般国民がかれらの高説をうかがうという構成になっている。
 デヴィ夫人は、昨今のジャニー喜多川£@きに辟易して「ジャニーズ系のタレントが恩人であるジャニー喜多川を批判することはジャニー氏の慰霊への冒瀆」「ジャン・コクトーがジャン・マレーを愛したような特別な世界、関係性というものはある」とツイッターに投稿したところLGBT賛歌でわき返っているネット・マスコミからすさまじい反発があった。
「権力者男性に媚び売る恥知らず」といったものが大半だが、なかでも、英国BBCや国連、アメリカ大使が問題にしていることをとりあげて、世界に恥ずかしいとおそれいる声も多かったという。
 魔女裁判で200万人の無垢な女性を火刑にした悪魔のような国に、生類憐みの令の情け深い国がなぜ恥じなければならないのか。
 西洋や西洋人に媚びるのもいい加減にすべきである。
 長寿番組『新婚さんいらっしゃい!』(ABCテレビ)に男性カップル(フランス人と日本人)が登場して、視聴者から「おめでとう」の声が殺到して、ひげ面同士の抱擁に眉をひそめるふつうの日本人が時代遅れと罵倒された。
 その一方、レバノンやウエートなど中東では、世界的に大ヒットしている映画「バービー」が「同性愛を助長する内容がふくまれている」として上映禁止になった。
 ジェンダーフリーとはなんだったのか、日本人は、じぶんの頭でもういちど考えてみるべきだろう。
 じぶんの頭でモノを考えることができるようになったとき、日本人は、ようやく、正気をとりもどすことができるのである。
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2023年08月06日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和15

 ●毛沢東とフランクフルト学派に染まった日本の左翼
 1958年からはじまった中国の大躍進政策の一つにスズメ撲滅運動≠ニいうのがあって、このとき、一億羽以上のスズメが駆除されて、中国全土からスズメが姿を消した。
 その結果、バッタが大繁殖して、農村の穀物を食い尽したのは自然の摂理というべきで、頭で考えた小知恵で大躍進ができると思ったほうが愚かだったのである。
 そのバッタ飢饉によって、数千万人が餓死して、毛沢東は失脚した。
 文化大革命は失脚した毛沢東の巻き返しで、このとき紅衛兵が手にしていた毛沢東語録≠ヘ30カ国で10億冊も印刷された聖書並みのベストセラーとなって、いまなお、共産主義思想の原典とされている。
 毛沢東語録の根幹は清朝儒教の「実事求是」ということばにあって、これは「真実は事実のなかにある」という観念論である。
 毛沢東語録は、その実事求是のオンパレードで、スズメを撲滅すれば農業が大躍進するといった妄想的にして短絡的な因果論が並べられている。
 これと似ているのが、1923年、ドイツでうまれたフランクフルト学派という戦闘的なマルクス主義で、階級闘争=暴力革命が実現しないのは、人間の精神が資本主義に毒されているからという。
 フランクフルト学派の第一世代に属するルカーチは、こう宣言した。
「資本主義下でつくられた精神を破壊しなければ革命は実現できない。人間を破壊せよ。文明や文化を破壊せよ」
 全学連や全共闘、赤軍派が荒れ狂った1960〜70年代にかけて、世界を席巻したのがフランクフルト学派と毛沢東語録で、当時、東大の立て看板には毛沢東の肖像が掲げられて「造反有理」の文字がおどった。

