2022年10月11日

「うたのこころ」と日本人D

 ●「人間主義」と「国家主義」へと二分された日本
「個と全体」の矛盾は、古今東西、長年にわたって問われつづけてきた永遠の難問である。
 中世ヨーロッパでは、これが、啓蒙主義とキリスト教のあらそいという形で噴出した。
 啓蒙主義が人間(=個)のめざめなら、キリスト教は国家(=全体)の根幹をなすもので、この二つの異質なるものが衝突しておきたのが宗教革命や政治革命だった。
 革命によって、神権神授説の神が唯物論や合理主義、科学におきかえられて近代的思想や文化文明、共和思想(社会主義・共産主義)がうまれたといってよい。
 3つ目の革命が産業革命で、近代の欧米世界は、宗教と政治、経済の3つの革命をへて完成したのだった。
 国連常任理事国の米・英・仏・ロ・中は、いずれも革命国家で、革命国家が採用したのが、民主主義と個人主義、合理主義と唯物論だった。
 だが、民主主義や合理主義、唯物論は「個と全体」を調整する機能をもっているわけではなかった。
 それどころか、神権神授説の代替えなので、ごりごりの一元論である。
「個と全体」の矛盾を革命という一元論で解消できるわけはなかった。
 そもそも、革命は一元論である。「個と全体」の矛盾を解消できるのは、あいまいさをゆるす多元論や唯心論、その両者の要素をかねそなえている自由主義でなければならなかった。
 西洋で、個人も大事だが、国家も大事というバランス感覚がはたらいているのは、民主主義と並んで、自由主義が尊重されているからである。
 自由主義というのは、日本の「和の精神」のようなもので、個人主義と国家主義、民主主義と伝統主義のバランスをとろうとする。
 ホッブズの「国家主権論」とルソーの「国民主権論」の中間にあるのがミル(ジョン・スチュアート・ミル)の「自由論」で、ヨーロッパが共産主義化をまぬがれたのは、ミルの自由主義が根を張っていたからだったのである。

 ●なぜ日本では「自由主義」が不毛なのか
 個人と国家の関係を語る最大の哲学がホッブズの社会契約説で「自然状態においては万人の万人による戦争がおこる」という警告は、国家の有用性を語ることばとして知らないヒトはいない。
 これにたいして、ホッブズの百年以上あとにうまれたルソーは「国家は人間の自由を奪った」として国家無用論=人民統治論を説いた。
 この人民統治論がフランス革命にとりいれられ、マルクスは、ルソー主義を共産党宣言にリライトして、これが、ロシア革命にむすびついた。
 日本には、マルクス主義やルソー主義者は、履いて捨てるほどいるが、保守主義のホッブズを語る者は少なく、ミルの自由主義にいたっては語る者がほとんど皆無である。
 日本人が、世界でもっとも重要な思想家であるミルを無視するのは、ミルの『自由論』が書かれたのが、明治維新の十年前だったからで、自由主義という考え方は、当時、西洋ですら新しい思潮だった。
 中江兆民は「民約論(社会契約論)」を約して、日本のルソーと呼ばれたものだが、日本にミルがあらわれなかったのは、明治維新に間に合わなかったからで、明治維新のヨーロッパ化をひきずっている日本の西洋主義者は、いまなお自由主義を知らないのである。
 戦後、ルソーの延長線上にあるマルクス学者が、洪水のようにあふれだして大学がその牙城となった。
 日本学術会議らの各種学会、学術団体をみればわかるように、自由主義という柔軟な心を失ったイデオロジストだったからである。
 ちなみに、日本の法曹界(司法・弁護士連合会)が左翼的なのは、法が西洋からの輸入品で、国体や「和の精神」などの日本精神と対立するからである。
 ミルの自由は、国家の有用性と個人の可能性を両立させるため国家と個人の自由を制限するというもので、その聡明さにおいて聖徳太子の「十七条の憲法」との類似点がすくなくない。
 世界は『社会契約説』のホッブズと『自由論』のミルをいまなお重要視しているが、ルソーやマルクスは見向きもされていない。
 いまなおルソーとマルクスを奉っている日本の左翼が思想界の化石≠ニ呼ばれるゆえんである。

 ●国家と国民を分裂させた明治維新の過ち
 かつて、日本が、世界一の国民文化をもっていたのは、民と権力のあいだに天皇という権威が介在したからで、権力から干渉をうけなかった民力はおおいに栄えた。
 天皇は、民の代表にして、権力の正統性を裏づける存在で、権力は、天皇のゆるしがなければ民を統治することができなかった。
 日本で庶民文化がはなひらいたのは、天皇が権力から民をまもっていたからだったのである。
 部屋に絵や書、生け花を飾る文化や百姓でも字が読める民度の高さ、宣教師が驚いた町の美しさや工芸や技術の高さは西洋以上で、ヨーロッパ人は日本の浮世絵や木造建築、刀剣の高度なレベルに最後まで追いつくことができなかった。
 庶民文化が衰退したのは、高税と徴兵制、軍国主義が国民を圧迫しはじめた明治時代からで、幕末以降、日本に新たな庶民文化はうまれなかった。
 日本が、国家主義と、人間(民権)主義に分裂したのも、明治維新からだった。明治維新が、国体を捨てた西洋の模倣だったからで、西洋の二面性(国家と国民)を見抜くことができなかった薩長政府は、列強の国家主義=帝国主義的な側面だけを真似して富国強兵を国家スローガンにした。
 日本は、いくつも大戦争ができたのは、税金の50〜90%が軍事費にむけられたばかりか、軍費の多くを外債に依存したからで、おかげで、国家財政は破産寸前だった。
 元禄振袖に代表される江戸文化の華麗さはすがたを消して、モンペにかすりという質素な衣服をまとった国民は「欲しがりません勝つまでは」という軍国スローガンを唱えさせられた。
 当時、東京の街は、町内のゴミ箱にハエがたかる不潔さで、美しかった江戸時代の面影はなかったが、軍国主義一色の国家が国民生活に目をむけることはなかった。
 これが、国家と国民の極端なアンバランスで、明治の富国強兵は、国家だけがあって国民が不在の時代だったのである。
 だが、第二次大戦後、その反動がきて、こんどは、個人をおもんじて国家を軽視する偏向がトレンドになった。
 国家主義を憎悪して、国民主義に憧れるという極端から極端への思想的ジャンプがおこなわれたのである。
 それが反日左翼・反国家主義で、かれらは、二言目には、国民や生命などと口にするが、それが、戦前の天皇ファシズムの裏返しということに気がついていない。
 国家に尽くした政治家の国葬の黙祷をジャマするため、数千人ものデモ隊が笛や太鼓を打ち鳴らすという蛮行は、個人主義や自由主義ではなく、死者への冒瀆という、人間性とモラル崩壊以外のなにものでもなかった。
 だが、反日左翼は、哀れにも、そんなことにすら気がつかなかったのである。
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2022年09月25日

「うたのこころ」と日本人C

 ●国葬問題からひきおこされた分裂国家≠フ危機
 安倍晋三元首相の国葬問題で、日本の国論がまっぷたつに割れている。
 世論が分裂しているのではない。同じ日本人が右と左、伝統と革新、権威と権力、民族派や国際派などへ二分されて、水と油の関係になっているのである。
 出席拒否をしるした国葬招待状をSNSに投稿して嘲る人々と、国家に尽くした指導者に哀惜の意をもって手を合わせる人々のちがいは、思想や信条ではなく、感性や価値観、人間性のちがいなので、永遠にわかりあうことはできない。
 日本は、単一民族の伝統国家ではあるが、かならずしも、心一つというわけではない。じじつ、戦後、日本は、左右両陣営にわかれて、熾烈な闘争をくりひろげてきた。
 そもそも、日本は、明治維新後、文化的に独立した独自の伝統国家ではなくなっている。明治維新は、国家改造クーデターで、薩長の下級武士がめざしたのは、西洋の専制国家で、大日本帝国憲法のモデルも、君主権が強かったプロイセン憲法だった。
 ヨーロッパ化と帝国主義化によって、日本は、国際連盟体制において、世界五大強国の一つにのしあがった。
 その一方、歴史や伝統にもとづいた日本独自の国体や文化や精神、習俗などが変質、形骸化、あるいは廃止された。
 それが、ヨーロッパを真似た天皇の王制化や華族制度、武士階級廃止などの鹿鳴館文化で、当時、浮世絵の版木や刀剣、美術品などの伝統的な文化をただ同然で外国人に売り払うという自己否定的、自虐的風潮がはびこった。
 第二次世界大戦の敗戦後も、同じことがおきた。日本は、皇国史観や神道をかなぐり捨て、アメリカ民主主義やGHQ憲法、ソ連共産主義を崇めたばかりか、敵性条項を掲げる「国際連合(戦勝国連合)」を政治の中心におこうという流れさえ生じた。

 ●日本の共産化を防いだ多元論的なあいまいさ
 戦後、日本の国家構造は、左翼と中道右派という対立する二つの勢力にささえられてきた。
 左翼は、ルソーやマルクス、ロックらの崇拝者で、かれらがもとめていたのは、革命のイデオロギーと共和制という人工国家だった。
 共和制は、人民が国家を支配する政体で、直接民主主義の体制である。
 ところが、共和制では、人民がつくったその政府が人民の上に君臨する。
 国民主権をあずかった為政者が、国民主権の名目の下で国民を奴隷のようにあつかうからで、プーチンのロシアや習近平の中国を見れば、共和制がどんな体制かわかるだろう。
 右派というのは、君主制の自由保守主義で、中道右派のことである。
 政治手法として間接民主主義を採用する体制で、政党として、自由民主党のほか日本維新の会や国民民主党もふくまれる。
 ちなみに、戦前の右翼が国家を構成する勢力にならなかったのは、GHQや左翼陣営の圧力によって、皇国史観や国家神道とともに潰されてしまったからだった。
 それでも、日本が共産化しなかったのは、国体が護持されたからで、日本の歴史や伝統、政治体制は、天皇によってまもられたといってよい。
 もともと、日本は、多元論の国で、あらゆるものに精霊をみいだすアニミズム的な心根をもっている。自然崇拝や八百万の神々への信仰、多様性と奥深さが日本人の心性で、それが和歌や俳句に反映されている。
 それが日本特有のあいまい≠ウで、これが未定、未確定とうけとめられるのは、西洋の価値観が一神教的、一元論的だからである。
 イデオロギーも、一元論で、元をただせば、一神教のキリスト教である。
 一元論は正しいものが一つしかないので、革命と独裁の構図がうまれる。
 左翼の根本思想は、暴力革命で、一元論である。かつての中核・核マル、赤軍や全共闘のような過激派から日本共産党、立憲民主党や社会民主党まで、憎悪をむきだしにするのは、敵を倒すことしか念頭にない闘争主義だからである。
 じじつ、野党連合を志向する日本共産党は、昭和30年の六全協で武装闘争路線を放棄するまでは、殺人や放火をふくむ武装闘争路線をとっていた。

 ●愛国心というモラルからなりたっている政治
 革命も民主主義も、政治理念ではなく、あくまで、方法論で、それがどんな政治的効果や意味、展望をもつか、一顧だにされない。
 60年安保闘争の際、全メディアが、改正安保条約の内容には一言もふれることなく、連日、民主主義をまもれと叫んだのがその好例だろう。
 中曽根康弘元首相は「政治家は歴史という法廷の被告人である」と明言を吐いたが、マスコミや世論は、その場かぎりの利害やスキャンダルを追うばかりで、政治家の歴史的な真価を問おうとしない。
 安倍元首相の真価を問うならば、戦後、日本を独立国としてリードした最初の首相ということができるだろう。
 その政治姿勢をしめしたことばが「戦後レジュームからの脱却」で、アメリカ依存から独立国日本へのたしかな足取りが「安保法制」「TPP」「自由で開かれたインド太平洋構想」だった。
 安保法制は、独立国家としての体制を整えた独立宣言で、インド太平洋構想にまっ先にとびついたトランプ大統領が「二度とあらわれない指導者」と敬意を表したゆえんである。
 TPPも、アメリカが離脱後、アメリカに右へ倣いの関係を破って、日本が主導権を握ったもので、現在では、中国までがTPPに歩み寄っている。
 最大の功績が安倍元首相が提唱した「インド太平洋構想」で、日本が中心となった世界戦略にアメリカやオセアニア、インドなど13か国が参加したほか、イギリスなどヨーロッパの国々も高い関心を寄せて、日本の国際的地位を劇的に高めた。
 多くの日本人が安倍の首相を不慮の死を悼むのは、日本を対米従属から脱却させ、日本を世界に誇れる国にしてくれた以上に、すぐれた愛国者だったからである。
 国葬に反対している人々の共通点は、日本人としての心情や愛国心をもっていないことである。
 左翼の目的は、国家転覆で、その武器は、国を愛する心ではなく、国家への憎悪である。
 したがって、安倍元首相の愛国心や功績は、そのまま、憎悪の対象となる。
 左翼反日にとって、安倍首相ほど憎悪を掻き立てる存在はないのである。
 国家の指導者に必要なのは、国家や民族、同胞への憎悪ではなく、愛や情であることを、一人でも多くの多くの日本人に知ってもらいたいのである。


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2022年09月12日

「うたのこころ」と日本人B

 ●名誉や誇り、分別や謙遜を否定する民主主義
 安倍晋三元首相の国葬に反対する国民が半数をこえた。
 反対理由の多くが「葬式を出せないヒトもいるのに16億円の国費を使って葬儀をおこなうのは不公平」「貧困に苦しむ子どもたちがいるのに税金をこんなことに使ってほしくない」などの個人的な感情論で、日本人の心が、ここまで貧しく、あさましくなってしまったのかと、驚きと悲嘆を禁じえなかった。
 立憲民主党の辻元清美と蓮舫がSNSで、国葬の案内状に「欠席します」と記入した画像を載せ、支持者の喝采を浴びたが、義理と人情、道義の日本人の品性も堕ちたものである。
 辻元も蓮舫も、戦後のアメリカ民主主義を最高価値と思いこんでいるファンダメンタリスト(原理主義者)で、歴史や伝統、習慣や常識、義理や人情に無関心などころか、そもそも、人間の心をもちあわせているのかどうかさえも疑わしい。
 大方の日本人も、民主主義を叫んでいるうち、辻元や蓮舫のように、名誉や誇り、分別や謙遜を忘れ果て、個人的な欲望や権利、我執につきうごかされるちっぽけな人間になってしまったように思われる。
「女子と小人は養い難し(論語)」ということばがある。女性差別とされて評判はわるいが、ちっぽけな人間というのは、女性ではなく、小人のことである。
 小人は、大人(たいじん)の対義語で、大人が名誉心や誇り、徳などの普遍的な価値をおもんじるのにたいして、小人は、生命や感情、目先の利益など個人的な価値にしか関心を寄せない。
 
 ●女性の生命感と男の使命感をむすぶうたのこころ
 小人とは「うたのこころ」を知らないことで、人間や人生、そして、世界の構造を直観できなければ、うたを詠むことはできない。
 女性が、個人的で個別的、私的な価値を大事にするのは、子を産む性として当然で、女性にとって、生命は、最大の価値である。
 一方、男が、集団的にして全体的、公的な価値を大事にするのは、家や共同体をまもる性として当然で、それが「命より名をとる」という武士道の精神につながっている。
 女性の生命感や個人主義的な感性と、男の名誉心や誇り、徳などの普遍的な価値観という異質なものを一つにむすびつけるのが、うたのこころで、日本の古人(いにしえびと)は、人生やこの世のこと、自然や恋愛を、すべてうたに託して、いわば、うたの世界を生きてきた。
 万葉集や二十一代におよんだ勅撰和歌集、宮中歌会始や庶民の歌集や句集をあげるまでもなく、日本人がうたを愛してきたのは、この世も人生も「うたのこころ」にみちているからで、根本にあるのが自然崇拝やアニムズム、神話や神道などの多神教的な世界観である。
 日本人が、他人にやさしく親切で、礼儀正しく人情に厚いのは、うたというゆたかな心性をもっているからで、日本人の心の機微や叡智、和の心の根っこに「うたのこころ」があることは、これまで、保田與重郎ら多くの文人歌人が指摘してきたとおりである。

 ●西洋はイデオロギー、日本は「うたのこころ」
 一方、一神教、一元論の西洋は、二元論や多元論を、神と悪魔、理性と獣性の対比のなかでとらえて、一方を徹底的に殲滅しようとする。
 それが十字軍の遠征から南米マヤ、アステカ、インカ帝国、アメリカインディアンにたいするジェノサイド(民族殲滅)で、一神教において、自然や他の生命は、絶対神ヤハウェが、神を信仰する人間にあたえ給うたただの生活材でしかなかった。
 だが、日本の自然崇拝やアニミズム、神話や神道という多神教的な世界観においては、万物はわけ隔てなく存在して、その一つひとつが、ヒトの心をとおしてたちあらわれる。
 それが、物と心、私と公、名と命をむすびつける唯心論で、うたは、矛盾や不条理にみちたこの世や人生を、二元論、多元論的に詠むのである。
 大伴家持は、天皇の命令によって任務につく東男の防人を讃え、家で無事を祈り待つ妻の気持ちを推し量ってこう詠んだ。
「鶏が鳴く 東男の 妻別れ 悲しくありけむ 年の緒長み(万葉集/防人の歌)」
 うたは、個人と集団、主観と客観、特殊と普遍などの「全体と個」の矛盾を詠むもので、防人と妻恋は、人生の宿命的矛盾である。
 国をまもることと妻と離れることは、個と全体の矛盾だが、うたうことによって、その矛盾が人情や国土愛、文化という普遍的なものに昇華してゆく。
 一方、西洋の一元論は、ロゴス主義で、モーゼの「十戒」に書かれているのは絶対神を絶対的に信仰せよ」とあるだけで、ほかは、刑法や民法の条文のようなものである。
 そこに、一片の詩情も例外もないので、キリスト信者は、すべて、ファンダメンタリストにならざるをえない。この一元的な論理にのっているのが、辻元や蓮舫を筆頭とする国葬反対派で、かれらの単純な頭では、防人のさだめや悲しさが、軍国主義ハンターイのイデオロギーでしかない。

