2017年02月02日

 伝統と西洋合理主義B

 ●革命の西洋と伝統の日本
 トランプ大統領は、就任早々、イスラム7か国(イラン、イラク、シリア、リビア、イエメン、スーダン、ソマリア)国民のアメリカ入国を禁じる大統領令に署名、異議を唱えたイェーツ司法長官代理を罷免するなど、はやくも独裁者ぶりを発揮している。
 大統領令には、メキシコ国境の壁(グレートウォール)建設やTPP脱退がふくまれているほか、未署名の公約にはNAFTA(北米自由貿易協定)やNATO(北大西洋条約機構)の抜本的な見直し、中国にたいする45%の関税導入やロシアとの協力体制(ISIS関連)が謳われている。
 直接、日本に関連したものはないが、在日米軍の撤退(駐留コストの全額負担)や関税・為替問題を口にしているところから、いずれ、対日攻勢に打って出てくるのはまちがいない。
 常軌を逸脱したトランプのアメリカ・ファースト≠ノ世界中が戸惑っているが、これが、開拓史の西部劇からスタートしたアメリカの荒っぽい本質である。

 アメリカは戦争からうまれた国である。
 イギリスの13植民地(アメリカ東部沿岸)の叛乱(独立戦争)にはじまるアメリカ建国は、先住民族を全滅させたインディアン戦争、メキシコから領土(カリフォルニア・ニューメキシコ・テキサス)を奪った米墨戦争、アメリカ戦争史最大の62万人(第一次世界大戦11万人/第二次世界大戦32万人)の戦死者をだした内乱(南北戦争)、そして、二つの世界大戦を経て、独立後、わずか170年にして、世界の最強国になった。
 政体的には、連邦制(合衆国)をとっているが、基本にあるのは、13州が主権をもっていた当時の独立自治体制で、一般法も州によって異なる。
 大統領公選制と厳密な権力分立、民主主義をとっているのは、伝統的支配の体験がないからで、戦争(革命)国家であるアメリカは、国家そのものが権力構造なのである。

 アメリカの権力構造はペンタゴン(アメリカ国防総省)と大統領の監督下にあるCIA(中央情報局)の両輪で、その下にFBI(連邦捜査局)と州警察がつらなっている。
 権力構造が民主的な政治機構(議会)とは別のところにあって、その象徴がペンタゴンとCIAの管轄下にある軍産複合体(MIC)である。
 アメリカ大統領が絶大な力をもつのは、ペンタゴンやCIAと直接つながっているからで、徹底した対日敵対政策をとって日米戦争をまねいたルーズベルト大統領は、ホワイトハウス独裁をつらぬき、のちに帝王的大統領≠ニ呼ばれることになる。
 トランプは、日系人強制収用(大統領令9066号)をおこなったルーズベルトを評価していることから、理想としている大統領像は帝王型と思われる。
 アメリカが正義を旗印にした民主主義国家というのは大まちがいで、アメリカにあるのは、トランプ大統領が「アメリカが軍事力ナンバー1の地位をゆずることはない」と力説したように、力の論理だけである。

 アメリカ特有の治安制度に保安官(シェリフ)の存在がある。
 各州によって法が異なり、州や準州(ルイジアナなど)が入り混じっていた上、銃の所持に制限がなかった西部開拓当時、アメリカは全土にわたって無法地帯で、ワイアット・アープのような腕の立つ保安官がいなければ治安をまもることができなかった。
 保安官は、ワイアット・アープがそうだったように、腕の立つ粗暴なガンマンで、治安維持には、ほぼ公認の銃殺とリンチをもっぱらとした。
 トランプは公約に「銃規制緩和および撤廃・銃購入の権利」「拷問の認可」をあげている。
 リベラル派は眉をひそめるが、ほぼ同数の保守派は支持している。
 アメリカの良心など木っ端みじんだが、そこに、インディアンの殲滅を娯楽作品(西部劇)に仕立ててきたアメリカの本質がある。
 大半のアメリカ人がジョン・ウェインやジョン・フォード監督を愛しているように、トランプは、西部劇のスター、ワイアット・アープ気取りなのである。
 ルーズベルトもトルーマンも、騎兵隊長や保安官のような大統領で、イラク戦争を仕掛けたブッシュJも同様だろう。
 かれらは、保守派や軍産複合体の支持がえられるならためらうことなく拳銃のひきがねを引くならず者で、究極の迎合政治家である。

 日本がトランプとやりあうには、議会とつうじておくことである。
 トランプは、粗暴さと無知、誤認をもとに、これからも大統領令にサインをしまくるだろう。
 議会は、大統領令の正当性を質し、世論に訴え、反対法案をつくって対抗することができる。
 かつて、日本の真珠湾攻撃に激怒して、ラジオをつうじ、それまで反対してルーズベルト支持を全米に訴えたハミルトン・フィッシュ(下院議員)は議会に隠されていた「ハル・ノート」の存在を知り、深い後悔をもって、ルーズベルト支持の演説を撤回する。
 日本が「ハル・ノート」をアメリカの議会にもちこみ、その正統性を質していたら日米開戦はありえなかったのである。
 トランプと付き合うには、議員レベルで、アメリカ議会と交流を深めておくべきだろう。
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2017年01月26日

 伝統と西洋合理主義A

 ●民主主義よって破壊された伝統的価値
 戦後、日本では、民主主義が最大の価値となった。
 民主主義は、紀元前、プラトンから衆愚政治として退けられて以後、ソクラテスからプラトン、アリストテレスへとつづく西洋思想史から完全にすがたを消した代物である。
 復活したのは、18世紀になって、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』が登場してからである。
 ルソーの主権在民論がフランス革命の精神的支柱となり、マルクスの資本論に援用されたことはすでに知られている。
 民主主義が衆愚政治に堕すのは、古代ギリシャからの常識だが、ルソーはそこで名案を思いついた。
 民衆の代表者(民)を独裁者(主)に仕立て上げれば衆愚政治を免れるというアイデアである。
 古代ギリシャの民主主義は直接民主主義で、民衆全員が議事堂に入りきらない以上、もともと、現実性をそなえたものではなかった。
 だが、民衆の意思を一人の独裁者にゆだねるルソーの間接民主主義は、実現が可能である。
 このときルソーが使った論法が「民衆の総意にもとづく」という一般化理論である。
 日本国憲法の「日本国民の総意に基づく」(第一条天皇)がこの論法である。
 国民一人ひとりを民衆≠ニ一般化して、なおかつ総意≠ニいうゴマカシをもちいて、独裁者が君臨する近代民主主義を考案したのである。
 この論法からできあがったのが、フランス革命の恐怖政治(ジャコバン派)やナポレオン帝政、ロシア革命、ヒトラー独裁で、絶対権力者が人民代表の名の下で強権をふるったのである。