 ●啓蒙主義のデタラメな論理にシビレタ日本人
 フランクフルト学派は、個人の欲望を最大限に拡大して、それがうけいれられない場合、その責任を負うべきは社会だとして、これを革命のエネルギーに転化させようという戦略的マルクス主義で、原点にあるのは自然に帰れ≠フルソーである。
 国家を必要悪とするホッブズにたいして、ルソーは、国家を悪とした。
 ルソーは、人間は生まれながらに自由だが、いたるところで鉄鎖に繋がれているといったが、ジョン・ロックも、すべての人間は平等で、独立していると主張した。
 だが、人間は、うまれながらにして自由かつ平等、諸権利がそなわっているとする啓蒙主義は、真っ赤なウソで、裸でうまれてくる人間は、不平等にして不自由な存在で、なんの権利ももたず、なんの恩恵もあたえられていない。
 それでも、人間として生きてゆけるのは、ホッブズがいうように、国家から庇護されているからで、ルソーのいうように自然に還れば、人間は、3日たりとも生きてゆけない。
 人間はうまれながらにして、基本的人権や生命の尊厳、自由や平等、権利をあたえられていると日本人が思いこむのは、戦後の憲法教育の大弊害で、天は人間に特権などなに一つあたえてはいない。
 国民の義務と権利は、国家と交わした約束事で、国民は、国家と関係がなくしては存在できない。
 だが、戦後、日本では、憲法をとおして、個人が国家を監視するというリベラルでアナーキーな政治風土が広がって、国体や歴史、民族や文化の一体感が失われた。
 そのあらわれがLGBT法や選択的夫婦別姓案で、家族から個人、個人から同性愛や同性婚という究極の個人に絞りこまれて、国体や国家観という集団の哲学が消失した。

 ●文化防衛に敗退を重ねて特殊な国なった
 現在、日本は、文化防衛の思想戦において、反日左翼や法曹界、マスコミなどからの攻勢にされされて、敗退を余儀なくされている。
 標的になっているのが日本人の一般常識や歴史の叡智、習慣や良識である。
 社会に不満や摩擦、矛盾をみつけて、それを造反有理≠フネタに仕立てて社会変革をもとめるのが啓蒙主義や毛沢東主義あるいはフランクフルト学派のやり方で、これは、マスコミ主導型の文化革命である。
 階級闘争も暴力革命も、ゼネストもテロリズムも社会変革の原動力にはならない。
 社会を変革できるのは、文化革命だけで、性差や家族、集団のモラルなどの歴史的価値観を破壊してしまえば、国家は内部から崩れ落ちる。
 日本で常識破壊がおきているのは、それが革命の近道だからで、その契機となったのが男女共同参画社会や選択的夫婦別姓案などで、これにLGBT法がくわわって、国家をささえる骨格がさらにぜい弱になった。
 事実やことばのなかに真実がある(「実事求是」)のではない。
 一般常識や歴史の叡智、習慣や良識のなかに真実がある。
 それが保守主義で、日本では、スズメ撲滅ではなく、案山子を立てて、秋の豊作をまつ。
 これがズタズタになったのは、文化防衛に敗れたからで、その負けっぷりがハッキリしたのが憲法だった。
 憲法9条によって、国家をまもる意識が消えて「戦争がおきたら国のために戦うか」というアンケートで、日本は世界79カ国中、ダントツ最下位(79位/13%/「世界価値観調査(2021年)」となって、日本はいまや、国家国民の定義から外れた世界に例がない特殊な国になった。

 ●最終局面にさしかかっている思想戦
 毛沢東思想が、マルクス・レーニンをこえて、日本の左翼につよい影響力をもったのは、実事求是が象徴する言語中心主義が歓迎されたからだった。
 それがことばのなかに真実がある「実事求是」ということの意味で、天皇の肖像を燃やして足で踏みつけることが表現の自由だというあいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展」の妄想と通底する。
 それがことばのゆきつくところで、名古屋高裁(松村徹裁判長)が「表現の不自由展」に未払いの補助金を命じたのも、ことばをあつかう司法が、常識の彼方の存在だったからである。
 人間の心を忘れてことばにしがみつくのは、毛沢東のスズメ撲滅運動のようなもので、ことばは、一元論なので、かならず、滅びの論理となる。オウム真理教の殺人者たちも、人間の心を捨てて、麻原教祖を信じた以上、悪魔になるほかなかった。
 ポルポトが200万人の虐殺(親殺し)を指導したのも、古い伝統や因習にとらわれているオトナをすべて殺さなければ新しい時代はやってこないという妄想にとらわれてのことだが、この思考は、人間の心を失っているという意味において、名古屋高裁の判断となんらかわるところがない。
 連合赤軍のリンチ殺人や中核・核マルの内ゲバも、テロや衝動殺人も同じ構造で、ことばというものをつきつめてゆけば、結局、相手を殺すしかない狂気へゆきつく。
 日本は、今後、常識や良識、一般通念を捨てて、集団を忘れた個人という、異常と狂気、破滅へのみちつきすすんでゆくことになるであろうが、これを糾すには、敵にたちむかい、敵をたたかいの場にひきだす勇気や覚悟が必要となるだろう。
 日本の文化防衛は、心ある日本人、国民が立ち上がらなければならないほどの事態にまで切迫しているのである。

