2022年03月06日

 天皇と日本の民主主義8

 ●敵対関係にある「民主主義」と「自由主義」
 バイデン大統領がロシア軍のウクライナ侵攻と防衛戦を「民主主義と独裁の戦い」と位置づけた上で、独裁者に侵略の代償を払わせると宣言した。
 連想されるのが、昨年のゴルバチョフのインタビューである。30年前、15の共和国で構成されたソ連の解体を宣言した最初にして最後の大統領だったゴルバチョフは、インタビューにこう応えた。「ロシアの将来をひらくみちは民主主義しかない」
 バイデンもゴルバチョフも、反独裁という意味で、民主主義ということばをもちいたと思われる。だが、中国も堂々と民主主義を名乗って、鈴木宗男も北方領土の2島返還にからめて「ロシアも民主主義国家」と発言したことがある。
 民主主義は、国民主権の権力者への委託なので、選挙という民主的手続きをふめば、ファシズムも共産党の一党独裁も民主主義になる。
 げんにルソーの民主主義は、古代ローマの「民会」をモデルにした直接民主主義で「国民すべてを収容する議事堂は存在しない」として、議会や選挙すらも否定している。
 私有財産制を諸悪の根源とするルソーの『社会契約論』は、マルクスの『共産党宣言』と並ぶ共産主義思想の入門書で、ルソーを偉人扱いしているのは、世界広しといえども、日本の教職員組合(日教組)や法曹界、マルクス系論壇や文壇、左翼マスコミなどの偏向グループだけである。
 ●制度≠フ民主主義と文化≠フ自由主義
 欧米や中ロが、口を揃えて、民主主義を謳っているのは、民主主義が制度だからで、多数決の原理も、国民主権も、全体主義にくくられた政治の一部にほかならない。
 政治からかぎりなく遠いのが、唯心論の個人主義や自由主義で、それが文化である。
「個と全体の矛盾」が永遠に解消できないのと同様、唯心論と唯物論、文化と政治、自由主義と民主主義、個人主義と全体主義も、互いに否定しあう。
 原理が異なるので、一元論では、衝突してしまうのである。
 したがって、二元論をとって、衝突を回避しなければならない。
 日本は、古来、神話や自然神の多元論の国で、一神教=一元論とは無縁だった。
 信仰も、荒魂(あらみたま)と和魂(にぎみたま)の二元論で、それが日本人の昔からの考え方、価値観だった。
 その二元論が、権威と権力、天皇と幕府、国体と政体、文化と文明などへとすそ野を広げて、日本という国柄ができあがった。
 日本では、浮世絵や錦絵、琴や三味線、和歌や文芸など、西洋では貴族だけのものだった文化が、庶民のあいだに広がった。
 その文化性をつちかったのが、歴史や伝統を重く見る保守思想で、それが、唯物論の政体にたいする唯心論の国体である。
 政体が、非文化の唯物論というのは、政治は、物理的な力を行使するからである。
 国体が唯心論なのは、個人主義や自由主義、保守思想などは、個人の心情に根ざした文化だからである。
 したがって、バイデンもゴルバチョフも、民主主義の本質を理解していなかったといわざるをえない。
 独裁や全体主義とたたかっているのは、同じ穴のムジナの民主主義ではなく、自由主義や保守思想、保守思想だったからである。
 ●伝統的な「国体」と近代的な「政体」
 日本が、伝統国家にして、同時に、先進的な国家システムをもっているのは、国家が、伝統的な国体と近代的な政体の二元構造≠ノなっているからである。
 葦津珍彦は著作(『日本の君主制』)でGHQにこう問うた。
 諸君は「天皇はヒトであって神(ゴッド)ではない」という啓蒙運動をはじめた。無知軽薄な日本人は追従したが、大方の日本人は諸君のプロパガンダを冷笑したのみである。日本人は、はじめから、裕仁命を生理的人間と知っていたからである。問題は、天皇という民族の伝統的な地位が神聖であるという思想にある。大御心(天皇の意志)が神聖なものであるという日本人の思想にある。大御心というのは、裕仁命の後天的思慮や教養から生じてくる意思ではない。天皇の地位が世襲的なものである以上、天皇の意思も世襲的なものでなければならない。それはアメリカ人が解している裕仁命個人の意思よりもはるかに高い所にある。それは、わかりやすくいえば、日本民族の一般意思とでもいうべきものである
 それは万世不易の民族の一般意思である。日本人は、この民族の一般意思を神聖不可侵と信じているのである。
 ここでいう一般意思という表現を、わたしはルッソーの社会契約論から借りてきた。
 イギリスにもアメリカにも国家の一般意思があるはずである。日本人は、超歴史的な民族の一般意思、大御心を篤く尊重する。ここに、皇祖皇宗の遺訓たる大御心を、神意と解し、天皇を現津御神と申し上げる根源があるのである。
 葦津が引用したルソーの『社会契約論』のなかには「一般意思」ということばのほかに「特殊意思」と「全体意思」ということばがある。

 ▼一般意思=集団に共通する意思。国民主権や民主主義。法や制度。唯物論
 ▼特殊意思=個人それぞれがもっている意思。個人主義や自由主義。唯心論
 ▼全体意思=特殊意志の総和。世論や多数決(選挙)をとおして一般意思へ


 葦津のことばを補足すれば、皇祖皇宗の大御心が一般意思で、今上天皇の御心は、特殊意思である。天皇は、歴史上の存在なので、現津御神であらせられるが、一般参賀で、皇居宮殿のベランダにお立ちになるのは、国家の象徴たる存在なので、天皇陛下とお呼びするのである。
 ●「国家主権」というルソーのインチキ論法
 自然状態において、個人の利害は対立する。この対立関係を国家が調停するとしたのがホッブズの『社会契約説』だった。個人は身勝手なので、国家をつくって法で規制しなければ「万人による万人の戦争がおきる」というのである。
 これにたいして、ルソーは「人間は生まれながらにして自由だったが、至る所で鉄鎖に繋がれている」「自然は人間を善良、自由、幸福なものとしてつくったが、社会が人間を堕落させ、奴隷とし、悲惨にした」「自然に帰れ」とホッブズの国家論をひっくり返した。
 そして、一般意思(=民主主義)を立てて、特殊意思(=自由主義/個人主義)を排除したしたのである。
 バーリン(『自由論』)はルソーの一般意思を「歴史上もっとも邪悪な思想」といったが、シュミット(『友・敵理論』)も「国民主権(治者と被治者が同一)という名目で国民から自由を奪った」とルソーの民主主義を頭から否定した。
 民主主義は、個人たる国民を国民全体へ一般化して、個人を消した上に成立する全体主義といえる。
 一方、選挙や議会、思想や言論の自由は、民主主義ではなく、体系が異なる個人主義と自由主義である。
 したがって、自由民主主義は、唯心論の個人の自由と、唯物論の民主主義が合体した二元論で、それが、現在、考えうる最善の国家形態なのである。
 ●二元論に収斂された民主主義と自由主義
 バーリンは、自由を「消極的自由」と「積極的自由」に分けて、制限なき自由(リバタリアニズム)から区別した。
 天皇の肖像画を燃やして踏みつけるなどの内容が不穏当として国民から批判をうけた愛知県の「表現の不自由展」について、主宰者の大村秀章知事は「表現の自由は民主主義の根幹」とのべたが、表現の自由と民主主義はなんの関係もない。
「表現の不自由展」はただのリバタリアニズムでバーリンの自由≠ゥら逸脱したファシズム思想である。
 根本原理が異なる民主主義と、自由主義を峻別して考えなければ、近代政治を理解することはできない。
 民主主義(国民主権)を批判したシュミットは、民主主義を排除すべしといったわけではない。
 民主主義の多数決と国家が国民の主権をあずかる国民主権は、得がたい政治手法だからである。
 かといって、民主主義と自由主義を組み合わせるべしといったのでもない。
 無理にむすびつけるのではなく、切離して考えるべきといっただけである。
 シュミットもバーリンも、民主主義と自由主義をどう組み合わせるべきか、妙案をもっていなかった。
 ところが、日本は「権威と権力」「国体と政体」などの二元論を同時にはたらかせる歴史をもっている。
 自由主義が、国体という文化の領域に、そして一方、民主主義は、政体という権力の領域に該当する。
 日本は、自由主義と民主主義を二元論化することによって、二つの西洋思想を国風化できるのである。
 それが「天皇と日本の民主主義」の要諦で、民主主義バンザイではなく、バーリン流の節度ある自由とバランスをとることによって、日本の国風にあった「自由民主主義」ができあがるのである。

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2022年02月27日

 天皇と日本の民主主義7

 ●「民主主義・護憲・国連中心」が平和勢力
 ロシア軍が、2月24日、ウクライナへの攻撃を開始して、くすぶっていたNATO(北大西洋条約機構)危機≠ェ現実のものとなった。
 湾岸戦争やアフガン戦争、イラク戦争は、地域戦争で、世界戦争に発展する可能性はなかった。
 だが、ロシアのウクライナ侵攻は、NATOの「東方拡大」をめぐる戦争とあってロシア対欧米≠フ抗争に発展しかねず、核兵器の使用をほのめかしたプーチン発言に、欧米首脳は、顔色を失った。
 ところが、日本の平和勢力は、沈黙したままで、うんともすんともない。
「コロナ特措法」に反対声明をだしたマスコミ労連(日本マスコミ文化情報労組会議)や日本弁護士連合会も、ロシアのウクライナ侵攻には、われ関せずの涼しい顔で、コメント一つだしていない。
 理由は、日本の平和勢力は、民主一辺倒だからで、個人や自由にはいたって鈍感なのである。民主主義をまもれと叫ぶが、個人の自由をまもれといわないのが、日本の平和主義なのである。
 平和勢力というのは「民主主義派」「護憲派」「国連中心派」の3派である。
 命名者はマスコミで、安保法制(2015年)の際には、安倍晋三元首相を「戦争が大好きな安倍首相」となじり、安保法制を戦争法≠ニ呼んで国民を煽った。マスコミみずから、平和勢力を自認しているからで、民主主義の応援団なのである。
 マスコミやタレント文化人のいう民主主義は、多数決や普通選挙法のことではなく、権力の対極にある一介の庶民、という意味と思われる。
 だが、民主の民は、一人の民ではなく民全体である。国民主権も、国民すべてにあたえられた一個の主権で、権力者が国民総体の権利をあずかろうという。
 民主主義も国民主権も、国民のひとり一人が主権をもっているという意味ではなかったのである。
 民主主義が全体主義とイコールだったのなら、民主主義のリーダーシップを握るのは、当然、日本共産党である。立憲民主党が共産党にすりよっていった理由もそこにあって、民主主義=国民主権をあずかって、政権を奪取するのが六全協(1955年)以降の共産党の最大のテーゼなのである。
 ちなみに、自由民主党は、自由(個人)+民主(全体)で、個人が消えるとたちまち大政翼賛会の全体主義に陥る。
 ●日本の平和主義と憲法革命論
 民主主義は、大衆(デーモス)権力(クラトス)で、政治体制のことである。
 このなかに共和制から共産主義、独裁、ファシズムまでがふくまれる。
 制度である民主主義は、もともと、唯物論の全体主義だったのである。
 一方、思想や価値観である個人主義や自由主義は、唯心論である。
 全体主義が個人の自由をみとめないのは、個人の生活や思想は、国家全体の利害と一致するよう統制されなければならないとするからである。
 アメリカに対抗して、打ち上げた中国式民主主義≠ェそれだった。
 個人主義と自由主義を欠いた中国の民主主義は、かつてにスターリン独裁やヒトラーのファシズム、天皇軍国主義、北一輝の国家社会主義とかわるところがないが、それが、ルソーの「一般化理論」である。
 ひとり一人は、生きている人間でも、一般化すれば、国民全体という一つのモノとなる。
 個人が消えれば、個性も人格も、個人の自由も消えてなくなる。『自由論』のバーリンが「人類の思想のなかでもっとも邪悪でおそろしい敵」と評したのがルソーのこの一般意志≠セった。
 このことから、民主主義が、かぎりなくファシズムや共産主義に近いことがわかる。
 したがって、国家の品格は、民主と非民主ではなく、個人主義や自由主義を採っているか否かで判断されなければならない。
「天皇と日本の民主主義」というテーマには、これに、革命主義と伝統主義がくわわるが、このテーマは次回以降にゆずる。
 欧米の民主主義は、個人主義と自由主義の上に立っているが、中国やロシアの民主主義は、国民主権をあずかった国家という全体主義上に立っている。
 日・米・欧と、中・ロの民主主義は、制度や形態がちがうというより文化や価値観が異なっていたのである。
 そして、日本の民主主義は、憲法をまもっていれば、しぜんに議会内革命が成立するという憲法革命論≠ナある。六全協体制の日本共産党が日本の民主主義をリードしているゆえんで、これに、民主主義派と護憲派、国連中心主義がからみついて、日本的平和主義ができあがっている。
 ●敵対関係にある民主主義と自由主義
 民主主義といっても、全体主義的な中国やロシアの民主主義と、個人主義と自由主義に拠って立つ欧米の民主主義は、別物である。
 日本では、制度としての民主主義が優先される一方、思想としての自由主義や個人主義がないがしろにされる。
 民主主義と個人主義・自由主義は、多数決をみてもわかるように、敵対関係にある。
 多数派支配は、少数派という個人を犠牲にするからだが、談合や調整、ソンタクが非民主的ということになると、多数決しか残らない。
 それでは、次のテーに移って、民主主義派と護憲派は、折り合うのか。
 民主主義の国家は、国家が、国民主権を丸ごとあずかった強権国家である。
 一方、護憲派は「武器を捨てれば平和になる」という楽観主義である。
 そんな夢のような平和主義が、全体主義国家の中国やロシアでつうじるはずはない。下手をすれば、国家反逆罪で死刑になる。
 それでは、次に、護憲派と国連中心主義派は整合するだろうか。
 軍備や交戦権を否定する憲法9条は、個別的・集団的自衛をみとめる国際連合憲章(第51条)とかみあわない。
 それどころか、今回のロシアのウクライナ侵攻にたいする国連の非難決議にロシアが拒否権を行使、中国が棄権したように、武力侵略をとめられないばかりか、非難決議さえとおらない国連で、9条の平和主義(武装放棄)を唱えるのは、たたかう前から白旗を掲げるようなものである。
 最後のテーマは、国連中心主義派と民主主義派は両立するか否かである。
 国連は、第二次大戦の戦勝国連合で、戦勝国のアメリカとイギリス、フランスとロシア、中国の五大国が常任理事国をつとめ、拒否権をもつている。
 国連常任理事国5国の共通点は、革命国家であることと、民主主義を建国の理念としていることである。
 だが、日本は、革命国家ではなく、伝統国家である。
 民主主義は、最大の価値ではなく、方法論の一つにすぎない。
 日本は、国体=権威、政体=権力の二元論の国で、絶対主義ではなかった。
 絶対主義が、権威(天皇)と権力(幕府)に二分されていたからだった。
 そして、天皇と幕府、国民の三位一体≠ェ「君臣一体」や「君民共治」というかたちで機能していた。
 武士階級は儒教と封建主義でがちがちだったが、一般国民は、合理的精神をもって、江戸300年において、世界一の先進国家をつくりあげた。
 次回以降、西洋文明と日本文化を比較しながら、日本の民主主義のあるべきすがたを追ってゆこう。
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2022年02月21日

