2017年06月06日

 中国・北朝鮮発「アジア・中東危機」A

 ●世界経済を破壊する中国の一帯一路$略
 中国の真珠の首飾り≠ェ「マラッカ・ジレンマ」から脱却するための海洋戦略なら、陸上戦略が一帯一路≠ニ呼ばれる経済・外交圏構想である。
 マラッカ・ジレンマというのは、中東からの原油が通過するマラッカ海峡の安全保障を米軍に依存している弱点のことで、有事の際、米軍によって海峡を封鎖されると中国は海外からの補給ルートの80%が断たれることになる。
 マラッカ海峡を封鎖されても、原油を中国に運ぶ拠点港を確保しようというのが真珠の首飾り$略で、その4大拠点が、前項でのべたとおり、インド洋に面したパキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーである。
 とりわけ重要なのはパキスタンで、現在、同国のグワダル港から新疆ウイグル自治区(カシュガル)まで横断する鉄道や高速道路、石油・天然ガスパイプラインなどが建設中で、習近平とシャリフ首相とのあいだでは、輸送インフラのほか発電所建設、港湾開発などに450億ドル(約5兆4千億円)の投融資が合意されている。
 グワダル港が起点となる「中パ経済回廊」の構築もその一環で、イランへの経済制裁が解除されるとグワダル港に隣接するイランからの原油陸送が可能になる。
一帯一路≠ヘ、中国の経済・外交政策構想のことで、2013年に習近平が提唱して以来、中国の基本的な国家戦略になっている。
 目的は三つある。
 @国内の過剰生産能力を解消して内需不足を補う
 Aインフラ投資や経済援助をとおして中国経済圏を確立する
 B関連諸国との連携をとおして、安全保障と安定的な資源輸入をはかる
 中国からアジア、中東、アフリカなどをとおって欧州まで陸と海のルートでつなぐ現代版シルクロード≠フ影響をうける国はおよそ65カ国、世界人口の6割にもおよぶが、大半が発展途上国なので、中国は高い戦略的経済効果を上げることができる。
 インフラ投資で釣って、過剰生産で国内に余った資材を売りつけ、見返りにから資源を吸い上げるという植民地政策が、発展途上国相手では、中国の思惑どおりにうまく運ぶのである。
 懸念されるのが関係国の経済破壊で、中国から身の丈に合わないスケールの資金や物資がもちこまれることによって、伝統的な経済・産業構造がダメージをうけるばかりか、巨額の債務と金利で、財政が破綻してしまうことになる。

 一見、順風満帆とみえた中国の現代版シルクロード≠セが、目下、三つの難問に直面している。
 一つは、経済侵略にたいする発展途上国の抵抗で、二つ目が中国の仮想敵国とするインドの巻き返し、そして三つ目が日本の世界戦略(「自由と繁栄の弧」)である。
 中国マネーが猛威をふるう南太平洋のトンガ王国では、住宅・商業ビルから総理官邸、航空機にいたるまで、中国が建造したものばかりで、移住してくる中国人が急増していることからも、国が丸ごと中国に乗っ取られた観がある。
 ミャンマーやラオスなどアジアの発展途上国も同様で、中国マネーと中国の物資、中国人が土地や資源、富を収奪する中国化′サ象がすすんでいる。
 スリランカでは、親中派ラジャパクサ前政権が中国から高金利の巨額融資をうけて債務漬けになる始末で、結局、港の株式の80%を中国に譲渡、99年間の長期貸与を余儀なくされた。
 これに現地人が反発して、ミャンマー(合弁銅鉱山)やスリランカ(ハンバントタ港)では、抗議デモが警察と衝突、多数の負傷者や逮捕者が出る事態となった。
 中国の帝国主義的なやり方に関係国の首脳も危機感をかんじはじめている。
 英紙が「ミャンマーを失った傲慢な中国」と報じたように、中国の従属していたミャンマーは、2015年に民政(アウンサンスーチー政権)が誕生して以降、脱中国の方向へうごきだした。
 スリランカでも、大統領がシリセナに代わって、風向きが変わってきた。
 前政権の港湾プロジェクトは継続されるものの、中国べったりの外交姿勢が転換されて、現在、インドとの関係が修復されつつある。
 これまで中国に依存してきたバングラディッシュも、中国が開発を支援する予定だった深海港建設プロジェクト(ソナディア)を中止して、日本の支援でマタバリ港の開発にあたるほか、6000億円にのぼる日本の経済援助などをうけいれて、ベンガル湾産業地帯構想をすすめる。
 インドも、バングラデシュが提案した鉄道、道路建設、発電所など9部門のプロジェクト(20億ドル/2238億円)をうけいれると発表した。

 中国の植民地政策(真珠の首飾り/一帯一路)にたいするインドや日米欧の巻き返しの背後にあるのが、安倍内閣の「自由と繁栄の弧」戦略である。
「価値観外交」と呼ばれる世界戦略の対象は、東南アジアからインド、中東、コーカサス、中央アジア、バルト諸国から北欧へ至る広大な地域で、大東亜共栄圏の拡大版といってよい。
 共栄圏思想は、植民地政策にたいするアンチテーゼで、強国による支配構造を破って、発展途上国の独立自営を援助する。
 収奪を目的とする中国の一帯一路≠ノたいして、日本は、ODAを中心とした経済支援である。
 中国は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)をとおしてバングラデシュに発電所建設など20項目以上、約240億ドル(約2兆5000億円)の経済協力を申し入れたが、バングラデシュは日本のODAをえらび、インドとの共同プロジェクトにものりだした。
 価値観外交の特質は「モラル」と「共栄思想」である。
 中国が北朝鮮を暴走させ、韓国の不安定を招いているのも、覇権主義の中国には、この二つの要因が欠落しているからである。
 中国のエゴイズムと反モラルが東南アジアや中東に飛び火すれば、新たな「危機の構造」をつくりだされる。
 予断をゆるさないのが半島情勢で、北朝鮮の核・ミサイルが世界的な脅威になっているにもかかわらず、韓国は反日の度合いをつよめ、一方、反米の北朝鮮は、中国の手に負えない存在となりつつある。
 特ア(中国・韓国・北朝鮮)の反モラルとウソが底なしの混迷を招いているのである。
 次回以降、日本の世界戦略(「自由と繁栄の弧」)の安全保障面に目をむけてみよう。
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2017年06月01日

 中国・北朝鮮発「アジア・中東危機」@

 ●世界の安全保障を脅かす中国の真珠の首飾り
 中国による「アジア・アフリカの植民地化」が着々と進行している。
 やりくちは巧妙で、世界から融資トラップ(罠)≠ニ呼ばれるほどである。
 6〜7%の金利で巨額融資と巨大プロジェクトをもちかけ、中国側が工事を丸ごと請け負い、のちに施設全体を乗っ取るというもので、当事国が高利貸し並みの巨額債務を返済できなくなるのは、完成した施設が、現地の産業や雇用になんら貢献しない代物ばかりだからである。
 返済に窮すると、施設株式の80%譲渡や長期(99年)貸与を求め、やむなく応じると、施設を事前の計画どおり、軍港やレーダー基地に転用するのである。
 標的になったのは、インド洋のスリランカやモルディブ、アフリカ北東部のジブチから南大西洋のナミビアまでの国々で、ナミビアの新聞は、中国政府の非公式文書を引用して、中国が18の海洋国家に海軍の拠点(基地)を設ける計画と報じた。
 18か国のなかには、パキスタン、スリランカ、ミャンマー、ジブチ、イエメン、オマーン、ケニア、タンザニア、モザンビーク、セイシェル、マダガスカルがふくまれている。
 中国は、これらの18カ国のすべてで、港湾や空港、道路、鉄道、鉱山などの建設・開発に大規模な投資をおこなっている。
 その見返りとして、これらの施設を中国が軍事的に利用できるからくりになっているのはいうまでもない。

 中国はこの戦略を真珠の首飾り≠ニ称している。
 アラビア海からベンガル湾に至るインド洋海域にいつでも寄港できる外港を用意しておこうという戦略で、宿敵インドを封じ込め、制海権をもつ米海軍を牽制して、南シナ海への唯一のルートであるマラッカ海峡(マレーシアとインドネシア国境)が封鎖されても、原油を中国に運ぶ拠点港を確保しようというのである。
真珠の首飾り≠フ4大港湾が、@グワダル(パキスタン)、Aハンバントタ(スリランカ)、Bチッタゴン(バングラデシュ)、Cシットウェ(ミャンマー)である。
 @パキスタンのグワダルを外港化できれば、中国は、インド洋を航海することなく、パキスタン国内の鉄道や道路、パイプラインを使って、中国の内陸部に原油を輸送できる。
 Aスリランカのハンバントタ港は、タンカー航行が困難なポーク海峡を避けるシーラインの要衝で、ハンバントタを外港化できれば、中国軍はアラビア海とベンガル湾の両方ににらみがきかせることができる。
 Bバングラデシュの第二の都市チッタゴンの周辺に外港を確保できれば、中国は、マラッカ海峡を経由することなく、ミャンマーのマンダレー経由で中東やアフリカからの資源を内陸部に輸送することができる。
 Cミャンマーのシットウェ港は、軍事政権の時代から、武器輸出などで中国とつながりが深く、なかでも、1994年から借りている大ココ、小ココという2つの島には高性能の偵察・電子情報施設をもち、7つの海軍基地は、ミャンマーが持っていない大型艦艇が入港できるように整備されている。

真珠の首飾り≠フ手法は、徹底したマネー作戦で、ワイロから当事国の経済破壊まで、援助や経済協力とは遠くかけ離れた経済侵略、植民地化にほかならない。
 中国マネーによって、世界の最貧国から一変したのがエチオピアである。
 中国政府が工費をすべて負担した国内最大のアフリカ連合本部ビルを筆頭に中国資本による建築ラッシュがおき、首都・アジスアベバを走る新型の電車も中国の国有企業によって造られたものである。
 といっても、エチオピアの国力が増したのではない。
 中国資本といっしょにはいってきた中国人が、エチオピアを乗っ取ったのである。
 きっかけは、中国が、アデン湾(ソマリア沖)と紅海に接するジブチ共和国ですすめている海軍基地(武器庫や艦艇・ヘリの整備施設、海軍陸戦隊や特殊部隊の拠点)建設だった。
 米軍は、ジブチにレモニエ基地と港湾のオボック基地の2つを持っている。
 ところが、親米だったはずのゲレ大統領が、突如、米軍をオボック基地から追い出し、代わりに中国軍の駐留をみとめたのである。
 米軍はジブチに4千5百人が駐屯し、基地使用料として年間6300万ドルを支払っている。
 一方、中国軍は、1万人を駐屯させ、ジブチ政府に1億ドルの基地使用料を払うほか、ジブチの港湾改良事業に4億ドルを投資するという。
 ジブチは、古くから強国で、隣接する内陸のエチオピアに物資を運ぶ港湾として機能してきた。
 中国は、ジブチとエチオピアをむすぶ鉄道を高速化する事業に30億ドルを投資する予定で、エチオピアの繁栄はその恩恵だったのである。
 ジブチの米軍基地はアフリカ最大の反テロ戦争の拠点で、アルカイダや過激派組織ISの情報収集のほか、テロの拠点となっているイエメンやソマリアに無人偵察機飛ばしている基地である。
 アメリカは、やむなく、基地使用料を倍額にするというが、中国の真珠の首飾り$略は、世界の安全保障を破壊しながらやむことなく拡張しつづけている。
 次回以降、中国の暴走と身勝手が、北朝鮮やイラン、サウジアラビアやミャンマー、パキスタンをまきこんだアジア・中東危機へ発展しかねない危惧についてのべよう。
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2017年05月29日

 なぜ日本の政治は劣化したのかB

 ●三大ダメ政治家≠フアイドルだった小池百合子
 日本の政治をダメにした政治家を上げるなら、細川護熙(日本新党)と小沢一郎(新進党)、そして、小泉純一郎(第87・88・89代内閣総理大臣)の三人に尽きるだろう。
 細川内閣(8党派連立)の「小選挙区制」「政党助成金制度」は、政党と政治家を堕落させただけだったが、くわえて、細川は、日本の首相として初めて戦争謝罪≠おこなって、謝罪外交のレールを敷いた。
 小沢一郎は、自民党幹事長時代、アメリカにいわれるまま8年間に430兆円の赤字国債(公共投資)をだして日本の財政を悪化させ、自民党をとびだすと次々に新党を創設、政党助成金をすべて着服するという乱脈ぶりだった。
 媚中・親韓・反日に転じたのは、反日マスコミや左翼(労組・日教組・官公庁・言論界など)をとりこむためで、小沢一郎ほど狡猾にして無節操、悪辣な政治家は他に例が思い浮かばない。
 小泉純一郎は、加藤紘一や山崎拓らとともにYKKと呼ばれた自民党左派の一人で、改革主義者というよりもむしろ反伝統主義者だった。
 300兆円郵貯を自由化する郵政民営化に執着したのもアメリカ資本主義といべき新自由主義にのめりこんだのも、日本的制度や日本の伝統文化を嫌悪するアメリカかぶれだったからで、小泉の改革は、アメリカ化だったのである。
 皇室典範改悪は、秋篠宮妃・紀子さまのご懐妊によって、土壇場で先送りになったものの、悠仁さま誕生という神風が吹かなかったら、数千年間つづいてきた万世一系の伝統は、小泉の息のかかった有識者会議やらによって、紙くずのように捨てられていたはずである。