 ●橋本徹の「いのちを惜しんで祖国を捨てるべき」という愚論
 ロシアのウクライナ侵攻に橋下徹はこういった。「4000万人国民は国家を捨てて難民になったほうが賢明である。そして、10年後、戦火のおさまったウクライナへ帰還運動を展開すればよいではないか」
 橋下のこの愚論に世界中が呆れ返って、論評の対象にさえならなかった。
 だがいのちと民主主義≠フ日本では、橋本の見解に賛同が集まった。
「世界価値観調査(WVS/電通総研)」がおこなった「もし戦争が起こったら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたのは、日本ではわずか13・2%で、調査対象国79か国中ダントツの最下位だった(下から2番目の78位=32・8%はたたかわずにソ連の属国となったリトアニア)。
 世界は呆れたが、日本人は「日本が平和なのは憲法9条のおかげ」とおつにすましている。
 国葬に反対するも同じ論理で、マスコミが国葬反対の音頭をとるのは、国葬によって、安倍神話ができると、安保法制が定着するからである。
 日本を一人前の国家に仕立てた安倍首相が、民主主義の信奉者の天敵となるのは、かれらにとって、国家は「いのちと民主主義」の敵対者だからである。
 それが橋本の「いのちを惜しんでウクライナ人は祖国を捨てるべき」という論理だが、いのちと民主主義を人質にとられると、人間は、名誉や誇り、愛や信義という社会性や普遍性を失った、仏教でいう餓鬼道の亡者になってしまう。
 それでも、命あっての物種というのが、令和日本の風潮で、国家の功労者にたいする敬意よりも、じぶんのいのちや民主主義のほうが大事とあって、国家に尽くした安部元首相の国葬に反対するのである。

 
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2022年09月01日

「うたのこころ」と日本人A

 ●「うたのこころ」からつくられた日本の国体
 万葉集や「勅撰和歌集(二十一代集)」には天皇や貴族から僧侶や防人、農民や遊女、読み人しらずまで、あらゆる階層の人々のおびただしい数のうたが載せられている。
 世界史的にも例のないことで、その特性は、大きく三つに集約される。
 一、天皇や貴族以下、各階層の人々のあいだに分け隔てがない
 二、天皇から平民までが文字を使いこなしているばかりか、高いうたの素養をもっている
 三、天皇や貴族が、武器をもっていくさをする代わりにうたを詠み、うたの選者となっている
 この三つの要素が日本という国家のいしずえ(国体)をつくりあげているのはいうまでもない。
 絶対王政がとられていた西洋では考えられないことで、かつて日本の政治が「君民共治」「君臣一体」であったことのあかしである。
 日本が祭祀国家であったことは、古代から室町時代中期にいたる千年以上にわたって、権力抗争はあったものの、体制を転覆させるような戦争がなかったことからも明らかで、そのかん天皇の地位がゆらぐことはなかった。
 古墳時代(250〜600年頃)ののちの飛鳥時代(592〜710年)と奈良時代(710年〜794年)にかけて万葉集が編纂されて、勅撰和歌集は、平安時代(「古今和歌集(905年)」にはじまって鎌倉時代、室町時代の初期「新続古今和歌集(1439年)まで延々と「二十一代集」にまでおよんだ。
「うたのこころ」が政治や権力をのりこえた稀有な例で、西洋のロゴスが神のことばで唯物論なら、日本のうた(和歌)は心のことばで、血がかよっている唯心論である。
 唯物論や合理主義などの一元論が破綻するのは、内部にふくんでいる矛盾や不条理を解消できないからである。
 ところが、人情や情緒をふくんでいるうたのこころは、矛盾や不条理をのみこんでしまう。
 高き屋に 登りて見れば 煙立つ 民のかまどは にぎはひにけり(『新古今集』)
 仁徳天皇のこの和歌が、ロゴス(理)ではなく、うたのこころ(情)だったからこそ、天皇がやまとの国をまとめる国父たりえたのである。

 ●人工的な権力は一元論、自然的な権威は多元論
 識字率や文化レベルの高さと政治形態、国のかたちには密接な関係がある。
 国民の識字率や文化の水準が高いのは、政治がすぐれているあかしである。
 国民をいたぶって搾取する権力的な体制なら、国民は、獣のような生き方をしいられる。
 うたをつくるどころか、生きることだけで精いっぱいだった中世ヨーロッパでは、庶民や貴族の多くが、読み書きどころか、じぶんの名前すらも書けない文盲だった。
 ところが「うたのこころ」で天皇と民がむすばれていた日本では、民が権力から虐げられることがなく、農民や遊女までが天皇と並んでうたを詠んだ。
 その背景にあったのが神話や自然崇拝、アニミズムで、それが「うたのこころ」に反映されて、江戸の俳句にまでひきつがれた。
 日本が、神話と伝統、文化の歴史的循環をくり返す自然国家なら、ヨーロッパは、人工国家で、その象徴が、キリスト教や啓蒙主義、市民革命だった。
 これらがすべて一元論なのは、人工的なものはすべて、一元論だからである。
 ちなみに、自然的なものは、すべて多元論で、日本の自然観や宗教観、そして「うたのこころ」は多元論である。
 絶対王政をうんだ「王権神授説」も人工的で、王権の正統性を神にもとめたヨーロッパの王室は、権力の系譜である。
 そもそも、権力は人工的で、いくさや多数決、軍事力や財力、そして家柄も一元論である。
 一方、権威は自然発生的で、権威の下ですべてが安定するのは、多元論的な自然はすべてを呑みこんで泰然としているからである。
 矛盾がふきだして、混乱がもたらされるのは、一元論だからである。
 一神教や啓蒙思想、改革や革命がことごとく失敗、あるいは決裂して争いがひきおこされるのは、矛盾や不条理をつつみこむふところの深さをもっていないからである。
 社会保障を厚くすれば、勤労意欲が失われて、社会が衰弱する。社会をよくしようという努力がすべて裏目にでるのは、一元論だからである。
 一方、自由な自然状態におかれると、社会が活気づく。
 自然状態が、不公平や不平等、矛盾や不条理をのみこんでしまうからである。
 この自然状態を語ることばが「うたごころ」で、たとえ、正義や真理はなくとも、自然状態には、忍耐や努力の報酬としてのよろこびや生の歓喜があるのである。

 ●「うたのこころ」が失われた日本の中世と近代
 この日本的秩序が崩れだしたのが後醍醐天皇による「建武の新政(1334年)」からだった。以後、金閣寺の足利義満の悪政(1378年)から南北朝の合一(1392年)、「応仁の乱(1467年)」そして戦国時代と、日本の暗黒の中世も250年の長きにわたる。
「建武の新政」から南北朝の時代精神は「うたのこころ」ではなく、儒教的な大義名分論と君臣論であった。足利尊氏は逆賊で、南朝の楠正成や新田義貞が忠臣となって、のちに水戸学の尊皇攘夷運動や昭和軍国主義に援用されたのは周知のとおりである。
 江戸時代は儒教(朱子学)一辺倒だったが「うたのこころ」をよみがえらせたのが賀茂真淵と本居宣長だった。
 国学は馬淵の「万葉集」研究から興って宣長の「古事記」研究と源氏物語のもののあはれ≠ナ本格化した。
 解読不能だった万葉集や古事記が現代人でも読めるようになったのは真淵や宣長の功績で、万葉集の賀茂真淵が「ますら(益荒男)をぶり」を、古事記や源氏物語の本居宣長が「たをやめ(手弱女)ぶり」を「うたのこころ」の神髄とした。
 さらに、本居宣長は「からごころ(外国の心)」を排して「やまとごころ」をもとめて多くのすぐれた和歌を残した。
 しきしまの 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花
 だが、真淵や宣長の「うたのこころ」は、明治維新の文明開化によって空中分解する。江戸文化も国学も、西洋化ブームの前には形無しで、脚光を浴びたのは自由民権運動の板垣退助や「民約論」の中江兆民、脱亜入欧の福沢諭吉らだった。
 17世紀、ケンペルの『日本誌』によってヨーロッパで日本ブームがおきたが、19世紀の日本は、鹿鳴館文化の西洋化一本やりで、天皇は、祭祀王でも勅撰和歌集の主宰者でもなく、ヨーロッパ的な君主となった。
 ケンペルが、権力の幕府にたいして、権威とした天皇がヨーロッパ的な絶対君主になって、それが、昭和軍国主義までひきずられてゆく。
 次回は血盟団事件の井上日召と決別した大東塾の景山正治が三浦義一とともに「うたのこころ」をとおして文化維新をもとめていった経緯をふり返りたい。

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2022年08月21日

「うたのこころ」と日本人@

 ●西洋のイデオロギーと日本の「うたのこころ」
 中江兆民は、ルソーの「社会契約論」を翻訳して、日本のルソーと呼ばれた。
 その兆民が、日本には、ルソーやカントのような哲学がないといって嘆いた。
 ところが、一方、西洋には、哲学はあっても、万葉集や古今和歌集のような歌集が存在しない。
 兆民は、日本人が浅薄なのは、哲学をもたないからだといったが、同じ論法をもちいて、西洋人が和の心や人情などの文化を解さないのは、うたのこころがないからともいえるのである。
 西洋の哲学と日本の「うたのこころ」は、精神文化において、東西の双璧をなしているのである。
 日本人は、西洋人のように、自我や権利、自由をふりまわさない。
 個人主義よりも、万葉のこころや風情、わびやさびという情緒、心の深さや多様性を大事にするのである。
 西洋と日本のギャップは、宗教観のちがいでもあるだろう。
 キリスト教は、絶対神との信仰契約で、個人主義的である。
 西洋が、一元論なのは、キリスト教やユダヤ教、イスラム教が、ヤハウェの一神教だからで、一神教から一元論がうまれるのは、自然のなりゆきである。
 一元論は、神と悪魔が敵対関係にあるように、善と悪、正と邪、良と否が分かって、互いにはげしく否定しあい、ときには、殺し合う。
 モーゼの十戒(旧約聖書)やキリスト教(新約聖書)がつたえるのがロゴス主義である。日本は言霊だが、西洋はロゴス主義で、ヤハウェとともにあったロゴス(ことば)は、世界を世界たらしめている唯一の原理で、神的存在でもある。
 ロゴス主義の西洋のどこからも、うたのこころはでてこない。
 ことばは、神のものだからで、神のことばを借りてできたのがイデオロギーである。
 一方、日本の信仰は、八百万の神々や神話、自然崇拝や祖神などの自然観をとおしてあらわれたもので、ことばは、神々のものではなく、みこと=人々のものだった。
 それがうた(和歌)で、自然や神々にたいするすなおな心根がうたわれる。

 ●天皇と民がうたでむすばれた二十一の「勅撰歌集」
 西洋のロゴスは、ぎすぎすした唯物論だが、日本のうた(和歌)は、ヒトの心をとおしてあらわれるうるおいのある唯心論である。
 自然を神からあたえられた材とする唯物論の西洋と、自然を神とする日本の唯心論は、けっして、折り合えるものではなく、それが、極端なかたちとしてあらわれたのが、皇国史観と共産主義の対決であったろう。
 明治維新は、天皇を元首に据えるという過ちを犯したが、天皇中心の歴史は、神話をひきついだ国史として、どの主権国家も採用している歴史観である。
 これが国体と呼ばれているのは、そこに、独自の自然観や宗教観、価値観や国家観が反映されているからである。
 国体の象徴が天皇で、天皇とは、歴史や文化、民族性そのものなのである。
 明治維新の過ちは、天皇を元首にして、天皇の権威を政治の道具にもちいたところにあって、天皇の個人崇拝を最大限に利用したのがあの愚かな昭和軍国主義だった。
 一元論の西洋とちがって、多元論の日本では、日本人のアイデンティティであるうた(和歌)を天皇が勅撰するという形で、国家の統一がはかられた。
 これは、世界史的に見ても、特筆されるべき稀有な事実である。
 神話の神々や天神地祇、自然神を祀る祭祀王である天皇は、うた(和歌)の主宰者でもあって、勅撰和歌集は「古今和歌集(905年)」から「新続古今和歌集(1439年)」まで21集(「二十一代集」)におよんだ。
 西洋がロゴス主義をもって、日本は「うたのこころ」をもって、国家という共同体を樹立したわけだが、江戸時代初期(1650年)の江戸(50万人)はロンドン(41万人)やパリ(45万人)をしのぐ大都市で、フロイスら宣教師たちは江戸の町の洗練性を絶賛している。
 ケンペルの『日本誌』が、ゲーテ、カント、ヴォルテール、モンテスキューら、ヨーロッパの一流人に愛読されて、19世紀のジャポニスムにつながっていったのは、日本の文化がそれだけすぐれていたからだった。
 一方、ドイツ人医師(明治天皇の主治医)の『ベルツ日記』によると薩長の出身者に占められた明治政府の役人らは「われわれに歴史はありません。われわれの歴史はこれからはじまるのです」とのべて、ベルツを嘆かせている。
 日本の欧米コンプレックスは、薩長の狭量からうまれたもので、西洋に追いつけ追い越せという風潮が、西洋のイデオロギーを尊重して、日本の「うたのこころ」を軽んじる風潮をうみだしたともいえる。

 ●戦後の最大右翼にして歌人の三浦義一との出会い
 わたしが「うたのこころ」にふれたのは偶然で、昭和39年以降、わたしは縁あって、右翼の大物で歌人だった三浦義一の杖もちのような役割をひきうけていた。
 昭和40年、わたしは、西山幸輝(日本政治文化研究所)に依頼されて日本新聞社から版権を譲り受けた「日本及日本人」の復刊、再刊にあたっていた。
 日本政治文化研究所は、近衛文麿が創設した昭和研究会を戦後、三浦義一が再建したもので、三浦の高弟であった関山義人の紹介から西山幸輝が理事長に就任していた。
「日本及日本人」は、明治40年、三宅雪嶺らを中心に発刊された国粋主義を唱える評論誌の復刊版で、林房雄(作家)や保田與重郎(文芸評論家)、御手洗辰雄(政治評論家)のほか村上兵衛(作家)、黛敏郎(音楽家)、鵜沢義行(日大教授)、山岩男(京大教授)、多田真鋤(慶大教授)らが執筆陣に名をつらねた。
 三島由紀夫にも、再三再四、執筆をお願いして、原稿を戴いた。
 当時、わたしは、三浦義一の経歴や思想、人脈などに無知で、血盟団事件の井上日召、大東塾の影山正治との間柄についてもほとんど知るところがなかった。
 ちょうどその頃、三浦義一は保田與重郎とともに滋賀県大津市「義仲寺」の再興にあたっていて、わたしもしばしば、義仲寺に同行した。
 義仲寺は、源義仲と義仲の愛妾だった巴御前巴の墓がある寺院で、松尾芭蕉も遺言によって此処に葬られた。「木曽殿と背中合わせの寒さかな」
 戦後、荒廃するのを見かねた保田與重郎が三浦義一を誘って、再興したもので、お二人の墓所もここにある。
 昭和42年、境内全域が国の史跡に指定されている。
 次回から、戦後最大の右翼にして歌人だった三浦義一の足跡を、そばで見ていたじぶんの目をとおしてふり返ってみたい。
 そして、西洋のイデオロギーにたいして、日本の「うたのこころ」がなんであったかをじっくり考えてみたい。
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2022年08月08日

 民主主義とテロリズムB

 ●政治を暗黒化させてきたテロリズム
「戦争は他の手段をもってする政治の一形態」といったのはクラウゼヴィッツ(『戦争論』)だった。
 事実、政治をうごかしてきたのは、話し合いや合意、多数決などの「政治の論理」ではなく、戦争や革命、クーデター、そして、テロリズムなどの「力の論理」だった。
 日本の近現代史も例外ではなかった。
「安政の大獄(1858年)」と「桜田門外の変(1860年)」によって火蓋が切って落とされた明治維新は「蛤御門の変(1864年)」や「新撰組による池田屋事件(同年)」から「坂本龍馬暗殺事件(1867年)」、「鳥羽・伏見の戦い/戊辰戦争/会津戦争(1868年)」にいたるまでテロの連鎖で、長州の会津にたいする憎悪と残虐非道な仕打ちは、歴史上、比類がなかった。
 昭和軍国主義も、原動力となったのは、軍事テロで、橋本欣五郎(陸軍)や大川周明らによるクーデター計画(「三月事件」「十月事件」/1931年)を皮切りに「5・15事件(1932年)」から「2・26事件(1936年)」へとつづいたテロリズムが昭和軍国主義の導火線となった。
 個人テロには、井上日召の「血盟団事件(1932年)」のほか、民間右翼による「神兵隊事件(1933年)」があげられるが、衝撃的だったのは、統制派リーダー、永田鉄山が皇道派に同情的だった相沢三郎に斬殺された「相沢事件(1935年)」で、これが翌年の「2・26事件」の伏線となった。
 永田は現実主義者で、中国大陸からの撤退と日本防衛(「漸減邀撃戦略」)を構想していた。だが、永田を敬っていた後釜の東条英機が、戦線維持を永田の遺志と錯覚して中国戦争に固執したばかりか、海軍の軍令部総長、永野修身の「真珠湾攻撃」になんの抵抗もできなかった。
 永田が生きていれば、蒋介石と和解のみちをひらく一方、海軍の南進作戦に徹底的に抵抗したはずで、そうなれば、日本の歴史は、大きくちがったものになっていたはずである。
 テロリズムの歴史が、日本を悪夢へひきずりこんだのである。
 
