2017年04月26日

 北朝鮮危機と米中の新時代A

 ●金正恩が日・米・中・韓に対抗できる理由
 フィリピン海でおこなわれていた海上自衛隊(護衛艦「あしがら」と「さみだれ」)との日米共同訓練を終えた原子力空母カール・ビンソンが、朝鮮半島に向けて北上を開始、先立って、戦略ミサイル原潜ミシガンが韓国の釜山に入港した。
 一方、北朝鮮は、同国東岸の元山市近郊で大規模な実弾演習をおこなった。
 北朝鮮人民軍総参謀部の「ソウルの火の海にする」という脅しを裏打ちする軍事デモストレーションで、ソウルを射程に収める旧ソ連製の改造型70ミリ自走砲などのロケット砲を千門近く所有する北朝鮮砲兵部隊は、最近、新たに1万発の砲弾を追加配備したという。
 これが金正恩の強気の根拠で、ソウル壊滅のリスクを冒して、米韓が攻めてくることはないと踏んでいるのである。
 事実、アメリカ歴代大統領が北朝鮮への軍事攻撃を控えてきたのは、中国にたいする配慮のほか「ソウルの火の海に」という恫喝に屈してのことで、韓国軍には、平譲まで到達するロケット砲が一門もないばかりか、地下壕で固めた北の重要拠点に手も足も出ない。
 韓国が、親北派の大統領候補(文在寅/ムン・ジェイン)を立てたのは難を逃れようという魂胆からで、北の脅威どころか、矛先を日本に転じて、従軍慰安婦問題をむしかえそうとしている。
 日本総領事館(釜山)の前に新たに建てられた慰安婦像にひざまずく文在寅の事実上の公約は「平譲訪問」と「THAAD(超高高度防衛ミサイル)配備の撤回」で、中国は、反日・親北派の文候補を熱烈に支持している。
 米・韓の足並みが揃わないなか、カール・ビンソンを中心とする第1打撃群が朝鮮半島や中・韓・朝がむきあう黄海へ接近するには中国の了解がなければならないが、万が一、トランプが独断で出撃を命じれば、中・朝関係が決定的に断裂する。

 都内で6者協議の代表者(日・米・韓)会合が開かれたほか、日本と中国の代表者(外務省金杉局長/武大偉・朝鮮半島問題特別代表)が北朝鮮への石油の禁輸措置を協議した。
 中国が石油供給を中止すれば、北朝鮮経済は短期間のうちに破綻するといわれているが、おおいに疑問である。
 国連安保理決議にもとづく経済制裁がつよまるほど、北朝鮮政府の資金力が高まって、一発で数十億円(中距離弾道ミサイル・ムスダンの国際的相場3000万ドル/約33億円)かかるサイルの発射実験をくり返し、ミサイルとは桁ちがいにカネがかかる核開発も順調にすすめられている。
 最近では、非政府系の経済活動が目に見えて向上し、飢餓死が絶えたどころか、トンジュ(金の主)と呼ばれる富裕層まで出現している。
 理由は「密輸と闇経済」で、中朝・中ロ貿易の大半が密輸である。
 北朝鮮は、国連加盟国192国のうち166国と国交をむすび、交易関係をもっているが、数字にあらわれるのは数パーセントで、大半が密輸や闇取引である。
 ちなみに北朝鮮の無煙炭の輸出は公的資料(年間1000万t)の同程度以上が密輸出され、同規模のスケールで密輸入がおこなわれている。
 ドル箱は、中国とロシア、日本で、ロシア(ウラジオストク)から北朝鮮の羅先港にもちこまれる原油(M100)は北朝鮮にとって原油にひとしい。
 ロシアのM100からガソリンや航空機のジェット燃料を抽出できる技術が完成しているからだが、黄海を往来する中朝の密輸貿易船と同様、これも経済制裁外である。
 偽ドルや麻薬の国外持ち出しや不法送金もおおっぴらで、日本からのパチンコ送金や朝銀を救済した公的資金導入(1兆3千億円)も金王朝の金庫に納まって、核開発の資金に化けた。

 1991年のソ連崩壊後、社会主義諸国からの支援が途絶して、配給制度をとっていた北朝鮮経済が崩壊した。
 97年に韓国に亡命した金正日の側近、黄長Y(ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記によると配給停止によって「200万人以上の住民が餓死した」という。
 このとき、脱北した北朝鮮人の一部が、中国で食糧や物資を調達して、中朝国境で商売をはじめた。
 これが北朝鮮の闇市場で、現在、国内の経済活動の8割以上を占める規模にまでふくれあがっている。
 取り締まるどころか、金正恩体制が自力更生が奨励しているのは、国民を豊かにする政策を放棄できるからで、そうなれば、金正恩が国家予算をすべてすきなように使える。
 韓国から流れ込む資金(経済特別区収益や市民団体の支援など)や出稼ぎの上納金、在外北朝鮮公館から献納される「忠誠資金」、武器密輸などでえられた利益に加え、無煙炭などを輸出した代金がそっくり金正恩の金庫に入る。
 北朝鮮王朝を支えているのは、金日成時代は労働党員300万人といわれたが、現在は、軍や秘密警察などの権力機構を牛耳る中枢部とその周囲を固める数万人の幹部、平壌の高級住宅地に住むエリート集団ら合わせて十万人ほどといわれる。
 ミサイルを実験をくり返し、核開発をすすめているのは、約十万人の狂信的王国で、オウム真理教が国家になったようなものである。
 王国外にはじきだされた国民は、強制収容所と残虐な公開死刑に脅え、餓死を免れるため必死に経済活動をおこなっている。
 ちなみに亡命した黄長Yの一族3000人は強制収容所に収監され、多くが餓死したという。
 金正恩委員長は、後見人とされた張成沢(国防委員会副委員長)ら100人以上を側近や親族ともども公開処刑で粛清しているが、張成沢の場合、飢えた百匹の猟犬に食い殺させるという凄惨なものだった。
 北朝鮮では、公開処刑の見物が国民の義務で、残虐な公開処刑を見た国民のなかから善政をもとめる声などでてくるはずがない。
 原子力空母カール・ビンソンに随伴する巡洋艦や駆逐艦、攻撃型潜水艦からトマホークが発射された瞬間、米中関係に想定外の変化がおこる。
 逆にいえば、中国のOKがでなければ、カール・ビンソンは張子の虎なのである
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2017年04月20日

 北朝鮮危機と米中の新時代@

 ●ありえない米の北朝鮮攻撃
 朝日新聞が米の北朝鮮攻撃は「核戦争勃発」の危険性をはらむと報じた。
 北朝鮮国連代表部のキム・インリョン次席大使の「米国の北朝鮮侵略という無謀な動きが深刻な局面にたっした」「北朝鮮はどんな形態の戦闘にも応戦する準備ができている」という会見(国連本部)を引用したもので、北朝鮮の対米非難を借りて、原子力空母カール・ビンソンを派遣したトランプ米政権が危険な賭けにでたかのようにいうのである。
 テレビも、連日、原爆実験や大陸間弾道弾(ICBM)の発射を機に米軍が出撃するかのごとくつたえ、その日をXディ≠ニ称している。
 北朝鮮攻撃がトランプの決断いかんにかかっているかのようにつたえるのは誤りで、アメリカが、朝鮮戦争という爆弾の導火線に火をつけかねない北朝鮮攻撃にふみきることはありえない。
 朝鮮戦争は、現在、休戦中で、米・韓と中・朝は、それぞれ軍事同盟をむすんでいる。
 経済人のトランプが、米・韓と中・朝による全面戦争のリスクを冒すはずがないように、中国が、手に余した北朝鮮をアメリカにゆだねる可能性もゼロである。
 チベット・ウイグル・内モンゴルなど内陸部を征服した中国が、海洋進出の絶好の基地となる朝鮮半島を手放す選択肢はありえないからである。
 朝鮮半島は、日清・日露戦争という二つの前例があるように、日・中・ロにとって地政学上、きわめて重要な要衝である。
 とくに、海洋進出を狙う中国にとって、朝鮮半島を支配下におくかアメリカに奪われるかでは、死命を制する大問題となる。

 中国のテレビ局(CCTV)などによると、中国の王毅外交部長(外相)は北朝鮮情勢をめぐって、ロシアのラブロフ外相と電話会談をおこなったという。
 ロシアと対話の姿勢をみせたのは、3強国(米・中・ロ)のバランスをとるためとアメリカを牽制するためで、北朝鮮問題へアメリカの介入が一線をこえると中国にとってきわめて不都合なことになる。
 最悪のシナリオは、米軍による北朝鮮の軍事制圧で、その上、米・韓主導で南北統一がおこなわれるようなことになれば、朝鮮半島は、中国の海洋進出の要衝どころか、咽喉元につきつけられたナイフになる。
 南北統一をタテマエとする韓国も米軍による軍事制圧を望んでいない。
 北朝鮮へ軍事攻撃をおこなえば、韓国にむけられた大砲・ミサイルが一斉に火を噴き、ソウルが火の海になるどころか、射程内の約2000万人に被害がおよぶ可能性がある。
 南北の統一も、ドイツ統一後、西ドイツが東ドイツの負の遺産を抱え込んで十年以上、経済の停滞に苦しんだ前例もあり、現在の韓国には荷が重過ぎる。
 金正恩は、国民の犠牲とひきかえに、アメリカに軍事威嚇をおこなっている。
 挑発にのったアメリカの攻撃で北朝鮮が壊滅すれば、1000万人以上の難民がでるばかりか、飢餓や内乱で、同規模の死者がでる可能性がある。
 そうなれば、国際的批判が一斉にトランプ米政権にむけられる。

 トランプと習近平が接近した理由がそこにある。
 中国の力で、金正恩に政策転換をおこなわせ、北朝鮮を六カ国協議のルールに従わせようというのである。
 ところが、金正恩は、習近平主席にいちども会っておらず、中国側が会談を申し入れても黙殺している。
 金正恩は、北朝鮮の強硬路線にたいして、中国に打つ手がないことを知っているのである。
 中国には、金正恩を亡命させ、保護していた兄の金正男を送り込み、北朝鮮に親中政権を立てる構想があったはずだが、金正男が北の工作員に暗殺されたばかりか、とりこみかけていた韓国に、北京までがレーダー網にかかるTHAAD(高高度弾道弾迎撃)ミサイルの配備がきまり、朝鮮半島戦略が根底から崩れ去った。
 中国もまた、北朝鮮危機にからめて、アメリカに足並みを揃えざるをえない事情があったのである。

 中国は、北朝鮮にたいして石炭輸入や石油輸出の制限をきめ、中国国際航空が北京発平壌行きの運航を一時停止した。
 北朝鮮の交易は約90%が対中国で、これまで、経済制裁が効果なかったのは、中国が抜け道になっていたからだった。
 もっとも、中国が経済制裁にくわわっても、国民がますます飢えるだけで、北朝鮮情勢に大きな変化が生じるとはかぎらない。
 朝鮮民族は妄想の民族で、金正恩は、北朝鮮がアメリカや中国と肩を並べる軍事大国と思い込んでいる可能性が高い。
 北朝鮮の軍事費は75億ドルで、米国(5960億ドル)の1・3%、韓国(364億ドル)の20%にすぎない。
 ところが、GDP対軍事費の比率は一位(23.3%)で、兵力数は米国と並ぶ138万人(世界3位)である。
 北朝鮮(人口2500万人)では男子の十人に一人が軍人なのである。
 その軍人も、エリート以外、大半が栄養失調で、体重が50キロにみたない兵士も少なくないという。
 アメリカも中国も、こんな狂気の国に有効な戦略が立てられるはずがない。

 それでは、なぜ、アメリカは、北朝鮮の戦略拠点を狙う「精密照準爆撃」や戦略核兵器を導入した大規模な米韓軍事演習をおこない、原子力空母カール・ビンソンを派遣したのか。
 トランプは習近平に『アメリカは空母だけでなく、原子力潜水艦を派遣する用意があることを金正恩に知らせるべき』とつたえている。
 北朝鮮にたいする有効な手段が、アメリカの軍事的デモストレーションだけで、それが、米・中の共通の利益になっていたのである。
 中国のテレビ局(CCTV)などによると、トランプ大統領は「為替報告書(米財務省)」に中国を為替操作国に指定しないとのべたという。
 トランプは大統領選中から、中国政府が人民元の対ドルレートを低く操作していると非難してきた。
 それをひっこめたのは、北朝鮮問題の解決には、習金平との協力関係が不可欠だからで、米中首脳会議でも、中国が南沙諸島海域に建設した人工島などの南シナ海をめぐる領有権問題が、事実上、棚上げされている。
 米・中は北朝鮮危機に共通の認識をもち、金正恩を倒した後、韓国を外した米・中・ロ3国による信託統治のプランをもっている可能性が高い。
 グーバリズムに代わる米・中・ロの3大強国による世界支配が、北朝鮮危機から浮上してきたのである。
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2017年04月10日

 伝統と民主主義C

 ●右翼は「君民一体」の守護者たれ
 政治思想上の最大のテーマは「個と全体」の矛盾解消にある。
 個は、一人ひとりの国民のことで、全体は、国家にあたる。
 西洋では「社会契約説」で、ホッブスやルソー、ロックがこのテーマを論じた。
 ホッブスは両者の二元化(「国家は怪物(リバイアサン)」「万人の戦争」論)で、一応、片をつけたが、ルソーとロックは、両者の一元化(「人民代表による国家運営」)をもとめた。
 問題なのは人民代表≠ニいう考え方で、暴力革命や独立戦争、選挙にもとづく独裁(ファシズム・大統領制)も、人民が主役となる民主主義である。
 日本は、中世以降、権威と権力の二元化をもって「個と全体」の矛盾を解消してきた。
 それがわが国の伝統で、歴史という時間軸のなかでは、文化と政治、権威と権力が融合する。
「個と全体」の矛盾を解消するカギは、一過性の現在ではなく、歴史の連続性や永続性のなかにあったのである。
 日本は、政体(権力)と国体(権威)の二元論の国家で、民は、天皇とともにある。
 それが「君民一体」である。
 権力は民を支配するが、民は、権力に正統性を授ける権威と同位(三位一体)にある。
 日本で独裁や恐怖政治がうまれなかった理由がそれで、ルソーも「君民一体」が理想の政治とみとめている。

 玄洋社(頭山満)や黒龍会(内田良平)の流れを汲む大日本生産党の政綱に次のようにある。
 一、欽定憲法に遵い、「君民一致」の善政を徹底せしむること
 二、国體と国家の進運に適合せざる制度法律の改廃を行い政治機関を簡素化せしむること
 三、自給自足立国の基礎を確立せしむること
 大日本生産党は、血盟団事件(井上日召)、五・一五事件の流儀をうけついだ神兵隊事件の中心的な役割をはたした右翼団体である。
 中村武彦や白井為雄らの理論家をうんだ戦後右翼の一つの原点で、両先達の研究テーマが「個と全体」の調和だったことは、自著にあるとおりである。
 民主主義で「個と全体」の矛盾を解消することはできない。
 むしろ、その矛盾を広げるのが民主主義といってよい。
 個の集合(大衆)を一つの実体とみなして、その代表を元首とするのは暴力革命や全体主義(独裁)を正当化するためのこじつけで、民から委任されたとする全権が民の意思を反映するとはかぎらない。
 民主主義(国民主権)の最大の欠陥は、主である民が国民一般におきかえられて、実体をともなっていないところにある。

 憲法第一条に「天皇の地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」とある。
 主権をもつのが国民全体で、その総意が存在するというのは、御伽噺である。
 それが民主主義や国民主権の正体で、どこにも実体がないのである。
 第一条がうけいれられているのは、日本国民がこれを「天皇はわが国の伝統である」と読み解いているからで、天皇が憲法上の存在などは思っていない。
 ところが、自民党改憲案では、象徴を元首にさしかえ、以下、一条の全文をほぼ全面的に踏襲している。
 明治憲法の欠陥は、ドイツ憲法を模倣して、権威の座にあった天皇を権力の座(=元首)にすえたことで、一方、GHQ憲法の過ちは、日本の君民一体を西洋の民主主義(主権在民)にすりかえたところにある。
 自民党の改憲案は、明治憲法とGHQ憲法の悪いところ取りで、これを改憲案として堂々と掲げるところに自民党の保守党としての限界がある。

 民主主義は、歴史の連続性を断ち切った一過性の決定で、過去の事跡や歴史の智恵が切り捨てられている。
 国家も国民も歴史的存在で、歴史を失ったら、国土は不動産に、国民は住民にすぎないものになってしまう。
 民主主義では、日本人が日本人で、日本の国土や民族の文化・文明が日本のものであることが明らかにならないのである。
 それができるのは、理屈をこえた伝統だけで、歴史の連続性や歴史との一体感は、理屈ではなく、精神文化なのである。
 伝統を多数決でひっくり返そうとしたのが、小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」で、同じことが、将来、おきないという保証どこにもないどころか、自民党幹事長が歴史破壊を堂々と口にしている。

 天皇が憲法上の存在となっているかぎり、歴史の証である天皇が、道路交通法のように、法手続きによって廃絶させられる危機から免れえない。
 天皇退位問題にたいして、安倍内閣は特例法(「皇室典範の付則に記述」)で処置するという。
 これは、天皇が歴史上の存在で、伝統の象徴であることの否定で、GHQが憲法の形でおしつけた民主主義への屈服である。
 わが国の数千年の歴史は、GHQがわずか一週間で書き上げた占領基本法と比較するべくもなく、まして、これに屈すべき理由はケシ粒ほどもない。
 同様に11宮家の臣籍降下も皇室典範の憲法への組み入れも、戦勝国の時限的な戦時占領政策で、いつまでもこれをまもらなければならない理由はどこにもない。

 日本が、戦後70年以上にわたって、アメリカの占領政策をひきずっているのは、護憲・民主主義・国民主権を武器にしている左翼を中心とした反日勢力の口車にのせられたのである。
 内部から国家体制を切り崩すのが敗戦革命のメカニズムである。
 レーニンが編み出した敗戦革命は、敗戦国内に祖国にたいする絶望と憎悪を高めさせ、一方で反逆者を育成することによって、革命前夜の危機的な情況をつくりだせるという革命理論である。
 戦後、日本の政界は、親米(自民党ら)と親ソ・親中(旧社会党ら)が憲法をめぐって激しく対立した。
 敗戦革命の機関紙となったのが朝・毎などの大新聞で、広告塔となったのがNHKなどの放送メディアだった。

 戦後、日本で革命がおきなかったのは、歴史と伝統の証としての皇室が存在したからである。
 日本人は、空想の民主主義ではなく、実在する伝統をとったのである。
 反日勢力が民主主義(憲法)をふりまわすのは、伝統(国体)が敗戦革命の最大の妨害となっているからで、国民投票によって、万世一系から皇室の存続までを否定しようという魂胆である。
 戦争に負けた日本に伝統をまもる政党も大組織も存在しない。
 日本を世界に誇る伝統国家たらしめているのは、民を思う天皇と天皇を慕う国民だけである。
 右翼の使命は、国体の伝統をまもることで、「君民一体」の守護者でなければならないのである。

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2017年04月06日

 伝統と民主主義B

 ●日本の皇室とヨーロッパの王室
 ヨーロッパの王室は、ローマ帝国における皇帝の末裔で、現在、その血族がハプスブルク家やブルボン家、ウィンザー家(旧ゴータ家)などの名家として残っている。
 したがって、ヨーロッパの王族はみな親類で、オランダやノルウェー、スウェーデンの王家はイギリス国王の継承権をもっている。
 デンマーク、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、かつて王室が存在したフランス、ギリシア、ルーマニア、ドイツ、ロシア、オーストリアの旧王室も血縁をとおしてイギリス国王(ウィンザー家)や旧フランク王国(ハプスブルク家)とつながっている。
 中世のヨーロッパで一番格式が高かったのは西ローマ帝国を継承したとする神聖ローマ帝国皇帝で、当時のイングランド王やフランス王は、皇帝の格下とされた。

 紀元前8世紀に建国された王制ローマ帝国は、紀元前5世紀に共和政へ移行して、500年後の紀元前27年から帝政時代に入る。
 帝政ローマは、4世紀に東西に分裂したのち、東ローマ帝国は15世紀までつづくものの、西ローマ帝国は5世紀になってゲルマン族に滅ぼされる。
 神聖ローマ帝国は、10世紀に西ヨーロッパ大陸部のほぼ全域におよぶフランク王国のカール大帝をへて東フランクのオットー大帝(ドイツ王) がローマ教皇から皇帝位を授かった国家で、西ローマ帝国の事実上の継承であった。
 皇帝は、帝国の軍総司令官・最高行政長官・元老院議長・最高神祇官などを兼ねる絶対権力者で、領地や部族の長にすぎない王をしのぐ権力をもち、王の中の王と呼ばれた。
 神聖ローマ帝国(第一帝国)の後継を名乗ったのが第一次大戦をひきおこすヴィルヘルム1世(ドイツ皇帝)のドイツ帝国(第二帝国)で、その後、ヒトラーのナチス政権は第三帝国を名乗った。
 明治憲法は、第二帝国のドイツ(プロイセン)帝国憲法をモデルにしている。
 ヨーロッパは、革命の時代となる19世紀まで、ローマ帝国と皇帝の威光のもとにあったのである。

 紀元前のヨーロッパは多神教で、同時代の日本の邪馬台国・大和朝廷と同じような祭祀国家だった。
 ヨーロッパが権力闘争の修羅場となったのは、ローマ教皇(法王)とローマ皇帝という二人の権力者が出現して、権力に正統性をあたえるべき権威の座が空位になったからだった。
 パンテオン宮殿が象徴する多神教を追い出したキリスト教は、神の代理人であるローマ法王庁をとおして権力化され、俗化してゆく。
 権威が不在とあって、皇帝は、権力の正統性を元老院・軍隊・市民の推戴と軍事力にもとめるほかなかった。
 ローマ帝国は民主化された軍事政権だったのである。
 皇帝の地位には、世襲と血統、格式が重んじられたが、ギリシア民主主義の流れを汲む市民集会の決議が必要で、西ローマ帝国の威光を借りた神聖ローマ帝国皇帝も、有力諸侯らの選挙でえらばれるにすぎなかった。
 手続き上の存在だったローマ皇帝に、神の血を受け継ぐ天皇や天命を受ける支那の皇帝のような世俗を超越した権威がそなわらなかったのは当然だった。

 フランス革命によって共和政が成立した後、1804年にナポレオン・ボナパルトが議会の議決と国民投票によって、フランス人の皇帝ナポレオン1世となった。
 このとき、皇帝は、ローマ帝国の後継者としての正統性を失い、皇位を支える基盤は、権威でも、元老院・軍隊・市民の推戴でもなく、ドイツ諸邦を支配下に組み入れるための軍事同盟(ライン同盟)だけとなった。
 ナポレオンの皇帝即位を承認した神聖ローマ皇帝フランツ2世は神聖ローマ皇帝位から退位して、オーストリア皇帝の地位へ下がり、千年近くもつづいた神聖ローマ帝国はここで崩壊する。
 第一次世界大戦後、敗戦国のドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国では革命がおきて帝政が倒れた。
 オスマン帝国やロシア帝国でも、革命によって帝政が崩壊して、ヨーロッパには皇帝が1人もいなくなり、ローマ帝国以来の皇帝の歴史は完全に幕を閉じた。

 天皇と皇帝の決定的なちがいは、皇帝が権力者だったのにたいして、天皇が権力から離れた権威だったところにある。
 日本で、権威と権力の二元性が維持されてきた理由は、仏教やキリスト教が入ってきても、神話=神道が日本精神として、ゆるがなかったことだろう。
 それが伝統の力で、合議や多数決、決議や承認などの一過性の決定は、不安定なばかりか、巨大化した国家のなかではなかなかゆきわたらない。
 皇帝の専制政治がおこなわれた東ローマ帝国が1千年の命脈をたもったのにたいして、西ローマ帝国が早々に滅びたのは、元老院の承認や市民集会の決議などの手続きが巨大化した国家全体に浸透する前にゲルマン人の侵略をゆるしたからである。
 江戸三百年の平和は、幕府(権力)が天皇(権威)から預かった土地や民を御宝として扱い、民が天皇を慕い、天皇が民の幸と国家の安泰を祈るという三位一体の国体が成立していたからである。
 国家の三要素(領土・国民・主権)をまもるには、権力や法、民主主義などの手続きではなく、伝統という心に刻まれた永遠の規範が必要なのである。
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2017年03月31日

 伝統と民主主義A

 ●不毛なる民主主義への反撃
 伝統をまもるにはつよい意志と高い精神性がもとめられる。
 一方、伝統を破壊するには、無節操と野蛮さがあればよい。
 戦後、日本中に吹き荒れたのは、伝統破壊という荒っぽい突風だった。
 主役を演じたのは、GHQの容共政策に乗じた左翼で、戦後日本は、教育界(日教組・大学)から論壇・学会、マスコミに至るまで、伝統破壊をもくろむ横着なやからであふれ返った。
 伝統破壊の合言葉が民主主義だった。
 日本の民主主義は君民一体(共治)なので、伝統と矛盾しない。
 もともと、多数決にすぎない民主主義は、権力(政体)のカテゴリーにあって、文化(国体)の領域におよぶものではない。
 ところが、左翼の民主主義は、多数決によって、国民の主権を独裁者に委任するという革命理論なので、伝統と真っ向から対立する。
 インチキなのが国民主権である。
 国民という実体はなく、主権(君主権=ソブリンティ)は、君主から国家へ委譲されたものなので、国民主権という概念は成立しない。
 その国民主権=民主主義をもって伝統国家を倒すのが革命である。
 戦後、左翼が躍進して、社会主義(共和制)者や共産主義(一党独裁)が先進的社会のモデルであるかのようなムードが高まった。
 この危機的情況がGHQ憲法と相俟って、のちに敗戦革命(八月革命)≠ニ呼ばれることになる。
 現在でも、日本では、民主主義が絶対的な正義になっている。
 戦後の左翼ブームが、いまなお猛威をふるっているのである。
 そして、民主主義的なるモノが、次々と伝統を放逐している。
 音頭をとっているのは、男女平等をもちだして万世一系を否定した自民党の二階幹事長や小泉政権下の「皇室典範に関する有識者会議」の吉川弘之座長ら日本の指導的な立場にある者たちで、かれらこそ、アメリカ民主主義に民族の魂を抜かれて、日本が伝統国家であることを忘れてしまった典型的な戦後日本人なのである。

 伝統は、文化的遺産や歴史的芸能、古典や遺跡だけをさすのではない。
 歴史の連続性そのものが伝統であって、それがなければ、人間も国家も原始時代のままである。
 コンピュータは、数字が発明された紀元前からの歴史的産物で、人類は数千年の文化的な蓄積を伝統という形でうけついで、子どもでもスマホをあやつる現代のIT社会を築きあげた。
 伝統を否定すれば、コンピュータどころか、いつまでも、指で数をかぞえる原始人のままである。
 現在がコンピュータの時代だからといって、手動計算機を否定するのは伝統破壊で、人間も、幼児や青年だった時代を否定すると成人となった現在の自分は存在しない。
 歴史も同様で、天武天皇の治世がなければ日本の原型はなく、秀吉の検地や刀狩り、キリシタン禁止令、家康の鎖国がなかったら、現在の日本はなかったろう。

 歴史の連続性を断ち切るのが革命である。
 その結果、国を束ねてきた伝統的な価値観や社会的規範がすべて失われる。
 そこで、紀元前のギリシアでうまれた民主主義や貨幣ができる前の古代共産主義を借りてきて、革命国家が人工的につくりあげられた。
 民主主義が賛美されるのは、すぐれたイデオロギーだからではない。
 革命国家には、民主主義以外、規範となる文化的な価値や基準が存在しないのである。
 伝統国家には、民主主義や共産主義よりもはるかにすぐれた道徳や習慣など伝統にもとづいた精神文化の高さがそなわっている。
 したがって、古代社会の多数決制や共産制を採る必要が生じなかった。
 左翼がいくら煽っても、日本で革命がおきなかったのは、伝統をまもることによって、独自の文化と高度な文明社会を維持できるからである。
 戦前、日本人は、伝統国家であることに自信と自尊心をもっていた。
 その象徴が天皇で「天皇陛下万歳」は、伝統国家であることを誇る雄叫びであって、革命国家でいう個人崇拝やカリスマ支配とは本質が異なる。
 マックス・ウェーバーは国家支配の類型を三つに分類した。
 合法的支配(官僚)とカリスマ的支配(独裁)、伝統的支配(権威)である。
 ソ連が崩壊(1991年)したのは、共産党官僚の腐敗とカリスマ的指導者の不在、そしてなにより、歴史に根ざす価値観(権威)がなかったからだった。
 あったのは民主主義(人民独裁)だけだったが、権力争奪や独裁の手続きにすぎない民主主義に治世の英知が宿っているわけではない。

 スターリンやルーズベルトら第二次大戦の指導者が絶対的権力をふるったのは、米ソとも民主(人民)主義を基盤とした革命国家だったからで、ヒトラーも、民主主義(ワイマール憲法)を逆手にとって、独裁者となった。
 日本人が賛美してやまない民主主義は、独裁権力の製造機にすぎなかったのである。
 現在、先進諸国のなかで、革命を経験していない伝統国家は日本だけである。
 革命国家と伝統国家では、国家の成り立ちや価値観、歴史観が異なる。
 歴史にもとづいた伝統国家とイデオロギーを土台にした革命国家では、文化構造が本質的にちがうのである。
 第二次大戦は「民主主義とファシズムの対決」といわれるが、実際は「革命国家と伝統国家の対決」で、日本以外の戦争当事国は、すべて革命国家だった。
 戦後、日本で民主主義旋風が吹き荒れたのは、戦争に勝ったのが、米英ソを中核とする革命国家群だったからである。
 戦争に負けた日本は、憲法から制度、社会通念にいたるまで革命国家のものへと改造された。
 日本の危機は、伝統国家でありながら、革命国家の憲法を有しているねじれにある。
 権力機構(政体)からだけではなく、文化構造(国体)から憲法問題を見直す必要があるのはいうまでもない。
 戦後、日本で民主主義を人類の英知であるが喧伝してきたのは、政権奪取をめざす左翼のデマゴギーで、民主主義は、伝統破壊以外、何一つ歴史の智恵を宿していない。
 民主主義の不毛さを世に広く知らしめることが、戦後から現在まで尾を引く敗戦革命≠ヨの反撃となるのである。
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2017年03月23日

 伝統と民主主義@

 ●「君民一体」と民主主義
 日本は、大和朝廷以来、現在にいたるまで、いちども革命を経験していない伝統国家である。
 にもかかわらず、伝統国家としての自覚に乏しく、伝統の意味すらわきまえない日本人が少なくない。
 戦争に負けて、誇り高く、伝統を重んじる民族が百八十度豹変してしまったのである。
 戦後、GHQによって、憲法が革命国家の内容に書き直されて、進歩主義や唯物史観が蔓延した。
 科学や合理主義、革命によって近代がつくりあげられたという歴史観の前では、過去や歴史、伝統が根こそぎ否定されてしまう。
 それがのちにいう「民主主義革命」で、標的となったのが、伝統という精神文化だった。
 戦後、GHQと左翼が手をむすんだ敗戦革命によって、国体に危機が生じていたのである。
 くわえて、皇国史観や教育勅語を悪の権化とする日教組やマスコミ、論壇や歴史学会の反伝統主義にはすさまじいものがあって、天皇を「土人の酋長」と教える日教組の教員さえいる。
 この風潮に対抗するのがインターネット世論である。
 それまで、一方通行だったマスコミ情報に、インターネットという第三者が介在しないメディアが異議を唱えはじめた。
 伝統破壊を売り物にするマスコミにたいして、かつての日本人の気風を残している草莽の一般国民が、ネットで反日メディアに対抗する流れがうまれてきたのである。

 ネット投稿蘭の「野蛮国の証拠」「税金のムダ遣い」という若者の天皇批判にたいして、同世代と思われる人々から反論が寄せられている。
「日本は『君臨すれども統治せず』の君主制と民主制が共生する国です。天皇は祭事などの伝統儀式で『国民の安寧』と『国家の平和』を祈りつづけておられる。このような『滅私奉公(民)』という崇高な御心をもった君主は諸外国にはいらっしゃいません」
「天皇は太古の昔から、日本国民の「 精神的支柱 」(=国民統合の象徴)なのです。あなた(投稿者)のような、歴史も、伝統も、文化も分からないような人間に『皇室廃止』などという傲慢不遜極まりないことを言ってほしくない」
「あなた(投稿者)の言動は、二千六百年の歴史・文化・伝統をもった日本国と日本列島に住む一億三千万人の日本国民、道義と品格の体現者ともいうべき天皇とともに歴史を歩みつづけてきた私たちの祖先にたいする夜郎自大、傲慢不遜、思い上がりも甚だしい冒涜と侮辱以外の何ものでもありません」
 投稿への反論者がネットウヨ≠ニ呼ばれる人々で、左翼・反日陣営ばかりか、意外なことに、右からも批判を浴びている。
 理由は、かれらが、戦後の日本人が絶対善としているアメリカ民主主義の信奉者ではないからである。

 右も左も、民主主義を最高の価値とするが、そこに落とし穴がある。
 左翼・反日のいう民主主義や主権在民は、国民の一般意思≠ニいう実際には存在しない抽象概念を独裁者にゆだねる革命の手法にすぎない。
 民主主義が国民主権へつながったのは、政権を多数決にゆだねると自動的に国民(人民)政権が成立するという理屈からで、それがルソー流の革命理論である。
 ところが日本人は、民を主とする考え方が民主主義で、民が主権をもつことを主権在民であるかのように誤解している。
 君民一体の民≠ニ民主主義の民≠混同させているのである。
 観念にすぎない民主主義の民は、観念上の存在で、実在しない。
 一方、君民一体は、天皇が実際におられるので、民も実在する。
 天皇の実在と民の実在が同位にあるのが君民一体で、ルソーもそんな理想的なクニ(君民共治)があるなら民主主義はいらないと書き残している。
 天皇を戴いているという事実は、わが国が革命イデオロギーや空疎な理想論に浸食されていない証で、民の幸も国家の繁栄も、現実のものとして、天皇や国民とともにあるのである。

 民主主義は、権力=政体のカテゴリーにあって、一方、君民一体は、文化=国体に属する。
 それが日本の伝統で、日本という国のかたちは、国体という文化構造と政体という権力機構が二元論的に両立している。
 民主主義や主権在民は、歴史上、政体(権力)が国体(権威)から施政権をあずかる君民一体のなかに組み込まれている。
 左翼・反日が伝統に牙を剥くのは、君民一体の伝統が、君民を対立させる革命理論にたいする妨害となるからである。
 多数決によって歴史までひっくり返せる西洋の民主主義と日本の臣民一体の伝統が、ここで決定的に対立する。
 右翼は民主主義に反対しているのではない。
 君民一体の国体のなかにあって、革命思想としての民主主義を排除しようとするだけで、そこから伝統をまもるという闘争的な姿勢がでてくる。
 伝統を破壊するには、下劣な品性と感情論だけですむが、まもるには見識と打って出る行動が必要となる。
 専守防衛だけでは、気づいたときには一面焼け野原となっているのである。
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2017年03月13日

謀略国家アメリカの正体C

 ●憲法・日教組・大新聞が反日主義の元凶
 テレビの討論番組で「反日主義のどこがわるい」と居直った若者が、日本という国家自体が憲法違反だという珍論をくりだした。
 そして、左翼憲法学者の論を借りてきて「国家を監視するのが憲法」と主張した挙げ句、「憲法は国体」と言い放った。
「国家は悪である」というルソーの革命思想と大統領の権力を憲法で制限するアメリカ民主主義、そして、国家主権が否定されている戦後憲法の三者を組み合わせて、珍妙なる理屈をこねたわけだが、それが反日主義の論法である。
 反日思想を培養したのは日教組と大新聞である。
 日教組教育をうけ、朝日新聞を読んでいるとほとんどが左翼か反日主義者になってしまう。
 くわえて、日本国憲法は、国家主権を否定して、国民主権を謳っている。
 戦後、日本から伝統国家の精神が消えたのは、憲法が共和制(革命国家)のものになっているせいでもある。
 17世紀のイギリス革命から20世紀のロシア革命にいたる200年ほどのあいだヨーロッパでは革命の嵐が吹き荒れた。
 この理論的支柱となったのがロック(アメリカ独立戦争)とルソー(フランス革命)そしてマルクス(ロシア革命)だった。
 遊離した国家と人民の関係をむすびなおそうとしたのが社会契約説である。
 万人の万人に対する闘争を避けるために国家が必要としたホッブスの半世紀後にロックが人民の抵抗権を、百年後にルソーが直接民主主義を、20世紀になって、マルクスが暴力革命によるプロレタリアート独裁を唱えた。
 戦後、革命の経験も必要もなかった日本でヨーロッパの革命思想が流行したのは、じつに奇妙な話で、よほど、西洋の真似をしてみたかったのであろう。

 ルソーの人民主権(直接民主主義)は、議会に収容することできない人民の意思を一般化して、一人の独裁者にゆだね、ロックは、人民の主権を議会や三権分立に委託した。
 前者がナポレオンやヒトラー、スターリンなら、後者がアメリカの大統領というわけだが、アメリカの場合、大統領と議会、憲法が三つ巴の関係で、ルソーとロックがごちゃまぜになっている。
 首相公選制や国民投票、地方分権は、革命国家の政体であって、伝統国家である日本にはそぐわない。
 ロックやルソーをもちださずとも、日本には、万人の戦争を避けうる国体と国家の二元構造があって、その伝統が天皇の存在である。
 先の若者は、革命思想を吹き込まれて、伝統のなんたるかを知らなかったのであろうが、戦後、日本では、革命を進歩的、改革ともちあげ、伝統を守旧的、反動、右翼と悪し様にいう風潮がはびこってきた。
 さらに大きな誤りは、民主主義を文化の領域にまでひろげて、歴史の否定をおこなったことである。
 社会常識や習慣などの文化的規範に法の範疇にある自由や平等、人権や民主主義をもちこみ、いらぬ混乱や摩擦をひきおこしているのである。

 日本というクニは、国体と政体の二本の柱からできている。
 国体は、歴史にもとづく文化の系統で、政体は、政治をおこなう権力の系統である。
権力(政体)に正統性を授けるのは、権威(国体)という文化構造である。
 したがって、伝統国家には憲法が要らない。
 イギリスが憲法をもたないのは伝統国家の体裁をとっているからで、文化の歴史的蓄積ができているため一般的慣習法(コモンロー)ですべて足りるのである。
 ところが、歴史のないアメリカには、歴史に培われた社会規範がない。
 したがって、なんでも裁判で決着をつけなければならない。
 そこにアメリカが過剰な法治主義に陥っている原因がある。
 多数決(民主主義)と法だけで決着のつくのは文化果つる野蛮な地で、戦争や軍事力を背景にした「力の支配」だけがまかりとおるのである。
 アメリカがアメリカたりえているのは、超軍事大国にして、国家の仕組みが軍産複合体という臨戦体制になっているからで、日本は、どうあがいても、アメリカのような国になれず、なる必要もない。
 アメリカは自由の国といわれるが、その自由は、ジャングルの自由で、武器の携帯がゆるされているのは、自由のリスクは、命がけでまもらなければならないからである。
 日本では、あらゆる権利が憲法で保障されているが、反対給付の自己責任や義務はほとんどない。
 それでも、日本で「万人の戦争」がおきないのは、自由には節度、平等には分相応、人権には人格という常識や良識、社会通念がはたらいているからである。
 その意味で、日本は、文化的には伝統国家だが、政治的には、新興国並みである。
 民主主義と法だけを社会規範とする新聞論説など幼稚園並みといってよい。
 アメリカで、民主主義と法だけですべて片がつくのは、それ以外の社会的な規範がないからで、自由と個人主義のリスクと自己責任は、日本人が想像できないほど大きい。
 国家は悪だ、武器を捨てれば平和になると叫ぶ反日主義は、恥ずべき「甘えの構造」なのである。
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2017年03月09日

謀略国家アメリカの正体B

 ●文化の領域に侵入してきた民主主義
 現在、世界中で、リベラリズムと保守主義が対立している。
 個と全体の矛盾が二つの潮流となって、政治の場で衝突しているのである。
 個を重く見るのがリベラルで、全体を重視するのが保守である。
 保守と革新の対立は、マルクス主義の破綻と保守主義の中道化によってほぼ解消されて、残っているのは、いまや、国家と個人が対立する構図だけとなった。
 個(個人)と全体(国家)の絶対矛盾はけっして解消されることはない。
 個は全体の一部で、一方、全体は、個なくして成り立たないからである。
 したがって、先進国の政党は、たとえ野党でも、国家を第一義におく。
 それが「大きな政府・小さな政府」論である。
 民主主義や国民主権を国家運営の根幹に据える国などどこにもない。
 政治がコントロールできるのは国家であって、個は政治の外にある文化の領域におかれているからである。
 ところが日本の場合、野党(反日勢力)が個である民主主義をタテにとって全体(政府・国家)を否定するというヒステリー状態が戦後から現在までつづいてきた。
 それを象徴するのが鳩山由紀夫の「日本列島は日本人だけのものではない」や官直人の「国民主権」発言だった。
 多数派独裁の手続きでしかない民主主義=国民主権を、国民が中心となった政治と曲解して、国権や国家を悪とみなすというトンチンカンをやってのけているのである。
 政治は国家運営のことだが、旧民主党政権には、その国家が不在だった。
 あったのは、国民主権や国権の制限など、反政府的なスローガンだけだったが、マスコミ総がかりでとった政権に居座って、反国家的な政策を打ち出した結果、対米関係の悪化と中韓の侮日という重大な国益の毀損がもたらされた。
 反政府運動を煽ることしか能がない旧民主党には、もともと、政権担当能力がそなわっていなかったのである。

 民進党(旧民主党)をリベラル政党ということはできない。
 リベラルは保守と方法論が異なるだけで、ともの国益をもとめるが、日本の場合、リベラルは反体制で、国家や国益、国家の威信を民主主義の反対概念ととらえるのである。
 国家は、機能でありながら文化概念でもあって、両者は表裏の関係にある。
 したがって、伝統文化と民主主義は、二元論的に両立する。
 ところが、自民党左派をふくめる左翼・反日は、民主主義という政治概念をもって、国家を国家たらしめている文化概念を否定しようとする。
 二階官房長官が、女性天皇の問題にからめて、皇位の男系相続が男女平等に反すると発言して一部で物議をかもした。
 政治と文化の区分けがついていないのである。
 戦後民主主義はマッカーサー憲法を原典とする。
 皇室典範(日本国憲法第2条及び第5条に規定)の第一章(第一条)に「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」とある。
 日本に民主主義をもちこんだマッカーサーが男系男子(万世一系)をみとめたのは、民主主義という政治概念と伝統という文化概念が並立するとしたからである。
 民主主義は、政治権力の主体を民におき、それを為政者があずかる手続きにすぎず、一片の政治理念も示されていない。
 まして徳性や文化とは無縁の代物で、かつて、武力に頼っていた権力闘争の手段が多数決に代わっただけの話である。
 ところが戦後、マスコミや文化人は、民主主義を、人類が到達した最高道徳であるかのような言説をふりまいてきた。
 民主主義は、権力奪取の手段であって、文化的要素などそなわっていない。
 文化とは、伝統を継承し、過去から学ぶことで、歴史の知恵である。
 したがって、保守主義に文化が宿るが、民主主義は文化不毛の地となる。
 ヨーロッパでも、民主主義が文化や善、正義としてとらえられることはない。
 それどころか、日本で偉人扱いのルソーが奇人や妄想家の扱いである。
 戦後、日本で、自由や平等、人権や民主主義がもてはやされ、道徳や歴史的な価値観がないがしろにされてきたのは、左翼のプロパガンダにのせられてのことだったのである。
 それが、戦後、絶対善となった民主主義と国民主権の正体である。

 アメリカはリベラル(民主党)と保守(共和党)の二大政党である。
 リベラルは大きな政府(=経済への政府関与)を、保守は小さな政府(=市場主義)を掲げる。
 自民と反自民の権力抗争といった低次元のレベルではなく、政策による選択肢があたえられるのである。
 ニューディール政策のルーズベルトは民主党の大統領で、コミンテルンから多大な影響をうけた経済政策はアメリカ版共産主義≠ニ呼ばれ、最高裁から違憲判決までうけている。
 共和党のトランプ大統領が、共和党の一部から批判され、民主党の一部から支持されているのは、共和党の新自由主義を捨て、政府が経済政策に積極的に関与する民主党の路線をとったからである。

 識者のなかには、民進党(民主党+維新の党)をアメリカの民主党にたとえるひともいるが、民進党は反日主義の権力集団で、同党の蓮舫代表は、国家を乗っ取ることしか頭にない政治的クレーマーである。
 民進党の民主主義や人権は、国家打倒のスローガンで、議会内革命をめざす日本共産党とも共闘関係にある。
 民主主義は権力の系譜なので、民進党や共産党は、文化がゼロの政党ということができる。
 アメリカ民主党は、たとえていえば、自民党の保守本流(宏池会)で、共和党が非主流(岸信介・鳩山一郎派)である。
 日本では、政治向けの政策をおこなう非主流派と経済政策をもっぱらとする保守本流が交代に政権を担当して、バランスをとってきた。
 このサイクルが狂ったのが、細川護煕政権(非自民・非共産8党派連立政権/1993年)と民主党政権(2009年)だった。
 自民党が8党派連立政権に政権を明け渡したのは、宮沢首相の指導力欠如と分派行動が原因だったが、民主党に政権を奪われたのは、マスコミ総出の反自民キャンペーンによるもので、このとき民主党ブームがおこって、議席占有率(64.2%)は過去最高となった。
 アメリカにおける政権交代は、自民党左派と右派の主導権争いのようなもので、民進党や共産党のような反体制政党が政治の表舞台に登場することはありえない。
 先進国にして成熟した資本主義国家である日本で、反体制派(政党)が政権争いに参入してくるのは、国家基本法(憲法)が反体制派のバイブルになっているからである。
 保守系論者のなかにも、戦後、憲法が国体となったとのべる者もいる。
 権力にすぎない民主主義が、憲法をとおして、文化の領域に侵入してきたのである。
 次回は憲法と反日主義の関連についてのべよう。
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2017年03月03日

 謀略国家アメリカの正体A

 ●民主主義を文化概念でとらえた誤り
 戦後、日本人は、自由や平等、人権や民主主義が人類の普遍的な価値であるかのような教育をうけてきた。
 そして、戦前の教育勅語や道徳教育を「軍国主義」の象徴として、徹底的に排除した。
 このとき、忠孝や友愛、礼儀や謙虚などの伝統的な道徳観念が捨てられた。
 日本人は、人格の代わりに人権、節度の代わりに自由、恭順や慎みの代わりに平等を採ったのである。
 自由や平等、人権は、民主主義と同様、啓蒙主義から市民革命へいたるなかからうまれてきたことばで、革命を善とする進歩主義である。
 完全なる自由や平等、人権は、だれも手にできない空想である。
 それを手にしようと思えば、勢い、体制批判となる。
 実現不能な欲求を立て、実現できない責任は政府(あるいは国家)にあるというデマゴギーをふりまくのが左翼や反体制派、無政府主義者らのやり方で、自由や平等、人権は、そのプロパガンダにもちられてきた戦略用語である。

 ヨーロッパには、法の下では万民平等でも、身分制度が残っている。
 現実と空想の仕分けができているのである。
 ところが、日本では、法の外にある不平等までが差別として糾弾される。
 奴隷制度や身分制度を体験したことがないため、法の制約にすぎない平等を「人間は生まれながらにして平等である」と観念的にとらえてしまうのである。
 人権や平等も同様で、ルソーの「自然に帰れ」を盲信して、国家がまもっている人権や法の上の平等を、国家が奪ったと逆転させる。
 パスポートを失い、不法滞在で長期拘留されたひとは、母国の大使館に救出されて、はじめて、人権が自然権ではなかったことを知る。
 人間は生まれながらにしてあらゆる権利をもっているという左翼のウソに一杯食わされてきたわけだが、その片棒を担いできたのが、日教組やマスコミ、論壇である。

 絵空事でしかない自由や平等、生まれながらの人権、紀元前の大昔に退けられた民主主義をよみがえらせたのは18世紀のルソーである。
 革命という歴史破壊には、ルソー主義という大嘘が必要だったのである。
 革命の熱が冷めて、現実政治に立ち返った近代において、自由や平等などのことばは法の専門用語として残ったにすぎず、国民主権も、実効的な意味合いを失っている。
 ところが、戦後日本では、国民主権が大手をふるい、保守系政治家さえこの空語を連呼して、国体や国家主権、国益については貝のように口をつむぐ。
 国民の利益以外のことを口にすれば、あるいは国家に言及すれば、右翼と叩かれて選挙に落ちるからである。

 前項で、民主主義が文化的観念ではなく、力(ポリティカルパワー)であると指摘した。
 この大衆的な力には感情がふくまれるので、民主主義の政治は、扇情政治や衆愚政治をうみだす。
 民主主義は、革命や選挙をとおして、力へと変化した国民主権)を独裁者が一手にあずかるという思想である。
 国民主権を煽って、選挙に勝てば、ヒトラーやトランプのように、国民的な支持の下で、独裁者になれるのである。
 国民主権は、多数派の独裁ということであって、政治の技能をもたず、権力操作ができない民衆に代わって、為政者が権力を掌握するだけ話で、民主主義はかならず衆愚政治という名の独裁となる。
 民主主義において、大衆は主権者だが、個人はふくまれず、少数派は政治勢力から除外されるからである。
 それをあたかも、個人に主権があるようにいってきたのが、戦後民主主義である。
 民主主義は、政治力学として不合理で、政策や理念がなく、まして、一片の文化的要素も宿していない。
 戦後、日本人が、人類最高の英知としてもちあげてきた民主主義の正体がこれである。