 小池百合子は、この三大ダメ政治家のアイドル的な存在で、日本新党の細川から新進党・自由党の小沢、自民党の小泉と権力の中枢を渡り歩き、小沢には側近として仕え、小泉の秘蔵っ子となるや郵政民営化法案に反対の小林興起の当選を阻止する刺客(2005年衆議院議員総選挙)≠ニなって東京10区に選挙区替えするありさまだった。
 小池の政治的信条は不明瞭で、たとえば外国人参政権問題では、「(税金を払っている)在日の方々が参政権という形で意見をのべるのは当然(という意見もある)」「在日の皆さまと同時に日本を考える上で大きなモメンタム(時流)である」と肯定的な意見をのべたかと思えば、2016年東京都知事選挙では、風向きを見たのか、外国人地方参政権反対を表明した。
 一方、女性を「子どもを産む機械」にたとえた厚生労働大臣柳澤伯夫の発言(2007年)にたいしては「日本の男性の女性にたいする見方はイスラムの国よりも遅れている」という的外れな極論を吐いている。
 日本の男性が女性に弱く、甘いのは、みずからの体験から十分承知しているはずである。
 テレビキャスター出身の小池は、機を見て敏な臭覚だけで、政治が視聴率と同じレベルにある。
 本質論はどうでもよく、政治という舞台で、刺激的なことばを吐いて視聴率≠稼ぐことができればそれで大成功なのである。
 2009年の衆議院議員総選挙では、公明党の推薦をうける一方、幸福実現党に選挙協力をもとめ、同党の候補擁立(東京10区)を取り下げさせ、その構図が都知事選までひきつがれた。
 公明党はハト派で、幸福実現党はタカ派だが、無節操な小池には、そんなことはどうでもよく、宗教団体もギブアンドテークの集票マシーンでしかない。

 小池ほど政治をなめきった政治家は、政治史上、稀有で、事実、減らず口と女のカンだけで、防衛大臣(第1次安倍内閣/2007年)から東京都知事にまで登りつめた。
 メディアを動員して政治をコントロールする小泉型の劇場政治≠ヘ、大衆迎合の衆愚政治にほかならないが、この政治手法にもとめられるのは、テレビキャスターのセンスで、効果的に大衆の耳目を集めたほうが勝者となる。
 横山ノックや青島幸雄、美濃部美亮吉によって、都政や府政が十年の遅れをとったのは、タレント知事の人気取りのバラマキによって、巨額の財政赤字をつみあげたからだった。
 小池が大臣時代にやったのは、小泉首相から提案されたクール・ビズ(ノーネクタイ・ノージャケット)運動のキャンペーンガール役(環境大臣)と守屋武昌防衛省次官の電撃的解任だけで、守屋解任では、閣議人事検討会議を無視して一部の新聞(毎日)にリークするという非常識な手法をとっている。
 当時、一部から、小池が検察から「空自の次期輸送機CXの搭載エンジンの納入利権をめぐって東京地検特捜部が守屋次官を逮捕を視野にマーク」という情報を得ていたからとささやかれた。
 そうでなければ、就任早々、しかも、その二か月後、理由もなく防衛大臣を辞任する小池が、守屋の後任に警察庁出身の西川官房長をあてる人事を単独で決断できる根拠も必然性もなかったというのである。
 小池が、万が一、検察・警察の情報や助言をもとに防衛省人事をおこなっていたとすれば、政治家失格どころか、国家的犯罪である。
 小池知事は、都発注の入札不正疑惑について、伊豆大島(大島町)の4件の工事で、最大約560万円の積算ミスがあったとして、徹底調査を指示したという(5月11日産経新聞)が、同件を報じているのは同紙だけで、リークが あったのは疑いえない。
 都発注の入札不正疑惑が暴かれれば、都の旧執行部が大きなダメージをうけることになるが、それが、都知事選前なら、小池新党にとって絶好の追い風になるだろう。
 小池が、側近をつとめた小沢一郎から、狡猾さと無節操、悪辣さを学んだのか、それとも、カイロ大学を卒業、中東の狂犬カダフィ大佐と懇意(「日本リビア友好協会会長」)だった小池の独特の政治感覚なのか、いずれにしろ、日本には存在しなかった危険でしたたかな政治家なのである。

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2017年05月25日

 なぜ日本の政治は劣化したのかA

 ●反日マスコミと手をむすぶ日本の野党
 日本には、自民党以外、政党と呼べるような政党が存在しない。
 野党の源流は、もともと、日本共産党にあって、旧社会党は、日本共産党を除名された連中の溜り場だった。
 社会・共産が育てた労組や日教組をバックにしているのが旧民主党で、注目されている反自民の「民共共闘」は、戦術ではなく、共産党への先祖返り≠ネのである。
「自衛隊は人殺し集団」「防衛費は人を殺すための予算」(日本共産党)
「自衛隊は暴力装置」(旧民主党官房長官/仙石由人)
「自衛隊の装備を一部中国から調達したほうが低コスト」(民進党代表/蓮舫)
 などの発言の裏にあるのは、日本の武装解除で、日本共産党も、中国共産党と仲直りをした不破体制(1998年〜)以降、いまなお、連日、宣伝カーで「憲法9条をまもろう」と訴えている。
 日本の野党は、日本の国家防衛ではなく、中国がもとめてやまない防衛力の放棄を党是≠ニしているのである。
 これは、日本の野党が親中派であることの宣言にほかならない。
 親中派のきわめつきは民主党の小沢訪中団(2009年)だろう。
 民主党議員143名を率いた小沢一郎名誉団長(民主党幹事長)は、民主党を人民解放軍になぞらえて、胡錦濤国家主席に「日本では解放の戦いは済んでいない。わたし(小沢一郎)は(人民解放軍の)軍司令官として頑張っている」とへりくだり、「一人ひとりに握手までしていただいて」と胡主席にペコペコと頭を下げた。
 この朝貢外交によって、民主党は、以後、自壊へとつきすすんでいった。
 売国奴に政権をあたえつづけるほど日本人は愚かではなかったのである。

 野党の源流である日本共産党は、北方領土返還に全千島列島をふくめていることからもわかるように、ナショナリズムをそなえたマルクス主義政党で、宮本顕治体制(1958〜1997年)時代には、ソ連や中国、北朝鮮の工作員がすべて追放された。
 それが社会党のほか、過激派(反代々木系)や左翼・反日市民団体へ流れていったのが六全協(1955年)以降で、追放組の共通点は、中・ソ・朝の工作員政党(グループ)という点にある。
 共産党の国防政策が「非同盟中立」だったのにたいして、社会党が「非武装中立」を立てたのは、ソ連や中国の侵略に抵抗しないという意思表示で、日本の絶対平和主義は、工作員政党の隠れ蓑だったのである。
 ところが、ソ連が崩壊にむかった1980年代の末頃、日本共産党が護憲へ立場を変えた。
 いまでこそ日本共産党は「憲法9条は世界の宝」としているが、昭和21年の衆議院本会議で「戦力不保持・交戦権の否認」を謳った憲法9条に最後まで反対したのが日本共産党(野坂参三・徳田球一)だった。
 日本共産党の重鎮上田耕一郎も著書(『民主連合政府で日本はこうなる』1974年)で、憲法改正と軍隊(人民軍)の保持を明確に謳っている。
 共産党が9条護持に回ったのは、ソ連が消滅して、中国がまだ非力だった当時、駐留米軍+自衛隊が共産主義革命の最大の妨害になるからで、仙石ふうにいうなら「自衛隊は(反革命の)暴力装置」だったのである。
 共産党にとって、人民防衛軍は必要だが、自衛隊では都合がわるく、中国の属国になって、飼い犬の平和を享受しようという民進党や護憲派にとって、有事に中共軍と戦うことになる自衛隊がジャマなのである。

 日本の野党には、反日という工作員の思想≠ェ宿っている。
 そんな政党や集団が、日本の政治をうごかすことができたのは、マスコミと二人三脚を組んできたからである。
 権力批判のマスコミと野党が手をむすべば、そのパワーが二倍にも三倍にもなる。
 その仕組みを拝借したのが、今夏の都知事選で大勝を予想される小池百合子の「都民ファーストの会」だが、そのテーマは、次回にのべるとして、野党とマスコミの癒着構造について、もうすこしみていこう。
 衆愚政治の主役となるマスコミが、政変に加担したケースが、民主党政権の誕生や「自民党をぶっつぶす」の小泉改革だった。
 民主党政権の誕生前夜、マスコミ総がかりによる反自民キャンペーン≠ヘ凄まじいものがあり、麻生首相の漢字読み違え(未曾有)が、連日、テレビで延々と報じられた。
 小泉改革は、日本のアメリカ化で、新自由主義の導入から皇室典範の改悪まで、マスコミは無批判的に小泉流をPRしつづけた。
 マスコミの大衆操作には絶大なものがあり、かつて、朝日新聞は、ポーツマス講和条約に不満な民衆を煽って、日比谷焼打事件までひきおこしている。
「北朝鮮は天国」の記事に騙されて北朝鮮へ渡った10万人の人々が、極貧と差別、奴隷労働と強制収容所に苦しみ、日本への帰国が許されなかった悲劇はいまも語り草になっているが、教科書問題や従軍慰安婦、南京大虐殺の誤報も、朝日新聞が展開した革命運動の一つで、60年安保騒動では、安保反対のアジテーターとなった。
 都議選を前に、失言問題や森友学園を執拗に追求して、安倍首相や自民党の足をひっぱるマスコミの小池百合子礼賛には目に余るものがある。
 だが、その小池ブームに翳りがみえないでもない。
 マスコミに踊らされる一方だった国民(都民)がマスコミ報道に疑いの目をむけはじめたのである。
 都議選は、マスコミとタッグを組んだ小池新党と、地道に都政を築き上げてきた都連自民党の一騎打ちとなるのである。
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2017年05月22日

 なぜ日本の政治は劣化したのか@

 ●日本の政界から大人物が消えた悲劇
 昨今、政治家の劣化がいちじるしい。
 中川俊直衆院議員が愛人とトラブルの末、警察のストーカー・リストに登録されるなどの不祥事をひきおこして、経済産業大臣政務官を辞任した。
 同議員は、妻子がいながら同愛人と重婚ウエディング≠ワでやってのけたハレンチな男で、こんな人物が政務官の肩書きをひっさげて日本の経済産業の行政責任を担っていたこと自体、心胆を寒からしめるのに十分なものがある。
 中川と同じ二回当選の宮崎謙介前衆院議員も、昨年、妻(金子恵美衆院議員/自民)の出産直前に不倫をスクープされ、議員を辞職している。
 議員2回生のスキャンダルはそれだけではない。
 豪雨被害視察のため訪れた岩手県で、おんぶされて水たまりを渡り、批判をうけると長靴業界の宣伝になった≠ニ軽口を叩いて復興大臣政務官の要職を棒にふった務台俊介衆院議員、公開株の購入を持ちかけて金銭トラブルをひきおこして離党した武藤貴也衆院議員ら2回生議員には、政治家の資格が疑われる者が目白押しなのだ。
 自民党の衆院2回生は107人で、党全体の3分の1以上を占める。
 民主党崩壊の余波にのって当選してきただけに、次期選挙では、民進+共産統一候補の前に三分の一が当選おぼつかないという。
 政治家の資質を問われているのは新人ばかりではない。
 復興大臣だった今村雅弘衆院議員が「原発事故の避難者が帰郷できないのは本人の責任」と発言して被災者の怒りを買った3週間後、こんどは、東日本大地震が東北だったからよかった≠ニ口走って、安倍首相が陳謝、これが事実上の罷免となった。

 政治が劣化した原因は、自民党にかんしていえば、3つあるだろう。
 一つは、政治改革(1994年)で、二つ目が公明党との選挙協力、三つめが議員の人間的な未熟さである。
 小沢が主導した政治改革の目玉は「小選挙区(比例代表並立制)」への移行と政党交付金の新設で、この二つの改革によって自民党の派閥政治がほぼ完全に崩壊した。
 日本の保守政治家は、自民党の派閥が育ててきたといってよい。
 中選挙区制時代の自民党は、派閥組織で、選挙区において競合する自民党の候補者は、それぞれ派閥の領袖から支援を受けてきた。
 自民党の公認候補は、中選挙区制では最大で5人になるが、候補者は、5大派閥(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)に属して、選挙をたたかった。
 一方、派閥の領袖は、自派候補者の公認を獲得して、選挙資金や役職の世話をする代わりに総裁選挙の支持をもとめた。
 同一選挙区で複数が競合する中選挙区では、自民党候補者は、選挙区でライバルとの戦いに勝たねばならず、議員になっても、一頭地を抜いて、領袖から信頼をえなければ大臣などの要職につくことができなかった。
 派閥は、親分子分の関係だが、この仕組みが議員の力量や人格を鍛えるのに役立っていたのである。
 ところが、政治改革によって導入された小選挙区比例代表並立制や政治資金規正法の改正、政党助成法の導入によって、自由民主党の組織や行動様式ががらりと変わった。
 1選挙区から3〜5人の議員を選出する中選挙区制度では、候補者の調整から選挙資金の調達まで、派閥が大きな役割をはたした。
 だが、党員同士の競合がない小選挙区や各党が得票に応じて議席を得る比例代表制では、選挙の中心が政治資金を集配する党本部や総裁に移って、派閥が形骸化してゆく。
 中選挙区制においては、党の公認が得られなかった保守系の無所属候補者でも、当選すれば、自民党に入ることを許された。
 ところが、小選挙区制では、公認を得ずに出馬すること自体が不可能になる。
 公認をえずに立候補することが党にたいする裏切り行為で、また、公認がなければ1人区での当選がおぼつかない。
 これを最大限に利用したのが小泉劇場≠セった。
 小泉は郵政国会で、郵政民営化法案を成立させると公言し、法案不成立の場合、衆議院を解散して総選挙をおこなうと明言した。
 それが現実のものとなったのが、自由・公明が圧勝した郵政選挙(2005年)だった。
 このとき、小泉は、郵政民営化法案に反対した自民党の衆院議員を自民党として公認せず、郵政民営化賛成派候補を擁立した。
 犠牲となった一人が郵政民営化に反対の小林興起で、小泉は、選挙区(東京10区)に自民党公認候補として小池百合子を刺客≠ニしてさしむけて小林を葬った。
 この郵政選挙で、自民党は大勝利を収め、党の公認から外された多くの有力議員が議席を失い、アマチュアの代議士が大挙して国会の赤絨毯をふんだ。
 これが選挙の大勝にともなってうまれるチルドレン議員≠フはじまりである。
 小泉チルドレンにつづいて出現したのが小沢チルドレン、前出の不祥事連発の安倍チルドレン、そして、7月2日投開票の都議選では「都民ファーストの会」の小池チルドレンの大躍進が予想されている。
 もっとも、小池百合子自身が勝ち馬にのったチルドレン議員の優等生ということができる。
 細川護熙(日本新党)や小沢一郎(新進党)に擦り寄り、小泉潤一郎の信頼をえて初入閣(環境大臣)し、谷垣総裁の下では、女性が初となる党三役(総務会長)に就任、第1次安倍内閣では内閣総理大臣補佐官(国家安全保障問題担当)に任命された。
 そして、都知事選では、小池ブームを演出して、自民党候補を一蹴した。
 小池は、夏の都議選で「小池新党」の候補を大量擁立して都議会のドン≠アと内田茂都議率いる都議会自民党を壊滅状態に追い込む決意だ。
 次回は権力操作だけでのしあがってきた小池パフォーマンスの危うさにふれよう

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2017年05月10日

 北朝鮮危機と米中の新時代C

 ●ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代が幕開け
 かつて、日本は、米・中・ロを相手に大東亜戦争をたたかった。
 このときの欧米とりわけアメリカの日本にたいする敵愾心は尋常なものではなかった。
 人類史上、最悪の大量虐殺である原爆投下が、ルーズベルト、トルーマンという二人の大統領によって計画され、実行に移されたことからも、アメリカの日本にたいする憎悪の深さが測れよう。
 その理由の一つに、アジアの東端、太平洋の西端に位置する日本の地政学的な特殊性をあげることができる。
 アメリカにとって、日本は、太平洋の権益を争うライバルで、中国進出への最大の妨害者だった。
 ロシアや中国にとっても、日本列島は、太平洋進出を妨げる障害である。
 一方、海洋国家である日本は、海を隔てて隣接する中・朝や海路をとおして東南アジアや西太平洋に大きな影響力をもちうる。
 それが大東亜・日米戦争の原因で、日本は、第一次大戦後、西太平洋を支配下におさめ、満州国を建国後、支那で主導権を握り、東南アジアからインドにまで手をのばしつつあった。
 これに猛烈な嫉妬心を燃やしたのがルーズベルトで、石油の禁輸を軸とする「ABCD包囲網」をつくりあげ、蒋介石やスターリンに接近して、日本壊滅戦争を画策する。
 真珠湾攻撃以前に中国から日本への都市を空襲しようとした「フライイングタイガー作戦」や日本から開戦以外の選択肢を奪った「ハルノート」はルーズベルトの謀略で、米議会は、戦後まで、この事実を知らされていなかった。

 日本は、中国を侵略したされるが、辛亥革命(1911年)で清朝を倒した孫文や後を継いだ袁世凱の死後、支那は、軍閥内戦、国民党内戦、国共内戦が熾烈をきわめる内乱状態にあった。
 北洋軍閥(北京政府)や南方革命派(広東政府)の攻防のほか各省で軍閥や匪賊が争うなか、台頭してきたのがコミンテルンの支援をうけた毛沢東らの共産勢力で、これが現在の北京政府にひきつがれた。
 日本は、孫文の二人の後継者のうち、親米派の蒋介石(重慶政府)ではなく親日派の汪兆銘(南京政府)を支援して、軍事介入する。
 その背景にあったのが、列強を排して、アジアの独立自営をめざす大東亜共栄思想だった。
 日本が石油の禁輸に苦しむのも、アジア全域の貧困も、列強の掠奪や圧力によるものだが、アジアには、日本をふくめて、アジア全体を豊かにする資源や生産能力、文明がそなわっている。
 この考え方がアジア主義で、のちのアジア独立運動につながっていく。
 植民地解放や独立には、武力闘争以外に方法がないが、武士の国だった日本には、アジア解放を実現できるゼロ戦や戦艦大和の技術力と神風特攻隊の戦意があった。
 東南アジアの人々は、日本人の勇気と智恵に学んで、独立を勝ち取ったのである。

 現在も、当時の地政学的、文明的な条件は、当時と変わってはいない。
 変わったのは、日・米・中・ロの力関係だけで、中国の躍進に貢献したアメリカが、中国革命と米ソ冷戦、朝鮮戦争ののち、手の平を返して、日本と同盟関係(日米安保条約)をむすんだ。
 この軍事同盟は、日米のみならず、アジアの安定にも有効で、日米安保がなかったら、アメリカは米ソ冷戦に勝つことができず、中国の覇権主義に歯止めをかけることができなかったろう。
 日本の地政学的ポジションと国家的なプレゼンスは、敵に回すと脅威である一方、味方にすれば大きな戦力になる性質のもので、日米安保は、アメリカにとって世界戦略の重要な要になっている。
 かといって、日米関係が、米英関係のような強固な盟友関係になりうるかといえば、かならずしもそうではない。
 ニクソン大統領の訪中準備のために訪中したキッシンジャー大統領特別補佐官は、中国の周恩来首相(1971年)との極秘会談で、「日米安保条約は日本の軍事大国化を防ぐためのものという瓶のふた論≠展開した。
 このときキッシンジャーは「日本が再軍備拡張計画をすすめるなら伝統的な米中関係が再びものをいうだろう」とも発言している。
 この発言の意味するところは、日米安保条約は便宜上のもので、アメリカにとって、中国こそがアジアの盟友だという宣言で、それが伝統というのである。
 公開されたキッシンジャーの発言は、日本に衝撃をあたえたが、大きな示唆をふくんでもいる。
 それは、アメリカを敵に回してはならないということである。
 中国やロシアにたいしても同様で、日本が戦争にふみきれば、米・ロ・中が一丸となって襲いかかってくる。
 日本を属国化することのメリットがはかりしれないからで、日米安保条約が失効したら、尖閣列島・沖縄海域の南シナ海化≠ェ目に見えている。
 日本にとって、アメリカを盟友にしてロシア・中国を牽制するのがもっともすぐれた戦略で、他の選択肢はない。
 安倍首相が、1項と2項を残したまま、憲法9条に自衛隊の存在を明記する提案(3項)をおこなったという。
「戦力不保持」「交戦権の否定」(二項)は自衛隊明記との整合性を欠き、国家主権の否定につながるので論外だが、「戦争放棄」(一項)については、残したままでよい。
 その代わりに「日本国政府は国民の生命と領土をまもる無制限の権利をもつ」という一項(4項で)を追加すべきだろう。
 無制限のなかに核報復≠ェふくまれるのはいうまでもない。
 日本には戦争という選択肢はないが、報復までを放棄したわけではない。
 戦争を放棄するが、報復戦力に制限がないとすれば、、平和主義と戦力保持のあいだに矛盾が生じない。
 日本が核をもったとき、ビッグ4(日・米・中・ロ)の新時代が幕開けするのである。

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2017年05月08日

 北朝鮮危機と米中関係B

 ●歴史が教える「朝鮮半島は疫病神」
 原子力空母カール・ビンソン率いる米海軍の攻撃空母群が朝鮮半島海域から離れるのがいまや時間の問題になりつつある。
 理由は三つある。
 一つは、北朝鮮攻撃に中国の同意がえられなかったことで、アメリカ主導で金正恩の打倒と朝鮮半島の再編という事態になれば、決定的に国益をそこねる中国が、米攻撃空母群出撃に待ったをかけたのである。
 二つ目は、ソウルを中心に数百万に被害が及ぶと予想される北朝鮮の反撃に韓国側が耐えられそうにないことで、従軍慰安婦問題を蒸し返すことしか頭にない韓国政府には、北朝鮮と事を構える士気も準備もそなわっていない。
 三つ目はロシアの圧力で、プーチンと電話会談したのち、トランプの口から威勢のよいことばが聞かれなくなった。
 トランプは、プーチンとの電話会談の直前、安倍首相と綿密な打ち合わせをおこなっている。安倍首相とプーチンは意志の疎通ができている。シリア攻撃で溝ができたトランプとプーチンのあいだに安倍首相が入って落としどころをさぐったというのが事実に近いだろう。
 習近平もジレンマに陥っている。
 中朝関係は、中国寄りだった北朝鮮の張成沢(国防委員会副委員長)の処刑以来、急速に悪化、習近平・トランプ会談以降、無煙炭の輸入や石油の輸出が制限されたほか、現在、経済支援が完全にストップしている。
 北朝鮮の国営メディアは、これまで数回、中国を名指しで批判している。
 これにたいして、人民日報系のメディアも「中国が(北朝鮮のために)戦う必要はない(王洪光/元南京軍区の副司令官)」と報じるなど、中国と北朝鮮の同盟関係は、いまや、崩壊の危機にある。

 中国は、北朝鮮という同盟国の造反と朝鮮半島へのアメリカの介入、北朝鮮へのロシアの接近という三つの難問に直面している。
 いちばん頭を悩ませているのはロシアの北朝鮮への接近だろう。
 ロ朝間では、すでに総事業費約250億ドル(約2兆9000億円)規模の鉄道整備・改修計画が合意済みで、ウラジオストクと羅先(北朝鮮北東部)をむすぶ定期航路も開設された。
 北朝鮮は、国内の金やレアメタル(希少金属)などの開発権益をロシア側に提供して、これを工事代金に充てるという。
 その先にあるのは租借地(港)の獲得と国家の死命を制する石油をもちいたロシアの飼い殺し外交≠ナ、羅先港は、租借化を視野に入れたロシアが建設したようなものである。
 朝鮮は、昔から支那にくっつきロシアにくっついて生きのびてきた事大主義の国で、日本が日清戦争で清国から独立させても、こんどはロシアになびいて日露戦争の原因をつくるという厄介きわまりない国である。
 併合して、アジアの最貧国から日本並みに豊かにしてやると「侵略された」「怨み千年」などとたわ言を並べ、米韓従軍慰安婦やベトナム戦争の組織的な強姦略奪を棚に上げ、日本へのいやがらせのため、従軍慰安婦像を建てまくるというクレージーな民族でもある。
 ロシアもそのクレージーさに手を焼いて一時疎遠になったが、最近、距離を縮めたのは、米・中接近にくさびを打ちこみ、地政学的な得点をえようという腹積もりからである。

 北朝鮮が原爆の小型化と大陸間弾道弾(ICBM)を完成させると米大陸のほか、北京やモスクワまでが射程内にはいって、一存で世界を震え上がらせてみせるという金正恩の妄想が実現することになる。
 米・中・ロが小競り合いをしている北朝鮮情勢のなかで、カギを握っているのがロシアである。
 中国が石油をとめても、ロシアがタンカーを羅先港に送り込めば、北朝鮮はかんたんに寝返る。
 事大主義の朝鮮人は、国家的権益や租借地の提供に抵抗をかんじない民族なので、北朝鮮がロシアの手の内に落ちるのは、時間の問題だろう。
 中国とロシアは蜜月関係にあるかのように見える。
 ところが、国境問題は例外で、かつてのダマンスキー島事件や新疆ウイグル自治区の軍事衝突(1969年)は、一時、全面戦争の危機に発展した。
 そして、現在は、中央アジアが火種で、最近、中国が提案した中央アジアの「反テロ協調体制」から外されたロシアの反発には根深いものがある。
 米・ロ・中が朝鮮半島情勢をめぐってそれぞれ微妙な立場に立っているわけだが、かつての宗主国日本は、静観の構えである。
 朝鮮民族の狂気を知っているからで、巨大な空母で威嚇すれば震え上がると読んだトランプは単細胞すぎたのである。
 懸念されるのは、中ロ紛争で、原因となりうる一つに北朝鮮がロシアに譲渡した鉱産資源の開発権益がある。
 北朝鮮には、中国との国境付近に、埋蔵量が東アジア最大級の茂山鉄鉱山や世界一のタングステン鉱脈のほか、亜鉛や銅、金鉱山までがうなっている。
 これまで中国は、電力や食料などの経済援助の見返りに同地帯の鉱産資源の権益を一手に握ってきた。
 北朝鮮がこの鉱産権益をロシアに譲渡すれば、どういう事態になるか。
 ロシア軍と中国軍が国境付近で悶着をおこす可能性すら生じかねない。
 朝鮮半島に首をつっこむとろくなことにならないのである。

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2017年04月26日

 北朝鮮危機と米中の新時代A

 ●金正恩が日・米・中・韓に対抗できる理由
 フィリピン海でおこなわれていた海上自衛隊(護衛艦「あしがら」と「さみだれ」)との日米共同訓練を終えた原子力空母カール・ビンソンが、朝鮮半島に向けて北上を開始、先立って、戦略ミサイル原潜ミシガンが韓国の釜山に入港した。
 一方、北朝鮮は、同国東岸の元山市近郊で大規模な実弾演習をおこなった。
 北朝鮮人民軍総参謀部の「ソウルの火の海にする」という脅しを裏打ちする軍事デモストレーションで、ソウルを射程に収める旧ソ連製の改造型70ミリ自走砲などのロケット砲を千門近く所有する北朝鮮砲兵部隊は、最近、新たに1万発の砲弾を追加配備したという。
 これが金正恩の強気の根拠で、ソウル壊滅のリスクを冒して、米韓が攻めてくることはないと踏んでいるのである。
 事実、アメリカ歴代大統領が北朝鮮への軍事攻撃を控えてきたのは、中国にたいする配慮のほか「ソウルの火の海に」という恫喝に屈してのことで、韓国軍には、平譲まで到達するロケット砲が一門もないばかりか、地下壕で固めた北の重要拠点に手も足も出ない。
 韓国が、親北派の大統領候補(文在寅/ムン・ジェイン)を立てたのは難を逃れようという魂胆からで、北の脅威どころか、矛先を日本に転じて、従軍慰安婦問題をむしかえそうとしている。
 日本総領事館(釜山)の前に新たに建てられた慰安婦像にひざまずく文在寅の事実上の公約は「平譲訪問」と「THAAD(超高高度防衛ミサイル)配備の撤回」で、中国は、反日・親北派の文候補を熱烈に支持している。
 米・韓の足並みが揃わないなか、カール・ビンソンを中心とする第1打撃群が朝鮮半島や中・韓・朝がむきあう黄海へ接近するには中国の了解がなければならないが、万が一、トランプが独断で出撃を命じれば、中・朝関係が決定的に断裂する。

 都内で6者協議の代表者(日・米・韓)会合が開かれたほか、日本と中国の代表者(外務省金杉局長/武大偉・朝鮮半島問題特別代表)が北朝鮮への石油の禁輸措置を協議した。
 中国が石油供給を中止すれば、北朝鮮経済は短期間のうちに破綻するといわれているが、おおいに疑問である。
 国連安保理決議にもとづく経済制裁がつよまるほど、北朝鮮政府の資金力が高まって、一発で数十億円(中距離弾道ミサイル・ムスダンの国際的相場3000万ドル/約33億円)かかるサイルの発射実験をくり返し、ミサイルとは桁ちがいにカネがかかる核開発も順調にすすめられている。
 最近では、非政府系の経済活動が目に見えて向上し、飢餓死が絶えたどころか、トンジュ(金の主)と呼ばれる富裕層まで出現している。
 理由は「密輸と闇経済」で、中朝・中ロ貿易の大半が密輸である。
 北朝鮮は、国連加盟国192国のうち166国と国交をむすび、交易関係をもっているが、数字にあらわれるのは数パーセントで、大半が密輸や闇取引である。
 ちなみに北朝鮮の無煙炭の輸出は公的資料(年間1000万t)の同程度以上が密輸出され、同規模のスケールで密輸入がおこなわれている。
 ドル箱は、中国とロシア、日本で、ロシア(ウラジオストク)から北朝鮮の羅先港にもちこまれる原油(M100)は北朝鮮にとって原油にひとしい。
 ロシアのM100からガソリンや航空機のジェット燃料を抽出できる技術が完成しているからだが、黄海を往来する中朝の密輸貿易船と同様、これも経済制裁外である。
 偽ドルや麻薬の国外持ち出しや不法送金もおおっぴらで、日本からのパチンコ送金や朝銀を救済した公的資金導入(1兆3千億円)も金王朝の金庫に納まって、核開発の資金に化けた。

 1991年のソ連崩壊後、社会主義諸国からの支援が途絶して、配給制度をとっていた北朝鮮経済が崩壊した。
 97年に韓国に亡命した金正日の側近、黄長Y(ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記によると配給停止によって「200万人以上の住民が餓死した」という。
 このとき、脱北した北朝鮮人の一部が、中国で食糧や物資を調達して、中朝国境で商売をはじめた。
 これが北朝鮮の闇市場で、現在、国内の経済活動の8割以上を占める規模にまでふくれあがっている。
 取り締まるどころか、金正恩体制が自力更生が奨励しているのは、国民を豊かにする政策を放棄できるからで、そうなれば、金正恩が国家予算をすべてすきなように使える。
 韓国から流れ込む資金(経済特別区収益や市民団体の支援など)や出稼ぎの上納金、在外北朝鮮公館から献納される「忠誠資金」、武器密輸などでえられた利益に加え、無煙炭などを輸出した代金がそっくり金正恩の金庫に入る。
 北朝鮮王朝を支えているのは、金日成時代は労働党員300万人といわれたが、現在は、軍や秘密警察などの権力機構を牛耳る中枢部とその周囲を固める数万人の幹部、平壌の高級住宅地に住むエリート集団ら合わせて十万人ほどといわれる。
 ミサイルを実験をくり返し、核開発をすすめているのは、約十万人の狂信的王国で、オウム真理教が国家になったようなものである。
 王国外にはじきだされた国民は、強制収容所と残虐な公開死刑に脅え、餓死を免れるため必死に経済活動をおこなっている。
 ちなみに亡命した黄長Yの一族3000人は強制収容所に収監され、多くが餓死したという。
 金正恩委員長は、後見人とされた張成沢(国防委員会副委員長)ら100人以上を側近や親族ともども公開処刑で粛清しているが、張成沢の場合、飢えた百匹の猟犬に食い殺させるという凄惨なものだった。
 北朝鮮では、公開処刑の見物が国民の義務で、残虐な公開処刑を見た国民のなかから善政をもとめる声などでてくるはずがない。
 原子力空母カール・ビンソンに随伴する巡洋艦や駆逐艦、攻撃型潜水艦からトマホークが発射された瞬間、米中関係に想定外の変化がおこる。
 逆にいえば、中国のOKがでなければ、カール・ビンソンは張子の虎なのである
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2017年04月20日

 北朝鮮危機と米中の新時代@

 ●ありえない米の北朝鮮攻撃
 朝日新聞が米の北朝鮮攻撃は「核戦争勃発」の危険性をはらむと報じた。
 北朝鮮国連代表部のキム・インリョン次席大使の「米国の北朝鮮侵略という無謀な動きが深刻な局面にたっした」「北朝鮮はどんな形態の戦闘にも応戦する準備ができている」という会見(国連本部)を引用したもので、北朝鮮の対米非難を借りて、原子力空母カール・ビンソンを派遣したトランプ米政権が危険な賭けにでたかのようにいうのである。
 テレビも、連日、原爆実験や大陸間弾道弾(ICBM)の発射を機に米軍が出撃するかのごとくつたえ、その日をXディ≠ニ称している。
 北朝鮮攻撃がトランプの決断いかんにかかっているかのようにつたえるのは誤りで、アメリカが、朝鮮戦争という爆弾の導火線に火をつけかねない北朝鮮攻撃にふみきることはありえない。
 朝鮮戦争は、現在、休戦中で、米・韓と中・朝は、それぞれ軍事同盟をむすんでいる。
 経済人のトランプが、米・韓と中・朝による全面戦争のリスクを冒すはずがないように、中国が、手に余した北朝鮮をアメリカにゆだねる可能性もゼロである。
 チベット・ウイグル・内モンゴルなど内陸部を征服した中国が、海洋進出の絶好の基地となる朝鮮半島を手放す選択肢はありえないからである。
 朝鮮半島は、日清・日露戦争という二つの前例があるように、日・中・ロにとって地政学上、きわめて重要な要衝である。
 とくに、海洋進出を狙う中国にとって、朝鮮半島を支配下におくかアメリカに奪われるかでは、死命を制する大問題となる。

 中国のテレビ局(CCTV)などによると、中国の王毅外交部長(外相)は北朝鮮情勢をめぐって、ロシアのラブロフ外相と電話会談をおこなったという。
 ロシアと対話の姿勢をみせたのは、3強国(米・中・ロ)のバランスをとるためとアメリカを牽制するためで、北朝鮮問題へアメリカの介入が一線をこえると中国にとってきわめて不都合なことになる。
 最悪のシナリオは、米軍による北朝鮮の軍事制圧で、その上、米・韓主導で南北統一がおこなわれるようなことになれば、朝鮮半島は、中国の海洋進出の要衝どころか、咽喉元につきつけられたナイフになる。
 南北統一をタテマエとする韓国も米軍による軍事制圧を望んでいない。
 北朝鮮へ軍事攻撃をおこなえば、韓国にむけられた大砲・ミサイルが一斉に火を噴き、ソウルが火の海になるどころか、射程内の約2000万人に被害がおよぶ可能性がある。
 南北の統一も、ドイツ統一後、西ドイツが東ドイツの負の遺産を抱え込んで十年以上、経済の停滞に苦しんだ前例もあり、現在の韓国には荷が重過ぎる。
 金正恩は、国民の犠牲とひきかえに、アメリカに軍事威嚇をおこなっている。
 挑発にのったアメリカの攻撃で北朝鮮が壊滅すれば、1000万人以上の難民がでるばかりか、飢餓や内乱で、同規模の死者がでる可能性がある。
 そうなれば、国際的批判が一斉にトランプ米政権にむけられる。

 トランプと習近平が接近した理由がそこにある。
 中国の力で、金正恩に政策転換をおこなわせ、北朝鮮を六カ国協議のルールに従わせようというのである。
 ところが、金正恩は、習近平主席にいちども会っておらず、中国側が会談を申し入れても黙殺している。
 金正恩は、北朝鮮の強硬路線にたいして、中国に打つ手がないことを知っているのである。
 中国には、金正恩を亡命させ、保護していた兄の金正男を送り込み、北朝鮮に親中政権を立てる構想があったはずだが、金正男が北の工作員に暗殺されたばかりか、とりこみかけていた韓国に、北京までがレーダー網にかかるTHAAD(高高度弾道弾迎撃)ミサイルの配備がきまり、朝鮮半島戦略が根底から崩れ去った。
 中国もまた、北朝鮮危機にからめて、アメリカに足並みを揃えざるをえない事情があったのである。

 中国は、北朝鮮にたいして石炭輸入や石油輸出の制限をきめ、中国国際航空が北京発平壌行きの運航を一時停止した。
 北朝鮮の交易は約90%が対中国で、これまで、経済制裁が効果なかったのは、中国が抜け道になっていたからだった。
 もっとも、中国が経済制裁にくわわっても、国民がますます飢えるだけで、北朝鮮情勢に大きな変化が生じるとはかぎらない。
 朝鮮民族は妄想の民族で、金正恩は、北朝鮮がアメリカや中国と肩を並べる軍事大国と思い込んでいる可能性が高い。
 北朝鮮の軍事費は75億ドルで、米国(5960億ドル)の1・3%、韓国(364億ドル)の20%にすぎない。
 ところが、GDP対軍事費の比率は一位(23.3%)で、兵力数は米国と並ぶ138万人(世界3位)である。
 北朝鮮(人口2500万人)では男子の十人に一人が軍人なのである。
 その軍人も、エリート以外、大半が栄養失調で、体重が50キロにみたない兵士も少なくないという。
 アメリカも中国も、こんな狂気の国に有効な戦略が立てられるはずがない。

 それでは、なぜ、アメリカは、北朝鮮の戦略拠点を狙う「精密照準爆撃」や戦略核兵器を導入した大規模な米韓軍事演習をおこない、原子力空母カール・ビンソンを派遣したのか。
 トランプは習近平に『アメリカは空母だけでなく、原子力潜水艦を派遣する用意があることを金正恩に知らせるべき』とつたえている。
 北朝鮮にたいする有効な手段が、アメリカの軍事的デモストレーションだけで、それが、米・中の共通の利益になっていたのである。
 中国のテレビ局(CCTV)などによると、トランプ大統領は「為替報告書(米財務省)」に中国を為替操作国に指定しないとのべたという。
 トランプは大統領選中から、中国政府が人民元の対ドルレートを低く操作していると非難してきた。
 それをひっこめたのは、北朝鮮問題の解決には、習金平との協力関係が不可欠だからで、米中首脳会議でも、中国が南沙諸島海域に建設した人工島などの南シナ海をめぐる領有権問題が、事実上、棚上げされている。
 米・中は北朝鮮危機に共通の認識をもち、金正恩を倒した後、韓国を外した米・中・ロ3国による信託統治のプランをもっている可能性が高い。
 グーバリズムに代わる米・中・ロの3大強国による世界支配が、北朝鮮危機から浮上してきたのである。
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2017年04月10日

 伝統と民主主義C

 ●右翼は「君民一体」の守護者たれ
 政治思想上の最大のテーマは「個と全体」の矛盾解消にある。
 個は、一人ひとりの国民のことで、全体は、国家にあたる。
 西洋では「社会契約説」で、ホッブスやルソー、ロックがこのテーマを論じた。
 ホッブスは両者の二元化(「国家は怪物(リバイアサン)」「万人の戦争」論)で、一応、片をつけたが、ルソーとロックは、両者の一元化(「人民代表による国家運営」)をもとめた。
 問題なのは人民代表≠ニいう考え方で、暴力革命や独立戦争、選挙にもとづく独裁(ファシズム・大統領制)も、人民が主役となる民主主義である。
 日本は、中世以降、権威と権力の二元化をもって「個と全体」の矛盾を解消してきた。
 それがわが国の伝統で、歴史という時間軸のなかでは、文化と政治、権威と権力が融合する。
「個と全体」の矛盾を解消するカギは、一過性の現在ではなく、歴史の連続性や永続性のなかにあったのである。
 日本は、政体(権力)と国体(権威)の二元論の国家で、民は、天皇とともにある。
 それが「君民一体」である。
 権力は民を支配するが、民は、権力に正統性を授ける権威と同位(三位一体)にある。
 日本で独裁や恐怖政治がうまれなかった理由がそれで、ルソーも「君民一体」が理想の政治とみとめている。

 玄洋社(頭山満)や黒龍会(内田良平)の流れを汲む大日本生産党の政綱に次のようにある。
 一、欽定憲法に遵い、「君民一致」の善政を徹底せしむること
 二、国體と国家の進運に適合せざる制度法律の改廃を行い政治機関を簡素化せしむること
 三、自給自足立国の基礎を確立せしむること
 大日本生産党は、血盟団事件(井上日召)、五・一五事件の流儀をうけついだ神兵隊事件の中心的な役割をはたした右翼団体である。
 中村武彦や白井為雄らの理論家をうんだ戦後右翼の一つの原点で、両先達の研究テーマが「個と全体」の調和だったことは、自著にあるとおりである。
 民主主義で「個と全体」の矛盾を解消することはできない。
 むしろ、その矛盾を広げるのが民主主義といってよい。
 個の集合(大衆)を一つの実体とみなして、その代表を元首とするのは暴力革命や全体主義(独裁)を正当化するためのこじつけで、民から委任されたとする全権が民の意思を反映するとはかぎらない。
 民主主義(国民主権)の最大の欠陥は、主である民が国民一般におきかえられて、実体をともなっていないところにある。

 憲法第一条に「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」とある。
 主権をもつのが国民全体で、その総意が存在するというのは、御伽噺である。
 それが民主主義や国民主権の正体で、どこにも実体がないのである。
 第一条がうけいれられているのは、日本国民がこれを「天皇はわが国の伝統である」と読み解いているからで、天皇が憲法上の存在などは思っていない。
 ところが、自民党改憲案では、象徴を元首にさしかえ、以下、一条の全文をほぼ全面的に踏襲している。
 明治憲法の欠陥は、ドイツ憲法を模倣して、権威の座にあった天皇を権力の座(=元首)にすえたことで、一方、GHQ憲法の過ちは、日本の君民一体を西洋の民主主義(主権在民)にすりかえたところにある。
 自民党の改憲案は、明治憲法とGHQ憲法の悪いところ取りで、これを改憲案として堂々と掲げるところに自民党の保守党としての限界がある。