 ●「左翼暴力革命」と「右翼テロ」の対決
 テロやクーデターが政治をうごかすのは「政権は銃口からうまれる(毛沢東)」ものだからである。
 世界史上、話し合いや多数決で、新しい国家や政権がうまれたためしはない。
 イギリスやアメリカ、フランスやロシア、中国革命が、戦争や独裁、粛清をともなっていたのは、史実にあるとおりで、日本共産党も、極左軍事冒険主義を転換した「六全協」以前、火炎瓶闘争や山村工作隊、トラック部隊などの非合法テロ活動をくりひろげた。
 共産主義革命にたいする脅威は、大きなもので、羽仁五郎や都留重人、大内兵衛、向坂逸郎らマルクス学者がちやほやされて、当時、「革命がおきたら右翼反動はギロチンだ」という脅し文句がとびかった。
 総評や日教組、労働組合や学生運動が戦闘的になってくるなかで木村篤太郎法相が侠客、梅津勘兵衛に「反共抜刀隊」の結成を依頼、あるいは、60年の安保闘争時、橋本登美三郎が右翼の児玉誉士夫に協力をもとめた。
 日本の右翼が防共の最前線に立ったのは、政治が暴力革命の可能性をひめていたからで、そこからひきおこされたテロ事件が「米帝国主義は日中共同の敵」発言に反発した山口二矢による「浅沼稲次郎暗殺事件(1960年)」だった。
 この事件がとりわけ印象に深いのは、わたしはその日(10月12日)、その場所(日比谷公会堂)で、事件を一部始終、目撃していたからである。犯人の山口二矢(17歳)とは、新島ミサイル闘争(賛成派)でともに左翼と闘った関係にあった一方、浅沼氏は、わたしと同じ三宅島出身という因縁もあった。
 浅沼事件と並ぶ政治的テロとして、三島由紀夫が自衛隊に蜂起をうったえた「三島事件(1970年)」がある。
 ともに、日本の赤化(共産化)を防ぐためで、かつて、右翼は、共産主義と対決する最前線に立っていたのである。

 ●ホッブズの『社会契約説』とルソーの『社会契約論』
 自然状態において、人間は、つねに、飢えや自然的災難、外敵の襲撃などの危機にさらされる。
 したがって、生きながらえるためには、幸運のほかに、十分な生活資材や装備、政治的条件があたえられていなければならない。
 それが国家で、ホッブズが必要悪としての国家の存在を主張したのは、自然状態が野蛮で、つねに、万人による万人の戦争の危険性をはらんでいるからである。
 平和をまもるのも軍事力で、武器をもってまもらなければ、略奪と殺戮などがまかりとおるこの世の地獄となるのは、戦勝国に占領された敗戦国の惨状を見るまでもない。
「戦争は政治の一形態」や「政権は銃口からうまれる」という政治の残酷さを語ったことばは、ホッブズの国家観でもあって、現在、世界は、そのリアリズムに立っている。
 ところが、ホッブズの百数十年後、ルソーがこれに異をとなえた。
 人間は、生まれながらにして自由で、平和こそが自然状態というのである。
 このルソー主義がマルクス主義と合体して唯物論(共産主義)がうまれた。
 平和な自然状態にあった社会をねじまげたのは、国家権力と資本主義であるから、これを倒して、国民主権=人民政府をつくらなければならないというのである。
 人間はうまれながらにして自由だが、いたるところで鎖(国家や資本、法)につながれている」とするルソーの『社会契約論』では、そのあとにこうつづく。
「人民はみずからの権利を共同体全体に完全に譲渡した。しかし、人民自身は主権者であって、法の根源は主権者にある」
 このインチキな文章に騙されて、人々は、じぶんに主権があると思いこんだ。
 フランス革命のロベスピエールは、ルソー主義にもとづいて、人民の主権をあずかって恐怖政治を敷いた。
 ところが、主権者たる人民の主権には、見向きもしなかった。
 法の根源たる国民主権は、すでに、独裁者に譲渡されていたからである。
 日本人のノーテンキな平和主義はルソー主義だったのである。

 ●民主≠フヨコ軸と自由≠フ縦軸が交差した自由民主主義
 人民主権は、ひとり一人の人民にあたえられていたのではなかった。
 人民全体が一つの主権で、それを独裁者があずかるという話である。
 ルソーの人民(=国民)主権は、独裁の便法であって、これを悪用したのがヒトラーとスターリンだった。
 日本の左翼が民主主義や国民主権をもちあげるのは、これをまとめて預かる人民政府を夢想しているからだが、いずれも、ヒトラーやスターリンがやったいつか来た道≠ナ、自由や個人が抜け落ちた全体全体主義である。
 必要なのは、民主のヨコ軸と自由の縦軸が交差した自由民主主義で、それが「個と全体」の矛盾を解消できる最善の体制なのである。
 ルソーのインチキは、欧米では、とっくに暴かれて、だれも相手にしない。
 ところが、日本では、啓蒙思想家としてルソーが尊敬を集めている。
 ルソーがマルクス主義の前段階的地位にあるからで、日本のマルクス主義者はルソー主義者でもあるのである。
 そこからでてきたのが、日本人はもっと主権を主張すべき(『主権者のいない国(白井聡)』)という愚論である。
 日教組のルソー教育で育った日本人は、自然状態が平和で自由なユートピアで、国家がそのユートピアを破壊しないようにまもっているのが憲法と思っている。
 うまれながらにして自由なルソー的人間とって、国家は、敵となる。
 日本人がホッブズのいう、必要悪としての国家をみとめなければ、いつまでたってもノーテンキな平和ボケに埋もれたままなのである。
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2022年08月01日

 民主主義とテロリズムA

 ●革命とテロリズムは兄弟である
 西洋史はテロリズムの歴史といってよい。
 十字軍の遠征から宗教戦争、領土・領主戦争や農民の反乱、略奪者のバッコとあげてゆけばきりがないが、いずれも、殺害と略奪が目的のテロリズムで、兵士と兵士がたたかう戦争とは別物である。
 そのなかで、際立っているのが、フランス革命期のジャコバン派の恐怖支配(1793〜94年)である。革命派が反革命派1万6000人をギロチンで断首する恐怖政治をおこない、ここから「テロリズム(恐怖政治)」ということばがうまれた。
 これに次ぐのが、ユダヤ人900人以上が殺害され、2万6000人が強制収容所に送られた「水晶の夜事件(1938年11月9日)」で、この事件からナチスのユダヤ人大虐殺(ホロコースト犠牲者600万人)がはじまった。
 近代になっても、テロリズムの猛威はやむことがなく、スターリンの大粛清では1000万人、毛沢東の文化大革命では3000万人(推定)、ポル・ポト政権(カンボジア大虐殺)は人口の4分の1にあたる約200万人が私刑によって惨殺されている。
 ヨーロッパのテロリズムの頂点にあるのが「三十年戦争(最大の宗教戦争)」で、ドイツの人口の20%をふくむ800万人以上の死者を出している。百年戦争(英仏領土戦)やバラ戦争(英王族戦争)も、テロとその報復で、際限のない殺し合いのなかから市民革命という新たなテロリズムがうまれた。
 日本人は、フランス革命によって、人類は、自由や平等、人権を手に入れたと思いこんでいるが、とんでもない思いちがいである。
 フランス革命とナポレオン戦争による死者は約500万人で、ナポレオンがやったのは、王政復古と世界史上初となる帝国主義戦争だった。
 革命のスローガンとなった自由も平等も後付けで、フランス革命の代名詞である「人権宣言」には女性と奴隷がふくまれていなかった。
 フランス革命は、自由と平等のあけぼのではなく、テロリズムが大手をふりはじめる契機となる歴史的惨事だったのである。

 ●国民主権と人民独裁は「テロルの論理」
 日本人は、西洋を、自由や平等、人権や民主主義をつくりあげた理想国家のように思っている。
 だが、アメリカ・イギリス・ロシア・フランス・中国の5国連常任理事国を筆頭に、先進国の大半が革命国家で、君主制を捨て、多くが大統領制をとっている。
 革命は、テロリズムで、その手段に使われる民主主義や国民主権も、同類である。
 歴史や伝統、多様な文化や習俗をもった社会を、一夜にして単一的価値観の全体主義にきりかえ、反対者を抹殺する政治的変更がテロリズムでなくてなんだろう。
 革命において、テロリズム(暴力)が容認されるのは、革命派が国民主権をあずかるからで、テロルは、国民の名のもとでおこなわれる。
 国民主権や民主主義は、革命の道具でしかなかったのである。
 国民主権や民主主義にために革命がおきるのではない。
 革命のために、国民主権や民主主義が必要だったのである。
 国民主権の発明者ルソーは、多数決ではなく、全員一致の合意を主張した。
 多数決では少数派が切り捨てられるので、不完全というのである。
 全員一致の合意が、テロリズムなしにどうして実現されるだろう。
 フランス革命やロシア革命、中国革命で粛清の嵐が吹き荒れたのは、革命が「テロルの論理」に立っているからで、国民主権が丸ごと革命派もしくは為政者に委譲されるとする「人民独裁の論理」ほどめちゃくちゃな理屈はあったものではない。
 ルソーは「人間は生まれながらにして自由なのに、いたるところで鎖に繋がれている(社会契約論)」といった。ホッブズの「社会契約説(国家がなければ「万人の戦争がおきる」)への反論だが、夢想的な美辞麗句を並び立てただけの空論で、いまどき、こんなものを有難がっているのは、日本だけである。
 日本でルソーがもてはやされるのは、マルクスがルソー主義にユダヤの経典(タルムード)をくわえて『共産党宣言』を書きあげた(エンゲルス共著)からで、日本の左翼は世界がとっくに捨て去ったルソーとマルクスが大好きなのである。

 ●君主国家だけで機能する間接民主主義
 ルソーの自由がフランス革命のスローガンになったというが、革命を正当化するためにつくられたウソで、フランス革命時、吹き荒れていたのは、怨念と憎悪、恐怖だけで、自由などという抽象的な観念などどこにもなかった。
 まして、国民主権や民主主義など、意識のかけらさえ存在しなかった。
 もともと、ルソーの民主主義は、国民が直接、政治に参加する直接民主主義だった。
 だが、国民全員を収容できる議事堂があるはずはない。
 直接民主主義は、事実上、不可能な話だったのである。
 そこでルソーがもちだしたのは、国民主権を丸ごと独裁者にあずけてしまうというアイデアで、原型は、プラトンの哲人政治である。ルソーは、民主主義や国民主権をギリシャ哲学からひっぱりだしてきたのである。
 国民主権を為政者にあずけると、完全なる政治(=独裁)が可能になる。
 それがスターリン主義で、国民主権の名目で粛清もやりたい放題である。
 ルソーの民主主義と国民主権は、独裁政治の手法で、テロリズムだったのである。
 ロシアや中国、北朝鮮に多数決があったら、プーチンや習近平、金正恩らは独裁者になることはできなかった。
 かれらの絶対権力をささえているのは国民主権をあずかっている≠ニいうルソー主義で、ルソーの心酔者だったポル・ポトは「自然に帰れ」を妄信して近代的工場から郵便局まで破壊して、工場長や郵便局長まで死刑にした。
 アメリカもフランスも、ロシアも中国も、みずからの革命政権を正当化して「わが国こそ真の民主主義国家である」と叫ぶ。
 民主主義国家では、元首(大統領)が、国民主権をひきうけて権力をふるう。
 だが、日本やイギリス連邦王国、ヨーロッパの王室国家は、国民主権をあずかるのは、大統領ではなく、君主である。
 大統領が不在なので、首相は、粛々と、内閣や議会の運営につとめる。
 このとき、もちいられるのが多数決で、それが議会制民主主義である。
 多数決は、普通選挙法と並んで、間接民主主義の切り札で、立候補の自由がない中国やロシア、大統領の判断で戦争ができるアメリカなど共和制国家とは政治体制が異なるのである。

 ●民主主義はフランス革命のギロチン
 多くの日本人が「民主主義なのでテロはゆるされない」と口を揃える。
 民主主義とテロリズムが兄弟だったことを知らないのである。
 民主主義がテロリズムに抵抗できないのは、同じ穴のムジナだからである。
 歴史共同体である社会には、数千年にわたってまもってきた伝統、これからもまもっていかなくてはならない価値がある。
 伝統は、先祖からうけついで、子孫につたえていかなければならない文化であって、それが、死者をふくめた日本国民の暗黙の了解事項である。
 ところが、これを平然と破壊しようといううごきが自民党のなかにもある。
「民主主義の世の中で、皇統の万世一系(男系男子相続)はおかしい」というのである。
 伝統破壊は、テロリズムである。
 なぜなら、伝統はみずからをまもる手段を有さないからで、無防備なモノを一方的に破壊するのがテロでなくてなんだろう。
 独裁(=直接民主主義)でも多数決(=間接民主主義)でも、伝統や文化を破壊するのは、貴族をギロチンにかけたフランス革命の論理で、民主主義それ自体が、テロリズムの一形態だったのである。
 革命は、テロリズムで、近代をきりひらいた市民革命がテロの論理にのっていたのである。
 日本共産党は、多数決によって、一夜にして革命が成立するとして暴力革命路線を捨てた。
 民主主義は、フランス革命のギロチンのようなものだったのである。
 次回は、政治が、いかに「力の論理=テロリズム」の上に成立してきたかをみていこう。

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2022年07月17日

 民主主義とテロリズム@

 ●テロリズムにぜい弱なのが民主主義の最大の欠陥
 安倍晋三元首相が銃撃されて死亡するという大事件がおきて日本中が悲しみにつつまれた。
 葬儀の沿道には大勢の人々が詰めかけて、哀悼の悲痛な声をふり絞る光景がテレビ中継されて、多くの日本人が涙した。
 トランプ大統領から「二度とあらわれないすぐれた指導者を惜しむ」という悼辞が届き、岸田文雄首相は、吉田茂につぐ戦後二番目の国葬を正式に決定した。
 政党の党首や財界人らも哀悼のコメントを発表した。
 異様だったのは、テロへの怒りと並べて、全員がハンでついたように「民主主義の根幹をゆるがす蛮行」「民主主義への挑戦」と民主主義を金科玉条のようにもちあげたことである。
 小沢一郎などは哀悼の意も表さずに「長期政権のツケがまわった。民主主義をまもるために政権交代をめざす」と言い放った。

 ●元総理の銃撃事件をゆるした危機管理能力の低劣さ
 テロが民主主義をおびやかすのではなく、民主主義だからテロがおこりうるという、単純なことが日本人にはわからない。
 中国やロシア、北朝鮮で、テロがおきないのは、収容所国家で、予防拘束ができるからで、民主主義ほどテロにたいして無防備で、危機管理がむずかしい体制はない。
 今回の銃撃事件で、世界各国が指摘したのが警備の甘さで、演説中の安倍元首相の背後はがら空きだった。
 銃撃犯の発砲および現場からの逃走の様子が、一部始終、アマチュアのスマホに撮られるというだらしなさで、奈良県警や公安関係者、警備関係者の一部は休憩中だったともつたえられる。
平和ボケ日本≠ネらではの光景で、日本人は、安全や防衛を、水か空気のように思っている。
 尖閣諸島危機から、中国・ロシア艦隊の日本沿岸縦走作戦および領空・領海侵犯や北朝鮮の日本近海へのミサイル発射にたいしても、危機感ゼロで、日本人は、民主主義と平和主義、憲法9条の下で、戦争などおきるはずはないとタカをくくっているのである。

 ●「民主主義と国民主権」対「自由主義と個人主義」
 民主主義には2つの意味があって、1つは、多数決である。
 ソクラテスやプラトンの時代から多数決という数の論理が大手をふっていた。
 クラテスに死刑判決を下したのが、その多数決で、その衆愚政治を批判したプラトンが「哲人政治」を唱えたのは有名な話である。
 歴史上、民主主義は、衆愚政治の代名詞だったのである。
 2つ目が国民主権(主権在民)で、これはルソーが唱えた。
 国民主権は、王権(ソブリンティ)に対比されるもので、国民主権をあずかった者が、君主に代わって、主権をもつことができるとした。
 この場合、国民は、国民一人ひとりではなく、統治される階層という意味である。
 個人の意志(特殊意志)ではなく、全体の意志(一般意志)を、為政者が丸ごとあずかって、独裁的な政治をおこなう。
 個人が、国民全体に一般化されるので、これは「一般化理論」とも呼ばれる。
 そもそも、ルソーは、自由主義や個人主義に否定的で、議会主義をみとめていない。「国民全員を収容する議事堂は存在しないので、為政者が国民の主権をあずかる」というのが人民政府で、これは、共産主義のことである。

 ●戦後マルキストがつくりだした民主主義ブーム
 戦後、日本で民主主義ブームがおきたのは、GHQの公職追放でマスコミや大学教員らがそっくりマルクス主義者にいれかわったためで、民主主義や国民主権は、共産主義の代名詞だった。
 ところが、日本は、天皇の国なので、民主主義を人民独裁におきかえることはできなかった。
 共産党が勢いをえた時代もあったが、大方の日本人はアカ(共産主義)≠きらった。
 そこで、マスコミや学者や文化人ら左翼は、民主主義の大宣伝に打って出た。
 アメリカもフランスも、ソ連(ロシア)も中国も、革命国家で、フランスはルソー、アメリカは革命権を謳うロック、ソ連や中国はマルクスが国家のバックボーンである。 
 戦後、全体主義に抵抗したのが、ヒトラーに酷い目にあわされたイギリスとフランスだった。
 イギリスは保守主義(議会主義)を、フランスは、自由主義(個人主義)を立てて、共産主義や民主主義と一線を画した。
 これが「個と全体」のバランスで、国民と個人の区別、多数決と少数意見の尊重、自由にたいする制限、個人にたいする責任を、社会的規範(モラル)としたのである。