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2023年07月30日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和14

 ●左翼とマスコミ、法曹界はLGBTの大応援団
 ロシアで「性別変更」を禁止する法案が成立して、今後、性別を変えた人の婚姻が禁止される。主に性別適合手術を受けた人や性別変更の医薬品を使っている人が対象だが、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)らの婚姻申請もはねつけられる。
 ロシアメディアによると、アメリカで性別適合手術が10年間で50倍にもふえていることにたいして同法案を提出した下院議会のボロジン議長は「同性結婚が国家の退化とモラルの崩壊を招く」ときびしい警告を発している。
 同法律によると、今後、ロシアでは、パスポートの性別欄の変更が不可能になるほか、性別を変えた場合、婚姻が取り消されて、養親、後見人、親権者になることもできなくなる。
 一方、日本のマスコミは、同性愛者の告白を「勇気ある発言」とほめちぎる一方、日本は、同性結婚の法制化に消極的とけなしまくる。
 そんな日本のマスコミ論調に慣れてしまうと、ロシアの法律が世界の趨勢に逆行しているように思えるが、一神教(ユダヤ教・キリスト教・イスラム教)の世界において、同性愛はタブーで、アフリカでは、最悪の場合、死刑になる。
 世界がLGBTに寛容で、理解があるように思えるのは、個人の性の問題は一般論で処理できないからで、性癖には、LGBTの他に、マゾヒズムやサディズムなどの刑事罰に抵触しかねないものまである。
 個人の性癖にはつきあっておられないというのが先進国の態度だが、例外がアメリカである。伝統という文化のないアメリカには、うまれついた性までをじぶんできめられるという人工国家の特有の特殊なメンタリティをもっている。
 終戦後、日本を占領したGHQが、日本人がダーウインの進化論を知らないのは、文盲だからと思いこんだようなもので、危ういところで、日本は、漢字廃止とローマ字導入というとんでもない国語変更をさせられるところだった。
 当時、日本には、GHQの追従者が多く、国語変更に賛成した学者や識者がすくなくなかったからである。
 国語変更が中止になったのは、アメリカの学者が日本人の識字率が世界一であることをつたえて、GHQの過ちを正したからだった。