 天皇と日本の民主主義6

 ●民主より自由をとった西洋のデモクラシー
 日本人は、自由(リバティ)が天からでも降ってきたように思っている。
 なにしろ、憲法条文に自由という文字が33回もでてくるのである。
 自由のバーゲンセール≠セが、西洋では、ルネサンスから啓蒙時代、宗教革命、市民革命など千年におよぶ血みどろの歴史をとおしてようやく手に入れた成果なので、そんな大安売りはしない。
 日本人が、自由や平等、権利を、タダで手に入る空気のように思っているのは、日教組のルソー教育のせいで、ルソー主義は「世界人権宣言」の第一条にもとりいれられている。「すべての人間は生れながらにして自由で、尊厳と権利について平等である」
 そして「人間は、理性と良心とを授けられているので、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と続く。日本国憲法前文とほぼ同じ文章なのは、日本国憲法をつくったのも国際連合憲章をつくったのも、ともに、ニューディーラーというアメリカ左翼のだったからである。
 日本国憲法には、人権という文字が22回でてくるが、ヨーロッパで人権が定着したのは最近のことで、18世紀末のフランス革命「人権宣言」でさえ女性と奴隷が除外されている。
 ヨーロッパは、現在も身分社会で、奴隷制度が禁止されたのは、19世紀の半ばだった。宗教の自由もない。かつて、非キリスト教徒は異端裁判で死刑になったが、現在も、肩身が狭い。女性や低所得者の参政権が確立されたのは近現代になってからで、所有権や経済活動の自由にいたっては、近代民法が定着した20世紀以降である。
 日本人は、民主主義と聞くと血眼になるが、欧米人は、民主のきわめつけが共産主義と知っているので、幻想をもっていない。その逆に、近代まで、手に入らなかった自由にたいしてきわめて敏感である。
 ●自由主義の欧米、民主主義の日本と中国
 したがって、西洋人は、リバティを奪われることに我慢がならない。
 新型コロナウイルスの一日あたりの新規感染者が数十万人をこえたフランスで、2月から、週3日のテレワークの義務ばかりか、マスクの着用義務までが撤廃されて、スペインなどもこれにつづいた。
 欧米人は、コロナ感染より、マスクをしない自由を奪われるほうがイヤなのである。
 コロナ対策で、ロックダウンや封鎖を連発して、国民の人権や自由には目もくれなかった中国とは好対照である。
 米英仏独が、中国政府のウイグル族弾圧に猛烈に反発しているのも、民族の自由を侵害しているからで、欧米人にとって、もっともゆるせないのが自由の侵害なのである。
 民主主義をまもれと叫ぶ日本のマスコミや野党が、ウイグル問題にふれないのは、自由主義に関心がないからで、チベットやウイグル、香港の独立運動も1976年の天安門事件と同様、すべて、民主化運動で片づけられる。
 よほど、民主化ということばがすきなようだが、チベットやウイグル、香港で展開されたのは、自由をもとめる独立運動で、民主化運動ではなかった。
 左翼が民主≠ノ思い入れるのは、個人主義と自由主義、私有財産制を否定するルソーの民主主義が、かぎなく、共産主義に近いからである。
 とりわけ、国民主権は、独裁者への無条件の権力委託で、これを利用したのがレーニンやスターリン、ヒトラーだった。
 国民主権というから、国民に主権があると思いきや、権力者があずかる国民全員の権力のことで、それなら国民から預かった権力の総量≠ニでもいっておくべきだった。
 なにしろ、権力者が国民から権力を預かったその時点で、国民は権力者から一方的に支配されるだけの無力な存在になってしまうのである。
 ●「自由化」を「民主化」と誤訳
 民主政治(デモクラシー)の訳語は、もともと、共和制だった。
 西洋でも、デモクラシーと共和制(リパブリック)はほぼ同義で、19世紀半ば頃まで、デモクラシーに、中国は「民主」、日本は「共和」という異なった漢語訳語を当てていた。
 それが民主主義になったのは、中国から『万国公法』という書物をつうじて民主ということばがはいってきたからで、それに和製漢語の主義という単語をつないで民主主義という四字熟語がうまれた。
 漢字は、もともと、中国のものだが、明治以降、逆に、文化や文明、政治や経済、思想や哲学、宗教や理性など800語以上もの日本の漢字(和製漢語)が中国にでていった。
 多くが西洋の近代概念で、英語でなくても、科学的・抽象的な思考ができるのは、和製漢語のたまものという指摘もある。
 その一方、19世紀以降、中国の西洋化(「西学東漸」)からうまれた主権や特権、民主や野蛮、慣行や例外のような近代的な漢字(華製新漢語)が新たに中国から日本に入ってきた。
 民主主義ということばは、日中漢語圏の交流の産物だったのである。
 民主主義の命名者は、大正デモクラシーに共産主義をもちこんだ東大出身のエリート・マルキスト(麻生久や棚橋小虎)らで、かれらのいう民主が、共和や共産主義にかぎりなく近かったのはいうまでもない。
 民主主義の前身である吉野作造の民本主義は、天皇主権の目的を人民の利福においた一種の君民共治≠ナ、政治上の目的を普通選挙法においたことからも、現在の立憲君主制の土台だったといえよう。
 いうまでもないが、君民共治の民本主義は、共産主義と相容れない。
 欧米の民主主義も、民主(デモクラシー)ではなく、専制政治や独裁からの解放という意味合いの自由(リバティ)だった。
 リバティは、個人主義にして自由主義で、唯心論(ヒト)である。
 一方、デモクラシーは、政治体制なので、唯物論(モノ)である。
 民主化というのは、政治体制の支配者が権力者から民へ移ることをいう。
 だが、この民は、一般意志(=全体)で、特殊意志(=個人)ではない。
 全体は「みんなと一緒」というときの皆のことで、個人が消えている。
 これが『自由論』のバーリンから「人類の思想のなかでもっとも邪悪でおそろしい敵」と非難されたルソーの一般意志である。
「国民主権だからオレにも主権がある」というのは大まちがいで、民主は、個人が抹消されたのちにあらわれるものなのである。
 ●ルソー教に染まった日本の法曹界
 ルソー主義に拠って立っているのが日本の法曹界である。
 国家が一般意志の名目のもとで国民に服従を義務づけたことによって、日本は近代的な「法の支配」にもとづく民主主義的な社会をつくることができたなどと主張する。そして、国民が主権をもち、政府は、国民の一般意志にもとづいて政治をおこなっているので、国民主権の原型をつくったルソー主義は正しいなどという。
 日本人が、個別性や人格、個性をもたない、人権という同一性だけをもった群れ≠ニいうのである。
 日本の法曹界がバカなのは、一般意志や国民主権の国民が、個人か全体かという問題の核心にふれないからである。
 個人のものなら、日本には、主権が一億以上あることになって、収拾がつかなくなるであろうし、全体のものなら、個人の人権は一億分の一ということになるが、それはどんなものなのか。
 日本の法曹界は「八月革命説」の宮沢(宮澤俊義)憲法論という土台に立っている。
 宮沢憲法は、法が個人主義・自由主義ではなく、民主主義の下にあるとするもので、全体主義である。
 天皇は、歴史的・文化的・伝統的存在ではなく、憲法上の存在であるという憲法天皇説も全体(体制)主義派である。
 法は、革命という体制の変更によって変化するというのが、法の根拠を人間におかない、宮沢憲法の骨子である。
 日本の法曹界は、八月革命派の牙城で、左翼の踏み絵といわれる司法試験をパスしてきた検事や弁護士らはこぞって民主派である。弁護士連合会が、いまや、日本共産党に並ぶ左翼集団となったのは、マルキストではなく、フランス革命で恐怖政治を敷いたロベスピエールと同様、熱烈なるルソー主義者だからである。
 次回も、マスコミや法曹界、左翼評論家らの脳ミソを蝕んでいるルソー主義の欠陥についてのべよう。
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2022年02月13日

 天皇と日本の民主主義5

 ●ロシアや中国にないのは自由主義
 昨年、90歳になったゴルバチョフが、書面インタビューにこう応えた。
「ロシアがめざす未来は、ひとつしかない。それが民主主義です」
 民主主義は、中国が自画自賛して、北朝鮮でさえ国名(朝鮮民主主義人民共和国)に謳っている。ソ連解体(1991年)後のロシアも、ペレストロイカ(立て直し)とともに民主主義の看板を大きく掲げた。
 だが、現実は、プーチンが、メドヴェージェフを傀儡にした4年間を挟んで20年以上、大統領に君臨する独裁体制がつづいてきた。
 ロシアでは、過激派と認定されると、指導者や関係者が長期間、被選挙権を失う法案がとおって、選挙の候補者が激減したばかりか、一説によると、選挙権を奪われた国民も数百万人にたっしているという。
 自由陣営で、民主主義といえば、多数決の原理と参政権のことをいう。
 参政権(普通選挙法)には、投票の自由とともに立候補の自由もふくまれる。
 選挙の自由は自由民主主義≠ナあって、ルソーの民主主義ではない。
 ルソーの民主主義は、直接民主主義で、選挙も議会も必要とされない。
 なにしろ、国民すべてを収容できる議事堂がないので、独裁者が国民主権をあずかるというのが、ルソーの民主主義=国民主権の言い分なのである。
 ルソーの民主主義は、ひとり一人の個≠ナはなく、民衆という全体≠主とする思想で、それを為政者があずかって、独裁政治をおこなう。
 ルソーが英国の選挙を「選挙民が自由なのは選挙中だけで、選挙が終わると奴隷になる(『人間不平等起源論/代議士または代表者について』)とけなしているように、ルソーは、普通選挙法や議会制度をみとめていない。
 個人を、一般意志のもとに、国民という分割不可能な一つの共同体に括ってしまうので、選挙も議会もあったものではないのである。
 ちなみに、選挙や議会は、個人を重んじる自由主義の産物で、多数決という民主主義は、ただの方法論にすぎない。
 ●「日本国民の総意」というルソー主義
 日本国憲法(第一条)に「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意にある」とある。
 だが、国民は、ひとり一人、異なった人権や人格、自由をもち、その自由のなかには、表現や投票の自由もふくまれる。
 それが、なぜ国民の総意≠ニ一緒くたになるのか。
 ルソーによると、正しいのは、個人(特殊意志)ではなく、公の利益をもとめる全体(一般意志)だけである。特殊意志から個性を殺ぎ落とすと「相違の総和」としての「一般意志」が残る(『社会契約論』/第二篇第三章)というのが一般意志の要諦である。
 空おそろしい思想である。そのルソー主義が、日本国憲法第一条の天皇条項で、ぬけぬけと、のべられている。
 バーリン(『自由論』)によると、投票も議会も、個人の自由に属する。
 その個人の自由が、一般意志という邪悪なもの(バーリン)に侵されて、ロシアや中国という全体主義国家がつくりあげられた。
 ロシアになかったのは、民主主義ではなく、自由主義だったのである。
 ゴルバチョフにして、そのことに気がついていないのである。
 必要なのは、個人を単位とする自由主義であって、個人の自由を奪って国民主権にひっくるめてしまう民主主義ではなかった。
 個人としての民が主(あるじ)になる民主主義など存在しないのである。
 ●国家の上に共産党がある中国の民主主義
 バイデン米大統領が主催した民主主義サミットにぶつけるかたちで公表した中国政府の白書(「中国の民主」)にこうある。「良い民主とは社会の共通規範をまもって、社会の分裂や衝突を避けるものでなくてはならない」
 そして、中国の民主が、西側の民主主義よりすぐれていると自画自賛する。
 共産主義と民主主義は、全体主義と地続きで、ロシアも中国も、民主主義をもっていても、自由主義と個人主義をもっていない。
 中国の民主は、中国共産党の指導下にあって、共産主義のテーゼの下にある人民独裁には、個人の自由どころか、個の存在さえみとめられていない。
 中国では、共産党が立候補者を選別して、共産党や国家に従順な国民でなければ出馬がゆるされない。
 昨年(2021年)の香港立法会選挙では、立候補者は愛国者であるかどうかのチェックをうけて、市民60%が支持をえて、40%の議席をもっていた民主派の候補が資格を失って、民主派の当選者はゼロ、議会は、親中派一色となった。
 20%台という投票率の低さと無効票率の高さは、市民の怒りのあらわれというべきだが、中国当局は、選挙結果に大満足で、民主主義の勝利を高らかに宣言した。
 民の上に国家が、国家の上に共産党がある三段重ねの体制は、個を圧殺した上に成立した権力機構で、計画経済ならぬ計画国家である。
 計画経済が破綻したのは、人間の心は、合理では測れないからだった。
 計画国家も、ほころびが見えるのは、イデオロギーで人間の心を縛ることができないからである。まして、14億の人民をひっくるめて「国家の主人」というのは、唯物論という妄想以外のなにものでもない。
 ●「唯物論」「一般化」という革命思想
 唯物論は、生産や消費、貨幣という物的なものに目をむけることで、これが革命理論になったのは、そこから「階級闘争」がはじまったという唯物史観に立つからである。
 だが、世界をうごかしているのは、物質という唯物論ではなく、文化という唯心論である。
 天皇は、唯心的な文化、幕府(政府)が唯物的な権力である。
 この二元論は、文化としての自由主義と制度としての民主主義におきかえることができるが、そのテーマについては、後述しよう。
 いずれにしても、革命が忌みきらわれるは、自由が抹殺されるからである。
 ルソーの一般化(一般意志)とマルクスの唯物論が二大革命理論≠ニいわれるのは、両者とも、人間をモノ(物質)としか見ないからである。
 個人(特殊意志)は、個性を殺ぎ落とされて国民(一般意志)となる。
 この国民は、一つの総意(憲法第一条)しかもちえないモノとしての国民である。
 異議を唱えると国民ではなくなる。これを真似たのが階級闘争で、すべての労働者は、企業や主人に仕える誠実な勤労者ではなく、団結して資本家に牙をむく労働者である。
 このとき、国民や労働者は、人格をもった自由な個人から、モノにすぎない集団や階級となる。
 一般意志が、歴史上、たびたび、独裁者に利用されてきたのは、国民主権の名目で、魔王的な権力をふるえるからだった。国民から託された、国民のもとめに応じたという口実で、なんでもできてしまう一方、これに抗弁することがゆるされない。
 ルソーの直接民主主義には、選挙も議会もないからである。
 反抗すれば、国民の名の下で、ギロチン台へ送られてしまう。
 フランス革命を指導したジャコバン派の首領、ロベスピエールは「ルソーの血塗られた手」と呼ばれた。ルソーの狂信者だったロベスピエールはみずから「一般意志」の受託者を名乗って独裁体制(恐怖政治)を敷き、わずか数か月で3万人余の反対者をギロチン台に送ったからである。
 スターリン「大粛清」の犠牲者数は、フルシチョフの調査(1962年)もゴルバチョフの再調査(1988年)も200万人前後だが、ソルジェニーツィン(『収容所群島』)は、数千万人が犠牲になったと書き残している。
 国民の命を虫けらのようにあつかうのが唯物論と一般化理論なのである。
 次回は、ルソー主義にのめりこんでいった戦後日本人のすがたに迫ろう。
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2022年02月07日

 天皇と日本の民主主義4

 ●「一般意志」というルソーの悪魔の思想
 マスコミも野党も「民主主義をまもれ」と叫ぶが「自由主義をまもれ」とはいわない。
 理由は、明らかで、マスコミや野党は、欧米の自由主義よりも、中ロの全体主義に親近感をもっているからである。
 中国が、じぶんたちこそ民主主義だというのは、そのとおりで、民主主義は全体主義でもある。
 多数決と多数派独裁がデモクラシーの根幹で、ロシア革命のレーニンが率いた政党の名称も「ボリシェヴィキ(多数派)」だった。
 民主主義は、古代ギリシャの大昔から多数決のことだったが、これを国民主権におきかえたのがルソーだった。
 西洋で、民主主義=国民主権が最大級の評価をうけるのは、中世ヨーロッパの絶対王権を打倒したからで、そこから、民主主義は、革命の輝けるイデオロギーとなった。
 事実、民主主義を標榜する米、中、英、仏、ロシアの五か国(国連常任理事国)は、いずれも、革命国家で、先進国のなかで、純然たる伝統国家といえるのは、日本だけである。
 民主主義と国民主権を融合させたのが「社会契約論」のなかでルソーがしめした「一般意志」である。
 ひとり一人の人間は、個性や人格、個人史が異なっているので、特殊意志である。
 そこで、ルソーは、とんでもない考えをもちだす。
 個人差をすべて削ぎ落してしまえば、人間は、人民という無個性で均一的な一般意志にすぎないものになって、権力で、自由に御すことができるというのである。
 ●「国民主権」というルソーの詐欺的造語
 ここから、ルソーという天才的詐話師の巧妙な屁理屈が展開される。
 国民ひとり一人が、直接、政治を執るべきだが、国民全員を収容できる議事堂は存在しない。
 そこで、一億人の国民を民≠ニひとくくりにして、これに主権をあたえて主≠ニ称する。
 これで、ルソー流の民主主義が完成する。
 これを為政者があずかって、政治をおこなうのが、国民主権である。
 これが「一般化理論」だが、この屁理屈が、マルクス・レーニンや毛沢東の共産主義革命の口実(=人民独裁)にされたのは、保守派陣営のなかでは常識である。
 ルソーの民主主義は「国民主権」というキャッチフレーズになって、フランス革命の精神となった。
 国民主権は、共産主義の文脈からいえば、人民独裁である。
 人民も国民も、個人ではなく、人民や国民全員をさしている。
 これほど嘘っ八のことばもないもので、国民も主権も、実体がどこにもないのである。
 他者と異なる身体と精神、個性や人格、名前や個人史をもつ個人をひっくるめて、国民と呼ぶのは、桜や梅、椿を植物≠ニ総称するようなもので、こんなデタラメなことばづかいはゆるされない。
 もう一つデタラメなのは、主権ということばである。
 主権は、絶対的な権利で、原語は、君主権(ソブリンティ)である。のちに国家に冠せられるようになったが、ソブリンティはなにものも侵されることがない最高権力で、交戦権さえゆるされている。
 国民主権は、国民が、その絶対主権をもっているというデタラメな話で、ルソーという男は、虚言に虚言をかさねる希代のイカサマ師というほかない。
 近代自由主義の旗手たるバーリンがルソーの「一般意志」を「人類の思想のなかでもっとも邪悪でおそろしい敵の一つ」と評したのもむべなるかなである。
 ●「議会主義と現代の大衆民主主義と対立」
 ルソーの国民主権は、直接民主主義のことで、民が、直接、政権を掌握する体制だという。
 直接民主主義が代議員を選出しないのは、投票者=個人が不在だからである。
 個人がいないので、普通選挙法も議会も、成り立たないのである。
 民主主義では、集合名詞の民≠ヘいるが、普通名詞の個人≠ヘいない。
 にもかかわらず、国民主権がうまれるのは、国民意志の一般化という作用がはたらくからで、その主権をあずかって、独裁がうまれる。
 なぜ、ひとり一人、自由に生き、人格や個性が異なる個人が、全体のなかに消えてしまったのか?
 そもそも、人民が一つなら、ひとり一人の人権や人格、自由はどこへいってしまったのか?
 ルソーの『社会契約論』によると「国家には、私有財産をふくめて、人々を分裂させる党派や宗教、思想、個人的な差異まど存在してはならない」(「議会主義と現代の大衆民主主義と対立」/シュミット)という。
 これが自由主義の欠落、全体主義でなくてなんなのかとシュミットは憤る。
 あまりにアホらしいので、ルソー主義は、ルソー主義を下敷きにしたマルクス主義とともに捨て去られた。
 ルソー主義を大事にしているのは、世界広しといえども、中国と日本のマスコミ、法曹界、野党ら左翼だけである。
 ●根本原理が異なる自由主義と民主主義
 欧米がおもんじているのは、民主ではなく自由(リバティ)である。
 リバティとフリーダムでは、同じ自由でも、意味合いが異なる。
 リバティは、たたかいとった自由で、積極的自由と呼ばれる。
 一方、フリーダムは自然発生的な自由で、消極的自由である。
 自由主義は、個人のちがいと個人の自由を原理としている。
 民主主義は、治者と被治者が同一の原理にもとづいている。
 主権をもつとされる国民が、その主権を為政者にあずけるので、治者と被治者が同一となるのである。
 そこからうまれたのがフランス革命のロベスピエールの独裁だった。
 フランス革命で実権を握ったロベスピエールは、俗に「ルソーの血塗られた手」と呼ばれる。国民の「一般意志」をあずかった正統なる権力者を自称したロベスピエールが独裁をおこない、恐怖政治によって反対者を大量に処刑したからである。
 民主主義や国民主権は、かくも、ごまかしと詭弁にみちた危険な代物だったわけだが、マスコミや法曹界ら左翼陣営は、いまなお、民主主義をまもれとこぶしをふりあげている。
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2022年01月30日

