2018年10月27日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」67

 ●自主憲法制定と日米地位協定(4)
 憲法が国家の基本法なら、歴史や伝統、文化などの民族の遺産が反映されていなければならない。
 それを国体というなら、本来、憲法は、国体の体現であるべきなのである。
 ところが、現行憲法からは、国体がすっぽり抜け落ちている。
 国家も消え失せ、国民主権という、実体のないがらんどうがあるだけである。
 国家主権も国家防衛も、国家緊急法もない、巨大な暗渠が、憲法という冠をかぶっている。
 それが日本の憲法で、そこには、国民主権とアメリカ民主主義という怪物がうごめいているだけである。
 国民主権は、国民の総体がもつもので、権力者がこれをあずかる。
 占領中、GHQが国民主権をあずかったが、1951年、GHQが日本から去ったあと、アメリカ民主主義が、GHQに取って代わった。
 それが、日本国憲法に仕掛けられた巧妙なマジックで、憲法至上主義というのは、アメリカ民主主義至上主義のことなのである。
 安倍首相は、憲法改正にご執心だが、アメリカ民主主義のマニュアルにすぎない憲法をどういじったところで、でてくるのは金太郎飴で、抜本的改正などできっこない。
 天皇元首論や9条加憲は、憲法改正ではなく、明らかに改悪である。
 憲法を改悪するくらいなら、手をつけないほうがよい。
 法は、時間の経過にともなって、無意識化されてゆく。
 習慣や常識、現実主義が、条文にすぎないものを淘汰してゆくのである。
 その究極が、コモンロー(不文法・習慣法)で、コモンローの国イギリスは成文法をもたない。
 日本国憲法も、コモンロー化されつつあって、世界第6位の軍事力と軍隊や交戦権を否定する憲法9条が両立しているのは、憲法が、無視されているからである。
 国民主権といいながら、じぶんが主権をもっていると自覚している日本人がどれほどいるだろう?
 憲法の国民主権などだれも信用していないのである。
 基本的人権も、憲法ではなく、国家から与えられていると、大方の日本人は知っている。
 たとえば、他国に領土を侵略占領されて、人権がまもられるであろうか。
 人権や人間の尊厳をまもるのが自国の軍隊で、法など紙切れにすぎない。

 紙切れにすぎない法が大きな力をもつのは、法が神話となるからである。
 神話というのは、万人が共有する共同幻想≠ナある。
 コモンローも神話で、人々は、神話を共有する共同幻想のなかで、価値観や共通感覚を分かち合う。
 国体も神話で、憲法が、国体の体現というのは、憲法こそ国民の共同幻想でなければならないからである。
 習慣や常識、現実主義が、イギリスでは、コモンローをつくりあげ、日本では、国体をつくりあげた。
 イギリスでは、コモンローが国家基本法を代行している。
 ところが、日本では、国体が、憲法に反映されていない。
 日本国憲法から見えてくるのは、どんな国家像か。
 空想的な共和制国家で、国民主権とアメリカ民主主義という空疎があるだけである。
 そんなものに国体をあずけられるものだろうか。
 憲法第二条にこうある。
「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」
 世襲は、かならずしも、男子相続(万世一系)を意味しない。
 皇室典範は国会議決(多数決)に左右される。
 これでは、皇位は風前の灯で、皇室の自然消滅をはかったGHQの思う壺である。
 帝国憲法の第一条には「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とある。
 井上毅の草案では「天皇之ヲ治ス所ナリ」とあって、こっちのほうが実際に即している。
 治(シラ)スというのは、ヨーロッパ的な統治とはちがい、存在することによって、自然に国が一つにまとまるという意味合いで、出典は日本書紀である。
 国体を活かすなら、憲法に「万世一系ノ天皇之ヲ治ス所ナリ」という意味の語句をいれなければならない。
 現行憲法にこれをうけいれる余地などあるだろうか。
 日本国憲法は、習慣や常識、現実主義を裏切る空想であって、いかに理屈をつけてみたところで、新しい憲法概念はうまれてこないのである。
 そこに、左翼やリベラル、日本共産党がこの憲法を支持する理由がある。
 国家主権や国体概念、習慣や常識、現実主義を断ち切ったこの憲法は、かれらの革命綱領にぴったりの代物なのである。
 次回は、自民党改憲案「天皇元首論」を批判しよう。
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2018年10月21日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」66

 ●自主憲法制定と日米地位協定(3)
 天皇条項を中心に、自主憲法制定の基本ラインをのべておこう。
 といっても、これは、憲法改正案でも、自主憲法案でもない。
 あるべき憲法のすがたをのべただけのもので、わたしなりの憲法論である。
 憲法とはなにか、はたしてそれは必要なのか、必要ならどんな形が望ましいのか。
 大所高所に立って、憲法をながめて、思うところをのべてみよう。
 日本国憲法が虚構≠ナあることにだれも気がついていないように思える。
 第一条にこうある。
 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。
 この文章が、合理的でも民主主義的でもないことは、冷静に一読すればすぐわかる。
 天皇が日本国の象徴であるという部分はそのとおりである。
 これは、憲法の枠内の話ではなく、摂関政治や院政、武家政治において天皇は、歴史上、象徴であって、権力ににらみをきかせる権威であった。
 GHQがウェストミンスター憲章(1931年)から借りてくるはるか以前から、日本では、天皇が、国家の象徴だったのである。
 その第一条も、「日本国民統合の象徴」というあたりから話があやしくなってくる。
 国民統合というのは、政治や制度、法の成果であって、直接、天皇にむすびつくものではない。
 そして、同条は、天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく、とむすばれる。
 総意にもとづくというのは、民主主義の原理に反する。
 民主主義の原則は多数決で、多数派が、一つの政治意志としてあつかわれはするものの、多数決もとらず、一概に、総意というのでは、全体主義である。
 主権の存する日本国民というのも、ありうる話ではない。
 主権(君主権/ソブリンティ)は、なにものも侵すことのできない絶対的な権力だが、法に縛られている一国民がそんな大きな権力をもてるはずはない。
 国民主権というのは壮大なるまやかしだったのである。
 日本国民が、一人ひとりの国民をさすのか、国民全体をさすのかも、不明である。
 一人ひとりの国民は、主権という絶対権力をもつことができない。
 したがって、ここでは、国民全体ということになるだろう。
 国民全体とは、どんな実体か。
 国民全体がもつ主権とはいったいなにか。
 まったくわからないが、それも当然で、日本国憲法は、ユダヤの思想家、社会契約論のジャン・J・ルソーが唱えた「主権委譲説」のコピーなのである。
 ルソーは、一人ひとりの国民を国民全体に一般化して、国家に与えられていた主権を、その国民全体にあずけた。
 こうして、国家にあった主権が、ルソーによって、国民の側へ移された。
 ここでいう国民は、一人ひとりの国民ではない、国家とわたりあう、総体としての国民である。
 国民の総体は、国民が一億人いれば一億人全員なので、数が多すぎて、統一的な主権を行使することができない。
 そこで、代理人(為政者)がその主権をあずかって、その権利を行使する。
 これが、ルソーの革命理論で、フランス革命もロシア革命も、その方法がとられた。