 政治はきわめつきの現実主義である。
 国益と国家防衛という全体利益の追求が政治で、個人的な心情がはいりこむ余地はない。
 個をなげうって、国家や国民のために現実的な判断を下し、実行に移すのが政治で、個人的心情にもとづいて、国家を犠牲にする鳩山や官、河野や村山のような者たちは、政治家ではなく、社会的扇動家にすぎない。
 ところが、国民は、候補者が政治家か扇動家か区別がつかない。
 政治にはデマゴギーがゆるされるので、自由や平等、人権や福祉などの美辞麗句を並び立てられると、国民は、国家への貢献度ではなく、個人的な心情にしたがって一票を投じる。
 それが民主選挙で、事の是非や善悪、適不適という基準が排除されたただの「数の論理」でしかない。
 多数派が正しいとするのが民主主義で、戦後、日本がこれをもちあげてきたのは左翼の戦術で、数の論理は、暴力同様、問答無用に政府(国家)を転覆できる潜在能力をひめているからである。
 それには、主権が国民にあって、国民の多数が望むなら、なんでもできるという既成観念をつくっておかなければならない。
 それがリベラリズムで(自由主義)で、左翼的ニュアンスが濃いのは、自由や民主は、歴史から学び、過去を土台とする保守や伝統と真っ向から対立するからである。
 次回以降、リベラリズムと世界中で台頭しつつある保守主義の対立の構図をみていこう。
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2017年02月24日

謀略国家アメリカの正体@

 ●民主主義を文化概念でとらえる誤り
 アメリカ建国200年の歴史うち戦争をしていなかった期間は20年にみたない。
 各州がそれぞれ主権をもつ合衆(州)国アメリカは、戦争をしていなければ連邦制を維持できない特殊な条件のもとでできあがった国家といえる。
 数十もの州が連邦政府と主権を共有するメリットは力(軍事力)である。
 世界最強のアメリカの軍事力が、腰に拳銃をぶら下げていた時代からアメリカ人のアイデンティティーで、USAが力で他国をねじ伏せるパワーをもっているかぎり、かれらは、ヨーロッパからの移民でも州の住民でもなく、誇りと愛国心をたずさえた生粋のアメリカ人なのである。
 テキサスの併合を拒絶したメキシコを米墨戦争へひきずりこみ、その勝利で領土を大きく広げた第11代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・ポークは就任式でこう謳い上げた。
「わたしは領土を拡張しようとするアメリカ国民の熱情を支援してゆくことを約束する」
 そして、米墨戦争に勝ち、合衆国が広大な西部の領地を獲得したとき、アメリカ国民は狂喜し、ポーク大統領を熱烈に支持した。
 アメリカにとって、力が正義で、その正義をうみだすのが民主主義だったのである。
「力=正義=民主主義」の単純な公式がアメリカの国是で、歴史も伝統的な社会規範ももたない文化果つる地においては、拳銃と多数決の正義しかなかったのである。

 アメリカは戦争によって、大きくなった国である。
 独立戦争やインディアン戦争、南北戦争のほか、メキシコ国土の三分の一を奪った米墨戦争、キューバを支配下におき、フィリピン・プエルトリコ・グアムを領有した米西戦争、そして、二つの大戦に勝利して、アメリカは世界一の強国となった。
 アメリカが、建国以来、戦争ばかりしてきたのは、紛争を解決するためではなく、紛争をおこして、利益をえるためだった。
 そのときにもちいられる論理が民主主義である。
 アメリカの民主主義は、政治(権力)のカテゴリーにあって、かつての武力戦が多数決におきかえられたものにすぎない。
 大統領の権力の正統性も民主主義(=国民主権)におかれる。
 国民主権は、立法や司法の上位にある大統領の権力が、国民の支持を基盤にしているところからでてきたもので、スターリンもヒトラーも、人民の代表として、独裁的権力をふるった。
 その意味で、民主的な手続きで全権を掌握したヒトラーとトランプはかわるところがない。
 ところが、戦後日本では、国民主権が、国民中心の理想的な政治であるかのような曲解が広がり、官直人元首相はこれを理想の政治としたほどだった。
 国民主権は、多数派の独裁ということであって、政治の技能をもたず、権力操作ができない民衆に代わって、為政者が権力を掌握するだけの話である。
 したがって、民主主義は、かならず衆愚政治と独裁に陥る。

 アメリカの戦争は、権力を一手に握る大統領の指導力と国民の熱狂的支持の下でおこなわれてきた。
 国家の形態も臨戦型で、アメリカ合衆国大統領行政府(ホワイトハウス)と中央情報局(CIA)、国防総省(ペンタゴン)の三者が<軍産複合体制(MIC)>を形成している。
 軍産複合体制には、アメリカを代表する数千の企業と数万の下請け、金融機関、大学、研究施設からマスコミまでがふくまれる。
 原爆を製造・投下したのもMICで、現在でも、最新兵器にはアメリカ中の科学の粋が結集される。
 タテマエとして、憲政主義と三権分立を謳っているが、三権分立の二権(立法府・司法府)は、強くなりすぎた大統領の権力をチェックするための機関にすぎない。
 最近、左翼(護憲)学者らが「憲法は国政や国家権力の暴走を防ぐための最高法規」と主張しているのは、アメリカのケースを誤解しているのである。
 伝統的規範をもたない革命国家アメリカでは、憲法というガードを設けなければ、大統領の権力や多数決の独裁に歯止めがきかなくなるのである。

 国務大臣から裁判官、天皇にまで尊重擁護義務を負わせた「憲法の最高法性(98条・99条)」はアメリカの模倣である。
 アメリカの権力構造は、突出した大統領の権力を抑えるため三権≠フ上に憲法を置き、立法や司法が憲法をタテにホワイトハウス(行政)の暴走を阻止できる仕組みになっている。
 イギリスの議会民主主義は、民主主義が議会に属しており、憲法をもたないのは、伝統(コモンロー)が機能しているからである。
 日本は天皇民主主義で、伝統的価値観や国民的良識、習俗や慣習などが不文律(コモンロー)で、民主主義は、普通選挙法と多数決以上の意味をもつものではない。
 憲法こそが暴走する民主主義で、これをチェックするのは、文化でなくてはならない。
 ところが、戦後の日本人は、アメリカ民主主義を最高道徳(=憲法)としてとらえ、これを国体の上位においてきた。
 それを端的にあらわしたのが二階発言である。
 自民党の二階幹事長はテレビ番組で「女性尊重の時代に天皇陛下だけ例外というのは時代遅れだ」「トップが女性の国もいくつかある」などとのべている。
 二階幹事長のいう女性尊重や女性進出は、男女同権にもとづくものと思われるが、男女平等は法の下≠ノおける平等であって、民主主義と同様、政治のカテゴリーにある。
 一方、皇位は伝統であって、文化と同様、法や政治、権力の支配をうけない。
 次回以降、文化と政治を峻別して、民主主義の正体を明らかにしていこう。
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