 天皇と日本の民主主義3

 ●民主主義は普遍的な価値か?
 読売新聞の社説(ワールドビュー「中国式民主への不信」で吉田健一(中国総局長)という人物がこう語っている。
「日本や米欧に根付いた普遍的価値としての民主主義と中国がいう『民主』があまりにかけ離れている。日本で民主主義といえば<人民が権力を所有し行使するという政治原理。現代では、人間の自由や平等を尊重する立場をもしめす>(大辞林)」
 あまりのでたらめな物言いに苦笑を禁じ得ない。
 1普遍的価値としての民主主義≠ネどいったいどこにあるのか
 2人民が権力を所有し行使する政治原理≠ニは共産主義の人民独裁
 3人間の自由や平等を尊重する立場≠ヘ民主主義ではなくルソー主義
 吉田はこうつづける。
「中国は『民主は多様で、中国には中国式の民主がある』という立場だ。バイデン米大統領が主催した民主主義サミットにぶつける形で公表した中国政府の白書にはこうある」
<中国の民主と専政の有機的統一を堅持する>
<専政は、社会主義制度の破壊などの犯罪行為をくじき、国家と人民利益を守るものだ。民主と専政は矛盾しない>
 そこで吉田はこう断言する。
「中国語の『専政』は日本語で独裁とも訳される。『中国式民主』の根底にあるのは<人間の自由や平等への尊重>ではなく、建国の指導者・毛沢東も語った人びとを「敵」と「味方」に峻別する発想なのだ」
 そこで、吉田は、批判の矛先をとつぜん中国共産党へむける。
「そこから、共産党政権に異議を申し立てる民主活動家や人権派弁護士らへの弾圧を正当化する論理が導かれる。以前、権力の象徴ともいえる検事から人権派弁護士に転じた理由を尋ねた際、その人が悲しげに絞り出したことばを思う。『党の論理を突き詰めれば、人間への不信感に行き着く』」
 論旨がいま一つわからないが、検事から人権派弁護士に転じた女性というのは、皇室典範の男系男子相続を「まったく論理必然ではない」と批判した山尾志桜里のことであろうが、山尾のいう党の論理とは中国共産党のことか、それとも離党した立憲民主党や国民民主党のことか。
 いずれにしても、吉田は、この論文の最後をこう締めくくった。
「中国が『中国式民主』の独自性をどんなに誇ろうとも、民主の名に下に独裁を容認する国を『民主』と呼ぶわけにはいかない」

 ●民主主義ではなく「ルソー主義」
 吉田は、この世に、民主主義というすばらしい思想があると思っているようだが、マルクス青年が、共産主義をユートピアと夢見るようなもので、愚かな幻想というほかない。
 民主主義が誕生したのは、紀元前のギリシャで、これを批判したソクラテスが死罪になったのち弟子のプラトンが衆愚政治≠ニ批判して、民主主義は息が絶えた。
 民主主義を復活させたのが2000年後のルソーで「人間はうまれながらにして自由で平等」「私有財産が人間を不幸にした」「政治は国民が直接おこなうべき」「統治者は国民の一般意志の代表者」などのデマゴギーをふりまいて『自由論』のバーリンから「一般意志にもとづく全体主義を容認した人類の思想のなかでもっとも邪悪でおそろしい敵の一つ」と評された。
 日本人が民主主義と呼んでいるのは、このルソー主義のことである。
 もともと、民主主義(デモクラシー)は、大衆(デーモス)と権力(クラトス)の2つ単語を組み合わせた造語で、意味は、人民による権力である。
 人民は大勢いる。したがって、人民でなにかきめるには、多数決に拠らねばならない。
 多数決による多数派が一般意思である。これを代表者があずかって、政治権力がうまれる。ソクラテスは、これを戒めた。歴史の知恵や習慣、経験や知恵をおもんじるべきで、多数決による政治(デモクラシー)は愚者の政治になると。
 そして、大衆の怒りを買って、自身が戒めた多数決によって死刑になった。
 その愚かな大衆の代弁を、そっくり買って出たのが、ルソーだった。
 ルソー主義というのは、ソクラテスを死に追いやった、愚者の理屈だったのである。
 もっとも、デモクラシーをりっぱな思想のように思っているのは日本だけである。ヨーロッパでおもんじられているのは、制度としての民主主義ではなく思想としての自由主義である。
 バーリンの自由主義には、消極的自由(束縛からの自由)」と積極的自由は「自己実現の自由の二種類があって、欧米人は、2つの自由のはざまで、真の自由人たらんとして努力する。
 左翼陣営が得意になって使っているリベラリズムは「ニューディール・リベラリズム」という経済用語からの流用で、ルーズベルト流のアメリカ社会民主主義やケインズ主義、米民主党のテーゼをさす。むろん、自由主義とは関係がない。
 ちなみに欧米諸国は、自由陣営で、民主陣営とはいわない。

 ●デモクラシーの訳語は民本主義だった
 デモクラシーの訳語である民主主義は、もともと、民本主義だった。
 民主ではなかったのは、日本には主≠ェいなかったからである。
 明治憲法にも「元首ニシテ統治権ヲ総攬」とあるだけで、条文に天皇主権の文字も、天皇主権をさししめす具体的な記述もない。
 美濃部達吉の天皇機関説も、主権は、国家にあって、天皇は、議会の拘束をうける国家の「最高機関」とされている。天皇主権は、軍部がふり回した宣伝文句だったのである。
 天皇ですら議会の拘束をうける機関でしかないのに、民が主≠ノなるわけはなかった。
 そこで、デモクラシーの訳語は、国民本位という意味の民本主義となった。
 民本主義がめざしたのは、普通選挙法と政党政治の2点で、それは、大正デモクラシーで、一応、達成できた。1918年(大正7年)の原敬内閣の成立と1925年の普通選挙法制定である。
 それでは、いつ、民本主義が民主主義になったのか。
 これまで、だれも指摘してこなかったことだが、民主主義の命名者は、大正デモクラシーに共産主義をもちこんだ麻生久や棚橋小虎ら東京帝国大学出身のエリート・マルキストである。
 麻生や棚橋は、日本労働運動の源流である友愛会にもぐりこんで、友愛会を創立した鈴木文治や叩き上げの松岡駒吉や平澤計七(亀戸事件の被害者)らを追放して、大正デモクラシーおよび労働運動を「此の世を労働者階級の支配に帰せしめんとする」と宣して、左翼運動の牙城にしてしまったのである。※亀戸事件/亀戸署内で労働争議関係者10名が官憲に虐殺される
 これに、堺利彦や山川均らの社会主義者もくわわって、民本主義は、かぎりなくマルクス主義に接近して、このとき、呼称が、民本主義から民主主義へとかわった。
 
 ●意味不明な「国民主権=一般意志」
 マルキストが、民主ということばを使ったのは、ルソーが社会契約論のなかで使っている人民主権が、事実上、民主主義と理解されたからだった。
 マルクスの『資本論』は、ルソー主義とタルムード(ユダヤ聖典)の合体である。というのも、国民の一般意志を独裁者に委ねることによって、直接民主主義が完成するというルソー主義が、そっくり、レーニン主義(プロレタリア独裁)やスターリニズムにおきかえられたからである。
 民主主義は、とんでもない代物で、だから、西側諸国は、多数決の原理と普通選挙法だけをとって、民主主義から距離を保っているのである。
 バイデン大統領がいう民主主義は、国民が中心の政治という意味で、事実上の自由主義である。
 民主主義は、思想ではなく、制度なので、中国もロシアも、北朝鮮も平気で、民主主義を謳う。
 民主主義が、手がつけられないほど厄介なものなったのは、ルソーの「国民主権=一般意志」が意味不明だからである。
 国民主権は、ひとり一人のものなのか、それとも国民全体のものなのか。
 国民全体のものなら、日本人の国民主権は、一億分の一でしかないのか。
 国民は、ひとり一人が別々で、多数派と少数派にも分けられる。
 それを「国民の総意に基づく(憲法/天皇の地位)」と一括りにできるのか。
 ここにも個と全体≠フ矛盾律があらわれて、解決がつかない。
 そもそも、民主主義は、革命の用語なので、自由陣営や日本のような伝統国家には適応しないのである。
 読売新聞の吉田は、民主の名に下に独裁を容認する中国を民主と呼ぶわけにはいかないというが、ルソー主義を忠実に実現しているのは、むしろ、中国である。
 民主主義=ルソー主義は、独裁と全体主義を肯定する論理だからである。
 そんなことは、民主主義的なワイマール憲法からヒトラーがうまれたことを思えばすぐにわかるはずである。
 中国は、民の上に国家が、国家の上に党があって、党と民は断絶している。
 中国には、ルソー主義だけがあって、民主主義も自由主義もないのである。
 そこを衝かなければ「中国式民主」への不信などといってもなんの説得力もない。
 次回も、ルソー主義と民主主義の迷妄についてのべよう。
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2022年01月24日

 天皇と日本の民主主義2

 ●天皇政治と「君臣一体」
 古墳時代に、全国の豪族が、大きな乱をおこすことなく、前方後円墳という天皇と同じ墳墓を残したのは、ミコトの末裔だったからだった。
 天照大神の勅命をうけて、ニニギノミコトが高天原から日向国の高千穂峰へ天降った天孫降臨では、多くのミコトが随伴して、地上に降り立った。
 ミコトの末裔だった豪族らは、ニニギノミコトの子孫=天皇の臣下たるべきことを、神話によって、運命づけられていたのである。
 それが「君臣一体」の要諦で『日本書紀』に記されている孝徳天皇の「改新の詔(大化の改新)」にも「独り制むべからず」「臣の翼(たすけ)を得て倶に治めて神(天照大神ら皇祖神)の護(まもり)を得られるべし」とある。
 大和朝廷は、豪族らの連合政権だが、その成立原理が「君臣一体」にあったことはほとんど知られていない。
 当時、大和(奈良)から出雲、九州にかけて、有力豪族が跋扈していた。
 それらの諸国諸侯が争って、最後の覇者が帝王となるのが、世界史の常識である。
 ところが、古代日本では「大化の改新」以降、天智天皇の子(大友皇子)と弟(大海人皇子/後の天武天皇)が争った「壬申の乱」以外、大きないくさはおきていない。
 そして、壬申の乱以後、日本は、ふたたび、天皇中心の政治(律令体制)をめざすのである。
 ●大和朝廷と前方後円墳
 大和朝廷は、東は群馬の毛野氏から、西は九州の安曇氏にいたるまで広大な範囲にわたるが、中心は、伊勢から出雲にむかう畿内と山陽、山陰で、黄道ににそって、巨大な前方後円墳が数多く残されている。
 黄道というのは、春分の日と秋分の日、伊勢神宮の真東からのぼった太陽が出雲大社のある真西に没する「太陽の道」のことで、この日、皇居皇霊殿では皇霊祭、伊勢神宮では遙拝式がおこなわれる。
 五畿(山城・大和・河内・和泉・摂津)には中臣や物部、蘇我や大伴、葛城や巨勢、平郡氏らが勢力をもっていたが、山陽の播磨や美作、備前、備中、備後、山陰の丹波や丹後、但馬、因幡、伯耆にも、吉備氏や筑紫氏、出雲氏らのような有力豪族が一門を構え、大和連合国家の一員をなしていた。
 畿内から山陽、山陰の黄道沿いに大型の前方後円墳が多いのは、高天原から降りてきて伊勢神宮に祀られている天つ神、天神と、天孫降臨以前、葦原中つ国を治めていた国つ神、地神や地祇、産土を祀った出雲大社がむすばれたからである。この地の豪族や有力者は、高天原と葦原中つ国をつなぐ国譲り神話のモニュメントとして、前方後円墳を建造したのである。
 三世紀におよぶ古墳時代に5000基以上の前方後円墳の造営、神話にもとづく国家建設が、祭祀国家のあかしでなくてなんだろう。
 ●神社と鎮守の思想
 前方後円墳は、前の方形(四角形)が葦原中つ国で、後方の円形が高天原である。葦原中つ国と高天原の一体化は、祭祀の根本原理で、それが民のあいだに広がったのが神社である。
 神社(かむやしろ)は、神道にもとづく祭祀施設で、産土神や天神地祇から皇室や氏族の祖神までを祀る。
 文科省の資料では、全国に約8万5千、登録されていない小神社をふくめると日本には10万社をこえる神社があるという。
 神社の起源は、神々が宿る磐座(いわくら/岩石や古木)や祭事をおこなう神籬(ひもろぎ)などの祭壇で、本殿を構えるようになったのは、仏教の伝来以後で、社殿は、伽藍をマネたのである。
 神社は、地霊をしず(鎮)めて、氏神を(守)らんとする鎮守の杜である。
 それが、前方後円墳につながる鎮守の思想で、高天原と黄泉の国のあいだにある葦原中つ国においては、高天原につうじる祖神(ミコト)を祀って地神や地祇、産土を鎮めようとする。
 前方後円墳が高天原と葦原中つ国をむすぶモニュメントなら、神社は、神代と人代の境界線で、注連縄のむこうが神代、こちらが人代である。
「君臣一体」も祭祀国家も、権力ではなく権威、唯物論でなく、唯心論だったのはいうまでもない。
 ●ケンペル『日本誌』にヨーロッパが驚嘆
 天皇政治で「君臣一体」と並ぶのが「君民共治」である。
 ルソーは『社会契約論』のなかで、随意に祖国をえらべというなら、君主と人民のあいだに対立のない「君民共治」の国をえらぶ。だが、そのような国が地上に存在するはずもないので、民主主義の国をえらぶといっている。
 現代日本で、金科玉条のように語られる「民主主義」だが、18世紀の絶対主義体制を生きていたルソーにとって「君臣一体」「君民共治」は、夢のような理想で、現実的には、望むべくもなかった。
 ルソーは、日本の「君臣一体」「君民共治」をどこで知ったのであろうか。
 ドイツ人医師ケンペルが著した『日本誌』である。
 ケンペルは、江戸時代にオランダ商館付の医師として、約2年間出島に滞在して、資料を収集、帰国後に「日本誌」を執筆した。ロンドンで「日本誌」が出版されたのは、死後だったが、大評判となって、フランス語、オランダ語にも訳されて、ディドロの『百科全書』に転載された。
 ゲーテやカント、ヴォルテール、モンテスキューら、ヨーロッパの一流人に愛読されたので、当然、ルソーも読んでいるはずである。
『日本誌』のなかで、ケンペルは、日本の国体政体の二元論を称賛している。「日本には、聖職的皇帝(=天皇)と世俗的皇帝(=将軍)の二人の支配者がいる」
 そして、対外政策(鎖国)や徳川綱吉の善政(天和の治)を称えてこう書いている。争いや犯罪がほとんどなく、小伝馬の牢屋はつねに無人だった、と。
 神武天皇即位の時期を紀元前660年と確定したのも、西洋歴をもちこんだケンペルの業績で、前大戦時、日本人が暗記させられた歴代天皇の名前や略伝を解明したのもケンペルだった。
 ●否定された天皇政治の歴史
 ケンペルの『日本誌』を紹介したディドロの後、啓蒙時代とフランス革命の幕が切って落とされる。そして、その約100年後、ヨーロッパでジャポニスム(日本ブーム)がひろがって、知識階級のなかで、天皇の歴史、キングとのちがいも理解された。
 だが、江戸時代の文化や日本文明、日本のよいところは、すべて、明治政府によって否定されて、日本は、西洋化という文化革命の嵐に呑まれてゆく。
 明治政府に招聘された明治天皇の主治医で、岩倉具視の臨終を看取ったドイツ人医師のベルツは、政府の若い役人が「われわれに歴史はありません。われわれの歴史はこれからはじまるのです」と口を揃えたことに深く失望した(『ベルツの日記』)という。
 薩長の明治政府は、一神教的な神権国家や帝国主義に走った末に、鹿鳴館や貴族制度など西洋の物マネにうつつを抜かす。そして、岩倉具視・伊藤博文は王権力がつよいプロイセン王国憲法をモデルに、天皇を元首に戴く大日本帝国憲法を制定して、日本の西洋化に拍車をかける。
 次回以降、西洋化された日本と世界中でゆれうごいている民主主義についてのべよう。
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2022年01月17日