 ●自由と好き勝手≠フ区別がつかない日本人
 日本人は個人の自由≠ニいうとなんでもありの好き放題(リバタリアニズム)を思いうかべる。
 だが、自由主義や個人主義には、制限と責任という付帯事項があって、社会秩序は「自由の制限」と「個人の責任」によってまもられている。
 日本人は、この2つの付帯事項の欠落に、気がついていない。
 日本では、なにをやるのも個人の自由≠ェ善とされるが、欧米では、悪である。
 その悪の代表がテロリズムで、欧米ほどテロに苦しんでいる国はない。
 名古屋の「表現の不自由展(2019年あいちトリエンナーレ)」では、天皇の写真を燃やして、踏みつけて、それを表現の自由とした。
 このイベントに、国が補助金を出したほか、愛知県大村秀章知事ら賛同者が少なくなかった。
 これが、マスコミの「表現の自由」の原点で、表現の自由を奪われることへの抵抗ではなく、モラルをまもろうとしている人々にたいするテロ攻撃である。
 表現の自由には、被害者がでるので、おのずと、制限がかけられる。
 ところが、日本では、その制限にたいして、逆制限をかける。
 2019年の参院選で、安倍首相(当時)の演説を妨害した男女が会場から排除されたが、この男女がおこした裁判で、広瀬孝裁判長(札幌地裁)は、表現の自由を侵したとして、北海道警察に慰謝料の支払いを命じた。
 日本は、司法までが、悪の代表であるテロリズムの味方なのである。

 ●マスコミの言いたい放題≠ヘ言論テロ
 歯止めのきかないテロリズムに支配されているのがマスコミである。
 銃撃されて安倍元総理の血にまみれた姿がNHKを中心にくり返しテレビでオンエアされて、視聴者から悲鳴があがった。
 マスコミは、紙を売り、テレビの前に視聴者を釘付けにすることだけが目的の商売人で、商売のためなら、人権や名誉、誇りの侵害を意に介さない。
 気に食わなかったら徹底的な叩くというテロリズムの発想は、現在、日本中に蔓延しているが、元凶はマスコミである。
 とりわけ安倍叩き≠ノ狂奔した夕刊紙やスポーツ紙は、連日、テロを煽るような過激な見出しを掲げつづけている。
 このテロリズムがマスコミの本性で「やりたい放題をやってなにがわるいのか」という現代の日本人の気質を助長してきた。

 ●「国民の知る権利」の国民はだれのことか
 責任と義務は、国防問題にも深くかかわっている。
 安倍元総理が、憲法に自衛隊合憲を謳おうとしたのは、国をまもる自衛隊を税金ドロボー≠ニののしる日本人が少なくないからである。
 自由主義には制限、個人主義には義務と責任がついてまわるが、日本の民主主義は無制限で、いっさい縛りがかからない。
 日本は「主権在民」の国で、国民には主権があるので、なにをやってよいと思いこんでいるのである。
 だが、一人ひとりの国民に主権などない。
 国民主権をいうなら個人(特殊)が国民(一般)の代表である証明が必要である。
 マスコミは「国民の知る権利」という。その国民はだれか。そのなかに知る権利をふりまわすことに反対する人々はふくまれないのか。
 マスコミは、商行為の手段である。そのマスコミが売らんかなの精神で、虚栄や嫉妬、不満や怒り、不安や恐怖を煽って、言論の自由を喧伝する。
 そして、惨事がおきると特ダネ≠ニしてセンセーショナルに報じて国民の知る権利を主張する。
 民主主義は、暴力テロにも言論テロにも、まったく、無防備だったのである。
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2022年06月27日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊F

 ●核の脅威を消滅させたウクライナのEU加盟
 ウクライナが、6月23日、モルドバとともに欧州連合(EU)の加盟候補国に承認されて、ゼレンスキー大統領は「この日を待っていた。歴史的な瞬間だ」とこぶしをつきあげてよろこびをあらわした。
 プーチンは「EUは軍事同盟ではない」として反対表明はおこなわなかったが、ロシアと交戦中のウクライナにとって、EU加盟候補国承認は大きな恩恵となった。
 ロシアがウクライナ戦争で核兵器を使用する可能性が劇的に低下したからである。
 ロシアが世界核戦争を望まないかぎりにおいて、EU加盟(申請承認)国にたいする核使用は、ヨーロッパへの核攻撃となるので、ありえないとはいえないが、考えにくい。
 ウクライナ戦争の焦点は、当初から、核使用とどれだけの国がウクライナを支援するかの2点に絞られていた。
 核の使用の危機は、ウクライナのEU加盟承認によって、一応、のりこえられた。
 もう一つの焦点だったウクライナの支援国家のほうは、月に一度のペースでひらかれている国防大臣レベルの関係国会合で、ウクライナに軍事支援を約束する国が47にもたっした。
 提供される兵器は、デンマークの対艦ミサイル「ハープーン」やイギリスの空対地ミサイル「ブリムストーン」、オーストラリアとカナダの榴弾砲「M777」、ノルウェーの対艦用NSMミサイルなどだが、アメリカも、射程がロシア領にたっしない範囲で使用できる多連装ロケットシステム(MLRS/HIMARS)の供与を検討している。

 ●中国の極超音速ミサイルに日本の技術
 これらの武器がすべてウクライナ軍にいきわたれば、膠着状態にある戦況が一変する可能性もあるが、ロシアも、米原子力空母を一発で沈める威力をもつ極超音速ミサイル「ツィルコン(マッハ9)」を実戦配備するという。
 核戦争を回避できたしても、つぎは、防御不能な極超音速ミサイルというのでは、軍事力によるウクライナ防衛どころか、軍事力による自国防衛すらなりたたなくなる。
 極超音速ミサイルをもっているのはロシアと中国、北朝鮮で、日米は後塵を拝しているが、高市早苗総務大臣が衝撃的な告発をおこなった。
「スクラムジェットエンジンや流体力学、耐熱材料の技術などの日本の技術が中国の極超音速兵器の開発に使われている」というのである。
 日本人の学者は、カネで買われて、じぶんの国にむけられるであろう中国の極超音速ミサイルの研究にとりくんでいるのである。
 もっと深刻なのが「軍事研究の禁止」を主張している日本学術会議によって日本の大学や研究機関から精密誘導機器や耐熱・強度素材の研究が放逐されてしまったことだろう。
 精密誘導機器は、巡航ミサイルなどに搭載される全地球測位システム(GPS)のレーダーで、現在、中国と台湾の独擅場である。日本の技術が先行したが、中国と台湾が逆転して、多くの日本人研究者が中国の「国防7校」などに招かれて、極超音速ミサイルの研究にとりくんでいる。
 日本の「危機の構造」は、核や極超音速ミサイルよりも、国をまもる精神の欠如にあったのである。

 ●国をまもる気がない日本では成立しない核の議論
「戦争がおきたら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたひとが13%しかいない日本で、アメリカに「核の共有(ニュークリア・シェアリング)」を強硬に申し入れることなど、できるはずがない。
 ちなみに、同アンケートは「世界価値観調査(WVS/電通総研)」という権威があるもので、13%という数字は、調査対象国79か国中ダントツの最下位(78位はリトアニア43%)だった。
 核シェアリングは、西ドイツのアデナウアーの熱意がアメリカをうごかして、ようやく実現したもので、アメリカには、敗戦国のドイツと日本に独自の核をもたせる気などさらさらなかった。
 日独が核の攻撃をうけても、核で報復する気もない。
 だが、反ソ連(ロシア)の同盟国なので、核シェアリングや核の傘の「拡大抑止」というわけのわからないことをいってごまかしてきた。
 日本が核の傘∴ネ外の方法で核装備するなら、イスラエルと同様、潜水艦以外の選択肢はないだろう。
 イスラエルは、みずから公言しないが、核を、ドイツ製のドルフィン級通常型潜水艦に搭載している。
 爆撃機による出撃では、先制攻撃が不能で、核抑止力としても不十分である。
 弾道ミサイルも、地上の基地は、敵に攻撃目標をさしだすようなものである。
 結局、おちついたのが、敵から探知されにくく、攻撃を予知されない潜水艦だった。
 日本は、世界屈指の海軍大国で、潜水艦の製造や戦闘能力にかけては世界一である。その日本の潜水艦チームが日本近海で米原子力潜水艦との共同訓練を積み上げてゆけば、中国やロシア、北朝鮮は、日本の潜水艦が核装備していると想定する。
 それが抑止力で、イスラエル潜水艦の核も、想定されているだけで、実際に見た者はいない。
 岸田首相が国会でぺらぺらと非核三原則を口にするのは利敵行為で、国会で質問されたら、国防問題は、国家機密として、つっぱねておけばよいのである。

 ●ロシアの戦費は4か月で国家予算の10倍以上
 木村太郎が「6月いっぱいでロシアは消えてなくなる」といったのは4か月の戦費合計が360兆円(1日約3兆円)にもなるからで、ロシアの国家予算(35兆円)の10倍をこえる。
 ロシアが消えてなくならないのは、ルーブル紙幣を刷りまくっているからで、ロシアや中国、北朝鮮の経済が破綻しないのは、通貨発行を経済の原動力とする「MMT理論」をとっているからである。
 国家があるかぎり、通貨発行によって、経済力を維持できる。国家を借金のカタに入れたバクチのようなもので、国家には無限の担保力があるので、いくらでも紙幣を刷れるが、その分、借金は、ふえつづける。
 したがって、赤字が国家の担保力をこえると、極端な通貨安が生じて、経済が崩壊する。
 それが、資源国家ベネズエラの悲劇で、地下資源の輸出だけにたよってきた同国は、2015年以降、通貨価値が100分の1以下となって、国家崩壊の危機に瀕している。
 ロシアは、極超音速ミサイル「ツィルコン」を実戦配備する予定だが、このミサイルはきわめて高価で一基数百億円といわれる。
 ロシアがこれを大量に使えば、戦費はさらにはねあがって、ロシアは大量に発行した貨幣が極端な通貨安を招く経済縮小(「MMTのジレンマ」)へむかうことになる。
 中国がロシアの後ろ盾になっているのは、戦争で疲弊したロシアを事実上の属国にして、アメリカに対抗しようというもくろみで「中国と中央アジア5か国が外相会談」では、王毅外相が人民元による経済圏の構築≠うちあげている。
 世界は、ウクライナ戦争をめぐって、混沌の度をましている。
 だが、日本は、ただ呆然と手をこまねいているばかりである。

 ●公明と縁を切った自民党小野田紀美議員の心意気
 自民党が、核という「国家の存亡」を左右する大問題をアメリカにゆだねて、核問題を真剣に考えようとしないのは、公明党と摩擦をおこしたくないからである。
 公明党の「核廃絶・核不拡散・非核三原則」は創価学会婦人平和部隊≠フスローガンでもあって、政治でも政策でもない、念仏のようなものである。
 したがって、公明党に迎合する自民党には、核問題を語る政治的見識や覚悟、信念や資格がなかったということになる。
 7月に予定されている参院選挙で、自民党現職の小野田紀美議員が公明党の推薦を拒絶して、公明党が推薦を取り消すという椿事がおきた。あわてたのが公明票で当選してきた自民党議員で「迷惑な話」「公明に詫びを入れるべき」と青くなったが、当の小野田議員は、推薦取り消しに「それで結構」と平然たるものだった。
 小野田紀美は、父親がアメリカ人のアメリカ育ちで、親台湾派である。中国にべったりの公明党や創価学会はうけいれがたいが、それよりも納得できないのが、アメリカ育ちらしく自公癒着≠ニいう日本的なご都合主義だった。
 自民党が防衛問題や憲法改正、皇室問題などで、迎合的なことしかいわなくなったのは、公明の反発をおそれているからで、天皇よりも池田大作が大事な公明党と足並みを揃えて、国体にそった保守政治をおこなえるわけはない。
 公明と手を切れば、いまや、公明の下駄の雪となった自民は、大幅に議席を減らして、維新の会とでも連立を組まなければ政権を維持できなくなるだろうが、そのとき、ようやく、国防や憲法など、本格的な政治議論ができるようになるのである。
 ウクライナ戦争というきびしい世界情勢のなか、非核三原則の念仏を唱えている公明党、その公明党と手拍子を合わせている自民党に政治をまかせておくのはじつに心もとない話なのである。

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2022年06月13日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊E

 ●「核保有」「核の傘」「核シェアリング」
 ロシアのウクライナ侵攻と、プーチンが核使用をちらつかせたことによって、日本の防衛世論が急激に変化した。
 防衛費増強派が80%、防衛費GDP2%派が6割にもたっしたのである。
 TVタレントや評論家が「日本が平和なのは憲法9条があるから」といいふらしていたウクライナ戦争以前の情勢とは、隔世の感がある。
 そこへ浮上してきたのが「核武装論」である。世界第3位の核保有国だったウクライナが、現在、ロシアの攻撃にさらされているのは、94年の核拡散防止条約(NPT)の加盟に際して、核兵器をロシアに移管したからというのである。
 核は、核にたいする最大の防御で、アメリカも北朝鮮に手が出せない。
 だが、使えない兵器で、使えば核の連鎖≠ノよって世界は破滅する。
 したがって、核の使用をいいだしたプーチンは、狂人ということになる。
 ミサイル狂の金正恩も、核弾頭1000発の習近平も狂人で、日本は、中ロ朝という狂人が最高権力を握る3つの帝国主義国家に囲まれている。
 原爆を投下したアメリカも狂人だが、日本は、そのアメリカの核の傘≠ノまもられながら、非核三原則(もたず、つくらず、もちこませず)を謳歌している。
 核を悪の権化にしながら核の傘≠ノ安住する日本も狂っているのである。
「気狂いに刃物」というが、核という刃物をめぐって、狂気が、右往左往しているのが、核をめぐる目下の世界情勢なのである。

 ●ありえないアメリカによる核の報復
 多くの日本人が核の傘≠誤解している。
 日本に原爆が撃ちこまれたら、アメリカが核で報復してくれると思っているのである。
 アメリカは、東京に原爆(第1弾)が投下されても、ニューヨークやロスの市民が犠牲になる第3弾を覚悟して、北京やモスクワ、平壌へ報復弾(第2弾)を撃ちこむことはない。
核の傘≠煌jシェアリングも、核の「報復装置」ではないからである。
 だからといって核の傘≠ヘなんの役にも立たないということではない。
「核の傘」や核シェアリングがあるかぎり、敵は、核の攻撃をためらう。
 敵に核攻撃を躊躇させることが「核の抑止力」で、それ以上でも以下でもない。
 したがって、敵が報復核≠撃ちこまれる可能性がないとみて、第一弾を撃ってきたらお終いで、核の抑止力は、そこで消滅する。
 第2弾、第3弾と報復核が連鎖すれば、米ロには合わせて一万発以上の核があるので、世界の破滅まで数日で十分である。

 ●核の傘や核共有と「核拡散防止条約」の矛盾
 核の抑止力も相互確証破壊も「事故を未然に防ぐ論理」で、赤信号のようなものである。
 赤信号で車が止まるのは、事故を未然に防ぐためで、だれでも事故がこわいので、赤信号は、永遠のルールとなる。
 一方、核の傘や核シェアリングは、交通事故にたいする「報復の論理」で、事故がおきたあとの処理である。他者(核保有国)の力を借りで、違反車や暴走車へ報復してもらおうというのだが、そのときは、こちらも深手を負っている。
 しかも、他者が報復してくれるというのは、勝手な希望的観測でしかない。
 バイデン米大統領が一般教書演説でプーチンの核恫喝≠ノふれなかったのは、核抑止力は、核報復ではないからである。
 報復なら、核抑止力がきかなかった後始末だったことになる。
 したがって、あとに残るのは、第三次世界大戦の回避だけである。
 核抑止力は、あくまで、抑止で、核を抑止するためだけにある。
 それには、核を使えば同等以上の被害をうけるという恐怖心をあたえなければならない。
 しかし、核の「相互確証破壊」は、核国保有国同士の論理で、非核保有国や同盟には通用しない。相討ち≠フメカニズムがはたらかないからで、同盟は運命共同体ではないのである。
 核の傘や核シェアリングは、核拡散防止条約(NPT)違反なので、契約の文書は存在しない。
 そもそも、NPTは、核の傘や核シェアリングを隠蔽してむすばれた条約である。
 したがって、核シェアリングは、日本政府が、アメリカ側につよく要請しなければけっして実現しない話なのである。

 ●欧州の核シェアリングと日本の非核三原則
 西ドイツが、アメリカと核シェアリングをむすんだのは欧州連合の父≠ニいわれるアデナウアー首相のらつ腕によるもので、敗戦国ドイツを英仏に並ぶ強国にするため、核シェアリングという巧妙な方法を案出した。
 第2次世界大戦が終結して、英米仏が軍隊の動員を解除したが、ソ連は欧州全土に数百個師団を残したまま、赤軍の大量動員を解かなかった。
 トルーマンが西ドイツに核兵器の核持ち込みを要請すると、アデナウアーは、即決でOKをだしたが、一つ条件をつけた。
 それが、核兵器の使用権をアメリカと折半する核シェアリングだった。
 これがNATO核の起源で、アデナウアーは、アメリカの核をドイツのほかイタリア、オランダ、ベルギー、トルコなどに配備して、相互互助関係にあるNATOが、核抑止力をもつ核の準保有国となった。
 これと逆のコースをたどったのが日本だった。
 アデナウアーが、事前協議なしの核持ち込みとひきかえに核シェアリングを実現させたのにたいして、日本は「沖縄返還(核抜き・本土並み)」の佐藤栄作が「非核三原則」をうちだして、ノーベル平和賞をうけた。
 アデナウアーの核シェアリングはソ連にダメージをあたえたが、佐藤栄作の「非核三原則」は、むしろ、ソ連をよろこばせた。
 非核三原則は、同盟国への核攻撃にたいして核報復を事前宣言する「核の傘理論」を空洞化させるものだったからである。
 当時から日本では、憲法9条があるから戦争はおきない、非核3原則があるから核攻撃をうけない、核廃絶は被爆国の悲願などの夢想的な平和主義が大手をふって、リアリティのある防衛議論や、核抑止という現実的な問題についてなんの議論もされてこなかった。
 アメリカが日本の核拒絶反応≠ノ理解を示したのは、原爆を投下した贖罪意識があったからであろう。
 だが、日本の左翼や労組、マスコミは、反原爆を反体制運動に利用した。
 核持ち込みの「秘密協定」があった、なかったという騒ぎがそれだった。
 核がもちこまれたのなら日本をまもるためで、アデナウアーなら大歓迎したろうが、当時、日本では、これが政府攻撃の材料にされた。
 ロシアのウクライナ侵略と核恫喝が世界を震撼させている現在、防衛観念と核武装について、日本は、根本的に考え直すべき時期にきているのである。
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2022年05月29日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊D