 日本国憲法第一条は、ルソーをかじったニューディーラーが、革命家気取りで書き上げたものである。
 だが、国民主権をひきうける肝心な為政者がだれなのか、書かれていない。
 日本国かGHQか、そのいずれかでならなくてはならない。
 国民主権をあずかる為政者が、日本国ではなく、GHQだったことは、日本に主権(国家防衛権や国家緊急法)がなく、その一方、98条(「憲法の最高法規性」)および99条(「天皇・摂政・公務員の憲法尊重擁護義務」)の宣告者がGHQであることからも明らかである。
 日本国憲法は、占領基本法で、主人は、GHQ(アメリカ)だったのである。
 日本国憲法の条文は、主語(主格)が巧妙に隠されている。
 第11条(「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」)
 だれが国民に基本的人権をあたえるのか?
 憲法の条文というならオカルトだが、そうでなければ、日本国という国家でなければならない。
 当初、GHQであったろうが、GHQは67年前、日本から撤退している。
 国民の基本的人権をまもってきたのが、日本という国家でないというのなら、日本は、これまで67年間、主人のいない憲法をまもってきたことになる。
 主人が不在の憲法というのは、条文そのものが主人となるような憲法である。
 憲法11条を読み直してみると、なるほど、預言かオカルトで、条文にすぎないものが、国民を組み従えている。
 国民に基本的人権を与えるのは、国家であって、憲法の条文が、国民の基本的人権をまもるわけではない。
 ところが、現行憲法では、主権者が日本国であると一言も書かれていない。
 日本国憲法から日本という国家が脱落しているのである。
 その結果、神の預言のように、条文そのものが、国民の主人になりおおせている。
 新憲法制定の必要があるのは、現行憲法がオカルトに堕しているからで、新憲法においては、国家主権と、主権にともなう責任と義務が、明確に謳われていなければならない。
 次回は、憲法の神話性へと話を転じよう。
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2018年10月15日

神道と世界最古の文明「縄文文化」65

 ●自主憲法制定と日米地位協定(2)
 親米保守というのは、ありえないスタンスで、親米なら革新でなければならない。
 なぜなら、アメリカは革命国家で、独立宣言以前の歴史や伝統をひきついでいないからである。
 スペイン人がマヤ文明やアステカ文明を滅ぼしたように、アメリカ人はインディアンを絶滅させ、数億頭いたバッファロー(野牛)をすべて撃ち殺した。
 ヨーロッパのプロテスタンティズムや産業革命をうけついでいるが、これは歴史の連続性をひきついだわけではなく、移民文化であって、そこが新興国家アメリカのスタート地点となった。
 親米保守の保守は、もともと、反共という意味合いで、1950年代のマッカーシズム以降、アメリカは、反共に転じたが、前大戦では、共産党国家ソ連と同盟関係にあった。
 日本の親米保守は、したがって、親米反共という意味になるが、反共ということばは、すでに死語である。
 すると、保守も反共もふっとんで、吉田茂以来の親米云々は、親米従属なるただの対米コンプレックスだったことになる。
 吉田ドクトリンは、安全保障をアメリカに依存して、経済復興と経済発展を最優先させる軽武装・経済外交型の国家戦略のことで、これと相補的な関係にあったのが、陸海空戦力と交戦権の放棄を謳った憲法9条だった。
 吉田ドクトリンは、憲法9条をテコに、日本の防衛をアメリカにおしつけるもので、このいびつな日米関係が、サンフランシスコ講和条約以降、日本の対米依存の基本構造となった。
 いびつというのは、9条というモラトリアム(責任免除)法が、対等であるべき二国間関係を阻害しているからで、アメリカにしてみれば、国家防衛(核の傘を含む)を依存しておいて、対等な国家関係をもとめるのは虫がよすぎるという理屈になる。
 もっとも、このいびつな関係は、アメリカにとって好都合でもあって、日本防衛を口実に極東に軍事拠点をもてるばかりか、自衛隊を極東米軍の支援部隊とすることができる。

 いずれにしても、憲法9条というモラトリアム法があるかぎり、アメリカは対日関係において、優位に立つことができる。
 それが如実にあらわれているのが日米地位協定と駐留米軍経費負担である。
 日独伊の駐留米軍経費負担率は次のとおり(2002年)である。
 日本   負担率74・5% 44億1134万ドル
 ドイツ  負担率32・6% 15億6392万ドル
 イタリア 負担率41・0%  3億6655万ドル
 日本の駐留米軍経費負担率は独伊の2倍余、金額にして3〜15倍の開きがある。
 さらに大きな差があるのは、地位協定で、米独、米伊関係が対等なのにたいして、日米関係だけが不平等になっている。
 たとえば、駐留米軍への適用法規だが、独・伊では、国内法が適用されるのにたいして、日本では、国内法が適用されない。
 米軍基地への立ち入り権についても、独・伊とも無条件に可だが、日本は不可である。
 訓練演習に対しては、独・伊の場合、事前通告と承認が必要となるが、日本の場合、通告も承認も必要がない。
 事故の調査権でも、独・伊が独自で調査できるのにたいして、日本は米軍の同意が必要となる。
 さらに差別的なのは、一般犯罪の捜査で、容疑者の米国兵士が基地内にいる場合、日本の捜査権・逮捕権・裁判権がおよばないばかりか、米軍が容疑者を除隊帰国させてしまうケースもあって、お手上げ状態である。

 日本がアメリカに譲歩的なのは、自国防衛をアメリカにゆだねているからである。
 現実はどうあれ、法の上では、日本は無防備で、交戦権をもたない。
 交戦権をもたないということは、国家主権を放棄するということで、国家としてこれほど恥ずべき醜態はないが、戦後のゆるみきった世相において、その反省はないにひとしく、かつて、誇り高かった日本人の名誉は完全に失われている。
 現在、日本は、解釈改憲で、世界第六位の軍事力を有している。
 だが、現実に、日本の軍事力を担保しているのは、日米安保条約である。
 対米関係がなければ、日本は、法文(条約)上、丸腰で、領土を奪われても攻め込まれても、抵抗もできない弱虫国家ということになる。
 国家主権の放棄――これを平和主義というのは、日本共産党とそのシンパの悪質なデマゴギーで、自国を防衛できない国は、平和どころか、紛争当事国となるのが、歴史の教訓である。
 独立国家の気概や尊厳を捨て去って、アメリカや中国、ロシアなどの大国と張り合うのはできない相談で、それどころか、日本は、韓国や北朝鮮からもばかにされている。
 憲法改正あるいは、自主憲法を制定すれば国家国民の誇りを取り戻すことができるだろうか。
 否である。
 自民党の改憲案にして、9条温存など、解釈改憲から大幅に後退している。
 これに公明党の環境権や社民主義的な人権法や福祉法、国家主権の制限法がくわわって、新憲法が現在のものより左翼的になるのは火を見るよりも明らかである。
 というのも、改憲議論になれば、朝日・毎日・中日を中心に新聞左翼がキャンペーンを張るはずだからで、民主主義に批判的な保守の論旨より民主主義に追従する革新・左翼の論調のほうが大衆受けするのである。
 次回以降は、天皇条項を中心に、自主憲法制定の基本ラインをのべよう。