 ルソーの民主主義がうけいれられたのは、絶対王政から専制政治、独裁政治とすすんできた伝統的な政治が腐敗したからで、ここから、主権在民論が革命を正当化する論理として浮上してきた。
 日本国憲法でも国民主権が堂々と謳われている。
 ニューディーラーだったGHQが共産主義のシンパだったからである。
 先進国も、革命国家である以上、主権在民を謳っているが、当然、国家主権が優先されるので、有名無実となっている。
 ところが、日本国憲法では、国家主権(交戦権)が否定(9条)されているので、国民が唯一の主権者になっている。
 そして、民主主義が唯一の真実としてもちあげられる。
 現行憲法は、事実上、革命憲法で、日本共産党が六全協(1955年)で暴力革命路線を体制内革命路線へと転換したのは、憲法護持がそのまま革命運動になりうるからだった。
 戦後、日本人が人類の最高英知であるかのように考えてきた民主主義は、ただの革命理論で、徳や歴史の英知、まして、伝統的精神を宿してはいない。
 しかも、民主主義は、だれが真の権力者かを問うているだけで、政治はどうあるべきかという肝心なことには一言もふれていない。
 戦後日本人は、なにをもって、民主主義を信奉してきたのであろうか。

 民主主義を排除したプラトンが国家論で主張したのは、哲人政治で、高潔な人格者による政治であった。
 古代ギリシャでは、民主主義のアテナイ同盟と軍国主義のスパルタ同盟がたたかい、ともに疲弊して、マケドニアに滅ぼされている。
 民主主義と武闘主義が競った古代ギリシャにあったのは権力争奪だけで、政治がなかったのである。
 ちょうどその時代、日本では天皇政治(祭祀国家)が開始された。
 大和朝廷は、幾多の豪族を統一して、永遠の国体をつくりあげた。
 プラトンが理想とした国家は、日本において、実現されていたのである。
 プラトンの思想(イデア論)は本質の不変性で、伝統につうじる。
 プラトンは、真理は天上にあって、この世はその反映であると考えた。
 この考え方は、真実は高天原にあって、この世はその恩恵であるという日本の神話信仰とつうじる。
 大日本帝国憲法第3条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とある。
 これが伝統的価値で、新憲法では「日本国民の総意に基づく」から「天皇はわが国の伝統である」へ変更されなければならない。

 戦後、伝統的価値観を捨て、民主主義へ走った日本人は、信じるべきものをすべて失い、それでも、なんでも多数決できめられると思いこんでいる。
 教育勅語を悪の権化のようにいい、道徳教育に反対するのは、民主主義に反するというわけで、朝日新聞は判でおしたように「軍靴の音が聞こえてくる」とくり返す。
 伝統をまもるのは英知である。
 一方、民主主義が相手にしているのは感情である。
 戦後の日本人が民主主義を後生大事にしてきたのは、自分勝手な感情の捌け口になるからだったのである。
 民主主義とは感情に支配される政治で、それがポピュリズムである。
 衆愚政治は、有権者が愚かであるがゆえに、低レベルの政治がおこなわれることで、ポピュリズムは、その愚かさにつけこんだ政治や政策のことである。
 衆愚政治とポピュリズムの下で、道州制導入の国民投票や首相公選制がおこなわれると、ファシズム並みの悲惨な政治状況がうまれるだろう。
 伝統という絶対価値を失えば、行く先にあるのは、革命や国家崩壊だけである。
 次回は、革命と伝統の本質的ちがいを歴史をとおしてみてみよう。
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2017年01月20日

 伝統と西洋合理主義@

 ●反日主義の土台となった西洋合理主義
 日本は、戦後、西洋合理主義によって、国家改造がはかられた。
 戦勝国による敗戦国にたいする文化破壊である。
 伝統国家である日本の文化構造が、連合国の西洋合理主義の前で風前の灯となったのである。
 その危機の構造を見抜いたのが三島由紀夫の「文化防衛論」だった。
 戦争に勝ったのは、中華民国(辛亥革命)をふくめて、すべて、革命国家である。
 戦争に負けた日本は、革命を経験していない伝統国家で、大東亜戦争・日米戦争は、革命国家と伝統国家のたたかいだったといえる。
 革命は、西洋合理主義の一つの帰結で、伝統を破壊した上に成立する。
 革命国家にとって伝統国家は、合理主義に目覚めていない野蛮な体制ということになる。
 かつて列強が非キリスト教圏を未開の地と見たのと同じ発想で、白人が現地人に暴虐のかぎりをつくした理由がそこにある。
 前大戦において連合国側は、民主主義という西洋合理主義を立て、日・独のファシズム打倒をスローガンに掲げた。
 連合国側には、ワイマール憲法がうんだ独裁者と伝統国家の天皇の区別がついていなかったのである。
 これにたいして日本は、大東亜共栄思想を立て、資源確保のほか、植民地の解放や人種差別の撤廃をめざした。
 革命や海外侵略など西洋の「力の論理」にたいして、日本は、平等や共栄という東洋の徳を立てたのである。

 日本は、海軍が真珠湾奇襲と南洋進出いう愚かな戦術をとって、アメリカの参戦をまねき、敗戦した。
 本土防衛を手薄にして、サイパン島などの島嶼基地を失い、本土空爆をゆるしたのが敗因だった。
 武力戦に勝ったのち、敵地占領から武装解除、思想戦へとすすむのが近代の戦争である。
 旧敵国が二度と立ち向かえないようにするためで、その筆頭が、武装解除である。
 神道指令や公職追放令などの一過性の軍令は、占領が終了してGHQが撤退すれば失効する。
 ところが、武装解除(9条)を盛り込んだ憲法や教育基本法、労働組合法、財閥解体、農地改革、あるいは教育勅語の廃棄などは、占領が終わっても、恒久的な法や制度、構造として残り、主権が回復されたあとでも、国家と国民を拘束しつづける。
 昭和27年にサンフランシスコ講和条約が締結された時点で、日本は、最低限、占領憲法の廃棄と皇室典範の憲法からの分離を実現させておくべきだった。
 ところが、戦前から親英米派だった吉田茂にその気はなく、公職追放されていた鳩山一郎が政界に復帰したときは、護憲派が議席の三分の一を握ったあとだった。
 講和が成立して、独立をはたしたあとでも、日本は、敗戦構造をひきずったままで、戦後体制(戦後レジーム)から脱却の機運がうまれてきたのは、第二次安倍内閣にいたってからである。
 そのかん日本中に吹き荒れていたのは、濃淡の差こそあれ、反日主義という敗戦国特有の風で、戦後、戦勝国から植えつけられた西洋合理主義が、左翼から進歩主義、反伝統、自虐史観、売国思想に化けて、日本中に摩擦をひきおこしていたのである。
 西洋合理主義で伝統を論じることはできない。
 女性天皇(女系天皇)をみとめた皇室典範に関する有識者会議(平成17年)の吉川弘之座長(元東京大学総長)が「伝統は無視した」とのべたことからもわかるように西洋(近代)合理主義の下では、伝統は異物としか映らないからである。