 ●日本文化を知らないエマニュエル大使の妄想
 アメリカのエマニュエル駐日大使が、日本は、先進7か国で唯一、LGBT差別禁止を定めた法律がなく、同性婚をみとめていないことに注文をつけたのは内政干渉だが、それ以前に、この男の日本文化にたいする無知さかげんにはあきれるほかない。
 日本は、伝統芸能の歌舞伎の女形や男衆をあげるまでもなく、LGBT大国で、これがこれまでなんら問題にならなかったのは、陰陽における陰の文化として、まもられてきたからである。
 レズビアンやゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどの少数派が日本で差別されることはなかったのは、性の問題には立ち入らないのが日本流だからである。
 織田信長の愛人、森蘭丸は、本能寺の変で、信長をまもろうとして槍を握ったまま討たれたが、その凛々しい美少年のすがたは、戦前、小学校の教科書にまでのった。
 エマニュエルは、森蘭丸の変態者としての人権をまもれと言っているようなものだが、これこそ、アメリカ人の無知のきわみで、エマニュエルは「政界のランボー」の異名をもつ無教養な人物である。
 ところが、現在、日本の文化人や左翼、マスコミは、一斉にエマニュエルの尻にくっついて、日本がLGBT後進国で、世界に恥ずべき国家であることをふれまわっている。
「LGBT理解増進法」は、超党派議連が提案した内容に、自民党内の保守派や日本維新の会、国民民主党との修正協議を経て、成立したが、この折、超党派議連でおこなわれた自民党・岩屋毅会長のスピーチはまったく意味不明だった。
「大事なことは、この多様性を包摂しうるダイバーシファイドされた、インクルーシブな、そういう社会を日本につくっていくということです」
「LGBT理解増進法」の正式な法律名が「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(令和5年法律第68号)とあるが、日本の法律に横文字をつかうべきではない。
 ジェンダーアイデンティティには、性自認や性差自覚という日本語がある。
 超党派議連には、自民・公明・日本維新の会・国民民主の議員がつめていたはずだが、ダイバーシファイド(多様化)やインクルーシブ(包摂的)などという英語が理解できた政治家が何人いたろう。
 エマニュエルに煽られて、日本がLGBTの人々を虐待しているかのような錯覚に陥っているので、ダイバーシファイド、インクルーシブなどという英語を使えば、世界からみとめられるだろうという愚かな鹿鳴館的な錯覚に陥ってしまったのであろう。

 ●LGBTを好機到来と狂喜する法曹界
 LGBT問題は、元首相秘書官の荒井勝喜が、同性愛者を「見るのもイヤ」と発言して、これをマスコミが猛批判して、議論が社会的にひろがった。
 そして、一般人と同じように税金を払って社会生活を営んでいる同性カップルが、犯罪者でもないのに結婚という法的保護を得られない現状は、法の下の平等に反し、個人の尊厳を毀損しているという議論になって、5地裁の判決においてこれがすべて「違憲」「違憲状態」となった。
 日本弁護士連合会にとって、LGBTは、離婚や浮気、相続問題に次ぐドル箱で、これほど稼ぎになるフィールドはない。
 日本弁護士連合会は、2019年7月18日「同性婚姻に関する意見書」を取りまとめて、内閣総理大臣や法務大臣らに提出している。
 同性婚をみとめないのは、婚姻の自由を侵害するもので、法の下の平等にも反するという理屈で、憲法13条(個人の尊重)と14条(法の前の平等)に照らして、国は、すみやかな同性婚の法制化をおこなうべきというのである。
 だが、憲法24条1項に「婚姻は両性の合意のみにもとづいて成立し夫婦が同等の権利を有する」とあるように、両性は男女(夫婦)であって、同性のペアではない。
 2項に家族とあるのは夫婦にさずかった子どものことで、同性婚に子どもはさずからない。
 日本弁護士連合会は、両性の合意とは、婚姻が当事者の自由かつ平等な意思決定に委ねられているという意味で、同性婚法制化を禁止するものではないと強弁するが、詭弁というよりウソである。
 婚姻は、子をさずかることが前提で、出生した子には新たな戸籍があたえられる。子ができる可能性がないのであれば、婚姻は成立せず、同棲というほかないものになる。
 外国では「シビルオニオン」や「ドメスティック・パートナー」、「PACS(連帯市民契約/フランス)」などの呼び名があるが、婚姻とはなく、同棲という意味である。
 弁護士連合会(小林元治会長)が、国にたいして強腰なのは、弁護士稼業にとって、LGBT差別撤廃と同性婚法制化が、離婚や相続、殺人や強盗、詐欺罪と同様、たいせつなメシのタネになるからである。
 次回は、なぜ、左翼がLGBTにとびついたかについてふれる。

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2023年07月18日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和13