 ●国力がチェチェンの60倍以上のウクライナに勝てるか
 ロシアには勝てっこないので、ウクライナ4500万人国民は、降参するか祖国を捨てるべきだ。そして、10年経ったら帰ってきて、祖国を再建すればよいではないかなどいうノーテンキなことをいってのけたのが橋下徹(弁護士/元大阪市長)だった。
 寺島実郎(多摩大学学長)は『サンデーモーニング(TBS)』で、ロシアのウクライナ侵攻について「ウクライナは一方的な被害者ではない」とロシアに理解をしめしたばかりか「ゼレンスキー大統領はコメディアンだったヒトですよ」と売りにしているインテリ風をふかせた。
 杉山太蔵にいたっては「ロシアだけを悪者にして民主主義といえるか」などとわけのわからないことを口走っていたが、ウクライナ戦争の本質は、中国がロシア側に立ったように、最終的には、中国の台湾侵攻につうじる帝国主義の暴力性(=力の論理/軍事力・政治力・資金力)にある。
 中国のチベット、ウイグル、内モンゴルの征服や弾圧、香港の中国化あるいは「一帯一路」における経済支配(インフラ回廊)がその力の論理で、中心にあるのが、ロシアの大ロシア主義と同様、大中華思想である。
 橋下や寺島、杉山らの理屈では、敵が攻めてきたら白旗を掲げるべしということになるが現状変更≠ヘ、革命でもある。したがって、前体制の支配者は死刑台へ送られるばかりか、歴史や伝統、文化が根こそぎ破壊される。
 チェチェンの国土も人口も、ウクライナの2・5%の小さな国だが、民族の自由と誇りのために、40万もの人命を犠牲にして、15年も戦い抜いた。
 チェチェンの人口は、現在、80万人だが、内乱で、40万人が虐殺されている。殺されたのは、すべて独立派のチェチェン人だった。現在、プーチンの子分、カディロフが全土を掌握しているが、チェチェン人は、中国支配下のチベット人、ウイグル人以下の扱いをうけている。
 ロシアがアフガニスタン戦争で負けたのは、チェチェンの60倍以上の国土を掌握できなかったからだった。アフガニスタンを軍事支配するなら、戦争に勝って、武装解除したのち、なお、100万の常備兵が必要となる。
 そんなことができるわけはなく、旧ソ連は、10年間のアフガン戦争で国力を使いはたして、ついに、ソ連邦解体という墓穴を掘ったのだった。
 日本のマスコミ論者たちは、なぜ、ロシアが、アフガニスタン以上の国土や人口、経済力をもったウクライナを、数日間で、降参させられると思ったのであろうか。

 ●敵が攻めてきたら白旗を掲げるのが「9条」の精神
 チェチェン人がたたかったのは、あるいは、ウクライナ人がたたかっているのは、民族自決や自由、歴史や文化をまもるため、いわば反革命≠フためである。
 ところが「多数決(民主主義)は絶対に正しい」や「武器を捨てると平和になる(憲法9条)」なるという教育をうけて育った平和ボケの日本人は、民族の独立や自由のためにたたかうという意味も価値もわからない。
「イノチがいちばん大事、戦争反対の声をあげましょう」というのが日本人の戦争にたいする感性で「戦争がおこったら国のためにたたかうか」というアンケート(「世界価値観調査」)にたいして、日本は、世界79か国中、最下位の13・2%だった。
 ちなみに、台湾は、韓国の67・4%を上回る76・9%だった。
 台湾の防衛意識が高いのは、中国本土とは異なるアイデンティティをもっているからで、対中接近をはかった馬英九(中国国民党総裁)が学生や若者らの「ひまわり学生運動」によって倒されると、2016年、民主進歩党の蔡英文総統が台湾主義を打ち出して政権を握った。
 現在も、蔡英文女史の民主進歩党が、若者中心に高い支持率を維持しているが、キーワードは、台湾アイデンティティで、北京語の廃止と台湾語の普及も急速にすすんでいる。
 対中警戒感を決定的にしたのが、2019年の「香港の大規模抗議行動」を鎮圧した中国政府の「香港国家安全維持法」だった。自由都市香港が、一夜にして、中国共産党の強権主義にのみこまれたのを見て、それまで、台湾独立を言いだせなかった蔡英文が堂々と「台湾の香港化を避ける」と公言するようになった。

 ●永遠につづく「攻める戦争」と「守る戦争」
 これにたいして習近平政権は、馬英九時代の「平和的統一」路線を放棄して「軍事的統一」に切り替えた。台湾海峡や台湾東部沖の太平洋で、中国海軍の空母「遼寧」を中心に戦艦や戦闘機の軍事演習をおこない、ミサイル攻撃まで予告するという強硬ぶりだった。
 これにたいして、台湾海軍は、地上および艦艇、戦闘機による対艦ミサイル(「雄風2」)の発射訓練を実施して、命中率が98%だったことを公表した。
 そこにとびだしたのが、バイデン米大統領の電撃的発言だった。
 日米首脳会談後、岸田首相との共同記者会見で、台湾有事の際にはアメリカが軍事介入すると明言したのである。女性記者から「台湾防衛のために軍事的に関与するのか?」と質問されて「イエスそれが、われわれのコミットメント(約束)だ」応えたのである。
 台湾外交部(外務省)は、同日、歓迎と感謝の意を表明するとともに、日米と協力して「インド太平洋地域の平和と安定をまもっていく」とした。
 インド太平洋地域というのは「日米豪印4か国戦略対話(クアッド)」のことである。自由陣営には、現在、クアッドのほかファイブ・アイズ(英米加豪ニュージーランド)とオーカス(英米豪)という3つの枠組みがあるが、有力なのが、クアッドで、安倍政権がすすめた「自由で開かれたインド太平洋」構想がいつのまにか中国包囲網の中心になっていた。
 中国がいちばんおそれているのが、クアッドのNATO化である。
 5月24日、総理官邸で開かれた「クアッド」首脳会合における共同声明が発表された。戦争による現状の変更をみとめず、地域の緊張を高める軍事的な行動につよく反対するとしたほか、4か国の首脳が自由で開かれたインド太平洋の安全と繁栄をもとめたこの声明は、中国を念頭においたもので、バイデンの電撃的な発言も、日米首脳会議という舞台でなければでてこなかったろう。
 アメリカは、ゼレンスキー大統領が熱望してやまなかった「長距離・多連装ロケットシステム(MLRS)」や「高機動ロケット砲システム(HIMARS)の提供を決定したという。
 この高性能ミサイルによって、膠着状態にあるウクライナの戦況は一変するとみられているが、アメリカは「台湾関係法」にもとづいて台湾にたいしても武器を提供できる。
 ウクライナ戦争によって、習近平は、戦争が目的遂行の有効な手段ではないと知ったはずで、中台戦争は、常識的にも、理論的におこりえない。
 おこるのは、軍拡競争と高性能武器の供与あるいは売買だけである。
 帝国主義が戦争にゆきつくのは、戦争が最大の消費と生産≠もたらす経済活動だったからなのである。
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2022年05月16日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊C

 ●ウクライナ戦争は「自由主義」と「帝国主義」の衝突
 自由陣営30数か国が熱烈にウクライナを支援して、現在、ロシアが守勢に立たされている。
 ウクライナへの自由陣営諸国からの武器支援が、ロシアの自給能力をこえているからである。
 自由陣営諸国がウクライナを熱烈に支援しているのは、ウクライナが自由のためにたたかっているからで、西側諸国にとって、自由は、命をかけてまもるべき価値なのである。
 プーチンが、民族の独立をもとめるチェチェン内乱を鎮圧するために要した年数は15年で、2万の兵を失った。チェチェンの人口は、現在、80万人だが、内乱で40万人が虐殺される以前、120万人だった。チェチェンの国土も人口も、ウクライナの2・5%の小さな国だが、自由をもとめて、40万もの人命を犠牲にして、15年も戦い抜いた。
 アフガニスタン戦争では、旧ソ連は、10年間で1・5万の兵を失って、戦争に負けただけではなく、ソ連邦解体という大きな痛手をうけた。
 ウクライナ戦争では、ロシアは、戦争開始後、わずか2か月で、すでに1・5万の兵を失った。損害は、戦車635台、装甲戦闘車342台、自走砲106台、多連装ロケット砲62台、地対空ミサイル58基、戦闘機26機、ヘリコプター41機、艦艇(旗艦モスクワなど10艦)とウクライナの損害をはるかにしのぐ。
 戦線も、兵站線がのびきって、停滞あるいは退却の一方で、戦死者の送還すらできずに兵士の死体が野ざらしになっている。
 チェチェン内乱では、プーチンの子分、カディロフが残虐の限りを尽くして全土を掌握したが、国土や人口がともチェチェンの60倍以上のウクライナをどうしてロシアが占領支配できるだろう。

 ●勇敢だった日本人の精神を蝕んだ憲法9条
 ミサイル攻撃をうけているさなか、ウクライナ人は、民間人までが「領土を奪われ、奴隷になるよりも戦争で死ぬほうをえらぶ」といって、英米などから支給された武器をもってロシア軍の戦車の前にたちはだかった。
 ウクライナ外務省が公式ツイッターで、アメリカ、イギリス、ドイツなど約30の国に国名をあげて謝辞(動画)を公開したが、日本の名はなかった。
 自由をもとめて、敵の戦車に立ち向かってゆく自由陣営の勇気と精神の高さを日本は理解できなかったからで、ウクライナ戦争勃発の折、日本では多くの識者が「ロシアを怒らせたウクライナにも責任がある」「国家より人命が大事。さっさと降参すべき」「ロシアに勝てるはずがない」と言いつのった。
 かつて、アメリカ、ロシアと死に物狂いで戦った日本の精神性が、戦後、戦勝国に洗脳されて「イノチ以上に大事なものはない、国を捨てて逃げるべきだ(橋本徹)」というレベルにまで劣化していたのである。
「憲法9条」は、ルソーのパロディである。「人間は自由なものとして生まれたが、いたるところ(国家やルール、経済)で鎖につながれている。自然に帰れ」というルソー主義が「人間は平和なものとしてうまれたが、いたるところで戦争がおこなわれている。武器を捨てよ」の憲法9条になったのである。
 ルソー主義が世界でいちばんさかんなのが日本で、ルソー的な平和なお花畑≠生きている。したがって、ホッブズが「自然状態では、万人の万人のための闘争がおきる」といった警句が耳にはいってこない。
 ルソーの民主主義は「歴史経験」と「人間感性」のバランスの上に成り立っているとするホッブズの国家を否定するための理屈で、国家そのものを否定する。
 日本は、平和が天から与えられた自然状態とする、ノーテンキなルソー主義ずっぽり漬かった、危機的な精神の貧困に瀕しているのである。

 ●自由主義と「権力の集中」をもとめる民主主義
 国連加盟193か国のなかで、自由主義陣営にふくまれる国は、82か国で過半数にみたない。
 残りの109国は、自由が制限された全体主義国家で、かつて、社会・共産主義をとった国もすくなくない。
 社会・共産主義は、ルソーの民主主義を土台にしている。
 そのルソー主義と、ユダヤの経典(タルムード)の合体させたのがマルクス主義で、唯物論ともいわれる。
 したがって、中国でさえ、堂々と、民主主義国家を名乗るのである。
 中国やロシアなどのイデオロギー国家には、民主があっても、自由はない。
 近代は、その自由にたいしる目覚めと渇望からはじまったといえるだろう。
 それまで、タミ(民)は、権力の奴隷にして、神のシモベでしかなかった。
 14〜16世紀のルネサンス、16世紀の宗教改革、17〜18世紀の啓蒙時代を体験して、自由に目覚めた民が、市民革命と産業革命をおこして近代がはじまったのである。
 そして、近現代にいたって、ソ連や中国などの共産主義国家が誕生した。
 共産主義がめざしたのは「自由」ではなく「権力の集中」だった。
 その手段となったのが、民主主義で、多数決で物事をきめる数の論理≠ェ全体主義や衆愚政治に陥ることは、ソクラテスの紀元前から予言されていた。
 共産主義は、自由よりも権力の集中を志向する体制で、多くが帝国主義的な政策をとった。
 その帝国主義をいまもなおひきずっているのがロシアと中国で、ウクライナ戦争は自由≠最大の価値とする自由陣営と権力の集中≠もとめる帝国主義国家群の衝突だったともいえるのである。
 帝国主義国家群というのは、そのなかに、台湾制圧をもくろむ中国もふくまれる。
 そして、国連加盟国の半数以上が、自由より権力や経済を重視する親中派である。
 ウクライナ戦争におけるロシアの敗北は、台湾征服を国家目標とする中国にとっても大きなダメージとなった。
 今後、世界の安全保障は「核の使用可能性」と「専守防衛の限界」という二点に絞られるはずである。
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2022年05月01日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊B

 ●国をまもる気がない憲法9条の日本
「世界価値観調査(WVS/電通総研)」がおこなった「もし戦争が起こったら国のために戦うか」というアンケートで「たたかう」と答えたのは、日本ではわずか13・2%で、調査対象国79か国中ダントツの最下位だった。
 ちなみに、下から2番目の78位は、独ソ不可侵条約(1939年)による西方侵攻であっけなくソ連の属国となったリトアニア(32・8%)で、このとき徹底抗戦して属国を免れたフィンランドでは大多数(74・8%)がたたかうと答えている。
 アンケート対象国の平均は、約75%、先進国では65%だった。先進国のなかでトップは5位の中国(88.6%)で、対象国全体の1位(96・4)はアメリカに戦争(ベトナム戦争)で勝ったベトナムだった。
 アメリカの属国となった日本(最下位)と、ソ連の属国となったリトアニア(下から二番目)が国のためにたたかわないと答えたのは、事大意識がつよいからで、リトアニアが独立まで50年(1939年〜1990年)かかったが、日本は、戦後から現在まで75年間、対米従属のままである。
 それが「戦争がおきてもたたかわない」「ウクライナはさっさと降伏しろ」という国民の意識で、戦後の平和教育、9条教育がいかに日本人の性根を腐らせてきたかがよくわかる。
「国民(4500万人)が国外脱出して、プーチンが死んだ10年後に帰ってくればいいだけの話じゃないですか」という橋本徹にウクライナ人の国際政治学者で本居宣長の研究者として知られるアンドリー・グレンコはこう反論する。
「家族を愛し、ウクライナの同胞を愛し、国を愛しているからそれらをまもるためにロシアとたたかっている。あたりまえのことです。アメリカやロシアとあれほど勇敢にたたかった日本人がなぜそんなあたりまえのことがわからなくなったのですか」

 ●日米戦争で殺された百万人以上の非戦闘員
 日本が戦後、国連中心と対米従属、憲法9条路線を歩んできたのは、敗戦によって、主権国家としての誇りと自信を失ったからである。
 その後遺症によって、日本は、いまだ自主憲法をつくれずにいる。
「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して」と戦勝国にへつらった前文と「武装解除命令(9条)」)からできた属国憲法を原爆を落としたアメリカからあたえられて、それを平和憲法などとふれまわっている。
 今回のロシアのウクライナ侵略に、橋下徹らが「勝ち目がない戦争で国民の生命を犠牲にしてはならない」とプーチンの代弁をくりだすかと思えば「ウクライナはとっとと降伏しろ」と発信するユーチューバ(呂布カルマ)が若者の人気を博している。
 戦後の日本人が、国家をまもることを悪と思っているのは「武器を捨てると平和になる」という憲法9条教育をうけてきたからで、武器を捨てて皆殺しになった世界の歴史には目をむけない。
 ウクライナでは、スターリンの圧政下で数百万人が餓死に追いやられた(ホロドモール)が、日本も、武器を捨てた57万5千人の日本兵がソ連によって厳冬のシベリアへ送られて、5万8千人が死亡している。
 東京裁判では被告28人のうち7人が死刑になったが、外地では5700人が裁かれて、確認されただけでも、934人が現地で処刑されている。
 サイパンや硫黄島など21の戦場で日本兵が玉砕、沖縄をふくめて死亡した日本兵は百万人をこえる。
 民間人では、広島・長崎の二発の原爆で50万人、都市大空襲で60万人がジェノサイドの犠牲になった。
 日本では合戦(いくさ)だが、西洋では、第一次世界大戦の死傷者3600万人と、戦争は、皆殺しの論理なのである。

 ●無条件降伏なら4分割統治で日本消滅
「独ソ不可侵条約」後のロシアの西方侵略≠ノたいして、リトアニアは戦うことなく50年の属国となったが、フィンランドは、二度にわたって徹底的に戦ってロシア軍を追い返した。
 それは、かつての日本の選択でもあって、日本は、上陸占領をはかる連合軍にたいして、徹底抗戦の構えをとった。
 多くの日本人は日本が連合国に無条件降伏したと思っている。
 無条件降伏しても、国が亡びるわけではない。命をたいせつにした方がいいという橋本徹らは、抵抗をやめて、白旗を掲げると、敵が、頭をなでてほめてくれると思っているからである。
 1795年、ポーランドは、隣接していたロシア、プロシア、オーストリアの3国に国土を分割されて、第一次世界大戦が終了する1918年に独立するまでの123年間、世界地図からすがたを消した。
 日本も、無条件降伏していたらペンタゴンの「統合戦争計画委員会(JWPC)」による4分割統治によって、世界地図から消えるところだった。
 分割統治案の内容は、アメリカが本州中央、イギリスが西日本と九州、中華民国が四国、ソ連が北海道と東北地方を分有するという案で、最近、ロシアが「北海道はロシアの領地」といいだした根拠がこれである。
 ちなみに、北海道まで自国領といいだしたロシアが北方4島を返還するわけはない。
 トルーマン大統領が無条件降伏を撤廃して「国体護持」の条件付き降伏まで譲歩したのは、サイパンや硫黄島、沖縄などにおける日本軍の死をおそれぬ戦い方を見て、条件付きでなければ日本は降伏しないと判断したからだった。