 西洋合理主義を次の四つのキーワードで読み解いてみよう。
 @キリスト教
 A民主主義
 B科学万能主義
 C革命思想(相対主義)
 西洋の価値観の根底にあるのがキリスト教である。
 西洋の一元論は、唯一神であるキリスト教の影響で、正義も真理も、正しいものは一つしか存在しない。
 近代になって、絶対的なものが神から科学に移り変わった。
 といっても、神と科学がそっくり入れ替わったのではなく、科学もまた神の思し召しの一つとなったのである。
 四つ目の革命思想は、啓蒙思想のジャン・J・ルソーやJ・ロックから共産主義のマルクスへつながる進歩主義の系譜で、フランス革命やイギリスのピューリタン革命、アメリカ独立戦争、ロシア革命のイデオロギーとなった。
 西洋合理主義にたいして日本の伝統主義は――。
 @道徳主義
 A神道 
 B歴史主義
 C国体思想(絶対主義)
 に根ざしている。
 次回以降、日本と西洋とりわけアメリカとの文化比較をとおして、伝統国家日本の復活について、論をすすめていこう。
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2017年01月11日

 三極時代における日本の外交戦略C

 ●軍事から経済へ方向転換するグローバリズム
 これまで、軍事力を中心に展開されてきたグローバリズムは、今後、経済を中心とする世界のブロック化へと様相を変えてゆくだろう。
 世界大国アメリカの一極支配から地域大国となる米・ロ・中の多極支配へとパラダイムが変更されるのである。
 大国による軍事制圧は、イラク戦争がIS(イスラム国)という怪物をうんだだけだったように、テロの報復や敵対勢力の拡散、新たな紛争、難民流出をまねくだけで、支配の決定的な力にならず、今後、なることもない。
 大国による軍事衝突の可能性も消滅したといってよい。
 かつての大戦は、すべて、独裁政権と国民の無知のもとでおこなわれた。
 情報ネットワークの発達によって、仮想敵という観念が希薄になりつつあるのにくわえ、全世界がネット情報を共有する環境の下で、大規模な国家戦争はおこなわれないとみるのが妥当だろう。
 実戦の代用となっているのが、米ソ冷戦に片をつけたシミュレーション戦争で、大国による軍拡競争は、データによる仮想戦争といってよい。
 仮想戦争で、軍事力と並んで大きな要素となるのが経済力と地政学的条件である。
 米ソ冷戦でアメリカが勝利した理由の一つが、日本の基地の威力で、旧ソ連は、太平洋方面の劣勢を最後まで覆すことができなかった。

 軍事力と地政学的力学にもとづく仮想戦争が終わると、残るのは経済戦争だけである。
 現在、国家あるいは国際社会において、軍事的な緊張をこえる混乱や摩擦のタネになっているのが経済である。
 といっても、自由貿易や資本の自由化の下にある実体経済は、経済制裁などのケースを除いて、大きな問題になる可能性はほとんどない。
 問題は、国際金融資本と新自由主義で、実体経済を破壊する金融経済と富が少数の資本家に独占される新自由主義によって、資本主義体制が根底からゆらぎはじめている。
 バブルとその崩壊、巨額の不良債権処理、経済規模の縮小や中間層の貧困化、雇用問題などの尻拭い(「国家と市場の戦い」)をさせられる国家が危機に瀕するのである。
 トランプの登場の背後にあったのは、1911年のウオール街の叛乱≠ノ端を発した新自由主義への反抗で、他の先進国も同様の事情をかかえている。
 ヨーロッパ金融界をのみこんだサブプライムローン問題やギリシャを筆頭とする欧州財政危機が国家のみならずEU全体をゆるがしたのである。

 世界大国主義から地域大国主義への移行も経済問題と無縁ではない。
 トランプの一国主義宣言やイギリスのEU離脱の背景にあったのは、経済の建て直しで、国際金融資本と新自由主義の暴風が吹き荒れた後、新たな経済体制をつくりあげなければ国家も国際関係も立ち行きならなくなったのである。
 米ロ接近は、対テロ戦争で手を組み、それぞれ、自国の経済建て直しに全力を尽くそうというわけで、今後、国際関係は、軍事力ではなく、経済が中心になっていかざるをえない。
 軍事力で仕切られてきた世界構造が、産業や資本、技術、雇用という非軍事部門に左右されはじめるのである。
 大きな役割を担うのが日本である。
 中心になるのが産業技術の分野で、日本の外交は、米・ロの二元外交を軸にして、インドや東南アジア諸国にたいして、積極的にすすめられるべきである。
 これは、大東亜共栄圏の再現で、再び、共存共栄のスローガンが謳われる。

 かつて英米は、大東亜共栄圏が西洋への敵対思想だとして、経済封鎖や軍事挑発をおこなって、日本を第二次大戦へひきずりこんだ。
 日本にとってトランプが望ましいのは、無能で日本嫌いだったルーズベルトとは異なるタイプだからで、日本は、欧米の妨害をうけることなく、開国以来の国是である対米・対ロ・対亜の三方外交を展開できる。
 日本外交の要諦は、覇権でも領土的野心でも、まして植民地化でもない。
 中・韓が日本外交の重点から除外されるのは、特アには、大東亜共栄思想が通用しないからである。
 中・韓は、かつてのルーズベルトのようなもので、交渉をかさねるほど溝が深くなる。
 日本が対米交渉を中止して「ハルノート」を無視していたら、大東亜戦争はあっても、日米開戦はありえなかった。
 平和的交渉が不可能な国には、沈黙して、防衛を万全にしていることが最善の外交なのである。

 当時の日本にゼロ戦や戦艦大和があったように、現在の日本には先端技術と工業技術がある。
 スーパーコンピューターをはるかにしのぐ量子コンピューターもノーベル賞レベルで世界をリードし、国産ステルス戦闘機「心神」は米軍「F―35」を凌駕する能力をもっている。
 中国は基礎研究と軍事技術での敗北をみとめたが、これが、研究技術分野で実現できる安全保障である。
 対ロ・対米・対亜にたいしても、日本は、技術面で平和外交を展開できる。
 ロシアには技術提供と民間資本導入にもとづくシベリア開発が有望で、とりわけ要求されているのがIT分野の技術である。
 工業技術や基礎研究がない中国や韓国には手がだせない分野で、シェア世界一のサムソンのスマートフォンの部品はほとんど日本製である。
 日本の新幹線を導入するインドや製造業のインフラ設備が整っていない東南アジアへの技術導入には、経済成長にともなって、巨大な市場が誕生するメリットもある。