 ●フランクフルト学派に汚染された戦後の思想
 フランクフルト学派は、個の欲望を最大限に拡大して、それがうけいれられない場合、社会がわるいからだとして、これを革命のエネルギーに転化させるマルクス主義の戦略的思考である。
 原点にあるのは自然に帰れ≠フルソーで、国家を必要悪とするホッブズにたいして、ルソーは、国家を悪とした。
 ルソーやマルクス、フランクフルト学派が個の利益のみを見て全体の利益を見ないのは、個の利益が社会にうけいれられない場合、暴力でその社会を変えてしまおうという立場に立つからで、全体の利益をみとめると、革命のエネルギーそのものがしぼんでしまう。
 左翼が個人の自由や権利、個人の民主主義ばかりをもとめ、全体的な秩序や多様性、差異などの文化に目をむけないのは、全体性の価値をみとめるところに革命のエネルギーはないからである。
 個の領域を狭めて、全体の利益を重んじるのが保守主義だが、左翼はこれに反対する。個の領域を拡大させて、不満をつのらせなければ、革命のエネルギーはわいてこないからである。
 そこで、大衆の不満をかきたてて、社会不安を煽るのが左翼の仕事になって、福島瑞穂や辻元清美、蓮舫らが、連日、保守党攻撃をして、マスコミがこれを追うというパターンが定着している。
 テレ朝・玉川徹が「羽鳥慎一モーニングショー」で「将来に希望がもたない絶望感がテロにむかうのは仕方がない」とテロを擁護すれば、高千穂大学教授の五野井郁夫も「テロは絶望の果ての犯行で、政治への怨嗟を放置しておけばテロがくり返される。テロをおこした責任は権力の側にある」といってテロリストの片をもった。
 これがマルクス・レーニン主義における「二段階革命(永続革命)」の要諦である。
 個(個人)をもちあげて、全体(体制)を否定したのち、個人を国民主権におきかえて、人民政府(一党独裁)をつくろうという理論である。
 ところが、その個人は、革命が成立すると、一顧だにされない。
 国民主権は、国民全体が一つの単位で、個人は、計算外だからである。
 革命をおこす前まで革命の道具だった個人の意志(特殊意志)も人民革命が成立した後では全体意志(一般意志)となって、個人は虫けら同然となる。
 価値があるのは全体だけで、共産主義は、個には目もくれないのである。

 ●GHQ民政局を仕切っていたフランクフルト学派
 マッカーシーの赤狩り≠ノよって、アメリカ政府の深くもぐりこんでいたフランクフルト学派の実態が暴かれた。
 それと同時にSS戦略情報局(CIA)の指令を受けていたGHQ民政局もフランクフルト学派に汚染されていたことが露見した。
 事実、GHQにもぐりこんだ隠れ共産主義者=ニューディーラーは、多くがフランクフルト学派の影響をうけたマルクス主義者だった。
 GHQ民政局がつくったのが日本国憲法で、権利という文字が条文に28回もでてくるが、義務は3つ(教育・勤労・納税)しかない。
 このことからも、GHQニューディーラーが、フランクフルト学派の影響をうけていたことは明らかで、OSS戦略情報局(CIA)でマルクーゼ、ホルクハイマー、E・フロムというフランクフルト学派が幅をきかせていた。
 元来、憲法は、習慣法で十分なのだが、それを契約法にして、国家と歴史を切断しようとしたのは、社会主義革命のための布石で、フランクフルト学派はやり方が周到なのである。
 フランクフルト学派が、戦後、日本中に蔓延したのは、日本の民主化をすすめたGHQ民政局がフランクフルト学派の巣窟だったOSSの支配下にあったからで、GHQ民政局の公職追放によって、日本の教育界や学会、マスコミ界は、そっくりマルキストにいれかわった。
 日本人的な教師12万人が教壇を追われて、それまで、刑務所いるか地下にもぐっていたマルキストが小中高の教師なって、大学や学会、マスコミもマルキスト一色となった。
 日本は、大戦で、すでに、230万人の甲種合格の日本人を失っている。
 そして、公職追放で20数万の要人が職場や地位を追われて、日本人の魂をもった教員約12万人が公立学校から追放された。
 戦後の教育界やマスコミはもはや日本ではなかったのである。
 戦後、日本の主人となったマルキストは旧体制の指導者にこう言い放った。
「革命がおきたらおまえらはみなギロチンだ」
 朝日新聞は、東条英機ら日本の戦争指導者7人に死刑が執行された日、紙面にこう書いてGHQをねぎらった。
「お役目ご苦労さまでした」
 共産主義者から教育関係、官僚や法曹、学術、マスコミは、すべてGHQに媚びて延命をはかった前歴があって、渡部昇一は、かれらを「敗戦利得者」と呼んだ。