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2018年10月08日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」64

 ●自主憲法制定と日米地位協定(1)
 風さゆる 冬は過ぎて まちにまちし 八重桜咲く 春となりけり
 これは、昭和二十七年四月二十八日、サンフランシスコ平和条約が発効して日本が独立を回復した折に天皇陛下が詠まれた和歌である。
 日本はそれまで旧連合国、現在の国連常任理事国の占領下にあって、言論は統制され、日本の伝統や国体、民族文化が破壊されかねない危機にさらされていた。
 日本が主権を回復したとき、陛下は、明治神宮と靖国神社に参拝された。
 独立回復をよろこび、明治天皇と戦没者にこれをご報告されたのである。
 日本に神風が吹いたというのは、結果として、国体が護持されたからである。
 この時点で、GHQ憲法は無効となっていたはずである。
 イギリスの植民地だったアメリカ、ナチスに屈したフランス、日本との合併下にあった朝鮮が、独立戦争や解放戦争、日本の敗戦によって、それまで隷属的だった法体系から開放されたのは当然で、日本も、そのとき、吉田茂首相が独立宣言をおこなって、憲法廃棄を宣言していれば、現在にまで尾を引く憲法問題は存在しなかっただろう。
 ところが、GHQ憲法を残し、日本をアメリカの庇護下におこうとした吉田茂は、社会党とつうじて、憲法の破棄ではなく、改正という方法論をえらんだ。
 吉田が目をつけたのが、各議院の総議員の三分の二以上、国民の過半数の賛成票を必要とする九十六条の改正条項だった。
 吉田はこのとき、社会党が、憲法改正の拒否できる三分の一票を獲得できるように裏工作をおこない、その社会党に改憲反対をけしかけた。
 以後、憲法議論は、閣議決定や多数決で可能な破棄ではなく、総議員の三分の二以上が必要な改正へふりかえられて現在に到っている。
 渡部昇一や石原慎太郎ら多くの保守論客が憲法破棄論を訴えたが、マスコミは完全無視して、憲法論議を、事実上、実現不可能な改正論へと固定化させた。
 自主憲法制定が党是だった自民党も改憲へと軌道修正した。
 そして、日本共産党が、党勢拡大のために9条護持を謳うにいたって、憲法議論は不毛なデッドロックにのりあげてしまった。
 改憲・自主憲法制定論者を「好戦主義者」とする共産党一流のデマゴギーが世論の一角を占めるにいたって、まともな憲法論議が成り立たなくなってしまったのである。
 
 日本は、現憲法下で世界6位の軍事力をもち、イージス艦6隻、空中給油機6機、準空母2隻を保有するほか、900キロ級の巡航ミサイルの導入までをきめている。
 これを現憲法に照らすと9条2項(「陸海空軍戦力を保持しない」)に抵触するのは子どもでもわかる。
 日本は、憲法を改正せずとも、否、憲法を改正しないほうが、日本は適正な軍事力をもてるのである。
 むろんこれは、アメリカの都合で、トランプが過日、日本が日米貿易摩擦を緩和するに足るほどの米製武器を購入すると上機嫌だったことから、日本の防衛費は、今後、増えつづけると予想される。
 軍事超大国アメリカにとって、日本は、同盟国であるよりも、武器を買ってくれる大のお得意であって、それ以上ではない。
 ナチスに屈服したフランス・ヴィシー政権の法を戦後、撤廃したのはドゴールだったが、ドゴールは「同盟国とは共にたたかうが、運命は共にしない」と名言を吐いてもいる。
 ところが、日本は、アメリカの同盟国であるよりも運命共同体たらんとしている。
 サンフランシスコ講和条約によって、主権返還とGHQの撤退が実現して、日米安保条約発効したが、憲法にリライトされた占領基本法と日米地位協定は旧態依然のまま残った。
 これが対米属国の元凶で、日本国憲法および日米地位協定の主体者はアメリカである。
 憲法と日米地位協定があるかぎり、日本は、アメリカの属国でありつづけなければならないのである。
 安倍首相の9条加憲は、9条二項で「陸海空軍を保持しない」と謳いながら自衛隊を合法化するというもので、これは、精神分裂症的な大矛盾だが、日米の特殊な関係をみればうなずける。
 
 アメリカは日本に最新の武器を売りまくるが、その武器が、対米緊張にむけられたら目もあてられない。
 日本の軍事力が脅威になった場合、アメリカは、日本にたいして、軍隊が存在せず、交戦権ももたないという九条の原則をまもるようにもとめる。
 九条があれば、日米摩擦が生じたとき、時の政権を9条違反でゆさぶることができるのである。 
 アメリカは、ロッキード事件を仕掛けて、田中角栄を抹殺した実績をもっている。
 日本の首相が、武器輸出にからんで賄賂を取ったというスキャンダルを朝日新聞や日本共産党に流せば、まちがいなく、反米政権はつぶれて、親米政権が誕生する。
 日本の政治家を収賄罪でひっかけるにも、9条違反が格好のフックになる。
 アメリカは、超軍事大国であると同時に大謀略国家である。
 CIAがそのくらいのシナリオを書き上げるのは朝飯前だろう。
 しかも、アメリカは、敗戦が決定的だった国に二発の原爆を落として、殺傷能力テストをおこなった有色人種蔑視の国家でもある。
 アメリカにとって、憲法と日米地位協定は、日本を支配下に置くための悪魔の切り札だったのである。
 次回は、テーマを、対米関係から憲法、日米地位協定、防衛、いわゆるA級戦犯、天皇の靖国神社参拝までひろげていこう。
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2018年09月28日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」63

 ●民主主義と権力主義(6)
 日本では、時折、邪道が正道をおしのけて、常軌を逸した事象が平然と姿をあらわす。
 とりわけ、伝統と革新がせめぎ合うシーンで、それは、よくみられる。
 伝統をまもることはむずかしく、革新が時代の潮流に乗りやすいのは、歴史が示すとおりだが、日本ではそれが、時代の節目にヒステリックな形であらわれてくる。
 ロッキード事件がおきたのは、対米従属一辺倒だった日米関係が、田中角栄によって転換されつつあったさなかだった。
 当時、角栄有罪を叫んだマスコミの狂奔がヒステリーでなくてなんだったろう。
「9条加憲」も、野党が弱体化して、自公あるいは自民党(保守陣営)単独で改憲に必要な三分の二議席を確保できそうな情勢下でおきた。
 9条加憲は、自衛隊を自衛ための必要最小限度の実力組織とした上で、同条の1項、2項を、自衛隊設置を妨げるものと解釈しないというものである。
 具体的には「第3項」で自衛隊設置を謳い、「前2項は自衛隊を設けることを妨げない」と但し書きを入れるというのだが、姑息すぎる。
 なぜ、「第2項」の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」を削除して、自衛隊を国軍とする、としないのか。
 共産党や社民党、旧民主党の一部が騒いでも、しょせん少数派で、多数決でおしきれるではないか。
 国益や国家理性、伝統に照らして、正当と思われることがなんの注釈もなくひっくり返される。
 元号問題も然りで、今上天皇のご譲位の時期において、次期元号の事前公表という前代未聞の不祥事が、政府の手によって、着々と準備されている。

 政令が定める元号は、内閣が政令を閣議決定して、天皇が公布する。
 政府は、付帯決議を根拠に、地方自治体や企業の意見も聞いた上で、今年5月、皇位継承1か月前の公表を想定して、各省庁のシステム改修などの準備をすすめるという。
 これにたいして、神社本庁の機関紙「神社新報」は、新元号が天皇の御世であることをふまえ、新天皇が御聴許の上、政令としてこれを公布し、公表するべきとする主張を展開した。
 安倍首相をささえてきた神社本庁が、元号の事前公表はノーといっているのである。
 超党派議員でつくる「日本会議国会議員懇談会」の会合でも、出席者から「元号の権威や伝統がどうまもられてのか」などの意見が相次ぎ、会長の古屋圭司衆院議院運営委員長が菅義偉官房長官に「新元号は新天皇から公布されるべき」と申し入れた。
 新天皇の践祚および即位の一か月前に新元号を事前公表をすることは、今上陛下の御代(平成)に次の天皇の時代の元号を謳うことになって、神事として成り立たない。
 新天皇の践祚前に新元号を公表すると一世二元となってしまうからである。
 御代替わりにあたって、宮中では、幾つもの重大な儀式が催される。
 これは国家的神事で、政府機関がおこなう御代替わりの式典は、この神の業(わざ)をうけるものにすぎない。
 践祚および即位は、国体の儀式であって、断じて、政体の行事ではないのだ。
 不都合だからといって、一世二元となる元号の事前公表をおこなえば、新元号発布が神事に則らないご都合主義となって、はなはだ、不穏当である。

 これと類似した問題に元号の開始月日がある。
 政府は、2019年5月1日に新元号を切り替える前提で、同年4月1日の公表を想定して準備をすすめると発表している。
 新元号が5月1日施行なのはなぜなのか。
 官邸は当初、「2018年末に新天皇が即位、2019年元日に改元する」という案を考えていたという。
 これに、天皇陛下の「ご意向」を重視する宮内庁が難色を示した。
 年末年始は皇室の重要行事が相次ぐ上、昭和天皇崩御から30年となる節目でもあって、「陛下ご自身が儀式をとりおこないたいお考え」を主張したといわれる。
 官邸は、次善の策として、年度替わりとなる「19年4月1日即位」の案を提出したところ、「年度替わりは転勤や入学などで慌ただしい」「中央官庁の人事異動と重なる」「3〜4月は統一地方選で政治家が多忙」といった異論が噴出して、結局、第3案の「5月1日即位」にゆきついたという。
 5月1日はメーデーである。
 保守主義者なら反射的に避ける月日で、忌避すべき理由やデメリットを挙げてゆけばきりがない。
 寿ぐべき元号の初日を、アメリカでは「ゼネスト記念日」としても知られるメーデーをあてたことをふくめて、親米主義者である安倍首相の政治姿勢には疑問をかんじざるをえない。
 ちなみに、私は、この件について、友人(福田富昭/国際レスリング連盟副会長/2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会評議員/文部科学省五輪対策チーム実行委員長)を介して、神社本庁に申し入れをおこなった。

 親米保守である安倍首相は、親米だけを取って、保守を捨てた売国政治家に変貌しつつあるのではないかと疑問を抱かざるをえない。
 今上天皇の譲位のご意志を、憲法4条の解釈にからめて政治決定としたのみならず、神事ともからむ元号決定を政治問題(政令)にして、天皇を除外したのは、改憲主義者とは思えない憲法原理主義≠フふるまいで、国民感情とも遊離している。
 安倍首相は、アメリカ人の感覚をもって、日本の政治をおこなっているのではないか。
 9条1項、2項の遵守は、日本を潜在的仮想敵国と位置づけるアメリカの思惑に合致しており、皇室の無力化は、GHQ以来、アメリカの既定方針である。
 安倍首相から、日本独自の、国益や誇り、固有文化を訴える迫力がまったくかんじられないのは、かれは、愛国者でも民族主義者でもなく、根っからのアメリカンボーイだったからではなかったか。
 トランプ大統領は、貿易摩擦を回避するため、日本が、アメリカ製の武器を大量に購入する予定と嬉々として記者会見している。
 安倍首相の政治ウエイトは、日本よりもアメリカにかかっている。
 このままでは、安倍政治は、アメリカのための憲法改正、アメリカのための外交、アメリカのための経済政策に転落してしまう危険性がある。
 現在、日本国憲法は、9条をもちながら、世界第六位の軍事力をもっていることからわかるように半ば死に体≠ノなっている。
 半分、死んでいる憲法を改正する必要などどこにあるだろう。
 下手に改憲すると、自主憲法どころか、むしろ、現在のものよりもっとリベラルな革命憲法ができあがってしまう可能性が大である。
 それより必要なのが、対米従属のマニュアルになっている「日米地位協定」の抜本的改革である。
 次回以降、論旨を対米関係へと移していこう。
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2018年09月25日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」62

 ●民主主義と権力主義(5)
 元号についての議論で気にかかるのが、便宜性から伝統を語ろうとする見当違いと外国にたいするへつらいである。
 元号を文化と見て、一刀両断的にいうなら、日本固有に文化なので、これを問答無用にうけいれなくてはならない。
 便宜性に問題がある、外国人にわかりにくいなど、そんなものはとるに足らない問題で、まともにとりあうほうがどうかしている。
 元号問題は、哲学で言うなら与件、絶対前提で、うごかすことにできない第一原因である。
 その絶対前提にあたるのが天皇の存在で、いみじくも、元号は、天皇の御世の尊号である。
 元号は、世界に類のない国宝級の伝統で、日本人たるものこれに誇りをもって世界に宣してよい。
 ところが、警察庁は、改元にあたって、運転免許証の元号表記を西暦に変更する改定案を発表した。
 理由は「元号が外国人にわかりにくい」「マイナンバー制度に西暦がもちいられている」の2点だが、警察庁の意識や知的レベルの低さには開いた口が塞がらない。
 運転免許所有者のうち外国人が何パーセントか知らないが、わずかな外国人が元号の不便性をうったえたとして、それがなんなのだ。
 外国人の元号へのクレームは、免許をあたえてくれた他国への無礼、文化侵害であって、警察庁がふるえあがって恐縮することではないのだ。
 マイナンバー制度の西暦は、有効期限表示で、十年後、元号が変わっている可能性があるので、便宜上、西暦だが、生年月日は元号である。

 元号と西暦の併記は、伝統と国際慣例の並立で、キリスト教国家ではないわが国は、元号法は整備されているが、西暦が法制化された事実はなく、明治5年以降、グレゴリオ暦(西暦/太陽暦)が国際慣例としてもちいられてきたにすぎない。
 警察庁はテロ防止キャンペーンに女性タレントを使って「私はテロをゆるさない」なるポスターをべたべた貼り出して自己満足にふけっている。
 頭のレベルがその程度なら元号など文化の根源に触れる問題には近づかないほうがよいのである。
 これに先立って、政府は、各省庁がコンピュータ・システムでやりとりする日付データについて、和暦(元号)と西暦で混在している現状を改め、今後、数年かけて日付データを西暦に一本化する考えだという。
 呆れた暴挙で、日本国の正式な年号(元号)を放逐して、便宜上の暦(キリスト暦)を国家の年号にしようというのである。
 理由は、便宜性と合理性、事務の簡便化だけである。
 便宜性や簡便化が理由だとしても、行政文書での元号使用を強制しなければよいだけの話で、それが、どうして、元号廃止の理由になるのか。

 元号廃止の背後にあるのは、一切の伝統を廃止する革命思想である。
 これは、広義の民主主義革命で、伝統・権威・制度が否定されると、社会が崩壊の危機にさらされる。
 この民主主義革命は、左翼暴力革命が血みどろの闘争であるのにたいして、一見、平和的で、そもそも、革命などという物騒なムードすらかもしださない。
 議会内革命・国民投票・大衆迎合がキーワードで、その三つを呑みこんでいるのが民主主義という大舟である。
 多数決や国民投票、大衆的討議の果てになにがあるかといえば、国民的堕落というふしだらさである。
 ゴミの処分場をつくれ、だが、自宅の近隣は絶対反対というのが大衆的ふしだらさである。
 政治的決定は、さまざまの条件や選択肢、価値観、信条などが検討されてでてくる高度な判断で、偉人や英傑、哲人らが人々から尊敬されるのは、かれらの決断がすぐれていたからにほかならない。
 ところが、現在、もてはやされているのは、衆愚のきわみである国民投票で、どの政治家も二言目には国民投票を口にする。
 国民投票は、英知や知性、知恵や知識、テーマにかんする情報や付帯条件をあたえられないか、それが、不十分なまま、感情や好悪、目先の利益や気分任せに投じる政治決定で、これがこれまで、最悪の結果を招いてきたケースは枚挙にいとまがない。。
 向上には、努力や忍耐が必要だが、国民投票ではいちばんイージーな政策が選択されるので、国民投票の結果、国家は、まっしぐらに衆愚政治へ転落してゆく。
 元号を国民投票にかけると「面倒」「西暦のほうが便利」などという理由から廃止になる可能性がきわめて大きい。
 文化的異義や伝統的価値を重んじる知的レベルの高いひとは、いつの世でも、少数派だからである。
 民主主義とは、圧倒的多数の愚論が少数派の賢者の論を踏み潰してゆくプロセスで、伝統(元号)には一円の価値もない叫ぶ亡者がふり回す亡国の斧だったのである。
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2018年09月21日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」61

 ●民主主義と権力主義(4)
 昭和54年、旧大東塾の影山正治は「一死似て元号法制化の実現を熱祷しまつる」とする遺書を残して割腹後、散弾銃により自決した。
 元号法が可決されたのはその直後(第87回国会)のことだった。
 日本において、元号は、かくのごとく思い意味をもっている。
 一人の天皇について一つの元号に限る「一世一元」によって、天皇と元号が一体化して、天皇への親近感と日本特有のアイデンティティ(文化)がつくりだされる。
 西暦645年の「大化」から西暦1989年の「平成」まで延べ1344年間、247の元号が重ねられてきたが、そのかん、元号にまつわる混乱は皆無だった。
 それだけ、元号は、日本人に深くなじんできたといえる。
 元号は天皇がおきめになるもので、明治憲法下でも、元号は、勅定=天皇の決定事項と明記されていた。
 その公表は、法的効力を持つ詔書で、明治憲法下における改元は、元首たる天皇の権威を示す一大イベントだった。
 ところが安倍政権は、元号の政府決定どころか、元号の事前公表までを計画している。
 さらに、パスポートや運転免許証、公的文書などへの西暦表記を関係省庁へ通達したという。
 戦後、GHQ命令によって、天皇の法的効力(勅定・詔書)は失われた。
 元号も法的根拠を失ったが、政府は歴史的慣習としてこれを存続させてきた。
 そして、昭和54年の元号法成立で、元号は、よみがえった。
 ところが、同法では「元号は、政令で定める」とされている。
 政令は、内閣による命令なので、元号を決めるのは天皇ではなく、内閣総理大臣ということになる。
 日本は独立国なので、天皇の法的効力(勅定・詔書)を復活させてよかったはずだが、どういう力がはたらいたのか、GHQ意向がそのまま残った。
 天皇ではなく、首相が元号をきめるのなら、元号の決定が天皇の権威を示すイベントとなりえないのではないか。
 元号制度をとる国は、世界で日本が唯一で、天皇の権威を示すものとなっている以上、新元号は、新天皇(皇太子)におきめいただく配慮がはたらいてしかるべきではなかったか。

 1979年(昭和54年)に元号法が成立してから40年近くが過ぎた。
 いまにいたって、元号を廃止する理由も根拠も見当たらない。
 にもかかわらず、安倍首相は、なぜ、パスポートや運転免許証、公的文書などへの西暦表記を関係省庁へ通達したのか。
 その謎を解くカギは、じつは、安倍首相の「9条加憲」にある。
 自衛隊を憲法で明文化する安倍首相の「9条加憲」は、護憲派ばかりか改憲派や中道、無党派層のいずれの層からもそっぽをむかれている。
 憲法9条の1項、2項をそのままにして、3項を追加して、そこに自衛隊の合憲化を書き込むというアイデアは、果たして可能であろうか。
 賛成反対以前に、論理的矛盾につきあたって、だれだって、お手上げである。
 このアイデアを名案として歓迎するムキが一つだけある。
 アメリカである。
「われわれ(アメリカ)がつくった憲法をまもって、わが国(アメリカ)との集団的自衛権を保持せよ」とアメリカから迫られた場合、日本は、論理的矛盾はさておき、9条に3項をくわえて、自衛隊の合憲を謳うしかない。
 これが、安倍首相の「9条加憲」の深層構造だったのである。
 アメリカは、9条の改正を望んではいない。
 事実、日米構造協議や年次改革要望書で、あれほど、露骨な内政干渉をしておきながら、アメリカは、集団的自衛権の妨害となっている憲法9条の改正にいちども言及したことがない。
 アメリカ人の大雑把な思考なら、1項、2項をそのままにして、3項で自衛隊を合憲化する論理的矛盾を意に介さない。
 どっちみち、日本を植民地のような国と思っている国なので、9条がどんな矛盾をひきおこそうが知ったこっちゃないのである。
 日本は、GHQが撤退して70年近くたっているのに、いまもって、憲法も天皇条項もそのGHQの金縛りになっているような国である。
 独立国家としての誇りや自主性をまったくもちあわせていないのである。
 国家としての誇りが元号で、これを新天皇の勅定とすることで、アメリカの呪縛をきっぱり断つことができるが、安倍首相にその気はさらさらない。
 安倍首相が、国家の誇りをもたない、アメリカべったりの拝米主義者だったのなら「9条加憲」から、パスポートや運転免許証、公的文書などの西暦表記や元号の政府決定・事前公表がうなずける。
 安倍首相は、日本の政治を、アメリカの視点に立って、おこなっているのである。
 アメリカにとって、元号はなんの意味もないどころか、西暦との二重表記はわずらわしいだけである。
 日本人のなかにもにも、西暦と元号の併記は面倒というひとがいるが、西暦(キリスト教暦)の使用は、あくまで、国際的な便宜のためで、西暦に660を足すと皇紀(2678年)になる。
 さらに問題なのは、安倍首相が、新元号を事前に公表しようとしていることである。
 今上天皇に元号を冠して(おくりな/諡・諡号)お呼びするのが非礼であるように、次期天皇の元号を前もって、宣するすることはゆるされない。
 ところが、安倍首相は、新元号発足の数カ月前に新元号を公表する腹づもりで、そうなれば、今上天皇による新元号の勅定という、儀礼上、辻褄のあわないことになる。
 安倍首相は、不便性を口にするが、それでは、伝統をもたない軽薄なヤンキーとかわるところがない。
 安倍首相が、伝統国家日本の首相ではなく、革命国家アメリカの使い走りというなら、われわれは、ちがう観点から、安倍首相を批判しなくてはならなくなるだろう。
 次回は、このテーマについて、議論を深めよう。
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2018年09月17日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」60

 ●民主主義と権力主義(3)
「神道政治連盟」は安倍政権と密接な関係の「日本会議」より先鋭的な思想をもつといわれる。
 思想が文化にかかわるものなら、多彩でも先鋭的でもいっこうにかまわないが、政治や権力にかかわるものならそうはいかない。
 政治的先鋭は、大抵の場合、権力の暴走を意味するからだ。
 一般的に、政治あるいは権力という場合、権力抗争であって、国家や国民の安全やゆたかさ念頭におくまつりごと(政)とは別物である。
 政治がまつりごとにおかれる場合、おおむね、よい政治で、権力抗争や政権構想におかれる場合、劣悪な政治といわねばならない。
 長友学園や加計学園は、権力抗争のネタで、まつりごととなんの関係もない。
 出会い系バーに入り浸っていた元文部事務次官が持ち込んだ文書など「だからなんだ」というレベルで、それよりも、50年以上も獣医学部をつくらせなかったことによる日本の獣医学のレベルダウンのほうがまつりごとにとってよほど大きな問題だろう。
 テレビや新聞は、連日連夜、森友学園や加計学園問題に集中砲火を浴びせたが、これは、野党とマスコミ労連提携による反安倍闘争≠ナあって、国民の利益ということはまつりごとを度外視した権力闘争であった。
 石破氏の党総裁選スローガン「正直、公正」は、野党とマスコミ労連の反安倍≠フ論法をそっくり頂戴したもので、次期首相候補者たるものが、野党の権力闘争の論法を借りてきてどうするといいたい。
 党総裁選に大きな波乱はないだろうが、かといって、安倍首相の政治姿勢に問題なしとはしない。
 というより、本来、権威の側に立つべき神社本庁(「神道政治連盟」)が権力(安倍政権)べったりというのは由々しき事態で、これでは、権威が権力からおびやかされた場合、手の打ちようがない。
 小泉純一郎の「皇室典範に関する有識者会議」が万世一系を否定したときに真っ先に異義を唱えるべきは神社本庁だったが、権力になびいて、沈黙した。
 これでは、国体がまもれない。
 万が一、共産党が天皇制の廃棄を謳ったら、神社本庁が共産党打倒の戦いを挑むというのが、伝統をまもる権威=神社本庁のあり方だが、権力べったりの現状では、旧民主党系・共産党政権ができた場合、自民党と心中で、とうてい、権力とはたたかえない。
 政権から距離をおくから、政権を監視できるのであって、政権の太鼓持ちを演じて、国体をまもることなどできない相談なのである。

 神社本庁の前身は戦前の内務省神社局(後の神祇院)で国家機関だった。
「国家神道」の推進者で、廃仏毀釈を実行した神官の集団でもあった。
 権力の走狗となったのは、権威としての自覚がなかったからである。
 権威は聖で、権力は世俗のものである。
 その認識こそが権威と権力を分かつ分水嶺で、そのみきわめがつかなければ権威は権力をもとめて俗に堕ち、権力は権威をもとめて汚れた手で聖を冒す。
 それが、明国皇帝から「日本国王」に冊封された義満で、わが子足利義嗣を皇位に据えて「太上天皇」の尊号を手する寸前、急死する。
 朝廷は義満に「太上天皇」を宣下したが、幕府(4代将軍足利義持/管領斯波義将)はこれを返上した。
 権力の座にあるものが権威となると、却って、権力の座が危うくなると知っていたのである。
 権威が空位になると、権威から授かる権力の正統性が不全となるのである。
 ところが、安倍首相には、足利義持や斯波義将の知恵がそなわっていなかった。
 神社とアメリカお両方を味方につけて、無人の野を往く風情なのである。
 神社本庁は、戦後、宗教法人となって、国家機関ではなくなった。
 だが、地方機関である都道府県の神社庁をつうじて、全国約8万社の神社を包括している。
 宮司など神職約2万人、信者約8千万人を擁する圧倒的なスケールで、全国各地の祭り(神事)を担う氏子総代会や保存会の潜在的パワーは、他の宗教教団を寄せつけるものではない。
 安倍内閣の閣僚20人中、19人がメンバーにくわわっている神道政治連盟(神政連)の中核は、神社本庁の神職たちで、各県の神社庁ごとに地方組織が置かれ、地方議員連盟も組織されている。
 神政連は、保守陣営の理論的中核で大票田でもあるが、政治家は、この神政連から一定の距離をおかなければならない。
 神政連を、権力という俗物性で汚してはならないからだ。

 その兆しはすでにあって、神政連(神社本庁)は、安倍内閣が、天皇のご退位、新天皇のご即位、改元日を5月1日にきめたことに一言もなかった。
 5月1日はメーデー(労働者の日)で、アメリカでは、5人が死刑になったゼネストの記念日として知られている。
 日本では、1952年、暴力革命を叫ぶ一部左翼団体が暴徒化して、警察官側に740人、デモ隊側に200人の負傷者(死者1人)がでたが、この人民闘争は、労働界・左翼革命勢力のなかで、いまなお、高く評価されている。
 新天皇の船出、新元号発足の当日がメーデーとかさなると、メーデー行進のデモ隊が「元号反対」や「天皇制反対」のスローガンをもちださないともかぎらず、そうなれば、新生日本国の門出にも、治安上にも、大きな問題を残す。
 安倍首相はなにを考えているのか。
 また安倍政権は、パスポートや運転免許証などの西暦表記、政府による元号決定と事前公表(今上天皇による新元号の勅令)などという不埒な計画を着々とすすめている。
 次回はこのあたりのデテールについてじっくりのべよう。
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2018年09月10日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」59

 ●民主主義と権力主義(2)
 社会を動かす原理が民主主義や自由主義であるかぎり、世界に平和や安定はやってこない。
 民主主義も自由主義も権力だからである。
 権力はかならず衝突して、火花を散らす。
 権力は一元論でもあって、権力の衝突は、政敵が存在するかぎり熄むことはない。
 平安時代や江戸時代、そして、戦後日本が平和だったのは、権力抗争がすくなかったからで、その一方、文化が隆盛をきわめた。
 権力と文化は、両極にある二元論で、権力は政治、文化は権威におきかえることができる。
 権力と政治、権威と文化は、それぞれ、同質で、権威と権力、政治と文化が次元の異なる二元論である。
 社会も国家も、権威と権力、政治と文化の二元論から成り立っている。
 両者は、補完関係にあって、一方だけでは、暗黒化するか、崩壊する。
 日本にも、建武の新政から南北朝、応仁の乱、戦国時代まで280年、第82代後鳥羽天皇(上皇)の討幕軍が鎌倉幕府に鎮圧された承久の乱を入れると400年にもおよぶ暗黒の中世があった。
 原因は、権威たるべき天皇が権力をもとめたため、権威の座が空位になってしまったためだった。
 権威が空位になると、権威によって正統性をあたえられない権力が、存続をかけて、群雄割拠の闘争に突入する。
 この争いは不毛で、権威が関与しなければ、最後には、すべてが、共倒れになってしまう。
 織田信長や豊臣秀吉、徳川家康らが天下をとれたのは、天皇の後ろ盾を得たからで、第106代正親町天皇が信長を立て、第107代後陽成天皇が秀吉を太閤に叙し、家康を征夷大将軍に任じて、権威と権力の二元論が恢復した。

 権威から権力の正統性を授かって、権威も権力も、ともに安定する。
 それが江戸の平和で、権力が封じられて、民が文化を享受したのである。
 その平和を根底からゆるがしたのが「黒船来航」だった。
 ペリー率いるアメリカの艦船4隻が江戸湾浦賀に着岸するや、日本は幕末という怒涛の大動乱の時代へ突入していった。
 江戸幕府は、黒船来航の翌年、井伊直弼を立てて、日米修好通商条約をむすぶが、違勅調印として水戸藩士が朝廷に直訴、孝明天皇が江戸260年の禁を破って、水戸藩などへ幕府非難の勅諚を出すに到った。
 ここから、安政の大獄や桜田門外の変と幕末政治は大暗転して、討幕運動が加速してゆく。
 江戸幕府ではなく、薩長による開国が、戊辰戦争をへて、尊皇攘夷から文明開化、西洋化、欧米視察、西南戦争、鹿鳴館文化、廃仏毀釈と八方破れになっていったのは、伊藤博文や岩倉具視らが暗愚だったというよりも、権威である天皇が政治に口出ししたからだった。
 倒幕後、明治政府は、権威不在のまま、天皇(王)を頭に戴くヨーロッパ型帝国主義国家のみちを驀進してゆく。
 日本は、その後、日清戦争と日露戦争へと打って出るが、この両戦に負けていれば、清国やロシアの属国になっていたかもしれなかった。
 日本は、天皇=権威という国体を捨てて、天皇ファシズムという帝国主義のみちをすすみ、日本を亡国の危機にむかわせたのである。
 その運動原理となったのが、権威と権力の一体化だった。
 権威や文化には、だれもが、好意や敬意を抱き、よろこんでしたがう。
 一方、人々を暴力的に縛りつけ、支配しようとする権力は嫌悪される。
 この二つを噛み合わせると、権力が増強され、権威が失墜する。
 歴史や芸術、宗教などは大きく文化のカテゴリーに括られる。
 政策や権力、イデオロギーが政治にカテゴリーにあるのはいうまでもない。
 その境界線を取っ払ったのが、天皇ファシズムで、天皇が軍服を召されて、軍馬にお乗りになった。
 権力が強化される一方、権威が形骸化された一つの典型が、国家神道と廃仏毀釈だった。
 明治神祇官(神祇省・教部省/のちの神道本局・神祇院)には、全国神社の神官が就いたが、多くが、平田神道の影響をうけた国家神道の信奉者で、廃仏毀釈という日本史上、最悪の文化破壊をおこなった。
 権威=天皇をまもるべき神官が、神祇官として権力にとりこまれて、権力=政治の下僕となり、神道の権力化(国家化)に血眼になったのである。

 超党派の保守系議員でつくる「日本会議国会議員懇談会」は2018年6月「新元号の公表は改元当日の来年5月1日にすべきだ」との見解をまとめた。
 新元号の事前公表は、今上天皇を諡(おくりな/平成天皇)でお呼びすると同様、あってはならないことで、これは当然である。
 ところが、安倍内閣は、@改元月日を5月1日のメーデーにあてるA元号の事前公表B運転免許証やビザ(査証)、役所文書の西暦表示(元号廃止)の計画を着々とすすめている。
 問題なのは、安倍内閣の閣僚20人中、安倍本人を含めて、19人が「神社本庁」とかかわりの深い「神道政治連盟」のメンバーであることである。
 神社は、天皇=権威をささえる中核であって、安倍政権をささえる政治勢力であってはならない。
 そのことは、本稿で、縷々のべてきたとおりである。
 神社本庁は、安倍首相の元号抹殺という文化破壊に手を貸すのか?
 次回は、このテーマについて、つっこんだ議論を展開したい。
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2018年08月26日

 神道と世界最古の文明「縄文文化」58

 ●民主主義と権力主義(1)
 私は、昔から、右翼人や保守主義者たる以前に反権力主義者で、現在もそうである。
 右の運動も保守主義の涵養も、根幹にあるのは、思想ではなく、反権力という情操である。
 権力にたいして、猛烈な反発心があって、これは、気性なので仕方がない。
 一方、権力主義の本領は、左翼暴力革命につきるだろう。
 共産主義もまた、思想ではなく、革命運動のイデオロギーで、マルクスも、英国のインド侵略にはエールを送っている。
 マルクス主義は、自由でも平等でもなく、権力主義で、暴力革命とギロチンがその象徴である。
 夢想家ルソーはフランス革命家に、自然権のロックはアメリカ独立運動に、反資本主義のマルクスはロシア革命に、それぞれ、利用されただけで、革命の本質は、くり返すようだが、思想ではなく、権力闘争である。
 かつて、右の運動が反共・反革命にむかったのは、反権力だったからである。
 しかし、その後、右の陣営は、権力の擁護者となって、反権力の衣を捨てた。
 これが右翼の堕落で、権力にとりこまれた右翼は、体制の一員の大政翼賛会にすぎない。
 神社本庁は、安倍内閣の応援団になっているが、神社がまもるべきは天皇の権威であって、安倍政権でも自民党政権でもないはずである。
 このテーマについては次回にゆずるとして、閑話休題。
 さて、右翼が反権力主義力といっても、むろん、無政府主義ではない。
 国家権力をみとめるのは、保守主義者も同様で、西洋では、社会契約説のホッブスがいる。
 ルソーやロックも、王権神授説を超えた社会契約説だが、国家権力を大前提とするのはホッブスだけで、だから、フランス革命を批判したエドマンド・バークとともに保守主義者の父と呼ばれるのである。
 保守主義者は、日本でいえば、玄洋社の頭山満が筆頭で、大アジア主義の立場から、日露戦争の折、満州義軍(馬賊)を結成するも、朝鮮併合や満州事変、日華事変(日支戦争)では、政府に異を唱えた。
 そして、蒋介石との和平を望み、蒋も尊敬する頭山とは和平に応じる構えだった。
 これは、統制派から阻止されたが、一方、頭山は、同志だった犬養毅首相らから入閣をいくら請われても応じなかった。
 右翼人、大アジア主義者、思想家には、権力は無用なのである。