 アメリカではローテク製造業が不振で、それが高い失業率につながっている。
 アメリカでは第二次世界大戦後につくられた道路や橋などのインフラ施設の老朽化が問題化しており、トランプは、大型インフラ投資の方針を掲げている。
 トランプが選挙期間中にコマツを名指しで批判したことにたいして、同社の大橋徹二社長は「米国のコマツ工場は全体で約6000人を雇用している」と切り返している。
 空洞化しているアメリカの製造業に日本のメーカーがのりこんで技術移出と雇用をひきうければ、アメリカ経済は復活し、日本にとっても、中国以上の大市場となる。
 資源関連も同様で、日本は、技術力で、潜在的資源国家になりうる。
 地下のシェール層に約5000億ドル(約49兆億円)の原油が埋蔵されている米オハイオ州東部の油田開発が、コスト高が原因で打ち切られたという。
 原油の資源量は、経済的に採算がとれる埋蔵量や確認埋蔵量(重質油・超重質油)の数倍といわれる。
 原油の重質留分分解技術は、日本が世界一で、原油の残渣物を10%下げることによって、その分、新たに原油を掘り当てたにひとしい。
 日本は軍事面でアメリカに依存しているが、技術ではアメリカと肩を並べるかそれ以上である。
 政治家である以上に経済人であるトランプの登場によって、日本は、技術によって、米・ロ・亜と共存共栄の路線を堂々と選択できる。
 大東亜共栄圏と耳にしただけで、拒絶反応をおこす者もいる。
 ルーズベルトやスターリンの「日本滅亡」思想に毒されているのである。
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2017年01月06日

三極時代における日本の外交戦略B

 ●米・ロとの二極外交と日本の自主独立
 日本は、かつて、三つの大戦をたたかった。
 日清戦争と日露戦争、大東亜戦争である。
 中国(中華民国)とロシアには勝ち、アメリカには負けた。
 現在、日本外交の重点が米・ロ・中の3国に絞られているのは、過去のこの三つの大戦とけっして無縁ではない。
 日本がアメリカとロシア、中国と深い因縁をもつ理由は三つあるだろう。
 1、海を隔てた隣国同士で、日本は、米・ロ・中の中間地点に位置している
 2、革命国家(米・ロ・中)と伝統国家の確執がある
 3、米・ロ・中と日本は文明圏が異なり、価値観に大きな相違がある
 米・ロ・中と戦争したのは、利害が対立あるいは競合したからである。
 地政学的には太平洋をめぐる確執で、かつて、西太平洋を勢力圏とした日本が、米・ロ・中には、いまなお、利害対立者として立ちはだかっているのである。
 戦後、戦争当事国のあいだで和平が成立したのは、戦勝国によって新秩序が打ち立てられたからで、それが「YP(ヤルタ・ポツダム)体制である。
 対等だった立場が、戦争の勝敗によって、上下の関係におかれる。
 日本とドイツは、現在も、国連憲章の敵国条項(53条・107条・77条)に指定されたままで、同憲章には、戦勝国による一方的な軍事的制裁を容認する不平等が謳われている。
 米・ロ・中の日本にたいする高圧的な外交姿勢は戦勝国のもので、とりわけ中国は、国家のアイデンティティを対日勝利≠ノおいているほどである。
 米・ロ・中との外交の難しさは、この三大国が戦勝国で、国連の常任理事国というところにあるといってよい。

 グローバリズムは、戦勝国によってつくられた世界版図あるいは勢力争いのことで、その埒外におかれた枢軸国(日・独)は、経済や技術に活路を見出すほかなかった。
 敗戦国である日本が短時日で復興と経済成長をなしとげ、一流国の仲間入りをはたすことができたのは、アメリカとの同盟に負うところが大きい。
 戦後、日本は、アメリカの軍事力に依存する一方、極東の島国という絶好の地政学的ポジションを基地として提供することによって、アメリカの世界戦略に加担してきた。
 その意味で、日米安保は、かならずしも、片務的ということはできない。
 外交・防衛について、日本がアメリカに追従してきたのは、戦争に負けたというより、戦後、自主的な世界戦略を放棄してきたからである。
 そして、武器を捨てると平和になるという平和観念論(憲法前文・九条)に立てこもって、外交・防衛という現実路線をべったりアメリカに依存してきた。
 YP体制を肯定する護憲的改憲ではなく、自主憲法の制定が望まれる所以である。
 憲法で国家主権を否定し、スパイ防止法も国家反逆罪ももたず、大使館には情報官も駐在していないのは、潜在主権を戦勝国アメリカに置いた戦後体制をひきずっているからで、その象徴がほかならぬ現行憲法なのである。
 YP体制は、戦勝国が強制したというよりも、日本がみずから選択した敗北主義で、戦後レジームを否定するなら憲法以下、法制や政令、制度を独立国家のものにきりかえなければならない。

 トランプの登場によって、戦勝国支配という世界体制に変化が生じる可能性がでてきた。
 反グローバリズムは、戦勝国みずからによるYP体制の否定で、強国(戦勝国)支配から地域大国によるブロック支配へ移ってゆこうというのである。
 その象徴がトランプが示唆するNATOや極東からの米軍撤退、自由貿易や移民の制限である。
 地殻変動の前触れがイギリスのEU離脱で、初動が米・ロ接近である。
 これに、ロシアとEU、ロシアと日本の接近がつづくだろう。
 日米関係もタテ型から横型へ変化してゆく。
 日本とアメリカは、敗戦国と戦勝国の関係から、太平洋の東と西に位置する同盟国として、新たな関係へ移ってゆく。
 パラダイムの変更によって、外交・防衛をアメリカに頼ってきた日本のこれまでの外交・安全保障の概念が根本から崩れ落ちたのである。
 日本が米・ロ・中と確乎たる外交関係をむすばなければならないのは、敵対関係になることを避けるためでる。
 外交とは、戦争を防ぐための交渉であって、交流や友好、通商は二の次三の次の問題である。
 戦争を防ぐための要点は、交戦力・情報収集力・相互不干渉の三つである。
 交戦力や情報力をもち、なおかつ一定の距離を保つところに外交という高等技術が展開される。
 日本は憲法で交戦力を否定し、情報・諜報機関をもたず、親米や親中という無節操な外交に終始して、米・ロ・中、韓との自主外交を台無しにしてきた。
 日本の平和外交は、摩擦や紛争の種をまきちらす火遊びだったのである。
 次回は、米・ロ・中を中心にした日本の外交戦略を展望してゆこう。
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2016年12月31日

 三極時代における日本の外交戦略A

 ●米・ロとの二極外交で中国の野望を打ち砕く
 米・ロの接近によって、大きな影響をうけるのが中国だろう。
 ロシアとアメリカのプレゼンスが高まって、中国の地位が相対的に低下するからである。
 バランス・オブ・パワーの力学では1+1は3にも4にもなる。
 これに日本がくわわって、日・米・ロの「トライアングル外交」が成立すると中国の覇権主義にブレーキがかかろう。
 中国は、これまで、軍事力と経済力を武器に、侵略的な対外政策をすすめてきた。
 チベットやウイグル、南シナ海では、軍事力にモノをいわせ、中央アジアやアフリカなどでは経済で影響力を高めるという両刀使いの戦略を展開してきたのである。
 その背景にあったのが、拒否権をもった国連常任理事国の驕りと大国中国に歯向かえる国はないという思い上がりだったろう。
 核を保有する五大強国に戦争を仕掛ける国があるはずもなく、五大常任理事国がホット・ウオーに突入する可能性もゼロである。
「確証破壊」のメカニズムというよりも、核戦争のリスクを冒していいほどの戦争原因が存在しないからである。
 中国が無人の野を行くように勝手放題にふるまうのは、地球上から大規模な軍事衝突の可能性が消えたからで、中国の横暴は、バランス・オブ・パワーの破綻から生じたものだったといってよい。