 ●文化革命の紅衛兵≠ニなった日本のインテリ階級
 GHQ民政局次長ケーディスの右腕として活動、戦後、スパイ容疑をかけられて自殺したハーバート・ノーマンの周りには一ツ橋大学名誉教授だった都留重人ら日本人のマルキスト学者が群れていた。
 憲法の権威、東大法学部憲法学者の宮沢俊義もフランクフルト学派に一人で宮沢の「八月革命説」は、フランクフルト学派がいう「二段階革命説」の前期革命(ブルジョワ革命)にあたる。
 ちなみに後期革命は共産主義革命である。
 フランクフルト学派のハーバーマスのことばに「憲法愛国主義」がある。
「民主主義国家において、国民は、祖国愛や愛国心ではなく、憲法の規範価値のもとに統合されるべき」という考え方で、これが、日本弁護士連合会のスローガンになった。
 ドイツ統一の際、ドイツ民族が前面に出てきたが、これを完全否定したのが「憲法愛国主義」で、そのため、統一ドイツからドイツ色が一掃されることになった。
 改憲論議でも、自民一部や公明党は「日本人(民族)にふさわしい憲法」という観点を欠いた法治主義に陥っているが、聖徳太子の「十七条憲法」をみてわかるように、憲法は文化で、条約や法律、命令や処分は、ただの法文である。
 GHQのニューディーラーは、日本の国家体制を、西洋諸国が400年前に捨てた封建社会にあると思いこんでいた。
 フランクフルト学派からの入れ知恵で、GHQは、日本を、ブルジョワ社会にたっしていない中世的社会と認識していた。
 そして、天皇を、未開社会の酋長のような存在とうけとめていた。
 フランクフルト学派は、二段階革命論にもとづいて、封建体制の文化構造を破壊して、日本を共産主義へ導くために、神道から神社、家族制度、権威、性的節度、伝統、愛国心、国家、民族、尊敬心などの徳や価値を封建体制の悪弊として否定してかかった。
 このとき、フランクフルト学派が標的にしたのは、インテリ層で、とりわけ、教育界やメディア関係がターゲットになった。
 フランクフルト学派がもとめたのは文化革命だったからで、文化を担うのはインテリと若者である。文化革命→政体革命が二段階革命の要諦で、それには精神を破壊して、人間をぶっ壊す文化大革命が先行されなくてはならなかった。
 日本に共産主義革命をおこそうとしたのは、OSS戦略情報局(CIA)にもぐりこんだフランクフルト学派で、日本共産党以下、日本のマルクス主義者や反体制派は、外国勢力に追従して、革命を実現させようとする敗戦革命主義者でしかなかった。
 だが、GHQが逆コース≠とったため、日本の左翼は、梯子を外された形になった。
 ところが、日本の原型は、GHQが破壊してくれていたので、日本は、すでに左翼の国になっていた。
 次回以降、日本が、いかにして、フランクフルト学派型の左翼国家になっていったかふり返ってみよう。
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2023年07月03日