 天皇と日本の民主主義1

 ●絶対主義≠フ西洋と相対主義≠フ日本
 西洋では、何事も「YES」と「NO」の一元論で割り切ろうとする。
 それが民主主義の原型で、戦場の剣に代わりに、議会による多数決で決着をつけようというのである。
 一方、日本では、衝突を避けて、話し合いによって、折り合いをもとめる。
 話し合いというのは、文化で、そこには、祭祀やしきたり、習慣などの伝統的方法のほかに、委任や受託などの政治的な手法もふくまれる。
 西洋の黒白を争う一元論的な「闘争の論理」にたいして、日本は、多元論的にしてあいまいな「談合の精神」なのである。
 これは、文明や文化以前に、宗教のちがいでもある。西洋の思想は、原点にキリスト教やユダヤ教、イスラム教などの一神教があって、一神教においては正しいものが、一つしかない。
 そこからうまれたのが絶対主義だった。絶対主義には、絶対君主制のほかにローマ教皇庁による宗教支配もあって、七度にわたった十字軍の遠征から宗教戦争、異端審問や酸鼻をきわめる魔女狩りまでがふくまれる。
 絶対王政とキリスト教の宗教支配を倒したのが、啓蒙思想と市民革命、唯物論の共産主義革命だったが、これも、前体制の全否定、ギロチンと粛清という絶対主義で、結局、同じ穴のムジナだった。
 反革命のファシズムや独裁にいたっては、絶対主義の暗黒政治で、とりわけヒトラーのユダヤ人ジェノサイト(アウシュビッツ)やトルーマンの原爆投下は、敵を悪魔とみなす一神教の狂信性以外のないものでもなかった。
 敵は悪魔なので、いくら殺しても悪ではないどころか、神から祝福されるというのがキリスト教の狂信性で、自然や生きものも、人間の糧として神が与えたものなので、生殺与奪が思いのままという理屈である。
 自然そのものが神である日本と、自然が、神からあたえられた糧とする西洋では、自然観や宗教観、価値観に天と地のちがいがある。ユーラシア大陸では近代までに森林の大半が消えたが、日本の森林率が70%で、フィンランドに次いで世界第2位である。日本では、森は、糧ではなく、神々が宿る杜(鎮守のやしろ)だったからである。
 ちなみに、日本では、幕末まで、焼き畑農業と屠殺が禁止されていた。
 ●「君臣一体」と「君民共治」
 日本に絶対主義が存在しなかったことは、天皇が「君臣一体」「君民共治」の中心であって、絶対権力者ではなかったことからも明らかである。
 践祚に際して天皇は先帝から三種の神器(八咫鏡・草薙剣・八尺瓊勾玉)をうけつぐ。
 これが「君臣一体」のあかしだったことを多くの日本人は知らない。
 君臣というのは、天孫降臨の際、ニニギノミコトに随従した五人の臣(五部神)とその一族である。これら五人の神は、天岩戸神話に揃って登場するほか「三種の神器」の制作者にして守護神としても知られる。
「五部神」とは、中臣(藤原)氏の祖神である天児屋命、忌部氏の祖神である神天太玉命のほか、天照大神が天の岩屋戸に隠れたとき踊りを披露した天鈿女命や八咫鏡をつくった石凝姥命、八尺瓊勾玉をつくった玉祖命ら五人の神々である。
 そのほかに、天の岩屋戸に隠れた天照大神を誘い出す知恵をだした思兼神やアマテラスを岩戸からひきだした天手力男神らがいて、これらの神話のスターたちの末裔がニニギノミコトの4代末裔である神武天皇のとりまきとなって「君臣一体」という日本固有の支配体制ができあがった。
 三種の神器は、天孫降臨以来、天皇をまもってきた随従者の象徴で、践祚に際して、天皇が三種の神器を必要とするのは、天皇は、臣(おみ)らとともに天皇という地位に就いたという表明なのである。
 現在の歴史家は「三種の神器」について、おまじないかなにかのようにいうが、江戸時代まで「君臣一体」の象徴とだれもが知っていた。天皇は神輿であって、祭祀の道具である神輿を担ぐのが臣や連、あるいは武家で、それが政(まつりごと/祭り事・祀り事)だったのである。
 ところが、明治維新と昭和軍国主義において、天皇=現人神神話を捏造するために「君臣一体」を形骸化して、天皇が大昔から国家の権力者だったように教えこみ、国民に、歴代天皇の名を暗記させるなどした。
 だが、祭祀王で、軍隊をもたない天皇が独裁者であるわけはなかった。
 権力をもっていたのは、臣(おみ)や連(むらじ)、地方豪族ら兵をもつ有力者だった。
 有力な臣には、天児屋命を祖神とする中臣氏のほか、饒速日命を祖神とする物部氏、天忍日命(道臣命)を祖神とする大伴氏らがいるが、ほかに、五人の天皇(景行・成務・仲哀・応神・仁徳)に仕えた武内宿禰を祖とする蘇我氏や葛城氏、紀氏や巨勢氏、平群氏のほか春日氏など多くの臣や連が中央で勢力をもった。
 地方豪族には、近江の息長氏(継体天皇の家系)、岡山の吉備氏(ヤマトタケルの母系)、摂津国の安倍氏、群馬の上毛野氏、名古屋の尾張氏、河内の多治比氏、島根の出雲氏、九州の安曇氏らがいて、これらの臣や連、豪族らによって、自然発生的に、大和連合国が形成されていった。
 日本には、もともと、神話にもとづく神的な秩序が存在していたからだった。
 ●前方後円墳と大和朝廷
 前方後円墳に、争わずにして、大和朝廷ができあがった根本原理がある。
 日本の歴史は、初代天皇の神武(紀元前660)から15代応神天皇(西暦270年)までを神話時代、16代仁徳天皇(313年)から32代崇峻天皇(582年)までを古墳時代として、33代推古天皇と聖徳太子の飛鳥時代から切り離される。
 神話と実史が渾然としていた古墳時代は前方後円墳体制≠ニも呼ばれる。
 争わずに、大和朝廷が統一されていった理由は、その前方後円墳にあった。
 前方後円墳は、前が方形(四角形)で、後ろが円形の連結構造になっている。
 前方の方形が、この世の中つ国で、後方の円形が、天空にある高天原である。
 死者が葬られているのは、円形の場所で、高天原を意味する天である。
 祭壇を築くのは、方形の場所で、人々が生を営む葦原の中つ国である。
 前方後円墳は、ミコトが中つ国から高天原に帰ってゆく、天孫降臨の神話を再現したモニュメントだったのである。
 有力者が、高天原と中つ国を組み合わせた前方後円墳を共通の墳墓としたのは、かれらが、始祖の代から、ニニギノミコトの子孫である神武天皇の臣下であることを運命づけられていたミコトの末裔だったからである。
 前方後円墳が、全国で5000基以上にのぼるのは、日本が祭祀国家だったことのあかしで、大和朝廷のモニュメントである前方後円墳は「君臣一体」のシンボルだったのである。
 大きないくさがないまま大和朝廷が統一されてゆく原理を、日本の歴史学会が解明できなかったのは、日本の歴史に、西洋史の絶対主義や唯物史観をあてはめたからである。
 絶対主義に立った西洋の価値観や史観で「君臣一体」という日本固有の文化構造を理解できるわけはない。
 古墳時代は、祭祀国家の形成期であったが、日本の歴史学者は、皇国史観としてこれを排除した。くわえて、中国(晋)の歴史書に倭国の記述がなかった(266〜413年)ことから、古墳という遺跡があるにもかかわらず「空白の4世紀」として、古墳時代の歴史解明に幕を引いてしまった。
 次回以降は「君臣一体」から「君民共治」へ筆をすすめて、世界が騙されているルソーの国民主権や民主主義についてものべよう。
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2022年01月04日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのか10

 ●ようやく「防衛後進国」から脱却した日本
 岸田文雄首相は、所信表明演説で、2022年末までに「国家安全保障戦略」「防衛大綱」「中期防衛力整備計画」の改定を実現させるとのべたが、このとき「敵基地攻撃能力をふくめたあらゆる選択肢を排除せず現実的に検討する」と明言した。
 2015年の「日米防衛協力ガイドライン」の改定および安全保障関連法の改定後、日本の防衛体制は、各方面で、着々と成果をあげている。
 海自空母4隻体制の構築と潜水艦に国産長距離巡航ミサイル(1000キロ射程)の搭載決定、南西諸島(奄美大島/沖縄本島/宮古島/石垣島)へ陸自ミサイル配備そして岸田首相による「敵基地攻撃能力」の保有宣言と、第二次安倍政権発足以降、日本は、憲法9条に縛られた防衛後進国からようやく普通の国に立ち返りつつある。
 背景にあるのが、アジア・太平洋における日米共同防衛構想である。
 アメリカ第七艦隊が南シナ海を、ひゅうがといせ、いずもとかがの4隻体制となった海自空母打撃群が東シナ海をまもって、アジア・太平洋防衛には日米印豪にくわえて、英仏独蘭加の海軍がくわわる。
 中国海軍が遼寧と山東のほか三隻目の空母をもったところで、米中を中心とする自由主義陣営が結束すれば、海軍力の軍事バランスは、そうかんたんには崩れない。
 海軍戦力では、航空戦力を擁する空母艦隊と並び立つのが、海中から魚雷やミサイルを発射できる潜水艦隊である。
 現在、海上自衛隊は、潜水艦22隻体制(そうりゅう型12隻/おやしお型9隻/たいげい型1隻)で日本近海をまもっている。
 日本の潜水艦が世界一といわれるのは「非大気依存推進(AIP)機関」に高性能のリチウムイオン畜電池(GSユアサ製)を使用しているからである。
 AIPシステムは、エンジン駆動で蓄えた電気で航行できるため、ほとんど音を発しない。戦闘時には、気づかれずに対象へ接近して、監視や偵察、情報収集をおこなう。隠密行動を主任務とする潜水艦にAIPシステムと高性能の電動力は欠かせない機能なのである。
 通常航行する場合は、ディーゼル機関を用いるが、警戒態勢にはいるとエンジンが切られて、AIPシステムがはたらきだす。ところが、原子力潜水艦はエンジンを切ることができないので、敵のソナーにキャッチされる。
 尖閣諸島沖の海域に進入した中国の原子力潜水艦が、海上自衛隊の潜水艦に探知されて、2日間にわたって追跡されたあげく、公海上で、中国国旗の五星紅旗を帆柱に立てて浮上するという事件がおきている(2018年)。
 日本潜水艦の探知能力は、酸素ボンベを使った潜水者の呼吸音まで認識する能力をもち、レーダーは潜水艦配備と衛星・対潜哨戒機の双方の監視をコンピューターで統合運用する。
 日本潜水艦のソナー能力は、エンジン音から潜水艦の艦名までが識別できるといわれるほどで、日本の周囲をうごきまわっている外国籍の潜水艦はすべて日本の潜水艦隊に把握されているといってよい。
 潜水艦の航行深度は500メートルが限界とされる。米原潜を除けば世界のほとんどの潜水艦が水深400メートルを航行下限とするが、日本の潜水艦はその数百メートル下を航行する。
 船体に「NS110鋼材」という水深1000mに耐えられる特殊な素材を使用しているからで、海上自衛隊の潜水艦が搭載する深海救難艇は、深度1000メートルの救助活動も可能だという。
 世界最強といわれる日本の潜水艦だが、さらに政府は、海自潜水艦に国産の長射程巡航ミサイルを搭載するという。射程は1000キロで、地上の目標を正確に攻撃できる。
 2022年以内に装備するというが、実現すれば、最強の敵基地攻撃能力である。発見されにくい潜水艦からの反撃能力を備えることによって、日本本土への攻撃を思いとどまらせる抑止力が、飛躍的に強化されることになる。

 日本は、2026年までに「極超音速ミサイル」を開発して沖縄に配備するという。日本が実戦配備すれば、アメリカ、ロシア、中国に次ぐ4番目の極超音速ミサイル保有国になる。専守防衛の縛りから、目下、射程を500キロにおさえているが、沖縄から尖閣諸島まで(420キロ)なら十分である。
 現在、マッハ5超の極超音速飛行体≠フ開発研究が急ピッチですすめられている。2017年度に採択された「極超音速飛行に向けた流体・燃焼の基盤的研究」は、小惑星探査機はやぶさを打ち上げた「JAXA」が担当しているが、岡山大学や東海大学などの研究機関も分担している。
 極超音速飛行体というのは、ロケットや高性能ミサイルのことである。
 日本は、現在、マッハ2〜3で射程距離が100〜200km程度の「迎撃ミサイル」を保有しているが、飛来してきたミサイルをたんに迎撃するだけの機能で、この射程距離では北朝鮮にも届かない。
 ロシアや中国は、すでにマッハ6以上の極超音速ミサイルを保有・配備しており、北朝鮮も極超音速ミサイルの試射に成功している。極超音速ミサイルの迎撃は、現在の技術では困難で、日米が、宇宙工学とロケット技術の粋を結集して、新たなミサイル防衛網を構築するほかない。

 政府が研究開発をすすめている新型の対艦誘導弾の射程が2000キロにもおよぶという。同誘導弾の配備が実現すれば、自衛隊が保有するミサイルでは最長の射程となる。
 これとは別に、陸上自衛隊が運用する12式地対艦誘導弾の射程も将来的に1500キロにたっする。「国産トマホーク」ともいえる長射程ミサイルの射程が1500から2000キロにまでのびると、日本からの地上発射でも中国や北朝鮮が射程に入る。
 レーダーからの被探知性を低減させるステルス能力や、複雑な動きで迎撃を防ぐAI機能を高めるほか、地上以外、艦船や航空機からも発射も可能になれば、12式地対艦誘導弾の戦争抑止力は数段と向上するはずである。

 日本は、現在、4種類(F4、F2、F15、F35)の戦闘機を運用している。このうち、F4(26機)は2020年度中に退役を迎え、F2(91機)は2035年をメドに退役する。
 F15(201機)と、F35(17機)については、F15の能力向上とF35の新規調達(147機)を軸に精鋭化を図る。
 そのなかに空母いずもに艦載される短距離離陸・垂直着陸能力をもつF35B型がふくまれるが、いずれにしろ、147機の合計で、6兆6000億円という目の玉がとびでる買い物である。
 整理される戦闘機のランナップのなかで、空位となるのが、エンジン1基のF2である。ここに、代替えに国産のステルス戦闘機があてられる。
「心神」の呼称で呼ばれた先進技術実証用の実験用航空機「X‐2」である。
 三菱重工が設計を担当、IHIがエンジン、主翼と尾翼は富士重工業、SUBARUが機体、制御機器はナブテスコ、東芝と富士通がレーダーを製造する純国産で、ステルスの心臓部、電波吸収剤は宇部興産が担当する。
 複雑に屈曲させたエンジンの吸気ダクトなどもあいまってステルス性は数十キロ先のカブトムシ程度とされる。
 搭載エンジンは実証エンジンXF5‐1である。特長は、噴射口にとりつけられた3枚の推力偏向パドルで、通常の戦闘機では制御不可能となる失速領域においても機動制御を維持し、かつ高運動性を確保することができる。
 他機と同様以上のジェット推力(10t)をもちながらやや小型で、尾翼が大きく、3枚の推力偏向パドルをそなえているので、かつてのゼロ戦のように抜群の運動性をもっている。
空の支配者≠ニいう異名をもつアメリカの第5世代機のF‐22のアクロバット飛行は有名だが、日本の「X‐2」の運動性はそれ以上である。
 日本は、開発費や生産費をふくめて、約5兆円を投じて、現在のF‐2に代えて、日本の「X‐2」を実戦配備(90機)するという。
 陸海空の万全のまもりにくわえて、ミサイルの極超音速化と敵基地攻撃能力の保有によって、日本は、ようやく、先進国と肩を並べる普通の国になれるのである。

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2021年12月27日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのか9

 ●戦争シミュレーション≠ニ軍拡競争
 核は、防衛には最強だが、使えない武器で、使えば、世界の破滅である。
 戦争がおきるとしたら、通常兵器による局地戦だが、それも、実際におきる可能性はきわめて小さい。
 それでは、なぜ、世界の国々が軍拡競争に血眼になるのか。
 軍事力をベースにした戦争シミュレーションによって、たたかう前に勝敗が決するからである。といっても、ただのゲームではない。シミュレーションによる軍拡競争に負けると、実戦で負けたと同じような結末がもたらされる。
 インド太平洋軍のデービッドソン司令官が上院軍事委員会の公聴会で「通常戦力による米国の抑止力が崩壊しつつある」と警告して注目を浴びた。現在のペースでは、中国が6年後に台湾を解放して、20年後にはアメリカから世界覇権を奪うというのである。
 これも、戦争シミュレーションの結果で、アメリカが、将来、中国に負ける可能性があることを正式にみとめたのである。
 尖閣列島も、戦争シミュレーションで日米が中国に負ければ奪われることになる。その場合も、実戦なしで、コンピューターにデータをインプットすれば99・9%の確率で勝敗が判明する。
 増強される中国軍に対抗して、アメリカがシミュレーション戦争に勝利するべく、着々と手を打っているのは、いうまでもない。
 局地戦の主戦場になると思われる海洋では、アメリカ軍は、地上から中国の艦艇を攻撃する「地対艦」攻撃部隊を創設して、南西諸島やフィリピンなどに配備する。
 地対艦ミサイル攻撃には、海軍海兵隊だけではなく、陸軍もくわわる。海と陸の両方で、東シナ海と南シナ海に展開する中国海軍を無力化しようというのである。米空軍も、規模を縮小したグアム島の空軍基地にBー52H爆撃機の爆撃機部隊を復帰させて、中国ににらみをきかせる。
 さらに、日米豪印(クアッド)が結束する太平洋・インド洋では、イギリス(空母クイーン・エリザベス)をはじめオランダ(艦艇)、フランス(強襲揚陸艦)やドイツ(フリゲート艦)が日米海軍と共同訓練をおこなっている。
 日米豪印に英仏独蘭加をくわえた海洋国家群で、中国とロシアなどの内陸型国家連合を封じこめようというのである。

 中国海軍は、旧ソ連製の船体を改修した「遼寧」と国産初の「山東」の二隻の空母をもち、アメリカは、保有する空母11隻のうち、最強のロナルド・レーガンを第七艦隊(横須賀基地)に配備している。
 空母打撃群は、航空母艦を中心にミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦、攻撃型潜水艦、補給艦などによって構成されるので、一つの空母打撃群が一国の海軍力に相当するといわれる。
 アメリカ最強の第七艦隊のロナルド・レーガンが、南シナ海で、中国海軍の遼寧や山東に対抗しているが、中国海軍が三隻目の空母をもつと、米中の軍事バランスが崩れかねない。
 総合力はアメリカが上でも、局地戦では、投入できる戦力に限界がある。
 しかも、地の利もはたらくので、極東の米中軍事バランスが逆転する可能性はおおいにあるのである。
 そのとき、大きな役割をはたすのが、日本の空母打撃群である。
 日本の空母艦隊は「ひゅうが」「いせ」「いずも」「かが」の4隻体制である。
「ひゅうが」と「いせ」は対潜水艦用の航空母艦として、世界の最新鋭である。
 一方、ステルス戦闘機を艦載する「いずも」と「かが」は、航空母艦として本格的な機能をそなえている。艦載するFー35Bステルス戦闘機は、短距離離陸・垂直着陸できる世界の最新鋭機で、英国の空母クイーン・エリザベスも採用している。
 日本の空母打撃群は、空母の前後左右に、迎撃ミサイルを備えたイージス艦や駆逐艦、ミサイル巡洋艦、上陸用舟艇や補給艦を配置して、攻撃型潜水艦や対潜哨戒機が海と空から目を光らせる。
 日本の空母艦隊は、対潜水艦用のタイプとステルス戦闘機を艦載したタイプの組み合わせがベストで、このダブルの航空母艦が日本海や東シナ海の制海権を握れば、竹島を不法占拠する韓国や尖閣諸島に干渉してくる中国を牽制することができる。