 民主主義は、歴史の連続性を断ち切った一過性の決定で、過去の事跡や歴史の智恵が切り捨てられている。
 国家も国民も歴史的存在で、歴史を失ったら、国土は不動産に、国民は住民にすぎないものになってしまう。
 民主主義では、日本人が日本人で、日本の国土や民族の文化・文明が日本のものであることが明らかにならないのである。
 それができるのは、理屈をこえた伝統だけで、歴史の連続性や歴史との一体感は、理屈ではなく、精神文化なのである。
 伝統を多数決でひっくり返そうとしたのが、小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」で、同じことが、将来、おきないという保証どこにもないどころか、自民党幹事長が歴史破壊を堂々と口にしている。

 天皇が憲法上の存在となっているかぎり、歴史の証である天皇が、道路交通法のように、法手続きによって廃絶させられる危機から免れえない。
 天皇退位問題にたいして、安倍内閣は特例法(「皇室典範の付則に記述」)で処置するという。
 これは、天皇が歴史上の存在で、伝統の象徴であることの否定で、GHQが憲法の形でおしつけた民主主義への屈服である。
 わが国の数千年の歴史は、GHQがわずか一週間で書き上げた占領基本法と比較するべくもなく、まして、これに屈すべき理由はケシ粒ほどもない。
 同様に11宮家の臣籍降下も皇室典範の憲法への組み入れも、戦勝国の時限的な戦時占領政策で、いつまでもこれをまもらなければならない理由はどこにもない。

 日本が、戦後70年以上にわたって、アメリカの占領政策をひきずっているのは、護憲・民主主義・国民主権を武器にしている左翼を中心とした反日勢力の口車にのせられたのである。
 内部から国家体制を切り崩すのが敗戦革命のメカニズムである。
 レーニンが編み出した敗戦革命は、敗戦国内に祖国にたいする絶望と憎悪を高めさせ、一方で反逆者を育成することによって、革命前夜の危機的な情況をつくりだせるという革命理論である。
 戦後、日本の政界は、親米(自民党ら)と親ソ・親中(旧社会党ら)が憲法をめぐって激しく対立した。
 敗戦革命の機関紙となったのが朝・毎などの大新聞で、広告塔となったのがNHKなどの放送メディアだった。

 戦後、日本で革命がおきなかったのは、歴史と伝統の証としての皇室が存在したからである。
 日本人は、空想の民主主義ではなく、実在する伝統をとったのである。
 反日勢力が民主主義(憲法)をふりまわすのは、伝統(国体)が敗戦革命の最大の妨害となっているからで、国民投票によって、万世一系から皇室の存続までを否定しようという魂胆である。
 戦争に負けた日本に伝統をまもる政党も大組織も存在しない。
 日本を世界に誇る伝統国家たらしめているのは、民を思う天皇と天皇を慕う国民だけである。
 右翼の使命は、国体の伝統をまもることで、「君民一体」の守護者でなければならないのである。

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2017年04月06日

 伝統と民主主義B

 ●日本の皇室とヨーロッパの王室
 ヨーロッパの王室は、ローマ帝国における皇帝の末裔で、現在、その血族がハプスブルク家やブルボン家、ウィンザー家(旧ゴータ家)などの名家として残っている。
 したがって、ヨーロッパの王族はみな親類で、オランダやノルウェー、スウェーデンの王家はイギリス国王の継承権をもっている。
 デンマーク、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、かつて王室が存在したフランス、ギリシア、ルーマニア、ドイツ、ロシア、オーストリアの旧王室も血縁をとおしてイギリス国王(ウィンザー家)や旧フランク王国(ハプスブルク家)とつながっている。
 中世のヨーロッパで一番格式が高かったのは西ローマ帝国を継承したとする神聖ローマ帝国皇帝で、当時のイングランド王やフランス王は、皇帝の格下とされた。

 紀元前8世紀に建国された王制ローマ帝国は、紀元前5世紀に共和政へ移行して、500年後の紀元前27年から帝政時代に入る。
 帝政ローマは、4世紀に東西に分裂したのち、東ローマ帝国は15世紀までつづくものの、西ローマ帝国は5世紀になってゲルマン族に滅ぼされる。
 神聖ローマ帝国は、10世紀に西ヨーロッパ大陸部のほぼ全域におよぶフランク王国のカール大帝をへて東フランクのオットー大帝(ドイツ王) がローマ教皇から皇帝位を授かった国家で、西ローマ帝国の事実上の継承であった。
 皇帝は、帝国の軍総司令官・最高行政長官・元老院議長・最高神祇官などを兼ねる絶対権力者で、領地や部族の長にすぎない王をしのぐ権力をもち、王の中の王と呼ばれた。
 神聖ローマ帝国(第一帝国)の後継を名乗ったのが第一次大戦をひきおこすヴィルヘルム1世(ドイツ皇帝)のドイツ帝国(第二帝国)で、その後、ヒトラーのナチス政権は第三帝国を名乗った。
 明治憲法は、第二帝国のドイツ(プロイセン)帝国憲法をモデルにしている。
 ヨーロッパは、革命の時代となる19世紀まで、ローマ帝国と皇帝の威光のもとにあったのである。

 紀元前のヨーロッパは多神教で、同時代の日本の邪馬台国・大和朝廷と同じような祭祀国家だった。
 ヨーロッパが権力闘争の修羅場となったのは、ローマ教皇(法王)とローマ皇帝という二人の権力者が出現して、権力に正統性をあたえるべき権威の座が空位になったからだった。
 パンテオン宮殿が象徴する多神教を追い出したキリスト教は、神の代理人であるローマ法王庁をとおして権力化され、俗化してゆく。
 権威が不在とあって、皇帝は、権力の正統性を元老院・軍隊・市民の推戴と軍事力にもとめるほかなかった。
 ローマ帝国は民主化された軍事政権だったのである。
 皇帝の地位には、世襲と血統、格式が重んじられたが、ギリシア民主主義の流れを汲む市民集会の決議が必要で、西ローマ帝国の威光を借りた神聖ローマ帝国皇帝も、有力諸侯らの選挙でえらばれるにすぎなかった。
 手続き上の存在だったローマ皇帝に、神の血を受け継ぐ天皇や天命を受ける支那の皇帝のような世俗を超越した権威がそなわらなかったのは当然だった。

 フランス革命によって共和政が成立した後、1804年にナポレオン・ボナパルトが議会の議決と国民投票によって、フランス人の皇帝ナポレオン1世となった。
 このとき、皇帝は、ローマ帝国の後継者としての正統性を失い、皇位を支える基盤は、権威でも、元老院・軍隊・市民の推戴でもなく、ドイツ諸邦を支配下に組み入れるための軍事同盟(ライン同盟)だけとなった。
 ナポレオンの皇帝即位を承認した神聖ローマ皇帝フランツ2世は神聖ローマ皇帝位から退位して、オーストリア皇帝の地位へ下がり、千年近くもつづいた神聖ローマ帝国はここで崩壊する。
 第一次世界大戦後、敗戦国のドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国では革命がおきて帝政が倒れた。
 オスマン帝国やロシア帝国でも、革命によって帝政が崩壊して、ヨーロッパには皇帝が1人もいなくなり、ローマ帝国以来の皇帝の歴史は完全に幕を閉じた。

 天皇と皇帝の決定的なちがいは、皇帝が権力者だったのにたいして、天皇が権力から離れた権威だったところにある。
 日本で、権威と権力の二元性が維持されてきた理由は、仏教やキリスト教が入ってきても、神話=神道が日本精神として、ゆるがなかったことだろう。
 それが伝統の力で、合議や多数決、決議や承認などの一過性の決定は、不安定なばかりか、巨大化した国家のなかではなかなかゆきわたらない。
 皇帝の専制政治がおこなわれた東ローマ帝国が1千年の命脈をたもったのにたいして、西ローマ帝国が早々に滅びたのは、元老院の承認や市民集会の決議などの手続きが巨大化した国家全体に浸透する前にゲルマン人の侵略をゆるしたからである。
 江戸三百年の平和は、幕府(権力)が天皇(権威)から預かった土地や民を御宝として扱い、民が天皇を慕い、天皇が民の幸と国家の安泰を祈るという三位一体の国体が成立していたからである。
 国家の三要素(領土・国民・主権)をまもるには、権力や法、民主主義などの手続きではなく、伝統という心に刻まれた永遠の規範が必要なのである。
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2017年03月31日

 伝統と民主主義A

 ●不毛なる民主主義への反撃
 伝統をまもるにはつよい意志と高い精神性がもとめられる。
 一方、伝統を破壊するには、無節操と野蛮さがあればよい。
 戦後、日本中に吹き荒れたのは、伝統破壊という荒っぽい突風だった。
 主役を演じたのは、GHQの容共政策に乗じた左翼で、戦後日本は、教育界(日教組・大学)から論壇・学会、マスコミに至るまで、伝統破壊をもくろむ横着なやからであふれ返った。
 伝統破壊の合言葉が民主主義だった。
 日本の民主主義は君民一体(共治)なので、伝統と矛盾しない。
 もともと、多数決にすぎない民主主義は、権力(政体)のカテゴリーにあって、文化(国体)の領域におよぶものではない。
 ところが、左翼の民主主義は、多数決によって、国民の主権を独裁者に委任するという革命理論なので、伝統と真っ向から対立する。
 インチキなのが国民主権である。
 国民という実体はなく、主権(君主権=ソブリンティ)は、君主から国家へ委譲されたものなので、国民主権という概念は成立しない。
 その国民主権=民主主義をもって伝統国家を倒すのが革命である。
 戦後、左翼が躍進して、社会主義(共和制)者や共産主義(一党独裁)が先進的社会のモデルであるかのようなムードが高まった。
 この危機的情況がGHQ憲法と相俟って、のちに敗戦革命(八月革命)≠ニ呼ばれることになる。
 現在でも、日本では、民主主義が絶対的な正義になっている。
 戦後の左翼ブームが、いまなお猛威をふるっているのである。
 そして、民主主義的なるモノが、次々と伝統を放逐している。
 音頭をとっているのは、男女平等をもちだして万世一系を否定した自民党の二階幹事長や小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」の吉川弘之座長ら日本の指導的な立場にある者たちで、かれらこそ、アメリカ民主主義に民族の魂を抜かれて、日本が伝統国家であることを忘れてしまった典型的な戦後日本人なのである。

 伝統は、文化的遺産や歴史的芸能、古典や遺跡だけをさすのではない。
 歴史の連続性そのものが伝統であって、それがなければ、人間も国家も原始時代のままである。
 コンピュータは、数字が発明された紀元前からの歴史的産物で、人類は数千年の文化的な蓄積を伝統という形でうけついで、子どもでもスマホをあやつる現代のIT社会を築きあげた。
 伝統を否定すれば、コンピュータどころか、いつまでも、指で数をかぞえる原始人のままである。
 現在がコンピュータの時代だからといって、手動計算機を否定するのは伝統破壊で、人間も、幼児や青年だった時代を否定すると成人となった現在の自分は存在しない。
 歴史も同様で、天武天皇の治世がなければ日本の原型はなく、秀吉の検地や刀狩り、キリシタン禁止令、家康の鎖国がなかったら、現在の日本はなかったろう。

 歴史の連続性を断ち切るのが革命である。
 その結果、国を束ねてきた伝統的な価値観や社会的規範がすべて失われる。
 そこで、紀元前のギリシアでうまれた民主主義や貨幣ができる前の古代共産主義を借りてきて、革命国家が人工的につくりあげられた。
 民主主義が賛美されるのは、すぐれたイデオロギーだからではない。
 革命国家には、民主主義以外、規範となる文化的な価値や基準が存在しないのである。
 伝統国家には、民主主義や共産主義よりもはるかにすぐれた道徳や習慣など伝統にもとづいた精神文化の高さがそなわっている。
 したがって、古代社会の多数決制や共産制を採る必要が生じなかった。
 左翼がいくら煽っても、日本で革命がおきなかったのは、伝統をまもることによって、独自の文化と高度な文明社会を維持できるからである。
 戦前、日本人は、伝統国家であることに自信と自尊心をもっていた。
 その象徴が天皇で「天皇陛下万歳」は、伝統国家であることを誇る雄叫びであって、革命国家でいう個人崇拝やカリスマ支配とは本質が異なる。
 マックス・ウェーバーは国家支配の類型を三つに分類した。
 合法的支配(官僚)とカリスマ的支配(独裁)、伝統的支配(権威)である。
 ソ連が崩壊(1991年)したのは、共産党官僚の腐敗とカリスマ的指導者の不在、そしてなにより、歴史に根ざす価値観(権威)がなかったからだった。
 あったのは民主主義(人民独裁)だけだったが、権力争奪や独裁の手続きにすぎない民主主義に治世の英知が宿っているわけではない。

 スターリンやルーズベルトら第二次大戦の指導者が絶対的権力をふるったのは、米ソとも民主(人民)主義を基盤とした革命国家だったからで、ヒトラーも、民主主義(ワイマール憲法)を逆手にとって、独裁者となった。
 日本人が賛美してやまない民主主義は、独裁権力の製造機にすぎなかったのである。
 現在、先進諸国のなかで、革命を経験していない伝統国家は日本だけである。
 革命国家と伝統国家では、国家の成り立ちや価値観、歴史観が異なる。
 歴史にもとづいた伝統国家とイデオロギーを土台にした革命国家では、文化構造が本質的にちがうのである。
 第二次大戦は「民主主義とファシズムの対決」といわれるが、実際は「革命国家と伝統国家の対決」で、日本以外の戦争当事国は、すべて革命国家だった。
 戦後、日本で民主主義旋風が吹き荒れたのは、戦争に勝ったのが、米英ソを中核とする革命国家群だったからである。
 戦争に負けた日本は、憲法から制度、社会通念にいたるまで革命国家のものへと改造された。
 日本の危機は、伝統国家でありながら、革命国家の憲法を有しているねじれにある。
 権力機構(政体)からだけではなく、文化構造(国体)から憲法問題を見直す必要があるのはいうまでもない。
 戦後、日本で民主主義を人類の英知であるが喧伝してきたのは、政権奪取をめざす左翼のデマゴギーで、民主主義は、伝統破壊以外、何一つ歴史の智恵を宿していない。
 民主主義の不毛さを世に広く知らしめることが、戦後から現在まで尾を引く敗戦革命≠ヨの反撃となるのである。
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2017年03月23日

 伝統と民主主義@

 ●「君民一体」と民主主義
 日本は、大和朝廷以来、現在にいたるまで、いちども革命を経験していない伝統国家である。
 にもかかわらず、伝統国家としての自覚に乏しく、伝統の意味すらわきまえない日本人が少なくない。
 戦争に負けて、誇り高く、伝統を重んじる民族が百八十度豹変してしまったのである。
 戦後、GHQによって、憲法が革命国家の内容に書き直されて、進歩主義や唯物史観が蔓延した。
 科学や合理主義、革命によって近代がつくりあげられたという歴史観の前では、過去や歴史、伝統が根こそぎ否定されてしまう。
 それがのちにいう「民主主義革命」で、標的となったのが、伝統という精神文化だった。
 戦後、GHQと左翼が手をむすんだ敗戦革命によって、国体に危機が生じていたのである。
 くわえて、皇国史観や教育勅語を悪の権化とする日教組やマスコミ、論壇や歴史学会の反伝統主義にはすさまじいものがあって、天皇を「土人の酋長」と教える日教組の教員さえいる。
 この風潮に対抗するのがインターネット世論である。
 それまで、一方通行だったマスコミ情報に、インターネットという第三者が介在しないメディアが異議を唱えはじめた。
 伝統破壊を売り物にするマスコミにたいして、かつての日本人の気風を残している草莽の一般国民が、ネットで反日メディアに対抗する流れがうまれてきたのである。

 ネット投稿蘭の「野蛮国の証拠」「税金のムダ遣い」という若者の天皇批判にたいして、同世代と思われる人々から反論が寄せられている。
「日本は『君臨すれども統治せず』の君主制と民主制が共生する国です。天皇は祭事などの伝統儀式で『国民の安寧』と『国家の平和』を祈りつづけておられる。このような『滅私奉公(民)』という崇高な御心をもった君主は諸外国にはいらっしゃいません」
「天皇は太古の昔から、日本国民の「 精神的支柱 」(=国民統合の象徴)なのです。あなた(投稿者)のような、歴史も、伝統も、文化も分からないような人間に『皇室廃止』などという傲慢不遜極まりないことを言ってほしくない」
「あなた(投稿者)の言動は、二千六百年の歴史・文化・伝統をもった日本国と日本列島に住む一億三千万人の日本国民、道義と品格の体現者ともいうべき天皇とともに歴史を歩みつづけてきた私たちの祖先にたいする夜郎自大、傲慢不遜、思い上がりも甚だしい冒涜と侮辱以外の何ものでもありません」
 投稿への反論者がネットウヨ≠ニ呼ばれる人々で、左翼・反日陣営ばかりか、意外なことに、右からも批判を浴びている。
 理由は、かれらが、戦後の日本人が絶対善としているアメリカ民主主義の信奉者ではないからである。

 右も左も、民主主義を最高の価値とするが、そこに落とし穴がある。
 左翼・反日のいう民主主義や主権在民は、国民の一般意思≠ニいう実際には存在しない抽象概念を独裁者にゆだねる革命の手法にすぎない。
 民主主義が国民主権へつながったのは、政権を多数決にゆだねると自動的に国民(人民)政権が成立するという理屈からで、それがルソー流の革命理論である。
 ところが日本人は、民を主とする考え方が民主主義で、民が主権をもつことを主権在民であるかのように誤解している。
 君民一体の民≠ニ民主主義の民≠混同させているのである。
 観念にすぎない民主主義の民は、観念上の存在で、実在しない。
 一方、君民一体は、天皇が実際におられるので、民も実在する。
 天皇の実在と民の実在が同位にあるのが君民一体で、ルソーもそんな理想的なクニ(君民共治)があるなら民主主義はいらないと書き残している。
 天皇を戴いているという事実は、わが国が革命イデオロギーや空疎な理想論に浸食されていない証で、民の幸も国家の繁栄も、現実のものとして、天皇や国民とともにあるのである。

 民主主義は、権力=政体のカテゴリーにあって、一方、君民一体は、文化=国体に属する。
 それが日本の伝統で、日本という国のかたちは、国体という文化構造と政体という権力機構が二元論的に両立している。
 民主主義や主権在民は、歴史上、政体(権力)が国体(権威)から施政権をあずかる君民一体のなかに組み込まれている。
 左翼・反日が伝統に牙を剥くのは、君民一体の伝統が、君民を対立させる革命理論にたいする妨害となるからである。
 多数決によって歴史までひっくり返せる西洋の民主主義と日本の臣民一体の伝統が、ここで決定的に対立する。
 右翼は民主主義に反対しているのではない。
 君民一体の国体のなかにあって、革命思想としての民主主義を排除しようとするだけで、そこから伝統をまもるという闘争的な姿勢がでてくる。
 伝統を破壊するには、下劣な品性と感情論だけですむが、まもるには見識と打って出る行動が必要となる。
 専守防衛だけでは、気づいたときには一面焼け野原となっているのである。
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2017年03月13日

謀略国家アメリカの正体C

 ●憲法・日教組・大新聞が反日主義の元凶
 テレビの討論番組で「反日主義のどこがわるい」と居直った若者が、日本という国家自体が憲法違反だという珍論をくりだした。
 そして、左翼憲法学者の論を借りてきて「国家を監視するのが憲法」と主張した挙げ句、「憲法は国体」と言い放った。
「国家は悪である」というルソーの革命思想と大統領の権力を憲法で制限するアメリカ民主主義、そして、国家主権が否定されている戦後憲法の三者を組み合わせて、珍妙なる理屈をこねたわけだが、それが反日主義の論法である。
 反日思想を培養したのは日教組と大新聞である。
 日教組教育をうけ、朝日新聞を読んでいるとほとんどが左翼か反日主義者になってしまう。
 くわえて、日本国憲法は、国家主権を否定して、国民主権を謳っている。
 戦後、日本から伝統国家の精神が消えたのは、憲法が共和制(革命国家)のものになっているせいでもある。
 17世紀のイギリス革命から20世紀のロシア革命にいたる200年ほどのあいだヨーロッパでは革命の嵐が吹き荒れた。
 この理論的支柱となったのがロック(アメリカ独立戦争)とルソー(フランス革命)そしてマルクス(ロシア革命)だった。
 遊離した国家と人民の関係をむすびなおそうとしたのが社会契約説である。
 万人の万人に対する闘争を避けるために国家が必要としたホッブスの半世紀後にロックが人民の抵抗権を、百年後にルソーが直接民主主義を、20世紀になって、マルクスが暴力革命によるプロレタリアート独裁を唱えた。
 戦後、革命の経験も必要もなかった日本でヨーロッパの革命思想が流行したのは、じつに奇妙な話で、よほど、西洋の真似をしてみたかったのであろう。

 ルソーの人民主権(直接民主主義)は、議会に収容することできない人民の意思を一般化して、一人の独裁者にゆだね、ロックは、人民の主権を議会や三権分立に委託した。
 前者がナポレオンやヒトラー、スターリンなら、後者がアメリカの大統領というわけだが、アメリカの場合、大統領と議会、憲法が三つ巴の関係で、ルソーとロックがごちゃまぜになっている。
 首相公選制や国民投票、地方分権は、革命国家の政体であって、伝統国家である日本にはそぐわない。
 ロックやルソーをもちださずとも、日本には、万人の戦争を避けうる国体と国家の二元構造があって、その伝統が天皇の存在である。
 先の若者は、革命思想を吹き込まれて、伝統のなんたるかを知らなかったのであろうが、戦後、日本では、革命を進歩的、改革ともちあげ、伝統を守旧的、反動、右翼と悪し様にいう風潮がはびこってきた。
 さらに大きな誤りは、民主主義を文化の領域にまでひろげて、歴史の否定をおこなったことである。
 社会常識や習慣などの文化的規範に法の範疇にある自由や平等、人権や民主主義をもちこみ、いらぬ混乱や摩擦をひきおこしているのである。

 日本というクニは、国体と政体の二本の柱からできている。
 国体は、歴史にもとづく文化の系統で、政体は、政治をおこなう権力の系統である。
権力(政体)に正統性を授けるのは、権威(国体)という文化構造である。
 したがって、伝統国家には憲法が要らない。
 イギリスが憲法をもたないのは伝統国家の体裁をとっているからで、文化の歴史的蓄積ができているため一般的慣習法(コモンロー)ですべて足りるのである。
 ところが、歴史のないアメリカには、歴史に培われた社会規範がない。
 したがって、なんでも裁判で決着をつけなければならない。
 そこにアメリカが過剰な法治主義に陥っている原因がある。
 多数決(民主主義)と法だけで決着のつくのは文化果つる野蛮な地で、戦争や軍事力を背景にした「力の支配」だけがまかりとおるのである。
 アメリカがアメリカたりえているのは、超軍事大国にして、国家の仕組みが軍産複合体という臨戦体制になっているからで、日本は、どうあがいても、アメリカのような国になれず、なる必要もない。
 アメリカは自由の国といわれるが、その自由は、ジャングルの自由で、武器の携帯がゆるされているのは、自由のリスクは、命がけでまもらなければならないからである。
 日本では、あらゆる権利が憲法で保障されているが、反対給付の自己責任や義務はほとんどない。
 それでも、日本で「万人の戦争」がおきないのは、自由には節度、平等には分相応、人権には人格という常識や良識、社会通念がはたらいているからである。
 その意味で、日本は、文化的には伝統国家だが、政治的には、新興国並みである。
 民主主義と法だけを社会規範とする新聞論説など幼稚園並みといってよい。
 アメリカで、民主主義と法だけですべて片がつくのは、それ以外の社会的な規範がないからで、自由と個人主義のリスクと自己責任は、日本人が想像できないほど大きい。
 国家は悪だ、武器を捨てれば平和になると叫ぶ反日主義は、恥ずべき「甘えの構造」なのである。
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2017年03月09日

謀略国家アメリカの正体B

 ●文化の領域に侵入してきた民主主義
 現在、世界中で、リベラリズムと保守主義が対立している。
 個と全体の矛盾が二つの潮流となって、政治の場で衝突しているのである。
 個を重く見るのがリベラルで、全体を重視するのが保守である。
 保守と革新の対立は、マルクス主義の破綻と保守主義の中道化によってほぼ解消されて、残っているのは、いまや、国家と個人が対立する構図だけとなった。
 個(個人)と全体(国家)の絶対矛盾はけっして解消されることはない。
 個は全体の一部で、一方、全体は、個なくして成り立たないからである。
 したがって、先進国の政党は、たとえ野党でも、国家を第一義におく。
 それが「大きな政府・小さな政府」論である。
 民主主義や国民主権を国家運営の根幹に据える国などどこにもない。
 政治がコントロールできるのは国家であって、個は政治の外にある文化の領域におかれているからである。
 ところが日本の場合、野党(反日勢力)が個である民主主義をタテにとって全体(政府・国家)を否定するというヒステリー状態が戦後から現在までつづいてきた。
 それを象徴するのが鳩山由紀夫の「日本列島は日本人だけのものではない」や官直人の「国民主権」発言だった。
 多数派独裁の手続きでしかない民主主義=国民主権を、国民が中心となった政治と曲解して、国権や国家を悪とみなすというトンチンカンをやってのけているのである。
 政治は国家運営のことだが、旧民主党政権には、その国家が不在だった。
 あったのは、国民主権や国権の制限など、反政府的なスローガンだけだったが、マスコミ総がかりでとった政権に居座って、反国家的な政策を打ち出した結果、対米関係の悪化と中韓の侮日という重大な国益の毀損がもたらされた。
 反政府運動を煽ることしか能がない旧民主党には、もともと、政権担当能力がそなわっていなかったのである。

 民進党(旧民主党)をリベラル政党ということはできない。
 リベラルは保守と方法論が異なるだけで、ともの国益をもとめるが、日本の場合、リベラルは反体制で、国家や国益、国家の威信を民主主義の反対概念ととらえるのである。
 国家は、機能でありながら文化概念でもあって、両者は表裏の関係にある。
 したがって、伝統文化と民主主義は、二元論的に両立する。
 ところが、自民党左派をふくめる左翼・反日は、民主主義という政治概念をもって、国家を国家たらしめている文化概念を否定しようとする。
 二階官房長官が、女性天皇の問題にからめて、皇位の男系相続が男女平等に反すると発言して一部で物議をかもした。
 政治と文化の区分けがついていないのである。
 戦後民主主義はマッカーサー憲法を原典とする。
 皇室典範(日本国憲法第2条及び第5条に規定)の第一章(第一条)に「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」とある。
 日本に民主主義をもちこんだマッカーサーが男系男子(万世一系)をみとめたのは、民主主義という政治概念と伝統という文化概念が並立するとしたからである。
 民主主義は、政治権力の主体を民におき、それを為政者があずかる手続きにすぎず、一片の政治理念も示されていない。
 まして徳性や文化とは無縁の代物で、かつて、武力に頼っていた権力闘争の手段が多数決に代わっただけの話である。
 ところが戦後、マスコミや文化人は、民主主義を、人類が到達した最高道徳であるかのような言説をふりまいてきた。
 民主主義は、権力奪取の手段であって、文化的要素などそなわっていない。
 文化とは、伝統を継承し、過去から学ぶことで、歴史の知恵である。
 したがって、保守主義に文化が宿るが、民主主義は文化不毛の地となる。
 ヨーロッパでも、民主主義が文化や善、正義としてとらえられることはない。
 それどころか、日本で偉人扱いのルソーが奇人や妄想家の扱いである。
 戦後、日本で、自由や平等、人権や民主主義がもてはやされ、道徳や歴史的な価値観がないがしろにされてきたのは、左翼のプロパガンダにのせられてのことだったのである。
 それが、戦後、絶対善となった民主主義と国民主権の正体である。

 アメリカはリベラル(民主党)と保守(共和党)の二大政党である。
 リベラルは大きな政府(=経済への政府関与)を、保守は小さな政府(=市場主義)を掲げる。
 自民と反自民の権力抗争といった低次元のレベルではなく、政策による選択肢があたえられるのである。
 ニューディール政策のルーズベルトは民主党の大統領で、コミンテルンから多大な影響をうけた経済政策はアメリカ版共産主義≠ニ呼ばれ、最高裁から違憲判決までうけている。
 共和党のトランプ大統領が、共和党の一部から批判され、民主党の一部から支持されているのは、共和党の新自由主義を捨て、政府が経済政策に積極的に関与する民主党の路線をとったからである。

 識者のなかには、民進党(民主党+維新の党)をアメリカの民主党にたとえるひともいるが、民進党は反日主義の権力集団で、同党の蓮舫代表は、国家を乗っ取ることしか頭にない政治的クレーマーである。
 民進党の民主主義や人権は、国家打倒のスローガンで、議会内革命をめざす日本共産党とも共闘関係にある。
 民主主義は権力の系譜なので、民進党や共産党は、文化がゼロの政党ということができる。
 アメリカ民主党は、たとえていえば、自民党の保守本流(宏池会)で、共和党が非主流(岸信介・鳩山一郎派)である。
 日本では、政治向けの政策をおこなう非主流派と経済政策をもっぱらとする保守本流が交代に政権を担当して、バランスをとってきた。
 このサイクルが狂ったのが、細川護煕政権(非自民・非共産8党派連立政権/1993年)と民主党政権(2009年)だった。
 自民党が8党派連立政権に政権を明け渡したのは、宮沢首相の指導力欠如と分派行動が原因だったが、民主党に政権を奪われたのは、マスコミ総出の反自民キャンペーンによるもので、このとき民主党ブームがおこって、議席占有率(64.2%)は過去最高となった。
 アメリカにおける政権交代は、自民党左派と右派の主導権争いのようなもので、民進党や共産党のような反体制政党が政治の表舞台に登場することはありえない。
 先進国にして成熟した資本主義国家である日本で、反体制派(政党)が政権争いに参入してくるのは、国家基本法(憲法)が反体制派のバイブルになっているからである。
 保守系論者のなかにも、戦後、憲法が国体となったとのべる者もいる。
 権力にすぎない民主主義が、憲法をとおして、文化の領域に侵入してきたのである。
 次回は憲法と反日主義の関連についてのべよう。
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2017年03月03日

 謀略国家アメリカの正体A

 ●民主主義を文化概念でとらえた誤り
 戦後、日本人は、自由や平等、人権や民主主義が人類の普遍的な価値であるかのような教育をうけてきた。
 そして、戦前の教育勅語や道徳教育を「軍国主義」の象徴として、徹底的に排除した。
 このとき、忠孝や友愛、礼儀や謙虚などの伝統的な道徳観念が捨てられた。
 日本人は、人格の代わりに人権、節度の代わりに自由、恭順や慎みの代わりに平等を採ったのである。
 自由や平等、人権は、民主主義と同様、啓蒙主義から市民革命へいたるなかからうまれてきたことばで、革命を善とする進歩主義である。
 完全なる自由や平等、人権は、だれも手にできない空想である。
 それを手にしようと思えば、勢い、体制批判となる。
 実現不能な欲求を立て、実現できない責任は政府(あるいは国家)にあるというデマゴギーをふりまくのが左翼や反体制派、無政府主義者らのやり方で、自由や平等、人権は、そのプロパガンダにもちられてきた戦略用語である。

 ヨーロッパには、法の下では万民平等でも、身分制度が残っている。
 現実と空想の仕分けができているのである。
 ところが、日本では、法の外にある不平等までが差別として糾弾される。
 奴隷制度や身分制度を体験したことがないため、法の制約にすぎない平等を「人間は生まれながらにして平等である」と観念的にとらえてしまうのである。
 人権や平等も同様で、ルソーの「自然に帰れ」を盲信して、国家がまもっている人権や法の上の平等を、国家が奪ったと逆転させる。
 パスポートを失い、不法滞在で長期拘留されたひとは、母国の大使館に救出されて、はじめて、人権が自然権ではなかったことを知る。
 人間は生まれながらにしてあらゆる権利をもっているという左翼のウソに一杯食わされてきたわけだが、その片棒を担いできたのが、日教組やマスコミ、論壇である。

 絵空事でしかない自由や平等、生まれながらの人権、紀元前の大昔に退けられた民主主義をよみがえらせたのは18世紀のルソーである。
 革命という歴史破壊には、ルソー主義という大嘘が必要だったのである。
 革命の熱が冷めて、現実政治に立ち返った近代において、自由や平等などのことばは法の専門用語として残ったにすぎず、国民主権も、実効的な意味合いを失っている。
 ところが、戦後日本では、国民主権が大手をふるい、保守系政治家さえこの空語を連呼して、国体や国家主権、国益については貝のように口をつむぐ。
 国民の利益以外のことを口にすれば、あるいは国家に言及すれば、右翼と叩かれて選挙に落ちるからである。

 前項で、民主主義が文化的観念ではなく、力(ポリティカルパワー)であると指摘した。
 この大衆的な力には感情がふくまれるので、民主主義の政治は、扇情政治や衆愚政治をうみだす。
 民主主義は、革命や選挙をとおして、力へと変化した国民主権)を独裁者が一手にあずかるという思想である。
 国民主権を煽って、選挙に勝てば、ヒトラーやトランプのように、国民的な支持の下で、独裁者になれるのである。
 国民主権は、多数派の独裁ということであって、政治の技能をもたず、権力操作ができない民衆に代わって、為政者が権力を掌握するだけ話で、民主主義はかならず衆愚政治という名の独裁となる。
 民主主義において、大衆は主権者だが、個人はふくまれず、少数派は政治勢力から除外されるからである。
 それをあたかも、個人に主権があるようにいってきたのが、戦後民主主義である。
 民主主義は、政治力学として不合理で、政策や理念がなく、まして、一片の文化的要素も宿していない。
 戦後、日本人が、人類最高の英知としてもちあげてきた民主主義の正体がこれである。

 政治はきわめつきの現実主義である。
 国益と国家防衛という全体利益の追求が政治で、個人的な心情がはいりこむ余地はない。
 個をなげうって、国家や国民のために現実的な判断を下し、実行に移すのが政治で、個人的心情にもとづいて、国家を犠牲にする鳩山や官、河野や村山のような者たちは、政治家ではなく、社会的扇動家にすぎない。
 ところが、国民は、候補者が政治家か扇動家か区別がつかない。
 政治にはデマゴギーがゆるされるので、自由や平等、人権や福祉などの美辞麗句を並び立てられると、国民は、国家への貢献度ではなく、個人的な心情にしたがって一票を投じる。
 それが民主選挙で、事の是非や善悪、適不適という基準が排除されたただの「数の論理」でしかない。
 多数派が正しいとするのが民主主義で、戦後、日本がこれをもちあげてきたのは左翼の戦術で、数の論理は、暴力同様、問答無用に政府(国家)を転覆できる潜在能力をひめているからである。
 それには、主権が国民にあって、国民の多数が望むなら、なんでもできるという既成観念をつくっておかなければならない。
 それがリベラリズムで(自由主義)で、左翼的ニュアンスが濃いのは、自由や民主は、歴史から学び、過去を土台とする保守や伝統と真っ向から対立するからである。
 次回以降、リベラリズムと世界中で台頭しつつある保守主義の対立の構図をみていこう。
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2017年02月24日

謀略国家アメリカの正体@

 ●民主主義を文化概念でとらえる誤り
 アメリカ建国200年の歴史うち戦争をしていなかった期間は20年にみたない。
 各州がそれぞれ主権をもつ合衆(州)国アメリカは、戦争をしていなければ連邦制を維持できない特殊な条件のもとでできあがった国家といえる。
 数十もの州が連邦政府と主権を共有するメリットは力(軍事力)である。
 世界最強のアメリカの軍事力が、腰に拳銃をぶら下げていた時代からアメリカ人のアイデンティティーで、USAが力で他国をねじ伏せるパワーをもっているかぎり、かれらは、ヨーロッパからの移民でも州の住民でもなく、誇りと愛国心をたずさえた生粋のアメリカ人なのである。
 テキサスの併合を拒絶したメキシコを米墨戦争へひきずりこみ、その勝利で領土を大きく広げた第11代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・ポークは就任式でこう謳い上げた。
「わたしは領土を拡張しようとするアメリカ国民の熱情を支援してゆくことを約束する」
 そして、米墨戦争に勝ち、合衆国が広大な西部の領地を獲得したとき、アメリカ国民は狂喜し、ポーク大統領を熱烈に支持した。
 アメリカにとって、力が正義で、その正義をうみだすのが民主主義だったのである。
「力=正義=民主主義」の単純な公式がアメリカの国是で、歴史も伝統的な社会規範ももたない文化果つる地においては、拳銃と多数決の正義しかなかったのである。

 アメリカは戦争によって、大きくなった国である。
 独立戦争やインディアン戦争、南北戦争のほか、メキシコ国土の三分の一を奪った米墨戦争、キューバを支配下におき、フィリピン・プエルトリコ・グアムを領有した米西戦争、そして、二つの大戦に勝利して、アメリカは世界一の強国となった。
 アメリカが、建国以来、戦争ばかりしてきたのは、紛争を解決するためではなく、紛争をおこして、利益をえるためだった。
 そのときにもちいられる論理が民主主義である。
 アメリカの民主主義は、政治(権力)のカテゴリーにあって、かつての武力戦が多数決におきかえられたものにすぎない。
 大統領の権力の正統性も民主主義(=国民主権)におかれる。
 国民主権は、立法や司法の上位にある大統領の権力が、国民の支持を基盤にしているところからでてきたもので、スターリンもヒトラーも、人民の代表として、独裁的権力をふるった。
 その意味で、民主的な手続きで全権を掌握したヒトラーとトランプはかわるところがない。
 ところが、戦後日本では、国民主権が、国民中心の理想的な政治であるかのような曲解が広がり、官直人元首相はこれを理想の政治としたほどだった。
 国民主権は、多数派の独裁ということであって、政治の技能をもたず、権力操作ができない民衆に代わって、為政者が権力を掌握するだけの話である。
 したがって、民主主義は、かならず衆愚政治と独裁に陥る。

 アメリカの戦争は、権力を一手に握る大統領の指導力と国民の熱狂的支持の下でおこなわれてきた。
 国家の形態も臨戦型で、アメリカ合衆国大統領行政府(ホワイトハウス)と中央情報局(CIA)、国防総省(ペンタゴン)の三者が<軍産複合体制(MIC)>を形成している。
 軍産複合体制には、アメリカを代表する数千の企業と数万の下請け、金融機関、大学、研究施設からマスコミまでがふくまれる。
 原爆を製造・投下したのもMICで、現在でも、最新兵器にはアメリカ中の科学の粋が結集される。
 タテマエとして、憲政主義と三権分立を謳っているが、三権分立の二権(立法府・司法府)は、強くなりすぎた大統領の権力をチェックするための機関にすぎない。
 最近、左翼(護憲)学者らが「憲法は国政や国家権力の暴走を防ぐための最高法規」と主張しているのは、アメリカのケースを誤解しているのである。
 伝統的規範をもたない革命国家アメリカでは、憲法というガードを設けなければ、大統領の権力や多数決の独裁に歯止めがきかなくなるのである。

 国務大臣から裁判官、天皇にまで尊重擁護義務を負わせた「憲法の最高法性(98条・99条)」はアメリカの模倣である。
 アメリカの権力構造は、突出した大統領の権力を抑えるため三権≠フ上に憲法を置き、立法や司法が憲法をタテにホワイトハウス(行政)の暴走を阻止できる仕組みになっている。
 イギリスの議会民主主義は、民主主義が議会に属しており、憲法をもたないのは、伝統(コモンロー)が機能しているからである。
 日本は天皇民主主義で、伝統的価値観や国民的良識、習俗や慣習などが不文律(コモンロー)で、民主主義は、普通選挙法と多数決以上の意味をもつものではない。
 憲法こそが暴走する民主主義で、これをチェックするのは、文化でなくてはならない。
 ところが、戦後の日本人は、アメリカ民主主義を最高道徳(=憲法)としてとらえ、これを国体の上位においてきた。
 それを端的にあらわしたのが二階発言である。
 自民党の二階幹事長はテレビ番組で「女性尊重の時代に天皇陛下だけ例外というのは時代遅れだ」「トップが女性の国もいくつかある」などとのべている。
 二階幹事長のいう女性尊重や女性進出は、男女同権にもとづくものと思われるが、男女平等は法の下≠ノおける平等であって、民主主義と同様、政治のカテゴリーにある。
 一方、皇位は伝統であって、文化と同様、法や政治、権力の支配をうけない。
 次回以降、文化と政治を峻別して、民主主義の正体を明らかにしていこう。
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2017年02月09日