「自由主義」と「民主主義」の相克と調和12

 ●フランクフルト学派に呪われた戦後の日本
 全学連や全共闘、赤軍派が荒れ狂った1960〜70年代にかけて、フランクフルト学派という過激な思想が日本ばかりか世界中を暴れ回った。
 フランクフルト学派は、1923年、ドイツでうまれたマルクス主義の亜流で、階級闘争=暴力革命が実現しないのは、人間の精神が資本主義に毒されているからというのが主たる主張だった。
 フランクフルト学派の第一世代に属するルカーチは、こう宣言した。
「資本主義下でつくられた精神を破壊しなければ革命は実現できない。人間を破壊せよ。文明や文化を破壊せよ。体制の破壊者であるならどんな犯罪者でもあってもりっぱな革命の兵士である」
 この思想の核心は、人間を、資本主義に毒された、あるいは、資本主義から疎外された被害者ととらえるところにある。
 したがって、革命をおこすには、その毒された精神を破壊しなければならない。
 人間の精神をつくりあげてきたのは歴史である。
 革命をおこすには、最初に歴史を破壊しなければならないというのがフランクフルト学派の理屈である。
 造反有理というのは、謀反や反乱に正義があるという原理で、謀反や反乱は資本主義から疎外された犠牲者、あるいは、体制から虐げられた被害者意識のあらわれである。
 毛沢東の文化大革命からポルポトのカンボジア大虐殺、アメリカの9・11同時多発テロもこの悪魔の思想の影響をうけているが、テロリズムを容認する造反有理の根本にあるのが、ロックの革命権やルソーの国民主権である。
 神があたえた自由や平等、天賦の権利および生命の安全や幸福追求の欲望を実現するための政府がその目的を達成できない場合、旧体制を倒して、新たな政府を設立できるというのがロックの革命権である。
 一方、国家の主権を、国民がもつという迷妄がルソー主義で、ルソー主義がフランス革命にスローガンになったように、ロック主義がアメリカ革命(独立戦争)のイデオロギーになった。

 ●平和な家庭や正常な男女関係は革命の大敵
 ナチに追われてアメリカに移ったルカーチの共産主義運動が、戦後、世界に爆発的に広がっていったのは、権力に虐げられた弱者=人民の抵抗というマルクス主義の戦略が広くうけいれられたからだった。
 このときもちいられたのが疎外≠ニいう概念だった。
 人間が不幸なのは、文化や文明、家庭や社会、共同体や国家から疎外されているからだとする論理で、これが『批判理論』として、ホルクハイマー、アドルノ、ハーバーマスらによって、左翼理論の中軸にすえられてきた。
 権威や家族、道徳や伝統、性的節度、忠誠心、愛国心、国家主義、民族中心主義、習慣など人間社会を形成している徳目をすべて批判して、改革をすすめようとするのが批判理論である。一方、野蛮からの解放だったはずの啓蒙の理念が次第に道具化して人間を疎外してゆくとしたのが『啓蒙の弁証法』で、この書は、日本のインテリ左翼から熱烈に歓迎された。
 この論理にアクセルをかけたのが反ナチス運動と反戦平和思想で、フランクフルト学派は、ナチスや軍国主義、侵略戦争をゆるしたのは、近代人の最大の欠陥だったとして、反ナチス運動をまきこんで、歴史や体制、文化を否定する論理をくりだして、体制の内部崩壊をひきだそうとする。
 有名なことばがアドルノの《アウシュビィッツのあとで詩を書くのは野蛮である》で、このことばによって、ナチやファシズムを生んだ中産階級はみな悪に仕立てあげられた。
 エンゲルスは『家族、私有財産及び国家の起源』で、女性差別の根源は家父長制にあると論じたが、フランクフルト学派も、性差(ジェンダー)やフェミニズムは西洋文化からうまれたとして、アドルノは、家父長制はファシズムのゆりかごであるとのべた。
 共産主義=暴力革命にとって、平和な家庭や男女の円満な関係は大敵だったのである。

 ●女性解放を謳うマルクス主義フェミニズムの魔性
 アドルノは、母親と父親の役割を交換することを提唱して女性の社会進出と父親の権威否定に実行に移したが、その結果、ソ連では、人口の停滞や家庭の崩壊という現象を招いた。
 フランクフルト学派が人口の大半を占める中産階級をターゲットにするのは革命の担い手が労働者からプチ・ブルに移ったからで、かれらを革命の戦士に仕立てるには、マスコミなどで、不満を煽りに煽って、不満分子にしなくてはならない。
 このとき、もちだされるのがテロリズムの思想である。
 他人の自由を侵害する自由や規制のない民主主義、個人化された主権などが横行すれば、社会は崩壊するが、その崩壊を見越して、それでも自由や民主を叫ぶのはテロリズムで、破壊衝動である。
 アメリカ9・11テロにひそかに喝采を送って、各地で頻繁におこるテロに共感するインテリ左翼の思想をささえているのがこの破壊衝動で、反戦運動やフェミニズム、ジェンダーなどの反差別も、すべて、この学派からうまれた破壊衝動である。
 フランクフルト学派の中心的存在だったルカーチは、ハンガリー革命を指導して、失敗してソ連に亡命した。
 なぜ革命に失敗したのかとルカーチは考え、一つの結論をえた。
 革命の妨害になっていたのは、父権や母権の社会的分担や役割、家族という価値観、男女の性のモラルで、人間社会の保守性をささえていたのは、ジェンダー(性差)だった。このジェンダーの垣根さえとりはらってしまえば、革命は、はるかに、実現しやすくなる。
 マルクス主義フェミニズムは、性差を社会的役割や人間の根源的なありようとはみとめない。女性は、家事や育児に縛られた抑圧された労働者で、母親や男性の恋人、夫に尽くす妻という女性の社会的役割は、封建体制や資本主義の悪しき因習というのである。

 ●1%のジェンダー障害者を黙認してきた日本
「LGBT理解増進」が自民・公明両党と日本維新の会、国民民主党の4党による与党案の修正案が成立した。
 LGBTは、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字からとったことばである。レズビアンが女性の同性愛で、ゲイが男性の同性愛、バイセクシュアルは両刀使い、トランスジェンダーは性の同一性障害だが、いずれにしても、一種の性癖である。
 統合失調症も100人に1人の割合で発症する(厚生労働省)が、すべてのひとが治療をうけているわけではない。
 LGBTも、100人に1人の割合ででてくるが、日本では、これを法的に取り締まったり、キリスト教・イスラム教・ユダヤ教などのように宗教的異端としてみたりすることはない。
 アフリカでは大半の国(38か国)が同性愛は違法で、モーリタニア、ナイジェリアでは死刑、ウガンダ、スーダン、タンザニアでは終身刑が課せられる。
 日本は、個人の性癖にはじつにおおらかなのだが、それでも、ジェンダーに不寛容だとマスコミが煽る。
 その好例が「ジェンダーギャップ報告書」で、日本は男女平等の達成度合いが146か国のうち125位で、マスコミは、世界にたいして恥ずかしいという。
 内訳は、政治と経済、教育と健康の4部門で、日本は、教育と健康については世界のトップだが、政治と経済はふるわない。
 日本の女性は、家庭や家族を大事にするからで、政治や経済などは男にやらせておけばよいと考えるのはきわめてまっとうな態度でいえよう。
 フランクフルト学派の革命戦術に被害者意識を煽るという方法がある。
 LGBTの法制化をもとめるヒトがテレビカメラにむかってこういった。
「わたしたちをどこまで追い詰めると気がすむのですか!」
 だれも追い詰めてなどいない。ただ、日陰に存在するものを、表にひっぱりだして騒ぐのはよくないといっているだけである。
 100万人の統合失調症の人々を、法律をつくってまもるより、陰において適切な治療をおこなうほうがよほど賢明なのである。
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