 戦争シミュレーションのなかで大きな要素となるのが「敵基地攻撃能力」の保有である。ミサイル戦になる現代の戦争において、専守防衛(攻撃をうけたら報復する)という論理は通用しない。 被弾すれば、その時点で勝負がついてしまうからである。
 したがって、敵ミサイルが発射される前に先制攻撃≠ナきる体制ができていなければ、戦争シミュレーションの上で、互角の戦力をもっていることにならない。
 日本政府が、これまで、敵から攻撃を受けるまで武力の行使をおこなわないとしてきたのは、国家の自衛権や自然権、習慣法や国際法(国連憲章51条)を放棄したからでも、憲法九条に縛られているからでもない。
 国家防衛を核の傘≠ニいう名目のもとで、国家防衛をアメリカにゆだねる悪弊をひきずってきたからで、このなれあいを断ち切ったのが安倍晋三元首相だった。
 核の傘も自衛権の委託も、前時代的な迷妄で、そんなものは存在しない。
 安倍政権は14年、憲法解釈の変更を閣議決定して、集団的自衛権の行使を容認すると、翌15年、日米防衛協力ガイドラインの改正と安全保障関連法を成立させた。
 菅義偉前首相が安倍の安全保障路線を踏襲すると、岸田文雄首相が所信表明演説で「防衛には、敵基地攻撃能力もふくめてあらゆる選択肢を排除しない」と表明して、戦後レジームからの脱却がいよいよ明確になった。
 ちなみに、安倍路線を目の敵にするのが法曹界と左翼である。
 法律家と左翼は、ともに、教条主義者である。前者が条文主義者なら後者がマルクス主義者で、かれらにとって、法律の文章やマルクスのことばが唯一の真実である。
 法が「刑罰に裏付けられた主権者による命令(ジョン・オースティン)」ならマルクス主義は「暴力に裏付けられた主権者による政治」である。そのいずれも、人間の頭がひねりだした浅知恵で、国体や国家、文化や習俗という歴史がつちかってきた叡智とは比べるべくもない。
 しかも、ここでいう主権者は、国家ではなく、人民の権利(=国民主権)をあずかって、国家を倒そうとする、啓蒙思想という怪物である。
 啓蒙思想というのは、個人の自由や平等、権利を、天からさずかったものとして、それらをまもっている国家を、逆に、奪うものとして逆恨みする錯綜でルソー主義≠フことである。
 ルソー主義を信奉するのが、労組やマスコミ、日本弁護士会や検察庁である。
 外交や国家防衛で大きな成果をあげた安倍首相を「戦争が大好きな右翼」と罵倒しつづけ、検察庁にいたっては「桜を見る会」で秘書が小銭をごまかしたとして、いまだに、安倍逮捕に執念を燃やしている。
 法律家が、反日・反国家に走るのは、東大法学部の三巨頭、丸山眞男、大塚久雄、川島武宜が、ともに、啓蒙主義を代表する論者で、戦後民主主義のオピニオンリーダーだったことを思えばうなずけよう。
 閑話休題で、次回は、日本防衛の要となる極超音速ミサイルと世界一の潜水艦、現代のゼロ戦となる可能性をひめた国産ステルス戦闘機について語ることにしよう。
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2021年12月20日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのか8

 ●無防備ほど平和にとって有害なものはない
 日本学術会議の任命を拒否された6人の学者は「秘密保護法」や「安全保障関連法」、「共謀罪法」に反対してきたいわゆる平和勢力≠ナ、反日や反国家なのはともかく、これまで、日本の軍事研究や兵器開発、軍需産業にたいして、一貫して、非協力の姿勢をつらぬいてきた。
 第二次安倍政権(2012年)以前、自民党政府は、大手マスコミから護憲派、日本弁護士会や日本学術会議などの平和勢力の前で小さくなって、ろくに防衛論議もできないありさまだった。
 軍備や交戦権、軍事力(自衛隊)どころか、国防意識そのものを憲法違反とする日本平和教≠ェ、国家防衛の前に立ちはだかって、世界の軍事的均衡の一翼を担っている日本の足をひっぱってきたのである。
 ソ連崩壊やアラブの春、イギリスのEU離脱などを予測した世界的に高名なフランスの歴史学者エマニュエル・トッドはこういう。「戦争になるのは軍事的均衡が破綻したときです。無防備ほど平和にとって有害なものはない」
 こうともいう。「核は自国のためだけに使うものです。ドイツをまもるためにフランスが核を使うことがないように、アメリカも、日本をまもるために核を使うことはない。アメリカの核の傘≠ニいうのはジョークでしかない」
 日本は自前の核をもつべきという論拠は「核の傘無効論」だったのである。
 日本が核をもつなら、インドやパキスタン、北朝鮮のように、核拡散防止条約(NPT)を破棄しなければならない。
 アメリカの反対や国際社会からの反発が予想されるが、その場合、NATO(北大西洋条約機構)のニュークリア・シェアリング(核兵器共有)方式という選択肢が浮上してくる。
 ドイツ・イタリア・ベルギー・オランダなどの参加国は、アメリカから核の貸与をうける一方、核兵器を搭載できる軍用機やミサイルなどの技術・装備をもち、自国領土内で核を管理するほか、使用権限も握る。
 といっても、核兵器の暗号コードは、アメリカがもち、それが参加国の手に移るのは、核攻撃をうけて、報復する場合に限られる。核戦争はおこらないという前提に立っているので、核の貸与は、核を誇示する敵のブラフ(脅し)に対抗する形式的なもので、実際に、核兵器の暗号コードが参加国に移るかどうか、細部にわたるとりきめはない。

 核は、使用できない武器である。万が一、インドとパキスタンが互いに核を撃ち合ったら数億人の犠牲者が出るばかりか、世界の経済や流通、システムが崩壊して、食糧危機がおき、被爆死に倍する死者(餓死者など)がでることになる。
 まして、核保有国(米・中・ロ・英・仏・イスラエル)が核を使えば世界は破滅へむかい、5000年前の四大文明や日本の縄文文化からはじまった人類の歴史に終止符が打たれることになる。
 二国間の「相互確証破壊(=共倒れ)」の論理で、終局的には、地球の破滅へつながる核と、世界各国の自制とルール、安全を担保する軍事バランスは切り離されていなければならない。
 バランスオブパワーをつくりあげているのは、通常兵器による陸・海・空の軍拡競争である。米中摩擦や台湾問題、尖閣列島が大きな紛争へ発展しないのは、米・中・ロ・日・韓およびアセアン・印・豪のあいだで軍事的な均衡がたもたれているからである。

 このバランスオブパワーを政治的眼目においたのが、安倍政権で、それまでの日本政治のパラダイムをがらりと変えた。とりわけ第二次安倍政権と菅義偉政権では、外交・防衛上に大きな前進がみられた。
 羅列してみよう。
 第一次安倍政権以後のうごき
 2006年 
 第一次安倍政権発足
 安倍内閣の基本的な外交方針として「価値観外交―自由と繁栄の弧」がうちだされた。
 第二次安倍政権以後のうごき
 2012年 
 第二次安倍政権発足
 2013年 
 日英防衛装備品・技術転移協定署名。米国以外との国との初の武器共同開発協力
 特定秘密保護法成立
 2014年 
 武器輸出三原則を撤廃。新たに防衛装備移転三原則を閣議決定
 憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使容認の閣議決定
 英国とミサイル共同開発を決定。自衛隊にミサイルを納入する三菱電機の参画を認可
 2015年 
 日米防衛協力ガイドラインを改定
 安全保障関連法(いわゆる戦争法)成立
 防衛装備庁が発足。安全保障技術研究推進制度の発足
 2016年 
 安倍首相が「自由で開かれたインド太平洋戦略」(アフリカ開発会議)をうちだす
 2017年 
 自衛隊の中古装備品を他国に無償あるいは低価格で譲渡できる改定自衛隊法が成立
 共謀罪成立
 2018年 
 フィリピンに海上自衛隊の練習機TC90を無償譲渡
 日英の武器共同開発が本格化。英国の軍需企業が開発した空対空ミサイルに三菱電機の高性能レーダーを組み込む
 安倍晋三元首相が「いずも」と「かが」の空母への改造を閣議決定
 2019年 
 ノルウェーの軍需企業と巡航ミサイル買い付けの契約締結
 ノルウェーの軍需企業がF35戦闘機に搭載可能な巡航ミサイルの後続契約を日本政府と締結。53億円
 2020年 
 防衛省が「三菱電機製のレーダーをフィリピンに輸出する契約が成立」と発表。日本製の完成品の輸出は初めて。
 安倍首相が「ミサイル阻止(=敵基地攻撃能力の保有)年内に方針と」と談話
 防衛庁が5兆4898億円(2021年度)の概算要求
 防衛装備庁が国内軍需商社(丸紅エアロスペース、伊藤忠アビエーション)とアジア4か国へ武器輸出を本格化させる契約
 2020年 
 菅政権発足 日本学術会議の任命から6人の学者を拒否
 イージス艦2隻新造と敵の射程圏外から攻撃できるスタンドオフ・ミサイル(長距離巡航ミサイル)の国産開発の方針を閣議決定。

 日本防衛戦略の基本が「航空母艦」「戦闘機」「ミサイル」「潜水艦」の四つの戦力の能力と装備、配置にあるのはいうまでもない。
 この4分野の戦力を世界レベルから検証してみよう。
 日本の空母艦隊が「ひゅうが」「いせ」「いずも」「かが」の4隻体制をとったのは、ひゅうが(「いせ」をふくむ)といずも(「かが」をふくむ)の戦闘任務と守備範囲が異なるからである。
「ひゅうが」型は、接近してくる敵潜水艦にたいする攻撃で、短魚雷発射管やアスロック対潜ミサイルなどを格納する16セルの垂直発射装置(VLS)を装備する。重兵装だが、対潜水艦用の航空母艦として、世界の最新鋭である。
 一方、潜水艦を攻撃する装備をもたない「いずも」型は、本格的な航空母艦としての機能をそなえ、短距離離陸・垂直着陸できるF−35Bステルス戦闘機を艦載する。米海兵隊F35Bが「いずも」からの短距離離陸・垂直着陸をおこなった(ネットで映像公開)のち、海上自衛隊も、日夜、訓練を重ねている。
 潜水艦と駆逐艦、空中戦力にまもられる空母船団のなかで、ひときわ威力を発揮するのが空中戦力である、垂直離着陸ステルス戦闘機F35は、F22に次ぐ世界第2位の能力をもつ戦闘機とあって、日本の空母が、東シナ海で中国海軍の空母とにらみ合っても一歩もひけをとらない。
 ちなみに、F22はアメリカ空軍のエースで、門外不出にしたため、日本は同等以上の性能をもつ戦闘機(心神)を開発したが、それは後述しよう。
 日本の空母打撃群には、航空母艦を中心に、駆逐艦やミサイル巡洋艦、攻撃型潜水艦や対潜哨戒機、上陸用舟艇や補給艦、これに、軍事衛星とむすばれたレーダー網とアメリカと共有する情報ネットワークがくわわる。
 実戦では、空母の前後左右に、空対艦ミサイルに備えた迎撃ミサイル体制を整えたイージス艦を配置してさらに万全を期す。
 現在、海軍力が世界1位の米、2位の日、3位の英に、仏・蘭・豪・加らをくわえた自由諸国海軍連合の軍事訓練が、太平洋インド海域中心に、精力的におこなわれている。
 この軍事的均衡のなかで、中国海軍が尖閣列島を奪える情勢はでてこない。
 次回は、日本の「戦闘機」「ミサイル」「潜水艦」が世界と比較してどのレベルにあるかを検証してみよう。
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2021年12月12日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのか7

 ●高まるアジアの軍事的緊張と「憲法九条」の不均衡
 韓国の国防費が、いまのペースでは、6年後には、日本の現在の防衛予算を上回る。
 文在寅政権が、GDPの2・2%だった国防予算を2・5%へと上昇させたからで、このままでは、2020年の段階で50兆1527億ウォン(約4兆7000億円)だった国防費が、6年後には5兆4000億円を超える計算になる。
 ちなみに、2020年の日本の防衛予算は5兆3222億円だった。
 韓国が、国防費の増強にやっきになっているのは、北朝鮮との戦争に備えてのことではない。韓国は、現在、空母の建造を計画しているが、陸上戦となる北朝鮮との戦争に空母など必要ない。
 近い将来、韓国が空母を保有するであろう理由は、竹島(韓国名・独島)の占有を恒久化させるためである。韓国の有力紙・中央日報はこう報じる。
「日本は、韓国の領土である独島を自国の土地だと執拗に主張している。そんな日本が空母戦団を独島沖に布陣させ、武力示威をおこなえば、韓国も、空母戦団で対処しなければならない。空母戦団がなければ無防備状態で日本の武力示威を許してしまうことになる」
 韓国が危機感を強めたのは、2018年、安倍晋三元首相が「いずも」と「かが」を空母に改造することを閣議決定したからである。
 現在、日本は、1万9000トン級のヘリコプター母艦「ひゅうが」と「いせ」を運用している。これにくわえて、2023年までに、2万7000トン級多目的駆逐艦「いずも」と「かが」の2隻を、F35Bを艦載機とする空母に改造しようというのである。さらに、将来的には5万トン級空母(仮称「ほうしょう」)も建造するという。
 指揮塔が船の右舷中央にあって、滑走路用の甲板を大きくとってある日本のヘリコプター搭載艦や多目的駆逐艦は、設計時点から垂直離着陸ステルス戦闘機F35Bを搭載する航空母艦に改造することを念頭に建造されている。

 日本の空母を警戒しているのは、韓国だけではない。南シナ海でアメリカとしのぎを削っている中国にとって、日本の空母は、大きな脅威になる。
 2020年、中国は、渤海で2日間にわたって、空母「山東」の実戦配備となる訓練を実施したが、これは、日米の「インド太平洋戦略」への牽制だったのはいうまでもない。
 日本の空母打撃群には、航空母艦を中心に、駆逐艦やミサイル巡洋艦、攻撃型潜水艦や対潜哨戒機、上陸用舟艇や補給艦、さらに、軍事衛星とむすばれたレーダー網とアメリカと共有する情報ネットワークがくわわる。
 南シナ海で、アメリカの空母打撃群(空母「ロナルド・レーガン」)とにらみあった中国海軍が、こんどは、東シナ海で日本の空母艦隊と張りあわなければならなくなる。
 中国が今回の訓練に動員した山東は、ウクライナから買った未完成の船体を完成させた「遼寧」につづく2隻目の空母だが、3隻目となる国産空母の完成も間近という。
 韓国が空母の建設を急ぐのは、独島防衛のためだが、一方、中国は、尖閣諸島の領有と同海域の制海権確保が目的である。
 竹島は、日本と朝鮮半島のほぼ中間にあって、対馬海峡から日本海へいたる入口である。竹島から朝鮮半島までは200キロ強で、ここに、日本が強力なレーダーを建てたら、日本海と朝鮮半島を一部が日本の監視下におかれる。
 尖閣列島は、中国本土と台湾、沖縄本島のほぼ中央にあって、中国大陸から太平洋にでる上海ルート(東シナ海)の最大の妨害になる。北京から太平洋にでるもう一つが香港ルート(南シナ海)だが、北京から2000キロも離れているばかりか、その場合、艦船は、台湾近海を南下しなければならない。
 日本人は、竹島や尖閣列島について、ちっぽけな島と思っているが、両方ともきわめて重大な軍事的要衝である。そのテーマに、マスコミや評論家がふれないのは、憲法九条ばかりに気をとられて、世界の防衛感覚に疎くなっているからであろう。
 自衛隊ができる2年前、韓国は、島根県の一部だった竹島を李承晩ラインの内側にとりこんで略奪し、このとき、韓国は、竹島周辺で漁をしていた日本の漁船328隻を拿捕、漁師3929人を拘束して、44人死傷(抑留死亡8人)させている。
 軍事力がなければ、当時、北朝鮮よりも国力が低かった韓国からさえこんな酷い扱いをうける。それが国家防衛をめぐる世界の現実で、国民は、軍事力によってまもられるのである。

 日本の軍事力は、アメリカ、ロシア、中国、インドに次ぐ世界5位(アメリカの軍事情報サイト/グローバル・ファイヤーパワー2021年版)である。
 以下韓国、フランス、イギリスとつづくが、インドは、自前で兵器をつくることができないので、日本が、事実上、第4位ということになる。
 中国と比較して、人口で9%、国土で5%以下の日本が軍事力でその中国に次いで4位になっているのは、アメリカがアジア防衛の義務を日本に負わせているからで、日米安保条約とNATO(北大西洋条約機構)が自由世界の安全と安定をまもっている。
 ちなみに、軍事力1位のアメリカの軍事費は、2〜10位の軍事費の合計をこえる。NATOや日米安保条約、クアッド(日米豪印戦略対話)およびファイブ・アイズ協定(米英加豪ニュージーランド)は、アメリカの軍事的優位を基礎としたもので、世界最強の安全保障である。
 新型兵器開発も、アメリカがリードして、ロシアや中国が後を追う。
 現在、この米・ロ・中が熾烈に開発競争をすすめているのが次世代の兵器のエースといわれる「極超音速ミサイル」である。発射後、高高度で分離されたのちマッハ10〜20の速度で飛行して目標を攻撃する。飛行経路も変えられるため、THAADなど既存のミサイル防衛システムでは迎撃できない。
「極超音速ミサイル」の登場によって、旧来のミサイル防衛システムが役立たずになってしまったのである。
 日本は、2026年までに「極超音速ミサイル」を開発して沖縄に配備する計画である。専守防衛の縛りから射程500キロにおさえているが、沖縄から尖閣諸島まで(420キロ)なら十分である。日本が実戦配備すれば、世界で4番目の極超音速ミサイル保有国になる。
 日本が導入を検討したJASSM(ロッキード社)は戦闘機から発射される空対地ミサイルで、位置情報を入力すれば低空飛行で900キロメートル先の目標物を精密打撃することができる。
 だが、費用をめぐって日米間協議が難航するなどして、岸信夫防衛相が打ち切りをきめた。
 JASSMは幻となったが、実情は、日本が独自の技術で空対地「極超音速ミサイル」を開発できる見通しが立ったからであろう。
 日本は、直系1000メートルに満たない小惑星から岩石をもちかえる宇宙工学(小惑星探査機はやぶさ)と高度なロケット技術をもち、これまで7基の軍事偵察衛星を打ち上げてきた。
 この国産ロケット(イプシロン)は大陸間弾道ミサイル(ICBM)に転用できる。
 中国が実力で尖閣列島を奪えないのも、軍事費をいくら増やしても、韓国が日本を圧迫できないのも、日本の軍事テクノロジーが、世界最高の水準にあるからである。
 次回は、核保有をふくめた日本の安全保障の今後を展望してみよう。
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2021年12月06日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのか6