 中国が軍拡に走るのは、現代の戦争は、実戦ではなく、軍事力比較によって勝敗が決するシミュレーション・ウオー(仮想戦争)だからである。
 この仮想戦争では、軍拡競争に後れをとって軍事的優位性を失えば、事実上の敗戦となる。
 日・米(1位・4位)と中・ロ(2位・3位)の軍事力は、日米側が優位にあるが、それでも、中ロ同盟は、日米同盟やNATOと世界版図を三分する大勢力である。
 米・ロ接近や日・ロの関係強化、日・米・ロのトライアングル外交によってこのバランス・オブ・パワーに変化が生じる。
 日・米・ロの調和路線が中国の覇権主義の抵抗となってくるからで、軍事力や経済力で他国の利益を蹂躙してきた中国流は、国家間の共同利益をもとめる新たなグローバリズムによって、今後、通用しなくなってくる。
 トランプの一国主義は国益主義≠ナ、今後、国益にもとづく国家的連携が新たな国際秩序となってゆくはずである。
 強国の論理や利益を地球規模におしひろげてゆく覇権主義≠ヘ、かつての帝国主義のように、過去のものになりつつあるのである。

 中国の日本にたいする敵対政策は覇権主義にもとづいている。
 覇権をもとめ、仮想敵をつくることによって、国家の求心力を保とうというわけで、中国政府は、これまで日本の戦争犯罪(南京虐殺・靖国問題)などを煽って、反日デモまで工作してきた。
 覇権主義のベースとなっているのが中華思想で、中国と平等な立場に立った外交が困難なのは、中国外交には、伝統的に、君臨と服従以外の選択肢がないからである。
 中国の圧力に屈服せず、経済・軍事の両面で拮抗し、実質的にアジア安保となっている日米安保条約を堅持している日本は、中国にとって、中華思想に馴染まない永遠の仮想敵なのである。
 日・米・ロの新しい外交が開かれても、日中外交にはいかなる展望も見えてこない。
 中国にたいする安易な接近や妥協が、日本外交の障害となる危険性を弁えておくべきだろう。
 中国の友好的な関係にあるのはロシアだけである。
 日米安保条約に対抗するのが中露善隣友好協力条約で、同条約は、事実上の防衛協定(第9条)にして軍事協定(第7条・第16条)である。
 ソ連崩壊後、ロシアと中国の力関係が逆転し、とりわけ経済では、十倍もの開きが生じているが、資源や技術などでは、中国がロシアに依存している。
 欧米から経済制裁をうけているロシアにとっても、中国は重要なパートナーで、中ロ同盟は、北大西洋条約機構(NATO)や日米安保条約に対抗しうるバランス・オブ・パワーバランスの役割をはたしている。
 そのロシアが、アメリカや日本に接近すれば、中国にとって、逆風となる。
 中国政府がしばしば口にする中国封じ込め≠ェ現実のものなってくるのである。

 日本にとっては順風で、米・ロの協調路線が軌道に乗れば、日米安保の枠やアメリカの外交政策に縛られてきた対ロシア外交が、日本独自の戦略にもとづいておこなえるようになる。
 日ロ外交は、幕末開国から日米外交とともに重要な国家戦略で、日露戦争には勝ち、日米戦争には負けた。
 次回以降、日米・日ロ外交の戦略についてのべるが、要約していえば、中国とは距離をおき、一方、米・ロについては、互いに主権と国益に尊重しあえる関係を築き上げるべきことに尽きる。
 その大テーマへゆく前にふれておかなければならないのが、日本側の問題である。
 はたして日本は、アメリカやロシアと対等に外交をおこなえる条件を十分に整えているだろうか。
 否である。
 米占領下からスタートした戦後日本は、経済以外の分野において、独立国としての諸条件を欠いた属国構造をいまだひきずっている。
 憲法上の主権を有さず、国家反逆罪やスパイ防止法をもたない国が、主権の行使である自主外交をおこなえるはずがない。
 在日米軍と自衛隊が、軍事機密や軍事戦略、軍事システムを共有できないのも同じ理由で、同盟国として、重大な軍事機密を盗んでも窃盗罪しか問われないような国といっしょにたたかうわけにはいかないのである。
 外交は「戦闘をともなわない戦争」といわれるように、主権と国益をかけた壮絶な駆け引きで、きわめつけの現実主義である。
 これまで日本は、自主外交を放棄して、対米従属の外交に終始してきた。
 外務省が無能で、政治家が外交に不熱心だったばかりではない。
 外交とは他国と仲良くやることくらいの認識しかない日本には、アメリカのリードがなければ、一人前の国家としてふるまうことができないのである。
 主権を放棄した属国憲法を戴いてきたツケがいまになって重くのしかかっているのである。
 自主外交の戦略を構築する前に、主権国家としての条件を整えておくことが先決されるべきなのはいうまでもない。
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2016年12月22日

 三極時代における日本の外交戦略@

 ●米・ロ相手の二極外交で中国の野望を打ち砕け
 トランプが大統領になる2017年以降、アメリカとロシア、中国の3つの強国が世界版図の分け合う情勢になるだろう。
 この3強国は、アメリカが軍事国家、ロシアは資源国家、中国が覇権国家とそれぞれ特性が異なる。
 そこから3強国の駆け引きがいっそう複雑なものになっていく。
 カギを握るのが中東情勢だろう。
 イランとの歴史的合意(イラン核協議)によって、アメリカが、イランとの戦争を回避したのは、世界版図の上で大きな意味がある。
 イラクにつづいてイランを親米国家にできれば、中東を完全におさえることができ、アメリカは、ロシアや中国にたいして、圧倒的な優位に立てる。
 ロシアにたいしては原油価格、中国にたいしては原油供給の大元をおさえることができるからである。
 ロシアの原油は1バレル当たり50ドルが採算分岐点で、それ以下なら赤字で、一方、大幅に上回るとシェールオイルに太刀打ちできず、需要の頭打ちや原油高にともなうルーブル高というデメリットもでてくる。
 アメリカのシェールオイルや海洋油田も条件はほぼ同じなので、米ロ2国が組んで、石油価格を戦略的に低くおさえているOPEC(石油輸出国機構)に圧力をかけることが可能になる。
 ちなみに、サウジアラビアの石油はバレル当たり18ドルで採算が取れる。
 中国は世界5位の石油産出国だが、産出量の3倍近くも消費する世界2位の消費国でもあるので、ロシアや中東からの石油供給が止まると経済のみならず国民生活までが破綻する。
 ロシアや中東からの石油供給がストップすれば、中国は、ABCD包囲網によって石油の輸入をとめられた戦前の日本と同じ運命をたどることになるのである。