 保守主義は、改革や現状打破、進出・侵略を望まない。
 ふり返ってみるに、明治以降の西洋化と帝国主義が、原爆による敗戦に帰結して、3百万人戦死・戦災死をふくめて、すべてを失ったことを考えると、戦争を避けようとした保守主義は、もっとも賢明な政治哲学だったとわかる。
 保守主義が権力のブレーキになりうるのは、国体(天皇)という文化構造が権力という政治構造の上位におかれるからで、頭山満の玄洋社の憲則三条には、第一条皇室を敬戴すべし、第二条本国を愛重すべし、第三条人民の権利を固守すべし、とある。
 保守主義を国家主義・全体主義とみるのはおおまちがいである。
 国家主義はヨーロッパ型の帝国主義、全体主義は共産・共和主義で、保守主義は、天皇が権力ではなく、民の側にあったように、むしろ、人民の側に立つ。
 玄洋社の頭山満、黒龍会の内田良平が、日本政府のアジア戦略に反対したのは、東亜連携が、同胞のきずなではなく、アジアを植民地にした列強の支配・被支配の立場に立ったからであった。
 大東亜戦争のアジア解放も、独立運動のきっかけにはなったものの、当初は、英米蘭仏に代わって、日本の軍部が統治の実権をにぎった。
 日本の軍部および日本という国家が権力的だったのは、否定できない事実で、その権力主義を、戦後、そっくりひきついだのが民主主義であった。
 民主主義が、民権運動の延長線上にあって、権力主義の対極にあるかのように錯覚しているひとがいるかもしれない。
 私に反*ッ主主義の共同戦線をもちかけてきた西部邁氏がのべたように、民主主義は、自由も平等も、善もモラルも有さない、ただの多数決で、数の暴力にほかならない。
 民主主義を最大限に利用したのがヒトラーやスターリン、ルーズベルトで、ルーズベルトが日本への原爆投下をきめたのが民主的に4回目の大統領当選をはたした直後であった。
 ナチス党が政権をとるのに、民主主義は、なんの抵抗にもならなかったどころか、党の情宣活動から普通選挙法に到るまで、徹頭徹尾、追い風の役割をはたしただけだった。
 ロシア革命のボルシェヴィキ(多数派)は、プロレタリアート(労働者階級)独裁プロレタリアート政党と同義で、多数派をつくる民主主義ほど暴力的で強烈な権力はないのである。

 フランシス・フクヤマは『歴史の終わり』で、民主主義(政治)と自由主義(経済)が最終的価値として残されたと記した。
 だが、それは、その二つが、哲学的な普遍性をもっているからではなく、民主・自由がもっとも野蛮で手がつけられない原理だったからである。
 民主・自由だから、平和や繁栄がもたらされるのではなく、逆に、ホッブスの万人の戦争ではないが、混乱と紛争、格差拡大がひきおこされるだけである。
 ひるがえって、保守主義はなにかと考えるに、これは、民主と自由の制御にほかならない。
 保守=伝統は、歴史的価値観に添いしたがうことで、それは、とりも直さず、権威にたいする謙(へりくだ)りで、現実的な力としての権力が権威によって制御されて、それが、社会や精神のバランスであり、節度である。
 民主主義も自由主義も、権力なので、放埓で、ブレーキも自己制御もきかない。
 それを利用したのが、前世紀における暴力革命だが、民主主義信仰が深く根を下ろしている現代においても、民主主義は、十分に、暴走しうる。
 先日、ある集会で、伊吹文明衆院議員が「民主主義は衆愚政治を生む」と発言されたのを印象ぶかく聞いたが、伊吹議員の認識はまれで、大方は、民主主義が賢明な政治手法にして人類の英知の結晶と考えている。
 警戒心がないだけに、その民主主義が暴走しても、チェック機能がはたらかないのは、小泉内閣の「皇室典範有識者会議」における万世一系否定の民主的決議をみてわかるとおりである。
 民主主義は、元来、一過性のもので、たとえ、民主政権(人民政府)が誕生しても、民衆は議事堂に入りきらないので、多数決の絶対権利は、個人(独裁者)や政党(一党独裁)にゆだねられる。
 こうして、統治権が取り引きされて、独裁政権がうまれる。
 権力が独占されるから独裁なのではない。
 委任された多数派権力≠ェ大きすぎるので、強権独裁になるのである。
 多数決の権力は絶大で、絶対である。
 第一次世界大戦は、20世紀の初頭(1914〜1918年)におきたが、時代的には、議会民主主義が定着して、議会の多数決で参戦がきめられる情勢下にあった。
 第一次世界大戦の戦死者が、第二次大戦をこえる1600万人、戦傷者2000万人にたっしたのは、多数決(開戦)と徴兵令、武器の近代化の三つがかみあった結果だった。
 第一次世界大戦は多くの犠牲者をだすに価する戦争ではなかった。
 ところが、民主主義体制においては、安易に、多数決という非人格的・機械的判断(決定)が下されるため、善悪の判断や忍耐、善意などの人間らしさが封じ込まれて、軍事衝突を回避することができなくなる。
 多数決は、縛り首(私刑)の論理で、かつて、アメリカでは、多数決によって、公的死刑の何倍、何十倍もの人々が吊るし首(奇妙な果実)にされた。
 世界大戦が民主主義の戦争だったことにだれも気がつかないのは、民主主義信仰がきわまっているからで、将来、世界戦争や大規模な紛争がおきるとすれば、引き金になるのは、民主主義という名の権力主義であって、君主の判断ではない。
 むしろ、紛争にブレーキをかけるのが、政治的無色の君主で、それが、反権力=伝統主義という権威である。
 権威が権力を制御できるのは、頭山満の高弟でもあった葦津珍彦が指摘したとおり、権威=君主は政敵を有さぬ(帝王学)からである。
 政治や権力が「敵と味方の峻別(C・シュミッツ)」であるなら、文化の範疇にある権威は、敵と味方の区別をつけないことで、この泰然たるところによって、国家間の紛争や利害の対立、民族の憎悪をのりこえることができる。
 右翼人・保守主義者が、反権力の立場に身をおき、歴史や文化、国体、天皇に最大の重きをおいてきたのはそのためである。
 次回は、元号と改元、安倍内閣をささえる神社本庁のありようについてのべよう。
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