 ●敵と味方の区別がつかない日本の平和主義
「政治とは敵と味方の峻別である」とドイツの政治学者シュミットは断じた。
 一神教は、神と悪魔がたたかう一元論なので、このような考え方がでてくるのであろう。
 こうもいった。「敵と味方の峻別ができなければ、政治的主体としての国家も国民も消滅する」
 敵と味方の峻別が、国家や国民を外敵からまもってきたというのである。
 中国から朝鮮を征服して、中東から欧州までをおびやかしたモンゴル帝国が日本侵略に二度、失敗したのも、アジアを植民地化した列強が日本だけに手をだせなかったのも、日本には、敵と味方を峻別する意識(攘夷)がつよかったからである。
 敵・味方意識の乏しさから国家を危うくしたのが、かつての朝鮮だった。
 日韓併合条約は、巨額の外債に苦しむ世界最貧国の朝鮮が、皇帝(純宗)と内閣(李完用)、議会を立てて申し入れてきたもので、日本は朝鮮の巨額外債を代弁して、朝鮮国家を近代国家に立て直すべく国家予算並みの資金をつぎこんだ。
 韓国併合(1910年)の15年前、日本は、下関条約(日清講和条約)の第一条で、清国に朝鮮の独立を約束させたが、その2年後、李氏朝鮮王の高宗がロシア公使館で公務をとるなどして、みずから独立を放棄している。
 朝鮮の独立は、清国やロシアにたいする防衛上、日本にとって、欠くべからざるもので、朝鮮の事大主義が日露戦争(1904年)の原因となったのは周知のことである。
 日韓併合は、アジアの安定と日本の安全にとって、最善の策であったことは英米をはじめ列強がみとめるところで、たとえ、日本が朝鮮の主権を侵犯していたとしても、当時の国際法慣行からみて、なんら違法性はなかった。
 韓国が、敵と味方の区別がつかないのはいまも同じで、韓国の次期大統領の有力候補、李在明は「日本が植民地支配にたいして痛切な反省と謝罪の姿勢をもつなら韓日関係に未来はある」などと堂々と公言している。
 体制が異なる中国や北朝鮮に無警戒な一方、日本を仮想敵国にして軍事費を増やしつづけているすがたは異様というほかない。

 戦後日本の平和勢力≠焉A敵と味方の区別がつかない政治的無能者である。
 代表格が、作家の大江健三郎と故瀬戸内寂聴で、憲法九条の熱烈な信奉者である。大江が「九条の会」の発起人なら寂聴は「9条が日本の平和をまもっている」と半世紀にわたって主張しつづけて、若い芸能人や作家、タレントらに大きな影響をあたえてきた。
 憲法9条は、戦勝国の占領政策である武装解除指令(GHQ指令第一号/陸海軍解体)を法令化したもので「ハーグ陸戦条約43条(国の権力が占領者の手に移ったとき、占領者は占領地の現行法律を尊重する)」の条文にも反する。
 日本の平和主義者が、旧敵がつくって、国際法にも違法の疑いがある9条を奉っているのは異常で、憲法で反戦・平和を謳うなら、占領軍がつくった屈辱的な9条を破棄して、自主憲法で、堂々と平和主義を謳えばよいのである。
 だが、そうなると、国連憲章や国際法、自然法や習慣法、日米安保条約との整合性がもとめられて、ノーテンキな日本の平和主義は空中分解する。それを避けるために、かれらは、ことさらに9条をもちあげて、これをまもろうとするのである。
「9条主義者」もまた敵と味方の区別のつかない政治オンチで、国民をまもる国家を敵とみなして、反日・反国家を叫ぶ。国家は悪、個人は善という数百年も昔の市民革命のセンスに立って、ひたすら、国家を呪うのである。
 大江が、わたしは、日本人ではなく国際人なので、文化勲章を拒否してノーベル章をもらったと豪語すれば、瀬戸内は、9条が国家を縛って、戦後平和がまもられてきたとうったえてきた。
 国家も防衛も念頭にないのは、人間は、生まれながらにして、自由と平等をあたえられているというルソー主義に立っているからである。自然状態において、万人が幸せに生きる権利をもっているにもかかわらず、人々が不幸なのは、国家や社会制度、私有財産制のせいとルソーはいう。
 ルソーの「自然に帰れ」が、敵と味方の区別がつかない錯綜で、自然状態におかれたら人間は3日も生きていないだろう。自然状態こそが敵で、ルソーが異を唱えたホッブズをあげるまでもなく「万人の戦争」を防ぎ、国民の生命や生活、安全をまもってきたのは、人々を野蛮な自然状態から救いだした文化や文明、国家だった。

 日本の平和主義者は、大江や寂聴の追従者ばかりで、反日・反国家と反歴史を叫び、ひたすら、人間主義を賛美する。
 そして、市民を名乗る。日本国民ではなく、地球市民だというのである。
「人類みな兄弟」や「武器を捨てると平和になる」というのは、平和主義ではなく、ユートピアニズム(空想主義)やコスモポリタリズム(世界市民主義)で、これらに欠けているのが、道徳や品性、人格などのモラルである。
 国家や社会制度の恩恵に与っておきながら、その国家を罵り、足蹴にするのは、恩知らずにして、モラルが低いからで、平和主義とはなんの関係もない。
 モラルの原義は、モーレスで、外にあらわれた社会的な規範のことである。
 ここから、精神面のモラール(士気)やモラル(徳性)が派生したという。
 モラルは、宗教とのむすびつきがつよく、外国人は、無宗教の日本人が高いモラルをもっていることに首をひねる。
 一神教(創唱宗教)の外国人には、多神教(自然宗教)の日本人が無神論にみえるのである。
 日本は、自然や国土、歴史を神格として、天皇が最高神官に、国民が氏子となる祭祀国家である。
 日本人のモラルの高さは、自然や国土、歴史など、国体との一体感からくるもので、絶対神と信仰契約する西洋の個人主義的な宗教とは、宗教観が異なる。
 日本人のモラルの高さも、宗教や文化、歴史にもとづいていたのである。
 反日・反国家をふりまわす平和主義者がインチキなのは、じぶんをまもっているものに牙をむき、警戒すべき敵に媚びを売るからである。
 日本の平和勢力・護憲派は、敵と味方の区別がつかない政治的未熟者だったのである。
 ちなみに、政治的円熟というのは、自己防衛の能力が高いことをいう。
 次回は、国家防衛という国民的テーマについて考えてみよう。
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2021年11月26日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのかD

 ●防衛観念≠ェ欠落している日本の平和主義
 日本の平和主義が特殊なのは「憲法9条が戦後日本の平和をまもってきた」という迷信の上に立っているからである。
 戦後日本の平和は、日米安保条約と国連憲章51条「個別的・集団的自衛の保有」および憲法9条の解釈改憲%I無視の3つによってまもられてきたといってよい。
 自衛隊と在日米軍がいなければ「尖閣諸島」が中国に奪われていたであろうことは、自衛隊ができる2年前、政権についた韓国李承晩が、日本領の竹島を力ずくで奪った(1952年)ことからも容易に想像がつくはずである。
 李承晩時代、韓国は、13年間で日本の漁船328隻を拿捕、漁師3929人を拘束、44人死傷(抑留死亡8人)させている。
 ところが、日本は、謝罪をもとめるどころか、1965年の日韓基本条約にもとづく経済協力協定で、10年間にわたって無償3億ドルなどの経済協力をおこなって「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を支援してきた。
 当時、海上・航空自衛隊が存在していれば李承晩ライン≠フ悲劇も竹島の占領もなかったであろうことはいうまでもない。

 世界の国防は「平和を欲するなら戦の備えをせよ(ラテン語の警句)」という大原則にそったものだが、その一方、憲法で、平和主義を掲げている。日本の護憲主義者は「9条を世界に輸出すべき」というが、非戦反戦は、日本の専売特許ではない。イタリア(共和国憲法第11条)やドイツ(基本法第26条)にほか、フランスやブラジル、フィリピンやカンボジア、そして、軍事力で日本を超えたい韓国でさえ、憲法で、非戦反戦を謳っている。
 諸外国の非戦反戦と、日本の憲法9条は、どこがちがうのか。
 敵から侵略をうけた場合、これを撃退するのは、本能のようなもので、あえて、自衛権などといわない。
 侵略的戦争は、いまの時代、国連憲章違反になるので、できるはずはない。
 現在は、核戦争をふくめて、国家間戦争も、事実上、不可能になっている。
 それなら、はじめから、非戦反戦を謳ったほうが、国際的に聞こえがよい。
 諸外国の非戦反戦、平和主義には、はじめから、正当防衛的な自衛権がふくまれていたのである。
 ところが、日本の憲法9条は「陸海空軍の戦力を保持しない。国の交戦権を認めない(2項)」として、正当防衛さえみとめていない。1項で「国際紛争を解決する手段としては」と断っているにもかかわらず、である。
 護憲・左翼陣営と左翼新聞(朝日)の主張と、内閣法制局の解釈によるもので、そのため、日本は、防衛本能の失った家畜のような国になってしまった。
「平和を愛する諸外国の公正と信義に信頼して(憲法前文)」というのが日本の平和主義だが、なんと、日本の平和主義は、諸外国の平和主義をアテにした平和主義だったのである。
 平和主義を立てるなら、GHQの武装解除命令≠法令化した憲法九条を廃止して、新たに平和憲法をつくればよい。
 GHQがつくった憲法九条を神格化した日本の平和主義は、政治や国民運動ではなく、宗教上の戒律とすこしもかわらない。
 国が滅びても、憲法をまもれという日本弁護士連合会などは、もはや、オカルト集団というほかない。

 内閣法制局は、左翼官僚の巣で、安倍晋三首相が、2013年、内閣法制局長官の首を阪田雅裕から小松一郎(元・駐仏大使)へすげかえて、ようやく、左翼の牙城を破った。
 そして「現憲法の下で集団的自衛権を行使できる」と憲法解釈を変えさせたが、朝日新聞は、その坂田をひっぱりだして「憲法第九条から集団的自衛権の行使を解釈するのは無理」という論陣を張った。
 日米安保条約下で、個別的自衛権と集団的自衛権を分けることは現実的ではない。国連憲章51条(自衛権)でも区別されていない。尖閣諸島防衛で後方支援の米軍が中共軍の攻撃をうけても援護しないという理屈は、国際的にとおる話ではないのである。
 本来、自衛権は、予想される敵戦力に十分に抵抗しうる戦力で対抗するのが大原則である。
 ところが、内閣法制局は、専守防衛を、侵略戦争をおこなわないという国際常識ではなく、敵弾が着弾してから防衛措置をとるという縛り≠ノもちいてきた。
 アメリカとロシアに肉薄する軍事力をもつ中国は「2030年までに核弾頭1000発保有する見通し(国防総省)」で、9番目の核保有国となった北朝鮮はICBM級(射程1万キロ)も所有している。日本を最大の仮想敵国とする韓国も、現在2000発にたっしている長距離ミサイル(玄武)を盧武鉉(ノ・ムヒョン)時代にすでに配備(ミサイル司令部)済みで、日本の原発すべてが標的になっている。
 ミサイルが撃ち込まれたあとから防衛体制を敷くようでは防衛にならない。核を搭載したミサイル戦では、被弾した段階で勝負がついてしまうからである。
 先制攻撃は、ミサイル戦を想定した防衛概念で、先制攻撃とミサイルの発射準備が見合い(相互抑止力)≠ノなっている。
 中国や北朝鮮、韓国にたいする防衛戦略には、非核三原則核(「持たず、つくらず、持ち込ませず」)を撤廃して、核ミサイルを搭載した世界一の潜水艦軍団を日本近海に遊弋させてこれにあたるほかない。
 日本の潜水艦の能力は、世界一で、静粛航行性(高性能リチウム蓄電池)と航行可能深度(500m)、ソナーなどの艦内装備と艦外の衛星・対潜哨戒機の情報をコンピュータで統合運用する敵探知能力、魚雷の攻撃力、海上発射ミサイルなどをもって、サイパンやパラオ、グアムまでをふくむ日本の絶対防衛線をまもっている。
 核については、アメリカ貸与にしても自国製造にしても、日本が、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とともにこれを用意すべきで、それ以外に有効な核抑止力はありえない。
 韓国が北朝鮮につづいて世界で8番目のSLBM保有国になっている現況をふまえても、アジアの軍事バランスをたもつには、日本が核とSLBMの保有に名乗りを挙げるほかないのである。
「武器を捨てると平和になる」という憲法九条教≠ノ付き合っているヒマなどない。
 次回は憲法九条教≠ニ真の平和思想、そして、憲法改正について語ろう。
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2021年11月11日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのかC

 ●生産と分配、所得のバランスをとるGDP経済
 岸田文雄首相が新自由主義からの決別(「新しい日本型資本主義」)を宣すると、日本有数のIT企業である楽天グループの三木谷浩史会長が「新しい社会主義にしか聞こえない」と嚙みついた。
 新自由主義は資本の論理≠ノ任せっきりにしたほうが資本主義は発展するという経済のリバタリアニズム(完全自由主義)で、当時、アメリカが新自由主義をとったのは、IT経済(=コンピュータ社会)の黎明期にあったからである。
 それが、アメリカの金持ちビッグ4のアマゾン(ジェフ・ベゾス)やマイクロソフト(ビル・ゲイツ)、ハサウェイ(ウォーレン・バフェット)、フェイスブック(ザッカーバーグ)そして、アップルを創設した故スティーブ・ジョブズ財団(夫人)らの巨財をうんだ。
 アメリカの新自由主義は、金持ちトップ50(2兆ドル)が全米資産の半分を所有するリバタリアニズム経済で、それが、奴隷制や海賊、海外侵略、帝国主義をとってきた西洋資本主義の最終局面といえよう。
 これに比べると、日本資本主義は、社会主義的で、士農工商という職業身分があったことが自体、西洋の資本主義と様相を異にしている。
 西洋の身分は、貴族と聖職者、自由市民と奴隷に分かたれて、身分によって法的差別がおこなわれる階級社会を形成していた。
 日本の士農工商は、身分の区別ではなく、職業区分だったが、マルクス学者がこれを階級(階級闘争)としてとりあげて、領主が農民から作物を搾取する唯物史観や斬り捨て御免などのデマを流した。
 領主は、庄屋(名主/村の首長)をとおして年貢を徴収するので、農民とは接触がなく、武士が町人を斬殺した事件(加害者は死罪)はあったが、これを容認した歴史的事実は一件もなかった。
 さらに、学者は、士農工商にエタや非人をくわえ、身分差別があったとした。
 屠殺や食肉が禁止だった江戸時代まで、食肉業や皮革業は、職業としてみとめられていなかった。したがって、業者みずから非人を名乗って規制を免れたが、職業の相続権もあって、大半が家伝だった。
 屎尿やゴミの処理業者、墓守(隠亡)や遊郭下男、大道芸人など士農工商にくくられない業者も、すべて穢多(穢れの多い仕事)や非人と自称、あるいはそう呼ばれたが、これらの職業についている人々の数はきわめて多く、かれらがいなければ、社会生活が成り立たなかったのはいうまでもない。
 戦後、穢多や非人、部落民は、差別用語として、糾弾をうけることになったが、咎められるべきは、これらのことばの使用ではなく、差別意識だったのはいうまでもない。

 日本が、かつて、階級闘争の市民革命を体験することなく、現在も、海賊的資本主義の荒廃から免れている理由は、仁徳天皇の「高き屋にのぼりて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり」に象徴されるように、国民経済に重きがおかれてきたからで、日本は、江戸時代まで、農業比率が85%の農本主義の国だった。
 現在、アフリカや中南米などで貧困と犯罪、ハイパーインフレ(品不足)が蔓延しているのは、職業が不足しているからである。国民に十分な職業があたえられなければ、経済どころか、国家が破綻してしまうのある。
 好例が1929年のアメリカの大恐慌だった。オートメーション普及による失業と過剰生産がひきおこした生産と分配、支出のアンバランスによって、マクロ経済が破綻したのである。
 海賊経済のアメリカが現在も好況なのは、IT経済への切り替えがはやかったため失業率が上がらなかったからだが、ニューヨーク市のレストランのランチ代が数千円という高額で、アメリカ経済は、すでに、金持ちのためのものになってしまっている。

 戦後、日本経済が復興したのは、昭和25年の朝鮮戦争を契機とする「特需景気」によって雇用が急速に拡大したからだった。政治の時代から経済の時代へ突入した昭和35年、安保闘争で倒れた岸内閣の後をひきついだ池田内閣は「所得倍増計画」をうちだして、10%をこえる経済成長率を10年間以上もたもちつづけて、経済大国の基盤をつくった。
 岸田首相の経済政策は、池田勇人の所得倍増計画や「プラザ合意」の竹下登蔵相(中曽根康弘首相/澄田日銀総裁)を「シロートはこわいね」と批判した宮沢喜一の経済をひきついだもので、基本的には、生産と分配(所得)、所得の三者のバランスをとりながら拡大させるGDP(GNP)経済である。
 日本経済は、もともと、石田梅岩の「商は義」や二宮尊徳の「商は徳」あるいは近江商人の「三方(売り手、買い手、世間)よし」の「商道」にもとづくもので、これをひきついだのが、渋沢栄一や豊田佐吉、松下幸之助、土光敏夫らの一流経済人で、かれらは、貪欲な資本家ではなく、すぐれた経営者にして思想家だった。
 資本家と経営者のちがいは、前者が個人の利益をもとめ、後者が社会の利益をもとめるところにある。新自由主義によって生じる格差社会について小泉首相は、当時の流行歌になぞらえて「人生いろいろ」といってのけた。そして、竹中平蔵は、郵政民営化による社会の社会的・国家的損失について、記者会見場で「儲けがでている」「儲かっている」とくり返しただけだった。
 二人とも、経済のなんたるかを知らないただの改革主義者だったのである。