伝統と西洋合理主義C

 ●伝統と保守主義を明確に識別せよ
 伝統は文化概念で、一方、保守主義は政治の用語である。
 文化である以上、伝統に国体や天皇がふくまれるが、保守主義にはこれらがふくまれない。
 日本の保守派論客は、保守思想家として、ホッブスやエドモンド・バークをもちあげるが、かれらは国体=天皇という伝統を知らないのである。
 政治である以上、保守に民主主義がふくまれるが、伝統にはこれらがふくまれない。
 歴史の叡智は、数の論理や大衆迎合よりはるかにまさっているからである。
 伝統と保守のちがいは、民主主義の有無といってよい。
 紀元前、ギリシャで流行った民主主義がルソーによってよみがえった。
 これに大昔の原始共産制をくっつけたのがマルクス主義である。
 マルクス主義に専制政治をくっつけたのがスターリン主義で、毛沢東主義も同じようなものである。
 政治は、三大宗教と同じように、古代から一歩も前進していない。
 そして現在、アメリカでは、国益第一のトランプが大統領になり、フランスでは極右政党(国民戦線=FN)のルペンが大統領候補に取沙汰されている。
 ロシアのプーチンも中国の習近平も独裁的で、世界のリーダーは、だれもが民主的な手続きでえらばれた小粒なアレキサンダー大王なのである。

 西洋の近代化は、三つの革命によって実現された。
 宗教革命と市民革命、そして産業革命である。
 メイフラワー号でアメリカにやってきた人々はピューリタンで、英国から独立をかちとったアメリカ革命は、宗教革命でもあった。
 三つ目の産業革命は、伝統が残るヨーロッパよりも、新興国アメリカのほうで大きく開花した。
 摩天楼や車社会、オートメーションに象徴されるアメリカ文明は、過去なき地に打ち立てられ、かつてなかった形態とスケールで巨大化していった。
 歴史なき地で社会規範になりうるのは、宗教的戒律と民主主義だけである。
 相続すべき歴史的遺産がないからで、あるのは、プロティスタンティズムの自由と革命のエネルギーとなった民主主義だけだった。
 そして、アメリカは、そのアメリカイズムを普遍的な価値として、世界中におしつけてきた。
 アメリカの戦争は、すべて、民主主義を大義に掲げたもので、キリスト教を立て、侵略と虐殺をおこなったかつての列強の論理とかわるところがない。
 アメリカがすすめてきたグローバリズムはアメリカ化にほかならず、伝統を民主主義におきかえる文化破壊だった。
 イスラム過激派との戦争は、そこから生じたもので、アメリカという重爆撃機に抵抗する戦法としてえらばれたのがテロリズムだった。

 伝統は、議論の余地のない絶対的価値で、歴史に根ざしている。
 国家や政治についてはおおいに論じるべきだろう。
 だが、国体や天皇などの歴史的存在を論じることはできない。
 できるのは、歴史に反する俗論を正論をもって排除することだけである。
 この場合、言説以外の手段も許容される。
 なぜなら、民主主義において、すでに数の暴力(多数派による専制)≠ェ容認されているからである。
 民主主義も「力による支配」で、内部に「力による反逆」という対立軸をかかえこんでいる。
 対抗できるのは予備拘束だけだが、それでは、民主主義の自己否定になる。
 したがって、多数決による民主的決定は、永遠に、普遍性をもった絶対的価値とはならない。
 民主主義の生みの親は革命で、歴史を破壊しつくし、多くの血を流してきた。
 いまさら、民主主義は平和的で、暴力を否定するなどといってもとおらない。
 それなら、民主主義に、歴史にたいする不可侵を約束させなければならない。

 伝統は民主主義を排除しない。
 それが歴史主義で、歴史は、すべてこれを受容する。
 秀吉の検地・刀狩りやキリシタン禁止令、江戸幕府の鎖国令は、歴史上の出来事にとどまらず、現在の日本を成り立たせている根源的な要因になっている。
 伝統国家は、歴史という絶対的な土台の上に建っているのである。
 日本がキリスト教化されず、人身売買や奴隷制度がなく、士農工商の身分秩序の下で礼儀や道徳がおもんじられてきたのも、歴史と伝統の成果で、歴史は現在も生きている。
 その最高点に国体があり、天皇がおられる。
 この歴史を薄っぺらな民主主義でひっくり返そうとしたのが小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」だった。
 民主主義は、伝統に牙をむく。
 国の内外から迫ってくる牙と対抗するのが「文化防衛」で、伝統をまもるには、よほどの情熱と胆力がもとめられるのである。
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2017年02月02日

 伝統と西洋合理主義B

 ●革命の西洋と伝統の日本
 トランプ大統領は、就任早々、イスラム7か国(イラン、イラク、シリア、リビア、イエメン、スーダン、ソマリア)国民のアメリカ入国を禁じる大統領令に署名、異議を唱えたイェーツ司法長官代理を罷免するなど、はやくも独裁者ぶりを発揮している。
 大統領令には、メキシコ国境の壁(グレートウォール)建設やTPP脱退がふくまれているほか、未署名の公約にはNAFTA(北米自由貿易協定)やNATO(北大西洋条約機構)の抜本的な見直し、中国にたいする45%の関税導入やロシアとの協力体制(ISIS関連)が謳われている。
 直接、日本に関連したものはないが、在日米軍の撤退(駐留コストの全額負担)や関税・為替問題を口にしているところから、いずれ、対日攻勢に打って出てくるのはまちがいない。
 常軌を逸脱したトランプのアメリカ・ファースト≠ノ世界中が戸惑っているが、これが、開拓史の西部劇からスタートしたアメリカの荒っぽい本質である。

 アメリカは戦争からうまれた国である。
 イギリスの13植民地(アメリカ東部沿岸)の叛乱(独立戦争)にはじまるアメリカ建国は、先住民族を全滅させたインディアン戦争、メキシコから領土(カリフォルニア・ニューメキシコ・テキサス)を奪った米墨戦争、アメリカ戦争史最大の62万人(第一次世界大戦11万人/第二次世界大戦32万人)の戦死者をだした内乱(南北戦争)、そして、二つの世界大戦を経て、独立後、わずか170年にして、世界の最強国になった。
 政体的には、連邦制(合衆国)をとっているが、基本にあるのは、13州が主権をもっていた当時の独立自治体制で、一般法も州によって異なる。
 大統領公選制と厳密な権力分立、民主主義をとっているのは、伝統的支配の体験がないからで、戦争(革命)国家であるアメリカは、国家そのものが権力構造なのである。

 アメリカの権力構造はペンタゴン(アメリカ国防総省)と大統領の監督下にあるCIA(中央情報局)の両輪で、その下にFBI(連邦捜査局)と州警察がつらなっている。
 権力構造が民主的な政治機構(議会)とは別のところにあって、その象徴がペンタゴンとCIAの管轄下にある軍産複合体(MIC)である。
 アメリカ大統領が絶大な力をもつのは、ペンタゴンやCIAと直接つながっているからで、徹底した対日敵対政策をとって日米戦争をまねいたルーズベルト大統領は、ホワイトハウス独裁をつらぬき、のちに帝王的大統領≠ニ呼ばれることになる。
 トランプは、日系人強制収用(大統領令9066号)をおこなったルーズベルトを評価していることから、理想としている大統領像は帝王型と思われる。
 アメリカが正義を旗印にした民主主義国家というのは大まちがいで、アメリカにあるのは、トランプ大統領が「アメリカが軍事力ナンバー1の地位をゆずることはない」と力説したように、力の論理だけである。

 アメリカ特有の治安制度に保安官(シェリフ)の存在がある。
 各州によって法が異なり、州や準州(ルイジアナなど)が入り混じっていた上、銃の所持に制限がなかった西部開拓当時、アメリカは全土にわたって無法地帯で、ワイアット・アープのような腕の立つ保安官がいなければ治安をまもることができなかった。
 保安官は、ワイアット・アープがそうだったように、腕の立つ粗暴なガンマンで、治安維持には、ほぼ公認の銃殺とリンチをもっぱらとした。
 トランプは公約に「銃規制緩和および撤廃・銃購入の権利」「拷問の認可」をあげている。
 リベラル派は眉をひそめるが、ほぼ同数の保守派は支持している。
 アメリカの良心など木っ端みじんだが、そこに、インディアンの殲滅を娯楽作品(西部劇)に仕立ててきたアメリカの本質がある。
 大半のアメリカ人がジョン・ウェインやジョン・フォード監督を愛しているように、トランプは、西部劇のスター、ワイアット・アープ気取りなのである。
 ルーズベルトもトルーマンも、騎兵隊長や保安官のような大統領で、イラク戦争を仕掛けたブッシュJも同様だろう。
 かれらは、保守派や軍産複合体の支持がえられるならためらうことなく拳銃のひきがねを引くならず者で、究極の迎合政治家である。

 日本がトランプとやりあうには、議会とつうじておくことである。
 トランプは、粗暴さと無知、誤認をもとに、これからも大統領令にサインをしまくるだろう。
 議会は、大統領令の正当性を質し、世論に訴え、反対法案をつくって対抗することができる。
 かつて、日本の真珠湾攻撃に激怒して、ラジオをつうじ、それまで反対してルーズベルト支持を全米に訴えたハミルトン・フィッシュ(下院議員)は議会に隠されていた「ハル・ノート」の存在を知り、深い後悔をもって、ルーズベルト支持の演説を撤回する。
 日本が「ハル・ノート」をアメリカの議会にもちこみ、その正統性を質していたら日米開戦はありえなかったのである。
 トランプと付き合うには、議員レベルで、アメリカ議会と交流を深めておくべきだろう。
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2017年01月26日

 伝統と西洋合理主義A

 ●民主主義よって破壊された伝統的価値
 戦後、日本では、民主主義が最大の価値となった。
 民主主義は、紀元前、プラトンから衆愚政治として退けられて以後、ソクラテスからプラトン、アリストテレスへとつづく西洋思想史から完全にすがたを消した代物である。
 復活したのは、18世紀になって、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』が登場してからである。
 ルソーの主権在民論がフランス革命の精神的支柱となり、マルクスの資本論に援用されたことはすでに知られている。
 民主主義が衆愚政治に堕すのは、古代ギリシャからの常識だが、ルソーはそこで名案を思いついた。
 民衆の代表者(民)を独裁者(主)に仕立て上げれば衆愚政治を免れるというアイデアである。
 古代ギリシャの民主主義は直接民主主義で、民衆全員が議事堂に入りきらない以上、もともと、現実性をそなえたものではなかった。
 だが、民衆の意思を一人の独裁者にゆだねるルソーの間接民主主義は、実現が可能である。
 このときルソーが使った論法が「民衆の総意にもとづく」という一般化理論である。
 日本国憲法の「日本国民の総意に基づく」(第一条天皇)がこの論法である。
 国民一人ひとりを民衆≠ニ一般化して、なおかつ総意≠ニいうゴマカシをもちいて、独裁者が君臨する近代民主主義を考案したのである。
 この論法からできあがったのが、フランス革命の恐怖政治(ジャコバン派)やナポレオン帝政、ロシア革命、ヒトラー独裁で、絶対権力者が人民代表の名の下で強権をふるったのである。

 ルソーの民主主義がうけいれられたのは、絶対王政から専制政治、独裁政治とすすんできた伝統的な政治が腐敗したからで、ここから、主権在民論が革命を正当化する論理として浮上してきた。
 日本国憲法でも国民主権が堂々と謳われている。
 ニューディーラーだったGHQが共産主義のシンパだったからである。
 先進国も、革命国家である以上、主権在民を謳っているが、当然、国家主権が優先されるので、有名無実となっている。
 ところが、日本国憲法では、国家主権(交戦権)が否定(9条)されているので、国民が唯一の主権者になっている。
 そして、民主主義が唯一の真実としてもちあげられる。
 現行憲法は、事実上、革命憲法で、日本共産党が六全協(1955年)で暴力革命路線を体制内革命路線へと転換したのは、憲法護持がそのまま革命運動になりうるからだった。
 戦後、日本人が人類の最高英知であるかのように考えてきた民主主義は、ただの革命理論で、徳や歴史の英知、まして、伝統的精神を宿してはいない。
 しかも、民主主義は、だれが真の権力者かを問うているだけで、政治はどうあるべきかという肝心なことには一言もふれていない。
 戦後日本人は、なにをもって、民主主義を信奉してきたのであろうか。

 民主主義を排除したプラトンが国家論で主張したのは、哲人政治で、高潔な人格者による政治であった。
 古代ギリシャでは、民主主義のアテナイ同盟と軍国主義のスパルタ同盟がたたかい、ともに疲弊して、マケドニアに滅ぼされている。
 民主主義と武闘主義が競った古代ギリシャにあったのは権力争奪だけで、政治がなかったのである。
 ちょうどその時代、日本では天皇政治(祭祀国家)が開始された。
 大和朝廷は、幾多の豪族を統一して、永遠の国体をつくりあげた。
 プラトンが理想とした国家は、日本において、実現されていたのである。
 プラトンの思想(イデア論)は本質の不変性で、伝統につうじる。
 プラトンは、真理は天上にあって、この世はその反映であると考えた。
 この考え方は、真実は高天原にあって、この世はその恩恵であるという日本の神話信仰とつうじる。
 大日本帝国憲法第3条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とある。
 これが伝統的価値で、新憲法では「日本国民の総意に基づく」から「天皇はわが国の伝統である」へ変更されなければならない。

 戦後、伝統的価値観を捨て、民主主義へ走った日本人は、信じるべきものをすべて失い、それでも、なんでも多数決できめられると思いこんでいる。
 教育勅語を悪の権化のようにいい、道徳教育に反対するのは、民主主義に反するというわけで、朝日新聞は判でおしたように「軍靴の音が聞こえてくる」とくり返す。
 伝統をまもるのは英知である。
 一方、民主主義が相手にしているのは感情である。
 戦後の日本人が民主主義を後生大事にしてきたのは、自分勝手な感情の捌け口になるからだったのである。
 民主主義とは感情に支配される政治で、それがポピュリズムである。
 衆愚政治は、有権者が愚かであるがゆえに、低レベルの政治がおこなわれることで、ポピュリズムは、その愚かさにつけこんだ政治や政策のことである。
 衆愚政治とポピュリズムの下で、道州制導入の国民投票や首相公選制がおこなわれると、ファシズム並みの悲惨な政治状況がうまれるだろう。
 伝統という絶対価値を失えば、行く先にあるのは、革命や国家崩壊だけである。
 次回は、革命と伝統の本質的ちがいを歴史をとおしてみてみよう。
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