 アメリカとイランとの緊張関係が解けると、中東の反米国家は内乱中のシリア、国内が分断しているレバノンだけになる。
 中東はマスコミがつたえるような反米地帯ではなく、UAE、サウジ、オマーン、カタール、クウェート、トルコ、バーレーンには国内に米軍が駐留している。
 問題はシリアで、イランとイラクのほかロシアと中国などが現アサド政権を支援している。
 反政府軍を支援しているのは、欧米とイスラエル・カタール・サウジアラビアなどだが、アルカイダなどのイスラム過激派やイスラム国もくわわっているので、反テロ作戦を展開中のアメリカとしてはうかつにうごけない。
 ロシアや中国がシリアを支援するのは、イラン・イラクがらみの他、特殊な思惑や因縁もあるが、アメリカ(ネオコン=親イスラエル)を中心とする西側陣営との代理戦争という側面もあるだろう。
 ロシアも中国も中東をむざむざとアメリカの手に渡したくないのである。
 ちなみに、シリア内戦をめぐる中東諸国の対応がばらばらなのは、イスラム教圏内の内ゲバ≠ナ、アサド政権側がシーア派、反体制側がスンニ派である。
 
 アメリカとイラン、トランプとプーチンの接近によって、シリア内戦をめぐる欧米とロ・中の代理戦争という構図が崩れてくる。
 イランとの敵対関係がなくなると、アメリカは、イランの同盟国であるシリアを攻撃する大義名分を失うどころか、シリア国内のイスラム国(ISIL)勢力や反政府武装組織にたいして空爆を展開しているロシアのバックアップに回る可能性がでてくる。
 ロシアの空爆によって、イラク軍が手を焼いているイスラム国の勢いが衰えをみせてきたことから、米軍機がシリア空爆にくわわれば、イスラム国に壊滅に拍車がかかり、米・ロとも反イスラム過激派の世界世論を味方につけることができるだろう。
 サウジアラビアとイランの関係にも緩みがうまれつつある。
 8年ぶりの減産枠組みで合意して、ロシアなどの産油国をよろこばせたOPEC(2016年9月)では、盟主サウジが大幅に譲歩して、イランに限って増産をみとめた。
 サウジアラビア(多数派のスンニ派)とイラン(少数派のシーア派)の対立は宗教戦争で、中東は、宗派という分断線によって、地域全体が敵と味方に分かたれている。
 したがって、サウジとイランの関係が融和されると、中東全体の緊張が緩和されることになる。
 アメリカとロシアそしてイラン、イランとサウジのあいだでデタント(緊張緩和)がすすみ、米・ロによるイスラム過激派(イスラム国)制圧が現実すると、米・ロ・中の三極構造にも大きな変化があらわれる。

 覇権国家中国が浮き上がってくるのである。
 米・ロ接近以前、ロシアは、GDPで10倍近い開きがある中国にたいして劣勢で、2015年、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)へみずから参加を表明したほどだ。
 中国は、近い将来、アメリカから世界ナンバーワン≠フ地位を奪うことを国家戦略としている。
 中国が尖閣列島や南シナ海、東シナ海へ野心をむき出しにしているのは資源確保(南シナ海は天然資源の宝庫)だけが目的ではない。
 中国海軍・空軍の作戦区域(対米国防ライン)の要衝だからで、潜水艦基地のある海南島は、西太平洋に進出できる南シナ海の深海部につながっている。
 中国の海洋戦略は「第一列島線(九州・沖縄・台湾・フィリピン・ボルネオ島)」を支配することで、米海軍(第7艦隊)に代わって、西太平洋とインド洋に制海権を打ち立てようというのである。
 アメリカとロシアの接近および日米・日ロの二元外交が、中国の国家戦略の妨害になるのはいうまでもない。
 オランダ・ハーグの仲裁裁判所から国際法上の根拠がないと認定(国連海洋法条約)された南シナ海(九段線)の主権宣言と基地建設が侵略行為とみなされて、中国は、国際社会から批判を浴びている。
 中国が、仲裁裁判所の判決を「紙切れ」といってのけたのは、世界で中国に逆らえる国はないという自信からだろうが、米・ロに日本がくわわった包囲網のなかでは、その傲慢も通用するまい。
 次回は、米・ロ・中3極構造の今後と日本外交のありかたを検討してみよう。
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2016年12月12日

トランプ大統領とアメリカ一国支配の終焉C

 ●時代のパラダイムから取り残される日本国憲法
 トランプは「バイアメリカン、ハイアアメリカ(アメリカ制品を買え、アメリカ人を雇え)」と叫ぶ。
 トランプの脱グローバリズムや一国主義は、そこからでてきたもので、トランプがみずから主義や思想を語ったことはいちどもない。
 アメリカは、依然として、グローバリズムにもとづいた覇権国家で、国益のためなら、経済・金融・貿易・為替の分野でいかなる政策もとるだろう。
 トランプの脱グローバリズム一国主義は、理念や価値観にもとづくものではなく、それが国益に適うからで、それ以上ではない。
 今後、世界の潮流になるのがグローバリズムと国益主義の合体である。
 中国の元安や国家が主導するロシアの経済政策が象徴するように、ロシアや中国の一国主義は、軍事力を強化しつつ国家が経済の後ろ盾にまわろうというきわめて現実的な戦略なのである。
 トランプが、アメリカ人の雇用を奪っている移民政策の見直しやTPPから離脱を宣言したのは自国の製造業をまもるためで、元安・円安に対抗する立場から輸入関税を上げるとも公言している。
 その一方で、国防費の上限撤廃を主張するトランプの一国主義は、ロシアや中国と同様、覇権主義と国家資本主義の二元的路線で、グローバリズムの終焉などと呼べる代物ではない。

 開国以来、孤立主義と国際主義のあいだをゆれうごいてきたアメリカが両方の機能を併せもつようになったのは、第二次大戦後である。
 日本やドイツとの戦争のためにつくりあげられた国家臨戦態勢=軍産複合体(MIC)≠ェ発展的にひきつがれて、現在のアメリカの国家構造になっているのである。
 アメリカは国家丸ごと軍産複合体で、国防総省(ペンタゴン)やCIA(中央情報局)と密着している。
 350万人以上の将兵を抱える軍部と国防総省、「デュポン」「ロッキード」「ダグラス」など3万5千社にのぼる傘下企業群、大学や研究室、政府機関やマスコミ、議会までが一体となった軍産複合体はアメリカ特有なもので、アメリカのパワーの源泉である。
 軍産複合体の市場は、世界の火種である中東と中国の拡張政策にさらされている極東で、湾岸戦争の折、サウジアラビアなどはアメリカから大量に兵器を購入し、日本も尖閣列島危機にからめて、オスプレイ17機(3600億円)の購入をきめている。
 トランプがNATOや極東からの米軍退却をちらつかせたのは、米軍の退却とひきかえに兵器を売りつけようというハラで、戦後、GHQから航空機の製造を禁じられた日本は、戦闘機などの重要な軍備をすべてアメリカから買ってきた。
 アメリカが米軍「F35」を凌駕するステルス戦闘機「心神」(三菱重工)の完成に不快感をしめしたのはそのためで、そこに対米関係と日本の自主防衛のむずかしさがある。