 経済は「三方よし」の「商道」あるいは、生産や分配(所得)、支出がGDPと同じ値になるマクロ経済学上の原則にしたがうことにあって、一部金満家や巨大企業が預金や内部留保を貯めこんで、貧困層や弱者がふえてゆけば、資本主義そのものが崩壊してゆくことになる。
 これまで「貯蓄=投資」という経済公式があって、貯蓄が富の一部と数えられてきたが、実体経済をみると、貯蓄は結果として、経済の縮小をもたらしただけだった。
 かつて、フィリピンのマルコス大統領が、着服した輸入ガソリン税を海外にもちだして、国家経済を害したが、貯蓄や内部留保も、需要創造や就業機会を奪うという意味において、これと同じことである。
 ちなみに、ラモス(元大統領)やエンリレ(元国防相)とともに反マルコスのクーデターをおこしたグレゴリオ・ホナサン(元上院議員)は、わたしの旧い友人で、いまもなお、交流がある。

 宏池会経済は、大蔵省経済という別名があったように、株主や投資家だけが大儲けする新自由主義経済と反対の方向をむいている。宮沢を尊敬する岸田が宏池会経済を踏襲するのは明らかで、総裁選の段階から「新自由主義的政策がもてる者ともたざる者の格差と分断をうんだ」として所得の再分配を経済政策の中核にすえている。 政策パンフレットでも「下請いじめゼロ」「住居費・教育費支援」「公的価格の抜本的見直し」「単年度主義の弊害是正」という4つの方針のほか、看護師や介護士などの年収アップなどの「公的価格の抜本的見直し」などの文字も見える。
 近年、経済の貧困化が急ピッチですすんでいる。一億総中流どころか、貧困層がふえ、国内消費が減退しているのである。経済格差の拡大が経済成長のブレーキになるのはいうまでもない。したがって、ある程度、強制的に所得を再分配する必要があるだろうが、当然ながら、所得を減らされる側から反対意見が出る。
 それを、社会主義的というのなら、人間の欲望のままにまかせる新自由主義の逆をむいている大蔵省のケインズ経済も社会主義的ということになる。
 マルクス主義における社会主義は、生産や分配を計画的におこなうやり方をいうが、所得の再分配は、資本主義・自由主義社会においても、ケインズ経済として、数多く実施されてきた。
 それどころか、保守層の多くが「官民が一体となって半導体産業を育成せよ」「小型原発を国有化して国家が管理せよ」「研究開発費を国家が管理してもっと予算をふやせ」など公共性の高い財やサービス、インフラなどの投資には、国家が積極的にのりだせと主張している。
 保守派が、マルクス主義や社会主義に傾いているのではない。新自由主義という海賊経済が、商道を土台に育成してきた日本型資本主義を根こそぎに破壊することに異を唱えているのである。
 世界最大の半導体メーカーである台湾のTSMCがソニーグループと共同で国内(熊本県)に工場を建設(2024年末までに量産開始)する。基礎力が上の日本が、マーケッティング力にすぐれた台湾と組んで、欧米と中韓に立ちむかってゆく。
 50年間、日本の一部だった、古き良き日本をよく知る台湾と、アメリカ新自由主義にカブれている日本の合弁は、皮肉だが、きわめて、痛快な出来事なのである。
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2021年11月07日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのかB

 ●新自由主義経済を「宏池会」経済で是正できるか?
 アメリカでもっともリッチな3人といえば、ジェフ・ベゾス(アマゾン)とビル・ゲイツ(マイクロソフト)、そして、ウォーレン・バフェット(ハサウェイ)のことで、いずれも、世界的IT企業の大成者である。
 この3人の資産額約30兆円が、下位50%のアメリカ人(約1億6000万人)の合計資産額を超える。
 世界の金持ち26人が、世界の低所得者の半数にあたる38億人の総資産と同額の富をもち、世界の最富裕層2153人が、世界人口の60%以上になる貧困層46億人の全財産をこえる富をもっている。そして、世界の1%の裕福層が低所得者数69億人の2倍以上の資産を保有する。
 このことからも「神の見えざる手(アダム・スミス)」によって需要と供給のバランスがとれて、資本主義(市場経済)がうまくゆくという話が幻想だったことは明らかだろう。
 アメリカのみならず世界を席巻した新自由主義は、アダム・スミスの「国富論」を加速度的に発展させたもので、自由放任的な資本主義である。
 だが、18世紀の経済は、労働集約型で、21世紀の経済は、コンピュータ集約型である。人間の労働や消費、市場には、限界があるが、コンピュータには限界がない。経済をコンピュータまかせにして、資本主義が怪物化して、人間や社会が疎外されないわけはなかった。
 新自由主義は、神ではなく、悪魔の見えざる手だったかもしれない。
 その手にあたるのが「IT(インターネットを中心とする情報技術)」「AI(人工知能/ロボット工学)で、アメリカ第4位の金持ちマーク・ザッカーバーグ(フェイスブック)は、創業当時、大学生で、22歳のただのパソコン・オタクだった。

 小泉純一郎や竹中平蔵が、新自由主義にとびついたのは、この新自由主義と並走していた新保守主義が、政府の干渉を排する強固な自由放任主義をとっていたからだった。
 アメリカの新保守主義は、自由競争や自由市場の原則に立った小さな政府をめざすもので、政策的には、減税と社会福祉の見直し、規制緩和の徹底などをあげていた。
 改革が大スキな小泉とマクロ経済とミクロ経済の区別がつかない竹中がこれにとびついた。新たな自由主義経済の出現とでも思ったのであろう。
 だが、アメリカの新自由主義と新保守主義には、壮大な背景があった。
 ブッシュの前任クリントン大統領・ゴア副大統領が構築したシリコンバレーにソフトを集約した「情報スーパーハイウェイ構想」である。
 ブッシュ時代は、同時多発テロとイラク戦争にふりまわされたが、その一方で、デジタル革命は着々とすすみ、経済の中心は、金融や製造業から半導体や「IT」「AI」のソフトへ移り変わっていった。
 1989年(平成元年)の世界時価総額ランキング50で、日本企業は50位中32社がランク入りしていたが、2000年では、NTTとドコモ、トヨタ、ソニー、ソフトバンクの5社にとどまり、2020年では、トヨタ一社になった。
 日本企業が衰退したというよりも、IT企業が急成長して、時価総額(株価×発行済株式数)が二桁単位で膨張したためだが、ザッカーバーグ(フェイスブック)の個人資産がトヨタ自動車の時価総額をこえたところで、実体経済にさほど影響はない。
 問題なのは、世界の資金がIT企業へ集中して、ビジネスモデルがインターネットにきりかわった2000年代に入ってからも、日本がパソコンの導入を渋ったことである。
 デジタル化によって先進国・新興国ともにGDPが急成長するなか、日本のGDPが停滞したのは、パソコンの普及が遅れたからである。
 日本企業のデジタル化は中国や韓国の足元にもおよばない。韓国が「すでに日本を追いこした」と豪語するのは、デジタル部門で日本に完勝しているからである。
 海外メディアは、2019年、厚生労働省と自治体がPCR検査のデータをファックスでやりとりしている実態を「信じがたい事実」とトップニュースで報じたが、韓国の『中央日報』は、パソコンを使ったことがない元建設省キャリア官僚の竹本直一がサイバーセキュリティ戦略本部担当相に就任したことをもって「IT(情報技術)後進国」と断じた。
 2007年、5000万件もの年金記録が不明になった「消えた年金」問題で、民主党とマスコミから責任を追及された自民党が政権を失った。長妻昭(当時民主党)は、国会で年金問題における自民党の責任を論じたが、犯人は、自民党ではなかった。
 年金記録が不明になったのは、民主党(立憲民主党)の支持団体である自治労が社会保険庁と覚書を交わして、職場からパソコンを追放してしまったからだった。「パソコンの導入は労働強化にあたる」というのである。労組や官僚がパソコンをきらうのは、インターネットの世界には、学歴や圧力団体の権力が通用しないからである。

 自治労のバックアップをうけた小川淳也(東大・自治省)が、2021年衆院選の選挙区で「サイバーセキュリティ基本法」を議員立法した平井卓也デジタル大臣(初代)を破って当選した。「なぜ君は総理になれないのか」という、立憲民主党の政治家が首相になれないのは、日本人が愚かだからというキャンペーン映画をヒットさせてのことだった。
 東大(法)をでたからには総理大臣になって当然という論理で、テレビでも東大王やインテリ軍団と東大を手放しでもてはやす。マスコミ界が学歴エリートの巣になっているからである。
 だが、東大生でも、アジアの高校生が学んでいるコンピュータ・プログラムに手も足もでない。
 日本の企業が「時価総額世界ランキング」から脱落したのは、大企業が学歴エリートばかり集めたからで、高学歴者は、難しい理屈は知っていても、半導体マーケットや金融商品、コンピュータ・ソフトなどインターネットがらみのことはなにも知らない。
 日本経済が凋落したのは、大手の製造業や電器メーカー、金融機関が、高学歴神話にとりつかれて、社員が高学歴バカばかりになったからである。
 ちなみに、日本企業が生き残っているのは、99・7%が、叩き上げや高卒が多い中小企業だからである。
 岸田文雄政権が「新しい日本型資本主義」を打ち出して、新自由主義からの決別を宣言した。これにたいして、楽天グループの三木谷浩史会長が「新社会主義にしか聞こえない」と批判したが、楽天グループは日本有数のIT企業とあって、弱者のことなど知ったことではないのだろう。
 だが、貧困層や弱者がふえることによって、資本主義そのものが崩壊してゆく。
 宏池会の経済は、池田勇人の「所得倍増計画」をあげるまでもなく、GDP経済で、生産と分配(所得)、所得の三者のバランスをとりながら拡大させるというものである。
、GDP経済というのは「生産」「分配」「所得」の三面等価に目をむけたもので、株主や投資家だけが大儲けする新自由主義経済とは反対の方向をむいている。
 次回は、岸田政権の経済政策をじっくり検証してみよう。
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2021年11月01日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのかA

 ●「上の句」だけで「下の句」がない日本の政治
 政治は、結果論の世界である。結果がすべてで、結果責任だけを問われる。
 思うのは勝手で、なにを思っても構わないが、行動に移すと責任が生じる。
 その一方、結果論では、理由や根拠、経緯について、なにも問われない。
 問うたところで、仕方ないからで、現実は、すべて、結果論の世界である。
 インカ・アステカを滅ぼしたスペインや黒人狩りをおこなったポルトガルやイギリスなどの奴隷商人、先住民族のインディアンやアボロジニを全滅させた欧米やオーストラリアらが、これまで謝罪してこなかったのは、歴史の結果を否定できないからである。
 いかなる経緯があろうとも、あるのは、結果だけで、その結果の上に人類が生存している。現在こそが、結果論で、だれもがこの結果論をうけいれざるをえないのである。
 西洋の蛮行に比較して、大韓帝国の皇帝(純宗)と内閣(李完用)、議会からの依頼にもとづいておこなわれた日韓併合条約(「韓国併合ニ関スル条約」)はりっぱなもので、文句をいわれる筋合いはどこにもない。巨額の外債に苦しむ世界最貧国の朝鮮が日本にすがったのは、それまで頼ってきた清国やロシアが戦争で日本に負けたからで、日韓併合は、韓国がもとめてやまないものだった。
 韓国も台湾も、日本に占領されていた時代に、経済政策や国家運営の技術を学んで、戦後、独立して世界的な大国へ発展した。とりわけ、韓国や北朝鮮の経済インフラの中心となったのは、日本が半島に残してきた世界一の水豊ダムなど産業・工業施設だった。さらに日本は、戦後、韓国にたいして3億ドルの無償提供や25年もわたる円借款をおこなって「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国経済の発展をささえてきた。
 それでも、韓国は、日本にたいして、侵略の反省が足りないとつっかかってくる。
 それが結果論というもので、いくら恩恵をうけても、手柄はぜんぶじぶんのもので、援助や善意については、そっちが勝手にやったことだろうという話にされる。
 したがって、韓国から感謝されようと謝罪をもとめられようと、応じるべきではない。結果論では、動機や原因、理由や経緯には三文の値打ちもないからである。
 現在の韓国が、日本統治35年を土台にしているのは、歴史的事実で、いうまでもないが、それをいわないのが大人の態度なのである。

 1986年、中曽根康弘首相が「日韓併合には朝鮮側にも責任があった」と発言した藤尾正行文部大臣を解任したのは、大きな誤りで、大臣の罷免という結果が新たな政治情勢をつくりだした。日韓併合を肯定的に評価する政治家は責任をとらされるという前例をつくってしまったのである
 1982年、宮沢喜一官房長官が「近隣諸国条項(中国・韓国などに日本の歴史観をあてはめない)という主権放棄を宣言して土下座外交≠フ下敷きをつくった。
 中曽根、宮沢とも、中・韓との当座の外交をうまくやりたいという動機論にもとづくものだったが、それがどれほど大きなダメージなって、ふりかかってくるかという結果論については、まったく、配慮がなかった。
 結果論で回転するのが現実で、動機を問われないのが歴史の真実である。
 動機論が上の句なら、結果論が下の句で、世界は下の句から成っている。
 旧日本海軍の永野修身(軍令部総長)は御前会議で天皇に「座して死ぬよりも断じて打ってでるべし。屈しても亡国、たたかっても亡国、どっちみち国が滅びるなら最後の一兵までたたかって負けるべし、日本精神さえ残れば、子孫は、再起、三起するであろうと」と奏上している。
 それが上の句の動機論で、一方、海軍には「真珠湾攻撃後の世界戦略」という下の句の結果論がなかった。
 海軍は、一か八かの博打のような真珠湾攻撃の後、連戦連敗で、日本を存亡の危機に追いやって、大都市空襲と原爆投下という人類最大の悲劇までまねいた。
 日米戦争の開戦責任と第二次世界大戦の敗戦責任は、結果論をもたなかった旧日本海軍にあったといってよい。
 ところが、戦後、海軍の人気は上々で、山本五十六は、いまなお、国民的なヒーローである。動機よければすべてよしという「上の句」論が日本人の気質で、四十七士が切腹させられただけの仇討ち劇(忠臣蔵)がいまでも大人気である。
 戦後、アメリカは、対日臨戦態勢(=軍産複合体)とナチスから逃避してきたヨーロッパ資本(=ユダヤ系7財閥)によって、戦勝国連合(国連)を礎石とする超大国になったが、アメリカ以上に得をしたのが中国共産党だった。
 旧日本軍が置いてきた武器を使って革命を成功させ、蒋介石を台湾へ追放して満州利権をひきつぐと、拒否権をもつ国連の常任理事国となって、いまや、アメリカに次ぐ世界ナンバー2の大国である。
 世界の強国は、すべて、結果よければすべてよしという「下の句」論に立っているのである。

 小泉純一郎の「自民党をぶっつぶす」が大うけにうけて、自民党は、本当にぶっつぶれてしまった。反改革派への刺客″戦で派閥が崩壊して、国会は小泉チルドレンがバッコするところとなったが、小泉には、ぶっつぶした自民党の代わりにどんな政党をつくるか、どんな政治をおこなうかというプランがなかった。
 ブッシュと竹中平蔵にのせられた郵政民営化が天下の失政、愚策だったことは、だれの目にも明らかだが、政界引退後、こんどは「原発をぶっつぶす」といいだした。原発は12兆円以上の国富を節約できる上、CO2を排出しない準国産のエネルギー源である。原油価格高騰が恒常化しつつあるなか、原発を撤廃すれば、日本経済も国民生活もたちゆかない。
 小泉改革の「皇室をぶっつぶす(女系天皇容認)」は、悠仁親王の誕生で沙汰やみになったが「日本資本主義をぶっつぶす」のほうは実現して、雇用や設備投資、規制や秩序によってまもられていた日本型の資本主義を、株主や投資家が富を独占するアメリカ型の資本主義(新自由主義=格差社会)へと変えてしまった。
 小泉の「ぶっつぶす」も、マスコミも「政治を変えよう」も、受け皿がない上の句の論理で、破壊してなにをつくるか、政治をどのように変えるかという下の句のグランドプランがない。
 日本は1945年以降の左右対決(55年体制)と60年の政治動乱(安保とテロ)以降、池田勇人の「所得倍増計画」に代表される経済中心の宏池会が、保守本流を自任してきた。
 宏池会系の岸田文雄新首相が「新自由主義的政策が持てる者と持たざる者の格差と分断を生んだ」として、所得再分配を経済政策の中核にすえる考え方をしめしたのは、当然であろう。
 宏池会を創設した池田勇人や岸田が政治の師と仰ぐ宮沢喜一は、大蔵省出身の官僚経済で、もともと、新自由主義経済とは反対の方向をむいている。
 岸田首相+河野太郎(広報本部長)のコンビが、今後、経済におけるグランドプランをつくりあげる可能性は十分にある。
 そこで、楽天グループの三木谷浩史会長から、岸田経済は社会主義的という批判をうけたが、所得再分配がイコール社会主義的ということにもなるまい。
 次回は、岸田首相の経済政策を世界経済と比較しながら検討してみよう。
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2021年10月24日

 なぜ日本は中道政治≠実現できないのか@

 ●自由主義と保守主義は唯心論
 政治は「国家と個人」あるいは「政治と経済」という異質なものを調整する能力で、二元論である。
 民主主義と自由主義も二元論である。デモクラシーが、民主政という国家の体制なら、リベラルは、自由をもとめる個人の信条で、ここでも、全体と個が対立している。
 ところが、日本では、この構図が逆転して、民主主義が個人の信条になっている。
 そして、共産と立民、社民をリベラル派と呼ぶように、本来、個人のものであるはずのリベラルが、共産主義・社民主義的体制の代名詞となっている。
 自由主義や保守主義は、個人の信条なので唯心論≠ナある。
 一方、民主主義や社民主義は、体制の問題なので唯物論≠ナある。
 政治とは「唯心論」と「唯物論」の調整でもあったのである。
 個人の自由と権利をもとめるのがリベラルである以上、個人よりも、憲法や多数派支配を尊重する立憲民主党や、個人よりも党を重んずる共産党をリベラルと呼ぶことはできない。
 二元論に、保守と革新を挙げるひともいるが、これは、論外である。
 保守は、古来、政治の王道で、人類は、数千年にわたって、古きにならって政治をおこなってきた。政治は、もともと、保守なのである。
 一方、革新は、18世紀の市民革命からうまれた価値で、たかだか数百年の歴史しかない。しかも、革新(革命)は、左翼の一党独裁で、人類の普遍的な価値である自由(リベラル)のかけらさえない。
 保守と革新を同列に並べることがすでにナンセンスなのである。