 ●徹底抗戦派がかちとった「条件付き降伏」
 本土上陸作戦を決行した場合、アメリカ将兵の30%以上が死傷するという試算があった。げんに、硫黄島の戦闘では、日本の死傷者が2万1000人だったのにたいしてアメリカの死傷者は2万8686人と日本軍を上回った。
 日本国内には、戦車や飛行機、弾薬大砲が大量に残されている。20万人のアメリカ兵が上陸を強行すれば、徹底抗戦派の反撃をうけて、10万人規模の死傷者がでる可能性があった。
 トルーマンが条件付き降伏案をとったもう一つの理由は、ソ連の参戦だった。
 スターリンとトルーマンは、ソ連の参戦日を1945年8月15日と約束していた。だが、ソ連は、原爆投下をみて、8月9日に参戦、満洲と樺太、千島列島にむけて総兵力147万人、戦車・自走砲5250輌、航空機5170機という総攻撃をかけてきた。
 トルーマンが極東委員会(FEC)をうごかして、JWPCの4分割統治案を白紙撤回させたのは、共同統治では日本に「国体護持」を約束した「ポツダム宣言」が消滅して、日本本土で、日本の徹底抗戦派とアメリカ、ソ連の三つ巴の大規模な内乱が生じる可能性が高かったからだった。
 トルーマンもマッカーサーも、北海道の東半分をよこせというスターリンの欲求をはねつけたが、ロシアは、不法に占拠した北方領土4島をふくめた千島列島を実効支配したままである。
 ウクライナはロシアに歯が立つわけはない、さっさと降参していのちをまもれという一部の日本人の見解に反して、ウクライナは善戦して、戦艦モスクワの撃沈など、ロシア側に大きな被害をあたえている。
 無条件降伏していたら、ウクライナは、国民の多くが殺されて、半数がシベリアへ送られていたろう。
 日本も、4分割統治が実現していたら、世界地図から消え、日本人の半分は、シベリアへ送られていたことだろう。
 忘れてならないのは、日本兵の死に物狂いの戦いが、現在の日本を、現在の日本たらしめたということである。
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2022年04月24日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊A

 ●常任理事国の「拒否権」濫用に歯止め 
 国連で、五大常任理事国(米・ロ・英・仏・中)がもつ拒否権行使に制限をかける協議がまとまって、近々、決議案にかけられる。
 この決議案は、常任理事国が拒否権を行使した場合、国連総会における理由説明を義務つけるもので、きっかけは、ウクライナ危機をめぐる常任理事国のロシアの非難決議案(ロシア軍の撤退)にたいする拒否権発動だったのはいうまでもない。
 拒否権抑止の提案は、リヒテンシュタインがおこない、アメリカや日本など40か国以上が共同提案国に名を連ねている。
 国連に拒否権≠ニいう特権がもちこまれのは、国連が、第二次世界大戦の戦勝国連合だったからである。米・ロ・英・仏・中の戦勝5か国が常任理事国の特権をえて、戦後の世界秩序が形成される一方、日本とドイツは、枢軸国として敵国条例≠適用されたままである。
 常任理事国の拒否権を発動によって、世界の平和が脅かされたのはロシアのウクライナ侵攻だけではない。中国のウイグルやチベット、内モンゴルにおける民族弾圧の調査団派遣や台湾の国連加盟などの議論が中国の拒否権によって封じられて、国連は、いまや、戦勝5か国のためだけに機能する既得権機関となっている。
 中国が、ロシアのウクライナ侵攻を容認する構えなのは、近い将来、台湾を攻めるつもりだからで、その場合、常任理事国のロシアの他、多くの国連加盟国が中国支援にまわるだろう。
 台湾防衛には、米軍が台湾に駐留させることが望ましいが、バイデンは中国の台湾侵攻に米軍を送らないと明言している。できることといえば台湾に国連監視団(英・米・独・仏・日)を駐留させるくらいだが、それも、中国やロシアら全体主義国家群が反対すれば不可能である。

 ●世界はミサイル戦争≠フ時代に突入
 国連は、世界平和のためのものではなく、5大国が弱小国を侵略するための機関になっているばかりか、その5大国が、国連の内部で争って、世界大戦がおきるなら国連がその舞台になるという、なんとも皮肉な事態をひきおこしている。
 国連加盟国193か国中、自由主義国家が少数派の87か国で、残りは独裁あるいは全体主義国家だが、そのなかに常任理事国である中国とロシアがふくまれている。
 ロシアのウクライナ侵攻は、その構図からうまれたもので、その延長線上に中国の台湾侵攻がある。
 台湾が上海までとどく巡航ミサイル雄昇(射程1200キロ)の量産体制にはいったのは、中国の台湾侵攻にそなえてのものだが、数年以内には、北京を射程(1500キロ)圏内におさめる雄昇改良型が配備されると予想される。
 第二のウクライナ危機といわれる中国と台湾の戦争がミサイルの撃ち合いになるとウクライナの悲劇をこえる惨事になる。
 一方、朝鮮半島では、北朝鮮が「極超音速ミサイル」の発射実験を成功させると、韓国はSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を実戦配備して、両国の緊張が高まっている。
 弾道ミサイルは、射程にかかわらず、すべて核弾頭を装備できる戦略兵器である。したがって、ミサイル戦となる今後の戦争にはつねに核戦争のリスクがともなう。
 フィンランドやスウェーデンで、NATO加盟の機運が急速に高まってきたのは、ロシアのウクライナ侵攻の危機感からだが、これにたいして、ロシアはフィンランド国境近くにミサイルシステム2基を移動して、両国をけん制している。
 フィンランドやスウェーデンがNATOに加盟すると、フィンランドらへの核攻撃が、第三次世界大戦へつながってゆく。NATOの任務は、加盟国への攻撃をNATO加盟国すべてへの攻撃とみなして「集団的自衛権」の行使する軍事同盟だからである。

 ●日本は「戦術核使用禁止」の声をあげるべき
 戦略核には、相互確証破壊のメカニズムがたらくので、米・ロ・英・仏・中ら国連常任理事国同士やインドとパキスタン、イスラエル、北朝鮮のあいだで核戦争がおこることはありえない。
 万が一、あるとすれば「地球破滅のシナリオ」なので、すでに、論じる意味も価値もない。
 問題となるのは、相互確証破壊のメカニズムがはたらかない非核兵器国への核攻撃および戦術核の行使である。小型核には、広島長崎に落とされた原爆の半分のものから2%ほどのものまであるが、世界には米ロを中心に数千基の小型核が備蓄されていて、ヨーロッパ諸国も約100基を配備している。
「軍備管理条約(軍備の開発や実験、生産や配備、使用などを規制する国際的合意)」で、戦術核や非戦略核などの小型の核弾頭を規制していないのは、政治的思惑がからんでいるからで、ロシアがウクライナに使用をちらつかせた核も小型核である。
 プリンストン大学の軍事シミュレーションによると、ロシアとNATOが小型の核を撃ち合うと、核戦争が誘発されて、数時間後に9000万人以上の死者がでるという。
 長期的には、地球滅亡のシナリオに沿って、餓死者をふくめて、10億人が核戦争の犠牲になる可能性があるが、国連には、これを防ぐ手立てがない。
 戦略核は、アメリカもロシアも、広島の1000〜3000倍の威力をもった核兵器(原爆・水爆・中性子爆弾)を5000発以上保有しているので、この戦略核をもちいた戦争はおこりえない。
 ありうるのが小型核の使用によって誘発される「世界核戦争」である。
 日本は、唯一の被爆国としての義務と使命感から、国連に「戦術核や非戦略核の放棄」を提案すべきではないか。
 1919年、第一次世界大戦後の「パリ講和会議」で、日本は、人種的差別撤廃提案をおこなった。日本案にフランスやイタリア、中華民国らが賛成して反対のアメリカ、イギリス、ブラジルらを上回ったが、議長のアメリカ大統領ウィルソンが、急きょ「議決は、全会一致、あるいは反対票なし」でなければならないという事実上の拒否権を行使して、日本案をつぶした。
 リヒテンシュタインは、世界で6番目に小さい美しい立憲君主制国家(人口4万人)である。そのリヒテンシュタインが、国連で、常任理事国の拒否権濫用に「ノー」の声をあげた。
 同じ立憲君主国である大国日本が国連に「戦術核や非戦略核の放棄」を提案するのは、世界で唯一の被爆国である日本という国家の使命ではなかろうか。
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2022年04月17日

 よみがえってきた「帝国主義」の亡霊@

 ●北欧2国がNATO加盟ならロシアは核配備
 フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟するか否か、予断はゆるされないが、両国がNATOに加盟すれば、ロシアは、地政学的に致命的な劣勢に立たされる。
 モスクワとスウェーデンの首都ストックホルムまで、およそ1200kmである。日本の本州(青森〜山口)の距離である。その範囲内にスウェーデンとフィンランドのほか、国境をへだてて、バルト三国がロシアに迫る。
 さらに、ロシアが侵攻したウクライナに隣接して、西にポーランド、南にはチェコとスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、トルコなどNATO加盟国がずらりと控えている。
 ロシアは、ウクライナのクリミア半島を併合して、ルガンスク州とドネツク州に親ロ政権を樹立した。その余勢を駆ってウクライナ本国を攻めたが、ウクライナの国土は日本の約1・6倍で、約4500万人の人口を擁する東欧の大国である。抵抗と反攻をうけて、ロシアが大きな痛手をこうむったのは当然だった。
 それどころか、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟という想定外の事態を招き、青くなったメドベージェフ前大統領は、スカンディナビア半島にむけて核兵器を配備すると脅しをかける始末だった。

 ●ウクライナ訪問の英首相への橋下徹の邪推
 フィンランドのマリン首相とスウェーデンのアンデション首相はともに女性で、34歳のマリン首相、美貌の持ち主として知られる。そのマリン首相とアンデション首相が会談して、ロシアの軍事的圧力には屈しないという声明を発表して、NATO加盟がいよいよ現実味をおびてきた。
 一方、日本では、橋下徹や鳩山由紀夫、テリー伊藤や玉川徹らがウクライナは降伏すべきと主張する。いのちがいちばん大事≠ニいう理屈で、国家など捨てて生命をまもれ、イノチあってのモノダネというのである。
 北欧の女性2首相に凛々しさに比べて、日本の男どものなんという情けなさであろう。
 敗戦と都市大空襲、二回の被爆、アメリカによる占領と「米ソ冷戦構造」のなかで、戦争のない状態と戦争放棄憲法≠ノ75年間も漬かってきて、とうとう、重症の平和ボケにかかってしまったのである。
 橋下は、イギリスのジョンソン首相のウクライナ訪問に違和感をおぼえるという。ジョンソン首相がウクライナに出向いたのは、ロシアのミサイル攻撃が止んで、身の危険がなくなったからという、恥知らずの邪推をはたらかせてのことである。
 愚かな話で、ジョンソン首相が危険に身をさらして、万が一のことがあったら、イギリスとロシアの戦争になる。そのときも、橋本は、イギリスに降伏をすすめる気か。
 ジョンソン首相が破壊されつくされたキーウを訪問したのは、ウクライナの国民やウクライナ兵士を励ますためだった。国家や防衛よりもスキャンダルのほうに関心がむく日本マスコミ界の寵児、口から先にうまれてきたような橋下には、それがまったく見えないのである。

 ●驕ったアメリカの凋落と中・ロ帝国主義の台頭
 1985年のベルリンの壁崩壊と90年の東西ドイツの統一、91年のソビエト連邦の消滅によって、世界はアメリカ一極体制≠ノ移行した。それから30年後、世界が帝国主義の時代に突入していったのは、アメリカ一極体制が崩れたからだった。
 冷戦の終結から1990年のイラク軍のクウェート侵攻、1991年の湾岸戦争をとおして完成したアメリカの一極支配がつまずいたのは、2003年のイラク戦争だった。
 イラク戦争は、米英ら連合国軍側の判断の誤りで、イラクが大量破壊兵器を保有(国連決議違反)していなかったにもかかわらず、フセインと50万人のイラク人を殺して、結果として、イスラム国をいうテロ国家をつくりだした。
 アメリカは、前大戦で、日本たいしておこなった民間人大虐殺をイラク戦争でもくり返した。
 この過ちがアメリカの国威を失墜させ、アメリカの一極体制の終焉の契機となったのである。
 アメリカ史上、もっとも愚かな大統領ブッシュの過ちは、イラク戦争だけではなかった。
 ブッシュがネオコン(新保守主義)やグローバリゼーション、小泉純一郎が惚れこんだ新自由主義をおしすすめて、世界秩序を破壊すると、世界は、帝国主義の時代に突入していくのである。
 アメリカ一極体制から中華思想、大ロシア主義、EU(欧州連合)、大英帝国連邦、イスラムやインド文化圏が競って一国主義をうちだしてくる帝国主義の流れのなかで、突出したのがロシアと中国だった。

 ●失敗に終わったプーチンの「ユーラシア連合」
 両国は、ソ連時代には国境紛争をかかえていたが、モスクワを訪れた中国の江沢民国家主席とプーチン大統領は「中ロ善隣友好協力条約(2001年)」に調印して「戦略的パートナーシップ」の強化へと舵を切った。中ロの協力関係は、旧ソ連・中央アジア諸国とともに設立した「上海協力機構(SCO)」を軸に広がって、これが、アメリカ一極体制に対抗する「多極的世界」へのすべりだしとなった。
 ロシアが、アメリカや中国、欧州連合(EU)、東南アジア諸国連合(ASEAN)などとともに、多極的世界の一極を担う基盤にしようとしたのが、CIS(旧ソ連諸国12か国による独立国家共同体)に代わる「ユーラシア連合(2011年)」だった。プーチンは、旧ソ連諸国の再統合、EUに比肩する経済同盟をつくろうとしたが、ウクライナの離反などで、期待した発展はみられなかった。
 理由は、明白で、農業国家から革命によって共産主義国家になったロシアには、資本の論理が根づいていなかったからで、ロシアを軸とした中央アジア地域の経済連合をつくろうにも、そもそも、経済計画のノウハウをもっていなかったのである。
 ロシアは、2000年代以降、欧州とアジアにむけて建設したパイプライン(天然ガス)を経済の背骨とする資源国家から脱皮できない一方、資源高で外貨を稼いだプーチンは、20年間、権力を独占して、12兆ルーブル(17兆円)の私財にくわえて1000億ルーブル(1400億円)の宮殿に住み、600億ルーブルの豪華クルーザーをもつ世界有数の金持ちになったが、ロシア経済は、沈滞したままである。

 ●経済力では中国の足元にもおよばないロシア
 中国も共産主義革命の国だが、政治は毛沢東、経済はケ小平という政経分離をおこなって、これをひきついだ習近平は、2013年に「一帯一路」という経済圏構想を打ち出した。
 かつて、中国と欧州をむすんでいたシルクロードから引用して、中央アジア経由の経済圏を「陸のシルクロード(一帯)」、インド洋経由の経済圏を「海のシルクロード」(一路)とするもので、経済活動とインフラ整備(鉄道や港湾など)をとりあわせた「一帯一路」は、これまで、途上国で、一応の成果をあげてきた。
 もともと、中国は、華僑の国である。華僑人口は約6000万人(2017年)で、資産規模は2兆5000億ドル(約280兆円)以上といわれる。
 中国資本主義の原型に、ケ小平の「経済特区」や日本の援助の他に、華僑経済にあったのは疑いがないところで、天然ガスなどの地下資源を売るだけのロシア経済と中国経済の格差には大きなものがある。
 次回から、長期戦の様相をみせはじめたウクライナ戦争を、中国とロシアという二つの帝国主義とNATO諸国、日本との関係性をとおしてみていこう。
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2022年04月10日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?D

 ●核の傘≠ニいう幻想に踊る政治家たち
 ウクライナ戦争以前、核の実戦配備など考えられもしなかった。
 だが、プーチンが核攻撃をちらつかせ、北朝鮮が、韓国に核攻撃の可能性を口にするにいたって、それまでの戦争概念ががらりと変わった。
 安全保障が、バランスオブパワーから「核攻撃を自国の核でまもる」という概念へ変容して、ヨーロッパ諸国がこぞって防衛費をGDP比2%へ増額するなど、核をふくめた国家の防衛思想に大転換がおきたのである。
 そのなかで、日本だけが「唯一の核被爆国として核廃絶の理想、夢を絶対に捨ててはいけない(自民党国防部/宮沢博行)」などという乙女チックなことをいっている。
 自民党国防部は「核をもつと核攻撃の対象になる。したがって、日本が核をもつとかえって危険」とするが、これは核を核で抑止する≠ニいう世界の常識に逆行する。
 日米の「拡大抑止」の合意に「核をもっていると敵の攻撃目標になる」などという項目でもあったのか。
 拡大抑止は、自国の抑止力を、他国にも提供する思想および構造である。
 同盟国が攻撃をうけた場合にも反撃する姿勢をしめすことによって、同盟国への攻撃を思いとどまらせるというのだが、そんなまやかしの論理は、とっくの昔に破綻している。
 松野博一官房長官は、米国防総省の「核態勢の見直し」(NPR)に核抑止力と拡大抑止力の両方が維持されているとして絶賛したが、そんなものはことばの遊びにすぎない。
 アメリカは、日本や韓国に、核をふくむ「拡大抑止」を約束している。
「基本抑止」が、自国の国民や領土にたいする核抑止である。
 そして「拡大抑止」は同盟国への核・通常攻撃を抑止する。
 拡大抑止は一般的に核の傘≠ニも呼ばれる。
 この核の傘≠ヘ「ニュークリア・シェアリング」とちがって、核抑止力がそなわっていない。
核の傘≠ニ「ニュークリア・シェアリング」はどうちがうのか。
 核兵器を国内に保持するのが「ニュークリア・シェアリング」で、核兵器を保有せず、核報復を他国に依存するのが核の傘≠ナある。
 核を保有せずに核防衛ができるという、一人よがりで、インチキな理屈が核の傘§_なのである。

 ●使われないからこそ抑止力になる核兵器
 冷戦期にフランスで「アメリカはパリをまもるためにニューヨークを犠牲にするか」という議論がわきあがって、結局、アメリカの核の傘≠ゥら離れて核保有国になった。
 フランスが核分裂の理論を確立したのは、日本とほほ同時期の1939年である。第二次大戦終了後の1945年にはフランス原子力庁が設立され、1954年には原爆製造部を設置された。1959年に当時のドゴール将軍が、核戦力の開発を宣言して、1960年にフランス領サハラ砂漠で最初の原爆実験がおこなわれた。
 ドゴールの核武装論は、ボーフル陸軍の「抑止と戦略」論にもとづくものだった。
 ボーフルは「核大国が敵資源の95%を破壊できるが、核をもたない小国の通常兵器は最大限15%程度にとどまる。これでは戦争抑止力にならない」とドゴールに進言した。
 これが、フランスが核保有国になった切実な理由で「核廃絶の理想や夢」を追う日本とは、思想が根本的に異なるのである。
 立憲民主党の泉健太代表は、アメリカの核兵器を日本国内に配備する核共有(ニュークリア・シェアリング)の抑止力を否定した。「持っていても使えない核兵器は抑止力にならない」というのだが、泉は、使われないからこそ最大の抑止力となる核の本質のイロハがわかっていないのである。
 共産党の穀田恵二(国対委員長)は、自民党の安倍晋三元首相や日本維新の会の松井一郎代表を念頭において「ニュークリア・シェアリングを議論せよというのは、世界の流れに逆行する犯罪的な発言だ」と批判したが、世界の流れを読みちがえているのは日本共産党のほうである。

 ●核抑止力があるから使える通常兵器
「非核三原則」の日本がウクライナの二の舞にならないのは、実質世界5位の軍事力をもっているからで、中国は、日本が「潜在的核保有国」であることをみとめている。中国メディア(人民日報)が「日本は7日間で原爆をつくれるばかりか、原子物理学やロケット工学で欧米以上の技術をもっている。日本を侮るとひどいめに遭う」などという論文をしばしば載せる。
 これが、日中の戦争抑止力になっているのは、じつに皮肉なことである。
 航空機や潜水艦をふくめた日中海洋戦のシミュレーションもおこなわれているが、いずれも日本側の圧勝で、中国が、尖閣諸島に手がだせないのはそのせいである。
 ロシアの専門家が分析した「ロシアと日本がもういちど日本海海戦(第二次日露戦争)を戦ったらなら」という詳細なレポートも存在する。
 結果からいえば、航空戦では互角だが、戦艦と潜水艦戦では日本が圧勝して日本の戦勝が予測されている。
 中国は沖縄占有、ロシアが北海道侵略の野心をもっているが、日本の現在の軍事力をもって、沖縄も北海道も、完全に防衛できる。
 その前提となるのは「核共有(ニュークリア・シェアリング)」である。
 通常兵器の戦闘が可能になるのは、核をもつことによって、敵の核が封じられるからである。使えない核が敵の核を封じる。「もっていても使えない核兵器は抑止力にならない(立憲民主・泉)」というのは完全な事実誤認だったのである。

 ●右手に核″カ手に国連≠フ五大強国
 核をもった大国が核をもたない小国を徹底的に叩いたのが、ベトナム戦争や湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などのアメリカの戦争だった。
 ジェノサイト(民族大虐殺)をおこなったのもアメリカで、大都市の空襲や広島長崎への原爆投下で、アメリカは40万人の日本の民間人を殺戮した。
 核は、報復をうける可能性がゼロで、最大の攻撃効果が期待される場合のみに使用される。
 したがって、イラクが核をもっていたら、フセインと50万人のイラク人が殺されたイラク戦争はおきなかった。
 イラクがアメリカに国家をつぶされたのは、イスラエル空軍に核施設を破壊されたからである。今回のウクライナの悲劇は、核をもっていなかったばかりにアメリカから一方的に攻撃をうけた18年前のイラク戦争の再現だったのである。
 当時、バクダッドでイラクのラマダン副首相を取材中だったわたしは、大国エゴの戦争リアリズムを痛切にかんじた一人である。ラマダンは「アメリカは攻めてこない、わが国を攻める理由がないからだ」といってフセインと面談をとりつけてくれた。
 だが、日本大使館は「今夜の最終便(ヨルダン行)の逃すと取り残される」とわたしにつよく同行をもとめた。その日、大使と二人で、インド人のコックがつくったカレーを食べたあとで、しぶしぶ飛行機に乗ってヨルダンについた直後、アメリカの空爆がはじまった。
 ラマダン副大統領は、フセインが絞首刑になった3か月後(2007年3月20日)、バグダッドで死刑が執行された。
 アメリカがイラクを攻撃した理由は、生物・化学兵器や原爆をつくる準備をしていたというものだったが、戦後、そんな痕跡はなにもみつからなかった。
 ロシアもウクライナが核開発をしていたといういいがかりをつけたが、むろんそんな事実はなかった。
 今回のロシアのウクライナ侵略もイラク戦争も、核の威をかさにきた大国のエゴで、冷戦構造崩壊後、世界は、帝国主義の時代に突入していった。
 アメリカ一極体制から中華思想、大ロシア主義、EU(欧州連合)、大英帝国連邦、イスラムやインド文化圏がそれぞれ一国主義をうちだす帝国主義乱立の時代に突入したわけで、時代も世界も、混沌としてきた。
 次回以降よみがえってきた帝国主義の亡霊≠ニ題して、世界情勢にも目をむけていこう。
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2022年04月04日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?C

 ●非核≠ニ非NATO″痩ニへの圧力
 核兵器を搭載したロシアの軍用機(スホーイ24)がスウェーデンの領空を侵犯した。NATO加盟に舵を切るとみて、脅しをかけたのである。
 かと思えば、フィンランドの調査機関が「国民の多くがNATO参加をもとめている」というアンケート結果を公表するや、NATOに加盟すれば深刻な軍事的、政治的影響をうけると警告を発した。
 そして、デンマークにたいしては、NATOのミサイル防衛(MD)計画に参加すれば、ロシアの核ミサイルの標的になると恫喝をくわえた。
 スウェーデンやフィンランド、デンマークなどの大国におどしをかけてくるようでは、ウクライナと隣接するモルドバ、ロシアとの国境線上に領土紛争をかかえるジョージアなどの弱小国の危機感はいかばかりであろうか。
 スウェーデンやフィンランド、モルドバやジョージアが軍事的な危機にさらされているのは、ウクライナと同様、NATOに加盟していないからである。
 一方、ロシアからの軍事侵攻が危ぶまれてきたバルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)が、外交官追放という処分にとどまって、軍事的侵略を免れているのは、NATO加盟国だからである。
 ロシアがNATOに手をだせないのは、NATO主要国の英仏が核をもっているほか、ニュークリア・シェアリング協定にもとづいて、アメリカが、ドイツ、イタリア、ベルギー、オランダ、トルコの5か国におよそ100個の戦術核(B61)を貸与しているからである。

 ●事後処理の「核報復」と事前装備の「核防衛」
核の傘≠ニ「ニュークリア・シェアリング」のちがいは決定的である。
 ニュークリア・シェアリングが、事前の防衛≠ネのにたいして、核の傘は事後の報復≠ナ、そのときは、すでに、核の傘は破れているのである。
 核の保持と運搬方法の確保ができている「ニュークリア・シェアリング」に防衛力がそなわるのは、たとえ、核作動の暗号コードをアメリカがもっていたとしても、たとえ、0・1%であっても、被爆国から核報復をうける可能性があるからで、そのリスクがあるかぎり核抑止力がはたらく。
 ところが、事後にはたらく核の傘≠ノは、事前の防衛原則が機能しない。
 そこが、事後と事前のちがいで「ニュークリア・シェアリング」は、核防衛に有効だが核の傘≠ヘ核防衛に無効なのである。
核の傘≠ヘ、核攻撃がおこなわれた事後の処理で、アメリカが日本のために核で報復してくれるだろうという期待にすぎない。
 そんな夢想的なものを国家の安全保障の基盤において、はたして、日本は、一人前の国家といえるだろうか。
 同盟は、戦術であって、運命共同体ではない。同盟に義理立てして、自国や自国民を危機にさらすような愚かな国家指導者がどこにいるだろう。
 中国や北朝鮮が東京に原爆を撃ちこんで、アメリカが、ニューヨーク市民の生命を犠牲にして、北京や平城に報復核を撃ちこむ可能性はゼロである。
「非核三原則」や他国に核報復を期待する核の傘を、ただちに断ち切って、現実に目覚めなければならない。

 ●夢想的すぎる核の傘≠ノよる安全保障
 松野博一官房長官は米国防総省の「核態勢の見直し」(NPR)に核抑止力と拡大抑止の維持がもりこまれたとして「盟国として強く支持する」と表明した。
 本来なら、日本も、アメリカに「ニュークリア・シェアリング」をもとめるべきであったが、核抑止力のない核の傘≠ノ甘んじて、日本は平然としている。
 木原誠二官房副長官も「ニュークリア・シェアリング」などのオプションをしっかり考えていくとのべたものの、核を自国内に受け入れるドイツのような対応は不可能(「なかなか難しい」)とまるで他人事である。
 そして、岸田文雄首相は「国是として非核三原則を堅持する」「アメリカとの核共有は非核三原則とは相いれない」と国会でぺらぺらと喋っている。これでは、中国やロシア、北朝鮮に、核を撃ちこんでも、わが国は、核の報復能力をもちませんのでご安心を、といっているようなものである。
 国会答弁では「国防上の機密なので答弁できない」とつっぱねておかなければならない。
 もともと核の傘≠ヘ、日本が核攻撃をうけた事後処理で、最初の被害者は日本になる。
核の傘≠ヘ日本の被爆を前提にしたおそるべき思想だったのである。
 核防衛するには、自前の核を保有して、日本を核攻撃すれば核報復をうけるという「倍返しの論理(佐藤正久/自民党外交部会長)」を打ち立てるほかない。
 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼やら核の傘≠竄逕核三原則やらという腰抜けの理屈を吐き散らすのはやめたほうがよいのである。

 ●ノーベル賞の日本は核の先進国≠セった
 核が最大の防衛になるのは、核をこえる兵器が存在しないからである。
 だが、攻撃には使えない兵器で、報復をうけると攻撃の利点が帳消しになるどころか、敵国にあたえたのと同等の甚大な被害をうけることになる。
 それが核の相互確証破壊≠ナ、核保有国のあいだでは、抑止力がはたらいて、戦争がおきない。
 だが、非核保有国が核保有国にたいして、いかに無力であったか、ロシアのウクライナ侵攻で、それが、白日の下にさらされた。
 にもかかわらず、日本で核武装論がもちあがってこないのは、世界で唯一の被爆国という意識があるからだが、アメリカが、広島と長崎に原爆を落としたのは、アメリカはすべてをえて、なにも失わないからで、日本が、原子爆弾を完成させていたら、あの悲劇はおきなかった。
 わたしが、加瀬英明氏から、直接、聞いた話だが、トルーマンが原爆投下をきめたホワイトハウスの会議に出席したジョン・マクロイ元陸軍長官が加瀬の質問に「日本が原爆を一発でももっていたら、原爆使用はありえなかった」と答えている。
 日本が、終戦前に、原爆を完成させる寸前だったことは、ほとんど知られていない。原爆製造の中心的な人物は、ノーベル賞の朝永振一郎、南部陽一郎の師にして、湯川秀樹を指導した日本物理学会の雄、仁科芳雄である。原爆製造に王手をかけながら完成にいたらなかったのは、ウラン鉱石が手に入らなかったからで、中国山地の人形峠で、ウラン鉱床が発見される(1955年)のは、それから10年以上もあとのことだった。
 ちなみに、湯川秀樹が熱心な平和運動家になったのは、破壊力が原爆の百倍にもなる中性子爆弾、その中性子の発見者だったからで、湯川は、だれよりも核戦争をおそれていた。

 ●自国の安全を度外視した「非核三原則」
 佐藤栄作は「非核三原則」でノーベル平和賞をもらって、以後、日本はアメリカの核の傘≠ヨの依存(1972年10月9日閣議決定)国是としてきた。
 ウクライナも核放棄にあたって、仲介にあたった中国の核の傘≠ノ入ったが、中国は、ウクライナを侵攻したロシアにたいする国連の非難決議で棄権にまわって、核の傘どころか、ウクライナを見殺しにした。
 日本には、中国がロシアとウクライナの仲介に入るという甘い観測をのべる識者がいるが、尖閣諸島を奪い、台湾を併合して、沖縄にまで手をのばそうという中国が、ロシアのウクライナ侵略を諫める可能性があるとでも思っているのであろうか。
 ウクライナも、1990年に「非核三原則」をうちだして、平和主義路線をつきすすんできた。それが裏目にでたのは、国際認識が甘かったからで、ヤヌコビッチ大統領時代、ロシア国籍の人物が国防大臣をつとめても、ウクライナ国民は不審をいだかなかった。
 ウクライナが、1994年、核兵器(核弾頭1240発/大陸間弾道ミサイル176発)を放棄していなかったら、ロシアのウクライナ侵攻はなかったであろうことはいまさらいうまでもない。
 ウクライナの核放棄をおこなったのは、2013年、失脚してロシアに亡命したヤヌコーヴィチ元大統領だが、ヤヌコーヴィチは、10兆円の国費を私物化したような男で、核の放棄は、自国の安全を度外視して、ロシアへ迎合した売国行為以外のなにものでもなかった。
核の傘≠笏核三原則は、政治家個人の主義や思想、観念であって、国家の防衛や安全保障にはいささかの益もないことは、これをいくら強調しても強調しすぎることはない。
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2022年03月27日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?B

 ●民主主義を叫ぶ日本人が理解できない祖国愛
 ゼレンスキー大統領の国会演説のあと、橋下徹はこう吼えた。
「ウクライナ国民が生命をかけてたたかうこの戦争に合理性はあるのか」
 どこかで聞いたセリフである。
「男系男子のみが皇位を継承できる皇室典範に合理性(論理必然)があるのか」
 山尾志桜里元衆議院議員(民進党政調会長)が放った一言だった。
 テレビ(「サンデー・ジャポン」)は杉村太蔵に「片方の国(ウクライナ)に加担するのは日本の外交として正しいのか」といわせたが、この男は、母子を死なせた池袋の交通事故で、被告飯塚幸三(旧通産省幹部)に同調して「無罪を主張するのは民主主義のイロハ」といってのけている。
 かと思えば、身障者を国会に送りこむことが民主主義と思いこんでいる衆議院議員の山本太郎は、ゼレンスキー大統領の国会演説に「違和感がある」とのべた。幼児性のつよいかれらには、愛国心や祖国愛、同胞愛、命をかけて国をまもろうとするウクライナ人の合理性をこえた精神や文化を理解できないのである。
 多くの識者が、10倍の軍事力と核弾頭を六千発もつロシアにウクライナが勝てるわけはないと語った。首都キエフの陥落も3日もあれば十分と断言した軍事専門家もいた。
 ところが、ウクライナは、数千人の民間人を虐殺されながら、死に物狂いに闘って、開戦の一か月後、ロシア軍を首都キエフの東35キロの地点まで押し返すなど、各戦線で、ロシア軍を撃破しつつある。
 ウクライナ人もウクライナ兵も「われわれはいくら同胞が殺されても、町を破壊されても負けない」と決意をのべ、キエフのクリチコ市長は「(ロシア兵を)キエフには入れさせない。服従して奴隷になるなら死をえらぶ」と宣言した。
 ウクライナは、合理性や論理必然をこえて、ロシアの侵略から祖国をまもるために命がけでたたかっているのである。
 
 ●ウクライナ人の士気に敗北したロシア軍
 一方、ロシア兵の士気の低下がいちじるしい。ぬかるみにハマった数百台の戦車を捨てて逃亡したのは、動けなくった戦車にイギリスから補給された対戦車砲が浴びせかけられるからである。
 5000人の住民がロシアに連行されたマリウポリでは、ロシアの攻勢がつたえられるが、キエフやマカリフ、イルピンでは、ウクライナ軍が、ほぼ全域を取り返したほか、ロシア海軍がおさえたベルジャンシク港ではウクライナ軍がロシアの揚陸艦を完全破壊して、他のロシア軍艦を敗走させた。
 ロシア軍の戦死者は、1万2千人をこえ、戦車損失400台以上、航空機も100機以上、撃墜されている。ウクライナのスティンガー地対空ミサイルの命中率は抜群で、ウクライナは、同ミサイルをまだ1000基ももっている。
 ロシアの全将校20人余のうち7人が戦死したのは、米英の特殊部隊による作戦で、10回をこえる「ゼレンスキー暗殺隊」の襲撃を予知して撃退したのもこのチームだった。
 
 ●ウクライナとNATO、ロシアと中国という構図
 ウクライナが優勢に立ったといっても、世界で2番目の軍事大国、ロシアがかんたんに敗退すると見るのも早計である。ベラルーシ軍(2万)が参戦してくるとキエフがふたたび危機に陥る。
 NATOは、2014年のロシアによるクリミア併合を機に、バルト三国やポーランドに多国籍部隊を常設している。これにくわえ、今回、新たに、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアの4か国にNATO戦闘部隊を配置した。
 ウクライナに隣接する8か国の兵力の合計は、ポーランドの12万を筆頭にルーマニア7万などの合計30万余で、兵力数ではNATOがロシアの優位に立った。
 だが、第三次世界大戦への懸念から、ポーランドがもとめているウクライナ派兵までは踏み切れていない。
 したがって、経済制裁に重点を置かざるをえないが、ここで問題になるのがロシアを支援する中国のスタンスである。
 ロシアの国家予算は35兆円で、ウクライナ戦争で、1日2兆円以上という巨額の戦費がかかっている。このペースで戦争をすすめてゆくと一か月後にはロシアがなくなっている(木村太郎)計算だが、そうならないのは、バックに中国がついているからである。
 中国国務院の朱鳳蓮報道官が「台湾は、自国に利益のために対ロシア制裁にくわわっている」と批判したのは、台湾がロシアへの電子部品の輸出をとめているからである。朱がこのとき民主進歩党(台湾の与党)を名指しして批判した。そこから、おのずと中国のハラが読める。
 中国がロシアを支援しているのは、台湾侵攻の際、ロシアを後ろ盾とするためで、中国は、ウクライナ戦争の和平仲介に入る気などさらさらないのである。
 
 ●勝敗の決め手となる精密誘導などの電子機器
 ちなみに、ロシアは、GPSや精密誘導などの電子部品を中国と台湾からの輸入に頼っている。台湾が精密機器の輸出を拒否したことで、ロシアは、精密機器の輸入を中国一本に絞らざるをえなくなったが、これは、中国への屈服を意味する。
 精密誘導は、レーザーや全地球測位システム(GPS)を利用してミサイルを目標まで正確に誘導する電子部品で、これがなければ、北朝鮮が発射実験に成功した極超音速ミサイル≠熕サ造できない。
 精密誘導型ミサイルはきわめて高価で、ロシアの戦費が一日2兆円かかるのは、これを一日何百発も撃つからで、ウクライナへの侵攻が停滞しはじめたのは、精密誘導ミサイルの在庫が減ってきたからである。
 精密誘導の電子機器がなければ、敵の射程外から発射できる誘導ミサイルが製造できない。誘導ミサイルを使用しない市街戦では、ウクライナ兵の士気が高く、戦車ばかりか、機関砲付きの軍用車両が1500台以上、破壊されている。

 ●核の傘は存在しない〜「安定と不安定の逆説」
 ロシアに残された手段は、生物・化学兵器と核だけである。
 だが、これらの兵器を使うと、人類は、これまで体験したことがない新しい戦争へひきこまれる。
 エドワード・ルトワック(『ルトワックの日本改造論』)が「核は使われない限り有効」といったように、核は使われると、抑止力を失って、核を保有する本来の意味を失ってしまう。
「使われない核は最大の抑止力となる」という「安定・不安定の逆説」は、アメリカとロシア、インドとパキスタンのような二国間のあいだに通用する論理で、多国間や同盟関係ではではまったく機能しない。
 それどころか、二国間以外の国が核攻撃をうけても、二国間の核抑止力がはたらくため、これを報復できないというジレンマがうみだされる。
 日本が、中国や北朝鮮から核ミサイルを撃ちこまれても、アメリカが反撃しないのは、日本のために、ニューヨークやロスアンゼルスに住んでいるアメリカ人の生命を犠牲にできないからである。
 しかも、それが国家のリーダーの正しい判断ということになれば、同盟は、せいぜい、共同作戦ほどの意味しかなくなってしまう。
 核を保有する二国間同士の同士の核抑止力は、核の非保有国の犠牲によって、却って、強力になる。
 この事実から、原理的にも現象的にも「核の傘は存在しない」ということになる。
 したがって、ロシアは、ウクライナ戦争で、核を使用する可能性があるのである。
 次回は、ウクライナ戦争から日本の核武装、第三次世界大戦の可能性についてのべよう
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2022年03月20日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?A

 ●日本人が忘れている都市大空襲と硫黄島玉砕
 ロシアのウクライナ侵攻について「ロシアに譲歩して市民の犠牲を最小限にすべき」とのべるマスコミ人、有名人が少なくない。
 橋下徹やテレビ朝日の玉川徹、テリー伊藤、ロシア・リーグでプレーしていたサッカーの本田圭佑らである。テリー伊藤などは「イノチがいちばん大事と思うんです、ね、ね、そーでしょ、みなさん」と軽口を叩く調子である。
 だが、当のウクライナやバルト三国などの隣接国、ウクライナ支援に136億ドル(1兆6千億円)の緊急予算を組んだアメリカや防空システム『スカイセイバー』をポーランドに配備したイギリスらNATO、ウクライナへの武器輸出にふみきったEUから、そんなふやけた声は聞こえてこない。
 ロシアに主権を奪われた国がどんな運命をたどったか、フィンランドやリトアニア、ハンガリーの歴史をみればわかるが、チェチェンやクリミアでは住民の大虐殺がおこなわれ、現在、ウクライナでその悪夢が再現されている。
 フィンランドとスウェーデンがNATOに参加できないのは、ロシアがゆるさないからで、英米が軍事的に無力だったら、フィンランドとスウェーデンが第二のウクライナ、否、第4、第5のチェチェンになっていたかもしれなかった。
 鈴木宗男は、ロシアのウクライナ侵略に「ウクライナ側にも手落ちがあった」とのべた。鈴木は、北方2島返還にからめて「ロシアにも民主主義がある」とも発言した前歴もある。
 共産党時代のソ連とはちがうといいたかったのであれば、現在のプーチン体制はそれ以下である。

 ●KGBと新財閥、武闘派がプーチン三大人脈
 プーチンのとりまきは、KGB人脈と大財閥、私兵集団をもつ武闘派の三つに分けられるが、合わせても50人にもならない。
 だが、このとりまきを使って集めた私財が12兆ルーブル(17兆円)にものぼって、住んでいる「プーチン宮殿」には、1000億ルーブル(1400億円)の巨費が投じられた。
 国防関係をになっているのがKGB人脈である。ショイグ国防相やパトルシェフ安保会議書記、ナルイシキン対外情報局長官、ボルトニコフ連邦保安局長官ら国防関係者らは、KGB時代の同僚や部下で、プーチンに盾つく者は一人もいない。
 財閥は、ロシア資本主義化の過程でうまれた新興財閥(オリガルヒ)にくわえ、献金と利権のバーターで育成した新財閥の合体で、アメリカの資産の半分が数十人の大金持ちに握られているように、ロシアの富と利権もかれらに独占されている。
 三つ目の武闘集団にあたるのが、チェチェン共和国の独裁者カディロフ首長らプーチンを崇拝する有力者で、クリミア半島やウクライナ東部のドネツクとルガンスクの二州をおさえる親ロシア派武装勢力のリーダーらも、プーチンの子分である。
 ソ連時代は、腐敗していたとはいえ、ソ連共産党というイデオロギー的規範のもとにあって、一応、理想を掲げていた。だが、現在のロシアは、プーチンというギャングの親玉が牛耳る暗黒街のようなもので、50人余のとりまきが軍部と政治機構、経済を一手に掌握して、プーチン親分に忠誠を誓っている。
 ロシア通の鈴木宗男やロシア圧勝を期待する佐藤優らは、この事情を知っていながらプーチンにテコ入れしているのだから、プーチンファミリーの一員というほかない。

 ●連合国からチェチェン以下の扱いをうけた日本
 かつて、日本は「ABCD(アメリカ・イギリス・中国・オランダ)包囲網」と呼ばれた経済封鎖(石油禁輸など)に苦しみ、インドネシアのパレンバン油田からわが国に石油を輸送するオイルロードをまもるべく、ハワイの海軍基地に奇襲攻撃をかけた。
 日米戦争はこうしてはじまったが、アメリカは、徹底した民間人殺戮に勝機をもとめた。その結果、日本全国の都市が米軍機(B29)の空爆によって焦土と化して、民間人の死者が41万人におよんだ。
 原爆投下による広島(14万人以上)と長崎(7万人以上)だけで、死者が20万人をこえる。そして、東京大空襲で10万人、その他の都市で10万人が犠牲になった。
 悲劇はそれだけでは終わらなかった。戦勝4か国(米英中ソ)による4分割統治である。4分割は、アメリカが関東、信越、東海、北陸、近畿を、イギリスが中国と九州を、ソ連が北海道と東北地方を、中華民国が四国を領有するというもので、東京は四か国共同占領で話し合いがついた。
 もっとも、占領には組織的抵抗が予想されるため、占領開始時はアメリカが23個師団(85万)を投入して全土を一年間で掌握してのち、3か月後から各国軍に占領させるというとりきめだった。

 ●なぜ連合国は日本に条件つき″~伏をもとめたか
 だが、この約束を破ったのが、広島へ原爆が投下された直後、参戦してきたソ連だった。ソ連は、ポツダム会議には参加しているが、戦争当事国ではなかったため、ポツダム宣言にはくわわっていない。
 だが、スターリンは、この時点ではすでに死んでいたルーズベルトと密約を交わしていた。対日参戦した段階で、ソ連に満州と千島列島(北方四島以北)をゆずりわたすというものだった。この謀略を察知したイギリスは、当時、世界各国に「わが国はクリミア会談(ヤルタ密約)に関与していない」という緊急公電を打っている。
 1956年には、アイゼンハワー政権が「ヤルタ協定はルーズベルト個人の密約であり、米政府の公式文書でなく無効」とする国務省声明を発表、ソ連の領土占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にした。
 ルーズベルトの後任、トルーマンは「連合国軍が日本領土内に諸地点≠占領する」とあるポツダム宣言7条に国名を挙げなかったことから、戦勝4か国(米英中ソ)の分割統治とアメリカ軍による一年間の支配を撤回して、マッカーサーにその旨をつたえた。「ポツダム宣言にそって、帝王にようにふるまいたまえ」
 ポツダム宣言は、13条から成る条件つきの降伏布告(ディクラレイション)で、第5条に「これは条項(条件)である」とはっきり明記している。
 無条件降伏という文字があるのは13条で「われわれは日本政府に日本軍隊の無条件降伏≠フ宣言を要求する」とある一個所だけである。日本が無条件降伏したのなら、連合国軍が、どうして、日本政府に要求をつきつけることができたろう。

 ●チェチェン以上に徹底抗戦した旧日本軍
「日本はアメリカに無条件降伏した」と枉げてつたわったのは、吉田茂の国会答弁(昭和24年11月26日/衆議院予算委員会)および最高裁判所の判断(昭和28年4月8日/最高裁判所大法廷大法廷)にもとづく。
 吉田は「日本国は無条件降伏をしたのである」とのべ、最高裁判決にはこうある。「わが国はポツダム宣言を受諾し、降伏文書に調印して、連合国に対して無条件降伏をした」
 これに左翼は「降伏条件を無条件に受諾して降伏したので無条件降伏だ」と屁理屈をつけて、日本に革命がおきた「八月革命(宮沢俊義)」といって騒いだ。
 だが、トルーマンもマッカーサーも、無条件降伏とは思っていない。
 したがって、降伏13条をまもって、天皇を裁判にもかけなかった。
 トルーマンはおそれていた。サイパン島、硫黄島、沖縄で日本軍は死をおそれぬ戦いで米軍に大損害をあたえた。本土決戦になれば、兵力ばかりか航空機や戦車、大砲などの数が圧倒的優位にあった日本に勝てるはずはなかった。
 ポツダム宣言が国体護持という条件つき降伏≠ニなったのは、日本にたいする譲歩であった。
 日本を破滅から救ったのは、日本人の不屈の敢闘精神だったのである。
 千島列島のソ連軍は、日本軍に圧倒(占守島の戦い)されて、中国大陸では、日本が負けている戦線は一つもなかった。
 アメリカやソ連、中国には天皇の命令≠ノよって、日本軍を武装解除する以外、戦争を終わらせる手段をもっていなかったのである。
 原爆を落とされてなお、日本人は、民間人の殺戮に狂奔するアメリカと戦おうとしていた。
 チェチェンの人々は、日本人から国をまもる勇敢さを学んで、ロシアに立ちむかったのである。
「イノチがいちばん大事と思うんです、そーでしょ、みなさん」というようなふぬけたやからは一人もいなかった。
 次回以降、日本人がいかに国家をまもってきたか、これから、どうまもってゆくべきかについてのべよう。

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2022年03月13日

 ウクライナに核があったらロシアは攻めたか?@

 ●かつて世界第3位の核大国だったウクライナ
 ウクライナが核弾頭およびモスクワに届くミサイルをもっていたら、今回のウクライナ侵攻はあったろうか?
 なかったろう。核保有国への武力攻撃は、ありえないからで、核保有国への攻撃は、みずから核の報復をうける立場へまわる愚行で、一片の合理性もない。
 かつて、ウクライナは、世界第3位の核保有国(核弾頭1240発/ICBM176発)だったが、1991のソビエト連邦の崩壊によって、アメリカと中国の手によって、核の撤去がなされた。このとき、安全保障の問題について中国と、そして、財政支援についてアメリカと合意がなされた。
 現在、ウクライナの軍事力は、カナダの一つ上の世界22位だが、ロシアと10対1の差があって、核も長距離ミサイルももっていない。一気にふみつぶして、ゼレンスキー大統領以下、閣僚と軍人を処罰したのち、武装解除をおこなって、ウクライナをロシアとヨーロッパの緩衝地帯することなどプーチンには朝飯前に思えたろう。
 ウクライナは、かつて、ソ連の一部だったが、ソ連崩壊後、西側に寝返ってNATO(北大西洋条約機構)やEC(欧州共同体)にくわわろうとした。ウクライナは、地政学的には、ロシアと欧州の中間にあって、NATOにとっては願ってもない攻撃的な前衛地帯となる。
 プーチンがウクライナを踏みつぶしたくなる気持ちもわからないではない。
 事実、アメリカは、日本に、二発の原爆を落としてのちそれをおこなった。
 日本は、中国の利権を一人占めしたばかりか、アメリカの勢力圏だった太平洋に南洋諸島(マリアナ諸島、カロリング諸島、パラオ諸島、マーシャル諸島など)をもって、ハワイの真珠湾に奇襲をかけて大損害をあたえた。
 アメリカが日本に原爆を投下して、武装解除したのは、二度と白人に歯向かわせないためだった。
 戦勝国がおこなった武装解除をヘーワケンポー≠ニ崇めているのが日本の護憲派で、原爆を落とされて、腰が抜けてしまったのである。

 ●アメリカと同じことをやっているだけだ
 ロシアがウクライナでやったことは、イラクの核保有を主張して、フセインおよび十万人のイラク兵を殺した(イラク戦争)とどこがちがうのか。
 プーチンが「ウクライナは核兵器を取得して核保有国の地位を得ようとしている。見過ごすわけにはいかない」といいだしたのは、アメリカと同じことをやっているのだというアッピールで、案の定、アメリカは一言もない。
 アメリカとちがうのは、核攻撃をしていないことだが、プーチンは、核兵器のオペレーションチームにスタンバイを命じている。
 プーチンが核のボタンを押すことはないだろいうというのは楽観論である。
 プーチンは政治家ではなく、KGB出身の軍人で、ソ連崩壊後、2次にわたるチェチェン紛争の指揮をとったが、その残虐非道な指揮ぶりが20年経った現在でも語り草になっている。
 プーチンは「グロズヌイ総攻撃」で、市民20万人の全員を殺戮したばかりか、チェチェン共和国人口120万人のうち4分の1を殺害して、親露政権ができた後も、チェチェンにたいする弾圧、虐殺をやめようとしなかった。
 プーチンを後任に指名したエリツィン大統領が見込んだのもその冷血漢ぶりで、大ロシアを背負って西側陣営に立ちむかえるのは、血も涙もないプーチンしかいないと思ったのである。
 そのプーチンにとって、ウクライナは第二のチェチェンで、原爆で落としたところで良心の呵責などない。

 ●ウクライナと中国がむすんでいる「核の防衛協定」
 ウクライナは、10世紀以前、ドニェプル川沿いに南下して建国したキエフ公国が原点である。ロシア(モスクワ公国)は、そのキエフから分離した国である。キエフ公国は、13世紀にモンゴルに滅ぼされたのち、数奇な運命をたどってソ連にのみこまれたが、その後も、スターリンの棄民政策で1000万人が餓死、第二次大戦では、ナチスとソ連軍の両方から攻撃をうけて国民の5人に1人、1000万が戦死するという悲惨な体験をもっている。
 そのウクライナが、キエフが陥落したくらいで、かんたんに白旗をかかげるはずはない。
 チェチェンは、人口約120万人で、日本の四国ほどの小さな国だったが、停戦まで15年も抵抗しつづけた。
 ウクライナは、面積が日本の1・6倍、人口4300万人余りで、1991年から完全に独立して、総兵力は20万人、世界22位の軍事力をもち、戦闘可能な予備役兵も90万人いる。兵力数では、侵攻したロシア軍(15万人)の7倍以上になる。
 ロシアが、中東諸国やシリア出身の外国人志願兵16000人を受けいれたのは、6000人が死亡(CNN)したロシア軍歩兵を補給するためで、チェチェンやアフガンを見ても、この戦争が、1週間や10日で終わる短期決戦ではないことは明らかだろう。
 仲介者が必要となるが、停戦調停をおこなっているトルコがNATOのメンバーでは、おのずと、限界がある。
 なんの貢献もできない西側に代わって、中国がのりだすことが大事で、中国とウクライナのあいだには、核の防衛協定である「ヤヌコビッチ大統領(ウクライナ)と習近平国家主席の合意書(「ウクライナへの安全保証の提供に関する声明」)」が存在する。
 中央アジアから東アジアにいたる習近平の「一帯一路」と、プーチンの大ロシア主義は利害が対立する。
 まして、ロシアがウクライナに核攻撃をおこなえば、中国との蜜月が破れて、中ソ対立が決定的になる。
 次回は、ウクライナ戦争における中国と日本のはたすべき役割にふれよう。
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