 日本人はアメリカの真のすがたを知らない。
 アメリカは、国家自体が軍産複合体というコングロマリットで、国家という一般的な概念ではとらえることができない。
 インドシナからの撤退やデタント(緊張緩和)による軍事費縮減をすすめたケネディ大統領の暗殺(アメリカ政府による真相の76年間封印)や資源外交や全方位外交をすすめた田中角栄の失脚工作(ロッキード事件)の背後に軍産複合体の存在があったのは明らかで、トランプの逆転当選にも、共和党=ネオコンをとおして軍産複合体による工作があったのは疑えない。
 イラク戦争やリビア侵攻を批判したばかりか、ロシア・中国との協調路線を唱え、軍産共同体の怒りを買ったトランプが、突如、国防費の上限撤廃を打ち出したのがその傍証で、軍産共同体の系列にあるマスコミも、以後、トランプ批判をぴたりと止めた。

 アメリカが謀略国家なのは、世界の常識だが、日本にはその認識がない。
 ロッキード事件では、朝日新聞や文藝春秋など日本中のマスコミがアメリカ発のガセ情報に踊らされ、国民は、希代の天才政治家角栄逮捕の報にこぞって喝采を送った。
 もっとも悲劇的なのは、連合国が日本の無力化を、GHQが日本の共産化をはかった占領政策の憲法が、いまだ最高法として君臨している事実である。
 世界が一国主義へむかうなか、国家主権と国体を否定した現憲法ほど有害にして障害になるものはない。
 ところが、現在、自主憲法制定のうごきはなきにひとしい。
 自主憲法制定派にとって、大きな痛手が自民党の変節である。
 自民党は、事実上、護憲派の一員で、改憲は、護憲的改憲にすぎない。
 護憲派が現憲法を金科玉条とするなら、自民党は9条と全文の削除、維新の党が地方自治権、公明党が環境権の上乗せで、改憲論はもっぱら護憲論の土俵のなかで議論されている。

 護憲的改憲派は、憲法96条の三分の二条項をもちだすが、自主憲法制定に必要なのは現憲法廃棄であって、げんに、昭和27年のサンフランシスコ講和条約でうけいれた東京裁判における戦犯判決を、翌28年の国会決議(戦犯処刑は法務死であって戦死者とみなす)でひっくり返している。
 国家主権と民主主義の原理において、国会決議に勝るものはなく、同決議は多数決が原則である。
 鳩山一郎や岸信介らの日本民主党と吉田茂が率いる自由党が合同(55年体制)して以来、自民党の党是は「新憲法制定」と「経済復興」だった。
 このとき鳩山一郎が、総議員の3分の2以上の確保を目指したのは、53年の時点(吉田自由党政権)で、保守全体で三分の二の議席にたっしていたからだった。
 三分の二条項は改憲手続きであって、憲法廃棄と新憲法制定は、国家決議の過半数で可能である。
 自民党が三分の二条項にこだわるのは、自主憲法制定の意思がなく、護憲の範囲内で条文の変更をおこなおうという敗北主義に陥っているからで、改憲を主張する自民党が自主憲法制定の最大の障害になっている。
 今後、世界は、国益という国家エゴと軍事力を背景にした力の論理によってはげしくゆれうごくことになる。
 それがグローバリズムと一国主義が並び立つ新時代のパラダイムである。
 現憲法は、国際主義という前世紀の遺物で、共産主義が人類の理想とされていた時代の妄想にすぎない。
 人類の理想やら恒久の平和やらと念仏を唱えて、世界から取り残される愚を犯してはならない。
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2016年12月07日

トランプ大統領とアメリカ一国支配の終焉B

 ●グローバリズムと一国主義の兼ね合い
 トランプ新大統領の登場によって、グローバリズムから、一国主義の時代に移ってゆくという論調が目立つ。
 大きなまちがいで、アメリカの世界戦略が変更されても、グローバリズムという世界の潮流に変化が生じるわけではない。
 大航海時代の海外侵略から大英帝国(グロブブリテン)の世界支配、列強による植民地政策、国際共産主義による革命国家の誕生、第二次大戦後の冷戦とアメリカ一極支配、ITによる地球規模の情報ネットワーク構築、大国による世界の分割支配など、グローバリズムは、形を変えながら、いまもなお世界史の主軸なのである。
 終焉したとされるグローバリズムは、他国の伝統や慣習、ルールや価値観と衝突したアメリカの世界戦略のことで、トランプ大統領の登場は、これまでのアメリカのそのやり方が破綻したことを意味している。
 グローバリズムが幕を下ろしたのではなく、文明や価値観、経済原理を他国におしつけてきたメリカ的なやり方が通用しなくなっただけの話である。
 大統領選挙で、トランプが製造業の復活と雇用問題を争点に絞ったのは賢明で、アメリカ人は、アメリカの活力を奪った新自由主義と自由貿易にうんざりしている。
 ニクソン・ショック(ドルと金の交換停止)とプレトン・ウッズ体制が破綻した1971年以降とりわけ1980年代にはいって、アメリカ経済は、投資効率の高い国際金融へ移行していった。
 背景にあったのが新自由主義で、金融の国際戦略をささえたのがグローバリズムだった。
 1991年にソビエト連邦が崩壊した後、圧倒的な軍事力を背景にアメリカが世界の画一化(アメリカニゼーション)をおしすすめ、基軸通貨ドルの下で世界を金融支配するにいたった。
 その結果、生じたのが「中間層の没落」とアメリカ製造業を沈滞させている「つくらざる経済」だった。
 金融経済では、資産が特権階級に独占される一方、製造業が空洞化するからである。

 グローバリズムには、政治的局面と経済的局面があって、前者が国家権力の世界化(グローバル化)なら後者が「ヒト・モノ・カネ」の流れを国際化するグローバリゼーションで、両者は、通常、一体化している。
 グローバリズムと対立的にとらえられている一国主義も、グローバリズムと相補的な関係にあって、国家は、すべて、国益主権と世界戦略の両方の志向を併せもっている。
 その極端なケースが戦争で、アメリカは、戦後、朝鮮戦争をはじめベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争、紛争までふくめると百件以上の戦争をひきおこし、現在はIS(イスラム国)やアルカイダらイスラム過激派と交戦状態にある。
 革命の輸出もグローバリズムで、米ソ冷戦は、共産主義と資本主義がにらみあったグローバリズムの衝突であった。
 グローバリズムの背後にあるのが一国主義とイデオロギー、経済である。
 ソ連邦が崩壊して、共産主義が滅び、イデオロギーの対立はなくなった。
 一国主義にもとづく軍事衝突も、軍事力の増強や高度化によって、不可能になった。
 冷戦時代のものだった相互確証破壊の論理がはたらき、どちら側も手を出すことができず、いったん開戦となれば、世界がまきこまれて、勝者なき戦争になるどころか、破壊がグローバル化されることになる。
 米ソ冷戦がアメリカの勝利となったのは、軍事力や資金力、地政学的条件や同盟関係などのシミュレーションによって、戦火を交える以前に勝敗が決したからである。
 ちなみに日本の防衛力は、軍事予算が日本の15倍のアメリカがふくまれているので、シミュレーション戦において、ロシアや中国を寄せつけない。
 戦後、日本が平和だったのは、相互確証破壊という安全弁を放棄した九条があったからではなく、日米安保条約があったからである。
 グローバリズムの衝突がおこりうるのは、経済分野だけである。
 そこに、TPP離脱とロシア・中国との対話路線を掲げたトランプの狙いがあったろう。
 次回は、経済戦争の主軸であるアメリカの軍産複合体とロシア・中国の国家経済のハザマで、日本がいかに国益と独立をまもっていくかについてのべよう。
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2016年11月29日

 トランプ大統領とアメリカ一国支配の終焉A

 ●日本は対米従属から一国主義へ転回できるか
 一国主義の台頭や孤立主義をとるトランプの登場によって、グローバリズムや軍事的拡張主義が国際緊張を高めた時代は、終わりを告げようとしている。
 現在、国家および国際的危機の原因になりうる要因は、イデオロギーの対立でもパワー・オブ・バランスの歪みでも、まして軍事衝突でもなく、唯一、経済だけである。
 その経済も、最大の問題は、中間層の没落と貧富の格差で、消費の担い手である中産階級の貧困化という資本主義の構造的危機が、いまや、世界的な現象になりつつある。
 生産と消費、貯蓄から成る経済のうち、金融経済として拡張したストックがバブルをつくり、実体経済を破壊する。
 それが不良債権や消費を担う中間層の貧困化である。
 実体経済から奪われたマネーが、一握りの富裕層に独占されるメカニズムが格差社会で、これをささえる理論が新自由主義である。
 世界構造がグローバリズムから一国主義へ移り変わってゆく背景にあったのが、新自由主義の破綻だったのは、だれの目にも明らかだろう。

 例外が中国で、かつての高成長は影をひそめたものの、中国が世界第二位の経済大国たりえている条件の一つに、購買力が旺盛な中間層の存在をあげることができる。
 理由は、管理型の資本主義では、無制限な富の偏在や資産所得の独占などがおこりにくいからで、国家の管理が、皮肉にも、資本主義の欠陥である通貨の不安定性や中間層の没落を防いでいたのである。
 ロシアも同様で、経済制裁やルーブル不安、過剰な輸出依存(地下資源・穀物)などによって低迷していたロシア経済が徐々に安定してきたのは、ロシア型の資本主義が国家管理のもとにあるからで、アメリカのような極端な富の偏在も貧富の格差もうまれていない。

 1980年代以降、新自由主義に傾倒したアメリカ経済は、上位1%が富を独占して、99%が豊かさを享受できない極端な格差社会をつくりだした。
 上位0.1%や0.01%(メガリッチ)が占有する資産が中間層全体(下位90%)の総資産に匹敵するといわれるほどで、アメリカでは、国民総資産の半分以上が1%の富裕層に握られている。
 富裕層が独占する金融資産は実体経済に循環してくることがないので、実体経済が縮小して、中間層が没落する。
 それが世界不況の原因で、リーマン・ショックで失われた資金が、経済活動を鈍化させ、マーケットの資金を枯渇させている。
 現在、欧米の大企業が日本に大規模融資を打診しているのは、大型長期貸付ができるのが、不良債権処理を済ませた日本の銀行だけだからである。
 といっても、日本も、雇用を中心に、いまなお、新自由主義の痛手をひきずっている
 株価が上がっても、実体経済に反映されないのは、アベノミクスが小泉・竹中コンビの新自由主義をひきついだものだからで、金融経済と実体経済の区別がつかない安倍首相が頭をきりかえないかぎり、日本は、中間層の没落と貧富の格差拡大というアメリカ的な荒廃からいつまでたっても抜け出せないだろう。

 米大統領選におけるトランプの勝利は、予想を裏切るものだったが、歴史的な必然性からみれば、むしろ順当で、ロシアのプーチン、中国の習近平が強力な国家主導型資本主義をすすめてゆくなか、新自由主義の毒にあたって死の床にあるアメリカを救えるのは、アメリカ・ファーストのトランプだけだったかもしれない。
 今後、世界情勢は、アメリカの一国支配から米・ロ・中の協調路線へ変わってゆくはずで、第二ブロックを形成するのが日本とドイツ、インドであろう。
 これまでのパラダイムと異なるのは、日本がアメリカに従属する関係にはないことで、戦後70年を経て、日本は、アメリカから離れて、一国主義という未知の領域に足をふみいれる。
 日本がアメリカに従属的だったのは、米ソ、米中が冷戦あるいは対立関係にあったからで、安全保障というフレームのなかでは、日本は、アメリカの極東戦略に組み込まれてしまわざるをえなかった。
 日本の防衛費は5兆円弱で、在日米軍支出が6〜7千億円程度、そのうち思いやり予算が2千億円前後である。
 日本における国家防衛の本隊は、予算5兆円弱の自衛隊ではなく、6〜7千億円のコストがかかる在日米軍である。
 日本が国家防衛を在日米軍に依存せざるをえないのは、核装備をもっていないどころか、敵国への反撃や先制攻撃ができず、軍事衛星システムもアメリカに依存しているからである。
 日本は、約7千億円の支出で、核をふくめた制限のない攻撃がおこなえ、前線に150機の航空機と原子力空母、原子力潜水艦や数隻のイージス艦、5万人の兵力をおしたてた極東米軍を味方につけているわけだが、アメリカの総軍事費は、日本の在日米軍支出の100倍にあたる70兆円である。
 中国や北朝鮮、ロシアが日本に手をだせない理由は、自衛隊がつよいからではなく、日本のバックに軍事費70兆円のアメリカがついているからである。
 トランプが、日本はもっと在日米軍にもっとカネを払うか、自前で核をもてというのは正論で、日本には、在日米軍支出を増額するか、9条を撤廃して核をもち、自衛隊に専守防衛をこえた攻撃能力をもたせる以外の選択肢はない。
 民主党時代、鳩山は、米国と合意した普天間移設を白紙にもどし、防衛大臣は「在日米軍は迷惑施設」と言い放った。
 トランプの「在日米軍撤退」発言の根にあるのが日本不信で、安倍首相がイのいちばんにトランプを訪問したのは、中国の脅威にさらされているアジア防衛にアメリカの存在が欠かせないからである。
 次回以降、日本およびアジアの安全保障と日米と日ロ、日中の新しい関係を展望しよう。


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