 リベラルなのは、むしろ自民党(リベラル・デモクラシー)で、自民党ほど自由裁量がみとめられた政党は、世界でもまれである。
 1955年、護憲と反安保を掲げて、左右社会党が統一されると、危機感をもった財界からの要請で、日本民主党と自由党が保守合同して、自由民主党が誕生した。
 一応、二大政党の体裁をなしたが、労組(総評など)をバックにする社会党には、財界を後ろ盾にする自民党をひっくり返せる力はなく、労使協和の政策協定をむすぶにとどまって、やがて、労働運動に衰退にともなって、しぼんでゆく。
 社会党の左右統一という事情と財界の危機感に応じて、急きょ、つくられた自由民主党に、統一的なビジョンなどあるはずはなかった。
 だが、それが、むしろさいわいして、自民党は、リベラル・デモクラシーの名にふさわしい多様性と奥行きのある政党として地歩を固めていくことになる。
 自民党は、吉田茂=旧自由党系の経済重視と鳩山一郎=旧民主党系の政治の優先という二本立てで、1955年から1993年、細川内閣が成立するまでの38年間、政権与党の座についてきた。
 その土台となったのが、自民党が候補者を二人立てることができた中選挙区制と、派閥の領袖が企業から政治献金を集めて、子分に分配する政治資金制度だったのはいうまでもない。
 自民党の単独政権というのは、皮相的な見解で、自民党旧自由党系と旧民主党系のあいだで、事実上の政権交代がおこなわれてきた。
 そして、振り子のように、日本の政治を、政治主体と経済主体、自由主義と民主主義へとふりわけて、振幅や奥行きをつくってきた。
 ちなみに、日本の野党は、社民主義やマルクス主義の影響下にあって、理想論をのべたてるのは得意だが、現実的な政権担当能力をもちあわせていない。
 旧自由党系は、池田勇人の宏池会が、大平正芳や宮沢喜一らから岸田文雄にひきつがれて、現在、政権を担っている。対抗するのが佐藤栄作の木曜研究会で、田中角栄から竹下登へ継承されて、小渕恵三や橋本龍太郎ら宰相をうんできた。佐藤栄作は、沖縄返還や日韓基本条約で知られる外交派だが、旧自由党系の大御所吉田茂が、もともと、経済派で、防衛や憲法改正には不熱心だった。
 これにたいして、旧民主党系の鳩山一郎は、憲法改正や防衛に熱心な政治派で、鳩山の路線をひきついだのが、戦前、東條内閣に商工大臣として入閣した経歴をもつ岸信介だった。
 岸派をひきついだのが福田赳夫の「清和政策研究会」で、森喜朗や小泉純一郎、安倍晋三ら3人の首相をうみ、現在、自民党最大の派閥となっている。

 そこで、あらためて、問題になるのが、自民党の統一的なビジョンである。
 自民党は、保守党といわれているが、保守である前に、自由でなくてはならない。歴史や伝統、国を愛するのは、個人の自由という唯心論だからで、保守主義者は、イデオロギーに縛られない自由主義者でもある。
 共産や立憲民主、社民らリベラルを名乗る政党にあるのは、イデオロギーと権力志向だけで、自由主義がない。自由主義のない政党がリベラルを名乗るのは異様というほかない。
 といっても、自民党も、保守主義や自由主義が根づいているとは言い難い。
 吉田茂の旧自由党系宏池会(岸田派)や平成研究会(竹下派)、志公会(麻生派)などは、経済中心の現実路線で政治に疎い。しかも、小沢一郎や羽田孜をはじめ、鳩山由紀夫、岡田克也らの造反者をだしている。
 一方の旧民主党系には「60年安保」の岸信介から福田赳夫にひきつがれた清和政策研究会のほか、河野一郎から中曽根康弘、渡辺美智雄をへて亀井静香や二階俊博、石原伸晃へ流れる系統があるが、ここにも、保守主義者や自由主義者はいない。
 清和会から「自民党をぶっつぶす」と宣言して三期総理大臣に就任した小泉純一郎は、ブレーンの竹中平蔵とともに新自由主義に走って、雇用や設備投資などの社会貢献を担っていた日本型資本主義を、株主や投資家に奉仕するアメリカ資本主義にかえて、先進諸国のなかで勤労者所得が最低の格差社会をつくりだした。
 清和会の大元である岸は、戦前、満州で計画経済を構想して、対立した小林一三(阪急電鉄創始者)から「あれはアカ(共産主義者)だ」と批判されている。岸ですら、保守主義者、自由主義者たりえなかったのである。
 まして、小泉の新自由主義は、自由主義どころか、資本の論理への屈服で、マルクス主義と同様、人間疎外以外のなにものでもない。
 自民党のビジョンに、保守主義と自由主義が見えてこないのは、この二つは心的な価値で、ビジョンとして明文化できる性格のものではないからである。
 保守主義と自由主義は心の問題で、ヨーロッパでは、モラルの範疇にくくられる。日本では、聖徳太子の17条憲法とりわけ「和を以って貴しとなす」がこれをよく表している。
 自民党が国民的な政党になるには、高いモラルをみずからしめさなければならないのである。
 次回は、岸田新政権が打ち出した「新しい日本型資本主義」に検討をくわえることにしよう。
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2021年10月12日

 天皇と保守主義8

 ●改革≠ヘ不毛な相対主義
 立憲民主党の枝野幸男が自民党の総裁選にからんで「自民党は変わらない。変われない。新総裁(岸田文雄)になって、安倍、菅内閣となにが変わったのか説明いただく」と息巻き、これがネットでも増幅された。
 マスコミも、自民党は変わらない、日本の政治は変わらないと言い立てた。
 保守を諸悪の根源のようにいうのは、変化や進歩、革命を善≠ニとらえる強迫観念にとらわれているからである。
 じじつ、体制の変化を望まない自民党は悪≠フ根源とされている。
 ヨーロッパでは、最大の美徳が保守で、革新は軽薄の代名詞である。
 ところが、日本では、保守が頑迷な守旧派で、革新は先進的な進歩派となる。
 知識人の95%が啓蒙主義者やマルキストの日本では、インテリが、西洋の思想家や西洋の用語を借りてきて、文化文明論をくり広げる。
 かれらが、日本論の根幹である国体や天皇にふれないのは、海外の文献には国体も天皇もないからである。
 歴史的な文化蓄積が大きく、すぐれた土着文化をもつ一方、平安後期のかな文字などの国風文化を培ってきた日本が、西洋の感化をうけるようになったのは、明治維新がヨーロッパ化で、多分に、自己否定のおもむきをもっていたからである。
 明治政府に招聘されたドイツ人医師ベルツは、政府の若い役人が「われわれに歴史はありません。われわれの歴史はこれからはじまるのです」と口を揃えたことに深く失望した(『ベルツの日記』)という。
 薩長の明治政府は、武士という誇り高き文化階級を捨てて、一神教的な神権国家や帝国主義に走った末に、鹿鳴館や貴族制度など西洋の物マネにうつつを抜かした。
 江戸幕府によって近代化がおこなわれていれば、日本は、現在とはちがった国になっていたはずである。

「自民党をぶっつぶす」と叫んで政権をとったのが、改革主義者の小泉純一郎(「清話会」)だった。ブッシュにそそのかされ、竹中平蔵の口車にのった郵政民営化が天下の失政、愚策だったことは、だれの目にも明らかだが、政界引退後は、12兆円の国富を節約できるうえ、CO2を排出しない準国産のエネルギー資源である原発の撤廃運動に血眼になっている。
 竹中とともに新自由主義という経済リバタリアニズム(無差別的自由主義)に走って、雇用や設備投資、規制や制限によってまもられていた日本型の資本主義を、株主や資本家、投資家が富を独占するアメリカ型の資本主義に変えてしまった。
 それが改革の正体で、変えることに目的があって、変えた後のことなどどうでもよいのである。
 旧日本海軍は、御前会議で「数か月は暴れてみせます」といって真珠湾攻撃を強行したが、真珠湾攻撃後の世界戦略がなかったため、国家を存亡の危機に追いやって、原爆投下という人類最大の悲劇までまねいた。
 ところが、戦後、海軍の人気は上々で、山本五十六は、いまなお、国民的なヒーローである。
 日本人は、ヴィジョンがなくても、その場かぎりのスタンドプレーに喝采を送る国民性をもっている。

 野党やマスコミは、変われというが、かれらは、代わった後のヴィジョンをもっているのだろうか?
 改革や進歩、変化をもとめるかれらの目的は、伝統や文化、体制を破壊して革命前夜の混沌とした状況をつくることにある。
 国体維持や国家建設プランなどちゃんちゃらおかしいのである。
 これは「二段階革命論」である。すべてに反対して、現体制を破壊したのちに、共産主義革命をめざすというもので、これが、六全協以降の日本共産党の基本戦略である。
 第一段階が啓蒙思想にもとづくブルジョア革命で、イギリス革命(清教徒革命/名誉革命)やアメリカ独立革命、フランス革命がこれにあたる。
 第二段階がマルクス・レーニン主義のプロレタリア革命ということになるが、この二段階革命論は、民主主義を共産主義へと移行させることができず、結局、失敗に終わった。
 二段階革命論に対立するのが一般革命論(永続革命論/トロッキズム)である。五全協までの日本共産党やかつての新左翼、過激派は、暴力革命をおこして権力を奪取せよと叫んだものである。
 二段階革命論に立っているのが、現在の日本の日本の左翼である。
 西洋が民主主義の実現をもって革命の終了≠ニしたのにたいして、日本の左翼は、現体制を革命の経過≠ニしか見ない。
 したがって、自民党政権を倒せ、政治を変えようというだけで、民主主義が実現されている現体制をまもろうとは、口が裂けてもいわない。
 民主主義に価値があるのは、多数決と普通選挙法という普遍性をもっているからである。
 それがモラル≠ナ、議会では、多数決というモラルにしたがって、粛々と議事がすすめられる。
 日本が、聖徳太子の昔から、戦争以外の方法で、意志決定をすすめてきたのは、委任や談合、調整やなどのモラル(基準)がはたらいたからで「和の心」もその一つである。
 ところが、左翼は、歴史や伝統、文化を破壊することが民主主義と思いこんでいる。民主主義を、共産主義や社会主義へ至る革命の手段と考えているのである。
 共産党と共闘しようという立憲民主党が、リベラル・デモクラシーの政党に変われ≠ニ迫って、マスコミがこれをバックアップするという異様な事態にさらされているのが日本の民主主義なのである。

 世界のマネをして、日本は変わるべきという強迫観念から抜けでたのが、安倍外交で、それを踏襲したのが高市早苗だった。
 自民党の総裁選で、高市(議員票114票)が下馬評をくつがえして、河野太郎(議員票86票)をおさえたのは、具体的な政策を掲げて、相対論から抜けでたからである。
 安倍首相が、憲法改正からインド太平洋構想、アメリカ抜きのTPPなどにむかったのは、国益にそって、レジームを再構築するためだった。
 安倍路線を踏んで、高市は、抑止力のあるミサイル配備から原発容認、靖国参拝、経済成長投資などをうったえ、リベラル派の「女系天皇容認論」「夫婦別姓」「脱炭素」「日中友好」を退けた。
 改革という相対論を卒業して、国家指針という絶対論を掲げたのである。
 マスコミは、岸田内閣でなにが変わったのか、麻生・安倍内閣のコピーではないか気勢を上げた。
 岸田内閣のどこが、麻生・安倍内閣のコピーなのか。
 岸田文雄が政治の師と仰ぐのが宮沢喜一である。宏池会を率いて、91年に首相に就任したが「近隣諸国条項(1982年/内閣官房長官談話)」で、中韓への土下座外交の端緒をひらいて、保守派から批判された。
 岸田首相も、徴用工訴訟に応じる気はないとするものの、徴用工の強制性については、安倍首相の「なかった」とはニュアンスの異なった論をのべたこともある。
 初の記者会見で、韓国への言及はなかったが、中韓への不要なへりくだりが「宏池会」の伝統で、経済にはつよいが、政治的には熟練度が高くない。それが池田勇人から宮沢、岸田へつながる旧自由党系の体質で、創始者の吉田茂は憲法改正にまったく不熱心だった。
 宏池会は、絶対的な価値観をもたない相対主義で、これまで日本は、改革に最大の価値があるという不毛な相対論に惑わされてきた。
 相対主義を捨てわが道を行く≠ニいう絶対主義に立たないかぎり、岸田自民党も日本の未来も、ひられてこないのである。
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2021年10月04日

 天皇と保守主義7

 ●政治は相対≠ニ絶対≠フ兼ね合い
 かつて、左翼は「革命がおきたらハンドーは、みな、ギロチンだ」と叫んだものである。
 ハンドーは保守反動のことで、保守は、革命という先進的な流れに逆行しているというのである。
 だが、日本で、革命はおきなかった。革命は、進歩ではなかったのである。
 革命がおきなかった日本では、アンシャン・レジームが維持されて、いまもなお、天皇は、国家と国民の象徴でありつづけている。
 アンシャン・レジームは、フランス革命における旧体制のことである。
 革命の成功後、封建的体制が崩壊して、自由と平等、博愛と「人権宣言」を謳った新たな体制が発足した。
 だが、その新体制は、ロベスピエールの恐怖政治をへて、ナポレオンの軍事独裁政権に移り変わっただけで、基本的なレジームにかわりはなかった。
 レジームとは、政体のことで、一方、破壊された歴史と伝統、文化にあたるのが国体である。
 フランス革命は、歴史と伝統、文化を破壊して、自由と平等、博愛と人権という18世紀の啓蒙思想を借用した文化革命だった。革命は、政体たるレジームを転覆させる一方、国体たる文化構造までを破壊する歴史的蛮行だったのである。

 米・ロ・仏・英・中の常任理事国5か国を筆頭に革命国家が国体をもたないのは、伝統的価値を、すべて、自由や平等、民主主義などの啓蒙思想的価値ととりかえてしまったからである。
 日本にも、GHQ憲法やアメリカ民主主義、対米従属構造、日米安保体制を新たな国体≠ニ見立てる短絡的な思考がある。
 国体と政体の区別がつかない愚論で「八月革命論」の亜流である。
 国体と政体の区別がつかないのであれば、歴史や文化、伝統という絶対的な価値と、進歩と保守、革新と守旧、先進と反動などの相対的な価値との区別もつくはずはない。
 相対論は、右や左、上や下、新旧や強弱のように、変化や程度、状態などを比較することで、それ自体はなにも語っていない。右である、上であるといわれても、実体がないので、なんのことやら見当もつかない。
 だが、わたしのうまれた国、富士山、東京タワー、わたしのパスポートなどという具体的なモノやコトなら、明瞭にイメージできる。
 これが絶対論で、歴史や文化、伝統、天皇は、絶対的で、疑うべくもない。
 疑うことも、相対化することもできないのが国体で、国家は、絶対的国体と相対的政体の両方から成っている。

 国体と政体は、二元論で、デカルトの「心身二元論」のようなものである。
 別々にはたらくが、人間も国家も、その両面をもって、一人前になる。
 民主主義という制度と、歴史や文化、伝統という文化や価値があって、はじめて、ヒトは安心して生きていける。
 もっとも、民主主義は、多数決と普通選挙法のことで、制度である。
 ところが、多くの日本人は、民主主義を、思想や文化と思っている。
 国民主権と同義にとらえているからで、憲法にも民主主義の文字はない。
 国民主権の国民は、国民全体の総称で、個人をさしているわけではない。
 主権も、国家主権のサブリンティで、個人にあたえられるものではない。
 サブリンティは、自然や神がもつ絶大にして超越的、絶対的な能力である。
 ひとり一人がそんな魔王的な権力をもっていたら収拾がつかないことになる。
 これを国家にあてはめたのは、国家には、戦争権があって、武力で相手国を滅ぼす権利さえ有するからである。
 前述したように、国民ひとり一人がこの主権をもっていると主張する論者がいる。白井聡(国体論/永続敗戦論/主権者のいない国)とそのシンパである。
 かれらの頭のなかで、国体と政体、文化と制度、現実と空想、絶対的なモノと相対的なモノが、区別なく、ごちゃ混ぜになっている。

 政治には、これまで、先人が挑んできて、不可能だったものが二つある。
 一つは「個と全体」の矛盾を克服、あるいは、調整である。
 もう一つは、一神教、一元論の宗教戦争に終止符を打つことである。
 個と全体の利害の調整は、デモクラシーとリベラルの兼ね合いで、多数決に従いつつ、個人の価値をもとめるのが、現段階で、個と全体の矛盾を解消する唯一の方法である。
 それには、民主主義の規則性と、自由主義の柔軟性を両立させなければならない。
 全体の秩序をまもりながら、個人の自由をもとめることが、人類に残された最後の手段で、それが、自由民主主義(リベラル・デモクラシー)である。
 ところが日本では、他人の自由を奪う好き勝手な自由、リバタリアニズムが大手をふっている。
 リバタリアニズムの先にあるのが、アナキズムや反日・反国家、そして、言論テロや破壊行為、犯罪である。
 民主主義と自由主義、絶対主義と相対主義は、互いに、歩み寄って、中庸の精神がえられる。
 日本が、革命を体験することなく、君民共治の事実上の自由民主主義を実現できたのは、国体と政体、権威と権力、天皇と幕府の二元論体制ができていたからである。
 一神教=一元論は、他の存在をゆるさないので、永遠の抗争がうまれる。
 だが、二元論では、共存の原理がはたらく。二元論は、同一性のあるものがなれ合うのではなく、異質なものが和することで、それが「和の精神」である。
 個と全体、民主と自由、絶対と相対は、二元論をもって、融合するのである。
 次回は。現実政治を見ながら、民主主義と自由主義の二元論をについてのべよう。
posted by office YM at 11:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする